男「裏ノーベル賞……!?」(36)
友「お、今日はノーベル賞の授賞式らしいぜ」バサ…
友「今年は日本人が一人受賞するみたいだ」
男「へぇ~、ノーベル賞ねぇ」
男「俺にはまったく縁のない話だな」
男「そもそもノーベル賞って、どんな部門があるんだっけ?」
友「えぇと、物理学、化学、生理学・医学、文学、平和、あと経済学だな」
男「とりあえず、理系の部門は俺にはさっぱりだし」
男「あと文学……本なんかマンガぐらいしか読まないし」
男「平和も、ボランティアとかしたことねえし」
男「経済学もダメだな。東証株価指数を説明しろ、っていわれたらできねえもん」
男「みごとにどれもダメだ」
男「お前ってたしか、劇団入ってるっていってたよな」
友「ああ」
男「なら、ノーベル演技賞でもあれば狙えたのにな」
友「ハハハ、そうだな」
男「俺なんて、ヒマさえありゃ自分に都合のいい妄想ばかりしてて、めんどくさがり屋で」
男「バイトの時はいつも店長に『お前、仕事が適当すぎんだよ』って怒られて」
男「本気出す時といや、エロ画像収集の時ぐらい」
男「能力はどうひいき目に見ても、凡人レベル」
男「だけど、ネット上じゃ自分は一流大生だの、彼女持ちだのとウソばかり」
男「あ~あ、こんな俺でも取れるノーベル賞ってないのかなぁ」
友「……あるかもしれないぞ」ガサ…
男「へ?」
友「この新聞に書いてあるんだけど」
友「なんでも今日、“裏ノーベル賞”の授賞式もやるらしい」
男「裏ノーベル賞……!? なんだそりゃ!?」
男「それって、もしかして“イグノーベル賞”ってやつじゃねえの?」
男「ほら、バカな研究した奴がもらえるってやつ」
男「あれはあれで、ユーモアセンスがいるから、とても俺じゃ取れねえよ」
友「いや、それとはまた違うやつだ」
友「記事によると、れっきとしたノーベルが創設した賞なんだそうだ」
友「だけど、あくまで“裏”ノーベル賞だし」
友「表のノーベル賞の価値を損ねることにもなりかねないから」
友「大々的に授賞式が行われることはないそうだ」
男「ふうん、ちなみに部門はなにがあるんだ?」
友「えぇと、妄想、怠惰、適当、変態、凡人、虚言癖、の六つだ」
男「なんだそりゃ!?」
男「俺なら六部門制覇できそうな賞じゃねーか!」
男「くそっ、そんなもんがあると知ってりゃ、もっとアピールしてたのにな……」
男「ちなみに、授賞式はどこでやるんだ?」
友「……この近所の市民ホールらしい」
男「へ!?」
男「なんでそんなとこで!?」
友「なにしろ、あまり表に出さない方がいい賞だから」
友「毎年、こそこそと場所を変えて授賞式を行ってるんだそうだ」
友「それで、今年は日本の市民ホールでやることになったんだと」
男「はぁ~、なるほど」
友「――で、どうする?」
男「そりゃもちろん、授賞式を見に行くに決まってんだろ!」
男「未来の“裏ノーベル賞候補”としては、今のうちに研究しとかなきゃな!」
市民ホールにやってきた二人。
ザワザワ……
男「ホントにやってる! ……でも、客席にあまり人は入ってないな」
友「しょせん、“裏ノーベル賞”だからな」
司会『お待たせいたしました!』
司会『ただいまより、裏ノーベル賞の授賞式を行います!』
司会『ではさっそく、“ノーベル妄想賞”の受賞から参ります!』
男「お、まずは妄想賞か!」
友「ちなみにお前はいつも、どんな妄想をしてるんだ?」
男「そりゃま、可愛い女の子に囲まれてハーレムとか」
男「メチャクチャ強くなって、悪人を倒しまくるとか、そういうのだよ」
男「受賞者がどんな妄想してるかは知らねえが、俺も妄想力ならかなり自信あるぜ!」
司会『このたびは、受賞おめでとうございます!』
受賞者A「ありがとうございます」
司会『しかし、すごいですね』
司会『自分の中で、“もう一つの人類史”を妄想してしまうとは』
受賞者A「大したことではありませんよ」
男「もう一つの人類史? なんだそりゃ?」
友「どういう意味だろうな?」
司会『何とこの方、自分の頭の中で』
司会『人類誕生から現代に至るまでの“もう一つの歴史”を妄想しているのです!』
司会『ちなみに、あなたの中のもう一つの歴史では、1600年はなにがありましたか?』
司会『こちらの歴史では、関ヶ原の合戦や東インド会社設立、などがありましたが』
受賞者A「1600年というと、私の中の歴史ではK.L885年にあたりますね」
受賞者A「大きな事件としては、ドーク戦争、ペレポ政変、ゲジャ地震が起こっています」
男「なんだなんだ……? なによ、ドーク戦争って……? 聞いたことねえぞ」
友「ようするに、アイツの頭ん中にゃ、俺たちが知る世界史とはまたちがう」
友「“もう一つの世界史”が出来上がってるってことだろ? ……妄想で」
男「マジかよ……!」
受賞者A「さて、ドーク戦争から説明いたしましょうか」
受賞者A「ドーク戦争の発端は、チャゲネ王国でのブレナードゥ王暗殺に始まります」
受賞者A「チャゲネ王国というのは、この世界でいうとフランスあたりに位置します」
受賞者A「また、ドーク戦争はチャゲネ語では“$&%#”と表記――」
司会『はい! はい! もう結構です! ありがとうございましたー!』
男「言語まで作ってんのかよ……とんでもねえな。どんな密度の妄想だよ……」
友「頭の中がどうなってるのか、想像するだけで頭がおかしくなりそうだな」
男「妄想でさえ、こんだけやらねえと、ノーベル賞は取れねえのかよ……」
司会『続いて、“ノーベル怠惰賞”の受賞を行いたいと思います!』
司会『受賞者の方、どうぞー!』
友「ノーベル怠惰賞だってさ、どんな奴が出てくると思う?」
男「うぅ~ん……」
男「きっとニート歴ン十年なんてのが出てくるんじゃねえか?」
司会『こちらが受賞者です! なんとベッドに横たわったまま運ばれてきました!』
受賞者B「…………」
男「なんだ、寝てるだけじゃねえか。たしかに怠惰といえば怠惰だけど」
友「思ったより大したことないな」
司会『実はこの方、呼吸をしていませんし、心臓も止まっているのです!』
司会『脳も全く活動していませんし、血流も停止しています!』
司会『怠け癖を極めてしまった結果、体の全機能を自ら止めてしまったのです!』
受賞者B「…………」
男「え、え、え!? ちょっと待て、それ死んでるってことじゃねえの!?」
友「だ、だよなぁ!」
司会『しかし! この方は紛れもなく生きているのです!』
司会『世界中の医師がこの方を診断しましたが――』
司会『死んでいる、と認定した医者は一人もいなかったのです!』
司会『生きているという診断しかできなかったのです!』
司会『今どういうお気持ちでいるのか、お言葉を聞けないのが本当に残念です!』
受賞者B「…………」
男「心臓も呼吸もなにもかも止まってるのに、生きてるのか……?」
男「もうなにがなんだか分からなくなってきた……」
友「深く考えるのはよそう……」
司会『さて、続きましては“ノーベル適当賞”です!』
司会『受賞にさいして、一言コメントをお願いします!』
受賞者C「はい」
男「適当賞か……。きっと『あざぁーっす』とかいうにちがいないぜ」
友「あ、それありそう」
受賞者C「このたびは、“ノーベル適当賞”という大変素晴らしい賞をいただき」
受賞者C「誠にありがとうございます」
受賞者C「これを励みに、今後も頑張っていきたいと思います」
男「…………!」
男「なんて適当なコメントだ……!」
男「一見、模範的なコメントに見えるけど」
男「内からにじみ出る『こう言っときゃいいんだろ?』みたいな投げやり感がすげえ!」
男「下手に態度が悪かったりするより、よっぽど適当って感じがする!」
友「さすがノーベル賞受賞者……ってところだな」
司会『それでは、“ノーベル変態賞”に移ります!』
司会『受賞者の方、こちらへどうぞ!』
男「よっ、待ってましたァ!」
友「うおっ、いきなりテンション上げてきたな」
男「なんたって“変態賞”だもん」
男「男の変態なら笑えるし、女の変態なら大歓迎だ! どっちにしろ楽しめるだろ?」
友「なるほどな」
司会『“ノーベル変態賞”おめでとうございます』
受賞者D「ありがとうございます」
司会『今のお気持ちはいかがですか?』
受賞者D「ノーベル賞を頂くのはもちろん嬉しいのですが、複雑な気持ちですね」
受賞者D「なにしろ、“変態賞”ですから。ハハハ……」
男「あれ? ずいぶん普通だな」
友「普通どころか、すごく紳士的だ。エロさなんか微塵も感じないぞ」
司会『なんとこの方、前世があまりにもエロすぎたために』
司会『今の人生はずっと無性欲状態、俗にいう“賢者タイム”なのです!』
受賞者D「お恥ずかしい限りで……」
男&友「前世ときたかァァァ~~~~~~~~~~~ッッッ!!!」
司会『さて、続きまして“ノーベル凡人賞”です!』
司会『今年最も凡人だと評価された方が、この賞を得られるのです!』
男「今、ふと思ったんだけどさ……」
男「こんな賞もらってる時点で、そいつってもはや“凡人”ではないよなぁ?」
男「そいつがいかに平凡でも、賞を与えることで、そいつの平凡性を消しちゃってるよ」
友「いえてる! たしかに矛盾めいたものを感じるな」
司会『“ノーベル凡人賞”おめでとうございます』
受賞者E「ありがとうございます」
男「なんだこいつ……。なんのオーラも感じない……」
男「“ザ・凡人”って感じだ! 道ばたの石ころって感じだ!」
男「いくら賞を与えても、この平凡っぷりは消せるもんじゃねえ!」
男「こんなヤツがこの世にいたなんてな……」
男「さて、残るはあと一つか」
男「いったい、どんな受賞者が出てくるんだろうな」
友「ぷっ……」
友「ハーッハッハッハッハッハッハ!」
友「あぁー、おっかしい!」
男「な、なんだよ……突然!?」
男「“裏ノーベル賞”とはいえ、式典なんだから、あまりでかい声で笑うなよ」
友「“裏ノーベル賞”だって? そんなものあるわけないだろ?」
男「へ……?」
友「もう一つの歴史を妄想してる人間? 体を機能を停止した怠惰人間?」
友「冷静に考えてみろよ。そんな奴らがいるわけないだろ?」
友「仮にいたとしても、そんな連中がノーベル賞なんて偉大な賞をもらえるわけないだろ?」
男「…………!?」
男「なにいってんだ、“裏ノーベル賞”の記事を見つけたのはお前じゃないか!」
友「お前、その新聞記事見たか? オレの話を聞いてただけだろ?」
男(あっ、そういえば見てない……)
友「ようするに、お前はまんまと騙されたんだよ。このオレにな」
男「ちょ、ちょっと待てよ! じゃあ、この会場や客や司会者、受賞者はなんなんだ!」
友「もちろん……あれは全員、オレの仲間さ」
男「あ……! まさか、お前が所属してる劇団の……!」
友「そのとおり。みんな、結構ノリがよくてね」
友「友だちを派手に騙したいんだけど、って頼んだら快く協力してくれたよ」
友「この市民ホールも、比較的安く借りれるとこだしさ」
友「あ~、面白かった! いいもん見れたわ! ナイス解説だったぜ!」
友「どうだった、オレたちの演技は? それこそノーベル賞もんだったろ?」
男「…………!」ムカッ…
男「く、くそっ! くそっ! よくも騙しやがったな!」
男「このヤロウ!」
ボカッ!
友「あだだ……!」
男「なにが“裏ノーベル賞”だ! こんな手の込んだドッキリしやがって……!」
男「もう帰る! お前とは当分会わねえ!」スタスタ…
バタンッ!
友「いてて……」
友「ちょっとやりすぎたかな……」
司会「あ、いたいた」
司会「これから“ノーベル虚言癖賞”の授与を行いますので、こちらへどうぞ」
友「あ、どうも」
司会「ケガをされてますが、もしかしてまた誰かを騙してたのでは?」
友「いやいや、そんなわけないでしょう。オレは人を騙すのが大嫌いなんですから」
司会「なにしろ、あなたときたらすぐ人を騙そうとしますからね」
司会「つい最近も自分のことを劇団員だとか、経歴を偽っていたそうですし……」
司会「もっともそれぐらいでなければ、ノーベル賞には届かなかったでしょうけどね」
おわり
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