【ラブライブ!】魔法少女 ほのか☆マギカ (192)
ラブライブ!とまどマギのダブルパロです。
時系列は2期3話の後くらい。
シリアス系。
※以前某所で書いてたものを調整したものです
※若干流血表現とかある
※あなたの嫁が死ぬかもしれません
※あなたの嫁が魔女化するかもしれません
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◆Prologue.
夜の街にオレンジの光が奔る。そして、轟音。爆風。ビルに突き刺さったトラック。その鉄に跳ね飛ばされた二つの身体。黒い髪をツインテールにした少女は腕を振るわせて立ち上がろうとする。もう一つ、倒れたまま動かない身体。暗くても目に着く、オレンジ色の髪を側頭部で結った少女だった。
ツインテールの少女、矢澤にこは無理やりに体を動かしながら、絞るように声を上げた。
「……穂乃果っ」
にこに名を呼ばれても、高坂穂乃果は動かない。瞼すらも動かさない。トラックから火が上がろうとも、動く気配はない。
こんなの、夢に決まっている。ラブライブの地区予選のライブを成功させたからと言って、こんな酷い仕打ちがあるわけがない。
園田海未はどうにも現実味が感じられない世界を見て、硬直していた。それは、他のμ’sのメンバーも同じだろう。それとも、夢だから今この場には穂乃果とにこを眺める自分しかいないのだろうか。
「にこちゃん!」
西木野真姫の声で、海未の身体は動いた。にこの元へと駆け寄る真姫の後を追うように走る。
背後から足音が聞こえた。そして、隣に並ぶ南ことり。視線を交差させて同時に頷くと、真姫がにこの傍に着いたことを確認し、穂乃果の元へ向かった。
倒れた穂乃果は、今にも動き出しそうという比喩も現実であるような状態だった。血も流しておらず、体に損傷は見られない。それなのに、体を地面に投げ出し、動きを止めていた。
「穂乃果!」「穂乃果ちゃん!」
声は同時だった。海未は死んだように動かない穂乃果の肩を叩く。穂乃果、起きてください。そんな言葉は届かない。穂乃果、穂乃果。何度も名を呼ぶ。それも、届かない。
「海未ちゃん、どうしよう……」
ことりが穂乃果の手を握って、涙を溢れさせる。
「穂乃果ちゃん、なんだか冷たいよぉ」
海未は目を見開き、ことりの手のひらから穂乃果の手を奪うように触れた。確かに、熱が抜けている。嘘だ、これは夢だと言い聞かせながら、人差し指と中指を手首に当てた。何も、感じない。紛れもない現実だった。
「真姫! 穂乃果が! 穂乃果が!」
声を張り上げ、にこと真姫がいた方向に顔を向けた。だが、視線は絢瀬絵里に遮られていた。知らぬ間に後ろにいたらしい。
「落ち着きなさい! 真姫は医者の娘でも、まだ医者じゃないのよ!」
少し絵里から離れたところにいた東條希も、続くように口を開く。
「救急車なら、うちが呼んだから。二人とも落ち着いて、お医者さんに任せよ?」
希は両腕に泣きじゃくる星空凛と小泉花陽を抱いていた。そんな希の瞳も過剰に周囲の光を反射しているように見える。
「希ちゃん! 救急車はまだ来ないの!?」
「誰か助けて、穂乃果ちゃんを助けて……」
「大丈夫や。あの穂乃果ちゃんが死ぬわけない。ね?」
やがて、サイレンの音が響き、救急車が到着する。運ばれていく穂乃果とにこを見つつ、これが夢ならばよかったのにと、海未は歯を食いしばった。
真姫はどこかに電話をかけ、希は凛と花陽を、絵里は呆然と穂乃果が倒れていた場所を眺めていたことりを慰めている。海未は救急車の去った方向をただ眺めていた。
――そんな少女達を見つめていた白い影が一つ。
以後少しずつ更新します
第1話
◆Anemone seed.
「君たちには資質がある。どんな願いだって叶えることができる」
白い小さな獣だった。赤い瞳を持ち、桃色の長い耳を持っている。四つの脚をもっている辺りは普通の動物なのかとも思ってしまうが、少女達はこんな生物は見たことがなかった。それでも、これは自分達の知る動物ではない、という事は理解できる。獣は、人語で話していた。
「そう、代償はあれど、君たちの望みは叶うんだ。だから――」
くるん、と獣は宙を蹴って、西木野総合病院の談話室に並べられた椅子の背に飛び乗った。この場には、七人の少女と、白い獣しかいない。もともと日中は患者のために開けられている部屋を、この病院の娘である西木野真姫の配慮で解放してもらったためだ。
じっ、と見つめてくる十四個の瞳を意にも介さず、獣は七人の少女に視線を流した。そして――
「僕と契約して、魔法少女になってよ!」
白い小さな獣は、言い放った。
誰もいない病院の談話室を包む静寂。それを崩すように海未は口を開く。
海未「あの、意味が分からないのですが……」
じとり。眼を訝しげに細め、海未は獣の身体中を視線で撫でた。
「そうかい?」
首を傾げる獣に向かう思いは困惑。それに紛れた怒り。
海未「ええ。そもそも魔法少女なんて非現実的なものは存在しません。貴方は私達をからかっているのですか? この――穂乃果が命を落とすかもしれない時に」
えぐっ、としゃくり上げる音が二つ聞こえた。一年生のうち二人、凛と花陽が同時に涙を溢す。二人とも目は真っ赤に腫れ、ずっと泣いていたことが分かる。そんな二人の様子に、真姫が慌てたように取り繕う。
真姫「落ち着きなさいよ! うちの病院のスタッフは優秀なの! きっと、穂乃果も大丈夫なんだから!」
真姫本人は二人を窘めているつもりなのだろうが、一番焦った声色なのは彼女自身だった。
海未「……とにかく」
海未はため息をついて、また獣を睨んだ。蓄積されていく怒りから逃げるように困惑は息をひそめ、瞳から逃げていく。殺気と言っても差し支えのないような眼で睨まれても、獣はたじろぎもしない。
海未「あなたが何者かは知りませんが、今、ふざけるのはやめてください。こうしている間にも穂乃果は――」
「ああ、高坂穂乃果はもうダメだね」
海未の言葉にかぶせるように言う。ピクりと海未の目じりが動く。
「もう抜け殻さ。僕にはよくわからないけど。彼女の心臓は動きもしないし、脳だって止まってしまっている」
穂乃果は数時間前――地区予選の舞台となったUTXからの帰り道で、交通事故に遭った。にことはしゃぎながら歩いていたところをトラックに突っ込まれ、現在意識不明だ。共に巻き込まれたにこは軽く頭を打った程度で今のところ命に危険はないらしい。
「でも大丈夫かもしれない。魔法少女になれば、願いを一つだけ叶えてあげる。どんな奇跡だって、起こせるんだ。そう、もしかしたら、高坂穂乃果をもとに戻せるかもしれない」
海未「いい加減に……」
絵里「待ちなさい、海未」
黙って事態を見守っていた絢瀬絵里はようやく口を開く。不満げに彼女に向けられた琥珀色とアイスブルーが交錯する。何かを悟った海未は何か言いたげに黙った。
絵里「海未が悪いことをしたわね。あの娘も穂乃果のことが心配でしょうがないのよ」
「うん、分かっているよ。君たち人間は特定の人物のことを何よりも大切にすることが多い……海未が怒りの感情を露わにすることも頷けるよ」
絵里「それで、魔法少女? に付いて聞きたいのだけど……」
絵里の言葉に、獣は首を傾げる。赤い瞳から感情はうかがえないが、どうやら不思議がっているらしい。
「あれ、君は僕を信じてくれるんだ?」
絵里「……普通の人間に言われればただ聞き流すだけだけれど、あなたみたいな見たこともない獣が人間の言葉で話しかけて来たら……信じられるかは分からないけど、聞く気にはなるのよ」
希「確かに穂乃果ちゃんは助けたい……その気持ちはμ’s皆の同じやと思うんよ。でも、その魔法少女なんてスピリチュアルなこと、詳しく聞かないと信じられないやん?」
絵里の隣に座っていた希も口を開く。声は無理して作ったような響きがある。それも無理はない。事故が起きた時、救急車を呼んだのは彼女だからだ。
「分かった。魔法少女に付いて話すよ。落ち着いて聞いて欲しい」
ごくり、と誰かがつばを飲む音。獣は「さて」と前置きすると、一つ問いかけをした。
「最近この音ノ木坂で事故や自殺が増えていないかい?」
真姫「そういえば、そういう理由で運ばれてくる患者が後を絶たないってパパも言ってたわね……」
真姫は眉根を寄せて呟く。医者の娘である彼女はそういった父親の愚痴も耳にしていた。
「真姫は良く知っているんだね。きっとそれは魔女のせいで命を落としたり、落としそうになった人間だ」
真姫「って、なんで私の名前知ってるのよ! 穂乃果の名前もだけど!」
獣は真姫の言葉には反応せず、さらに言葉を紡いでいく。
「魔女は、絶望をまき散らす。そして、様々な負の感情を煽り、災いをもたらすんだ。音ノ木坂での事故と自殺の大半は魔女のせい、だね」
凛「凛達も魔女に殺されちゃうの……?」
涙声のまま、凛は口を開く。そして、守るように花陽の身体に腕を回した。
「無い、とは言い切れない。魔女に目を付けられたら終わりだ。でも、それを討伐するのが魔法少女なんだ」
絵里「なるほど、正義の味方というわけね……」
絵里は白い獣の言葉を一通りは理解したようで。視線を下げながら呟いた。だが、興味を示したのは、絵里ではなく海未だった。
海未「つまり、魔法少女になれば、願いが叶う代わりに魔女を倒さなければならない、というわけですか?」
「そうだよ。絶望から生まれる魔女と倒せるのは、祈りから生まれる魔法少女だけなんだ」
ぎらり。赤い瞳が光った気がした。
海未「でしたら……」
穂乃果を助け、その報酬として魔法少女になって魔女を討伐する。悪い話ではないのかもしれない。そんな海未の考えを読んだのか、絵里が口を挟んだ。
絵里「待ちなさい、海未。危険性が分からないわ」
絵里は白い獣に顔を向けると、眉をひそめて質問を投げた。海未と違って慎重に情報を探るようだ。
絵里「魔女は簡単に倒せるのかしら? それとも、相応の覚悟がなければ戦えない存在? その説明も欲しいわ」
「もちろん、覚悟はしてもらうさ。万が一、という事もある」
一言で空気が張り詰める。質問をした張本人である絵里の眉はピクリと動き、表情を硬くする。花陽を抱きしめる凛の腕に力がこもった。
「そんなに嫌な顔をしないでよ。魔法少女になれば戦うための力が手に入る。慢心しなければ、大抵の魔女には勝てるだろうね」
絵里「そんな契約……」
「誰も乗らないと思うかい? この音ノ木坂もそんな少女達に守られてきた。むしろ、ほとんどの子は二つ返事で契約してくれるくらいさ」
どうだい、悪い話じゃないと思うけど。獣の問いかけは談話室に消えていく。誰も動かない。それでも彼はゆっくりと尻尾を揺らしながら少女達を見つめていた。
何かが聞こえた気がした。それぞれ近くに居るものと顔を見合わせる。声だ。それも泣き声。凛と花陽、一年生二人はさらに身を寄せ合い、真姫もそこに近づき、身を寄せる。
声は近づいてくる。海未とことりは目を合わせたまま頷いた。聞いたことのある声。一年生は幽霊か何かだと思ったようだが、これは穂乃果の妹、雪穂の声だ。
海未は開いていた談話室の扉から、廊下を見回す。妙齢の女性に支えられながら涙を流す少女がゆっくりと足を進めている。雪穂と穂乃果の母だった。
海未「雪、穂……?」
何故泣いている? きっと嬉し涙だ。穂乃果が助かってーー。嗚咽を聞いた瞬間に脳裏に焼き付いた嫌な予感を、海未は振り払う。だが、振り払ったところで現実は変わらない。
穂乃果の母は談話室の入り口にいる海未と、隣から顔を出していたことりに気づくと、すっ、と頭を下げた。
穂乃果母「娘は、助かりませんでした……」
頭の中で、何かが壊れた感覚がした。これは夢です。夢なんです。自分の声が脳内に響く。夢だ、夢だと繰り返し、現実を受け入れさせてくれない。
穂乃果母「この子を落ち着かせてきますので」
穂乃果の母は雪穂の肩を抱き、去って行った。それでも、声は消えない。
海未の思考が現実に戻ったのは、ことりの匂いが引き金だった。振り返り、謎の獣に向けて足を進めることり。がしりと、獣の身体を掴むと、顔を近づけた。
ことり「お願い! ことりを魔法少女にして! 穂乃果ちゃんのために契約します!」
騒然とする談話室内。絵里の制止の声が上がる。だが、ことりは止まらない。言葉も、涙も。
「大歓迎だ。特にことりの秘めた資質はとても大きいからね。願いは決まったのかい?」
ことり「穂乃果ちゃんを生き返らせてください! お願いします! 穂乃果ちゃん、穂乃果ちゃんを……穂乃果ちゃん!」
「分かった。ことりの願い、しっかりと受け止めたよ。ことりの資質と願いなら人一人を生き返らせるくらい簡単だ」
獣は、スッ、と手のような形の耳の一部分をことりに伸ばす。すると、辺りが灰色の光に包まれた。光が満ちていくと同時に、ことりが悲鳴を上げる。
ことり「うぐっ……あああああっ!」
海未「ことり!」
ああ、やっぱり、夢ではないのですね。ようやく、現実に思考が戻りつつあった海未が声を上げる。白い獣の耳を引き離そうと、ことりの元へ駆け寄った。そして、海未の眼に映ったのは、ことりの胸から現れた、灰色の卵のような宝石だった。どさっ、と音がして、ことりが床にしゃがみ込む。その手の中に、降りてきた宝石が収まった。
「この石がソウルジェムだ。魔女との戦いを定められた者の証。よろしくね。ことり」
ことりが、魔法少女になった。この非現実な現象が、ようやく飲みこめてきた。
ことり「よかった、これで、穂乃果ちゃんは……」
荒い息を整えようともせず、はらはらと涙を溢すことり。穂乃果ちゃん、助かったの? 凛の呟き。部屋を包み始めた安堵の空気は、続いた言葉で壊れた。
「まあ、穂乃果は確かに生き返ったけど、また君たちと話せるわけではないけどね」
ぴしりと空気が割れた気がした。海未はことりに寄り添い、抱きしめると、戸惑いに憤りを混ぜたような琥珀で獣を睨みつけた。
海未「何を……!」
約束が違う。瞳に内包した戸惑いが消え、怒りだけに変わっていく。騙された。怒りは流体となって、脳に堆積していく。
「彼女は生き返った。けどそれだけだ。心臓が動こうとも、止まった思考は戻らない」
海未「まさか……」
――脳死? 脳内を一つの単語が満たした。それなら、彼の言っていることは嘘ではない。
海未「……でしたら、穂乃果の脳をもとに戻していただけますか?」
僕にはよくわからないけど、などと嘯いていた獣は言葉を止めて首を傾げた。
「海未も契約するのかい?」
ことりは大きな覚悟をした。ならば、と海未は立ち上がり、白い獣に向かう。ことりの勇気を無駄にするわけにはいかない。
海未「ええ。もう一人、は可能でしょうか? 私も、穂乃果の元気な姿が見たいんです」
赤い瞳は怪しく煌めいた。
「もちろん、もう一人でも、ここにいる全員でも大歓迎さ!」
そして、ことりの時と同様に、海未の胸に耳が伸ばされる。そして、青い光が放たれた。光が辺りを包み込んでいく中、全身に激痛が走った。
海未「ぐっ……!」
海未は漏れ出る悲鳴を噛み殺しながら、胸に浮かび始めた宝石――ソウルジェムを見る。これが魔法少女の証だ。ことりと共に、悪の魔女と戦う者の証。
痛みが引くとともに、眼前に降りてきたソウルジェム。あの痛みのおかげでこれが本当に現実なのだと心から認識できた。これから先の穂乃果の笑顔と、ことりの命を守って見せる。そう誓いながら、青い宝石を手に取った。
ーー高坂さん!穂乃果さんの容体が!すぐに来てください!高坂さん!
廊下から聞こえる慌てた看護師の声。それから何人かの急ぎ足が遠ざかる音。ああ、本当に願いが叶ったんだ。少し息が抜けて膝が震えた。
QB「ああ、そういえば、自己紹介をしていなかったね。僕はキュゥべえ。ことり、海未。よろしくね」
この時、誰も気付かぬうちに談話室に潜り込み、奇跡を目の当たりにしていた者がいたことを、後に知ることになる。
また続き書きます。そこそこ長くなります
◆ ◆ ◆
早朝、五時前。神田明神の一つの建物から、巫女服に身を包んだ髪の長い少女――希が現れた。右手に、紫色のお守りを持ち、辺りを見回している。瞬きをすると、眠そうに目をこすった。
昨夜、穂乃果の心臓が動き始めたことを医師である真姫の父親から聞き、安堵したμ'sのメンバーは各々帰宅した。希だけは家に帰らず、この神田明神を訪れ、朝まで境内の小屋に篭っていた。
希は大きく息を吸い込み。
希「キュゥべえー!」
誰一人いない境内で声を上げる。すると。
QB「どうしたんだい、希?」
神社の屋根の上から、白い獣が下りてきた。昨晩、穂乃果を救う奇跡を見せたキュゥべえである。
希「試しに呼んでみただけなんに、すぐに出てくるなんて意外やん?」
それはいいとして、と前置きし、希はキュゥべえに歩み寄ると、しゃがみこんで目線を合わせた。
希「いくつか聞きたいことがあるんやけど、いい?」
希はキュゥべえに質問を投げる。いくつか言葉を交わし、風が吹いたとき、希は笑みを浮かべた。
「うん、分かった。じゃあ、ウチを魔法少女にしてくれる?」
「もちろんさ。君は何を願うんだい?」
「ウチは――」
一人と一匹だけの神田明神に、紫の光が放たれた。
「こ、これは……?」
キュゥべえの戸惑いの言葉に、希は笑う。ほーら、やっぱりやん?手のひらに降りた、紫色で一部が物理的要因で欠けたような形のソウルジェムを指でそっと撫でた。
◆Let's start being witches!
にこ「心配したんだからね。全く馬鹿なんだから……」
にこは病室に置かれたパイプ椅子にふんぞり返って呟いた。ため息交じりの言葉の先は――穂乃果だ。
穂乃果「ごめんねにこちゃん……」
えへへ、とはにかんで、少しだけ普段よりも大人しく答える穂乃果。心臓は血液を送り出し、脳は正常に思考を紡いでいる。
にこ「まあ、にこにも……非があったけど」
穂乃果「気にしないでよ、穂乃果も悪かったんでしょ?」
にこは言葉を濁すと首を振った。
元はと言えば、愛すべきμ’sの三馬鹿のうち二人、もとい穂乃果とにこが帰りに少しだけハメを外したことが原因である。UTXでの地区予選が終わり、音ノ木坂学院に使った機材や衣装を片づけに行く帰り道。二人は他のメンバーよりも先行しすぎてしまったのである。前方不注意。ここにトラックが突っ込んで、あの事故が起きたのだ。
だが、にこの謝罪はそのことではない。鉄の塊が二人めがけて走った際、穂乃果はにこを庇った。このおかげでにこは明日には退院できるようだ。血を流してはいたものの、検査も異常なく。後遺症もない。
ただ、穂乃果の記憶が少し飛んでいる。病院で目が覚めた時の一つ前の記憶は、楽屋で地区予選の準備をしていた時のものだった。
「救急車を呼んでくれたのは希達なんだから、ちゃんとお礼言いなさいよ」
「ありがとう、みんな! またお礼するね!」
穂乃果はにこの言葉にぱっと顔を上げると、ベッドの周りを囲んでいた希、凛、花陽、そして少し引いたところにいた絵里、真姫、海未、ことりに順に視線を投げた。太陽のような笑顔だった。
希「うんうん。早く元気になってくれればそれでええんよ」
穂乃果「そんなの悪いよ! あ、じゃあ、また穂むらのお饅頭差し入れするね!」
真姫「もうお饅頭は飽きたわよ……」
真姫は面倒臭そうに口にする。だが、彼女は気付かない。いつの間にか隣に凛が歩み寄っていたことに。
凛は真姫の背後に回り込むと。がっしりと肩を掴んで背中に頬を埋めた。「ちょ、離しなさいよ!」と声を上げる真姫を無視して、凛は自分の言いたいことだけを言う。
凛「でも真姫ちゃんすごく穂乃果ちゃんのこと心配してたにゃー」
事実である。かあっと真姫は顔を赤くした。言動のわりに顔に出やすい。少しつり上がった目を伏せると、顔を逸らした。
真姫「?ぇええ!? ……と、当然でしょ! μ'sの仲間なんだから!」
穂乃果「真姫ちゃん……!」
そっぽを向いた真姫と、感動したような表情の穂乃果を交互に見比べながら、にこはニヤリと笑みを浮かべた。
にこ「へーぇ?やけに素直じゃなーい?」
からかうような、少し媚を売ったような声色。煽り耐性が低い真姫はすぐに振り向き、矛先を変える。
真姫「ち、ちが……そ、それに凛と花陽だってずっと泣いてたんだから!」
凛「だって心配だったんだもん」
花陽「もし、穂乃果ちゃんが、あのまま死んじゃったらって……」
凛も花陽も否定しない。凛は失敗したと言いたげな表情の真姫からさっと離れると、「病室で走っちゃダメよ」という絵里の声を無視して、穂乃果の元に駆け寄り首に手を回す。
凛「でも無事でよかったにゃー!」
花陽「ほんと。よかった……」
希「あ、そうや。話し中にごめんな。渡したいものが……」
思い出したように希は自分の通学カバンから一つのお守りを取り出した。御守と刺繍された藤色の物だ。裏には神田明神の名前が入っている。
希「これからも無事で居てくれるように。ずっと持っててな。ウチのスピリチュアルパワーも込めといたから」
穂乃果「わあ! いいの!?」
御守を受け取った穂乃果はそれをまじまじと見つめる。羨ましいにゃー、じゃあ自分で買えばいいじゃないの、凛とにこの会話をよそに、希は笑って言葉を返した。
希「気にせんといて。もし、どうしようもないような事になって、ウチが助けて上げられない状態なんてことになったら……」
穂乃果「希ちゃん……?」
希の柔らかい笑みに影が落ちる。穂乃果はそれを感じ取り、首を傾げた。じわじわと部屋の温度が下がっていく感じがした。
希「この御守を持って神田明神でお参りするんや。そして、この紐を解いて袋を開ける。でも、本当にどうしようもなくて、どうすればいいのか分からなくなった時だけ、やけどね。それまでは絶対に袋を開けたらあかんよ」
穂乃果「希ちゃん、なんだか怖いよ……?」
すっ、と影が消えた。部屋の温度は元から変わっていない。秋の過ごしやすい気候だ。
希「だって、穂乃果ちゃん、元気ありすぎてたまに心配になるんやもん。もうちょっと考えて動いて欲しいんよ。にこっちみたいになるよ?」
にこ「何よそれ!」
穂乃果「えー!? 怖がって損したよ!」
わいわいと、普段の部室のような空気に戻る病室。少しだけほっとしながらも、絵里は下がり、廊下に出た。
ことり「穂乃果ちゃん……よかった、よかったよぉ……」
海未「ことり……そうですね。本当に……」
可愛らしい刺繍の入ったハンカチを目に押し当てたことり。眼を赤くして彼女を抱きしめる海未。取り戻した幸せな光景に涙が堪えきれなかったようだ。
絵里「二人共……」
声をかけようと、口を開いた瞬間、それは穂乃果の声に遮られた。
穂乃果「あれ?海未ちゃんとことりちゃんと絵里ちゃんは?」
わざわざ廊下に出ていたという事は、穂乃果には泣いている姿を見られたくなかったのだろう。絵里はそう判断し、場を離れる口実を作る。
絵里「ああ……ここにいるわよ。ちょっと三人で売店に行ってくるけど、何か食べたいものはある?」
穂乃果「穂乃果はパン!」
にこ「じゃあ~可愛いにこにーはぁ~いちご牛乳かなぁ~」
他のメンバーも口々に欲しい物を挙げる。話し込んでいれば喉も乾くようだ。希望するものはほとんどが飲み物だ。三人もいれば運ぶのは大変ではない。
絵里「じゃあ買ってくるわね。お金は後でいいわ。海未、ことり、行くわよ」
絵里はことりと海未を連れ出すと、病院の一階に設置された売店に向かった。西木野総合病院は街で一番大きな病院だ。医者や看護師が忙しなく早足で行き来している。患者の姿も多く見られた。いつか真姫が背負って行くものだ。
海未「絵里、すみません、わざわざ……」
絵里「いいのよ。穂乃果に詳しく聞かれても困ると思うし……ね」
海未は軽く頭を下げた。ことりも少しは落ち着いたらしい。まだ目は赤いが、泣いてはいない。多少は気持ちを切り替えられたようだ。
そんな時ことりが唐突に声を上げた。
海未「ことり!?」
ことり「びっくりしたぁ……」
ことりの肩に乗っていたのは白い獣。穂乃果を救ったキュゥべえだった。
QB「穂乃果の調子はどうだい?」
キュゥべえはことりの肩に乗り、海未と絵里の顔を交互に視線をやった。ことりと海未は笑みを浮かべ顔を見合わせた。
ことり「いつも通りだったよ。ありがとうねぇ」
海未「本当に……あなたには何とお礼をしたらいいのでしょうか」
QB「僕も助かったからおあいこさ。今、前任の魔法少女がいなくなったせいですぐに新しい魔法少女が必要だったからね」
廊下の真ん中で立ち話でも始めてしまいそうな雰囲気の二人と一匹。絵里は焦りが隠せず、会話を遮った。そう、二人と“一匹”なのだ。見られたら、まずい。
絵里「ちょ、ちょっと、待ちなさい、あなた、こんな所に入ってきたら追い出されるわよ」
昨夜の談話室ならともかく、と言葉を続けようとしたところで、一人の看護師がこちらに歩いてくる。言ってる傍から、運が悪い。看護師は視線に気づいたのかこちらに顔を向けた。
QB「ああ、それは大丈夫さ。僕は素質のある少女にしか見えないからね。ほら、こちらを見ている女性」
キュゥべえはそれには動じなかった。看護師は歩みを止めず、こちらに近づいてくる。だが、一言「こんにちは」と挨拶をして、会釈をすると、そのまま隣を通り過ぎて行った。総合病院の廊下の真ん中で少女の肩に乗った見慣れない獣には目もくれない。
QB「気づかなかっただろう?」
絵里「そうね、ならいいわ」
絵里は冷え切った肝を温めるよう、少しだけ息を吸い込み、止めた。本当に、この生物が何なのか分からない。
海未「絵里、そろそろ……」
絵里「そうね、ごめんなさい」
海未に促され、売店に向かうことにした。とりあえず、誰かにキュゥべえを見つかる心配はないようだ。
売店に着くと、頼まれた物をカゴに入れていく。穂乃果のパン以外、全て飲み物だ。練習で鍛えているとはいえ、重いものは重い。三人で来て正解だ。
他にももう数日入院する穂乃果に何か買って行ってあげようと、商品を見ていると、海未が唐突に口を開いた。視線はことり――ではなく、その肩にのったキュゥべえである。
海未「あの、先程の話が気になるのですが……」
QB「前任の魔法少女のことかい? 死んだよ。魔女との戦いに敗れてね」
棚に伸ばしていたことりの手がぴたりと止まる。海未は薄々感づいていたようで、そうですか、と深く頷いた。どんよりと重くなる空気。キュゥべえはそんな空気が読めないのか。妙に明るい調子で言葉を続けた。
QB「でも大丈夫!君達はかなりの素質を持っている。慣れれば強い魔法少女になるだろうね」
今までこの音ノ木坂の平和を守って戦っていた魔法少女はどのくらいの練度だったのだろうか。キュゥべえの言う“慣れれば”の基準が分からない。二人が心配だ。ぎらっと赤い瞳が絵里に向いた。
QB「絵里はどうする?君もなかなかの素質だ。大人数で戦えば安全性は高まると思うんだ」
安全性、という言葉。そうか、私も戦えば海未とことりが死ぬ確率も下げることができるかもしれない。じわじわと湧き上がる感覚。絵里はキュゥべえの言動に納得はしていても、信用はしていなかった。それは今も変わらない。
それでも、二人の“万が一”を減らせるならば――
海未「大丈夫ですよ、絵里。どんな危険があるかはわかりません。私とことりだけで戦います」
考えは海未に見透かされていたらしい。控え目な笑みを浮かべる海未の眼に射ぬかれ、ため息を吐いた。
絵里「……そう」
きっと、行っても無駄だ。頑固なところがある彼女に何を言っても意味をなさないだろう。
買い物を終えた三人と一匹は売店を出た。穂乃果の病室に向かうべく足を進めていると、海未は窓の外を見て、歩みを止める。
海未「暗くなってきましたね」
既に夕日は落ちかけている。今日は土曜日だ。本当は早い時間から見舞いに来たかったのだが、もうすぐファッションショーでのライブを控えている。休むわけにはいかない。七人で昼の練習をした後にようやく、穂乃果とにこの見舞いに来たのだ。元から時間があるわけではない。
海未「ことり、キュゥべえ、そろそろ行きましょうか」
QB「穂乃果のところへ行かなくてもいいのかい?」
キュゥべえは海未とことりの顔を交互に見る。二人は同時に頷いた。
ことり「うん。泣きすぎちゃってきっと目も腫れてるから……」
QB「わかった。じゃあ、魔女の探し方から教えるね。着いてきて」
キュゥべえはことりの肩から床に飛び降りた。音も立てず、獣らしいしなやかな動きだ。彼はさっさと歩きだしてしまう。海未とことりは慌てたように手に持った袋に視線を向けた。持っている物さえ頭から抜けていたのか、と心配になる。
絵里「いいわ。私が届けるから」
荷物を受け取ると、ずしりと手に重さが伝わった。九人分の飲み物。それに加えて穂乃果にと購入したパンやお菓子。
海未「すみません。私とことりの飲み物は穂乃果に渡してください。では絵里、失礼しますね」
ことり「絵里ちゃんありがとう。また明日ね」
海未は頭を下げ、ことりは軽く手を振って。キュゥべえと共に病院を出て行く。
絵里「ええ。また明日、ね」
呟きと、どうか無事に帰ってきてという祈りは病院のロビーに消えた。
絵里は少し苦労しながら、メンバーのいる病室へ戻った。練習で体を鍛えているとはいえ、広い病院をたくさんの荷物を持って歩くのは、骨が折れる。希にも一緒に来てもらえばよかった。そうしたら、この不安な気持ちを共有できたのに。ほんの少しでもいろいろなことが軽くなったのに。
絵里「遅くなってごめんなさい」
部屋に入ると同時に向けられる六人分の眼。その中で、一番早く戻ってきた人数に疑問を持ったのは穂乃果だった。
穂乃果「あれ?海未ちゃんとことりちゃんは?」
絵里「用事があるからって帰ったわ。海未はお稽古。ことりは次のライブの衣装の材料を揃えるって」
本当は魔女の討伐なんだけど。絵里は何も知らない穂乃果にいう訳にもいかず、尤もらしい嘘を吐いた。えー! という叫びと共に、穂乃果の眉は八の字になり、捨てられた子犬を連想させた。
絵里「そんな顔しないで。その代わりこれは私達からの奢りだから」
パンといくつかの飲み物やお菓子程度で機嫌を取ろうと、穂乃果の物として分けてきた袋をベッドの上に置いた。
穂乃果「本当!?」
ぱあっと輝く小さな太陽。純粋さの塊。そして、本当に他人を好いていると分かる瞳。海未とことりが日常を投げ打ってまで守りたかったものは、これだ。
◆ ◆ ◆
海未「本当にこれで魔女が見つかるのですか?」
海未は青く光るソウルジェムを訝しげに眺めながら、キュゥべぇに声をかけた。ことりの肩を我が物顔で陣取るキュゥべぇは頷く。
QB「うん。魔女の反応が強くなると光り方が変わって来るんだ。ほら、だんだん光が強くなっているだろう?」
ことり「本当だぁ……」
ことりは海未の手のひらに乗った青の光を眺めて呟いた。海未も言われてみれば、と口にする。これからの戦いに気を張り過ぎていて、自身の手のひらの事に意識が向いていなかった。
何かあった時、ことりを守るのは自分なのに。眼前の事に気が回らなかった事を内省し、少しだけ息を吐いた。
二人と一匹は夜の音ノ木坂を進んでいく。ソウルジェムに導かれるまま、アスファルトを踏みしめ、徐々に魔女との距離を縮めていく。
そして、キュゥべぇが制止の声をかけたのは、ブロック塀で挟まれた行き止まりだった。
更新遅くて申し訳ないです
海未「……何も居ませんが?」
それらしきものは見当たらない。三方を囲む塀と、元来た道があるだけだ。キュゥべえはことりの肩から降りると、塀に向かって足を進めた。
QB「魔女は結界の中にいるんだ。結界に閉じこもり、いろいろなことをしている」
ことり「それで、人を殺しちゃうの……?」
ことりの小さな消えそうな声に、キュゥべぇは「そうだよ」とだけ答える。他人の不安や恐怖など興味がないかのような態度に、海未は少しだけ腹を立てながらも、キュゥべぇの動向を見守ることにした。
白い獣は行き止まりまで歩くと、前足で木製の塀を叩いた。
QB「ここだよ。ここから魔女の結界に入れる」
海未「いよいよですか……。不安ですか?ことり」
ことり「う、うん……」
先ほどから落ち着かないようだったことりに視線を向ける。案の定、不安げな様子だった。
海未「大丈夫ですよ。穂乃果を救った貴女は私が守ります」
視線の下がりつつあったことりの手を取り、穂乃果のために日常を差し出した彼女の目を見る。ことりの大きな垂れ目は、少しだけ見開かれ、細められた。
ことり「ありがとう、少しだけ勇気でたかも」
海未「では、行きましょう」
QB「こっちだよ。早く」
キュゥべえに連れられ、二人は結界に飛び込んだ。
ごてごてとした異様な空間を進んでいく。しばらく歩いて行くと、黒い小人のような何かとすれ違った。
ことり「きゃっ!何!?」
QB「今のは魔女の使い魔だよ。成長すると魔女になるんだけど……今は大丈夫みたいだ」
使い魔は特に危害を加えようしないどころか、こちらに視線も向けず、去っていった。そうした使い魔はそれ以来見かけないまま。キュゥべえは足を止めた。
QB「魔女は近いね。この扉の向こうだ」
ことり「ひっ」
ことりが小さく悲鳴を上げる。勇気が出たとは言ったもの、やはり恐怖は拭えていないようだ。海未はことりの前に立つと、左手でソウルジェムを握りしめた。
そして、右手で扉を開け放つ。
海未「あれが魔女……?」
想像していたものと違う。魔女という言葉だけ聞いていたため、海未の脳内に出来上がったイメージは、童話に出てくるような三角帽子に黒いマントを身につけた老婆だった。だが、眼前に居座るものはそんな普遍的なものではない。
姿形はトカゲのような四足の爬虫類だが、背中から蛇が髪のように生えている。瞳は片方がこぼれ落ちていた。魔女というより、化け物だ。
QB「さあ、変身して戦うんだ!ソウルジェムを使って!」
魔女を眺め、呆然としていると、キュゥべぇが檄を飛ばした。だが、変身のやり方がわからない。変身したい。変身しないと。そう思った時、ソウルジェムから眩い青い光が飛び出し、海未を包み込んだ。
そして、光が動いた時、海未の姿は変わっていた。
白い道着に青い袴、金の意匠の彫り込まれた胴当てをつけ、両手には胴当てと似た紋様の彫られた防具が嵌められていた。この金の紋様は防具だけではない。黒金の額当てにも彫り込まれている。
腰には黒漆の鞘に収まった大小二本差し。
美しく、どこか可愛さもある女剣士の姿になっていた。
青い光は側頭部に集約し、青い宝石のついた髪留めとなる。
海未「これが魔法少女、ですか」
体の奥から湧き上がってくる力。今なら普段の何倍もの動きができそうだ。
QB「海未、前!」
キュゥべえの言葉に顔を上げると、魔女の背中から伸びた蛇が眼前に迫っていた。ただの蛇かと思えばそんなことはなく、ぎらりと光る刃に姿を変えた。
海未は軽く息をとめ、軽く体をずらす。腰の刀を抜き、一閃。ぼとりと音がして、足元に刃が転がった。転がった刃は切断された蛇の頭部に姿を戻している。
ことり「海未ちゃん!」
海未「大丈夫ですよ、ことり。変身してみればわかりますが力が湧いて来るようです」
心配そうな表情のことりに笑いかける。ことりは意を決したように灰色のソウルジェムをとりだした。
ことり「えいっ!」
海未の時と同様、光が飛び出すとことりを包み込んだ。
光が晴れると、天使のようにふりふりとしたフリルのついたエプロンをつけたメイドーーことりがいた。エプロンだけでなく、内側のワンピースの素材もやわらかそうだ。目を引くのは髪飾りだ。普段のリボンではなく、銀色のアクセサリーのついた小洒落たものに変わっている。
腰には矢筒があり、ことりの手にはクロスボウがあった。ことりの武器のようだ。
灰色の光は旋回し、エプロンの左肩のところで羽根の形の宝石となった。
ことりの変身を見届けると、海未は魔女に視線を戻した。
海未「ことり……行きますよ」
ことり「うんっ!」
返事を聞くとともに、海未は魔女に向けて走り出す。伸びてくる刃。両手で持った刀に力を込め、振るう。
海未「はあっ!」
ぼとり、ぼとり、海未の通った道を刃が示す。だが、戦いだ。思うようにはいかない。五本の刃がタイミングをずらして海未に襲いかかる。
まずい。海未の体が止まった時、ふと、何かが頭に浮かんだ。
目を閉じて、意識を集中する。もう一度、目を開いたとき、自分に向かう刃の動きが全て瞳に焼きついていた。視える。それに合わせて、刀を閃かせた。全ての攻撃を撃ち落とす。さらに、次の動きも視える。斜め後ろを走ることりに向かう刃。
海未「ことり!止まってください」
止まることり。眼を見開いて自分に向けて動き出したものを見つめる。間に合ってください。海未は大きく足を踏み出し、跳ぶ。刃に向けて武器を振り下ろした。
立ち止まり、痛みに備えて目をぎゅっと瞑ったことりが恐る恐る目を開く。
ことり「海未ちゃん、どうして?」
海未「おそらく魔法でしょう。魔女の動きが手に取るようにわかります……」
動きを読む。これが海未に備わった魔法のようだ。厳密には視覚の強化だけでなく、感覚器全般の強化なのだが、海未はまだ知らない。
ことりに付いてくるように促し、海未は道を切り開く。敵の動きを見切り、全て一刀で斬り伏せる。ことりを守らなければ。音ノ木坂の平和よりも、幼馴染のことが頭を占めていた。
ことり「海未ちゃん!この距離なら狙えそう!」
海未「わかりました。落ち着いて狙ってください。私が守ります」
ことりは不慣れな手つきでクロスボウに矢を装填した。ゆっくりと照準を魔女に合わせ、引き金を引く。
ことり「ラブアロー……シュート!」
海未「なっ!? ことり!?」
突然のことりの言葉に海未の声が荒くなる。矢は魔女のめがけて飛び、本体に突き刺さった。そこから灰色の光がことりに向けて流れていく。それに伴い、魔女は手足が震え、わずか数秒で手足を投げだした。本体だけでなく、背中の蛇も頭を下げる。
ことりの魔法は敵の力を吸い取ることらしい。走った際に少し息が上がっていたようだが、今は全く乱れていない。
海未は駆け寄り、刀を魔女の頭に振り下ろした。
――瞬間。魔女は霧散し、世界は揺れ、あの路地裏に戻ってきた。
QB「うん、初めてにしては上手いじゃないか」
終わった。初めての討伐が終わった。ことりはゆっくりと地面に座る。服が汚れるとは言っていられないほど疲れているようだ。それもそのはず。どのタイミングで殺されてもおかしくはなかった。そんな緊張を初めて味わったのだ。誰だって糸は切れるだろう。
海未「これは……体というよりも心に来ますね」
ことり「怖かったぁ……」
QB「大丈夫だよ。これだけ戦えたんだ。討伐を繰り返していけばきっといい魔法少女になる」
キュゥべえの言葉は本当だろうか。少しだけ先に不安を感じつつ、海未はことりの隣に座った。
ことり「今日は大変だったね」
海未「先ほども言ったはずですよ。ことり。私が貴女を守りますから」
ことり「うん、じゃあ、ことりも海未ちゃんを守るよ」
変身を解くと。ソウルジェムがその手にあった。
◆ ◆ ◆
海未「……以上が昨日の魔女討伐の報告です」
翌日、練習後。検査入院中の穂乃果と、今日退院したばかりのにこ以外の七人が部室に残っていた。海未とことりの魔女討伐の報告の後、静寂に包まれてしまった空気を、絵里の言葉が破った。
絵里「想像以上に危険なのね……」
全員が絵里の言葉に近い感情を持ったはずだ。凛や花陽の表情は明らかに強張っている。だから、どんな事情があれど、こちら側には来ない方がいい。
海未「はい。ですから、皆さんは絶対に魔法少女にならないよう努めてください」
海未はそう話を締めくくった。一番に口を開いたのは真姫だった。
真姫「そうね……魔法少女、そう簡単になるもんじゃないのかもね」
赤い癖のある髪を。指先でくるくると弄びながら、呟くように。
花陽「で、でも……」
花陽は何か言いたげに、口ごもる。
凛「凛、二人だけ危険な目に遭うなんて嫌だな……」
聞き分けのよかった真姫と対照的な反応の一年生二人組の言葉に、ことりは笑みを浮かべた。
ことり「ありがとう、かよちゃん、凛ちゃん。でも気持ちだけで十分嬉しいなぁ」
海未「はい。私達は穂乃果のために契約し、戦うことを選んだんです。そこに何の後悔もありません。それどころか、キュウべぇに感謝すらしています」
ことり「ことりも一緒。昨日はすごく怖かったけど……穂乃果ちゃんを救って手に入れた力だから……うーんと、嫌いじゃないかな?」
ね、と海未に同意を求めることり。海未も目を合わせ、頷いた。
海未「私も魔法少女になったことを誇りに思っています。それに、街の人々のためにも力を振るえます。ですから、全て私とことりに任せてください」
また、静かになってしまった部室。はあ、とため息が一つ。絵里だ。
絵里「わかったわ。二人が忙しくなる分、私達もできることは手伝うわ。海未、作詞に詰まったらいつでも声をかけてくれて構わないわ」
それに触発されたように、花陽も口を開いた。続いて真姫も。
花陽「こ、ことりちゃん、私も衣装作りを勉強したいから、たくさんお手伝いするね!」
真姫「私も……いい曲を作るわ。歌詞も衣装もすぐにイメージできる曲を作るんだから!」
魔法少女になる以外にも、二人を助ける道はある。絵里の言葉でそれを理解したメンバーは、それぞれのやるべきことを探していった。だが、花陽や真姫の様子を見ながら、凛は狼狽えた。
凛「凛は……えっと」
できることが思いつかなかったらしい。「笑顔でいてくれるだけで十分ですよ」と海未は言ったのだが、納得がいかないようで、頭を捻り始める。それを見かねたのか、ずっと静観していた希が口を開いた。
希の提案に、凛はぱっと顔を輝かせる。指針を示してくれただけでなく、さらっと褒められてもいることに嬉しくなったのか、席を立って座ったままの希の背後に回り込むと抱き着いた。
凛「うん! わかったにゃー!」
もう一度、賑わいを取り戻していく部室。花陽は次のライブの衣装づくりを行う日をことりに聞き、真姫は曲のコンセプトを考え始めた。凛は希の首に腕を回したまま、今から考えると言い出し、窘められている。
そんな、日常に近づいてきたメンバーを眺め、絵里は海未に視線を向けた。
絵里「みんなの意思よ。形は違えど、二人をサポートするわ」
海未「ありがとうございます……」
もう一度、昨夜のように琥珀色とアイスブルーが交錯する。海未は笑顔を作ると、お礼の言葉を口にした。
QB「いいチームワークじゃないか。話がまとまったばかりで悪いんだけど、魔女討伐に向かって貰えるかい?」
突如部屋に現れたキュゥべえにメンバーの動きが止まった。少しだけ椅子の音を立てて、海未とことりが立ち上がる。
凛「えー! 昨日戦ったばかりなのに!」
凛が抗議の声を上げたが、海未は首を振る。
海未「今音ノ木坂を守れるのは、私達だけですから」
行きましょう、と荷物を持ってことりとキュゥべえを連れて部屋を出る。穂乃果を救う、街の人々や、共に戦うことりを守る。常に命の危険にさらされることを帳消しにできるほど、海未にとって魔法少女の力は、有り難いものだった。
だから、園田海未は後悔などしていない。
第一話 終
第二話へ続く
次は二話を進めていきます。
まとめてになりますが、コメントありがとうございます。
第1話現在の状況
園田海未
衣装:白の道着と青の袴。金の模様がある黒い防具。
SG:青色。変身後は側頭部の髪留めの飾りとなる。
武器:日本刀(大小二本)
魔法:超感覚(固有)
願い:穂乃果の脳機能の正常化
南ことり
衣装:メイド服。フリル五割増しのエプロン。銀色の髪飾り。
SG:灰色。変身後は羽の形の宝石になり肩に装着する。
武器:クロスボウ
魔法:エネルギードレイン(固有)
願い:穂乃果を生き返らせる
東條希
衣装:?
SG:紫色。一部が欠けている。
武器:?
魔法:?
願い:?
第1話現在の状況
園田海未
衣装:白の道着と青の袴。金の模様が入ってある黒い防具。
SG:青色。変身後は側頭部の髪留めの飾りとなる。
武器:日本刀(大小二本)
魔法:超感覚(固有)
願い:穂乃果の脳機能の正常化
南ことり
衣装:メイド服。フリル五割増しのエプロン。銀色の髪飾り。
SG:灰色。変身後は羽の形の宝石になり肩に装着する。
武器:クロスボウ
魔法:エネルギードレイン(固有)
願い:穂乃果を生き返らせる
東條希
衣装:?
SG:紫色。一部が欠けている。
武器:?
魔法:?
願い:?
>>73の前に何か抜けてないかな?
>>79
俺はわざとな気がするが…作者が来ないとわからんな
>>79 >>80
>>73の最初一行目の希のセリフが抜けてました。正しくは以下です。ありがとうございます。
希「凛ちゃんはウチと一緒に振り付け考えよか?凛ちゃん運動神経いいから適役やん?」
希の提案に、凛はぱっと顔を輝かせる。指針を示してくれただけでなく、さらっと褒められてもいることに嬉しくなったのか、席を立って座ったままの希の背後に回り込むと抱き着いた。
凛「うん! わかったにゃー!」
もう一度、賑わいを取り戻していく部室。花陽は次のライブの衣装づくりを行う日をことりに聞き、真姫は曲のコンセプトを考え始めた。凛は希の首に腕を回したまま、今から考えると言い出し、窘められている。
そんな、日常に近づいてきたメンバーを眺め、絵里は海未に視線を向けた。
絵里「みんなの意思よ。形は違えど、二人をサポートするわ」
海未「ありがとうございます……」
もう一度、昨夜のように琥珀色とアイスブルーが交錯する。海未は笑顔を作ると、お礼の言葉を口にした。
二話投下します。
前回の魔法少女ほのか☆マギカ\デンッ!/
海未「UTXで地区大会予選を終えた私たちμ's。ライブの帰りに穂乃果とにこが事故にあってしまいました。意識もなく、心肺停止に陥った穂乃果を救うため、私とことりは突如現れた白い獣キュゥべえと契約しました。そして、穂乃果のお見舞いの後、初めての魔女討伐に出かけました。さて、これからどうなることやら……」
◆First and last live.
やっと、μ'sの一員になれた気がした。
見栄を張って、長く続いた嘘が本当になったことも、もう一人じゃないことも伝えられなかった。
それでも夢のような奇跡が起きて、晴れて自分はμ'sとして宇宙No.1アイドルを目指すことを伝えることができた。
夢のような奇跡、とにこは思うが、それは誰かによって作られたきっかけだった。リーダーである穂乃果の思いつきだったらしい。
そして誓うことになる。宇宙No.1アイドルとして、ファンだけでなく、メンバーも笑顔にしようと。
◆ ◆ ◆
入院中の穂乃果は濃いめのピンク色のゴムを咥えると思いっきり息を吹き込んだ。それに合わせて膨らんでいく。口を離すと綺麗な丸い風船が出来上がった。
穂乃果「よーしっ!やっと十個目。ファイトだよ!」
一人で使う病室にはすでに膨らんだ風船がいくつも転がっている。明日のステージではたくさん使うため、まだまだ先は長い。
明日はーー矢沢にこのゲリラソロライブだ。
今日はラブライブ地区予選の結果発表日だった。
穂乃果は病室を抜け出し、音ノ木坂学院アイドル研究部部室へ潜入した。海未には怒られたが、メンバーはみんなが結果を見るのは九人揃って、と考えていたのか、結局は花陽が操作するパソコンの画面を一緒に見つめたのだった。
花陽「ミュー…………ズ」
その様子が夢と同じだったせいで不安だらけだったが、花陽の呟きで喜びが爆発した。
事故のせいか全くライブの事は覚えていないのが少し寂しいけど。次に進めたことがとてもうれしい!
学院全体で喜びを分かち合った後で、いつの間にか一人消えていることに気づいた。
例の事故に穂乃果と共に巻き込まれたが軽傷、検査も問題なく、昨日退院済みの矢沢にこである。
消えたにこを捜索するうち、最終的にはにこの家にたどり着いた。
そして、無邪気に姉を信じる妹達と、μ'sとしてスクールアイドルの活動を始めたことを言い出せないスーパーアイドルのことを知り、帰り道で八人で頭を悩ませていた。
にこが自分から言い出さない限りどうしようもないと思われていたが、ふと穂乃果の頭に名案が浮かんだ。
穂乃果「そうだ!にこちゃんのソロライブをしよう!こころちゃんと、ここあちゃんと、こたろう君を呼んで、その姿を見てもらおうよ!」
話が決まると穂乃果は海未に病院に連れ戻され、他のメンバーは学校に戻りって準備を始めた。
準備に加わりたいと言った穂乃果は帰り際に海未とことりが買ってきた風船を膨らませることになった。明日の昼に二人が取りに来るらしい。
一年生達はセットを準備し、絵里と希は秋葉原で衣装を探しているようだ。海未とことりも各自でセットに使う小道具を作るとのこと。
自分も頑張らないと!穂乃果は決意も新たに紫色の風船を取り出し、膨らませた。
明日は上手く行くかな。穂乃果もライブしたいよ。早く退院したいな。大した怪我もしてないのに検査続きなんてひどい。来週の修学旅行は行けるのかな。なんて取り留めもなく考えていると突然破裂音がした。
穂乃果「うわぁっ!?」
音とゴムが飛散した時の痛みに驚いて声が上がった。これじゃあ捨てるしかないや。ため息をついて破片を拾い、ベッドの脇のゴミ箱に捨てようと体を伸ばす。ふと気がつくと、既に膨らませてあった水色の風船と薄ピンク色の風船が萎んでいた。縛った口が緩んでいたようだ。
穂乃果「はあ……これ、明日までに終わるのかな……」
萎んだ二つのうちの薄ピンク色を拾い上げるともう一度息を吹き込んだ。
今度はきっちりと口を縛る。難しい。本当に間に合うのだろうか。
穂乃果「海未ちゃん!ことりちゃーん!」
幼馴染に助けを求めても、誰もいるはずもなく。
◆ ◆ ◆
ガキンと硬質な音がした。二つの刃がぶつかり合い、凌ぎを削る。
海未は握った日本刀を押し付けた。それを押し返すように西洋風の両刃剣を持った使い魔も力を込めるのがわかった。
目を凝らす。使い魔が力を抜き、バランスを崩させて懐に入ろうとする動きが見えた。
やはり魔法は人知の及ばないものだ。海未はそう強く思う。幼少から武道を学んできた彼女にはよくわかっている。ただ見るだけで相手の動きが分かってしまうなど、達人でもあり得ないことだ。
息を詰め、力を抜き、体を逸らす。使い魔のしようとした行動を一手早く使う。剣にかけた力のまま前に飛び出す使い魔。そこに中段に構えなおした剣先を叩きつけた。
すっと刃が敵の体を両断していく。切れた部分から霧散し、散りも残さなかった。
倒した。ため息を付き、日本刀を腰の鞘に戻した。血が付いていないため、拭う必要はない。
足音が耳に入る。振り返ると同じく魔法少女になったことりがいた。その肩には白い獣ーーキュゥべぇが乗っている。
ことり「海未ちゃん、お疲れ様」
海未「ありがとうございます。ことり。魔女はどうなりましたか?」
路地裏で偶然使い魔を見つけ、海未は戦うことを決めた。ことりとキュゥべぇは近くにあった魔女の反応を追うことになった。
海未の目に映ることりの表情は優れない。
ことり「ごめんね。見つからなかった……」
声を落とすことり。なんとなくではあるが、分かっていた。魔女と戦って倒して戻るには戻るのが速すぎる。そしてことりの表情がそれを確信に近づけた。
QB「逃げ足の速い魔女だね。早く見つけて倒さないと厄介だ」
キュゥべぇはことりの肩から飛び降りるとアスファルトに着地した。海未とことりも変身を解く。
QB「それにしても、わざわざ使い魔を倒さなくてもいいんだよ。前にも説明したけど、こいつらはグリーフシードを落とさない。魔翌力の無駄遣いだ」
海未「ですが、魔女と使い魔が人々に危害を加えることは事実なのでしょう?でしたら可能な限りそれを排除するのはこの力を持つものの義務だと……私は思います」
QB「そうか。でも、見返りがない」
海未「構いません。もちろん定期的にグリーフシードを手に入れなければなりませんが……」
少し不機嫌な表情になる海未。使い魔が減れば被害は減る。何が気にくわない。言葉には出さないが少しだけ恩人に不満が溜まる。
そんな海未を見かねたのか、ことりが海未の右腕に手を絡めた。
ことり「大丈夫!今日みたいにことりが探せばいいんだから!」
海未「ことり……」
初めての戦闘の際、怯えていた彼女ではない。穂乃果の元気な姿を見たら頑張れる。そう今日の討伐の前に言っていた。
海未「安心してください、キュゥべぇ。必ず魔女を倒しますから」
ことり「そうそう。それにグリーフシードが無いと私達も魔翌力が無くなっちゃうんだっけ?」
ソウルジェムは魔法を使うたびに穢れが溜まり、色が濁っていく。黒くなるほど魔翌力が扱えなくなり、最終的には戦えなくなる。そのような説明はすでにキュゥべぇから聞いていた。
それを防ぐにはグリーフシードに穢れを移すしかない。魔女を倒すことでしか手に入れられないため、魔法少女としての活動を続けるには魔女と戦うことは避けられないことだ。
なお、変身して魔法を使わなくても、時間経過で少しずつ穢れは溜まってしまうらしい。
QB「ちゃんと理解してくれているならいいんだ」
海未「いえ、ご迷惑をかけてすみません」
ことり「あっ、海未ちゃんもうこんな時間だよ!早く帰って明日の準備しないと……」
時計を見ると、もう深夜だ。早く帰らなければ明日のにこのソロライブの準備ができなくなってしまう。二人と一匹はその場を後にした。
◆ ◆ ◆
夢だと思った。普通の日のはずなのに。本当に夢が叶うなんて!
全部、全部! あの子のおかげだ!
◆ ◆ ◆
にこ「その、ありがとね」
ライブの後、アイドル研究部部室。普段よりも少し大人しい表情でにこは言う。その表情は喜びを照れ臭さが覆ってしまっているようだった。
穂乃果「にこちゃーん!お礼なんていいよ!にこちゃんのライブ、すごかったよ!」
にこに駆け寄って飛びかかるように抱きつく穂乃果。それを避けられないにこ。二人は縺れるように床に投げ出された。
にこ「ちょ!何すんのよ!」
体を起こすにこ。その背後に影が迫る。
希「怪我したばかりなのに元気すぎるのはちょっとお仕置きが必要やん?」
ぐわっと両手を開き、にこのフラットな胸部を掴む。東條希必殺のわしわしMAXである。
にこ「の、希!あんたこそ辞めなさいよ!にこは事故にあったばっかなの!ていうか!なんでにこなのよ!」
そして矢澤、完全なるとばっちりだ。
真姫「希、にこちゃんなら検査で何もなかったって分かってるから好きなだけやっちゃっていいわよ」
呆れたような口調だが、明らかに加担する西木野総合病院院長の娘、真姫。彼女と同じ一年生の凛も便乗して騒ぎの元に駆け寄った。
凛「凛は穂乃果ちゃんに抱きつくにゃー!」
穂乃果「わわっ!凛ちゃん!」
きゃっきゃと抱き合う二人。にこの周りとは大違いである。
海未「まったく……穂乃果は……」
花陽「凛ちゃん……」
それぞれの幼馴染の呆れたようなため息と心配そうな呟き。それを聞いたのか穂乃果と凛はまた笑った。
そんな笑顔を見たにこはくすりと笑いを零す。ようやく本当の仲間になれたんだ。ずっと願っても手に入らなかったものが、ようやく。
にこ「希もそろそろ離しなさいよ。そんなことしなくても、まだ安静にしてるわよ」
希「そう?にこっちは危なっかしいからなあ……」
にこ「それを言うならにこより絵里でしょ」
不満げな表情でつぶやく。希はくすくすと笑った。
希「そうかもしれんね。えりちはたまに無理するからなぁ」
そんなことないわよ、と呟いているが。そんなことあると希にはよくわかっている。にこですら知っていることを希が知らないわけがない。
と、少し油断したところに穂乃果と凛が群がってきた。正直熱い。けど、悪い気はしない。もう後ろめたさもない。
穂乃果「にこちゃん? ライブの打ち上げはどうする?」
凛「ラーメン行くにゃー!」
にこ「ごめん、妹たちに夕飯作らないといけないから」
ええー! と叫ぶ二人。本当に元気だ。特に穂乃果。数日前、トラックに撥ねられそうになったところを庇ってくれた恩人。ちょっと引っかかるところもあるが、元気で何よりだ。さて、あまり長居すると、妹たちがお腹をすかせてしまう。
にこ「じゃあ、私は帰るわ。打ち上げはまた今度にしましょ。九人揃えるときに」
にこは妹たちを連れて部室を出て行った。残される八人
穂乃果「じゃあ、今からにこちゃんのライブの準備お疲れさま会を……」
海未「ダメです」
がしっと穂乃果の肩をつかむ海未。とたんに穂乃果の顔は青ざめていく。
海未「もう病院に戻るはずの時間は過ぎています。帰りなさい」
真姫「そうね。病院のドクターから穂乃果がまだ戻らないって連絡が入ってるわ」
穂乃果「そんなあ!」
海未「まったく、もうすぐ退院できるのでしょう? 我慢しなさい」
はーい、と力ない返事で出ていく穂乃果。彼女が学校を出たことを確認すると、他のメンバーはライブの片づけに取り掛かるのだった。
◆What is your wish?
ステージの片付けも終わり、帰り道。真っ赤な太陽はだいぶ落ちていて、空が半分だけ紅い。そういえば、と海未は切り出した。
海未「穂乃果も明日には退院できるそうです」
凛「ほんと!?」
真姫「ええ。パパ達もようやく諦めるみたい」
穂乃果の入院が伸びていたのは多数の検査が原因だ。心臓が止まった状態で搬送されてきた少女の奇跡的な回復。そんな奇怪な現象に西木野総合病院はなんらかの原因があるのではといくつもの検査を試したが、結果は得られるわけがなかった。
花陽「これでまたみんなでライブができるね!」
凛「楽しみだにゃー!」
ことり「穂乃果ちゃん、次のライブが楽しみでしょうがないみたい」
絵里「そうね。ファッショショーで歌うのは初めてだから、いいライブにしてファンを増やしたいところね……希?」
絵里は、いつの間にか隣にいた希がいないことに気付き、辺りを見回す。すると、希はすぐに見つかった。メンバーから数歩下がって、笑みを浮かべて、六人を眺めていた。
その笑みは慈愛に満ちていて、それでいて、どこか悲しげで――絵里は目が離せなかった。
希「ん? えりち、ウチの顔に何かついてるん?」
絵里「え? ああ、何でもないわ」
どうしてあんな顔をするのだろう。違和感を覚えたが、聞いたところで飄々と躱してしまうに決まっている。
それでも、あんな顔をされては気にならないわけがない。ここ数日、いつもそうだ。なぜか希はたまに寂しそうで、それでいて満たされた表情をするのだろう。まるで、何かを達観するよな――そんな表情だ。
希がこんな表情をするようになったのは、あの日、例の事故が起きた日からだ。何かを隠しているのではと絵里は思うが、それが何かはわからない。そもそも気のせいかもしれない。だから、聞くに聞けない。
希「えりち」
絵里「どうしたの?」
希「みんな、楽しそうやね」
絵里「そうね。これで本当に九人が一つになれるんだから……」
くすりと小さな笑いが聞こえた。視線を向ける。なぜだろう、夕日のせいか。目が潤んでいるように見えた。だめ、もう我慢ができない。
絵里「ねえ、のぞ――」
希「いきなりこんなこと言ってごめんね。だけど、ウチ、μ’sが好きなんよ。本当に大好き。もちろんえりちも、ね」
絵里「急にどうし――」
言いかけた瞬間、何か流体に飲み込まれたかのような感覚がした。同時に視界が揺らぎ、眼前の光景がうねり、変わる。
真姫「何よこれ!」
一番に声を上げたのは真姫だった。次に海未とことり。二人は卵型の宝石を取り出した。海未は深い青、ことりは白。それに気づいた瞬間、絵里を襲う寒気。そうか、これは話に聞いた魔女の結界だ。
1です。諸事情で数日更新ができません。(元々更新遅いですが)
あといつもコメントありがとうございます。ちょっと人を選ぶ内容も増えますが、 >>1 に書いてあることが大丈夫な方はお付き合いいただけると幸いです。
また更新します
絵里「落ち着きなさい!」
うろたえる真姫と、それに影響されたのか青い顔をしていた凛と花陽、それと特に慌てた様子もない希に向けて声を上げた。
絵里「海未、ことり、これは例の魔女の結界ね?」
QB「大正解! さすが絵里だ。魔法少女として一緒に戦ってほしいくらいだ」
答えたのはいつの間にか姿を現したキュゥべえだった。少しだけ、不快感を覚える。海未とことりは周辺を警戒している。その動作は慣れたものだ。
QB「おそらく僕たちは魔女の結界に引きずり込まれたんだろうね。魔女が人を襲うときは、結界の中から干渉するタイプと、結界に引きずり込むタイプの二種類があるんだ。」
海未はしばらく辺りを見回すと、ため息をついた。
海未「魔女も出口も見当たりませんね……探すしかありません」
穂乃果やにこのいない時でよかった、なんて暢気なことは言えない状況だ。魔法少女二人に対し、足手まといの一般人五人。
絵里「私たちはどうすればいいかしら?」
海未「……私とことりから離れないでください。隠れられそうなところがあれば隠れてもらうかもしれませんが」
絵里「わかったわ」
絵里は頷くと一年生達と希に声をかける。
絵里「だ、そうよ。慌てず騒がず、海未とことりの指示を聞きましょう。魔女のことがわかっているのは二人だけよ……希も。いい?」
あたりに視線を巡らしていた希はにっこりと笑うと頷いた。
海未とことりに目を向けると、二人から放たれた光が収束していくところだった。魔法少女の服や武器は聞いた以上にすごいと、状況を忘れて考えてしまう。海未の腰の二本の刀も、ことりの矢も、今まで魔女やその使い魔を何体か倒してきた。だから大丈夫だ。
大丈夫。
嫌な予感がしたなんて考えない。そんなスピリチュアルなことを信じるのは希くらいだ。
だから。
▼
絵里達は海未とことりに連れられ、魔女の結界をさまよっていた。
四角い道が続く。道には所々部屋があった。割れた窓が付いていてその部屋の中が見えたが、中では人型の使い魔が遊んでいるだけだった。
道の奥まで行くと、階段がある。この階段は先ほどから何度も登ってきたが、迷ったわけではないはずだ。道を奥まで行くと階段、次の階について、廊下を奥まで進むとまた階段、という構造になっている。そんな構造の結界のようだが、次の階段には違和感があった。熱い。
海未「近いですね」
刀の柄に手をかける海未。
ことり「みんな、離れないでね」
矢をボウガンにつがえることり。
二人について階段を登って行くと、扉があった。向こうに、魔女がいる。ここまでくると魔法少女でなくてもわかる。
海未とことりは顔を見合わせると、扉を蹴破って飛び込んでいった。二人から離れないようにしないと。いつ使い魔が襲ってくるかわからない。絵里も後を追って扉をくぐった。
熱い。
熱い。
眩しい。
眼前に広がる世界。異常なほどの明かり。開けた空間は柵で囲われていて、その向こうには何も見えず、炎が揺らめいている。そして、その中心に球形の黒い炎の塊があった。きっと、あれが魔女だ。魔女と聞くとウイッチハットとマントに身を包んだ老婆というのが定番のイメージだが、あれは人、いや、生き物の形すらなしていない。
凛「何あれ……太陽みたい」
呆然と呟く凛の声。彼女の言う通りだ。まるで太陽。赤い球体が燃えている。時折球体が流動していることが首の後ろの不快感を煽られる。
花陽「ひっ」
一際大きく球体の一部が盛り上がった。花陽の悲鳴。何故だろう。ただ表面が隆起しただけだというのに、冷や汗が止まらない。絵里は魔女について詳しく知らない。だが、直感でわかる。球体の中に何か、とてつもない力がーー。
海未とことりは……?絵里が視線を巡らすと、二人はすぐに見つかった。太陽のような魔女に気を取られて気づかなかったが、球体の周りに人型の黒い影ーー話に聞いた使い魔らしきものが現れ始めていた。黒いドロドロの液体が床に落ち、それがヒト型になっていった。
少しずつ数は増え、八体。二人はそれと戦っている。だが、見るからに分が悪い。使い魔達はそれぞれ、刀、拳銃、槍、矢、槌ーー様々な武器を持っている。中には絵里の知識に存在しないようなものまで。使い魔は背中の管が魔女とつながっていて、魔女の一部のようだった。
凛「凛たち、見てるだけしかできないの……?」
QB「そんなことはないさ。契約して魔法少女になれば、いくらでも加勢できる。凛は何か願い事はないのかい?」
キュゥべぇは凛の足元に寄った。マズい。優しい凛なら契約しかねない。
いや、この状態で二人との約束を守る必要があるのだろうか?二人が穂乃果とにこ以外のメンバーに魔法少女にならないようにと釘を刺したのは、危険だから、それに尽きる。だが、今は緊急事態だ。むしろ二人の危険を防げるなら、そして自分以外が契約しなければ、魔法少女になって加勢しても……。
絵里「キュゥべぇ」
QB「どうしたんだい? 契約する気になったってことでいいのかな?」
ええ、と頷こうとした時、後ろから肩を掴まれた。使い魔!?と心臓が跳ねる。息を止めて顔を向けると、こんな状況だというのに笑った希がいた。
希「海未ちゃんとことりちゃんと約束したのに、契約しちゃダメやん? えりちも。みんなも」
だから、と希は左手を出した。違和感。中指。普段は指輪なんてつけていないはずだ。じっと希の手を見ていると指輪から紫色の卵型の宝石が現れた。以前見せてもらった海未やことりのソウルジェムと似ている。違いといえば一部が欠けていることか。だが、その違いは頭に浮かんだ答えを消してくれるものではない。
絵里「希……! どういうことなの!? あの時、海未とことりと、契約しないって約束したはずじゃ……」
「ごめんね。実は、あの日の次の朝、キュウべぇと契約したんよ。だから、二人と約束した日にはすでに魔法少女になってたから……約束もなにもないんや」
絵里「そんな、勝手に……もし怪我でもしたら、死んだらどうするの!?」
希「……本当は言わないつもりやった。キュウべぇにもみんなには内緒にしてもらったんよ。でもね。海未ちゃんとことりちゃんの二人だけが危険な目にあうのはやっぱり嫌やなーって。それに――」
それに? と聞き返そうとしたが、希の視線が外れたことにより、その言葉は飲み込んでしまった。希の視線の先には肩から血を流すことり。ことりと彼女の傷の原因と思わしき刀を持った使い魔の間に海未が飛び込んだ。刀と刀がぶつかり合う。飛び散る火花。ことりが海未の名前を呼ぶ声が聞こえた。刀の使い魔の後ろに、いる。肩越しに海未に矢を向けようとする使い魔。
――海未!
危険を知らせる声は出ない。喉が張り付いてしまったようだ。だが、希は、相変わらず、笑みを浮かべて。ぎりぎり聞こえるくらいの声で。未来を変えるんや。
希「へーんしん」
つぶやいた声とともに紫色の光に包まれた。その光はすぐに晴れ、一人の魔法少女が現れた。
藤色の袴の巫女。儀式でもするかのように金色の飾りを纏っていた。そのうちの一つ、紫色の宝石ーーソウルジェムは首飾りになって胸元にある。金の飾りは普段は二つ結びだが今は一つ結びとなった髪にも付いている。神々しい、一言で言うならそれに尽きるーーと絵里は思う。
巫女服の魔法少女となった希は金の錫杖を鳴らした。しゃらん。澄んだ綺麗な音。杖の先端の輪のうち四つが空を駆けながら巨大化し、矢と刀の使い魔の腕と足をを拘束した。輪一つ一つが強い拘束力を持つらしく、タイルの床に転がされた使い魔達はもがくだけで動けない。
捕まった使い魔は魔女の足元にいるが、熱の影響は受けないようだ。焼かれそうな熱だが原型を保っている。この空間も彼女の思うままなのか、魔女の元に垂れて形成された黒い液体の模様も消えていない。
魔女と使い魔達から距離を取った海未とことり。そこに希は並んだ。
希「ほらほら、海未ちゃん。援護するからしゃんとしい。死んだらみんなが悲しむで」
海未「希……貴女という人は……」
希「ごめんごめん。二人が心配するかなーって黙ってたんよ。えりちにも行ったけど、二人に止められる前に契約してたから、約束を破ったわけやないんやで」
ことり「希ちゃん……そんなに叶えたい願いがあったの?」
希「んー……秘密」
語尾にハートマークでも付いていそうな軽い口調で希は言う。そう、それが一番絵里の気にかかるところだった。
貴女の望みは……?
ぼごっ、と太陽のような魔女の表面が隆起した。続いていた脈動かと思いきや、どうも様子がおかしい。ぼごぼごと表面が蠢き、やがて炎の龍の頭のようなものが現れた。
希「二人とも、あの頭は最初にことりちゃんをを飲み込もうとするから、ことりちゃんは全力で後ろに走って離れるんや。頭はあんまり伸びないから、伸びきった所をうちと海未ちゃんで叩こ」
海未「希?何故分かるのですか?」
希「ちょっと魔法を使っただけや」
龍頭は痙攣するように震えた後、三人に襲いかかった。視線はメイド服の魔法少女、ことり。炎の龍は蛇のようにぐわっと口を開いた。
ことりは希に言われたとおり、踵を返して走り出した。溢れた血が床を彩る。十メートルほど龍に追われたところで、びくん、と龍は動きを止めた。
希「海未ちゃん!今や!」
海未「はい!」
希の錫杖が頬を殴り飛ばし、海未の刀が半分ほど首に食い込んだ。
希「ことりちゃん!今のうちに魔法で力を吸い取るんや!」
ことり「うん、わかった!」
ことりが矢を装填し、怯んだ龍に射出した。放たれた矢は眉間に刺さり、光った。光はことりの元へと帰っていく。それと同時に龍は大人しくなった。海未はそれを見逃さず、刀に力を込め、頭を切り落とした。
希「二人とも、やるやん!」
希はそう言いながら金の錫杖を振るいーー背後に忍び寄っていた槌を持った使い魔の攻撃を防いだ。
海未「希、加勢します!」
希「いーや、この子はうちに任せて。二人は本体を倒すんや」
使い魔の持っていた小型の槌は巨大化し、取っ手が伸び、スレッジハンマーの形をとった。伸びた間合いと一撃の重量。希は分が悪い。
敵がハンマーを持ち上げた隙。希は懐に飛び込んだ。錫杖の先端が音を立てて落ちる。光る細長い刃が現れた。仕込み薙刀。刃を短く持って使い魔の胸に突き刺した。
希「ごめんなぁ……」
希が使い魔に投げた言葉。最後は小さくなり、端で見ているだけの絵里には何を言っていたのかがわからない。仕込み薙刀を使い魔から抜き、魔女の方に向き直った。
海未とことりは腕が変形した使い魔と槍を持った使い魔の二体と戦っていた。
苛烈な戦い。そうか。穂乃果を救うために、二人をこんなところに送ってしまったのか。そして、希も何らかの事情であちらの世界に行ってしまった。
もどかしい。
いつの間にか絵里の手には力がこもっていて、手のひらに爪が食い込んでいた。律儀に二人との約束を守ってしまった結果、契約して援護することもなく、黙って見ているだけだ。本当にこれでいいの? 何か三人の邪魔にならない援助ができればいいのに。
そうだ、外から見える範囲であの魔女と使い魔の弱点を探せれば……。まず敵の数だけど、魔女一体と使い魔が八体でこちらの魔法少女の三倍。撃破した使い魔はハンマーを持った一体。少しずつ黒い液体に変わっていっている……? 刀を持ったのと矢を放つのは拘束されて動けないでいる。実質残りは6体だ。使い魔に戦わせているばかりで魔女はほとんど動かない。一度龍の頭を出したきりで……。あれ、そういえば、龍の頭を出した時、使い魔たちの動きは――
凛「絵里ちゃん!前!」
凛の声だった。次いで花陽の悲鳴。思考の世界に入り込んでいた意識が現実に向く。横に黒い紐のようなものを持った使い魔がいた。――いつの間に!
逃げようと足を動かしたが、使い魔の持っていた紐で体を拘束されてしまった。紐に力が加わる。ぎりぎりと音がして、体が千切れそうだ。幸い首に紐がかかっていなかったため、息はできる。だが、強い痛みのせいで呼吸などままならない。
死ぬ。殺される。三人の助けにもなれず、ただの足手まといだった挙句、こんなにも容易く殺されてしまうというの?
痛い。苦しい。
希――!
希「えりち!」
風のような感覚。体が軽くなった。息が出来る。力が抜けて床にへたり込んでしまった。助かった。その事実が呑み込めたのは、使い魔の死骸をどけるために体を動かしたあたりだった。動かなくなった敵を見て、ようやく、生きていると。そして、彼女が助けてくれたと。
絵里「希……」
紐ごと切られた使い魔の体を避けながら、希が駆け寄ってくる。死骸を踏みつけることをしない優しい親友。
希「えりち、もう大丈夫やで」
ふわりと髪を撫でる感覚。海とことりが戦っていることも、一年生達の前だということも忘れて、視界が揺らいだ。頬を熱いものがつたう。
希「大丈夫。大丈夫や。うちが必ず守ってあげるから、ね?」
ぎゅっと抱きしめる温度、柔らかさ。首飾りの宝石の感覚は服を着ていても伝わった。いつからか、一番安心できたのは、自室にいるときでも、家族といるときでもなく、希のそばにいるときだった。笑いかけてくれる笑顔は暖かく、何よりも幸せな気分になれた。
希「ねえ、えりち」
腕の力が強くなる。希の温度が近くなる。珍しい。どうしたの?そう聞こうとした。
それと同時に。
希「えりち。お願い。――て」
希は何か、何かを言ったけれど、何発もの銃声が響き、何ていったのかよくわからなかった。
暖かい赤と、体に寄りかかってくる冷たいもの。背中にもあった圧力はなくなり、ただ、冷たいものが体の上にある。
絵里「希?」
誰かが嘔吐する声が聞こえた。たぶん真姫だ。
絵里「希? どうしたの?」
響く花陽の悲鳴、凛の泣き声、海未の怒号。何? 何があったの?
絵里「希、何かあったみたい。少しだけ、離してもらうわね」
希の腕から抜け出ると、希の体は地面に吸い寄せられるように倒れた。
背中にはいくつもの赤。抉れた皮膚。赤く染まった白く神々しかった巫女服。
絵里「希?」
希が動かない。踊ることが好きだった足も、たまに髪を撫でてくれた手も、優しく笑いかけてくれた頬も。
絵里「ねえ、動かないと、魔女が来るわ」
希の指に手を伸ばす。ポロポロと何かが落ちた。紫色の宝石の欠片だ。自分の胸に目をやると、赤い染み、そこに付着した紫の破片。床に落ちた欠片の中にひときわ大きな黒い塊があった。拳銃の弾だ。
絵里「希、撃たれたの……?」
ねえ、希。希のことだから、冗談なんでしょう?性質の悪い、悪戯。
絵里「弾が胸を貫通したのね……」
だから、冗談でしたって言って起きてくれるんでしょう? それでまた、さっきみたいに凛々しく立ち向かって――
絵里「それが首飾りの宝石に当たったから私は生きてるのかしら……?」
ねえ、違うって言ってよ。こんな冗談こりごりよ。海未とことりは戦ってるんだから、空気を読みましょう。ねえ。
絵里「希……」
私を守ってくれたなんて。私のために死――。
絵里「嘘って言ってよ……」
触れた手は硬く冷たくて。冗談だと思いたかったことはきっと全部本当で。世界の一部が崩れ落ちた。
頭の中が気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
何かが痛い。痛い。痛い痛い痛い!
ああ、そうか。全部魔女のせい。
絵里は希の握っていた小型の薙刀に手を伸ばした。冷たい。希の手を離し、薙刀を持つ。重い。けど――
希の命に比べればこれくらい!
絵里「ああああああああああああッ!」
吠えた声は自分のものに思えなかった。希の近くをうろついていた拳銃を持った使い魔に薙刀を振りかぶる。だが、武器なんて持ったこともない素人の一撃はなんなく躱されてしまった。
海未「絵里!やめてください!」
拳銃を向けた使い魔との間に海未が割り込んだ。そして、刀の一振りで銃を持った手を切り落とす。
絵里「どきなさい!こいつは!希を!」
武器は海未が落とした。だから、私がこいつを!
海未「あなたは希が守った命を無駄にするつもりですか!」
海未の言葉に体が強張った。普段から冷静なはずの声は、いつになく荒れていて、今にも泣きだしそうだった。
希が守った命……?
ことり「海未ちゃん! 絵里ちゃん! 離れて!」
使い魔がびくりと動いた。海未はことりの言葉に従い絵里の腕を掴んで使い魔から引き離す。絵里は抵抗しなかった。する気力もなかった。海未とことりがあまりにも魔女を見つめるものだから、絵里もそちらに視線を向ける。魔女は痙攣するように震えていた。
ことり「どうなるの……?」
びくびくと痙攣する使い魔に繋がっていた管は太くなっていく。それに合わせて使い魔の形も変わる。龍の頭。発火。先ほど三人が倒したものと似たような形状になった。
ことり「どうしよう……」
海未「でも、どうにかしなければ、希の犠牲が無駄に! 何としてでも倒しましょう!」
ことり「うん、わかった」
だが、二人の警戒と決意は無駄になる。
成長した龍の頭は倒れていた希の死体を喰らった。一口で、飲み込んだ。すると、魔女の本体がさらに揺さぶられるようにと震え始め、空間が揺らぎだす。少しだけ、床に落ちていた黒い液体が蒸発して消えた気がした。
QB「魔女の結界が不安定になっている!」
今まで黙っていたキュゥべぇ。肩で息をついていた真姫は胃液で焼けた声でつぶやいた。
真姫「じゃあ、逃げれるの?」
QB「うん、きっとどこかに出口はある」
キュゥべぇの言葉を聞いてから外の空気を吸うまでの絵里の記憶はほとんどない。
いつの間にか海未とことりと一年生三人と魔女の結界から抜け出していた。
あの凛でさえ息を切らしていたあたり、かなり長いこと魔女の結界の中を彷徨ったのだろう。
今は、泣き声と嗚咽だけだった。希のために泣いているメンバーを見て、体の熱が抜けていくようだった。
もう何も考えたくない。一人立ち上がり、仲間に背を向け、歩き出す。夜風が冷たい。まだ十月になったばかりだ。こんな夜なのに、星が綺麗で、理由のない苛立ちを覚える。
どうしても、希に聞きたいことがある。でも、もう聞くことができない。
ねえ、希。
あなたはあの時私に何を言ったの?
あなたの願いは何だったの――?
1です。所用で更新ができませんでした。すみません。また少しずつ更新していきます。
◆Living for despair.
◆ ◆ ◆
息を切らせて走る。清々しい朝だ。久しぶりの学校!μ'sの練習!
穂乃果は海未とことりとの待ち合わせ場所へ走った。秋の空は澄んでいて、少しだけ涼しい。
だが、誰もいない。一番乗りだ。使い慣れたスマートフォンを取り出す。幼なじみ三人のグループチャットを開いてメッセージを打ち込んだ。
『一番乗り!海未ちゃんもことりちゃんも早く来て〜!』
チャットで話しただけだが、昨日一昨日と少しだけ二人の様子がおかしく感じた。一昨日にこのライブが終わってから送ったメッセージには海未の味気ない丁寧な返事がついているだけだった。
特にことりの返事はなかったが、昨晩ことりの方から宿題とか、修学旅行のこととか、日常の他愛ないメッセージを送ってきた。そんな話はいつもの事だけど、やけにメッセージが返ってくる時間が早かったし、量も多かった。
ふと、画面の上部に表示されている時間に目をやる。あれ、珍しいな。待ち合わせ時間十分前。ことりはともかく、海未は必ず来ている時間だ。
メッセージに既読はつかない。そのまま時間は流れる。待ち合わせ時間ちょうど、やつれた海未が現れた。
メッセージに既読はつかない。そのまま時間は流れる。待ち合わせ時間ちょうど、やつれた海未が現れた。
海未「すみません、遅くなりました」
穂乃果「海未ちゃん……どうしたの? 具合悪そうだよ?」
海未「……作詞をしていたら時間を忘れてしまって、あまり寝ていないんです」
穂乃果「そうなの? 自分の体を大切にしないとダメだよ……」
海未「にこを庇ってトラックにはねられたあなたに言われたくありません」
冗談めかして笑う海未。それでも、その笑みはどこか固くて。一緒に笑いたいのに、穂乃果にはそれができなかった。拭いきれない違和感。
少しして、ことりが走って来た。ことりも目に隈が現れていて、寝ていないことがわかる。理由を聞いたら、衣装作りで夜更かししたとだけ。おかしい。そう思っても、何故かそれ以上追求してはいけない気がして、穂乃果は言葉を飲み込んだ。
三人とも黙ったまま、音ノ木坂学院に着いた。一部の部活の朝練が行われていて、朝だというのに活気がある。
海未「すみません、書類を生徒会室に置いてくるので二人は先に部室に行っていてください」
穂乃果「穂乃果も行く!」
久しぶりの学校。しばらく生徒会の仕事も海未やことりに任せっきりだった。せっかくだから生徒会室も顔を出したかった。この時間だと、誰もいないだろう。それでも、一つの自分の居場所を眺めたかっただけだ。
じゃあことりも、と結局三人で生徒会室に行くことになった。たまにすれ違う生徒から声をかけられて照れ臭い。
生徒会室に着いた時、海未が不思議そうな声を上げた。
穂乃果「どうしたの?」
海未「いえ……鍵が開いています」
閉め忘れたはずは無いのですが……。海未は呟く。確かに自分ならともかく、海未がそういったことに抜かりがあるとは思えない。
海未は扉に手をかけると、ゆっくりと開いた。
風が吹き抜ける。
乱された金髪を押さえる人物――絵里。普段海未が使っている机のそばで佇んでいた。
穂乃果「絵里ちゃん?」
絵里「ああ、お邪魔してるわね」
絵里は髪を手ぐしで整えると、手を伸ばした。ゆっくりと指先で机を撫でる。
海未「絵里……そ、そこは私の机ですが……」
絵里「……そうね、ごめんなさい」
海未「いえ……」
沈黙。海未も絵里も。ことりも。何も言わない三人。耐えかねた穂乃果は口を開いた。
穂乃果「絵里ちゃん? 生徒会室に用事? 忘れ物?」
絵里「あ、ああ、そうね。もうすぐあなた達は修学旅行でしょう? その間に少し生徒会の仕事を手伝おうと思って」
穂乃果「本当!? でも、迷惑じゃない?」
絵里「そんなことないわよ……ああ、もうミーテイングが始まるわね。行きましょ」
絵里は三人の顔も見ずに生徒会室を出て行った。なんとなく、彼女がμ'sに入る前の誰にも、自分にも厳しかった頃の瞳に戻っている気がして、不安になって後を追った。
にこ「おっそいわよ!新旧生徒会が揃って遅刻とかどういうつもりなわけ!?」
部室の扉を開けると、椅子にふんぞり返ったにこの言葉が飛んできた。
真姫「仕方ないじゃない……みんな都合があるのよ」
ため息をつく真姫。凛と花陽も来ているが、朝だからか元気がない。希はーーいない。
絵里「朝練の前に、少し伝えないといけないことがあるの」
椅子に座ると、絵里が話し始めた。表情は暗く、声は氷のようだ。どうしたんだろう? 聞くこともできない。
絵里「落ち着いて聞いて。特に穂乃果」
名指しされ、視線を向けられる。本当に、昔の絵里に戻ってしまったみたいだ。穂乃果はミーティング机に向かった。周りに座るメンバーの顔はどれも暗い。まるで、人でも死んでいしまったかのような――
にこ「ねえ、その伝えないといけないことって、希のこと?」
絵里「……そうよ」
実はね、と前置きして。少し長く息を吸って。絵里は話し始めた。
絵里「希が行方不明になったの」
穂乃果「え、どういうこと……?」
絵里「そのままの意味よ。実は昨日、希が学校に来なくて、連絡しても返事がなくて。風邪か何かで寝込んでるのかと思ってたんだけど……先生にも連絡が取れないから何か知らないかって聞かれたの。そのあとご家庭に連絡を入れてくれたみたいで、すぐにご両親が希の部屋に行ったそう――ああ、希って一人暮らしなの。それで、希のマンションはもぬけの殻で、捜索願が出されたの。一晩経ったけど、まだ連絡はないわ」
絵里は時折、言葉を選ぶように話す。にこは「やっぱり」と呟いていた。
穂乃果「希ちゃん……」
一昨日のにこのライブを行った日には元気だったのに。例の事故が起きてから、毎日とは言わなくてもお見舞いに来てくれたのに!
穂乃果「そんなの嘘だよ! 希ちゃんが考えた冗談なんでしょ! 絵里ちゃ――」
絵里「私だって嘘だと思いたいわよ!」
怒鳴り散らす声。その声は悲痛で、穂乃果の体を硬直させるには十分だった。
絵里「……ごめんなさい。私が怒鳴ったって現実は変わらないものね」
自嘲気味に笑う口元。目は氷のようで、冷たくて、悲しそうで。
絵里「そう、それでね。今度のファッションショーのライブだけど、断りの電話を入れようと思うの。練習はしばらく軽い体力づくりだけにしましょう。海未やことり、一年生にはもう話したわ。にこは妹さんたちの面倒で早く帰っちゃったから言えなかったんだけど。希がいなければ、ライブなんて――」
穂乃果「ダメだよ、絵里ちゃん」
首の後ろは寒くて、でも頭と目は熱い。心臓はどんどん早く動いている。急にこんなことになって思いがまとまらない。でもこれだけは言わないと。
穂乃果「――ライブ、しよう。だって、もしかしたら希ちゃんがどこかで見ていてくれるかもしれない。もしかしたら、そのライブを見て戻ってきてくれるかもしれない。だから……」
絵里だけでなく、海未やことりの表情も暗い。誰も穂乃果と目を合わせようとしない。凛や花陽は穂乃果と絵里を交互に見て今後どうなるかと不安げな顔になっている、真姫は二人から視線を逸らしている。そういえば、さっき海未とことりは夜更かししたって言っていたけど、本当は希の事を考えて眠れなかったんだ。でも、ライブを成功させれば、きっと戻ってきてくれる!
絵里「でも」
穂乃果はポケットの中の希から受け取った御守りを握りしめた。少しだけこの御守りの主が近くにいるような気がした。だから、言える。氷の視線に負けない!
穂乃果「お願い! 人が増えるわけじゃないから、衣装は大丈夫でしょ!? ダンスのフォーメーションは――振り付けを簡単なものにすればいい! それなら、今から変更もできるし、ライブの前に希ちゃんが帰ってきても、練習も楽になると思う!」
なおも苦い顔をしていた絵里。それを見かねたのか、にこも口を開いた。
にこ「フォーメーションを簡単にするっていうのは賛同する気はないけど、私もライブをすべきだと思う。メンバーが一人足りないからって何なのよ。どんな状況であれ、ライブをする。ファンのために。それがアイドルってものよ。ライブをしておくことは、帰ってきた希にマイナスに働くことはないはずよ」
にこちゃん。賛成してくれるんだ。ありがとう。
絵里「……二人は、希が戻ってくると思ってるの?」
何でそんなことを聞くの? 答えは決まっている。
穂乃果「もちろん! 希ちゃんはμ’sのメンバーだから!」
絵里は穂乃果の目を見据えると、ゆっくりとため息をついた。
絵里「わかったわ。やりましょう。――私たちのライブ、希に届けましょう」
他のメンバーの目にも、活気が戻っていた。希が名付けたスクールアイドルのライブ、きっと届けてみせる!
◆ ◆ ◆
こうして、八人でファッションショーのライブに望むことになった。二年生の修学旅行前の練習は順調。振り付けも舞台全体を使うようなものから手の動きを中心としたものに変え、衣装もセンターの穂乃果に合わせて発注した。大丈夫、希は帰ってくる。そう思いつつ練習に励んでいた穂乃果。
だが、現実は非情だった。
――修学旅行最終日、沖縄
穂乃果「帰れない!? どうにかならないの!?」
ホテルの一室。穂乃果は引率の教員に縋りついていた。自然現象、台風。沖縄に台風が直撃し、飛行機がすべて欠航になってしまったのだ。そのため、本日飛行機で帰還する予定だった二年生は沖縄で足止めを食らうことになってしまった。ファッションショーは――明日。
「さすがに台風じゃあ……どうにもならないわ。とりあえず、部屋で大人しくしていてね」
穂乃果「そんな~!」
教員は穂乃果を振り払うと、他の部屋に向かってしまった。まだこのことを伝えるべきグループがあるのだろう。追いかけても邪魔になるだけで、どうにかなるわけでもない。
膝の力が抜け、崩れ落ちた。今まで様々な困難を破ってきた。だが、自然現象だけはどうしようもない。雨止めー!なんてこの修学旅行中に何度もやっているが、効果はない。
海未「穂乃果……」
穂乃果「どうしよう。穂乃果が言い出したのに、希ちゃんに合わせる顔が……」
海未「……大丈夫です。きっと絵里たちがどうにかしてくれますよ」
ことり「そうだよ。にこちゃんもいるし、任せていいんじゃないかなあ?」
穂乃果「……うん」
それから、夜中までトランプで遊んでいた。気を紛らわせるように。だが、不安な気持ちと皆なら大丈夫という安心が入り交じり、とてもじゃないが気がまぎれることはなかった。
もう遊びのネタも尽きたという夜中。そろそろ寝ようか、と海未とことりと話していると、スマートフォンがなった。電話だ。こんな時間に誰だろう、と画面を見る。画面に表示されていた名前は――花陽ちゃん。
第三話へ続く
第2話現在の状況
園田海未
衣装:白の道着と青の袴。金の模様が入ってある黒い防具。
SG:青色。変身後は側頭部の髪留めの飾りとなる。
武器:日本刀(大小二本)
魔法:超感覚(固有)
願い:穂乃果の脳機能の正常化
南ことり
衣装:メイド服。フリル五割増しのエプロン。銀色の髪飾り。
SG:灰色。変身後は羽の形の宝石になり肩に装着する。
武器:クロスボウ
魔法:エネルギードレイン(固有)
願い:穂乃果を生き返らせる
東條希
衣装:藤色袴の巫女服。金の装飾、髪飾り。
SG:紫色。一部が欠けている。
武器:錫杖(仕込みギミック有)
魔法:遊環を用いた拘束魔法
願い:?
備考:太陽の魔女との戦いで死亡
太陽の魔女
外観:黒い炎の塊。時折炎や黒い粘液が吹き上げる。粘液を固めて作った使い魔を従えている。
性質:「先導」
次は三話を更新していきます。時系列で言うと二期五話のあたりです。
毎度まとめてになりますがコメントありがとうございます。
三話投下します。
◆What I Want to Do is.
暗い、暗い、荒廃した世界。
壊れきった建造物が積み重なる世界に蝶の羽を持つ巨大な化け物。羽は蝶でも、上半身は人間。そして下半身は人魚のような魚。
砂煙が吹き荒れる世界に、一匹の魔女がいた。
そして、彼女に立ち向かうものも、一人。魔法少女だ。
水色を基調とした洋装を纏った魔法少女は、紺色のブーツの底を鳴らして魔女に向かっていく。カツン、カツン、と音を立て、倒れた建物の壁を歩く。黒いフードのついたマントが砂嵐に揺れた。フードを目深に被っていることと、紫の月のような紋様が入った仮面をつけているせいで、表情も素性もうかがえない。
魔法少女は右手で腰のホルスターから拳銃を抜き、魔女に向けた。拳銃に安全装置はついていない。トカレフと呼ばれる自動式のものだ。
スライドを引き、ハンマーを落とし、引き金に指をかけて魔女に向ける。狙いは魔女の胸部。
一発、撃った。音を立てて排出される空薬莢。片手で撃ったせいか、弾は急所を外した。
もう一発。また、弾は逸れて致命傷にはなり得ない部位に直撃する。魔女は痛みからか怒りからか吠えた。甲高い声は耳を塞ぎたくなるどころか、脳を揺らす。
だが、魔法少女は怯まない。銃の引き金に手をかけ、横たわる建造物の壁を蹴った。走り、魔女の眼前に跳ぶ。間近で見ると、魔女の顔は魔法少女の身長よりも大きかった。顔面に銃口を向ける。フロントサイトとリアサイトが重なった。引き金に力を込めようとした瞬間。魔女が吠えた。
先ほどとは比べものにならない殺意のこもった声。発生する衝撃波。魔法少女は後方に吹き飛んだ。走ってきたビルの壁を転がり、地に落ちる。風圧で跳んできた砂やガラス片が体を傷つけた。血を流しながら立ち上がる。右手に握った銃を魔女に向けて、仕返しとばかりに撃った。だが、痛みからか、弾は当たらない。舌打ち。両手でしっかり構えた方がいい。左手を動かした時、再度、いや、前よりも大きな咆哮。
パツッと耳の中で何かが破ける音。それだけではない。飛来する巨大ながれきやガラス片。一枚のガラス片が左手に直撃した。手首から先の感覚がなくなる。離れた左手は風に飛ばされて見えなくなった。流れる赤は共に後方へと消える。
声が止んだ瞬間、魔法少女は動いた。同時に、左手首から湯気が立つ。高速で無くなったはずの左手が形成された。切断部位だけではない。ガラスによる裂傷も、破れた鼓膜も、再生していく。
魔法少女は、もう一度、駆けた。積み重なるように倒れるビルの壁を跳び、魔女の眼前へと踊り出る。今度は発砲せず、顔面に飛びついた。異物を引きはがそうと、魔女は手を伸ばす。それより速く、魔女の口に拳銃を持った右手を押し込み、引き金を引いた。
一発。二発。三発。
三発目で魔女は動きを止めた。消えていく魔女の体。四発目。揺らぎ、戻っていく空間。五発目。魔法少女は、弾が切れるまで魔女を打ち続けた。八発の弾を撃ち尽くし、トカレフのスライドが動く。魔法少女はマガジンを取り出し、新しいものを装填すると、ホルスターに戻した。
QB「お疲れ様」
薄暗い路地裏。街灯はちらほらあるが、光は弱く頼りない。キュゥべえは魔法少女の足下に擦り寄った。
QB「海未とことりは出かけてしまっているし、助かったよ」
「そう」
魔法少女はそっけなくキュゥべえを足で払った。振り払われた白い獣は連れないなあと言いたげにその場離れ、少し離れた電柱の陰に転がった。
QB「それにしても、君は容赦が無いんだね。魔女の結界が壊れた後も攻撃を続ける魔法少女なんて初めて見たよ」
「興味無いわ。魔女は――私がすべて[ピーーー]。いつかは貴方も」
おお、怖い、とキュゥべえは立ち上がった。
QB「僕は行くところがあるから」
そう言って場を離れるキュゥべえ。魔法少女は薄暗い路地裏に取り残された。
復活してたのでまた更新していきます。
とりあえず>>165のsaga入れ忘れの修正↓
QB「お疲れ様」
薄暗い路地裏。街灯はちらほらあるが、光は弱く頼りない。キュゥべえは魔法少女の足下に擦り寄った。
QB「海未とことりは出かけてしまっているし、助かったよ」
「そう」
魔法少女はそっけなくキュゥべえを足で払った。振り払われた白い獣は連れないなあと言いたげにその場離れ、少し離れた電柱の陰に転がった。
QB「それにしても、君は容赦が無いんだね。魔女の結界が壊れた後も攻撃を続ける魔法少女なんて初めて見たよ」
「興味無いわ。魔女は――私がすべて殺す。いつかは貴方も」
おお、怖い、とキュゥべえは立ち上がった。
QB「僕は行くところがあるから」
そう言って場を離れるキュゥべえ。魔法少女は薄暗い路地裏に取り残された。
◆Twirling Miracle.
凛「あの衣装可愛いかったな……」
ファッションショーのライブ前夜。凛は自室のベッドに寝転がってため息をついた。脳裏に焼きついたあの衣装は消えない。
あのウエディングドレスのような可愛い衣装に腕を通したら、髪飾りをつけたら――考えたところで首を振った。
凛「きっとかよちんの方が似合うよ。これでよかったんだよ。凛なんて……」
『うわ、星空がスカート履いてるぞ!』
『お前男みたいなんだからそんなの似合ってねーぞ!』
小学生の時にクラスメイトの男子から言われた言葉はスクールアイドルになった今でも忘れることはなかった。自分にはこんな可愛い衣装は似合わないけど、みんなも着てるから同じ衣装を着ないといけない。そんな正当化の中で活動をしてきた。
だが、今回の件は違う。一人だけウエディングドレスをモチーフにしたワンピース。残りのメンバーはタキシード。みんながドレスを着るなら凛も着れたはずだ。しかし自分一人では無理だ。せっかくほかのメンバーがリーダーに推薦してくれたのに。
そんな感情が頭の中で混沌と渦巻いているその中で小さく光る、衣装を見た瞬間から消えなかった思いがある。
凛「でも、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから……」
QB「着てみたかったかい?」
突然凛の顔を覗き込んできた白い生物。キュゥべぇだ。
凛「にゃ!?」
心臓が強く鼓動し、腹筋を使って起き上がる。キュゥべぇはさっと凛の額をかわして膝下に移動した。
そんなに驚かなくても……、とキュゥべぇ呟くが、驚かないわけがない。突然閉め切った部屋に侵入してきた挙句、心を読まれたのだ。
キュゥべぇの言った通り、あの衣装を着たいという思いが抜けなかった。ずっと、目の裏に白と薄ピンク色の綺麗な布で作られたウエディングドレスがある。
凛「ど、どうしてこんなところにいるの!?ここは凛の部屋だよ!」
心を読まれた驚きはどうにか飲み込み、キュゥべぇに顔を近づけた。
QB「悩んでるみたいだったからね。僕で良ければ相談に乗るよ。海未やことりは遠くに出かけていて魔女討伐ができないから」
凛「え……暇つぶし……?」
少しだけ苛立ちながらも、考えは変わっていく。キュゥべぇは魔法少女と共に悪い魔女と戦っている正義の味方だ。それに、海未とことりの願いを叶え、穂乃果を救った張本人でもある。その力のせいで、希は死んでしまったけれど。
凛「キュゥべえなら話せるかも」
頷くと、ゆっくりと、浮かんだ思いを口にしていった。
凛「えっとね、凛、こんなに髪も短いし、女の子っぽくないんだけど、かよちんとか、μ'sのみんなみたいに普段から女の子っぽい服が着たいの」
焼付く女の子の憧れ、ウエディングドレス。でも自分には不釣り合いだ。
凛「でも、凛には向いてないから……スカートは似合わないし、髪も短いし……」
思い出される心無い言葉。泣きそうになりながらも、凛は思いを言葉にしていく。
凛「それに、せっかくアイドルっぽくなれるきっかけになったかもしれないのに、センター、かよちんに押し付けちゃった」
もしかしたらこれを機会にもっと可愛い服を着て歩けたのかもしれない。そう思ったのはほんの一瞬のことで、センターは花陽と決まった後だった。
凛「ごめんね、何言ってるかわからないよね」
ダメだよ、言いたいことがありすぎて、まとまらない。いつの間にか溢れていた涙を拭った。
キュゥべぇはしっかりと凛の思いを聞いていた。
QB「わかるさ。つまり、女の子らしくなりたいんだろう?」
凛「……うん」
QR「一つ、方法がある」
凛「ほ、本当に?」
突然の提示だった。方法?そんなことがあるのだろうか?見つめたキュゥべぇの目は赤く、無機質だった。
QB「僕と契約するんだ」
凛「契約……って、魔法少女になるってこと?」
凛の表情が強ばった。ぞく、と背中が冷たくなる。
QB「そうさ。魔法少女になれば一つだけ願いが叶う。あの衣装を着ることもできる……新しい自分になれるんだ」
凛「新しい……自分?」
でも。でも。あのウエディングドレスとは別に、凛の脳裏から消えない光景がある。
凛「いや、いいよ……怖いもん。魔法少女になったら魔女と戦わないといけないし……希ちゃんも死んじゃった」
ぽろぽろと涙が落ちた。姉のように、母親のようにμ’sを支えてくれた人。μ’sの名前をつけてくれた人。lily whiteの活動では突っ走る海未とはしゃぐ自分をうまくまとめてくれていた。
そんな希は、つい先日。絵里を庇って魔女の使い魔に殺された。ぎゅっと親友を抱きしめて。すべての弾丸を受け止めて。真っ赤な血に染まって。連日夢に見るくらい頭から離れない。学校にいる間はとにかく練習に打ち込んでそのことを考えないようにしていたけど。ライブの事を考えて気を紛らわそうとしてはいるけれど。どうしてもあの真っ赤な希ばかりが思い出される。思い出すなら楽しいことがいいのに。
QB「希の遺志を継ごうとは思わないのかい?」
凛「できるわけないよ!」
QB「最近、この街には他と比べて魔女が多くなっている。原因は分からないけど。だから、この前のようなことが起きないとも限らない」
凛「で、でも、海未ちゃんとことりちゃんが、また守ってくれるし……」
QB「本当にそれでいいのかい? この前の魔女との戦いで、最初に二人に戦いを任せることに異議を唱えたのは君だったじゃないか」
たしかにそうだった。あの時は二対八で使い魔に圧倒される二人を見て、助けたくて仕方が無かった。それに、ちょっとだけ魔法少女になってみたかった。でも、魔法少女は簡単に死ぬ。それを見たら簡単に魔法少女になればなんて思えるわけがない。
QB「それに、魔法少女がいないときに魔女に襲われる時もある。そうしたらどうする? もし、花陽が襲われたら?」
凛「かよ、ちん……?」
QB「そうさ。なぜか魔女が集結しているこの音ノ木ではいつ誰が魔女に襲われて殺されてもおかしくない。もちろん、花陽だって。たとえば、帰り道で分かれて、そのまま二度と会えない、なんてこともあり得る。結界の中から干渉するタイプならともかく、結界の中に引き込んでしまう魔女だったら、死体も見れない。この前希を殺したあの魔女もどこへ逃げたかわからないしね」
ずっと傍にいた幼なじみ。アイドルとごはんが大好きで、さらさらとした髪は少しだけ毛先に癖があって、ほっぺたは柔らかくて、いつも柔らかく笑っていた。そんな花陽が傍にいなくなったらと思うだけで――
凛「凛が、かよちんを……守れる?」
QB「ああ、そうさ。君が花陽を守るんだ」
凛「でも、怖いよ」
QB「ことりだって最初は震えていたさ。力を持てば変わる。凛もきっといい魔法少女になるよ」
かよちんがいなくなったら、凛、生きていけないよ。だから。
凛「凛、魔法少女、やってみようかな」
いつの間にか、決意はできていた。恐怖はあるけれど、花陽のためならどんな魔女よりも強くなれる気がした。それに、小さなころアニメで見たような、魔法少女への憧れは心の片隅に残っている。女の子らしくて、可愛くて、強くて、誰かを守れる存在。
QB「じゃあ、どんな願いで契約するんだい?」
凛「凛、かよちんを守りたい!」
QB「……別に構わないけど、魔法少女になるだけで、魔女と戦う力は手に入るんだよ?」
そっか。じゃあ、ああ、そうだ、さっきキュゥべえに言われたあの願い。皆を守れて、夢が叶うなら、魔女と戦う勇気も手に入るよね? 穂乃果ちゃんを助けてくれた、あのキュゥべえがそう言ってくれるなら、大丈夫だよね?
凛「変わるきっかけがほしい。新しい自分になりたい!」
QB「もちろんなれるさ。それじゃあ、始めよう」
キュゥべえの赤い瞳。全身を駆け巡る痛みと黄色い光。それでもそんな光の中に、願い続けた夢が見えた気がした。
◆ ◆ ◆
穂乃果「花陽ちゃん?こんな時間にどうしたの?」
花陽『あのね、相談があるんだけど――』
◆ ◆ ◆
本当に機会は巡ってきた。きっかけが欲しいと願ったものの、特に何事もなくライブを行うファッションショーの会場へ着いた。
ライブに向けて、楽屋で準備を始めた時だった。可愛い服を着たモデルやアイドルを見て、より機会を待つ気持ちが高まっていた時、それは起こった。
自分の衣装はそこだと言われ、カーテンを開くと――あのドレスがあった。花陽が着るはずの衣装。つるつるとしたきれいな布。伸びた腰ひもは天使のようだ。
花陽「凛ちゃんは可愛いよ!抱きしめちゃいたいくらい可愛いよ!」
そして、大好きな幼馴染と、大好きな友人と、背中を押され、憧れを手の中に収めた。
その日みた景色は夢のようで、ずっと見たかったものだった。小さなステージとたくさんのギャラリー。テレビや雑誌の取材も来てるんだって。すべてのものがキラキラと輝いて見えた。
凛「いっちばん可愛い私たちを――見ていってください!」
凛、かわいくなれたかな。変じゃないかな。最初浮かんだ疑問はすぐに消し飛んでしまった。かよちんがそう言ってくれるなら。きっとそうに決まってる! だから、なりたい自分になっていいんだって。そう思えた。
翌日。
凛「うん、うん。じゃあ、いつもの公園で。えへへ、ありがとね、かよちん!」
凛は笑いながら電話を切った。ファッションショーの翌日。凛は花陽と街に出かける約束をしていた。今日の目的は、普段のボーイッシュなものとは違った、かわいい練習着を買うこと! それから、雑貨屋さんに行って、可愛いパフェを食べに行って……やりたいことがたくさんある!
箪笥に押し込んだピンクのワンピースを取り出した。どうにか勇気を出して買ってみたものの、結局着ることはできなかった。何度か部屋の中でこっそりと体に合わせてみたが、どうしても自分には合わないとすぐに片づけていた。
でも、それは昨日まで。今日からは、堂々とこのかわいい服を着て歩くんだ。
昨日、花陽と真姫、絵里とにこが励ましてくれた言葉がたくさん。たくさん。だから、たまに不安になっても大丈夫。四人の言葉の中でも、花陽の言葉は暖かくて、それさえあればずっと大丈夫だと思えたほどだ。
ワンピースに袖を通す。これを買ったときは、少しでもシンプルなものと思って選んだが、今改めて見ると少し物足りない気もした。
小さな鞄に財布と携帯と他に必要なものを詰め込むと、家を出た。
公園に付くと、花陽はすでに凛を待っていた。いつもの小さいベンチで、スマートフォンを触っている。かよちん、びっくりするかな、なんて思いながら。
凛「かーよちん!」
顔を上げた花陽はすぐに表情を綻ばせた。凛に駆け寄るとぎゅっと抱きしめる。暖かい。いい匂いがする。ほんのり花陽の頬がピンク色になった。
花陽「はぁ~! 凛ちゃんすっごくかわいいよ! そのお洋服どうしたの?」
凛「ありがとにゃ……! このお洋服はねー。結構前に買ったんだけど、なかなか着れなくて」
花陽「そっか……でも大丈夫だよ、凛ちゃん。すごく似合ってる。すごく可愛い」
きゅうっと凛の顔が赤くなる。紅潮したほほを見られないよう、顔を背けて「いこっ」と花陽の手を引いた。
風に揺れるスカートも、きれいに整えた髪の毛も、暖かい花陽の手も、全部嬉しくて。未来のことを考えると、期待が高まって、胸が熱くなっていく。
凛「ねえ、かよちん」
花陽「どうしたの?」
凛「大好きにゃ!」
どうしても大好きだって言いたくなっちゃった!
◆ ◆ ◆
そして、奇跡はくるりんと簡単に、無情にも転覆した。
ハロウィンライブの案がなかなか決まらず、練習が少し早めに終わった日の事。凛と花陽は近所の公園へ向けて歩いていた。
本当は真姫も一緒の予定だったのだが、どうしても次の模試に向けて先生に質問をしたいらしい。ここ最近成績が落ちてきているんだとか。無理もない……と思う。地区予選の帰りから本当にいろんなことがあったから、勉強が手につかなくても仕方ないよね。
少し長くなるかもしれないとのことで、二人は先に公園に向かうことにした。今日はもう練習がないので少し公園でジュースでも買って駄弁ってから帰るという約束だ。しばらく一緒にいれば、真姫ちゃんも落ち着くかな?
二人が公園に着くと、人気は少なく、サッカーで遊んでいる近所の公立高校の制服を着た男子生徒が三人いるだけだった。
遊んでいた男子達はボールを手に取ると、こちらを見ながら小声で話を始めた。少し変な空気だった。それこそ悪い予感というべきか。
男子A「おい、やっぱり星空じゃねえか」
嫌な記憶がじわりと膨れる。振り向いちゃだめだという根拠のない警鐘。でもそれは正しかった。ここで振り向かずに走り出していたら、何か変わったのだろうか。
凛「ひ、久しぶりだにゃ……」
逃げ出したい気持ちと、少しの勇気を胸に男子生徒を見上げた。三人の男子高校生は小学生の頃、いつも凛を男みたいだとからかっていたグループだ。彼らとは学区の関係で中学校に入るまでの付き合いだった。それでも、言葉によって傷つけられた心はもとには戻ってはいない。
制服のスカートをはくことにだってなかなか慣れなかった。私服のスカートは全部捨てた。彼らと会うことがなくなって三年たっても、その心はつい最近まで残っていた。
男子A「それにしても……お前がスクールアイドルねえ」
凛「し、知ってたんだ……?」
男子生徒はしみじみと呟く。少しだけ期待しながら彼らを見た。凛だって変われたんだ。もうあの時の凛じゃない。だから、もうバカにされないかな? 女の子らしかったって言ってくれるかな?
そんな期待は打ち砕かれて。
男子A「いやいやいや、冗談にもほどがあるわ!」
男子B「お前笑うなよ。この前ファッションショーにも出てただろ」
げらげらと笑う声に急に首の後ろが冷たくなった。奥歯がかた、と小さく鳴った。笑いすぎて涙すら溢した男子生徒の声が何度も凛の心を殴りつけた。
凛「え、あ……なんで」
男子C「あ? ああ、この前のイベント、テレビで中継されてただろ? お前がスクールアイドルやってるとかいう噂聞いたから、みんなで見てたんだよ」
違う。そうじゃない。イベントの事なんてどうでもいいよ。なんで、笑うの? 凛だって……!
男子B「そしたらまあ……いっぱしに女の振りしちゃってさ」
男子C「ホント面白すぎたわー。小泉とか、他のメンバーならともかく星空が『一番かわいい私たちを見て行ってください!』だもんな」
心臓どころか全身がぎゅうっと握りつぶされる感じがした。ああ、そっか。やっぱり凛には無理だったんだ。あんなにきらきら光って見えた世界が急に暗くなっていくのがわかる。あんなに暖かかった胸が完全に冷え切っていた。
花陽「凛ちゃん……」
花陽は何か言いたげだった。でも、もういいや。大丈夫、わかってるよ。胸はこんなに冷たいのに目の奥が熱い。泣いちゃダメだ。ダメなんだ。
花陽「凛ちゃん!」
花陽の声を背に駆けだしていた。凛は大丈夫。全部わかってるから。女の子らしくなりたいなんて、所詮は夢だったんだ。それも魔法少女になる契約をして、本来ならなかったはずのきっかけをもらって叶えた夢。だからほんの少しだけでも自信が持てただけで幸せなんだ。でも、目から熱いものがたくさん零れて、視界は揺らいで、曇って、世界が白黒に見えた。
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