めだかと善吉の千夜一夜物語 (41)
【前編】『大刀洗斬子の動かない決断』
善吉、今日は何の話をしようか。
何年も離れていたから話したいことがいっぱいあるぞ。
うん、そうだな。頑張り屋のお前には頑張らないあの人の話をしてみようか。
大刀洗斬子。「眠れる怠惰」。元・選挙管理委員長。小柄な体にツインテール。1日22時間眠る。
箱庭学園在学中は1組生でありながら13組生同様に登校義務の免除を得た例外中の例外。
※「めだかボックス」およびその小説版のネタバレを含みます。
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大刀洗先輩が私を訪ねてきたのは、私が箱庭学園を退学した2年後のことだった。
すなわち、箱庭学園の理事長に就任して2年が経ったとも言い換えることができる。
ちょうど箱庭学園を卒業したお前と連絡が疎かになり始めたのもこの時期だった。
「黒神めだかさま。お時間を設けていただき、恐悦至極にございます。
この度、身共の長が自作の冷凍睡眠装置を使いましてコールドスリープに入ることとなりましたので、
お世話になった方々に最後にごあいさつ申し上げようと参上した次第であります」
慇懃無礼ともいえる口調で話し始めたのは長者原融通(ちょうじゃばるとけみち)先輩だ。
元・選挙管理副委員長。見上げるような長身に箒を思わせる頭。
「公平」の異常性を持つ融通の利かない男。元・風紀委員長である雲仙冥利の唯一の男友達。
そして、肝心の大刀洗先輩とはいえば、長者原先輩の隣で眠っていた。
来客用のソファの上で堂々と眠っていた。
私は彼女を見ると1日22時間眠るというコアラのことが頭に浮かぶのだ。
そういえば、もがなちゃんは今でもコアラのことを「ぬいぐるみチック。生き物みたいな気がしない」と思っているのだろうか。
かなり気持ち良さそうに眠っているところ、わざわざ起こすのも気が引けるので、
自然と目を覚ますまで、しばらく長者原くんと世間話をしていた。
彼の「公平」な視点からの物の見方は勉強になるので、善吉も機会があったならば話してみるとよい。
「あー、黒神ちゃんだ~~。おはよ~~」
大刀洗先輩が目を覚ました。正確な時間は忘れたが、案外早く目を覚ましたなと思ったことは覚えている。
コアラが1日22時間眠るのはユーカリの葉に含まれる毒を解毒するのにエネルギーを使ってしまうためだが、
大刀洗先輩にも分解すべき「毒」があるのだろうか。善吉はどう思う?
「おはようございます。大刀洗先輩」
時刻は既に20時を回っていたはずが、まあ別にいいだろう。
「あれ~~? あたしはなんでこんなところにいるんだっけ~~?
あ~、そうそう。融通がコールドスリープに入る前に
最後に方々にあいさつしとけってうるさかったんだよね~~」
確かに大刀洗先輩がわざわざ私にあいさつしに来るとは思えなかったが、
長者原先輩がそこまでうるさく勧めるとも思いにくい。
在学中から思っていたことだが、どうもどういう関係なのか想像しにくいコンビだ。
もちろん意外といいコンビなのは間違いないのだろうけれど。
「噂には聞いていましたが、コールドスリープに入るとは本当なのですか?
大刀洗先輩ほどの実力があれば、引く手数多でしょう。私の部下には要りませんが」
「あはははは~~、本当に黒神ちゃんと雲仙くんは似ているね~~。
この前、雲仙くんに会いにいったときも同じこと言われたよ~~。君たちは本当に働かない奴に厳しいね~~」
大刀洗先輩は寝返りを打ちながらこう言った。
私の場合は働かない人間に厳しいというよりは、どうしても、もっとできると思ってしまうのだ。
どんなときにも私に付いてきてくれたお前を見ていたらそう思ってしまうのも無理はないだろう、善吉。
ふふふ、惚気はさておき、人間の可能性を信じているといえば聞こえはいいが、
理想を他人に押しつけているだけかもしれない。このあたりは反省せねばならない。
高校時代より少しは客観的に物事を見られるようになっていると思うのだが、どうだろうか。
「雲仙さまに先に会いにいったのは、
私めが彼と個人的に親しくさせていただいておりまして
アポイントメントを取りやすかったためで、他意はありません」
長者原先輩が珍しくやや慌てたように言った。
公平を旨とする彼でも親しい人物がいるというのは何となくうれしいものだ。
それがたとえ「ルールを人より上に置く」という
ポリシーが一致しているのがその理由だったとしてもだ。
「う~~ん、やっぱり人吉くんが黒神ちゃんの隣にいないとさびしいね~~」
大刀洗先輩は私の周りを見渡すようにして言った。
「はたらかない」の文字が書かれたアイマスクをつけているので
厳密にはどこを見ているのかは分からないのだが。
結局、お前と再び仕事ができるようになるまで10年もかかった。本当に待ちわびていたぞ。
「昔からこそこそと陰で動くのが好きな奴ですからね。今もどこかで頑張っているのでしょう。
私の周りには何かと多いのです。兄貴しかり、不知火しかり。
大刀洗先輩にも大変感謝しています。
大刀洗先輩がいなければ、私が生徒会長になることはできなかったでしょう。
不覚にも大刀洗先輩と不知火が椋枝先生を止めてくれたことに気づいたのはだいぶ後になってからでしたが」
うむ、善吉は気づいていなかったのか。
まあ、当事者の私ですら気づくのが遅れたから仕方のないことだ。
あの頃、私と思想的に対立していた椋枝閾先生は、
私に立候補をやめさせるべく動いていたのだ。
その椋枝先生の妨害をしてくれたのが大刀洗先輩と不知火だったというわけだ。
全員が全員、陰で動いていたんだよ。本当に私の周りにはこういう性格の人物が多い。
「え~~、あれは別に黒神ちゃんのためじゃないよ~~。
いくらなんでも校職選挙法で規制されていないからといって、
教師が生徒の自由な活動を妨害するなんて
箱庭学園の理念からすればいいことじゃないからね~~。
それにどうせ椋枝先生が黒神ちゃんの立候補をやめさせようとしたって、
絶対に黒神ちゃんは立候補したと思うよ~~。だから誰のためでもないよ~~」
この言葉を聞いて、大刀洗先輩と長者原先輩の関係が少し分かった気がした。
ルールの文面を、ルールの形を守る長者原先輩と、ルールの理念を守る大刀洗先輩。
どっちも「公平」ではあるけれど、現れ方が違うというべきかな。
長者原先輩が4月の選挙を仕切っていれば、
椋枝先生の動きを規制するルールにないからと言って、
見逃していたんじゃないかという気がするな。
逆に大刀洗先輩が球磨川との戦挙を仕切っていれば、
志布志同級生や蝶ヶ崎先輩による
修行中の高貴やもがなちゃんへの襲撃は許さなかったんじゃないかな。
これは私の想像に過ぎないのだけど。
そもそも「公平」という概念は相対的なものであって
、基準をどこに置くかによって結論は大きく変わってくるものなのだ。
「公平」というのは、星の数ほどはなくても人の数ほどはあるということだ。
善いも悪いも、強いも弱いも、全て等しく扱う
安心院(あんいんいん)さんこと安心院(あじむ)なじみの「悪平等」ですら、
見方によればこの上なく公平なのだから。さすがに極端すぎる例えだがな。
その意味で長者原先輩の「公平」は中立というべきなのかもしれないな。
ルールにのみ従い、どちらの味方をすることもなく、偏った見方をすることなく、
淡々と業務を執行し粛々と裁く。
裁判官という職業は彼にぴったりだと思うよ
「そうそう。夏休みの戦挙の時もお世話になりました。
大刀洗先輩が不知火の頼みを聞いてくれなければ、
私と球磨川の戦いは実現しなかったかもしれません。
そうなると球磨川と分かり合うこともできなかったでしょう」
「やだな~~。あれもただ不知火ちゃんがしつこいから頼みを聞いてあげただけだよ~~。
不知火ちゃんの頼みを聞かなかったとしても生徒会が勝っていたし~~、
黒神ちゃんはどこかで球磨川先輩との戦いを実現して、分かり合っていたと思うよ~~。
それに球磨川先輩があんなに『嫌な人』だと知っていたら~~、私は決して~~……」
大刀洗先輩は中途半端なところで言葉を切る。
決してとくれば、当然何かをしないと受けるものだが、
大刀洗先輩に限っては決しての後に何かをするときてもおかしくない。
何しろ、やりたくないことはやらないのが大刀洗先輩なのだから。
安心院さんは大刀洗先輩のことを
「普通(ノーマル)とは言えない、だが異常(アブノーマル)とも言えないので、特別(スペシャル)が妥当」
と言っていた。
一方、椋枝先生は、
『知られざる英雄(ミスターアンノウン)』の異常を所持していた、
強すぎて誰にも認識できなかったはずの日之影空洞先輩を認識していた大刀洗先輩のことを
異常であるとおっしゃっていた。
うむ、確かに普通に考えれば、安心院さんの言うことが間違っているとは考えにくい。
だが、椋枝先生の言葉を無視するわけにもいくまい。
私と思想こそ違え、理想こそ違え、またご子息の教育こそ思い通りにはいってないとはいえ、
先生もまた立派な教育者で生徒全員をよく観察なさっていたのだからな。
私自身の推測もあるのだが、それは追々語ろう。
しばらく待っても大刀洗先輩が口を開かないので、私は話題を変えることにした。
「さらには、12月の善吉との生徒会長選挙の時の
大刀洗先輩の活躍は後世まで語り継がれるべきものでしょう。
選挙の時期を翌年の4月から12月に早めた判断、
球磨川を抑えておく手腕、投票率を100%までに高めた技量。
大刀洗先輩がいたからこそ、私はちゃんと負けることができました。
本当にありがたいことです」
本当に感謝を告げているだけなのに、
大刀洗先輩のせいで負けたとも取られかねない言い方になってしまったな。
言葉というのは本当に難しい。
なんというか長者原先輩も、もしかしたら似たような苦労を味わっているのかもしれない。
「だぁかぁらぁ~~」
そう言って、大刀洗先輩はいったん言葉を切る。そして顔をソファに押しつける。
「非礼に当たるかと存じますが、私めが代わりに黒神さまに説明いたしましょうか?」
部屋の隅で置物のように黙っていた長者原先輩が大刀洗先輩に声をかける。
「いや、いいよ~~。
よくも悪くも黒神ちゃんは言わなくても分かるとか、空気を読むとかいうタイプじゃないしね~~。
あたしの口から話すよ~~」
大刀洗先輩は睡眠時間のコントロールが難しいようなので、
話している最中に眠ってしまったのかと思ったが、そうではなかったらしい。
「だぁかぁらぁ~~、
選挙の時期を早めたのは不知火ちゃんと安心院さんだし~~、
球磨川くんが選挙を台無しにしなかったこととか、投票率が100%になったことは、
選挙としてあるべき姿になっただけだから~~、
たとえそれらが人吉くん有利に働いたとしても、
別に黒神ちゃんに意地悪したわけじゃないっていうか~~」
何故、これらの要素が善吉有利に働いたかだって?
選挙の時期が早まったことで新1年生に変わって卒業すべき3年生が投票できるようになっただろう。
新1年生は私たちのことを詳しく知らないから、どうしても生徒会長としての実績があって、
自分で言うのもなんだか、それなりに有名だった私が有利になるからな。
選挙の時期が変わったのは大刀洗先輩の言う通り、
不知火と安心院さんの差し金なんだが、
大刀洗先輩が反対していたら実現しなかったと思うぞ。
投票率についても、
自分から投票に行くような、いわゆる意識の高い連中ほど私の支持者が多かったから、
投票率が100%に近づくほど私が不利になったことは否めないな。
球磨川の件については言うまでもない。
奴が本気の本気で選挙を台無しにしようとしたら、
すなわち学園の敵に回ったとしたら、お前はきっと私の元に駆けつけてくれたのだろう、善吉。
そうなるともはや対決の件はうやむやになってしまっただろう。
ただ、様々な事情が善吉有利に働いたからといって、
それは元の状況が私に有利すぎただけで、それが公平に戻っただけということだよ。
善吉のご都合主義を排除するスキル、「愚行権(デビルスタイル)」があった以上、
私との勝負に偶然は一切絡まないからな。
一年間近く私の働きを見てきた生徒全員に審判されて私は敗れた。
何の言い訳も許されず、敗れた。
私はお前のような男に負けることができて、
そしてお前が新たな道を示してくれなくて、本当に幸せだった。
さて、大刀洗先輩の話に戻そう。
「過去の話も大変楽しいものですが、ここからは未来の話をしましょう。
大刀洗先輩、黒神グループ内に新たに設ける倫理委員会の委員長になっていただけませんか?
社内に法令や企業規則の遵守をさせて欲しいのです。
もちろん権限は独立で、総帥たる私も監視の対象となります。
大刀洗先輩は私の部下には要りませんが、私のグループには必要なのです」
やはり球磨川や不知火のように私を止められる人物こそ、私を監視できる立場にふさわしい。
大刀洗先輩は球磨川や不知火のような過負荷ではないが、十分私を止めることができるだろう。
「ん~~、黒神ちゃんも案外見る目がないんだね~~。すごい観察眼を持っているのにね~~」
そういえば、善吉にも「人を見る目がない」と言われたことがあったな。
どうやら私にとっては不得手な分野らしい。
ただお前を生涯のパートナーに選んだ私の目には間違いないと思うのだがな。
「そうだな~~。黒神ちゃんは~~、
もしダメダメなルールがあったとしたら、それに従うかな~~?」
これは「悪法も法か」という議論だろう。
古代ギリシャの哲学者ソクラテスの処刑の際から既にある、ある意味古臭い議題である。
オリエンテーションのトレジャーハンティングにおいて、
同じく古代ギリシャの「陶片追放」を参考にしたゲームを高貴たちにやらせたというし、
大刀洗先輩はこのあたりの時代がお気に入りなのかもしれない。
「当然、ルールなのですから従います。もちろん、その後に改正するよう働きかけますが」
「球磨川くんの解職請求(リコール)に対して
黒箱塾時代の古臭いルールを持ち出して対抗した黒神ちゃんならそう言うと思っていたよ~~」
大刀洗先輩は寝返りを打つ。
「ダメダメの程度にもよるけど~~、
現代社会では、黒神ちゃんの言うように正面からルールを変えるやり方が一番だよ~~。
でもあたしは面倒くさいから~~、
ルールの裏をかいた攻撃には、ルールにない反撃をしちゃうんだよ~~」
確かに椋枝先生が私の選挙活動を妨害しようとしたとき、
大刀洗先輩は「警告」でそれを防いだそうだが、
本来なら教師の介入を防ぐルールを作るほうが筋なのかもしれない。
とはいえ、新たなルールを作る時間の余裕もない緊急事態だったともいえるから、
大刀洗先輩の行動が許されないというわけではないがな。
「もしあたしに適した職業があるとすれば~~、革命家なのかな~~。
実際~~、あたしが担当した4月の選挙では日之影政権から黒神政権に、
12月の選挙では黒神政権から人吉政権に変わっているからね~~、あはは~~」
革命家が職業としてあるのだろうかとか、
選挙で政権が変わることは革命とは言わないだろうとか、
いろいろと言いたいことはあるが、
大刀洗先輩は働かないくせに人を動かすのが得意な人だ。
革命を起こす資質のある人だとは思う。
アイマスクの「はたらかない」がひらがななのは、どうしてなかなか意味深長に思える。
「どうしても決意は変わりませんか? 大刀洗先輩」
「変わらないね~~。
今回に限っては不知火ちゃんに1年以上説得されても変わらないよ~~」
大刀洗先輩はふわふわしているように見えて、なかなか頑固で堅物なのだ。
正直、大刀洗先輩が一度、決めた以上は覆すことはできないとは思っていた。
「そうだ、ひとつ言いたいことがあったんだよね~~。
黒神ちゃんは何でもできる人で~~、
これからいろいろと成し遂げていく人ではあるけど~~」
大刀洗先輩がそこでまた言葉を切った。
私が口を挟もうとしたその時、再び大刀洗先輩の口が開いた。
「何でもできるからといって、何でもやっていいわけではない」
語尾の伸びたいつもの口調ではない。鋭さを感じる話し方だった。
恐らく、あの鋭い刃物の姿こそが大刀洗先輩の本当の姿なのだろう。
いや1日22時間眠る人のわずかに起きている時間の内の
一瞬にしか現れない姿が「本当」の姿というとちょっと変かな。
隠されていた姿というべきかもしれない。
「自分の目的のために手段を選ばなくなると~~、
自分を律することを忘れると、人はひどいことになるからね~~。
能力がある人ほど、どうしても結果に関与したくなっちゃうんだよね~~」
その点、大刀洗先輩には睡眠欲以外の欲望はほとんど感じられない。
初めからないのか、隠しているのか。
そこまでは分からないが、ほとんど完璧に隠しているということは、
ないということとほぼ等しいと言っていいだろう。
そして、欲望がないということは私的な目的がないということにほぼ等しい。
公平な長者原先輩が上に置くとすれば、
あるいは公平な長者原先輩が誰かの味方になるとすれば、
無欲で無私な大刀洗先輩しかない、そういうことなのだろう。
私はこの無欲こそ大刀洗先輩の異常でないかと思っている。
安心院さんの顔を立てるならば、
この無欲は異常ではなく、特別特有の勝敗へのこだわりのなさが特異な形で発露した、
特別の中の特別、例外の中の例外と言うべきかもしれない。
生存しようという欲ですらほとんどないから、恐怖心もほとんどない。
あまりの恐ろしさで存在を忘れてしまう
強すぎる日之影先輩を覚えておくことができたのではないだろうか。
大刀洗先輩は、中立であって審判役を務めることが多かった長者原先輩と違って、
誰かの敵や味方になることはままある。
球磨川とカードゲームで対決したというし、
結果的にはといえ、4月の選挙においては私に、
12月の選挙においては善吉に味方したと見ることもできる。
そうだな。長者原先輩がどちらの味方をすることもない天秤であるとすれば、
それを使ってどちらの味方をするかを測る女神が大刀洗先輩であるとでも言おうか。
そして無欲な人間の「決断」だからこそ何よりも誠実で何よりも重たい。
「まあ、球磨川くんを副会長にしたり、あたしを監視役にしようとしたり~~、
自分の敵をストッパーにしようとしたりする黒神ちゃんには、釈迦に説法だったかな~~」
「いえ、貴重なアドバイス。大変ありがとうございます」
「黒神ちゃんたちには、あたしがコールドスリープから目覚めた後に~~、
楽しい未来を作っておいてもらわないとだからね~~。頑張ってね~~」
これが私と大刀洗先輩の今のところ、最後の会話だ。
直後に彼女は睡眠に落ちてしまい、長者原先輩が抱えて帰っていったよ。
大刀洗先輩に次に会えるのは何十年後か何百年後になるか分からんが、
それまで何とか生きていたいものだな。ははは。
善吉、神葬祭の際にお前の言った
「百年後でも千年後でも未来はいつでもそこにあると信じている」
という大刀洗先輩に関する分析は正しいと思う。
欲のない大刀洗先輩でも未来があることだけは望んでいる。
これは本当に重たく難しい任務を課されたものだ。
ただ、大刀洗先輩はいつでも希望を残してくれているんだ。
4月の選挙では、鹿屋先輩を始めとする他の先輩方がうまく立ち回っていれば私は負けていたかもしれないし、
トレジャーハンティングでも攻略法はあった。
12月の選挙も私が人の心を学んでいれば、もう少しいい勝負にできたんじゃないかな。
さあ、善吉。私と一緒に未来を作っていこう。
精いっぱい、そして手段を選んで、ね。
【後編】『ダークヒーロー鶴喰鴎』
めだかちゃん、今日は何の話をしようか。
何年も離れていたから話したいことがいっぱいあるぜ。
うん、そうだな。最も大切なパートナーであるお前に、最も大切な相棒の話をしよう。
鶴喰鴎。人呼んで「ひとりぼっちの誕生日」。
めだかちゃんの弟にして、かつて主人公になれなかった男だ。
鶴喰鴎、バーミーに初めて会ったのは、
めだかちゃんに敵対宣言をした日のことだった。
顔のほとんど上半分を覆い隠す前髪に、どこを見ているのか定まらない視線。
あの異様な雰囲気は今でも覚えている。
俺が蹴りを繰り出そうとした瞬間に、バーミーの足に俺の足は押さえられていた。
恐らく、めだかちゃんも体験した、
あの「鴎システム」の恐ろしさを俺も味わったわけだ。
真・フラスコ計画が始まって幾日かが経ったときのことだった。
安心院さんの「これで安心めだかちゃん対策ぅぅっ」の第何弾かが終わった後に、
真黒さんが安心院さんに声をかけた。
もちろん真黒さんとは、めだかちゃんの兄であり、
俺の義兄であるところの黒神真黒のことだ。
「安心院さん、鶴喰鴎のことをもう少し聞いていいかな?
彼はこの前、めだかちゃんを襲撃したようだが、僕はそんな計画を聞いていないよ」
口調は静かだったが、確かに怒りが感じられた。
一時的に俺の味方をしてくれていたが、真黒さんにとっては今も昔も妹が一番なのだ。
真黒さんと名瀬夭歌師匠はめだかちゃんとダーツをしながら、
鶴喰鴎との戦いの様子を聞いたという。
「俺も聞いていないですよ。
確かに俺はめだかちゃんの敵になったが、
めだかちゃんを倒すのは他の誰でもなく俺の役割のはずだ」
今振り返ってみると、なんだか漫画のライバルキャラみたいな台詞だ。
まだ、めだかちゃんのライバルとは口が裂けても言えないほどの実力差はあったんだがな。
「宗像くんは独断専行で球磨川くんを殺してしまうし、
鶴喰くんは独断専行でめだかちゃんを襲いにいってしまう。困ったものだよ」
安心院さんは全く困ったようには聞こえない口調で答えた。
宗像形先輩も当時の俺に協力してくれていた友達のひとりだ。
俺とめだかちゃんの戦いを阻止するための
第3勢力を結成しようとしていた球磨川禊を「殺し」てしまった。
そのときに、球磨川は自身の死を「なかったこと」にするため、
『大嘘憑き(オールフィクション)』を復活させたのだ。
「あのときのことは悪かったと思っている。安心院さん、人吉くん、他のみんなも本当に申し訳ない」
宗像先輩が素直に頭を下げる。
「いいんだよ。責めているわけじゃない。僕たちは仲間なんだ。
それぞれ人吉くんのために最善だと思った行動を採ってくれればいい。
実際、球磨川くんが力を取り戻したおかげで僕の封印も弱まった。
ある程度の力を持った相手のほうが動きのコントロールも容易になる。怪我の功名って奴さ」
「仲間……ねぇ。駒の間違いじゃないんですか。安心院さん」
「どうしたんだい? やけに攻撃的だねぇ、不知火ちゃん」
「いえいえ、別に責めているわけじゃありませんよ。
安心院さんが人吉のために最善と思った行動を採ってくれれば、
あたしとしては何の文句もありませんよ」
にやりと笑って言うのは、不知火半袖。めだかちゃんも知っての通り、俺の親友だ。
逸れかけていた話題を真黒さんが戻した。
バーミーは、一対一でしか人と話すことができなかったので、
このような集まりに顔を出すことはなく、直接本人に尋ねることはできない。
つまり、責任を押しつけやすいともいえる。
「いやいや、そこまでは言わないさ。
人吉くんとめだかちゃんがバトル展開になったときに備えて、
鶴喰くんに二人の実力差を測っておいてもらいたかったんだ。
まさか、『五本の病爪(ファイブ・フォーカス)』による治療が必要になるほどの戦いが起こるとは、
とても想定していなかったということだ」
本音だとは思えなかったが、
きっとこれ以上追及してもまともな答えはかえって来ないはずだと思った。
真黒さんも当然同じように感じていただろう。
「本当に申し訳ないと思っているよ。真黒くん、人吉くん。
だが、この前の真・フラスコ計画の真・フェーズ1『自分の気持ちを自覚しよう』で、
戦闘面でめだかちゃんを上回るという目的にならなかった以上、
鶴喰くんの役割はもうない。
鶴喰くんは、黒神めだかの後継者編での出番はほとんどないから安心していいよ。
安心院さんだけにね」
当時はとても信用できなかったが、
結果的に見れば安心院さんの言葉はまさにその通りだったといえる。
「しかし、そこまで心配なら『これで安心鶴喰鴎対策ぅぅっ』でもしておこうか」
「是非とも聞いておきたいな。鶴喰という名前にも興味がないわけでないしね」
安心院さんの提案に即座に真黒さんは応じる。
当時は何故か分からなかったが、真黒さんは当然、
黒神家分家の鶴喰家の存在については知っていたのだろう。
「いいだろう。じゃあ、鶴喰くんの持っているスキルについて分析してみようか。
彼が直接的な脅威になるとしたらまずは戦闘面だろうしね。
人吉くん、直接戦った君はどう思ったかい?」
「安心院さんは鶴喰鴎の持っているスキルを知っているんじゃないの?
なんで人吉くんを試すみたいなことをするのかな?」
江迎怒江が聞く。めだかちゃんも知っている通り、
-13組出身でちょっと思い込みは激しいところもあるが、俺の大事な友達だ。
「ああ、知っているよ。人吉くんに聞いたのは僕がゲーム好きだからで、
クイズを出すのと同じノリだったんだが、無理にもっともらしく言うのなら、
うん、未知の相手の能力を分析して打ち勝つのも主人公の要素だぜ、とでも言っておこうか」
「バトル展開にならないって言ったのは安心院さんじゃないですか」
江迎はさらに噛みついていく。
ありがたいが、万が一安心院を怒らせたらと思うとはらはらする。
「僕自身は性別だとかどうだとか言うつもりはさらさらにないけど、
『いざというときに好きな女ひとりを守れないような男は男ではない』
と人吉くんは思うんじゃないかな?
ラブコメ展開でも街中で誰かに絡まれることはあるんだぜ」
「ありがとう、江迎。だが、ここは俺に答えさせてくれ。
俺が想像する限り、鶴喰の能力は『予知』じゃないか?
俺が攻撃する前に奴に足を踏まれていたし、
俺が手加減ならぬ足加減をしようとしたことに奴は気づいてみたいだった」
「うーん……。真黒くん、名瀬さん。
フラスコ計画統括の経験者たる君たちはどう思うかな?
人吉くんにお手本を見せてやってくれよ」
真黒さんは名瀬師匠のほうを見て、軽く手を上げた。
「くじらちゃん、頼むよ。
僕は妹以外興味がないから、それ以外の対象を分析しようとすると
どうしてもミスが多くなってしまうからね」
そういえば、俺は宗像先輩と戦ったとき、
真黒さんの勝利宣言の後に、「暗殺」されたことがあった。
「ちっ、しゃあねーな。俺が推測した奴のスキルはふたつ。
ひとつは回転を操るスキル。人吉の前で見せた素早いターン。
黒神との戦いではあの黒神の背後を取り、さらに独楽を使った攻撃をしたらしい。
ここから考えると何らかの『回転』に関するスキルであることが想像できる。
独楽を使うのは別能力の可能性も否定はできないが」
「ふむ。その通り。
回転を操る異常性(アブノーマル)、『独楽図解』(スピニングアングラー)。
独楽で戦うなんて漫画みたいだね」
きっとどこかにトランプで戦う奴もいるんだろうな、と安心院さん。
「そして、もうひとつは恐らく相手の行動を妨害するタイプのスキル。
人吉のいう予知も悪くない考えだが、
それにしては人吉が攻撃するまで待っていたみたいだし、
黒神の背後を取ったときも攻撃に移らず、相手の蹴りを待ってその靴を食べている。
この点を考えるとリアクション型の能力。
予知ならカウンターにこだわる必要はなく、
先制攻撃でもいいし、クロスカウンターを狙ってもいいはずだ。
つまり人吉の行動が読まれていたかに見えたのは、
鶴喰鴎の洞察力が優れていただけだろう。
そして、黒神が『乱神モード』を使ったのは妨害を排除するためかもしれないな。
校舎を引きずって雲仙冥利を倒した、
あの『乱神モード』の馬鹿力なら多少の妨害はないに等しい」
「さすがだね。二重の意味で足を引っ張る過負荷(マイナス)、
『引っ張り足(オクトパス)』。
そして彼は『独楽図解』と『引っ張り足』を同時に使っていたというわけだ」
「異常性と過負荷を同時にだと。そんなことができるのか?」
名瀬師匠が驚いたような声を上げた。
「俺も異常性と過負荷、両方を持っているから分かるが、
異常性と過負荷を同時に使うことなんて不可能だ。
境界線にはややあいまいなところがあるとはいえ、
理屈で戦う異常性と鬱屈で戦う過負荷。
原理のある異常性と無理を通す過負荷。それらを同時に操るってことは……」
「右を向きながら左を向くようなもの、かい。
だが、それをできてしまうのが鶴喰鴎の鶴喰鴎たるゆえんだよ。
まあ、めだかちゃんも強さと弱さを合わせ持つ『混神モード』で
似たようなことをやっていたけどね」
ぶっちゃけ僕もできる、と安心院さん。
「なるほど。スキルの分析は分かった。
では性格や行動パターンのほうはどうかい?
鶴喰鴎は人吉くんやめだかちゃんの敵になりうる存在なのかい?」
冷静な真黒さんの声で、名瀬師匠も冷静さを取り戻したようだった。
「ああ。まず結論からいってその心配はあまりないだろう。
まず異常性の存在と性格はもちろん関係あるが、
どう関係するかは現れてみないと分からないところがある。
例えば、殺す気(木)のない殺人鬼、
験体名『枯れる樹海(ラストカーペット)』、宗像形先輩。
殺人衝動の異常性と殺人嫌いの宗像先輩の性格の関連はあるが、
もし宗像先輩が殺人好きの殺人鬼になっていたとしても、異常性と性格に関連があったといえるだろう」
ちらりと宗像先輩のほうを見てから名瀬先輩は続ける。
「触れたくても触れられない、
験体名『刺毛布(ハードラッピング)』、高千穂仕種先輩。
自動で接触を回避する反射神経の異常性と、
他人との文字通りの触れ合いを求める性格を持っていた。
汚れなき心の持ち主しか通れない、
験体名『狭き門(ラビット・ラビリンス)』、行橋未造先輩。
電波を受信し人の心を読む異常性を持っていたが、
本人は仮面により視覚情報を制限することで何とか心の平穏を保とうとしていた。
『十三組の十三人(サーティーン・パーティ)』のリーダー、
験体名『創帝(クリエイト)』、都城王土先輩。
人の心を支配することのできる異常性を持っていたが、
自分自身のスキルを支配しきれずに、
想定以上の化け物にして、『創帝』よりなおも異常な黒神めだかに敗れた。
あまりにも異常すぎる異常性のせいもあるが、
『十三組の十三人』はどちらかといえば、その異常を持て余していた者が多い印象だな。
俺みたいに異常とうまく付き合っている奴は少数派だよ」
名瀬師匠が自慢げに言う。
験体名『黒い包帯(ブラックホワイト)』。
幸福のために不幸になろうとする禁欲的な改造魔。
「性格を分析するなら過負荷のほうだ。
過負荷は、全てをなかったことにしたい、周りを自分と同じく不幸にしたい球磨川禊。
他人の傷口を開きたい志布志飛沫。
負担を他人に押しつけたい蝶ヶ崎蛾々丸。
歪んだ欲望に根差した能力であることが多い。
そのことから考えると、鶴喰鴎の欲望は他人の足を引っ張りたいということ。
ひとりぼっちの誕生日というふたつ名、
黒神に語ったという『ひとり最高』という台詞。
奴の持つ独楽が暗示するように独りを楽しむのが鶴喰鴎の基本スタンス。
こちらから積極的に関わらない限り特に問題はないと考えるぜ」
「僕の言いたいことをそのまま言ってくれてありがとう、名瀬さん。
これで安心してくれたかな(安心院さんだけに)。
下手に関わると足を引っ張られるが、相手にしなければ問題はない。
これは過負荷に共通する対策であるともいえるよ。
球磨川くんなんて相手にするだけで馬鹿を見るからね」
「じゃあ、俺は帰らせてもらうぜ。今日は古賀ちゃんと一緒に遊ぶ約束なんだ」
古賀いたみ。験体名、『骨折り指切り(ベストペイン)』。
普通で凡庸な自分を嫌い、最高の自分(いたみ)を求める異常の持ち主。
名瀬師匠の改造の痛みに耐え
十三組の十三人で最高クラスの戦闘力を持つようになった、
名瀬師匠が自分のポリシーを捨ててまでも守った親友だ。
どっちつかずの名瀬であっても古賀先輩の味方であることだけは間違いはない。
「最近、人吉と遊びすぎて、
古賀ちゃんがちょっと拗ねているからな。ご機嫌を取ってくるぜ。
いやあ、人吉と古賀ちゃん、両方相手をしてやらなくちゃならないのに、
身体がひとつしかないから心が痛いぜ。
俺の心はいつも痛みとともにあるってな」
明らかにご機嫌な様子で名瀬師匠は立ち去っていった。
「僕は球磨川禊率いる『裸エプロン同盟』の偵察に行ってこよう。
奴らに勝負の邪魔をさせないことで『大嘘憑き』を復活させてしまった償いをさせてもらう」
宗像先輩がものすごいスピードで姿を消す。
殺人衝動の異常性は失ったものの、暗器を使うために鍛え上げた身体能力はいまだに残っている。
「あたしは、これから選挙管理委員会に根回しをしてきます。
安心院さん、ひとつだけ言っておきますよ。
仲間でも駒でも何でもいいんですけど、
どのプレイヤーと対峙しているのかだけは明確にしておいたほうがいいですよ。
対戦ゲームは独楽と違って、独りで楽しむことなんてできやしないんですから」
不知火はそう言い残して、さっさと立ち去ってしまう。
「あ、待って。不知火さん。安心院さん、善吉くん。失礼します」
江迎も一礼して不知火の後を追う。
「やれやれ、僕に対してゲームについて語るとはさすが不知火ちゃん。
感心したぜ(安心院さんなのに)。
だが、不知火ちゃんにしてはやや的を外しているな。
僕はプレイヤーじゃない。これは黒神めだかと人吉くんの勝負だよ」
ちょっと迷ったようなしぐさを見せてから真黒さんがゆっくり口を開いた。
「安心院さん、もしかしたら鶴喰くんには『独楽図解』と『引っ張り足』以外にも
もうひとつ秘密があるんじゃないか?」
「真黒くん、気づいていたのかい?」
「いや、僕が気づいたわけではないよ。
めだかちゃんが『鶴喰鴎の戦闘には3つの秘密がある』と言っていたんだ。
だが、先ほどくじらちゃんが指摘したのはふたつの秘密。
僕は妹の判断を信じる。だからあとひとつ秘密があると考えたんだよ」
「ふうん。君の妹への愛だけは尊敬に値するよ。
これは難問だから答えを言ってしまうけれど、
鶴喰鴎のもうひとつの秘密は言葉によって相手を怒らせる、
彼が独学で身につけた技術だよ。
不覚にも僕ですら鶴喰くんの言葉で少しいらついてしまったよ」
安心院さんの言葉に真黒さんは少し考え込んだ。
「だから、めだかちゃんは相手の言葉を聞かない『乱神モード』で攻略したということか。
納得したよ。ありがとう」
「さて、人吉くん。今日のトレーニングの話だが……」
俺は決断をしていた。
「安心院さん、ひとつやりたいことがあるんですけど……」
「バーミー、もし今日の訓練で俺が勝ったら、
俺と一緒に黒神めだかを倒さないか?」
確かに安心院さんの言った通り、過負荷には関わらないほうがいいのかもしれない。
だが、めだかちゃんが球磨川と正面から向き合うことで、
多くの-13組生徒が立ち直ることができたように、
俺も鶴喰鴎と向き合ってみたかった。
安心院さんは、
「安心院さん的にはちょっと微妙。
敵を仲間にするというのは主人公の重要な要素のひとつではあるけれど、
本物であるめだかちゃんの後追いで真似ごとをしても、偽物感が出てしまうから。
あんまりお勧めできないんだけど、まあ、やりたいならばやればいい」
と消極的な賛成だった。
「図抜けた人間にとって能力の劣る味方は足手まといにしかならない。
実際、黒神めだかは生徒会という
足手まといがいなくなったことにより、明らかに強くなっている。
だから私にとってヒートと一緒に戦うことはなんのプラスにもならない。
私は大人だからひとりで戦うのが好きなんだよ。
仲間を作っておててをつないで戦うのは幼稚園の頃に卒業したよ。
戦闘面に限って言うなら私ひとりで黒神めだかに挑むほうがまだ勝率が高いよ。
選挙運動に協力して欲しいっていうなら、私はパスだ。
民衆とおててをつないで投票を呼び掛けるなんて小学生の頃に卒業したよ」
「『ひとり最高! ……って言ってくれたら嬉しいんだけどねー
――だって主人公(おまえ)が言えば何でも正しくなるんだろう?』、
バーミーがめだかちゃんに言った台詞だろ」
「言いましたけれど、それが何か?
子どもは何かと友達を作りたがるけど、私は大人だからひとりで必要十分なわけ」
「本当にお前が『ひとり最高』とだけ思っていたら、
それをわざわざ正しくする必要はないだろう。
名瀬師匠の分析だからバーミーがひとりを楽しんでいるのは間違いないだろうが、
どこかで同時にひとりでは寂しいと思っているんじゃないか?
お前が異常性と過負荷を同時に使いこなせるのも、
そこに原因があるんじゃないのか?
幸せになりたい奴がいるなら誰であろうと幸せにしてやる。
この前、お前に言った言葉に嘘はないぜ」
「私は大人だから、君の言い分はあえて否定はしないけど、
だからといってやっぱり戦闘面であろうが選挙であろうが協力するメリットはないよね。
友達にはなってあげるからそれで十分だろ、ヒート」
「メリットはある。バーミーと力を合わせるプラスのほうが、
足を引っ張るマイナスよりも大きいと俺は信じている」
「やめときなよ。私の過負荷は味方の足も引っ張ってしまうんだよ。
それに私は一対一以外で人と話す気にはならないから選挙活動なんてやる気もない。
だからヒートにとっても私と一緒に戦うことはなんのプラスにもならないよ。
君ももうそろそろ大人なんだから分かってくれよ」
「……めだかちゃんはいつも味方よりも敵を求めていた。
それは正しすぎる自分のあり方を憂いていたのだと思う」
「おいおい、黒神めだかの話が私に何の関係があるんだい?」
「バーミー、俺の味方になれないなら俺の敵になれ。
めだかちゃんは枷となる敵を求めていた。
俺もそろそろ敵のひとりやふたりを引きずっていけるようにならなきゃいけないんだ。
できれば敵になるよりは足を引っ張る味方になって欲しいがな」
後はお前の知っての通りだよ、めだかちゃん。
バーミーは今でも、「ヒートは私がいないとすーぐ暴走するんだから♪」などと言って、
アクセルを踏みすぎる俺のブレーキ役として「足を引っ張って」くれているんだ。
――番外、あるいは盤外――
箱庭学園理事長室。
黒神宇宙センターでの黒神めだかと桃園喪々の激闘の裏で3人の男が顔を合わせていた。
「漆黒宴がたった今終了したそうです。
優勝者は黒神めだか。これで彼女は晴れて自由の身というわけですね」
ひとりは、黒神真黒。
黒神グループを世界に冠たる企業まで押し上げた、『解析』の異常を持つアナリスト。
「……ま、順当な結果ですな。箱庭学園の関係者なら誰ひとり驚かない。順当な結果です」
ひとりは、この部屋の主である不知火袴。
箱庭学園理事長にして、フラスコ計画の推進、-13組の設立など
完全な人間作りを実現しようとする教育者。
「順当な結果? それは違いますね。不知火翁。今回めだかちゃんは心理戦で勝ったのですよ?」
そして最後のひとり、この部屋の主より主然としている男、黒神舵樹。
黒神グループの総帥だ。大仰な身振り手振りに話し方。どこまでが演技でどこまでが本気なのか。
3人は話し合う。黒神めだかや不知火半袖の今後のこと。『彼』のこと。
「そういえば、真黒くん。あなたは誰と連絡を取っていたんですか?」
話し合いがあらかた終わったところで、
スマートフォンを操作する黒神真黒に不知火袴が聞く。
「報告者が誰でも変わらないでしょう。
月氷会の兎洞武器子さんでも、タブレットを操作していた鰐塚処理ちゃんでも、
我が愛すべき妹である黒神くじらちゃんでも、
『彼』の送り込んだ婚約者の中のひとりに協力者がいたとしても。
あるいは不知火の里の忍でも、黒神宇宙センターのスタッフであってもいい。
それより大事なのは報告の内容のほうです」
「ふむ。先ほどまで話していた
黒神めだかが心理戦で勝利したことが最も重要な点でしょうが、
他には何かありますかな?」
「僕が注目したのは安心院なじみにスタイルが通用したことです。理事長」
「『名札使い』、桃園喪々のスタイルによって、安心院なじみが封じられたことですか。
しかし、その気になったらすぐに封印を解いて脱出できたようですが。
あれではとても通用したとは言えないと思いますが」
「ええ、スタイルがあれば安心院なじみを倒せるだとか、そういうことではありません。
ただスタイルというのは『共に振るえ、共に鳴き、共に感じる』、
いわば『共感能力』を生かした技術であるようなのです。
つまりそれが効いたということは、何らかの突破口となるかもしれません」
「なるほど。確か聖夜の生徒会長選挙では漫画のキャラクターに何を言われても
全く現実を感じないというのが安心院なじみの態度だった。
しかし実際には彼女にとっては消しゴムとほとんど変わらないはずの
人間に対する共感能力があると言うことですか。
成長して身につけたのか、いや成長ではなく退化と呼ぶべきなのかもしれませんが」
「鶴喰鴎の挑発のスタイルで苛立ちを覚えた節もありましたので、
元から共感能力があったのではないかと僕は推察しますがね」
「ぱっぱっぱっ、真黒くんはそちらに着目したのですか。私は別の人物に注目しましたよ」
「ほほう。ぜひお聞かせ願いたい。舵樹くん」
「鶴喰鴎くんですよ。不知火翁。
孤独を忌み嫌いつつ、孤独を楽しむ『ひとりぼっちの誕生日』。
異常性と過負荷を同時に使いこなせる矛盾の男。
彼のスタイルに違和感を覚えませんか?」
「鶴喰鴎くんは、『挑発使い』のスタイルでしたか。
挑発のスタイルで行動を限定し、過負荷で足を引っ張り、回転の異常性を使って攻撃する。
これが『鴎システム』の正体でしたな」
「スタイルの肝は、真黒くんの言うとおり共感能力なのでしょう。
そうであるとすれば、
例えばコミュニケーションの取れない生まれたばかりの赤ん坊には効果がないでしょう。
同様に聞く耳を持たない相手、怒って我を忘れている相手にも恐らく効果がない。
愛すべき我が娘めだかちゃんは『乱神モード』で鶴喰鴎くんの撃退をしたそうですが、
素晴らしい判断力だったと思います」
黒神舵樹の言葉に不知火袴は深くうなずく。
「ふむ、分かりました。
挑発のスタイルは相手を怒らせるものなのに、
逆上するほどとなるとそのスタイルの効果はなくなってしまうということですか。
自身のスタイルを否定するようなスタイル、
矛盾とはいえないまでも使いどころが難しいですね」
「あるいはスタイルそのものを無効化するようなスタイルとも言えますね。
鶴喰鴎くん、さすがは『彼』の息子と言ったところでしょうか。
私の目には、めだかちゃんのような完全な人間よりも、
球磨川禊くんのような負完全な人間よりも、
矛盾を抱えながら生きる鶴喰鴎くんのような人間のほうがよほど人間らしいと映りますがね。
彼がこれから何を選び、誰と交わり、どう生きていくのか。楽しみでなりませんね」
<完>
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