青空坂上 ~卒業するまで、しゃっぽーしようね!~ (70)

直通電車 -Direct to the Ground-
の改題書き直し版
ストーリーが大幅に変わっておりますのでご了承ください。

第三次投下 直通電車 -Direct to the Ground- 【第三次投下】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1363/13635/1363596450.html)
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小説家になろう版(https://ncode.syosetu.com/n6047ek/)が正式版です。

あらすじ
第三高校1年、青木さくら。八幡高校2年、幸ヶ谷瑞穂。この2人は、かつて中学の同級生で、友達だった。
高校入学と同時に仲違いし、音信不通になった2人が、共通の友人である高島遥を介して再び出会い、仲直りするまでのお話。

目 次

始発 八幡高校出身、青木さくらです
1条1丁目 新友会の新メンバー
1条2丁目 周縁世界の思い出
1条3丁目 昔の友達と、今の友達
1条4丁目 もう一度、約束しよう
終着 卒業するまで、しゃっぽーしようね!


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1512394834

登場人物紹介

新本郷第三(しんほんごうだいさん)高校
大野 弘和 おおの ひろかず (おおのん)      1年
高島  遥 たかしま はるか (たかはる)      1年
青木さくら あおき さくら  (サッキー/さくらん) 1年

八幡(はちまん)高校
幸ヶ谷瑞穂 こうがや みずほ (ミズホン/こーやん) 2年
桐畑 香織 きりばたけ かおり(キリカ)       2年

設定資料 本鉄バス路線図
https://img1.mitemin.net/9q/eq/mefz6tgkf5qwbbfldmcp5dmbdejx_p7r_u1_i3_2wik.jpg

始 発 八幡高校出身、青木さくらです

 [side-OHNO]

 出席番号、氏名、出身の「中学」。他に言いたいことがあれば色々。

 入学式が終わると、大体の学校では、クラスに戻って自己紹介をする。本郷(ほんごう)市立新本郷第三(しんほんごうだいさん)高校1年A組でも、それは変わらない。
 何を言うかは学校やクラスによって様々だが、1年A組では、「出席番号、氏名、出身の中学、他に言いたいことがあれば色々」ということになっていた。
 約1名を除いて。

「出席番号1番、八幡(はちまん)高校出身、青木(あおき)さくらです。よろしくお願いします」

 高校1年生でありながら出身の「高校」を言ったのは、この学校でただ一人である。

1条1丁目 新友会の新メンバー

 [side-OHNO]

 入学式から約1週間。つまり、青木さんの例の挨拶から約1週間。
 そろそろ昼休みに弁当を食べるメンバーも固まってきた頃だ。

 俺の席は左から2列目先頭。左隣が青木さくら。
「しゃっぽー」
 2列隣の高島遥(たかしまはるか)が、意味の分からない挨拶とともに近づいてくる。中学時代からの友達だ。
 ていうか、その挨拶は何なの?
「何でもいいじゃんwwミズホンが教えてくれたんだよww」
 遥はネト廃……というほどではないが、それなりにSNSにのめり込んでいる。そのため時々よく分からない言葉遣いをするのである。wwwwとか文字にしないとうまく表現できない。
「あ……えっと……しゃっぽー……」
 そして、最近友達(?)になった、青木さくら。さらに大野弘和(おおのひろかず)(俺)を加えた3人が、1年1組左端先頭で弁当を食べるグループである。

 第三高校の制服は、男子が黒色の学ラン、女子が濃紺ブレザーという、よくある服装である。
 それを特に着崩すこともなく、白いワイシャツの上に着る。そこに一般的な女子の顔を付け、茶髪セミロングの髪の毛を被せたら、それが高島遥。
 正直、一般的すぎて書くことがない。
「そんなに書くことない?」
 いや実際、茶髪セミロングくらいしか書くことないぞ。
 ちなみに、茶髪セミロングを黒髪ショートに変えたものが青木さくらである。
「……」
「短っwwww私より特徴ないよww」
 三点リーダは青木さん、wwwwは遥である。もう少し喋ろうよ。
「いいじゃん別にwwエースチャンネルならこのくらい普通だよww」
 エースチャンネルの説明は面倒くさいから後にするとして、とりあえずここはネットではない。ネットの喋り方は通用しないって学習してくれ。

 一方の俺。ワイシャツに学ラン、黒髪ショート。これが大野弘和。
「人のこと言えないじゃんww」
 実は俺は、隠れ元ヤンだったりする……とかだったらまだ面白いんだが。釘バットを常に持ち歩いてて、今も膝の上に置いてるとかだったら。
「おおのんが釘バットとかww絶対あり得ないってww」
「うん……多分ないと思う……」
 まあ、ないんだけどね。

 ところで、このグループは、ただ弁当を食べるだけのグループではない。
「そういえばさ、今度の新友会、どうしよっか?」
 確か、野球部の春季大会があったはずだ。
「場所はどこだっけ?」
 第二野球場。
 俺と遥の2人は、毎週末に「新友会(しんゆうかい)」と称して、スポーツ観戦を行っている。去年までは同じ中学の鶴屋康之(つるややすゆき)もいたんだが、康之は高校進学と同時に引っ越したので今は付き合いがない。
 元々は、休日に家から一歩も出なかった遥を、強引にでも外に出そうとして始まったものである。しかし、今ではスポーツ観戦自体が趣味になっており、俺も遥も、今週は何を見に行こうかと悩んでいたりする。
 ちなみに最近の遥は、観戦と同じくらい、行き帰りの電車も好きになっていたりするようだ。
「そんなことないってww」
 いや、そんなことある。80条線は乗ったことないから地味にちょっと楽しみwwとか言ってたのは誰だ。
「確かに言ってたけどさww」
 ちなみに、青木さんの喋り方はどうなのかと言うと、一言も発していないので分からない。
「あ、えっと、その、なんかごめん」
 こちらこそ変なこと言ってごめんなさい。

「ところで今度の新友会来る?」
「えっと……」
 遥のコミュ力は高い。先週初めて会ったばかりの青木さんを、さっそく新友会に誘える程度には。
「私たち、中学の頃から毎週スポーツ観戦行ってるんだ。今週は日曜に野球部の試合あるから、それ行こう思ってるんだけど、もしよかったら青木さんも来ない?」
「え、えっと」
 とにかく友達になりたいと思った人には徹底的に話しかけるのが遥スタンダード。俺は慣れてるけど、初めての人にはちょっときついかもしれない。
「新本郷からは出ないから大丈夫だよ!」
「……それなら」
 それが決め手となったのか、青木さんが応じた。
「それじゃ、10時に第二野球場に集合!」
 高校最初の新友会は、3人で行くことになった。
「ところで、第二野球場ってどこ?」
「知らないの?」
「うん……」
 青木さんは新本郷の地理に弱いのか……と思ったが、実は俺も知らない。
 会場の場所は、しっかり確認しないとな。というわけで、以下、地理マスター高島遥による解説。
「本郷市立第二野球場、場所は24条1丁目。私が住んでいる26条51丁目(第十六小学校前)からなら、51丁目線北行に乗って、24条51丁目(中央合同庁舎前)で24条線西行に乗り換えて、24条1丁目(地上線入口)で下車。
 おおのんは24条51丁目(中央合同庁舎前)だから、24条線西行1本で行けるよ。
 青木さんは1条40丁目だよね?1条線西行からの外郭線(がいかくせん)内回りで、24条1丁目(地上線入口)で降りればOK。40丁目線でも行けるけど、外郭線の方が本数多いよ」
「……」
 青木さん、絶賛呆然中。
 新友会は、元々遥を家の外に出すために始めた。遥にアウトドア系の趣味ができればいいと思ってたんだが、行き帰りの交通手段を色々調べていくうちに、遥が新本郷の地理にものすごく詳しくなるという副次作用があった。
 対照的に俺は新本郷の地理にものすごく弱いので、自宅と学校の往復以外は、遥がいないとどこにも行けない。
「自宅と学校の往復って……」
 青木さんがか細い声で聞いてくる。自宅は24条51丁目、第三高校は49丁目だから……。
「200m?」
 はい。俺が遥のサポート無しで移動できる範囲は、200mです。

 多摩丘陵の中央に位置する東京都本郷市。その地下に建設された新本郷地区は、片道10km四方、高さ40mの巨大地下空間である。自動車の乗り入れは禁止され、交通手段は市電のみ。自転車すら存在しない。その代わり市電は縦横無尽に走っていて、大体200~400mくらいの間隔で電停がある。
 俺が住んでいるのは、24条51丁目。北から数えて24番目の道路と、西から数えて51番目の道路が交わるところである。このあたりが新本郷の中心部で、市役所の支所なんかもある。遥は26条51丁目だから、俺の家から南へ道路2本分、つまり200mの位置である。青木さんは1条40丁目、新本郷の北の端、24条51丁目からは230m……で合ってる?
「北へ230m、西へ110m、合わせて340m。直線距離だと……200mくらい?」
 √(230^2+110^2)m=√65000m≒254.95mです。遥は新本郷の地理には強いが、それ以外はそんなに強くない。むしろ俺のほうが強い。
 ちなみに目的地の第二野球場は、24条1丁目、新本郷の西の端。もう距離とか言わなくていいぞ。

 [side-AOKI]

 お弁当を食べ終えると、みんな自分の席に戻る。
 座席は出席番号順に並んでいる。出席番号1番の私は、左端の列の先頭。7番の大野くんは私の右隣。この二人は、机を前向きに戻すだけ。
 19番の高島さんは、大野くんの2列右。お弁当を食べる時は、私の後ろ、石崎(いしざき)さんの席を使っている。食べ終えると、机を元に戻し、弁当箱を回収して、自分の席に戻る。
 この3人は、私が新本郷に引っ越して、初めてできた友達。
 こーやんと絶縁してから、初めてできた友達。

 こーやんのときみたいに、1日で終わることは、とりあえず無いみたい。
 どのくらい続くかは、ちょっと様子見かな。

 [side-OHNO]

 4月第2土曜日。
 世間ではただの土曜日だが、新友会にとっては記念すべき日である。
 すなわち、青木さんがこのグループに入ってから、初めての新友会。

 24条51丁目西行の白いポールで電車を待っていると、北行の赤いポールから遥が走ってきた。
「しゃっぽー」
「おう」
 なんかよく分からない挨拶を交わした後、
「周縁世界(しゅうえんせかい)って話したっけ?」
 さっそく都市伝説の話である。
 遥が新本郷の地理に詳しくなったのは、新友会を始めた中学の頃。以前はこれだけだったから良かったが、中3あたりから都市伝説にも詳しくなった。SNSで知り合った人に色々教えてもらって、それで興味を持つようになったらしい。
 ちなみにこのSNSというのが、この間出ていたエースチャンネルというやつだ。チャットとか日記とか色々備えてるらしいが、ネットに疎い俺には分からない。
 で、周縁世界って何?何回か出た話だけど、一応聞いてみる。
「今私たちがいる世界は、実は巨大な別の世界の一部なんだって。それで、外の世界からこっちを監視してる組織があって、その名前が八幡高校」
 なんか増えてる。監視してる組織とか初めて出てきただろ。八幡高校も初登場。ちなみにこの間は本郷市役所のサーバーが初登場だった。
 そうこうしているうちに電車が到着。24丁目線西行に乗る。降車電停は24条1丁目(地上線入口)。
 ところで、「地上線入口」というのは24条1丁目電停の副名称なのだが、地上線というのが何のことなのか俺はよく知らない。遥は知っているのだろうか。
「ごめん、私も知らない。今度ミズホンに聞いてみるねww」
 なぜ笑ったのかは謎だが、とりあえず遥は知らないらしい。あとミズホンって誰?

「ご乗車ありがとうございました24条1丁目地上線入口です桜十字路方面はお乗り換えですお忘れ物の無いようご注意ください」
 本郷市電では方向別にイメージカラーが設定されており、西行が白、東行が緑、北行が赤、南行が青。方向幕の表示や電停などに使われている。
 24条1丁目、西行を示す白色のポールに降りる。ここは地下都市新本郷の西の端。当然西側は壁なので、野球場があるのは東側。厳密にいえば南東側。24条通り……いや1丁目通りか?1丁目通りを横断し、第二野球場へ向かう。
 それと前後して、南行を示す青のポールに電車が到着。中から出てきたのは青木さんだった。
「しゃっぽー」
「え?えっと……」
 青木さん、挨拶くらいしたら?
「え……あれ挨拶なの……?」
 しゃっぽーは遥流の挨拶だからな。
「……」
 なぜか顔を俯ける青木さん。しゃっぽーにいやな思い出でもあるのか?
「あ……いや…………えっと……………………」
 かれこれ5分くらい、青木さんはずっと顔を俯けていた。
 青いポールに電車がさらに2本到着したところで、遥が声を掛けた。
「青木さん!試合始まっちゃうよ!」
 若干下を向いたまま、歩き出す青木さん。
 入場口に着くと、先頭でチケット売り場に向かったのは青木さんだった。
「えっと……高校生3枚……お願いします……」
 そういうのは言えるのか。単純に遥を嫌っているのか、それとも本当に「しゃっぽー」にいやな思い出があるのか。
「その……ごめんなさい」
 よくわからないが、とりあえず、中に入ろうか。

 [side-TAKASHIMA]

 試合は1-0で三高の勝ち。三高は6回に二塁打と送りバントと犠牲フライで1点を獲得。相手の六高は8回に二死三塁の好機を作ったけど、あと1本が出なかった。
 試合後、青木さんに感想を聞いてみると、
「ごめん……よく分かんなかった……」
って言ってた。「でも勝ったのは嬉しいでしょ?」と畳みかけたんだけど、
「え……三高勝ったの……?引き分けだよね……?」
 まさかそのレベルだとは思わなかった。スコアボード見てww
「スコアボード……数字がいっぱい書いてあって……どこ見ればいいのか分かんなかった……」
 ごめんwwそれは想定してなかったww
 今度野球のルール教えてあげようか?
「お願いします……」
 

 それで、青木さん。
 来週からも、一緒に来る?
「私でよければ……」
 ありがとう、じゃあ来週からもよろしくね☆ミ
 ……なんか隣にいるおおのんが、こっちをずーっと見てるんだけど。何考えてんの?
「やっぱり遥のコミュ力は凄いな」
 そんな凄くないよ?
「SNSだけだと思ってた」
 SNSだけってww
 そんなこんなで、高校に入って1回目の新友会は終了した。

エースチャンネル チャットNo.5069
http://www.acechannel.jpn/chat/?roomno=5069/

たかはる:しゃっぽー
瑞穂(みずほ):おはようございます。
たかはる:しゃっぽーって言って
瑞穂:お断りします。
たかはる:なんで?
瑞穂:恥ずかしいじゃないですか。
たかはる:別に恥ずかしくないよ?
瑞穂:たかはるさんはそうかもしれませんが、私は恥ずかしいのです。
たかはる:なんで?
瑞穂:なんでもです。
瑞穂:それより、今日はどうされたのですか?
瑞穂:朝食を終えてすぐにチャットとは珍しいですね。
たかはる:新本郷水没計画対策会議
たかはる:冗談だよ
たかはる:ミズホーン?
たかはる:返事してー!!
瑞穂:ごめんなさい、うっかり無視してしまいました。
瑞穂:ちょうどバスが到着しましたので。
たかはる:そっか
瑞穂:それで、新本郷水没計画とは何ですか?
たかはる:冗談だからww忘れてwwww
瑞穂:了解しました。
瑞穂:話題を変えましょう。
瑞穂:新しい学校はいかがですか?
たかはる:まだ入ったばっかりだからよく分かんないけど
たかはる:なんか新しい友達ができそうな予感!
瑞穂:それはよかったですね。
瑞穂:どんな方なのでしょう?
たかはる:うーん……周縁世界のスパイみたいな人かな?
瑞穂:周縁世界のスパイとはどんな方なのでしょうか。
たかはる:冗談ww普通にいい人だよ
たかはる:ちょっとコミュ力低いっぽいけど
瑞穂:それなら安心しました。
瑞穂:ちなみに通称は決まったのですか?
たかはる:通称?
瑞穂:たかはるさん、誰にでも通称を付けたがるじゃないですか。
瑞穂:おおのんさんとか、ツルヤスさんとか。
たかはる:ミズホンもミズホンだもんね
瑞穂:初対面でミズホンと呼ばれたときは驚きました。
たかはる:青木さんじゃだめ?
瑞穂:青木さんとおっしゃるのですか?
たかはる:うん
瑞穂:下の名前は?
たかはる:さすがにフルネームは言いたくないな
瑞穂:ごめんなさい。
たかはる:ちょっと考えてる
たかはる:サッキーでどう?
瑞穂:本名を知らないので何とも言えませんが。
瑞穂:サキさんとおっしゃるのですか?
たかはる:違うけどww
瑞穂:違うのですか。
たかはる:でもそのまんまだとつまんないし
たかはる:サッキーでいいんじゃないかな
瑞穂:了解しました。

 [side-OHNO]

 青木さんが入って最初の新友会を終え、翌週の月曜日。
 24条51丁目。副名称は中央合同庁舎前。
 西行の白いポールで電車を待っていると、北行の赤いポールから遥が走ってきた。
「しゃっぽー」
「おす」
 携帯を手に持ったまま。さてはお前、電車内でずっとエースチャンネル見てたろ。
「電車内だけじゃないよ、家出た時からずっと」
 余計駄目だろ。そのうち乗り過ごすぞ。
「大丈夫だよ200mだし」
 本当に大丈夫か?
「本当に大丈夫だよ!」

 エースチャンネルは、日本で最大手のSNS。遥は中学の頃に登録して以来、かなりの頻度で利用しているらしい。
 瑞穂とかいう友達とよくチャットしているらしいが、詳細は知らない。ハンドルネームは「瑞穂」なのだが、遥が勝手にミズホンという通称を付けてしまった。
 そういや、俺もなぜか「おおのん」って呼ばれてるし、自分のハンドルネームも「たかはる」だし。遥は通称を付けるのが好きだ。
 通称がないのは青木さんだけか。
「青木さんも通称決まったよ?」
 そうですか。
「さっき決まった。通称はサッキーです」
 ちなみに名前の由来は?
「下の名前がさくらちゃんだから、もじってサッキー。なんとなく語呂がいいからサッキーにした」
 さくらをどうもじったらサッキーになるのか謎だが、遥がサッキーと言うならサッキーなんだろう。



 第三高校は8階建て。1階に職員室や校長室など諸々、2階と3階が音楽室などの特別教室、4階から6階が普通教室、7階に格技場、8階に体育館、屋上がグラウンドという構成になっている。
 エレベーターで4階へ上り、1年1組の教室のドアを開ける。
「しゃっぽー」
 とりあえず全体に向けて挨拶する遥。応答はない。
「サッキーもしゃっぽー」
「……」
 多分自分のことだと気付かなかったんだろう。青木さんは無反応。
「あ、青木さんしゃっぽー」
「あ……おはよう……」
 改めて挨拶をする。今度は反応があった。
「青木さん、サッキーって呼んでいい?」
「え……なんで……?」
「だって青木さんだと友達感ないじゃんww」
 友達感って何だ。
「うん……まあ……別にいいけど……」
 本人の同意が取れたところで、チャイムが鳴った。

 昼休み。
 三高には学食や購買部の類はないので、必ず弁当を持参する。
 入学式の日からずっと、俺たちは3人で弁当を食べている。俺、遥、青木さんの3人。
「新友会って、本当に毎週やってるの?」
「毎週だよ!土曜か日曜かはそのときによるけど、風邪ひかない限りは毎週行くよ?」
「そんなに大会やってたっけ……?」
「大会じゃなくても、練習試合とかあるし、三高はそういうの結構入れるっぽいし」
 さっそく仲良くなった遥と青木さん。もしくはたかはるとサッキー。この調子なら友達になれそうだな。
「あ、そうだサッキー、ちょっと聞きたいことあるんだけど」
 と思っていた矢先だった。

「八幡高校って、どこにあるの?」
「あ…………」

 それだけは、触れてはならない領域だったらしい。

 思い出してみよう。青木さんは自己紹介の時、「八幡高校出身」と言っていた。
 新本郷にある高校は、本郷市立新本郷第一、新本郷第二、新本郷第三、新本郷第四、新本郷第五、新本郷第六、新本郷第七、新本郷第八、新本郷第九、新本郷第十、新本郷第十一、新本郷第十二の各高校。「新本郷」という地名に、数字を付けたものである。
 高校だけではない。警察署も消防署も病院も郵便局も、その他ありとあらゆる公共施設の名前は、「新本郷」に数字を付けたものである。警視庁新本郷第五警察署、本郷市消防局新本郷第十六消防署、本郷市立新本郷第二十病院といった具合だ。新本郷には「新本郷」以外の地名が存在しないので、このような名前になったのである。例外は、本郷市新本郷中央合同庁舎と、その中にある本郷市役所新本郷支所。これらは新本郷にひとつしか存在しないため、数字を付けなかったのである。
 高校という、新本郷に12もある施設で、「八幡高校」などという名前は絶対にあり得ないのだが。
「もしかして、周縁世界の出身とか?」
「……」
 そこまで来ると、青木さんも耐えられなかったらしく。
「ごめんなさい!」
 弁当を片付けて、どこかへ行ってしまった。

 15時10分、授業終了。
「サッキー、一緒に帰ろ」
 4列目から遥が左端まで走ってきて、青木さんに声をかける。
「え……一緒に……?」
「うん!一緒に帰ろ」
「あ……その……ごめんなさい……」
 遥、玉砕。
 八幡高校の件、まだ尾を引いているらしい。
「ごめんね……また明日……」
 そのまま青木さんは帰ってしまった。

「サッキー……何かあったのかな……?」
 いや、どう考えても、八幡高校の件だと思うぞ。
 冷静に考えてみろ。高校の入学式で、出身の「高校」を言うような人が、普通の経歴を持っているわけがない。何かしら特殊な事情を抱えているはずだ。
 たとえば、去年まで別の高校に通っていて、退学して三高に来たとか。
「そだね、今度聞いてみる」
 だから聞くな。特殊な事情があるんだから、そっとしておくのがベストだろう。

 [side-AOKI]

 24条49丁目、第三高校前。北行の赤いポール。
 私の家は、1条40丁目。ここから3.2kmの距離。
 高島さん達を教室に残して、先に出てきてしまった。

 周縁世界の出身。間違ってないのが凄い……。
 誰にも言ってないんだけど、実は私、地上世界の出身なんだ。高島さんが言う「周縁世界」。
 東京都本郷市上洲町16番4号。
 それが、去年までの私の住所。

 去年の4月。市立上洲(かみす)中学校を卒業した私は、親友のこーやんこと幸ヶ谷瑞穂(こうがやみずほ)さんの勧めもあって、八幡高校に入学。
 でも、いろいろあってすぐに退学。
 その数か月後に新本郷に引っ越し、今年の4月に三高に入学。

 退学した理由……ごめん、今度話すね。
 今はまだ、心の整理ができてないから。

「あ、サッキー!」
 高島さんに見つかっちゃった。
 タイミングよく北行の電車が来たから、急いで乗っちゃうね。

「サッキー、また明日!」

 高島さんの声は、聞こえなかったことにしよう。

エースチャンネル チャットNo.5069
http://www.acechannel.jpn/chat/?roomno=5069

たかはる:しゃっぽー
瑞穂:その挨拶好きですね。
たかはる:ミズホンが言い出したんだよ?
瑞穂:そうでしたか?
たかはる:そうだよー
瑞穂:失礼しました。
瑞穂:今日も朝早くからチャットですか。
たかはる:その言葉そのままお返ししますww
瑞穂:それで、サッキーさんとはいかがですか?
たかはる:いい感じ!
たかはる:多分
瑞穂:多分?
たかはる:もしかしたら嫌われちゃったかも
瑞穂:何をしてしまったのですか。
瑞穂:出会って1週間で嫌われるというのは、普通ではありえないと思いますよ。
たかはる:うーん……多分あれだと思う
瑞穂:何ですか?
たかはる:もしかして周縁世界の出身とか?
たかはる:って言っちゃった
瑞穂:それを言ってしまったのですか。
たかはる:ごめんサッキー……
瑞穂:私に謝っても意味ありませんよ。
瑞穂:サッキーさんに謝ってください。
たかはる:そだね、あとで謝っとく

 [side-KOGAYA]

 上洲中学校前バス停。私が乗るのは市大経由川合津(かわいづ)駅行き、八幡坂下(はちまんさかした)行き、あるいは東本郷(ひがしほんごう)駅行き。岸田町(きしだちょう)経由の川合津駅行きと、松林(まつばやし)経由東本郷駅行きはスルーだな。
 エースチャンネルでたかはると会話しながら、バスを待っていた。

 バス停に立っているのは私だけ。
 1年前は、隣にもう一人いたんだけどな……。

 青木さくら。通称「さくらん」。
 上洲中学の同級生で、よく一緒に遊んでた、私の初めての友達。
 さくらんにとっても、私が唯一の友達だった。

 さくらんが私と同じ高校に行きたいと言って、二人で八幡高校に入学。
 毎日このバス停で待ち合わせして、一緒に登校していた。
 ……いや、登校するはずだった。

 実際には、一緒に登校したのは1日だけ。
 入学式の次の日から、さくらんは不登校になった。
 家に見舞いに行っても入れてくれなかった。
 そのままさくらんは、6月に八幡高校を退学。9月頃引っ越したらしいんだが、どこに行ったかは知らない。

 新本郷に行ったっていう噂もあるにはあるんだが……。

 そんなことを考えていたら、電話がかかってきた。
「もしもし、幸ヶ谷さんですか?」
 相手はキリカ、本名桐畑香織(きりばたけかおり)。
 八幡高校に入ってから知り合った、私の2人目の友達。
「そんなことはいいですから、時計を見てください」
 言われて腕時計を見る。
 8時35分。

 ……20分もこんなことを考えていたのか、私は。

 ちなみにこの20分の間に、川合津駅行きが3本、八幡坂下行きが2本到着していたのだが、なぜ私は気付かなかったのだ!
「そんなことは知りませんよ」
 まあとにかく、このままでは遅刻だ。というか絶対に遅刻だ。
 とりあえず次のバスで行くから、先行っといてくれ。
「私は既に到着しているのですが……」
 そうだな。キリカ真面目だから、遅刻なんかしないよな……。

 八幡高校に着いたのは9時20分。1限の授業はとっくに始まっている。
「今月4回目ですよ。大丈夫ですか?」
 前の席のキリカが声を掛けてくる。
 そういや、最初に知り合ったときもこんな感じだったな。
「そんなことを言っている場合ではありません。授業を受ける準備をしてください」
 はいはい。分かってますよ。

 1限の授業が終わった休み時間。
「ところで、20分も何を考えていたのですか?」
 キリカから当然の突っ込みが出た。
 えっと、キリカはさくらんのこと覚えてるか?
「さくらんさん……青木さんのことでしょうか」
 そうだ。本名は青木さくら。覚えてたのか。
「あなたが頻繁に口にするので覚えてしまいました」
 そんなに頻繁に口にしてたか?
「それで、青木さんがどうかしたのですか?」
 どうかしたってわけじゃないんだけど、今頃どうしてるかなって。
「青木さんに未練でもあるのですか?」
 未練ってわけでもないけど、なんか寂しいじゃん。
「そうですか……いい加減に諦めたらどうですか?」
 諦められたらとっくに諦めてるよ!

 ……と大声で叫んだところで、2限開始のチャイムが鳴った。

 放課後。
「幸ヶ谷さん、一緒に帰りましょう」
 キリカが声を掛けてくる。入学式の日から続く、私たちの習慣。

 私とキリカが初めて会ったのは、入学式当日。
 私の名前は幸ヶ谷瑞穂。座席は左から2列目、前から4番目。五十音順で1つ前だった桐畑香織は、席順も一つ前だった。
 左の列の先頭にいた青木さくらとは、3つほど離れていた。

 入学式、ホームルームが終わり、放課が宣言された時。

「こーやん、一緒に帰……」
「幸ヶ谷さん……でしたか?」
 近づいてくるさくらんにポジション取りで勝っていたキリカが、一歩早く私に接触してきたんだ。

「一緒に帰りましょう」

 あとから聞いた話だと、キリカは私が一人でいるのを見て、友達がいないと思い込んだらしい。学級委員に立候補するくらい正義感が強い人だ。「友達がいない人がいたら、私が友達になる」とか考えてたんだって。

 キリカにとっては正義。
 でも、唯一の友達を取られたさくらんにとっては……どうだったんだろうな?

 この次の日から、さくらんは学校に来なくなった。そしてそのまま6月に退学……。
 その後のさくらんの行方を知る人は、少なくとも八高にはいない。

1条2丁目 周縁世界の思い出

 [side-AOKI]

 今年度2回目の新友会。
 高島さん達にとっては、新メンバーが加入して2回目。
 私にとっては、新しい世界に飛び込んでから2回目。

 1丁目線南行。外郭線内回りっていう言い方もある。
 24条1丁目(地上線入口)、南行の青いポールに着くと、西側から高島さんが走ってきた。
「サッキーしゃっぽー」
 いつの間にか私に付いていたあだ名は「サッキー」。さくらんじゃなくて良かった……って思ってたんだけど、その後の挨拶がちょっと。
 しゃっぽーって、私とこーやんが使ってた挨拶だよね。なんで高島さんが……?
「サッキーどしたの?」
 あ、ごめん何でもない。先行ってていいよ。
「分かった……ごめんね」
 なぜか顔を俯けて、走っていってしまった。何か悪いことしちゃったのかな……?

 そこまで考えて、「あれ?」って思った。
 大野くんは一緒じゃないの?高島さんと大野くん、いつも一緒なのに……。
 高島さんが降りた白いポールは、地上線トンネルの中。トンネルの先は、地上世界。
 何か嫌な予感がして、私は高島さんを追いかけて走っていった。

 高島さん!
「サッキー?」
 大野くんはいないの?
「おおのん?」
 高島さんは周りを見回して、
「そういえばいないね……」
 今気づいたみたいな顔だね。一緒じゃなかったの?
「乗ったときは一緒だったんだけど……」
 乗ったとき一緒だったのに、なんで途中ではぐれるんだろう……。
「あ、多分降りたときじゃない?ちょっと居眠りしてたし」
 高島さんの話だと、大野くんは立ったままうとうとしてて、終点に着いてもそのまんまだったらしい。24条線は新本郷で一番混んでる路線。高島さんも気づかないまま降りちゃったんだって。
 24条1丁目だから、普通なら折り返して24条線101丁目行になる。そのときに運転手さんが気づいて起こしてくれるんだけど、
 もし高島さん達が乗った電車が、24条1丁目止まりじゃなくて、地上線直通の桜十字路(さくらじゅうじろ)行だったら……。
 大野くんは今、地上世界にいるかもしれない。

エースチャンネル チャットNo.5069
http://www.acechannel.jpn/chat/?roomno=5069/

たかはる:緊急事態!
瑞穂:しゃっぽーとは書かないのですか。
たかはる:忘れてた
たかはる:しゃっぽー
瑞穂:もう遅いですよ。
瑞穂:それで、緊急事態とは何なのですか?
たかはる:【速報】お お の ん 失 踪 !
瑞穂:隅付き括弧とスペースを入力する余裕はあるのですね。
たかはる:うんw
たかはる:そんなに緊急でもなかったw
瑞穂:確か今日は新年度2回目の新友会と仰っていましたが。
たかはる:そだよ
たかはる:今第二運動場着いたとこ
瑞穂:ということは、
瑞穂:あなたはおおのんさんやサッキーさんを放置してここに書き込んでいるのですか。
たかはる:おおのん失踪中だよ
瑞穂:失礼しました。
瑞穂:サッキーさんは?
たかはる:放置してます……
たかはる:まあそれは置いといて
瑞穂:置いておくのですか……。
たかはる:ミズホン周縁世界にいるんでしょ?
瑞穂:周縁世界という呼び方は不服ですが、
瑞穂:確かに私は今川合津にいます。
たかはる:24条線西行で1丁目乗り過ごしてるから、
たかはる:もしかしたら地上にいるかもしれないじゃん
瑞穂:桜十字路ですか。
たかはる:そうそう
瑞穂:私は学校が終わって自宅に帰る途中なのですが、
瑞穂:桜十字路でバスを乗り換える予定なのです。
たかはる:もし見つけたら捕まえといて
瑞穂:私は警察官ではないのですが。
たかはる:冗談ww
たかはる:あれ?
たかはる:ミズホン日曜なのに学校?
瑞穂:生徒会の仕事の手伝いです。
たかはる:生徒会ってことはキリカちゃん絡み?
瑞穂:はい。
瑞穂:とりあえず、おおのんさんを見つけた場合は連絡します。
瑞穂:といっても顔が分からないと話にならないのですが。
たかはる:じゃあ写真送っとく
瑞穂:お願いします。

 [side-KOGAYA]

 桐畑香織、通称キリカ。私の2人目の友達……っていうのは前に言ったな。
 実はキリカは、去年の秋の生徒会選挙で当選して、生徒会の書記に就任した。
 八高の生徒会は、あんまり仕事がない。仕事といえば、年2回の生徒総会、文化祭と体育祭での挨拶、入学式と卒業式の準備、新入生歓迎会くらいだ。

 その数少ない仕事の1つが、たまたま今日でよかったと思う。

 生徒会は6人しかいないから、新入生歓迎会の準備はかなり大変らしい。元々体力のあった私も、キリカの手伝いということで、準備に参加していたんだ。
 その準備が終わって帰り支度をしていたとき、タイミング良くたかはるからチャットが来た!
「どうしたのですか?」
 隣にいたキリカが覗き込んできたので、携帯を見せてやる。
「なるほど、おおのんさんがこちらに迷い込んできたのですね」
 さすがキリカ、理解が早いな。
「この内容なら誰でも分かると思いますが」
 どっちでもいい。とりあえず、帰りに桜十字路で降りて探そうと思うんだが、キリカも来るか?
「そうですね、そうしましょう。私も行きます」
 ありがとうな。やっぱりキリカは私の友達だ。
「……青木さんは?」
 それは……かつて友達だった人だ。

 [side-TAKASHIMA]

 携帯を閉じると、隣でサッキーが心配そうに見つめていた。
 おおのんなら、ミズホンに捜索依頼出しといたから大丈夫だよ。
「ミズホンって誰?」
 あ、ごめん説明してなかったね。
 ミズホンっていうのは、エースチャンネルっていうSNSで知り合った友達。リアルでは会ったことないけど、ちゃんとした友達だよ。毎日チャットしてるし。
「ミズホン……瑞穂ちゃんっていうの?」
 ごめん、本名は知らない。ハンドルネームは確か「瑞穂」だったはずだけど。
「そっか……よかった……」
 何がよかったの?
「ごめん、今度話すね」
 そこまで話すと、サッキーはさっさと野球場の中に入ってしまった。
 そういえば、三高の生徒の中に、周縁世界出身の人がいるっていう都市伝説があったような。その人の友達は、いまだに周縁世界に住んでて、三高の友達とは連絡を取ってないんだって。
 まあ都市伝説だし、当てにならないんだけど。

 [side-OHNO]

「ご乗車ありがとうございました。次は、桜十字路、桜十字路、終点です」
 自宅がある24条51丁目から、第二野球場がある24条1丁目までは、本郷市電の24条線で1本。
 1丁目は新本郷の西の端だから、終点で降りればいいと思っていた。

 さすがの俺でも、小学校で習ったから知っている。
 本郷市電には、1つだけ地上駅がある。その名前は確か、桜十字路だったはず。

「ご乗車ありがとうございました桜十字路終点です」
 運転手のアナウンスを聞いて、電車を降りる。目の前の道路には、車がたくさん走っている。
 頭上を見上げると、雲一つない青空が広がっていた。

 遥の言う周縁世界。
 世間一般には地上世界。

 新本郷とは違う世界に、迷い込んでいた。

 [side-KOGAYA]

「次は、桜十字路、桜十字路。新本郷へおいでの方は、こちらでお降りください」
 八幡高校の最寄りのバス停は、八幡坂下。あたしの家の最寄りは上洲中学校前。昼間は直通のバスは無いから、途中の桜十字路で、上洲中学校行に乗り換える。
 キリカは最寄りが本郷市役所前だから、東本郷駅行に乗り換え。
 1つ先が川合津駅のバスターミナルだし、そこで乗り換えでもいいんだが、桜十字路から川合津駅を2回乗るからちょっと時間かかるし、バス停は遠いし、結構面倒くさい。朝は所要時間が短い桜十字路乗り換え、帰りは始発で座れる川合津駅乗り換えってとこだな。ちなみに運賃は一緒。定期券も川合津駅乗り換えで買ってある。
 だが、今日はいつもと違う。たかはるの友達のおおのんを探すっていう使命があるからな!

 とか意気込んでいたのが恥ずかしくなってきた。
 バスを降りて向かい側にある、本郷市電の桜十字路停留場。いつもは人っ子一人いないんだが、そこに誰か立ってやがる。雨宿りなら時々いるが、今日は快晴だ。
 雨宿りでもないのにこんなとこでぼーっとしてる奴は、大概ろくなやつじゃない。
 とりあえず声掛けてみるか。
「おおのんさん……ですか?」
 おおのんって決めつけちゃったな。
「誰ですか?」
「……幸ヶ谷瑞穂、八幡高校の2年生です……たかはるさん……ネットで知り合ったのですが……その方から先程チャットで……失踪したと……」
「……」
 その後15分くらい使って、おおのんに全部説明してやった。
 あたしがたかはるの友達だってこと、おおのんが失踪したって騒いでたこと、状況からして桜十字路にいるだろうって推測できたこと。
 これだけ説明するのに、なんで15分掛かったんだ?永遠の謎だ。
 あ、忘れちゃいけないな。ここは地上世界で、たかはるが言う周縁世界だ。空があって、太陽があって、雲がある。風が吹いて、雨が降って、雷が鳴る。地上ってのはそういう世界だ。
 今日は風が出てるからちょっと涼しいな。夏場はもっと暑いし、冬はもっと寒い。

「えっと……ここは地上で……雲があって……周縁世界で……今日はちょっと涼しくて……」
 やばい。自分のコミュ力が低すぎて恐ろしい。キリカとかたかはるが相手だともっと自然に喋れるんだけどな……。

「あの……帰り方はお分かりに……なりますか……?」
「全然」
「そこに……桜十字路の電停が……そこから市電に乗れば……帰れるはず……です」
「そっちに立ってるのは?」
「あれは……バス停……です……手前が……八幡坂下……方面……奥が……川合津……」
「……」
「……」
「ごめんなさい……私……喋るの……苦手……」
「……」
「……」

 5分経過。沈黙のループに入ってしまった。
 ほんっとうに喋るの苦手だな、幸ヶ谷瑞穂!
 どうやってこの沈黙を破ろうかと悩んでいたら、

「お待たせいたしました1丁目線南行101条線東行直通外郭線外回りです」
 
 車庫から出てきた市電に、先を越された。
 おおのんはこの電車で新本郷へ帰っていった。

「幸ヶ谷さんって、意外とコミュ力高いですよね」
 後ろにあった人影に気付かずに……ってキリカ!見てたのか!?
「最初から見てましたよ」
 最初からってどこから?
「バスを降りたところからです。というか、一緒に乗っていたじゃないですか」
 そうだった……完全に我を忘れてた。おおのんに会えるのではしゃいじゃって。
「そうなのですか?」
 ああ。新本郷の奴って会ったことなかったから、どんな奴なのかなって。
「友達が増えるからではなくて?」
 ……。
 キリカ、痛いところを付いてくるな。

 [side-OHNO]

「ご乗車ありがとうございました24条1丁目ですこの電車は1丁目線南行です」
 桜十字路から乗った電車は、1丁目線南行直通だった。24条1丁目から先は、1丁目通りを南下し、最南端の1条101丁目を左折……左折だよな?多分合ってると思う。そこから外郭線と呼ばれるルートに入る。外郭線って何だっけ?

 まあいいや。24条1丁目の青いポールに到着すると、遥が走ってきた。
「しゃっぽー!どうだった?」
 何が?
「周縁世界行ったんでしょ?」
 特にこれといったことはないな。強いて言うなら変な奴が1人いたけど。
「変な奴って?」
 ガチガチに緊張してる女子高生。
「ふーん…そういうの気を付けた方がいいらしいよ?」
 そうなのか?
「周縁世界の高校生って、ショートヘアの男子嫌いなんだって。見つけると必ずカツアゲしてくるとか」
 そうなのか。ところで情報源は?
「エースチャンネル」
 じゃあ無視していいな。

 [side-AOKI]

 24条1丁目、南行のポールに、大野くんが立っていた。すぐに駆け寄る高島さん。
 そっか……。大野くん、地上まで往復したんだよね。高島さんが興味を持つのも納得。
 私は……興味というより、未練。
 去年まで地上に住んでいたというか、こーやんと友達だった。そのこーやん(まだ確定じゃないけど)と大野くん、どんな話をしたんだろう?
 私はこーやんと話すことすら許されなかったのに、大野くんは初対面で……。

「サッキー何考えてるの?」
 高島さんが私の顔を覗き込んでくる。大したことじゃないから気にしなくていいよ。
「そう?ものすごい俯いてたけど」
 ほら、大野くん帰ってきたんだから、球場に戻らないと。試合終わっちゃうよ?
「話逸らしたww露骨すぎww」
 あ……えっと……その……。
 大野くんが地上に出たって聞いたら、なんか変な気分になっちゃって……。
「そう……分かった。気分悪くなったら言ってね」
 ありがとう。核心は聞かないでくれて。

 [side-TAKASHIMA]

 試合終了。2-0で、三高の勝ち\(^o^)/
「……うん」
 あれ?もしかして、また結果分かってない?
「ごめん……2対0?どっちが2?」
 ……まあいいや。とりあえず、今日は来てくれてありがと☆ミ
「……」

 球場を出て目の前、24条1丁目の交差点で、サッキーとはお別れ。
 サッキーバイバイ!ノシ
「えっと……バイバイ」
 なんかサッキーが困惑してるけど、大丈夫だよね?意味わかるよね?

 24条線東行に、おおのんと一緒に乗り込む。おおのんの家は51丁目なのでそこで降りる。私は51丁目で南行に乗り換え。
 ……っておおのんに教えてあげたけど、24条1丁目から51丁目って、一本で行けるよね?これ説明しないと分かんないの?
「かろうじて分かった。今朝覚えた」
 じゃあなんで聞いたのww

 それにしても、今日のサッキー、何かおかしくなかった?
「そうか?俺はいつも通りに見えたんだが」
 いやいやwwおおのんが来てからずーっと俯いてたじゃんww
「ずーっとってほどてもないだろ」
 そうだっけ?私の勘違いかな?

 [side-AOKI]

「サッキーバイバイ!ノシ」
 高島さんが手を振ってるけど、どう反応したらいいのか分かんなかった。ごめんね高島さん。

 1丁目線北行・1条線東行直通、1条101丁目方面行。別名、外郭線外回り。この前高島さんに教えてもらったルートで帰宅する。

 入学式のときの挨拶。高島さんは、絶対覚えてるよね。
 あのとき私は、「八幡高校出身、青木さくらです」って言ったよね。

 本郷市立八幡高校。去年6月まで、私が在籍してた高校。
 でも、実際に通ってたのは、1日だけなんだ。

「卒業するまで、しゃっぽーしようね」

 中学の卒業式の日、上洲中学校正門前。私とこーやんは、そう約束した。

 「しゃっぽー」は、私とこーやんが使っていた挨拶。「やっほー」を適当にもじってたら、なんかそうなった。
 他の同級生は全然使ってくれなかったけど、こーやんだけはなぜか気に入って、2人だけの挨拶として定着した。
 それ以来毎日……ではないけど、学校で会ったとき、家に遊びに来たとき、路上ですれ違ったとき。とにかく私とこーやんが挨拶するときは、状況に関係なくしゃっぽーだった。

 こーやんと同じ学校に通うことが決まって、私は嬉しかった。
 こーやん以外に友達がいなかったから、友達がいる学校に通えるのが嬉しかった。

「卒業するまで、しゃっぽーしようね」
 あれは、卒業するまで一緒に通学しようねって意味じゃなくて。
 卒業するまで、ずっと私の友達でいてねっていう意味だったんだ。

 入学初日に、こーやんが桐畑さんという友達を作っちゃって。
 私のことは、もはや友達だと思ってなくて。

 何もかもが嫌になって、私は八高を退学した。

 その後こーやんがどんな風に過ごしてるか、私は知らない。
 別に知らなくても、生きていけるから。

1条3丁目 昔の友達と、今の友達

エースチャンネル チャットNo.5069
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たかはる:しゃっぽー
瑞穂:おはようございます。
たかはる:しゃっぽー
たかはる:しゃっぽーって言って
瑞穂:ごめんなさい。
たかはる:しゃっぽーに嫌な思い出でもあるの?
瑞穂:そうですね。
瑞穂:少し昔の話になりますが、
瑞穂:私が中学生だった頃に
瑞穂:友達との間で使っていた挨拶なんです。
たかはる:ちょっと待って
たかはる:ほんとに嫌な思い出あるの?
瑞穂:はい。
たかはる:ごめんね
たかはる:思い出させちゃって
瑞穂:良いんです。
瑞穂:私の責任なので。
たかはる:何があったの
たかはる:私でよければ聞くよ?
瑞穂:失踪しました。
たかはる:え?
瑞穂:失踪しました。
瑞穂:音信不通です。
たかはる:……
瑞穂:その方は私と同じ高校に入学したのですが、
瑞穂:入学式の日に一緒に登校したのが最初で最後でした。
瑞穂:2日目から不登校になって、
瑞穂:そのまま6月に退学しました。
瑞穂:新本郷に行ったという噂もあるのですが、
瑞穂:実際のところは分かりません。
たかはる:ごめんね、思い出させちゃって
瑞穂:良いんです。
瑞穂:退学したのも失踪したのも、
瑞穂:全部私の責任なので。
たかはる:ミズホン何したの……
瑞穂:ごめんなさい……。

 [side-KOGAYA]

「それで、東本郷駅から電車に乗ってきたと」
 ごめんなさい……今月9回目の遅刻だ。
 上洲中学校前から乗ったバスは、市大経由の東本郷駅行き。本数はかなり少ないけど、タイミング次第ではこういうこともある。
 本当は浅間前(せんげんまえ)で川合津駅方面に乗り換えないといけないんだが、たかはるとのチャットに夢中になったのと、さくらんを思い出して罪悪感に駆られてたので、浅間前で降りるのを完全に忘れていた。
 気付いたときには、既に終点一つ手前の本郷市役所前。時既に遅し。

「上洲中学から市役所ということは、30分くらいですね。そんなに長い時間、何を考えていたのですか?」
 大体見当は付くだろう。さくらんのことだ。失踪したのは知ってるだろ?
「はい、幸ヶ谷さんから何回も聞いています」
 その原因、どう考えてもあたしのせいなんだよな。あたしがキリカと仲良くなっちゃったから……。

 [side-OHNO]

「ミズホンの友達が、新本郷にいるかもしれない」
 朝のホームルームが終わった後の休み時間。遥が新しい都市伝説を持ってきた。というか、何でそんなピンポイントな都市伝説が?
「ミズホンに直接聞いたからww」
 そのwwは謎だが、大体分かった。おおかた今朝チャットしてたらそんな話になったんだろう。
 それにしても、地上世界に住んでいるミズホンの友達が、なぜ新本郷に?
「よく分かんないけど……喧嘩して失踪したとかなんとか」
 今日の都市伝説は妙に曖昧だな。
 でも、これってプライベートの領域だよな。都市伝説としてネタにしていいのか?
「ネタじゃないよ」
 じゃあ何なんだ?
「私たちでミズホンの友達見つけて、仲直りさせてあげられたらいいねって」
 実に遥らしい答えだった。答えだったんだが……。
 現実的に考えて、できるのか?

エースチャンネル チャットNo.5069
http://www.acechannel.jpn/chat/?roomno=5069/

たかはる:ミズホンの友達と仲直りさせてあげようプロジェクト!
瑞穂:私の友達というのは?
たかはる:新本郷に行ったっていう
瑞穂:あくまで噂です。
たかはる:知ってるけどさ
たかはる:でも仲直りさせてあげたいじゃん?
瑞穂:余計なお世話です。
瑞穂:そもそも、喧嘩の原因は100%私なので。
たかはる:だからミズホン何したの
瑞穂:ごめんなさい。
たかはる:でもさ
たかはる:今思い付いたんだけど
たかはる:サッキーだったら面白いよね
瑞穂:サッキーさん?
たかはる:うん
瑞穂:信憑性のない都市伝説ですね。
たかはる:ごめん
瑞穂:ですが、一つだけ気になることがあります。
たかはる:どしたの?
瑞穂:サッキーさんの本名は、
瑞穂:確か青木さんと仰っていた気がしまして。
たかはる:そんなの言ったっけ?
瑞穂:いつかたかはるさんが仰っていましたよ。
たかはる:それで?
瑞穂:失踪した私の元友達も、
瑞穂:青木さんと言うのです。
たかはる:へー
たかはる:(本当にサッキーだったら面白いね)
瑞穂:面白いですね。

 [side-KOGAYA]

 さくらん=サッキー説か……。
 昼休みにたかはるから提示された思わぬ仮説。一応名字が同じってことは確認できたけど、フルネーム知らないし、青木って名字もそこまで珍しくない。
 真実を知るには、直接会って確認するしかない……ってことはないけど。
「幸ヶ谷さん?どうされたのですか?」
 午後の授業もなんか身が入らず、そのままだらだらと放課。
 今はキリカと一緒にバス停までの道を歩いている……この道ってこんなに長かったか?
「幸ヶ谷さん、バス来ましたよ?」
 ……目の前に停まっていたのは、HONTETSU BUSと書かれた大型自動車。いつの間にかバス停に着いていたようだ。
 東5系統、川合津駅・原岡(はらおか)経由、東本郷駅行き。キリカの家がある本郷市役所前まで1本。私の家がある上洲中学校前へは、途中の浅間前で乗り換えだな。

 [side-KIRIBATAKE]

 バスに乗っても、幸ヶ谷さんはずっと車窓を眺めています。普段ならたかはるさんのことを色々話してくれるのに、今日の幸ヶ谷さんは、少し様子がおかしいですね。
 一応話だけは聞いています。たかはるさんの友達のサッキーさんが、青木さんかもしれないと。

 青木さん、好きなんですね。もちろん友達としてですが。
「ああ、好きだな、友達として」
 たかはるさんとどちらが好きですか?
「そういうのは比較するようなことじゃないと思うんだが……」
 青木さんというのは、去年の4月頃まで幸ヶ谷さんと仲が良かった人です。たかはるさんは、去年の6月頃にインターネットで幸ヶ谷さんと知り合いました。
 昔の友達と、今の友達。やはり代替できるものではなかったのでしょうか。
「そうだな。さくらんがいなくなったのは寂しいけど、たかはると仲が良いのはまた別問題だ。たかはるはたかはるで、私の大切な友達だからな」
 そう言うと、瑞穂さんは、前方のLED表示を確認して、急いで降車ボタンを押しました。
 ドアが開くと、「じゃあな」と言って、何の疑いも持たずに降りていきました。

 つい本心が出てしまったのでしょうか。
 降りたバス停は、浅間前ではなく、6つ手前の桜十字路でした。

 [side-KOGAYA]

 車庫から出てきた車両が、ホームに停まる。
 行き先は1条49丁目、方向幕は緑。始発なので整理券は取らない。
 出発するとすぐにトンネルに入る。確か地上線トンネルって名前だったな。螺旋型の坂道を1.3km下ると、トンネルを抜けて新本郷に入る。
 24条1丁目の交差点を直進。このままあと4.8km進めば、第三高校に着く。

 ここまで考えて、やっと気付いた。
 なんで私は本郷市電に乗ってるんだ?

 えっと、とりあえず最初から思い出してみようか。
 八高をキリカと一緒に出て、なんかもやもやしながらバス停に着いて、バスが来たから乗って、バスに乗ってからもなんかもやもやしてて、桜十字路に着いたから急いで降りて、市電のホームまで歩いて、市電来たから乗って、現在に至る。
 乗り間違えたわけではなく、はっきり自分の意思で市電に乗ってるのが、なんかすっごい怖い。
 たかはる症候群とかになっちゃったのか?それともさくらん症候群か?

 なんとなく携帯電話を開く。ブラウザ>お気に入り>エースチャンネル。
 そこには、今までたかはるとやり取りしたメッセージの履歴がある。
 下の方にスクロールしていくと……あった。たかはるとの最初のチャット。

 「本郷市役所と中央合同庁舎は秘密の階段で繋がっている」

 せっかくだから検証してみようか。中央合同庁舎の住所は、24条51丁目。
 決してサッキーに会いたいわけじゃないぞ?

 [side-OHNO]

 授業終了。帰りのHRを済ませ、4階の教室から1階の昇降口まで降りる。ちなみに地上の高校では4階建て以上はほとんど無いらしいというのは遥(ミズホン)情報。
 正門を出て左折し、15mほどで24条49丁目の交差点。俺と遥は直進して東行の緑の電停へ。青木さんは左折して北行の赤いポールへ向かう。
「サッキーノシ」
 会ったときの挨拶が「しゃっぽー」なら、別れの挨拶は「ノシ」らしい。意味はよく分からないが。
「半角でノシって書くと、手を振ってるみたいに見えるでしょ?いわゆるAAってやつ」
 説明されても分かりません。

 そういえば、俺たちが乗る24条線に比べて、青木さんが乗る49丁目線は、若干本数が少ない。どのくらい少ないかは忘れたけど隣の51丁目線に乗ればちょっと本数は多いらしいんだけど……違ったらすまん、遠回りになるか何かで定期券が使えない。
 24条線東行、今度の電車は16時42分。青木さんが乗る49丁目線北行は、それより早い39分(遥が覚えていた)。
 ……のはずなのだが、定刻の39分を過ぎても北行の電車が来ないようだ。市電の電停は交差点に隣接しているので、東行の電停から北行の電停が見える。そこに電車は到着せず、青木さんも立ったままだ。
 ついには42分発の東行が到着してしまった。自動車の無い本郷市電で、3分の遅れは滅多に無い。
「あ」
 隣で携帯を見ていた遥が、声を上げた。
「49丁目線30条-29条間で車両故障のため立ち往生、北行運転見合わせだって」
 車両故障で運転見合わせか。電停には電光掲示板のようなものは無いので、この情報が伝わらなければ、青木さんはいつまでも帰れないことになる。
「さすがにそれは無いってww15分待って来なかったら分かるでしょwwww」
 まあ確かにそうなんだが、でも伝えておいて損はないだろう。とりあえず遥と二人で、北行の電停に走っていった。
「青木さん」
「あ……えっと……」
 いきなり俺が走ってきたからだろうか、青木さんは驚いたような顔をしている。
 手短に用件だけ伝えておこう。49丁目線で人身事故、北行運転見合わせ。迂回するとしたら……えっと……
「西行に乗って24条40丁目から北上すればおk。ちなみに48分に24条線から直通の北行があるから、迂回しないでそれ待つのがベスト」
 遥がフォローしてくれた。
「迂回ルートは分かってるよ……」
 失礼しました。
「……」
 ……。
「えっと……なんかごめんなさい」
 こちらこそ、なんかごめんなさい。
 とりあえず電車来たから乗ろう。
「え?電車来た?」
 腕時計を確認する。現在時刻は16時48分。
 北行の電停には、電車が到着していた。前面の方向幕は東行の緑、しかしすぐに北行の赤に変わる。
 人身事故があったのは、49丁目線の30条-29条間、今俺たちがいる24条より南側である。
「桜十字路始発だから人身事故は関係ないよね」
 ちょっと何言ってるか分かんないです。

 この電停には3人が立っているが、北行に乗るのは青木さんのみ。
「バイバイ」
「ノシ」
 挨拶を済ませ、後ろのドアから青木さんが電車に乗る。入れ替わりで前のドアから1人降りてきた。
 そのまま電車は24条49丁目を発車。電停に2人の人影を残して。
 いや、今降りた人がいるから、3人か。

 その「今降りた人」ががこちらに歩いてきた。歩幅はかなり小さめで、おどおどしている。初対面の青木さんと同じくらい。
 なんか、どっかで見た顔だな。それもかなり最近。遥のネット関係じゃなくて、対面で見たような気が。
「あの……」
 迷子か?電車の乗り方なら遥が教えられる。歩いて行くのはちょっと分からない。
「……」
 ……。
「……」
 どちらも口を開かないまま、1分くらい経過した。
「あの……どうしたんですか?」
 見かねた遥が助け船を出すが、反応なし。
「……」
 俺、もう帰っていいか?
「ちょっと待て!」
 なんか肩捕まれたんだけど。何この人怖い。
 その状態が1分以上続き、ようやく相手が口を開いた。

「中央合同庁舎って、どこですか!」

 [side-AOKI]

 24条49丁目、北行の電停。
 東行から直通、1条49丁目行が到着した。
 後ろのドアが開く。整理券を取って、電車に乗り込もうとしたとき。

 なぜか、その電車からこーやんが降りてきた。

 高島さんたちには伝えていない。
 八幡高校で1日だけ同級生だった、幸ヶ谷瑞穂さん。
 私と同じ上洲中学校出身で、順当に行けば今は2年生。

 今日は木曜日。
 仮にこーやんが八幡高校の2年生なら、授業が終わって家に帰る時間帯。
 八幡高校最寄の八幡坂下からバスに乗って、川合津駅前か浅間前で乗り換えて、上洲中学校前に行くはずなんだけど……。

 そのこーやんが、なんで新本郷にいるの?

 [side-KOGAYA]

 24条49丁目、第三高校前。
 この電車は東行だが、この49丁目から北行に変わるらしい。
 地上のバスには途中で行先が変わる路線なんてのは絶対ないから、危うく乗り過ごすところだった。
 そういや、たかはるが言ってたな。新本郷の市電は途中で幕回しするのがあるけど周縁世界の市電はないの?って。
 で、市電じゃなくて路線バスだって訂正した気がする。線路はなくて道路の上をゴムタイヤで走ってるんだって。

 とにかく、あたしが今いるのは24条49丁目。ポールの色は赤だから……えっと……北行だったか?
 中央合同庁舎は確か24条51丁目だったはず。1丁目の距離は100mだから、東側に200m歩けばよかったはずだ。
 ただ……どっちが東側だ?案内板なんかあるわけがなく、地図も持ってない。携帯も通じるかどうか分からない。
 仕方ない。近くにいる人に聞いてみるか。ぱっと見で高校生くらいだし、話しやすいだろう。

「あの……」

 ……ごめん、なんか急に緊張してきた。
 やっぱり電話でキリカに聞こうか……いやそれは駄目だ。この状況をキリカに説明できない。
 目の前にいる人、多分新本郷民だろう。その人に聞くのが一番手っ取り早い。
 殴られたらその時はその時だ。警察でも何でも呼べばいいじゃないか!
 あたしは電停に立っていた3人組に向かって、大声で呼び掛けた。

「中央合同庁舎って、どこですか!」

 [side-OHNO]

 東行を示す緑のポールに移動したのは、俺、遥、さっきの人の3人。
 しばらく待つと、24条101丁目行の電車が到着。3人で乗る。中央合同庁舎に何の用事で行くのか気になったが、ついに口を開くことはなく、51丁目に到着した。
「えっと、もう降りるんですか……?」
 逆に聞くけど、降りないのか?副名称で中央合同庁舎前って放送されてたはずなんだが。
「それはそうですけど……この距離なら……歩いた方が……」
 200mの距離を歩くのか。変わった人もいるもんだな。
「私は……500mくらい……歩いてますけど……1kmくらい……なら……歩けます……」
 ……。
 ちょっと、絶句。
 1kmというのは、今いる51丁目から41丁目までに相当する。電停5つ分だ。その距離をどうやって歩けと言うのだろう。
「いや……普通に……」
 普通に歩けるのか……。

「おおのん、本題忘れてるよwwww」
 そうだ。本題忘れてました。
 新本郷中央合同庁舎は、交差点の北東側にある。今俺たちがいる東行電停は交差点の東側。数メートル西へ行けば入口がある。
 参考までに、俺の家は北西側。遥は南行に乗り換えるので、南東側。
 つまり、3人はここでお別れとなる。
「バイバイノシ」
「それ……何ですか……?」
 やはりノシは伝わらないらしい。これが伝わるのはミズホンだけだろう。
「そだねwwミズホンは分かってて無視だけどねww」
 分かってて無視なのか。なんかたちが悪いな。
「ミズホンはそういうキャラだからいいのww」
 と、ここまで喋ったところで、さっきの人が割り込んできた。

「あの……たかはるさん……ですか?」

 たかはるさん。
 遥がエースチャンネルで使っている、ハンドルネーム。
 通称として使っている人は、新本郷には存在しない。

「あ、えっと……たかはる……です……けど」
 なぜか遥まで釣られている。
「あ、ごめんごめん。それで、なんでたかはるって知ってるの?」
「あ……あの……私……実は……瑞穂……なんです」
 遥の口調は戻った。しかし瑞穂と名乗った人は、相変わらず緊張しているようだ。
 ところで瑞穂って名前、どこかで聞いたような……。
「もしかして、ミズホン?」
「はい……」
「火事の9割は不審火って書いた人?」
「はい……」
「高校教師の大半はエースチャンネルを知らないって書いた?」
「はい……」
 思い出した。
 瑞穂。八幡高校2年。生粋のエースチャンネラーで、遥のネット上の友人。
 桜十字路で対面し、少しだけ話をして別れた相手。

「生ミズホンキターーーー\(^o^)/ーーーー」
「ぐはっ」
 何も抱き付くことはないと思うのだが、喜びを隠せなかったようだ。

 [side-AOKI]

 私と入れ替わりで降りた人が、どうしても気になっちゃった。
 24条に戻ったら、まだいるかな……?

 49丁目線北行。本当は1条49丁目まで乗る予定だったんだけど、1つ目の22条で降りる。
 来た道を戻って、24条の交差点。誰もいなかったけど、遠くの方に高島さんたちが見えた。東側200m。あのあたりは確か、24条51丁目。

 去年の4月6日、八幡高校入学式の日。
 こーやんは、桐畑さんと仲良くなった。
 私にとってこーやんは、唯一の友達。でも、こーやんは違った。桐畑さんと仲良くなって、一緒に帰るようになった。
 そして、ネットで知り合った高島さんとも仲良くなった。桜十字路で遭遇した大野くんとも仲良くなった。
 こーやんにとって、私はもう友達じゃない。用済みなんだ……。

「サッキーどしたの?こっちおいでよ!」

 遠くから高島さんの声がする。高島さん達がいる51丁目までは、ここから200m。声が聞こえたり、顔が見えたりしても、おかしくないよね。
「あの方が……サッキーさん……?」
「そだよ」
 高島さんがいるってことは、当然、こーやんもいるよね。

 覚悟を、決めた。
 青木さくらは、今日限りで、こーやんと決別します。

 東方向へ200m。高島さんと……こーやんがいる方向へ、歩いていく。

「紹介するね、サッ……」
 高島さんの言葉を遮って、自己紹介をする。

「八幡高校出身、サッキーこと、青木さくらです」

 [side-KOGAYA]

 八幡高校出身、サッキーこと、青木さくら。
 その言葉が意味するところを理解するのに、少し時間がかかった。

 青木さくらといえば、上洲中学の同級生だ。
 通称さくらん……いや、通称じゃないな。あたしが勝手に呼んでただけだ。クラスでは「青木さん」が主流だった。
 中学の卒業式。「卒業するまでしゃっぽーしようね」って、確かに約束した人。
 入学式の日、上洲中学校前のバス停で、隣に立っていた人。

 サッキーといえば、新友会のメンバーの1人だ。
 新本郷三高に入学した当日、たかはる達と一緒に弁当を食って、そこから仲良くなった。新友会にも参加して、最近は野球のルールを覚えようと頑張ってるらしい。

 あたしは入学初日に全部駄目にして、たかはるは入学初日に全部掴み取った。
 あたしは運が悪くて、たかはるは運が良かったって言っちゃえばそれまでだし、コミュニケーション能力の違いって言っちゃってもそれまでなんだけど。

 あたしのさくらんを、たかはるに取られたって感じなのか。
 なんか、胸がもやもやするんだよな。

 [side-TAKASHIMA]

 24条51丁目東入ル北1号。
 本郷市新本郷中央合同庁舎。

 ミズホンがどうしても行きたいと言っていた建物に、2人で入っていく(サッキーとおおのんは帰った)。

 私も忘れてたんだけど、かなり前のエースチャンネルで、「新本郷中央合同庁舎と地上の本郷市役所は秘密の階段で繋がっている」っていう投稿があったんだって。ミズホンは、その投稿の真意が知りたくて、新本郷に来たらしい。
 ……そっちなんだ。サッキーがミズホンの元友達とかいう方じゃなかったんだ。
「まあ正直そっちもありますけど……」
 そっちもあるんかいww

 ちなみに、中央合同庁舎は8階建て。エレベーターは8階までだけど、階段はさらに上がある。普段は職員専用、災害時は非常通路になるその階段をさらに上っていくと、市役所の1階にたどり着くって、新本郷民は小学校で習います(泣)
 一応8階まで案内する。上り階段には赤いテープが張られ、非常階段と書かれた紙が貼り付けられていた。

 新本郷に来た目的、全部終わっちゃったねww
「終わってしまいましたね……まさか小学校で習うとは……」

 1階まで降りて、外に出る。道路を2回渡って、西行の白いポールへ。
 ちょうど桜十字路行きが発車したところだった。次の電車は5分後の24条1丁目行き。1丁目で北から来る電車と接続するはずだから、それに乗り換えて、桜十字路で降りて……あとはミズホンの方が詳しいはず。

 ところで、1つ聞きたいんだけどさ。
「なんですか?」
 ミズホンが言ってた元友達の青木さんって、サッキーなの?
「どうやらそのようですね……顔を見る限り間違いありません」
 へー。やっぱりそうだったんだ。予感的中だね。

 サッキーとミズホン、何があったんだろう……。

「その話は、また今度でお願いします……心の整理ができていないので……」

 24条1丁目行きが到着した。ミズホンが乗り込む。バイバイノシと手を振って見送った。

 [side-TAKASHIMA]

 生ミズホン事件の翌日。
 いつものように教室のドアを開けると、サッキーが先に着席していた。

「しゃっぽー」
 いつものように挨拶する。いつもだったら「あ……おはよ」とか返してくれるんだけど……。

「……」

 今日のサッキーは無言だった。
 ていうか、寝てないよね?たまに目を開けたまま寝る人とかいるけど(エースチャンネル情報)。

「サッキー、死んでる?」
「あ……」
 必殺技「死んでる?」にもこの反応。今日のサッキーは絶対おかしい。

 [side-KIRIBATAKE]

「上洲中学校前……ですか」

 幸ヶ谷さんが遅刻。今月何回目ですか。
 でも、今日の遅刻は、少し違うようです。

 幸ヶ谷さんが上洲中学校前を出るのは、8時10分頃と聞いています。そこからバスを乗り継いで、八幡坂下に着くのが8時35分頃。
 現在時刻は、8時45分。朝のホームルームが始まる時刻です。
 上洲中学校前に35分も滞在していたのです。考え事をしていたと仰っていましたが、一体何を考えていたのでしょうか。

 今日の幸ヶ谷さんは、何かがおかしいです。

エースチャンネル チャットNo.5069
http://www.acechannel.jpn/chat/?roomno.5069/

たかはる:しゃっぽー
瑞穂:おはようございます。
たかはる:こんな中途半端な時間にどうしたの?
たかはる:1限終わったとこだけど
瑞穂:大遅刻しました。
たかはる:遅刻常習犯のミズホンがわざわざ書くってことは
たかはる:相当遅刻したんだろうね……
瑞穂:今学校に着いたところです。
瑞穂:たかはるさーん?
たかはる:さすがにそれはやばいって
瑞穂:上洲中学校前で気が付いたら8時45分でした。
たかはる:ねえみんな今日おかしいよ?
たかはる:サッキーもだけど
瑞穂:サッキーさんも?
たかはる:朝から一言も喋ってくれない
瑞穂:一言も?
たかはる:うん
瑞穂:何かあったのですか?
たかはる:こっちの台詞だよ

 [side-OHNO]

 4限終了、昼休み。
 左端先頭の青木さんの席と、2列目先頭の俺の席を向かい合わせにする。左端2番目の石崎さんの席を横に繋げて、遥が座る。
 4月から続く、いつものパターン。

 青木さんが俯いていることを除けば。

「サッキーどしたの?さっきから元気ないよ?」

「……」

 このように、全く反応がない。
 昨日瑞穂さんと何かあったのか?
「あ、それはさっき聞いてみたんだけど……特に話すことはないって」

 ……迷宮入り決定。

 ちなみに、今日は金曜日。そろそろ今週の新友会の予定を決めないといけないんだが……。
「あ、それならもう考えてあるから。サッキーも聞いて」
 そう言って、遥は1枚の紙を出した。

「明日の10時、荒磯(あらいそ)陸上競技場」

 遥によると、荒磯陸上競技場は、地上世界の荒磯運動公園にある陸上競技場。そこで陸上の競技会があるらしい。
 最近は球技が続いていたから陸上は久しぶりとかそういうのはどうでもよく、

「八幡高校の体育委員会の手伝いでミズホンも来るから、そこで全部話して」

 という遥の策略。

 果たして、全部話してくれるのだろうか?

エースチャンネル チャットNo.5069
http://www.acechannel.jpn/chat/?roomno=5069/

たかはる:しゃっぽー
瑞穂:こんな中途半端な時間にどうしたのですか?
たかはる:明日荒磯公園来るよね?
瑞穂:いきなり何ですか?
たかはる:明日荒磯公園で陸上の競技会あるじゃん
瑞穂:ありますね。
瑞穂:よくご存知で。
たかはる:そこに新友会突撃するから
瑞穂:新友会で来るのですか?
たかはる:うん
瑞穂:たかはるさんと、
瑞穂:おおのんさんと、
たかはる:あとサッキーもね
瑞穂:なるほど。
瑞穂:私とサッキーさんで仲直りさせようという算段ですね。
たかはる:よく分かったね
瑞穂:キリカさんも行くのでよろしくお願いします。
たかはる:キリカちゃんも来るの?
瑞穂:生徒会の手伝いなので当然です。
たかはる:体育委員会じゃなかったっけ?
瑞穂:生徒会が体育委員会を手伝うのです。
たかはる:りょーかい

 [side-KOGAYA]

「お待たせしました」
 昇降口で待っていると、キリカが走ってきた。
 明日の陸上競技会を生徒会が手伝うことになってるから、その打ち合わせをやってたんだ。それがちょうど今終わったところ。
 いつものように八幡坂下まで歩いて、川合津駅・原岡経由東本郷駅行きに乗る。キリカはそのまま本郷市役所前まで、私は浅間前で乗り換え。

 そういや、明日の陸上競技会、新友会で来るって。
「新友会ということは、たかはるさんとおおのんさんも来るのでしょうか?」
 そうだな。あとサッキーも。
「サッキーさん、時々お名前はお聞きしますが、どんな方なのでしょうか?」
 そういやキリカは知らないんだったな。サッキーがさくらん……青木さくらだったってこと。
「サッキーさんが青木さんですか……それは本当ですか?」
 本当だ。この間新本郷で会ったから間違いない。
「それは……何と言うか複雑な気持ちになりますね」
 キリカもそうなのか。実は私もそうなんだ。
 今まで仲良くしてた奴と突然音信不通になったと思ったら、別の奴と仲良くしてて、しかもそれが知り合いだったんだからな。
「私は少し違いますが……青木さんの友達だった幸ヶ谷さんを、私が奪ってしまった形になるのでしょうか。浅間前着きましたよ」
 おっと危ない、乗り過ごすところだった。
 急いでバスを降りる。

 浅間前のバス停で、市大経由上洲中学校前行きに乗り換え。

 八幡高校出身、サッキーこと青木さくら。
 この前新本郷でかち合ったとき、さくらんはそう自己紹介した。

 そうか。
 さくらんはもう、さくらんじゃないんだ。サッキーなんだ。
 八幡高校でも上洲中学校でもなく、新本郷第三高校の一員なんだ。
 さくらんが選んだのは、私じゃなくてたかはるなんだ。

 明日の荒磯公園で、何を話そうか。
 たかはるは仲直りさせたいって言ってたけど、もしかしたら仲違いの会になるかもしれない。

1条4丁目 もう一度、約束しよう

 [side-OHNO]

 4月最後の新友会は、史上初の地上遠征。
 遥が教えてくれたルートはこうだ。
 まず俺と遥は24条51丁目でいつものように集合。24条線西行に乗り、終点の24条1丁目で桜十字路行に乗り換え。桜十字路で1丁目線から来る青木さんと合流し、本鉄バスの何系統か忘れたが、上洲中学校前行に乗る。上洲中学校前で東本郷から来る北荒磯(きたあらいそ)行に乗り換え、荒磯公園前で下車。先に到着しているミズホンとは現地で合流。
 乗り換えも多いし、途中で青木さんが合流する難しいルートだったが、頑張って調べてくれた。
「サッキーが途中で合流するのってそんなに難しいの?」
 難しくないのか?
「全然難しくないんですけどww」
 そうですか。遥は新本郷の地理に詳しいから難しくないんだろうな。
 正直、さっきの説明も、全く訳が分からない。

 午前8時12分。24条線西行は、51丁目の電停を発車した。

 [side-AOKI]

 1条40丁目、西行の白いポールに、電車が到着した。1条線西行・1丁目線南行・地上線直通、桜十字路行き。
 この電車に乗って、終点で降りれば、そこはこーやんがいる地上世界。

 覚悟を決めて、電車に乗る。

「次は、1条37丁目、1条37丁目、第二警察署前でございます」

 大体やりたいことは分かる。
 サッキーとこーやんを仲直りさせてあげようプロジェクトとか、要するに、私とこーやんに一回ちゃんと話し合ってもらおうとか、そういうことなんだよね。
 たった1日で決裂した友情を、取り戻してもらおうとか、そういうことなんだよね。

「卒業するまで、しゃっぽーしようね」
 あの言葉が、脳裏によみがえる。

 「しゃっぽー」は元々、私とこーやんが使っていた挨拶。
 今は、高島さんとこーやんがしゃっぽーしている。
 桐畑さんは……どうなのかな?こーやんとしゃっぽーしてるのかな?

 少なくとも、私とこーやんが交わした約束は、確実に破られている。

 [side-OHNO]

 桜十字路の電停で、青木さんと合流。
「サッキーしゃっぽー」
「……」
 もう何度目になるか分からないしゃっぽー。いつも通り青木さんは無視。

「そういえば、この挨拶ってサッキーがやり始めたって聞いたんだけど」
「……ごめん」
 何を謝ったのか分からないが、とりあえず青木さんと合流した。
 本鉄バスの電停……じゃなかった、バス停に移動し、バスを待つ。

 無言のまま5分ほど経過し、川15系統、上洲中学校行きが到着した。

「サッキー元気出して」
「……」
「ミズホンと何かあったの?」
「……」
 バスの中でも終始こんな感じ。遥が一方的に話しかけて、青木さんは沈黙を守る。
 一応今日の新友会、青木さんと瑞穂さんを仲直りさせよう大作戦なんだよな。大丈夫なのか?
「どうなんだろ……サッキーこんな調子だし……なんとかなるといいんだけど……」
 不安が募る中、バスは終点の上洲中学校前に到着した。ここで北荒磯行きに乗り換えて、荒磯公園前で降りる予定だったのだが。


「ミズホン何でいるの?」
「こーやん……何してるの……」

 バスを降りると、そこには荒磯公園で合流するはずの幸ヶ谷瑞穂の姿が。

「あ……えっと……今何時だ?」
「8時50分」
「30分も考え事してたのか……」
「さいですかww確か8時30分には荒磯公園に着くって言ってたよねww」
 30分も何を考えていたんですか、瑞穂さんは。
「いや……今日何話そうかなって……さくらんと話すの久し振りだし……」
 さくらんこと青木さんと、こーやんこと瑞穂さんは、中学の同級生。
 かつて友達だった2人は、久し振りの再会を果たした……のだが。

 仲直りさせてあげられるかどうか、不安になってきた。

エースチャンネル チャットNo.5069
http://www.acechannel.jpn/chat/?roomno=5069/

たかはる:東本2系統、北荒磯行き
たかはる:上洲中学校前、出発進行!
瑞穂:バスに出発進行はありませんよ。
たかはる:え?
瑞穂:あれは鉄道だけです。
たかはる:そうなの?
瑞穂:そうです。
たかはる:いつものデタラメ都市伝説じゃなくて?
瑞穂:都市伝説ではありません。
瑞穂:本鉄バスの発車合図は、
瑞穂:左よし右よし下よし発車オーライ。
瑞穂:です。
たかはる:何その呪文みたいな合図
瑞穂:毎日聞いてますから間違いありません。
瑞穂:市電はどうなのですか?
たかはる:そういえば気にしたことないや
たかはる:今度調査してみる

 [side-AOKI]

 東本2系統、荒磯公園経由北荒磯行きは、上洲中学校前のバス停を発車した。

 最後尾の長椅子に座る。隣に大野くん。
 1つ前の2人掛けに、こーやんと高島さん。

 発車直後から、携帯を取り出してチャットをする高島さんとこーやん。後ろからこっそり覗いてみる。
 高島さんのアカウントは「たかはる」、こーやんは「瑞穂」なのか。
 話しているのは、出発進行の合図について。ずいぶんマニアックな話題だね。

 ところで。
 こーやんって、こんな話し方だったっけ?

 私と話していたときは、もっと男勝りな、ボーイッシュな感じ……少なくとも、敬語は使ってなかったはずだけど。

 桐畑さんの喋り方が移ったのか、高島さんと出会って変わったのか、それとも……。

 とか考え事をしていたら、バスは荒磯公園前に到着した。

 [side-KIRIBATAKE]

 荒磯公園での陸上競技会。私たち生徒会の仕事は、来場者へのチケット販売です。時間は8時30分から9時ちょうどまで。
 現在時刻は9時10分。幸ヶ谷さんは完全に遅刻です。一体何をしているのでしょうか。
 と考えていたら、幸ヶ谷さんからメール。後5分で荒磯公園前に着くとのことなので、競技場を出て、荒磯公園前のバス停に移動します。

 バス停でしばらく待っていると、1本のバスが到着しました。東本2系統、北荒磯行き。
 降りてきたのは全部で4名。

「おす」
 いつも会っている、幸ヶ谷さん。
「おはよう……久し振り……」
 去年の4月以来、青木さん。
「しゃっぽー、たかはるです」
 幸ヶ谷さんの友達の、たかはるさん。
「初めまして、大野です」
 たかはるさんの友達の、おおのんさん。

 えっと……幸ヶ谷さん、完全に遅刻です。何を考えていたのですか?
「……さくらんのこと」
 やはり青木さんのことでしたか。幸ヶ谷さんは考え事をするとバスが来ても気付かない人ですからね。気を付けて下さい。
「気を付けます……」

 客席に移動すると、既に最初の競技、男子400m予選が始まっていました。
 全員が着席したところで、改めて自己紹介。
 八幡高校2年、キリカこと桐畑香織です。
「同じく八幡高校2年、ミズホンこと幸ヶ谷瑞穂です」
「新本郷三高1年、サッキーこと青木さくらです」
「同じく三高1年、たかはること高島遥です」
「三高1年、おおのんこと大野弘和です……これでいいのか?」

 この自己紹介で、一つ分かったことがあります。
 幸ヶ谷さんの通称はこーやんではなくミズホン。青木さんはさくらんではなくサッキー。
 中学時代の仲よりも、現在のたかはるさんとの仲を取ったのです。
 幸ヶ谷さんと青木さんは、完全に決別したということでしょうか。

 [side-TAKASHIMA]

 男子400m予選、2組。
 第6レーンに、八幡高校の選手が立っていた。

 入学式の後の挨拶は、まだ忘れていない。

「出席番号1番、八幡高校出身、青木さくらです」

 サッキーがかつて通っていた、八幡高校。
 ミズホンとキリカちゃんが通っている、八幡高校。

「サッキーとミズホンの間に、何があったの?」
 思い切って、サッキーに問い質してみる。

「うん……えっと……」
 サッキーはしばらく言い淀んだ後、

「分かった、全部話す」

 重い口を開いた。

 [side-AOKI]

「サッキーとミズホンの間に、何があったの?」
 高島さんのその質問に、頑張って答えてみる。

 最初の出会いは、中学1年の4月。
 中学の友達って、普通は同じ小学校から来た人と仲良くなるんだけど、私もこーやんも、小学校のときは友達がいなかったんだ。
 中学に入って1週間くらいすると、大体仲良しグループがまとまってきて、コミュ障の私は輪の中に入れなくなってきた。それはこーやんも同じだったみたい。
 私とこーやんは、コミュ障同士というか、友達がいない同士という感じで、だんだん仲良くなってきたんだ。
「5月の遠足あたりからだよな?仲良くなったのは」
 こーやんが言う通り、5月に遠足があった。行き先は原岡森林公園。飯盒炊爨の班決めで、仲良しグループに入れなかった私とこーやんが溢れた。それで無理やりに同じ班になったんだ。
 それがきっかけで、私とこーやんは友達になった。

 高校入試。こーやんは自分の実力から考えて、八幡高校を選んだ。私はこーやんと同じ高校に行きたくて、頑張って八幡高校の入試を受けた。結果は2人とも合格。高校卒業までは、こーやんと一緒に学校に通える、って思ったんだけど……。

 八幡高校の入学式の日。こーやんは、桐畑さんと一緒に帰宅した。
 私じゃなくて、桐畑さんを選んだんだ。
 当時の私には、それがすごくショックだった。

 そのショックで、次の日から学校に通えなくなって、6月に自主退学したんだ。

 私は入学初日に友達を失った。
 こーやんは入学初日に新しい友達を作った。
 何があったか知らないけど、こーやんは高島さんとも仲良くなって。

 私が失ったものを、こーやんは全て掴み取った。
 それがすごくショックだったんだ。

 [side-KOGAYA]

 さくらんの説明を、全部聞いた。
 やっぱり、あたしがキリカと仲良くなったのが、ショックだったんだな。

 さくらんにとってあたしは、唯一の友達だった。
 八幡高校に入ってからも、友達関係は維持できると思ってたんだ。

 入学式の日。
 厳密にはキリカの方から近付いてきたとはいえ、あたしはキリカと一緒に帰った。
 さくらんを置いて。

 その時は深く考えなかったんだが、
 今思えば、友達だったさくらんを切り捨てて、新しい友達のキリカと仲良くなったって、さくらんは解釈したんだ。

 でも、これだけは言わせてほしい。
 かつて友達だったさくらんが、私を捨てて新本郷に逃げて、
 今はたかはると仲良くなった。

 あたしにとっては、これも結構ショックだったんだよ?

 [side-TAKASHIMA]

 サッキーとこーやんは、中学の同級生。
 高校に入ってからも、同級生になるはずだった。

 八幡高校の入学式の日。
 一緒に帰るはずだったサッキーを置いて、ミズホンはキリカちゃんと、新しい友達と一緒に帰った。
 それがショックだったサッキーは、その後八幡高校を退学。
 一方ミズホンも、サッキーが退学したのがショックだったみたい。

 ここまでは分かった。
 でも、一つだけ分からないことがあるんだ。

 友達って、別に一人だけじゃなくてもいいんじゃない?

「えっと……どういうこと?」
「どういうことだ?」

 つまり、サッキーはミズホンが一番の友達だと思ってたから、キリカちゃんと仲良くなったのがショックだったんだよね。
 ミズホンも、サッキーが他の人と仲良くなったのが嫌だったんだよね。

 だったら、私とキリカちゃんも入れて、ついでにおおのんも入れて、5人で友達になれば、万事解決じゃないかなって。

「えっと……」
「……」

 サッキーもミズホンも無言。キリカちゃんはどう思う?

「確かに万事解決のような気はしますが……どうなんでしょう?」

 すぐに仲良くなれとは言わないよ。
 ちょっとずつでいいからさ、仲良くなっていこうよ。

「ちょっとずつでいいなら……考えてみてもいいかな」
「うん……」

 よし、この話終了!

「そんな簡単に終了していいのか?」
 いいんだよ、今はこのくらいで。
 それより、陸上競技の目玉、男子100mの予選が始まるよ!
 第3レーンに八幡高校。みんなで応援しよう!

 [side-KOGAYA]

 男子100m、1着は八幡高校だった。予選通過。

 たかはるとキリカとおおのんを入れて、5人で仲良くなる、か……。
 たかはるは面白いことを考えるな……。
「そう?別に普通だよ?」
 たかはるにとっては普通なのか。あたしにとっては、かなりぶっ飛んだ発想だったんだが。

「そういえばこーやん、喋り方戻ってる。さっきまで敬語だったのに」
 さくらんの指摘。そう言われてみれば、ここに来たときは敬語混じりだったな。
 いつの間にか、普段キリカと喋ってるときの喋り方に戻っていた。
 言い換えれば、中学時代、さくらんと喋ってたときの喋り方。

「ミズホンの喋り方って、これが素なの?」
「はい。普段私と話しているときは、こんな話し方です」
 キリカが補足。そういえば、敬語交じりの口調で喋ってるのは、エースチャンネルだけだったな。

 たかはる相手にも、素を出してみようかな。

 [side-OHNO]

 最後の種目、400mリレー予選が終了。八幡高校は残念ながら予選落ち。
 ここから先は、来週土曜日に実施される。

 競技場を出た我々5人は、荒磯公園前の電停……じゃなかった、バス停に到着した。本鉄バスの東本郷駅行きに乗り、上洲中学校前で下車、……俺の知識ではこれが限界だ。後は遥に聞いてくれ。
「キリカちゃんは市役所前だから、そのまんま東本郷駅まで乗って後は徒歩。ミズホンは上洲中学校前でお別れ。私たちは川合津駅行きに乗って桜十字路で下車、市電に乗り換え。24条線直通があるからそれに乗って、私とおおのんはそのまま51丁目まで。サッキーは24条1丁目で外郭線外回りに乗り換え」
 すごい。ここまで内容が理解できない文章も珍しい。
「理解できないのはおおのんだけですよww」

「次は、荒磯公園南口、荒磯公園南口」
 東本2系統、上洲中学校経由東本郷駅行きは、荒磯公園前のバス停を発車した。

 そのバスの車内で、遥が妙なことを言い出した。
「来週の新友会、ミズホンとキリカちゃんも来ない?」
 68条32丁目の第二競技場でラグビー部の公式戦。というか、今日の陸上競技会の続きはいいのか?
「せっかくだから、ミズホンとキリカちゃんを新本郷に招待しようかなって」
 なるほど。今日は三高メンバーが地上に来たから、来週は八幡高校のメンバーが新本郷にってことだな。納得。

「来週の土曜日ですか。生徒会の集まりは無かったはずなので、行けると思います」
「キリカが行けるなら、私も行けるな」
 瑞穂さんとキリカさんは、あっさり了承。青木さんはOKなのか?
「いや……なんで私に聞くの……?」
 瑞穂さんと色々あったみたいだし、心の整理とか。
「心の整理……ちょっとまだできてないけど、ちょっとずつ頑張ってみる……」
「了解。その言葉が聞けて嬉しかった☆ミ」
 遥の台詞は相変わらず謎だが、俺もその言葉が聞けて嬉しかったと思う。

 [side-AOKI]

「ご乗車ありがとうございました上洲中学校前ですお忘れもののないようにご注意ください」
 上洲中学校前に到着した。桐畑さんとはここでお別れ。
「バイバイノシ」
 高島さんがいつもの挨拶をして、バスを降りる。

「さて、ミズホンもここでお別れだね」
 こーやんの住所は、本郷市上洲町20番2号。最寄りのバス停は上洲中学校前。
 私も去年までは、この近くに住んでいた。

 懐かしいね……こーやん覚えてる?
「何の話だ?」
 中学の卒業式。「卒業するまで、しゃっぽーしようね」って、私たちは約束したよね。
「そうだったな。結局1日もしゃっぽーできなかったけど」
 そうだね。今朝までは、私もそう思ってた。

 今なら言える。私たちは、卒業するまで、しゃっぽーできる。
 こーやんと、もう一度仲良くなれる。
 桐畑さんと高島さん、大野くんも入れて、5人で仲良くなれる。

 幸ヶ谷瑞穂ちゃん。
 もう一度、約束しよう。

 卒業するまで、しゃっぽーしようねって。

「私の方が1年早く卒業するんだけど……」
 細かいことは気にしない。八高の2年生と三高の1年生だけど、学年も学校も関係ない。
 仲良くなれば、それはもう友達なんだ。

「そうだな。今度こそ、卒業するまで、しゃっぽーしよう」
 今度こそ、卒業するまで、しゃっぽーしようね。

 川15系統、市大経由川合津駅行きが到着した。
 高島さんと大野くんが乗り込む。私も後に続く。

「バイバイノシ」
「また来週」
 高島さんと大野くんの挨拶は普通だったけど。

「卒業するまで、しゃっぽーしようね!」

 別れ際に、全力の約束をした。

終 着 卒業するまで、しゃっぽーしようね!

エースチャンネル チャットNo.5069
http://www.acechannel.jpn/chat/?roomno=5069/

たかはる:しゃっぽー
瑞穂:おす
桐畑香織:おはようございます。
たかはる:しゃっぽーって言って(泣)
桐畑香織:しゃっぽーとは?
Sacky:元々私とこーやんが使ってた挨拶なんだけど
Sacky:今はなぜか高島さんが使ってる
瑞穂:私が紹介したんだよな。
瑞穂:中学の頃に知り合いと使ってた挨拶って言って。
たかはる:なぜかミズホンは使ってくれないけど
Sacky:しゃっぽー
瑞穂:?
Sacky:こーやんしゃっぽー
瑞穂:えっと
瑞穂:しゃっぽー
Sacky:Good Job!
瑞穂:なんか恥ずかしい

たかはる:ところで
たかはる:サッキーとキリカちゃん
たかはる:エースチャンネルやってたんだ
Sacky:実はやってたんだ
桐畑香織:私は幸ヶ谷さんに勧められて。
たかはる:アカウント作ったの?
桐畑香織:はい。
Sacky:大野くんは?
たかはる:おおのんは何となくSNSが嫌いなんだって
Sacky:何で?
たかはる:知らない
瑞穂:何があったんだろう
桐畑香織:何があったんでしょう……。
たかはる:それよりさ
たかはる:来週の新友会
たかはる:みんなも来るよね?
桐畑香織:行かせて頂きます。
瑞穂:私も行く
たかはる:桜十字路からの行き方調べといたから
たかはる:確認しといて
たかはる:http://www.acechannel.jpn/photo/?photono=2753842/
瑞穂:桜十字路までは?
たかはる:自力で来れるっしょww
桐畑香織:了解しました。
Sacky:私も自力で行く
Sacky:大野くんは高島さんがサポートしてあげて
たかはる:了解!

Sacky:そういえばさ
Sacky:こーやんはその喋り方になったんだ
瑞穂:ちょっと素を出してみようかなって。
瑞穂:今までの喋り方は
瑞穂:キリカの喋り方を真似してたんだが
桐畑香織:そうなんですか?
瑞穂:うん
桐畑香織:私は今日初めて来たので、
桐畑香織:今までの喋り方を知らないのですが。
たかはる:今のキリカちゃんの喋り方に似てる
桐畑香織:なんとなく分かりました。
たかはる:そろそろ夕飯の時間なんだけど
Sacky:私もそろそろ……
桐畑香織:宿題が残っています。
瑞穂:それじゃこの辺でお開きにするか
たかはる:最後に一言
たかはる:卒業するまで、
Sacky:しゃっぽーしようね!
瑞穂:しゃっぽーしようね!
たかはる:しゃっぽーしようね!
桐畑香織:?
たかはる:キリカちゃんは知らないんだっけ?
桐畑香織:はい。
たかはる:後で教えるね
桐畑香織:お願いします。

青空坂上 ~卒業するまで、しゃっぽーしようね!~

以上で完結です。
ありがとうございました。

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