※ このSSには、重度のオリジナル設定やキャラ崩壊が含まれます。
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ここは、名もなきアイドル事務所。
自分の机に座り、カリカリと書類にペンを走らせる千川ちひろ。
その隣に並べられた机に座る、Pが静かに語り始め、物語の幕は開く。
Pさん「そりゃ、俺だって言いましたよ。ウチの事務所がビッグになるには、
なによりもまずインパクトのあるアイドルを売り出して、事務所の名前を売らなきゃならないって」
ちひろ「えぇ、その話は聞きました」
Pさん「しかし、悲しいかな。ウチの事務所に所属するアイドルたちは、誰も彼も没個性的な特徴の無いアイドルばかり。
これじゃあ折角デビューさせたって、世間にインパクトなんか、とてもじゃないですが残せません!」
ちひろ「……そうでしたね。前にも同じことを言ってたの、確かに私は覚えてますよ」
ここでP、自分の机に拳を打ちつけ、確固たる決意を胸に秘める表情。
その拳が震えるは、彼の気合と熱意の表れである。
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Pさん「聞いてるのかっ! 俺は、お前らのことを言ってるんだぞ!」
Pの視線の先に、事務所所属のアイドルたちが並んでいた。
一人目の少女――頭の左右に可愛らしいお団子を乗せた、妖しい手つきをした少女――が、列から一歩前に踏み出て言う。
「でもねプロデューサー! あたしたち、どうしたら自分が世の中の人にインパクトを残せるか、その方法がわかんないんだよ!」
続く二人目の少女――耳を出した金髪のショートカットが良く似合う、エメラルドグリーンの瞳が印象的な少女――も一歩前に出て口を開く。
「そうそう、その意見にアタシも賛成~! ……ところで、これって何の話をしてるんだっけー?」
すると三人目の少女――小動物のような雰囲気を持つ、長いツインテールが特徴的な少女――がちょこんと半身だけ前に出て返す。
「わ、私たちが、その、インパクトを世間の人に与えられてないって……だから、プロデューサーさんが困ってるって、そういう、話です……」
そして最後に、四人目の少女――くりくりとした大きな丸い目と、それに負けない程に開かれた、大きな口を持つ少女――が
手に持っていたバゲットの入った袋を胸に抱きながら、前に出ることなくプロデューサーに言い放った。
「ふぉふぉふふふぃ、ふぁふぁふぃふぁふぃふぉふぉふぇふぁふぇっふぇふぉふぉふぇふ!」
Pさん「誰か! 解読班っ!」
Pの呼びかけに、給湯室からコーヒーのコップをお盆に乗せた、柔和そうな微笑みをたたえた少女が現れる。
「えぇっと、『要するに、あたしたちもお手上げってことです!』……ですかねぇ?」
お盆を持った少女の言葉に、口いっぱいにバゲットを含んだ先ほどの少女が、大きく頷いた。どうやら、正解のようである。
暗号の解読も終わると、Pがコホンと咳ばらいをしてから、改めて彼女たちの名前を呼んだ。
Pさん「愛海! 宮本! 智絵里! みちる! そしてまゆ!」
フレデリカ「あーちみちみ、ちょっと待ちたまえ。アタシだけ苗字呼びなのは、なんだか仲間はずれな感じがしてよろしくないねー」
Pさん「なら棟方! フレデリカ! 緒方! 大原! 佐久間!」
フレデリカ「うぅ、プロデューサーがアタシに意地悪するよぅ。きっとプロデューサーはアタシのことが嫌いなんだ……ぐすんっ」
いつの間にか事務机の前、来客用のソファーに場所を移したフレデリカと呼ばれた金髪の少女が、
ぐすぐすと片手で涙を拭う動作をしながらそう言う様子を、渋い顔で見てPが言う。
Pさん「あぁ、この際だからハッキリ言っておくが、俺はお前のことなんか大っ嫌いだ」
まゆ 「P、Pさん! それはいくらなんでも酷すぎます!」
フレデリカ「あぁ、まゆちゃんはなんてやさしーの! そんな彼女の優しさの水滴が落ちるところを、ただ眺めていたいだけの人生だった!」
お盆を持った少女、まゆがPにたいして怒った調子で注意すると、フレデリカは大げさに彼女に抱きついた。
すると、それを見ていたお団子の少女、棟方愛海がその両手をわきわきと動かしながら、獲物を見据える鋭い眼光で二人を見る。
愛海 「ふ、ふふふっ! フレデリカさんがまゆちゃんの動きを止めてる今ならば、私も背後から彼女たちのお山を鷲掴みすることが……!」
しかし、彼女が動き出そうとするよりも速く、その首筋にキレのある手刀が振り下ろされた。
愛海 「ぴぎゃっ!」
どさり、と愛海がその体を床に沈める。
後に立っていたのは、胸の前で右手の手刀を斜めに構えたツインテールの少女、緒方智絵里。
智絵里「……また、つまらないものを切ってしまいました」
フレデリカ「その顔に浮かぶのは、強い自責の念。いくら愛海の暴走を止めるためとはいえ、
猛スピードで突っ込んでくるトラクターでさえ真っ二つにすることのできるこのチョップを、
年端の行かぬ少女に振り下ろしても良いものか……智絵里の心に、過去の苦い思い出が蘇る。
そう、その苦さは、例えるならこのコーヒーのような苦さで……」
Pさん「だぁぁっ! 何をしれっと飲んでるんだフレデリカ! それはまゆが俺に入れてくれたコーヒーだろうがっ!」
フレデリカ「おやま、ホントだ。おっかしいなー? 一体どこでアタシのショコラと入れ替わっちゃったんだろー?」
まゆ「フレデリカさん。私は、最初からPさんの分のコーヒーしか用意してませんよぉ?」
まゆへの抱擁を解いたフレデリカが、何食わぬ顔をしながら優雅な動作でコーヒーのカップに口をつける。
それはとても絵になるものであったが、彼女を見るプロデューサーは今にも泣きそうな顔をして。
Pさん「だから、だから俺はお前が嫌いなんだよぅ……どこに連れてったってそんな調子で
とぼけたことばっかりしてるから、その度に頭を下げるのは俺なんだぞぅ……!」
智絵里「ぷ、プロデューサー! 泣かないでください!」
フレデリカ「そうだよープロデューサー。男の子が泣いてもいいのは、人生において三回だけ。
それはお財布を無くしたときとー、蜂に顔を刺されたときとー、そして最後が――」
まゆ 「うふふ……最後は、まゆも知ってますよぉ。愛する人が、自分のために邪魔者を消し去ったとき、
男の人は感謝の涙を流すんですよねぇ?」
不穏な空気をその身に纏ったまゆを見て、フレデリカの冗談がピタリと止まる。
フレデリカ「あ、あの、あのね? これはね、ほんのいたずら心って言うか、フレちゃん流のお茶目なだけで、
べ、別に本気でプロデューサーを困らせようとか、そんなことはこれっぽっちも考えてなくて……」
まゆ 「…………」
フレデリカ「ほ、ほらっ、プロデューサーはいっつもアタシたちのために頑張ってくれてるからさ、
こ、こうしたジョークで気分を癒してあげたいなー、なんて、ね? ねっ?」
まゆ 「……ジョーク、冗談、ですかぁ」
フレデリカ「そ、そうそう! 冗談だよじょーだんっ! だ、だからさ、その……ご、ごめんなひゃい……」
お互いの唇がぶつかるまで後数センチという距離まで、ゆっくりとフレデリカに顔を近づけたまゆ。
その顔は満面の笑みで飾られていたが、たいするフレデリカは口を逆三角形にするほどの青ざめた表情で震え、
持っていたカップとお皿がぶつかりあってはカチャカチャと音を立てていた。
まゆ 「ねぇ、フレデリカさん」
フレデリカ「ひ、ひゃいっ!!」
ポンと肩に手を置かれ、フレデリカの体がビクンと跳ねる。
その拍子にカップから数滴のコーヒーが散り、彼女の白い服に小さなシミを作ったが、
そんなことを気にしている余裕は今のフレデリカにはない。ただ一人、彼女たちのやりとりを観察していた智絵里だけが。
智絵里(あぁっ! 真っ白な洋服に茶色いシミが……く、クリーニングで取れるのかな……?)
と誰にも言えずドキドキとその胸を鳴らしていたが、ここでこのことは関係ないので、次に進むことにする。
Pさん「待つんだ、まゆ!」
まゆ 「っ!! で、でもPさん! このロシアンブルーみたいな瞳の泥棒猫が、まゆの愛情をたっぷり注いだコーヒーを台無しに……!」
ちひろ(……フランス生まれなのに、ロシアの猫とはこれいかに……ぷふっ」
まゆの言葉に思わず噴き出した千川ちひろを、その場にいた全員が一斉に見た。
しかし、千川ちひろは何事もなかったかのように緩んだ表情を取り繕うと。
ちひろ「なんでもありません……どうぞ続けて」
Pさん「だ、だから待つんだ! まゆ!」
まゆ 「でもPさん! このロシアン「ぶふぅっ!」……ロシア「ぷくくっ!」……ロシ「ふひ、ふひひ、うひひひひひひひ……!!」
「うひーひー、ち、ちひーひっひっひっひっひっひっ!! ……その時、事務所内には悪魔のような笑い声が木霊し、
その場にいた全員は戦慄と共に背中を走る悪寒を確かに感じて――」
瞬間、間髪入れずに響いた何かを思い切り叩いたような音を聞き、智絵里のツインテールがびくりと跳ねる!
ちひろ「フレデリカちゃんっ! 変な笑い声で私が笑ったかのように演出するのは止めてくださいっ!!」
フレデリカ「しゅーん……怒られちゃった。まっ、原因はアタシなんだけどねー♪」
そう、音はちひろが事務机を両手で叩いた音であり、彼女がそうしたのはフレデリカの悪行を止めるためである。
もちろん、この事務所には鬼や悪魔より怖い千川ちひろはいるものの、本物の悪魔や悪霊の類が存在しているワケではない。
愛海 「だから智絵里ちゃん、そんなにビクビク怯えなくって大丈夫。ほら、震える体を強く抱きしめて欲しいなら、いつだって私の方はウェルカムだよ」
智絵里「あ、愛海ちゃん! いつの間に意識を……!」
愛海 「ふふっ、ついさっきの、変な笑い声で起こされたんだ。それよりもほら、全てを私に委ねてよ……
そして二人で一緒に、この柔らかいお山の頂上に何があるのかを確かめに――」
智絵里「えいっ!」
愛海 「ぷぎゃっ!」
どさり、と事務所の冷たい床の上に、愛海の体が再び沈む。
そして物言わぬ彼女を見下ろすのは、右手の手刀を胸の前で構えたツインテール。
智絵里「また……つまらないものを切ってしまいました」
Pさん「智絵里って、意外と容赦がないよな」
まゆ 「っ! Pさんは、智絵里ちゃんのように容赦のない女の子の方が好きなんですね!
なら、まゆもおイタをしたフレデリカさんを手加減なしでこらしめて……!」
フレデリカ「そうねまゆちゃん! あのフランスパンの奴を今度こそ手加減なしにコラーゲン!
あぁ、でもでもアタシの体の半分には、フランスの血が流れているの!
これは宿命、アタシは悲しきパリジェンヌ――――ふみゃみゃみゃみゃみゃみゃっ!?」
突如、間抜けな絶叫を上げるフレデリカと彼女の視線の先を追えば、
白く細いその二の腕のぷにぷにを、むぐむぐと甘噛みする大原みちるの姿が目に入る。
まゆ 「あ、あらあらみちるちゃん。フレデリカちゃんは食べ物じゃないですよぉ?」
みちる「ふぇふぉ、ひゃっひぃふぁふぁふぃふぁふぁふぃふぁふっひぇ」
Pさん「解読班っ!」
まゆ 「は、はい! えっと、『でも、さっき私はパリジャンって』ですか」
智絵里「ぱ、ぱり、じゃん? フレデリカさんが言ったのは、パリジェンヌ……ですよね?」
智絵里の言葉に、みちるがフレデリカの腕から口を離す。
みちる「説明しましょう! パリジャンとは、代表的なフランスパンの種類の名前でして、長さは大体五十センチから七十センチ、
形は棒状で、恐らく皆さんがフランスパンと聞いて真っ先に想像するのと同じ形をしています。
ちなみに、綴りは『Parisien』。これは、そのままパリっ子という意味がありまして――」
Pさん「だからって、人間がパンなわけないだろう。と、いうよりもやたらめったらと何でも口に放り込むんじゃない!
もしもフレデリカが腐ってて、食中毒でも起こしたらどうするんだ!」
みちる「大丈夫ですよPさん! 私は、パン屋の娘ですから!」
どやっと大きく口を開けるみちるに、Pが聞く。
Pさん「して、その心は?」
みちる「どちらも発酵しているので、美味しく食べることができるでしょう!」
Pさん「上手いっ!」
フレデリカ「上手くなーいっ! もー、二の腕がよだれでべたべたするじゃーんっ!」
愛海 「べたべた……ローション……うっすらと透ける肌着と張り付いた上着によって強調されるお山の形は……」
智絵里「…………」
愛海 「みゅぎゅっ!」
空を切る音から遅れること数秒。どさり、と棟方愛海が床に沈むのも、本日これで三回目。
まゆ 「一日に打つことのできる彼女のチョップはあと二回。
とはいえ、悪しきいたずら悪魔を屠るには、智絵里のチョップは一度で十分。
しかし、彼女の師、マスターヤンデーラは言うのです。
『智絵里よ、チョップは銃と同じ。引き金を二度引くように、チョップもまた、二度打ち込まなければ完全ではないのです』……と」
智絵里「あ、あの……まゆさん? 私のチョップは、そんなに物騒なものじゃ、な、ないんですけど……」
Pさん「待ってくれまゆ。智絵里のチョップが一日五回ということは、まさかちえりビンタは……」
真剣な表情でたずねるPに、まゆが真面目な顔でこくりと頷く。
ヤンデーラ「はい……私との修行を終えたあとでも、ビンタを放つことができるのは一日一回が限度。
ですが、もうすでに三度のチョップを打ってしまっている以上、チョップよりも消耗の激しいビンタを使うのは……危険です」
智絵里「あ、あの……ま、まゆさん?」
Pさん「くそっ! 奴らめ、そのことを計算に入れてたから、しつこくアツミ―を使ってけん制をしかけて来やがったのか!
これじゃあ奴を倒すより先に、智絵里の体がダメになっちまう!」
???「ちーひっひっひっひ! ようやく気がついたみたいだな、このおバカさんたちめー!」
Pさん「こ、この声は!」
怪しげな声に急いで振り向いたP。そこにはソファの座る部分に片足をかけ、悪役立ちをするフレデリカの姿が!
小悪魔フレデリーカ「行けっ! 我が使い魔ミチルーよ! 今日こそ大天使チエリエルの息の根を止めておやり!」
ミチルー「フゴ、フゴッ! フゴゴッ!」
小悪魔フレデリーカの命令を受け、大天使チエリエルに襲い掛かる使い魔ミチルー!
だが、フレデリーカを浄化するには、必ず二発のチョップを打ち込まないとならないというのに!
しかし、なんということだ! チョップの残弾数を気にしていては、使い魔ミチルーは倒すことができないぞ!
モバP「どうする智絵里! いや、大天使チエリエル!! 事務所の、そして地球の未来はキミのチョップに託されているんだあぁーっ!!」
チエリエル「…………」
事務机の上で伝票を整理することが忙しく、唯一戦いに参加していなかった千川ちひろは、
幸運にもその直後に起きた出来事の一部始終を目撃していた。
まず、初めに風が吹いた。そして智絵里に襲い掛かる勢いのまま、前のめりに床へと倒れ込むみちるの姿。
Pさん「ば、バカなっ!!」
まゆ 「ち、ちえりんチョップっ!」
二人が驚愕するのもしかたがない。
なぜならば、ここでチョップを使ってしまっては、フレデリカを倒すための「二発のチョップ」が放てなくなってしまうからだ。
智絵里に残されたチョップの回数は、残り「一回」。
フレデリカ「ふっ……勝ったな」
Pたちに残されたのは、絶望ただ一つ。それを見て自身の勝利を確信したフレデリカが、勢いよくソファから飛び立ちながら叫ぶ。
フレデリカ「必殺! ビスキュイ・ド・サヴォワアァーッ!!」
智絵里に残された体力では、ビンタを打つことはもうできまい……だが、フレデリカの目論見は、すぐにも裏切られることになる。
智絵里「…………」
再び、事務所の中に風が吹いた。そしてどさりどさりと、その場に立っていた三人の人間が、冷たい床の上に横たわる。
死闘繰り広げられたその地に最後まで立っていたのは、やはり、手刀を胸の前に構えた、独りだけ――。
智絵里「チョップは、左右の腕で五発ずつ……今日はまだ、『右手』のチョップしか、使っていませんでしたから」
そうして哀しい表情で、物言わぬ骸たちを見下ろす彼女の瞳に、一筋の涙が光る。
智絵里「また、つまらぬものを……切ってしまいました……」
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ごろごろとアイドルたちが寝息を立てる床を見下ろしながら、コーヒーカップを持ったちひろが言う。
ちひろ「プロデューサーさんは、ウチのアイドルたちにインパクトがないのが問題だって言ってました」
ちひろ「けれど、私としてはインパクトなんかより、もっと根本的な部分がダメなんだと思うんですよねぇ」
そうしてちらりと視線をやった先には、同じく床に転がるプロデューサーの隣に寄り添って、幸せそうにその腕をとる智絵里の姿。
智絵里「ふふふっ……プロデューサーさんっ♪」
これが名もなきアイドル事務所と、そこに所属する五人のアイドルたちの日常。
目の前に広がる惨事の後始末を、一体誰がつけるのか……そんなことを考えて頭痛のしてきたちひろは思う。
そう、ウチのアイドルたちに足りないのはインパクトなんかではなく。
「ウチのアイドル達には、なによりシリアスが足りてない!」
以上、お粗末でございます。
それではここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。
ひと眠りしてから読み返すと、深夜のテンションのせいで一人称がバラバラですね。申し訳ないです。
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