二世アイドルは自由に焦がれる (7)
スレ立てられたら書く。
私のお母さんは国民的アイドルだったらしい。
らしい、というのは私が生まれた時にはもう引退していたから。
俳優のお父さんと、元アイドルのお母さん。二人の姿を見ていたら、私も芸能界に入るのが当然のことだと思っていた。
小学校に入ると子役を始め、中学二年生からは今も所属しているアイドルグループ、『トゥインクル』に加入した。大物プロデューサーが手掛けるグループで、元国民的アイドルの娘の加入は結構な話題になった。
そして、そのあたりから自分でも分かるようになってきた。
私は『元国民的アイドルの娘』であって、『綾川悠』としては大した価値がないということだ。
ステージの上に立つ私も、グラビア撮影で微笑む私も、私であって私でない。私はそこにはいない。
大人たちのマリオネットとしてここにいる。
私はその役を演じているだけ。私が魅力的だから、ではない。
……なーんて、そんなことを言ってもどうしようもない。
相談できるような友達、いないし。同じグループの子たちからすると、そりゃ面白くないよね。
自分より可愛くなく、自分より歌もダンスもうまくないのに、いつも中心的な立ち位置を回されてる私に、仲間なんてほとんどいない。
同期の絵里が唯一の話相手だ。
オフの日に、私は行きつけの喫茶店であるフォールマウンテンに向かう。
初めて行ったのは、アイドルになった直後くらい。職場でも学校でも綾川悠の居場所はなかった。だから、私だけの世界を作りたくて知らない世界に向かっていった。
もう数年通ったおかげで、オーナーの秋山さんはいい話相手になってくれている。秋山さんだからフォールマウンテン……いつ考えても直訳だ。
「あ、綾ちゃん。いらっしゃい」
ギャルソンスタイルの秋山さんが、いつもの笑顔で迎えてくれた。初老のような見た目だし、年齢はたぶんお父さんより上なんだけど、中身はかなり若い。
私たちの歌の感想はいつも言ってくれるし、流行りのスマホゲームだったり、ファッションのトレンドだったり、本当にいい友達のような感覚で話してくれる。
「こんにちは。アイスコーヒー、お願いします」
お店の中には、いつも通りお客さんがいない。
このお店は道楽で開いているらしく、そこまで力を入れて宣伝しようとはしてないらしい。実家がお金持ちらしく、その資産運用で生活には困らない稼ぎがあると以前言っていた。
チェーン店とは違い、アイスコーヒーでも注文を受けてからドリップをして淹れてくれる。それを待つ時間も、今となっては楽しみな時間の一つだ。
「綾ちゃんは最近、どう? 仕事は?」
「んー、いつも通りだよ。特に変わりなし」
「そっか。ま、無理はせずね。そのうち『綾川悠御用達』で宣伝させてもらうつもりだから」
「それ、何年前から言ってます?」
気心が知れたころから、それを冗談で言われるようになったんだけど、今のところそれが表に出たことはない。
他のお客さんも、マスターから注意されているのか、もともとそういう人達なのか、私のことを特別扱いしないでくれる。それが、このお店に通う大きな要因でもあった。
いつも通りのやり取りをしながらコーヒーを待っていると、扉の開く音がした。
「いらっしゃい」
秋山さんがそう言って入口を向いたので、私も視線をそちらに向けた。
「こんにちは」
入ってきたのは、私より少し年上くらいに見える男の子だった。大学生かな?
「こんにちは。えっと……良いですか?」
「はいどうぞ。カウンターでもいいかな?」
ちらっと私に視線を送ったのは、私に対しても確認をしているようだ。構わないという意味で、私は秋山さんに微笑み返す。
カウンターに座った彼は、私と同じくアイスコーヒーを注文した。
「うちは初めて? ですよね?」
「はい、なんかこういう、チェーンじゃない喫茶店に来るのって大人っぽくてかっこいいなと思って。初挑戦です」
あはは、と秋山さんは笑った。私も少し笑みが漏れてしまう。
「アイスコーヒー、ちょっと待っててね。先にあっちの子の分を淹れてしまうから」
私の分のコーヒーはドリップが終わっていたらしい。秋山さんはグラスに氷を入れて、それを注いで私の前に置いた。
いつも通りの、いい香りが鼻腔をくすぐる。家で自分で淹れてもこうはできない。コツを教えてほしいとお願いしても、秋山さんは企業秘密と笑ってごまかすばかりだ。
一口ストローから吸うと、少しの酸味とちょうどいい苦みが口に広がった。うん、美味しい。
スマホを触りながらアイスコーヒーをちまちま飲んでいると、秋山さんと彼の会話が耳に入って来た。
「学生さんなんですか?」
「はい、大学一年です」
ということは、私より二歳ほど上らしい。少し年上という私の見立ては当たっていたらしい。
「僕は秋山って言います。見ての通り、いつもお客さんは少ないので、カウンターに座ったお客さんと話すのが僕の楽しみで」
「本当ですか? ほら、やっぱりこういうお店に来たら、マスターとかお客さんと話すのかなって。ドラマとかでよくあるじゃないですか?」
「それはどっちかっていうとバーなんじゃないかな?」
秋山さんはそう指摘して、「君の名前をきいても?」と重ねた。
「申し遅れました、僕は空です。大羽空です」
なんだか漫画みたいな名前だなと盗み聞きしながら考える。
彼と秋山さんの会話で分かったのは、彼がこの辺にある大学の学生さんということ、地方から出てきたばかりで友達がまだ少ないこと。
空くんは、話を聞けば聞くほど普通の学生さんだった。悪い意味ではない、いい意味でもないけれど。
私の周りにいる人って、たぶん世間一般で言うマジョリティってあまりいない。芸能コースの学校だし、仕事もそうだし。
気取ってないふりをする人はいても、本当に気取ってない人っていないから。
彼の話に耳を傾けていると、「あ、そういうことがあるんだ」ってちょっと興味深い。
スマホを触らずにそちらに耳を傾け続けていると、空くんが急に「ところで」と話を変えて私を見た。
「あの……」
あーあ、ばれちゃったかな。ちょっと面白かったから、もっと空くんと秋山さんで話しておいてほしかったのに。
芸能人扱いされたくなくてここに来てるから、あんまり見つかりたくはなかった。空くんは悪くないんだけどね。ただ、ちょっと残念。
声をかけてきた空くんに、アイドルスマイルで視線を返す。
「お姉さんは、このお店の常連さんなんですか?」
ただし、投げられた言葉は予想外のもので。綾川悠さんですか、を読んでいた私は目が点になった。
「あ、はぁ……常連……」
なのかな? と困った顔で秋山さんに視線を投げると、「そうだね、少なくとも僕が覚えてはいるという意味で常連ではあるかな」と言葉を足してくれた。
「へぇ! あ、僕は大羽空って言います。お姉さん……お名前を聞いても?」
何だろう、ナンパかな? いやでも、そんな感じの人じゃなさそうだ。
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