ルーク「正直キツい」
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ロニール雪山での、六神将との戦闘後――
アニス「げぇ!雪崩!!」
ジェイド「いけません!伏せなさい!」
ガイ「ルーク!崖から離れろ!」
ティア「ダメ!今は動いちゃ……」
ルーク「うわああああ!」
ルーク「う……く……」
ゆっくりと上体を起こし、ルークは自分の体を確認した
ルーク「どうやら生きてるみたいだな……」
ルーク「皆は……見当たらないか……」
ルーク「なんとも無かったのは運がよかったけど、雪崩に巻き込まれたか……」
雪崩に巻き込まれて、雪に埋もれなかったのは本当に幸運だった
ルークはひとまず安心する
緊張が溶けた時、自分の右手に柔らかい感触があることに気づいた
ルーク「ん……?なんだこの軟い……の……」
リグレット「」
ルーク(ま、魔弾のリグレット!?き、気絶して……っていうか!!)
思わずすぐに手をひっこめる
魔弾のリグレットと呼ばれる六神将の胸元をわしづかみにしていたのだ
ルーク「む、無意識とはいえ……悪いことを……」
ルーク「じゃなくて!えーっと……」
ルークは恐る恐る、リグレットの首元に手を当てる
そこには、確かな血の鼓動を感じた
ルーク「生きてる……か」
ルーク「……」
ルーク「だぁぁぁ!もう!めんどくせえ!」
ルークはリグレットを雪から引っ張り出すと、おんぶをする
ルーク「……見殺しになんて、できない」
数分後、ルークは大きめの洞窟を発見する
ひとまず身を落ち着かせるにはうってつけだった
ルーク「お、いい洞窟!」
ルーク「まだ生きてるよな、がんばってくれよ」
ルークはそう言うと、洞窟の中に入っていったのであった
ルーク「とりあえず横にさせて、と」
ルーク「うう、洞窟の中とはいえ寒いな……」
ルーク「相変わらず吹雪いてるけど、木を折ってくるか……」
外はもう薄暗い
薪はさっさと取ってこなければタイミングを見失う
正直、先の戦闘で万全とは言えないがルークは再び吹雪の外へ出て行った
数十分後、両腕にいっぱいの木を持ってルークは戻ってきた
ルーク「ふぅ」
ルーク「これだけありゃ今晩は大丈夫だろ」
ルーク「さーて火は……」
ごそごそとルークはアイテムポーチの中から一緒に遭難した仲間を取り出した
ルーク「今更だけど、お前も無事でよかったよ」
ミュウ「」
ルーク「起きろミュウ、お前の力が居るんだって」
ミュウと呼ばれた緑色の聖獣は、気を失っているのかただ眠っているのかわからない
しかし、ルークが軽く頬を叩いた時にそれはただ寝ていると確信した
ミュウ「みゅう~もう食べられないですの~」
ルーク「バカの見る夢なんて見てないで起きろっての!!」
状況とはかけ離れた一言にルークは苛立ち、思わずミュウを力を入れて叩いてしまう
ミュウはあっさりと気絶してしまった
ミュウ「きゅう……」
ルーク「あ、ヤベ、本当に気絶させちまった……」
リグレット「何を騒いでいる」
突然後ろからの声に、ルークは急いで振り返る
リグレットが目を覚ましたのだ
片手にはしっかりと銃が握られている
ルーク「あ……目が覚めたのか、よかった」
ルークの口からは、リグレットの思考からは考えられないような呑気な一言が出てきていたのであった
リグレット「レプリカルークだな……なぜ私を助けた」
あくまでリグレットは銃を構えている
しかし、膝をついている形だ。まだうまく立ち上がることもままならないのだろう
ルーク「な、なぜって……あの状態で見殺しになんてできないからだ!」
リグレット「私とお前は敵同士の筈だ。その場でなぜ殺さなかった」
ルーク「だ、だから!」
リグレット「本当の理由を答えろ!」
リグレットの声が洞窟内に反響する
ルークは悲しそうに顔を伏せるが、すぐに視線を戻す
剣を構えるつもりなどルークには無かった
ルーク「……本当に、助けたかったからだよ」
リグレット「なぜだ」
ルーク「俺は、お前たちと戦いたいわけじゃねえし、それに」
リグレット「……」
ルーク「ティアも悲しむ」
ルークはあくまで真っ直ぐリグレットを見ていた
すっかり毒気を抜かれたリグレットは、銃を降ろした
リグレット「フン、ティアに似て甘いやつだ」
ルーク「それでいいよ。今は2人で生き残る方法を考えなくちゃな」
ほっとしたかのようにルークは腰を下ろした
リグレット「そんなに信用していいのか?……ここでお前を[ピーーー]こともできるんだぞ?」
ルーク「だったらなんで今殺さなかったんだよ」
リグレット「……ティアが悲しむ」
ルーク「なんだよそれ。それじゃ、今は休戦といこうぜ」
リグレット「好きにしろ」
ルーク「早速だけどよ、薪拾ったから火、つけてくれねえか?」
リグレット「……」
ルークの頼みに、リグレットはセットされている薪に目を落とした
手のひらから第五音素を放ち、薪に火が灯る
冷え切っている洞窟内に、少しづつ暖気がたまっていくのをルークは感じた
ルーク「ありがとう。これで漸く暖が取れるな」
リグレット「……」
ルーク「……」
リグレット「……」
ルーク(き……気まずい!!)
ルーク(さっきまで戦っていた相手とこんな空間に一緒に沈黙でいるなんて)
ルーク(間が持たない!)
重い沈黙にルークは押しつぶされそうになっていた
話しかけようにも、話題などない
そもそも、敵同士であるのに話などしてくれるのかどうかすらルークには疑問だった
リグレット「何をそわそわとしている」
ルーク「え?」
意外にも、声をかけてきたのはリグレットだった
目線は焚き木のままだ
リグレット「こんな状態じゃ魔物も来ないだろう。今は体を休ませておけ」
ルーク「あ、ま、うん、そうだな」
リグレット「火の番なら私がしておく。寝れなくても瞳を閉じてじっとすれば体力は回復する」
リグレット「あまり余分なエネルギー使うと、こんな中じゃ死ぬぞ」
ルーク「い、いや火の番は俺が……」
リグレット「私を担いでここまで来たのだろう?しかも薪まで無理して集めて」
リグレット「お前の思っている以上に、体力は減っている筈だ」
ルーク「……」
リグレット「分かったらさっさと寝ろ。闇討ちをするつもりはない」
リグレットの銃は腰のホルダーに入ったままだった
ルークはなんとなくうれしい気持ちになっている事が不思議だった
ルーク「あぁ、わ、わかったよ。……ありがとう」
リグレット「……」
ルークはもぞりと横になると、目を閉じた
ルーク「zzz」
リグレット「本当に寝るバカだとはな……」
静かに寝息を立てるルークに呆れた一言がリグレットから出ていた
しかし、すぐに自嘲するように笑みを浮かべた
リグレット「……ここで殺してしまえない、私も馬鹿か」
リグレット「……」
リグレットは洞窟の外をすこし覗いた
相変わらず風が強く、雪が視界を遮っている
リグレット(吹雪は止まりそうにないな……)
リグレット(あとで洞窟の奥を調べてみるか)
おそらくは、行き止まりであろう
しかし、もしかしたら水が溜まっている空洞があるかもしれない
それならば飲水を確保できるし、もしかしたら食料となる魚も取れるかもしれない
しかし、先の戦闘のキズもありリグレットはすぐにその場から動けなかった
リグレット「……」
リグレット(奥を探索するのはレプリカルークが起きてからだ)
ルークが起きたのは、1時間ほど経ってからだった
外はもうすっかり暗くなったが、以前吹雪いたままだった
鈍い頭をムクリと持ち上げると、リグレットがこちらを見ている
ルーク「……おはよう」
リグレット「奥を見てくる、貴様は火の番をしていろ」
ルークの挨拶など当然のように無視し、リグレットは立ち上がる
ルークは慌てて立ち上がった
ルーク「お、おいお前は寝なくていいのかよ」
リグレット「奥を見てきたらそうさせてもらう、黙って火を見ていろ」
ルーク「……」
ルーク(……なんで言い返せないんだ、俺)
リグレット「……やはり」
リグレットの読み通り、洞窟の奥は行き詰まりだった
しかし、奥には巨大な空洞があり、澄んだ水が張っている
リグレットは水を手にすくうと、一口だけ口につける
リグレット「……飲める」
それだけわかると、リグレットはアイテムポーチからホーリーボトルを2つ取り出し、中身を捨てる
数回ホーリーボトルの空き瓶を濯ぐと、瓶いっぱいに水をため、その場から踵を返した
ルーク「お、お帰り」
リグレット「奥に大きな水たまりがある。あとで貴様も調べておけ」
ルーク「お、おう……」
水がいっぱいに溜まった瓶を投げ渡され、ルークはぽかんとなる
ルーク「あ、ありがとう」
リグレット「ふん、貸し借りは嫌いなんでな」
ルーク「……」
リグレット「何を見ている」
ルーク「俺、リグレットってもっと冷たい奴かと思ってた」
リグレット「何を言い出すかと思えば」
ルーク「水、ありがとう。すげーうれしいよ」
リグレットはどこか鈍器で殴られたような感覚を覚えた
ルークの間の抜けた一言一句に、どうも調子を狂わされている自分がいるのだ
リグレット「……ッ。次は自分で取りに行け!」
ルーク「あぁ、そうする」
リグレット「……」
ルーク「な、なぁ、寝ないのか」
水を確保してからというもの、リグレットは横になる気配がなく、ルークはおずおずと聞く
リグレット「……」
ルーク「あの、さ……俺が言うのも変だけどよ、キズも軽くないんだから」
リグレット「黙れ」
リグレットの一言が洞窟に重い静寂を作り出す
ルークは当然言い返せず、小さくなってしまう
ルーク「……」
リグレット「……」
ルーク「……」
リグレット「……」
ルーク「火の番なら俺がやるから、な?」
リグレット「……」
ルークの声はどんどん小さくなってしまっていた
リグレット「私は軍人だ。一日くらい寝なくても大丈夫なように訓練されている」
ルーク「……」
呆れたような視線をリグレットは感じた
実際、ルークはやっぱりというような半目でリグレットを見ていたのだ
リグレット「何だ」
ルーク「いや、やっぱティアの教官なんだなって思って」
リグレット「何だと?」
ルーク「ティアもよく軍人だからとか、軍人としてとか口癖のように言ってるけどよ」
ルーク「それで倒れかけたりしてるんだから、関係ないって俺は思うよ」
リグレット「……」
ルーク「仲間なんだからキツい時は助けるから、そういう時は頼って欲しいっていうか、なんというか」
ルーク「あ、でもリグレットは仲間じゃない、のかな」
ルーク「少なくとも今は一時的でも敵じゃないんだからさ」
リグレット「黙れ」
ルーク「……」
リグレット「……」
リグレット「……気が散る、黙って火だけ見ていろ」
リグレットはそれだけ言うと何も言わずに横になった
ルークは少し微笑むと、火に薪を入れた
何時間経ったのだろうか
リグレットが浅い眠りから覚めた時、近くにりんごが置いてあった
ルーク「お、起きたか」
リグレット「……なんだこれは」
ルーク「俺の食料の持ち物当番、果物だったから。それはリグレットの分」
リグレット「貴様のモノを食えだと?」
ルーク「毒なんて盛らねえし、作れねえし、持ってねえよ。ジェイドじゃあるまいし」
リグレット「……なぜ私に食料を渡す。貴様だけで食えばいいだろう」
ルーク「はぁぁぁ」
ルークは思いっきりため息をつく
その様子に、リグレットの美形の顔の眉間にシワがよる
ルーク「俺は、お前を殺したいなんて思ってない。この場から一緒に助かりたいと思ってる」
ルーク「どんなに胡散臭いと思われても、本当なんだよ。なんなら一口毒味してやろうか?」
リグレット「……」
リグレットは一口、リンゴをかじった
どうも、さっきからルークの口車に乗せられているようで、リグレットは妙な苛立ちを覚えていた
その一方で、ちゃんと食べてくれた事にルークはにこりと笑っていた
ぱち、と木の爆ぜる音だけが洞窟内を響かせた
ふたりともあれからずいぶんと会話もなく、ただ一点に火を見つめていた
ルーク「……」
リグレット「……」
ルーク(……さっきまでは殺しあってたんだよな)
ルーク(それが、利害が一致するとこうなるんだもんなぁ)
今の環境が妙でいて、しかし思った以上に不快感など無い事にルークは奇妙さを覚えていた
リグレット「……」
ルーク(リグレットはどうしてヴァン師匠に着いていこうと思ったんだろう)
ルーク(やっぱ、過去になにかあったんだろうな)
いくら頭で考えても、わからないことはわからなかった
目の前の彼女に、それを聞いたところでなにも教えてはくれないだろう
リグレット「……」
ルーク「……」
ルーク「……ちょっと水の補給に行く」
リグレット「……」
ルークは立ち上がると、リグレットに手を伸ばしていた
ルーク「ほら」
リグレット「……なんだその手は」
ルーク「リグレットのぶんもついでに汲んでくるよ」
リグレット「大きなお世話だ」
あくまでリグレットはルークとは距離を取ろうとする
しかし、ルークも安々と諦めるようなことはしなかった
ルーク「さっき俺にそれをやったのはリグレットだろ」
リグレット「……」
ルーク「変なところで意地はるのやめようぜ?ほら渡せって」
リグレットはまだ少し残った瓶をルークに投げ渡す
ルーク「おっと」
ルーク「サンキュ、んじゃ行ってくる」
何故かお礼を言われたリグレットは、ルークの思考がわからなかった
リグレット「……やはりただのバカか」
ルーク「本当に水が溜まってるんだな……」
ルーク「……水棲の魔物の心配はないかな」
近くに妙な気配は感じない、静まり返った空間だった
ルークは2つのビンに水を満たした
ルーク「……リグレットは俺を敵としか見れないんだよな」
ルーク「当たり前だよな……あんな戦いした後なんだ」
ルーク(なんでヴァン師匠に協力するんだろう)
ルーク(聞いても、答えてくれないだろうけど)
この数時間で何度も考えた事がまたルークの頭の中を支配した
しかし、結局はわからないという結論しか出ないのだ
ルークはため息をつくと、その場を去ろうとする
ルーク「……やべ」
ルーク「ど、どっちが俺のビンだ……?」
ルーク「ただいま」
リグレット「……」
ルーク「はい、これリグレットのぶん」
ルークはリグレットに水の溜まった瓶を手渡した
リグレットはそれを受け取る
リグレット「……すり替えてないだろうな」
ルーク「そ、そんな事するかよ!」
リグレット「フン、どうせどっちが自分のか分からなくなるくらいか」
ルーク「う、そ、そんな事ないってえの!」
図星なことを言われ、ルークはどもる
リグレット「黙れ」
ルーク「……」
ルーク(なんなんだよもう……)
相手の思考がわからないのは、ルークも同じだった
リグレット「……」
ルーク「……」
再び静寂が洞窟を覆う
気まずい空気が二人の間をおおった
ルーク「……」
リグレット「……」
というわけでテイルズオブジアビスの二次創作的なアレ
書き溜めはあるので数日で終わりますがよろしければおつきあいくださいませ
誰も見てなくてもめげない(´・ω・`)
しかし異変が起きたのはすぐだった
洞窟に魔物の咆哮が響いたのだ
それに続いて、ずしんと重い足音が聞こえる
ルーク「な、なんだ!?」
リグレット「構えろ!人間ではない!」
リグレットとルークは素早く立ち上がると、武器を構える
ずしん、ずしんとゆっくりと足音が近くなる
リグレット「火を死守するぞ」
ルーク「了解、任せとけ!」
洞窟内に現れたのは白い鱗を持った巨大な魔物だった
強靭な後ろ足で二足歩行し、前脚と後ろ脚にはぎらりと鋭利な爪が光っている
魔物はルークとリグレットを見るやいなや飛び掛かった
ルーク「まじかよ!」
リグレット「っく!」
火が自分の後ろにあり、とっさに避けることが出来ないルークは、自分の剣を盾にして魔物を止める
ルークの身体よりも巨大な魔物の攻撃は強く、ズルズルと押しやられてしまう
普段ならもっと力は出るだろうが、先の戦いで疲弊していたのはリグレットだけではないのだ
ルーク「ぐ、ぅ……!!」
リグレット「そこだ!」
リグレットの二丁拳銃が音を上げ、魔物の後ろ脚、急所の指の間に命中する
怯んだ魔物に、ルークは回し蹴りをきめた
魔物は悲鳴を上げて一歩後退する
両足の指の間から血があふれるが、魔物はなおも立っていた
ルーク「タフだな、クソ!」
リグレット「どうやら此処は奴の棲家のようだな」
ルーク「悪いけど、倒すしか無い!」
ルークは体制を整えると、慎重に間合いを詰める
魔物は足のダメージが堪えているようで、動きが鈍くなっている
しかし、ルークはこの時にむやみに間合いを詰めて痛い目を何度も見てきていた
後ろのリグレットは銃を構えると、ルークに当たらないように発砲した
ルークの真横を弾が横切り、魔物に直撃する
しかし、魔物の厚い鱗は弾を弾き返してしまった
リグレット「っち……」
魔物は逆上し、口から氷弾を吐き出す
ルーク「くっ……」
ルークは氷弾を剣でガードしたが、予想以上に威力は強く体制を崩してしまった
魔物の咆哮が響き、動きが鈍くなったと思われていたが、予想に反してルークに猛突進する
ルーク「っがあ!!」
ルークは弾き飛ばされ、後衛のリグレットの真横まで吹き飛ばされてしまう
リグレットは牽制で発砲し続けるが、硬い鱗を貫けない
先程は指の間の急所をつけたからこそのダメージだったのだ
リグレット(っち、このキズさえ無ければ……)
譜銃と呼ばれるリグレットの銃は、使い手のフォンスロットからあふれる音素の力に威力が左右される
少し休んだといえ、一度倒れるほどのキズを負ったリグレットに譜銃を通常通りの威力で発砲できるほどのコンディションはなかった
ルーク「さ、下がってろよ」
腹を抱えながらルークはリグレットの前に立つ
リグレット「バカ言うな、貴様も立つのがやっとに見えるぞ」
ルーク「っへ、鍛えてるんでね。この程度じゃまだまだ」
リグレット「強がるな、あの直撃で軽傷ですむものか」
ルーク「それはお互い様だろ、お前ついさっきまで気絶してたんだぞ。それに、さっきから攻撃がいつもの威力が出てないようだぜ」
リグレット「くだらない事ばかり気にしているんじゃない」
ルーク「お互い一人じゃアイツの相手は無理だろ」
リグレット「っち……」
魔物が唸り声をあげ、荒い鼻息を吹き出す
ずしんずしんと少しずつ距離を縮めてくる
リグレット「レプリカ、30秒時間を稼げ」
ルーク「なんか、策でもあんのかよ」
リグレット「こういう環境下で生きている魔物は耐寒性はあっても耐熱性は少ない場合が多い」
ルーク「譜術か」
リグレット「いつもなら数秒でできるはずだがこんな状況じゃどうなるかわからん」
ルーク「わかった、間合いを多くとっとけよ」
リグレット「ぬかるな、共に焼かれたくなければ発動前に確実に避けろ」
ルーク「わかってる!」
ルークはリグレットの前に立つと、剣を縦に構える
リグレットは通常の倍近い間合いを取り、第五音素に集中する
「グオォォォ!!」
魔物は荒々しく雄叫びを上げると、ルークに突撃した
それを見てルークは剣を地上に突き刺し、簡易的な結界をつくる
ルーク『守護方陣!』
第七音素の壁は魔物の侵入を拒み、わずかながらルークのキズを癒やした
ルークの結界に激突した魔物だが、それでもなお怯むことなくルークに攻撃する
所詮譜術でもティアのような譜歌でもない結界のそれは、簡単に限界が来てしまった
ルーク「やべえ……」
魔物は大きく息を吸うと、再び口から高弾速の氷弾を吐き出した
結界は破れ、ルークはそれを急いで引き抜いた剣で受けはしたが、手がしびれてしまった
ルーク「ぐ……」
ルークが必死に時間を稼いでいる中、リグレットのフォンスロットが漸く第五音素を収束させられるようになっていた
リグレット『炎よ――』
魔物の猛攻は更に激しく、ルークは防御だけで精一杯だった
狭い洞窟内では大きく避けることもできない
ルーク(まだかよぉ!?)
ジンジンと痺れる手と、氷点下の気温、そして相手の氷弾でルークの手はもう感覚がなくなっていた
しかし、ここで手の力を抜いたら、リグレット共々死んでしまう
魔物が再び咆哮を上げた
リグレット(来た!!)
リグレットの体から溢れんばかりの第五音素が集う
ルークもリグレットの合図無しに、準備が出来たことを察した
リグレット『業火よ、焔の檻にて焼き尽くせ!』
ルークはあわてて魔物からバックステップで距離を取る
その直後、リグレットの譜術が炸裂した
リグレット『イグニートプリズン!』
魔物の周囲に炎の檻のように火柱が立ち、その中心部に爆音と共にひときわ大きい業火が立ち込める
魔物は声も上げずに倒れた
ルーク「はぁ……はぁ……なんとかなったな……」
リグレット「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ」
ルーク「リグレット……?」
リグレットはその場で片膝を付いていた
万全ではない、傷ついた体で上級譜術を使った影響で体の負担が大きく、体力を消耗してしまったのだ
ルーク「お、おい大丈夫かよ」
ルークがリグレットに振り返り、心配して近寄るがリグレットは拒む
リグレット「……っ、触るな!」
ルーク「で、でも!」
リグレット「貴様なんぞの……はぁ、はぁ……手助けなど……」
ルーク「リグレット……」
ルークは少しだけ顔を伏せるが、すぐにリグレットに近づく
ルーク「今は休戦で、協力するはずだろ!じっとしてろ!」
リグレット「き、貴様……」
リグレットはルークを振り払おうとするが、キズが傷んで思うように動かない
ルークはその場に剣を刺すと、リグレットに手を添えた
ルーク「ほら、いいから横になれって」
リグレットに負担がかからないようにそっとルークはリグレットを横にしようとする
リグレット「触るな……!っは!?」
ズン、と聞き覚えのある足音がルークの後ろから聞こえる
ルーク「マジかよ!?」
先ほど倒した魔物はまだ立ち上がる体力が残っていたのだ
魔物は先の戦闘ほどのスピードは無いものの、ルークに突進する
ルークはリグレットを素早く寝かせると、なんとか立ち上がり、振り返る
ルーク「っく……」
剣を構える暇などなく、ルークは右腕を盾にして踏ん張る
魔物の凶爪がぎらりと光り、ルークの右腕に食い込んだ
ルーク「っが……ぐぅ!?」
右腕からは予想以上すぎる激痛が走るが、ルークは歯を食いしばり耐える
そして、左手で先程刺した剣を引き抜く
ルーク「いい加減寝てろよ!!」
魔物の大きく開けた口内に剣が突き刺さり、後頭部まで貫通する
魔物は今度こそ力なく倒れ、動かなくなった
ルーク「はぁ……はぁ……」
痛む右腕をおさえ、ルークはリグレットに振り返った
ルーク「だ、大丈夫だったか……」
リグレット「き、貴様」
リグレットが何か言おうとする前に、ルークはその場でどさりと倒れた
リグレット「レプリカ!?」
ルーク「……」
リグレットはルークに近づき、ルークの顔を見る
ルークの顔は赤く、熱を帯びており、息は荒い
リグレット「この症状……」
リグレットはルークが先ほど抑えていた右腕のキズを見た
魔物の爪痕がくっきりとのこり、血が未だあふれている
そして、傷跡が赤く腫れ上がっている事がわかった
リグレット「毒……!?」
しかしここにはパナシーアボトルのような、解毒作用のあるアイテムは無い
自分の治癒術で回復させることはできるかもしれないが、これ以上無理をして譜術を使うと成功もせずに自分も倒れてしまう可能性が高い
リグレット「っく……」
ルーク「リグレット……ケガ、ないよな……」
掠れるような声でルークが言う
リグレットは怒りの形相でルークの胸ぐらを掴んだ
リグレット「貴様、なぜ避けなかった!?あのタイミングなら、避けれていただろう!」
ルーク「……後ろに、お前、いただろ」
リグレット「……ッ」
力のないルークの言葉にリグレットは奥歯を噛みしめる
リグレット「私は敵だ!お前の!私がどうなろうと、お前には関係無いはずだ!!」
ルーク「……」
リグレット「答えろ!レプリカ!!」
ルーク「俺……俺は……」
ルークの声は、掠れて今にも消えてしまいそうだった
ルーク「関係なく……ない……から……」
リグレット「……?」
ルーク「誰かが死んでいくところ……なんて……」
ルーク「俺が不甲斐ないから、皆死んでいくなんて……」
ルーク「もう沢山なんだよ……」
リグレット「……」
ルーク「お前こそ、ほっとけよ……敵に救われた命だ。儲けモンだろ?」
力なくルークは笑った
リグレットは、静かにルークの胸元から手を離した
リグレットは何も言わずに魔物からルークの剣を引き抜く
そして、殆どなくなった水の入ったボトルを2つ持つと、水の張った奥までよたつきながら走って行く
ルーク「……?」
暫くすると、水で洗われた剣と、ボトルに満杯に満たされた水を持ってリグレットは戻ってくる
そして、リグレットは自分の上着を脱ぐと、袖をルークの剣で切り取る
今度は、ルークの右腕の傷の上部に少し力をいれる
ルーク「痛ゥ……」
リグレット「我慢しろ。毒を抜く」
ブシュ、と血が僅かに抜けるのをリグレットは確認すると、先ほど切り取った布片でルークの右腕を縛る
ルーク「何、やってんだ……」
リグレット「半死人は黙って寝ていろ」
リグレットはルークの患部に直接口をつけると、血を吸い出しはじめる
少し吸っては吐いてを繰り返し、毒を抜く
ルーク「……」
リグレットは最後にルークの患部をボトル2本の水で入念に洗い流し、キズの上部に縛っていた布片を患部に縛り直し、また水を注ぎに奥に歩いて行った
ルーク「リグレット……」
ベッ、と僅かに赤くなった水を吐き出す
リグレットは数度口を濯ぐと、少しだけ嘆息した
リグレット(何をやっているんだ私は……)
相手は敵だ
しかも超振動を未熟ながらに扱い、戦闘力も出会った時とは違い、もはや素人のそれとは言いがたいほどに向上している
リグレットは油断したつもりなど無かった
たとえ、人数で劣っていようともルークたちに打ち勝つ自信はあったのだ
しかし、結果は――
リグレット「……」
ここで治療をやめ、何もしなければ……
おそらく、ルークは抜け切らない毒の体力消耗と脱水症状、そして極寒の環境下で息絶えるだろう
しかし、リグレットの何かがそれを許さなかった
その何かが、リグレットにはわからない
その感情がとても苛立たしく、不愉快だった
リグレットはボトルに水を満たすと、ルークのところに戻っていった
その足は、勝手に小走りになっていた
ルーク「……」
ルークは未だ苦しそうに荒く息を立てている
リグレットはルークの半身を支えて、少しだけ起き上がらせる
ルーク「……?」
言葉を発する体力ももうないのか、目線だけでリグレットに疑問を投げかける
リグレット「水を飲め。ゆっくりでいい」
リグレットはルークの後頭部を左手で支えるように持ち上げると、そっとルークの口にボトルを傾ける
ルークは目を細め、口に入り込む水を少しずつ嚥下していった
リグレット「……」
ルーク「……」
ルークの様態は依然悪く、息は荒い
抜け切らない毒と、低すぎる気温が容赦なくルークの体力を奪うからだ
リグレットはルークを火の近くに寝かせたが、気休め程度でしかないだろう
リグレットはルークの額に手を当て、ルークの上がった体温を手から感じる
リグレット(……)
ルーク「……」
ルークは目を閉じてしまい、もう何もしゃべらなかった
眠っているようにも見えたが、意識が無いだけなのかはわからなかった
リグレットは何も言わずに、火の中に薪を入れた
1時間くらい経った時だろうか
リグレットはルークが何も言わずに目を開けていることに気づいた
リグレット「まだ喋れないか」
ルーク「……」
力なく目を配らせ、リグレットは理解する
リグレット「何か食べたほうがいい」
リグレットはルークのポーチからまだ余っていたリンゴを取り出した
リグレット「食べられるな?」
ルーク「……」
ルークは力なく首を横に振ったようにリグレットは見えた
リグレット「何も言わずに食べろ」
リグレットはルークの意思を無視し、リンゴをルークの剣で切っていく
食べやすいように小さいブロックに切ったリンゴを、リグレットはルークの上半身を持ち上げ食べさせようとする
リグレット「口を開けなさい」
ルーク「……」
ルークは目を閉じてしまい、僅かに口を開いていた
それは、苦しそうに呼吸をするためであったが、リグレットは容赦なくリンゴをいれた
ルーク「……ぁ」
ルークは呼吸を邪魔される形になり、小さく呻くが、必死にそれを咀嚼しようとした
しかし、今のルークにリンゴは硬すぎた
ルーク「が、ゲホ、ゲホ……」
ルークは大きく咳き込むと、リグレットの入れたリンゴを吐き出していた
リグレット「……」
全く噛んだ跡の無いリンゴを見て、リグレットは少し嘆息した
リグレット「……」
リグレットはリンゴをもう一つ切ると、自身の口に入れると咀嚼し、ルークの顔を持ち上げた
口を少しだけ開けさせ、リグレットはそのまま咀嚼されたリンゴを口移しした
ルークはそれを、飲み込んだ
ルーク(……リグレット?)
ルーク(……)
口の中に入り込む、甘酸っぱいリンゴの味
咀嚼されて入り込むそれは、ルークの喉に抵抗なく入っていった
ルーク(温かい……)
ルークにはぼんやりとリグレットの姿が見えていた
ルーク(……?)
ルークに最後に水を与えると、彼は眠ってしまった
外は未だ吹雪いている
明日の朝まで、薪は足りるだろう
私は最後に薪をくべると、静かに目を閉じた
休める時に、休まなければこっちの身だって危ないのだ
『やっぱ、優しいんだね』
リグレットが目を開けた時、外はもう明るくなっていた
火は消え、煙も立っていない
リグレットは静かに眠るルークのそばによる
安定した寝息を立てるルークに安堵すると、余っている木の枝を集め再び火をつけた
一晩で冷えきった洞窟内に、暖かい熱が少しずつ溜まっていくのを感じる
外を見ると、もう吹雪は収まっていた
薄暗かった雲は晴れ、外は美しい銀世界が広がっていた
とはいえ、新雪がつもっている
ルークの体調次第では今日も野宿をせざるを得ないだろう
リグレット「……」
ふぅ、と冷たい息を吐き出すとリグレットは水を汲みに行った
少し水を飲み、元のところに戻るとルークの上でピョンピョンと跳ねる緑の生物がみえた
ミュウ「みゅう!みゅう!ご主人様!朝ですの!」
ミュウ「起きてくださいですの!ティアさんも、ガイさんも、みんな居ないのです!」
リグレット「チーグル……?」
神託の盾では聖獣であるチーグルが必死にルークに話しかけていた
ミュウはリグレットを見ると、焦りながらルークの顔をぺしぺしと叩く
ミュウ「みゅみゅ!?ご、ご主人様!起きてくださいですの!?敵さんのリグレットさんがいるですの!ぼく一人じゃ倒せないですのー!!」
リグレット「うるさい、今のレプリカを無理に起こすな。本当に死ぬぞ」
ミュウ「みゅみゅ!?」
ルークの上で激しく飛び跳ねるミュウに、リグレットは嘆息しながら言った
ミュウは死ぬの一言でぴたりと止まり、小さく俯いた
ミュウ「みゅ、ミュウはどうなってもいいですの……でも、ご主人様をいじめないで欲しいですの!」
リグレット「何もしない……気に入らないがルークには借りがある」
ミュウ「みゅ!?本当ですの!?本当にご主人様を叩いたり、つねったりしないですの!?」
リグレット「しないと言ったらしない。お前の主人は毒に侵されている、あまり騒ぐと体によくないぞ」
ミュウ「みゅ!?大変ですの!ご主人様、死んじゃうですの!?」
リグレット「さあな、やれることはやっている。だから騒ぐな」
わからない奴だとリグレットは微笑んだ
魔物がしゃべるというはおかしな話だが、体を必死に使って語りかけてくるのはおもしろい光景だった
ミュウ「……リグレットさんは、ご主人様が嫌いなんじゃないんですの?」
ミュウの無邪気な疑問が、リグレットに飛んだ
リグレット「いきなりなんだ」
ミュウ「ミュウ、知ってるですの。ご主人様とリグレットさんは、戦ったことあるですの」
リグレット「……位置的には敵同士だな」
ミュウ「じゃあ、なんでご主人様を助けてくれたですの?」
リグレット「……」
私は言葉が出なかった
貸し借りは無しにしたいというは言うのは簡単だった
しかし、何かが心にひっかかるものがあったように感じてならない
それが何なのか、リグレットにはわからない
リグレット「私もレプリカに借りがあると言っただろう。……命を二度も救われている」
ミュウ「さすがご主人様ですの!」
ミュウは嬉しそうにぴょんと跳ねると、ごそごそとルークのアイテムポーチに入っていく
そして、大きいリンゴをよちよちと私のところまで持ってくる
ミュウ「リグレットさんもお腹すいたですの?ミュウはペコペコですの~」
リグレット「……」
満面の笑みで私にリンゴを差し出すミュウに、思わず笑みがこぼれてしまう
私はミュウからリンゴを受け取ると、何も言わずに食べ始めた
ミュウもまた、もう一つリンゴを取り出すとかじりはじめた
『気づかないふりばっかしないで』
はっとリグレットは目を開けた
リグレットは眠ってしまっていた事に気づく
ルーク「起きたか」
ルークの声がして、リグレットは顔を上げた
幾分か顔色のよくなったルークが座っている
そして、ルークの膝には眠っているミュウがいた
ルーク「ありがとう、看病してくれたんだよな」
リグレット「言っただろう、貸し借りは嫌いでな」
ルーク「あぁ、でも体調もよくなったよ。ありがとう」
リグレット「……歩けるか?」
ルーク「モチ。降りようぜ」
リグレット「……その前に何か食べておけ」
ルーク「と、そうだな」
ルークはポーチに入っていた最後のリンゴを食べ始めた
数分後、リグレットとルークは立ち上がり、銀の世界へ足を踏み込み始めた
外は眩しいくらいに輝いていた
昨日の嵐などなかったかのように
雲も僅かにしか無く、雪も降っていない
しかし道がわからなかった
ルーク「足が持ってかれるな」
リグレット「急に崖になっていることもある、十分に注意しろ」
ルーク「げ、マジかよ」
リグレット「……」
ずぼずぼと先行するルークに、リグレットは何も言わずについていった
魔物の姿は無く、当たりは風もないためかやたらと静かだった
ルーク「っはー」
リグレット「どうかしたのか?」
急に立ち止まるルークにリグレットは問いかける
ルーク「いや……雪山って、こんなに綺麗だったんだなーって」
リグレット「……」
ルーク「俺さ、本当に世間知らずでさ……雪って冷たくて、積もるし、それでいてしっかり濡れるしうぜーとか思ってたんだ」
ルーク「それに雪山じゃ吹雪いて寒いなんてもんじゃないし、痛いしで……」
ルーク「でもさ……」
ルーク「こんなにも綺麗だったんだなって」
リグレット「……」
ルーク「ずっと嫌なイメージが強かったんだ。でも、この雪山を見てるとさ」
ルーク「雪ってこんなに綺麗で、静かで神秘的な姿もあるんだなって」
ルーク「感動しちゃって……って!」
何も言わずにルークの言葉を聞いていたリグレットの顔を見てルークは我に返る
ルーク「お、俺何言ってんだろうな!!ハハ、わ、忘れてくれよ!恥ずかしいしだせえし!!」
リグレット「あ、気をつけなさい!」
あわててずぼずぼと歩き始めるルークにリグレットは注意する
しかし、足をもつらせたルークは盛大に転んでしまった
ルーク「だぶぅ」
リグレット「まったく何をしているんだ」
ルークの腕を掴み、リグレットはルークを起き上がらせた
ルーク「わ、わりぃ、ありがとう」
リグレット「……」
リグレットはぱっと手を離すと、そっぽを向いてしまった
リグレット「勘違いするな、今は停戦だからやっただけだ」
ルーク「なんだよ、いまさら」
リグレット「山を降りたらもう敵だ。それを忘れるなよ」
ルーク「……!」
リグレットはそれだけ言うと、先を歩いて行った
ルークは少しだけうつむくが、リグレットを追いかけ始めた
それからは互いに何も喋らず、数時間降り続けた
そのうち、開けた場所につくと、リグレットはふぅ、と一息ついた
ルークは歩みを止めたリグレットを不思議そうにみつめた
リグレットはルークに突然ふりかえると、口をひらいた
リグレット「昨日と、今日のことは誰にも言うな」
ルーク「え?」
リグレット「互いのためだ。敵同士ということを忘れるなよ」
ルーク「リグレット……」
リグレット「次に会う時は殺しあいだ」
ルーク「リグレット、俺は!」
リグレット「黙れ」
リグレットはルークに銃口を向けていた
ルークは何も言えなくなる
リグレット「バカなお人好しのせいで誤解が生まれてしまいそうだからな。今更、分かり合えるものでもない」
リグレット「お互いよくわかっているはずだ」
リグレットはそれだけ言うと、ピィッと口笛を吹く
そうすると、大型のグリフィンがリグレットの上空から降りてくる
リグレットはグリフィンの足を掴むと、上空に飛び去ってしまった
ルーク「リグレット……」
しばらく、リグレットが消えた空をルークは見つめていた
そうすると、下から声が聞こえた
ルークは急いで道の先に目を凝らす
ティア「ルーク!!居たら返事をして!」
ガイ「ルーク!!どこだーー!!」
ティアとガイが探しに来てくれていたのだ
ルークはたまらずに声を上げた
ルーク「おーい!!ここだーー!!」
大きく手をふって存在をアピールする
ティアとガイはそれを確認すると、走って来てくれた
ティア「ルーク、よかった、私、あの後ルークになにかあったら……」
ガイ「体は昔から頑丈だったからな。でも今回はやばかったぞ」
ルーク「心配かけちまったな、俺は大丈夫だ」
ガイ「旦那たちはもう少し下を探してくれてるよ」
ティア「まって、ルーク、その傷どうしたの?」
ルーク「あっ……」
ルークの右腕には未だにリグレットの縛ってくれた布が巻き付いていた
ティアが心配そうに布を解くと、生傷が顔をのぞかせた
ティア「結構深いわね、ちょっと待って、回復させるから」
ルーク「そうだな、たのむよ」
ガイ「魔物でも出たのか?」
ルーク「あ、あぁ、なんとか倒せたんだけど傷負っちまってさ」
ティアがルークの傷に治癒術をかける
傷は塞がるが、僅かに残った毒素が傷跡を赤く腫らせていた
ティア「……毒?」
ティアは毒の形状を見逃さず、再び治癒術をかけようとする
ルークはなぜかそれを避けようとしてしまった
ルーク「あ、だ、大丈夫だよ」
ティア「ダメ、じっとしてて」
ティアはルークの腕を掴み、再び治癒術を唱え始めた
ガイ「おいおい、毒って……」
ルーク「そんなにキツくなかったぜ?気づかなかったよ」
ガイ「本当かよ……」
ルーク「本当だって」
すぅ、とルークは体から毒素が抜けていくのを感じた
ティアは満足そうににこりと笑うと、ルークから手を離した
ティア「これで大丈夫よ」
ルーク「あぁ、ありがとう」
ガイ「ほんじゃ、降りようぜ!皆心配してたんだぞ?」
ルーク「え、パッセージリングは……」
ガイ「アホ!お前丸一日野宿してたんだぞ!六神将はもう居ないんだから、しっかり休んでからだ!」
ティア「バカね、もう……」
ルーク「そ、そうか……」
ガイ「あの後セフィロトの入り口も見つけて、封術も解いてあるから安心しろって」
ティア「今はともかく、貴方が生きていてよかった。だから、万全の状態でまた来ましょう」
ルーク「……あぁ」
ルークはちら、と再び空を見た
ルーク(まさか、ティアたちが近くにいたの分かったからあのタイミングで……?)
ルーク(本当はあの洞窟の時からグリフィンを呼べてたんじゃ……)
そう考えたら、ルークは少しだけ微笑んだ
ルーク「どっちがお人好しだよ」
ガイ「んぁ?なんか言ったかルーク?」
ルーク「なにも?」
ガイ「そうか……?」
ティアはルークの後ろで布の切れ端を見つめていた
ティア(この布……形状からして服の袖?)
ティア(ルークの服はこんな袖をしていないし、ルークがたまたま持っていたなんて考えづらい)
ティア(でも、これ……見たことがあるような……)
ティア(それに、あの傷の正確な処置の跡……)
ティア(やっぱ、ルークは誰かと居たとしか――)
後日、ルーク達はアブソーブゲートでヴァンと戦った
この戦いに、リグレットは居なかった
そのことにルークは、どこかで安堵していた
ヴァンはパッセージリングの底へ、剣を残して消えていった
戦いが終わったのだ
ルークはどこかで彼女の事を考えていた
――この後、リグレットはどうするのだろうか
今日は終わりです
もう古いゲームのSSなのに読んでくださる方がいらっしゃって感激しています
次もがんばります
ユリアシティ
ティア「久しぶりね、ルーク」
ルーク「あぁ、ティアも元気そうでよかった」
ヴァンを倒した数ヶ月間、ルークは再び軟禁状態にあった
しかし、突然ルークは外出許可がおりて、最初にユリアシティへと飛んでいた
もちろん、暫く会っていなかったティアにも会いたかった事が理由でもある
しかし、ルークには別の目的もあった
ティアの家の1階奥
ユリアシティの名簿
ティアからは閲覧を許可されている
ルークは、その本を1ページずつ読んでいた
自分を救ってくれた、あの人を探して
ページをめくっていたものの、彼女の名前はなかった
ティアが彼女の教官だったという話は聞いていたので、もしかしたらと思ったが見当違いのようだった
ルークは程々に本を調べるのはやめ、ティアの部屋に戻る
ティアにも、話を少し聞いてみたくなったからだ
切り出しにくい話ではあったが、今くらいしか聞くタイミングは無いようにも思えた
ルーク「なあ、リグレットってどんな人だったんだ?」
ティア「あら、珍しい事を聞くのね」
ルーク「いや、ティアが尊敬する人ってことだから……元はいい人なんじゃないかなって……」
ティア「そうね……私が士官候補生の時の教官だったもの、厳しい人だったわ」
ルーク「だよなぁ」
ティア「でも、私が何かあった時は本当にすぐ気づいてくれて、頼れる優しい人だったわ」
ルーク「……」
ティア「本当は、あの人にはもっと色んなことを教えてほしかった……」
ティア「そんな風に、思えた人だったのよ」
ルーク「そうか……」
ティア「だから、戦いたくなんて無かったわ……」
ルーク「……」
ティア「どうかしたの?」
ルーク「いや、俺の見てきたリグレットとは印象が大分違うからさ」
ティア「そうね……そう思っても仕方ないのかもしれないわ」
ティア「何よりも、自分に厳しい人だったから」
ルーク(魔弾のリグレット……)
つまりは、ただの偶然だった
そう自分を理解させるには些かの問題もないと頭で理解するのは簡単だったし、確かなことだった
しかし、自分の心がその答えに対して疑問を抱いていることも確かだった
あの日、自分は運良く脱出でき、神託の盾に帰還することができた
驚いたことに、あの場に居たラルゴとアリエッタも五体満足の無事だった
アリエッタの『お友達』が救ってくれたのだという
私は偶然見つけた洞窟で豪雪をやり過ごしたと彼女らに説明していた
何故か私は、レプリカの事は話さなかった
もし、自分の近くに彼女らが居たとしたら……
あのレプリカは、どうしていたのだろうか……
『本当は答えなんか、解ってるんでしょ?』
時の流れは早く、あっという間にリグレットとルークは再開した
――武器を向け合う存在、敵として
シュレーの丘のパッセージリング
アッシュの声を聞いたルークは、かつての仲間と共に来ていた
きらびやかなリングを囲むようにしてある丸い通路には、倒れた神託の盾の兵士と、六神将のリグレットとアッシュの姿があった
リグレットは膝をついているアッシュに向けて銃を構えている
リグレット「ローレライの鍵、渡してもらおうか」
アッシュ「……断る」
アッシュは苦しげにリグレットを睨む
ティア「教官!?」
ティアの信じられないというような叫びが響く
その刹那、リグレットの視線が少しだけ動く
動けないと思われていたアッシュがその瞬間に弾けるように動き、リグレット目掛けて剣を振るった
リグレットはそれを体をひねり、避ける。そして軽くステップをするようにアッシュから距離を取った
ティア「くっ……!」
そのスキにティアはダガーをリグレットに投げていた
しかし、リグレットはいとも簡単にそれを撃ち落としていた
リグレット「反応が遅いなティア。予想外の事態にも対応できるよう体に覚えさせろと教えた筈だ」
ティア「……教官……あの雪崩で、生きていらしたんですか」
ルーク「……」
ルークは体が動かなかった
会いたかった人が目の前に居るのだが、どうすればいいのかわからなかったのだ
リグレット「……アリエッタの魔物に救われてな。しかしあの雪崩で怪我を負ったために、閣下を守ることが出来なかった……。だが世界は我らに味方している。今度こそ閣下の願いを実現する!」
リグレットがそう言った後、待っていたのかグリフィンがリグレットの手を掴み、彼女はふわりと宙に浮いた
ルーク「待ってくれ、リグレット!」
ルークが叫ぶが、リグレットはルークのほうなど見もしなかった
リグレット「アッシュ、次こそはローレライの鍵を渡してもらうぞ」
リグレットはそう言い残すと、飛び去ってしまった
ルーク「……リグレット」
ルークの小さな呼び声など、誰にも届かなかった
再び溢れ出した瘴気に、レプリカの大量発生
――そして、イオンの死
時間は残酷なほど進み、状況は悪化する一方だった
ルーク達に悲しんでいる時間も無いし、立ち止まることすら許されなかった
なにより、ルークにはリグレットの事を考えている余裕などなかった
ルークは現状をどうするかもわからずにただ先を進んでいた
しかし、それでも……偶然は重なるものだったのだ
場所は銀世界ケテルブルク
本来は寄る予定は無かったが、そこで大量発生しているレプリカの暴徒がいるということで急遽寄ることになったのだ
しかし、実際行ってみれば暴徒は全て鎮圧済みであり、ルーク達は完全な無駄足を食ったのであった
更にタイミングの悪いことに、ルーク達が到着してからと言うもの記録的な豪雪となり、船はもちろんのことアルビオールも飛べない状態になったのであった
そういう事もあり、ルーク達は兎にも角にもケテルブルクで一晩を過ごすことになったのであった
ルーク「さびぃ」
ティア「当たり前じゃない、すごい雪なのよ」
ジェイド「何度寒いと言ったところで変わりませんよ?」
ルーク「なんでお前らはそんな平気なんだっつうの!!」
ホテルの窓から外を見ながら平気そうな二人にルークは意味もなく怒鳴る
室内だというのに冷え込みは凄まじいものであった
暖炉に火はもちろんくべてはあるが、こんな日では心もとなくゆらめき、火花をちらした
アニス「でもホントちょっと寒すぎだよー」
ガイ「はは、前にロニール雪山に登ったときもここまではひどい雪じゃなかったからなぁ」
ルーク(あの時も酷い雪だったな……)
この雪を見ていると、あの時の洞窟をルークは思い出してしまう
あの時も視界が悪く、酷い雪だった
ティア「しかし、こんな日だったらレプリカの暴徒も自然と鎮圧されてたわね」
ナタリア「ですが、安全なことを確認できただけでもよかったではありませんか」
ナタリアはあくまで前向きな意見だった
アニスは小声でそうだけどぉと声を漏らしていた
ガイ「しっかしタイミング悪いよなぁ、旦那しっかり言っておいてくれよ?」
ジェイド「えぇ、この一件は上にもしっかりと言い聞かせておきます」
アニス「うぅー、温泉に入りたいよ~」
アニスは縮こまり、毛布に身をくるんでいた
ルークはその姿に一瞥を送り、再び窓に目を戻した
その時、ルークはちらりと人が歩いているところを発見した
見覚えのある、金髪に思えた
ルーク「……あれは」
ジェイド「ルーク、どうかしましたか?」
ルーク「あ……いや、こんな雪じゃ何も見えないなぁとか思ってさ」
ティア「それはそうよ」
ルークは居てもたっても居られなくなり、窓から離れる
ルーク「わりぃ、ちょっと用事思い出した」
ルークはそれだけ言うと、部屋から出ようとする
当然全員がはぁ?というような表情をとる
ティア「用事って何よ。まさかこの雪の中外に出るつもり!?」
ルーク「ちょ、ちょっとした用事だよ」
ナタリア「ちょっとした用事なら明日にしたらよろしいじゃないですの、何もこんな時に……」
ガイ「ルーク、雪を舐めないほうがいいぞ。街の中だからって、もしもの事があったらどうするんだ」
アニス「そうだよぉ~、前に遭難したことだってあるからやめときなよー」
ジェイド「……」
ルーク「そ、そうだけど……今日中になんとかしておきたいんだよ!」
どもるルークに、全員が違和感を覚える
当然な反応だけにルークも言葉が適当にしか出ない
ジェイド「……ルーク」
諦めたようにジェイドが話し始める
ジェイド「30分以内に戻ってきなさい、いいですね?」
ティア「大佐!?」
ジェイド「この後雪はもっとひどくなるでしょうね。ある意味、今しかありません」
ジェイド「ですから、30分以内に戻るように言っているんです」
ナタリア「そんな……」
ルーク「わりぃジェイド!ありがとう!」
ルークはそそくさとコートを羽織りながら出ていってしまった
一瞬の静寂とともに、全員の視線がジェイドへと集まった
外の雪は室内から見るよりも更に強く思えた
思った以上に視界は悪く、迂闊には動けそうにない
ルーク(こりゃホテルのネオンを見失ったらまずいな……)
ルークはさっさと諦めることを頭に入れながらも、先程見えたところまで走っていった
しかし、先程見えた人影は見えず、ルークは嘆息した
ルーク「当たり前か」
ルーク(諦めっかなぁ……見間違えかもしれねえし)
ルークはそのまま振り返ると、ふとホテルの脇にある公園が気になり、足をすすめる
なんと思ったことはなかったのだ
本当に、少しだけ行ってみようという気持ちが生まれただけだった
――そこに、彼女は、リグレットは居たのであった
彼女はこちらには気づいていないようで、ただ寒そうに肩に雪を積もらせながら公園の柵から街を見つめていた
ルーク「何してんだよ、こんなところで」
ルークは少し緊張しながら間合いを取れる距離で声をかける
リグレット「……」
リグレットは何も言わなかった
少しだけルークに一瞥をくれただけだった
ルーク「こんな日にこんなところで一人でいるって、何かまた企んでるのかよ」
リグレット「消えろ」
ルーク「……ッ」
リグレット「それともここで戦うつもりか?」
ルークはそっけない反応に何も言えなくなる
しかし、ここで引くわけにはいかなかったのだ
どうしても、一度、もう一度話をしたかったのだ
こんなチャンスはもう二度と来ないだろう
ルークは少し嘆息すると、めげずに声をかける
ルーク「俺は戦うつもりなんてない!剣だって宿に置いてきて今は持ってねえよ」
リグレット「……」
ルーク「なんか……あのさ……うまく言えねえけど」
ルーク「あの時の礼をしっかり言っておきたかったんだよ」
リグレット「……」
ルーク「……ありがとう、リグレットのお陰で助かったよ」
リグレット「……」
ルーク「それに、リグレットも無事で……その、よかった」
リグレット「……」
リグレットはあくまで何も答えなかった
表情を一切変えず、聞こえているのかどうかすらわからなかった
ルークはリグレットと同じように柵まで移動する
あくまで、距離を取りながら
まだ、諦めるわけにはいかなかった
ここにいる理由が、自分でもよくわからなかった
レプリカを送り込んだものの、思った以上に早く鎮圧され失敗に終わった
ならばさっさとここから離脱していればこんな豪雪に巻き込まれることなど無かったのだ
しかし何故かすぐに出る気になれず、ぐずぐずとしていたら動けなくなってしまった始末である
そうしてなんとなく外に居たら、何故かレプリカルークが目の前に居る
ルークの言葉は朧気だが、私と話をしたがっているのは確かなようだった
私と比べるとルークは雪の積もり方が浅い
ホテルあたりで私を見つけて来たのだろう
そうでもなければこんなタイミングで目の前に居たりはしないはずだ
――私はなにを話せばいいかわからなかった
『お礼はちゃんと言いなさいっていつも言ってたよね?』
ルーク「……なぁ、リグレット」
リグレット「……」
ルーク「あの時、なんで助けてくれたんだ?」
リグレット「……言ったはずだ。借りを作るのは嫌いでな」
ルーク「だけど、あの雪が上がった時お前はすぐに離脱できたんじゃないのか!?なのに……」
リグレット「思い上がるな」
ルーク「……」
リグレット「……」
ルークの言葉を遮るためにリグレットはそう言ったものの、ルークの言ったとおりであった
あの時、あのくらい風も何もなければすぐに離脱は出来ていたのだ
なのに、リグレットは比較的安全なところまでいちいちルークと降りてきていたのだ
リグレット「あの状態であっても、私のグリフィンは居なかっただけだ」
リグレットは本当とも嘘ともとれない返事をした
あの時に呼び笛をふいてすぐ来た、という事は、元々近くに居たに違いはないはずなのだ
ルーク「そんな……だからって……」
リグレット「理由など作ればいくらでもある」
ルーク「んな訳あるかよ……」
リグレット「それならば貴様のほうが妙だ。なぜ私を庇ったりした」
ルーク「前に言ったとおりだよ、俺にはそれしかない」
リグレット「妙な奴め」
ルーク「お互い様だろ」
ルーク「なあ、リグレット……」
リグレット「なんだ」
ルーク「俺たち、絶対にお前と戦わなくちゃいけないのか?」
リグレット「今更な事を……」
ルーク「俺は、あの時リグレットの……うまく言えねえけど、本当のリグレットに会った気がしたんだ。あれは……」
リグレット「少し優しくされて、そんな風に勘違いするのは若いからだ」
ルーク「違う!あの時俺はリグレットとは違う気配を感じたんだ!」
リグレット「……」
ルーク「俺は、あの一瞬だけでもリグレットは本当は優しい人だって解ったんだ!ティアが本当に尊敬する人って言えるような……」
リグレット「黙れ」
ルーク「本当はこんな戦いなんてしたかったんじゃないんじゃないか!?」
リグレット「黙れ!!」
リグレットの怒号が響く
その時、強い突風が襲った
吹雪いていた風がより一層強くなったのだ
もう戻るべきタイミングなのは確かだった
リグレット「もう戻れレプリカ……何を言っても、もう手遅れだ……」
ルーク「リグレット……」
リグレットはそれだけ言うと、踵を返した
ルークは悲しくその後姿を見ていた
状況が変わったのはそれからすぐだった
公園の片隅に出来ていた雪の小山が崩れたのだ
あまりの吹雪で自然と出来ていたのかとルークは思ったが、それはすぐに違うと解った
「きゃああ!?」
人の悲鳴が聞こえたのだ
ルーク(そうだ、あそこにはもともとかまくらが……)
ルークは急いで小山まで駆け寄る
ルーク「大丈夫かよ!」
「た、たすけて……」
か細い声が聞こえ、ルークは急いで手で雪をかき分ける
しかし、吹雪いている冷たさと、思った以上に硬い雪に思ったように掘り進めない
ルーク(やべぇ……!)
ルークは周りを見渡したが、役に立ちそうな物は何もなかった
結局、手で掘り進むの事以外なさそうだった
ルーク(ま、間に合うか!?いややるだけでも……!)
リグレット「どけ、レプリカ」
後ろを振り返ると、行ったはずのリグレットが戻ってきていた
やれやれといった表情だった
ルーク「どうにかできるのかよ!?」
リグレット「第五音素で雪を溶かす。貴様はそこで救出しろ」
ルーク「……ああ!任せとけ!」
リグレットは崩れた小山を避けるように火柱を立て始めた
この周囲だけはほんのりとあたたかくも感じ始める
ルークは急いで雪を掘り始める
リグレットが火柱を維持してくれている為に掘りやすくなっている
ルークは柔くなった雪を掘り進め、埋まった人を引っ張り出すことに成功する
「ああああありがとうございます……」
ガチガチと震えながら出てきたのは二十歳ほどと思える女性だった
ルーク「あのな!なんでこんな吹雪でかまくらに引きこもってんだ!死ぬ気か!?」
「ごご、ごめんなさい、かまくらで寝ちゃって……」
ルーク「寝てたって……」
リグレット「ルーク、とにかく家まで送っていくぞ」
まだ文句を言いそうなルークをリグレットは止める
このままでは本当に彼女は凍死してしまいそうだ
ルーク「……そうだな」
その後、彼女を家まで送り事なきを得たのであった
女性は家族に喜ばれると同時に、ひどく怒られていたが
挨拶もほどほどに、二人はその家を後にする
ルーク「リグレット、ありがとう」
リグレット「何故貴様が礼を言うんだ」
ルーク「リグレットが居なかったら助けられなかったからだよ」
リグレット「……」
ルーク「俺さ……お前のこと、最後まで諦めないからな」
リグレット「な……!どういう意味だ!」
ルーク「やっぱり、お前優しいよ。本当に、本当に無理なら俺だって諦める。でも、まだ諦めるには早そうだからな」
リグレット「……っ!とにかくもう戻れ!こんなところを貴様の仲間にでも見られたらかなわん!」
ルーク「……そうだな」
リグレット「まったく、貴様のようなお人好しと居ると調子が狂う……」
リグレット「覚えておけ、次にあったら必ず殺す」
ルーク「……そうかよ」
ルークは薄い笑みを浮かべたままだった
リグレットはそれを気にしないようにするかのように踵を返した
ルーク「またな、リグレット!」
リグレット「……」
リグレットは本当に吹雪の中に消えてしまった
ルークは暫くそれを見ていた
ルーク「……」
本当に少しの可能性かもしれない
でも、それができるのなら、ルークはやる価値はあると思っていた
戦いなんて、しないほうがいいに決まっているのだから
雪だらけでホテルに戻ったときにはすでに約束とは1時間は遅い時刻だった
静まり返ったホテルのロビーにはジェイドが一人立っていた
ジェイド「いけませんねえ、門限を守れないとは」
ルーク「あ……ジェイド……ごめん……」
ジェイド「どこへ行っていたんですか?」
ルーク「……」
ジェイド「……リグレットと会っているのは分かっています」
ルーク「え……」
ジェイドの意外な一言にルークは言葉を飲んだ
ジェイド「まったく、嘘が下手ですね」
ルーク「か、カマかけたのかよ!」
ジェイド「いえ、見てましたよ」
ルーク「ま、マジかよ……」
ジェイド「何があったのか、話してくれますね?」
ルーク「……わかったよ」
ルークは観念するように、嘆息した
ジェイド「なるほど、あなたがロニール雪山で遭難したのに助かった理由がわかりました」
ルーク「……うん、言い出しにくくて」
ジェイド「本当にあなたは悪い子ですね、そういう行動は困るんですよ」
ルーク「で、でもよ!」
ジェイド「いけませんルーク!」
ジェイドの強い言葉にルークは押し黙る
ジェイド「……敵に情を持つことは、こちらの行動にスキが生じやすくなる。わかりますね?」
ルーク「そ、そうだけど……」
ジェイド「忘れなさい、ロニール雪山の事も、今日あった事も!」
ルーク「出来るかよ!そんな事!」
ルーク「たとえ敵だって、彼女に俺は救われた!……俺は彼女と戦わなくていいなら、戦いたくなんて無い!」
ルーク「それができるチャンスがあるなら、俺は……」
ジェイドはルークの間髪をいれない強い言葉に、半ばあきらめのような嘆息をした
ジェイド「……ええ、あなたならそう言うでしょうね」
ルーク「ジェイド……?」
ジェイドはズレているとは思えないメガネの位置を修正する
ジェイド「それに貴方の行動を全て無下にするのも……いささか勿体無い所もある」
ルーク「ジェイド……」
ジェイド「もし、リグレットを説得できる自信があるなら、あくまで貴方個人でやりなさい。それが約束できますか?」
ルーク「それは……」
ジェイド「つまり、私達が団体で行動している時に彼女に襲われたなら、戦えると約束できますか?」
ルーク「……」
ジェイド「貴方の覚悟を聞いているのです。――戦いの場で、彼女を殺せるかどうかの」
ルーク「……」
現実は甘くない
きっと、リグレットのような人を動かすには、まだ一筋縄ではいかないだろう
それでもルークは、まだチャンスがあると考えた
そして、しっかりと頷いていたのであった
ぱちぱちと踊る火を見つめていると、心は自然と落ち着いた
宿に戻り、一人用の部屋で暖炉を見つめながら温かいコーヒーを飲む
こんな日になかなか戻らない自分を宿の女亭主はひどく心配していたようだ
自分が雪だらけで戻った時、平気だとは言ったものの、すぐに自分のためにずっと温めておいたという風呂に入らされた
こぢんまりとはしていたが、湯船に浸かれば自分がいかに冷えていたかがよくわかった
ゆっくりとリラックスして風呂から出たら、今度は温かいコーヒーを出され、彼女の準備の良さに感服しながら部屋に戻ってきたのである
リグレット「……」
何も考えずにいられない自分に気づいたのはしばらくしてからだった
気づけば、あのレプリカルークの事を考えている自分が居る
必死になって自分の進もうとする先を拒もうとしているレプリカルークに苛立ちを感じないのはなぜかわからなかった
自分はなぜここにいるのか、ふと思い出してしまっていた
弟のマルセルが死んでしまった事が全ての始まりだったはずだ
私はあの時――
『昔を思い出すの、随分久しぶりなんじゃない?』
今日は終わりです
一応最終決戦までやりたいので、本編の話はすっ飛んでいく感じになります(´・ω・`)
音機関都市ベルケンド
紫の瘴気につつまれてなお、せわしなく動く音機関を柵に体重を預けながらルークは眺めていた
先程研究所でスピノザから話を聞き、地核の振動が再び強くなっていることを確認した
このままでは大地は再び液状化し、魔界と同じ環境と化して瘴気の毒に沈んでしまうかもしれない
もはや瘴気を発生させないようにタルタロスで抑え込むのではなく、瘴気そのものを消し去る方法を考案したほうが良さそうだった
そこで、スピノザからの提案があったのだ
――――――
――――
――
スピノザ「ルークの超振動はどうじゃろうか」
ルーク「超振動で瘴気が消せるのか?そんな事出来るなんて……」
スピノザ「超振動は物質を原子レベルで分解する。可能ではあるじゃろう」
スピノザについていくかのように、近くの研究者も口を添えた
「アクゼリュス崩落のときのエネルギーも、単純計算ではありますがかなりの力がありました」
ルーク「……」
ルークは暫く考え込むように黙り込んだのであった
あの時の力がもう一度自分に出せるのであろうか
音機関研究所を出たところで、ルークはジェイドに先程の瘴気消滅の事を聞いてみたのだ
ジェイド「バカの考えることです。忘れなさい」
ルーク「だけど、それで瘴気が中和出来るなら……」
ジェイド「貴方の超振動は不安定だ。たとえ安定しているアッシュの超振動であっても、惑星を覆う瘴気を消せるほどの力は無いでしょう」
ルーク「でも、不可能ではないってスピノザも言っていただろ!なにか方法が……」
ジェイド「諦めの悪い人だ。……超振動の力を増幅できるものがあれば可能です」
ルーク「増幅って、例えば?」
ジェイドは必死になるルークにため息をこぼした
どうにかしたいのは伝わるが、彼は説明しないとどうしても諦めないらしい
ジェイド「ローレライの鍵です。あれなら、第七音素を大量に集められる」
ルーク「もう一つは?」
ジェイド「第七音素ですよ、大量のね。……セブンスフォニマー1万人を殺せばなんとかなるかもしれません」
ルーク「……ッ!」
ジェイドはさらにつけくわえる
ジェイド「もちろん、超振動を扱う人間も反動で音素乖離を起こして死ぬでしょう」
ジェイド「一万人の犠牲で瘴気が消える……、考え方によっては安いのかもしれませんね」
ルーク「そんな事……」
ジェイド「ええ、無理です。だから忘れろと言ったのですよ」
ルーク「……」
ジェイドから笑みが消えている
ルークはその場から暫く動けなかった
――――
――――――
気づけば当たりは薄暗くなっていた
今日はもうベルケンドで泊まることになっていて、ルークは調子が良くないと言い早めに食事を終え空いた時間で街を歩いていたのだ
あたりは瘴気でただでさえ曇って見えるため、夜になると街灯の光も心もとなくぼやけている
ルークは当たりに人気もなくなった事に気づいた
ここは宿から近い場所ではなかった
その時、背中に何か無機質で硬い物が押し付けられた
「動くな」
ジャキ、という物騒な音が聞こえる
ルーク「……リグレットか!?」
リグレット「動くと撃つ」
ルーク(……まずい)
当たりに人影はなく、仲間を呼ぶこともできない
ルークは柵に手をかけたままどうやってこの場を凌ぐかを思考する
ゴリ、と譜銃を強く押さえつけられる
リグレット「レプリカ一人とは都合がいい。降伏するか死ぬか選べ」
ルーク「……どっちも御免被りたいって言ったら?」
リグレット「潔く死ぬんだな」
ルークは嘆息し、両手を上げた
ルーク「それは……物騒なこった!!」
ルークは瞬時に体を捻り、リグレットの押し付けていた左手で払う
リグレットはそれを察知していたようで、右手の譜銃を構えた
その譜銃はルークの額に向けられており、直撃するコースであった
発砲音が当たりに響く
ルークは前もって被せるように顔を覆っていた右手を降ろした
光る右手からは細い煙が上がっていた
いつの間にか、リグレットはルークから間合いを取っていた
ルークはリグレットの攻撃を一瞬だけ発生させた超振動で打ち消したのだ
しかし、右手からは血が滲んでいる。完全には打ち消せなかったのだ
リグレット「流石にやるな」
ルーク「あぶねぇ……」
二人の間に戦慄が走る
その時に、当たりから足音が聞こえた
「今の音はなんだ!?」
「発砲音に聞こえたぞ!」
「あそこだ!」
警備の兵隊がリグレットの発砲音を聞きつけやってきたのだ
ルークとリグレットの周りを囲み、武器を構え始める
「あなたはキムラスカの……」
一人の兵が声を発する
どうやらルーク達のことを知っているようだ
ルーク「あぁ、驚かせてすまなかった。武器のことで彼女に相談していたんだ。下がってもいいぜ」
ルークは咄嗟に嘘をついていた
「しかし、あの女は確か……」
困惑するように兵はどもる
リグレットは今や、世界に瘴気をばら撒いたお尋ね者となっていた
リグレット「……ッ!」
リグレットは今すぐルークに攻撃したい衝動に襲われる
頼んでもいないのにルークに助けられている現状が許せないからだ
しかし、ここで攻撃してしまっては拘束されてしまうだろう
リグレットはじっと衝動を押さえ込んだ
ルーク「そっくりさんだって、さっきも彼女の使ってる銃が珍しくて見せてもらってたんだよ」
ルークはできるだけ平常心な顔をしながら兵に説明する
「……どうします?」
「貴方がそう言うのであれば信じましょう。……ただ、この街で騒ぎを起こしては貰いたくないものですな」
隊長を思われる兵がそう言うと、ハンドシグナルで撤退を命令した
兵は全員持ち場へと戻っていく
場の緊張がとけ、ルークは静かに息を吐いた
リグレットはルークの応対にじとりとした視線を投げた
ルーク「お前さぁ、意外と無鉄砲だな」
リグレット「……」
リグレットはルークの一言に言い返せなかった
今回のリグレットの行動はあまりに軽率だった
ルーク「……一つ聞いていいか?」
リグレット「なんだ」
ルーク「お前、殺す気なかっただろ」
リグレット「――ッ!」
ぎり、とリグレットは奥歯を噛み締めた
先程から心を読まれているようで不愉快なのだ
ルーク「とにかく銃しまえよ、次撃たれたらもう言い訳できねえし」
リグレット「……」
リグレットはとりあえずホルダーに譜銃をしまう
ルークはふう、ともう一度ため息をこぼした
ルーク「……何か言いに来たのかよ」
リグレット「さあな」
ルーク「そればっかだな……」
ルークはじとっとリグレットに視線を投げる
リグレット「敵に話す口などないからな」
ルーク「……あっそ」
ルークが諦めたようにそう言うと、リグレットはグリフィンを呼んでいた
リグレット「今回は見逃してやる、覚えておけ」
ルークは面倒くさそうに顔を上げた
何故かかまって欲しがる子供を相手にしている感情を覚えたからだ
ルーク「……またなー」
無感情にそう言うと、辺りは静かになっていた
ルーク(……なんだったんだ?)
ルークは意味もなく疲れたので、すぐに宿に戻ったのであった
リグレット(何をやっているんだ私は……)
今回の行動は自分でもよくわからなかった
あの時、ルークに言われたとおり自分は撃つ気はなかったのだ
ならば何をしたかったのか
あのような警備がしっかりとしている所で意味もなく兵を呼ぶだけの行動をしていた
リグレット「全部あのレプリカのせいだ……!」
最近の自分の行動がよくわからない
私はあのレプリカと話をしたいのか?
――何を?
わからない
ただ、最近レプリカの事ばかりを考えていたような気がする
リグレット「……次は殺す」
とりあえず声にだしたものの、それには意思は感じられなかった
『話し相手がほしかったんだね』
数日後、ルーク達はダアトの教会に居た
そこには三国の代表が集まっている
瘴気とレプリカの問題を話し合う為だ
もはや、瘴気とレプリカの問題はどうにも出来ないのだ
ルークの超振動の方法をとれば、レプリカが一挙に減り、瘴気も消える
各国の代表が目の前に集まったところで、答えは一つしかなかった
ジェイド「……私は、もっと残酷な答えしか言えませんから」
いつもの無表情の中には、彼が滅多に見せない表情があったようにルークは感じた
ティア「大佐、まさか!?」
血の気を失った表情のティアの傍らで、ルークは静かに口を開いた
ルーク「俺か……?ジェイド」
場が一瞬静まり返る
その後、ガイが怒号を上げながらジェイドの胸ぐらを掴む
ガイ「てめぇ、アッシュの代わりにルークに死ねって言うのか!?ふざけるな!」
ナタリア「ダメですわ!そのような事は認めません!わたくしは、ルークにもアッシュにも生きていて欲しいのです!」
ナタリアの叫びの後、ジェイドは静かにガイの手を外した
ジェイド「私だってそうです……。ただ、瘴気をどうするのかと考えた時、もはや手の施しようもないことは事実ですから」
ルーク「俺は……」
ルークが何か言いそうになった時、泣きそうな声でティアが遮った
ティア「皆やめて!そうやってルークを追い詰めないで! ルークが自分自身に価値を求めていることを知っているでしょう! 安易な選択をさせないで……」
ジェイドは決してルークとティアの方を向かない
しかし、そこから出たのは謝罪の言葉だった
ジェイド「失礼、たしかにティアの言うとおりですね」
ルーク「少し、考えさせてくれ」
ルークはぽつりとそれだけ言うと、部屋から出ていった
ルーク(生まれた……意味……)
――死んで下さい、と言います。私が権力者なら。……友人としては、止めたいと思いますがね
――あなたはわたくしの、もう一人の幼なじみですわ。二人でキムラスカ王国を支えて下さい。二人とも公爵家の人間です。どちらが本物だとか、そんなことは関係ありませんわ!
――ジェイドの言うことだって、頭では分かってるんだ。 でもな、だけど俺は……お前に生きていて欲しいよ。誰がなんて言ってもな
――もう……イオン様みたいに誰かが消えていくのは見たくない! こんなのイヤだよ!
――あなたがその選択をして、そして障気が消えたとしても……私はあなたを憎むわ。みんながあなたを賛美しても、私は認めないから
ルーク(……)
ルークは神託の盾の外……人気の無い空き地で、しゃがみこんで仲間からの言葉を頭のなかで反芻していた
薄茶色の瘴気に汚された空気に、どんよりと雲が空を覆い尽くしている
そんな環境もあってか、ぐるぐると思考のまとまらない頭ではなにも結論など出なかった
いや、結論など一つしかなかったのだ
分かっては居るが、ルークは怯えていた
「そこで何をしている?」
後ろから声がして振り返る
意外な人物がそこにはいた
ルーク「……リグレット」
リグレット「……」
リグレットはルークに並ぶように近づいてくる
ルークは予想外な事に言葉を飲む
しかし、また自虐的に笑みを浮かべた
ルーク「……殺しに来たのか」
リグレット「フン。この場で騒ぎなど起こせるものか」
ルーク「そうかよ……」
実際にはここには周りに人は居ない
暗殺をするには格好の場所であることは確かなはずだった
ルーク「なんでここに居るんだよ」
リグレット「私はこれでも神託の盾の六神将だ。用事なくここに居て何の不都合がある」
ルーク「ウソつけ」
ルークの一言が虚しく響いた
リグレット「……」
ルーク「……」
重い沈黙が流れるが、二人とも立ち去ろうとはしなかった
ルーク「……会いに来てくれたのか?」
リグレット「さあな」
ルークは一応聞いてみたものの、リグレットの意思などわからなかった
ただ、以前合った時とは違いリグレットは武器を構えようとしなかった
ルーク「俺さ……死ぬことになった」
リグレット「……」
ルークは自然とこの後の自分の事を話し始めていた
言葉にした途端、止まらなくなる
リグレットは言葉を阻むようなことはせずに、視線すら変えずどこか遠くを見ていた
ルーク「この瘴気を消すために、一万人のレプリカと一緒に、消える」
ルーク「俺さ……アクゼリュスを崩落させて、自分に何が出来るかをいつも考えてたつもりだった」
ルーク「なんで俺が生まれたのか、知りたかったんだ」
ルーク「俺、ヴァン師匠に言われた事がある。死ぬべき時に死ねなかったお前にもう価値はないって」
ルーク「そんな事はないって、わかったんだ。俺にはしっかり、別の死ぬタイミングがあったって……」
ルーク「だって、そうだろ?こんな瘴気があふれて、消すにはローレライの完全同位体が必要だ」
ルーク「そしたら、おあつらえ向きに本物と偽者がいる」
ルーク「消えるなら、死ぬなら……偽者で十分じゃないか……」
ルーク「俺……俺……前に、俺が死んで全部元通りになるなら死んだっていいって言ったことがあるんだ」
ルーク「所詮、上辺だけの言葉だったって解ったよ……。俺は今、死ぬのが怖くてたまらない……」
ルーク「でも、俺の生まれた意味が……瘴気を消すためだったなら……」
ルーク「死ぬしか無いんだ……」
リグレット「……」
リグレットは震えるルークの傍らから離れようとしなかった
ルークの言葉が終わると、リグレットは静かに口を開いた
リグレット「お前は何がしたいんだ?」
ルーク「……何が?」
リグレット「そうだ、お前自身は何がしたかったんだ」
ルーク「俺は……」
リグレットの質問に、ルークは言葉が出なかった
リグレット「生まれた意味なんて誰だってわからない。私だってそうだ」
リグレット「……もしお前が死にたくて瘴気を消すなら私は何も言わん。だが、違うんだろう?」
リグレットはここで初めて、ルークの顔に視線を落とした
ルークはリグレットと視線が合う
リグレット「違うから、怖いのだろう?嫌なのだろう?」
ルーク「……」
リグレット「もし、死ぬと決心したのなら、それくらいやってからでも遅くないのではないのか?」
リグレットの言葉を聞いて、ルークは視線を空にむけた
ルークのやりたい事――それは、全員を幸せにすることだった
しかし、それはルークの死によってしか成就されない
それ以外では、ルークに答えなど出てはこなかった
ルーク「……俺、こんな事聞かれたの初めてだ」
リグレット「……」
ルーク「俺には、やりたい事を振り返るの過去も無いし、見つける未来ももうないんだな……」
ルークはそれだけ言うと、立ち上がった
そして、横のリグレットをそっと抱きしめる
リグレットはなぜか、それを拒むことができなかった
ルーク「リグレット……俺はリグレットにはこんな事やめて欲しい……」
ルーク「俺にはリグレットの過去なんて知らない。だから知ったような事しか言えない」
ルーク「でも、俺はお前が死んで良いような、悪人には見えないんだよ!」
リグレット「……離れろレプリカ」
リグレットは静かに言ったが、自分から拒むような真似はできなかった
何故ルークが細い涙を流しているか、理由がわからなかった
ルーク「俺にはやりたい事なんて、わからない。でも、望みならある……」
ルーク「リグレットがこんな事やめてくれる事が、俺の望みだ」
ルークの意思が、体から体へ流れくるような感覚をリグレットは覚えた
ルークの肩から顔を半分出すような形から、リグレットはほんのすこしだけルークから離れた
それは、ほんの数センチと思えるような距離だった
しかし、それはルークを拒んでそうしたわけではないと、リグレットもルークも分かっていた
どちらからという事はなかった
自然と視線が合い、ルークとリグレットは唇を重ねていた
それは一瞬のようにも、とても長い時間にも感じられた
そっと顔を離すと、リグレットは言い放った
リグレット「それがお前の望みなのか」
ルーク「あぁ、もうそれ以外望まない……」
リグレット「そうか……」
リグレットはルークの抱擁から離れると、踵を返した
離れる時、何故か後ろ髪を引かれるような感情をリグレットは覚えた
リグレット「やはり、お前は……あの夜に、ロニール雪山で殺しておくべきだった」
ルーク「リグレット……」
リグレット「死ね、ルーク!」
リグレット「お前の口からそれしか出ないなら……」
リグレット「役目を務めて……死ね……」
リグレットは決してルークにはもう振り返らなかった
声が震えているようにルークは感じたが、気のせいだという事にしておいた
早足で立ち去るリグレットをルークは止めなかった
ルークは自分の震えが止まっていることに気づいた
何故かもう、思い残す事はないような感覚になっていた
ルーク「ありがとう……」
ルークには、自分の中にある感情がなんなのかわからなかった
しかし、リグレットがルークに原動力をくれたのは確かだったのだ
たとえ気持ちは嘘であっても、あの唇から伝わった温もりと柔らかさは、本物なのだから……
ルークから離れる時、私は何故こんなにも苦しいのかわからなかった
彼に死ねと言った時、自分では思っていた以上に勇気が必要だった
彼と接吻した時、死の気配など伝わっては来なかった
確かな生命の温もりがあった
あの時、私は嘘の感情など無かった
やはり、あの時に殺しておくべきだった
あの、躊躇もいらなかった時期に、あの毒で倒れた時に、一息に殺しておくべきだった
しかし、もうそれはできなかった
そして、私にはもう彼の生命を奪うことすら出来ない
――死ね!
そうだ、死ね、ルーク……
せいぜい、英雄として死ぬがいい
そうすれば、こちらとしたら危惧する相手も減り、後々邪魔になる瘴気も消える、都合のいい事しかないんだ!
『自分に嘘ばっかり言い聞かせるのって、そんなに楽かな?』
今日は終わりです
ゴリ押しがすぎる展開ばっかです、ごめんなさい
『皆の生命をください……!俺も……消えるから!!』
大気を包んでいた瘴気が消えていく
一緒に、ルークは自身の生命力が吸い取られていく感覚を覚えた
ルーク(死にたくない……死にたくない……死にたくない……!)
がくりと力が抜けていく感覚がルークを襲った
ルーク膝をついたが……そのままだった
ルークは結局、消えずにはすんでいたのだ
手にいつの間にか握っていたローレライの宝珠
しかし、ルークはしっかりと確認していた
一瞬透き通った自分の腕を
濁った空気が澄んだ空気に変わっていった
ここ暫くはやる気にもならなかった深呼吸をする
胸いっぱい空気を吸い込み、吐き出す
空気を吸うことに苦痛を覚えないことが素晴らしいことなんて、普段では気づきも出来なかった
しかし、私の心にはずきりとした、はっきりとした鈍い痛みがあった
そうだ、もう彼は居ない
私に生きろと言ってくれた彼は
瘴気が消えたということは、つまりはそういう事なのだ
全てがうまく行き、大量のレプリカとともにレプリカルークも消失したはずだ
この感情が悲しいといっているのか、よくわからない
レムの塔には行く暇などなかった
閣下の計画はもう最終段階まで来ている
足踏みをしているときでは、無い
『意外と言い訳すること、多かったんだね』
「……結論から申し上げます。今すぐここに入院なさってください」
瘴気を消滅させた後、ルークはベルケンドの医務室に居た
体が心配と、ジェイドの提案であった
ベルケンドの医務室でシュウ医師から聞かされた言葉に、ルークはあまり驚かなかった
「細胞同士を繋ぐ音素が乖離現象を起こし、極端に減っています。近い将来、細胞崩壊を起こし、亡くなられる可能性が極めて高い」
ルーク「入院したら、治るのか?」
ルークの質問に、シュウは苦虫を噛み潰す表情をした
しかし、隠したところで状況は変わらないのだ
「いえ、進行を遅らせることしか出来ません……」
一応は聞いてみて、ルークはやっぱりと嘆息した
ルーク「俺は、死ぬんだな」
ルーク「……このことは、皆には言わないでくれ」
「ですが!」
ルーク「良いんだ、気を使われるのが嫌なんだ」
「……わかりました」
シュウは自分よりもはるかに若いルークから出た言葉に、重すぎる運命を感じ取っていた
ルークが宿に戻ると、全員がロビーで待っていた
ティア「ど、どうだったの?」
ルーク「うん、ちょっと血中音素が減っているけど、平気だって」
ルークは自然と笑うことができた自分に何処か感心していた
ティア「よかった……」
ガイ「そうかぁ、良かったなぁ!!」
アニス「ルークってしぶとーい!」
ナタリア「安心しましたわ」
笑いながら弾んだ声が飛び交う
ルークは薬を処方してもらって、苦しみなんかないはずなのに息苦しさを覚えた
ジェイド「……とりあえずは安心ですね」
ジェイドの声だけが妙にルークには大きく聞こえた
ジェイド「安心ですが、今日はもう疲れたでしょう。この宿で休みなさい」
ジェイド「いいですね?ルーク」
全てを見透かしたように、ジェイドはルークを見ながら言った
ルーク「わ、わかったよ」
仲間たちはそれぞれの部屋に引き上げていく
ルークはそれを見送ると、その場から動こうとしないジェイドに視線を移した
ジェイド「悪い子ですねえ、また嘘をついて」
ルーク「……ジェイドに嘘は出来ないな」
諦めたようにルークは言葉を漏らす
ジェイド「あなたが下手なんですよ。……私もあなたの嘘に乗せられておきます。しかし、無理は禁物ですよ」
ルーク「……うん」
ルークは頷くと、ジェイドも部屋に戻ろうとする
ルーク「待ってくれ、ジェイド!」
ジェイド「なんですか?」
ルーク「もしも……もしもの事なんだけど……頼みがあるんだ」
ルークの翠の瞳には、確固たる意思があった
次の日、ルーク達は事の顛末を報告にバチカルに居た
そして、ルークは自室のベッドに腰掛けており、目の前にはティアが居た
ティア「……」
ルーク「ど、どうしたんだよ、深刻そうな顔して」
嫌な予感を覚えつつも、ルークは明るい声で聞く
ティア「あなた、音素が乖離しているって本当?」
ルークはさあっと顔から血の気が引いた感覚を覚えた
ルーク「誰から……」
ティア「ミュウよ、貴方が大佐と話していたことを教えてくれたの」
ルーク「あいつか、くそ……」
ルークはミュウに悪態をつくが、ティアは真っ直ぐルークを見つめる
ティア「症状は、どうなの……治るの?」
ルーク「……もう、治らない」
ティア「そんな!」
悲痛なティアの声が溢れる
ルークは自分よりも青ざめていると感じるティアを見続けることができず、自分の膝に視線を落とした
ルーク「ティア、これは秘密にしておいてくれ。他には、ジェイドしか知らないんだ」
ティア「皆にはずっと隠しておくつもり?」
ルーク「言ったところで症状は変わらないよ。なら、心配かける必要なんてないよ」
ティア「どうして……どうしてこんなことに……」
ルーク「死ぬまでは、皆と生きている時間を楽しく過ごしていたいんだ」
ルークは自分の言った事に首を横にふった
ルーク「ううん、違うな……怖いんだ」
ルーク「皆に言ったら、皆が気を使うだろ?そうされると、きっと俺は死ぬってことを自覚させられる……怖いんだよ」
ティア「ルーク、震えているわ」
ルークは自嘲するように笑った
しかし、笑えている自信はルークにはなかった
ルーク「臆病だろ?今ですらずっとこうなんだ。皆に知られたら俺、ずっと震えて、泣いて、引きこもっちまう」
ルーク「だから、せめて……強がってないと……」
ティア「……ばか」
ティアの声は掠れ、小さい
ルーク「ごめん……」
ティア「わかったわルーク。でも、お願い。もう私に隠し事はしないで」
ルーク「うん……わかった」
ルークはこの時、初めてティアの顔を見た気がした
そして、自然に、きれいにふわりと笑った
城の割り当てられた個室にティアは居た
もうどうしようにもない運命に、自分の無力さしか感じなかった
ベッドに腰掛け、ティアは涙を零していた
ティア(何が……第七譜術士……)
ティア(何が……ユリアの子孫……)
ティア(私は……私は……)
ティア(大切な人、一人……)
ティア(救うことすら出来ない……!)
別れ際見せたルークの笑み
彼のあの背中には不釣り合いすぎるほどの重い十字架がもたれかかっている
ティア(私は……無力すぎる……!)
『私に隠し事はしないで』
ルーク「……隠し事か」
ルークはもう居てもたっても居られなくなり、城下町まで降りていた
特に誰かを連れて行く気にはなれなかった
ただ、なんとなく海が見たくなったのだ
時はもう夕暮れだった
港までは遠くないが、近くもない
ほどほどで帰らなければ、また仲間に要らぬ心配をかけることになる
ルークはそれでも、なんとなく、港に足を運んでいた
そう、それはただの直感だった
港に行けば、彼女に会えると……
夕暮れに照らされた金髪とはこうも美しく映るものかとルークは思った
神秘的に朱色に染められた海を眺める彼女は、一枚の絵画のようだった
ルークは彼女の横に、何も言わずに並んだ
リグレット「……る……レプリカ……!?」
どもったようにリグレットは声を上げる
信じられないというような表情だった
ルーク「はは、リグレットもそんな表情するんだな」
ルークは面白そうにリグレットに言った
いつも表情を変えない彼女がこうもリアクションを取るのは、ルークには新鮮だった
リグレットは少しだけ赤面すると、わざとらしい咳払いの後に表情をいつもの無表情に戻した
しかし、その表情にはどこか安心したようなものがあるのをルークは見逃さなかった
ルーク「死ななかったよ、俺」
リグレット「死に損なったか」
ルーク「うん……ありがとな」
リグレット「なぜ感謝する」
ルーク「リグレットが、あの時俺に最後のひと押しの勇気をくれたんだ」
ルークの声はどこか寂しかった
リグレット「……」
ルーク「……」
暫くの沈黙が続く
波の音だけが妙に大きく、ルークには聞こえた
朱い空は徐々に暗くなってきていた
ルーク「俺……後遺症でそう遠くない未来に死ぬみたいだ」
リグレット「……そうか」
ルークの一言に、リグレットはそっけなく返す
しかし、ルークにはなぜか温かいものを感じた
リグレット「……私はな、レプリカ」
ルーク「リグレット?」
リグレット「生まれは神託の盾で、両親共に私と同じ軍人だった」
リグレット「職業軍人だった両親は、私が物心ついた頃にどちらとも死んでしまってな」
リグレットは自身の過去を話し出し、ルークは黙る
リグレット「唯一残された肉親は二つ下の弟だけだった」
リグレット「両親を失い、食べる術の無い私たちは孤児としてユリアシティに移り住んだ」
ルーク(ユリアシティ……)
リグレット「しかし、当時そこは排他的な意識が強くてな……うまく馴染めなかったんだ」
リグレット「よくいじめられて、弟も泣いて帰ってくることが多かった」
リグレット「しかし年が進めばいつしかそういうことも減り、弟は両親を追うように軍人になった」
リグレット「……私は何度も止めたが、アイツはなると言って聞かなかった」
リグレット「……今思えば、あの時殴ってでも止めればよかったよ」
ルーク「……弟さんは」
リグレット「死んだよ」
ルーク「そうか……」
リグレット「負けると預言で読まれていた戦争に駆り出されて、死んだ」
リグレット「だから、私は預言を憎んだ。消し去らなければならない毒だと知った」
ルーク「リグレット……」
リグレット「私はその為に、預言を消し去るためにここにいる」
ルーク「……それが、リグレットのやりたい事なのか?」
リグレット「あぁ」
リグレット「そうしなければ……弟は報われない……」
ルークはリグレットから踵を返す
そろそろ帰らなければならない
ルーク「リグレット、前に俺に言ったよな」
ルーク「俺は、何がしたいかって」
リグレット「……」
ルーク「なんとなく……わかった気がするんだ」
リグレット「レプリカ……」
ルーク「話してくれてありがとう……またな、リグレット!」
ルークはそれだけ言うと、走り出してしまった
もう朱色の空は暗くなってしまっていた
リグレット「……っふ、何を話していたんだ私は」
ルークが去った後、自嘲する
何故自分が過去を話していたのか理由がわからない
リグレット(……)
あそこまで他人に過去を話すことは初めてだったと思う
話したくもない、自身を苦しませ続けている過去を
話す相手すら居なかったのかもしれない
ルークには話さなかったが、弟を戦争に駆り出したのはヴァンだった
あの時私はヴァンを殺そうとした……
『私を殺したければいつでもくるがいい』
不思議な感情に襲われそうになり、急いで思考を変える
リグレット(ルークの……やりたい事……)
気になってしまう
彼の、死にゆく者の成そうとする事を
きっと自分は、それを見届ける前に死ぬことになるのだから……
『やっぱり、そうだったんだね……』
今日は終わりです
コメントありがとうございます、励みになります
次も頑張ります
アブソーブゲートに降りたルーク達
そこには、一度倒した男が立っていた
――ヴァン・グランツ
ヴァン「ようやく形を保てるようになったか」
あの時と変わらない、がっしりとしたがたいの良い肉体。神託の盾の軍服を纏っている
彼のそばにリグレットとシンクが近づく
ルーク「師匠……」
ルークはその姿に恐怖を覚えていた
あの時とは違う、圧倒的な力を感じたからだ
ヴァン「私を倒すとはな、レプリカとはいえ、見事だった」
どこか面白そうにヴァンは笑う
ティア「兄さん……生きていたなんて……」
ヴァン「私の体は音素が乖離しながらプラネットストームに吸い込まれた。消えるのだと、そう思った時にユリアの譜歌を思い出し、口にしたのだ。それが契約の言葉だった。ユリアの契約に応え、ローレライが反応した」
ジェイド「乖離しかかっていたヴァンを構成する音素がローレライによって引き寄せられ……再構築を……!?」
ヴァン「そうだ、ローレライは分解した私をつなぎとめた。だが、存外扱いが難しい」
ヴァンはふっと笑いながら自身の手のひらを見つめた
ヴァン「暴れるローレライを眠らせて、ようやくプラネットストームから抜け出せたわけだ」
ヴァンのそばにいたリグレットが少し急かすかのように口を開いた
リグレット「閣下、そろそろモースが騒ぎ出す頃では?」
ヴァンはリグレットを従え、昇降機に向かいあるきだす
ルーク「ま、待ってくれ!」
ルークの叫びが響く
ヴァンは昇降機の中からルークに呼びかけた
ヴァン「ルーク、私と来い。私はお前を過小評価していたようだ。お前にも見るべき点がある。私と来るのならば、ティアやガイ同様、お前も迎え入れてやろう」
ルーク「……俺は」
ルーク「お断りします」
一瞬の間を置いて、ルークは確かに言い放った
ヴァンはどこか嬉しそうに「そうでなくてはな」と言い、その場から居なくなった
ルークは昇っていく昇降機を目で追い、心の奥底の寂しさを隠せないでいた
この人の顔を見るのは、随分と久しぶりな気がした
最近はルークとばかり会っていたからだろうか
私の心は荒れていた
そう、最近までよりも、あの夕日の港のときよりも
ヴァン「リグレット……貴様、何かあったか?」
リグレット「は?……言っている意味がわかりませんが」
ヴァン「フ……以前には見せぬ表情をしていたものでな」
リグレット「そんな事は……」
無意識に表情に現れてしまっていたのだろうか
これでも、感情を抑えることは慣れているはずなのに
ヴァン「まぁよい……預言消滅はもうすぐそこまできている」
リグレット「っは……この生命、捧げるつもりです」
ヴァン「頼むぞ」
いくらか会話しているうちに、この荒れた感情がヴァン・グランツと初めて会った時のそれにひどく似ていることに気づいた
『そんな顔、似合ってないよ』
数日後、プラネットストームは停止した
数多の敵をルーク達は倒し続け、ルーク達はケセドニアにいた
プラネットストームに守られていたエルドラントにはもはや対空砲火しか拒む手はない
そう、アルビオールでエルドラントに乗り込み、全てを終わらせるだけだ
決戦前夜のケセドニアは冷え込んでいるようにルークは感じた
周りが砂漠だからだろうか
……それとも、ここがアルビオールの上だからだろうか
ここに来るように提案したのはパイロットのノエルだった
ルークの横にはティアが座っていた
不思議なことに、緊張はなかった
ティア「いよいよ、明日ね」
ルーク「うん。それまで……俺の体が持ってくれるといいんだけど」
ティア「持つわ」
ルーク「ティア」
ティア「明日も、明後日も明々後日も……ずっと……」
ルーク「ティア……あのさ……」
ティア「なに?」
ルーク「……やっぱいいや」
ティア「変なルーク」
くすくすと笑う彼女にルークは思わず見惚れてしまう
ルークはごまかすように頬をかいた
ルーク「……お礼が言いたかったんだよ」
ティア「何、突然……」
ルーク「ずっと見ててくれただろ」
ティア「ばかね……これからもずっと見てるわ」
ルーク「ばかだな……俺、消え」
ルークの言葉を遮るように、ティアの人差し指がルークの唇に当てられた
ティアはあくまで優しく微笑んでいる
ティア「……いいの」
ルーク「……なんか、幸せだな」
ルークは消えてしまいそうなほど、儚く言葉を落とした
その顔には穏やかな笑みがある
ルーク「妙な感じなんだ。今、すごい幸せだなって思う。仲間がいて、ティアもいて……俺は俺だって、やっと思えるようになって……」
ルーク「……今が俺の人生で一番幸せな時なのかな、って思うんだ」
ティア「今だけじゃないわ。だから、今が一番幸せなんじゃないって……思えればいいのに」
ティアの言葉がルークに染み込む
ルークは綺麗な星空を眺めた
ルーク「ティア……ごめんな」
ティア「どうしたの、今度は」
ルーク「俺……一つ隠し事してるんだ……」
ルークが突然そう言うと、ティアはにこりと笑った
ティア「知ってるわ」
ルーク「え……!」
ルークが驚いてティアの顔を見る
ティアは相変わらず夜空を見上げていた
ティア「……でも、それは明日まで聞きたくないわ」
ルーク「ティア……」
ティア「でも、私……」
ティアは静かにルークの顔を見た
ルークはなぜか恥ずかしくなり、夜空を見上げる
ティア「明日は貴方のやりたい事、全部見届けるから」
ルーク「うん、ありがとう……」
ルークの言葉を吸い込んだ夜空から、流れ星が一つこぼれ落ちていった
エルドラントから見上げる夜空も、変わらずに輝いていた
周りには誰も居ない
そう、明日だ
明日、私はルークと戦う
そして――
ふ、と自然と自嘲的な嘆息が出る
私はいつからルークと呼ぶようになったんだ
本当に、あのおせっかいで、お人好しなルークのせいで色々とかき乱されてきた
明日、キッチリと決着をつけなければならない
そう、全ては明日のために……
今まで色々な戦争には赴いた事はあったが、ここまで落ち着かない夜は初めてだった
いや、落ち着かないとは違う
リグレット(……)
それを認める訳にはいかない
そう、少なくとも明日、私が――
『一人ぼっちは、誰だって寂しいよ』
次の日の正午
作戦決行の時刻だった
ルーク達はアルビオールに乗り込み、軍の援護を貰いながらエルドラントへと飛翔する
予想以上に濃い弾幕にアルビオールは不時着せざるを得なくなってしまった
しかし、エルドラントは落下し、再び浮上することはなくなったのだった
ルークはアルビオールから降り、エルドラントへの入り口を垣間見た
そこに彼女が居るということは確かだった
ルーク(……わかるよ、すぐそこに居るんだな)
ルークはなんとなくだが、確信に近い感覚でそう感じていた
入り口に入れば、彼女は……リグレットが居る
ルーク「皆……ごめん……」
ティア「ルーク?」
アニス「はわ、ルークったらここに着て怖気づいちゃった!?」
ルーク「ばっ……そうじゃねえ!」
ガイ「どうかしたのか?」
ナタリア「顔色がよろしくなくてよ?」
ルーク「お願いが、あるんだ……」
ジェイド「……やれやれ」
ジェイドだけは、どこか諦めたように肩をすくめた
ルーク達が入り口に入った時、リグレットは目の前に広がる広場で仁王立ちしていた
いつもの軍服ではなく、決戦用であろうバトルスーツに身を包んでいる
リグレット「よくここまで来れたものだな」
ルーク「あぁ、どうしてもリグレットに会いたくてな」
リグレット「戯言はもういい加減にしろレプリカ。貴様らはここで死んでもらう」
リグレットは腰のホルスターから二丁の拳銃を構えた
彼女の表情は硬かった
ルークは剣を抜かずにリグレットに近づいた
ルーク「なぁ、リグレット」
リグレット「戦いたくないなどと言うつもりか?」
ルーク「あぁ、何度でも言ってやるぜ」
リグレット「所詮は子供の戯言だ……構えろ!まとめて相手をしてやる!」
しかし、ルークの背後の仲間は頑なに動こうとしない
その中には、ティアの姿もあった
リグレット「何のつもりだ、貴様ら!」
ルーク「俺がお願いしたんだ。お前の相手は、俺だけでやるって」
リグレット「貴様……私を愚弄するのか!?」
ルーク「そんな気はない!……俺は、最後まで諦めない。そう言ったはずだ」
リグレット「子供の理想に構っていられるか!ここまで来て何を言う!」
ルーク「ああ、俺はまだ子供さ。だけどな、俺のやりたい事は、まずあんたの呪縛を解き放つことだってわかったんだ!」
リグレット「呪縛……?」
ルーク「お前、俺に話してくれたよな……弟が、戦争で死んだって……だから、弟の為にも預言を消し去るって」
ルーク「俺、それは間違っていると思うんだ。お前の弟の望んだことは、本当にそんな事なのか!?」
リグレット「……」
リグレットは何も言わずにルークに発砲した
銃弾はルークの直撃するコースだった
しかし、ルークは瞬時に剣を引き抜き弾を弾いていた
ルーク「……リグレット」
リグレット「ようやく剣を抜いたな」
リグレット「……いいだろう、お前が一人で戦うならそれでいい」
リグレット「我らとしてはそれのほうが好都合だ」
ルーク「……」
リグレット「――死ね!ルーク!」
悲痛とも取れる彼女の叫びが響いた
『ルークと、リグレットが……?』
『初めて会ったのは、ロニール雪山だった』
『ルークは、何度も教官と会っていたのね』
『ティアは、気づいていたのか?』
『ふふ、ケセドニアで大佐と一緒に見てたわ』
『あ、あの時かぁ……』
『で、お前はリグレットを生かしたいんだな』
『うん……俺、あの人だけは救いたいんだ……。俺のエゴかもしれねえけど……』
『何をおっしゃいますの、戦う事なく終わるなら、何方かが倒れるまで戦わなくても良くなるなら、それに越したことは無いはずですわ』
『やれやれ、お坊ちゃんも隅に置けないねぇ』
『な、そういうのじゃねえよガイ!』
『あれあれ、これってもしかして敵との禁断の愛ってヤツ!?きゅわーん、アニスちゃんなんか緊張してきちゃった!』
『あ、あのな!』
『ルーク』
『ジェイド……』
『約束、覚えていますね?』
『……うん』
『私達が無理と判断した地点で横槍を入れます。事前に言いません、即刻動きます。各々が判断した時にね。いいですね?ルーク』
『ありがとう……ジェイド』
リグレットの弾丸は確実にルークを狙っていた
彼女の行動予測は素晴らしく、ルークの避ける先を見通しているようだった
ルーク「っく……!」
ルークは迂闊に距離を縮めず、回避に専念していた
譜銃と呼ばれる彼女の扱う銃には、基本的に球切れはなかった
どうにかしてルークは距離を詰める必要があった
ルーク「リグレット……やめてくれ!」
しかし、ルークはあえて距離を詰める真似はしなかった
ひたすらに攻撃を避け続け、リグレットに叫び続ける
ルーク「本当の、本当の戦いの意味なんて無いはずだろう!?」
リグレット「言ったはずだ!弟の無念を晴らすと!!それ以外に、あるものか!」
ルーク「嘘だ!!」
ルーク「本当は、戦いなんてする人じゃ無いはずだ!リグレット!」
リグレット「それは貴様の決めつけだ!!」
リグレットの弾丸がルークの手前で着弾する
着弾した弾は通常とは違うようで、着弾後に爆発した
ボンッと巻き上がる煙に、ルークは足を止めてしまう
その時にはもう、リグレットの足元には譜陣が形成されていた
リグレット『断罪の剣よ!降り注げ!!』
リグレット『プリズムソード!』
光剣が数本、ルークを包むように出現し、ルークめがけて突き刺さる
ルーク『守護方陣!』
避けることを諦めたルークは、防御することに徹する
ドスドスとルークの体に光剣が突き刺さるが、傷は浅かった
ダメージはあったものの、ルークは平然と立ち上がった
ルーク「……今のが本気かよ」
リグレット「何……!?」
ルーク「殺す気がある攻撃には見えなかったんだよ」
リグレット「安心しろ、すぐにわかる!」
再びリグレットの銃撃がルークに集中する
ルークは再び回避に専念する
しかし、その時に足に違和感を感じた
先程の光剣の小さいものが、突き刺さったままだったのだ
ルーク(ま、まずい……)
鈍くなったルークの動きを捉えるのは、リグレットには容易いものだった
リグレット「最期だ!」
リグレット『レイジーレーザー!!』
両手の譜銃からまばゆい光が放たれる
その光は、確実にルークを捉えていた
ガイ「ルーク……ッ!?」
ガイは我慢の限界になり、動こうとしたが、誰かに腕を掴まれる
ティアだった
ティア「……」
ティアは何も言わずに下唇を噛み、苦しそうな表情を浮かべていた
今ので飛び出しそうになったのは、ガイだけではなかったのだ
しかし、今止めてしまっては……
アニス「あはは、私も今やばかったかも」
ナタリア「……つらいですわ、この戦い」
ジェイド「……」
アニス「でも、ルークのやりたい事だもんね。我慢、してあげなきゃ」
だらだらと浮かべるアニスの汗が、彼女の緊迫さを物語っていた
ガイは、剣を握り直して体制を戻す
ガイ「そう、だよな……」
光線はルークに直撃したようにリグレットは思えた
砂埃がまい、見えないが確かな手応えがあった
しかし、砂埃からは別の光が灯っていた
ルークは大した傷もなく、立っていた
右手で超振動を発動させ、光線を打ち消したのだ
このルークの行動は、本気で打ち消さなければ致命傷だったという証拠でもあった
ルーク「……リグレット」
リグレット「……」
ルーク「わかったよ。俺も、手加減しねぇ」
リグレット「フン、最初からそうすれば……」
ルーク「力ずくでも、止めてみせる!」
リグレット「……ッ!」
リグレットに戦慄が走る
ルークは回避の時とは比べ物にならないスピードで接近する
リグレットが発砲しても、それはルークを捉えるまでは行かなかった
リグレットに捕捉されないように縦横無尽に動き、捉えきれない
ルークが回避に専念している時は、本気ではなかったのだ
ルーク「思い出せ、なんでこの戦場に身をおいたかを、誰のための戦いかを!」
リグレット「他に意味など無い!私はそうして戦い抜いてきた!」
ルーク「本当のキミはそうじゃないはずだ!」
リグレット「本当の私など、居はしない!」
リグレットの弾丸をルークは剣で弾いた
剣を盾にするように構え、強引に接近する
ルーク「違う!!君はリグレットじゃない!」
リグレット「私はリグレットだ!閣下の理想を実現させる、魔弾だ!」
ルーク「違う!リグレットは戦争が、ヴァン・グランツが生み出した悪夢なんだ!」
ルーク「キミじゃない!」
リグレットにノイズのような物が聞こえた感覚が走る
『……思い出して』
リグレット「惑わすなぁぁぁぁ!!」
リグレットは右手の譜銃の発砲を止め、左手のみの攻撃に集中した
必然的に弾幕が薄くなったため、縦横無尽に思えた動きが一気にリグレットまでの距離を縮め、ルークの持った剣がリグレットの左手の譜銃を弾いた
空中にくるくると回転しながら飛んでいく譜銃がスローモーションに見える
しかし、二人ともそんなものを見てはいなかった
リグレットは攻撃を止めていた右手の譜銃をルークに向けた
今までずっとチャージしていたその譜銃の先端からは、バチバチとエネルギーが溜まっていた
それは、ルークの顔に向けられ、リグレットはトリガーに指をかけた
しかし、その時リグレットはルークの目の前に、ルークではない男が映っていた
『――姉さん』
リグレット「……ッ!?」
一瞬のためらいだった
おそらくコンマ数秒も無い刹那――
しかし、ルークはその刹那に右手でリグレットの右手を掴んでいた
照準がズレたそれは、ルークの真横を通り抜ける
ルークの背後で、エルドラントの数メートルの厚さはあろう壁に大穴を作る爆音が聞こえる
しかし、それもチリチリとルークの髪を少々焼いただけで終わったのだ
リグレット(殺ら……)
リグレットの目の前には、ルークの剣があった
左手にしっかりと持たれた剣は、リグレットに襲いかかる――
『もう、いいよ――姉さん……』
カランと弾き飛ばされた譜銃が地面に落ちる音が、やけに大きくあたりに響いた
ルーク「……やっと捕まえた」
リグレットは、ルークに抱きしめられている形になっていた
ルークの剣は、リグレットを襲いはしなかった
いつの間にか、地面に刺さっていたのだ
リグレット「……離せ」
ルーク「嫌だね」
リグレット「どうして……私の名前を……」
ルーク「ユリアシティの名簿に、リグレットなんて名前なかったからな」
ルークは得意そうに笑った
ルークが最初にユリアシティの人物帳を調べていなければ知り得ない事実だった
ルーク「俺も一つ聞いていいか?」
ルーク「なんで、すぐに撃たなかったんだ」
ルークの質問に、リグレットは無意識にルークの服を左手で握っていた
その腕はわずかに震えている
リグレット「照準がズレたからだ」
ルーク「ウソつけ」
ルークはそっとリグレットの頭を撫でた
もう、戦う気力など残っていないのはわかりきっていたのだ
ルーク「……よかった」
リグレット「っく……うぅ……マルセル……」
リグレットの嗚咽が聞こえる
ルークはそっとリグレットを座らせた
もう、リグレットは大丈夫とルークは確信していた
ルーク「これ以上俺たちを追うなら、好きにしろよ」
ルークはリグレットの右手に持っている銃を取り上げると、超振動で破壊した
ルーク「だけど、今度はもう俺たち全員で相手になる……武器を失ったお前に負けるほど、俺達は弱くないぜ」
リグレットに聞こえているかはわからないが、ルークはそれだけ言うと、その場から立ち去ったのだった
リグレットはただその場に力なく項垂れた
ルーク「皆、ありがとう」
ルークが仲間の元に戻ると、アニスが力いっぱいサムズアップをする
アニス「ま、まぁバッチリ信頼してたから!」
言葉とは裏腹に、アニスは汗だくだったのをルークは見逃さない
ガイ「まさか、本当にやってのけるとはなぁ……」
ナタリア「えぇ、本当に貴方は……素晴らしいですわ」
ジェイド「まったく、何度常識を覆せば……いや、貴方は元々そういう変人でしたね」
ルーク「んな、ジェイド、どういう意味だよ!」
ジェイド「そのままの意味ですよ」
いつもの仲間のやり取りに、ルークは緊張が溶けていく感覚ができる
ルーク「ったく……ティア?」
先程から何も言わないティアが気になり、ルークは顔を覗く
その時、ルークはティアに抱きつかれていた
ティア「ルーク!」
ルーク「どわ!?」
アニス「はわ!」
ナタリア「まあ!」
ガイ「おお」
ティア「教官を……ありがとう……ルーク……!」
震えたティアの声が溢れる
彼女が生きていることで、嬉しいのは何もルークだけではなかったのだ
ルーク「あぁ、うん……そうだな……」
ルークはティアに抱きつかれた事が照れくさく、頬をかく
その裏で、楽しそうに笑う人物も居た
アニス「にひひ、これは女難の相がでてますなぁ」
ガイ「楽しそうだな……」
静まり返った白いホール
そこにはリグレットだけが残っていた
あふれる涙は、一体何年分のものだろうか。止まる気配がない
『……やっと、気づいてくれたね』
「あ、あ……マルセル……私は……私は……」
『いいんだ、姉さん、もういいんだよ……』
「いい訳があるか!私はこんな時になるまで……」
「お前に対して、私は何一つやってられなかった!」
『そんなこと無いよ』
「私は、ただ現実から逃げ続けていたんだ!お前を失って……その事実を受け入れることすらできずに……」
『姉さんは、自分を責め続けてたんだね』
「私が止めていれば、お前は死ななかった。死ななかったんだ!」
「私がしっかりしていれば……」
『そうじゃないんだ、姉さん』
「マルセル……私は……」
『僕は、姉さんと一緒に居た時、すごく幸せだった』
「でも、私は……」
『学校でいじめられても、励ましてくれたよね』
「そんな事を言っているんじゃないんだ!」
『僕が軍人になった時、本気で心配してくれて嬉しかったんだ』
「うぅ……マルセル……」
『姉さんに僕は感謝してる。僕はとてもいい一生を送れたんだ』
「ふざけるな!大して生きてすらいなかったくせに悟った風な口をきくな!」
『そうかもしれない。でもね、僕はとっても充実した毎日を過ごせていたんだって……今なら思える』
「ちがう……それはちがうんだマルセル……」
『違うなんて事、ないよ』
『でもね姉さん、僕は一つだけ心残りがあったんだ』
「……」
『僕のせいで、姉さんの人生に霧がかかってしまった事なんだ』
『心の隙に入り込んで、姉さんが姉さんじゃなくなっていく所を見ているのは本当に辛かったんだ』
『でも、よかった。それを払拭してくれた、あの人がいた』
「ルーク……」
『だからもう、僕はいいんだ』
「だが、私は、お前に何もしてやれずに……私のせいで……」
『姉さんは、悪くないよ』
「マル……セル……」
『もう自分を責め続ける事はやめて、耳を澄ましてみて……』
『聞こえるでしょ?姉さんを、呼んでいる人がいる』
『こんなにも姉さんを想ってくれる人がいる。姉さんが生きていることで、こんなにも喜んでくれる人がいる』
『それはもう、僕じゃ無いはずだから……』
『だから……居もしない僕の幻影なんて、追い続けないで……』
「マルセル!!!」
顔を上げたが、そこには誰も居なかった
虚しく自分の声がホールに反響した
何年も苦しめていた、私の中の霧が晴れた感覚が確かにあった
そうだ、私は……まだやるべきことがある
袖で涙を拭き取った
枯れたはずの涙が流れた時、何故か勇気をもらったように感じる
その場で立ち上がると、残った片方の譜銃が見える
私はそれを拾い上げると、前だけを見つめた
今だけはもう、振り返らない
「行ってくる……!」
そう、たとえ足手まといになろうとも、出来ることはある筈なのだ
私にも、ルークと同じようにやりたい事が出来たのだから――
今日はおわりです
たぶん次の次くらいでおわりです
ルーク達の目の前にはヴァン・グランツが佇んでいた
前よりも遥かに強力になった事がルークにはよくわかった
それでも、ルーク達は怯まずに戦った
ここまで来て止まるわけにはいかない
ティアの譜歌が響いた時、ヴァンの動きが鈍くなる
ルークはそこを見逃さず、ローレライの鍵を振るった
ルーク「くらえ!」
ヴァン「遅い!」
しかし、ヴァンはルークの剣が襲う前に弾き返す
ルーク「っく!?」
ヴァン「忘れたか、お前に剣を教えたのは私だ」
ルーク「ローレライを開放しろ!!」
ルークの発した気迫はまがい物ではなかった
その気迫に呼応するかのように、体内に取り込んだローレライが反応する
それはヴァンに確かなスキを生じさせた
ルークの渾身の一撃がヴァンの右腕に直撃する
しかし、もはや人間の腕ではないのか、ルークの剣を弾き返してしまう
腕からは硬質化した、人間の肌ではないものが露出していた
それは、ヴァンもまた本気にならないと勝てないという証拠であった
ヴァン「やはり……強くなったな」
ルーク「ヴァン……」
ヴァン「私がここまで追いつめられるとは……結局、この疎ましい力を解放せねばならぬようだな」
ヴァンは、ローレライの力を開放させる――
周りに力の波動が起こり、嵐のような風が巻き起こる
ガイ「この圧力…!これが…ローレライの力ってやつか!」
ジェイド「とうとうその力を使ってきましたか…それでも、勝つのは私ですが」
アニス「やっぱ総長、強い…でも…絶対負けないんだから!」
ナタリア「負けませんことよ…わたくしの矢で、あなたを奈落の底へ追い落として見せますわ!」
力を解放したヴァンの右腕は羽根の生えた、一種の魔物のようにも見えるそれに?化していた
束ねていた髪は髪留めが消滅したことで下がっている
ヴァン「心強い味方がいるな」
ルーク「そうです、みんなはこんな俺をずっと助けてくれた……!みんなの為にも負けられない!いや、俺という存在にかけて負けない!」
ティア「兄さんがローレライの力を使う時、ローレライの制御に隙ができる。それを分かっていて、使わざるを得ない状況に追い込んでいるのはルークよ!兄さんがずっと認めようとしなかったルークなのよ!ルークは…いいえ、私たちは負けないわ!」
ヴァン「確かに私にこの力を使わせたことは褒めてやろう。さすがは我が弟子だとな。だが、それもここまで……さらばだルーク!」
ヴァンの力が全身から放出される――
地響きがひどくなった
おそらく、あの人は今封じ込めたモノを解放させたのだろう
急がなければ手遅れになってしまうかもしれない
握る譜銃に力が篭った
リグレット「……」
今更の行動かもしれない
皆が私を後ろ指を指し、笑いものにするかもしれない
また、返り討ちにあってしまうのかもしれない
それでも――
ルーク「くっ……うっ……」
ティア「はあ……はあ……」
ローレライを解放させたヴァンはルーク達の想像を遥かに越える力を持っていた
もちろんルーク達も、もはや常人を越えた力は持っていた
しかし、ローレライという精霊とも呼べる高次元体を取り込んだヴァンはもう人ではなかったのだ
無事に立てているものはルークとティアだけだった
それでも、もうボロボロだ
ティアは戦いながら味方を蘇生させるほどの余裕もない状態だった
ヴァン「もう終わりにするか?ルーク!」
ルーク「終わらない、まだ終わらない!!」
ヴァン「今ならまだ間に合う、私と来い!」
ルーク「答えは前と変わりません!俺は――!」
ヴァン「ならば叶わぬ夢と共に消えよ!ルーク!!」
ヴァンの剣先から閃光が迸る――!!
そうだ、まだ間に合う!
どんなことでも、どんなに醜態をさらしたと言えども
ガイ「あ、あんたは……!?」
ルークの仲間の声が聞こえたが、もう構ってはいられない
私がここに到着したとき、ルークに閃光が向かっていた
ここまでくる途中で十分チャージ出来ていた
――今度は外すものか!!
ルークに襲いかかった閃光は直撃する直前で弾かれ、上空に消えていった
ルーク「な……」
ティア「え……」
ヴァン「き、貴様……何のつもりだ!?」
白い煙を銃口から上げる譜銃を構えたリグレットがそこには居た
片方の譜銃だけではあったが、ヴァンの攻撃を弾くくらいなら出来た
ふっ、とリグレットは笑った
リグレット「申し訳ありません閣下……」
リグレット「貴方に最初に言われた言葉を思い出したものでして」
リグレットはヴァンに向かって譜銃を向けた
ヴァン「何……!?」
ヴァンの中の記憶が駆け巡る
答えが解った途端、ヴァンの顔は怒りに塗れた表情になった
そんなヴァンとは違い、ルークは嬉しそうにリグレットを見た
ルーク「リグレット!来てくれたのか!?」
ティア「リグレット教官!」
ティアの声も弾んでいる
リグレット「ティア、貴女は仲間を回復させなさい。時間稼ぎは私とルークでやる!」
ティア「……はい!」
ティアの声は嬉しさのあまり泣き出しそうなくらいだった
リグレットはルークと目線を合わせる
何故か二人とも笑っていた
ルークはこんなにも生き生きとしたリグレットは初めて見る気がした
リグレット「行けるな?ルーク」
ルーク「……ああ!」
ルークは再び力を得たように跳んでいた
ヴァンはそれをたやすく剣で弾き返す
その直後、リグレットの弾丸がヴァンの横顔に直撃した
普通なら致命傷だが、ヴァンはなお平然と立っている
ヴァン「ここまで共に来てなお……裏切るというかリグレット!」
リグレット「思い出したんです、私の中の、大切なものを……それに」
リグレット「いつでも殺しに来いと仰ったのは閣下です」
――そう、私はもうリグレットではない
リグレットの言葉にはもう迷いはなかった
彼女の澄んだ瞳がヴァンには突き刺さるような感情を覚えさせる
ヴァン「ならばお前も消してやろう!ルークと共にな!!」
ヴァンが突きの構えと取ると、先程ルークに放ったような閃光を放つ
しかし、それは横から体制を取り直したルークによって阻止されてしまった
ルーク「リグレットだって変われたんだ!この世界の未来は定められてなんかいない!」
ヴァン「小賢しい事を!」
ルーク「賢いものかよ!」
金属のぶつかり合う音が響く
ルークの力はなぜか強くなっているようにヴァンは感じる
ヴァン(リグレットが……力を与えたのか……!?)
その合間にもリグレットの銃声は響く
綺麗にルークだけを避けた攻撃は、ヴァンの足を狙っていた
ヴァンの足に直撃した弾は貫かずに突き刺さった
そして、その場で小爆発を引き起こす
ルークに放ったものと同じ技だ
直撃を受けたヴァンは膝をついてしまった
そこに、ルークの剣撃が振るわれる
ルーク「うおおおぉぉぉぉ!!!」
ヴァン「舐めるなぁぁぁぁぁぁ!!」
再び、ローレライの力を放出させる
ルークは波動によって弾き飛ばされてしまった
ヴァン「いいだろう、貴様ら二人仲良く死ぬが良い!」
ヴァンがローレライの力を右腕に集中させる
先程ルークを弾き飛ばしたそれよりも遥かに強い力を――
『雷雲よ、刃となりて敵を穿け!』
ヴァンが吠えた時、背後に巨大な雷のエネルギーが刃状の形になっていた
『サンダーブレード!』
それはヴァンに襲いかかると、バチバチとエネルギーを放出させる
ヴァンは予想外の一撃に右腕に集中させたローレライの力を散らしてしまった
ルーク「ジェイド!?」
ジェイド「お手数おかけしましたね」
周りを見ると、倒れたはずの仲間が立っている
ティアの治癒が終わったのだ
アニス「戦力も増えたし、今度は負けないんだから!」
ナタリア「ええ、もう不覚は取りませんわ!」
ガイ「さぁて、第二ラウンドといくかい!」
ルーク「みんな……」
ティア「私達、まだ戦えるわ」
ルーク「あぁ!」
激戦を極めた戦いも、もう集結へと向かっていた
物事には限界があるからだ
それは、ルークたちにも当てはまる
当然、ヴァンにも……
いくら高次元体であるローレライを取り込んだといえ、ベースであるヴァンの体が持たなくなったのだ
ローレライを封じ込めきれなくなり、ヴァンから閃光が放たれる
ルーク「くそ……この光は……!」
ジェイド「これは……!ヴァンの中のローレライが暴走して、私達の音素を引き寄せようとしている!このままでは、生命力を吸い上げられてしまいます!」
ルーク「冗談じゃねえ!」
ティア「ルーク、第二超振動よ!第二超振動はあらゆる音素を無効化するわ!」
ルーク「く……ローレライを封印する!ティア、手を貸してくれ!」
ティア「ええ!」
ティアは精神を落ち着かせると、譜歌を詠い始める
あたりは青い神秘的なフィールドに包まれる
ヴァン「こ、ここで終わるわけには……」
ヴァンはなお剣を握り、立ち上がってきていた
ルークは止まることをせずに、駆けていた
トゥエ レィ ズェ クロア リュォ トゥエ ズェ
クロア リュォ ズェ トゥエ リュォ レィ ネゥ リュォ ズェ
ヴァ レィ ズェ トゥエ ネゥ トゥエ リュォ トゥエ クロア
リュォ レィ クロア リュォ ズェ レィ ヴァ ズェ レイ
ヴァ ネゥ ヴァ レィ ヴァ ネゥ ヴァ ズェ レィ
クロア リュォ クロア ネゥ トゥエ レィ クロア リュォ ズェ レィ ヴァ
レィ ヴァ ネゥ クロア トゥエ レィ レィ
歌声は、まるで全ての負の感情を浄化するかのように聞こえた
自分の犯した罪も、持っていた憎しみや怒り、悲しみもすべて優しく包み込むように……
彼らは止まらない
一歩も手を引かなかった
――マルセル、やっとわかったよ
そう、世界はこんなにも光り輝いている
全てを一瞬でも憎しみや悲しみにに包み込むなど、あってはならないのだ
ヴァンの理想が間違っていたと今なら思える
そう、それは自分自身の意思だ
決して……リグレットとしての自分ではなく……
ルーク「うおおおおおおお!!!」
ルークはヴァンに掴みかかった
そして、全てを消し去る第二超振動を発動させた
ルーク「これで……終わりだぁぁぁ!!」
神秘的なフィールドが消え去る
そして、ヴァンの体は光と消えていく
ヴァン「最期の譜歌を……理解したのだな……」
ティア「兄さん、いつも泣きやまない私に歌っていた……それを思い出したの」
ヴァン「ッフ……見事だ……」
ヴァン「同士よすまぬ……今そちらに逝くぞ……」
ヴァンの体は光へと消え去る
リグレットはそれを静かに見ていた
寂しさは無かった
リグレット(さようなら、閣下……マルセル……)
静寂が訪れる
気づけはリグレットはルークの後ろにいた
ルークは振り返ると、剣をリグレットに向けていた
同じように、リグレットも銃を構えている
一瞬の緊張が走るが、二人の表情は楽しそうに笑っていた
リグレット「どうして私を信用した?後ろから撃つかもしれなかった」
ルーク「だったらなんで、ヴァン師匠の攻撃を弾いたんだよ」
二人はおかしそうにまたにこりと笑った
『ティアが悲しむ』
二人の声はぴったりと重なった
リグレットは満足げに銃をその場で捨てると、髪飾りを取る
ポニーテールにまとまった髪が自由になり、さらりと風になびいた
リグレットはその髪飾りをルークに投げた
ルークはそれをうまく受け止める
リグレット「お前は私の死に場所を奪った。その責任は重いぞ」
ルーク「リグレット……」
リグレット「すぐに返しにこい、いいな」
ルーク「……わかった、約束するよ」
リグレット「その時、私の名前も教えてやる」
ルーク「はは、楽しみにしてるよ」
リグレット「――またな、ルーク」
ルーク「また、な……リグレット……」
リグレットはルークから離れていく
リグレットはこの日の、夕焼けに染まっていく彼の罪悪感にまみれた笑顔を、脳裏に焼け付けさせていた
たとえこれから、どうなろうとも彼を忘れないように……
今日はおわりです
ノエル、いいですよね……
『私の見た未来が少しでも覆されるとは……』
『驚嘆に値する――』
眩しすぎる光の中、ルークはローレライの言葉を聞いていた
腕の中のアッシュが少しだけ動いたように感じる
ルークは静かに超振動を発動した
N.D.2020 ダアト
ティア「教官、お早うございます」
リグレット「教官はよせ、ティア」
ティア「私にとってはいつでも教官です」
まったくと小言を言うが、リグレットの顔は笑っていた
あれから二年の歳月が過ぎ、リグレットはまだ神託の盾に居た
普通ならあの戦争のA級戦犯であるリグレットが極刑にならないわけは無いのだが、あの後の裁判で有能な『弁護士』が味方についたおかげだった
彼はマルクトの軍人であったが、正直弁護士でも十分食べていけると思われるほどの話術を持っていた
リグレットはまさか彼が弁護士としてついてくれるとは思ってもおらず、何故と聞いたことが合った
『友人との約束です。彼が返ってくるまでちゃんとお守りはさせて貰いますよ』
その一言で、リグレットは彼が――ルークが前々からこうなることを予期していたのだと知った
裁判ではあの時のヴァンと戦った仲間全員がリグレットの弁護に回る証人として立証し、処刑を免れた形であった
しかし、大量の人を殺めた戦争を引き起こした事は事実であるため、リグレットには重い制約がのしかかっていた
今後武器に触れない事、取り扱いの禁止
譜術の、またそれに似た行為の一切の禁止
監視付きの生活
ダアトから出ることの禁止
他にも色々とはあるが、大きく分けるとこの4つだった
リグレットはあの時に譜銃を捨ててから、武器は触っていない
そして、譜術の禁止を確実なものとするためにリグレットはアンチフォンスロットを浴びていた
自らのフォンスロットを絶ち、譜術を使えないようにする
今までのようには生活ができないが、リグレットはそれでも十分だった
監視付きの生活については、選ばれたのがティアだった
彼女は自分から名乗り上げ、仮にリグレットが暴動を起こしても止められると理由をつけていた
それからというもの、ティアはリグレットとほぼ行動をともにしている
リグレットは戦前の腕前を評価され、前線には立たない軍の諜報部へと転属となったのだった
リグレット「……今日だな」
ティア「ええ……」
神託の盾のラウンジでティアと話す
ティアはどこか悲しげに頷く
リグレット「本当に成人の儀には行かなくてもいいのか」
ティア「……はい」
あの戦いの後、ルークの屋敷の庭には大きな墓石が建てられた
墓石にはルーク・フォン・ファブレと名が刻んである
ティア「墓石に話しかけることなど、ありませんから」
リグレット「……」
あれから二年
ルークが生きていれば二十歳になる歳月が過ぎていた
思った以上に世界は安定し、平和だった
ファブレ家の貴族はルークの成人の儀を、そのまま執り行うと発表した
当然その時の仲間は全員お呼ばれがされている
本来なら行くべきなのだが、ルークの帰還を諦めないティアは行くことを辞退していた
そんなティアの心境を、リグレットは痛いほど理解していた
リグレット「……ティア」
ティア「はい?」
リグレット「ルークとの思い出の場所に行ってみたらどうだ」
ティア「……思い出の?」
リグレット「そうだ、墓石に語りに行くよりかは気晴らしになるだろう」
リグレット「今日はやけに眠い……はやく私は寝ることにしよう」
ティア「教官……」
にこりとリグレットは笑っていた
ティアのリグレットの監視の時間は密室の彼女の部屋で眠った事を確認して施錠するまでだった
つまり、リグレットが寝てしまえばその後は自由の身なのだ
ティアはリグレットの気遣いに温かいものを感じた
リグレット「たしか、タタル渓谷だったな」
彼女の直感が告げているのだ
そこに行けば、彼は居ると……
次の日、リグレットの部屋を開けたのはフードを被った見知らぬ男だった
「今日は上からの特例で、一日だけ自由行動の許可が降りている」
男はそれだけを言うと、書類を一枚だけ置いて出ていってしまった
ようは、二年間の真面目な働きのご褒美として身の自由を約束するものらしい
夕刻までにこの部屋に戻っていれば、監視も無い自由な時間を過ごせるという内容だった
こういう知らせはティアから欲しかったとリグレットは思った
リグレットは書類を丁寧に折りたたむと懐にしまい、部屋の外に出た
神託の盾はいつものように参拝者などで溢れていた
リグレットは朝食を食べると、特にやることも無いので1階の大ホールに居た
いつもなら横にティアがいたので、リグレットは監視されていないことに何処か不安じみたものをかんじていた
人の通りが多いそこは何故か落ち着かず、リグレットは外へと出る
キラキラとした朝日が体に吸収されていく感覚がリグレットの細胞を活性化させていく
しかし、なぜかその感覚も上滑りしていくのだった
リグレットの足は勝手に人気のないところへと動いていた
気づけば、リグレットは人の居ない空き地に居た
教会からすこし離れた所の、何もない空き地
――ルークが死ぬと告白してきたところだった
リグレットは静かに深呼吸をする
腰にまで伸びた髪がそよ風に揺らいだ
日が高くなり、気温が上がっていくのをリグレットは肌で感じていた
意味もなく落ちていく気分に嫌気が差し、リグレットは空き地から離れた
いつの間にか、時間は正午を過ぎていた
本来なら2年ぶりの誰にも邪魔されない休日なので、普段では出来ない買い物などに出かけるべきなのかもしれないが、そんな気分にもならなかった
リグレット(2年か――)
いくら体を動かしても同じことばかりが頭に浮かんでしまう
監視から一時的とはいえ解放されている状況が、それを加速させてしまっていた
――――――
――――
――
『ルーク様を発見しました!』
『本当か!?』
『エルドラントの地下の……空洞のような穴に倒れています!』
『すぐに救出しろ!』
新聞の記事に英雄ルークが発見されたと大きく報道されたのはあの決戦から三日後のことだった
ぼろぼろになった、背中に奇妙なキャラクターがデザインされた白い服を羽織り腰には剣の鞘が横に装備されている状態だった
不思議なことに、そこにローレライの鍵は無かった
とにかく、ルークはごくあっさりと帰還を果たしたのであった
衰弱し、意識のないルークは暫く仲間との感動の再開もできず、バチカルの集中治療室に運ばれていた
当然話を知った仲間達はすぐにバチカルに飛んでいた
バチカルは英雄の帰還で湧きあがり半ばパニックにも近い状態だった
ティアがバチカルに到着した時、すでに他の仲間達は全員集まっていた
ティア「皆……」
ナタリア「お待ちしておりましたわ」
ティア「ルークは!?」
急かすようなティアの言葉に、ガイはまあまあとなだめる
ガイ「俺たちもルークに会えない状態なんだよ」
アニス「ルークの仲間だって言うのに顔も見せてくれないんだよ!?」
アニスが頬を膨らませて言う
その言葉に、ナタリアも困ったように続いた
ナタリア「ルークの状態、かなり悪いみたいですわ。私達が居たら邪魔にしかならないみたいでして……」
アニス「でもさー、ナタリアやティアみたいなセブンスフォニマーなら入れてくれてもいいと思わない?」
アニスの不満げな声が止まらない。その声には不安と希望が入り混じっているのはその場にいる全員がよくわかっていた
ジェイド「とにかく今は、ルークもそうですがバチカル自体もパニックになりかねないくらい市民が興奮している。おおっぴらに私達だけがルークに会うという事自体も良くないのでしょう」
ジェイドはあくまで冷静に口を開いていた
事実、世界を救ったルークの帰還に世界中からルークをひと目見ようと集まる人が多いのだ
その民衆を刺激することは迂闊にはできなかった
結局その場ではどうすることもできずに、全員は暫くバチカルに宿泊することを決めたのであった
「ルーク様が、お目覚めになられました」
連絡が入ったのは1週間後だった
一度に全員と会いたいとルークからの要望があり、ティア達は全員揃って病室に向かったのであった
病室に入ると、痩せこけたルークがベッドに半身を上げていた
その顔は、どう見てもルークであった
ガイ「……お前、アッシュだな」
お帰りの一言もなく、ガイが最初に言い放った
赤毛の彼は、何も言わずに頷いた
ティアは血の気が引いていく感覚を覚えた
アッシュは誰とも目線を合わせようともせずに、どこかを見つめていた
ジェイドだけが、表情を変えなかった
ニス「な、なら……ならルークはどうなったの!?」
アニスの声はすでに涙声になっていた
アッシュは何も答えない
アニス「どうして!?答えてよぉ!ねえ!!」
アッシュに掴みかかるアニスをナタリアが止める
ナタリア「お止めなさい!……アッシュに何があったかまだ聞いていないでしょう!?」
ナタリアの声に、ジェイドが静かに続いた
ジェイド「……ビックバン現象ですよ」
ジェイドはこの旅で何度目かの、自分の犯した過去を恨んでいた
全員がジェイドに視線を投げる中、アッシュは変わらずに何も言わずにどこか遠くを見ていた
ジェイド「レプリカと被検体は引き合う性質を持ちます。個人差はあるものの、レプリカはビックバン現象が起こると被検体と体が同化します」
ジェイドの言葉に全員が息を飲んだ
ジェイドは言葉を続ける
ジェイド「被験体の体は一度消滅し、レプリカの中に吸い込まれます。そして、レプリカの体の意思を持つのは被験体になるのです」
アニス「ど、どういうこと……?ルークはどうなったってことなの……」
ジェイドは顔を少しだけ横に伏せた
ジェイド「ルークの体の中にアッシュは吸い寄せられて、ルークの意思は消滅しました……記憶だけを残してね」
その言葉に、全員が言葉を失った
行き場のない絶望だけがその空間を漂った
ガイ「アッシュの意思がルークを乗っ取ったとでも言うのかよ!!ふざけるな!!」
ガイがジェイドの胸ぐらを掴んだ
ぎりぎりと両腕に力だけがこもる
ガイ「あいつは、あいつは死んだってのかよ!!」
悲痛な叫びにジェイドは何も答えられなかった
ナタリア「何か方法は無いのですか!?キムラスカが総力を上げて……」
ジェイド「残念ですが……一度ビックバン現象を起こしたら……」
アニス「なんでそう言い切れるの!?まだ可能性はあるんでしょ!」
アニスはもう涙で顔がぐしゃぐしゃだ
アニス「大佐が考えたフォミクリーでしょ!なんとかしてよぉ!!」
ガイ「お前が諦めたら、アイツはどうなっちまうんだ!!」
アニスの言葉に、ガイが続く
ジェイド「……すみません、そのとおりですね」
ジェイドが零した言葉には、もう可能性は無いと言っているようなものだった
ガイは手をジェイドから離した
ティア「……ルークは、アッシュの中にいるのね」
ぞっとするような言葉だった
ここに来て初めて口にしたティアの声は、冷え切っていた
アッシュ「……ねえよ」
ナタリア「え?」
少しの間を置いて、アッシュは小さく言った
アッシュ「アイツの……レプリカの記憶なんてねえよ」
その言葉に、一番驚いたのはジェイドだった
ジェイド「その筈はありません、ビックバンを起こしたら……」
アッシュ「知るか!」
アッシュは苛立ちを吐き出すように言葉を続けた
アッシュ「俺は一度死んだ筈だった!だが、空白の空間に飛ばされて、アイツは俺に話しかけてきたんだよ!」
ガイ「話かけて……?」
『それはお前にやるよ。でも、これは俺のだからな!』
アッシュ「それだけ言うと、アイツは一際眩しい空間に吸い込まれた」
アッシュ「次に気づいたら、俺はここだったんだよ」
アッシュの言葉に、全員が言葉を失う
アッシュは気にせずに続ける
アッシュ「アイツはまだどこかで気を失ってるのか、ヴァンのようにプラネットストームに吸い込まれたのかよくわからねえ」
アッシュ「さっきから通信で呼びかけても全然反応しやがらねえんだよ」
アニス「そんなの、アッシュがルークの体だから……」
アニスの言葉に、アッシュは睨みつけた
まだ話は終わっていないと目線が言っていた
アッシュ「いいか、アイツが本当に消滅して死んだなら通信自体出来ねえはずなんだよ!」
アッシュ「呼びかけることができるって事はだ!」
ガイ「ルークはどこかで生きてるって事か!?」
ガイがアッシュの言葉に割り込む
アッシュは痩せて細くなった腕で髪をかき上げる
アッシュ「……そうとしか思えねえよ」
ティア「アッシュ、本当なの!?」
アッシュ「嘘を言ってもしかたねえだろ」
ナタリア「それでは……!」
アニスはぐしぐしと涙を拭くと、いつものように胸をたてた
アニス「しっかたないなー、私達がちゃんと見つけてあげないとね!」
ガイ「あぁ、またやることができちまったな!」
先ほどとはうって変わり、全員は希望を持っていた
しかし、全員はもうどこかで気づいていたのだ
アッシュがルークの体を使っているという事の意味を
しかし、そんな事は関係なかった
どんな姿であっても、ルークはルークなのだ
ティア「私、ルークを探すわ」
ティアの言葉は、冷たさを失っていた
希望を捨てるのはまだ早いのだ
全員が出ていった病室には、アッシュとナタリアだけが残っていた
ナタリアはベッドの脇に座っているが、アッシュは目線をやはり合わせようとしない
ナタリア「……アッシュ」
アッシュ「……」
ナタリア「申し訳ありませんでした、目覚めたばかりというのに……」
アッシュ「……」
ナタリア「……今更になってしまいましたが、おかえりなさい。アッシュ」
アッシュ「……」
アッシュは何も言わずに布団に潜り込んでいた
ナタリアはあくまで話しかけた
ナタリア「もし……もしですけれど……」
アッシュ「……」
ナタリア「皆がああいう態度を取ったから自分は帰らないほうがよかったなんて思ってらっしゃるのなら、やめてくだいね」
ナタリア「……皆さんは、いえ、少なくとも私は……アッシュが帰ってきてくれて嬉しいですわ」
ナタリアはそっと布団の中に手を潜らせてアッシュの手を握った
アッシュは初めてナタリアと目があった
ナタリア「何も言わなくてもいいですわ。貴方が一番辛いでしょうから。でも……貴方はルークが渡したその身体を、大切にする義務があるのです」
アッシュ「……」
ナタリア「元気になったらまたたくさんお話しましょう……わたくし、もう待ちくたびれてしまいましたから」
ナタリアの嘘のない笑顔には、細い涙が流れていた
その後、ルークの捜索隊が正式に結成される
1個小隊ほどの人数で世界の隅々まで探索が進められた
しかし――
地核付近のセフィロトなどをアッシュを交えて探索したものの、ルークは発見されなかった
アッシュはどんな所でもルークの通信を試しているが、成果は上がらなかった
そうこうしているうちに、ルークの墓石がいつの間にか出来上がっていたのだった
―
――
――――――
リグレットはふぅ、と息を吐いた
本当なら自分が身を捨ててでもルークを探してあげたかったのだが、監禁生活も長く今ですらダアトから出れない状況のリグレットには何もできなかった
日は更に傾いていた
結局、リグレットは何もできずに休日を過ごしている自分に気がついていた
もう少しで帰らねばならない夕刻だ
紅々とした夕焼けになろうと空はオレンジ色に染まりかけている
リグレットは教会の内部へと足を運んでいた
巨大なステンドガラスが紅々とした光の色を艶やかに変えていた
お祈りする時間も終わり、がらんとした内部には人はほとんど居ない
ステンドガラスの差す光の中央に、待っていたかのように一人の男が現れる
そこまで高くない身長の、教団服のフードを被った男だ
リグレット(お迎え、か……)
リグレットは嘆息すると、男の前まで歩いて行く
そこで、少しの違和感を感じた
教団の服を羽織った男は確かにリグレットの知らない人のはずだ
顔は分からないが、体型などで一致するような知り合いは居ないはずだ
なのに、リグレットはどこか懐かしさを感じていた
リグレットはなぜかステンドガラスの光の中に入る事が怖くなり、足を止めてしまう
男はリグレットに静かに話しはじめた
中性的な、すこし高い声だった
「ここの教会は素晴らしいですね、二年前と全く同じだ」
リグレット「……」
「またここに来れるまで、時間を使いすぎてしまいました……待たせてしまった人も沢山いました」
「不器用な自分には難しい事でした……だから、ゆっくりと時間をかけてやるしかなかったのです」
「失敗だけはできなかったんです」
「私にはやることが、やらねばならない事があったから」
リグレット「――お前は」
「覚えていますか、2年前の夕焼けのあの日を」
リグレット「お、お前は……!」
男はそっとフードを取り外した
銀朱に輝く髪に、蒼い瞳だった
リグレットは初めて見る顔のはずだった
しかし、それは、その事実はもう確認するまでもなく確実だったのだ
そう、彼は――
「――ルーク!!」
瞳から涙が溢れる前に、叫んでいた
何故か恐ろしかった光の中に、そっと歩み入る
ルークは自分と同じくらいの速さで近づいてきてくれた
そして、触れ合える程度の距離になったとき、彼の笑顔を見て私は倒れ込んでいた
ルークはしっかりと抱きしめてくれている
それは確かに、あの時に感じた彼の温もりだった
「久しぶり、遅くなっちまったな」
「……おそすぎだ、何年、またせたと」
涙が邪魔をしてうまく言葉が出てこない
ルークは私の髪を優しく手で梳いてくれた
「ごめんな、でも、約束したから」
ルークは抱きしめたまま、私の髪をそっと持ち上げると、あの時渡した髪飾りで束ねてくれた
「これで約束果たせたよな、リグレット」
「……」
ぼろぼろと涙だけが溢れ、私は何も言えなかった
だが、今度は私が約束を守らねばならなかった
「ジゼル」
「え?」
「……私の名前だ。ジゼル・オスローだ」
「よろしくな、ジゼル!」
こんなにも名前を呼ばれることが嬉しい事などと、今までしらなかった
「……おかえり、ルーク」
ルークはジゼルを抱きしめたままぽつぽつと話し始めた
ルーク「ジゼル、聞いてくれるか?」
ジゼルはルークの腕の中でこくりと頷く
ルークはそれを満足そうに見ると、腕に少しだけ力をこめた
ルーク「この体は、俺の身体じゃないんだ」
ルーク「あの後、俺はアッシュと一緒になっていく感覚を覚えていた。俺は目の前のローレライに言ったんだ」
ルーク「身体はアッシュにやるけど、記憶は嫌だってな」
ジゼル「……」
ルーク「アッシュの身体が分解して、俺の身体に入り込んできたんだ。その時、俺は身体から抜けていく感覚があったんだ」
ルーク「魂って存在があるなら、きっとそれは俺の魂だけが抜けたんだと思う。でも、それじゃ俺は消えてしまう」
ルーク「ローレライは俺の身体を形成する音素をエルドラントの第七音素で補おうとしたんだよ」
アッシュの発見された所に大きな空洞が出来ていたという話をジゼルは思い出していた
ルーク「それは半分うまくいった。でも、ダメだった」
ルーク「多分、人の音素と無機質の物質の音素は一緒にはできなかったんだ。器は出来たけど俺は馴染めなかった」
ルーク「だからローレライは俺の中に少しだけ入り込んだんだ。音素を安定化させて、俺は人の肉体を得れたかと思った」
ルーク「でも……それもダメだった。身体が直ぐに崩れていっちゃったんだ」
ルーク「ローレライの力の一部と、俺の魂、そしてエルドラント――それだけじゃ人の肉体はできないんだ」
ジゼル「……」
ジゼルは話に割り込まずにルークの顔を見た
声質は変わり、顔も少し変わってしまった彼に何故かジゼルは懐かしさを覚えてしまう
ルーク「人の身体は、やっぱ人である何かが必要だったんだよ」
ジゼル「……人である」
ルーク「声がしたんだ……そっと囁く様に」
ジゼル「こ……え……?」
『大丈夫、僕のをあげる――』
ジゼル「それは――」
ルーク「彼の名前は、マルセル……言われなくてもわかったよ」
ようやく止まったと思っていた涙がまた溢れてきてしまう
マルセルが、ルークを救ったのだ
ジゼル「まる……セル……」
ルーク「彼から、ジゼルに伝言があるんだ」
『今までありがとう、姉さん』
ジゼル「マルセルが……言ったのか?」
絞り出すようにジゼルはなんとか言った
ルークはしっかりと頷いた
ルーク「マルセルだよ、彼は」
ジゼル「ルーク……く、う……」
ジゼル「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
まるで子供のように泣くジゼルを、ルークはしっかりと抱きしめたままにしていた
決して彼女を一人にしないようにするかのように
数分経ち、ジゼルは漸く涙が止まりルークから少しだけ離れ顔をしっかりと確認した
どこか感じた懐かしさはマルセルの気配だったのだろうか
ジゼルはルークの顔を両手でそっと包む
ジゼル「……本当に遅かったな」
ルーク「言っただろ、あんなことがあったんだ、時間もかかる」
ジゼル「まぁいい、帰ってきたんだ」
ルーク「あぁ、ジゼルもちゃんと元気そうでよかったよ」
ジゼル「ふふ、ルーク……」
ジゼルはそのままルークの後頭部に手を回した
もう気持ちを抑えることなどいらないのだ
あの時のような、絶望に満ちたものではない
ジゼルはそっと目を閉じた――
「はーーーい!!!そーーーこーーーまーーーでーーー!!!」
急激にぐいぐいとルークから離され、ジゼルはぱっと目を開けていた
あの時から何も変わっていない身長のアニスがいつの間にか割って入ってきたのだ
こめかみに血管が浮き出るのではないかというほどに目を釣り上げて怒りを露わにしている
アニス「黙ってみてればどこまでやる気なのよ!」
ジゼルの顔はいつの間にか今まで見てきたかのような凛とした顔に戻っている
ジゼル「邪魔をするなタトリン導師候補」
アニス「邪魔もしたくなるわよ!アホ!ルークもルークよ!!」
ルーク「いやぁ……アハハ……」
アニス「アハハじゃないわよ!今雰囲気に飲まれてそのまま行こうとしただろ!?あぁ?」
アニスは息を荒げ、ぐいぐいと再びルークとジゼルの距離を開けさせた
そして、アニスは教会の影までずんずんと歩いていくと、誰かを引っ張り出してきた
ティアだ
アニス「悪いけどね!ルークの嫁候補はまだいるんだからね!!」
ティア「よ、嫁って何よアニス!」
ルーク「てぃ、ティア……!?」
ティア「ち、違うのよルーク!アニスが勝手に……」
アニス「はっはー、そう申すかティア・グランツ響長」
一人盛り上がるアニスは止まる様子がない
ティアはもう顔が真っ赤になっていまっている
アニス「アンタ黙ってルークとジゼルがキスするトコ見てて本当に平気だってぇの!?あぁ!?」
ティア「そ、それは……」
ティア「ルークが教官を好きになってるなら……喜ぶべきだし……私はべつにルークがその……誰と付き合っても関係ないし……」
ティアの声は元々か細かったものの、どんどん小さくなっていく
誰がどう聞いても嘘だとまるわかりだった
しかし、そんな嘘が更にアニスを逆上させる燃料となってしまった
アニス「アンタねぇ!!二年間もあんなに寂しがっといて何言ってんだゴラァ!!」
アニス「人生の初恋だったんだろ!?だったら素直な事言えってんだオラァ!!」
大声で恥ずかしいことを言われ、ティアは顔が更に真っ赤になってしまう
ティア「や、も、もうやめてアニスーー!」
アニス「だったら本音で行きなさい!ぽっと出のジゼルにルーク取られちゃうわよ!」
ティア「~~~~!」
真っ赤なティアとルークが目が合う
ルークも髪の毛に負けないほど顔が赤くなっていた
ルーク「あ、あの……ティア……」
ティア「ルーク……あ、あのね、私……」
ティアは意を決したようにジゼルの前に立った
ティア「教官!私、ルークは譲りませんから!」
生まれて初めての、ティアの本気の宣戦布告であった
ジゼルはなぜか嬉しくてしょうがなかった
ジゼル「ふふ、受けて立とうティア」
ジゼルはそれだけ言うと、ルークの腕を引っ張った
ルーク「えっ……」
ジゼル「んっ……」
アニス「あ゛!」
ティア「ああ!」
瞬時の早業でジゼルはルークの唇を奪っていた
ジゼルは勝ち誇ったようにルークから離れると、ティアに向かい合う
ジゼル「奥手にうかうかしてたらあっという間に攫ってしまうからな、覚悟しておけよ」
ティア「教官!待ってください!ルークを連れてかないで!」
ジゼルはぐいぐいとルークの腕をつかみ、行ってしまう
ルークは何も言わなかったが、とても幸せだった
あのアルビオールの上の夜よりも
必死になってるティアも、その後ろでまだ何か怒っているアニスも……そしてルークの腕を引くジゼルも、皆幸せそうだからだ
ルークは見たこともない悪戯に笑う表情のジゼルが、ここで生きてくれていることが何よりも嬉しく幸せに感じていた
彼女の今の笑顔を作ったのは紛れもない、ルークなのだから……
<了>
というわけで終わりです
色々と突っ込みどころ満載でしたが、最期までお付き合い頂いた方々本当にありがとうございました
リグレット教官大好きだから書いただけのSSでした
またもしかしたらアビスのSS書くかもです
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません