【遊戯王DT】大嫌いな神様へ (10)
世界は荒廃していた。
かつて自然の恩恵が豊かだったガスタ湿地帯には黒の魔獣が徘徊し、氷結界もかつての秩序と正義を愛する民は全滅し、ラヴァルの紅蓮地帯は既に炎を失い、地の騎士ジェムナイトも度重なる戦いのため次々と同胞を失っていた。
リチュアの民は力を手にせんが為に手を出したインヴェルズの意思に染め上げられたらしい。
皆の負の感情が生み出した黒の魔獣は世界を蹂躙し、遥か銀河の彼方より飛来した星の騎士団でさえも苦戦を強いられていた。
全てが狂っていた。
そして彼女——ガスタの巫女のウィンダの純粋無垢なその心には、父の死も、友人の死も、仲間たちの死も、、全てを受け入れる余裕などもうありはしなかった。
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この地におられる私達の主よ。
皆が幸とされますように。
御心が天に行われる通り、地にも行われますように。
私達の日ごとの糧を今日もお与え下さい。
私達の罪をお許し下さい私達も人を許します。
私達を悪に陥らせ得ず闇からお救い下さい——
ウィンダは霞の谷(ミスト・バレー)を歩いていた。
何度も繰り返してきたお祈りを捧げながら。ガスタの村の大地讃頌。
幼い頃、このお祈りの意味を教えてくれた父の顔を思い出す。
——私たちが今生きていられるのはな。この自然のお陰なんだよ。ウィンダ。
私の頭を撫でながら、身を屈め、しっかりと眼を合わせて父はそう言った。
だから私たちは感謝しなくてはいけない。この大地に。そしてこの大地を作った神様に。だから、誰も憎んではいけない。
どうしてと聞くと、父は突然抱き上げてきた。その大きな肩に私を乗せて田園を一望させた。
わかったか?と問われる。言葉では表現できなかったが、それでも父の言いたいことは理解できた。
突然、大きな影が足元を通り過ぎた。天を見やると、やはり黒の怪鳥が頭上を通り過ぎた後だった。
気をつけなければならない。私は祭壇へ辿り着き、神様にお願いしなければならない。
今までにどれ程に貴方に感謝をしてきたこと。今までに誰にも憎しみを向けてこなかったことも。
神様なら分かってくれるはずだ。私たちが、ずっと心から信じていた神様なら。
だからこそ私は祭壇まで到達して、あのお祈りを再びしなくてはならない。
世界をもう一度、緑が美しいあの大地がある世界に、私が大好きだったみんながいる世界に戻してもらうために。
しばらく谷底を進んだところで、急に頭痛を感じた。頭痛だけじゃない。目眩もする。
岩壁に手を付きながら歩き続ける。次第に呼吸も苦しくなってきた。
——まさか、リチュアが放った猛毒の風がここにも…?
進む足は止めないでおきつつも、自嘲めいた苦笑を浮かべた。
当たり前だ。ガスタの村全体に影響したのは、リチュアがこの霞の谷から毒を散布したからに決まっている。
「…馬鹿だなあ、私」
でも、足を止めるわけにはいかない。祭壇は直ぐ其処なのだから。
痺れる足に鞭を打つ。やがて白石で組まれた祭壇が霞む目の前に姿を現した。
よろめきながら階段を登り、祭壇に辿り着く。思わず口元が緩んだ。
「…神様」
掠れた声を潰れそうな喉から絞り出して、私は今までの事を話した。
リチュアとの抗争。突如湿原に現れたインヴェルズ。ガスタの神鳥と心を通わせた初陣。邪神を消し去ったあとの大団円。機械仕掛けの天使の粛清。リチュアの毒に倒れたカーム。地中から現れた黒い魔獣たち。眼の前で殺されていく仲間。戦いの中で命を落としたウィンダール。そして、今の自分。
思い出すたびに涙がこぼれ、頬に冷たい感触を残していく。
「でも私たちは…誰も憎まなかったよ」
でも、どれ程の慈しみを持っても世界は好転しなかった。逆に悪くなっていった。
「だから、神…さま」
最後に言いたかった。
おねがい、だいきらいな神さま。
「世界を…元に戻して…」
ずっと無表情だったカーム。私を守ってくれたウィンダール。
涙が溢れているはずなのに、鮮明に2人の姿が見えた。
その後、彼女の願いが通じたのか——創星神は世界に姿を現した。
女神はこの醜悪な世界に終止符を打とうとするだろう。
一人の哀しき巫女が、そう願ったように。
おわり
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