前川みく「野良猫のお兄さん」 (43)

「猫好きに悪い人はいないと思うにゃぁ」と豪語するみくにゃんがPの元に押し掛けるまでのお話です

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「前川さん、なかなか売れないねぇ。どうしたもんかな」

優しい声音に、貼り付けたような笑顔。
真面目そうな、うーん、好青年? がみくに声をかける。

事務所の会議スペース――といっても間仕切りが置いてあるだけで、そこかしこを社員さんがせわしなく動いている。
ま、別に誰に聞かれても困ることはないけど。

「前川さん自身なんか考えとかある?」

もうこの質問も何度目だろう。
みく自身がうんざりしているんだから、これを訊ねる社員さんもきっとうんざりしているんだろうなぁ。
でも、今回は秘策があるし!

「えっと、色々レッスンで頑張ったんですけど、それだけじゃ足りないみたいなんで、キャラが立つように頑張るつもりです」

「へぇ、いいじゃない。具体的には?」

「可愛いねこチャンとして頑張りたいです!」

みくが大好きな可愛いねこチャン。ねこチャンになりきれば、みくでもきっと――

「あー、猫、猫ねぇ」

あ、あれ? なんだか反応がよくない?

「動物アイドルって路線はいいけどさ、猫なんて使い古された部分で攻めてもねぇ」

「で、でも、みくは本当にねこチャンが好きで、それにねこチャンにも詳し――」

「ああ、はいはい。じゃ、前川さんの好きにやってみて。うちはやりたいようにやらせるのが第一だからね。はい、じゃミーティング終わりね、これ次回のオーディションの資料だから」

「ちょ、ちょ――」

はぁ、と息を吐くと、その社員さんは立ち上がって時計をひと睨み。
あたかも忙しい、って態度を出しつつ部屋から出て行った。

「一応、ねこチャンでやっていけるって決まったし、これでいいか。そうだ、今日からねこチャンだし、喋り方も日頃から意識しなきゃ……にゃ?」

私、前川みくのアイドル活動はなかなかどうして上手くいっていない。

いっちばん可愛い女の子になる、それがみくの夢だった。
可愛い女の子の頂点といえばアイドル、って思って色んな所に応募して、それで合格したのが今の事務所。
もうその頃はウッキウキで、これから前川みく伝説が始まると思っていたけど――

アイドルになってから一年近く、未だに全然売れない……。
うーん、アイドルになったって言っていいのかな、それすらもいまいち分からない。
だって、お仕事らしいお仕事をした記憶はないし……。

社員さんもやる気があるのかないのか、どうなんだろう?
寮も用意してくれるし、悪い会社じゃないとは思うんだけど……。
プロデューサーがついてくれたことはないし、定期的なミーティングもころころ人が変わる。
それなのに質問自体はほとんど同じ。

みくだって、最初の頃は社員さんにたっくさん相談しにいったり、アドバイスを受けにいってたんだけど、そのうち煙たがられるようになっちゃったなぁ。
他にもアイドル志望の子はいるけど、そんなみくを白い目で見る子ばっかり。
一緒に頑張ってた子は、気づいたらどんどんいなくなってるし……。

ううん、環境のせいにしちゃいけないよね! 
逆境を乗り越えた先に成功があるんだ、って思ってみくなりに頑張ってきたんだ。
でも――

「前川さんねぇ、確かに可愛いけど、君レベルの子はたくさんいるしなぁ」

「うーん、ダンス・ボーカル・ビジュアル、どれをとっても悪くはないんだけど、抜きんでたものはないねぇ」

「あー、さっきのオーディションの子。ごめんごめん、余り印象に残ってなくて」

「うーん、パッとしないねぇ」

「君、なんか武器になるようなものないの? ……ああ、いいや。次の子」

オーディションは不合格、不合格、不合格!
みくの素の魅力じゃ全然太刀打ちできないみたい……。
だから、今度はねこチャンとして頑張るんだ……!

ふふふ、今度こそ前川みくのアイドル伝説のはじまり! ……のはず?

「前川さん、今回もダメだったようですね。どうしたい、とか考えてますか?」

二週間後、みくの前にはメガネをかけたかっちりした印象の人が座っている。
いつものミーティング、いつもの質問。

ま、でも今回は前向き川みくだよ!

「しばらくは……ううん、みくはねこチャンとして頑張るにゃ!」

確かに、オーディションには通らなかったけど、今までで一番感触は良かったし!
それに、可愛いみくが、可愛いねこチャンになりきるんだから、もっと可愛くなるのは当然、のはず……。

「はぁ、そうですか。分かりました、頑張ってください。では、これが次のオーディションの資料です。何か質問はありますか?」

「大丈夫にゃ!」

みくがそう言うと、その人はそそくさと席を立って出て行った。
大丈夫、大丈夫、次は絶対…!

でも、それからも二度三度と同じ質問が投げかけられた。
結果が出ないことにイライラして、そして何より、何にもしてくれない社員さんたちにもイライラが募っていった。

「――ということで、なんか質問あります? ないようなら――」

「あの」

「はい?」

はぁ、と一息。
面倒くさそうに浮かせた腰を下ろす社員さん。

むぅ……!

「どうした方がいい、とかアイディアとかないのかにゃ?……ううん、ないんですか!?」

「プロデューサーをつけてくれたり、ちゃんとしたトレーナーさんについてレッスンする機会を増やすとか、そういうこともなんでできないんですか!?」

「みくは、どうすれば……!」

気づいたらガタン、と立ちあがっていた。
でも、大声でみくが喚きたてたのに、部屋の中は何もなかったかのよう。
誰もこちらに気を留めない、何事もなかったように時間が進んでいく。
コピー機の音やキーボードを叩く音が耳にうるさい。
何も、何も変わらない。みくだけ、この部屋のどこにもいないみたい。

「前川さん、アイドル辛いですか?」

「……は?」

まるで台本を読み上げるように感情のない声。
社員さんの顔からは表情が読み取れない。

「いやぁ、確かにうちの事務所じゃなかなか結果出せてないし、大変ですよね」

「えっと、あの――」

「前川さんがもう辞めたいというなら私たちはその意思を尊重しますよ」

「……え?」

「おっと、私にも用事があるので、すみませんがここで失礼しますね。いつでも相談に乗りますよ」

そんな、決まり文句だけを残して社員さんが去っていく。

みくは、社員さんが席を立ってからもしばらくその場を動けなった。
頭がくらくらする。

「なに、どういうこと?」

ふらふらと寮に戻って、布団に倒れる。
さっきの言葉は、結局どういうことだったんだろう?

最初は、やんわりとアイドルを辞めるように勧められたのかと思った。
でも、それだったらもっと早くにそう言われてるだろうし、あんな遠回りに言うこともない、はず。

きっと、ただ言葉の通り、みくが辞めたくなったらお好きにどうぞ、ってそれだけ。
でも、こんなのって――

「あんまりにゃ……」

みくの意志を尊重する、なんて体のいいことを言って、みくにまるで期待してないし、興味もないってこと。
みく、なんのためにあの場所にいるんだろう。

「……なんだか、野良猫チャンみたい」

気が向いたら餌はくれるけど、でも、それだけ。
外に囲って、都合がいい時だけお世話して、あとは面倒を見てくれない。

「これから、どうしようかにゃ……」

ぼやっと目が覚める。

「……あー、あのまま寝ちゃったんだ」

外はうっすら暗くなっている。

「よーし、落ち込んでても仕方ないし! 気分転換にお散歩に行こうっと……あ、一応変装はしておかないと」

仕事道具の猫耳は外し、メガネをかけて外に出る。
ま、変装してもしなくても、声をかけられるほど有名じゃないけど、スイッチの切り替えは必要だもんね。

ひんやりした風が頬を撫でる感触が気持ちいい。
最近はこの時間にお散歩に出るのが楽しみの一つ。
気まぐれで始めたけど、この間素敵なところを見つけたんだ!

寮から歩いて10分と少し、真新しいビルに隣接する公園。
そこそこ広い園内には、ブランコやすべり台、アスレチック遊具が置いてあって楽しい。
砂場の頭上には藤棚、他にも大きな木が何本も植わっていて、その周辺にベンチがいくつかある。

昼間に覗くと小さな子どもたちが賑やかに遊んでいるこの公園だけど、この時間の主役は――

ミャーミャー

そう、ねこチャン!
毎日うっすら暗くなるこの時間に何匹か集まってくるみたい。
気づいたら、毎日この時間に来るようになっちゃった♪

「ふふふ、こんばんは♪」

結構ここに来るねこチャンたちは人慣れしてる。
みくが寄っていっても全然驚かないし、場合によっては向こうからすりすりしにきたりする。

「ほーれごろごろ~」

特に懐っこい白いねこチャンがみくになでられて満足そうに喉を鳴らす。
他の子たちは、遠巻きに見ていたり、興味なさげにベンチで丸くなったりしている。
触れる触れないにかかわらず、ねこチャンたちをこうして見ているのは楽しい。

「やっぱりねこチャンは可愛いなぁ」

ねこチャンを可愛がっていると、そわそわと何匹かが公園の入り口近くまで歩いていって鳴き始める。
そっか、そろそろあの人が来る時間だ。

「おーい、猫ちゃんたち、エサだよー」

隣のビルからスーツ姿の男の人がエサやらなにやら抱えて出てくる。
言い終わるか言い終わらないかといううちに、残りのねこチャンたちもパタパタとその人の方へ駆けていった。

何度かこの公園まで散歩しにきているうちに分かったこと。
あの人――野良猫のお兄さんってみくは呼んでいる――が、毎日のように同じ時間に野良猫チャンたちのお世話をしているらしいこと。
野良猫のお兄さんはそこのビルで働いているらしいこと。
そして、野良猫のお兄さんがとても野良猫チャンたちに懐かれていること。

「羨ましいなぁ……」

お兄さんとねこチャンたちを見てぽつりとつぶやく。

エサの用意を終えたお兄さんがこちらに気づく。

「こんにちは、今日も来てたんだね」
 
「はい! ここのねこチャンたちに会いたくて」

「あの子たちも君には結構懐いてるみたいだね。嫌がられない程度に遊んであげて。あ、でも勝手にエサあげたりしちゃだめだよ」

「もちろん、分かってます!」

「余り遅くならないうちに帰るようにね」

「はーい」

そう言って、お兄さんは公園の掃除を始める。
あれは、猫用のトイレかな? お兄さんが管理してるんだって。
食べるだけ食べたねこチャンたちはお兄さんの後をついていったり、そこらでゴロゴロしはじめたり。
ふふふ、楽しそう♪

昔からねこチャンが大好きだったみくも、野良猫にエサをやりたいな、って思ったことは何度もある。
でも、お母さんとお父さんにダメだよ、って言われて「なんでなんで」って泣いたこともあったっけ。

そんな私に、野良猫の面倒を見るってどういうことか、懇々と説明してくれたお母さんとお父さん。
ちょっと餌をやるだけ、っていう関わり方がどれだけ無責任で、どれだけねこチャンを不幸にするのか。
猫カフェによく通うようになったのはあの頃からかな?

それから、自分でもいっぱい調べて、ねこチャンとどう接するかはある程度弁えてる、つもり。
だからこそ、どうしても気になってお兄さんに訊いたことがある。

「あの、野良猫のお世話はやっぱり毎日してるんですか?」

「俺以外に面倒を見てもらう日もあるけど、だいたい毎日かな。お世話をするってそういうことだしね。ましてや野良猫だから、途中で放り出したら周りにも、そしてこの子たちにとっても迷惑で、何よりかわいそうだからね」

そう言って、優しい顔でねこチャンたちと触れ合うお兄さん。
きっとねこチャンたちもそういうことが分かってるのから懐いてるのかな、なんて。

「きっと、お兄さんはいい人なんだろうなぁ」

ほとんどお話することはないけど、みくにはそう思えて仕方なかった。

「……さて、帰ろうかな」

野良猫のお兄さんが来ると、ねこチャンたちはこっちには見向きもしないしね。
お世話を頑張ってるお兄さんの邪魔も出来ないし。

一応、お兄さんに一言だけ声をかける。

「お世話お疲れさまです。そろそろ私は帰ります」

「気を付けてね」

「はい、ありがとうございます」

公園のねこチャンたちにも挨拶していく。
ほとんどの子はお兄さんに夢中みたいだけどね。
みくが振り返ると、ねこちゃんがお兄さんにお腹を撫でられていた。いいなぁ。

ま、みくもねこチャンたちと触れ合えたし、いい気分転換になったな。
何より、ねこチャンが可愛いって改めてわかったし、みくの今の方向性は間違っていないって分かったもん!

「今度のオーディションも頑張ろっと♪」

行きと打って変わって、帰りの足取りは軽かった。

オーディション当日。
今日こそ絶対、絶対いけるはず!

「では、1番の方」

「は――」

「はい! フフーン、ボクの魅力を存分に――」

ん? 二人の子が立ちあがったけど、どうなっているんだろう?

「ちょ、ちょっと。君は10番だよ」

「は! またやってしまいました。一番カワイイばかりに、1番と呼ばれて立ちあが――」

「えっと、輿水さん? いったん座ってくださいね」

「――あ、え? はい、すいませんでした……」

えぇ、な、なに、あの子……?
っとと、今は自分のことに集中、集中……。

結局、今日のオーディションも惜しいとこまでいったけど不合格だった。
そして、合格したのはあの変な子? だった。

「自分から一番カワイイとか、強烈というか、なんというか……うん、変な子にゃ!」

けど、自信に溢れていて、凄く惹きつけられる魅力があった。
みくと何が違うのかな? みくには何が足りないのかな?

ふぅ、と一息ついて帰り支度をしていると、遠くにあの変な子が見えた。
どうやら電話をしているらしい。

自然と、目と耳があの子を追っていた。

「フフーン、プロデューサーさん、見事合格しましたよ。ま、ボクのカワイさをもってすれば当然ですけどね!」

え、ええ、素であんなこと言ってるんだ。
なんていうか、す、凄い……。

「ええ、ええ、ボクのカワイイ姿を見られなかったプロデューサーさんには同情しますよ」

ふーん、プロデューサーさんとお電話してるんだ。

「……え!? 少しだけ見てたんですか? 期待通りカワイかった? フフーン、当然です!……あ、挨拶? え、ええと、なんのことでしょう?……ちょ、ちょっと、あれは――」

電話を片手に得意げな顔をしたり、嬉しそうな顔をしたり、拗ねたり、怒ったり。
何より、楽しそうに喋っているあの子はとても魅力的だった。

「……はぁ、なんか、羨ましいな。って、盗み聞きはよくないよね。帰らなきゃ」

数日後、オーディションの結果を受けていつものミーティング。

「あー、前川さん、今回も――」

「でも、今回も前よりいい結果だったにゃ、だから――」

いつも通りの文句に、こちらもいつも通り答える。
これで終わり。切り替えて、また頑張ろうと席を立とうとした時だった。

「なあ、前川さん。この前、何か打開策を提案してくれ、とか言ってましたよね?」

「え? は、はい!」

つ、ついにみくの想いが通じた!?
昨日のあの子がふっと頭によぎる。
誰かに支えられて、一緒に頑張って、楽しそうにアイドルをしている姿。

「それで提案なんですけど――」



「猫キャラはもうやめません?」


「……え?」

「正直、今の時代に猫キャラは古いんですよ。寒いっていうか……。まあ、前川さんも頑張ってるみたいですけどね。うーん、キリン、キリンとかくるんじゃないですかね?」

「で、でもっ! みくはねこチャンアイドルとして頑張ろうって決めて、結果も出始めていて……!」

社員さんが急に面倒くさそうな顔になる。

「あー、そうですか。そうですよね、じゃあ、今まで通り猫キャラでいきましょうか。じゃあ、今日はここまでにしましょう。お疲れさまでした」

ち、違う! そうじゃなくて……!

「え、ちょっとま――」

社員さんは振り返ることも無く、さっさと歩いて行ってしまった。

とぼとぼと帰ってきて布団に倒れ込む。

みくは、ねこチャンとして頑張りたくて。
だから、どう頑張ればいいか、それを教えてほしかった。

「確かに、みくのねこチャンはまだまだかもしれないけど……」

一緒にお話して、立派なねこチャンになりたかった。
でも、一方的に否定されて、反対したら終わり。

「じゃあ、言われた通りキリンアイドルになればよかったの……?」

それじゃ、ただの言いなり。
「やりたいようにやらせる」のが大事じゃなかったの?

「みくが、悪いのかな……。どうすればよかったんだろう? なんにも、なんにもわかんないよ」

また、電話をしていたあの子の姿がよぎる。
誰かと一緒に頑張る、ってどういうことなの? どうしたらあの子みたいになれるの?

考えても考えても答えは出なかった。

「気分転換、しなきゃ。気分転換……」

とにかく、今はあの公園に行きたかった。

「絶対、絶対ねこちゃんが一番だもん……!」

あの公園に行けば何かわかると思った。
ううん、分からないけど、あの公園に行くしかないと思った。

公園が近づいてくる。あそこならきっと――

「ちょ、ちょっとプロデューサーさん! 笑って見てないでボクを助けてください!」

「幸子はカワイイから猫にも懐かれるんだなぁ」

「その通りで――ふぎゃあああ! ちょ、背中にのぼらな、ああ、頭にも!」

「はっはっは」

あれ、どこかで聞いた声。そう思って目を凝らす。
あ、この間のオーディションで合格した変な子だ。
でも、なんで野良猫のお兄さんと一緒なの? 「プロデューサー」ってどういうこと?

「ほれほれ、おろしてやるから」

お兄さんがねこチャン達を引き剥がしていく。

「ふぅ、助かりました。ま、まあ、ボクの魅力に猫がメロメロになってしまうのも仕方ないことですね!」

「猫になめられてるんじゃないか?」

「ちょっと!?」

ねこチャンに囲まれたあの子がお兄さんとお喋りしているのを遠巻きに眺める。
ああやってじゃれ合っているのを見ていると、あの子も大きなねこチャンみたい。

「楽しそう……」

ふと零れた言葉にハッとする。
ずっと、みくが羨ましいと思って見ていたのは、もしかして――

チクリ。あの二人を見ているのがなぜか悲しくなってくる。

「もう、帰ろう、帰ろう」

とにかくこの場を離れようと、たっと走り出したところに人影が飛び出してきた。

「あ、あぶな――」

って言った時にはもう遅くて、お互いぶつかって転んでしまった。

「い、いてて。……はっ、すいません、大丈夫ですか?」

「え、ええ。あなたも大丈夫ですか……って、あら? あなた、もしかして野良猫ちゃん?」

「……はい?」

の、野良猫? どういうこと?

みくが唸っていると、その人はささっと汚れを払ってからにこりと微笑んだ。

「すいません、言葉足らずでしたね。ここでよく野良猫と遊んでる子じゃないかな、って思って。プロデューサーさん……えっと、猫のお世話している人、見かけませんでしたか? あの人が言っていた特徴にそっくりの子だったからもしかして、って。……あ、あの、人違いだったらすいません」

「あ、えっと、多分そう、です」

知らぬ間に野良猫ちゃんなんて呼ばれてたんだ……。

ちょっと失礼かな? と思いつつもなんだか納得してしまう。
野良猫かぁ、ま、似たようなものかな……。

みくが微妙な顔をしていると、その人が慌てて弁明しはじめる。

「あ、えっと、野良猫とよく遊んでる子、って呼んでたんですけど、そのうち省略して野良猫ちゃんって呼んでただけで、その、他意はないんですよ? えっと、気に障りました?」

「い、いや、大丈夫です」

ま、まあ、みくも野良猫のお兄さんって呼んでたから気持ちはわからなくもない。
それよりも――

「あの……『プロデューサー』って、いうのは?」

「ふふ、あの人、あれでもアイドルのプロデューサーなんですよ?」

やっぱりそうなんだ……。

「ってことは、あそこのビルって……」

「ええ、私たちの事務所なんです!」

そう言って公園に隣接するビルを指さす。

「まぁ、まだ出来たばっかりで、アイドルもあまりいないんですけどね」

アイドルがまだあまりいない……そうだ!

「えっと、アイドル募集中なんですか?」

「ええ、それはもう。プロデューサーさんにもスカウトしてください、って言ってるのに、猫ちゃんばっかりついてきちゃって、もう、猫に懐かれるのはいいんですけど――」

お姉さんがぶつぶつと文句を言い始める。

「え、えっと、わざわざ引き留めてすいませんでした。遅くならないうちに帰ります」

「――あ、ええ、こちらこそすいません。公園に寄っていかなくていいんですか?」

「はい、また来ます」

今度はゆっくりと、足取り軽やかに歩き出す。
ふふふ、いいこと聞いちゃった♪

「野良猫」がもう一匹くらい増えても、いいよね?

翌日、いつもの公園。
ねこチャンたちの世話を終えて、お兄さんが一息ついている。

「こんばんは、そこのお兄さん」

「こんばん――んんっ!? ね、猫耳!? え、えっと何です、か?」

めっちゃ驚いている上に、みくだって気づいていないみたい……。
っていうか、ビビりすぎでしょ! 怪しいものじゃないのに!
……ま、まあ、いいにゃ。

「と、とりあえず落ち着いてみくの話を聞くにゃ。アナタ、そこの事務所のプロデューサーさんでしょ?」

「そうだけど……」

「にゃふふ、評判は聞いてるよ。でね、この前川みくを事務所に入れてほしいのにゃあ☆ もちろん、担当Pチャンはアナタにお願いね! よろしくにゃあ~♪」

よ、よし! 完璧にゃ!
昨晩シミュレーションした通り!
これで可愛いみくを即座に事務所に連れて行ってくれる、はず!

ぽかーんとしていたお兄さんが口を開く。

「えっと、どういうこと?」

あ、あれれ?

でも、まあ、そうなるよね。
仕方ない、話せることは全部話しちゃおう。
きっと、ううん、絶対、お兄さんならちゃんと聞いてくれるはず。

「……みくね、今は別の事務所にいるけどぜんっぜん芽が出ないの」

「それもこれもプロデュース方針の問題でね、好きなようにやらせる、って言ってるけど、本当はただ放置されてるだけ。みく、真面目だし、キャラも立ってるし、大事にしてもらえばできる子なのに……」

気づけば、お兄さんは真剣な表情で耳を傾けてくれている。

「アドバイスをくれたかと思えば、『ねこキャラは古い。これからはキリンアイドルだ』だって。もう嫌になっちゃう」

「ね、だからアナタのプロデュースでねこチャンアイドルをやらせてほしいのにゃ。まだ、出来たばっかりの事務所でアイドルも少ないんでしょ? 少しは実績もあるし、即戦力になれるにゃ!」

「確かに、俺にとっても悪くない提案、かなぁ。ちょっと怪しいけど」

めっちゃ怪しまれてる……。ただの猫耳美少女なのに!

「あとさ、評判って? 俺、まだまだ駆け出しのプロデューサーなんだけど。君の提案は嬉しいけど、だからこそ、そこだけははっきりさせておきたい。勘違いだったら君にも悪いし」

やっぱりこの人は……ふふ♪ みくの目は間違っていないみたい。

「……猫好きに悪い人はいないにゃ」

「え?」

猫耳を外してメガネをかける。

「……あ! き、君だったのか!?」

「そ、『野良猫ちゃん』だにゃ」

「う、なんでその呼び名を……。あ、本当に失礼な意味とかなくて――」

お兄さんが狼狽えている。あんな表情もするんだなぁ。
にゃふふ、ま、それはいいけどね♪
でも、今日からはその呼び名にもお別れだよ!

「ねこチャンのお世話をしているアナタを見て、きっとこの人についていけば大丈夫って思ったの。ね、『野良猫ちゃん』のお願い聞いてほしいにゃ?」

悪戯っぽい目線をお兄さんに投げかける。




「みくのこと、拾ってほしいにゃ♪」


日が沈んで、あたりが暗くなると……ねこチャンたちの時間!
事務所の隣にはねこチャンたちが集まって、Pチャンとみくを待っている。

「ご飯だにゃ~。よしよしランチ~」

「そいつはランチじゃない、ゴロンタだぞ」

「えー、Pチャンはセンスないにゃ。あ、でも幸子ちゃんはメリーって呼んでたかな? 気づいたら背中に乗ってきて困るって言ってたにゃ」

「相変わらず遊ばれてるな、幸子は。懐かれてるのかなめられてるのか分からん」

「ねこチャンたちは幸子チャンのこと好きだとは思うけどね。毎回涙目になってるのはちょっとかわいそうにゃ」

でも、「そんなボクもカワイイですね!」とか言ってるから、なんというか凄い。
それで実際カワイイっていうのも凄いけど。

「しっかし、みくと野良猫の世話するのもすっかり習慣になったな」

「そうだね。この公園の子はもうみくのお友だちにゃ♪」

Pチャンの元にやってきてから、こうして一緒にお世話をするようになった。
おかげで、ここに来るねこチャンたちとはすっかり仲良し!

「友だち、かぁ。確かに、同じ猫と思われてたりするかもな」

「ふふん、みくはねこチャンだもん、当然にゃ!」

「未だにお魚は食べられないけどにゃ~」

「にゃ゛っ! もぉ、Pチャンのいじわる~! 猫パンチ、てしてし!」

野良猫のみんなからどう思われてるかは分からないけど。
でも、みくを迎え入れてくれたあの日からずっと――

ううん。きっと、ねこチャンのお世話をしているアナタに会った日からずっと、私はPチャンのことが大好きなねこチャンだったんだ。
優しい笑顔を向けられるねこチャンたちに自分を重ねてたのかな、なんて。

毎日同じ時間に公園にきて、アナタを見つめていた。
そして今は、そんなアナタと一緒の方向を見ていることがとても嬉しくて、心地いい。

「ねえ、Pチャン。みくのこと、拾ってくれてありがとにゃ」

「……どうしたんだ、急に?」

「ううん、なーんとなくにゃ♪」

素敵なご主人様に出会えて、みくは本当に幸せなねこチャンだにゃ♪
だから――




「これからも、みくのことをずーっと見ててね、Pチャン♪」


終わりです。デレステの思い出エピソード1では、Pの評判を聞きつけたみくが押し掛けてきます。
では、どんな評判を聞きつけたんだろう? そもそも評判がたつほどPに活動実績はあったのだろうか? などと考えてこんな話が出来ました。
「拾ってくれた」と多大な信頼を寄せるみくにゃんを、これからも可愛がってあげてください

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