狐娘「お主は人間で私は妖怪なのだぞ」
狐娘「同然寿命は異なる」
狐娘「お互いの価値観も全く異なる」
狐娘「それでも、私を伴侶に選ぶと言うのか?」
狐娘「…………」
狐娘「判った。お主の強引さには負けたよ」
狐娘「……これからよろしくお願いします」 ペコリ
狐娘「そういえばお互い出会うのは寂れた神社だけだったな」
狐娘「私には元より住まう場所など山の中」
狐娘「は、伴侶として住まうならば当然お主の家だ」
狐娘「ちがっ……!? て、照れてなどおらん!」
狐娘「少し言葉に詰まっただけだ!」
狐娘「ほぉー、ここがお主の家か。大分大きいな」
狐娘「んっ? これ全体ではなく、一部屋を間借りしているだけ?」
狐娘「なるほど。よいよい、家の大きさなどで愛想を尽かしたりなどせんぞ」
狐娘「ふむ、この角部屋がそうなのだな。日が照って良い部屋だ」
狐娘「邪魔するぞ」 ガチャ
狐娘「えっ、伴侶なんだからお邪魔じゃない、だと?」
狐娘「……真顔で変なこと言うな!」
狐娘「うーむ、予想はしておったが少しばかり散らかっておるな」
狐娘「せっかくの門出。綺麗にして始めようじゃないか」
狐娘「ほれ何をボーッとしておる。早く掃除の準備をせんか」
狐娘「私の目が黒いうちは、しっかりと清潔な部屋に住んでもらうからな!」
狐娘「さあ雑巾と水桶をはよう持って来い!」
狐娘「うんうん。やはり棲み家は清潔でなければな」
狐娘「お主もよう頑張った。疲れているだろうから食事は任せておけ」
狐娘「なに、油揚げばかり用意しないでくれよ、だと?」
狐娘「何を言うておる。油揚げなんぞ食うたりせん。やはり食事は肉に限る!」
狐娘「すぐ狩りを……何、生肉は無理だと?」
狐娘「……そうか、そういえば人間は生肉はあまり食さないと聞いたことはあった」
狐娘「りょうり? よく分からん……すまぬ、生まれてこの方りょうりはした事がない」
狐娘「ふがいない伴侶ですまぬ……」 シュン
狐娘「おぉっ……これがりょうり。どれも温かそうだ」
狐娘「うむ、頂こうか……熱い!?」
狐娘「これを食べなければいけないのかお主よ……」
狐娘「なに、熱ければ冷ましてもよい、だと」
狐娘「冷ますと言ってもどうやって……」
狐娘「…………」
狐娘「もしかして、そのお主がフーフーしたのを食せと?」
狐娘「……いや、確かに腹は減っているが」
狐娘「…………」 アーン
狐娘「味は良く判らなかったが、その、腹は膨れたぞ」
狐娘「顔が真っ赤? ちが、これはほれ夕日のせいだ!」
狐娘「まだ昼間? い、いやその、とにかくお天道様の仕業よ!」
狐娘「そ、そういえば服が汚れているお主」
狐娘「私も神社で拾ったみこふく? が汚れていてな」
狐娘「人間は服が汚れると洗濯とやらをするのだろう」
狐娘「その、すまないが洗濯の仕方を教えてくれないか?」
狐娘「おーっ……この箱に服を入れて、ぼたんを押せばあっという間に洗濯が終わったな」
狐娘「後は服を乾かすだけだな。いやぁー、人間は便利な物を利用しておる」
狐娘「なに、今まで服はどうしていたのか、だって?」
狐娘「ほとんど着て過ごしていたな。さすがに汚れがひどい場合は川で洗った」
狐娘「……仕方ないだろう。服を着るのは見様見真似で出来たが、洗濯まで分からんのだから」
狐娘「お主と会う時は、身体はしっかり洗って服は変化の術で小奇麗に見せておったのだ」
狐娘「だから夏場は出会うのを避けて、それ以外は花の蜜などを集めて服に軽く振りまいておった」
狐娘「……考えてみると、人間と違ってあまり身形に気を遣うことがなかったのだな私は」
狐娘「日が落ちてすっかり暗くなったな」
狐娘「そろそろ眠るとしよう……んっ? 何かする事があるのか?」
狐娘「ふろ、だと? ああ水浴びか。人間は夜に水浴びをするのか」
狐娘「水浴びでなく湯浴み? 湯とは熱い水を浴びることか?」
狐娘「……い、いや、私は遠慮しておく。熱い湯を自ら浴びるなんて」
狐娘「ひっ、引っ張るな! 待て、お主よ。女子に無理強いするなど良くないぞ!」
狐娘「わーっ! 待て待て……!」 ズルズル
狐娘「…………」 ホカホカ
狐娘「正直湯を浴びるなんて正気の沙汰ではないと思う」
狐娘「だがこれはなかなか、悪くはない気はする」
狐娘「しかし、無理やり風呂場に連れ込んだお主が倒れてどうする?」
狐娘「えっ、勢い任せで連れ込んだが裸を見て興奮した?」
狐娘「…………」
狐娘「その、もう寝るべきだと思うぞお互い。うん」
狐娘「お主と暮らすようになってもう1ヶ月か」
狐娘「最初は布団に入るのは嫌だったが、最近ではないと寂しく感じてしまう」
狐娘「料理も少しだが慣れた。とはいえ油揚げばかりは困るな」
狐娘「いや嫌いではないが……んっ、狐は油揚げが好きじゃないのかって?」
狐娘「人間の間ではそんな風に狐の好物が伝わっているのか」
狐娘「別に嫌いではない。ただ肉、とりわけ鼠の肉が好みでな」
狐娘「えっ、鼠は食べないのか人間は? そ、それじゃあ鼠は食えんのか?」
狐娘「今度探してみるって? そ、そうかすまん、手間を掛けさせて」
狐娘「お主よ。少し聞いてもらいたい」
狐娘「お主が仕事で家を出るのは仕方ないと思う。狩りと同じく生きるためなのだから」
狐娘「しかしだな。私は家にいる間どうにも寂しく感じてしまう」
狐娘「人間の住む町には慣れてきた。まだ匂いや音には慣れきっていないが、何とかなっておる」
狐娘「そこでだ。昼間町を1人で出歩いて見聞を広めたいと思う」
狐娘「えっ、この狐の耳は見られても大丈夫なのか、だと?」
狐娘「ふふん! これはお主にしか見えぬよ。他の者には人間そのものにしか見えん」
狐娘「それでどうだろう。私も仕事をしたい。許しを貰えんか?」
狐娘「……おぉっ、良いのか? 本当に良いのか!」
狐娘「有り難い! では早速仕事を探しに……えっ、みぶんしょう?」
狐娘「人間はみぶんしょうとやらを持っているのか? それは何処で手に入る?」
狐娘「……うん、みぶんしょうとやらは知らなかった」
狐娘「働くには必要不可欠なのか?」
狐娘「えっ、何をするにも必要不可欠!?」
狐娘「……なに、変化の術があれば簡単に作れるぞ」
狐娘「ぎぞう? 良く判らんが、小さいことは気にするでない!」
狐娘「…………」 グッタリ
狐娘「お主、か。働くと言うのは大変なのだな」
狐娘「思っていたよりも厳しい世界だった。狩りの方が楽に感じた」
狐娘「慰めてくれるのか、こんな不甲斐ない私を?」
狐娘「……ありがとう。情けない伴侶ですまん」
狐娘「うん、仕事の内容? 工場とやらで荷物を箱から取り出す作業だったな」
狐娘「朝の9時から昼の12時までだが、さーびすざんぎょうしないといけないから昼の3時まで働いていた」
狐娘「あと箱の積み下ろしと食堂の掃除して、昼に20分休みを貰ってそれから――」
狐娘「給料? まだ20日しか働いていないし、仕事を辞めるから貰えないと聞いたが」
狐娘「えっ、何処へ行くのだお主よ」
狐娘「うーむ、まさか悪党の棲み家だったとは。恐ろしい人間もいるものだ」
狐娘「お主とべんごしとやらのお陰で給料もいしゃりょうも貰えたな」
狐娘「しかし、こんな体たらくでは人間の社会で生きていけるのか……不安だ」
狐娘「親戚に掛け合ってみる?」
狐娘「何から何まで済まない……狩りなら得意だが、どうにも分からないことばかりだ」
狐娘「……うむ、お主のために頑張るぞ」
狐娘「お主の紹介してくれた古書店は大変良い職場だ」
狐娘「主人は無口だが、何かと世話になっている」
狐娘「おかげで人間の社会にも慣れて、金銭も得られて喜ばしい限りだ」
狐娘「なに、自分の給料では心許ないのかだと?」
狐娘「金の事は判らん。だがお主と暮らすのだ、人間の社会に慣れないといけないからな」
狐娘「……それに一人でずっと待ち続けるのは辛いものだからな」
狐娘「神社でお主が来るのを待っていた時は、辛かった。あんな気持ちはもう抱きたくないのだ」
狐娘「どうしたお主? 何か嬉しそうだが良いことがあったのか?」
狐娘「うむ、お主と暮らし始めてもう1年か。月日はあっという間に過ぎるものだな」
狐娘「……そ、それは!?」
狐娘「鼠か!? い、一体どこで? いやどうして?」
狐娘「1年一緒に暮らした記念? そ、そうか」
狐娘「いや生ではなく、油揚げ……天ぷらと蒸し焼きにしたい」
狐娘「なに、1年も暮らしているのだ。料理には慣れてきたものだ」
狐娘「はぁーっ、やはり鼠はよいものだな」
狐娘「お主大変だっただろう。店を見ても鼠の肉は売っていないのに」
狐娘「お主にはいつも苦労ばかりさせている。だから、な」
狐娘「私からも1年の記念というか、お礼に贈り物がある」
狐娘「腕時計とやらを渡したい。古書店の主人やその友人から贈り物には時計が良いと聞いてな」
狐娘「家にお金を納めておったが、実は悪いと思いつつ少しずつ貯めておったのだ」
狐娘「最初は狩りをして、と思っていたが。流石に人間社会の仕組みは分かってきたからな」
狐娘「……本当か? そうか、喜んでくれるなら何よりだ」
狐娘「ちゃんと毎日身に着けるのだぞ!」
狐娘「お主、少しそこに座れ」
狐娘「私とお主、お互いを伴侶として共に歩んで久しい」
狐娘「だからこそ尊重しあうことが大切ではないかと思う」
狐娘「うん。お主も男ゆえ仕方がないのは判る」
狐娘「だがな、毎日求められても、その困る」
狐娘「出来れば応えたい気持ちはもちろんある。しかし――」
狐娘「分かっているはずだ。私とお前は妖怪と人間」
狐娘「……子供は出来ぬ。出来ないのだ、どうしても」
狐娘「子を欲して求めるのは已む無しだが――」
狐娘「えっ、私がいつも布団に潜り込んでくるからだって?」
狐娘「……さ、寒さのせいだ。秋に入ったばかりとはいえ夜は、冷えるからな!」
狐娘「お主顔色が悪いぞ。仕事が大変なのは分かるが休むことも大切だ」
狐娘「どうだ、たまには街の喧騒から離れて久々にあの山に行ってみないか?」
狐娘「寂れた神社と広大な山。お主と出会ったあの場所に行こう」
狐娘「……うん、うん。今度の休みに必ずだぞ」
狐娘「必ず、一緒に行こうな」
――――
―――
――
―
狐娘「お主と出会って、共に歩むようになってどれほどの年月が経ったかな」
狐娘「月日が経つのは早いものだ」
狐娘「本当に、あっという間だ」
狐娘「…………」
狐娘「あの山にお主と帰れて良かった。出来ることを思いついたらすぐ行動せねば」
狐娘「そうしないと、お主と過ごせる時間は限られているからな」
狐娘「……分かっていたことだろう。人間と妖怪は寿命が違う」
狐娘「流れる時間は等しくも、降りかかる重みは異なるものだ」
狐娘「どんなに願ってもこればかりはどうしようもない」
狐娘「だから、残された時間を共に過ごしたいのだ」
狐娘「私の寿命が尽きる、その時まで」
狐娘「なに、妖怪ならば人間より長生きすると思っていた?」
狐娘「つくづくお主の妖怪に関する知識は偏っているな」
狐娘「逆だ。妖怪は寿命が短い。生まれてすぐに消える者もいる」
狐娘「そう考えれば私はだいぶ長生きできた」
狐娘「私が10年以上生きていられたのは、妖怪の中では長命の部類だから」
狐娘「それと、お主のお陰だ」
狐娘「そうでなければ、すぐに寿命を迎えていた」
狐娘「楽しかったなぁ。ずっと一緒に居られて幸せだったぞ」
狐娘「お主はまだ若い。隠居するには早すぎるぞ」
狐娘「だから人間の女を見つけて、ちゃんと子を成せ」
狐娘「……私を想い続けてくれるのは嬉しい。けど、私を思って人と接することを止めないでほしい」
狐娘「子供が出来たら、人間に懐いた狐の話をしておくれ」
狐娘「……何かしたいことはあるか、だと?」
狐娘「たくさんあるとも。あったとも」
狐娘「だが全てをするには時間がない」
狐娘「今はただ、こうして共に過ごせるだけで充分だ」
狐娘「すぐに消えてしまう妖怪がこれほど長く生きていた」
狐娘「これほど幸せに過ごせた」
狐娘「どの妖怪よりも幸運だった」
狐娘「一緒に過ごせる者がいることの素晴らしさに気付けた」
狐娘「…………」
狐娘「お主よ、愛しておるぞ」
狐娘「どうか、幸せに、なってくれ」
――――
―――
――
―
子供「ねぇお父さん。この山の神社に何かあるの?」
子供「――へぇー、狐がここに居たんだ!」
子供「うん、狐のことは分かるよ」
子供「コーンって鳴いて、油揚げが好きで――」
子供「えっ、油揚げは好物じゃないの?」
子供「鼠の肉が好き? えーっ、鼠を食べるの狐って!?」
子供「狐の妖怪に聞いたから間違いない?」
子供「まっさかー! 妖怪なんていないよ。そりゃあ居るなら会ってみたいけど……」
子供「えっ、妖怪は長生きできないからもう会えない」
子供「妖怪って長生きするんじゃないの?」
子供「じゃあ、じゃあ狐の妖怪ってどんな人だったの?」
終
眠れなかったので投稿した
あんまり描写すると冗長かなと思って削ったけど、もうちょい長くても良かったかも
妖怪が長命な風潮あるけど妖怪の解説を読み、妖怪の元となった現象から考察すると
実際は寿命が短いのではと思った
そんなお話
あと種類にもよるが狐の寿命は5年ほど、飼育下でも十年程度だそうです
読んでくれて乙
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