牧野つくしがF4の標的となり下駄箱に赤紙を貼られたことは今や全校生徒にとって周知の事実であるが、度重なる嫌がらせに耐えかねてF4のリーダーである道明寺司の顔面に渾身の右フックを見舞い、そして彼のハートをKOしたことはあまり知られていない。
そして何よりもどうしてそんな暴力女に道明寺財閥の御曹司がときめいてしまったのかと言えば、それは彼が重度のシスコンだからであり、暴力的な姉と同じ素質を持ったつくしに惹かれたという理由については、彼の家族関係を知る仲間内にしか理解されていなかった。
F4とは、戦闘機の名称ではなく、Flower 4。
つまり、花の4人組の略であり、本作品のタイトルである『花より男子』はそこから名付けられたことは語るまでもない。
花の4人組とは、その名の通りで、見目麗しく家柄も上流階級な高嶺の花であるイケメン男子4人のことを指し、その内訳は。
道明寺司。
花沢類。
西門総二郎。
美作あきら。
以上の4名で構成されており、上から順に道明寺財閥の御曹司、花沢物産の御曹司、茶道の家元である西門流の次期当主、美作商事の御曹司というそれぞれ優秀な家柄に生まれ育った次世代を担うスーパーサラブレッド達である。
無論、その価値観は庶民とはかけ離れており。
「司、お前今月ガチャ何万使った?」
「20~30万ってとこだ。あきらは?」
「俺はまだ10万くらい。ちなみに総二郎は?」
「お前らまだソシャゲなんかやってんのかよ」
「あーはいはい。人生乙女ゲーだもんな」
「それを言うならギャルゲーだろ」
「ギャルゲー? ギャルがゲロすんのか?」
「司……お前、本当にバカだな」
(あんたら全員馬鹿ばっかだっつーの!)
このように金と女を湯水のように消費して、それを非日常と認識していない彼らの話に一切ついていけずに、無課金勢であるつくしは日夜詫び石を貯めて数日に一度のガチャを引いた。
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「牧野、何してんの?」
「は、花沢類!?」
貧乏ながらもささやかな運試しとばかりに無料ガチャを引いていたつくしは、いつの間にか急接近していた花沢類にスマホの画面を覗かれ狼狽し、慌てて隠そうとするも時すでに遅く。
「なんだ、牧野もこのゲームやってんじゃん」
「へぇ、どれどれ? うわ、超ボンビーPT」
「せめてキャラの属性や見栄えには拘ろうぜ」
ひょいとスマホを花沢類に取り上げられ、美作あきらに爆笑され、西門宗次郎に失笑された。
つくしは羞恥に顔を真っ赤にして抗議をする。
「返してよ、花沢類!」
「俺はわりと好きだな、このパーティ」
「気を使わないでよ……どうせ寄せ集めの貧乏パーティだって自分でもわかってるし」
「でも、牧野らしくていいと思うよ」
(それはいったいどういう意味だろう)
とは思うものの、悪い気はしない。
花沢類は嘘を言っているようには見えなかったし、何より彼はお世辞を言う人ではない。
恐らく本心からこの貧乏臭いパーティを似合うと言っているのだろうが、それはそれでなんだか癪に障り、素直に喜んで良いものかつくしには判断がつかなかった。
そこでしげしげとつくしのスマホ画面を眺めていた道明寺司がポツリと素朴な疑問を呟いた。
「それでどのキャラがゲロを吐くんだ?」
「司……お前、もうゲロから離れろよ」
「どうしてもって言うなら牧野に吐いて貰え」
「おーそりゃいいな」
「はあ!?」
呆れた西門と美作が面白半分に繰り出してきた思わぬ無茶振りにつくしは困惑した。
ちらりと道明寺を伺うと、何故か彼はこちらを凝視していて、思わず目を逸らした。
すると花沢類が不意に。
「俺も見たいな」
「へ?」
「牧野が吐いてるところ」
(何言ってんのこの人!?)
つくしはもうわけがわからなかった。
人の吐瀉物を見たいという発想がそもそもおかしく理解出来ないし理解しようとも思えない。
けれどつくしは狂人揃いのF4の中でも花沢類にだけは興味を持っていて、彼のことをもっとよく知りたいと思っていた。しかしながら。
「さ、さすがに人前で吐くのはちょっと……」
「なんだよ、牧野! 使えねーなぁ!」
「あーあ。リアルギャルゲー見たかったなぁ」
「まあ牧野はギャルって柄じゃないけどな!」
「まさに乙女ゲーだな」
「さすが総二郎上手い!」
「いや、乙女は流石に世辞が過ぎた。悪い」
「そこで謝んないでよ!?」
美作あきらと西門総二郎に散々からかわれて、不本意ではあるが無難なオチがついたことにつくしはひとまずほっとしていた。
(とりあえず、吐かずに済んで良かった)
だが、この時つくしは失念していた。
花沢類はともかくとして、一度興味を持ったらしつこく執着する、俺様天パ男の執念深さを。
「おい、牧野」
「なによ」
「いくら欲しい?」
「は?」
「ガチャ、回したいんだろ?」
「そりゃあ、回したいけど……」
「ゲロ吐いたら金をやる」
「はあ!?」
つくしはもうこの男のことがわからなかった。
undefined
「吐いたら金をやるとか、そんな無茶苦茶な」
「たしか、クレジットカードで支払えるよな」
そう言ってピラピラとクレカを振る道明寺。
そのカードの色は勿論、上限なしのブラック。
黒光りするそれを見ながらつくしはゴクリと喉を鳴らして、彼の正気を確認してみた。
「あんた、本気?」
「俺様はいつだって本気だ」
(いつも本気を出すところを間違えてる癖に)
どうしてそんなに自信満々なのか。
牧野つくしには道明寺司がわからない。
彼は典型的なナルシシストであり、そしてそれに見合うだけの美貌と財力を有しているから尚更タチが悪い。ちなみに知力は猿並みである。
真意を確かめるべく、こんな質問をしてみた。
「私が吐いたらどうするつもり?」
「当然、飲むに決まってんだろ」
「おかしい! それは絶対におかしいから!?」
思いも寄らぬ返答に耳を疑い、詰め寄ると彼はニヤリと口の端を曲げて、その瞬間につくしは道明寺にからかわれたのだと悟った。
「ぶわぁーか! 冗談に決まってるだろ!」
「あ、あんたの冗談はわかりづらいのよ!」
「ん? なんだその残念そうな顔は。まさかお前、この俺様に自分のゲロを飲んで欲しかったのか?」
(んなわけないでしょーが!?)
たしかに思わず本気にしてしまったが、つくしにはそんな特殊な趣味などなく、もうこのゲス男とは一生口を利かないと心に決めて、ぷいっとそっぽを向いたら花沢類と目が合って。
「俺はマジで飲んでもいいよ」
「ふぇっ!?」
あまりの不意打ちに自分のどこからそんな声が出たのかと思えるような間抜けな奇声を発したつくしは、混乱が極まって逆に冷静となる境地に達して、こほんと咳払いをひとつしてから務めて冷静に花沢類に対応した。
「どうせ冗談でしょ?」
「マジだって。だって美味そうだもん」
「んなっ!?」
(全く花沢類の考えが読めない!?)
常日頃から何を考えているかわからない人だが、いつにも増してクレイジーな彼の発言の意図がまるで読めず、それでもなんだか美味しそうと言われて少しだけ嬉しい気持ちになった自分自身に自己嫌悪をしていると、道明寺が。
「牧野のゲロは渡さねえ!」
「ぐえっ!?」
そう言ってまるでラリアットをするように抱き寄せられて、首が絞まったつくしがえづくと、F4全員が期待の眼差しを向けてきた。
「おお! マジで吐くのか!?」
「今動画撮るからちょっと待て」
「おい牧野! 吐くならこっち向け!」
「出そうになったら早めに言ってね?」
俄かに興奮する美作あきら。
いそいそとカメラを向ける西門総二郎。
耳元で大声を張り上げる煩い天パ男。
優しい声音で嘔吐を促す花沢類。
(本当にこいつらは……どいつもこいつも!)
見た目と家柄だけは超人的なF4の狂人ぶりにいい加減嫌気が差してブチ切れた牧野つくしは、手始めに道明寺司のみぞおちに渾身のエルボーを叩きこんだ。
「いい加減離せ! しつこいのよ、あんたは!」
「ぐへっ!? おろろろろろろろろろろろっ!」
「次!」
一撃で道明寺をKOしたつくしは美作を狙う。
「ま、待て、つくしちゃん……話し合おう」
「馴れ馴れしくちゃん付けすんな! せいっ!」
「おうふっ!? おろろろろろろろろろろっ!」
腰の引けた美作に正拳突きを放ち西門を追う。
「悪い。俺、そろそろ家の門限だから帰るわ」
「門限なんて守った事ないでしょーがぁ!!」
「むぐっ!? おろろろろろろろろろろろっ!」
バイクに跨り逃走を図ろうとしていた西門総二郎はヘルメットの中で吐瀉物を撒き散らした。
「ふふっ……さすが牧野」
「花沢、類……」
残すは花沢類だけ。ラスボスである。
彼は事ここに至っても平然としていた。
いつも通り、静かに微笑んで、動じない。
つくしがどれだけ暴力に訴えたとしても、彼を跪かせることは不可能に思えた。
「どうしたの? 殴らないの?」
「殴ってあなたが吐くとは思えない」
「実はこう見えても鍛えてるからね」
そう言って花沢類はおもむろにシャツをめくって引き締まったお腹を見せつけてきた。
(なんて美味しそうなおへそ……いけない!)
危うくその綺麗なおへそにキスしそうになったつくしであったが、寸前で我に返り、理性を取り戻した。しかし、視線はおへそに釘付けだ。
「そんなに俺のへそが気になる?」
「べ、別に……」
「特別に触ってもいいよ」
(その手に乗るもんですか……すごいスベスベ)
牧野つくしとて、一介の女子高生に過ぎず。
魔性の花沢類に誑かされて、ついついおへそに手を伸ばし、綺麗な男の子の美しいおへそ周りの感触を心ゆくまで堪能した。
「牧野、上手だね」
「へ?」
「触り方」
一心不乱におへその穴をほじっていると、くすぐったそうに花沢類がはにかんでそんなことを言うものだから、ついついおへその奥まで指を突っ込むと。
ぶりゅっ!
「おっ?」
「フハッ!」
何やら水っぽい音が聞こえて、びっくりして固まる牧野つくしを嘲笑うかのように糞を漏らした花沢類が愉悦を漏らし、高らかに哄笑した。
ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ~っ!
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「な、なんじゃこりゃあああああっ!?!!」
つくしはもう、何がなんだかわからなかった。
何故、へそを触られた花沢類は脱糞したのか。
何故、彼は糞を漏らしたのに笑っているのか。
ただひとつわかることがあるとすればそれは。
(綺麗な人のうんちは、花の香りがするんだ)
などと、妄想なのか現実なのか判別出来ない花の香りに包まれて、ただの雑草であるつくしの鼻は満たされ、そしてついに意識を手放した。
「うっ……」
「あ、起きた」
「えっ? は、花沢類!?」
昏倒したつくしが目覚めると、そこは花沢類の膝の上であり、上から見下ろす彼に気づいた瞬間に身を起こして慌てて距離を取った。
「皆はもう帰ったよ」
「そ、そっか……」
周囲を見渡しても誰もいない。
花沢類と2人っきり。ドキドキする。
先程のことがまざまざと脳裏をよぎり、あれはもしかしたら全て自分が見た夢だったのではないかと思っていると、花沢類がおもむろに。
「牧野はガチャ運強いね」
「な、なんのこと……?」
「だから、ガチャウンのこと」
(てことはつまり花沢類のおへそはガチャ?)
SSRの糞を一発で引き当てたのだろうか。
いやいや、そんなわけあるかと思いつつも。
たしかに室内には花の香りが充満しており。
それを今一度胸いっぱいに吸い込むと、彼が。
「牧野は『花よりうんこ』なんだね」
などと言え得て妙な上手いオチをつけたものだから、牧野つくしも負けじとこう言い返した。
「花沢類のうんちなら、花よりも好き」
そう言って屈託なく微笑む牧野つくしの笑顔に見惚れた花沢類が堪らず目を逸らしながら。
「……ずるいな、牧野は」
なんて、悔しそうに呟き、負けを認めたのは、この先ずっと2人だけの秘密となるだろう。
【花よりうんこ】
FIN
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