【デレマスss】 渋谷凛「可能性」 (101)

アイドルマスターシンデレラガールズSSです。

舞台は346プロダクションですが、世界線が異なるためアニメとは一部設定が異なります。
プロデューサーはアニメのプロデューサーを思い浮かべてもらって構わないです。

台本形式ではありません。
凛視点。

長編予定です。

筆者はだりーな並とまでは言いませんがにわかロッカーなので知識面ではご容赦ください。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1445005497

01.

 私が"ソレ"と出会ったのは、ニュージェネレーションとして活動を始めて暫くしてから、ソロでCDを出すことが決まって、その為の写真撮影の時だ。

 最初に撮ったのはCDジャケットに載せる写真。爽やかな蒼色をしたノースリーブの衣装で、この撮影はすぐに終わった。
 その次に、宣伝用に別の衣装で写真を撮ることになった。ストライプが入った紫紺のジャケットを着て、クールさ、カッコよさかな、を押し出した衣装で何枚かポーズやアングルを変えて撮ってみたけど、カメラマンがその度に首を傾げていた。
 その時に物は試しだとカメラマンが用意した小道具の中に"ソレ"はあった。

「これって、ベース、だっけ」

「ん?ああ、今度はガールズバンド風に撮ってみようかと思ってね」

 半ば独り言気味に呟いて、私がベースに手を伸ばすと、カメラマンが私に近づいてそう言った。

「ジャケットの方が早く上がったから時間は結構余ってる。弾いて見るかい?」

「え、良いんですか?」

「ああ、もちろんだよ。しかし、ギターもあったのにベースを選ぶとは渋いねぇ」

 カメラマンはベースにストラップを付けて私に手渡した。ストラップを肩にかけると、ズシリと重さがのしかかる。

「うわ、結構重たいんだ」

「はは。ベースって、ギターに比べるとデカいし重たいんだよね。だけどソイツには魔力がある。魔法にかかるかは人次第だけど」

 小道具の中に一緒にあったアンプとシールドを慣れた手つきで繋ぎながらカメラマンはそうこぼした。

「よし、準備出来た。これピックね。まずは好きなように弾いてみて、訊きたいことがあったら何でも訊いてよ」

 私は手渡されたピックで、一番太い弦を弾いた。弦が震え、アンプから重低音が響く。

「E、かな。で、これはA、D、G……」

 アイドルになってからのボーカルトレーニングの賜物か、何処を押さえればどの音がなるのかはすんなりと理解できた。
 一つひとつの音に慣れたら、今度は音階をなぞっていく。Cから昇り、Bから下り、オクターブを上げて、オクターブを下げて。

「流石はアイドルといったところかな。30分も経ってないのに、もうそこまで弾けるようになっちゃった」

 30分と言われ、ハッとなって時計を見る。弾き始めてから本当に30分経っていた。

「途中何回か声かけたんだけどね。楽しそうだったし、プロデューサーさんも良いって言うしさ」

 顔が熱くなるのを感じた。周りの声が聴こえないほど熱中していたなんて、全く気がつかなかった。

「ご、ごめんなさいっ!」

「いやいや、謝らないでくれよ。それに、やっぱりこの方向性で間違ってないみたいだ」

 この後の撮影は、さっきまでとは打って変わってトントン拍子で進んだ。あれだけ悩んでたカメラマンの姿が嘘のようだった。
 撮影は無事に終わり、ベースを降ろしてカメラマンに返す。たった30分と少しの付き合いのはずの肩の重みが、随分と名残惜しく感じられた。

 スタッフたちに挨拶をしてからプロデューサーと撮影スタジオを後にする。

「渋谷さん、お疲れ様でした」
「見てたなら教えてよ。恥ずかしかったんだから」
「いえ、随分と楽しそうにしていらしたので」

 気の利かないプロデューサーにムッとしながらも、プロデューサーの低い声ってベースみたいだ、と頭の片隅に思い浮かんだ。

 私とプロデューサーが、346プロダクションに併設されたスタジオから私たちの部署に与えられた部屋に戻る途中、後ろから声をかけられた。

「よっ、渋谷。撮影はどうだった?」
「えっと、木村さん、こんにちは。どうだったって、順調でしたけど……」

 木村夏樹。ロックなアイドルとして活動している、女の私から見てもカッコよくて美人なヒトだ。同じ部署に所属してるけどあまり話したことはなかったから、突然話しかけられてびっくりした。

「あぁ、木村さんは止めてくれよ、ムズムズする。夏樹でいーよ、呼び捨てで構わない。アタシも渋谷のこと、凛って呼ぶからさ。それで、ベース、弾いたんだろ?どうだった?」

「それじゃ、夏樹って呼ぶね。ていうか、なんで私がベース弾いてたの知ってるの?」

「レッスンの休憩がてらにふらついてたら、ベースの音が響いてきてな。辿ってみれば撮影スタジオで、誰が弾いてるのかと思って覗いてみれば凛だったってワケさ」

 また顔が熱くなった。他の人にも見られてたなんて。そう思ってプロデューサーを軽く睨む。

「誰か来てたなら教えてよ」

「すみません。木村さんも直ぐにお帰りになりましたし、特段言わなくてもいいかと」

「はぁ……。それで、ベースのことだったね。うん、弾いてる間は楽しかったかな。けど、今思うと結構地味な楽器だよね。音は低くて目立たなさそうだし」

 私がそう言うと、夏樹はにやりと笑った。

「そうかそうか。地味っちゃ地味だよな、ベース、土台って言うくらいだし。ま、綴りは違うけど。なぁプロデューサー、凛の予定ってこれから空いてるか?」

「ええ、今日は撮影だけでしたので」

「よっし、それじゃあ今度は地味な縁の下の力持ちのカッコいいトコロ、見せてやらなきゃな。ベースの楽しさがわかるなら尚更さ」

 夏樹はそう言うと、何処かに電話をかける。346プロの防音スタジオを借りるらしい。

「それでは、私は部署の方に帰っておきます」

「なにツレないこと言ってんだよ、プロデューサーさん。アンタがヤらなきゃ誰がヤるんだよ」

「はぁ、分かりました。書類がまだ幾つか残っているので、一時間だけですよ」

 夏樹の強引な誘いに、プロデューサーはクセのように首を掻いた。困った顔をする時はいつも首に手がある。
 それに、プロデューサーがヤるって、なにをやるんだろう。楽器なんてできるのかな。

 受付から鍵を借りてきた夏樹とプロデューサーの後を付いて歩いていると、間も無くスタジオに到着した。
 スタジオに入って正面にはドラムがあり、その両隣には大きなアンプが置いてあった。
 プロデューサーは真っ黒なジャケットを脱いで丁寧にハンガーにかけるとドラムに向かって歩いていく。

「えっ!プロデューサーがドラム叩くの!?」
「ええ、まあ。楽器はこれぐらいしかできませんので」

 プロデューサーが何処からかバチを取り出した。軽く肩を回し、ドラムを叩き始める。
 上手い。素人目から見ても、プロデューサーはドラムが上手かった。お腹に響く爆音、調和した打撃音の連続。私は息を呑んだ。最後に大きくシンバルを鳴らしてプロデューサーは叩くのを止めた。

「こっちも準備できたし、始めようか」
「ええ、そうですね」

 私がプロデューサーに魅入っているうちに、夏樹も準備を終えていた。

「夏樹ってベースも弾けるんだ」

 ベースを抱える夏樹に私はそう尋ねた。いつもギターを弾いているから、そのイメージが強かった。

「まあな。いろんな楽器に手を出したけど、アタシに合ってたのがギターだったってだけさ」

 後になって知ったことだけど、このスタジオには予備の楽器が幾つかあって、夏樹はそのベースを使っていたらしい。

 プロデューサーがバチを鳴らしてカウントをする。

 セッションが始まった。

 私の人生を変える、1時間が始まった。

 120bpmくらいのテンポで始まって、速くなったり、遅くなったり。
 撮影スタジオで見たやつの何倍も大きなアンプからは、身体を、魂を震わすような重低音が響き出る。
 私が地味だと思った音なんて、そこにはカケラも存在しなかった。激しい抑揚、高速で移ろう旋律。流行りのポップスしかほとんど聴かない私にとって、何もかもが知らない音だ。

 肌はビリビリと震えて感覚が無くなった。心臓はベースが弾き出すビートに合わせて跳ねていた。足下はいつのまにかリズムを刻んでいた。
 私の身体は、夏樹の奏でるベースに支配されていた。

「どうだった、凛?」

 夏樹とプロデューサーのセッションが終わってからも私は暫く呆然としていた。言葉に出来ない心の震えが未だに私を包んでいる。

「すご、かった。そう、凄かった。すごいし、それにカッコ良かった!」

 こんな中身の無い感想だけど、夏樹は私の肩を軽く叩いて笑う。

「サンキュー!ロッカーってのはカッコいいって言われるのが好きでさ、なぁ、プロデューサーさん?アンタも好きだろ?」

「まあ、否定はしませんが……」

 夏樹が今度はプロデューサーに話を振ると、恥ずかしげに首に手をやってそう答えた。

「ったく、素直じゃないんだよな、アンタって。ほら、凛も何か言ってやりなよ」

「えっ?えぇと、うん。プロデューサーもカッコよかったよ、すっごく」

 そう、プロデューサーも凄かった。すごくカッコよかった。それに、私の知らないプロデューサーが見れて嬉しかった。
 けど同時に、プロデューサーとの間に溝ができた気がして少し寂しくなった。

「ありがとうございます、渋谷さん」

 プロデューサーが少しだけ笑った気がした。

「そうそう、プロデューサーさんもカッコよかったよな。普段はアイドルの陰に隠れてプロデューサーさんは表に出ないけど、こんな風にカッコいい姿だって見せられる。そんな楽器なんだよ、ベースっていうのは」

 プロデューサーみたいな楽器、か。その表現は何故かお腹にストンと落ちた。

 ピピピと誰かのケータイが鳴る。私のじゃ無いから、プロデューサーか夏樹のだろう。
 夏樹がポケットに手を入れた。どうやら夏樹のケータイみたいだ。

「ああっ、忘れてた!レッスンの後にだりーと会う約束してたんだった!悪いっ、プロデューサーさん、ここの鍵任せていいか!?」

 プロデューサーが頷くと、夏樹は駆け出した。

「仕事がまだあるんでしょ?私が返しに行ってくるよ」

「すみません、お願いします」

 スタジオを出て扉を閉めたプロデューサーから私は鍵を受け取った。エレベーターまでプロデューサーと一緒に歩く。

「ねえ、プロデューサー」

「どうかしましたか?」

「ベースってさ、幾らくらいするものなの?」

 エレベーターの前に着いた。エレベーターは最上階にあった。ここに降りてくるまで暫く時間はかかるだろう。

「ベースに、興味を持たれたようですね」

「うん。少しだけど」

 プロデューサが小さく深呼吸をした。

「安価なものから高価なものまで幅広く存在します。
ですが、安すぎるのはいけません。安くて良いものもありますが、見極めが難しいですから。
ですので、初めての楽器であれば5万円以上。可能であるならば7、8万円程のものがよろしいでしょう。
確か、レコード部の方にカタログが幾つかあったはずです。後で幾つか持って来ましょう」

「そ、そうなんだ。ありがとう」

 普段の、口数の少ないプロデューサーからは想像もつかない長いセリフだった。
 楽器に関して並々ならぬ想いがあるみたいだ。プロデューサーも夏樹みたいな、いわゆるロッカーというやつなんだろう。

 ポーン、と小気味のいい音がなる。エレベーターが到着したみたいだ。扉が開くと、中には誰も乗っていなかった。

「お先にどうぞ。私は上ですので。」

「わかった。それじゃあ、また後で」

 そう言って私はエレベーターに乗り込んだ。ふわりとした浮遊感が胃にのしかかる。耳元ではまだベースがなっていた。

「静かだな……」

 ひとりぼっちのエレベーターでの呟きが、余計に静けさを際立たせる。
 エレベーターの中に嵌められた鏡に目が行った。鏡の中の自分と目が合う。
 ふと、カメラマンの言葉が思い浮かんだ。
 ベースの魔力。確かにそれは本物だった。

「私って結構冷めた方だと思ってたんだけどね」

 鏡の中の私はシニカルに笑っていた。そういえば、最近はこんな笑い方をしなくなった気がする。

「魔法にかかっちゃったよ」

 シニカルに笑う私は消えて、爽やかに微笑む私が現れる。私は私と掌を合わせた。

「ま、打ち込めそうなことができるのも、悪くないかな」

「ただいま。ねえ、お母さん。聴きたいことがあるんだけど」

 家に帰ると、お店を閉めて片付けをしているお母さんにまず会った。
 ちょうど片付けが終わったのか、直ぐに手を止めてエプロンを脱いでこっちに向かってくる。

「あら、お帰り。今日は早かったわね。それで、どうしたの?」

「お金の使い途、決まったの」

 お母さんは一瞬驚いたような顔をして、そして直ぐに柔らかく笑った。

「そう、決まったのね。何に使うの?」
「うん。ベース、買おうと思って」

 アイドルになってから、貰ったお給料はぜんぶお母さんに預けていた。なかなか使い途が決まらなくて、なんとなく、ずっと貯めているだけになっていた。
 お母さんやお父さんに使い途はどうするの、とよく訊かれたけど、その度に、まだ決まってないといつも言っていた。

「へえ、いいじゃない。ベースなんて、オシャレだわ」

 お母さんは嬉しそうに目を細める。お母さんの反応に、私も少し驚いた。反対はされないと思ってたけど、こんなに好意的な反応がくるとも思ってなかった。

「凛はアイドルだもんね。可能性溢れる、女の子。何にでも挑戦してみなさい」

 一枚の封筒を手渡された。少しだけ厚かった。

「ありがと、お母さん。使った残りは、また預けるね」

「はいはい。それにしても、ちょっと前とは比べ物にならないくらい積極的になったわね。中学生の頃なんて、随分冷めた目で接客とかしてたのにねぇ」

「う、うるさいなぁ、もう!恥ずかしいからやめてよ!」

 それから、ダイニングのテーブルでお母さんとしばらく話していた。
 何気ない会話、これまでの話、これからの話。今まであまり話せなかった分を、一気に取り戻した気分。
 お母さんは、私のことをよく見ていてくれた。私の知らない私のことも見ていてくれていた。

「それじゃ、おやすみ、お母さん」

「おやすみ、凛」

 シャワーを浴びてから部屋に戻り、しっかりと髪を乾かしてからベッドに寝転んだ。
 めまぐるしい一日だった。
 写真撮影をして。そこでベースと出会って。夏樹とプロデューサーに魅せられて。
 言葉にすればこれだけなのに、いつもの倍以上の時間を過ごした気がする。
 そうやって今日あったことを思い返しているうちに、私はいつの間にか眠ってしまっていた。

 数日後、私の初めての相棒が届いた。

 プロデューサーと選んだ、初めてのベース。

 アイバニーズのSRモデル。海のような蒼色のボディ。

 これが、これからを作っていく私の相棒だ。

ひとまずここまでで第1話。

とりあえずアニメ見てきます


日本では流通の関係で殆ど見かけないけどpeaveyのベースは値段の割にいい物作ってくれるよね
俺は愛用してる

アニメ見てきました。いやー、大作でしたね。
見ながらうっすら涙うかべてましたよ。

>>21
Peaveyは多弦ベースが安くていいですよね。鳴りもけっこうなクオリティですし

Ibanez / SR4FMBLTD SBF
モデルのベースです。
http://imgur.com/OfgLxZ9

渋谷凛
http://imgur.com/DmLIzJQ

1話約6000字で20レス無いのか。
2話は来週の頭くらいにあげたいですね。

国産派なのでmoonとbacchusが好きです(小並感)

安くて質がいいって大事よね

第2話始めていきます。

>>28 初めて買ったベースがバッカスだったなあ。3万くらいのやつ。

02.

「うぅん、新しい教本買おうかな……」

 私が自分のベースを手にしてから、もう二ヶ月近くが経っていた。家では暇があれば練習ばかりしている。
 初めの頃は人前で練習するのが恥ずかしくて、346プロにベースを持ってきて練習をすることはほとんどなかった。
 だけど最近は休日に346プロで練習することもある。今日も日当たりのいい芝生に並んだベンチでベースを爪弾いていた。
 外ではVOXのアンププラグにイヤホンを繋いでベースの音を聴く。何年も練習してる人は生音でも指先の感覚でちゃんと弾けてるかどうかが判るらしいけど、私にはまだアンプが無いと判らない。

 そして今、練習の難易度に悩んでいる。ベースと一緒に買った教則本に物足りなさを感じ始めていた。
 所在なさげに教則本の最後に乗っていたAマイナーのペンタトニックスケールを弾いていると、少し遠くから声をかけられた。

「よう、凛!今日はここで練習してたのか」
「ヤッホー、しぶりん!今日も相変わらずキマってるねえ」

 夏樹と未央だった。二人は手を振ってこっちに向かってくる。

「おはよう、夏樹、未央。それで、二人はどうしてここに?」

 少しだけ意外な組み合わせだと思って、私は二人にそう尋ねる。

「アタシらはダンスレッスンの帰りだよ」
「それでその帰り道に、しぶりんが物憂げにベースを奏でてたから声をかけたってワケ」

 はたから見れば私は物憂げに見えていたみたい。別にそんなつもりはないのになあ。
 未央が私の右隣に腰掛ける。

「やっぱりその青いベース、しぶりんに似合ってるね。ねね、なんか弾いてみてよ」
「ええ?なんかって言われても……」

 何か弾けと言われて弾けないこともないけど、やっぱり人の目を意識するとどこか気恥ずかしいものがある。

「お、いいね。アタシにも訊かせてくれよ。アタシは生音でいいからさ」
「夏樹まで……。はあ、わかったよ」

 夏樹が生音でいいと言ったのは、アンププラグに伸びるイヤホンが一つしかないからだろう。私は未央にイヤホンの片方を渡す。

「それじゃ、まずはいつもやってる練習から」

 CからBまでを階段のように駆け上る。登ったあとは下って、途中でちょっと戻ったり。手の体操みたいにこれをやっている。

「凛は指弾きなんだな」
「うん。夏樹はピック弾きだったよね。両方試したけど、こっちの方が、なんていうか、私に合ってたんだ」

 次はペンタトニックスケール。いくつかのマイナーコードを繰り返す。
 人前で弾いてるから緊張してミスしちゃうかと思ったけど、いつもより調子がいい気がする。

「あれ、これってもしかして……」

 ふふ、未央も気付いたみたい。ベースラインに少しだけメロディを混ぜて弾いてみたんだけどね。

「やっぱりStar!!じゃん!すごい、しぶりんすごいよ!めっちゃカッコいいっ!」

 カッコいい、か。確かにこれはちょっと嬉しい、かな。

「ありがと、未央。でもまだまだだよ。ベース始めてから二ヶ月くらいだしね」

 そう、まだたった二ヶ月。いろんなバンドの曲を聴くようになったけど、そのベーシストたちみたいに聴かせる音が出来てないのをひしひしと実感している。
 不意に、夏樹が口笛を吹いた。

「2ヶ月でそこまで弾けるようになったのか、大したもんだよ。やっぱり凛にはベースのセンスがあるな」

 ベースのセンスか。自分じゃあんまりわからないな。それでも夏樹にそう言われると、少しだけ自信がついたきがする。

「そういや、なんか悩んでるみたいだったけど、どうかしたのか?」
「ちょっとね。今使ってる教則本が物足りなくなってさ」

「ふぅん……」

 私の傍らに置いてた教則本を夏樹が拾い上げ、ぺらぺらとページをめくる。
 一通り目を通したのか、ぱしんと閉じた。

「なかなか良い教本使ってるな。楽典が詳しく載ってて、基礎もしっかりしてる。ただ、その分テクニックが少ないな」

 そうなんだ、と私は呟いた。コレ以外の教本を知らないから何とも言えない。

「なあ未央。輝子ってレッスンの後、何処に行ったかしってるか?」
「ん、輝子ちゃん?キノコの様子が気になるからって、事務所の方に戻ってったよ」
「お、そうか、さんきゅ。てな訳だ、行くぞ、凛」

 何がどういう訳なのか、さっぱりわからない。輝子がどうかしたんだろうか。

「え、え?話の先が見えないんだけど」

「いいから、ベース仕舞ってついてきなよ。事務所に着いたらわかるからさ」

 急に夏樹はどうしたんだろう。未央も首を傾げてる。
 事務所に一体何があるんだろうか。

「ただいまー!」

「おっす、ただいま」

「ただいま」

 未央、夏樹、私の順に事務所に入る。
 事務所のソファに蘭子と小梅が座って、ゴスロリのファッション雑誌をよんでいた。

「闇に呑まれよ!凛よ、此度のそなたはオルフェウスの堅琴とともに在るのね(こんにちは!凛ちゃん、今日はベースもってきてるんですね!)」

「こ、こんにちは、凛ちゃん。夏樹さんと未央ちゃんは、レッスン、終わったんだね」

 二人は私たちに気がついて挨拶をしてきたので、私もそれに返した。

「あれ、輝子はいないのか?」

「ええ?事務所に戻るって言ってたんだけどなあ」

 辺りを見回しても輝子の姿は見えない。

「あ、あの……ここに居ますけど……」

「ぅわあ!?どど、どっからでてきたの、輝子ちゃん!?」

「いつもみたいに、プロデューサーの机の下に、居たよ……フヒ……」

 プロデューサーの机の下……。最近キノコが置かれるようになったのは輝子のものだったのか。

「フヒヒ……、ベース、持ってきたんだな、凛」

「う、うん」

「なあ輝子、ベース教本って結構持ってたよな。アレ、今どこにある?」

「ん、たしか、奥の方のラックに仕舞ったはず……。取ってくるから、ちょっと待ってて……」

 輝子はぱたぱたと駆け出して事務所の奥の方に消えていった。20cmも身長差があるけど、同い年なんだよね。小梅と一緒にいるところをよく見るから、年下に見えてしまう。

「そうだ、夏樹。なんで輝子なの?」

 ここに来るまで夏樹が答えてくれなかった質問をもう一度尋ねる。

「ん、ああ。輝子もベーシストなんだよ。凛よりもちょっと先輩のな。歴2年半くらいだったかな」

 輝子もベースやってるんだ。しかも2年か。同じプロダクションでも、知らないことは多いなあ。

「しかも相当上手いんだ。アタシはギタリストだからなんちゃってベースしか弾けないけど、輝子は本物だ。ピックに指弾き、スラップまでなんでも弾ける。聴きたいことがあれば輝子に相談するといい」

 アタシはだりーにいろいろ教えなくちゃなんないからな、と言って夏樹は苦笑する。
 未央が小梅と蘭子たちのところへ行って、ゴスロリ談義に加わっている。
 それからしばらくして輝子は戻ってきた。

「ごめん……遅くなった、フヒ……」

「サンキュー、輝子。って、いっぱい持ってきたな」

「凛に上げるんだろ……?どれが合ってるかもわからないから……全部持ってきた」

 輝子が持ってきたのは10冊くらい。教則本ってこんなに種類があるんだ。バンドスコアとかも混ざってるみたいだけど。

「全部持って帰るのは、た、大変だからな……凛に合ってるのを選ばないと……」

「うん、そうだね。でも自分に合ってるかどうかなんて、自分じゃよくわからないよ。どれも初心者向けじゃなさそうだし」

 一番目を引くのが、地獄の、とか書いてあって、ちょっととっつきにくいし。

「な、なら、軽くセッションしてみよう。そしたら、凛にぴったりの、選んであげるから……フフ……」

「おっ、セッションか、いいねぇ。ん、そういや今日はプロデューサーさん居ないけど、ドラムはどうするんだ?」

「ドラムは、わ、私がやるよ。結構前から、し、親友、プロデューサーにドラム習ってるから……」

 ふーん。
 輝子って、ドラムもできるんだ。ちょっと憧れるな。

「凛はこれから時間、空いてる?」

「今日は一日ここで過ごすつもりだったからね。空いてるよ」

「それじゃあ、スタジオ借りて、セッションしよう……フヒ。夏樹は、ど、どうする……?」

「だりーがそろそろみくとの収録終わる頃だし、アタシは事務所で待ってるよ」

 そういえば今日はみくと李衣菜がCDの収録だっけ。少し前までは結構揉めてたけど、最近は上手く行ってるみたいだ。それでもちょくちょくケンカしてるから、解散芸なんて言われちゃってるけど。

「フヒ……そっか。じゃあ、またあとで……」

「あっ、輝子待ってよ。またね、夏樹。李衣菜とみくによろしく」

「おう。凛も、しっかり楽しんでこいよ」

 夏樹に見送られて、輝子と一緒に事務所を出る。結局、事務所に10分も居なかったな。

「二ヶ月振りだな、ここに入るの」

 輝子と鍵を借りてスタジオに入る。初めてこの部屋に入ったのは2ヶ月前。その時はただ聴いているだけだったけど、今回は自分が弾く為にここに来ている。何か、感慨深いものを感じた。

「アイバニーズか……、いいの、買ったな。シールドは……モンスターケーブル。いいシールド、だよね……フフ」
「ベースは軽くて弾きやすいから、いいの買ったなって自分でも思うけど、シールドもやっぱりいいヤツなんだ」

 プロデューサーが、音が太くてよく抜けるシールドだって言うから、少し高めのこのシールドにしたんだけどね。家の小さいアンプじゃあ、あまり実感が湧かない。

「そっか……大きいアンプで弾くのは、初めて、なんだな……フヒ」
「変なところで笑わないでよ、もう。でも、確かに初めてだからね。ちょっと楽しみかな」
「初めてなら、きっと驚く、と思う、ぞ……」

 期待もひとしおに、輝子の指示通りにベースをアンプに繋ぐ。ampegのコンボタイプのアンプだ。

「まあ、EQもこんな感じで、いいかな……。ちょっと鳴らしてみて」

 4弦を弾く。
 空気が、震えた。

「うわ、音が重たい。大きいアンプだとこんなに出るんだね」

 前に夏樹が弾いてた時よりも、音が太くて重たく感じる。夏樹の出してた音がロックなら、この音はメタルって感じかな。EQ、イコライザでここまで音に変化が出るものなんだ。

「あれ、輝子どうしたの?」

 いつの間にかドラムベンチに座っていた輝子が、俯いてぷるぷる震えている。

「フフ、フヒヒ、フフフフフ……。い、いや、なんでもない……」
「なら、いいんだけどさ」

 震えている、と言うより笑ってるのかな、あの様子だと。イマイチ輝子の性格は掴めないな。

「フヒ……ごめんごめん。それじゃ、始めようか。ビートは、わかる?」

「えっと、一応」

「なら、テンポは120くらいで、好きなように弾いてみて。それに私が合わせるから……」

「うん、わかった」

 適当に、好きなようにが一番困るんだよね。
 だけど、今は弾きたくてうずうずしてる私がいる。
 この二ヶ月で、どこまで弾けるようになったのか、この大きなアンプで試してみたい。

 輝子がバチを叩いてカウントする。まずは4ビートからみたい。様子見って訳だね。私はそれに合わせてCコードを爪弾いた。続いてF、G、戻ってC。
 単純なルート音で、まずはいい感じに弾けている。
 その次はC、F、Gのペンタトニック。輝子のドラムは8ビートに切り替わった。
 凄い。音に呑み込まれそうだ。輝子は私の弾いた音に合わせて、的確にリズムを刻んでくれる。
 ペンタトニック、クロマチック、オクターブ上げてペンタトニック。8ビート、16ビート、8ビート。

 輝子と、目があった。

「フ、フフ、フフフヒヒ、フヒヒヒヒフハハッアッハッハ!!!きたきたキタぁ!ノってキタぜ……って、あ、ご、ごめん……」

 びっくりした。ちょうど私も"ノって"きたと思ったら、輝子が叫んだから、びっくりして指が止まってしまった。
 そういえば、輝子はヘヴィメタルなイメージで売り出してるんだったよね。

「私も止めちゃってごめんね。それで、どうだったかな」

 私の持てる力は全て見せたハズだ。いや、輝子のドラムのおかげで、持てる力以上のモノを見せることができた。

「基礎はしっかりしてたし、よかったと思う、よ……。わざと途中で、変則的にドラム叩いたけど、ちゃんと着いてきてたし、応用力もある……。なら、次は表現力、だな……フヒ」

 表現力、か。たしかに、表現力の無さはここのところ痛感していた。だから、新しい教本を買おうかと悩んでいたくらいに。

「そうなんだよね。指弾きだと、ピックに比べて迫力が出ないし。かといって演奏中に持ち帰る訳にもいかないし……」

 私がそう呟くと、輝子が小さく笑って、立ち上がって私の方に近づいてきた。

「そんな凛に、必殺技を伝授してあげよう……。ちょっとベース、貸してみて」

「ん、はい」

 必殺技。なんなんだろうか、すごく気になる。

「フフ、やっぱりいいベースだな。弦はエリクサーか……」

 輝子って小さいから、ベースを持つともっと小さく見えるなあ。

「それじゃあ、まずはただの8ビート、から」

 Cコードで、本当にただの8ビートを弾きはじめる。何の変哲もない8ビート。
 これだけなら、私が弾くのも問題ない。というより、さっき使ったなあ、このフレーズ。

「次は、同じ進行を、スラップ、で」


 空気が爆ぜた。


 同じ進行とは思えない。私が弾いてたフレーズとは、思えない。
 親指の横を弦にぶつけて音を出してる……?だから、こんなに力強い音がでるのかな。
 凄い。同じ音だけど、同じ音じゃない。

 また少し、ベースの魔力に魅せられてしまった。

「フ、フフ、フフフフフ……」

 輝子の手の動きが速くなる。それに合わせてベースの奏でる音も速くなった。

「しょ、輝子……?」

 また速くなった。
 もしかして、また……?

「フフフヒ、フフヒヒヒ、フハハハハぁハハハッ!」

 すご……。手の動きが目で追えない。

「輝子、しょうこ!」

 聞こえてないみたいだ。ベースの爆音に掻き消されてるから、仕方がない。
 大きく、息を吸う。

「しょー、うー、こぉー!!」
「フヒッ!?」

 全力で叫んでようやく声が届いた。

「ま、またやってしまった……、ごめん……」
「大丈夫だけどさ。それよりその、スラップ、だっけ。凄いね、それ。全く同じフレーズのはずなのに、全然違って聞こえる」

 迫力が、段違いだった。
 そわそわする。
 新しいベースの魅力に出会って。一秒でも早く、私がその魅力を引き出してあげたくて。

「ねえ、スラップってどうやってするの?」

 この時の私は、少し食い気味だったかもしれない。
 だけど、それは仕方のないことだった。だって、興味と好奇心が、何よりも優っていたから。

「あ、あんまり私をマネしないほうが、いいよ。私のスラップは、荒いから……。まあ、やり方と、コツは教えてあげるけど、さ……」

 輝子は私にベースを返しながそう言った。

「はい、これ……。スラップの教則本と、地獄のメカニカルトレーニング……フフ……。大変だろうけど、頑張れ……フヒ」

「ありがと、輝子。けど、奇抜なデザインだよね、これ」

 地獄のメカニカルトレーニング、通称メカトレ。表紙の奇抜さに反さず、内容も難しい。

「そ、そうだ。これからは、セッションやるときは、いつでも呼んでよ……。私たち、もう、トモダチ……だろ?」

「ふふっ、そうだね」

 はやく、輝子たちに追いつかないとね。

「そういえば、どうして輝子はドラムもやってみようと思ったの?」

 ベースも凄く上手いのに、ドラムも練習してるんだもん。プロデューサーと。

「わ、私は楽器弾いてると、自然とテンションが上がっちゃって、ペースも上がっちゃうから……、リズムキープの為に始めたんだけど、あんまり効果なかったみたいで……」

 たしかに、ドラム叩いてる時も、ベース弾いてる時も、ノっちゃってたなあ。

「け、けど、凛はリズムキープ、上手いね。凛のベースと一緒に叩いてたとき、私もちゃんとテンポ維持できたし……」

 家で練習するときは、メトロノーム使ってるからかな。それに、ボーカルレッスンの時にも、トレーナーさんに口を酸っぱくして言われてるし。

「っと、もうこんな時間か。それじゃ、そろそろ私は帰るね」

「うん、ばいばい。私は、事務所でもうちょっとキノコの世話してから、帰るとしよう……フヒ」


 輝子と別れて家路を急ぐ。

「帰って、早く練習したいな」

第二話終了です。

凛が武器を手に入れるまで。
6500字に3日もかかるとはなあ。

それにしても、書き上げてから気がついたんですが、輝子ってレフティな上にアニメ25話でギター弾いてたんですよね。
まあ、レフティは高いですし、中学生なんてそんな高いベースそうそう買えませんしね。ノーマルのベースで始めたってことでどうかひとつ。
世界線が違いますからね。(都合のいい言い訳)

第三話は来週月曜までに上げたいなあ

Interval -幕間-

―――マジックアワーのお茶会へようこそ!みんな、真夜中のお茶会を聴きに来てくれてサンキュー!

―――このラジオは、346プロから沢山のゲストを呼んでお喋りを楽しむ番組さ。今夜のパーソナリティはこのアタシ、木村夏樹がお送りするぜっ!

―――今日と明日の間のマジックアワー。短いひと時だけど、ロックな時間が過ごせればサイコーだな。じゃ、いこうか。

―――それじゃあ、そろそろ今日のゲストを紹介しようか
―――今日から2週間のゲストはなんと、シンデレラプロジェクトからの登場だ!来月の頭にあるアイドルサマーフェスに向けての出演だな。

―――トップバッターはこの3人、ニュージェネレーションだ!

―――こんにちは、ニュージェネレーションの本田未央ですっ!
―――こんにちは!同じくニュージェネレーションの、島村卯月です!
―――同じく、渋谷凛です。今日はよろしくね。


―――おっ、元気だねえ!なんかイイことでもあったのかい?

―――いやー、こんなにも早くこのラジオに再出演できたんだって思うと、嬉しくなっちゃって。
―――初めての出演は私たちのデビューCDの発売の時でしたね。あの時は、ニュージェネレーションの3人だけだったから、緊張したなあ。
―――でも、今日は夏樹さんっていう先輩アイドルがパーソナリティを務めてくれるし、前ほどプレッシャーを感じないかな。

―――ははっ!そうかそうか。なら、その先輩のアタシがどーんと構えて、お前らを引っ張ってやらなきゃな。
―――おっ、夏樹さんは頼りになるぅ!
―――そうおだてたって何も出ないよ。じゃ、ゲストの紹介も終わったことだし、次のコーナーに行くとしようか。


―――マジックミニッツのコーナー!ゲストの3人には今から1分間、トークをしてもらうぜ
―――お題が出るから、1分間以内に魔法を掛けるように、な
―――トークが成功すれば、その後の時間は自由に使ってもらって構わないよ。

―――早速、箱からお題の紙を引いてもらおうか。
―――はいはーい!私が引きまーす!

―――ジャカジャカジャカ……ジャン!さて、何が出たかな?

―――えーっと、最近ハマってることの話……だって!
―――うーん、ハマってることかあ。何かあったかなぁ?


―――な、なに未央?にやけてちゃって……。
―――ふっふっふ、しぶりんたらとぼけちゃって~。今ハマってる、って言ったらしぶりんしかいないでしょ!
―――ああ、なるほど!たしかに、ハマってると言えば凛ちゃんですね!

―――もしかして、ベースのこと?まあ、確かにハマってると言えばハマってるけどさあ……。
―――それじゃあ凛ちゃん、ハマってることの話、どうぞ!
―――楽しみにしてるよ~


―――はあ、しかたないな。ベース、ね。始めたのは結構前なんだけど。今年の春くらいかな
―――写真撮影の時、ああ、初めてのソロCDの宣材写真のやつ
―――CDにも付いてたよね。ベースを持って写ってるブロマイド。あの時に少し触らせてもらってさ。それでハマった、というか魅せられたというか
―――で、買ったんだ。蒼いベース。

―――それで、最近は同じシンデレラプロジェクトのメンバーの李衣菜とか、同じ事務所の輝子とかとセッションをよくやってるかな
―――シンデレラプロジェクトで出した曲、よくやってますよね!
―――私たちの曲とか、きらりんたちの曲とかね。ロックアレンジって言うのかな。かっこいいよね!


―――ふふ、未央たちもきらりたちも私たちが弾いてると集まってきて、歌いはじめるんだよね。
―――だって、いつもと違う私たちみたいでさ、楽しいんだもん。ねー、しまむー?
―――えへへ、そうですね、未央ちゃん!いつもと違う、かっこいい私たちを、凛ちゃんが引き出してくれるっていうか……。

―――あの時は驚いたな。卯月があんなにきりっとした表情で歌えるなんて、知らなかったよ。
―――いつか、あんなライブ、してみたいよね。っと、そろそろ1分か。


―――おーし、お疲れ!
―――それじゃ、ニュージェネレーションの渋谷凛で最近ハマってることの話でした!さて、判定はどうなるかな?

ピンポンピンポーン

―――おっと、成功、だな。

―――おー!おめでとー、しぶりん!
―――おめでとうございます、凛ちゃん!
―――あれで良かったんだ……。あんまりハマってることの話、した気がしないんだけどな。


―――それにしても、凛もなかなかロックになってきたよな。ベースもかなり上手くなってきたし。
―――あ、ありがと、夏樹、さん。
―――ハハ、ラジオだからってかしこまんなくていいよ。いつもみたいに夏樹って呼べばいいさ
―――それに、アタシに比べりゃまだまだだしな。

―――うん。夏樹に比べたら、私なんてまだまだだよ。今は、ね
―――けど、必ず追いついてみせるよ。だから、待ってて。

―――……おう!こりゃ、だりーのやつ、もっと扱いてやらないとなあ
―――待ってるぜ、ニュージェネレーション。ロックなライブ、いつか一緒にやろうな!



―――
――



 雨だ。

 急な夕立、だろうか。

「きゃあっ!」

 雷が轟いた。同時に電気が切れて辺りが暗闇に包まれる。


「停電……?」

「そんな……!」

 美波が倒れて、替わりの蘭子とアーニャのラブライカがライブを終えた途端に雨が降り始めた。依然、雨足は強まるばかり。

「ど、どうなっちゃうんだろ、しぶりん……」

「凛ちゃん……」

 ラブライカの次は、わたしたち、ニュージェネレーションの出番、の筈だった。

 この暗い雲行きのように、サマーフェスの行く末にも、暗雲が立ち込めていた。

第三話の前に、幕間をひとつ。

いつもの3分の1ほど、約2000字と短めでごめんなさい。
何度か書きなおしているうちに時間が過ぎ去っていました。(デレステのイベントを走ってたなんて言えない)

火曜日からシンガポールに5日間ほど行かなければならないので、次の投稿はまた来週ほどになりそうです。
ハードロックカフェ、楽しみです。

乙。これはお披露目クルー?
HRCはセントーサかしら。ええのう

>>78
ハードロックカフェはオーチャードもセントーサもチャンギもどこでも行けそうなんですよね。
一応はセントーサのつもりですけども。
初めてのハードロックカフェだから楽しみだなあ

シンガポールから帰ってきました。
ハードロックカフェは3店舗全て行きましたが、いろいろすごかったですねえ。

第三話を書いていたら8000字を超えそうになってきたので一旦分割します。

それでは。

04.

 時は、少しだけ遡る。


 立ち昇る入道雲。晴れ渡る青空。
 いかにも、夏、と言った天気模様。

「うーん!絶好のフェス日和、ってかんじ?」

「ふふっ、そうですね!張り切っていきましょう!」

「ふたりとも、まだ始まってすらいないんだから、張り切りすぎないでよ」

 会場入りしてリハーサルも終わり、僅かな休憩時間の間に私たちは空を見上げていた。
 未央も、卯月も絶好調みたいだ。もちろん私も。

「そろそろ戻らないと。最後の打ち合わせに間に合わないよ」

「ええっ、もうそんな時間!?早すぎるよぉ~」

 未央が残念がるけど、その姿はいつも通りだ。気負いは無さそう。

「それじゃあ戻りましょうか。美波ちゃん、きっと待ってますから!」

 卯月もいつも通り。元気な笑顔を振りまいている。

「よーし、競争だっ!」

 そう言って未央が駆け出した。それに続いて私も走り出す。

「うわわ!?待ってくださいぃ~!」

「本番前の最後のミーティング、始めよっか!」

「はーいっ!」

 美波の進行に、みりあが元気に返事をする。
 リハーサルで気づいたことをみんなが上げていって、みんなでそれを共有する。
 ミーティングの後、みりあの練習にも美波が付き合うことになったみたい。

 それからも、美波はせわしなく動き続けている。私たちの様子を逐一気にして、スタッフさんとの橋渡しをしている。

「ミナミ、だいじょうぶ、ですか?お手伝い、しましょうか?」

「ううん、これくらい大丈夫よ!それより、川島さんが呼んでるよ。行こう、アーニャちゃん」

「……ハイ」

 アーニャが美波を心配して声をかけるけど、美波はそれを大丈夫、と断った。そこに瑞樹さんが集合の声をかけて、美波は行ってしまう。
 アーニャはなおも心配そうに美波を見つめる。けれど美波自身が大丈夫と言うならという風に、彼女の後を追って行った。

「みんな集まってる?お客さんはモチロンだけど、スタッフさんも私たちも全員、安全に、そして楽しく、この夏一番に盛り上げていくわよ!」

 瑞樹さんの意気込みに、私たち全員で返事をする。楽しいことは、安全じゃなきゃいけないよね。
 それから瑞樹さんが円陣組むわよ、と言って、楓さんに掛け声を振る。

「それじゃあ円陣組んで、エンジンかけましょう!」

 楓さんの掛け声に、みんな気が抜けたような声をだした。あのいつもきりっとした顔立ちの夏樹でさえも、今は何処か気の抜けた表情だ。茜だけは別みたいだけど。
 楓さん、すっごく美人なんだけど、こういうところが残念なんだよね。

「フフッ、では、改めて。346プロ・サマーアイドルフェス、みんなで頑張りましょう!」

おー!

 今度こそ、綺麗に纏まったかな。

―――お願い、シンデレラ♪

「始まったよ!」

 遂に始まった。
 一曲目は、346プロの定番中の定番、お願いシンデレラ。
 だけど、だからこそ、貫禄というものが見えてくる。格の違いが、見えてくる。

 ちょっと行ってくるね、と美波の声がした。緊張の取れない智絵里と声を出しに行くみたい。

「私も、練習室借りてくる」

 楓さんたちのLIVEを観て、聴いて、震えが止まらない。興奮で、震えが止まらなかった。
 左手が勝手にベースラインをなぞりだす。右手が勝手に空を弾いてリズムを取りだす。
 会場に持ってきていたベースを担いで、美波たちの後を追うように控え室を飛び出した。
 向かう先は、夏樹たちが使ってた練習室。練習用のアンプはあそこにしかないから。

 練習室に着いた私は、早速シールドを繋いで音を出す。ベースの奏でる低音が、私の心を鎮めてくれる。

「ちいさく、まえならえ、つめこんだ、きもちが、まえにも、うしろにも、ほら、はじけとびそ」

 メロディに合わせて口ずさむ。この曲は完璧。何も見なくたって、目をつむってたって、手が勝手に動き出す。

「ほんとは、とびだしたい」

「トキメキの、原石っ!」

「準備は、もう完了!」

無敵ステキ予感Feelin'っ!

 ……あれ?

「ふっふー、しぶりん、ハマってますなぁ」

「ずいぶん熱中してましたね、凛ちゃん!」

 マイクが繋がったスピーカーから、私じゃない声がして、驚いて手が止まってしまった。
 振り返れば、未央と卯月がマイクを握っている。

「い、いつから居たの……?」

「いつからって……」

「さっきから?」

 未央と卯月は顔を合わせてそう言った。
 2人が部屋に入ってきたのも気づかないほど熱中してたんだ。恥ずかしいなあ、もう。

「ほらほら、続きやろーよ!しまむー、しぶりんのトコにスタンド置いてよ!」

「はぁい、わかりましたー!どうぞ、凛ちゃん」

 私の前にマイクスタンドが置かれる。本当にやるつもりなんだ……。

「本番前だし、軽くだよ?」

「わかってるわかってる!」

 卯月はともかく、未央はほんとにわかってるのかな。
 ベースだけっていうのが少し寂しい気がするけど、未央たちは楽しそうに歌ってる。この調子なら、本番もきっと大丈夫だね。

「ふぅ、この辺にしとこうか」

 20分も経ってないけど、本番前に体力を消耗するわけにもいかないからね。未央がゴネるかと思ったけど、あっさりと承諾してくれた。

 3人で片付けをしていると、扉が勢いよく開いた。

「どうしたの、李衣菜。そんなに慌ててさ」


 嫌な、予感がした。


「み、美波さんが……!」


 ああ、それ以上、言わないで。


「美波さんが、倒れちゃった……!」

 未央と卯月が絶句した。だけどその表情の中には、やっぱり、という風な色も見える。
 それだけ、美波は動き続けていた。

「二人とも、落ち着いて。それで李衣菜、美波は今どこにいるの?」
「う、うん。こっち。着いてきて」

いま気づいたんですが、ナンバリング間違えてますね

>>81のところ、04じゃなくて03です

 救護室のベッドに美波は横たわっていた。そばにはアーニャとプロデューサー、ちひろさんが居て様子を伺っている。私たちは救護室の外でそれを見ていた。
 美波の状態は、とその場にいたみくに訊くと、風邪じゃないけど熱が酷い、極度の緊張で発熱したみたい、と返ってくる。

 しばらくして、プロデューサーとアーニャが救護室から出てきた。
 それから、プロデューサーに率いられてみんなでシンデレラプロジェクトの控え室に入ると、プロデューサーが話を切り出した。

「どなたか、新田さんの替わりに踊って頂けませんか」

 私たちの間に動揺が走る。シンデレラプロジェクトの曲は、どのパートもみんなで一通り練習している。けれど、完璧じゃない。
 控え室がざわつく中、ひとり蘭子が手を上げる。私がやると、自分の言葉で、飾らない自分の言葉でそう言った。

「神崎さん、宜しいのですか……?」

「う、うむ……。いえ、はい。これは、私にしかできない事だから」

 蘭子の瞳に光が灯る。不安と焦りをその影に隠した、覚悟と云う名の光が。

「私は唯一のソロ。ただ独りの、ソロ。プロデューサーは居てくれるけど、お仕事も、レッスンも、独り。淋しくても、辛くても、言葉に隠してきました」

「そんな時、私の手を握ってくれたのが、美波さんと、アーニャさん」

「だから。だから、私は二人に報いたいんです。私に出来ることなら、やらせてくださいっ!」

「ふーん、蘭子もなかなかロックじゃねーか」

「う、うわ!?夏樹か……いきなり後ろから声かけないでよ、驚くからさ」

 蘭子とアーニャが練習に向かい、他のみんなも各々のユニットで集まって相談やステージの準備を始めていた。
 私たちもこれから何をしようかと相談をしていた時に、夏樹に声をかけられた。

「なーんかアタシがライブやってる間に、大変なことになってんな」

「……うん。ちょっと不安、かな」

 焦りは無い。今までの積み重ねに自信があるから。私たちのニュージェネレーションに、自信があるから。
 だけど暗い空気に当てられて少しナーバスになっている、のだろう。

「オイオイ、せっかくアタシたちが会場の空気をあっためたんだぜ。そんな調子で大丈夫かよ?ま、未央と卯月はバッチリみたいだけどな」

 振り返ると、未央と卯月が私を見ている。私は、今どんな顔をしていたんだろうか。

「大丈夫だよ、しぶりん。いつもどおりの私たちで、ファンのみんなと楽しめばいいんだって」
「そうですよ、凛ちゃん!私たちの全力で、頑張りましょう!」

 未央も、卯月も、不安じゃない訳じゃあない。私が不安になってるから、励ましてくれている。

「二人とも……。ふふっ、そうだね」

 二人が気丈でいるのに、私だけが引きずる訳には、いかないよね。

「いい仲間を持ったな、凛。よっし、それじゃあ元気も出たんなら、だりーとみくの応援に行ってやれ!あいつらもちょっとナーバス入ってたからな」

 未央と卯月とそれから私が三者三様に返事をして、未央の先導で部屋を出る。李衣菜たちはもう恐らく準備を始めているだろう。

「ありがと、夏樹」

「いいって、構わないさ。それより、アタシは着替えなきゃいけないから、ここで一旦お別れだ」

 夏樹はニヒルに笑って振り返った。
 じゃあまた後でと言って夏樹と別れ、私は二人の後を追いかける。


 出番まで、これ以上何も起こらないといいんだけど、と心の中で呟いた。


「そういや、遠くの空が少し暗かったな。これ以上、雲行きが怪しくならなきゃいいんだが」

 いよいよ、シンデレラプロジェクトの出番が始まった。
 みくと李衣菜も、さっきまで少し焦ってるみたいだったけど、本番前はいつもどおりに軽口を叩き合っていたし大丈夫だろう。MCも快調、ダンスのステップも軽快だ。

 そして交代、ラブライカ。
 美波の代わりの蘭子は必死に、けれど必死さを見せずに踊っている。その姿はさながら白鳥。衣装の色調と合間って、白鳥のイメージを強く思わせる。
 蘭子の登場、美波の不在に戸惑いを見せた観客も、今ではすっかり二人の姿に魅力されている。
 一瞬、蘭子に美波の姿を幻視した。完璧では無いが、高度なトレース。きっと、私たちの誰にも出来ない。蘭子だからこそ、出来たこと。


「すごい、ね」

 私の口から、ほとんど呻きの様に零れ出た。蘭子のパフォーマンスに圧倒されて出た言葉。
 未央も卯月も、ステージが映し出されるディスプレイに見入っていて、うんとか、そうですねとか、生返事しか出来ていない。

 曲が終わり、張り詰めた空気も少しだけ緩む。
 何もしていないのに、指が震えた。きっと、武者震いというやつだ。未央も、卯月も、肩を震わせ慄いている。

「すごかった、ですね」
「すごかったねぇ。アーニャもすっごく安定した動きだったけど、それよりらんらん。ほっとんどぶっつけ本番であのパフォーマンス。負けてらんないね!」

 未央が笑ってそう言った。卯月もそれにつられて笑っている。

「よーし!それじゃあ次は私たち、ニュージェネレーションのステージだね!がんばるぞぉ!」


 おー!、と三人が声を上げようとした、その時だ。水に濡れたアーニャと蘭子がステージ上から駆け込んできたのは。

第三話、終了です。およそ4000字でした。
次の更新は来週半ば、水曜日辺りを目指して頑張ります。
恐らく、次回で今作の最終話と為ります。

デレステのイベントに気を取られないようにしなきゃ……

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