【ミリマス】ポーカーフェイスの向こう側 (38)
・地の文
・一人称
・捏造、妄想山盛り
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目は口ほどに物を言う、という諺があります。
いわゆるアイコンタクトというものですね。
目と目で通じ合える関係……憧れます。
ですがそれは、私にはとても遠いものなんです。
皆さんは、目の前の相手の気持ちをどうやって知りますか?
表情でしょうか。
声の調子でしょうか。
親しい間柄であれば、目を見れば分かるのかもしれませんね。
では、それらの変化に乏しい人が相手だったら?
つまりそういうことなんです。
私、真壁瑞希は、気持ちを表に出すのが極端に苦手なのです。
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何を考えているのか分からない。
私がよく言われることです。
私だって、皆さんと同じように嬉しかったり悲しかったりします。
ですがそれが、声や表情に出ないのです。
どうにかしようと努力もしました。
けれど、改善の気配はありません。
やり方が間違っていたのか。
そもそも直せるものではないのか。
ひょっとすると、私の感情には欠けているものがあるのではないか。
モヤモヤとした悩みを抱えて、でもそれも、顔に出ることはありませんでした。
そんな時に、とある出会いがあったんです。
初めて会ったのは、確か十年くらい前の夏休みだったと思います。
家族みんなで帰省して、そこには伯父さんの家族も来ていて。
お嫁さんの連れ子だとかで、血のつながりはないのですが。
当時はそんなことはよく分かっていませんでした。
ただ、見知らぬ年上の男の人に緊張していたことは覚えています。
無表情なりに緊張が顔に出ていたのでしょうか。
お兄さんは小さく笑うと、トランプを取り出しました。
トランプを二つの束に分けると、手に持ったまま空中でそれを混ぜはじめます。
「……すごい」
今の私は、それがリフルシャッフルというテクニックだと知っています。
ですが、当時の私には魔法のように見えました。
次にお兄さんはテーブルの上に布を広げました。
トランプをその上に置いたかと思うと、サッと扇状に広げるのです。
そして、一番端のトランプに指をかけてました。
今度は何が起きるのだろうと、ジッと見つめます。
すると、右から左へ、パタパタとトランプが裏返っていくのです。
あっという間に、全部の数字が見えるようになってしまいました。
「好きなカードを一枚、心の中で選んでくれるかな?」
最初の緊張はどこに行ってしまったのでしょうか。
いつの間にか、私の胸はワクワクでいっぱいになっていました。
「選んだカードはどっちにある?」
トランプを二つに分けて、お兄さんが問いかけます。
私が選んだカードは……ありました。
「こっち」
私が指さした方をシャッフルして、今度は三つに分けました。
私のカードは右の固まりの中にあります。
私がそう答えると、トランプを一枚ずつ、人差し指で叩いていきます。
トントン、トントン、と。
まるで、トランプの声を聞いているみたい。
「瑞希ちゃんが選んだカードは……これかな?」
お兄さんが持ち上げたのは、スペードのジャック。
私が選んだカードでした。
「すごい……なんで分かったの?」
「顔に書いてあったからね」
今思えば、お兄さんは私のことを聞いていたのでしょう。
感情が表に出づらいこと。
そのせいで、親しい友だちも少ないこと。
でも、その時の私にはそんなことまで考えることはできませんでした。
「……ウソだ」
顔に書いてあるということは、表情に出ているということです。
そんなはずはありません。
周りのみんなだって、何を考えているか分からないって言うのに。
会ったばかりの人に分かるわけがない。
だからきっと、からかわれているんだと、そう思いました。
「嘘じゃないよ」
咄嗟に出た私の言葉に、柔らかい声が返ってきました。
「確かに、瑞希ちゃんは表情豊かな方ではないと思う」
しっかり私と目を合わせて、でも、と続けます。
「決して無表情なんかじゃない。ちゃんと、気持ちが伝わってくるもの」
ゆっくりと。
はっきりと。
お兄さんは言い切りました。
こんな風に言われたのは、初めてのことです。
周りのみんなとは正反対の言葉。
でも、本当に本当なんでしょうか。
どう受け止めればいいんでしょうか。
「もうちょっと大きくなったら、みんなも分かると思うよ」
不安に揺れる私に、穏やかな声がかけられました。
その目はあったかくて、優しくて。
信じてもいいのかな、という気持ちが、信じたいな、に変わっていきます。
お兄さんの表情が、嬉しそうな笑顔に。
私の中の変化が、お兄さんに伝わっているみたいです。
それがなんだか嬉しくて。
それがなんだか恥ずかしくて。
思わず顔を伏せてしまいました。
「でもね」
ふっと、お兄さんの声が真剣なものに変わります。
視線を上げると、そこには真っ直ぐな目。
自然と私の背筋も伸びました。
「瑞希ちゃんは瑞希ちゃんで、頑張らないといけない」
頑張る?
そう言われて真っ先に思い浮かんだのは、表情に乏しい自分のこと。
無表情を直す?
何をどう頑張れば、そんなことができるんでしょうか。
「瑞希ちゃんは、もっと自分を好きにならないといけないよ」
ピンと人差し指を立てて、お兄さんが言います。
何を言っているのか、すぐには分かりませんでした。
私が、私を……?
何を考えているのか分からないと言われる自分。
気持ちをちゃんと表現できない自分。
みんなと同じようにできない自分。
確かに私は、そんな自分があまり好きではありませんでした。
「みんなに受け入れてもらうには、まず自分が受け入れてあげなきゃ」
言おうとしていることは、何となく分かります。
でも、簡単なことじゃないと思うのです。
私が私を好きになれない原因。
それを取り除くことができないのですから。
なんで自分が無表情なのか、私自身分からないのですから。
「というわけで瑞希ちゃん。カードマジックを教えてあげるよ」
にこやかに笑って、お兄さんは言いました。
……カードマジック?
私の無表情の話ではないのでしょうか。
不審そのままにお兄さんを見ても、笑顔が崩れることはありませんでした。
この人は一体、何を考えているんでしょうか。
「だって、コレのお陰で瑞希ちゃんと仲良くなれたんだしね」
言われて初めて気付きました。
私、会ったばかりだというのに、お兄さんと普通に話をしています。
もう緊張もしていません。
手品のお陰、なんでしょうか。
「でも私、普通のトランプしかしたことないです」
「大丈夫大丈夫。瑞希ちゃんには才能があるから」
さっき見せてもらったトランプ捌き。
あんなことができるなんて、到底思えません。
でもお兄さんは自信満々で。
何でそんな風に言い切れるんでしょうか。
「手品に必要な才能って、なんだと思う?」
黙ったままの私に、質問が飛んできました。
急にそんなことを言われても。
手品なんてしたことありませんし、間近で見たのも今日が初めてです。
だから、才能と言われても見当がつきません。
「……トランプを格好良く操ること?」
単純に、一番印象に残っていたことを答えました。
「外れではないけど、正解でもないかな」
どうやら違ったようです。
お兄さんは再びトランプを手に取って、シャッフルを始めます。
「一番大事なのは、タネを見破られないことだよ」
トランプの動きに目を奪われている私に、そう言いました。
カードの見せ方や混ぜ方。
それらは、タネや仕掛けから目を逸らすためのものなのだそうです。
混ぜ方そのものが手品のタネになっていることもあるそうですが。
そう言われて、目の前のトランプの動きに目を凝らします。
……むう、全然分かりません。
「こういうテクニックは、練習で身につくからね」
シャッフルを終えたトランプの一番上のカードを裏返します。
スペードのジャック。
さっき私が選んだカードです。
どうやっているのかさっぱり分かりません。
でも、格好良いな。
「だから、僕よりも瑞希ちゃんの方が手品に向いてると思うよ」
「……え?」
嘘や冗談、というわけではないようです。
真っ直ぐこちらを見る目がそう言っている……ような気がします。
「タネを仕込むときはね、何食わぬ顔をしてなきゃいけないんだ」
動きや表情にぎこちなさがあると、そこからバレてしまうから。
何もしていないように見せながら、タネを仕込まなければいけない。
動きは練習で身につけられるけど、表情は簡単じゃない。
お兄さんはそう言いました。
「だから、瑞希ちゃんのポーカーフェイスは、スゴイ武器なんだよ」
のっぺらぼう、と言われたことはあります。
でも、ポーカーフェイスと褒められたのは初めてです。
「羨ましいな、と思うくらいにはね」
無表情が羨ましいだなんて。
そんなことを言われたのは初めてです。
自分の嫌いな所を、羨ましいだなんて。
そんな風に言われることがあるなんて、考えたこともありません。
「せっかくの才能、使わなきゃもったいないよ」
本当にお兄さんの言う通りなのか、それは分かりません。
でも。
もし私が、お兄さんみたいな手品をできるようになったら。
誰かを夢中にさせるような手品をできるようになったら。
私は私を、好きになれるんでしょうか。
「だからさ、試しにちょっとやってみない?」
「…………はい。やってみたいです」
恐る恐る踏み出した一歩は、私の世界をガラリと変えてしまいました。
一先ずここまで
多分に捏造・妄想が組み込まれていますが、どうかご容赦ください
ちょっと手直ししてから続きを更新したいと思います
お付き合い頂けましたなら、幸いです
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感情をそのまま表に出せなくて、それをみんなから指摘されて。
どうにかしたくても、自分ではどうにもできなくて。
だから本当は、半分以上諦めていたんです。
私はずっとこのままで、変われないんだって。
でも、お兄さんが言いたかったのは、そういうことではないと思うんです。
受け入れるということ。
無理に変える必要なないということ。
そのままの自分でも、見方次第で良い所があるんだということ。
きっと、そういうことなんだと思います。
だから頑張ってみようと思いました。
家族以外でこんな風に言ってくれた人に、ちゃんと応えたかったんです。
お兄さんに会えるのは年に二回ほど。
お盆とお正月に帰省した時くらいです。
だからこそ「次に会うときは」と、練習にも気合が入ります。
そのお陰、でしょうか。
手品の腕前はメキメキと上達していきました。
私、才能があったみたいです。
……いえ、違いますね。
お兄さんの教え方が上手だったんです。
『そんなことないよ。全部、瑞希ちゃんが頑張ったからだ』
初めて学校で手品を披露したその日。
居ても立ってもいられなくて、お兄さんに電話をしました。
ちゃんとできたことを報告すると、自分のことのように喜んでくれました。
お礼を伝えると、お兄さんはそう言ったのです。
「それでも、私が頑張れたのはお兄さんのお陰です」
たまにしか会えない私に、お兄さんは丁寧に教えてくれました。
飽きる間もなく、次々と新しい手品を見せてくれて。
私ができた時は、大げさなくらいに褒めてくれて。
こうやって、みんなの前で手品を見せられる自信をくれたのは、お兄さんなんです。
『そう? なら、どういたしまして、かな?』
電話の向こうで苦笑いしているのが見えるようです。
こういうやり取りをしている時のお兄さんは、いつもそうでしたから。
『そうそう、実は就職が決まってね』
少しの雑談を挟んで、お兄さんは切り出しました。
この前の夏休みに会った時に、そんなことを言っていた気がします。
何だか大変そうだな、というくらいしか分かっていませんでしたが。
「えっと、おめでとうございます……でいいんですか?」
悪いことではないのだから、間違ってはいないと思います。
ですが、私にとってはずっとずっと先の話なので、ちょっと自信がありません。
『うん、ありがとう』
あっさりとした返事でした。
ひょっとして、もっと違うことを言うべきだったのでしょうか。
『それで、ここからが本題なんだけどね』
思わず考え込んでいると、話が次に進んでいました。
『これからは、今までみたいには手品を教えられないんだ』
「……え?」
どうやら、お兄さんの仕事は私が想像していたものとは違ったようです。
夏休みにお正月、ゴールデンウィークなんかも。
みんながお休みの時こそ忙しいのだそうです。
だから、これまでと同じように帰省はできないと。
だから、これまでと同じように手品を教えられないと。
『でも安心したよ。瑞希ちゃんはもう大丈夫だね』
私がみんなの前で手品を成功させたこと。
最初の一歩をちゃんと踏み出せたんだから、もう大丈夫だと。
きっと、電話の向こうでいつものように笑っているんです。
あったかくて、優しくて、嬉しそうな顔で。
「……もちろんです」
……ウソです。
本当は寂しいですし、不安です。
でも、心配をかけてばかりなのもイヤなんです。
だってそんなの、格好悪いじゃないですか。
『はは。なら安心だ』
私の強がりは、きっと見抜かれています。
それでも、お兄さんはそう言ってくれました。
その気持ちに応えたいと、そう思うのです。
「この前テレビで見ました。弟子は師匠を超えるものなんだそうです」
『そっか。じゃあ、次に会うのが楽しみだ』
「はい。期待していてください」
受話器を置いて、ホッと一息。
あそこまで言ってしまっては、後には引けません。
もっともっと手品を練習して、まずはお兄さんをあっと言わせられるように。
でもそれは、オマケみたいなものです。
お兄さんが私に手品を教えてくれた理由。
私が頑張れる理由。
私が、私を、好きになれるように。
手品はそのきっかけなんです。
だから私は、頑張るんです。
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――――
――
その日以来、手品を披露することが増えました。
手品をしている間は、みんなが私に注目します。
変化に乏しい私の表情を、なんとか読み取ろうとするのです。
かつて私を苦しめていた、何を考えているか分からない、という言葉。
それがいつの間にか、私の個性を認めてくれる言葉に変わっていたのです。
少しずつ、でも、確実に。
私の気持ちも変わっていきました。
もっと私自身を認めてもいいんじゃないかって。
そのままの私を好きになっていいんじゃないかって。
何かが大きく変わったわけではありません。
私は相変わらず無表情で、気持ちを表に出すのが苦手です。
ほんの少し、違う見方ができるようになっただけ。
これはこれでいいのかなって、そう思えるようになっただけ。
そんな小さな小さな積み重ねが、世界を変えていったのです。
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就職したお兄さんは、本当に忙しいみたいです。
それはもう、私の予想をはるかに超えて。
年に一回か二回、電話がかかってくることはあるのですが。
それも、簡単な近況報告をする程度の、とても短いものです。
要するに、です。
あれからずいぶん経ちますが、まだ再会はしていないのです。
私、高校生になってしまたんですが……むぅ。
もうそろそろ、いいと思うんです。
あの頃と違う私、ちゃんと前を向いている私。
見せつけて、認めさせてやりたいと、そんな風に思うんです。
あなたの弟子は、こんなに立派になりましたよと。
そう言えるくらいに、私は変われたと思うんです。
噂をすれば影がさす、でしたでしょうか。
その夜、久しぶりにお兄さんから電話がありました。
お馴染みの近況報告……だけではありませんでした。
何でも、直接会って話したい事があるのだとか。
一体なんでしょうか。
実際に会うとなると、ちょっと緊張です。
いえ、これもいい機会です。
ちゃんと今の私を見てもらって、もう心配ないと伝えましょう。
……ファイトだぞ、瑞希。
――――――
――――
――
年季の入ったドアを開けると、カランカランと優しい音がしました。
お兄さんに連れられてきたのは、落ち着いた雰囲気の喫茶店です。
……私一人で入るには、ちょっと勇気が必要な感じですね。
「私はブレンドを。瑞希ちゃんはどうする?」
「……それでは、カフェオレを」
随分と会っていないせいでしょうか。
それとも、スーツ姿のせいでしょうか。
店の雰囲気に負けず劣らず、お兄さんは大人な雰囲気でした。
一方の私はというと、どうにも子どもっぽい気がしてなりません。
一応、最低限の身だしなみは整えてきたんですが。
まあ、歳の差もありますし、社会人と高校生ですし?
それも当然だとは思うのですが……むぅ、どこか釈然としません。
「最近どう?」
私が不機嫌なように見えたのかもしれません。
ちょっと苦笑いしたかと思うと、お兄さんが切り出しました。
「そうですね……ご覧のとおりです」
「ふふ、そっか」
私の返答をどう受け取ったのでしょうか。
お兄さんは嬉しそうに笑います。
それがくすぐったくて、でもなんだか安心できて。
ああ、お兄さんはやっぱりお兄さんです。
私の師匠で、恩人で、血のつながらない家族。
さっきまで感じていたモヤモヤは、どこかへ消えてしまいました。
「お待たせいたしました」
そうこうしているうちに、注文の品が届きました。
フワフワとした白い湯気をまとったカップが二つ。
とてもいい香りがします。
「ありがとうございます……ぺこり」
ずいぶんリラックスしていたようです。
ついつい、いつもの癖が出てしまいました。
初めは手品の演出、みたいなものだったんです。
ポーカーフェイスは、手の内を読まれないために。
おどけた仕草と口調は、煙に巻くために。
それがいつの頃からか、自分の一部のようになっていました。
「ふふ、どうぞごゆっくり」
店員さんは、フレンドリーな笑顔を残して下がっていきました。
なかなか素敵な笑顔です。
「さて、早速だけど本題に入らせてもらうね」
お互いに飲み物を一口。
顔を上げたお兄さんは、真剣な目で私を見ました。
何でしょう……ちょっとドキドキします。
「真壁瑞希さん」
「……はい」
こんな風に呼ばれたのは初めてのことでした。
親戚の子じゃなくて。
手品を教える弟子じゃなくて。
私という、一人の人間に話しかけているのです。
だから、この先にあるのは、きっと。
とても、大切な話なんでしょう。
「アイドルに、なりませんか?」
「…………はい?」
姿勢を正した私は、間抜けな返事をしてしまいました。
いえ、でも……仕方がないと思いませんか?
久しぶりに会ったと思ったらこんな話だなんて。
そんなこと、想像できると思いますか?
ところが、お兄さんはどこまでも真面目です。
呆気にとられている私に名刺を差し出し、こちらを見つめます。
小さな四角い紙には『765プロダクション』の文字。
お兄さんの名前の上には、プロデューサーと書かれています。
「……アイドル、ですか?」
「はい」
分かっていたことではありますが、冗談ではないみたいです。
真っ直ぐに私を見る目が、そう言っています。
でも、だからといって。
とてもじゃないですけど、はいそうですかと頷ける話ではありません。
だって、アイドルといえば。
可愛くて、キラキラしてて、みんなから愛される、そんな素敵な人たちです。
見る人に夢を与えて、笑顔にしてしまう、そんな特別な人たちです。
「……私には無理です」
そんなアイドルに、私が。
想像しようとしてみても、頭の中に映像も出てきません。
余りにも現実離れしていて、考えることもできません。
「なぜでしょうか?」
丁寧な言葉が返ってきました。
それは仲良しのお兄さんのものではありません。
昔から知っているからこの話をしているのではないと、言外に示しているようです。
だから私も、ちゃんと答えないといけません。
そうしないと失礼な気がします。
「私は気持ちを表に出すのが苦手で、表情にも乏しくて……」
手品のお陰で、小さい頃よりは人付き合いができるようになりました。
親しい友だちも増えました。
でも、無表情が直ったわけではないんです。
「そんな私がアイドルなんて、務まるとは思えません」
今の私は、そのままの自分を受け入れられるようになりました。
周りのみんなも、そういうものとして受け入れてくれています。
だからもう、自分が嫌いだなんて、そんなことは言いません。
でも、それとこれとは話が別だと思うのです。
アイドルだなんて華やかな世界に、私は似つかわしくありません。
「私は、そうは思いません」
柔らかい口調の裏に断固としたものを感じました。
何でそんな風に言いきれるんでしょうか。
一体私に、何があるというんでしょうか。
「……なんで私なんですか?」
「笑顔です」
こぼれた疑問に、すぐ答えが返ってきました。
でもそれは、思ってもみないもので。
「…………えが、お?」
「きっと、瑞希ちゃんは覚えてないと思う」
優しい口調、柔らかい表情。
それは、記憶の中のお兄さんそのままでした。
「初めて手品を見せた時。新しい手品に挑戦して、成功した時」
嬉しそうに、懐かしそうに。
大切な宝物を見せるような笑顔で私に教えてくれました。
「瑞希ちゃん、笑ってたんだよ?」
「わらって……わたし、が……?」
私、知りません。
だって、そんなこと。
私は、無表情だから。
だから、そんなこと言われても。
「小さな小さな微笑みだったけど、見てるこっちまで幸せになるような、そんな笑顔だった」
混乱する頭の中に、ゆっくりと声が響いて。
少しずつ、少しずつ。
その言葉を受け止められるようになってきました。
「その笑顔が見たくて、そんな瑞希ちゃんをみんなに知って欲しくて」
私は知っています。
お兄さんは、こんな時に嘘を言う人ではありません。
「だから僕は、君に手品を教えていたのかもしれない」
だから。
でも。
「そして、もっともっとたくさんの人に、君を笑顔を見てもらいたいんだ」
私は無表情で。
みんなもそう言っていて。
でも、お兄さんは違うと言って。
今も私は、表情に乏しくて。
みんな、それでも受け入れてくれて。
お兄さんは笑顔を褒めてくれて。
私が笑っていたと教えてくれて。
私は、私は……
「瑞希ちゃん」
穏やかな瞳が私を見ています。
波立っていた胸の中が、少しずつ落ち着いていきます。
「もし瑞希ちゃんがやってみたいと思うなら、僕を信じてついて来てくれないかな?」
今でもまだ、私がアイドルに相応しいのかなんて分かりません。
私にアイドルができるのかも分かりません。
でも、お兄さんを信じることはできます。
手品を見せてくれた時のように。
手品を教えてくれた時のように。
きっと、私の世界を広げてくれるのでしょう。
そう信じることができます。
お兄さんは私の師匠で、恩人なのですから。
私の、お兄さんなのですから。
「はい。よろしくお願いします」
鏡はないけど、分かりました。
私、今、笑顔です。
<了>
というお話でございました
ミリマスの世界観でちゃんと書くのは初めてなので、おかしなところがないかと少々不安ではありますが
真壁瑞希さんはなんとなく、ちょっと灰色の幼少期を送っていそうな気がしたのでこんな話になりました
こんな妄想もありだな、と思っていただけたら嬉しいです
お読みいただけましたなら、幸いです
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