タイトルの通り、ちょっとファンタジーなアイドルマスターミリオンライブ シアターデイズの二次創作です。
ファンタジーというよりラノベ感、伝奇感を全面に押し出したいですがどうなるかはわかりません。
地の文あり、特定のアイドルに出番が偏る、独自設定あり
基本1話完結でどこで終わってもいいように作るつもりです。
もしよかったらどうぞ。
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ミリオンライブ ちょっと不思議劇場
第一話「プロデューサーとスカウトと」
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天使の心は離さぬように。
天使の子らはきっと貴方を守ってくれる。
天使の子らはきっと貴方を導いてくれる。
神様なんていないけど。天の使いなんていはしないけれど。
あの子たちの心は天使のよう。
きっと貴方では届かない。
きっと貴方ではつかめない。
それでも彼女らは降りてきてくれる。飛ぶのをやめて、隣に立ってくれる。
たとえ世界が廻ろうとも。
たとえ世界が壊れても。
たとえ世界が変わっても。
ただあるがままに、あの子たちは貴方の傍にいることを望むでしょう。
だってそうしたいのだから。
だから、その心を離さないように。
貴方が手を伸ばしても、離れた心にはきっと届かないのだから。
だーかーらー、ハニーはもっと美希を甘やかすべきだと思うな!
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妖精の心は壊さぬように。
妖精の子らはとても脆い。
妖精の子らはとても儚い。
それでも失われないものが妖精だけど、彼女らはたった一人しかいないのだから。
妖精は人の心に根付いているけど、彼女らはたった一人しかいないのだから。
きっと貴方は間違える。
きっと貴方は見失う。
それでも彼女らとはきっとわかりあえる。ずっとそこにいるのだから。
たとえ世界が廻ろうとも。
たとえ世界が壊れても。
たとえ世界が変わっても。
ただあるがままに、あの子たちは貴方の傍にいるのでしょう。
だって、そこしか居場所がないのだから。
だから、その心を壊さぬように。
貴方が治そうとしても、一度壊れた心は戻らないのだから。
ええ、大丈夫です。きっと、私はプロデューサーと一緒にいます。
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お姫様の心はわかりません。
お姫様はいつだって世界の中心で。
お姫様はいつだって自分の思う通りに物語を進めてしまう。
どこのお姫様かは知らないけれど。
何もわからないまま、振り回されるでしょう。
きっと貴方は戸惑うでしょう。
きっと貴方は拒むでしょう。
そうなったら、どうなるかなんて、誰にもわからない。
だから世界が廻ったら。
だから世界が壊れたら。
だから世界が変わったら。
どうなるかなんて、わからない。
だって貴方が拒んだのだから。
だって貴方がこれきりだと言ったのだから。
お姫様の幸せを考えない貴方なんていらない。
お姫様と一緒に歩いてくれない貴方なんていらない。
御姫様のいうことを聞いてくれない貴方なんていらない。
でも、お姫様はずっと待ってる―――え?
なに、どうしたの雪歩?
時間切れ?ちょ、ちょっと待って!私に任せるって言ったじゃない、二人とも!
え、えっと何が言いたいかっていうと!
頑張ってください!プロデューサーさん!
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765プロ有する劇場―――オープン前のそここそが、俺の、今現在の、メインの仕事場である。
それにしても眠たい。食事をとった後だからか、それとも夜起きてしまったからか。
どっちが、というよりどっちもその理由になるだろう。
たまに、夢見が悪いことがある。
たいしたことではないのだが、まあそういうことを他人に言うのもあれなので、こうやって一人げんなりする。
延々と若い女性に耳元でささやかれる夢をたまに見るなんて言ったら、どう思われるものかわかったもんじゃない。
ただでさえ、職場はほとんど女性しかいないのだ。
「なあ春香」
「どうしたんですか、プロデューサーさん」
「お前夜な夜な俺の枕元でわけわかんないこと囁いてないよな?」
どんがらがっしゃーん、とこうなるわけだ。
とてもじゃないが、春香や真ぐらいにしか言えやしないのである。こんなこと
「ば、ばば、ばれてましたか!?」
「そうさな、そういう役はお前には似合わねえわな。
どっちかというと、貴音とか……あと律子とかか。
あの三つ編みほどいてやったら案外受けるかもわからん。眼鏡はヒビ入れてやるか。
いやそれじゃ幽霊になっちまうなあ……」
よかったぁ、ばれてなかったぁとかいう声が聞こえたがよくここまで乗ってくれるものだ。
確かに付き合いは長いが、たまに春香という女との距離感が迷子になる。
「幽霊……ですか?何かオファーがあったんですか?」
「ないって。まあ俺の夢見が悪いって話。
なんなんだろうな、この間なんか劇場が宇宙に飛んでいく夢を見たし」
それ夢じゃないです、なんて真顔で言うのも冗談だろう。
ただ、ノリ突っ込みにしても、突っ込みが迷子だ。それはいただけない。いや、逆にシュール漫才としてはありか?
それにしても、芸人気質の抜けないアイドル様である。
駆け出しの時に、そんな仕事を振った俺にも問題があるとはいえ、やっぱり本人の素質はあると思う。
何もないのに転ぶなんて真似しようとしても誰もできないわそんなん。
「まあいいや。
暇ならこの履歴書見てくれ」
「え?39オーディション応募書類ですか?」
「あー正確には応募じゃなくって、内定済。
俺が直接スカウトした子だな」
「へぇ」
春香の目がすわった気がしたが、それぐらい真剣に新しいアイドルのオーディションを気にしているということだろう。
春香にも先輩としての自覚がでてきたようで結構結構。
「かわいい子ですね」
「そりゃかわいい子かかわいくなる子しかスカウトしないしな」
「へー」
ますます目が鋭くなっている気がする。
タバコを持たせたらその筋の人の愛人でもいけそうである。
悪役もいけるな、と思いつつ、書類に目を戻す。
「でもかわいいだけじゃアイドルとしてはやっていけません」
言うようになったな自称普通のアイドル。
だが、その通りである。
普通のアイドル事務所でもかわいいだけじゃやっていけない。
増してや今募集しているのは765プロの新設した劇場で活動してもらうアイドルだ。
個性豊かな―――というか、個性しかない元々のメンバーに加えて、39人のおかわりを加えて売り出すことになる。
そりゃあ、なまじっかな個性ではやっていけない。
その上、道端で不審者扱いされることも恐れず唐突にスカウトする対象となれば。
すさまじい個性を振りまいていること必須というわけである。
765きっての敏腕Pである俺が!時に職質を受けながら!スカウトしてきたアイドルなのである!
それこそ、呉服屋で店番をしているくせに微妙に愛想がないが和服が似合いそうな美少女とか。
あるいは、大学のミスコンで優勝するような一目でわかるセレブでもなければ正直そんな危ない橋はわたりたくない。
むべなるかな。
「で、765プロに一人しかいない、アイドルに尻ぬぐいばっかりさせる凡Pさんが犯罪スレスレの方法でスカウトするぐらいに魅力的なこの子の魅力って?」
「人聞きが悪いな大佐。ともあれこいつはすごいぞ」
「何がすごいんですトーシロー」
食いついてきたな、こやつめ。にしてもノリいいな。
「この子が朗読する物語はすごいぞ」
「……はい?」
「ちょっと待て。わかりにくいな?
つまりこの子は本が好きらしいんだが、彼女が音読するとだな、まるでその情景が目に浮かぶようなんだ」
「……なるほど?」
あっこいつ完全に疑ってやがる。俺を誰だと思ってる。天下の765プロのプロデューサーだぞ?
お前らをアイドルとして一人前にした俺を疑うというのか。
「春香?」
「あっ私そろそろレッスンの時間なんで」
「嘘つけもう少しあるだろ。
つまり、その、なんだ。この子が歌を歌ったらきっとすごいだろうなあとだな」
「まあ顔はかわいいですしね。好みなんですか?」
なんでそうなる?
俺の好み?好みってなんだ……?やっぱりナイスバディか?
いや違う、こいつ、まさか……
「てめえ俺が私情でアイドルをスカウトしたと思ってんのか……!?」
「知りませーん。私は一介のアイドルなのでー」
「俺に私情でスカウトさせてみろ!バストとヒップが90超えてるナイスバディしかスカウトしなくなるぞ!」
「セクハラですよ、セクハラ!?」
「その通りです、あなた様」
「「ヒェッ!?」」
そこにいたのは四条貴音。
神出鬼没、変幻自在、詳細不明のアイドルである。
そして突然声をかけられて、足を使わずに椅子から飛び降りて転げるとかどうなってんだ春香。
「乙女の個性を胸囲や腰囲などで決めつけてしまうのは感心しません。
それがたとえあなた様のプライベートな好みであっても」
「えぇ……物のたとえで言っただけで、俺がナイスバディが好きなのがセクハラになんのか……?」
「そうですよ!少しは乙女の純情に配慮してください!」
「その通りです」
と言いつつ、貴音がめっちゃ上機嫌に見えるのは気のせいだろうか。
あともう一つ。
「ここに千早ちゃんがいたら大惨事でしたよ!」
「そう。何が大惨事なのかしら」
「ヒェッ!?!?!?!?」
床から飛び上がって転がっていくのは器用すぎやしないか……と思いつつ、乱入者の顔をみやる。
ちなみに春香は転がった勢いで立ち上がり更衣室に走っていった。
あいつの運動神経どうなってんだろうな……。
「よう千早」
「はい。お疲れ様です」
千早は短く応えて、そのまま更衣室へと向かっていく。
何も突っ込まれなくてよかったというべきか。
あるいは何も突っ込まれなくて怖いというべきか。
とは言ってもどうしようもないのである。男はナイスバディが好きなのである。
千早同様、会釈して去っていく貴音の後ろ姿を見つつそう思う。
プロデューサー、最低ですとぼそっと聞こえたのは幻聴だろう。きっとそう。
とりあえず、あそこで実はナイスバディでいて腰が細くて長身長髪で歌声がきれいで気弱に見えて芯が強い子も好きとか言っていたら泥沼になっていたのは俺でもわかる。
そんな完璧超人いるはずがないとは言え、である。
女性の多い職場ではとりあえずうんうんそうだねと言って共感しておくべきなのだ。
お前が悪いと言われたら口ごたえはほどほどに申し訳ないと謝っておくべきなのだ。
つまり俺はすでに、千早の機嫌をどうやってとるか考え始めているということである。
例外は、雑に扱っていても機嫌を損ねない春香や真くらいのものだ。
でもあれで、俺に対する好感度は順調に下がっていっているのかもしれない。気を付けよう。
「しかし……そうか、なるほど」
考えてみたら、そういう要素も必要だ。
そう、お色気要素。
765プロにはお色気満載のアイドルも複数名いるとはいえ、多くて多すぎるとは言うまい。
せっかくだし、街に出てそういう美女を探すのもいいかもしれない。
「よっしゃ、事務所まで歩いていくか!社長が何か用があるって言ってたしな!」
さあ、外に出よう。
もしかしたら、俺好みの巨乳で安産型で、その上アイドルになれる華を持った人材に会えるかもしれん。
……まあさすがに。そんな都合よくはいくまいが。いくわけないよね。うん。
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1話はここまでです。
また次回。
ほろ苦いチョコレート。
美容にいい、なんて謳っているけれど、そんなのは私にとってどうでもいいことだった。
せいぜいが眠気覚ましになればいいな、と思ってつまんだぐらい。
プロデューサーさんは食べていいと言っていたし、せっかくこんなにあるのだから食べないともったいないだろう。
けれど―――それを口にした瞬間。
垣間見たのは―――
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ミリオンライブ ちょっと不思議劇場
第二話「百合子とチョコレートと」
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チョコレート、というお菓子がある。
別に思い入れも何もあるわけではないが、何かと差し入れというものが多いこの業界では食べる機会が多い。
もしかしたら、他の業種であってもそれは変わらないのかもしれない。
ただ、それにしても765プロではそれを食べる機会が多かった。
「でも、春香が作ってくるようなお菓子はチョコレート系は少ないんだよなあ」
気を使っているのか、いや。
どちらかというと、通勤しているうちに融けてしまうからか。
特に冬などは電車の中の温度もそこそこ高い。
確かにチョコを使用した菓子など作ってきても、誰も喜ばないような気もする。
「にしても溜まりすぎだわこりゃ」
と、冷蔵庫に置きっぱなしにしてあるチョコレートの山を見る。
賞味期限は切れていないし、問題ないとはいえ、溜まりすぎである。
チョコレートに限らず、出先でお菓子をもらうというのは珍しくない。
大抵、そういうのはアイドルにあげてはいおしまい、なのだが、人気がないのか余り気味である。
ただのチョコレートだったら自分で処理するかもしれないが、これは高カカオチョコレート。
食べられなくはないが、苦くて食指が伸びないのである。
置いておいたら、誰かが―――主にどこぞの双子がさっさと食べるかとも思ったのだが、そうでもなかった。
まあこんなもんは一旦誰かが食べ始めたらあっという間に消えていくものである。
「青羽さーん」
と、そこで近くで作業をしている同僚に声をかける。
「はーい?」
手を動かしながら、くいっと首だけを回す彼女の声はアイドル顔負け。
多分声だけでも、道端ですれ違った相手だったらスカウトしていただろう。
南国育ちのわりに、目鼻立ちの彫は深いわけではない。
むしろ、髪型と相まって幼いようにすら見える。
青羽美咲。765プロ劇場に新たに加わった事務員である。
さすがにアイドルに数十枚のチョコレートを一気にあげるわけにもいかない。
なので、一枚だけでも、と思ったのだが。
「チョコレートいります?」
「あ、高カカオチョコレートですか?」
「はい、結構残ってて」
「私、あの苦さちょっと苦手なんですよぉ」
なんとまあ。
俺と同じ理由と来た。
これはアイドル相手にも引き取りを拒否されるのではなかろうか。
「そうですかぁ……参ったなあ、家に持ち帰った方がいいか……」
「皆さんに配ったらいいんじゃないですか?」
「えーでも……青羽さん断ったじゃないですか……」
「でも、美容効果があるらしいですよ!そのチョコレート」
「なら青羽さんも一枚どうぞ」
「だから苦いのは苦手でー!」
「嘘をつけゴーヤ食べれますといっとったろーが!」
「それとこれとは違いますー!」
さてどうしたものか。
まあ別に重要な問題ではないが、いつまでも共用で使用している冷蔵庫の一角を占めているのは問題である。
誰か食べてくれんもんかなあ。
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何はともあれ、いくつも問題を抱えながら、仕事は回る。
時には解決し、時には忘れて、時には取返しのつかないことになるけれど、どうにか回す。
それがプロデューサーの仕事だ。
いや社会人だったらみんな同じようなものか。
「ハードボイルドですね、プロデューサーさん!」
「そうそう、仕事してるおっさんってのは皆ハードボイルドなんだ。
ゆで卵ばっか食ってたら尿酸値あがるしな。ちなみに俺の年ならまだ大丈夫だ」
尿酸値上がるのはむしろハードボイルドの逆なのではないかという突っ込みは幸いなかった。
卵の食べ過ぎで尿酸値上がるってどんだけ卵たべたんだろうかという突っ込みも幸いなかった。
「で、百合子。今日お前に夜遅くまで残ってもらったのは他でもない」
「はい……!ついに風の戦士と雷の戦士の最終決戦が始まるんですね……!」
すでにどこか別方向を見据えているのは見ないことにする。
妄想特急七尾百合子、ここに見参といったところか。
そう、彼女こそがスカウトしたらちゃんと事務所にまで来てくれたアイドル第一号七尾百合子なのである。
呉服屋で声をかけた髪の長いあの子や、バレエの衣装屋で声をかけた元気なあの子や、道端で声をかけてしまった素晴らしい胸と尻の持ち主にはまだ再会できていない。
ともあれ、現在進行中、39プロジェクトのために、自らスカウトしたアイドルがポンコツなんて言ってはいけない。
社長に責任転嫁することができない以上、自分が面倒みるしかないのである。
通りすがりの文化祭で、朗読がすごい上手かった美少女がいました!と社長に報告したところ、
『さすが私が見込んだだけのことはある!素質があるよ!』
と言われて何故か俺が褒められたのは記憶に新しい。
ともあれ。
朗読で直感的に感じた通り、ボーカルレッスンについては順調な滑りだしを見せている。
また、それ以上に表現力は際立っており、ビジュアルレッスンでは講師が絶賛しているという。
ダンスはかなり不安があるが、まあそれはここからというところだろう。
が、最大の問題は。
「とりあえず夜更かしするのはやめなさい」
「でも、でも!本が私を呼んでいるんです!」
「そんなこと言ってると音無さんみたいになるぞ」
「美人ですよね、音無さん……」
逆効果だったか。まあ確かにあの人すげえ美人でスタイルもいいけど。
なんで結婚できないのか不思議すぎる。絶対本人の目の前では言わないけど。
自虐ネタにしてるけど絶対モテるだろあの人。
閑話休題。話題を戻そう。
ともあれ、プライベートまでいちいち言う気はないのだが、さすがに完徹で本を読んでいましたなんて言われたらほっとけないのである。
「というわけで合宿だ」
「はい。この土日、劇場に泊まれるんですよね!
「そう、お前がしっかり睡眠時間とれるようにな。
あと生活リズム治そうな」
「なんか旅行に来たみたいで楽しいです!」
やかましいわ。
それにしても極端すぎるのだ。
本が好きなのはいいが、本当に寝食を削るレベルとは思わなった。
なので、アイドルデビューのため、劇場でのレッスンを始めた途端、本を読む時間がなくなったらしい。
結果、睡眠時間を削って本を読み始めたとのこと。
さすがの俺も、目にくまができた状態で「この本面白いんですよ!プロデューサーさんも読んでください!」なんて言われたら頭を抱える。
親御さんに相談したところ、若いっていいですよねなんてしみじみ言われたのだが。
それはともかく、普段からエキセントリックなレベルで本を読んでいるらしい。
それこそ若いころにしかできない無茶と言っていいだろう。
とはいえ、さすがに限度がある。どうにか生活習慣を改善させないといけない、というわけで親御さんの許可を得て劇場で泊まってもらうことにした。
最近の人は理解がありすぎて困るというか、あっさり承諾されてこっちが拍子抜けしてしまった。
それでいて、本人はこれから始まる「劇場でのお泊り」に興味深々なのである。
「やかましい。アホみたいに本持ってきやがって……」
「で、でも、移動時間短縮できるならその分本読みたいなって」
「よし、なら移動時間短縮した分で本読んだし今日はちゃんと寝るな?」
「…………はい!」
「よし。信じるからな。あと冷蔵庫に入ってるもんは名前書いているもん以外は勝手に食べていいぞ。
基本名前書いてないものは封開けてないはずだし。
飲み物はドリンク剤以外なら飲んでよし」
「ありがとうございます!」
「朝8時くらいになったら、飯でも食べよう、それまでは自由時間だ。
いいか?寝るんだぞ?」
「はい!」
さすがに、20歳以下の少女を一人で劇場にいさせるわけにもいかない。
今日は俺も、そして男性一人ではまずいということで青羽さんも泊まりだ。
ちらっと視界の端に見覚えのあるリボンと金髪が見えたが知らん。
仮眠室は男用一つと女性用二つしかねえからな?駅まで送ってほしいなら早めに声をかけてほしいもんである。
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翌朝。まだ日も昇っていない時間に起きてしまった。
眠りが浅いのは、普段とは違う場所で寝たからだろうか。
職場に泊まるというのは独身の特権だよなあと思いつつ、その一方でいつ結婚できるかもしれぬ己の身の上を案じて少し心が寒くなった。
窓を開けて、まだ寒い外の空気を吸い込み、独り言ちる。
「大丈夫、大丈夫、晩婚化がトレンドだからセーフ……」
あずささんの運命の人を一緒になって探してる場合じゃないんだよなぁ。
根本的にこんな仕事を続けられるのかも大概怪しい。
とはいえ、上京して数年ですぐ田舎に引っ込むというのもおかしかろう。
―――私はずっと一緒に探していただいても構わないんですが~。
―――なんだったら一緒に田舎へ行かせていただいても~。
あずささんはそんなこと言わない。
あの人は大概迷子になっているが人生に迷子になっているようには思えん。
むしろ目標に向かって邁進しているのではなかろうか。
婚活系アイドル。いいアイディアかもしれない。現時点では恋人募集中ぐらいの緩いキャラだが結婚を目指すとなると、また一つアイドルとして重みが増える。
しかし20代前半で婚活とか言ったら、ガチ婚活系女子の怒りを買いそうな気もするのも確かだ。
うーむ、もう少し落ち着いた年代の人だったらいいかもしれんが。
さてはて。
それにしても、子供のころは、今の年齢になったらすでに恋人がいて、結婚も視野に入れ始めているみたいなイメージがあったがそううまくはいかないものだ。
結婚したい、という意思をもう少し全面に押し出して生きる必要があるかもしれない。
―――ハニーはそんなに急いで結婚する必要ないと思うな。
―――トレンドは晩婚化ですよ!晩婚化!
それはもう俺が言ったぞ。わけがわからん。
いや、一番わけのわからないのはとりとめもない考えを延々とめぐらしている俺か。
昨日仕事が入っていたのは雪歩と真。今日の予定はどうだったか。
今のところ、劇場の立ち上げが最優先とはいえ、すでに入っている仕事をキャンセルはできない。
今日仕事が入っている美希を電話で起こすためのタイマーを設定し、メールを確認する。
「あ」
そこで気づく。
そういえば、百合子と朝食をとると言ったのは8時だったか。
さすがに中学生と連れ立って飯を食いに行く度胸は俺にはない。
―――あれ?ボク、プロデューサーと一緒に食事に行ったような気が……
世間一般には休日の朝とはいえ、独身男の味方、牛丼屋と立ち食いソバ屋にいたいけな中学生を連れ込むわけにはいかないのである。
頭の中に響くとりとめもない考えを無視して、いつも通りにシャワーを浴び、いつも通りに髭を剃る。
ああ、シャワー室洗わなきゃいけねえなあ、面倒くさいなあと思いながら髪を乾かし。
とりあえずコンビニにでも行って何か買ってくるか、それとも牛丼屋でテイクアウトか……と思って仮眠室の扉を開けたら。
「プロデューサーさん……」
そこには真っ赤なお目目の百合子ちゃんが一人。
三角座りで上目遣いで、かわいらしい顔は若干むくんでいた。
いったい何があった。
―――面妖な。
お前がな。
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さて参った。
一回りぐらい離れた少女たちのわがままやら、同僚の小言やら。
小鳥さんの頭おかしな独り言なんかには大概慣れたつもりではあったが、こんなことはついぞなかったような気もする。
―――プロデューサーは嘘つきですぅ。
いや、あったかもしれない。許せ。
が、慣れるわけがないのだ。
前世でどんな宿業があったら、こんなことになるのか。
美少女が、自分の裾をつかんでる。
しかも泣いている。
俺のせいなのか。俺のせいなのか?
いったい何があった。
誰か助けろ。俺を。
具体的には青羽さん。
あるいは自主練しに来たアイドルでもいいぞ。
―――自分でなんとかしてください。
知ってた。
「なあ百合子……」
「…………」
袖を引っ張る力が強くなった。
先ほど見えた赤い目―――どう見ても泣きはらした目は、膝に隠れて見えない。
「……何かあったか?」
「……何も、ないんです」
ぽつり、と喋った声はどこかぐずついている。
彼女は、まだ、泣いている。
「何も。何も。なかったんです。なかったことになっちゃった。
私が、私と、皆と、が、頑張ってきたものが。
私の、思い出が。
ううん、私の思い、そのもの、が、なくなっちゃったんです……」
「……」
整合性がとれない言葉。
断片的な単語から、意味をくみ取ろうとする。
「夢でも見たのか?」
「……そんなこと、言わないでください」
話がかみ合わない。
「夢なんてものに、しないでください……!」
強い語気。
控えめにいっても、その顔はとてもアイドルには見えなかった。
ぐしゃぐしゃだ。
鼻水と、涙と、よだれで、とても嫁入り前の娘が異性に見せていいものではなかった。
しかし、その瞳の奥には強い意志がある。
「私は!皆も!貴方も!!
あんなに頑張ったのに!
ずっと一緒だって、言ってくれたのに!」
否定させはしないと。
強い語気に、だが気圧されることはなかった。
どこか遠いところで、しかし一番心の近い場所にある何かが言っている。
―――百合子ちゃんの言っていること、わかります?
きっと、目の前にいたらそいつは苦笑いしていたのだろう。
いつの間にやら、仲間思いの優しいやつになってしまったあいつ。
昔はもっとドジで、もっと不安定で、もっとがむしゃらだったような気もするあいつ。
あいつってのは……誰だっけか。
「なんで忘れてるんですかぁ……
なんで、こんな大事なこと……」
ステージの光。
輝いている少女たち。
リボンが揺らめいている。
「忘れてたっていいと思うけどな」
「嫌です……!そんなのっ」
誰が言っていた言葉だったか。
あるいは、いつかどこかで聞いた歌詞か。
「何度でも会えるさ」
「……え?」
「ちゃんと見つけただろ?」
「あ……」
この新しい世界よ、だったっけか。
ああ、いい歌詞じゃないか。
脳裏に浮かんだ曲に思いを巡らしていた数瞬。
いつの間にか、妄想癖の激しい本好きの彼女は泣き疲れたのか、眠っていた。
「はぁ……」
溜息をつく。体から力が抜けた。
よかった。返す返すよかった。
何を言ったかもろくに覚えていないが……
「腹減ったなぁ……」
とりあえず飯を食べたい。
そういえば。なんで俺はこいつが妄想癖が激しいなんてことを知っているのだろうか。
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ロールケーキ、チョコレート、のど飴、タピオカドリンク。
別に、それを与えられたから、好きになったわけじゃない。
女の子はそんなに単純じゃないのだから。
でも、それでも。
そんなもので人の想いが揺らぐのであれば、それにはきっと、何か意味があるんだと思います。
きっとそれらは。
どこか遠くの世界で紡いだ想いの欠片だったり。
貴方が覚えていない感謝の気持ちだったり。
もしかしたら、成就できなかった恋心の結晶だったりするかもしれません。
え?もはや妄執じゃねーか、ですか。あはは!そりゃそうですよ。
告白するたびに振られてたらそうもなりますって。
ええ、お菓子は特別なものなんです。きっと、それを作る人も、それをもらえる人も。
だから私はお菓子を作るんです。
お菓子を作って、プロデューサーさんに食べてもらうんです。
何が言いたいかというと、私の気持ちを食べてもらいたいな~って、ことなんですよ!
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「と、いうわけでプロデューサーさん!クッキー作ってきました♪」
と、いうわけで今に至る。
何がと、いうわけなのかは知らん。
結局、当初の目的は果たせなかったが、夜更かしした悪い子は無事爆睡中である。
泊まらせた意味があったのかなかったのか。
「あ、お茶入れますね、プロデューサー」
「おー助かる助かる。
今ならいくらでも食えるぞー」
どこかで誰かが目を光らせた気がしたが、気のせいだろう。
きっと気のせいだ。さすがに朝から中華は食えねえ。
「そういやチョコレート残ってたな」
「冷蔵庫にあったやつですか?」
「そうそれそれ。
苦いらしいんだけど、今なら食える気がする」
シチュエーションだけなら、確かに美少女に泣かれるというのはドラマティックだが、実際誰かに泣かれるというのはきついものがある。
で。そんなストレスが去ったら次に襲ってきたのは空腹感。
最早外に出るのも嫌なくらいの空腹に耐えかねて、談話室を訪れた俺を待っていたのは。
休日出勤してくださった天海春香様と、萩原雪歩様だったのである。
朝も8時にならないうちに仕事場にくるとか社畜も真っ青である。
春香は始発に乗ってきたらしい。お前昨日何時に帰ったっけ?
「そういえば、百合子ちゃんはどうしたんですかぁ?」
お茶を入れながら、雪歩が聞いてくる。
「まだ寝てるみたいだな。
結局興奮して寝れなかったみたいだ」
「……」
「……」
会話が止まった。
まるで俺が空気の読めないこと言ったみたいじゃないか。
「ふーん。そうなんですかー」
「ふーん……そうなんですか……」
別に間違ったことは言ってないぞ?
うん、言ってない言ってない。
後ろめたいこともないんだよなぁ。
だがこいつらは余計なところで勘がいいので油断ならない。
「寝れなかったのをなんで知ってるんですかー」
「そりゃ朝起きた後、直接話したからな」
「あくまでも白をきるつもりですかぁ……?」
知らん知らん。
幸いに名探偵などこの場にはいない。
ここにいるのはドジっ子美少女と穴掘り系美少女だけである。
「て、照れますぅ」
「プロデューサーさん♪お弁当も作ってきたんですよ♪」
春香お前それ自分の弁当じゃないのか。
ともかく機嫌が直ったようで何よりである。
「じゃなくてチョコレートだよチョコレート……あれ?」
開いた冷蔵庫には、チョコレートはすでになかった。
え、結構な量あったはずだぞあれ。
青羽さんが食べたのか……?美容にいいって言っていたが、さすがにこの量はまずいだろう。
恐るべしは美容への執念である。
苦いのが嫌いとか言ってやっぱり好きなんじゃないか。
それとも百合子だろうか。これだけ食うともはやプ二プ二になってそうだな。主に腹が。
七尾プ二子。
意外とゴロがいいな?
「プ二子じゃありません!?確かに食べちゃったのは私ですけど……うぅ……」
と、噂をすればなんとやら。
談話室に訪れたのは雪歩だった。
これでまだ起きてこないのは青羽さんだけになった。
……まさかもう仕事始めてるなんてことないよな?青羽さん。
「おはようございますぅ」
「あ、百合子ちゃん、おはよう!
朝ごはんまだなら一緒に食べよう!」
元気に挨拶するアイドルの鑑二人。
これも765プロの教育の賜物である。
ところで雪歩もそうなんだが、いちいちお前ら俺の前に立つ必要あったか?
何はともあれ。
大概俺としても気まずいのではあるが、まあ挨拶ぐらいはしないといかん。
あとプ二子はすまんかった。さすがに言いすぎだな。
「よう、おは……よう?」
と、挨拶が疑問形になったのも仕方のないことである。
別に距離をつめたわけでもないのに、手を挙げて挨拶しただけで飛びのかれてしまった。
「おい春香」
「どうしましたプロデューサーさん」
「なんか百合子が昔の雪歩みたいになってるんだが」
「ご、ごめんなさい~!」
なぜ雪歩が謝るのか。
とりあえず、談話室の入り口で、扉を前にハムスターのようになっている百合子に声をかける。
「いろいろすまなかったな、百合「近づかないでください!!」子?」
ハムスターじゃねえなこれ。チワワだわこれ。
キャンキャン鳴いとるわこやつめ。
しかし近づかないでくださいかあ……わりとショックを受けますねこれは。
いつかは春香や真にこんな風に言われる時が来るかとは思っていたが、どうやら最初に反抗期になったのはこいつらしい。
「……悪い、まさかお前がそこまで俺のことを嫌っていたとは……」
「嫌ってなんかいません!!」
かぶせるように大声を出す百合子。
すげえな、嫌われてないのに距離をとられるってそれはそれでわけわからんぞ?
「えーじゃあ近づいても……」
しかし、なんでこんなやり取りで俺は笑っているのか。
楽しいから、だろうか。よくわからん。
まあ、本気で嫌がっているわけじゃないっていうのはわかる。だから、話しかけることは、できる、のだが。
だけど、なぜか、そのやり取りが、愛おしいものに思える。
よくは思い出せない。まあ思い出したりする必要もないんだろう。きっと。
「駄目ですっ!!!近づかないでください!!
それ以上近づくと―――」
なぜなら、きっと、それは。
「―――恋しますよっ!?」
今ここに、あるものなのだから。
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テーマはチョコレート、メメントモメント、スカウト。
つまり百合子に大量のチョコレート食わせて親愛度4倍アップ!という話でした。
直感のままに書いているので、ご指摘いただければ幸いに存じます。
今回はここまで。また次回。
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