【モバマス】【並木芽衣子】ベタ惚れだぁ、なんて思って (10)


※タイトル通り、並木芽衣子さんのSSです。




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1509637290


 少し肌寒くなってきた季節風が無防備な腕を冷たく吹き付ける。少し薄着過ぎたかな、と自分の服装に少し後悔。昨日までは暖かったのに、この時期はなかなか気温が読めなくて、少し困っちゃう。
 上着を一枚羽織ってくればよかったかなぁ、と思ったけど、それはもう過ぎたことだから仕方ないかと諦めた。

 残暑なんて言葉はとっく過ぎちゃって気が付けばすっかり秋になっていた。

 夢みたいな旅行は、いつしか終わることのない旅に変わる──そんなことを思った日が、いつだっただろう、あったような気がする。なかったかも。
 その時の気分で、気まぐれにどんなことを考えていて、思っていたかなんて案外コロコロと変わっちゃうもの。物思いに耽っているようで、考えていることは特に意味のない、雑多だけどそれっぽいことだったりするんだよね。
 変わらない想いだったり、譲れない考えはあるし、そこに関してはブレないだろうけど、そういうところ以外は案外と適当に柔軟に考えは変化させられるのが人間というものじゃないかな、なんて。


 腕時計を見る。細い革のベルト、ちっちゃくて機能性に欠けた可愛らしい時計盤の中の針は、約束の時間よりもまだ一時間ほど早い時間を指していた。
 待っている時間も楽しい時間。こうやってのんびりと考えをこねくりまわして世界をゆっくり見つめられる。
 旅行が好きな私は、つまり世界を見ることが好きなんだろう。何気ない日常光景の中でも、今まで知らなかった新しいものを見つけられるかもしれない。それは旅行に行って見つけられる新しいものと、そんなに差はないのかも?
 でもやっぱり、差はなかったとしても旅行のほうが好きかな。だって単純に旅行って楽しいよね。うきうきするし、わくわくする。浮き足だってわーいわーいってなっちゃうもん。


 なんて、浮き足だっていたら、ぴゅんと秋風が身体を通り抜ける。秋風というよりは、もう北風かもしれない。薄手の服装は身体を守ってくれない。
 ずびずびと鼻を啜る姿は、アイドルとしてどうなんだろう。ファンには見せられないなあ、と思ったけど、そもそも鼻を啜る姿なんてあまり人に見せられるものではなかったと気が付いた。
 街中で餌を探す鳩も、どこか寒そう。丸々と羽毛を蓄えた姿は、コートを着込んだ人のようだった。羽毛布団の中に入りたいなあ、なんて、鳩の前で考えるのはちょっと不謹慎だったかな。
 目深にかぶった帽子を少しだけ上にあげてみて、空を見上げてみた。空は白い雲がコントラストになった綺麗な青空だった。やっぱり良い天気、良い空だ。


 ぼうっと街を眺めていると、色々な光景がある。それはどれも刺激的なものではなくて、日常のもので。私はだいたいどれにも目を惹かれていたけど、少しだけ他よりも惹かれているものがあった。
 人の良さそうな青年が、ぜぇぜぇと息を切らしながら走ってきていて、そんな姿をくすくすと楽しげに笑って、慌てたら危ないよ、と出迎える女の人の姿。
 けっこう待ったよ、と女の人がわざとらしく言って、笑う。笑いながら手のひらを差し出したので、青年はごめんと謝りながら、女の人の手を握る。女の人は握られた掌の体温を大事そうに包み込んでから、お互いの指を絡めて、えへへとはにかんだ。とても幸せそうな笑顔。

 なんだか、こう、その笑顔がいいなあって思った。楽しそう、嬉しそう、幸せそうで。だから少しだけ空想。幸せそうな女の人に、自分を重ねてみた。


 前日から彼と会うのを楽しみにして夜はなかなか寝られなくて、なのにいつもよりも早起きをして、服装のコーディネート、化粧メイク、髪のセットをして。
 そして準備ができたら、鏡の前で三度確認してから、浮き足だって待ち合わせ場所に向かう。待ち合わせの時間にはまだ早いのに、小走りで向かっちゃって。
 彼がやってくるのを、少し冷たい風の中で、だけどぽかぽかな心で待つ。

 やってきた彼に、私はこう言う。

「もう、けっこう待ったよ?」

 そんな私の言葉に、困ったように彼は頭をかく。冗談だよと笑ってみた。
 さて、どこから空想だっただろう。
 なんて、全部本当のこと。昨日の夜から今日を楽しみにしていたのも、いつもより力をいれておめかしをしたのも、まだまだ早いのに小走りしちゃったのも。
 ぜーんぶ、今日の私がやったこと。
 重ねてみたのは最後だけ。あのやり取りを真似てみたくなっただけだ。
 まだ待ち合わせの時間にはまだまだ時間があるのにやってきた彼の存在まで、空想ではなくなっていた。


 私たちは手を繋ぐことなく、腕を組むこともなく、適切な距離感を保つ。
 代わりに彼はジャケットを脱いで、私に、風邪を引くから、と脱いだばかりのそれを手渡してきた。さっきまで彼が着ていたから、まだ少し人肌に暖かい。
 誰かの体温は思ったよりも暖かくて、生きるということは熱を産み出すことなのかもしれない、なんて思った。冗談。
 汗や皮脂、身体を纏う匂いが染み込んだ彼の上着。酷い匂いというわけではなくて、安心する匂いで、私は好きだ。
 着てみる前に、ぎゅっと抱き締めてみた。それを見て彼は、不思議そうにしていた。


 ひとしきり彼の上着を堪能してからようやく冷たい秋風から身を守ると、ステップを踏みながら、くるっと回って。

「ねえ、今日はどこへ連れていってくれるの?」

 そんなことを聞いた。きっと満面の笑顔で、きらきらした子供みたいな瞳をさせて。そんな私を見て、彼は少しだけ笑ってから、イタズラっぽく、どこがいいかな、なんて、逆に質問で返してきた。
 どこがいいか、考えるまでもない。
 いつだって、私が彼と行きたい場所は変わらない。決まっている。

「貴方が連れていってくれる、この世界だよ。だから、これからも私の手を取って、連れていってほしいなっ」

 私はまだ旅に出たばかり。右も左もわからなくて、だから新しい世界のすべてに瞳を輝かせて、夢を見ている。
 彼の指し示してくれたこの世界にはまだまだ新しい何かがあるのかな、明日はどんな素敵な発見があるだろう。
 そんな風に期待に胸を踊らせている。

 私、並木芽衣子は、プロデューサーと一緒にアイドルの世界を歩きたい。
 …………なんて、ちょっと恥ずかしい。でも本音だから仕方ないよね?


「えへへっ、それはそうとして、今日は少し寒いから、どこか珍しいところにある温泉なんていいなぁ。いいよね、せっかくの誕生日なんだから」

 照れくささを隠すために、自然に見えるように話題を変えてみた。自然に見えていたかどうかはわからないけど、プロデューサーは、それはまた今度ね、と困ったように小さく笑っていた。
 私はその反応に、「ええー」なんてわざとらしくぶうたれてみる振りをしてみた。それにプロデューサーはまた困って髪の毛に手櫛を入れていて、その仕草がなんとなくかわいいなと思った。
 ベタ惚れだぁ、なんて思って、勝手に顔を赤くしてしまった。





おわり

一月ほど遅れてしまったけれど芽衣子さん誕生日SSでした。
デレステにもモバマスにも限定が来てるのでお迎えしましょう。

それからもちろん、モバマス側の月末目玉の一人である小日向美穂ちゃんもお迎えしましょう、可愛いぞ。

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