【第二次世界大戦】天国の朝 (19)
ノルマンディー上陸作戦ネタです。
ネタで書いたものの供養です。
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1944年6月6日。時刻は午前6時を回った。霧の濃い朝だった。
朝食はすでに簡単な物で済ませた。気分も悪くない。
波に揺れる上陸舟艇の乗り心地は最悪だ。周りの部下たちが次々に吐く中、珍しく酔うことはなかった僕はついていると言って良いだろう。
昨日、僕らが生活する基地の食堂で盛大な宴が開かれた。
いつもは鬼の様な司令の顔も、心なしか和やかだった。僕ら兵士はいつもの質素な物とは格の違う贅沢な食事と上等な酒に歓喜した。
しかし、皆心の中では分かっていた。これが死地へと足を踏み出す合図であるということを。
宴が終わると、僕は友人である別の隊の長の宿舎で酒を飲み交わしながら、談笑を楽しんだ。
家族の話、部下の話、そして待ち構えているであろう作戦の話。
色々な話をしたが、生きて帰って来れたら、なんて話はお互い絶対にしなかった。
翌日、部下たちは一人も欠けることなく戻って来てくれた。
こういったタイミングでは中々に脱走する者が多い。そんな中、自分の隊から一人も脱走者が出なかったことはとても嬉しく、僕は心の中で皆に感謝した。
僕は良い部下を持った。しみじみとそう思った。
その喜びも冷めない内に言い渡された作戦の内容は、連合軍の総力をあげたドイツ占領下であるノルマンディー地方への大規模上陸作戦のうちの一つ、自治区サントノリーヌ=デ=ペルテとヴィエルヴィル=シュル=メールの間の5.6kmの海岸、コード名・オマハビーチへの上陸だった。
僕や友人の部隊は、航空機による爆撃と艦砲射撃の後に上陸舟艇を用いてオマハビーチへ上陸、敵砲台陣地の制圧を行うこととなる。敵の歩兵師団は大したことはないと伝えられた。
もちろんそれで油断はしない。だが、その言葉は初の部隊長としての任務に緊張していた僕の心を多少楽にしてくれた。
回想に浸る僕を現実へと引き戻したのは、敵の砲弾の風切音だった。
海岸が前方200m辺りに見える。
砲弾は僕の乗る舟を掠めて右後方の海面に落下し、炸裂する。大きな水柱が上がった。
始まった。
僕の心臓は再び緊張で締め付けられる。
二発目の砲弾は、左前方を進んでいた舟に直撃した。
味方の断末魔が耳をつん裂き、海水と血の混ざった飛沫が降り注ぐ。
僕はなるべく見ないように身を屈め、舟の壁面で視界を塞いだ。
飛び交う砲弾から奇跡的に逃れた僕の隊は、なんとか砂浜に辿り着けた。
隣で波に煽られ転覆し、浮かんで来なかった仲間もいたことを見ると、操舵手の腕に感謝しなければならない。
タラップが降りる、その瞬間だった。
一際大きな風切音が聞こえたと思ったその時、いざ上陸しようとした僕らのすぐ脇に砲弾が突き刺さる。
砂に埋まり込んだ砲弾は足下で炸裂し、僕らを吹き飛ばした。
部下たちの文字に表せない悲鳴が聞こえたのを最後に、砂浜に叩きつけられた僕の意識は凄まじい耳鳴りと共に闇の中に消えた。
どれ程時間がたっただろうか。大地を揺らす弾着に、僕は意識を取り戻した。
無限にも思えた時間がわずか数分でしかなかった事を霧の中に薄く浮かぶ太陽が物語っていた。
全身を襲う激しい痛みに身を捩り、僕はハッと我に帰る。頭に部下たちのことが浮かび上がる。
部下は?僕の部下たちは…
なんとか体を起こして私たちの舟を探した。
しかし、水際で散らばる舟の破片と、もはや誰のものか分からない腕や脚が見つかるのみだった。
僕は戦慄した。
ふと視点を落とすと、すぐ側には爆風で歪んだ鉄兜と、苦悶に満ちた表情で固まった部下の首が転がっていたことに気がつく。
激しい吐き気が僕を襲った。
見慣れているはずだと自分に言い聞かせ、無理やり吐き気を飲み込む。
悲しみと恐怖で冷や汗が全身に滲んだ。単に染み付いた海水なのかも知れないが、どちらにせよそれは僕の心と身体をじっとりと冷たく締め付ける。
周囲を見ると、爆発から生き延びた部下もいたらしいことが分かる。
だが、遮蔽物のない砂浜で機銃弾から逃れることは叶わなかったという残酷な現実は、蜂の巣の様になって転がる部下たちの身体が物語っていた。
瞬間、耳をつんざく鋭い跳弾音。
反射的に身を屈め、激しい頭痛に見舞われる頭を抑えながら自分の背後を確認すると、実に皮肉な事実が判明した。
隊長である僕が放り出されたのは敵の設置した対戦車障害物の影だったのだ。
それが遮蔽物となり僕は機銃弾の雨から免れたのだと知ると、自分は運良く助かったという事実に対する神への深い感謝を思った。だが、同時に自分が寝ている間に部下たちは苦しんで死んでいったというもう一つの事実が重くのしかかり、後悔と懺悔の思いで、砂と汗に汚れた顔は、さらに涙で濡れた。
結果的に分かったことだが、僕と同じ様に生き延びた部下は、二人だけだった。
僕は気がついた。自分たちは地獄に堕ちたのだと…。
無数に見えるトーチカ群と彼方に見える砲台陣地を見上げ、絶望に震えた。
まだ私が戦争映画に興味を示す前に知人の勧めで書いたものです。
拙い文をここまで読んでいただきありがとうございました。
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