西宮結絃「オレと付き合えば?」 (15)
『生きるのを手伝って欲しい』
姉ちゃんから石田にそう言われたと聞いた時、素直に羨ましいと思った。生きるのは難しい。被害者の姉ちゃんも加害者の石田も。
加害者になった姉ちゃんも被害者の石田も。
そしてただの傍観者にしか過ぎないオレも。
「なあ、石田」
「ん?」
「そろそろ姉ちゃんのことを名前で呼んでもいいんだぞ」
休日、暇だったから石田を誘って今話題の映画鑑賞と洒落込んだ帰り道。オレがそう言うと石田は俯いて。
「いや……馴れ馴れしくない?」
馴れ馴れしいも何もプロポーズまがいの発言をして何を今更。とはいえ、石田にはその気はないんだろう。姉ちゃんはその気だけど。
「石田、お前はオレのことをなんて呼ぶ?」
「結絃、だけど……?」
「つまり、オレは姉ちゃんに勝っている」
「は?」
「と、姉ちゃんは誤解するかも知れない」
謎理論に首を傾げる石田に事実を述べよう。
「少なくともオレは優越感を覚える」
「なんで?」
だって、名前で呼ばれたほうが彼女っぽい。
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「考えてもみろ、石田。妹に先を越される姉の気持ちを。姉が経験していないようなあんなことやこんなことを先に覚えてしまった妹を見て、姉ちゃんはどう感じると思う?」
「あんなことやこんなことって?」
「一緒に映画を観た帰り道で手を繋いだり」
そう前置きしてから手を取る。石田は特にリアクションをせずに手を離す素振りもない。
「それでいいのか、石田」
「何が?」
「お前は硝子の妹に手を出してるんだぞ」
「ただ手を繋いでるだけじゃん……」
まあ、石田がいいならいいか。悪い、硝子。
オレは姉不幸な妹かも知れない。だけどさ。
「考えてみれば、もしも石田と姉ちゃんが結婚したとしてもオレが硝子の妹であることには変わりないわけだ」
「け、結婚って……」
「つまり姉の旦那に甘えたっていいわけだ」
そう結論付けると石田は軽く手を握り返し。
「別に今のままでも甘えられるでしょ」
「はあ? ダメに決まってるだろ。これは歴とした浮気だ。二股だ。姉妹丼だ」
「姉妹丼って、どこで覚えたの……?」
姉ちゃんは独占欲が強い。叶わない願いだ。
「というわけで、石田」
「改まって、なんだよ」
手を繋いだまま、立ち止まって見上げる石田は大人でオレはまだまだガキのまま。だけど姉ちゃんを名前で呼べない石田と精神年齢ではいい勝負が出来そうだ。だから提案する。
「オレと付き合えば?」
思えば、これが初めての告白だった。何が悲しくて姉を虐めていた加害者に初めてを捧げてしまったのか理解出来ないけれど、少なくとも生きるのを手伝って欲しいのは姉だけではないということだと無理矢理納得しよう。
「結絃にはきっともっと良い相手が居るよ」
そう言われても特に悲しくなかった。きっとそれは、これが恋ではなかったからだろう。
自分を満足させる為だけの告白に過ぎない。
「石田にも姉ちゃんが居るしな」
そう言って笑うと石田は真顔でこう囁いた。
「お前、可愛くなったな」
言われて顔が熱くなった。慌てて顔を背け。
「に、逃した魚はデカく見えるからな……」
「ああ……そうだな」
我ながら意味不明な例えを口にすると石田は笑って流す。そんな態度をされても特に悔しくないし腹も立たない。手も繋いだままだ。
手を繋いでると心が震えるのも気のせいだ。
「あ。ごめん、結弦」
「ん? なんでぇ、薮から棒に」
「思ったより映画長くてさ。トイレに行きたいからそろそろ手を離してくれると……」
「フハッ!」
悪いな石田。オレは魚を逃すつもりはない。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「掛けまくも畏き日見不の神よ。遠つ御祖の産土よ。久しく拝領仕ったこの糞尿。恐み恐み謹んで、お返しもうす」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
後ろ戸なんて、閉じさせない。厄災上等だ。
「はあ……西宮に合わせる顔がない」
「将也……好き」
「え? 何か言った? てかなんで泣いてんの」
なんで泣いてるのと聞かれ答えれる涙なんかじゃオレら出会えたことの意味にはまるで追いつかない。この身ひとつじゃ足りない愉悦。正しさのその先でオレは閃いた。そうだ。動画を撮って姉ちゃんに送信しようと。
【結弦の戸破り】
FIN
>>4レス目の結絃が結弦になってますが正しくは結絃でした
確認不足で申し訳ありません
最後までお読みくださりありがとうございました!
タイトルとあとがきだけで
「懲りないねえこのクズ」ってなるからな
ちゃおラジの頃の「自分が面白いと思っている精神異常者」から
今や「自分が面白いと思い込もうとしている精神異常者」にまで成り下がったな
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