<探偵事務所>
探偵「ほう? 家出した息子さんが新興宗教に?」
婦人「そぉ~うなんです!」
婦人「しかも、夫の金庫から100万円を盗み出し、お布施にしてしまったとか……」
探偵「ふむ……」
婦人「息子は、あの新興宗教のインチキ教祖に完全に洗脳されてしまっているのです!」
婦人「なんとか、あの教祖のインチキを暴き、息子を取り戻して下さい!」
探偵「分かりました……やってみましょう」
<教団ビル>
探偵(こないだ大きな事件を解決したばかりだってのに、休むヒマもない)
探偵(人手不足ってのもツライもんだな。といって、ぼやいても仕方あるまい)
探偵(さてと、ここが教団ビルか……なかなか大きいな)
探偵(どれ、入ってみるか……)ササッ
探偵(信者が大勢集まってる……ざっと数百人はいそうだ)
女神官「さぁ、信者たちよ! 教祖降臨の時間です!」
女神官「各々、教祖様に向けて感謝の言葉を述べるのです!」
信者たち「ははーっ!!!」
信者A「あなたのおかげで関節痛が治りました!」
教祖「うむ、経過は良好か?」
信者B「暴走族を退治していただき、ありがとうございました!」
教祖「あの程度、造作もないこと」
信者C「教祖様のお力で、恋人ができました!」
教祖「幸せになるがよい」
教祖「これら全て、私の神通力によるものである」
信者「ははーっ!!!」
探偵(神通力で、関節痛が治り、暴走族を撃退し、恋人ができる?)
探偵(とても信じられん……)
探偵(この教祖、もう少し詳しく調べてみる必要がありそうだ)
探偵(だが、とりあえず今は、依頼人の息子さんに会わなければな)
探偵「こんにちは」
息子「! ……だれだよ、アンタ」
探偵「君の母親に、君を連れ戻すよう頼まれた者だ」
息子「!」ギクッ
探偵「とりあえず、話をしたいんだが――」
息子「アンタと話すことなんか、なにもない! 帰ってくれ!」
探偵「待ってくれ、話だけでも……」
息子「話すことなんかないっていったろ!?」
息子「オレはこれから勉強しなきゃならないんだ!」
探偵「勉強? なんの?」
息子「……なんでもいいだろ! じゃあな!」タタタッ
探偵(この教団の教義でも勉強するんだろうか?)
探偵(まあいい、彼の頑なな態度が分かっただけでも収穫だ)
探偵(なら、他の信者に話を聞いてみるとするか……)
探偵「もしもし」
信者A「はい?」
探偵「私、つい最近、この教団に入信した者なんですが――」
信者A「ほう! ではお仲間ですな!」
探偵「ええ、よろしくお願いします」
探偵「ところで、先ほど関節痛を神通力で治してもらったとおっしゃってましたが」
探偵「お話をうかがってもよろしいですか?」
信者A「ええ、もちろんです!」
信者A「私は長年、関節痛に悩まされていたんですが……」
信者A「教祖様の神通力でピタリと治ったのです!」
探偵「ほう、それはすごい」
探偵「ところで、どんな方法で治してもらったんですか?」
信者A「はい、教祖様が念じると、私は眠くなってきて……」
信者A「起きたら、関節痛がすっかり治っていたんです!」
信者A「そして、入信したんですよ!」
探偵「なるほど、なるほど。貴重なお話をありがとうございます」
探偵(寝てる間に、か……)
信者B「ボクが入信したきっかけ?」
信者B「暴走族に襲われてるところを助けてもらったんですよ!」
信者B「教祖様の神通力でね!」
信者C「教祖様の神通力のおかげで、恋人ができまして……」
信者C「本当に嬉しいです!」
探偵(ふむ、どの信者も教祖に悩みを解決してもらったのがきっかけで入信したようだ)
探偵(しかし、肝心の神通力の正体については、これ以上のものは出てきそうにはない)
探偵(ならばいっそ、俺自身が教祖を見張るとするか)
探偵「…………」コソッ…
女神官「教祖様、さまよえる子羊が参りました」
教祖「どれ、丁重に通したまえ」
探偵(さまよえる子羊……? 悩みを持ってる人ってことか)
主婦「私の息子に就職口が見当たらなくって……」グスッ…
主婦「もう先生の神通力におすがりするしかないんです……」
教祖「よかろう」
教祖「私の神通力で、必ずや息子さんの就職先を見つけてしんぜよう」
主婦「はい……! お願い致します……!」
探偵(就職先を神通力で見つける? どうする気だ?)
教祖「さてと、やるか」
女神官「はい」
探偵(いよいよ、神通力を拝める時が来たか……)
探偵(まさか、本当に神にお祈りでもするのか?)
教祖「もしもし……あの、実は就職を世話してやりたい若者がいまして……」
教祖「はい……そちらで雇っていただけないかと……」
教祖「あ、そうですか……失礼しました……」
女神官「ええ、一人……雇ってもらいたいのですが……」
女神官「働いた経験はないみたいなんですよ……」
女神官「そうですか……こちらこそ、ご無理を申し上げました」
探偵(電話!?)
……
……
教祖「――ホントですか!?」
教祖「ありがとうございます!」
教祖「いえいえいえ、また一緒に酒でも飲みましょう! はい!」
女神官「どう?」
教祖「なんとか、オーケーしてもらえたよ」
女神官「よかったわね!」
教祖「ああ!」
主婦「まぁ! こんないい企業で働かせていただけるんですか!?」
教祖「ええ、私の神通力が道を指し示したのです」
主婦「ありがとうございます!」
主婦「ぜひ、私も信者にして下さいませ!」
教祖「毎度あり!」
探偵(ふうむ、こういうことだったのか……)
探偵(念の為、もう少し調査は進めてみるがな)
青年「暴力団に脅されてるんです! 助けて下さい!」
教祖「よかろう」
教祖「この私が神通力を使い、哀れな暴力団たちを改心させてやろう」
青年「本当ですか!?」
探偵(次の悩みは暴力団相手か……いったいどうするつもりだ?)
<暴力団事務所>
組員「なんだテメェは!?」
教祖「彼のことを脅迫するのは、やめてもらおうか」
組員「せっかくつかんだ金ヅルを、みすみす逃すようなマネするかよ!」
組員「ジャマすんなら、容赦しねえぞ!」
教祖「来るがいい」
教祖「ハッ!」バキッ
教祖「とりゃ!」ドカッ
教祖「でやぁ!」ガッ
教祖「これで全員か……。さて、まだやるかね?」
組員「あ、あわわっ……」
教祖「私の神通力で顔面を整形されるのと、若者を一人見逃す、どっちがいい?」
組員「すっ、すみませんでしたぁっ!」
探偵(ほう、この教祖、かなりの使い手だな)
青年「本当にありがとうございました!」
青年「暴力団からの脅しがすっかりなくなりまして……」
女神官「これも教祖様の神通力のたまものなのですよ」
青年「いやぁ、本当にすごいです! ぜひ俺も信者にして下さい!」
教祖「信者、ゲッツ!」ビシッ
<教団ビル>
妻「私の夫が、ガンに侵されてしまったの! お願い、助けて!」
教祖「任せなさい」
教祖「すぐにあなたの夫を、ここに連れてきなさい」
教祖「私の神通力で治してしんぜよう」
妻「は、はいっ!」
探偵(これはいくらなんでも、無理だろう……)
教祖「うおっ! なんだこれは……!」
教祖「全身に転移している……末期も末期、ド末期じゃないか」
教祖「よくもまあ、こんなになるまで放っておいたものだ」
女神官「いけますか?」
教祖「問題ない、一時間で終わらせるぞ。 ――メス!」
女神官「はい」サッ
探偵(手術だと!?)
教祖「どうにか、手術……いや、神通力による治療は終わった」
女神官「お疲れ様でした、教祖様」
教祖「うむ」
探偵(末期ガンの摘出を一時間で終わらせるとは……恐るべし)
探偵(これで、あの教祖の正体がだいたい分かった)
探偵(おそらく、関節痛は麻酔で眠らせて治療し、暴走族は腕っぷしで倒した)
探偵(恋人はよさそうな相手を紹介した、といったところだろう)
探偵(あの教祖の神通力は、真っ赤なニセモノだ!)
探偵(しかし……)
探偵(…………)
探偵(とりあえず、依頼人にはもう少し時間がかかると報告して)
探偵(息子さんのことはもうしばらく様子を見てみるか)
……
……
息子「教祖様!」
教祖「うん?」
息子「おかげさまで、例の資格試験に受かりました! ありがとうございます!」
教祖「おおっ、そういえば発表の時期だったね! よかった、よかった!」
探偵(ほう、資格の勉強をしてたのか。立派なもんだ)
息子「幼い頃から、両親からなにもかもを強制されて……」
息子「だけど、そんな両親に逆らう勇気もなくって……」
息子「失意の中、自殺をしようとしていたオレを止めて下さったばかりか」
息子「父や母から匿って下さり、勉強の手伝いまで……」
教祖「なぁに、これも全て私の神通力のなせるわざだよ」
教祖「そして、努力した君自身の力だ」
教祖「ところで……」
教祖「ここを離れる前に、これを返しておこう」ポンッ
息子「こ、これは!? お布施として払った100万円! どうして!?」
教祖「ご両親も心配しているだろう。これで親孝行でもしてあげなさい」
息子「う、ううう……教祖様……」
息子「なにからなにまで、ありがとうございますっ!」
探偵「…………」
女神官「彼、うまく両親と和解できるといいですね」
教祖「うむ……こればかりは私の神通力も及ばんからな」
探偵「なるほど……大した神通力だな」スッ
教祖「!」
教祖「キサマ、何者だ!」
探偵「アンタのインチキを暴くよう雇われた者……とだけいっておこうか」
探偵「就職先斡旋のことも、暴力団退治も、手術も、全て見ていたよ」
教祖「なんだと……!?」
女神官「あなた……!」
教祖「任せておけ。この不心得者はすぐさま、私の神通力で罰してくれよう!」ザッ
探偵「来い」サッ
教祖「きえええあああっ!」
探偵「はあああああっ!」
バババババッ! シュパパパパパッ!
ドゴォッ! バキィッ!
教祖「やるな……この私が一撃もらうとはね」
探偵「俺も他人から殴られるのは、三年ぶりぐらいだよ」
女神官(両者、まったく互角だわ!)
教祖「だが、私の神通力に敵はない! 神通力チョップ!」シュッ
バキィッ!
探偵「ぐっ……!」
探偵「せやっ!」ブオンッ
教祖「おっと! いい蹴りだ!」サッ
教祖「ふむ、その足は封じてしまった方がよさそうだな」
教祖「神通力ローキック!」シュッ
ベシィッ!
探偵(お、重い……! 骨の芯まで響いてくる……!)ビリビリ…
教祖「もう一撃!」シュッ
探偵「はあっ!」バッ
女神官「跳んだ!? ――高いわ!」
教祖「大した跳躍力だ! だが、空中では自由に動けんぞ!」
教祖「もらったァ!」ビュオッ
探偵「ぬんっ!」グリッ
女神官「なんですって!?」
女神官(空中で体をひねって、パンチをかわした!)
教祖「し、しまっ――(ガードが空いてしまったッ!)」
探偵「どおりゃあっ!」ブオッ
ドボォッ!
教祖「げはァッ……!」
女神官「あなたァッ!」
教祖「が、がはっ……! ぐっ……! おええっ……!」
教祖「凄まじい蹴りだ……。悔しいが、こうして立ってるのが、やっとだ……」ゲホッ…
教祖「さぁ、トドメを刺すがいい……。そして、私のインチキを暴露するがいい……」
探偵「…………」
探偵「俺の蹴りを、みぞおちにモロに受けて立っているのはアンタが初めてだ」
探偵「生半可な鍛え方じゃあるまい」
探偵「それに、アンタの持つ人脈や医療技術もな」
探偵「それこそ“神通力”といって、差し支えなかろう」
教祖「…………!」
探偵「だが、覚えておくことだ」
探偵「アンタの信者たちは、アンタのことを心から信じているはずだ」
探偵「俺からいえるのは、これだけだ」クルッ
探偵「…………」ザッザッザッ
教祖「う、ぐうう……」ガクッ
女神官「あなた、しっかり!」
教祖「心配するな……大丈夫だ」ゲホッ
教祖「…………」
その後――
婦人「ありがとうございます!」
婦人「息子が無事、家に帰って参りまして……」
探偵「…………」
婦人「しかし、あの子ったら、なにをいうかと思えば」
婦人「なんでも自分で資格を取ったから、自立したいなどと申しておりまして……」
婦人「そんなバカなこと! 許せるものでは――」
探偵「奥さん」ギロッ
婦人「ひっ!」
探偵「依頼料はいりませんので、とっととお帰り下さい」
婦人「な、なんですか!? その態度は! 客に向かって!」
探偵「依頼料はいらないといった以上、あいにくアンタは俺の客じゃない」
探偵「ついでにいうと、あの子もアンタのオモチャじゃない」
探偵「なんであの子が家出なんかして、あの教団に入ったのか……」
探偵「アンタの旦那も交えて、少しは考えてみることだ」
婦人「ぐ、ううっ……」
探偵「では、お引き取り下さい。私も忙しい身なのでね」
婦人「し、し、失礼しますわ!」バタンッ
探偵(成長したあの息子なら、あんな母親に負けることはあるまい……)
……
……
テレビ『新興宗教教祖が、インチキ神通力を告白し、教団を解散……』
テレビ『大勢の信者たちから、解散を惜しむ声……』
探偵(あの教祖、どうやら分かってくれたようだな)
探偵(彼らの力は、なにも“神通力”などという表現を用いなくても)
探偵(十分、人々の役に立てるということを)
コンコン……
探偵「――ん?」
元教祖「こんにちは」
女秘書「お久しぶりです。私は神官だった者です」
探偵「え!?」ギョッ
探偵「いったいなんの用だ?(まさか……リベンジとか?)」
元教祖「いやー、実は教団を解散して無職になったので、雇ってもらおうと思って」
女秘書「よろしくお願いします」
探偵「えええええええええええ!?」
元教祖「私の格闘技や人脈、妻の行動力はきっと役に立てると思うのでね」
探偵「は、はあ……たしかに」
探偵「それでは、こちらこそひとつよろしく」
探偵(どうやらこの教祖……)
探偵(今度は俺の人手不足という悩みを解消してくれることになりそうだ)
おわり
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