【モバマスSS】「はんぶんおとな。はんぶんこども」 (18)


先に断っておくと、この話は輝く靴を手に入れた彼女の話ではない。

もちろんその彼女と共に歩んだ男の話でもない。

そうだなぁ、何かに例えるならば花の話だ。

まだ芽吹いたばかりのとある花の話。


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***



テレビから流れる朝のニュースと台所から流れるかちゃかちゃとした洗い物の音とでリビングは賑わっていた。

男はそんな微笑ましい朝のハーモニーの中でコーヒー片手に新聞を読んでいた。

「ねぇ、ねぇってば」

新聞に集中しているからなのか男はその呼びかけに気付かない。

痺れを切らした声の主は洗い物の手を止め男へ歩み寄り肩を叩いた。

「もう、何回も読んでるんだから気付いてよ」

男は彼女に不意に肩を叩かれ少しびくっとした後で声の方向へと振り向き「何か用?」と尋ねる。

はぁ。と溜息を吐いた後に彼女はこう言った。

「ねぇ、二分の一成人式って知ってる?」


男が「二分の一成人式?」と聞きなれないワードを復唱すると彼女は「そう。来月あの子のクラスでやるんだって」と返す。

ああ、なるほど。それを伝えたかったのか。とようやく話が掴めた男であったが

それが何であるかは未だ分からないので「へぇ」とだけ答えておいた。

「へぇ、じゃないよ。もう」

彼女はむすっとして矢継ぎ早にそう言った。

「この前あの子から聞いたでしょ?授業参観でやるんだよ」

「うん。覚えてるよ。でも二分の一成人式が何か知らなくって」

申し訳なさそうにぽりぽりと頭をかきながら男がそう言うと彼女は懇切丁寧に二分の一成人式がなんであるかを教えてくれた。

なんでも、成人の二分の一。つまり十歳を記念してそのような催しがあるらしい。

その催しの中で将来の自分へ手紙を送るんだそうだ。現在の将来の夢を添えて。

所謂、タイムカプセルというヤツなのかな。と男は思った。


「それで、その二分の一成人式がどうしたんだ」

どうやら男は二分の一成人式の実態を理解できたようで、そう尋ねた。

彼女がやっと本題に入れる、と零しながら

「将来の夢がないって悩んでるらしいんだ。もうすぐあの子の誕生日だから何かしてあげたいな、と思って」と言うので

「でもまぁ夢って自分で見つけるものだからなぁ」と返した。

彼女は男の返事に納得がいかないようで、再び口を開いた。

「...夢を叶えるのがあなたの仕事でしょ」

「元、な。そんなことを言ったら君なんて夢を与える仕事じゃないか」

「元、ね」

そんなやりとりがあった後に彼女は「ふふっ」と笑ってこう言った。

「じゃあ私達が協力したら何だってできるよね」

ああ、やられた。この笑顔だ。

いつだってこの笑顔のためならどんな苦労だって厭わなかった。

これからだってそうだ。彼女と自分に誓ったからには曲げるわけにはいかない。

そう決心を固めた男は口角を上げ、にっ。として「任せろ」と笑った。


やると決めたら徹底的に。それが男のモットーであった。

冠婚葬祭の折にしかスーツを着なくなって久しい男が再び現役時代のものに袖を通し

「店番、頼んだよ」とだけ彼女に伝えるとそのまま家を出た。

彼女は何も問わずにただ笑って「いってらっしゃい」と見送った。

男は家を出てすぐに携帯電話を取り出すと昔の職場へ電話をかける。

数コールの内に電話は繋がり『お電話ありがとうございます。CGプロダクションでござい...』という

定型文が返ってきたため言い終わらないうちに『俺です。お久しぶりです。お仕事中すみません』と遮った。

『ああ、プロデューサーさん!お久しぶりです』

『元です、ってば。急に申し訳ありません』

『プロデューサーさんからなら大歓迎ですよ。それにしても私の携帯じゃなくてこっちってことは何かありました?』

『察しが早くて助かります。お願いがありまして...』

『そんなことだろうと思いました。今はどちらに?』

『事務所に向かってます』

『では、話の続きは後でいいですね?』

『ええ。ありがとうございます。失礼します』

男はそう言って電話を終え携帯を無造作に助手席へ放り投げてアクセルを踏んだ。


***



「それで、どんなお願いなんですか?」

蛍光緑に身を包んだ事務員はことん。と男の前に湯呑を置き対面に座るとそう言った。

「今から俺は無茶苦茶なお願いをします。無理なら断ってください」

「ふふふふ。いつだって無茶苦茶な計画ばかりだったじゃないですか。今更何も言いませんよ」

女性が笑いながらそんなことを言うので男は申し訳なさそうに「...来週の話です」と口火を切る。

「ドーム...は無理でもコンサートホールを押さえて欲しいんです」

「あら。そんなことですか、お安い御用です」

「...は?」

男が驚くのも当然である。来週なんて急な話は会場を抑えることはおろか機材だって間に合うか分からない。

それにもかかわらず、この女性は「そんなこと」と言い切ったのだ。

「もちろん都内で。機材もスタッフも手配します。それで、何がしたいんですか?」

「娘の十歳の誕生日に最高のプレゼントを贈ってやりたいんです」

「ふむふむ。それで、そのコンサートホールで何をするんですか?」

「ライブです。世界で一番のアイドルの」

男がここまで話したところで、

女性は「なるほど、話は分かりました。では後のことはこちらに任せてください。詳しいことは追ってメールで」と言い

男を帰してしまったのだった。


男がワケも分からないまま自宅へと戻ると携帯電話にメールが届く。

その内容は、来週行うライブの場所や入り時間やリハーサルの時間、そして本番の時間が記されていた。

文末には『ウチの子達のイベントで使う予定の会場なのでご心配なく。

会場の運営の方や設営スタッフの方々に無理を言ってなんとか一時間確保しました。

あなたならこれだけの時間があれば、十分ですよね♪』と書かれていた。


***



そして、時は流れ誕生日当日。

男は世界一のアイドルをライブ会場に送り届けるとそのまま娘の小学校へと向かう。

娘には「今日はお祝いだ。学校に迎えに行くから門の前にいるんだよ」とだけ伝えてあり、これから何が起きるかは秘密だ。

男が校門の前に車を停めクラクションを軽く鳴らすと、娘も気付いたようで助手席に乗り込む。

「ただいま。どこ行くの?」と娘。

「おかえり。内緒だよ」と男。

娘は「ふーん」と言うだけでそれ以上は何も聞かなかった。

ライブ会場までの道のりの中で男が娘と交わした会話は取り留めもないものばかりで

今日は給食でヨーグルトが出た、だとか。

体育でハードル走があった、だとかそんな会話を経て男と娘を乗せた車はライブ会場へと到着した。

ライブ会場はホール状でメインステージがあるのみ。

メインステージには幕が降りていて中の様子は見ることができない。

会場は徐々に消灯していき、非常灯のみとなった。

男は娘を最前列中央の席に座らせ、「ここで待っていて」と言うと関係者口へと消えて行った。


幕の内側にはすぅっ、と肺いっぱいに空気を吸い込み吐き出す。そんなルーティンを繰り返す彼女がいた。

漆黒のドレスに身を包み頭には紫の花の髪飾り。

彼女の原点。ブラックゴシックドレス。


男は舞台袖からそんな彼女を眺めていた。

声をかけないのは精神統一の邪魔をしないためである。

彼女が「よし」と前を向くのを確認してから声をかけた。


「やっぱり凛にはこのドレスがよく似合うね」

「ありがとう。まだこのドレスの輝きに負けてないといいんだけど」

「負けてない、本当に綺麗だよ」

「そっか。でもやっぱりキツくないかな。私もうおばさんだよ」

「そんなこと言ったら俺なんておじいさんだ」

「そうかもね」

「そうだよ。流石は俺のシンデレラだ」

「はいはい、そういうのはいいから。それじゃあもう一回だけ魔法をかけてよ」

「もちろん。行ってらっしゃい」

「行ってきます。プロデューサー...あっ」

「癖は抜けないもんだなぁ」

「ふふっ、そうみたい」

「最後のファンを作っておいで」

「うん。行ってくるよ」


男と彼女の会話はそれで終わり。

男が舞台袖に戻ると幕が上がり曲が流れる。

歌うのは一曲だけ。

数万人規模の会場のチケットを数分とかからずにソールドアウトにして見せた世界最高のアイドルがたった一人のために歌う曲。

アイドルとして歌う最後のNever say never。


最後の一節を歌い切り後奏を踊り終えると彼女は娘に対し深々と頭を下げ

「聞いてくれてありがとう。そして、お誕生日おめでとう」と言った。

娘は目をまんまるに大きく見開いて手をぱちぱちと叩く。

「これがママとパパがあなたと出会うまでに作ってきたものだよ」

「ママもパパもすごい人だったんだね」

「ママは普通の人だよ。パパがすごい人」

「ううん。ママもすごい人だよ」

「ファンになっちゃった?」

「うん。ママのファンになっちゃった!」

「そっか。それはママも嬉しいな」

「私ね、決めたよ!」

「将来の夢?」

「うん!」

「よかったらママにも教えて?パパには言わないから」

「うん。パパには内緒だよ」

「約束する。ゆびきりげんまんしよっか」

「いいよ。子供じゃないし」

「今日で半分大人だもんね」

「そうだよ。ふふっ」

「じゃあ、教えて?」

「将来の夢はね。おはなやさんかおよめさん!ママとパパみたいになりたい!」



おわり

ありがとうございました。
まとめる際は
>>2の「もう、何回も読んでるんだから気付いてよ」というセリフの「読」を「呼」に変えてくだされば幸いです。
誤字ってしまいました...。

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