白菊ほたる「不幸と」 ???「不幸」 (15)
その日、白菊ほたるが彼と出会ったのが幸運なのか不幸なのか、それは定かではないのだけれど、けれどもそれが白菊ほたるという少女にとっては大きな出会いだったことだけは間違いないのでしょう。
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「プロデューサーさん、遅いなぁ……」
テレビ局でのお仕事が終わり、プロデューサーさんが車を回してくるから、と駐車場へ向かったのが15分程前、駐車場から私の待っているロビーまでは遅くても10分あれば回してくるのがいつものことでした。
けれども、この日は珍しく時計の針が4分の1を回ってもまだやってきません。また、遅くなりそうだったら必ず連絡するのがプロデューサーさんなので心がざわざわします。
「なにかあったのかな……」
無性に湧き上がる不安感を抱きながら椅子に身を沈めるようにプロデューサーさんを待っていましたがやっぱりまだ来ません。
もうあれから30分も経っているというのに未だにメール一つなく、流石にこれはおかしいと思ってしまいます。もしかして、駐車場で事故に……? 私を送ろうとしたから……
じっとスマホの画面を見つめ、「よし」と小さく頬を叩いてから立ち上がります。何かあったにせよ、なかったにせよ駐車場に向かおうと決め、歩き出します。
すると、ドンッと誰かにぶつかってしまい手に持ったスマホを落としてしまいました。すみません、と謝ってから落ちてどこかに言ってしまったスマホを探していると外国人のような男性からスマホを差し出されました。
「大丈夫かな、お嬢さん。さっきから挙動不審だけど何かあったのかい?」
「あ、ありがとうございます……えっと、きゃあっ!?」
尋ねられながら差し出されたスマホを受け取ろうと手を伸ばし、それに触れた瞬間、スマホが突然発火しました。
予想してなかったことに悲鳴が漏れ、なにも出来ないでいるとスマホを拾ってくれた彼は手早くスマホを地面へと落とすとすぐに自分の着ていた上着を発火し続けているそれへと被せ、取り出したペットボトルの水を浴びせかけて消火していました。
「ふぅ、相変わらずの不幸だけどこれくらいで済んで良かった。怪我はない?」
「あの……今、相変わらずの不幸って……」
手際の良さに驚いていると、彼の口からさらに驚く言葉が発せられ思わず聞き返してしまいました。すると彼は困ったように笑って。
「うん? ああ、僕はどうやらいわゆる『不幸体質』らしくてね、こういうことはしょっちゅう起こるんだよ。そういえばこれ君のスマホだったね、弁償するよ」
「いえ、あの……弁償はいいです。私のせい、ですし……」
「え? 落としたのは君のせいだけどこうなったのは僕のせいだろう? 気にしなくていいよ」
「その……私も不幸、なので……」
そう言うと、彼の目が優しい男性の目から冷徹な研究者の目に変わったような気がしました。でもそれは気のせいだったのか、目をそらしてしまった後にもう一度目を合わせると、変わらない優しげな目をしていました。
あの発火騒動から少し後、そのスマホの後始末などを済ませた後に私たちは局の喫茶店にいました。
「む、まだ自己紹介してなかったね。僕の名前はジェラ……ああ、いや違う。ロドニーだ、よろしく」
「ほたる……白菊ほたる、です」
「白菊ほたる……どこかで聞いたような……」
「アイドルをやってるので、多分テレビとかで聞いたのでは……」
「なるほど、アイドル! それなら納得だ」
「あの、それで……」
「にしてもお腹空いたね。なにか頼もうか。ほたるちゃんはなにがいい?」
「え、いや、お構いなく……」
「そうかい? なにか食べたくなったら遠慮なく頼むといい。僕が持つから」
「ありがとう、ございます……」
そこでぺこりと頭を下げるとロドニーと名乗った男性はにこりと微笑んでコーヒーを一口飲み、ウェイターさんを呼んで軽食を頼みました。
「えっと、その、ロドニー……さん?」
「うん。なにかな、ほたるちゃん」
「さっき言ってた、不幸体質っていうのは……」
「耳聰いね。気になる?」
「はい…」
私が肯定するとロドニーさんは腕を組んで、「うーん」と唸ったきり黙ってしまいました。触れられたくないことなのかなと不安になって謝ろうと思うとロドニーさんから呼ばれました。
「ほたるちゃん」
「は、はいっ」
「さっき、君は『私も不幸』だと言った。まずはそれについて聞かせてほしいな」
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私の不幸について聞かせてほしいと言われて、言い渋っていましたがロドニーさんににこにこと見つめられ続け、話してしまいました。日常のちょっとした不幸から、プロデューサーさんにしか話したことがないような不幸のことまで。そこまで話す気はなかったのに、何故か彼の視線に晒されると、ぽつぽつとですが話してしまいました。
「ふんふん、なるほど……あっこれ美味しいな」
「……ロドニーさん?」
「あはは、ちゃんと聞いてるから安心して」
「……はい」
「……うん、真面目に話そうか」
「ふぇ……?」
モグモグとサンドイッチを味わいながら話を聞いていたロドニーさんがキリっとした真面目な顔になると彼の『不幸体質』について語られました。
私と似たような、段差もなにもないところで転んでしまうことや、いきなり火がついたこと。会社にあった大事な機械を転んだ弾みで86箇所にも損傷を与えたことなど私よりも大きなものまで色々なお話でした。なのに、ロドニーさんはそれらの話をまるでなんでもないことのように笑いながら話すのです。
「……ロドニーさんは、辛くないんですか?」
「辛いか辛くないかで言ったらそりゃあ辛いよ? けれど落ち込んでもいられないし……ほたるちゃんもそうなんじゃないのかな」
「……っ、はい。そう、ですね……」
「まあそれに、ほたるちゃんの話を聞いてる限り、不幸なことはあってもちゃんと良いことをその中から見つけられているじゃないか」
「え……?」
「不幸にも所属していた事務所が潰れてしまった。けれどそのおかげで君は自分のことを打ち明けて心から信じられるプロデューサーに出会えた」
「……はい」
「不幸にも予定されていた仕事がキャンセルになったことで飛び込み営業をし、新たな仕事の幅を広げることができた」
「……っ」
「不幸にも雪が降ったおかげで余り仲良くできていなかった事務所の娘と雪遊びをして親交を深めることができた」
「……確か、に」
「それらのことを話してくれたほたるちゃんの顔はね、すっごく嬉しそうだったよ」
「嬉しそう……?」
「うん、自分が不幸なことなんか乗り越えられるような良い笑顔だった
「そ、そうですか……あぅ……」
思わぬことを言われて頬が熱くなりました。
「それにまあ……僕に比べればまだ……ね、うん」
「あはは……そ、そうですね……」
「うん、だから君はそんな気にすることないよ。えーと、なんだっけ。ほら、日本のことわざ? にあった……病気は、なんだっけ」
「病は気から……?」
「ああ、多分それだ。僕やほたるちゃんみたいなのは病気じゃないけど……気持ちが落ち込んでたらそれに引っ張られちゃうから気にしないのが一番だ」
「……はい、そうですね!」
「うん、いい返事。それじゃあそろそろ君のプロデューサーさんも来るだろうしね」
「え……?」
「あはは、なんでもないよ」
「あの、ありがとうございました。ロドニーさん」
「どういたしまして。さてと、じゃあ僕はもう行くよ」
「はい……」
「そんな不安そうな顔をしないで。君には信頼できるプロデューサーさんがいるんだろう? 遠慮せずにばんばん頼ればいいさ」
「そう、ですね。私を信じてくれてるプロデューサーさんですもんね」
「ああ、じゃあまた」
「はい、お気を付けて!」
「はは、ほたるちゃんもね」
そう言うロドニーさんに、ぺこりと頭を下げ、上げたその時にはもう彼の姿はありませんでした。
不思議な人だったけれど、悪い人じゃなかったなと思い返していたらプロデューサーさんが私を呼ぶ声がしました。
「おーい、ほたるー」
「あ、プロデューサーさんっ、遅かったですね」
「え? 遅いか?」
不思議そうに首を傾げるプロデューサーさんに、だってと時計を指し示すとプロデューサーさんが車を回してくると言ってから5分程しか経っていませんでした。
どうして、と身じろぐとポケットの中には壊れたはずのスマートフォンが壊れる前の状態で入っていました。
「なんで……」
「どうしたんだ?」
「……いえ、なんでもありません」
心配そうに私を見つめるプロデューサーさんに、大丈夫と言うように首を振って微笑むと納得していないようでしたが、「そうか」と頷きました。
「まあ……疲れるのかな。さ、帰ろう」
そう言って歩き出したプロデューサーさんに着いて行こうとするとスマートフォンに通知が。
誰からだろうと確認すると差出人不明のメッセージが。けれどそれを読んだらすぐにロドニーさんだと分かりました。
お仕事終わりの不思議な一時でしたけれど、私にとっては新しいことに気付かせてくれた一時で、夢のようだけど夢じゃない、大切な思い出となるということがはっきりと刻み込まれました。
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「もしもし?」
「ええ、ジェラルドです」
「ええ、そうですね。彼女はSCiPではありません」
「え? 他人よりもちょっとツいてないってだけのただの頑張り屋な女の子ですよ」
「ははは、彼女がSCiPなら僕だってそうでしょう」
「あー、それくらいは許してくださいよ」
「えっ、減俸? まあそれで許してくれるなら……」
「はいはい、じゃあお迎え待ってます」
「ふー……まあ、減俸程度であの娘の自信になるならいいか」
アイマス世界での不幸筆頭、ほたると財団での不幸筆頭のジェラルド博士を会わせてみました。
本当はジェラルド博士の運転する車にほたるを乗せてダイハードさせようと思いましたが被害が甚大じゃないので止めました。
それではまた。
>「ははは、彼女がSCiPなら僕だってそうでしょう」
SCP-666-J(小声)
>>12
あれは彼の『運転技術』なので……
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