本田未央「一番星に告ぐ!!」 (18)
息を吐くと冬の暗闇にかすかに白が現れ、まばたきする間に黒に溶けた。
わりかし着込んできたはずだが、こうして十分ほど突っ立てるだけでそのまま氷漬けになってしまいそうだ。これでまだ真冬ではないというんだから、数か月先のことなど考えたくもない。
「ごめん! 待った?」
待ち人来たる。寒さとは無縁そうな明るい声に振り向く。
暖かそうなモコモコの服の上からでもわかるほどメリハリのあるスタイル。
ぴょこんと外にはねているショートヘアー。
おもしろいことはひとつたりとも見逃さんといわんばかりの大きな目。
「少しだけ、な。さぁ行こうか」
「うん! しゅっぱーつだね、プロデューサー!」
本田未央。俺の担当アイドルはパチッと華麗にウインクを決めた。
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運動神経がよく、学業も優秀。それに加えて快活で明るい性格。
クラスの人気者みたいな子。それが未央の第一印象だった。
現にその印象は的を得ており、うちのプロダクションでもムードメーカーとしてみんなを盛り上げてくれている。
未央と出会ってから六年近く経つが、彼女の側にはいつも誰かが楽しそうに笑っていた。
そして今日は十二月一日。
本田未央の二十一回目の誕生日だ。
「ふぅ~~。未央ちゃん満腹です。ゴチになります、プロデューサー」
ちょいとお値段の張るレストランを出たあと、お腹をさすりながらそんなことを言うアイドル二十一歳。酒もぐびぐび飲んでたし、おっさんかお前は。
「普段は酒はほどほどにしとけよ。友紀や早苗さんを見てきたお前にはわかるだろ?」
「大丈夫っ。私、お酒強いから」
酔っぱらいは得てしてそう言うんだよ。それに中途半端に酒に強いと加減を間違えて、とんでもないことになるからな。
なにか言ってやろうとしたが、ぴゅうと風が体を揺らし、二人して身を縮ませる。寒い。早くどこか建物のなかに入らないと俺はともかくこいつが風邪を引いちまう。
「……プロデューサー、まだ時間大丈夫?」
「別に俺はいいが……お前は電車大丈夫か?」
「そんなに時間はとらせないつもりだし、終電乗れなかったらプロデューサー家に泊めてよ」
だからお前はアイドルだろうと言ってるだろうが。誕生日にスクープ記事をプレゼントされて喜ぶ趣味をお前は持ってないと信じたい。最悪タクシーで帰らせればいいだろう。
話を聞かないという選択肢ははじめからない。わざわざ改まって話を切り出すということは、レストランで話忘れたというわけではないはずだ。誰の耳も届かない、ふたりっきりで話したいということなのだろう。
未央に上着をかけてからしばらく無言で歩いていくと、閑散とした夜の公園に連れてこられた。
どうやら俺の予想は当たっていたらしい。そしてもちろん、夜中のクソ寒い公園に来ている物好きは俺たち以外にいなかった。公園のベンチに並んで腰を掛ける。
「おお~、きれいだね」
「ああ、そうだな」
見上げると暗闇のなかできらきらと輝くものがあった。今日は快晴、星がよく見える。
「いやー、プロデューサーと出会ってもう六年だよ六年。早いよね」
「そうだな」
「ニュージェネレーションズやポジティブパッション、サンセットノスタルジー。みんなとのライブ、楽しかったな!」
「またユニットでの活動がみたい、ってコメントも届いているみたいだぞ」
「いやー、いろいろなことがありましたなぁ」
「ちんちくりんなお前もだいぶ成長したしな」
「ちょっと! 私、同い年のなかじゃスタイルいいほうだったじゃん!?」
「そうだったか? うちにはいろんな娘がいるからなぁ」
「ぐっ。たしかにたくみんとかしずしずみたいな娘もいるけどさ!!」
近所迷惑にならない程度に思い出話を続けていたが、車が通る音が通りすぎたあと、ピタリと止まった。
「プロデューサー」
「うん?」
「今年もだめだったね」
静かにそう切り出した未央の口元は笑っていた。目元は悲しそうに震えていた。いままでも何回か見たことのある、おそらく事務所のなかじゃ俺ぐらいにしか見たことがないだろうレアな顔だ。
「今年はいけるって思ったんだけどなぁ」
俺が唯一、未央の見せる顔のなかで苦手な表情だ。見るとチクリとなにかが痛む。
「あと少しだったもんな、シンデレラガール」
毎年おこなわれるアイドル総選挙。未央は毎回高い順位をキープしている。だけど、まだ一度もそう頂点に立ったことがない。今年は二位だった。
「しまむーやしぶりんはシンデレラガールになったっていうのに、リーダーの私がなれていないのもさ。なんかあれじゃん」
頭をかいてえへへと笑う。
「やっぱり、ちょっとは悔しくてさ」
恥ずかしいな、と言う未央に首を横に振る。
未央は豪胆のように見えるがその実、とても繊細だ。あれこれよく動く癖にいざとなったら不安になる小心者なところもある。そんで、それを隠したい見栄っ張りでもある。六年も一緒にいたんだ。そんなこと、知ってるに決まってるじゃないか。
「私、ほんとになれるのかな? ふたりと同じ場所に……アイドルのてっぺんに立てるのかな?」
いまにもなにかが零れそうな瞳に冴えない男の面が映っている。
心配するな。お前ならやれる。次もがんばろう。
次々に頭に浮かぶそれらをゴミ箱に捨てた。
違う。それは本音に違いないが、いま言うべき言葉はそれじゃない。そんなありふれたちゃちな言葉なんて隣にいるこの星には似合わない。
だから思いっきり息を吸って空を見上げた。
「一番星に告ぐ!!」
堂々と輝き俺たちを見下している星々。そのなかで一際大きな星を指さす。
「必ずそこに未央を、俺のアイドルと行ってやるからな! 待っていろ!!」
「プロ、デューサー……」
曇った空では星は見られない。
俺はみんなのような星にはなれないが、こいつの笑顔を曇らすものを取り除くことはできる。未央の魅力が発揮できる舞台をつくってやることぐらいはできるはずだ。
「一番星に告ぐ!!」
隣で俺なんかよりも遥かに大きな声で未央が叫ぶ。
「必ずプロデューサーと一緒にそこに行くから! そしたら一緒に輝こうね!!」
俺が連れて行くんじゃない。連れて行ってもらうのでもない。
俺が用意したステージ、この星はそこでパッとはじけて輝くんだ。見ているみんなが幸せになれるように照らすんだ。
それが本田未央。俺が愛してやまない、自慢の一番星だ。
「……あはは。夜中なのに叫んじゃったね」
「……まぁ、大丈夫だろ……多分」
辺りに人は見当たらないし、たとえ聞こえていたとしてもせいぜい酔っぱらいが叫んでるぐらいの認識だろう。裸ででんぐり返ししていたわけでもないし、勘弁してもらいたい。
「ありがとうプロデューサー。最高のプレゼント。すごく……すごくうれしいよ」
「誕生日おめでとう、未央」
潤んだ瞳で静かに笑うその顔を見ているとなんとなく気恥ずかしくなって顔を逸らした。
俺も未央もしゃべらない。鳥も虫も鳴かず、車も通らない。
静けさを取り戻した公園は微睡みに落ちようとしていた。
「おっほん!」
わざとらしい咳ばらいが静寂を切り裂くまでは。
「さてプロデューサー。プレゼントはなにかな? 未央ちゃん、ずっと待ってたんだけどなぁ」
こういうやたらテンションを高くしているときはなにかを誤魔化そうとしているときだ。まだ頬が赤い。要するにが恥ずかしいのを誤魔化そうとしているのだろう。それは俺も同意だったから乗ってやることにした。
「……さっきのが最高のプレゼントじゃなかったのか?」
「それはそれ、これはこれ。そのかばんになにかが入っていることはわかっているのだよっ」
思わずカバンを抱える。なんつー勘のいいやつだ。
「さぁ、早く未央ちゃんにプレゼントを差し出したまえ!?」
カバンを奪おうとするアイドルに、それから逃げる中年男。
そんないつも通りのくだらないやりとりに思わず笑いがこぼれる。
目の前にあるとびっきりの笑顔は、一番星がこれからも輝き続けるだろう、なによりの証左に違いなかった。
以上となります。
読んでいただきありがとうございました。
未央、お誕生日おめでとう!
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