※注意事項※
このSSはアイドルマスターシンデレラガールズの二次創作です。
続き物ですので、過去作(【モバマスSS】あやかし事務所のアイドルさん【文香(?)】、【モバマスSS】続・あやかし事務所のアイドルさん、【モバマスSS】続々・あやかし事務所のアイドルさん)を先に読んでいただければ幸いです。
登場するアイドルの多くが妖怪という設定になっております。
それでも構わない、人外アイドルばっちこい!という方のみご覧下さい。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1488901052
むかしむかし、ある所に文香というアイドル見習いの妖怪少女がおりました。
ひょんなことからスカウトされ、寮での新生活やレッスンにも慣れてきた文香ですが、いよいよアイドルデビューする日が近づいてきました。
今回はそんな文香の初めてのステージのおはなしです。
あやかし事務所のアイドルさん 第4話:プロローグのエピローグ
晴れてアイドルデビューが決まった文香でしたが、すぐに何かが変わるわけではありません。
デビュー曲のデモを聞かせてもらい(しっとりとした中に晴れやかさのある素敵な曲でした)、明日以降のレッスン予定などを確認した文香は、まだまだ仕事があるというプロデューサーやこれからラジオの収録があるという奏と夕美に見送られ寮へと帰りました。
「ただいま帰りました……?」
いつもはリビングから誰かの『おかえり』が返ってくることが多いのですが、今日は返事がなく、それどころか電気もついていません。
不思議に思いながらリビングの電気をつけた文香に、轟音と色とりどりの何かが襲い掛かりました。
パーン!パパーン!パパパーン!!
「っ!?!?」
『おめでとー!!』
明るくなったリビングにはアイドルたちがクラッカーを持って待ち構えていました。
どうやら妖術を使って闇に潜んでいたようです。
能力の無駄使いのようですが、遠くのリモコンを蔦で取ったり、氷点下の冷気でジュースからシャーベットを作ってみたりと、妙に洗練された無駄使いはこの寮では割とよくある光景だったりします。
「夕美チャンから話は聞かせてもらったにゃ!デビュー決定おめでとうなのにゃ!」
「お祝いにケーキを買ってきましたので…文香さん?」
文香は電気のスイッチに手をかけた状態で凍り付いています。
とてとてと近づいた芳乃が頭にかかっているカラーテープを取ってあげつつ顔を覗き込むと、文香は目を回していました。
「きゅぅ……」
「ふむー、気を失っておりますなー」
それを聞いたみんなは慌てて文香をソファーへ運ぶのでした。
「どれどれ…呼吸よし、脈よし。頭をぶつけたりもしてないし、うん、大丈夫じゃないかな。しかし驚いて気絶だなんて久しぶりに見たねー」
「文香はんには刺激が強すぎたみたいどすなぁ。悪いことしてしもたわぁ…なぁ、みくはん?」
「え、みくのせい!?た、確かにクラッカーを使うのを提案したのはみくだけど、紗枝チャンもノリノリだったじゃん!リビングに隠れてた時の術だって紗枝チャンの案だし!」
「止めなかった私たちも同罪ですから、文香さんが起きたら皆で謝りましょう…ところで志希さん、その蛍光色の試験管は一体…?」
「にゃははー、せっかくだからこないだ調合した気付け薬を使おうかなって。んふふ、これは凄いよー? 夕美ちゃんに協力してもらって植物由来の様々なエキスを抽出・配合した結果、これ死の淵からでも呼び戻せるんじゃないの?ってレベルの破壊力を実現!眠気覚ましとして舐めてみたら一晩中眠れなかったから効果もお墨付き!それじゃあ早速…」
慌ててみんなで志希を取り押さえました。
「……うぅん……?」
捕り物騒ぎのためか、あるいは身の危険を感じたのか、文香は自然と目を覚ますのでした。
目を覚ました文香にごめんなさいをして許してもらい、夕ごはんとお祝いのケーキをみんなで食べた後、改めて文香のデビューの話題になりました。
「フミカ、歌う曲はもう決まったのですか?」
「ええ、先ほど事務所で聞かせてもらいました」
「どのような曲でしてー?」
「そうですね……雨上がりの青空のような、穏やかで優しい気持ちになれるような曲でした。明日から新曲の練習を始めて、来週には収録らしいです」
「そないな曲やったら文香はんの歌声にぴったりですやろなぁ。なんや、うちも聞くのが楽しみになってきましたわぁ」
「明日は文香さんと一緒にボーカルレッスンの予定ですから、私は一足先に聞かせてもらえますね。ふふっ、楽しみです」
「あ、肇チャンずるいにゃ!」
「いえ、その、そんなに期待していただくほどのものでは……」
「謙遜は美徳ではありますがー、言葉には力がありますゆえ、あまり卑下するのもよくないのでしてー」
「文香ちゃんの歌声はあたしも好きだなー。あとさ、カップリング曲はいつものアレなのかにゃ~?」
「はい、みなさんのデビュー曲のカップリング曲と一緒だと伺っています」
「ハラショー!いい、ですね!フミカと一緒のステージに立てる、楽しみです!」
その後も会話は盛り上がり、寮のリビングからはいつもよりも遅くまで明るい声が響くのでした。
翌日からはCD収録とミニライブに向けて特訓が始まりました。
歌の方は順調に収録まで進んだのですが、苦手なダンスは中々納得のいく仕上がりには届きません。
文香がダンスレッスン後に残って自主トレをしていると、アナスタシアが差し入れを持ってきてくれました。
「お疲れ様です、フミカ。少し休みませんか?」
「ハァ、ハァ……す、すみません、いただきますね……」
スポーツドリンクはいい具合に冷えていて、火照った体に染みわたるようでした。
「んくっ……ふぅ、生き返るようです。ありがとうございます、アーニャさん」
「パジャールスタ。どういたしまして、です」
こくこくと美味しそうにドリンクを飲む文香を、アナスタシアは心配そうに見つめていました。
「私には最近のフミカが頑張りすぎているように見えます。気持ちは分かりますけれど、無理は禁物、ですね?」
「ご心配をおかけしてしまって申し訳ありません。ですが、もう少しだけ……」
「ンー…分かりました。では、練習が終わった後に少しだけ時間、貰えますか?」
「ええ、それは大丈夫ですが……すみません、アーニャさんはせっかくのお休みなのに、私などに付き合ってもらって」
「フショー フパリャートゥキェ。アー、問題ない、です。私もデビューする時、皆からいっぱい助けてもらいました。今度は私がフミカの助けになれたなら、嬉しいです」
「……ありがとうございます。では、よかったら足運びなども見てもらえますか?」
「ダー!アーニャにお任せ、ですね!」
アナスタシアのアドバイスはステップや腕の動かし方のちょっとしたコツなど、とてもためになるものでした。
小一時間ほどで練習を終えた文香がストレッチをしようとすると、アナスタシアから声がかけられました。
「お疲れ様でした、フミカ。ストレッチの前に、ちょっと座ってもらえますか?」
「はい、わかりまし……ひゃっ!?」
椅子に座った文香の足に触れたアナスタシアの手はビックリするほどひんやりしていました。
「冷たすぎましたか?イズヴィニーチェ…ごめんなさい」
「い、いえ、少し驚いただけです」
「では続けますね。痛かったりしたら、すぐに教えてください」
冷気を操っているのか、普段よりも冷たいアナスタシアの手は熱を持った筋肉をじんわりと癒やしてくれるようでした。
「これは……とても気持ち良いですね」
「アイシングは運動のすぐ後が良いと、教えてもらいました。私達は人よりも丈夫ですけど、怪我の予防は大切、ですね」
「重ね重ねすみません。迷惑をかけてばかりで……」
「ニェット。迷惑、違います。私は頑張っているフミカだから、応援したいと思いました。それと、こういうときはすみません、よりも…」
「……はい、ありがとうございます、アーニャさん」
「ダー♪」
それからも自主トレの時には誰かが様子を見に来てくれることが何度もあり、文香は仲間たちの優しさに深く感謝するのでした。
こうしてレッスンを重ね、なんとかダンスもトレーナーさんからOKが貰えるようになってきました。
今回のミニライブで披露するのはデビュー曲だけの予定でしたが、自主トレの成果でカップリング曲も踊れるようになったため、もしアンコールがあればカップリング曲も披露することになりました。
そしてジャケットの撮影も無事に終わり、CD発売まであと一週間となったある日、文香にとって初めてのラジオ収録が行われました。
(BGM・Hotel Moonside)
「リスナーの皆、こんばんは。【Moonside Radio】へようこそ、パーソナリティの奏よ。今夜は素敵なゲストが二人も来てくれているわ。それじゃあ自己紹介、お願いしようかしら」
「みなさん、はじめまして。文香と申します。つい昨日アイドルとしてデビューさせて頂きました。何かと拙いとは思いますが、どうぞよろしくお願いします」
「うーん、ちょっと硬いわね。まあ初めてのラジオ出演だし無理もないかしら。もう一人のゲストは…見慣れた顔だし紹介は不要ね」
「えっ、ひどくない?」
「はい、そんなわけで今日は私と文香、みくちゃんでお送りするわ」
「もしかして奏チャン、この前のゲスト回で猫耳奏チャンの写真が公開されたのをまだ根に持ってるにゃ?」
「んんっ!…はい、そんなわけで今日は私の文香の二人でお送りするわ」
「ふにゃー!?編集点作ってまでみくの存在を消そうとするのはやめるにゃ!」
「人の忘れたい過去を掘り起こそうとするからよ…どうしたの文香、マイクを遠ざけちゃダメじゃない」
「いえ、お二人のやり取りが寮に居る時のままだったので、なんだか可笑しくて……」
「あら、そう?」
「寮でもみくが弄られてる、みたいな言い方には異議ありにゃ!」
「みくちゃんは打てば響くからどうしても、ね。さて、文香の緊張もほぐれた所で一つ目のコーナーに行きましょうか」
(BGMフェードアウト)
「今日が初めてのゲストさんがいるということで、一つ目のコーナーは【本日のアイドルさん】よ。このコーナーも久しぶりね」
「アーニャちゃんの時以来かにゃ」
「そうね。ゲストにはうちの事務所以外からも来てくれているけれど、スケジュール調整がやりやすいからどうしても身内ゲストが多くなりがちなのよね…」
「まあそんな悩みは置いといて、文香チャン、どうぞにゃ!」
「改めましてこんばんは、ご紹介に預かりました文香です」
「それじゃあまずはアイドルになった経緯を聞かせてもらおうかしら」
「プロデューサーさんからスカウトされたのがきっかけです。ただ、デビューしたばかりですので、アイドルになった、という実感はまだあまり湧きませんね」
「文香は美人だものね、スカウトしたプロデューサーさんの気持ちも分かるわ」
「いえ、その、び、美人などでは……」
「そんな文香チャンの容姿が気になる人は放送後にMoonside Radio公式ページをチェックするのにゃ!チャンネル会員限定の写真もUPされる予定なのでお楽しみに!」
「流石ね、みくちゃん。隙あらば宣伝を挟むその姿勢、結構好きよ私」
時々話題が逸れつつも、収録はつつがなく行われていくのでした。
〆の挨拶を終えて、奏の合図でマイクの電源を落とした文香は、ふぅっと息をつきました。
「二人とも、お疲れ様」
「はい、お疲れ様でした。今日はゲストに呼んで頂くだけでなくデビュー曲の紹介までしてもらい、本当にありがとうございました」
「こちらこそ、文香の初めてを頂けて光栄だわ」
「奏チャンはちょいちょい怪しい言い回しをするにゃあ…」
「ふふっ、そういう性分なの。それにしても文香は初めてとは思えないくらいスムーズに話せていたわね」
「あ、それはみくも思ったにゃ。文香チャンは初ラジオなんだしフォローしてあげなきゃって思ってたんだけど、普通に喋れていてビックリしたにゃ」
「奏さんに頂いた過去のラジオを元に予習してきましたから……成果が出せて良かったです」
「真面目な文香チャンらしいにゃあ」
「さて、そんな文香に朗報です。もう少し休んだら二本目の収録に入るから、もう一本分頑張りましょうね?」
「……え?」
「あれ、文香チャン知らなかったにゃ?二本撮りって言って、複数のゲストが来た時とか二回分の収録を纏めてするんだけど…」
「いえ、あの、聞いてないです」
「ええ、教えなかったもの。文香のことだから、教えていたら話す内容を考えてきちゃうかなって。せっかくの初ラジオなんだから、文香の自然な魅力をリスナーにも聞いてもらいたいじゃない?」
にこやかに告げられた内容に文香は言葉を失ってしまいました。
「うわぁ…奏チャン鬼だにゃ」
「(吸血)鬼ですもの」
「わ、私はどうしたら……」
「大丈夫よ文香、ちゃんと私がリードするし、何か失敗したとしてもフォローしてあげるから」
「奏さん……!」
自分でピンチに陥れて颯爽と助けるというマッチポンプなやり口ですが、混乱してしまった文香には奏が救世主に見えるのでした。
「鬼というよりむしろヤクザっぽいにゃあ…」
「あら、何か言ったかしら?」
「にゃ、にゃんでもにゃいにゃ!」
その後行われた二本目の収録は、一本目の落ち着いた様子とは裏腹にあたふたする文香がたいへん可愛らしく、後に伝説回と呼ばれることになるのでした。
そんなこんなで日々はあわただしく過ぎていき、デビューシングル発売の日を迎えました。
初日の滑り出しは上々で、CD発売の翌日に放送されたラジオの影響もあってか、ミニライブへの応募も順調に集まってきました。
会場の規模は100人程と聞いていたので、その半分も来てもらえたなら上等なのでは、と文香は考えていましたが、既に応募は規定人数を超えているとのことです。
100人もの人の前で自分がステージに立つ姿なんて想像も出来ない文香は、不安を忘れようとこれまで以上にレッスンに励むのでした。
そしていよいよ、文香の初ステージの日がやってきました。
小さなライブハウスの控室にある鏡には見慣れない可憐な少女の姿が映っています。
それが華やかな衣装に袖を通し、メイクさんに彩ってもらった自分であることは文香にも分かっているのですが、どうしても現実感がありません。
着替える前に行ったリハーサルはうまくできたと思いますが、先ほどステージ裏からこっそりと覗いた時に見えた、沢山の人、人、人。
あんな沢山の人たちが来てくれている、きっと期待されている、自分はその期待に応えられるのだろうか、失敗してがっかりさせてしまわないだろうか。
頭の中でグルグルと色んなことが浮かんでは消え、消えては浮かんで、不安と緊張は膨らむ一方です。
「文…さん、…香さ…、…丈………か」
誰かに何か言われたようですが、左から右へと通り抜けてしまって聞き取ることができません。
手の先は冷たく、息は上手く吸い込めず、視界も何だか暗くなってきました。
緊張の糸がぷつりと切れてしまいそうになったその時です。
ふわりと包み込むような甘い香りが、文香を現実に引き戻してくれました。
「…香ちゃん、文香ちゃん!大丈夫?!」
「……あ……夕美さん……?」
「文香ちゃん! ああ、良かった、心配したよ!」
「あれ、私は、何を……?」
「鏡をじっと見つめていたと思ったら、ふらふらと椅子に座りこんでしまったんですよ。顔色も真っ白になってしまっていて…気分が悪かったりはしませんか?」
「まだ少しぼんやりしますけど、大丈夫、だと思います……ああ、肇さん、それに志希さん、紗枝さん、芳乃さんまで……?」
「あまり大丈夫そうではありませんなー」
「話しかけても生返事だと思ったら、あたしたちが来たことも気付いてなかったんだねー」
「文香ちゃん、ゆっくりでいいから、これ飲める?」
差し出されたコップからは先ほど感じた香りが漂ってきます。
そっと口に運ぶと、温かな口当たりとほのかに甘い香りがこわばっていた体と心を解きほぐしてくれるようでした。
ゆっくりとハーブティーを飲み終えた文香がほうっと息をつくと、見守っていたみんなもほっと一安心したようでした。
「やっぱり夕美はんの特製はーぶてぃーは効果ばつぐんやなぁ」
「私たちもライブや生放送の前などにはお世話になっていますからね」
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいなっ」
「うーん、確かに落ち着くけど、各種ハーブエキスを抽出・濃縮したオクスリのほうが効果は高いと思うんだけどにゃー」
「志希は少し風情というものを学ぶべきでしてー」
がやがやと話すみんなの空気は寮でのんびりと雑談している時のようで、硬くなっていた文香の表情も自然と穏やかなものになるのでした。
「皆さん、わざわざ来ていただき、本当にありがとうございます」
「お礼なんていいよー。あたしたちが好きでやってることなんだしさ」
「どうしても仕事が抜けられなかった奏さん、アーニャちゃん、みくちゃんも見に行きたかったと悔しがっていましたね」
ライブ直前だということを思い出し、また緊張してきた文香の震える手を、肇の手がそっと包みました。
「初ライブなんですから、緊張してしまうのは当たり前です。ですが、自分が苦手な事でも進んで挑戦してきた文香さんなら、きっと大丈夫ですよ」
「わたくしも、そなたのすてーじが成功するよう祈らせていただくのでしてー」
「あれ、芳乃ちゃんのチカラってあたしたちには効果がないんじゃないっけ?」
「チカラは通じずとも、想いはきっと届きますゆえー」
「そんなものかにゃー。そうそう、あたしからは特製のフレグランスをプレゼント!リラックス効果のある成分で作ってみたから、これで普段通りのパフォーマンスを発揮できること間違いなし!」
「志希はんもなんやかんや言いながら面倒見ええどすなぁ」
「ほら、プロデューサーさんも声をかけてあげなよっ」
アイドルたちの華やかなオーラに隠れていたプロデューサーにみんなの注目が集まりました。
「あー、なんだ。言いたいことはほとんど皆が言ってくれたからなぁ」
『えー、それはないでしょー』『やくたたずなのでしてー?』『へたれー』
「ええいやかましい!」
そう言って頭を掻くと、プロデューサーは座っている文香に視線を合わせるように膝をつきました。
「すまん、文香がそこまで不安になっていたことに気付けなかった。スタッフさん達と話して開演時間を少し遅らせることは出来るが、どうする?」
「……いえ、予定通りの時間で大丈夫です。みなさんから勇気をもらいましたから」
「…そうか。万が一今日のステージでへまをしたとしても、挽回するための舞台は用意してやるから、失敗を恐れず思いっきりやってこい」
『最初からそう言えばいいのに…』『男の人って恥ずかしがり屋さんだよねっ』『へたれー』
「さっきからうるさいぞ後ろ!あとへたれはやめろ!」
やいのやいのと言い合いを始めたみんなの姿に文香が珍しく声を出して笑っていると、スタッフさんから声がかかりました。
「そろそろ時間になりますので、スタンバイお願いします」
「はい、わかりました。それでは……行ってきます」
「おう、行ってこい」
背中にみんなの声援を受けてステージへと向かいます。
手の冷たさと震えは仲間たちが取ってくれました。
ステージ袖で大きく深呼吸をした文香は、光あふれるステージへと足を踏み出しました。
「みなさん、初めまして。文香と申します」
「今日はお忙しい中、私のステージを見に来てくださり、誠にありがとうございます」
「デビューしたばかりで、まだまだ拙いところも多いかと思います」
「ですが、今の私に出来る全てを尽くしますので、少しでも楽しんでいっていただければ幸いです」
「それでは、聞いてください……【Bright Blue】」
歌い出しはなめらかに、レッスンで学んだ歌い方を意識して。
ダンスはゆるやかに、でも緩急はしっかりとつけて。
歌い踊っている間はただただ夢中で周囲の様子を伺うことなんてできませんでした。
無事に歌い終え、文香が内心で胸をなでおろしたその瞬間、割れんばかりの拍手と歓声に包まれました。
この時視界へと飛び込んできたファンの笑顔を、歓声を、サイリウムの青空を、文香は決して忘れることはないでしょう。
しばらく呆然としていた文香ですが、この後の段取りを思い出し慌てて挨拶をしました。
「ご、ご清聴ありがとうございました」
また巻き起こる拍手の中お辞儀をして、ちょっぴり早足で舞台裏へと向かった文香を迎えてくれたのは、笑顔で送り出してくれた5人のアイドルとプロデューサーでした。
「お疲れさま、文香。凄く良いステージだったぞ…頑張ったな」
「はい、あの、無我夢中で、あっという間に終わってしまったような…でも、確かにこの胸に残るものもあって…混乱してしまって、上手く言葉に出来ないのがもどかしいです」
「初めてのステージの後は誰だってそうなるもんだ。感極まって抱き着いてきたりもッ!?」
背後から放たれた強烈な肘鉄を脇腹に受けたプロデューサーは崩れ落ちてしまいました。
「文香ちゃん、本当に素敵だったよっ!喉乾いたでしょ、はいっ、良かったらこれ飲んで!」
「あ、ありがとうございます、いただきます」
「プロデューサーはんはほんまに墓穴を掘るのがお上手どすなぁ」
「口は災いの門なのでしてー」
文香が喉を潤し、汗を拭っていると、会場からアンコールの声が聞こえてきました。
「ミニライブでアンコールがかかるなんて珍しいですね」
「カップリング曲も練習しておいた甲斐があったな。文香、もう一曲行けるか?」
「はい、問題ありません」
「ねえねえプロデューサーさん、あの曲は大人数で歌った方が映える曲だし、私たちも一緒に歌っちゃダメかなっ?」
「いや、衣装も無いのにそれは無理だろう」
「衣装ならうちの妖術でちょいちょいっと…」
「それは連盟に叱られるから却下だ」
「にゃっふっふ~。プロデューサー、はいこれ読んでみて」
「ん、なになに…【デビュー祝いということで変化くらいなら許可・退魔師連盟会長】…主犯はお前か、紗枝」
「根回し・暗躍・権謀術数、京女の嗜みどすえ?」
「いやしかし、練習もなしにぶっつけ本番はだな…」
「この6人で一緒に踊る練習はしておりますゆえ、問題はありませんなー」
「計画的すぎる…あー、文香の意見を聞こうか」
「あの、私はみなさんと一緒にステージに立てるなら、是非お願いしたいです」
「………次回は前もって教えておいてくれ」
「前向きに検討させてもらいます♪」
「では話もまとまったところで、急ぎましょうか。芳乃ちゃん、お願い」
「結界はもう張ってありましてー」
「ほないきますえー。ちょいちょいぱっぱのこんちきちんっ」
どろんと煙に包まれると、5人は文香の衣装を少し地味にしたような衣装に変身していました。
「ふーむ、相変わらず見事なものだな」
「今日の主役は文香はんやからなぁ、その辺りもちゃんと抑えとりますえ」
「じゃあステージに行く前に円陣組もっか!文香ちゃん、掛け声お願いねっ!」
「か、掛け声、ですか……どのような?」
「時間も無いし【ファイトー、オー!】とかでいいんじゃない?」
「分かりました、それでは……ふぁいとー!」
『おー!!!』
「大変長らくお待たせいたしました。アンコール、ありがとうございます」
「今日こうやって私がステージに立てるのは、色んな方々に支えがあってのことです。みなさんへの感謝の気持ちを込めて、もう一曲、歌わせていただきます」
「そして今日は事務所の先輩アイドルのみなさんが応援に来てくれました。先輩たちにはまだまだ及びませんが、少しでも追いつけるよう頑張りますので、これからも応援よろしくお願いいたします」
「それでは聞いてください…せーのっ」
『【お願い!シンデレラ】!!!』
ミニライブは大成功で幕を閉じ、寮ではささやかな打ち上げが行われることになりました。
『かんぱーい!』
年齢的にはお酒でも全く問題ないのですが、時間も遅く明日の仕事もありますのでジュースでの乾杯です。
「文香チャン、ライブお疲れさま!」
「お疲れ様です。みなさんが練習に付き合ってくださったおかげで、無事に終えることが出来ました。本当にありがとうございました」
「ライブの成功は凄くおめでたいです。でも、フミカと一緒のステージ、アーニャも立ちたかったです!」
「そうね、仕事の都合とはいえ、仲間外れにされちゃったもの。残念だわ」
「プラーヴィリナ!次の私のライブでフミカを呼べないか、プロデューサーに相談してみます」
「あの、お、お手柔らかに……」
一部荒ぶっていましたが、打ち上げは楽しく行われるのでした。
「ところで文香ちゃん、ひとつ質問いいかな?」
「はい、なんでしょう」
「文香ちゃんが抱えてた空腹感、今はどんな感じ?」
志希の指摘を受けた文香は、我慢できる程度とはいえずっと感じていた空腹感が無くなっていることに気付きました。
「……消えて、います」
「ん、よしよし!今回も仮説が補強されたかにゃ~♪」
「仮説、とは……?」
「んー?えっとね、少し長い話になるけど大丈夫?」
「はい、自分のことでもありますし、気になります。聞かせてください」
「そかそか、じゃあ話そー。あくまであたしの仮説だけどね」
「あたしたち妖怪のエネルギー源って大きく三つに分けられるんだよ」
「一つ目は一般的な食事。これはあたしたちみたいに人間社会の中で生きていると重要性が増すみたい。文香ちゃんも寮に入る前は何日もご飯を食べなくても平気だったと思うんだけど、今は無理でしょ?」
「二つ目は妖怪としての食事。例えば奏ちゃんなら吸血だし、夕美ちゃんなら光合成だし、文香ちゃんなら人の記憶を食べることだね。妖怪として生きる分にはこれか、あるいは次に説明する三つめさえあれば大丈夫」
「そして三つ目が人間の感情の揺らぎ。恐怖だったり、絶望だったり、あるいは喜びだったり、感動だったりね。妖怪が本能的に人間を驚かせようとするのはこれが理由なんじゃないかなってあたしは考えてる」
「そもそも妖怪とは人間の想像から生まれた存在であり…」
「はい、すとーっぷ。そこまでや」
立て板に水とばかりに話していた志希に待ったがかかりました。
「紗枝ちゃんひどーい、せっかく盛り上がってきたところだったのにー」
「志希はんが【そもそも…】なんて言い出したらそれは脱線が始まる合図やからなぁ」
「文香、あまり難しく考えすぎない方がよいのでしてー」
「そういう、ものなのですか?」
「私たちは存在自体が不思議で出来ていますから、志希さんのように深く考えすぎてしまうのはあまりいいことではないんです」
「Curiosity killed the cat(好奇心は猫をも殺す)。志希も少しは気を付けなさい?」
「あたしとしてはそれでも本望なんだけどにゃ~。やりたいことを我慢しながら生きていくなんて耐えられなーい!」
「志希チャンの代わりに話を纏めると、文香チャンの空腹感が取れたのはライブで多くの人を感動させたからだろう、ってことだにゃ」
「つまりは、うちらにとってあいどるは天職や、いうことですえ」
「なるほど……プロデューサーさんが妖怪をアイドルとしてスカウトされているのも、そういう理由があってのことだったのですね」
文香の言葉にみんなはきょとんとし、数秒すると一斉に笑い出してしまいました。
「あは、あははは!なーるほど!そうなると妖怪を従えてるプロデューサーは超有能な陰陽師になっちゃうかな? その発想はなかったにゃ~!」
「うふふ、そないな高尚なもんとちゃいますやろ。妖怪吸引機とでも言った方がええんやないですの?」
「紗枝ー、的確過ぎて、わ、笑えないのでしてー」
「ふふっ、芳乃ちゃん、そんなこと言いながら笑っちゃってますよ」
ケラケラと笑うみんなの姿に文香が不思議そうにしていると、こぞってプロデューサーの面白エピソードを教えてくれました。
流石に遅くなりすぎて寮母さんが叱りに来るまで、楽しい時間は続くのでした。
こうしてアイドルデビューを果たした文香ですが、彼女たちの物語はまだまだ始まったばかりです。
とはいえ今宵はここまで。それではまた次のおはなしでお会いいたしましょう。
そんなわけであやかし事務所のアイドルさん・序章完結です。お読みいただきありがとうございました。
今後の予定としましては、番外編や文香がスカウトされる以前の前日譚、個別ルートなどが展開される予定です。
今回ちょっと話に出てきた退魔師連盟の話は番外編で触れたいなーと。
肇ルートは確定で書きます。他のアイドルたちもネタが浮かんだらガシガシ書いていきたいです。
ちなみに女子寮の間取りなどは某アダルトゲーム三角心2の魔窟さ〇なみ女子寮をイメージして書いております。あのシリーズ大好きです。
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