御木先輩「上手くやれよ……藤原」 (12)

サッカー部での喧嘩で高校を退学した俺は、上京してビッグな男になるつもりだった。
高校の先輩のツテでキャバクラのボーイをしながら金を貯めて念願の愛車を手に入れた。

TOYOTAのセリカ。
しかもただのセリカじゃない。ST205型。
255馬力仕様のGT-FOUR だ。
ラリーでの活躍は言うに及ばず、4つ目で滑らかなその特徴的なクーペのフォルムはデートカーとしても充分使用可能であり、ビビっときた。

しかしながら物欲を優先するあまりちっとばかし先走っちまって、店の金に手をつけた。
それがバレてクビになり、地元に戻ってきた。

まあ、何はともあれ愛車は手に入れた。
ビッグな男にはなれなかったが、欲しいものはこの手に掴んだわけだ。だから後悔はない。

あとはこの最高のクルマに見合う最高の女でも隣に乗せて、ついでにその女に金を稼がせて悠々自適な暮らしをしようと考えていた矢先。

「……なつき?」

立ち寄ったハンバーガー店で昔付き合っていた茂木なつきと偶然にも再会を果たした。

「御木先輩……」

久しぶりに会ったなつきは、色っぽかった。

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「久しぶりだな……大人っぽくなって驚いたぜ」
「御木先輩も……変わったね」

そうとも。俺は変わった。
東京に出て世の中の厳しさを知った。
キャバクラのボーイをする前にホストクラブで頂点を目指そうとしていた際にも、吐くまで飲まされてその姿をよく笑い者にされたもんだ。

だからなつきの言葉を褒め言葉として俺は受け取り、愛車の助手席に乗せてやろうと考えた。

「なあ、これからちょっと付き合えよ」
「……仕事中だから」
「別に取って食おうってつもりはねーぞぉ!」
「やめて……もうすぐ終わるから」

おっと、俺としたことが。いけねぇいけねぇ。
ついガキみたいに駄々を捏ねちまった。
まあ、いい。なつきも満更でもないようだ。

ちょっとくらい強引にしてやらないと、女って奴はそれがエスコートだと気づかないからな。
ホストとキャバクラで俺は、そう学んでいた。

「クルマ……買ったんだね」
「おお、良いクルマだろ?」

程なくしてなつきのバイトが終わり、俺はドライブがてら秋名山へとクルマを走らせた。
田舎に戻ってきた経緯については仕事をクビになったことは伏せて正月休みで戻っていることにしておいた。その方がドライブを楽しめる。
勾配が急な山道でもこのセリカのエンジンルームに収まる名機、3S-GTEの低回転からモリモリ発生するトルクがあれば快適に駆け上がれる。

「感じるか? このパワー。このトルク。まるで俺の下半身みたいだろ? なあ、なつき」
「下品なこと言わないで」
「なに澄ましてんだよ」
「そういうのはもうやめたの」
「けっ……お高くとまりやがって」

何がもうやめたの、だ。気取りやがって。
そういう女に限って誰にでも股を開く。
ホストとキャバクラのボーイを経験したこの俺が言うんだから間違いない。断言出来る。

「なんでこのクルマ、ライトが4つもあるの?」
「これはラリーで使う際に視界を確保する為にワザと増やしてんだよ。たぶん。ラリー仕様のセリカなんか合計6つもライトがあるんだぜ」
「ふーん。でもどうせレースの時に増設するんだったらノーマル仕様は2つでもいいのに……」
「うるせぇな! カッコいいだろうが!!」
「うるさいなぁ……怒鳴らないでよ」

このバカ女が。何もわかってねぇ。
これだから女ってやつは駄目なんだ。
まあ、キャバ嬢みたくキャーステキーとか思ってもないことを棒読みで言わないだけマシか。

「ん? 降ってきやがったな」

しばらく山を登っていくと、雪が降り出した。
高いスタットレスに代えといて良かったぜ。
しかも、このセリカ GT-FOUR は4WD。
つまり四輪駆動車なので、雪道には強い。

そのことを説明というか自慢したくてウズウズしていると、なつきはなにやら物憂げな顔で窓の外を眺めていて、不覚にもドキッとした。

「なあ、なつき」

その顔はまるでつい今しがた失恋したばかりの女のようで、派手に遊びまくっているキャバ嬢には絶対に出せない純朴さを醸し出していた。

「お前って今、男いんのか?」

尋ねるとなつきはバツが悪そうに顔を背けた。

「……御木先輩には関係ないでしょ」
「てことは、いねーな」

伊達に水商売で稼いでいたわけではない。
表の顔も、そして裏の顔も知り尽くしている。
今現在、間違いなくなつきに男はいない。
それだけなら大歓迎だが、少し引っかかる。

この態度から察するに、恐らく、ごく最近までは誰かと付き合っていたのだろう。
そして、破局した。まあ、それはいいさ。
望むところでもある。だがしかし。それでも。

「けっ……面白くねぇ」

未練が残っている女の顔は気に食わなかった。

「なつき、俺とよりを戻せよ」

気づくと俺はそのようなことを口走っていた。

なつきは美人だ。間違いない。
昔よりもずっと綺麗になった。
最高のクルマに相応しい最高の女だ。
この女と付き合えば、俺は充実する。

そんな邪な欲望とは裏腹に、傷ついたなつきをどうにかしてやりたいという気持ちもあった。

だが、優しい言葉はすなわち、男の弱さだ。
水商売の世界では、そうした人の良いおっさんやおばさんがいいカモで、貢がされていた。

だから俺は敢えて強い言葉だけで強引に誘う。

「また昔みたいに楽しもうぜ?」
「……昔に戻るつもりはないよ」

そう言って拒絶するなつきの顔は。
完全に俺を見下していて、冷たかった。
まるで金が底をついたおっさんを見る目。

いや、未来に希望を抱いていた俺が無様に転落したことを嘲笑っているようにも見えて。
つい、カッとなって、怒鳴り散らした。

「そんな目で俺を見るなっ!」
「きゃっ!」

なにがきゃっ! だ。
そんなか弱い悲鳴なんざ似合わない。
なつきはもっと強い女だった筈だ。

「……停めて」
「ちっ……わぁーったよ」

気まずい沈黙が流れて、頭を冷やした。
流石に今の態度は自分でもどうかと思う。
言われた通り、クルマを路肩に停車させた。

すぐにドアを開けてなつきが降りようとする。
この雪の中、山道で降りてどうするつもりだ。
などと、柄にもなく心配しているとなつきが。

「付き合ってる人は居ないけど、好きな人は居るから。すごく特別で、大好きな人なの」

そんな恋に恋する乙女みたいなことを言って。
まるで、自分がお姫様みたいな顔をしていて。
俺はクルマを急発進させて、山頂を目指した。

ギュアアアッゴォオオォオオオオオッ!!!!

「やめて! 停めて! 降ろして!」
「いいじゃねーか。ちょっと山頂まで付き合えよ。その大好きな人って話聞かせてくれよ」

なつきは恐らく、騙されている。
ホストに貢ぐ馬鹿な女と同じだ。
だってそうだろう。見りゃわかるだろう。

その大好きな人とやらのせいでなつきは今、傷ついているってことくらい、一目瞭然だ。

経験上、その男はダメだ。
夢見がちな女を誑かしてやがる。
そういう奴に捨てられた女はこんな顔をする。
また酷い目に遭うに決まってるのに。
それでもその男のことが忘れられないなら。

だったら俺が、なつきに現実を教えてやろう。

「なつき」

山頂に到着して、説得を試みる。

「悪いことは言わねぇから、そんな野郎のことは綺麗さっぱり忘れてまた俺と付き合えよ」
「やだ」
「なんでだよ……昔は楽しくやってたろ?」
「昔と今では違うの!」

くそったれ。またあの目だ。
ゲロまみれの俺を見下す女の目。
またカッとなって、つい手が出ちまった。

「きゃあっ!?」
「てめぇ! いつからそんなつまんない女になったんだ! 昔はもっと素直だっただろ!?」
「本当に好きな人が出来たら変わるんだよ!」

駄目だこの脳内お花畑女。
かなりヤバイ。早くなんとかしないと。
じゃないと、取り返しがつかなくなる。
どうせガキでも孕まされた挙句、認知して貰えずに男に逃げられて、学校を中退するのが関の山だ。そんなキャバ嬢が腐るほど東京に居た。

「格好つけんじゃねぇよ……へへっ」

ちょっとだけ、ビビらせてやろう。
男に対する恐怖を植え付けるだけだ。
そうすればこの女の目も覚める筈だ。

「やめてっ!」
「おおい、待て! こらっ!」

俺が迫ると、なつきは予想通りクルマから逃げ出したので、雪の中、そのあとを追った。

「ぜぇっ……はぁっ……手間取らせやがって」

日頃の運動不足が祟って、酷く疲れた。
しかし、元サッカー部の俺はすぐ追いついた。
なつきを組み敷くと、手に持つ携帯に気づく。

「拓海くん、助け……っ!?」

すぐさま携帯を取り上げる。
今、聞き捨てならない名前が聞こえた。
俺は務めて冷静になつきを問いただした。

「今、拓海とか言ってたな? お前、その好きな人ってのは藤原のことじゃねぇだろうな?」
「…………」

なつきは答えない。
その沈黙は肯定だ。
脳裏にサッカー部時代の喧嘩がよぎる。
なつきはあの藤原拓海に惚れているらしい。
よりにもよって、この俺に楯突いた藤原に。
あいつに惚れて、そして捨てられたなんて。
あの時、なつきを庇ったあいつが、どうして。

あらゆる意味で許せなくて、ムカついて。
再び頭に血が上り、また手が出てしまった。
駄目だ。落ち着け。冷静に。クールにいこう。

「けっ……助け呼ぶなら相手を選べよ。高校生のガキがクルマなんか持ってるわけねぇだろ」
「来るよ。拓海くん、運転上手だから」
「なっ!? あいつ、クルマ持ってんのか!?」

どうやら藤原は、クルマを持っているらしい。
ならば試してやろう。その好きな人とやらを。
本当になつきを大切にしているのか見極める。
なつきを誑かして、遊んで捨てただけなのか。

それとも俺に楯突いたあいつなら、あるいは。

ドッゴォアアアアゴォオオアアアアッ!!!!

「きゃああああっ!?」
「この程度のドリフトで喚くんじゃねぇ!!」

猛スピードで山を下る。
雪道でケツが流れるが、流石は四駆。
アクセルを踏めば真っ直ぐに向き直る。
ビビってブレーキさえ踏まなければ問題ない。

そこで、対向車とすれ違った。
白黒のパンダトレノ。ハチロクだ。
正式名称はTOYOTAスプリンタートレノAE86。
しかもGT-APEXのスリードア仕様だ。
後輪駆動車で今となっては珍しい車種である。
尋常じゃないスピードだった。あれはまさか。

「拓海くん、来てくれた……」

どうやらそのまさか、だったらしい。
電話から数十分でもうここまで登るとは。
どうやら俺は、誤解していたらしい。

捨てた女の為にここまで必死にはなるまい。
ならば、なつきはまだ捨てられていない。
それがわかると、なんだか嬉しくなった。

ならばせいぜい、悪役を演じてやろう。

「へっ……どんなクルマかと思えば。古のポンコツじゃねーか。あのクルマじゃあ、この俺のセリカGT-FOUR についてくるのは無理だ」

雪道に四駆が強いのは世界の常識。
とはいえ、後輪駆動車も捨てたものではない。
路面の状態に素直に反応するFRは腕さえあれば、スライドを上手くコントロール出来る。

「あと、コーナーを3つも曲がれば藤原のクルマは見えないくらいに消え去っている筈さ」

コーナー3つで追いつかれると予想していた。
しかし、藤原のテクは俺の予想を超えていた。
ここまで登ってくるのにかかった所要時間を考えれば不思議ではないが、実際に後ろに張り付かれてみると、その速さに驚愕を禁じ得ない。

「ゲホッ! ゲホッ!」

思わずむせてしまうほどのプレッシャー。
迫り来るリトラクタブルのヘッドライト。
みるみるうちに追いつかれて、煽られて。
たしかにあいつは、なつきを助けに来た。

「くそっ! 金魚のうんこじゃあるめぇーし!」

ならば、俺の役目はこれで終わりだろう。

「これならどうだ!?」

侵入スピードを間違えた振りをして突っ込む。
明らかなオーバースピード。やりすぎた。
ちょっと派手に停車するつもりが停まらない。

ギュオオオオオオォォグアッシャンッ!!!!

「くそっ!」

スピンして藤原のパンダトレノと向き合った。

「頼む! 避けてくれぇえええっ!?!!」

もうブレーキはベタ踏み状態。
体勢を立て直すことは諦めて。
あとはひたすらに祈るだけだ。

ドッギャアッグォオオオオオォォオォ……キッ!

完全に取り乱した俺とは対照的に、藤原は神業的なハンドルさばきとアクセルワークで、コンパクトにコーナーをクリアして追い抜いてから華麗にターンを決めて停車した。

「はあ……はあ……」
「拓海くんっ!」

なつきがクルマから降りていく。
俺はぐったりとハンドルに突っ伏した。
今のはヤバかった。というか気まずい。
ノリと勢いで悪役を演じたが、やりすぎた。
具体的には、恐怖のあまり脱糞しちまった。

「フハッ!」

だいたいこんな恋のキューピッドみたいな役回りは、俺には初めから不可能だったのだ。
我ながら馬鹿らしくて、嗤えて、泣けてくる。
また藤原に殴られるのだけは勘弁して欲しい。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

そんな願いが届いたのか、あるいは愛車のシートを糞まみれにして嗤う俺の盛大な哄笑を不気味に思ったのか、なつきをハチロクに乗せた藤原は何も言わずにその場から立ち去った。

バタムッ!

「上手くやれよ……藤原」

プォオオオオオオン……カァアアアアアァン……

しんしんと雪が降り積もる秋名の山道に独りポツリと取り残された俺の呟きは、ハチロクに積まれた11000回転まできっちり回るグループAの競技用エンジンをデチューンしたと思われる5バルブ仕様の4AGが奏でる小気味良いエキゾーストノートによって、誰の耳にも届くことなく、かき消された。


【頭文字M】


FIN

何かひぐらしの鉄平が実は良い奴コピペを思い出したわww

>>11
TOYOTA好きに悪い人は居ないと思うのですよ
結果的に恋のキューピッドになってくれたことには間違いないわけですし、御木先輩にも少しくらい良いところがあるのではないかと思いまして書いてみました

読んでくださってありがとうございます!

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