ロックマンエグゼ6より後の話です。
主人公は光熱斗の息子光来斗ということになってます。
光来斗の性格は公式では発表されなかったのでほぼ自分の想像です。
設定や用語がもしかしたら間違っているかもしれませんが、大目に見てもらえれば幸いです。
書きだめすべて投下します。
それが第一章と言う形になるのでまた次の投下まではかなり時間があきます。
糞文を気長に見てくれる人が居てくれたらありがたいです。
一応ロックマンエグゼシリーズは全部やりました。
自分的に一番面白いのは3か5。
一番可愛いのはセレナーデ。
じゃあ、本編です。
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現在より遥か未来の世界。
全てのコンピュータの管理を自律思考型プログラムに任せる時代。
電脳世界と、現実世界の差を限りなく近づけた住み心地の良い世の中。
今でも廃ることなく人間と共存する彼らのことを、人はナビと呼んだ。
「来斗、PETは持ったか?」
「…」
「…こら、来斗、返事をしなさい」
どこにでもある一般的な家庭に生まれた少年、光来斗は。
しかしこのナビというものを嫌っていた。
「…っせーな、クソオヤジ」
「…っ!こらっ!」
いや、正確には。
「だれがそんなポンコツ持ってくかよ」
『…あはは』
この父親から譲り受けた「ロックマン」というナビを嫌っていた。
「…そんな言い方はないだろ、来斗」
「…」
「馬鹿らしいんだよ、何がナビだ」
「そんなもん持たなくても俺は生きて行ける」
「俺にそんなゴミ押し付けんな」
悪態をついて、来斗は家を出る。
本人ではないものの、ロックマンは後ろ姿に確かに昔の彼を思い返す。
『行くぜ!ロックマン!』
どこからかあの時の彼の声が聞こえてくるようだった。
今はもう満足に体を動かすことのできない彼。
もし、涙を流せるなら。
ロックマンはきっと、枯れるほど流していただろう。
「…チッ」
「あ、来斗おはよう」
「…おお」
「またお父さんと喧嘩した?」
「…まーな」
「あはは、ほんと仲悪いんだから」
「…」
緑が巻き荒れるこの季節の景色を来斗はそっと見続ける。
何を見ても浮かんでくるのは、思い出すのは、苛立ちと、嫌悪感だった。
来斗はナビが嫌いだ。
今でこそこの時代は自律思考型プログラムに全てを任せてはいるが。
そんなもの、間違いだと彼は思っていた。
(…管理?制御?どいつもこいつもバカばっかりだ)
(そんなものに頼らなくても、生きていけるんだよ)
吹き荒れ、巻荒れる緑を見続ける。
青も嫌いだ。
好きな色なら、緑色だ。
嫌なことを思い出さずに住むから。
「…お、光いるかー?」
「…なんスか、先生」
声が聞こえた方向を見ると、自分の担任である先生が手を振りながらこっちへやってきた。
「お袋さんからだ、忘れるなよ」
そういって渡されたのは忌々しい形をした携帯機。
PETだった。
「…っ!」
途端に全身の血液が沸騰しそうになる。
なんで、なんだってこんなものを俺に押し付けやがる?
要らねんだよ、こんなもん。
そう、思ってしまう。
『…あはは、来斗…君』
ジロり、と目の前のプログラムを睨み付けた。
「…俺の名前を呼ぶな」
普段は言わないが。
言わないが、それでもどうしても言ってしまうこともある。
自分でも残酷だとは思うが、だからといって歯止めが聞くような事でもなかった。
「…たかが、プログラムのくせに」
「…人間のつもりかよ!」
来斗は力の限り机にそのPETを叩きつけた。
クラスメイトはそれを見て口々に「また、来斗か」「なんで嫌いなんだろうね」などと言っている。
『…うん、ごめん』
少しだけひきつった笑顔で笑うそのプログラムに対して。
来斗の心は動かない。
退屈な授業を終えて帰路に着く。
今日も楽で退屈な一日であったと我ながら思う。
いや、実際に日々の生活をつまらなくしてるのはほかならぬ来斗自身のせいなのだが。
『…来斗君、メールが来てるよ』
「…」
無言でメールを開く。
そこには母親メイルからのおつかいのお願いだった。
「…大根、こんにゃく、ちくわ…」
「おでんか」
母のおでんはあまり好きではない。
というより母の料理自体があまり好きではない。
不味いわけではないが全体的に薄味なのだ。
『わぁ、今日はおでんだね!来斗君!』
「…お前さ、マジで黙ってられないの?」
また苛立ちが募る。
コイツがいる限り、俺はきっと、一生苛立ち続けるのだろうと思うと、凄く気が滅入る。
「…ものも食えねーんだから黙ってろよ」
母親に頼まれてスーパーに来てみたはいいが広すぎてどこに何があるのかいまいち把握しきれない。
こういう時こそナビに頼んで詳しく調べてもらうのだが、当然のごとく来斗はそれをしない。
「あ、すいません、大根ってどこですか?」
いつも悪態をついているからと言って、誰にでもというわけではない。
来斗は初対面の人には普通の対応をするし、好きな人間には基本的に笑顔だ。
笑顔でない時は。
『…?』
決まって、コイツがいる時だけ。
「ありがとうございます」
礼を言ってすぐさま踵を返す。
目的地が分かったのならあとは小学生の子供にさえできることだ。
高校生の俺にできないわけが無い。
ドゴォォォ!!
もちろん、それは想定外のことが起きなければ、の話だが。
辺りはパニックに陥る。
冷静なつもりでいる来斗自身も、やはりどこかで恐怖を感じていた。
怖い。
足がすくむ。
当たり前だ。
父親は嘘かホントか定かではないが何度か世界を救ったと聞いた。
もちろん信じているわけではないが確かに肝は座っているほうだ。
だが。
世界を救うどころか目の前の大切な人さえ助けたことのない来斗にとっては。
あまりに想定外で、荷が重すぎる自体だった。
『来斗君!そこは危険だよ!人に流されないで!!』
「やかましい!」
「てめぇは黙ってろ!」
誰よりも早く逃げ出そうとする。
そうだ。
こんな事態俺には荷が重すぎる。
一目散に逃げて、早く家に帰ろう。
そうすれば、今日の夕飯がカップ麺になるだけだ。
それだけで、済む。
それだけで…。
「…うわぁぁぁ…おかぁさぁぁぁん…!」
「っ!」
今まで誰かを助けたことがない。
自分には荷が重すぎるから。
助けようと思った時には既に。
事は終わっているから。
悪態をつくのも、誰からも助けを求められないように。
後悔はしたくないから、期待もしない。
そんな生き方をしてきた来斗にとって、余りにも目の前の現実は、重過ぎた。
「…おかあさんが…!閉じ込められてるの…!」
「…!」
仕方ないだろ。
俺に何ができる。
そりゃ親父なら。
暴走を起こしている原因くらいすぐ突き止めて、この騒ぎを収められるかもしれないふ。
だけど、俺は。
「…」
できる訳が無い。
俺にできる程度のことなら、誰かがやってくれる。
だから。
「…助けて…!」
「…!!!」
重過ぎる現実は時にその人間の本性を浮き彫りにする。
別に自分から無謀なことをしたいわけじゃない。
俺は馬鹿じゃないから。
だけど。
「…任せろ」
助けてと。
救いを求めてる人に手を差し延べる事くらいは。
俺にでもできる。
そう、思った。
その日、忌々しいと思い続けたPETを手に握り。
嫌っていたプログラムに初めて命令を出す。
態度の悪い無自覚のヒーローが産まれたのだ。
「プラグイン…ロックマンエグゼ、トランスミッション…!」
『来斗君!?』
呼ぶ声を無視して来斗は自分のPETから出る赤外線をドアをロックしているだろうパネルに当てる。
「…ロックマン」
「…扉を、開け」
淡々と命令する。
こいつに弱みを握られないように。
お前はただのプログラム。
勘違いをさせないように。
だけど、彼は。
『…うん!』
笑顔だった。
「…チッ」
何もかも思い通りに行かないこの状況に悪態をつき、来斗は小さな女の子をじっと見る。
自分の力が及ばないところで、自分の母が死の危険にさらされている。
幼い子供は、そのことをどう思うのか。
どれ程の恐怖なのか。
来斗は、よく知っていた。
「…安心しろ、お前の母さんは、必ず助けるから」
不器用だが嘘のない笑顔。
その笑顔は普段の来斗からは余りにもかけ離れたものだった。
「だから、任せて逃げろ」
それだけいうと来斗は踵を返しドアを見つめる。
別に信用しているわけではない。
だが、来斗はどこかで分かっていた。
ただのプログラムである彼は、きっとこの扉を開けるだろうと。
それは、信頼とはおよそ呼べないもの。
だが、信ずるに値するもの。
『空いたよ!!来斗君!』
「あぁ」
それに名前をつけるとしたら。
来斗にはまだ、思いつかない。
中は肺が焼き付きそうなほどの熱気がこもっていて、呼吸する度に胸が痛くなる。
この熱気の中長時間人間が居続けられるわけがない。
何とかしてその母親を探そうと躍起になっていると、どこからか声がした。
『…来斗君!』
「なんだよ!うるせぇな!」
『見つけたよ!お母さん!』
「!」
ロックマンの声に従って来斗は火を避けながら奥へ進む。
あちこちには瓦礫が散らばっており、もし転倒でもすれば間違いなく大怪我をするだろう。
「…っだよ、こりゃ!
やっとたどり着いた目的の場所。
しかし。
目的の人は、直視することも躊躇われるほどの火に囲まれていた。
見るだけでわかる、もう、時間は少しも残されていない。
火の近くで呼吸をすると、肺を焼いてしまう。
どこかで習ったその知識を思い出した来斗は自分のジャケットを目の前の女の人に投げつけた。
「それで口を覆って!」
その場しのぎにすらならないが、ないよりはマシだ。
とにかく、火がこれ以上大きくならないうちに彼女を助けなくてはならない。
「…!」
「…スプリンクラーだ…!」
「ロックマン!スプリンクラーはどこにある!?」
『…大丈夫!管理プログラムへは僕のところから行けるよ!』
「作動させろ!」
できる限り大きな声で叫ぶ。
待たすわけにはいかない。
彼女を助けなくてはならないし、何より自分が死んでしまっては元も子もないからだ。
「…チッ、なんて、損な…」
「…!」
おかしい。
そもそもスプリンクラーは火事の時に作動するものだ。
火を消すためのものだ。
火を消さなければその存在価値はない。
ならば、どうしてスプリンクラーは作動しない?
これ程の火が上がっていながら、何故…。
『…うわぁぁぁぁぁ!!』
「!?」
少し考えればわかることだった。
スプリンクラーが作動していない原因。
それは、管理プログラムがバグを起こしているか。
第三者の手によって、その権限を奪われているか。
どちらかだ。
「ロックマン!?」
『…ぐうぅ…!』
「どうした!?スプリンクラーは!?」
『…ごめん、来斗君…敵が…』
敵。
それはこの事態をあらかじめ予想してであろう、敵。
誰かが死ぬかもしれないとわかっていながら、それでもこの事態を引きおしたであろう、敵。
「…クソったれが!」
どうしてこうも世界は自分の望む方向へ進んでくれないのか。
いくら考えても答えは出ない。
ナビを持ちたくないといえば、口うるさいナビが付いてくるし。
誰かを助けたいとも思わないのに、巻き込まれる。
そして、戦いたくもないのに、戦わざるを得なくなる。
俺は親父じゃないんだ。
誰も、何も俺に期待しないでくれよ。
俺は、来斗だ。
光熱斗じゃない。
『来斗君!!!!!』
その考えを吹き飛ばすような大声で途端に現実へ引き戻される。
『…嫌かもしれないけど、お願いだ』
『僕を使って!』
クソ喰らえだ。
どうしてよりにもよって一番嫌いなお前なんかを。
そう思ってもこの状況は改善しない。
「…引き付けろ」
『…!うん!』
「はぁぁ…前からだせぇと思ってたんだよな」
「…何もしないで達観することと」
「…この決めゼリフ」
「…バトルオペレーション、セットイン」
口にしておかしくなってきた。
何だこれ。
ただの高校生の俺が、何をしてんだ。
たとえ俺がバトルをオペレーションしてセットをインしたところで何が変わる?
「違うよな」
「変わるのは、俺自身だ」
昔のことはよく覚えていない。
だが、確か、小さい頃。
まだ俺が親父にあこがれていたころ。
俺はお袋にねだって小さなバトルチップ専門店へ連れていってもらった。
「あら、お父さんに似てマスね」
若干変な訛りがあったその店員をよく覚えている。
「そうですか?ふふ、何でもチップが欲しいらしくて」
「さ、来斗、何が欲しいの?」
幼心ながら、買ってもらえるチップは1枚だけだと分かっていた。
だから俺は身近なナビを思い浮かべて。
一番似合うと思うチップを選んだんだ。
「あら?これがいいの?」
「うん!だって綺麗な青色だもん!」
選んだのは、今思えば、あの頃の俺でもお小遣いを貯めれば買えそうな安いチップ。
だけど俺はそのチップが大好きで。
それを買ってもらえたこと自体がすごく嬉しかったんだ。
良かったね、来斗君
どこからか聞こえたその声は。
今も変わらず聞こえている。
あの頃と全く変わらない声で。
「…ぷっ、くくく」
我ながら女々しいと、来斗は思う。
嫌いになったと言いつつ、気に食わないといいつつ。
今でもそれが忘れられないでいるのだから。
「クソくだらねぇ…ぷはは!」
「ずっとなくしてたと思ってたんだもんよ」
見つからないはずだ。
大切な宝物は。
忌み嫌ったPETのカバー裏に張り付けておいたのだから。
幼く拙い字で、書いてある「来斗」の文字。
それは確かに、他ならぬ自分の物だった。
『来斗君!!』
「バトルチップ、ソード!」
あの頃の自分を思い出すために。
変わらなくちゃならない。
こいつが嫌いだけど、認めなくちゃならない。
「…いけ、ロックマン」
『やぁぁぁぁぁっ!!!!!』
俺にとって最高のナビは、大嫌いなこいつだということを。
「…!」
「お母さん!!」
「…おかあさぁぁん!!」
運んできた母親に飛び込むようにして少女は抱きつく。
不安で歪んでいた顔には涙のあとがくっきりと残っていた。
「…ありがとぉ…!お母さんを…!」
「気にすんな」
「…本当に、ありがとうございます!」
「…気にしないでください、あんたを助けたのは俺じゃないですよ」
少し怪訝な顔をする母親に向かって俺はこう言った。
「助けたのは、その子ですから」
事実、その女の子が助けを求めなかったなら。
来斗は家でカップ麺をすすっていたし、母親はこの世にはいなかっただろう。
それでもこの母親が生きていて、彼がこれほど煤だらけということは。
つまり、そう言う事なのだろう。
『来斗君…』
おずおずと機嫌を伺うように呼びかけてきた彼に向かって。
「…帰んぞ、ロックマン」
悪態をつく来斗。
いつもと変わらない風景であり、それが普通だった。
やはり来斗のナビ嫌いは治ったわけではないのだ。
「…ありがとよ」
ただ、認めていないわけではないようだが。
「らっ、来斗!?ボロボロじゃない!」
「あぁ、もう、うるさい」
「疲れてるから寝かせて」
口うるさい母親を一蹴し、服を脱ぎながら冷蔵庫をあさる。
普段より少し早いが、少しだけ頑張った自分へのご褒美として彼はプリンを掴み取る。
「…あれ?来斗?」
「…なんだよ」
スプーンをくわえながら不機嫌そうな声を上げる。
「ううん、何でもない」
「…?」
笑顔の母を怪訝な顔で見たあと来斗はまた不機嫌そうに、退屈そうに自室へと足を向かわせる。
その手には、いつもならあるはずのないPETが握られていた。
「…どうした?」
「…うん、来斗がね」
「…そうか」
「…来斗ももう、18歳だね」
「…そうだな」
彼はこのプログラムに支配された世界を嫌っている。
そして、自分の大切なものを奪ったナビというものも嫌っている。
彼は嫌いなものとは分かり合おうとしない。
そんな性分だと自分で分かっていて、比べられることも嫌いだから。
彼は自分がヒーローだとは気付かない。
後に無自覚のヒーロー、光来斗は、自分の嫌いな世界を、嫌いなナビとともに救うことになるのだが。
もちろん、彼はそんなこと、知る由もない。
『来斗君!』
「なんだよ、ポンコツ」
『ひどいよ!』
「…ははは」
少しだけ歩み寄った彼は、そんなこと、知る由もなかったのだ。
ここまで第一章というか一区切り
またまったり書くので付き合ってくだされば幸いです
ではまた
「おい、ポンコツ」
『…来斗君、だから僕はロックマンだってば』
「んな事はどうでもいい」
『…』
「…お前、お袋に俺のテスト結果バラしたろ?」
『…うん、まぁ』
電脳世界と現実世界が密接に関わり合っているこの時代。
人間は電脳世界での自分の身代わり、パートナーとも言える存在を1人につき一体ずつ持っている。
ナビ。
自分の身代わりとして、また時には頼れる相棒として、命令を聞き、絆を共に深めていく彼らの存在はそう呼ばれる。
しかし、それが円滑な関係であることとは無縁であったりもする。
「なんでお前言わなくてもいいこと言うの?」
来斗は冷たい眼差しで目の前のナビ、ロックマンに問いかける。
『…あはは…』
対してロックマンは必死に目を逸らし、あさっての方向をむいたり、メールなどのチェックを行っていた。
『…だってメイルちゃんに…』
「お前まじで余計なこというな!後お袋の事ちゃんづけすんな!」
『ご、ごめん…』
「ったく…」
憤り、片手にオレンジジュースの紙パックを持ちながら椅子に座る。
どうやら怒ってはいるが、それ程でもないようだ。
『…来斗君は本気で怒ったらウィルス送り込むもんね…』
「何か言ったか」
『なんでもっ!!』
ナビと人間は対等な関係である筈なのだが。
このデコボコな二人には当てはまらないようだ。
「…」
外を見る。
あのデパートの事件からもう3ヶ月。
あの時は柔らかい緑が巻荒れる、まさしく春と呼ぶにふさわしい季節であったが。
今は、うだるような熱気を孕む夏だった。来斗の二階にある部屋に届くほど長い木に、蝉が止まっている。
自分の存在を主張し続けるかのようなけたたましい鳴き声がダイレクトに来斗の鼓膜を震わせた。
「…うるせぇな」
3ヶ月。
人が良くも悪くも、変わるのには十分すぎる時間だ。
『来斗君、でも宿題はすまそうよ、ね?』
「…」
『…うっ』
それは来斗にも当てはまる。
そして、この口うるさいネットナビの小言が蝉の声よりもマシだ、と思えるくらいには。
「…分かったよ」
変われたのだろうか。
「…あー、あっつ」
『集中してたね、来斗君』
「しないとお前がやかましいだろ」
「あー…お袋買い物に行ってんだっけか」
普段なら母親に自室のクーラーを付ける許可をもらいに行くところだが。
今は生憎、両親ともに不在だった。
二人ともネット工学系の仕事をしているので多分その関係だろう。
「休日出勤なんて、ご苦労な事だよ」
そう言いつつ、扇風機のスイッチを入れる。
クーラーも悪くはないが、来斗は夏特有のこの音と風が嫌いではなかった。
『来斗君、僕にも当ててくれないかな?』
「はぁ?」
『PETが熱持っちゃって』
「…ん」
心地いい風が来斗とロックマンを包み込む。
少し前の来斗ならこんな事ありえなかっただろう。
ロックマンは来斗に対して、その父親である光熱斗以上に謙虚であったし。
来斗は誰よりもロックマンの事を嫌っていたのだから。
今もその関係は端から見ればあまり変わっているようには見えないだろうが。
それは彼ら自身がわかっていればいいことなのだろう。
ピンポーン
『来斗君!お客さんだよ』
「…誰だ?」
友達がいないわけではないが、いる、というほど彼に友達が多いわけでもない。
精々に2、3人。
それも普段割と話す、というレベルのだが。
だから彼の家のインターホンを鳴らす人間に思い当たりなど当然のごとくなかった。
「…ロックマン」
『…うん』
別に警戒する必要もない。
しかしネットが普及するということはそれだけネット犯罪が増えるということでもある。
3ヶ月前、その事実を目の当たりにした二人にとって、注意しすぎてしすぎるということはないだろう。
「…」
がちゃり、とドアを開ける。
目の前にいたのは、かっちりとした赤いベースの服を着て、灰をかぶったような頭をした大人の人が居た。
「…誰っすか?」
不躾だがこれが素直な反応だった。
「…光はいるか?」
来斗の不躾な対応など気にもとめずその男の人は淡々と述べる。
端整な顔立ちと、よく通る声。
正直テレビに出ていても何ら不思議ではない。
「いや、光は俺ですよ」
「…違う、光…ねっ…」
そこまで言いかけて、はっとしたような顔で男は口を閉じる。
ロボットのような人に見えたが、どうやら感情はあるらしい。
「…そうか、お前、光来斗か」
『あぁぁぁぁぁぁあーーー!?』
「っ!?」
突然自分のPETから聞こえてきた声に思わず来斗の体は硬直する。
「な、なんだよ!!!」
『炎山君!?』
「…すまないな、まさか留守とは思っていなかった」
ロックマンに聞いたところ目の前の男──伊集院炎山──は自分の父親、光熱斗と古い友人らしい。
『久々だね、炎山君』
「だな、ロックマン、見たところその口うるさいところは治っていないようだが」
くつくつと炎山は笑う。
人間らしさを感じなさそうな表所つからは予想もできない顔だった。
「来斗君、ひか…父親は何時頃帰ってくる?」
実の息子の前で光と呼ぶことをためらい炎山は言い直す。
「別にいいですよ、光で」
「親父ならいつ帰ってくるかわかりません」
このネット工学の賜物とも言える社会で、それの基盤となる仕事に従事している両親を持つ来斗にとって、それは珍しくないことだった。
そのような時は大抵一人で漫画を読んだりテレビを見ていたりするのだが。
『君も久しぶりだね、ブルース』
最近は、まぁ、退屈しなかったりする。
「そうか、早急に光に伝えたいことがあったんだがな」
「あ、そういう事なら俺が電話しましょうか?」
父親の携帯電話の番号は記憶している。
一人でいるときに暇過ぎてやった戯れの一つだ。
「…そうしたいのもやまやまなんだがな、できれば直接話したい」
「そっすか」
適当に返事をしつつ受話器を置く。
なんだか自分の暇つぶしが否定されたようで少しだけ落ち込んだ。
「…もしかして、それ俺が聞いちゃダメだったりします?」
「…そうだな」
「一般人の君を危険にさらすわけにはいかないからな」
「…一般人?」
まるで自分は一般人ではないような言い方が少しだけ引っ掛かった。
『炎山君はオフィシャルネットバトラーなんだよ、来斗君』
「へー、オフィシャルネットバトラーね」
「…」
「オフィシャルネットバトラー!?!?!?」
オフィシャルネットバトラー。
ネット工学を基盤に置く現代社会において。
その犯罪内訳は大きく変わる事となる。
中でももっとも変わったのはサイバーテロの割合。
オフィシャルネットバトラーとは、そのサイバーテロを未然に防いだり、ウィルスや犯罪を犯したネットナビを処罰したりする。
言わば、電脳世界における警察のようなものだ。
「…え、な、何しやがったんですか?うちの親父は…?」
「ももももももしかしてサイバーテロ…」
「…いや、あの親父ならもっとアホなこと考えててもおかしくねぇ…」
「…落ち着け」
呆れた顔をしながら、炎山は自分に出されたお茶を来斗に渡す。
「…ぷは…じゃ、じゃあそのオフィシャルネットバトラーの炎山さんはなんで…」
「だからそれは言えないと言っただろ」
「あ、そっか」
『凄いよね、オフィシャルネットバトラーなんて』
その言葉を聞いた途端、炎山は不敵に笑った。
まるで、おもちゃを見つけたかのような、そして、試すかのようなそんな笑みだった。
「…ふふ、当時最年少、天才オフィシャルネットバトラーと言われた俺たちと互角以上に戦ったお前が、「凄い」か」
『あれは僕がすごかったんじゃないよ、熱斗君が』
『謙遜するな、ロックマン』
どこからか聞こえてきたその声は、炎山の燃え上がるような赤をしたPETから聴こえてきた。
『やだな、謙遜なんて』
「ふふ、そういう事にしておこう」
「…」
来斗は自分だけのけ者にされているこの状況がなんとなく気に入らなかった。
まぁ、だからと言って何か言おうとか、しようとか思ったわけでもないのだが。
「…お前そんなにすごかったの?」
『だから僕はすごくなんて…』
「ん?来斗君はロックマンを使ったことがないのか?」
「…ええ、恥ずかしながら、あんまり」
なんにも恥ずかしくはないが。
「はは、なら少しだけ手合わせしてみるか」
「『ええっ!?』」
炎山は戯れに、と言ったような顔で着々とフォルダの準備を始めた。
その顔は大人びて冷静ではあるが、どこか少年らしさを感じるものでもあった。
「む、無理ですよ、それに俺はフォルダなんて…!」
「フォルダなら俺が貸そう」
「こ、この人話聞かねぇ…」
ネットナビ同士のネットバトル。
それはウィルスとの戦いと違っていくつかのルールがある。
一つは、相手のナビをデリートしてはいけない。
一つは、オペレーターの行動を阻害してはいけない。
そしてもう一つは。
『いかなる時でも、全力で、だ!』
凄まじい音と共に赤いネットナビ、ブルースが斬りかかってくる。
目にも止まらぬようなその早さに一瞬判断が遅れる。
『ぐぁっ…!』
速い。
そして一撃の重さがロックマンとは段違いだ。
これ程までにオペレーターの指示と、ナビの動きのラグがなくなるものなのか?
「ロックマン、やられっぱなしじゃいられねぇぞ!」
すかさず来斗はバトルチップを差し込む。ロックマンの腕がキャノン砲にかわりブルースを穿つための弾を発射する。
だが。
「甘い」
炎山はそれを見越してか全方位を巻き込む斬撃を指示する。
言葉無しで。
「なっ…!」
キャノン砲の弾はブルースにぶつかる直前にまっぷたつに割れてその後ろで爆発した。
『…落ちたな、ロックマン』
『…!』
『戦いのない平和な日常』
『確かにそれは居心地のいい物だろう』
ブルースは噛み締めるようにいう。
勝ち誇るべきその言葉には、なぜか無念と後悔がこもってるようにも思えた。
『だが、お前はそのせいで腑抜けた』
『…そんなものでは、守りたいものも守れまい』
「…」
守りたいもの。
最初から来斗にはそんなものありはしなかった。
というよりは、気付いていなかった。
自分が守りたいものが何なのか。
気付いて、いなかった。
『やはり、そのオペレーターではダメだな』
『光熱斗を呼べ、そして最強のお前を切り伏せる』
目には宿るのは誇り高き戦士の炎。
今の来斗達にその炎をかき消せるほどの力も、情熱もなかった。
「確かにな」
「親父に比べると俺達はデコボコだ、息一つあっちゃいねぇ」
くつくつ、と。
炎山の真似をして来斗は笑う。
「だけど」
守りたいものなんてなかった。
気付いていなかった。
あの時までは。
「守りたいものはなくても、守れるものはあるんだぜ」
「せめて一矢報いるぞ、ロックマン」
『うん!』
『…一矢報いる?面白い』
『やってみろ!』
またも凄まじい音を立てながら高速で接近してくる。
つくとすればそこ。
斬撃という攻撃方法ゆえに、必ず自分の射程距離は短くなってくる。
それを詰める方法は、たったの一つ、地面を使った移動のみ。
「やるぞ、ロックマン!」
散らばったピースを組み立てるように、少しずつ解法を組み立てる。
警戒すべきは何か、警戒させるべきは何か。
思いがつながり、絆が紡がれれば、自ずとラグ減ってくる。
「…!シンクロ、か!」
もとより手加減などするつもりは毛頭ない。
たとえ完全には取り戻してはいなくても、全力で切り伏せる。
「…喰らえ!!」
近付いてきたところに強威力のキャノン砲。
目で負うのは骨が折れるが、それでも反応できない速度ではない。
『甘い!』
しかしそれをブルースは軽々と交わす。
あまりの反射速度に思わず声が出そうになる。
『終わりだ!ロックマン!』
「…!待て!ブルース!」
「それは…デコイだよ!」
バトルチップには開発者にさえ予期できなかった可能性が存在する。
既存のバトルチップを特定の並びで選択すると、それが一枚のチップとなる。
超威力のチップ。
プログラムアドバンス。
「自分で…見つけたというのか…!」
恐ろしいほどの才能。
だが、それでも、戦士の炎を揺らがせる程度だった。
『ちぃーーーーー!!!』
またも紙一重で超威力のプログラムアドバンス、ドリームソードをかわす。
その反応はもはや、人間や、ナビという次元すら超えているように思える。
『おおおおおおおお!!』
がきぃん、と鉄を擦り合わせたような音が勝負の終わりを告げた。
ロックマンの腹部に突き刺さるブルースの剣。
そして。
『…あれすらも、デコイ…!』
ブルースの左腕を切り落とすロックマンの剣。
「…やられたな」
「この勝負、両者戦闘続行不能で、ドローだ」
「っ…!」
ドロー。
もちろんそれはデリートしてはいけないという範囲内の元決められたものであり。
どちらかがデリートされるまでという、普通の勝負なら。
負けていたのは言わずもがな、ロックマン達だっただろう。
それでも。
それが分かっていても。
「っしゃぁぁぁ!」
来斗は喜びを隠せないでいた。
「やるじゃないか、来斗君」
「いやぁ、正直手も足も出ませんでしたよ」
「ふふ、謙虚なのはナビ譲りか?」
「なっ…!」
少しだけ顔を赤らめる。
あいつに似ているなど、考えたくもない。
「来斗君、君が戦っているとき、君はどんな感じだった?」
「…どんな感じ?」
「…そーすね、あいつの動きが手に取るようにわかるっていうか」
「そうか」
「あと、心なしか刺されたところが痛かったり」
「…!」
炎山は目を大きくむく。
なるほど、やはり。
この子も、素質がある。
人類を救う大きな光にもなり、破滅をもたらす兵器にもなる。
絆システム、その最たるもの。
(フル…シンクロか)
「来斗君、君がもし世界を救うしかなくなったら、君はどうする?」
炎山は真っ直ぐに来斗の目を見つめ、そう言った。
重過ぎる現実。
ただの高校生である来斗には想像もつかないような。
「…さぁ、そんときになってみないとわかりません」
「…そうか」
「ただ、目の前の誰かを守るくらいは俺だってしたいっすよ」
光のような笑顔で彼はそう言った。
この力は開発者にも予想できなかった爆発的で、圧倒的で、そして危険な力だ。
誰でも使えるわけではないが、使えるものがいた時。
孤独すらを飲み込む、圧倒的な闇に囚われることもあり得る。
「だが、心配いらないな」
口は悪く、無気力そうには見えるが。
彼には立派な芯がある。
無論彼だけが使えるわけでもないが、それでも。
この類希な力を彼が持ってくれたことに、炎山は心から感謝した。
願わくば、この、数奇な運命を背負う彼らに少しばかりの幸運を。
(なんてな)
そう思いつつ、炎山は光家を後にしたのだった。
消えたと思ってたデータが残ってました
今度こそ終わりです
まったり書きます
見てくれてありがとう!
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