提督「ぜかまし逆から読んでもぜかまし」 (18)

島風「駆逐艦島風です。スピードなら誰にも負けません。速きこと、島風の如し、です!」

提督「うひょおおお! 島風だああ!」

島風「ふふふん。そんなに私が来たのが嬉しい?」

提督「ああ! ああ! とっても嬉しい! ところで、島風、愛している! 付き合ってくれ!」

島風「提督もそう思っていくれてるの!? 私も前から提督のことは好きだったんですよ!」

提督「やったあああ!」


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初めて会ったとき、俺にとって島風の印象は「近寄りがたい」といったものだった。

その印象自体は珍しいものではない。多くの艦娘は兵器といえどその内面は乙女だ。
だから、男の俺に妙な先入見を持っていたりして、勝気な娘は高飛車な態度をとってくることもあるし、内気な娘はよそよそしく露骨に距離をとろうとしたりもする。

そういう態度は自然なことだと思うから、俺も気分を害したりすることはない。まあ、少し傷つくこともあるが、そういった態度の原因は提督である俺への、正確には男性への根も葉もない警戒心だから、時間をかけて誤解を少しずつ解いていけばいい。

しかし、島風への近寄りがたい印象はどうも勝手が違うように思えた。男性への警戒でもなく、新しい環境への不安でもなく、そうだな強いて言うならば、堂にいった孤独感が彼女からは感じられたのだ。

天涯孤独。艦娘とはもともと親もなく理由もなく発生する。だから、生活を共にしていると、その独特の乾いた価値観にふと気づきギョッとすることもある。
だけれど、いくらドライで硬質な気質の艦娘でも、誰か一人ぐらいは気を許せる仲間がいて、その娘の前だとチャンネルが切り替わったかのように別の表情を見せるようになる。俺たちがいくら生命の安全を保証しようとも事実戦争に向かうのは艦娘だ。そういった切り替えを大切にするのは当然だった。

しかし、そうしかしなんだが、島風にはそういった気を許すというチャンネルがなかった。もちろん、テレビリモコンみたいにボタンがついているわけではない。
初対面でいくら相手が自分のことを隠そうと身構えて、単一の能面みたいな振る舞いしか見せなくても、普通その背後に豊かな表情を見ることができる。たとい俺がそのある表情を未来永劫見ることが出来ない運命であっても、その感情のスイッチがあることは確信できる。

島風からはそれが感じられなかった。この今見せている孤独感こそ私島風の全てであり、いかなる条件下でもこの無関心な孤独は払拭されえないといった印象だった。
つまり、俺には島風が他者と親しく関わり合う様子を想像の中でさえ構築することが出来なかった。それは俺が島風に対してどういう態度で接すれば良いのかがさっぱりわからなかったということを意味する。

見取り図のない建築作業。何をどうすればいいのか分からず途方に暮れた。今までそれなりに艦娘と触れ合ってきて、慣れてコツは掴んだと思っていたが、大間違い。

余りのわからなさに目の前の島風を憎々しく思うと同時にどういう艦娘なのかと興味を持ったのも事実であった。

提督「よおし、今日も執務を頑張るぞ! 着任早々悪いが、島風が秘書艦を務めてくれ!」

島風「わかりました! 島風は書類仕事も速いってことを証明してあげます!」

提督「おいおい。島風そこは椅子ではなく、俺の膝の上だぞ?」

島風「えー? いいじゃないですかー! 提督の膝の上、座り心地いいんだもん!」

提督「仕方ないな。今日だけだぞ!」

島風「わあい! 提督大好きです! オゥッ、オゥッ、オゥッ~♪」

しかし、俺も提督だ。いつまでも頭を抱えているわけにはいかない。

島風を秘書艦に任命した。時間をともにすればするだけ、相手のことがよくわかるはずと考えたからだ。

島風は秘書艦に任命されても特に感慨を示さなかった。艦娘にとって秘書艦任命はそれなりに名誉なことになっており、来歴に秘書艦を務めたと記せるならば、まあ十分に信頼できる実績を持っているのだと、他の艦娘に対して窮屈な思いもしないですむ。

それだから、普段はむっつり不機嫌な娘も秘書艦に任命してみると、瞳に油断ならない輝きを灯す。

秘書艦がきっかけとなって仲が深まった艦娘も多い。なんせ秘書艦になると嫌でも提督とその日を生活しなければならない。呉越同舟とは言いすぎかもしれないが、身を固くする娘も流石に沈黙の退屈に飽きて仕方なくぽつぽつ口を開くようになるものだ。

だいたい沈黙の根比べとなると喋りたがりの乙女より男の俺の方に分がある。艦娘との最初の溝がその娘の乙女さにあるならば、それを埋めるのもまたその乙女さだった。

ある意味秘書艦任命は伝家の宝刀だったのだが、島風には効果がなかったようだ。考えてみたら当然なのかもしれない。周りと断絶している島風が他者の評価を気にしたり、沈黙の重苦しさを感じたりする余地はないのだから。

島風「ねーねー提督! ここはどうすればいいの?」

提督「ああ。ここはだな、こうしてだな………」

島風「よいしょ。びゅーん」

提督「おいこら、島風。急に立ち上がってどこに行く気だ?」

島風「もうお昼ですよ! 御飯を食べましょうよ! それに提督もそろそろ足がしびれて辛かったんでしょ?」

提督「………もうそんな時間か。よし! 島風、間宮までかけっこでもするか!」

島風「え? いいの? 負けたからって足のしびれのせいにしちゃダメですからね!」

提督の目論見は外れた。執務中、島風は自分のことを知ってもらおうともせず、また提督に関心を持とうともしなかった。

この島風なる艦娘のことを知ろうという素朴な下心から短慮な任命をした男が根を上げるまでにそこまで時間を要さなかった。

提督は島風を食事に誘った。内心の思惑が外れ焦燥と羞恥に揺らいだ己の精神を安定させるために変化を欲したためである。

そして多くの苦し紛れの行為が更なる状況の悪化を引き起こすというご多分に漏れず、提督もこの提案のしっぺ返しを話題のなさ故の気まずさという形で受けるのだった。

島風「オゥッ! ここの食堂はスパゲッティがあるんですね! 久しぶりに食べたいです」

提督「好きなのか?」

島風「はい! 他にはおそばやうどんやラーメンも好きです」

提督「麺類ばかりだな」

島風「だって速く食べられるじゃないですか」

提督「そんなに急いで食事をする必要はないだろ?」

島風「ありますよ。遅く食べていたら、提督とお話する時間がなくなっちゃいます。私は夏休みの宿題とかも速くに片付けて後は楽しみたいタイプなんです」

提督「食事をしながらゆっくり話せばいいじゃないか。夏休みも宿題を片手間に休暇を楽しむのが大半だろうしな」

島風「それじゃダメなんです」

提督「どうして?」

島風「だって食事をしながら会話をしたら、会話に気を取られてお料理の味がわかなくなるし、お料理に気を取られて何を話しているのかもわからなくなるじゃないですか。効率が悪い、つまり遅いじゃないですか」

提督「そういうものか」

島風「そういうものです」

提督「料理が来たな」

島風「提督はカレーなんですね。好きなのですか?」

提督「うーん。好きというか、習慣というか。食事って毎日することだから、同じことをしていたらいつの間にか意識せずに繰り返してしまうようになってた。カレーは勿論好きだけど、これを食べたいと改めて決めてはいないかな」

島風「ふーん。じゃあ食べさせあいっこしましょうよ! 提督はカレーに飽きたんでしょ? 私はここのカレーも食べてみたいです」

提督「いや、飽きてるとは言ってない。まあ、じゃあどうぞ。自由にすくって食べてくれ」

島風「むー」

提督「ふくれ面をしてどうした?」

島風「私は食べさせ合いっこって言ったんです! 食べさせ合いというのは、こうするんです。はい。提督、あーん」

提督「………少し恥ずかしいな。あーん」

島風「どうですか? どうですか?」

提督「うん。おいしい」

島風「じゃあ、今度は提督の番ですよ! あーん!」

提督「ああ、わかった。………あーん」

島風「もぐもぐ。少し私には辛いけど美味しいですよ!」

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