蒼の彼方のフォーリズムのオリキャラssです。原作キャラも出します。
舞台設定は原作・アニメの二年後で、場所は閑東(関東もじり)です。
完全に不定期更新にします。更新した時にはTwitter(@bottitou80000)でツイートするので、気になる方はそっちをチェックしてください。いればですが……。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1480578846
追記
毎週土曜に他のssを更新したときに保守レス打ちます。
それは、ある日の午後だった。
中学校三年生。受験勉強をはじめていても全くおかしくない時期。勉強はおろか受験校すら適当にしている俺は間違いなく例外に入る。と父に言われた。
だが正直な話、自分がしたいことなんて全くわからないし、もちろん将来の夢なんてあるはずもなく、かといって行ける学校が限られるほど成績が悪いわけでもない。まあ特別よくもないのだけど……。
そんなだから、家に帰ってリビングのソファに座り、真っ先にテレビをつけた。
特に見たいものがあるわけではないけれど、平日の昼間。こうるさい両親はいない。
暇つぶしに、とテレビの電源をつけ、チャンネルをポチポチとリモコンを操作して変えて気になるものを探すのが、もう半ば癖のような習慣になっていた。
チャンネル変更の「+」ボタンを数回押した時だった。
『やああああああったあああああ! 勝ちました! 倉科明日香選手、三回戦も危なげなく突破! 圧倒的です! 倉科明日香選手、フライングサーカス世界ジュニア選手権三回戦を、6-1で突破です!』
それは、海の向こうで行われているスポーツ中継の再放送だった。
時差の関係で夜にしか放送できない中継を、昼間に流していた。
体にぴっちりとしたデザインの競技服を着て、最近開発されたグラシュ――アンチ・グラビトン・シューズで飛び回り、空で追いかけっこをするスポーツ、フライングサーカス。
あまり興味はなかったけど、他のチャンネルで特に面白そうなものもなく、先生が話題にしていたことを思い出して見ることにした。
他のチャンネルを回った後もう一度チャンネルを戻すと、今度は男の子がスタートラインに浮いていた。
男の子ではあるけど、もちろん俺なんかよりよっぽど大人っぽい。
『左に見えます緑のグラシュを履いているのがFC日本ジュニア男子代表、日向昌也選手です。同じく選手の倉科選手のコーチも兼任しています。両者、構えて……スタートしました! コー……昌也先輩、出遅れたか!? あ、いえ出ました、応用エンジェリックヘイロウ! 一気に距離を詰め……二回目! 抜き去りました! そして一つ目のブイタッチ! 一点が入ります! 相手はショートカットを選択したようです。セカンドラインに待ち構えています。日向選手は……その場で上昇。FCは上のポジションが有利だと言われています。そしてそこから……下降して加速していきます。このスピードは、ブイタッチを狙っているのでしょうか? 相手選手も動きます。くるぞ……くるぞ……! 交錯! かわしました! やはりブイタッチ! ブイタッチを得意とするスピーダーを相手に大胆な作戦です! しかし相手選手追いつけない! なおも日向選手は加速! ブイタッチしました! 二得点目、2対0!』
そして試合終了まで特になにもなく、日本の選手の圧勝で試合は幕を閉じた。
『日向選手! 試合お疲れ様でした! 今日のご感想など一言!』
さっきまで実況をしていた女性――なんと制服を着た高校生だ――が、日向選手にインタビューする。
『ああ、実里も実況お疲れさま』
『もう! それを聞いてるんじゃないんですよコーチ! おっと、日向選手!』
『ははは。で、なんだっけ?』
『試合の感想と、どうしてスピーダー相手に速さ勝負を仕掛けたかってことですよ!』
『試合の感想としては、序盤に上手に乗れたから勝てた、かな。乗る気ではいたけど、一応乗れなかった時の作戦も考えていたからハマって上昇していったときはすごくほっとして一息ついてたよ』
『確かに、ファーストラインでの超加速が嘘のようなゆったりとした上昇してましたもんね。インタビューにお答えくださってありがとうございました! 後は彼女さんとイチャイチャしててください!』
『おい……。一応まだ沙希の試合もあるし、イリーナとも話したいから残るんだが……』
『浮気ですか?』
『え……? 昌也さん、浮気してるんですか?』
『ほら実里、悪ふざけが過ぎる。それにもう実況席に行った方がいいんじゃないか? それと明日香。そんな疑いのない目で怖いこと聞くなよ』
『はーい。では行ってきますね!』
『ふふっ♪ わかってますよ♪』
そこで映像は切り替わり、試合のリプレイ映像へと変わった。
改めて流れる、序盤の加速。
スピードを自信にしてきた選手を、スピードで圧倒する日向選手。
気づくと、父親に使うことを禁止されているデスクトップPCを起動して、動画サイトでFCやグラシュの動画を食い入るように見続けていた。
気づいたのは、親が帰ってきてパソコンを使っている俺に怒りの口調で問いかけてきた時だった。
「どうして勝手にパソコンを使っているの?」
「ごめんなさい。でも、俺……やりたいこと見つけたよ。俺、FCをやりたい!」
さらに追記
基本は原作明日香ルート後ですが、他ヒロインたちの成長の仕方はそれぞれのルートをクリアした後のものになります。二年あったら成長するってことでご勘弁を……。
一部ネタバレになると思うので、読むときは注意してください。
「FC?」
仇州ではその認知度は高いが、閑東圏などの、グラシュによる飛行が多くの場所で制限される地域ではその認知度は低い。体育でやることもないし、グラシュの発明は世界に大きな波紋を起こしたがFCは決してその限りじゃないからだ。
「フライングサーカス。略してFC。最近発明されたアンチ・グラビトン・シューズを使ってする、空中追いかけっこだよ」
「お前、やったことないだろう?」
「うん。でも、さっき試合やってて……。凄く、引き込まれたんだ。今までの人生で、これ以上ないってくらいに」
世間で感動すると話題になっている映画を見た時よりも。
日曜夕方の大喜利を見た時よりも。
考古学のビデオを見たり、物理の派手な実験をした時よりも。
ゲーム機で遊んでいる時よりも。
そして――どんなスポーツを見たり、実際にプレイしたりした時よりも。
「そうか……洸輝がそこまで言うなんてな……。今まであったか、母さん?」
「私の記憶では全く」
「うん……。洸輝がそこまで言うんだから、俺としては認めるべきだと思う。でも、アンチ・グラビトン・シューズで飛ぶ……というのは、危険じゃあないのか?」
「注意していれば危険じゃないよ。父さん、母さんも……動画見て。それと、今日やってたジュニアユースの日本人の試合、録画してるから見てみて」
「じゃあ……高校をどこにするかは、FCを基準にするのか?」
夕ご飯。あの日向昌也選手の試合(その後に乾沙希選手の試合もあって、こちらは相手に一点も決めさせない圧倒的勝利だった)を見ながら、親と話した。
「そのつもり」
「それはさっき調べたか?」
「もちろん。あ……」
「勝手に使ったことはもういい。進路のことだ。で、どうだったんだ?」
「うん。やっぱり近くの高校にはFC部があるところはなかった。隣県になるけど、私立で寮があって、けど学費もなんとかなりそうなところがあった」
「ん? ……もしかしてそれって」
「私立高藤学園高等学校」
その日の夜中。
「どうするの、あなた?」
「ん?」
「洸輝のこと」
「ああ……。お前はどうなんだ?」
「私は……あの子が続けられるなら、いいかとは思います。高藤は勉強でも有名ですし」
「そうか。俺も、いいと思ってる。あの子がここまで食いついたものは、今までなかったろう?」
「そうですね。でも……FC、でしたっけ? 事故なんかも偶にあるみたいですし、危ないかなーと思いますけど……」
「それは全部のことに共通して言えることだよ。だいたいなんでもそつなくこなすあの子が、一つのことに打ち込んだらどうなるか……。息子ながら、気になるよ」
そして父親は、ドヤ顔でこう続けた。
「子供の夢を応援するのが、親の仕事だ。俺たちは精一杯応援しよう」
Believe in the sky 終わりのない この蒼空の彼方まで
今、感じた 風が肩を優しく叩く――
(オープニングBGM(雰囲気的なもの)、「Believe in the sky」川田まみ
2016年、「蒼の彼方のフォーリズムeternal sky」OP)
――春。
そこそこに高い倍率を潜り抜け、俺は学力考査でここ、私立高藤学園高等部、閑東校に入学を果たした。
全国に併設校が存在し、閑東校だけでも生徒数は6000人を超える超マンモス校だ。
特徴としては、生徒会の力がとてつもなく強いこと、生徒数の多さから多種多様な部活があること、敷地が端から端まで歩いて15分かかるほど広いことなどがある。
昔から「やればできる子」と言われていたし、受験勉強もそこそこで合格できた。
意外だったのは、中学が同じだった友人が二人もいることだ。
一人は「あ、洸輝高藤行くのか? あーじゃあ俺もそこにしよ」と適当に。
もう一人は「前に高藤にいたっていう生徒会長に興味があって……。そ、それだけだからね!?」だそうだ。
二人とも男だ。
まあ俺は高校は部活一筋で過ごしていくつもりだったし、男子だろうと女子だろうとあまり気にしていない。
今日は入学式だが、俺は県外寮生ということもあり、昨日からこの学校で過ごしている。
もちろん入っているのは男子寮だが、FC部に入っている男子生徒は以外にも少ないようだった。
女子と試合を共にする、という点で男子は入りそうな気もしたが……話を聞いたところによると、部長と副部長の姉妹が恐ろしいらしく、男子部員が少ないんだそうだ。
僅かにいた男子部員の先輩にも話を聞こうとしたのだが、幽霊部員のようなもので、FCに熱心に取り組んでいる人はいなかった。
俺の高藤に来てからの第一印象は、「こんなものか」だった。正直、がっかりした。
まあ……女子の先輩には話を聞けなかったし、そっちに期待しようとは思うが。
入学式を終え、教師の案内で教室へ。
教科書は既に配られていたし、場所の確認程度だったので今日はそこで解散だった。
三平「洸輝ー」
黍斗「伊泉くーん」
完全なまぐれでクラスが同じだった同じ中学の友達、樋田三平(とよださんぺい)と神宮黍斗(じんぐうきびと)。
樋田はいわゆる「ウェーイ」系で、昔から「俺は……高校で青春を謳歌するんだ……ッ!」が口癖だった。
仲は良い。まさに気の置けない仲、というやつで、周囲が聞くとお互いをバカにしているような会話でも、笑って話せる数少ない友人だ。
人生を気楽に生きるという本人の座右の銘のもと、その日その日を適当に生きている。こんなことを面と向かって言っても笑い飛ばせるぐらいに仲がいい。
ただ、本人は適当ながらに何かしら考えているらしい。「お、洸輝高藤受けんの? あーじゃあ俺もー」と志望校を適当に決めてはいたが、普通に合格できているあたり頭もいい。
神宮はやや引っ込み思案だ。いつもおどおどとしているし、やや話しかけづらい雰囲気もある。が、一度仲良くなるとそうではなく、単に人と話すのが苦手なだけだということがよくわかる。
中性的な顔立ちも相まって、女子にモテていた。男子にもモテていた。
体育のペアをたまたま組んだ時に話し、仲良くなった。
中学の卒業式の後にカラオケに一緒に行ったのだが、とんでもなくうまかった。精密採点で95以上が当たり前ってなんなんだよ……。
三平「これからどうすんだ? 部活見に行くだろ?」
黍斗「FC部、見に行くんでしょ?」
二人が俺の机のところに来た。
洸輝「まあ、そのつもり。けど、一回帰らないと」
黍斗「どうして?」
洸輝「グラシュ、寮から取ってこないと」
三平「忘れたのか?」
洸輝「……お前は部活用品もって入学式に出たか?」
三平「ん? ああいやそうだな。わりぃ」
三人で笑った。
「え。なに? あんたら、FC興味あるの?」
保守レス
後ろから、女子が会話に割り込んできた。
洸輝「そのつもりだけど」
「そー! 私もFC部入部希望! あ、私内山詩緒。で、こっちが」
「瀬良悠佳です。よろしく」
快活な内山と、ゆったりとした瀬良。一見反対のようで、しかし仲がよさそうだ。
が、一番気になったのはそこではなく。
三平「瀬良さんってどっか外国の人? にしちゃあなんか日本人顔っぽいし……」
瀬良さんが、怯えたように震えた。
瀬良さんは、真っ白だった。
髪の色、肌。
見た目が日本人にとってなじみのある薄橙の肌や黒髪でなく、それらすべてが白いものだった。
詩緒「あんた……何?」
内山が明るさを封印して黒い声を出す。
三平「え? あ、いや、気に障ったのなら謝るけど……」
いつも調子のいい三平が黍斗以上にキョドり始め、
三平「洸輝~黍斗~……」
俺たちの方を涙目で見てきた。
洸輝「俺に頼られても」
黍斗「同じく」
三平「薄情者~……」
洸輝「あ、そういや自己紹介してなかったな。伊泉洸輝(いずみこうき)だ」
黍斗「神宮黍斗です」
三平「と、樋田三平」
洸輝「で……差しさわりなければ、瀬良さんの容姿について聞いてもいいか?」
詩緒「悠佳、どうする?」
悠佳「うん。言うよ」
詩緒「大丈夫?」
悠佳「う、うん……。もう、私も前に進まないといけないと思う」
二人は短く言葉を交わした後、俺たちに教えてくれた。
悠佳「私、アルビノなの」
黍斗「……アルビノ?」
三平「えっと、白くなる病気だっけ?」
洸輝「お前らな……」
二人に呆れる。
まあ、俺も知っているのはたまたまだし、俺が説明する前に内山が話し始めた。
詩緒「そ、先天性色素欠乏症。皮膚なんかの色素が極度に少ないかあるいは全くないっていうやつ。悠佳、小学校の頃それでいじめられたことがあるから、あんたらも蔑視とかしたらそっこー縁切るから」
内山が強い口調で言った。
洸輝「ふーん……。ところで瀬良さんは何部に入部希望?」
悠佳「……え?」
詩緒「……驚いた。伊泉、アルビノについて聞いたりとかしないんだね」
内山と瀬良が驚き声を上げた。
洸輝「まあな。死んだばあちゃんがアルビノだったんだ。だから、まあ、皮膚がんのリスクが高いことなんかも知ってる。ばあちゃん、それが元で病死したし。で、瀬良さんは何部? 外で動くようなやつはできないと思うんだが……」
悠佳「あ、そ、そうだね」
詩緒「……初めてだよ。こうも最初からフラットに悠佳と接する人」
洸輝「内山さんは?」
詩緒「わたしも最初はちょっとおっかなびっくりだった」
悠佳「詩緒ちゃん優しいの。小学生のいじめられた時、一人だけ味方になってくれたの」
いじめられている子に、一人だけ、自分だけ味方する。
それがどれほど凄くて――かっこいいか。
悠佳「あ、部活の話だよね。私、FC部のマネージャーやろうと思って」
洸輝「プレーヤーでなく? ばあちゃんはよく日焼け止めして外散歩してたが」
悠佳「うん。詩緒ちゃんが飛んでるの見るの、昔から好きだし」
洸輝「内山さんはいつからFCを?」
詩緒「小学6年だったかな。今の目標は鳶沢みさき選手」
洸輝「へえ。俺はまだ一回も飛んだことないんだ。よければ教えてくれ」
詩緒「あ、うん。それはいいけど」
あっけにとられた顔のまま、内山はうなずいてくれた。
洸輝「情報というか、ルールだけは知ってる。俺、FCがしたくて高藤に来た」
詩緒「へえ。私はFCのスポ推」
三平「まじかよ」
悠佳「詩緒ちゃん中学校の閑東大会で準優勝してるんだよ!」
黍斗「すごいね……」
詩緒「そうでもないわよ」
内山が恥ずかしそうに、同時に苦虫を嚙み潰したような顔をしてふいっとそっぽを向いた。
……そうか、準優勝だもんな。決勝で負けたってことだもんな……。
三平「なあ、まだ部活体験の時間まで余裕あるだろ? 俺もちょっとFC興味あるんだ~。ちょこっとレクチャーしてくれない?」
洸輝「俺からも頼むよ。現役選手から話し聞くの、これが初めてなんだ」
詩緒「あ、うんいいよ」
詩緒「FC。これは通称で、正式名称はフライングサーカス。反重力子『アンチ・グラヴィトン』を使った空を飛べる靴、『アンチ・グラヴィトン・シューズ』、通称グラシュで空を飛んでする、空中追いかけっこよ」
三平「ふうん? それだけ?」
詩緒「違うわ。普通の追いかけっこなら平面的な動きに縛られるけど、FCは空中でやるという特質上、三次元的な動きが入るのよ」
黍斗「つまり、追いかけるのが難しい?」
詩緒「逃げるのも一筋縄じゃないわ。選択肢がありすぎるもの」
三平「制限は? コートとか」
詩緒「基本的にはないわ。でもそれだと試合として成立しないから、追いかけて背中をタッチする以外に、正方形の形に配置されたブイにタッチすることでも得点が入るわ」
洸輝「その二つだけだったよな、得点方法」
詩緒「うん。10分間の試合時間のうちに、より多く得点を取った方が勝ち。まあ反則なんかで勝ったり負けたりすることもあるけど」
三平「男子と女子で一緒に試合したりするんだよね? その、接触した時にー、みたいなことって……」
悠佳「うわぁ……」
詩緒「キモっ」
洸輝「スポーツに何求めてんだよ……」
黍斗「女の子に何言ってるの……」
三平「ごめんなさい。とりあえず俺にそういう趣味ないんで椅子の下で足ぐりぐりするのやめ痛い痛い痛い!」
セカンドライン
2ブイ―――――――――――――――3ブイ
| |
| |
| |
| |
フ | | サ
ァ | | |
| | | ド
ス | | ラ
ト | | イ
ラ | | ン
イ | |
ン | |
| |
| |
| |
1ブイ―――――――――――――――4ブイ
セカンドライン
2ブイ―――――――――――――――3ブイ
| |
| |
フ | | サ
ァ | | |
| | | ド
ス | | ラ
ト | | イ
ラ | | ン
イ | |
ン | |
| |
1ブイ―――――――――――――――4ブイ
フォースライン
崩れた……
セカンドライン
2ブイ―――――――――――――――3ブイ
| |
| |
フ| |
ァ| |サ
|| ||
ス| |ド
ト| |ラ
ラ| |イ
イ| |ン
ン| |
| |
| |
1ブイ―――――――――――――――4ブイ
フォースライン
諦めた……
誰か綺麗にかける人お願いします……
内山が黒板に簡略図を描いて説明を続ける。
詩緒「スタート地点はファーストブイ。ここね」
『1ブイ』と書かれたところを内山が示す。
詩緒「最初はファーストラインを通ってセカンドブイを目指すの。ちなみに、ここでの接触プレイは禁止されているわ」
三平「ほうほう」
目に涙をたたえたままの三平があいづちをうつ。
詩緒「FCでは、主にブイタッチをとことん狙うスピーダー、背中タッチをとことん狙うファイター、どっちつかずなオールラウンダーの3つのタイプがあって、」
洸輝「どっちつかずってなんだよ。状況に応じて使い分けるオールラウンダーだろ」
詩緒「あ、オールラウンダー志望だった? ごめんごめん。私鳶沢みさきさんに憧れてるから、ファイター」
洸輝「俺は日向昌也に憧れて――」
詩緒「なる。あの人ほんとにやばいよ。小学生の頃から、今は引退して監督業してるけど当時世界的なプレイヤーだった各務選手にFC教わってて、中学ではやめてたらしいんだけど、高2の時FCを始めて半年の倉科選手を全国優勝に導くコーチングをし、さらにはそれをきっかけに自身も選手に復帰、そのままコーチを続けながら世界ジュニアの大会で表彰台を日本人で独占する偉業を成し遂げたのよ!」
エキサイトする内山。みさき選手があこがれなんじゃないのか……?
詩緒「ま、それだけ有名になれば自然と高校のFC部メンバーにも注目が集まって、それでわたしは鳶沢さんを知ったわけだけど」
黍斗「流石に一人のおかげで日本人で表彰台独占は言い過ぎじゃないかなあ……?」
表彰台。当然ながら、2人ではなく3人の功績だ。
詩緒「日向昌也はもう一人の代表乾沙希選手とも交流があるのよ。倉科選手が初優勝した全国大会の予選、仇州大会での決勝カードが倉科選手と乾選手で、戦った後も戦術立てとか練習とか一緒にやってたみたい」
なるほど、三人の優勝に間接的に関わっている、という意味ではそうかもしれない。
洸輝「話を戻してくれ。スピーダー、ファイター、、オールラウンダーの違いだ」
詩緒「あ、うん、そうだったね」
エキサイトしていた感情を理性でなんとか抑え込む内山。
詩緒「タイプと得意なプレーが違うのは、グラシュの設定のせいなのよ」
三平「設定?」
詩緒「うん。グラシュの性能を比べるには、主に3つの観点があるの。初速、加速、最高速」
悠佳「ここはわたしの方がいいかな。詩緒ちゃんのグラシュいじってるの私だし」
はい、と瀬良が手を挙げて言った。説明が始まってからずっとうんうんうなずいてるだけだったけど……単純に得意分野の話になるまで待ってただけか。
三平「いじる⁉」
悠佳「う、うん」
三平の驚いた声にビクっと反応する瀬良。
どうしても最初の印象がアレだったから、苦手意識ができてしまったのかもしれない。こいつはこいつで慣れれば面白いんだが、慣れれば。
悠佳「グラシュはその3つのスタイルによって、伸ばす分野が違うの。スピーダーなら加速と最高速が早い方がいいからそれを伸ばすし、ファイターなら瞬発的に動くことが必要だから初速を伸ばす」
詩緒「ファイターはブイタッチを無理に狙わないの。スピーダー相手にスピード勝負じゃまず負けるから」
洸輝「わざとぶつかってスピードを落とさせ、背中を狙う……だっけか?」
詩緒「正解」
悠佳「う、うん……セリフ取らないでほしいかな……。
まあ、そんなふうに調整するのも重要になってくるの」
黍斗「オールラウンダー……は?」
詩緒「中間ね。人によってファイター寄りに調節してたり、スピーダー寄りに調節してたり。世界的プレーヤーになると、対戦相手によって変えることもあるらしいわ。普通、高校生レベルでそんなことしてたら練習時間がとてもじゃないけど足りないんだけど」
悠佳「仇州の四島は特別、かな」
三平「……なんか難しそうだな」
要領がそこそこいいからこそ、情報量が多いことに頭を抱える三平。
それに対し詩緒は首を振った。
詩緒「まあ、最初は難しいと思うけど。でも慣れれば空を楽しむ余裕も出てくるし、早さや技術を競い合うのは今までのスポーツと同じで楽しいわ」
それに、とさらに続ける。
詩緒「FCはまだできて歴史が浅いから、もしかしたら自分が新しい技を編み出す、なんて可能性が高いのよ」
三平「ほー」
黍斗「なんか凄そうだね……」
洸輝「凄いなんてもんじゃない。この世にFCがあり続ける限り、ずっと自分が開発した技が残るかもしれないんだ。歴史に名を残すのと同意だよ」
詩緒「ま、それを狙ってる選手もいるしね。乾選手とそのセコンド、イリーナさんなんかはもう新しい技、というか戦術考え出してるし」
三平「まじか……!」
ふむ、と楽しそうに笑う三平。お、やるのか?
悠佳「あ、そろそろいい時間かも。部活体験、行ってみようよ?」
今回はここまで
>>23
PCのブラウザ(GoogleChrome)だと歪みますが、スマホ(縦持ち)だと綺麗に描写されてます。どうぞ。
「エア相撲部を復活させませんかー?」
「漫画に興味のある方ー! ぜひー!」
「伝説の生徒会長の残した部活、食品研究部! 私達と青春の一ページを刻みませんか!?」
「自治生徒会で学園の運営に携わりませんかー」
あちらこちらで勧誘の声が飛び交っている。
黍斗「あ、ごめんね。FC、面白そうなんだけど……僕、食研に入るって決めてたから……」
黍斗が申し訳なさそうに内山に言った。
詩緒「気にしないわよ。私がFC部に入るって決めてたみたいに、神宮君は」
黍斗「黍斗でいいよ。神宮って、お社みたいでなんか変でしょ?」
悠佳「変ってことはないと思うけど……」
詩緒「わかった。黍斗君は食研に入るって同じように決めてただけだもん。これから同じクラスなんだし、よろしく」
黍斗「うん! こちらこそよろしく!」
洸輝「あ」
三平「どうしたよ?」
突然声をあげた俺に三平が反応した。
洸輝「グラシュ、取りに行かなきゃ」
三平「そういえば言ってたなそんなこと」
詩緒「自分のグラシュ持ってるの?」
洸輝「まあ」
経験者を目の前にして、やや恥ずかしい。
詩緒「聞いた話だけど、入部テストこそないらしいけど、ここ閑東じゃ強豪の部類だからまともに飛べないんじゃ練習に参加できないよ?」
洸輝「……まじか」
いや、考えてみれば当然だろう。
それでも俺はここを選んだんだ。強豪・私立高藤学園を。
なら、この程度の壁乗り越えられなきゃ意味がない。
洸輝「内山」
詩緒「なに?」
洸輝「マジでコーチお願いします」
詩緒「はいよ、承った」
クスクスと笑う内山は、すごく女の子らしくて可愛かった。
この時の俺は知る由もなかった。彼女がFCをしているとき、どれほど凶暴になるのかを。
詩緒「お、来た来た。先輩、あの子ですー」
寮に全速力でグラシュを取りに行き、そして全速力で各部活がテーブルと入部希望用紙を置いている校門近くに戻った。
洸輝「ぜー……ぜー……」
「まずは息を整えて。それからでいいよ」
テーブルの前で膝をつき、肩で息をする俺に、女の先輩が声をかけてくれた。
洸輝「ふー……。新入生、伊泉洸輝、FC部に入部を希望します」
「はい。ボクは部長の東ヶ崎美亜だ。気軽に美亜さんと呼んでくれ」
女の先輩――東ヶ崎美亜(とうがさきみあ)さんは、そう言った。
美亜「ボクも洸輝クンと呼んでいいかな?」
洸輝「どうぞ……」
美亜「ありがとう。我がFC部は基本的に下の名前で呼び合うようにしてる。空を飛び回るFCでは、常に危険がつきまとっている。万が一のとき、名字で呼ぶより名前で呼んだ方が僅かでも早いし、名前で呼んだ方がより自分に危機感を持てる。持論だけどね」
そう言って先輩はニッと笑った。
美亜「入部希望の紙を書いた後は、第3体育館に移動してくれ。軽いデモンストレーションをするから」
美亜「はい、じゃこれから新入生に向けてのFC部デモンストレーションをします!ボクは部長の東ヶ崎美亜です! こっちは助手の詩緒ちゃんでーす!」
美亜先輩と内山は、すでにグラシュを履き、体型がはっきりとわかるFC専用の服、フライングスーツを着ていた。
美亜先輩は男子の憧れのような体形で目のやりどころに困る。
対し内山は、無駄な肉の一切ないスレンダーなタイプ。上から下まですとん、というわけではないが、となりにいる部長と比べると見劣りするだろうか。
俺はあくまで試合・練習着として既にフライングスーツを買っている(用具一式はそろえた)からそこまでじろじろ見ることはしないが……三平はじめ、他の男子は違うかもしれない。
女子は「これ着るのちょっと勇気いるよね」「全く男子は……」「でもかっこいい……」とか言っている。
詩緒「内山詩緒です! お願いします」
朗らかに笑って内山が――ってえぇ⁉
洸輝「内山……?」
さっきあれだけ体型の解説しておいて何驚いてんだ俺、という気がしないではないが。
詩緒「あんたも入ったのなら詩緒でいいわ。でも今はちょっと黙ってて」
洸輝「……おう」
そういえば内……詩緒はスポーツ推薦か。なら、入学前からここの練習に混じることもあったのかもしれない。
美亜「この中にまずグラシュを履いたことのある人? それで空を飛んだことのある人?」
2、3人が手を挙げる。
美亜「FCは?」
聞くと、全員の手が降りた。
美亜「そっかー、初めてかー。よし! まあいい! とりあえず履いて飛んでみてもらおう!」
え、という声が口々に漏れる。
美亜「飛んでみないことには始まらない。それに、みんなも飛んでみたいと思ったからここにいるんじゃないの?」
それは確認の質問だった。
『そうであることが当たり前』、というひどく当然の。
笑顔でされた質問に、しかし俺は震えあがった。
さも当然のように人の心をダイレクトに揺すって来る恐ろしさに。
そのあたりに、男子部員が少ない理由がある気がした。
美亜「じゃ、ここにあるグラシュを順番に履いて飛んでもらおうかな。限りがあるから時間はかかるけど、初めの感動は絶対に味わってほしいな。っと、洸輝クンは自前だったか。飛んだ経験は……」
洸輝「ないです」
美亜「だよね。さっき手上げてなかったもんね。もうちょい条例緩くなりゃ、ボクたちも練習しやすいんだけど」
たはは、と美亜さんは笑った。
美亜「詩緒ちゃん。彼のコーチ、頼める?」
詩緒「はい」
詩緒が俺の方に来た。
まだ履かない、順番待ちの三平が早速作った悪友と俺を口笛吹いて囃し始めた。
三平「おっ、さっそく個人レッスンかな?」
「やー、早くから青春してるねえ!」
やめろよ、と言おうとした。口を開く前に詩緒が、出会って三平が瀬良さんのことを聞いたときのような恐ろしい声で言った。
詩緒「るっさい黙ってろ。不真面目だったら頭から落ちてしぬぞてめーら」
三平は「おっと」と口をつぐみ、一緒に囃していた男子学生はおろか、取り巻いてみていた女子生徒までもが震えあがった。それだけの貫禄が、詩緒にはあった。
洸輝「頭からおちて死ぬことはないんじゃないか? セーフティあるはずだし」
詩緒「万が一よ。グラシュだって故障がないわけじゃない。じゃ、始めるわよ」
「じゃ」で切り替えた詩緒に、
洸輝「おう」
返事した。
詩緒「初期設定はいじってない?」
洸輝「のはずだ」
親が興味本位にいじってなければ。プログラムを作る仕事をしている父だ。パソコンにつないでやりかねない。説明書じゃ、パソコンにつないで専用ソフトを使えば調整できるらしいし。
詩緒「ん。じゃ、まずは靴の後ろの電源ボタンを押す」
詩緒がかがんで、履いていたグラシュのかかとの部分に触れる。
俺も倣って、右足のかかとに触れる。
詩緒「グラシュ履きなよ」
洸輝「あ」
空を飛ぶ前のどうしようもない高翌揚感が、グラシュを履いていないことを忘れさせていた。
洸輝「試合は海でやるんだよな?」
内陸部はどうしようもないこともあり、大きめの湖や池でやるらしいが、それもない場所ではどうしても普及が滞りがちだ。俺の地元がそうだったように。
詩緒「ええ。でも練習だけなら体育館でもできるし、むしろかなりの学校がそうじゃないかな。有名な例外は四島列島のFC部かな。あそこはグラシュの規制が緩くて、許可なしでも海で飛べるから」
なんでも、ここ高藤でもヨット部なんかの使っている海を土日に使わせてもらっているそうなのだが、平日や夏のシーズンにはどうしても許可が下りず体育館になるのだとか。夏は暑そうだな……。
そんな雑談をしながら、俺はグラシュを履き、スイッチを入れる。
きゅううううん
という駆動音とともに、グラシュが起動し、その証に両足のグラシュから羽を模した光が生まれた。
洸輝「おおお……!」
初めてのグラシュ起動。足に羽が生える、その視覚的実感。興奮しないわけがない。
詩緒「まだ早いわよ。浮いてすらいない」
そんな俺を見て詩緒は言ったが、ニヤついているのはかつて自分もそうだったからだろうか。
詩緒「最初は腕を広げてバランスを取るように。絶対にパニックになる。だから、もしものときは大の字になりなさい」
詩緒が両手を広げ、足も開脚した状態を見せる。
その体勢を戻して、詩緒は続けた。
美亜「お、じゃ、そっち見てみようか」
美亜先輩が詩緒を見るように一年生に言った。
詩緒「最初のキーワードは『FLY』になってるはずだから、それを言って。私はちょっといじってるから、同じことを言っても飛べないってことをあらかじめ言っておくわ」
詩緒は最後に、一年生全員に聞こえる声で、言葉を発した。
詩緒「とぶにゃん!」
…………。
「「「…………おおおおおお!?」」」
衝撃のキーワードに驚き、そして次の瞬間には別の驚きが待っていた。
キーワードを受けたグラシュは、詩緒を浮かび上がらせた。
ふわり、それから緩やかに、重力を感じさせずすーっと空に向かって。
詩緒「さ! どうぞ!」
上で旋回し始めた詩緒が、下に向かって叫んだ。
覚悟を、決めた。否、違う。
飛びたい。その思いが、今やっとかたちになることに、狂気に近いほどの喜びを覚える。
洸輝「ぃよしっ……! FLY!」
俺の体が重力の軛から解き放たれ、ふわり、と浮かぶ。
周囲の人が全員、俺を見る。
美亜「ほー……あれ競技用のグラシュか。才能を感じるねえ」
美亜先輩がつぶやいた。
競技用のグラシュは一般のグラシュと違い、グラシュの感度を高めてあるらしい。
扱いが難しくなる代わりに、よりスポーツらしい機敏で速い動きができるわけだ。
ここ閑東に住んでいる限り、一般用のグラシュを持っていても飛ぶ機会などないし、競技用のグラシュを競技以外に使ってはいけないルールなどないので、俺は一般用のグラシュは買っていない。
洸輝「――――」
俺は浮いたまま、自分の心の底に湧き上がる感情に、気づいていた。
――もっと、飛びたい。もっと、高く!
――あの日見た光、日向昌也のように!
詩緒を見真似、上へ上がろうとする。が。
洸輝「うおおおぉぉぉ!?」
突如としてバランスを失い、少し最初より宙に浮いた高さで回転を始めた。
洸輝「うおおおおぉぉぉぉ!?」
縦回転横回転。
ぐるんぐるんぐるん。目が回る回る回るまわr……。
詩緒「大の字! ほら!」
詩緒の叫びをなんとか聞きつけた俺は、ばっと大の字に両手両足を広げる。
すると、
洸輝「うおおぉぉ…………お?」
回転が、止まった。
詩緒「みなさん見えます? もし空中でバランスを崩しても、地上で片足でバランスを取ってるときみたいに腕をばたばたさせたらより崩れるだけです」
詩緒が片足立ちし、腕をぱたぱたさせてバランスを取る仕草をした。
当然、バランスを崩しぐるぐると空中でのコントロールを失って変な方向に回り始める。
が、ぱっと腕と両足をひろげ、それを止めた。
詩緒「今見たみたいに大の字になれば止まるので、それだけ頭の隅に置いて気軽に飛んでみてください。最初は、姿勢を戻してから移動、できればいいと思います」
詩緒と俺は体育館の床に降り、もうほぼ完全にマネージャーに溶け込んだ瀬良から紙コップに入った水をもらっていた。
他の部活見学者は空中でフラフラしたり、浮かび上がったことに驚き、感動していたりする。
洸輝「ありがとう、瀬良」
詩緒「ろくに汗かくよーなこともしてないんだけどねー。あんがと、悠佳」
悠佳「先輩が持っていけって」
見ると、マネージャーのような先輩がこっちを見て笑顔を振りまいている。
悠佳「それと洸輝君。あ、名前でいい? 部活の決め事らしいし」
洸輝「あ、そういえばそうだったかな……。悠佳、アクセント、これでいいよな」
悠佳「うん。改めて。これからよろしくね」
洸輝「よろしく」
悠佳の差し出した手を握る。
白く、細い。本当に、ちょっとしたことで傷つきそうな、しかし傷ついていないことが一目でわかる綺麗な手。
守ってあげたくなるような、優しい肌――
詩緒「ちょっと。いつまで握手してんの」
洸輝「あっ……ごめん悠佳」
パッと手を離す。
悠佳「ううん、いいよ」
少し顔を赤くしながら言う悠佳が可愛い。
詩緒「ほら」
今度は詩緒が手を出してきて。
詩緒「お手」
洸輝「はぁ?」
詩緒「冗談よ。これからよろしく、チームメイト」
洸輝「……おお、よろしくな」
そんな感じで、俺はFC部に入部した。
その後、三平は「俺にはやっぱ無理だった……。スポーツ少女ハーレムの夢は……お前に託すぜ洸輝……!」と言い残して、黍斗のいる食研に向かった。
なにが「スポーツ少女ハーレム」だよ。まじめに部活やるっての。
三平のことからもわかるように、半数以上は飛んでみたかっただけの人たち、残りのほとんどはそうそうに飛ぶことの難しさにFCを諦めたらしい。
結局、今日の時点で入部するのは俺と詩緒、マネージャーとして悠佳、だけのようだった。
詩緒「洸輝」
洸輝「ん?」
悠佳「グラシュ、ちょっと貸して?」
洸輝「どうして」
詩緒「設定調整して、初心者の練習用にするのよ」
悠佳「具体的には、最高飛行高度を2、3mほどに設定するの。最初は高さを意識しないで、グラシュに慣れたり、前後左右に動く練習をするの」
洸輝「……そういうものなのか?」
初めて飛んださっきの感覚を、もう一度味わいたい。
上手く飛べずとも、何回かやっているうち、いつかは――。
詩緒「これから私たちの、普通に飛べる人たちの練習もするのよ? ふらふらしてるあんたがいたら危ないのよ」
洸輝「……そういうものなのか」
詩緒「そういうものよ。都市部の私たちは、日常的にグラシュで飛んでる四島とかの人たちと比べたら、練習時間が圧倒的に少ない。球技とかならずっとボールに触れることもできる。でも、FCはそうじゃない。それに例えるなら、私達はずっと飛んでいる必要がある。中学から始めても、四島の選手には手も足も出ない。飛ぶことへの慣れが違う。だから、短い練習の時間をいかに効率を高めていくかが重要なの。FCに本気なのはあんただけじゃない。……はっきり言うわ。邪魔なのよ」
洸輝「……」
悠佳「ちょっと、詩緒ちゃん! それは言い過ぎなんじゃ――」
「……その通りでは、ありますけどね」
悠佳「……副部長」
上からフロアに降りてきた女の先輩。青のフライングスーツ。グラシュも同じ色だ。
部長程ではないものの、詩緒よりは絶対に起伏の激しい体つき。
「私は東ヶ崎理亜。部長は私の姉よ。よろしく、新入部員さん」
洸輝「あ、俺は伊泉洸輝です。よろしくお願いします」
握手ではなく、ぺこっと頭を下げる。
理亜「私のことも理亜でいいわ。みんなからもそう呼ばれ」
「りーちゃーん! これどう動くのー?」
理亜「ちょっと待ってて! …………今のは聞かなかったことに」
洸輝「わ、わかりました、理亜先輩」
目がマジだった。姉同様、人を殺しかねない。ただしこちらは目力で。
>>42 修正・最終行
目がマジだった。目力で人を殺しかねないほどの鋭さだ。
理亜「私達……少なくとも今ここにいる人たちはみんな、FCをやりたくて部活をしています。君が部活に入ることには私たちは決して異を唱えません。しかし、初心者がいきなり練習に入るとどうしても、すでにやっている人の邪魔になります。どころか、FCはスカイスポーツ。空中で何かあった後では対処できません」
洸輝「……確かに、そうですね」
FCで使うグラシュ、その仕組みはアンチ・グラビトン――反重力子だ。
グラシュは反重力子の膜を作ることで、人を空へはばたかせることができる。
反重力子は、重力以外にもお互いに反発しあうという性質がある。
FCやその練習で接触すると、地上で行うスポーツの接触プレイとは桁違いに、大きな移動・危険があるのだ。
空中で自分一人でも態勢を崩しかねないんだ。他の人がぶつかってきたら、それこそ立て直しづらい。
まあ――上手いスカイウォーカー、FC選手は、その立て直しも速くうまいのだが。
急に突撃されたりしたときなんかは、その限りではない。
理亜「私達だけでなく、あなた自身も危険です。自分の意思である程度飛べるようになるまで……そうですね、副部長権限で、ファーストブイからセカンドブイまでの間を40秒で飛べるようになったら、練習への参加を許可します」
詩緒「うん、それぐらいがいいですね、確かに。洸輝、高校の普通の大会の優勝者なんかは20秒台だよ」
洸輝「……ほう?」
理亜「詩緒さん、練習に行きますよ。洸輝君。今日の練習は体育館の関係上、そう長い時間はしません。それまでマネージャーたちに教わりながら練習してください。そして、ブイを浮かべた練習は土曜日しか行いません。海がその日しか使えないので。なので、練習への参加試験は土曜のみですが……いいですか?」
洸輝「はい、よろしくお願いします」
理亜「今日が月曜日。なので、最初の試験は5日後です」
悠佳「そうそう、そうやってまっすぐな体勢で……前進してみようか。徐々に前に体を傾けていって」
洸輝「こうか?」
ゆっくりと体を傾けると、ゆっくりと前方向に加速を始めた。
悠佳「そうそう、そんな感じ。上手いんじゃないかな」
さっきぐるぐる回ったことを応用して前進しながら軸をそのままに横に回る。
フィギュアスケートのシングルのスピンをイメージして回る。が、速さはゆったりとしたものだ。
当然、前傾姿勢のまま回ったから、体育館の上が見える。
練習している部長、副部長、詩緒たちの姿が。
洸輝「……」
悠佳「……男の子だね」
洸輝「そうじゃねえよ」
フライングスーツ姿の女子を見たかったのだろう、と言う悠佳に、そうではないと言い訳する。
洸輝「いいなあ、すごいなあ、ってな……。思うままに飛びまわって、FCをすることがこうも難しいとは思わなかった。挫折だよ、早々に」
悠佳「まだ挫折って言うには早いんじゃ……?」
洸輝「いや。いままで俺、たいていのことは人並み以上にできて、興味を持ったことのあるものなんてなかったんだ」
悠佳「自慢に聞こえる」
洸輝「違うよ。だから、心から楽しんだことなんてなかった。いや、楽しいことはあったし、心から楽しんでもいたけど、こう、なんて言うのかな。心の根本、今までの自分を変えてしまうような楽しさに、出会えてなかった」
悠佳「ふうん?」
洸輝「悠佳は? そういう悩みって、あったか?」
悠佳「私は、ないかな」
洸輝「うん……。さっきいたあいつら、三平と黍斗にも話したけど、同意はもらえなかった。俺の親もそうだった。たぶん、普通の人はわざわざ気にするほどのことでもないんだと思う」
悠佳があいずちを打った。俺は続ける。
洸輝「でも、初めてFCをテレビで見た時、すっげえわくわくした。こんな風に飛んでみたい、空を駆けてみたい、世界の頂点に、まさに立っているような感覚を、感動を、味わってみたい」
それはどんなスポーツとも違う、スカイスポーツFCのみの感覚だろう、と思う。
空中に浮き、勝利の瞬間、相手の上に、観客たちの上に、誰よりも高い位置に、物理的に自分がいる。
状況によってはそうじゃないかもしれないが、それでも誰よりも上に行ける。
FCというスポーツのみの、勝者のみの特権。
洸輝「あの時の日向昌也みたいに。俺も、いつかあの場所に行ってみたい。今まで生きてきて一番強い興奮だったんだ」
悠佳「……いいなあ。私も、そんなわくわく、味わってみたい」
洸輝「……悠佳は、どうしてFCをやらないんだ?」
その瞬間、悠佳の目が曇り、うつむき、そして苦虫を噛み潰したような顔になった。
悠佳「……」
洸輝「わ、悪い。なにか理由があったのか……? いや、聞かなかったことにしてくれ」
慌てて取り繕った。
悠佳「ううん、こっちこそごめん。いつか、話そうと思うから、今は……。それより、練習続けようか?」
洸輝「よろしく、コーチ」
その呼び方に、初めて空を飛んで半年で全国優勝したという倉科明日香をふと思い出した。
いつか、悠佳と――日向昌也と倉科明日香のような、そんな信頼関係を築ける日が、来るだろうか。
そうしたら、悠佳の過去の苦しみも、少しは聞いて楽にしてやれるだろうか。
次の日、つまり火曜日。
この日は体育館が使えないため、外で走ったり戦術会議をするのが常なのだという。
部長たちは今日も部活見学者に説明をするため、テントにいる。
俺を含む役職を伴わない部員たちは、悠佳を含むマネージャー4人のうち3人と、走ったタイムを計測したりしていた。
もちろん大会なんかに提出する資料は空中での速さやファイター等の対応なのだが、FCをやる上で持久力と瞬発力はどうしても重要になってくる。これは多くのFCプレイヤーが言っている。
空中ではどうしても姿勢などに注意が向きがちだし、空中練習でFCの動きの練習に専念できるよう、空中練習ができないときは陸上で体力をつける。それが現在のFCの練習の基本だ。
洸輝「はー……つっかれる……」
ノルマをなんとか終え(参加した部員の中で最下位だった)、マネージャーを含む女子部員にお疲れと声をかけられながら、悠佳の差し出す水を受け取った。
洸輝「ありがと、悠佳……」
肩を上下させながら息を整えつつ、悠佳に礼を言った。
悠佳「ううん。ところで洸輝君。中学までなにかスポーツはやってた?」
洸輝「はー、はぁ……。いや、まったく」
心惹かれるものがなかったから、体育でやる以外にまじめに打ち込んだ運動など微塵もしていない。
持久力が必要だという情報は得ていたから受験勉強の合間に走ってはいたのだが、生まれてこの方運動部などとは無縁だったので、走った量が多いわけではなかったのだろう。
と、いまさらながらに後悔する。
悠佳「うん……。高校一年の男子の平均から大体考えると、正直もう一周内周してきてこれだけバテてほしいんだけど」
洸輝「はー……。いじめかよ……」
歩いて端から端まで10~15分かかるような校内を、ぐるっと2周してきたのだ。疲れないわけがない。
小梢「洸輝、オツカレ」
洸輝「疲れました、小梢先輩。というか皆さん速いですね……」
小梢「ハッハッハ! そうかい?」
美津希「一年も走れば慣れてきますよ。わたしも最初は走れませんでしたし。むしろ洸輝くんはよく走れている方かと」
小梢「そうかもな! この調子で続けることが大切だぜ、少年!」
鶴嘴小梢(つるはしこずえ)先輩。三年生で、明るく後輩にも気軽に接してくれる優しい先輩だ。
十美津希(つなしみつき)先輩。二年生。冷静で、小梢先輩に走っている途中も会話にツッコミを入れていた。
――そう。
先輩たちは俺がついて行けないペースで、喋りながら走っていた。
洸輝「ただいま」
黍斗「あ、おかえり伊泉くん」
三平「……」
颯汰「おかえり、伊泉」
寮の四人部屋。
俺、三平、黍斗、そしてここで知り合った水無月颯汰(みなづきそうた)と同じ部屋になっている。
三平は窓際で黙々と何か作業をしている。
颯汰「うわ、汗くさっ」
水無月が俺に向かって言った。
洸輝「あ、悪い。窓開けてくれ」
黍斗が笑いながら三平の横をすり抜け、窓を開けてくれた。
颯汰「ううっ、まだ寒いな」
洸輝「悪いな。今日は外でのランニングだったんだ」
俺も苦笑いしながら窓際にタオルを持って行く。
洸輝「ふー……」
窓際で部屋に入って来る冷たい空気で涼みながら汗を拭く。ちなみに窓際に行く過程で上半身は裸だ。
洸輝「三平、何してんだ?」
三平「……」
未だ黙々と作業を続ける三平に代わって、水無月が答えてくれた。
颯汰「ハンモックを取り付けたいんだって」
三平「……寮の事務に許可を取りにいったんだ」
黍斗「流石に部屋を改造する許可は出せないって言われてねー」
洸輝「……逆にどうして許可が出ると思ったんだ」
颯汰「それで今、なんとか二段ベッドを使っていい高さにハンモックを取り付けられないか思案中」
洸輝「なるほどな」
颯汰「ところで伊泉」
洸輝「なんだよ?」
颯汰「FC部って……楽しいか?」
洸輝「さあな」
即答した。
颯汰「……昨日まで見学行くってあれだけ張り切ってたじゃあないか」
洸輝「やっぱり現実は厳しいんだよ。ただ飛ぶだけでも難しい。でも、だからこそ、初めて飛んだ感覚と興奮を忘れられない。今日はランニングだったけど、飛びたい思いは高まるばっかりだ」
颯汰「……? その割には静かだな?」
洸輝「興奮しすぎてもいけないからな。今できることを冷静に考えてみようと思って」
颯汰「……へえ。いろいろ考えてんだな」
洸輝「俺はFCをするためだけにここに来たからな。一週間目の挫折程度で立ち止まってちゃあいられねえよ」
颯汰「俺も、明日いってみようかな」
洸輝「おう! 明日は体育館練習で飛べるし、来てみるといいさ」
颯汰「伊泉も飛ぶのか?」
洸輝「俺はまだ。飛ぶのは飛ぶけど、1、2mの飛行で慣れる段階」
颯汰「そうか。じゃあ、まだ俺が逆転することもあるかな?」
洸輝「悔しいけど、十分あるよ」
颯汰「はは。まあ、やってみて決めるさ」
洸輝「そうだな」
>>24支援
セカンドライン
②───────────→③
↑ │
│ │
フ .│ │
ァ .│ │ サ
│ │ │ │
ス │ │ ド
ト ..│ │ ラ
ラ .│ │ イ
イ .│ │ ン
ン :│ │
│ ↓
①←───────────④
>>52
うおおお!ありがとうございます!!!
水曜日。
颯汰に言った通り、今日は中練習の日だ。
もう始まっている通常授業が終わった後、すぐに教室を飛び出し体育館へ。
入学式のあった初日とは違い、グラシュなどのFCセットはもう教室にもってきていた。
だだっ広い校内を、寮と体育館を往復するなんて……。それならば、多少かさばったり重かったりしても部活用品を寮から教室まで運んだ方が楽だ。
詩緒「……あんたそれ全部持って行ってんの?」
洸輝「うん? ああ、そうだけど?」
悠佳「今はまだいいかもしれないけど、これから暑くなってくると逆に往復した方がいいかなーって」
洸輝「どうして」
詩緒「汗が張り付くと練習着着にくいのよ。一回シャワーあびてさっぱりしてから着たりするのよ。まあ、女子だけかもしれないけど」
洸輝「……そういうものなのか」
悠佳「間を走ると、いい感じにウォームアップや持久力向上につながるし、いいこともあるんだよ? 私達はゆっくりおしゃべりしながらだから走ったりはしないけど」
詩緒「一度戻りはするわ」
洸輝「なるほどなあ。俺も明日からそうしてみようか」
詩緒「明日は外だけどね」
体育館の中。低いところを今日も滑るように飛ぶ。
洸輝「……」
悠佳「そうそう、姿勢をまっすぐするように気を付けてー」
悠佳の声を聞きながら、前傾姿勢を保つ。
颯汰「こんにちはー……」
小梢「ぶちょー、見学希望者来たよー」
小梢先輩がゆる~く部活にやって来た。
今日は小梢先輩と美津希先輩が外のテントで勧誘する番だった。
余程暇だったのだろうか。わざわざ体験入部生についてくるなんて……。
美亜部長が降りてきた。
美亜「小梢~。テントは? 勧誘は?」
小梢「美亜~。誰も来ないんだよ~! もう暇で暇で~!」
理亜「……姉さん、小梢先輩。もう少し締まってください……」
颯汰「ってあれ? 美亜ねぇに理亜ねぇ?」
理亜「……あれ?」
美亜「見覚えがあるような……って思ったら颯汰じゃん」
顔を見合わせ、驚く三人。
小梢「なになに~? 知り合い?」
美亜「まあね~。小学生の時の幼馴染かな」
颯汰「美亜ねぇが中学入った頃から疎遠になったから、だいたい5年かあ。早いね」
洸輝「ねぇ……。颯汰が部長に、ねぇ……」
詩緒「誰?」
洸輝「俺に聞いてる?」
悠佳「うん」
洸輝「寮のルームメイトの水無月颯汰だよ。もしよかったらFC部にどうかって昨日誘った」
詩緒「ふうん……」
洸輝「というか悠佳はともかく詩緒、練習どうしたんだよ」
詩緒「部長も副部長も抜けてるし、いいんじゃない?」
洸輝「おい……」
美亜「じゃ、久しぶりに飛んでみる?」
颯汰「そうだね、美亜ねぇたちと遊ばなくなってから飛んでないからどれくらいできるかわからないけど……」
理亜「ものは試し、です」
颯汰「だね、理亜ねぇ」
理亜「……今聞くと恥ずかしいですね、その呼ばれ方は」
颯汰「じゃあ、どうしよう?」
すると、上から声がした。天の声、ではもちろんなく、物理的に上にいる二年の二見夏希(ふたみなつき)先輩だ。
夏希「りーちゃんって呼べばいいさー!」
理亜「ちょっ、夏希……!」
颯汰「わかりました先輩ー! じゃ、りーちゃ」
理亜「………………」
颯汰「り、りー先輩……」
理亜「…………認めたくはないですけど……諦めます」
洸輝「そういえば練習戻らなくていいんですか、りー先輩?」
理亜「そうですね、そろそろもど…………。洸輝君」
洸輝「ダメですか」
詩緒「いいじゃないですか、りー先輩! 可愛くっていい響きですよ!」
理亜「恥ずかしい……。後輩からりー先輩……」
小梢「諦めな、りーちゃん」
理亜「ううぅ……」
久しぶり……?
水無月はFCをしたことがないような口ぶりだったけど……。
颯汰「よし。じゃ、FLY」
水無月の体がふわり、と浮き上がる。
俺のグラシュと違い、制限のかけられていないそれはするすると水無月を体育館の上へと運ぶ。
俺と違ってぐるぐ回ったりすることなく、安定してそのまま飛行を続ける水無月。
洸輝「お前……飛べたのかよ……」
颯汰「最後に飛んだのが昔のことだからあんまり自信なかったんだけど、自転車と同じようなものなのかなあ。体が覚えてたみたいだ」
下にすーっと降りてきた水無月は明るく笑った。
美亜「颯汰、どうする?」
颯汰「そうだね。案外飛べたし、伊泉の話も面白そうだったし、美亜ねぇ理亜ねぇもやってるし……うん、水無月颯汰、FC部への入部を希望します」
洸輝「……お前」
自分で、声が震えているのがわかる。
あはは……。と水無月が頬をかきながら笑った。
颯汰「洸輝……でいいかな、部活入るんだし」
水無月――いや、颯汰が言った。
洸輝「ああ」
颯汰「これからよろしくね、洸輝。最初の一歩は僕がリードしちゃったけど」
洸輝「……いいさ。そっちの方が燃える。追いつくよ、すぐに」
部活を終え、寮に帰る。
詩緒「や、颯汰速いねー。私と同じくらいじゃん」
颯汰はすぐに上の練習に混じっていた。
帰る道すがら詩緒が颯汰の感想を言った。
颯汰「そんなことないよ。僕のグラシュがスピーダーなのに対して、詩緒ちゃんのグラシュはレーヴァテイン。ガツガツのファイターじゃないか」
この短い時間にグラシュの名前と特性を覚えたのか。
俺は颯汰の要領の良さに舌を巻いた。
グラシュには、スピーダーやファイターといったタイプの他に、モデルが存在する。
グラシュを出している会社も複数あって、その会社ごとにモデルというか、ブランドがある。
他のスポーツでもあるが、会社によって道具の細かい部分が違ったりする。
レーヴァテインはモデル名で、主にファイター用のグラシュだ。
俺は日向昌也と同じ飛燕シリーズ。オールラウンダーのグラシュだ。
ただ、日向昌也が緑系統の色なのに対し、俺は青系統だ。
詩緒「FCやってなかったのなら、普通はスピードなんて追い求めないもの。それに私、中学の時から部活やってたし。颯汰は今でも十分速いし、飲み込みも速いからレギュラー脅かされそうで怖いわ」
颯汰「そう? 詩緒さん買い被りすぎじゃないかなぁ」
詩緒「少しはチームメイト信用しなさいな」
颯汰「ありがと」
詩緒は、俺にはあんなことは言わなかった。
正真正銘、颯汰に向けて言った言葉だ。
お世辞でもなんでもなく、ただ、思ったこと。
そのことが俺は悔しくて、悔しくて、そして苦しかった。
とはいえ、寮の部屋を変えることはできないのだし、颯汰はいいやつだ。たぶん。
あまり俺が気にしすぎていても、それこそ失礼な気がする。
洸輝・颯汰「「ただいま~」」
黍斗「おかえり」
三平「おう、帰ったか」
机に向かって宿題に取り組む黍斗と、
颯汰「へぇ、なるほどね……」
壁際両サイドの二段ベッドから橋のように垂らしたハンモックに揺られている三平がいた。
颯汰「これなら部屋を傷つけることなくハンモック使えるな。あとで使っていいか?」
洸輝「あ、俺も」
三平「おお、いいぞ。でもとりあえず汗流してからな」
風呂で汗を流し、食堂で夕食を食べた後。
颯汰「おおーっ」
俺と颯汰は、三平のハンモックに揺られていた。
洸輝「というか、なぜハンモック?」
三平「いいだろ、別に。なんとなく好きだからだよ」
FCに関してその気持ちがわからないでもないから、俺はそれで納得する。
洸輝「颯汰、いいか?」
颯汰「あ、うん。どうぞ」
颯汰がそろっとハンモックから降りる。
わかってはいたけど、二段ベッドの上からつるされたハンモックは、床から結構な高さになる。
洸輝「よ……っと」
そして、ふと違和感があった。
ハンモックは、俺は初めての経験だ。
なのに、なぜか……これに似た感覚を知っている。
空中で、ゆらりと揺れる……。
そう思った瞬間、電撃が走ったみたいに俺はすぐ、仰向けに寝ていた状態からうつ伏せになり、手を飛行姿勢のように広げた。
洸輝「……これ、似てるかも……」
たしかにハンモックの性質上、浮いているという感覚はないし、下に自分を支えるものがあるから圧迫感はある。
でも、方向転換の時みたいに体重をかければそっちに、僅かだが揺れるし、なにより足のついていない状態で三次元的に近い動きができる、というところが、ハンモックとグラシュの飛行でとてもよく似ている。
洸輝「なあ、三平」
三平「なんだよ?」
洸輝「これからもちょいちょい、借りていいか?」
三平「ん? 別にいいけど……」
グラシュを使わない、飛行練習。
もしかしたら……もしかしたらだけど、俺は画期的な方法を見つけたかもしれない。
翌日。昨日詩緒に言われた通り、今日は外練習だ。
運動用の私服に着替え、先輩たちと走り始めた。
実は一昨日の筋肉痛がまだ長引いていたりするのだが、走れないほどじゃあないし、詩緒も結構辛そうな顔をしていたので頑張ることにした。
ちなみに颯汰は別の部活の見学に行っていたりする。
正式入部はしたものの、兼部だって可能だしまだ見学期間だ。
洸輝「なあ、詩緒」
詩緒「なによ」
ランニング中でも、喋らないよりは喋った方がいいらしい。
FCでも常にセコンドと話しながら飛ぶわけだし……運動しながら話すことは、別に禁じられてはいない。というかむしろ推奨されてさえいる。
洸輝「昨日、三平がハンモック作っただけどさ」
詩緒「うん」
すっすっ、はーはー。
洸輝「詩緒は、試したことあるか? ハンモックって、結構飛行中と似たような感覚なんだけど」
詩緒「そうなの? あんまり考えたことないわ」
すっすっ、はーはー。
美亜「お疲れさまー!」
部員「お疲れ様でしたー」
部員たちがばらばらと帰っていく。
美亜「悠佳ちゃん」
悠佳「はい」
そんな中、部長と悠佳が話していた。
聞いてしまうのは気が引けたが……
美亜「洸輝クンの調子はどうよ?」
悠佳「初心者としては、結構早い上達だったと思います。……というか、この話昨日しませんでした?」
美亜「そうかー! ……洸輝クンに聞こえるようにいってるのさ」
小さい喋り声も、美亜先輩の声はよく通ってしまう。俺にも聞こえた。
美亜「始めたばっかりであれだけ飛べる子はそういないからなー。期待しちゃうなー」
悠佳「……流石にあからさまでは……」
その通りだよ悠佳。
美亜「でも、同時にボクの偽らざる本音でもある。才能、と言っていいのかはわからないけど、少なくともセンスはあると思うよ」
そう言って二カッと笑う先輩。
悠佳「ですか?」
美亜「うん。颯汰も理亜も、初めて二、三日はずっとろくに空中でバランスとれてなかったし」
悠佳「……小学生の頃ですよね」
美亜「まあね。安定して飛べるようになって、まだそこから先は長いからね。FCは」
悠佳「そうですね」
FCの基本戦略、スポーツとして必要な瞬間的に動くときの体の動かし方、その他もろもろ。
確かに、低いところをまっすぐや、角度を決めて回っているようでは話にならない。
斜めに飛ばなければならないこともあるし、きりもみや、戦略の一つ『バードケージ』に対抗する手段の背面飛行など、通常の飛行とは異なる体勢で安定した飛行をすることも求められる。
それに……あの日向昌也の領域に達するために必要な絶対条件、バランサーオフを身に着けるには、相当な時間が必要なはずだ。
それこそ、倉科明日香のような天才性でもない限り。
美亜「まあ、ボクと違って彼は高校に入ったばかり。高校の大会だけ取って見ても、まだまだ時間はあるさ」
――それは違うよ、美亜先輩。
だって、今の体たらくじゃあ……あの時見た光みたいに、俺はなれない。
いつものように……諦めるかもしれない。
洸輝「三平ー、借りるぞー」
三平「ほいよ」
俺は軽く水道で髪と顔の汗を流し、濡らしたタオルで体の汗を拭いた後(三平からつけられた絶対条件だ)、二段ベッドの上に上がって、そこからハンモックに寝た。
洸輝「……」
飛行姿勢。
まっすぐ、前傾姿勢で。たまに体を揺らして、横移動や方向転換をイメージしながら。
そして、試練を明日に控えた金曜日。
部活終わりに部長が
美亜「洸輝クン。明日は海なんだけど」
洸輝「はい」
理亜「荷物一式をマネージャーに託して、私達は海までランニングです」
洸輝「……マジですか」
詩緒「……マジよ。土曜日は最初から搾り取られるわ」
校内1周より短くはあるのだけど、それでも長い。
美亜「ま、まあ、先に車で行ってるマネージャーたちがドリンクもって待機してるし、みんな着いてから30分くらいは自主練というか、休憩タイムになるから」
理亜「詩緒さんはいつも自主練習ですね。……だからきついのでは?」
詩緒「……でも、練習しないと勝てないし……」
中学での二位の結果が、辛かったのだろうか。
当然か。
美亜「で、だ。明日の試験というか、なんというかなんだけど」
理亜「入部テスト……ではないですね。……なんでしょうか」
洸輝「聞かれても」
俺は勝手に試練って呼んでいるけれど、先輩方はそんな言い方しないと思うし。
美亜「まあ、それ。は、自主練の三十分を少し借りてしようと思うんだ」
理亜「終わってからだと慌ただしいですし、あなたも練習、早く参加したいでしょう?」
洸輝「はい!」
美亜「んじゃ決定ね!」
詩緒「ドリンク休憩なしで飛ぶのかー。大変だね洸輝」
洸輝「……えっ、マジで?」
詩緒「冗談よ」
>>1
twitterアカウント変えました
@amanagi2 にて、今後の更新報告します
迎えた土曜日。
やたらと金曜日の描写が少なかったけど、まあいつものようにハンモックでイメトレしていただけだから、特に変わったことはない。
学園からのランニングに颯汰も(強制)参加(させられた)。
見学していたのは全部文化部だったらしく、入学してからの長距離マラソンは初だそうだ。息がだいぶ荒くなっている。
昨日の練習を軽めに引き上げて今日に少し合わせてみたので、いつもよりは俺も筋肉痛がひどくない。
小梢「おー、洸輝少年お疲れ! だいぶ疲れなくなってきたか? ……となりの、颯汰だっけか? 頑張れな」
ゴール、というかマネージャーさんたちが飲み物を準備している砂浜の一角(誰もいない海の家を使わせてもらっているそうだ)で、降りてきた小梢先輩がねぎらってくれた。
どうやら小梢先輩、フライングスーツに着換える前に一っ飛びしていたらしい。
頬を伝うスポーツ少女の汗が、朝日に照らされてきらめいている。
洸輝「疲れなくなった、わけじゃないですけど、……はー、はー。……走ることに慣れ始めては、きてますかね」
颯汰「はー、はー……。つっっ……ら……」
美亜「お、ついたか。さっさとそこの男子更衣室で着替えて。高度制限きったら、さっさと上来なよ」
女子更衣室からフライングスーツで出てきた美亜先輩が言った。
颯汰「俺も?」
美亜「ん、そうね。颯汰も一応、タイム測っとこうか」
美亜先輩に言われた通り、男子更衣室に入った。
間違えて、そういうイベントが起こったりは……。
洸輝「……え?」
悠佳「……あ」
そこには、悠佳がいた。
部長に言われるまま男子更衣室に入ると、悠佳がいた。
男物のフライングスーツを広げて。
あ、悠佳自身は服を着ていた。
颯汰はそういえば、まだフライングスーツを買ってはいなかった(着替えはランニング用のジャージから下に水着を着るらしい。海上で練習をするからだ)から……どうしても、あのフライングスーツは俺のものだ。
悠佳「え、えっと……」
颯汰「え? え?」
洸輝「えっと……悠佳? そこで何」
を、と言おうとした。
悠佳「キャー!!!!」
美亜「どうした悠佳っ!」
軽くドア前で引いている俺を押し倒し、腕を後ろにねじあげ、そして美亜先輩は言った。
美亜「大丈夫か悠佳!」
洸輝「大丈夫じゃないのは俺です!」
美亜「ん? なにか弁解することがあるのかい容疑者後輩」
洸輝「呼び方変わってるし……。というか完全に誤解じゃないですか、ここ男子更衣室だし悠佳着替えてるわけでもないし」
美亜「手を出したとか」
洸輝「とか、って言ってる時点でもうそんなに疑ってないでしょう……。こんなに離れてるのに手の出しようがないです」
理亜「つまり、近ければ手を出していたと?」
洸輝「言葉の綾です!」
美亜「じゃあ、なんで悠佳は叫んで……」
美亜先輩は、そこで初めて悠佳の方を見たようだった。
美亜「おっと……。ま、まあ? 人の趣味って? 人それぞれだから……。許容してやりな、洸輝クン」
悠佳「あ、えっと、その、私は――」
美亜「なにも言わずともわかっているとも、悠佳クン。大丈夫、それで差別なんてしたりしないから」
悠佳「だから違うんですー!」
理亜「どうしたのですか?」
悠佳「そ、それは……」
詩緒「……あ、このフライングスーツ、悠斗さんのと……」
詩緒が、かすかにつぶやいた。
洸輝「……悠斗?」
詩緒「……悠佳。どうするの?」
詩緒は、俺を無視して悠佳に聞いた。
……始めて教室で話した時も、こんな話し方だった気がする。
悠佳に、アルビノのことを話された時。
悠佳「……ごめん、今は……ちょっと、無理……」
詩緒「そういうことだから。先輩も、洸輝も、詮索はなしね」
美亜「わかったよ。まあ、誰にでも心に入られたくない部分はあるからね」
理亜「……そうですね」
理亜先輩が美亜先輩を見ながら話したのが、少し気になったけれど。
洸輝「……なあ、悠佳」
悠佳「な、に?」
洸輝「いつか、話してくれ。それを、約束してほしいんだ」
詩緒「ちょっと、おま――」
洸輝「あんまり一人で、抱え込むなよ。そうしてくれないと、俺のフライングスーツ、ちょっと着にくくなる」
冗談めかして、軽く笑いながら悠佳に持ちかけてみた。
詩緒はあっけにとられていた。
詩緒「……どういう、意味?」
洸輝「そのままだよ。悠佳が俺のフライングスーツを見るたびに嫌な思いをするのならその理由を知りたい。俺は、フライングスーツにこだわりなんてないからな」
美亜「悪かったね少年。疑って」
着替えた後、外で待っていた美亜先輩が言った。
悠佳はしばらく深呼吸をした後、「大丈夫」と言って男子更衣室から出ていった。
洸輝「いえ。俺は俺で、悠佳に辛い思いをさせたかもしれないんで……」
知っていてあえてする、というのは悪意がある。
でも知らずに傷つけることも、悪意はなくとも悪であることには変わりないと、俺は思う。
美亜「うーん……。ボクも知らないからねえ、悠佳ちゃんたちのことは……。ま、あれこれ悩んでも彼女が教えてくれるまでボクらは知ることはできない。彼女自身が大丈夫と言ったのだし、今はそれを信じよう。彼女がもし辛そうなら、それはその時に対処すればいい。今は、何もできないよ。無力だけどね」
洸輝「……はい」
美亜「さ! さっさとテストを始めようか!」
洸輝「……はい!」
洸輝「来ました」
初めての、安定した高度飛行。
真下には、海。
体育館の床じゃない。
俺は今、海の上で浮いているんだ。興奮しないわけがない。
美亜「よし。FCのスタートの姿勢はわかる?」
洸輝「はい」
FCのスタートの姿勢は、柔軟の立ったまま開脚し、前屈したような姿勢だ。
美亜「じゃ、それで始めよっか。私がホイッスルを鳴らすから、なったらここファーストブイからセカンドブイに飛んで。で、そのままタッチ。向こうに理亜がいてタイム測ってるよ。おーい」
美亜先輩が手を振ると、セカンドブイ付近で浮翌遊している理亜先輩が手を挙げた。
美亜「飛び方は自由。できないとは思うけど、ローヨーヨー・ハイヨーヨー、その他の使用は自由よ。とりあえず、ファーストラインを40秒以内に飛んでみな」
洸輝「頑張ります」
スタートラインに浮き、スタート姿勢をとる。
美亜「それじゃ、行こうか!」
洸輝「はい」
フィイィィ!
俺にとっての初めてのホイッスルが、鳴った。
あおかな原作及びアニメを知らない人に
ローヨーヨーハイヨーヨーは後々説明しますので、今はあまり気にしなくておkです。
スタートはスムーズだった。
前方への移動は、低空と同じだ。前傾姿勢。
ハンモックの上でイメージしたアレを、ちゃんと実行できている。
ただ……
洸輝「……遅い」
速くない。
低空飛行ゆえにビュンビュンと飛び回ることがなかったから、安定感はあっても非常に遅い。
美亜「うーん……やっぱ経験値?」
小梢「かね」
ファーストブイ付近、空中で洸輝の飛行を見ながら二人は話す。
小梢「しっかしまあ、りーちゃんも無理とまでは言わないけど難題をふっかけたね」
洸輝が感じているのと、同じことを考えながら小梢は言った。
低空飛行のみの練習だったから、上下のスムーズな移動とタイミングを計る慣れが必要な加速技の基本、ローヨーヨーは使えない。
よしんば使っても、失敗して逆に減速する結果になりかねない。
そして、詩緒の言った「20秒」は、日本でFCが最も活発な地域、仇州・四島の選手が、ローヨーヨーなどを使った結果の話だ。
倍の40秒といえど、空中に浮いたことすらなかったド素人が一週間で目指すには、少々高い目標だ。
――そんなことは知っている。
詩緒が「どうせ目指すのはそこでしょう?」と提示した20秒。一週間程度でできることじゃないことぐらい、わかっている。
実感として、わかる。俺は、まだあの『光』の領域すら見えない。そこから漏れ出た明かりが見えていただけだ。
でも。どうせなら、近づきたいよな。
ハンモックや低空で、ひたすらにイメトレした。
悠佳が目を話したタイミングで、試してみたりもした。
このままだと、40秒すらきれない。
試してみるだけ、試さないと!
洸輝「エンジェリックヘイロウ……の応用版!」
テレビやPCなんかの画面にかじりついて(そしてそのたび画面から離れろと怒られて)何度も見た、日向昌也のFC。
『飛べる』――canだと自分に思い込ませながら、メンブレン(反重力の膜)を操れるんだと言い聞かせながら、手元をバタつかせる。
上手くいけば、メンブレンが動いて、急加速が実現する。
失敗すれば、バランスを崩して飛行の制御を失う。まず、40秒はきれなくなる。
でも……成功させないと、どうせきれないんだ。
やらないわけには、いかない。
それに、あともう一つ。
倉科明日香は、初めてのFCでエアキックターンというFCの技……逆向きへの方向転換の技を成功させたという。
俺に彼女のような天才性があるかはわからないし、あるとは思ってない。
でも……最初にエンジェリックヘイロウの応用版、急加速を成功させたら、そいつは最高にかっこいいじゃないか。
バタつかせた。
メンブレンは目に見えない。
でも、なんとなく、手元でメンブレンがぶれたような気がした。
波は手元から足先の方へと伝わり、やがて体全体に伝わる。
そして――加速が、始まる。
洸輝「きたあっ!」
ぎゅいんっと前に加速した。
エンジェリックヘイロウの加速は一時的なもので、すぐにその加速感は薄まる。
そして、短時間に回数を重ねるとメンブレンの制御が著しく難しくなる。
洸輝「でも……コツは、つかんだ」
たぶん。同じ状態でまたチャレンジすれば、成功する。
あと、数秒もすれば、メンブレンが安定する。
そうしたら、もう一度だ。
感想お待ちしています。
理亜「……33秒。合格です」
洸輝「っしゃあ!」
セカンドブイの近くで思わずガッツポーズをとり、それでバランスを崩したから両手両足を広げてもち直す。
すると理亜先輩が微笑みながら俺になにか黒いものを差し出した。インカムだ。
詩緒『おめでとー! やったわね!』
下にいる詩緒だ。
美亜「おめでと。びっくりしたわ」
小梢「エンジェリックヘイロウの応用かー。うちの部も安泰かな?」
洸輝「そんな。完全にたまたまです」
ファーストブイから飛んできた美亜先輩と小梢先輩が俺の背中を叩いてねぎらおうとして、メンブレンの反発で俺が弾き飛ばされる。
美亜「さ、次颯汰行ってみよっか!」
颯汰「……」
スタートラインに浮かび、静止する颯汰。
美亜「じゃ、いくよー」
スタートラインに戻った美亜先輩が、ホイッスルを鳴らした。
颯汰の飛び方は、普通のスピーダー。
下降して重力の力を借り、加速してからタイミングよく上昇してブイタッチを狙うローヨーヨーを使った。
基本的な技の一つで、反復練習を積めばそう難しいものでもない、らしい。俺できないから何も言えないけど。
上手く上昇に転じ、そのままブイタッチ。
理亜「32秒」
美亜「うん。まあ、そんなもんじゃない?」
小梢「いや、むしろこっちが普通でしょ。コーキは運がよかっただけだと思うよ?」
颯汰「……」
洸輝「一秒負けたー」
悔しい。
ただ、颯汰も同じ顔をしていることにその時の俺は気づかなかった。
洸輝「あー、つっかれた……」
初めてのチーム練習への参加。
慣れない練習、先輩の飛び交う指導。
迷惑かけてばっかりで、申し訳ない気持ちになる。
詩緒は「はじめはみんなそんなもんだって」と慰めてくれたが、凹むものは凹む。
美亜「みんな今日もお疲れー」
練習後、下に集まってミーティングをする。
美亜「今日から一人、また一年生が加わりました。これからビッシバッシ鍛えてあげてくれ」
とそこに、一人の若い男性がやってきた。白衣を着ている。
洸輝「あれ、誰?」
詩緒「先生」
洸輝「え?」
詩緒「顧問の坂巻先生よ」
「みなさん。今年度初の外練習どうでした?」
美亜「いいスタートは切れたと思いますよ」
美亜さんが先生に言った。
「お。男子部員……ですが、知らない顔が」
美亜「新入部員です。ほら、自己紹介」
颯汰「水無月颯汰、スピーダーです」
洸輝「伊泉洸輝、オールラウンダー」
「坂巻洋行(さかまきようこう)、専門は化学。FCのことに関しては素人なので技術的な指導はできませんが、これからよろしく」
坂巻先生は優しそうな顔で笑った。
洋行「そういえば二人は、FCの試合を見たことがありますか?」
ミーティング終わりに先生に呼び止められて、颯汰と二人で話を聞くことになった。
初めての練習で汗かいてるから、できれば早くシャワーあびて帰って休みたいけれど。
颯汰「はい」
洸輝「テレビでなら」
洋行「そうですか。実体験はどうです、水無月君」
颯汰「ないです」
洋行「伊泉君は?」
洸輝「いえ、全く」
坂巻先生はそうですか、とつぶやきつつ、考えるようにあごに手をあてた後、こう言った。
洋行「実は東ヶ崎さんに、今日は最初ですし、少し早めに切り上げてもらったのです」
いつもより短くて「これ」なのか。いや、短いからこそやることを圧縮して大変だったという見方も……。
洋行「なので、まだ海は使えます。どうですか? お二人で試合をやってみては」
美亜「いいですね! よっしお前らー、ブイ……はしまってないからいっか。タイマーとインカム3セット準備!」
まだ残っていた美亜先輩が割り込んできて声をあげた。
洋行「ホイッスルが必要でしょう?」
美亜「そうでした。ホイッスルも頼む、カエデ!」
楓「はーい。悠佳ちゃん、道具の場所と使い方教えるから、ちょっと来て」
悠佳「はい」
マネージャーリーダー、寺本(てらもと)楓先輩。3年生。
美亜「ボクが入部してって頼んだら、スポーツは苦手だけどマネージャーならって引き受けてくれたいい友人だよ。ちなみに脱いだら嫉妬するほどにすごい」
二カッと笑って美亜先輩が言った。
美亜「さて! ボクは審判をしよう。誰か、颯汰と洸輝クンのセコンドを頼むよ」
セコンド。
従来のスポーツと違い、三次元的な動きをするFCでは、選手が相手を見失うということが多々あるらしい。
見失った後に一方的な展開になることを防ぐために、FCには地上から相手の位置を教えたり、選手の決断・作戦をサポートしたりするセコンドが認められている。
颯汰「りー先輩、頼めるかな」
理亜「ええ。構いません」
美亜「洸輝クンのセコンド、誰かやってくれないかー?」
うーん、と顔を見合わせる部員の先輩たち。……あの、ちょっと悲しいんですけど……。
小梢「じゃあ私が!」
美津希「小梢先輩だと指示がわかりませんよ」
小梢「そうかあ?」
美津希「部長ならともかく、私にはわからないですよ。今でも。フィーリングで感じるタイプじゃないと無理です」
小梢「洸輝くんがフィーリングじゃないっていつ誰が決めた!」
フィーリングはタイプであって俺自身ではないですけど。
美津希「始めたばかりの初心者にフィーリングを求められても困惑するだけですよ」
小梢「そういうもんかあ……?」
首をかしげる小梢先輩。
美亜「そう言う美津希はどう?」
美津希「私は逆に、咄嗟のことに対して口頭で説明すると時間がかかりすぎる気がします。今までだってセコンドしたことありませんし」
冷静沈着な美津希先輩は、状況の説明を綺麗にしすぎ、そのせいで指示が遅れるのだとか。
美亜「そういえばそうだねー。どうしよっか」
理亜「詩緒さんはどうですか? 同じ一年生ですし」
練習用のフライングスーツの上に一枚羽織り、ヘッドセットをつけた理亜先輩が言った。
詩緒「私ですか?」
美亜「そーだね。いいかも! さ、颯汰も詩緒ちゃんも洸輝クンも! ちゃっちゃと準備済ませちゃってくれたまえ!」
詩緒・颯汰・洸輝「「「はい」」」
夏希「美津希ー」
美津希「なによ」
夏希「私セコンドしてみたかったー」
美津希「そんなことを言われても……。それなら立候補すればよかったじゃない」
夏希「恥ずかしい」
美津希「……。今更のような気もするけれど……」
夏希「うっそお!?」
颯汰「FLY!」
洸輝「光へ!」
俺と颯汰は準備を終えると、ほぼ同時に飛翔した。
颯汰「やるぞー、洸輝」
洸輝「お手柔らかに」
詩緒『聞こえてるー? 返事してー』
耳に当てているインカムから、詩緒の声が聞こえた。
洸輝「詩緒か。聞こえてる。ってか、これ地上でやっとくべき確認作業だろ」
詩緒『細かいことはきにしない。どーせ練習だし』
洸輝「初めてだからこそちゃんとしてほしかった……」
ファーストブイ、スタート位置。
先にインカムをはめて下と連絡が取れる状態になっていた美亜先輩が、ホイッスルを持って浮いていた。
美亜「さて! 準備はいいかな少年たち!」
颯汰「いいよ」
洸輝「同じく」
心臓の鼓動がわかる。緊張している。
練習とはいえ、初めてのFCだ。
美亜「そういえば、時間どうしますか? 十分は長いと思うのですが」
洋行『半分くらいでいいのではないですか?』
美亜先輩が耳に手をあてた。その方が聞きやすいからだろう。
美亜「ですね。通常は十分だけど、今回はおあずけで半分の五分間、模擬試合をします!」
颯汰・洸輝「はい」
美亜「依存ないね!? よーし。位置について。よーい」
フィィィィィィィィ!
ホイッスルが鳴らされた。スタートだ。
洸輝「っ!?」
颯汰がスタートダッシュを決めた。
俺は出遅れた。
洸輝「しまっ」
詩緒『悔やむのは後! セカンドラインにショートカットしなさい!』
あせってエンジェリックヘイロウの応用版で加速しようとしたところを、詩緒に止められた。
詩緒『相手はスピーダーなのよ! 私ならそうする!』
洸輝「私ならそうする、は次からいらない! どんどん指示だしてくれ!」
詩緒『それだとあんたの判断にならないじゃない! 洸輝の試合にならない!』
詩緒が叫ぶように言った。
そんな詩緒に負けじと俺も叫んだ。そんなことせずともインカムはちゃんと音を拾うのだが。
洸輝「まだ咄嗟に自己判断ができるほど慣れてねえよ! むしろセオリーを叩き込むために、頼む! 詩緒!」
詩緒『わかったわ』
セカンドラインにたどり着いた時、颯汰はローヨーヨーを使って加速して、セカンドブイにタッチしたところだった。
楓「お、得点入ったね。悠佳ちゃん、準備はいい?」
悠佳「はい?」
楓「一年生マネージャー、今のところ悠佳ちゃんだけだから得点のつけ方なんかを教えてあげる。私的にも、覚えてもらわないと困るし」
悠佳「はい」
>>52 さんの書いてくれた図を見ながらどうぞ
理亜「ブイタッチ。……よし。一度上昇してください」
颯汰『上昇?どうして』
理亜「FCは上の位置が有利です。先ほどのローヨーヨーで稼いだスピードを[ピーーー]ことにはなりますが、相手は完全に静止していますし、上に行けば加速も容易です。今の段階から、上を取ることを意識していきましょう」
颯汰『了解』
私は、そんな理亜さんたちの声は聞こえないところまで離れている。
詩緒「上がった……。洸輝、上から勢いと加速をつけてくるわ。ブイの中間地点で待って、接触で止めなさい。触るのはどこでもいいわ」
洸輝『了解』
FCはそのルール上、ショートカットの後はブイタッチをした選手と交錯しないと次のブイタッチが認められない。
スピーダー相手にスピード勝負をしかけるのも、愚策というものだし。待ち構えて相手のスピードを殺してから、ブイタッチなり背中タッチなりを狙うのが正攻法だ。
颯汰が、来た。
高い位置からぐっと加速して。
洸輝「これは!」
そして、俺と接触する少し手前の位置で、左右へとゆさぶりをかけた。
ふらりふらり。フェイントだ。
詩緒『シザース! どっちか見極めて!』
勢いにのった選手が、左右に揺さぶりをかけて待ちかまえる相手を混乱させるための技、シザース。
そうは言われても、初めて実際に見るのに見極めろなんて――
詩緒『こういう時は直感よ!』
洸輝「なら!」
右!
と思い右にばっと手を伸ばす。
しかし当然、ゆったりと俺の動きを見ていた颯汰はこれを回避し、するりとサードブイへ。
詩緒『ショートカットよ! サードライン! 急いで!』
保守レス
理亜『よくできました。ブイタッチしましょう』
颯汰「危なかった……。左右にわざと揺らすだけでかなりバランスくずれそうでしたよ」
俺は今まで、安定して飛行することしかしていなかった。緩やかなカーブ、急なカーブは練習しても、わざとふらふらした飛行なんて練習したことがなかった。今日初めて教わり、なんとかひっくり返らないところまで練習した。
それでもフェイントの回数を増やせば失敗しそうになるし、持っていたスピードも落ちる。プロや全国大会上位の実力者はシザースでスピードをあまり落とさないこともできるらしいけれど、今日習ったばかりの俺にはとてもじゃないが無理だ。
理亜『初めはみんなそうですよ。これから頑張っていきましょう』
颯汰「うん。よろしくりー先輩」
理亜『……』
洸輝「詩緒。詩緒は相手がシザースしかけてきた時はどうやって対処してる?」
詩緒『私? 私、いつも直感でやってるからなぁ……。そうね。今回だけの手だと思うけど、あるにはあるわよ』
洸輝「まじか! どんな?」
詩緒『来るわよ! とりあえず指示出すからその通りに!』
洸輝「りょ、了解!」
一瞬が命取りのスポーツだ。疑問を持つのは、ある程度猶予のある時でいい。今はただ、頼れる経験ある相方を信じる。それだけ。
颯汰がまっすぐ……いや、まだまっすぐだが恐らくまたシザースを仕掛けてくる。
詩緒『前につっこみなさい! エンジェリックヘイロー!』
詩緒の指示は、そんなものだった。
エンジェリックヘイローは加速技。初速はどうにもならないけれど、方向さえ決まればぐんっと引っ張られるように加速する。
真正面から飛んでくる颯汰相手に向かっていくのは、相対性理論的にも止めるのは難しいはず。交錯時間は、待ち構えている時よりも短くなる。
それでもあえて、向かっていくのにはなにか意味があるはず。そう信じて。
洸輝「っっしゃぁぁああ!!」
理亜『シザースです!』
りー先輩の声が聞こえた。
2回目のシザース。
二回目で慣れるはずもなく、内心ではひやひやしながら洸輝に向かっていく。
洸輝に近づいていく。ぐんぐんと。
俺は洸輝がどっちに手を伸ばすか、見極めようとした。
だが。
颯汰「な――」
急に、正面! ぶつかる!
バチィッ!
洸輝「よしっ!」
手を伸ばした。エンジェリックヘイローは成功した。
颯汰を止めるべく伸ばした手は颯汰の頭に触れた。
正確にはメンブレンの影響で肌には触れなかったけれど、 見た目はそんな感じ。
これで接近戦、ドッグファイトに持ち込める。
エンジェリックヘイローは円軌道の加速による閉じ込め技
>>108
すみません
ずっと「応用版」とか「エンジェリックヘイロー応用版」って言い続けるのもなぁ……とか、試合中にエンジェリックヘイロー応用版って言う時間があるのかなーとか考えた結果省略しました。中身はエンジェリックヘイローの応用、使い続けて円軌道を描くのではなく一時的な加速を得る方をここでは使っています。紛らわしいことをしてすみません
詩緒『攻め攻め攻め攻め攻め攻め! 攻めてけぇぇぇぇぇ!』
……詩緒の性格が変わった。
接近戦に持ち込めたことでファイター魂に火が着いたらしい。
細かな指示など何もない、ただその熱い言葉の連呼。
だからか、実際に動いている俺は冷静になれた。
ぶつかった後もドッグファイトは分が悪いと思ってか、ローヨーヨーで加速しようとする颯汰の背中を狙いに下降する。
初速はオールラウンダーグラシュである俺の方が速い。そのままタッチできる。
詩緒『攻め攻め攻め攻め攻め攻めぇっ!』
洸輝「わかったから!」
俺だって、一点をとりたいから。
洸輝を後ろに感じる。
燃える闘志を、熱意を感じる。
俺が今、FCに対してもっていない異様なまでの”熱”を、洸輝が持っている。
……心で負けるって、こういうことなのかなとふと思った。
気迫が違う。何が何でも一点を取る、そしてその先で勝利する。そんな意思がはっきりと見える。
俺はそこで、負けた。
颯汰の背中が迫る。颯汰の加速が、思ったより遅いからだ。
洸輝「立て直しがやっぱり慣れてない?」
詩緒『…………』
俺のそんな独り言とも質問ともとれるだろう言葉に、詩緒は反応しなかった。
洸輝「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
気合を入れた。
俺の、初めての一点だ。
――ピキィィィン!
という音とともに、颯汰の背中にグラシュと同じ色の三角形が広がった。
背中のタッチによる得点だ。
詩緒『追い込め! 連続で狙っていけ!』
復活した詩緒の声が耳元で響く。というか、普通に大きすぎて正直ちょっとトーンダウンしてほしい。
洸輝「了解!」
それでも詩緒に従い、颯汰の落ちていく背中を追っていく。
颯汰の体勢が崩れている今が、好機。
理亜『両手両足を広げて! もう一点取られることは仕方ありません、ここは体勢をたて直して!』
りー先輩の声が耳元でした。
理亜『まだ、全然負けていない!』
ああ。そうだね。得点は全く負けてない。
りー先輩の声に従えば、もしかしなくても勝てるだろう。
でも、そうじゃない気がする。
もう、心で俺は負けてる。これ以上やっても、無意味な気がしてならないんだ。
俺は、もう――
洸輝「颯汰」
上から、声がした。
崩れていた体勢も、安定を取り戻そうと体が勝手に動いていたのか、ゆっくりと止まる。
洸輝は、そのまま上から言った。背中はがら空きだ。タッチすれば、2-2、洸輝は俺に追いつけるのに。
洸輝「無理に勝負しろなんて言わない。言えない。でも、試合中は諦めるなよ。空にあがってホイッスルが鳴って。それからブザーが鳴るまでは足掻いてみせろよ。一度上がったのなら、最後まで飛んでくれ。最低限の礼儀だろ」
なんとなく、颯汰が『飛ぶこと』を止めたような気がした。
勝利すること、試合をすること。その権利を投げ捨てたような気がした。
無理に飛べなんて言えない。それはこっちのわがままの押し付けだ。
でも、スポーツをする人として、譲れないものはある。
一度試合を始めたのなら、最後までやり抜くべきだ。
颯汰「……洸輝」
洸輝「俺は、空を飛ぶことが楽しい。見ていて面白いと思って、やってみたいと思って、ここにいる」
颯汰「……」
洸輝「改めて、誘うよ。”FC”を、しないか? 颯汰」
洸輝「一度勝負を受けたんだから、最後まで付き合ってくれよ」
そう言って、洸輝は笑った。
理亜『……』
りー先輩は何も言ってこない。
颯汰「……悪いな。やるだけ、やるよ」
誘われたからとはいえ、元は俺から最終的には俺が『やる』と言ったんだ。
ならせめて、この一回でも言葉に責任を持つべきだろう……。
そう、思った。
洸輝「さて。じゃあ、仕切り直しだ」
颯汰「は?」
そう言って俺はフォースラインに飛んで行こうとした。
詩緒『は!? アンタ何やってんの!?』
詩緒が叫んだ。耳元が痛い。
洸輝「仕切り直しだ、颯汰。このままドッグファイトをしても面白くない。だろ? だったら一度仕切りなおして、俺はやりたい。ダメか?」
詩緒『わからないでもないけど……』
美亜『いいんじゃないかい? 練習試合だ』
試合中初めて美亜先輩が会話に混ざってきた。というか入れたんですね。
地上で両方の通信を管理しているわけだし、不可能ではないのだろうけれど。
理亜『どうしますか?』
おそらくは理亜先輩が何か言ったのだろう。それは俺たちの通信には聞こえないようにしていたけれど、何を言ったかは想像がつく。
たぶん、颯汰への最後の一押しだ。
颯汰「やります」
その声は、通信への返答ではなく、俺に対する決意表明のようなものでもあった。
残り時間は一分半。
時計は止まらず、進み続けていた。
1-2のまま仕切りなおして、再び飛び始める。
フォースブイの位置から、まるでスタートをし直すかのようにFCを始めた。
耳元で詩緒がやれ攻撃しろだの突貫しろだのと騒いでいるが、無視した。
颯汰はファーストブイにタッチし、俺はショートカットを選択する。
再び、シザース。
右へ左へぬるりぬるりとフェイントをかける颯汰。俺はそれを見ながら、飛びついた。
前に出るのではなく、下方向に。
両手両足を閉じて急降下の姿勢を取ると、体はぐんと下に落ちる。
そして、足に衝撃が伝わった。
バチイッ!
颯汰の背中にキックした形だ。手でのタッチではないから得点ではないが、勢いは殺せた。
残り時間は一分を切っている。
1-3のビハインドを追いかける俺としては、正真正銘最後のチャンスだった。
すぐに方向転換して落ちる颯汰を追いかける。
そしてそのまま、体勢が崩れたままの颯汰の背中にタッチした。
ピキィン!
颯汰の背中に俺のグラシュと同じ緑の三角形が広がる。
2-3。
詩緒『立て直される! ブイタッチよ!』
耳元で詩緒の声がした。なぜかちょっと鳴き声だった。
洸輝「了解!」
詩緒「酷いじゃないですか先輩……つねらなくても」
美津希「詩緒は自信あるんだろうけど、ドッグファイトで点を取りたがりすぎる。もう少し冷静になって見てみれば、結果的にどういう選択肢が一番点を取れて、取られないかがわかる」
詩緒「でもあたし、けっこう直感でプレーするとこあるしなあ……」
美津希「それで勝てるのは中学までだよ。どんなスポーツでも、みんな高校からは考えながら、先を読み合いながらプレーしてる。先を読める冷静さと、チャンスの一瞬に対してどれだけ貪欲になれるか。それをコントロールしながら戦わないと」
背中を狙っていく貪欲さは必要だけど、時にはファイターだってブイを狙うことが正解の選択肢の時もある。
実際あたしは練習の時、美津希先輩からまだただの一本も取れていない。
中学の閑東大会で二位でも、高校に入ってそれが通用するわけじゃあない。
まだあたしは、発展途上だ。上に行ける。
詩緒「……頑張ります」
美津希「少しずつでいい。ちょっとずつ、『考える』ことになれていけばいいよ」
美津希先輩はそう言って笑った。
速度を落とした颯汰が戻ってくるより早く、ブイに向かった。
ブイに触れる。これで、3-3。
詩緒『残り三十秒! ブイに飛びなさい! 勝ちたいなら、それがべスト!』
洸輝「なんでベスト?」
詩緒『あとで言うわよ! 颯汰がショートカットしているから、かわして!』
さっきとは、立場が逆になったわけだ。
止めなければいけない颯汰。抜けなければいけない俺。
洸輝「了解!」
相手は速度0のスピーダー。
俺も詩緒も、そうたかをくくっていたところがあったかもしれなかった。
理亜『左です』
俺がかわそうとした方向に、颯汰は移動した。
勘じゃないかと思うほどの勢いのよさ。だが俺はなんとなく、そこに賭け以外の何かを感じた。
だが、そんなことを気にしている余裕はない。
すぐに颯汰が背中に迫って――
――――ピキィィィン!
一点を、絶対に取られてはいけない一点を取られた。
洸輝くんのセンスには、確かに目を見張るものがあります。
一週間で本当にここまで飛べるようになるとは思いもしませんでした。羨ましいほどの上達が早い。
でも……短いからこそ。
癖というものは出やすい。
彼が一番初め、颯汰を止めるために動いた方向は右でした。ならば、右に行く動きにすこしの慣れがあると考えていい。
なら、颯汰に出す指示は一つ。
理亜『左です』
>>126 修正
理亜「左です」
かっこの形を変えました。
洸輝「……ぐっ」
詩緒『体勢を立て直しなさい! また点とられるわよ!』
洸輝「んなこと言ったって!」
連続でやって来る颯汰に、なんとか背中を取られまいと必死に体をねじり、どんどんバランスを崩していき……そして、試合終了のブザーが鳴った。
その後、オープンチャンネルで美亜先輩の声が伝わる。
美亜『はいそこまでー! 二人とも地面に下りて―!』
保守レス
詩緒「お疲れ」
洸輝「……おう」
詩緒の隣でおろおろしながら俺の様子をうかがう悠佳から自分のハンドタオルを受け取り、首にかけた。
汗を拭く気力が出てこない。
地上に降りて緊張から解放され、途端に実感が出てきた。
ああ負けた、と。
数歩ふらふらと歩いて、よろめき、そのまま砂浜にばたんと突っ伏した。
汗ばんだ顔やスーツに砂がつき、やや不快に感じる。でも、この喪失感以上の不快感ではなかった。
ごろん、と仰向けになると、詩緒が俺を見下げてぴしっと言い放った。
詩緒「先生の話聞いたりする方が先でしょうが」
洸輝「……そういうものなのか?」
詩緒「試合の後は、試合の片づけをしたら先生の所へ行って話を聞く。……そういえば、運動部初めてなんだっけ?」
洸輝「ああ」
詩緒「片づけはやっといてあげるから、先生のとこ行きなさい。颯汰はもう行ってる」
洸輝「悪いな」
詩緒「ええ、感謝しなさい? それと、悠佳にも感謝しときなさい。流石にタオルもらって一言もないのは人としてどーなの」
洸輝「……そうだな。そうする」
洋行「まずは二人とも。お疲れ様でした」
颯汰と先生の待つ場所へ急いで行くと先生は話し始めた。待っていてくれた。
洋行「二人とも、初めて一週間なのですよね? 驚くほどよく飛べています。僕なんていまだにさっぱりで」
ははは……と笑いながら頭の後ろをかく坂巻先生。
洋行「さて。早速ですが、勝敗を分けた要因はなんだと思いますか? まず水無月君から」
颯汰「要因……ですか」
早速の質問にやや驚いたような颯汰だったが、それでもすぐに答えを返した。
颯汰「洸輝が、改めてFCをしようって誘ってくれたから、だと思います。あそこでやめてたら、気持ちが切り替わらなかったら……。勝負以前の問題でした」
洋行「そうですね。それは確かに大きな要因です。まあ若干僕の意図したものとは答えが違うのだけど、まあ最初ですし……。伊泉君はどうですか?」
先生は続けて、俺に振ってきた。
洸輝「気持ち……で負けていたとは思いません。技術、も、颯汰とはいい勝負だったと思います」
それを聞いて坂巻先生がチラリと颯汰に目を向けた。
颯汰「そう思います」
颯汰が同調した。
洸輝「すみません、今ちょっと考えがまとまらなくて……」
考えるも何も、これだけ出せた自分に少し驚いていた。胸の中は悔しさで満たされていて、これ以上ないほどにいっぱいいっぱいだ。
洋行「構いませんよ。考えることが大切です。何が足りなかったか、何がいけなかったか。考えることを習慣づけていけば、自分で考えたことですから、試合中により思い出しやすくなって、『次同じような場面がきた時』の判断材料になります」
洋行「わからないときは、ちゃんと答えを提示するのが教師の仕事です。情けないことに、僕は技術的なことはなにも言うことはできませんが……今回、勝敗を分けた一番の要因は、言うことができます」
そこで一度区切った先生は、片づけをしている女子部員の方を見ながら言った。
洋行「サポーターへの信頼、です」
洸輝「信頼……」
洋行「なにも、伊泉君が内山さんを信用していないわけではないでしょう。けれど、それよりも水無月君が理亜さんに抱いている信用の方が大きかった」
理亜先輩は詩緒たちに指示を出して、機器をしまったりテントを片づけたりしていた。
女子だけでテントを片づけていることに驚いたが、先輩たちは手慣れた様子で連携しながらぱっぱと片づけていく。
洋行「例えばそれが試合に出たのが、最後のドッグファイトの起点となった背中タッチ。あの動きは、水無月君の考えではありませんよね? 明らかに洸輝君が動くのを見てのタイミングではなかった」
颯汰「……はい。りーせんぱ――理亜先輩の指示です」
洋行「呼び方はなんでもいいと思いますよ。相手が嫌がらないものならば。僕もまだ、彼女たちに『名前で』と言われて逃げ回っている状態ですから」
美亜先輩とか小梢先輩のぐいぐい迫ってくる恐怖の笑顔がすぐに想像できた。
洋行「冷静な分析に長けた彼女なら、伊泉君が飛ぶことに不慣れだということを計算に入れて指示を出すでしょう。水無月君が信頼を置いているのなら、その指示に従わないはずがない。そして内山さんは感覚でFCをするタイプの選手です。伊泉君が同じタイプの選手ならまだ違ったのかもしれませんが、『感覚で体勢を立て直せ』と言われても、その感覚が養われていない初心者では難しい話でしょう。僕がそうですし。彼女、よく見えてはいるのですが……初心者向きのサポートは難しいのかもしれませんね」
自分で考えたことを脳内で書きとめるように、少し先生は話をとめた。
洋行「すべてサポーターが悪いわけではありません。もちろん、技術がしっかりしていればもっと試合結果は変わってくるでしょう。それでも、今回の一因にサポーターの相性があったのは事実です。まだ慣れないうちは、二人とも東ヶ崎さんに基礎を教えてもらうといい。それが身についてきたら、内山さんの言うことも理解できると思いますよ」
洸輝「悪い詩緒、負けた」
先生の話を聞き終え、学校への帰り道。
俺は詩緒、悠佳と共に帰っていた。
詩緒「初試合でしょ、気にしない。というか、むしろ私の方こそ悪かったわ」
詩緒のサポートで勝てなかったことを俺が謝ると、逆に詩緒の方が謝ってきた。
詩緒「理亜先輩に言われたのよ。グラシュを履いて一週間の人間に出す指示じゃなかったって」
確かに、体勢を立て直せと言われても咄嗟には反応できない。
体が覚えていないからだ。
洸輝「でも……詩緒がいてくれてよかったと思う」
詩緒「? どうして」
洸輝「日向昌也っていう、ただひたすらに遠い光を追い求めるより……近くにわかりやすい目標がいてくれた方が、モチベが上がる」
詩緒「ふぅん? じゃ、私を倒すつもりなんだ?」
ニヤッと笑いながら詩緒が言った。でも俺は、それに首を振った」
洸輝「まずは、詩緒の言うことを理解して実行できるようにしないと。それが第一目標だ」
悠佳「その次、は?」
洸輝「颯汰、詩緒、先輩たち。最終的に、日向昌也」
詩緒「ひゅー。私たちの代も、二年前と同じような強豪揃いの代だよ?」
洸輝「やるからには、上を目指すさ。いつか、あの光に届くところに行きたいからな」
今週短くてすみません
ともあれ、第一部終了です。
今後の詳細はtwitter @amanagi2 をご覧ください
まだこのスレで続いていきますので、これからも応援お願いします。
幕間 黍斗とショッケン
黍斗「こ、こんにちはー……」
伊泉くんと別れた後、ぼくは食品研究部――通称ショッケンに来ていた。
数年前に『学校構造再構築』とすら言われる大改革を成し遂げた生徒会長が、ここ食品研究部の部員だったということが高藤学園のホームページに載っていて、それで興味をもった。
「あ、もしかして見学者? おいでおいで!」
黍斗「え、あの、ちょっ」
ぼくが『食品研究部』というプレートのかかった部室の前でどう入ろうか躊躇していると、中から出てきた先輩に引きずり込まれてしまった。
「新入部員だ―!」
ぼくを勢いよく引き連れた先輩(?)が言った。
「深山の感が当たってたのか……。珍しいこともある」
「酷いわね! 私がカンを外すときはスポーツと創作料理だけよ!」
「自覚はあったのか……」
「しかし……大島が本当にすごかったのね。あいつレベルのロールケーキ食わせてくれる生徒を私は知らない」
「姉さんは……。今日は見学者さんもいるし、ちょうど彼からも来たから久々にみんなで分けようと思って持ってきてるのよ」
「それはいい。早くしよう」
「もう……」
中にいた人は6人。思ったより多くない……。伝説の会長なんて話題の人がいた部活なんだから、もっと人がいてもいいのに。
茜「私は3年、ショッケン部部長の深山茜(みやまあかね)よ」
成生「同じく三年、綴成生(つづりせい)だ。副部長をやっている」
照美「二年の大橋照美(おおはしてるみ)です!」
照真「同じく二年、須﨑照真(すざきしょうま)。よろしく」
皐月「ショッケンOBの東雲皐月。大学が近いだけだけど、たまに来るわ」
葉月「んーっ! うまいっ! やっぱこのビールサーバーうまいわ! あ、顧問の東雲葉月。よろしく」
六人が六人の挨拶をした。
茜「君の名前は?」
黍斗「え、えと、神宮黍斗って言います」
茜「よろしく、神宮くん」
皐月「甘いもの、食べられるかしら?」
照真「たとえ無理でも、一度は味わった方がいい。そんな逸品だ」
黍斗「え、えと……」
その後、大島ロールのとりこになった黍斗は、次いつ食べられるかわからない大島ロールに惹かれつつ、『伝説の会長』のときの副会長だったという東雲皐月さんに話を聞くために、食品研究部に入部し、『やおいぼう』の貴重な10代モニターの一人となった。
幕間1 END
詩緒「はー……」
颯汰との試合から二週間。4月も終盤だ。
教室にもようやく弛緩し始めた空気が漂う。
結局FC部には俺と詩緒、悠佳、颯汰の4人しか入部しなかった。
総勢20人。それが今の高藤学園閑東校FC部だ。
洸輝「どうした?」
悠佳「今日、日本フライングサーカス協会のU20強化指定選手の発表の日なんだよ」
机に伏せて「ぐぁー」という声を出している詩緒を横目に見ながら悠佳が答えてくれた。
洸輝「ふうん?」
悠佳「詩緒ちゃん、中学生の時中学生の指定選手に選ばれたから、そわそわしてるんだよ」
洸輝「……そわそわ?」
颯汰「選ばれる可能性があるから?」
悠佳「ううん。憧れの鳶沢さんが選ばれるかどうかでそわそわしてる」
洸輝「お、おう……そうか……」
俺もそれがあることを知ってはいるが、まあ目標の日向昌也は強化指定どころか代表選手だし、あまり気にしてはいなかった。
洸輝「ここまでくるとアイドルのファンみたいだな」
悠佳「似たようなものかな……」
悠佳が遠くを見る目をしていた。
洋行「皆さんお疲れさまでした」
部員「おつかれさまでーす」
その日の部活後、先生からの話の時間。
詩緒「先生っ!」
美亜「ちょっと、詩緒。落ち着きなさい、話してくださるから」
詩緒「えっ?」
洋行「寺元さんに伝言されましたからね。伝えますよ、今回の強化指定選手」
おおっ、と部員がざわめく。先生はその様子を見て苦笑していた。
FCは競技人口が少ない分、強化指定選手に選ばれる人数も当然少なく……それゆえ、選ばれる選手はすぐに有名になる。たいていはすでに有名な人なのだけれど。
洋行「今年の指定選手は高校生から3人、大学生から2人、現役プロから4人ですね。久奈浜高校の3年有坂真白さん、2年柏千代美さん。仇州の高藤から3年一ノ瀬莉佳さん。大学生は仇州の鳶沢みさきさん、佐藤麗子(さとうれいこ)さん。現役プロは、まあ説明することもないとは思いますが、日向昌也選手、倉科明日香選手、乾沙希選手、真藤一成(しんどうかずなり)選手です」
詩緒「キッター! みさきさぁぁぁぁぁんっ!」
理亜「ちょっと詩緒さん、まだ途中です」
詩緒「す、すみません」
洋行「まあ、詩緒さんは鳶沢選手のファンですからね……。それと、今回発表されたことがもう一つありまして」
その言葉に耳を傾けるように、しん……と体育館が静まり返る。
洋行「FCを広く知ってもらう活動の一環として、今度大学であるFCの大会、そのエキシビジョンマッチが仇州でなく閑東で開かれます!」
部員「………………」
先輩たちにも詩緒たちにも、「なぜに?」という疑問符が浮かんでいた。
洋行「人口の多い閑東で多くの方に見てもらう、というのが目的だそうですよ。その効果はともかく、個人的に先生が頑張ったことで皆さんに報告があるんです」
そこで一度先生は言葉を切って、言った。
洋行「エキシビジョンマッチに参加する高藤学園仇州校のエース、一ノ瀬莉佳さんが、ここ閑東校に来てくださいます!」
部員「おおおおっ!」
部員みんなで歓声をあげた。
一ノ瀬さんは3年生、部長や小梢先輩からすれば同級生なわけだが、仇州と閑東では、練習環境から生まれる実力の差が、圧倒的だ。
特にさっき呼ばれた強化指定選手全員がバランサーオフという一つの限界点にいる。
普段は飛びやすいように、グラシュはバランサーという機能で反重力子の膜メンブレンを制御している。
バランサーを切ると、グラシュ本来の出力がされるかわりに自分でのコントロールが非常に難しくなる。それこそ慣れないと、その場で回り続けることなんて当たり前らしい。
それに一ノ瀬さんはこの前の全国高校生FC選手権、つまりは全国大会の覇者でもある。先輩たちにとっても、いい経験になるのだろう。
洋行「一ノ瀬さんと交渉して、大会二日前に閑東に来ていただき、ここで最終調整に入ります。その時に一緒に練習してくれるようにお願いしました」
美亜「すごいですね。全国覇者が閑東の高校に来てくれるなんて……」
洋行「ええ、チャンスです。同じ高藤ということで無茶が通りました。一週間後、しっかり勉強しましょう!」
部員「おおっ!」
詩緒「みさきさんがよかった……」
洸輝「試合見に行けばいいだろ?」
詩緒「それは見に行くけどさ。どうせなら直接教えてもらいたいじゃん? いくらバランサーオフでもさ、あたしはファイタータイプのスカイウォーカーなんだよ? 一ノ瀬さんだって相当強いのは知ってるけどさ、タイプ合わないんじゃ技術奪いにくいわよ……」
洸輝「そうか? 思い込むことがよくないと俺は思うが」
詩緒「わかるよ、テレビなんかの中継見てたら。わたしとは方針が違いすぎて、そこまで参考にはならなかった」
洸輝「ふうん……。俺は、どっちかっていうと『持ち込まれれば応じるオールラウンダー寄りのスピーダー』のイメージだったけど」
悠佳「詩緒ちゃんは最初から仕掛けていくから、必要な技や駆け引きとか、あまり参考にならないの」
洸輝「なるほどな」
颯汰「……やばい、そこそこ会話についていけない」
俺はたぶんFCオタクだから高校生の有名選手の名前なんかを知っているけど、普通の人はしらないもんな。俺だってFC以外の高校生選手なんて一人も把握してないし。
寮の空き部屋がFC部員(の一年、つまり俺たち)によって掃除され、着々と一ノ瀬選手を迎える準備がされていた。
そして、一週間が過ぎた。
莉佳「四島列島の高藤学園から来ました、三年の一ノ瀬莉佳です! 短い時間ですが、よろしくお願いします!」
試合は日曜。その二日前なのだから、金曜日だ。体育館練習の日。
ので、基本的な飛行姿勢を一ノ瀬選手に見てもらったり、休み時間中に駄弁ったり。そういうことに時間を使った。
全国選抜レベルの選手とはいえ、高校三年生。美亜先輩や小梢先輩たちと話が弾んでいた。
そして後輩組はというと。
詩緒「先輩、アレ、目測でわかりますか?」
夏希「G……いやHか……?」
美津希「もしかするとそれ以上……。いいえ、気にしてはだめよ美津希、あれは規格外、あれは規格外…………。何食べてるのかしら、やっぱりうどん?」
美津希先輩がかなり病んでいた。ちなみに仇州は「うどん県」ほどではないもののとびうおを出汁に使ったうどんが有名だ。
莉佳「ちょっとバランサーオフで飛んでみない?」
練習も終わりの時間が近づいてきたころ。
一ノ瀬選手がそんなことを言い出した。
小梢「さすがに無理……」
美亜「莉佳ちゃんが言うならやってみよーかな? おーい楓ー、ちょっと端末持ってきてー。部員ども集まれー! 莉佳ちゃん直々の指導だぞー」
マネージャーの楓先輩がグラシュの設定を変えるための端末をもって美亜先輩のところに走る。
俺も美亜先輩の「集合」に反応して体育館の床に降りる。
特に何もしていない休憩中だけど、両足を広げてバランスを保ちつつ、水分を取って休憩していた。
可能な限り浮いて、空中に慣れるためだ。一ノ瀬選手に言われたわけではなく、悠佳や他のマネージャーの先輩たち協力のもと、先生の発案でそうしている。
最初は慣れなかった「浮く」という感覚も、飲み物を飲むや、休憩するというリラックス状態を作り出す時間に続けることで、普段の練習にも以前よりは慣れが出てきた。
小梢「お、やるかい洸輝」
洸輝「チャレンジすることは悪いことではありませんし。それに、俺の夢は日向選手の隣に立つことですから」
莉佳「日向さんの?」
俺と小梢先輩が話していると、一ノ瀬選手が会話に加わった。明るい口調。けっこう気さくな方みたいだな。
洸輝「はい。中学生の時に日向選手をテレビの中継で見て、それからFCに興味を持って」
莉佳「へぇ~……。倉科さんも日向さんも、どれだけ伝説的な人になるのかな……。始めてどのくらい?」
洸輝「三週間半……ですかね」
莉佳「へっ?」
小梢「そうか、もうそんなに経つか。早いもんだ」
莉佳「グ、グラシュを履いたのは?」
洸輝「飛んだのもここの部に来てからが初めてです」
莉佳「嘘……。体育館だし、レベルも四島ほどではなくても……それでも、ここまで違和感ないレベルで練習できるものかな……」
小梢「こいつまだ不慣れだぞ?」
莉佳「ちゃんとした姿勢で飛べてるのが凄いんですよ。倉科さんだって、最初は変な格好で飛んでたって聞きましたし……」
小梢「私は……どうだったかな。覚えてないや」
莉佳「……それだけ普通のグラシュが早く習得できたなら、バランサーオフももしかしたら早いかも……。やって、みませんか? 私は見てみたいです」
後にこの時の話を一ノ瀬選手が日向選手にしたところ、「俺と明日香みたいだな」と言われたそうだが、それはまた後の話。
すみません、文章中で一週間+二週間+一週間で四週間経ってるはずなんですけど、ここの二週間を一週間に訂正させてください。四月が終わってしまうことに今更気が付きました。
保守レス
バランサーオフ。
『天才』『神童』『FCの申し子』『日向昌也の彼女兼秘密兵器』。その異名は数知れずの倉科明日香が、二年前の仇州秋大会で切り開いたFCの新境地。
より速く。より激しく。
高みを目指したFCの結果。新たな境地。
そこに一歩足を踏み入れる。
楓先輩に脱いだグラシュを渡し、バランサーを切る操作をしてもらう。
莉佳「教えられるかわからないけど、準備はしておくね。『飛びます』!」
ブゥゥゥゥゥン
部員「おお……」
部の誰のグラシュよりも大きな水色の羽を広げ、グラシュが起動した。
そしてそのまま浮かび上がる。
楓「はい、終わった」
洸輝「早いですね」
楓「バランサー切るだけならそう手間じゃないからね」
俺は早速グラシュを履き、かかとの起動ボタンに触れた。
ブゥゥゥゥゥン
グラシュが起動し、緑の羽を広げる。
洸輝「お……」
今まで見たことのない、いやさっき一ノ瀬選手のグラシュで見たものとほぼ同じ大きさの羽。
翼、と言い換えてもいいだろう。まさに進化したって感じだ。
莉佳「さ、怖がるとバランス崩すよ。おいで!」
こくっとうなずき、返事にした。
洸輝「光へ!」
ふわり、と体が浮き上がるいつもの感覚。
でも何か、違和感がある。
気を抜くとすぐにバランスを崩してしまいそうな……。平均台の上を歩く練習をしていた状態から、いきなり綱渡りを始めたような危うさ。
莉佳「かたいよー。バランスが崩れたら大の字になって止まればいいから、あまり気を張らずに!」
上を見る余裕すらない俺に、一ノ瀬選手のそんな言葉が届く。
洸輝「ふぅぅぅ……」
肩に入った力を、深呼吸することで意識して抜く。
ただ……それだけの動作で、少し体が動く。
右に左に、ふわふわと。
バランサーをオフにした状態は、ほんのちょっとの動作で体全体が動く。
とりあえず最初よりは力を抜けた気がする。上昇、してみようか。
片足を少し上げ、階段を上がりかけるような姿勢。
いつも通り、より少し動きは小さめに。
それで充分。バランサーを解除したグラシュは反応し、俺を空へと運んでいく。
ひゅるっ、と飛んだ一ノ瀬選手とは比べ物にならないほどのゆったりとしたスピード。
それでも基本に忠実に、バランスを崩さずゆっくりと上がっていく。
美亜「おおー……」
小梢「やればできるもんだねー……」
俺はまっすぐ、上にいる一ノ瀬選手を見た。
莉佳「その調子~」
そのころ下では、詩緒がバランサーを切ったグラシュを起動させていた。
詩緒「よっし。〈飛ぶにゃん〉!」
ふわりと浮かび、そしていつものように上昇しようとして――
詩緒「ふぎゃー⁉ まーわーるー!!」
洸輝「詩緒?」
すぐ下で大声を出した詩緒に一瞬気をとられ、
洸輝「あっ」
俺もバランスを崩した。
莉佳「二人とも、手足広げて広げて!」
バランスを崩してぐるんぐるん回る俺たちに、一ノ瀬選手が声をかけてくれたおかげで、なんとか冷静さを取り戻して安定する。
ほっとして下を見ると、一ノ瀬選手と違い、先輩たちは爆笑していた。なんなんだあの人たち。
その後先輩たちもバランサーを切って飛んだが、詩緒と似たり寄ったりの結果になった。
その後練習を終え、寮で食事を一ノ瀬選手と共に食べた。
莉佳「わあぁぁ……! ごはんとお肉、ですっ!」
興奮した一ノ瀬選手の喰いっぷりに圧倒されながら、先輩たちが
「あの食が胸にいってるのか……? お腹出てないし……。羨ましい……」
とひそひそと話しているのは聞かないことにした。一ノ瀬選手も、食べるのに夢中で聞いてはいなかった。
夕食後、俺はストレッチをするために外に出た。
いつもは部屋でするのだが、今日は何となく空を見たい気分だった。
日向昌也。俺の見た光。
その光に近い場所にいる、一ノ瀬莉佳。
彼女自身も強い輝きを放っていて、まぶしすぎる。
バランサーオフ……。あれを習得するのに、彼女はいったいどれだけの時間と努力を費やしてきたのだろう。
ついこの間グラシュを初めて履いたばかりだからこそ感じる、立ちはだかる壁、扉の違い。
グラシュを履いて飛ぶことが、一つ鍵穴のある扉を開けることだとするならば、バランサーオフは三つや四つの鍵穴のある扉。それも、鍵の場所も鍵穴の場所も知らされてはいない。
鍵とはつまりコツであり、自分の中でしか持つことのできないもの。
開いていない扉の向こうに、それでもなお伝わる輝きを放った日向昌也や一ノ瀬莉佳がいる。
俺がこの扉を開くときはくるのだろうか。いや、開かなければ、それも早くしなければいけないのに、俺は何をやっているんだろうか。
足にはグラシュでなく、運動靴を履いている。いつも土曜日練習の時にランニングする靴だ。
ふう、と息をつく。
こんな状態で、果たして俺は光の場所に行けるのか――。
莉佳「ちょっと、いいかな?」
あまり聞きなれない声に振り向くと、そこには一ノ瀬選手が立っていた。
洸輝「あ、はい。どうかしましたか?」
……俺に聞くことなんてあるのだろうか。学校設備のことなら、部長たちに尋ねた方が早いし確実だろうに。
莉佳「美亜たちに聞いたよ。きみ、まだFCを初めて日が浅いんだって。……ごめん、名前を聞いてもいいかな?」
洸輝「伊泉洸輝です。確かに、まだ一か月たってませんが……。それがどうしたんですか?」
莉佳「すごいなあ、と思って。たいていの人は一か月であそこまで飛べないよ」
洸輝「あまり自覚はないですが。まだまだ部長やりー先輩、一ノ瀬さんには……」
莉佳「それはそうだよ。美亜たちは知らないけど、私は高校に上がる前からやってたから。どこの世界にも天才とか、才能ある人っていうのはいるものだけど、そんな人たちでも基礎の基礎は努力で固めてるんだよ。努力が実になる量と速さが凄いのが天才って呼ばれてる人たち。だから、時間さえ作っていれば、努力家は天才に勝てる。もし君が天才だったとしても、数年の私や美亜の努力は抜けないと思うよ?」
洸輝「……。そうですね」
早く、早く、あの光の向こうへ。
思うことは悪くはないはずだ。けど。
莉佳「焦りすぎても結果はついてこないよ。体だってやりすぎるとオーバーワークになって壊れちゃうし。自分で自分を追い詰めないことが大切かな」
体も心も、休憩なしではもたないよ。
そういわれて俺はようやく、体の疲れをしっかりと感じることができた。
慣れない一ヶ月。
その間にたまった疲労は、身体的にも精神的にも、不調をきたしても仕方がなかった。
それを焦りという感情が覆い隠して、見えない状態にしていた。
莉佳「空を見ろ。空を見続けろ。答えはそこにある」
洸輝「……」
俺が無言でクエスチョンマークを頭上に浮かべていると、一ノ瀬選手が笑って答えた。
莉佳「ごめん、知らないよね。これ、各務先生が昌也さんにずっと言ってたことなんだって」
洸輝「どういう意味ですか?」
莉佳「そのまま。私たちスカイウォーカーの求めるものの答えは、空に全部あるんだよ」
洸輝「……」
莉佳「勝ち負けとかだけじゃなくて、FCを楽しいって思う気持ち。空を飛ぶ快感。文字通り天井のない空間。どこまでだって行ける。私たちが求めさえすればね」
洸輝「どこまで、でも……」
莉佳「宇宙空間は飛べない、とか言い出したらキリはないんだけどね。スカイウォーカーとして、一番大切なものを常に持っているための言葉なんだと、私は思うよ」
洸輝「……FCへの熱意と、空へのあこがれ……」
莉佳「そして楽しいって気持ち。何事も、それが一番継続させるのに重要な気持ちだからね。継続は力なりって言うし」
そう言って、いつの間にか隣で座っていた一ノ瀬さんは立ち上がって。
莉佳「君がFCで何をしたいのか。何を求めるのか。今日は一日ゆっくりそれを考えてみて。がむしゃらにやっても体を壊すだけだよ。美亜が、他の先輩が、洸輝くんの同級生が、そして今だけなら私がいる。練習くらい付き合うから、とりあえず今夜はゆっくり休んでね」
そう言って、寮の方に帰っていった。
その夜、一件のメールが携帯端末に届いていた。
From 一ノ瀬莉佳
件名 無し
一ノ瀬莉佳です! 美亜に教えてもらいました。
言い忘れていたことを一つだけ。私のことは莉佳でいいよ。
保守レス
今日は土曜日。週に一度、海岸線で自由に飛べる日だ。
いつものように校門からランニングで海へと向かう。
割と早めに出発したにもかかわらず、次々と先輩たちに追い抜かれていく中、後半にさしかかったところで部長たちに追い抜かれた。
が。
美亜「ぜーっ、はーっ。莉佳ちゃん、速すぎ……」
小梢「ペースはっや……。これが、全国……。てか、あんだけ重たいもん持っててなんでそんな速いの……。あれか、エネルギー源はそこだって言いたいのか……」
莉佳「違うからね!? 変なこと言わないでよ小梢! 常日頃から体力アップのために走ってるだけだから!」
ランニングの意味を改めて感じるとともに、あの部長たちですらついていくのがやっとのペースで走り続け、息を切らしていない莉佳さんに、ちょっとした怖さを感じた。
美亜「莉佳、練習どうしようか?」
莉佳「どうしよう、って?」
俺がようやく浜に着くころには、とっくに部長の息は整っていて、莉佳さんと今日の練習について話していた。
美亜「明日が試合、ってことで来てもらってるんだし。メニュー軽めにするとか、実戦に近いものにするとか、試合〈ゲーム〉をするとか、そういう風に変えなくていいのかなって」
莉佳「ああ、それは大丈夫だよ。いつも通りで頼めるかな。確か、時間限られてるんだっけ?」
美亜「うん、そうだけど……」
莉佳「なら、美亜たちのその時間は大切にしないと。私は、筋肉痛にならない程度に軽めに練習していくから。私のことは気にしないで、普通にいつもの練習をやってよ。私は、それにアドバイスするためにここにいるんだからね?」
美亜「そんじゃ、始めるよー! まずは200m飛行10本! 三人組になってラストだけタイム計って!」
部員「「「はい!」」」
空中に浮き、適度に離れて浮かぶ。インカムで部長から指示が飛び、それを聞いて練習を始める。
俺のパートナーは詩緒と、なぜか――莉佳さん。
莉佳「よろしく二人とも!」
詩緒「なぜ市ノ瀬さん……」
莉佳「バランサーオフにして飛んでるの、見たくない?」
詩緒「いやまあ、参考にはなりますけど……」
莉佳「今や世界大会はバランサーオフが当たり前、四島でなくても高校生でバランサーを切っている人はそこそこいる。そんな人たちに対抗するには、やっぱりバランサーを切るのが手っ取り早いんだよ」
洸輝「俺たちにもしろと?」
莉佳「まだ時間のあるうちから練習すれば、できるようになるよ。慣れれば飛べる。私も最初、明日香先輩がバランサーを切って飛んだときは驚いたよ。よく飛べるなって。でも日向先輩にも誘われて練習してたら、次の仇州大会では飛べるようになってた。明日香先輩や沙希さんには敵わなかったけど」
莉佳「何事も練習と慣れ。最初から無理だって思ってたらできない。できる人を見て、『できるんだ』って思うことが、上達への近道だと思うな」
洸輝「上達への近道、ですか」
莉佳「空に憧れること。人に憧れること。同じ場所に行きたいって、飛びたいって願えば、自然と届き始めるんだよ。私たちには、翼があるんだから」
そう言って莉佳さんはグラシュを指して、片目をつむってみせた。
莉佳「ちょっといい? 美亜」
莉佳さんが『やりたいメニューがある、と言い出した。
莉佳「一対三をしない?」
美亜「一対三?」
部長が訝しく思うのも当然で、FCは一対一の競技。チーム戦のバスケやサッカー、ラグビーだと複数対一の状況は生まれるが、FCではそれはありえない。
なぜわざわざ、一対三という本来ありえない状況を作り出して練習する?
莉佳「これは日向さんが、倉科さんと乾さんのバードケージ対策をするために思い付いた練習法でね?」
莉佳さんが話し始めた。ちなみにバードケージは戦略の一つで、ひたすらFCで有利とされる上のポジションを取り続けるというもの。
直訳である『鳥かご』というその名前から、その恐ろしさが垣間見える。
――一番初めにこの練習を始めたのは、誰あろうバードケージの開発者である乾沙希とイリーナ・アヴァロンで、日向昌也はそれを真似ただけなのだが、それを知るものはこの場にはいなかった。
莉佳「複数を相手にすることで、個人個人ではありえない『常に囲まれている』状況を作り出し、それを突破する練習をする」
美亜「それで?」
莉佳「バードケージ対策だけじゃなくて、『自分と同じチームの誰よりも強い相手』の対策にもなるんだよ。上手い人は何度かわそうとしてもかわし切れないことが多々あるし、ブイを取った後にショートカットでまちぶせされて勢いを止められることもある。一対三なら、誰かが一人が止められなくても他のもう一人が止めて、すぐさまもう一人に背中を狙われる。この練習をしてると、崩された時の立て直しと広い視野、予測を立てていく運動脳がすごく鍛えられるんだよ」
最後にはぐっと拳を作ってまで力説した。
洸輝「つまり、効率のいい練習方法ってことですか?」
莉佳「そう! そうなの!」
美亜「うーん……そうだね、やってみようか。初めてだからうまくできるとは思わないけど」
莉佳「いいよ! 私も教えるし、難しいようなら二対一から始めてみるといいかも」
そんなわけで、多対一という、通常あり得ない状況を想定した練習が始まった。
飛んで空中で、三列に並んで待機。
もう静止くらいなら十分に安定している。
美亜「よし、次の組! ごー!」
美亜先輩の掛け声で次々に二対一が始まる。
三列のうち、真ん中の人がブイを狙い、あとの二人がその人の背中を狙う。
最初はシンプルに、わかりやすいルールで。
詩緒「ほっ!」
莉佳「へぇ、あの子うまいね」
詩緒がブイを狙っているとき、莉佳さんが呟いた。
洸輝「そうなんですか?」
俺の目には、美亜先輩、小梢先輩の方が捕まっていないように見えるが……。
莉佳「確かに、何度か捕まってはいるんだけど……。他の人と比べて、『終わる』捕まり方をしてないからね。1ポイントを捨てても、相手の連続ポイントを防ぐ。その判断が早いから、決定的な負けにつながる捕まり方をしない」
洸輝「……」
言われてみれば、そうだった。
すでに二、三回練習をしているが、美亜先輩たちは捕まる回数こそすくないものの、捕まった時には大勢が大きく崩れ、そのまま二人に潰されて連続ポイントを許してしまうことが多かった。というか、一度捕まると必ずその流れになっていた。
それに対して詩緒は、捕まるとはあっても立て直しやすい体勢で捕まり、むしろ勢いを利用して、二人がかりの包囲を抜け出すことすらあった。
莉佳「サポーターの情報なしでも、ちゃんと周りを見て自分で判断できている。これが今できているなら、たぶんこの先、急に化けるときがくると思うよ」
莉佳さんがわくわくした顔で言った。
莉佳「ねえねえ! えっと、名前は?」
詩緒が列に戻ってくるなり、莉佳さんが聞いた。
ブイを四つ立てて、右と左の二カ所で、二対一をしている。
ただ並ぶ場所は自由で、あまり偏りすぎないように、同じ人と組まないようにあっちこっち行く、というのが、他の練習でもよくする閑東高藤の練習スタイルだ。
今回もその例には漏れていない。
詩緒「内山詩緒、です」
莉佳「詩緒ちゃん! 次、私としよう!」
詩緒「え……でも……」
莉佳「お願い! 内山さんスタイルはファイターだよね? 参考になるようにファイターに寄せてみるから、相手をお願いできないかな?」
詩緒「……わかりました。そこまでおっしゃるのなら……」
最初嫌がっていた詩緒も、莉佳さんの押しに負けたらしい。自分が押していくことはできても、押されるのは弱いのかもしれない。
詩緒「あと一人は誰ですか?」
莉佳「それはもちろん、バランサーを切った洸輝くん!」
洸輝「え」
莉佳「お姉さんの胸を借りて、ドーンと来てね!」
ドーンとした胸をドーンと強調するように反らす(ただし空中でのバランスは崩していない)莉佳さんに、詩緒が聞こえないような舌打ちをした。……先輩だぞ、やめろよ……。
チームを組んで練習に混ざる度、メンバーに迷惑しかかけていなかった俺なんだが……。本当に詩緒と莉佳さんの練習に混ざっていいのだろうか?
莉佳「さて! まずは君に指示を出すよ洸輝くん」
そんなことを思いながら並んでいると、莉佳さんが話しかけてきていた。
気づくと、もう次には自分たちの番になっている。
洸輝「はっ、はい」
莉佳「きみは、私を真似て後ろからついてきて」
洸輝「……へ?」
莉佳「いいから。自分の体勢が崩れたとか、そういうこと考えないでね。ただ、私の後をついて来るだけでいいから。追い越そうとか、無理はしなくていいからね」
洸輝「……はい」
不思議な注文だった。
莉佳「それで詩緒ちゃん」
詩緒「は、い」
詩緒が硬くなっていた。
莉佳「あなたはいつもするみたいに、ラインの中心あたりに先に行って構えてて。そこからドッグファイトに持ち込むから、そこから頑張って捕まえてみて」
詩緒「……気にせずつっきるつもりで来ていただいて構いません。止めますので」
強気な詩緒だ。けれど莉佳さんが、そんな詩緒に言った。
莉佳「今高校生で全力の私を止められるのは、有梨華か真白くらいだよ。それだと練習にならないよ」
その言葉には、全国トップの選手であるという確かな自信が込められていた。
俺たちがまだまだ実力不足だ、という遠回しなようでわかりやすい侮蔑もあったが。
詩緒「……っ! わかりました、やってやります! 覚悟してくださいね、手を抜いたら後悔しますからっ!」
詩緒はそのわかりやすい挑発に軽~く乗ると、先輩たちがちょうどいなくなったラインの中央へと飛んで行った。
莉佳「……簡単だね。あんな風に試合中に乗せられないといいんだけど」
洸輝「わざとですか」
莉佳「うん、当然。止められないとは思ってるけど、それはあくまで『今』の話。この先どうなるかなんて誰もわからないんだし。とりあえずさっきのは、詩緒ちゃんをたきつけて彼女の『本当の実力』とぶつかってみたいと思ったからかな」
洸輝「……」
詩緒は――そんな風に言ってもらえるのか。
対して俺は――
莉佳「君はまず、バランサーを切って飛ぶことの基礎を学んで。こうすれば速くなる、こうすれば安定する、じゃなくて、『こうすれば楽しく飛べる』を。そうすれば、自然とうまくなっていくからさ。とりあえずは、私の動きを真似してついてきてみてよ。真似って、上達するための近道の一つなんだよ?」
>>171 すみません修正です
莉佳「今高校生で全力の私を止められるのは、有梨華か真白、それにちよみんくらいだよ。それだと練習にならないよ」
莉佳「それじゃあ、ようい……スタート!」
準備ができた詩緒を見て、莉佳さんがスタートした。
高藤学園閑東学校FC部、その誰よりも速い初速、誰よりも早い加速時間。
俺も、詩緒ですらも――未経験の領域。
必死に莉佳さんについていこうとするが、追いつけるはずもない。
だって、現高校生のトップ選手と、初めて一ヶ月経たない新人だ。実際に比べてみるまでもなく、どちらが劣っているかなど明白だった。
詩緒「きゃあっ!」
詩緒も、中学生の時は地区代表選手とはいえ、相手は全国の選手。それもバランサー・オフ。
止められるはずもなく、むしろ詩緒の攻撃を利用して加速した莉佳さんだった。
俺が線の中央にさしかかった時、既に勝敗は決していた。
莉佳「ダメダメ、ぜーんぜんっ、だめっ」
次にする人たちのためにコースから逸れながら、三人でふわふわと移動していた。
その最中、莉佳さんが俺たちに言った。
詩緒「そんなこと言われても、勝てるわけないじゃないですか」
莉佳「うん。それは始める前にも言ったよ。私には勝てないけどって」
洸輝「じゃあ――」
莉佳「まずは、詩緒ちゃん」
遮られてしまった。まずは、ということは、俺にも何かあるのだろう。
詩緒「はい」
莉佳「あなた、最初からあきらめてた。こんな速い人止められない、私じゃ追いつけないって」
詩緒「それは……」
事実だ。素人の俺から見て、詩緒は十分速い。それでも、莉佳さんの方が頭一つ二つ、いやそれ以上確実に、上を行っている。
莉佳「それじゃあ止められないよ。ファイターの強さは初速や小回りじゃなくて、闘争心をそのままFCにぶつけられることなんだから。そこで負けたら、試合放棄と同じだよ」
莉佳「洸輝君」
洸輝「はい」
俺の番だ……。
莉佳「君には、なんて言ったかな?」
洸輝「基礎を学べ、と」
莉佳「そのためには?」
洸輝「真似することが近道、だと」
莉佳「うん。した? 少しでも」
洸輝「……。でも、真似してるだけじゃあ新しいことなんて――」
莉佳「そうかもしれない。でもね、基礎ができてない人が新しいことなんてできるわけない。君はたぶん、あせってる。確かに、明日香さんはFCを4月に初めて、ゴールデンウィークの時点ではまともに飛べるようになってた。日向さんも、数年のブランクを短い期間で取り戻してみせた。でもそれはすべて、ある程度基本ができていたからだよ。あの人たちは天才だと思うよ。でもどんな天才だって、基本がしっかりしているものなんだよ。どんなに奔放に見えても、その裏ではしっかりと基本を反芻してる」
洸輝「……」
莉佳「確かにFCは、グラシュは体格によって細かい姿勢の調整なんかをしなきゃ速くなれない。でも、基本はみんな同じなんだよ。明日香さんや日向さんを見てて、本当にそう思った。だから、まずは基本から入らないと。基本が完成する前にできた応用なんて、そんなのまぐれでしかないし、未完成なんだよ」
洸輝「……」
莉佳「君の中に、日向さんが見えた。君は、明日香さんに似てる。でも君は、、そのどちらでもない。君は君だから、さ。とんでもない近道をしたあの人たちと同じ道を通って、近道するしかないんだよ」
それがぱっと見、近道じゃなくってもね。
莉佳さんはそう言うと、次の番のために並び始めた。
思い出せ。インターネットの記事を。
倉科明日香の急成長の裏には、何があった?
日向昌也の成長には、なにがあった?
優秀なコーチ? それはもちろんだろう。
指示に従うこと? ……今できていなかったが、それも当然なのだろう。
他には? 他には、なにが――。
莉佳「さ、私たちの番だ」
考えはぐるぐるとまとまらない。あとわずか、届きそうで届かない位置に、答えが置いてある。
莉佳「さっきと同じように、けどさっきとは変えて。変えるのはやり方じゃなくて意識。準備はいい? 詩緒ちゃん」
詩緒「……、はい!」
詩緒は、切り替えられたようだ。
俺は――。
莉佳さんが、勢いよく飛び出した。
詩緒の待つ場所へ向かって、一直線――いや、上昇した。
下降して速度を得るローヨーヨーとはあえて逆、上昇してから一気に下降する、ハイヨーヨーだ。
それを詩緒ははっきりと見ている。さっきよりも速くなってやってくる莉佳さんを、観察して見極めようとしている。
俺はというと、完全に出遅れていた。だからこそ、こんなゆったりとした状況把握ができる。
慌てて出るよりは、少し観察してみようと思った。
サボったわけじゃない……と、少し心の中で弁明してみる。
でもおかげで……足りないものが何だったのか、わかった気がした。
莉佳さんを、詩緒を見ていてふと、思ったことがある。
――この人たちみたいに飛んでみたい。
おそらくは、それが答えなのだろう。
俺はまず、まっすぐ前に出て勢いを得て、それから上昇に転じた。
莉佳さんほどスムーズではないし遅いけれど、見よう見まねで――あんな風に『飛ぶんだ』と、そうイメージさせながら。
>>178 訂正
イメージさせながら→イメージをしながら
目の前には詩緒ちゃん。
さっきとは目つきが違う。闘争心溢れる目だ。やっぱりファイターはこうでなくっちゃ。
莉佳「いくよ!」
詩緒「はい!」
上に行く? 下に行く? それとも右? 左?
今までと同じようなフェイント。正確な判断を下すのは難しい。
でもきっと、詩緒ちゃんは反射的に、今度こそ当たりを引いて来る。そんな気がする。
だから私は、ちょっとした小技を使うことにした。
詩緒ちゃんの近くで、腰をはたくように手を動かす。
日向先輩、明日香さんの得意技。
まるでその技は、傍から見ると天使の羽のよう――
バチィッ!
詩緒「な――!」
莉佳「エンジェリックヘイロウ、応用版だよ」
洸輝「……」
あの、メンブレンが弾けたような光の散り方と急加速は……エンジェリックヘイロウの応用版。
バランサーオフの、グラシュ本来の速さからさらに、羽を伸ばした速さ。
洸輝「……すげえ」
バランサーオフすらままならない俺には、できない。でも、格好いい。
洸輝「いつか……いや、できるだけ早く」
バランサーオフのエンジェリックヘイロウ応用版を身に着けて――あの速さで、飛んでみたい。
その後数回その一対二をした後、実験的に一対三をやって(結論は一対二に慣れてから、ということになった)、その日の練習は終わった。
俺はその莉佳さんに、個人チャットで呼び出された。
莉佳「ごめんね、夜に呼び出しちゃって」
洸輝「いえ、大丈夫です。今日はいつもほどキツくはありませんでしたし。それよりも莉佳さん、寝なくてもいいんですか? 明日試合だからここにいるんですよね?」
莉佳「大丈夫。私の試合午前中といっても午前の最後だから、ある程度余裕はあるんだ」
……本当にそうなのだろうか。
莉佳「それに、いつもと違って早く寝ると逆に調子くるっちゃうから。いつもどおりが一番」
そう言う莉佳さん。けれど顔を見てみると、わずかな緊張で頬が引きつっているのがわかった。
高校生の全国優勝者でも、試合前の緊張は皆同じらしい。まあ、俺にはまだ試合経験があるわけじゃないが。
莉佳「ここ二日はどうだった?」
莉佳さんがそんなことを聞いてきた。
洸輝「どうだった……。そうですね、入学してからの毎日が全部濃いですが、そのなかでも特に濃かったです」
莉佳「あ、そっか。ずっと君のFCを見てたから思い浮かばなかったけど、一年生だもんね。四月は私も大変だったなー」
そういえばそうだった、と莉佳さんは笑った。
莉佳「中学で頑張ってて、名門の高藤に入学して。もう二年かあ、早いなあ。そういえば日向さんに会ったのも、二年前の今頃だったなあ」
莉佳さんが懐かしそうにして、頬を赤く染めた。
莉佳「あー……初対面は……でも、まあ……。うん、気にしたら負け、気にしたら負け」
なにやらぶつぶつと呟いていたが、意味は分からなかった。
莉佳「その後ゴールデンウィークに久奈浜との合同練習があって。佐藤院先輩張り切ってたなー」
懐かしそうに話す莉佳さんに、もう緊張の色はなくなっていた。
莉佳「そうだ! 合同練習!」
洸輝「え?」
唐突に莉佳さんが声を上げた。
莉佳「ゴールデンウィーク……は難しいけど、夏休みとか、時間がある時に、どうかな?」
洸輝「お、俺に聞かれましても。あ、いえ嬉しいですけど」
俺に合同練習を決める権限はない。一年生だし。
莉佳「あ、ごめんごめん。そうだね、後で美亜ちゃんに言うことにする」
ふふ、と莉佳さんが笑った。
宵闇に光る電灯が莉佳さんの顔を照らし出した。
ふわりとした笑顔に、一瞬ドキッとする。
莉佳「うん、そうと決まればすぐ行こう。ごめんね、つき合わせちゃって」
莉佳さんは立って、そう言った。
さっきの笑顔は、微笑になっている。
洸輝「……そうですね。戻りましょう」
俺は動揺を隠しつつ、そう答えた。
翌朝。
莉佳さんは一足早く会場入りするそうで、朝起きて食堂に降りると、既に一人だけ朝食をとっていた。
莉佳「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
……すごくガッツリいってた。
試合前だろとか、朝から豚肉の生姜焼きかとか、その量は女の子として以上に同じ人間として大丈夫なのかとかいろいろツッコみたかったが、勢いが凄すぎてツッコむことができなかった。
唖然としているうちに、食堂にいた寮母さんの一人が追加を持ってきていた。
莉佳さんはそれを無言で見て、目を輝かせ、口の中に物があるためしゃべらずぺこぺこと感謝を伝えていた。
洸輝「おはようございます」
寮母「おはよう。彼女、すごいわ。朝早くから作ってほしい、って言われることは多々あるけれど、たいていはお弁当で、食べてるところを見られないのよね。こうしてがっつり食べてるところを見ると、早起きした気があるわあ」
どうやら、寮母さん的にはうれしかったらしい。
莉佳「ふぁ! んっんんっん!」
「ん」のリズムから察するに、「ちょっと待って」といったところか。
莉佳「はー……お肉幸せ……♪」
皿の上の肉を食べ終えて、莉佳さんは幸せそうなため息をはいた。
莉佳「あ、ごめんごめん。ここの食堂のごはん、おいしくてつい。なにか用かな?」
洸輝「いえ、俺は偶然早く起きただけなので。コンディションはどうですか?」
莉佳「まあまあかな。緊張がいい塩梅になってきたから」
莉佳さんが不敵に笑った。
美亜「お、早いねーお二人! もしかしてもしかする!?」
莉佳「しないよー。というかいくら私の試合がゆっくりでも、開会式があるから九時には着いてないと。一緒に行くなら急いで?」
小梢「はいよー」
ばたばたしつつも、莉佳さんとFC部の先行組は無事バスに乗り、会場である大学付近の海辺に着いた。
詩緒「うっぷ……」
悠佳「バスの中でスマホするからだよ……。詩緒ただでさえ車酔いしやすいのに」
詩緒「ごめん……」
悠佳「みなさん先に行ってください。落ち着いたら追うので」
美亜「しっかりね~。体調管理も、選手の仕事のうちだから」
詩緒「すみません……」
『全国大学フライングサーカス選手権』。
そう看板が掲げられた海岸近く。
早朝にもかかわらず、既にちらほらとフライングスーツを着た男女を見ることができる。
飛んでいる人たちはウォーミングアップだろうか。
そんな俺たちのところに駆け寄ってくる影が一つ。
「りーかー!」
莉佳「真白! どうしてここに?」
やってきたのは、白い髪を長いツインテールにした女子だった。
フライングスーツではなく、『ましろうどん』と書かれたエプロンを身に着けている。
真白「莉佳とみさき先輩が勝負するって聞いたから、いてもたってもいられなくなって」
莉佳「それでわざわざ閑東まで? え? でもその格好は……」
真白「選手としてじゃなくて、真白うどん後継者として、かな。昌也先輩経由で運営に許可もらったんだ。激しい運動の前後に、コシの強い麺、あごから出る出汁! 日向昌也や倉科明日香も食べて練習したましろうどん! FCプレイヤーに宣伝して、ゆくゆくは世界展開を――」
莉佳「真白。ストップ。後で行くから、大丈夫だから」
真白「あ、ご、ごめん。莉佳試合なんだもんね。じゃ、うどん作りながら応援してるから!」
莉佳「みさきさんとどっちを?」
真白「えっ!? そ、それ聞くの!?」
動揺する真白さんを、笑って眺める莉佳さん。からかったらしい。
莉佳「あ、こちら閑東の高藤の生徒さんだよ、真白。で、この子が全国二位の有坂真白さん」
美亜「有坂msr!?」
理亜「こ、ここここ言葉になななななってませんんんよ姉さん」
二人とも動揺しすぎじゃないかな。莉佳さんのときは一体どれほど準備したんだろうか……?
莉佳「それじゃ、私は本部の方に行ってきます。美亜たちはどうするの?」
美亜「どうするもなにも。ボクたち何も予定ないからねえ」
真白「じゃあよかったらうどん食べない?」
小梢「朝食べてまだ時間が経ってないから、お昼にします」
莉佳「小梢、砕けた口調でいいよ。真白も同い年だし」
真白「うん。あんまりかしこまられない方が楽でいい」
小梢「わかった」
真白「あ、じゃあさ! 莉佳が用事終わるまで、テントでゆっくりしていってよ! 後から人混みの中合流するのって大変だろうし」
美亜「それもそうか。じゃあ、お邪魔させてもらおうかな?」
真白「うんうん、それがいいよ!」
小梢「……忙しそうだね」
真白「まあ、ね。麺はあらかじめ打ってあるものだけど、出汁はよく見てないと」
美亜「何か手伝えることある?」
真白「うーん……本当は一人でできなきゃいけないんだけど……。せっかくだし手伝ってもらおうか。テントの裏に荷物があるから、それを取ってきて看板とか立ててもらっていい?」
美亜「わかった。洸輝」
洸輝「……はい」
俺かあ。まあ、看板とかいかにも重たそうなものを女子に運ばせるわけにもいかないか。
……そういえば、有坂さんはどうやって運んだのだろう……?
そんなふうに店を手伝っているうちに、莉佳さんの出番がやってきた。
大会の開会式の最後、高校生のトップである莉佳さんと、大学生の代表が行うエキシビションマッチ。
真白「すみませーん! お昼時ですが、一時営業を中断させていただきます! 並んでおられる方には整理券を配布しますので、また後程おいでください! 再開は、エキシビションマッチの後になります! セコンドをしますので、お店を一時中断します! 現在食べられている方は、そのままどうぞお食べください!」
並んでいる人たちからは若干の文句もあったものの、多くは「セコンド頑張って」という応援の声があがった。
真白「すみません、ありがとうございます! よろしければ見ていってください!」
宣伝をしながら、真白さんが走っていった。
美亜「それじゃあ、行こうか私たちも! 勉強させてもらおう!」
真白「え……な、なんであなたたちが……!」
「ん? いやぁ、高校生で大学生の大会に招待選手として参加して優勝しちゃうような子に頼まれたら、断れないよ。まあ、日向くんが捕まらなかったからの代役らしいけど」
麗子「わたくしに頼ればよかったのですわ。同じ大学の同じサークルですのに。わざわざ先輩に頼まなくても……」
「まあまあ佐藤くん。彼女いわく、感覚的なFCに、佐藤くんは向いてないそうだから」
麗子「佐藤院、ですわ! まあ確かに、わたくしと彼女の、パートナーとしての相性は良くありませんが……」
「それと有坂くん。僕たちが相手だからといって手を抜く必要も、気負う必要もない。いつも通り、全力でね」
真白「はい。それはわかってますけど……。わざわざ東京に来たんですか?」
「それは僕も同じことを言うよ? 僕たちは大学生だけど、君はまだ高校生なのに」
真白「莉佳に頼まれたら、二つ返事するにきまってるじゃないですか」
「はは、確かに! 君はそう言いそうだ」
麗子「先輩。セコンド同士、礼をしなくていいんですの? 上ではやっているようですわよ?」
「そうか。そうだね。それじゃあ、お手柔らかに頼むよ、有坂くん」
真白「それこっちのセリフですよね!? ……こちらこそよろしくお願いします、真藤さん、佐藤院さん」
莉佳「お手柔らかにお願いします、みさき先輩」
足元に広がるのは、大きく広がった水色の羽。
相手の足元には、本人の闘争心を現したかのような、バチバチとした黄色い羽が広がっている。
私の相手。見知った、何度も一緒に練習した――天才の一人。
『二度目の久奈浜の奇跡』、その一角。
みさき「こちらこそよろしくね、莉佳ちゃん」
鳶沢、みさき。大学一年生にして、同世代にプロ以外の敵なしと謳われるファータータイプのスカイウォーカー。もちろん、バランサーオフ。
みさき「さぁて、バチバチしようか!」
弥生「さあ、はじまりますフライングサーカス大学選手権閑東予選! そのエキシビションマッチ! 一年度で最も早いフライングサーカスの公式大会になりますこの大会、今回は秋季高校選手権覇者の市ノ瀬莉佳選手、仇州大学の鳶沢みさき選手を招いての招待試合となります! 実況はわたし、條西大学二年、清水弥生がお送りします!」
如月「解説のサークル顧問、如月だ」
会場に大音量で、実況席の音声が流れ始めた。
弥生「選手だけでなくセコンド席も豪華です! ヨーロッパリーグにてプロ活動中の真藤選手、高校選手権準優勝の有坂選手! 今日はありがとうございます」
その声に応じてお辞儀を返す、セコンドの二人。
そして。
ぷー、とタイマーのブザーが鳴った。
試合開始、だ。
定石を無視するからこその、奇襲。不意打ち。
鳶沢さんの履いたグラシュから流れる黄色い軌跡が、凄まじい勢いで莉佳さんのところに昇っていく。
真白「莉佳! 下から来た!」
莉佳『え?』
莉佳さんの声は聞こえないが、真白さんの動揺した声はセコンドに近い位置にいる俺たちにはっきりと聞こえる。
一成「まったく。彼女にもいつも驚かされる。倉科くんにも、日向くんにも……」
うつむきながら、真藤さんは笑う。
一成「君たちの楽しいFCを、僕に見せてくれ」
みさき『さあて、莉佳! バチバチするよっ!』
バァチィッ!
上空ポジションが基本的に有利なFCで、相手の不意を突いて下からやってきた鳶沢さんと、上にいた莉佳さんが衝突して、反重力子がぶつかったことによる火花のようなものが散る。
弥生「おおっとスパーキング! 鳶沢選手、なんと上空の市ノ瀬選手を捕えました! 得点ではありませんが、どうでしょう先生!」
如月「少なくとも、一ノ瀬選手の理想の流れでないことは確かだ。ここで踏ん張れれば市ノ瀬選手の流れに、市ノ瀬選手を崩すことができれば鳶沢選手の流れに傾くだろう」
莉佳『わあああどうしようピュッホ~~!!』
真白「莉佳、とりあえず落ち着きなよ! あとその呼び方懐かしい!」
真白さんの声が焦っていた。
真白「みさき先輩すぐ来るよ! 宙返りでかわして!」
弥生「市ノ瀬選手、鳶沢選手の二度目の攻撃を、見事かわしました! そのままブイに向かいます! 一方鳶沢選手は早くもショートカットを選択したようです」
如月「なんとかしのいだ、といったところか。二つ目のブイも市ノ瀬選手がとるのだろうが、ドッグファイトになったときに連続得点される可能性を考えると、全く油断のできない点差だろう」
洸輝「……そうなのか?」
メディアでそういう事例は数多く見ているものの、莉佳さんの実力を信じている俺からすると、連続得点されるなんて考えられなかった。
詩緒「十分あるわ。確かに市ノ瀬先輩は強いけど、鳶沢さんは『久奈浜の二度目の奇跡』のメンバーだから……。油断はできない、どころか、連続得点はともかく、ドッグファイトでの失点は避けられないと思う」
俺はこの時、まぁ詩緒の憧れのひとだから過大評価しているのだろう、程度にしか思っていなかった。
この考えが崩されるのは、時間にして僅か20秒未満、試合がサードラインに移ったときだった。
弥生「市ノ瀬選手、二つ目のブイを取って2対0!」
如月「ここからだな」
今度は鳶沢さんから突撃することはなく、待ち構えるようにして静止していた。
真白「スピードで逃げ切る? 逃げ切れる?」
莉佳『どうだろう……。上から一気に行ってみようか』
真白「上を安全にいく?」
莉佳『うーん……そうだね。下に行って抑えられても厄介だし、ちょっと上から行こうか』
莉佳さんが降下しながら加速していく。
ものの数秒で最高速まで達すると、鳶沢さんに近づいていく。
速度を維持したまま、鳶沢さんの上を抜けようとする。
この速度なら――
莉佳『行ける!』
みさき『いやぁ、それはちょっと甘いんじゃないかな?』
一成「有坂君。市ノ瀬君」
その時テントで、真藤選手が呟いた。
結果を予測していたような、完璧なタイミングだった。
一成「バランサーオフの高速程度で抜き去られていては、彼女は『第二の久奈浜の奇跡』とは呼ばれていないよ」
バチィ! と、メンブレン同士が激しくぶつかった音。
莉佳さんが、上に弾かれた。
莉佳『っ!』
前方向への勢いが完全に殺されたわけではないが、弾かれた衝撃で大きく減速する莉佳さん。
鳶沢さんは体勢を立て直し切る前の莉佳さんの背中を狙って、二人の間の距離を詰めていく。
真白「莉佳、かわして!」
もう手が届く、というタイミングで、なんとか体をひねって鳶沢さんの手をかわした莉佳さんだったが、立て直しかけていた態勢が再び崩れてしまっていた。
ただ、さっきと違い、今度は鳶沢さんが近い。
みさき『さぁ、一つ目!』
向かっていった勢いをエアキック・ターン(メンブレンをうまく扱い、蹴るようにして勢いよく方向転換する上級技)を使って反転すると、再び莉佳さんに襲い掛かる。
莉佳『やぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
これを、体をひねって回転し、浮袋で弾く莉佳さん。
が――
みさき『甘い!』
鳶沢さんが向かっていった状態から急激に減速して、一瞬ふわりと浮いたように見えた。もちろん見えただけだが、その一瞬は莉佳さんの錐もみ飛行とはとても言えない、無茶な回転を簡単にかわすには十分だった。
弥生『鳶沢選手、〈パラシュート〉です! そして――!』
みさき『まず1点!』
きゅいん! と、背中タッチをしたとき特有の音が響いた。
弥生『一点を返しました! 1対1!』
>>202 修正 盛大にミスってました
弥生「一点を返しました! 2対1、市ノ瀬選手リード!」
みさき『それっ! それっ!』
莉佳『きゃぁっ!?』
点数では莉佳さんが勝っているのに、試合の流れは確実に、鳶沢選手にある。
けれど、幾度となく接触して体勢が崩れていても、最初の一点以降、背中を取られることなくかわし続けている。
一成「鳶沢くん。一度ブイタッチをして仕切り直そう。最後の一手に時間がかかりすぎている」
みさき『……本音は不服ですけど、反抗しない方がよさそうですね。本音は不服ですけど』
一成「二度言わなくても。それに君ががつがつ行くタイプのファイタータイプのスカイウォーカーなのは僕も知っている。仕切り直して、次のラインで勝負すればいい」
みさき『はーい』
真白「莉佳! みさき先輩がブイに行った! ショートカットして待ち構えよう」
莉佳『……うん、わかった』
真白「……どうしたの、莉佳」
莉佳『格好いいとこ、見せたかったんだけどなー、と思っただけだよ』
真白「なに言ってるの莉佳。試合はまだまだ始まったばかりなのに。切り替えないと。莉佳らしくないよ?」
莉佳『……うん、ごめん。ちょっと気合入れる』
真白「がんばれ!」
莉佳『任せて!』
弥生『鳶沢選手がブイタッチし、試合は振り出しの2対2! 二人がフォースラインに移りました』
さっきのサードラインでの一方的な展開が、まだ目に焼き付いている。
しかも今度は、立場が逆転している。
鳶沢選手が有利な上をとり、莉佳さんが迎え撃つ。
詩緒「鳶沢さんの性格ならドッグファイト仕掛けそうだけど……。冷静に考えるなら、さっきの市ノ瀬さんみたいにブイ狙って躱した方が……」
詩緒が冷静ぶって呟いているけれど、顔がドッグファイトを期待していた。
――いけ。魅せてくれ。
わくわくに満ちた顔だった。けれど同時に……震えてもいた。
洸輝「……」
自分たち二人がかりでもあれだけ苦戦した莉佳さんが、攻撃を防ぐだけで精一杯だった。
じゃあ、俺たちだったならどうなのだろうか?
弥生『鳶沢選手、まっすぐ市ノ瀬選手に向かっていきます! ドッグファイト真っ向勝負! 市ノ瀬選手が特攻を躱して背中を――え?』
躱して背中を狙う莉佳さんに、鳶沢選手が翻ってエアキック・ターンをした。
超近距離で反転してきた鳶沢選手に、莉佳さんは反応した。が――
みさき『さぁ、バチバチしようよっ!』
鳶沢選手の振った腕、そのひじの部分にある浮袋が、莉佳さんを弾いた。
勢いよく飛ばされる莉佳さんをすぐには、鳶沢選手は捉えられない。でも、確実に次のブイから遠くなるように弾いている。
洸輝「すげぇ……」
あの莉佳さんを、翻弄している人がいる。
空で、自由に、優雅に、強く、舞っている。
洸輝「すげぇ……!」
自分より強いと知っている人が、負けかけている様子。それはかつて、真藤一成と乾沙希の、仇州夏大会の決勝戦のようで。
洸輝「……はは。楽しくなってきた……!」
――洸輝の姿は、かつてそれを見て「楽しい」と言った、倉科明日香のようだった。それがわかる人は、この場にはいなかったが。
――そんな洸輝とは対照的に。
真白「莉佳! 背中来るよ!」
莉佳『うそ、もう!? いくらなんでも、みさきさん速すぎない!?』
真白「嘘じゃない! みさき先輩、この数ヶ月でものすごく速くなってる!」
高校生トップ組は、苦戦を強いられ苦悶していた。
一成「……鳶沢君。あとで一戦やる余裕はあるかい?」
みさき『んー……。このまま、真白たちがなにもできないのなら。でもそれ、あの子たちに失礼ですよ真藤さん?』
一成「ああいや、すまない。そんなつもりは全く。久しぶりに君の飛んでいる姿を生で見たからね。ちょっとわくわくしているんだ」
みさき『そうですかー。……っ、取った!』
莉佳『うぅっ!』
きぃん! と、莉佳さんの背中で、メンブレンが弾かれた音がする。
弥生「鳶沢選手、連続得点です! このドッグファイトで三連続得点! 2-6! 鳶沢選手リード!」
如月「……差が空いてきたな」
弥生「逆転不可能なほど離れているわけではないのでしょうが、このままの勢いだと難しそうですね」
如月「…………解説のいらない実況ありがとう」
弥生「す、すすすすすみません!? 決してそんなつもりではっ」
如月「抗議してないで仕事しろ。また鳶沢選手が背中をとったぞ」
…………結局その後も、莉佳さんが逆転をすることはなかった。点数的にも、形勢的にも。
真白「おつかれ、莉佳」
莉佳「ありがと真白。ごめんね、負けちゃった……」
戻ってきた莉佳さんに真白さんが声をかけた。
真白「いやわたしこそ、サポートできなくてごめん……。みさき先輩、どんな感じだった?」
莉佳「経験の差、かな。一瞬一瞬の判断の差が、どんどん広がっていく感じ」
真白「強い人と試合することでできる勘ってあるもんね。みさき先輩はその傾向強かったし……。うん、また目標が大きくなった!」
真白さんが鼓舞するように言って、莉佳さんも同じように答えた。
莉佳「そうだね! また頑張らなくちゃ」
洸輝「先輩。莉佳さん、なんだか大丈夫そうですね」
ほっとしたように俺は呟いた。が――
美亜「……洸輝。君はさっきまで何を見ていたんだい」
洸輝「……え?」
美亜「点差は広がっていく一方。状況も改善できない。自分の力が通じない。――これが悔しくなかったら、高校生のトップになんてなれてない」
理亜「負けた悔しさをかみ殺して、『エキシビションマッチの選手らしく振舞う』ことに専念する。伊泉くん、これがどれだけ大変なことか、理解しようとしてみてください」
美亜「ボクは、彼女はすごいって思うよ。FCが上手いとかそういうことじゃなくて、もっと他のこともさ」
改めて莉佳さんを見ると、鳶沢選手に挨拶をして選手控えの更衣室に行くところだった。莉佳さんは俺たちを見ると軽く手を挙げたが、その手にあまり力が入っていなかった。
そしてすぐさま顔を背けると、急ぎ足で更衣室へと入っていった。その肩を震わせながら。
>>188 追加(後から見ると矛盾だらけだったので)
莉佳「まあ、真白が東京にいるのは私がセコンド頼んだからなんだけど。まさかうどん作るとは思わなかったよ」
真白「まさかわたしも許可下りるとは思ってなくて―」
……二人のミニコントを見た気分だった。
一成「おかえりみさき君。すばらしい結果だったね」
みさき「ちょっとやりすぎたかもしれないですけどね。やらないと一ノ瀬ちゃんの練習にもならないし、と思って。で、真藤先輩、やるんですか?」
一成「場所と時間があるようならやりたいかな。少し聞いて来るよ」
小梢「美亜~。了承もらってきたよ。ただし、一回戦の始まる30分前には切り上げなきゃいけないから、あと十数分だけど」
美亜「おっし十分! じゃあグラシュ持ってる人は飛ぶ準備して! 練習っぽくしないけど、貴重な海上練習時間だよ!」
洸輝「……え?」
本部と観覧席を往復してきて小梢先輩が告げ、美亜先輩がマネージャー先輩と悠佳に声をかけた。
ででん、と並んだのは、会場に来ている人の分のグラシュ。
洸輝「……まさかとは思いますけど、これメインじゃないですよね?」
美亜「まさか。あくまで莉佳の試合を見ることと応援がメイン。ただ、サブがないとは言ってないだけで」
にや、と笑う美亜先輩に、俺は唖然としてしまった。海で飛ぶことが、もはや執念じみている。
美亜「あ、マネズは悠佳ちゃん残してましろうどん手伝ってくださいお願い」
寺元「了解、部長」
美亜「っしゃー、飛ぶぞー!」
>>209 修正 寺元→楓 三年生マネージャーの寺元楓さんです
真白「……莉佳、大丈夫?」
莉佳「……うー、ふぅうー……。うん、大丈夫」
真白「はいドリンク。テントに忘れてたよ?」
莉佳「……ごめんね、ありがとう真白」
真白「もう、まったく。いくらみさき先輩が強いって言っても、さっきの試合、莉佳らしくなかったよ?」
莉佳「なんていうか、本当、翻弄されてた。見たことある動きのはずなのに、その一つ一つのキレが知ってる動きじゃないというか。もっと練習しなきゃいけないなぁって思ったよ」
真白「そっか……。あ、莉佳。ハンカチ使う?」
莉佳「……ありがとう真白。大丈夫、タオルはあるから」
真白「うん。お疲れ様、莉佳」
莉佳「う……ん……っ! 私、真白、真白ぉ……っ! 負けちゃったよ……!」
真白「よしよし。落ち着いたら、うどん食べにテント行こうか。それまでは、わたしそばにいるからさ」
莉佳「あり…………がとぉ、ぴゅっほぉ……」
真白「……もう。莉佳ってば」
一成「っねえ、鳶沢くん!」
みさき「なんです、真藤さんっ!」
パキィン! と背中にタッチしながら聞きかえした。
一成「あの子、どうしたのかな」
みさき「え?」
ふわりと浮いた俺を見て、真藤選手たちの動きが止まってしまう。
洸輝「あ、えっと……。近くで見させてもらっても、いいですか?」
そんな俺の言葉が意外だったのか。真藤選手と鳶沢選手は顔を見合わせて。
みさき「真藤さん?」
一成「僕は、妨害をしないのなら構わないよ。見られて困るってものでもないし」
みさき「真藤さんが言うのなら、私もいいや」
洸輝「あ、ありがとうございます!」
思ったよりすんなり了承してくれて、こっちが意外なくらいだった。
みさき「待つことはしないけど、いいかにゃー?」
洸輝「むしろ全力に近い飛行を、見せていただけると嬉しいです」
みさき「……ついてこれるの?」
それは、鳶沢選手なりの心配だったけれど、否定したのは俺じゃなかった。
一成「大丈夫じゃないかな? 君のグラシュ、バランサー少し切ってるだろう?」
一成「僕はバランサーオフに苦労したからね。段階的に切っていく方法で練習していたから、少し切ってる状態の『羽』がわかるんだよ。流石に何%かまではわからないけど」
そう真藤選手は言った。
みさき「そうは言いますけど、もし間違ってたら恥ずかしいですよ真藤さん」
洸輝「真藤選手の言った通り、少しバランサーを切って試し飛びしている段階です」
みさき「なぁんだそっかぁ」
鳶沢選手が少し残念そうに言った。
みさき「それじゃまぁ、続きしますか真藤さん」
一成「そうしようか。君も準備はいいかい?」
洸輝「お願いします」
一成「それじゃあ用意……スタート!」
その掛け声で、二人が一斉に飛び出した。
俺も、少し切ったバランサーに流されつつも、追いかけようとして――
洸輝「……はっや」
ものの数秒で、おおよそブイ間の距離の半分以上の距離を空けられてしまう。
けれど、強くなるには。見なければ。できる限り近くで。
洸輝「いいや違う」
あの二人の試合を、あのバランサーを切っての高速飛行を、自分のモノにするために、見に行くのだ。
とりあえずは、莉佳さんの飛行をイメージしながら……。
洸輝「まっすぐに。余計な行動を入れていたら、俺じゃああの人たちに縋ることもできない」
感覚を研ぎ澄ます。
胴体から指先に至るまで、すべてに意識を向けるように。
目を瞑り、僅かに深く呼吸する。
膝を曲げて足元にメンブレンを集中させ、平泳ぎのように蹴り出して足をのばす。
初速を得たら、可能な限り片膝を挙げて上昇する。
あの人たちに、追いつくために。
無理だとわかっていても、せめて近くに――。
一成「ねえ、鳶沢くんっ」
みさき「なんですか真藤さん」
一瞬止まって話しかけ、油断した鳶沢選手に真藤選手がスイシーダを放つ。下方向に、腕で叩きつける技だ。
一成「彼、すぐそこだよ」
叩きつけられた先には、上昇する俺がいる。
一成「手を伸ばせ! 背中にタッチだ!」
言われて俺は手を伸ばす。が。
みさき「そう簡単には取られない、にゃぁっ!」
くるり、と反転した鳶沢選手に、逆にスイシーダをくらわされてしまった。
洸輝「のわっ!?」
状況についていっていない頭で、とりあえず急停止をかけるために大の字に腕と足を広げた。
一成「いやー、ごめんごめん。上がってくるのが見えたから、つい」
そんな俺と、ため息をついている鳶沢選手のところに、真藤選手は微笑を浮かべて降りて来た。
一成「そろそろ時間だ。地上に戻ろうか」
一成「いやあ、ほんとごめんよ鳶沢くん」
みさき「ほんとですよ。すごくびっくりしたんですから」
降りてきて、『出張ましろうどん』でお昼を取る2人を横目に、俺はお手伝いに奔走していた。
流石に水を飲んだりはしたが、お昼はまだだ。空を、バランサーややカットした状態で飛ぶのはいつもより体力を消耗する。加えてさっきは、2人の動きを見ながら追いつくために全力飛行をしていた。お腹が減って仕方がない。
ちなみに莉佳さんは、有坂さんの配慮で隅の方の席に着き、山盛りの肉うどんの3杯目にとりかかろうとしていた。目元が赤くなっていたが、もう俺は、それをわざわざ問い詰めたりはしない。
みさき「というか真藤さん。あのタイミングであの子が見えてたんですか?」
一成「見えていたというか、見たんだよ。ちゃんとついてきてるのかなあって。思っていたより早くて驚いた」
ちらりと真藤選手が俺を見た。
洸輝「ご注文ですか?」
2人の手元にはすでにうどんがあるが、そういうことにすれば話を聞けるかもしれないと思った。
一成「ああいや、大丈夫だよ」
洸輝「失礼しました」
大人しく引き下がった。そう言われてしまえば、別に用があるわけではないのだとわかる。
……ただ、真藤選手に果敢に話しかけるのは俺だけではなかった。
洋行「あの、真藤一成さんとお見受けします。自分は、閑東高藤学園のFC部顧問、坂巻洋行と申します。少々お話よろしいですか?」
先生だ。
一成「ええ、大丈夫ですよ。あ、ねえ君。これはどこに持っていけばいいかな?」
洸輝「ゴミ袋のある場所に汁を捨てる流しがあるのでそこに汁を捨てて、器は隣の袋の中に入れてください。割りばしも同様です」
一成「わかった、ありがとう。それじゃあ鳶沢君、また今度」
みさき「お疲れ様です~」
そう言って真藤選手は立ち上がり、先生と話をするべく店を出た。鳶沢さんは、4杯目を平らげたところだった。
みさき「はぁ~~~、食べた! ありがとね真白~」
真白「いえいえみさき先輩! 戻ってもお願いしますよ!」
ひょいと置いていたバッグを担ぐと、鳶沢選手は莉佳さんの机に向かった。
みさき「りーかちゃん!」
莉佳「んむっ、んっ、んっ……ぷぁ、なんですか鳶沢さん」
みさき「夏大会に向けて本腰いれないと。このままだと真白に負けちゃうかもよ?」
莉佳「…………」
みさき「おせっかいだけどね。さっき飛んでた子も真藤さんが言うにはバランサー切ってたみたいだし。ゆっくりしちゃ――」
莉佳「大丈夫です」
みさき「――」
莉佳さんの声が、思ったよりいつも通りだった。
莉佳「もう格好悪いとこ、見せられないですから」
美亜「莉佳っちもう帰っちゃうんだね……」
莉佳「恒例の、久奈浜とのゴールデンウィーク合宿があるから早く戻らないと」
美亜「やーだー! もっと莉佳っちと遊ぶ―!」
小梢「いやそこは帰してやれよ」
駅の新幹線ホームに行く改札口の前で、部長はわんわんと泣いていた。
半分くらい演技が入ってそうな泣き方だと思ったが、あとから小梢先輩が「あれガチだぜ?」と言っていた。
莉佳「それじゃあさ、美亜。公式戦で会おうよ」
美亜「公式戦」
莉佳「そう。夏の、私たちの最初で最後のインター・ハイ。全国大会なら、確実に会えるからさ」
それは部長への激励のようで――莉佳さん自身の、インター・ハイ出場宣言でもあった。
莉佳「だから、勝ち上がってきてよ。それが終わったら、流石にちょっとオフになるからさ」
まあこの人の場合、二年前のような「突然全国クラスの選手が二人出てくる」(倉科明日香と乾沙希)ようなことがなければ、余裕をもって全国大会に出るのだろうが。
莉佳「SNS使えるから、連絡は取れるでしょ?」
美亜「うん……ぐす」
莉佳「私、美亜たちと会えてよかった。全国に向けて、頑張っちゃうんだから! みさき先輩にも、負けてられないし!」
莉佳さんはぐっと手を握ってみせると、ぱっとそれを開き、腕を上げた。
莉佳「それじゃあ、また夏に!」
小梢「ああ。色々ありがとう。莉佳」
莉佳「こちらこそ、小梢!」
美亜「うええええ、うええええん」
理亜「姉さん、ちょっと静かに」
結局グダグダになってしまったが、莉佳さんは見送りに来た俺たちに手を振りながら、改札を抜けていった。
美亜「行っちゃったね」
洸輝「そうですね」
莉佳さんを見送った帰りのバスの中。
部長はなぜか、俺の隣に座りたがった。たぶん、こうしてひそひそ話をするためだろう。
美亜「鳶沢選手の飛び、どうだった?」
洸輝「速かったです」
美亜「知ってるよ。大切なのはそこから何を得たか。何を学んだのかを聞いたんだよ」
洸輝「バランサーオフでの姿勢、ですかね、技術的なことならば」
美亜「掴めそう? コツ」
洸輝「なんとか。慣らしは必要ですけど、直線はまともに飛べると思います」
美亜「そりゃすごい」
洸輝「技術的なことでないもので言えば……一点にかける姿勢、でしょうか」
美亜「続けて」
洸輝「はい。俺は今までスポーツとか、勝負がつきもののことをしてきませんでした。だから、『どうして勝ち負けにこだわっているんだろう。負けて泣くくらいだったらしなければいいのに』って、思ってました」
部長は黙ったまま、俺の話を聞いていてくれた。
洸輝「今日の莉佳さんを見て、勝った鳶沢選手や真藤選手を見て……。これだけやりこんで、打ち込んで、時間と努力を捧げて、それが負けという形で返ってきたのなら、確かに悔しいんだろうなって……。こういう勝負事で努力する難しさは、試合をやって悔しい思いをしないとわからないものなんだってわかりました」
美亜「そか。それで、洸輝はどう? この勝負事の世界に、もう片足を突っ込んじゃったわけだけど。ずっぷりはまりたい?」
小学生で習い事じゃない。本気でやりたいなら、それだけの覚悟が必要だ。
もう、高校生なのだから。
洸輝「入り、たいです。負けることを恐れて何もしないんじゃあ、変われないと知ったので」
勝利という快感を得るために、負けることを恐れて、練習をする。その意味を、俺はようやく理解した気がした。
莉佳さんが帰った翌日の午前中。莉佳さんから教わったことを生かすため、練習メニューや今後の予定を見直す部活ミーティングが開かれた。
昨日莉佳さんの試合を見に行った人は飛んでいるから、午後からは全体で部活は休み。ゴールデンウィークの中休みとなった。
美亜「ボクは一対複数の練習入れてもいいと思うんだけど、どうかな?」
小梢「練習時間は限られてる。何かを削るか?」
理亜「いえ、いくつかのメニューを一セット減らすことで対応できるかと。一つに対する練習量が少なるのは少々苦しいですが、一対二や三は、価値のある練習だと思うので」
とここで少しひっかかって、隣の詩緒に小声で聞いてみる。
洸輝「なぁ、なんで練習時間が変わらないのに苦しくなるんだ?」
詩緒「そのメニューで培うはずだった能力が、伸びにくくなるかもしれないでしょ。『そこがあれば試合に勝てたかもしれない』ってなる可能性があるでしょ。まあ一対多を入れなかった場合も、その可能性はあるんだけど。ようはどっちを取るかってことよ」
洸輝「……なるほど」
いい練習だから即取り入れよう! とはいかない訳か。特にFC部は、飛べる時間が限られるからな……。
美亜「理亜ちゃんあー言ってるし、入れてもいいかな? みんな」
そう言って部長が部員を見渡していく。
頷きや笑みで返すメンバーを見て、部長が大きくうなずいた。
美亜「じゃ、そういうことで! この議題は終わり。これで全部終わったけど、何かある人?」
洋行「あ、自分から一つ」
洋行「昨日の大会で、僕は少し縁を広げてきました。歴史の浅い高藤閑東FC部に縁というものは、大会で勝利するに等しい、今後を思うとそれ以上の意味を持つものになります。あ、いえ、皆さんの勝利をないがしろにするつもりは全くないですよ、もちろん。言葉の綾です」
坂巻先生は慌てて訂正をした。慌てなくともわかっているんだけどなぁ。
洋行「というわけで、そこで出会った方にゴールデンウィーク中だけ、外部コーチをお願いしました。市ノ瀬さんのとき同様、しっかりと学んでください!」
部員「「「はい!」」」
莉佳さんの後の人。坂巻先生が誰を引っ張ってきたのか……察しはつくけれど、だからこそ期待感が高まる。みんな同じなんだろう。
洋行「僕からは以上です」
美亜「他に何かある? ……なさそうだね。それじゃこれでミーティングを終わります。また明日、練習でね!」
一同「「「お疲れ様でしたー!」」」
洸輝「……あれ、坂巻先生も?」
洋行「いやぁ、こういう学生ならではのノリ、結構好きなんですよ。僕だって顧問とはいえ、閑東高藤FCの一員ですから」
そう言って坂巻先生は笑った。
それから数日後。
先生が呼んだコーチが、練習に参加する初日が来た。
土曜日だが、帰省した生徒は部活に参加していない。詩緒は明日、家に日帰りするらしく、今日は参加で明日は参加せず。俺もそれを聞いて、同じスケジュールにしてみた。
颯汰は昨日から帰っていて、日曜から練習に参加するらしい。部長と理亜先輩に連行される形だった。
いつもよりかなり少ない参加メンバーでわいわい話していると、部室のドアがノックされ、音が響いた。坂巻先生だ。ぴたりと、話し声が止んだ。
洋行「皆さん集まって……は、いませんね。帰省組のことは聞いていますから、仕方ないですが。それでは、特別コーチの方、お入りください」
入ってきたのは――
一成「はじめまして。……と、一部には久しぶり。仇州高藤学園FC部OB、真藤一成です。短い期間だけど、よろしく」
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません