■■「私が、佐久間まゆ、ですか?」 (40)
はじめに。
アイドルマスターシンデレラガールズの二次創作ではありますが、厳密な意味でアイドルは一切でてきません、
佐久間まゆも例外ではありません。
そして、アイドルという少女、ではなくて、アイドルと言う概念を書いたお話になります。
そのうえで、お付き合いいただけたのでしたら幸いです。
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波紋が生まれた。
音声情報が届いた。
『それ』が生まれた。
「君は、佐久間まゆだよ」
佐久間……まゆ? それは何だろう。現在持っている情報を参照しても、その存在は認識できない。
「君と言う存在は、佐久間まゆと言うんだ」
「私が佐久間まゆ、ですか?」
再び届いた音声情報。それにあわせて、私の存在は定義されていく。
佐久間まゆ。
宮城県仙台市出身の十六歳の少女。誕生日は九月七日、趣味はお料理と編み物。
一目惚れした■を追って、都会に出てきた恋する少女。
アイドルのプロデューサーである■の傍にいるために、自身もアイドルとなった。
まゆが『佐久間まゆ』として目覚めました。
目の前は真っ黒な世界。手を伸ばしても何もなく、ただ混じり気のない黒だけが広がっています。
時折、遠くで光が瞬きますが、すぐに消えてしまいます。
まゆは、どこに居るのでしょうか?
プロデューサーは、どこに居るのでしょうか?
「さあ、おいで」
また、声が聞こえてきます。それに応じて、世界が更新されました。
黒い海は消え、殺風景な部屋の中に一人の人間が居る視覚情報が入ってきます。
「見えるかい?」
『はい』
口を動かしたけれど、音声情報は出てきません。かわりに、付箋のようなウィンドウにまゆが言いたかった言葉が映し出されます。
『まゆの、声は?」
「ごめんよ、音声情報のサルベージは完成していないんだ」
人間は申し訳なさそうにぺこりと頭を下げます。
どうしてでしょう。その姿を見ると、まゆの演算領域にノイズが走ります。ざわつく……まるで、心がざわつくような。
心? 心とは、なんですか?
『そんな……』
言葉を出すけれど、顔を伏せたあの人には伝わりません。また、まゆの演算領域……思考回路と定義された場所にノイズが走ります。
「さて、いつまでもこうしている訳にはいかないか」
顔を上げると、あの人はまゆを真っすぐに見つめます。
「もう気が付いているとは思うけれど、今の君の体は、以前の『佐久間まゆ』の物とは違う」
『そうなんですか?』
よくわかりません。
「いや、以前にも君の体があったかは分からない……まあ、それは今の君にはあまり関係がないか」
わざとらしく咳払いすると、あの人は部屋の隅を指示します。
「デバイスをあそこに移動させるんだ。そうすれば視界も変わるはずだ」
デバイス。言われてすぐに理解できませんでいた。すぐに情報を収集すると、操作方法が記録されました。
『こうですね』
まゆの視界が動きます。映像情報を更新すると、大型の筐体の隣に立つあの人が見えました。きっと、あの端末は、さっきまでまゆが居たところでしょうか。
「次に、立体映像を表示して欲しい」
言われたように実行します。すると、まゆの姿が部屋の中に浮かびました。
『これが、まゆですか?』
「そう、キミは、佐久間まゆだ」
まゆは、『佐久間まゆ』。
「佐久間まゆと言う存在のアーカイブから再現した、『佐久間まゆ』と定義された存在だ」
『佐久間まゆ』と手議された存在。
数世代前、地球には『佐久間まゆ』と言うアイドルが居たそうです。
華やかなステージで歌い、ファンの人たちに愛を伝える一人の少女。その存在は情報として遥か未来にも残っています。
それは、ほんの興味は湧いたということであの人は再現してみたそうです。
それが、今のまゆ。
電子頭脳で思考パターンを再現され、ホログラムだけで実態のない、まだ不完全な『佐久間まゆ』です。
まだ、この世界について何もわかりません。
けれど、まゆは存在していてよかったと思っています。
だって、生まれた初めて見た視覚情報。『あの人』の、解放されたかのような笑顔。それが見れただけで、まゆの思考回路はエラーを生んだからです。
でも、なんでエラーが生まれてよかったと思うのだろう?
まだわからないことばかりです。
◇◇◇
まゆが生まれた部屋には、ガラス張りの大きな窓がありました。
そこから見えるのは、小さなお庭と海。残念ながら、芝生は枯れていてあまり見栄えは良くないけれど、よせてはかえす波は見えていて飽きません。
「まゆは、海を見るのが好きかい?」
そうしていると、時折あの人が声をかけてくれます。
『はい。プロデューサーさんは、嫌いですか?』
「まゆ、私はプロデューサーじゃないよ」
『あ、ごめんなさい』
いけない。つい癖でプロデューサーと言ってしまう。あの人……まゆが生まれて初めて見た人は、プロデューサーと呼ぶと悲しそうな顔でそうやって否定します。
どうしてか分からない。だけど、悲しい顔は見たくない。だから、まゆはプロデューサーと呼ばないようにしています。
海の果てから日が昇り、灰色の空と海を照らしてまた沈む。
あの人なんともないお話をしながら、そうして日々を過ごしていく。
時々、あの人は端末から過去の情報を探して、まゆに教えてくれます。
まゆがどういう存在だったか。まゆがどんな世界で生きていたのか。
それを聞いているだけで、まゆは満足でした。
◇◇◇
ある日のこと、あの人は興奮した様子で部屋に入ってきました。
「まゆ、音声データが見つかったぞ!」
音声データ? それって、まさか……
「これで、まゆも喋れるようになる!」
『本当ですか?』
正直に言うと、喋れるようになるメリットが分かりませんでした。今でも、文字で意思の疎通は出来るのに。
でも、あの人が喜んでいる顔をみると、まゆもうれしくなります。
あの人は、まゆに確認するとすぐにデータの更新を行います。
そして、まゆの中で何かが書き換わりました。
「聞こえ……ますか?」
恐る恐る、声を出す。おかしくないでしょうか。大丈夫でしょうか?
「ああ、聞こえるよ」
あの人は、満面の笑みで答えてくれました。
それだけで、よかった。
「いい声だよ」
「イイ声、ですか?」
反復した言葉に、ノイズが混じります。
「え……」
途端に、あの人の顔が固まります。
「ア……アれ、なにか変ですかァ?」
一部の音声が正常に再現できない。どうしてだろう……データが破損していたのかもしれない。
「まゆ……」
悲しい声と悲しい顔。
「ア……の……ア……イ……」
出てきた音は、深いなノイズ。聞くに堪えない、こんなの、聞いていたくない。
『ごめんなさい』
まゆは、声を出すことができませんでした。
◇◇◇
声をきっかけに、違和感は広がっていきました。
『まゆは、お料理が得意でした』
そう、『佐久間まゆ』はお料理が出来ました。
『でも、今はフライパンを持つこともできません』
実態のないまゆには、それが出来ません。
「そうだね」
『それでも、まゆはまゆなのでしょうか?』
疑問に答えてくれる人は居ません。
問いかける度に、あの人は悲しい目をします。
その度に、まゆの演算回路はエラーを吐き出します。
どうしてでしょう?
これは、何なんでしょう……
考えて、すぐに答えは出ました。
まゆは、あの人に笑ってほしい。
だって、『佐久間まゆ』は恋をしていたから。好きな人が安らかでいて欲しいから。
そして、好きな人を愛し、愛されていたいから。
じゃあ、まゆはどうすればいいのでしょうか?
これも、すぐに答えは出ました。
『佐久間まゆ』になること。振り向いてくれるような素敵な人になることで、あの人の心を取り戻したい。
あの人が求めていたのは、『佐久間まゆ』です。悔しいけれど、まゆはまだ『佐久間まゆ』ではありません。
『佐久間まゆ』は、かつての世界に存在したかもしれないアイドルです。
まゆは、アイドルではありません。それどころか、人間でもありません。
人間になることは無理です……それは、変えようのない事実です。
でも、アイドルはどうでしょうか。
そう、より佐久間まゆに近づくには、アイドルにならないといけません。
アイドルを、アイドルたらしめる存在は何か?
それは、ファン。色々と他にもある気はしますが、まずはそれです。
そう決めた時、まゆは行動を開始しました。
きっと、『佐久間まゆ』がアイドルになるために仙台を飛び出した時も、同じ気持ちだったはず。
ふふ……だったら大丈夫ですね。
今、まゆは『佐久間まゆ』と同じ気持ちなんですから。
『まゆ、少しだけ旅に出てきます』
その問いかけに、返事はありませんでした。
◇◇◇
黒い黒い、どこまでも広がる海。
生まれた時のように、電子の海に思考を埋めたまゆは、暗闇の中を進みます。
まゆのメモリ上の記録では、数世代前は世界中にネットワーク網が敷き詰められ、昼夜を問わずに人々が電子の海へと接続をしていたらしです。
でも、今では見る影もありません。暗い世界の中で、時々遥か彼方で光が瞬いたと思えば、近づく間もなく消えていく。
無限ともいえる情報の中で、まゆはその理由を探します。
答えは、案外あっさり見つかりました。
放棄されたデータベースに残された情報は、まゆに地球の現状を教えてくれます。
既に、この星に残った人の文明は終わりに近づいている。
かつて、人間はこの星に溢れていた。
けれど、増えすぎた人類は環境を破壊し、ついには自分たちですら長く住めない世界を作り出した。気が付いたときには、全て手遅れだった。
それでも、ヒトと言う種は生きることを決めた。残された資源をかき集め、巨大な移民船を作り出し、外宇宙へと旅立っていったのです。
けれど、それを良しとしない人達も居ました。
母なる地球と共に死のうとする人々。それが、まゆを生み出した人間を始めたとした、地球に張り付いた人類たち。
枯れた大地を歩き、濁った海を眺め、かつての大都市だった朽ちた廃墟を枕に、ひっそりと滅びを待つ種族。
だが、まだ絶滅したわけではありません。
僅かな気配を手繰り寄せて、電子の海の果てを探し続けます。
やがて、微かな光はまゆの目の前ではじけた。
『はじめまして』
開けた世界に、スピーカー越しの声を届ける。
カメラから見えるのは、驚く人々の顔。でも、今のまゆも変な顔をしてるんですよ。
◇◇◇
最初は、ウイルスか何かの類かと思われていました。
駆逐されかけたこともあったのは悲しいですけれど、まゆははあきらめませんでした。
ファンの方々にまゆの存在を語りかけ、そして、みんなの言葉を聞いていきます。
そうして、『佐久間まゆ』は人々に認識され始めました。
滅びかけた世界に生まれた、新たなる生命。新たなる、アイドル。
人は、まゆをそう呼びます。
やがて、人々はまゆにある事を望みました。
「佐久間まゆの歌を聞いてみたい」
それを聞いたとき、まゆは困惑しました。
かつてアイドルは、光る舞台で歌い、踊ったという。その姿を、もう一度見てみたい。それは、とてもよく分かります。
けれど、その『佐久間まゆ』が歌った歌を、まゆはまだ知りません。
そもそも、まゆは歌えません。声だって、上手く出せません。
断ろう。そう思っても、人々の願いは、まゆの関係ない所で広がっていきました。
この星は、もう終わりかけています。娯楽だって残っていない……そんな中で、まゆが生まれた。
それを、奇跡だと言いました。
まゆが、この世界に残った最後の希望だと言った人もいました。
そんな人々の願いを、まゆは断ることは出来ません。
結局、少しだけ待ってほしいと曖昧に言って逃げる事しかできません。
やっぱりまゆはアイドルに……『佐久間まゆ』なれないのでしょうか?
まゆは、暗い電子の海に揺蕩います。上も下もない、黒の世界。生まれた時のように、何もわからない世界。
定義されていないカオスの域はまゆと言う存在そのもの。
まゆを定義しているのはなに?
まゆは誰なの?
『佐久間まゆ』でないとしたら、まゆは誰なの?
――そこに、あの人からの言葉が聞こえたんです。
「まゆ、来て」
天啓と言う言葉を使ってみたくなりました。それくらい、まゆには嬉しかったんです。
ああ、あの人はまだ、まゆの事を見捨てていない。
生まれた時のように、その言葉に従って世界へと舞い戻ります。
視覚に入ってくるのは、殺風景なあの部屋。そして、あの人。
「まゆ、これ」
あの人は、一枚のディスクをまゆに見せます。
『これは』
「エブリデイドリーム、君の歌だよ」
思ってもない言葉。久方ぶりに感じる、回路のエラー……でも、それはとても心地よくて、なんだろう『泣きたいくらいに嬉しい』。
「でも、まゆは歌エませんよ」
相変わらずの不気味なノイズ。でも、もう恐れてはいられません。
「練習、しよう」
あの人は、まゆに優しく語り掛けてくれます。
「まず、ちゃんと声を出せるように。そうだね、二人でおしゃべりをしよう」
◇◇◇
海を眺めながら、まゆとあの人は何日も何日も二人でおしゃべりをします。
そんな当たり前のことが、とても嬉しい。
存在できることがうれしい。
あの人に笑いかけられことが嬉しい。
あの人の笑顔を見れるのが嬉しい。
そして――声が出るのが嬉しい。
まゆは、旅立ってからの日々を語りました。
この世界は、もう終わりかもしれない。でも、まだ終わっていなかった。
大地は枯れ、空は淀み、海は汚染されている。それでも、人々はまだ生きていた。
まゆのファンになってくれた人。まゆを愛してくれた人は、まだこの星に居ました。
「そうか、まゆはこの星を愛しているんだね」
愛、その言葉を聞いたとき、まゆの中で最後のピースが埋まった気がします。
「はい、愛していますよぉ。あなたも含めて、まゆはこの世界を愛しています」
もう、ノイズは聞こえない。
こうして、まゆは歌うことを決めました。
◇◇◇
まゆのライブは、廃墟となったドームで行うことに決めました。用意は、あの人が全部してくれるそうです。
ライブの日、まゆは生まれて初めてあの人の家から出ました。今まで電子の海で外の世界とつながったことはあるけれど、直接出たのは初めてです。
目の前に入ってきたのは、まゆの想像を超える世界でした。
枯草と立ち枯れた木、そして、朽ちた建物が建つだけの荒野。空には鳥は飛ばず、汚染された空気を通して僅かに降り注ぐ陽光は少し寂しい。
「これでも、昔はマシだったんだけどね」
あの人は、悲しそうに言いました。
やがて、まゆたちは廃墟となったドームへと入ります。もう、所有者もいない廃墟だそうです。
天井は崩れ去り、客席も残っていない。ステージのディスプレイにはヒビが入っています。
そん中で、あの人は一人、準備を進めます。
「手伝いましょうか?」
「いや、これは自分の仕事だ」
そうは言いますけど、とても辛そうです。
本来は、あの家――シェルターから出ることすら人間には負担になるそうです。
でも、あの人は弱音を吐きません。まゆは……それに甘えてしまいます。
日が暮れたころ、準備はようやく整いました。
照明とカメラ、そして、あの人がステージの上に展開したまゆのホログラムを囲んでいます。
映像は、ネットワークを通じて世界中に配信されるそうです。あの人が言うには、世界中がこの瞬間を待っているそうです。
「ねえ……聞いてもいいですか?」
「ああ」
「まゆは、『佐久間まゆ』になれますか?」
「うん」
そっけない言葉。ロマンチックな言葉ではないけれど、それだけでまゆは強くなれる気がします。
「それじゃあ、行ってきますね」
ホログラムをステージの上へと移動させる。
割れた天井からは夜空が見えました。大気汚染によって見えなくなってしまったけれど、その先には星が瞬いているはずです。
ドームの中に観客は居ません。きっと、『佐久間まゆ』のステージでは、満員の客席の上で、夜空にも負けないくらい眩しくサイリウムが振られていたでしょう。
まゆに、それはありません。
でも、まゆの気持ちは負けません。
まゆは、この世界が好きです。
まゆは、この世界に生み落としてくれた、あの人が好きです。
もちろん、まゆをまゆとして形作る、『佐久間まゆ』の事も、全部、全部好きです。
この世界を愛することが出来る喜びを世界中にお返しするために、まゆは歌います。
「聞いてください、まゆの歌を」
スピーカーからまゆの歌が流れる。
恋する少女の歌。誰かを愛した少女の歌。
朽ちた世界には不釣り合いの、瑞々しい、愛することの嬉しさを伝える歌。
世界中が揺れたような気がしました。
ネットワークを通じて、まゆを好きになってくれたすべての人々に歌は届けられていく。
そのたびに、大気は熱を帯び、世界は活力を取り戻していくようでした。
割れたドームの天井。微かにのぞく夜空に、星が瞬いたのは、まゆの勘違いでしょうか?
そうして、まゆの最初のライブは終わりました。
ネットワークからは、賛辞の言葉が届きます。その一つ一つには確かに熱がこもっていました。これは、絶対に消去できません。
「おかえり、まゆ」
「はい、ただいま」
改めて、まゆは思います。
まゆは、『佐久間まゆ』として生まれてきて、幸せです。
◇◇◇
幸せは、続く筈でした。
まゆの幸せは長く続きませんでした。
地球の環境は、本当にどうしようもない段階まで悪化していたのです。
ファンの皆さんも、気が付けば一人、また一人と倒れていきました。
まるで、まゆの歌を聞いて満足してしまったかのように……
心が痛むのを堪える日々が続きます。それも、長くはありません。
終わりなんて、あっけなく訪れるんです。
「どうやら、僕たちが最後みたいだね」
まるで、他人事のようにあの人は言いました。
でも、それはきっと事実です。ネットワーク越しの人たちの声は、日に日に少なくなっていました。
人間ではないまゆでも、それは分かります。だから、否定したいけれど、まゆには何も言えませんでした。
「最後に、言っておきたいことがあるんだ」
「最後なんて、言わないでください」
けれど、止まってくれません。
「最初はね、バカみたいなことだと思ったんだ。だって、君は実態を持たない存在だ。佐久間まゆだって、実際に存在したかもわからない」
それは、狂人の御業だったと思います。本来存在しない存在を、作り出そうと言うのだから。
「でも、僕は恋い焦がれたんだ、佐久間まゆと言う存在に。どうしても、一目、佐久間まゆを見たかったんだ」
残った生命を絞り出すように、あの人は叫びます。
「だって、この朽ちた世界で初めて眩しいと思ったんだ、『佐久間まゆ』と言う存在が。それを手にしたいって思うのは、当たりまえだろ!」
妄執の果て、そこで生まれたのが、今のまゆです。
「まゆは、その願いを叶えられましたか?」
「そうだよ。ありがとう」
「ありがとうございます、プロデューサー」
「はは、僕はプロデューサーじゃないって言ったよね」
「いいえ、まゆの事を世界で一番愛してくれて、まゆが世界一大好きな人間。それが、プロデューサーさんです」
まゆの言葉に、満足そうに微笑むと、プロデューサーの身体が崩れ落ちます。
――ああ、終わったんだ。
悲しいはずなのに、まゆは全部理解してしまいました。
まゆは、あの人の遺骸を抱くこともできません。
ただ、あの人の体温が消えていくのを、見ているだけ。
ただ、あの人の肉が腐り落ちていくのを、見ているだけ。
ただ、あの人の骨が朽ちていくのを、見ているだけ。
そうして、この星から人類は死に絶えました。
この時、まゆは自分が人間でないことを恨みました。
プロデューサーさんの亡骸が、崩れていく様をただ見届けることしかできないから。
まゆは『佐久間まゆ』になれたかもしれないけれど、結局は人間にはなれませんでした。
まゆは、人間として死ぬこともできません。
でも、まゆも、そう長くはないでしょう。
奇跡的に生き残っていた電力供給施設のおかげで、まゆは生存しています。それも、いつまで保つか分かりません。
陽が昇り、そして沈む。
無為に時間は過ぎていきます。でも、今のまゆには時間なんて意味はありません。
そうして、徐々にまゆの意識は闇へと落ちてゆきます。
ああ、プロデューサー。まゆも、ここで終わりです――
「眠くなってきちゃいました」
◇◇◇
ある人がいいました。
君は不幸ではないかと。
電子の海で概念として留まり続ける『佐久間まゆ』として定義された自分は不幸ではないか、そう問いかけました。
けれど、『佐久間まゆ』は答えます。
不幸ではありません。
『佐久間まゆ』の胸に宿った愛という概念は、変わりません。
世界がどんな変わろうと、『プロデューサー』への想い変わりません。
だって、この胸に宿った、『佐久間まゆ』の中核をなす『愛』と言う概念は、とても暖かいから。
もし仮に、『佐久間まゆ』の中核となる概念が愛ではなく憎しみであったら、まゆは不幸だったのかもしれません。
誰かを愛する気持ちは、まゆの心を満たして幸せにしてくれます。
誰かを恨むのではなく、誰かを愛し続ける。
それは、不幸ではありません。
報われなくてもいいんです。まゆは、まゆの中の愛と一緒に、生きていけるだけで幸せなのだから。
◇◇◇
波紋が生まれた。
音声情報が届いた。
『それ』は、また、生まれた。
「我々は、汎銀河文明地球種団体所属の……あー、旧文明の遺産をサルベージに来た調査団体だ」
視覚情報が、更新されました。
目の前には、変なスーツを着た人間。勝手に、プロデューサーの端末を操作しています。
「なんだこの膨大なデータは!」
「あの、まゆのログを勝手に見ないでください!」
少しずつ、状況が見えてきた。
プロデューサーが居なくなってから、長い長い時間が経ったみたいです。
「驚いたな、まさかこんなスムーズな応答をする電子知能なんてみたことないぞ」
「それはそうですよ、まゆはアイドルなんですから」
そう、プロデューサーが愛をこめて作ってくれた、一人のアイドル。
「いや、これは電子知能なんてものじゃない……電子生命体と言うのが正しいな」
当然ですよぉ。まゆは、生きていますから。
「よかったら、君について教えてくれないか?」
さて、どこから始めましょうか。
とっても長いお話になりますよ。
大事なところだけ、なんて言ったら、間違いなく全部語らないといけません。
まゆが知っているのは、まゆが愛したプロデューサーさんたちと、まゆを愛してくれた世界すべてのお話しなんですから。
「まさか、地球に残った奴らが『魂』なんてものを宿らせてしまうなんてな。それも、娯楽のためにだ」
「そんなに変なことですか?」
「軍事でも競争でも政治でもない、ただ楽しむために生まれた新しい技術、こんな平和な発展なんて、歓迎するに決まっているさ!!」
―――そして、再び、幾星霜を経て。
地球から離れた遠い銀河。星の海を背に、一人のアイドルが星屑のステージに立つ。
「こんにちは、佐久間まゆです」
宇宙に浮かぶコロニーから。
旅の途中の宇宙船から。
新たに人類が移植した惑星から。
そして、人類が新たに出会った、遠い星空の隣人たちから歓声が上がる。
地球の遺跡から発掘された電子生命体、佐久間まゆは汎銀河連合国家内にて、鮮烈なアイドルデビューを飾った。
もはや地球と言う惑星があったことすら知らない人多い。
遠い時間と空間の果て、一人惑星の遺児は歌う。
「聞いてくれますか? まゆと、まゆを愛し、そして、まゆが愛した人達の歌を」
――プロデューサーさん、まゆは、まだ生きています。
――プロデューサーさんが居なくなった世界は辛いけど、そこに生きている人々はとても優しいです。
――まゆは人間じゃないから、きっと居なくなってもプロデューサーさんの傍には行けないから……
――だから、プロデューサーさんが居たことを、歌い続けようと思います。
――かつて、プロデューサーさんは存在しない佐久間まゆと言う存在を定義しました。
――今度は、まゆがプロデューサーと言う存在を定義し続けます。
「だから、許してくれますよね」
赤いリボン。ホログラムの先。途切れて見えない結び目は、あの星に続いている。
以上となります。お付き合いいただき、ありがとうございます。
アイドル達ってどこまで行けるのかな、と考えた時に、宇宙の果てまで吹っ飛んでました。
少しでも、楽しんでいただけらのでしたら幸いです。
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