【デレマス近代劇】クラリス「怨霊血染めの十字架」 (55)

フランス革命って、あまり近代ってかんじしない不思議
歴史改変注意

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 フランス王政が国民に豊かな生活を保障できなくなり、

 革命が決行された頃。

 はじめはただの不満によって突発的に起こったはずの蜂起は

 次第に組織化され、秩序づけられ、

 善良なはずの市民達は、

 デマゴーグによって制御される暴力装置と化していた。

カトリックの教会は暴動の対象にはならなかった。

実のところ搾取の半分は教会によってなされていたのだが、

敬虔な獣達の心の中には、やはり神が必要だったのである。

人命の価値が限りなく下がって行く社会では、

人は生を営むための祈りではなく、

苦痛とその先にある死を受け入れるために教会へ行く。

 シスターであるクラリスは多忙であった。

 毎日ひっきりなしに行われる死刑に、神父の代わりに駆り出されている。

 
 刑に処される人々は、刑を下す人々ほど罪深くなかった。

 「王族・貴族の側につきフランスを堕落させた」などと糾弾されていたが、

 実のところ処刑の実態は、ジャコバン派による内部粛清であった。

 権威への叛逆を掲げる組織の中で行われる権力争い。

 この内状を知ったクラリスは、ただ心が痛むばかりだった。

 クラリスが教会に戻ると、懺悔室に人の気配があった。

 神父にそのことを伝えたが、彼は首を振った。

 クラリスは察した。

 懺悔室にいるのは現ムッシュ・ド・パリ(最高の死刑執行人)、

 宮本フレデリカその人であると。

 先代のムッシュ・ド・パリ、つまりサンソン家は、

 王族の処刑を断固拒否したため、その座から追われた。

 しかし人々は、自身の手を汚すことは嫌がった。

 そこで、フレデリカに白羽の矢が立った。

 彼女は外見ではわからないが、半分日本人の血が入っていて、

 パリの中では鼻つまみ者だった。

 
 嫌なことは嫌いなやつにやらせよう。

 その凶悪的なまでに短絡的な思考が、フレデリカを死刑執行人にした。

 性急な配役であったが、フレデリカは見事に処刑をこなしていった。

 特に斬首の技量は、かのシャルル=アンリ・サンソンと

 肩を並べるとも称された。

 とはいえ人々がフレデリカを尊敬するようになるわけでもなく、

 彼女は以前よりいっそうの差別を受けた。

 教会へ行っても、神父に懺悔を聞いてもらえないほどの。


クラリスは懺悔室へ入った。

 相手の顔が見えないように構造的な工夫がされており、

 かつ室内は薄暗くなっている。

 それでもクラリスは、部屋に入った途端濃厚な死臭を感じ取った。

 恐怖は感じなかった。

 相手のことを思うと、ただ胸が締め付けられた。

 フレデリカは何も言わず、ただそこに佇んでいた。
 
 本当は彼女も、神を信じていないのだ。

 信じろという方が無理がある。

 懺悔室にやってくるのは、許しを乞うのではなく、

 ただそうせずにはいられなかったから。



 クラリスは、そっとフレデリカの側に手を差し出した。

 しばらくすると、その手が力無く握られた。

 そしてクラリスは、むこうで、

 熱い雫がぽたぽたと落ちるのを感じた。

 死刑を執行している時のフレデリカは、

 観衆の背筋が冷たくなるほど陽気だった。

 陽気なまま、笑ったまま、無罪の罪人の首を落とす。

 人々は自身の罪を顧みることもせず、彼女を蔑視し憎悪する。

 まさしく、この世に神はないない。

 いたとして、このパリにはいない。

 クラリスは教会の連絡網を用いて、ひそかに各国の

 王族達に革命の征圧を要請した。

 おびただしい犠牲が出るだろう。

 しかし教会が権威の保持および拡大のために民衆を欺き、

 搾取してきた過去を思えば、クラリスの行為はまだ人肌の温かみがあった。

 彼女は結局、フレデリカ1人を救いたいのだ。

 いや厳密には、彼女以外の市民全てに罰が下ればいいと考えている。

 自由と引き換えに、王族に責任を譲渡し、

 安楽な生活を貪ってきた市民。

 その生活が失われてようやく行動を起こしたが、

 責任を取ることは忌避し、安易に革命派の言説に従う。

 処刑の際は好奇心の赴くままに押し寄せ、

 罪人や死刑執行人にやじを投げる。
 
 彼女ら、彼らには隣人愛を与えるべきでない。

 人ではない、けだものなのだから。


 かつての十字軍遠征がしのばれるほどの狂熱さで、

 クラリスは書状をしたため、連絡網に流した。

 だが、その行動が実を結び、

 各国軍がパリを包囲した頃には、革命派は内紛で死に体となっていた。

 指導者・幹部らは軒並み死亡し、手足となっていた市民は狼狽えた。

 投降するとして、すでにいない指導者を差し出せねばならない。

 誰がふさわしい?

 お前か。お前か。それとも…。

 市民達は、自分達の行為の重大さを、ここにきてようやく理解した。

 それでもなお、責任を取ることを拒んだ。

 そして誰かが思いついた。

 嫌なことは、嫌いなやつにやらせよう。

クラリスは呆然とした。
 
民衆の悪意を、あまりにも過小評価していた。

 
フレデリカは革命の指導者として

各国軍に引き渡され、処刑されることになった。

クラリスは市民達を、それ以上に己を呪った。


彼女はフレデリカのいる牢獄へ駆けた。

途中で靴が脱げて、それでも走って、

細くて美しい脚は土に汚れ、潰れ、血塗れになった。

その時クラリスが感じた苦痛は、フレデリカの苦痛であった。

抗うことさえ許されない状況で、最悪の現実と向き合うこと。

その現実から逃れるために、いとも簡単に他者を利用する

人間がいるということ。


だがクラリスがフレデリカと決定的に異なるのは、

彼女もまた、その無責任な人間の1人であるということだ。

それを自覚したからこそ、クラリスは牢獄へ向かった。


許されるつもりはない。ただ、そうしたかった。

「Ça va ?」

 クラリスを見たフレデリカは、陽気に挨拶をした。

 しかし、厳しい拘束生活のせいか、目の下は隈ができ、

 美しかったはずの金髪は、見る影もなくやつれていた。

 クラリスは冷たい格子を握りしめた。

 どんなに力を込めても、なにも変わらない。

 ついには指から血が流れて、ぽたぽたと音を立てた。

 フレデリカは、自分の手をそこに重ねた。

 クラリスの涙が、2人分の手のひらの上に降り注いだ。


 クラリスは各国軍に対して、フレデリカの助命を乞うた。

 彼女は民衆によって、指導者に仕立て上げられただけに過ぎないのだと。

 

 しかし軍人達はこう言った。

 すでにいない指導者のために民衆を突き回すのは“酷”だ。

 酷…? 残酷…?

フレデリカが処刑された時、クラリスは発狂した。


神はいない。罰はない。地獄もない。

ならば、自分がこの世に地獄を作ってみせよう。

彼女は憎悪する民衆を煽動し、フランスに新たな軍隊を作り出した。


そして自由、平等、博愛を掲げて、欧州の国々を蹂躙した。

おびただしい量の犠牲者が双方に出た。

それでもクラリスは走り続けた。

世界全てを、灰にするために。

【デレマス現代劇】大和亜季「私の戦場」

大和亜季には自信があった。

アイドルとして成功する自信が。

しかし、いざ飛び込んだアイドル業界は、まさに戦場であった。

亜季や他のアイドルは、プロダクションの兵士に過ぎなかった。

予め緻密に組み上げられたレッスン、

バラエティでの立ち振る舞い、ファンへのサービス。

それらの履行は、軍隊における命令系統の遵守と同義であった。

しかしだからこそ、大和亜季はアイドルとして相応しかった。

彼女は日常の曖昧さにうんざりしていた。

ウケる。たのしい。

すごい。ヤバイ。

よかったね。がんばって。

意味消失した言葉の群。

その中で生きるのは、亜季にとって堪え難い苦痛だった。

それに対して、アイドルはなんと明確なことだろうか。

踊れ。歌え。

こうやって話せ。ここは黙れ。

ファンの数はこうだ。CDやライブの売り上げはこれくらいだ。

甘えや馴れ合い、解釈の違いなどは一切存在しない。

必要なのは、規律を守るか、守れるだけの努力をすることだけ。

大和亜季にとって天職であるといっても過言ではなかった。

だが現在の彼女は控えめに言って、弱小の、色物だった。

容姿は良い方だ。体力もある。根性もある。

歌はまだ改善の必要があるが、それは時間が解決してくれる。

キャッチーな特徴もある。

それなのに、何故彼女は成功できないのか?

私の訓練不足。

彼女ははじめそう考えたが、

オーバーワークはむしろ逆効果だと、すぐに否定した。


本当に亜季を覆い隠してしまうのは、美城プロダクション、

およびアイドル業界という同じブタイ(部隊/舞台)にいる人間。

仲間であるようで、不倶戴天の敵。

亜季は1人のアイドルを思い浮かべた。

宮本フレデリカ。

大和亜季とは真逆の性格で、成功を掴んだ少女だ。

遅刻。無断欠勤。指示の無視。

突発的に始まるアドリブ。

本物の軍隊であれば、除隊どころか銃殺刑に処されてもおかしくない。

フレデリカの勝手が罷り通るのは、

一重に、彼女が成功しているからだ。

しかしその成功が、いかなるプロセスに基づいて起こったのか、

亜季には皆目検討もつかなかった。

美城プロダクションが作り上げてたマニュアルは、

芸能界における成功の鍵とほぼ同等である。


その証拠に、多数の美城アイドルが業界を席巻している。

所属しているプロデューサー、トレーナーも、

アイドル達の信用を得た上で、彼女達を成功させる傑物ばかり。

これらを踏み散らして、

なぜ宮本フレデリカはアイドルとして勲章を得るのか?

たしかに、セオリーは成功を確約するものではない。

それは亜季が知る軍人達が証明している。

バグパイプと長剣、それから弓矢で第二次世界大戦を駆け抜けた男。

銃弾飛び交う中ロッキングチェアでくつろぎながら、ソビエトの大軍を抑えた指揮官。

上官に噛み付き、敵の戦闘機だけでなく自身の乗機も破壊して、

それでも英雄と呼ばれたパイロット。

彼らを、亜季は尊敬している。

だが彼らとて、あくまで軍規の範疇でスタンドプレーをしたに過ぎない。

亜季は、自分が大和亜季というアイドルであることを懸けて、

宮本フレデリカを認めるわけにはいかなかった。

「敵地に侵入…斥候を開始するであります」

そう呟いたあと、亜季は苦笑した。

場所は、美城プロダクションが所有するライブハウス。

今日の主役は宮本フレデリカを擁するLiPPSだ。

リーダーは速水奏。

戦略的にはともかくとして、

戦術的に見て相応な人選だと、亜季は考える。


まずフレデリカは論外。

城ヶ崎美嘉は、個人としてユニット内では最高の成功を収めているが、

他のアイドル達を牽引しうる強引さがない。


塩見周子はバランスが取れているように見えて、

実のところ他人に干渉するほどの積極性、あるいは余裕がない。


一ノ瀬志希は、カリキュラムこそ要領よく消費するが、本質的にはフレデリカの同類。


彼女達に染められないほどの個性があり、かつ彼女達を率いるだけの

成熟した精神を持っているのが、速水奏というアイドルだ。

だが、目の前で起こっているフレデリカと志希の暴走を見ていると、

亜季は彼女に同情しか湧いてこなかった。


奏は、チームプレイ上では自分の役割を全うしている。

それゆえ、完全に他のメンバーに、

特にフレデリカや志希の影に隠れてしまっている。

本来プロデューサーや演出監督が裏でやるべき仕事を、

奏が代行しているからだ。

ステージ上での暴走を止められるのは、彼女だけ。

一方のファンは、むしろ暴走を望み、楽しんでいる節がある。

「間違っているであります…」

最前席で双眼鏡を覗き込みながら、亜季は呟いた。

ある時、亜季は奏とトレーニングルームで出会った。

同じ時間に基礎体力訓練が入ったのだ。

「あ、あのぅ・・・」

亜季は、おずおずと奏に声をかけた。

相手は飛ぶ鳥落とす勢いのアイドルだ。

亜季は権威というものに対して、滅法気が弱かった。

「あら、亜季じゃない」

「わ、私の名前をご存知で!?」

「当然よ。同じプロダクションの仲間だもの」

「身に余る光栄であります・・・」

小さく小さく縮こまる亜季に、奏は苦笑した。

「それで、私に何か用?」

「あ! えっと……

 速水さんは、フレデリカ殿についてどう思われますか」

“殿”に若干のアクセント付けながら、亜季は言った。

 奏は即答した。

「問題児よ。

レッスンはサボタージュするし、

進行は守らないし、

何を考えてるのか、時々分からないし。

志希の方がまだ大人しく見えるわ」


奏はくすりと笑った。

彼女はLiPPSでの活動を純粋に楽しんでいるようだった。

亜季は、そのフレデリカ殿のせいで、とは言えなかった。

代わりに、フレデリカの魅力について、奏に尋ねた。

「フレデリカの魅力…うーん…そうねえ」

奏は、濡れるように艶めいた唇に指を当てた。

「強さ、かな」

「強さ?」

「それ以外に、彼女に似合う言葉は見つからないわ」

亜季個人の印象としては、フレデリカは軟派で軽薄。

奏の言葉は理解しかねた。

「それは、フレデリカ殿がアイドルとして、ということでありますか」

「アイドルとして…たしかにそうなんだけど、そこを区別するのは、

私にはちょっと難しいかな」

奏はにっこりと、亜季に微笑みかけた。

亜季は、被弾した、被弾した、と内心で呟いた。

その動揺のせいか、彼女は三度目の質問を、

随分露骨なものにしてしまった。

だが、それにも奏の表情は変わらなかった。

「他の子の輝きで速水奏が見失われてしまうなら、そこが私の限界よ」

あなただって十分強い。

そう伝える勇気が、この時の亜季にはなかった。

数ヶ月後、亜季にとって転機が訪れた。

美城アイドルの頂点に君臨する、高垣楓のビッグライブ。

そこで公開されるのは、

今までの、おっとりとしたイメージを打ち破る激しい曲。


旧来のサポートメンバーは、

高垣楓と同じようなイメージを持つアイドルで構成されていた。

新曲で全員入れ替えるという意見が出たが、

それは各々のプロデューサーの尽力によって回避された。

しかし、舵取りの激しさに投げ出されるアイドルが数名出た。

その穴は、入れ替えで予定されていたメンバーによって埋められた。

たった1つの席を残して。

ライブでは、高垣楓というアイドルの多様さを、

歌とダンスで表現するのだという。



イントロは穏やかなジャズ調。

ここだけは、エレクトリック・アコースティックギターが主役だ。

サポートの動きは、ゆったりとしたウォークで

中心からサイド・バックに移動。

しかしAメロで歌が始まるのと同時に、ベースとアップテンポかつ

変則的なシンセサイザーが滑り込んでくる。

ここでサイドダンスが急変。ツーステップで静寂を断ち切り、

Bメロからはストップ&ゴーとパドブレに別れる。

ここまでは、バックは目立った動きはしない。

しかしサビに入ると、弾丸のように位置を入れ替え、

バックメンバーがサイドでブレイク、

サイドメンバーがバックで

ゆったりと泳ぐようなウォークを行う。

1番と2番の間奏は全体をチャールストンで統一。

2番ではドラムがパートに入り、Bメロから開始。

今度はサイドの動きが落ち着き、バックが激しくなる。

サビでは再びメンバーの位置を変えて、


一番のイントロおよびA・Bメロと同じ場所に戻らせる。

Cメロからはサポートメンバーが2人1組で

放射状に舞台に広がり、ギター以外はフェードアウト。

最後のアウトロでメンバーが抱き合う。

ダンスの作案者の1人である小松伊吹が、

候補達に一連の流れを説明した後、手本を見せた。

皆が絶句した。レベルが違いすぎる。

しかもオーディションでは、全てパートにおける動きを見るために、

曲を4回ほど繰り返す。

休憩は短く、全体時間は20分。

ほとんど休むことなく踊り続けることになる。



このような過酷な調整の理由を、亜季は知らない。

知ろうとも思わない。

だが、さすがに通常のレッスンで消化できる課題ではなく、

掟破りのオーバーワークに手を染めることになった。

幸いにして体力は有り余るほどある。

そして、皮肉なことに習得にかける時間もたっぷりあった。


亜季は、レッスンルームでフレデリカと鉢合わせた。

彼女、あるいは彼女のプロデューサーも、

楓のサポートを狙っているらしい。

しかしフレデリカはダンスの練習をするでもなく、

床に寝っ転がっていた。

「フレデリカ殿。

 練習をしないなら出て行って欲しいであります」

亜季は冷然と、そう告げた。

フレデリカはエメラルドブルーの瞳で、

じいーっと亜季を見た。

「亜季ちゃんだよね?」

「私が亜季ちゃんであります」

 フレデリカは立ち上がって、伸びをした。

「いつもの亜季ちゃんじゃな〜い」

その言葉を聞いて、亜季のこめかみがひくついた。

「いつもの私?
 
 フレデリカ殿と私は、

 そこまで親密な間柄ではなかったと記憶しておりますが」

「プロダクションのみんなのことなら、大体わかるよ〜♪」

 くりくりと瞳を動かしながら、フレデリカが言った。

 彼女はやはり、亜季には苦手にとって人間だった。

 要領を得ない。何が言いたいのかはっきりわからない。

「それでは、今の私がいつもの私とどう違うのでありますか?」

 語気を強めて亜季は尋ねた。

「ん〜、亜季ちゃんきっと怒るから言わな〜い♪」

 後ろ手を組んで、フレデリカが笑う。

 悪意もごまかしもない、愛らしい笑顔だった。

 亜季は何も返さず、ダンスの練習を始めた。


 

 オーディションは一回きり。

 候補達が20人ごとのグループで、一斉にダンスを始める。

 亜季は最終グループ。

 フレデリカは、最初のグループにいた。

 
 候補達はミスを連発した。

 無理もない。

 技術面でも駆け出しアイドルには似つかわしくないのに、

 それが4回。初めに余裕を見せていた候補生も、最後で心が折れる。

 20分が終わった時、静かに泣き出す者もいた。

 しかし亜季は、フレデリカだけを見ていた。

 彼女は奥歯を噛み締めた。フレデリカのダンスは完璧だった。

 圧倒的な才能。一重にそれだ。

 才能が全てをひっくり返す。

 他のアイドル達の、懸命な努力でさえも。

 引き摺り下ろしてやる。

 亜季は殺意にも似た決意を持って、立ち上がった。

 不安はなかった。

 亜季はプロダクション内で、日野茜と肩を並べる体力馬鹿だ。

 その体力で、技術不足を塗りつぶすハードワークを行った。

 だが、3回目のダンスが終わった時、

 亜季の両足は痺れた。

 高垣楓のダイナミクスの表現が、足さばきに集中している。

 くわえ、フレデリカに対する対抗心、

 さらに無意識下での緊張が、亜季の身体を蝕んだのだ。

 それでも亜季は棒のようになった足を、

 ただの道具として無理矢理動作させた。

 身体の頑丈さと強固な精神力で、彼女はやり遂げた。

 力技に頼ったがミスはない。完璧だった。

 亜季は、大和亜季史上最高の大和亜季になれたと、そう思った。


 「………」

 数日後、亜季は自身のプロデューサーを睨みつけた。
 
 サポートメンバーの決定方式は、職員達による投票制。

 結果、満場一致で宮本フレデリカが選ばれた。

 つまり、亜季のプロデューサーもフレデリカに票を入れたのだ。

 自分が選ばれなかったことは、決定だからしようがない。

 しかし、亜季を推すべきプロデューサーが、

 他のアイドル、よりによってフレデリカを。

「納得のいく説明を要求します」

 亜季が冷たい声でそう言うと、プロデューサーは、

 オーディションの様子を収録したDVDを再生した。

 そこには亜季の完璧なダンスが映っていた。

 やはりミスは無かった。

 そう思ってプロデューサーを再び睨むと、

 彼はフレデリカの様子をよく見るように指示した。

 巻き戻し、最初のグループ。

 崩れる候補達の中で、たった1人楽しげな顔で踊っている。

 ダンスが終わった後は、さすがに足が痺れたのか、

 舌をぺろりと出して、けんけん歩きをしていた。

 亜季は胸がぐるぐるした。

 オーディションの時に、どうして気づけなかったんだろう。

なぜ彼女が選ばれたのか、亜季は理解した。

過酷なダンスの間もフレデリカは、

フレデリカというアイドルであり続けた。

馬鹿みたいに陽気で、苦しげな表情を他人に見せない。


一方の亜季は、完全なダンサーだった。

だが、ダンサーが必要ならダンサーを雇う、それが美城だ。

いつもの亜季ちゃんじゃな〜い。

フレデリカの言葉が思い返された。

結局のところ亜季は、練習段階で、美城やプロデューサーの立てた

カリキュラムを見限って、独自でのトレーニングを行った。

自分の組織を信じる。そのあり方を、亜季は捨てた。

その結果亜季は、大和亜季というアイドルですらなくなってしまった。

再びモニターを見ると、

彼女ではない、全く別の女が映っているように見えた。

この瞬間、亜季はアイドルになって初めて、

そして久しぶりに、声を上げて泣いた。

彼プロデューサーは黙って見守っていた。

彼は知っている。

大和亜季はアイドルという戦場を、彼女自身で選んだ。


だからこそ、必ず戻ってくるのだと。

おしまい

エレ速から来ました

>>48
ありがとうございます

フレデリカをサイコパスだとは思っていないんだけど、
文章からはそういう風に見えるかな?

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