【ミリマス】馬場このみ『私と、彼女。』. (17)
とある演劇の舞台で起こった事件の、その前日譚。
この人物は今では周囲から「往年の大女優」と。そう呼ばれている。
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ああ、いつからだったかしら。他人を演じるということにこんなにも慣れてしまったのは。
思い返してみれば、いっぱしの会社の事務員だった私がこうして光当たる舞台の上に立っているなんて、人生って面白いものね。
その自分の人生に満足していないわけではないのに。どうして。
どうして、こうも満たされなさを感じてしまうのかしら。
誰もいない控室はとても暗く、思わずため息が零れた。
手探りで電気のスイッチを探し、付けてやる。
劇場の裏にある、舞台から切り離された場所。
肩にかけた小さな鞄を置いて、着飾ったコートを脱いでいく。
ふう。お洒落をするのも大変ね。こう見えて結構重さもあるから。
ようやく自由になった肩に手を当てながら息を吐いた。
準備中の控室を訪ねてくるものはほとんどいない。
自分で遠ざけたつもりはないけれど、集中の邪魔をしてはいけない、というのがいつからか関係者の間ではよく知られたことになっていた。
まあ、私にとってもあまりむやみにのぞかれたくないものだもの。
むしろ都合がよかったかもしれないわね。
そういうこともあって髪もメイクも、できるだけ自分で。
最後にメイク室で本職の人に仕上げてもらうのが常だった。
だから今日もまたいつもと同じように、舞台に立つための準備をここで。
腰まで長く下していた髪をそっと編んでいく。
舞台で生きるあのアイドルになるために。
ファンデーションで素顔を覆っていく。
光の強い舞台の上でも輝けるように。
声出しだって、もちろん忘れない。
だってこの子は、自分の歌に気持ちを載せて届けることができるんだもの。
自分の想いも一緒に、誰も触れない場所に隠してしまおう。
今回の舞台はあるひとりのアイドルの物語。
彼女は、彼女の支えとなる存在と、仲間たちと成長をしていく。
この子はきっと真面目さゆえに不器用な子で、それでいて───。
もうそれなりに長いもの。劇場の舞台の上で他人を演じることには慣れている。
稽古だってなにも大きな問題がなかったし、演出家の方からもお墨付きをいただいたほどだった。
けれど、自分の中では演技にどこか納得のいかないままだった。
最近はずっと、そんな事はなかったのに。
*****
その劇場はとても大きなものだった。
何千もの客席がすべて埋め尽くされて、大勢の観客たちは舞台の上で広がる物語と人物に思いを馳せる。
『大丈夫。あなたは強いから───。』
『……そうね。』
まただ。胸のどこかに引っかかるような感覚。
私は───。そんな思いを隠して、笑ってみせた。
『うんうん、やっぱりあなたは笑っている方が素敵だ。明日のオーディション応援しているよ。それじゃ。』
『ええ、ありがとう。……じゃあね。』
こんなこと、今までだってなかったのに。
私の中に浮かんだ言葉は言えなくて。
メイクの裏で何かが滲んでいくような、そんな気がした。
*****
その舞台は何事もなく、いつもと同じで、喝采のもと幕が下ろされた。
たくさんの拍手のなかカーテンコール。私の心情はあずかり知らぬままに。
そのとき、気がついてしまった。
舞台から下りていつものようにスタッフさんに挨拶をして。
今日はいちだんと「彼女」の心情が現れていた、なんて評価もいただいた。
お礼の言葉だけ伝えて、私はそそくさと控室へと向かっていた。
控室のノブが冷たいように感じられた。
あたりを見回してから、音をたてないようにそっとドアを閉めた。
メイクを落とし、衣装を着替えて。そうすると大女優馬場このみはいなくなる。
……結局のところ、私はどうしたかったんだろう。
この子のように、葛藤を抱えても心の一番奥のところで自分を信じていられるような。
そんな強さを持っていたら、違っていたのかな。。
大女優と呼ばれるようになっても、結局私は変わらなかったのか。
ふと台本が目に入り、そっと手に取った。
「いっそ本当のアイドル、だったら───。」
ぱらぱらとめくり、目を閉じて。
「───なんて、ね。」
そういって私は台本を閉じて、机に置いた。
そもそも、今からアイドルできるほどもう若くはないもの。
心の中で、そうね、と。
自分を肯定する声が聞こえた気がした。
それからずっと時間は流れて。
とある春の日。また新しい演者であの作品が演じられることが決まった。
「私が、主演に……?」
主演の女優はその役と同じ歳で、実直で新進気鋭と称される子だった。
「この子の気持ち、よく分かるんです。なので私、この子を演じることができるなんて……。とても嬉しいです!」
私の肩書きに「元」がつくようになってからも、もうそれなりに経ってしまった。
演出家のかたにお願いをして、今はこの舞台に特別に関わらせてもらっている。
「あの往年の大女優・馬場このみが協力」だなんて、そんな触れ込みさえ出まわってしまっている。
「琴葉ちゃん、おはよう。朝からお疲れさま。」
「あっ、このみさん。おはようございます。」
まだまだ本番は先だけど、もう通し稽古は始まっている。
いちばんに着いたと思っていたけれど、琴葉ちゃんはすでに練習を始めていた。
なんだか昔の自分を思い出しているようだった。
「あなた、なんだか私とすこし似ている気がしているの。」
「そんな、私なんてまだまだで……。」
「でも。あなたなら、『彼女』を演じられると思う。主演、頑張ってね。」
「……はい!ありがとうございます!」
「ホントウノワタシ」。
そう書かれた台本に琴葉ちゃんはじっと目を通し、「彼女」と向き合っていた。
何度も何度も表現を確かめ、時には身振り手振りを伴って。
それを横目に、私もまたもう一度読み込んでいた。
今度は椅子に座って、別の子が役に入り込むのを見つめる番だ。
私と少し似ていて、それでいて私にない強さを持っている。
あなたになら、「彼女」を───。
おしまい。元大女優馬場このみ。よろしくお願いします。
元大女優激戦だね
乙です
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馬場このみ(24)Da/An
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田中琴葉(18)Vo/Pr
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