─事務所─
「おはよう、P」
春らしさが感じられるようになった朝の事務所に、澄んだ声が響いた。
「おはよう泉。さくらと亜子は一緒じゃないのか?」
「2人は少し遅く来るって。それよりP、なにか言うことがあるんじゃない?」
「なんのことだろう」
「もう、とぼけないで」
もちろん、つい昨日なんだから本当は覚えてる。
「はは、ごめんごめん。新しいメガネ、すごく似合ってるよ」
「当然よ。私とPで選んだんだもの」
期待していた反応が返って来て、泉は嬉しそうだ。
「眼鏡ってすごいよね。実用的で、イメージチェンジにもなる」
「さすが泉、いい分析だな。と言っても、俺は何も考えず使ってたけど」
褒めすぎよ、と笑われた。
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「そういえば、Pもずっと眼鏡かけてるよね」
「そうだな。もう中学の頃からの付き合いだ」
「ねえ、ちょっと外して見せて」
「いいけど、何も面白いことはないぞ?」
「いいからいいから」
妙に期待した様子でせがまれ、苦笑いしながらメガネを外す。
…外したのはいいが、泉はというと目を丸くして へぇ とか ふーん としか言ってくれない。
「あの、何か感想は…?あんまり人前で外さないから、ちょっと恥ずかしいんだぞ」
「ふふっ。ごめんごめん」
「なんていうか…見た目は変わるけど、やっぱりPはPだなぁって」
メガネなしでは自分でも見慣れない顔だから、少し予想外だ。
「ははっ、なんか照れるなぁ」
「別に、褒めてるとは限らないわよ」
「褒めてないの?」
「褒めてる」
なんだ、かわいいやつめ。
椅子に座り直して泉の方を見ると、なにやら考えごとをしているようだ。
「どうした?」
「今のPを見たら、さくらと亜子はどんな反応するのかなって…。ねぇ、今日一日裸眼で過ごしてみない?」
「ダメダメ。裸眼で生活できるレベルはもう超えちゃったよ」
「そんなに見えないの?」
「うん」
「じゃあこれが何本かわかる?」
泉はピースサインをしてみせる。メガネのおかげで知的な印象に磨きがかかっているが、だからこそ茶目っ気がまた愛らしい。
「あのなぁ。いくらなんでもそれはわかるよ」
「そっか。そうだよね」
そう言うと今度はすたすたと離れて、
「そこから私の顔、わかる?」
うーん、ぼやける。やっぱりメガネはすごいもんだな…。
「泉なのは余裕でわかるけど、表情はかなりきついな」
「そうなんだ、ふふ」
泉が微笑む声は、なんだか不敵なものに聞こえた。
「P、私ね、今うめぼし食べた時の顔してる」
「!?」
「はい、次はあっかんべー」
「ちょ、見たい」
「今度は寄り目」
「なんだって…あれ、眼鏡どこいった?」
「残念。私が持ってるよ」
「あっくそ。いつの間に」
俺は勢いよく立ち上がり、泉の方へ。
「返s…痛っ!」
「え、大丈夫?」
イタタ…幸い、痛いだけで大したことは無い。
「今どこにぶつけたの。デスクの足?」
「ああ。慌てすぎた」
「もう。Pはすぐ周りが見えなくなるね」
「め、眼鏡がないからだよ」
「熱くなるといつもそうじゃない」
「それは、確かに…」
結構、見られてるものだ。
「まだ痛い?」
俺がいつまでも座り込んでいるからか、泉はずいぶん申し訳なさそうにそう聞いた。
「え?ああもう全然平気。気にしなくていいよ」
「そう、なら、よかった」
む、まだ少し心配そうだな。
「嘘じゃないぞ。俺はそんなに気遣いできない」
「そうだよね、安心した」
「そこは否定してくれてもよかったんだけどな」
ともあれ、泉の顔は晴れた…いや、さっきより近いが、やはりよく見えない。
「あ、そろそろメガネ返して」
「もう少しいいじゃない」
「よくない」
「どうして?」
「泉の顔がよく見えない」
「ふふっ、そう。じゃあ…」
「!」
「こうしたら、よく見える?」
もし俺がかけていたら、メガネどうしがカチッとぶつかりそうな。そんな距離に、泉が…
「なんてね。P、顔真っ赤」
してやられた、としか言いようがない。
だが、やられっぱなしは好きじゃない性分だ。返してもらったメガネをかけながら、声をかける。
「泉」
「なに?」
「近くで、よく見えたよ。かわいいかわいい泉の顔が」
ほんのり赤らんだ泉の頬も、今度はよく見えた。
それにしても、お互い周りをよく見ないといけないな。本当。
…眼鏡をかけなおした俺の目に映ったのは、ニヤニヤとこちらを見ているさくらと亜子だった。
泉も気づいたみたいだが、どうして平気でいられるんだろうか。
泉には、適わない…。
おわりです。
初投稿ですので至らぬ点もあったかと思いますが、ここまでお読みいただきありがとうございました。
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