吹雪「ビーダマン、ですか?」【艦これ】 (99)
以前艦これ投稿スレの方で投下した者になります。
超不定期更新。
アニメ要素あります。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1428244829
執務室、というものは秘書艦及び旗艦以外の艦娘にはあまり縁の濃い場所ではない。
それこそ普段であれば、まず近寄ることも無い場所だ。現に吹雪の友人の一人などは、「執務室ってどこだかわかんないっぽい!」とおおっぴらに言うほどに。
提督「よく来てくれたね吹雪。わざわざ呼び出してすまない」
吹雪「いえ! あの、それで何かご用でしょうか?」
珍しいなぁ、と敬礼の裏で思う。よくよく考えれば、吹雪が提督の顔を面と向かって見たのは着任初日だけではないだろうか。
見れば喚ばれたであろう他の面々も、凛々しい横顔に物珍しさを滲ませているようだ。
長門「うむ。今から提督が今後の戦闘における、極めて重大な告示を行う。総員心して聞くように!」
提督より長門の声に背筋が伸びるのはどうかと思いつつ、吹雪をはじめ並ぶ五人は敬礼を返す。
提督「まず第一部隊から第五部隊までの旗艦の面々に集まってもらったのは他でもない。長門の言うように、今から伝えるのは今後の戦闘を一変させる情報を伝えるためだ」
ピクリと反応するのは、やはり戦艦だ。部隊のエースにして中心となる彼女たちにとって気にならないわけがない。
駆逐艦の吹雪でさえ、湧き上がる不安を抑えるので精一杯なのだから。
提督「言うまでもないが、現状では深海棲艦との戦闘は砲撃、あるいは魚雷や艦載機をもっておこなっている」
誰かが頷くのが視界に映る。
提督「……だがつい最近、深海棲艦に対しては砲弾や爆撃よりも効果のある攻撃方法が判明した」
一様にざわめきが起こるのも仕方のない事だ。静かに! という長門の言葉も、一度や二度では通じない。
提督「それが、これだ」
吹雪「……ビー玉?」
提督「そうだ。ビー玉だ」
重厚なマボカニーの机に輝く透明な玉。駄菓子屋に置かれていそうなそれは、紛れもなくビー玉と呼ばれるソレだ。
何の冗談ですか、と言いたげな吹雪の表情に、提督も自嘲のような笑みを零す。
提督「冗談みたいな話だが、既に検証は重ねられているよ。結果として間違いなく砲弾よりも強い」
長門「……私も初めて聞いた時はにわかに信じられなかったがな。実際に目の当たりにしては信じないわけにもいかん」
吹雪「え、あの、長門秘書艦は撃ったんですか?」
ビー玉を、と言わなかったのはせめてもの抵抗だ。
長門「ああ。と言っても火薬は使わなかったが」
吹雪「火薬を使わない……? 投げたってことですか?」
長門「いや、なんと言えばいいのか」
困惑したような長門の言葉に、普段の凛々しさは無い。代わって手を挙げたのは提督だった。
提督「ビー玉を火薬で打ち出すとビー玉が壊れてしまう。かといって、照準も無く投げるだけだと当たらないだろう」
吹雪「はあ」
提督「そこで作られたのがコレだ」
小さな音を立て、五人の旗艦の目の前に置かれたのは、小さな人型。
腹がくり抜かれ、背中に押し出す部品が伸びている。凛々しい眉と目は妖精たちのような可愛らしさがあり、どことなく癒し系だ。
吹雪「あの、これってオモチャ……ですか?」
提督「オモチャ、か……これはビーダマンという」
一拍を置いて五人を見やる提督の目は真剣そのものだ。それだけに、かえって奇妙な空気が流れていくのだが。
提督「今後主砲の代わりを担う決戦兵器だ」
物々しい言い草をする提督にツッコめる艦娘は、居ない。
提督「いずれ他の艦娘達にも周知するが、まずは旗艦の五人に一体ずつ換装してもらう。長門」
長門「は。お前たち、これが専用のビーダマンだ。今は試作型だから同じ形だが、改造により各自に合わせた性能に変わっていくだろう」
なにその高性能、そんな呟きが誰かから漏れる。呆れの色が含まれたそれに、吹雪も内心大きく頷く。完全に同意である。
提督「先に言っておくが、このビーダマンは普通に人間が使っても意味がない」
提督「艦娘の艤装の一部として機能することで、ビー玉をほとんど破壊するなく砲弾のように撃ち出せるものだ」
提督「打ち方はそれぞれ模索して欲しい。パワー、スナイプ、テクニック、連射、あるいは運」
提督「自分に合った撃ち方を習得し、深海棲艦に対して効果的に打撃を与えられるよう精進するように。以上だ」
長門「総員、提督に敬礼!」
敬礼と言われれば身体は動く。右手を上げ、左手にビーダマンを持ち、五人の艦娘は思う。
なんだこれ、と。
―吹雪達の部屋―
夕立「これが秘密兵器なんて嘘っぽーい!」
やっぱり、と予想通りのリアクションに吹雪も思わず頷いてしまう。
睦月「ゆ、夕立ちゃん駄目だよぉ……でも、本当にこれが新兵器、なんだよね……?」
吹雪「う、うん。深海棲艦に大きなダメージを与えられるって」
三人の美少女に覗きこまれるという状況にも凛々しい顔を崩さないビーダマン。上層部のお墨付きもあってか、ちょっとだけ頼もしく見える。
睦月「えっと、ビー玉をお腹の窪みに入れで、後ろの押し出し棒を押して……」
カタン。
コロコロ……
夕立「ビー玉がフローリングの溝に引っ掛かったぽい!」
吹雪「あ、あは、あはは……はあ」
笑うしかないとはまさにこのことか。この状況でなお凛々しいビーダマンが、吹雪には少し恨めしかった。
―第五遊撃部隊―
ビーダマンは立派な艤装である。
そう言われてしまっては、同じ部隊の面々に見せないわけにはいかない。曲がりなりにも武装であるのなら隠していては勿体ないし、旗艦に配備されたと話すことを禁じられたわけでもないのだから。
だが、それを聞いて色々と納得できるかは全く別の話。
大井「なにこれ? バカじゃないの?」
瑞鶴「うーん……これってオモチャよね」
興味が無い者にとって、そもそも艤装ということすら信じられず。
北上「なーんかあの提督ってゆーか、上層部も変なことするよねー。ま、頑張ってー」
とりあえずは他人事、と意にも留めない者もいる。
金剛「これはエキセントリックデース! ブッキーもこれを使えば、バトルシップクラスですカー!」
本気なのか、冗談なのか。目を輝かせるものもいれば。
加賀「……」
吹雪「あ、あの、加賀さん……?」
加賀「私の分はいつ配備されるのかしら」
吹雪「ええ!?」
興味津々、という者もいるのだ。
北上「そだ、艤装って事なら訓練で使えばマトモに動くんじゃない?」
吹雪「は、はい。提督もそんなことを」
言ってました。そう続けようとする言葉は、現れることなく露と消えていく。覆いかぶさる大きな声によって。
大井「さっすが北上さん! 天の意思を汲み取ったような素晴らしい発想です!」
北上「そーかなー、なんとなくブッキーの言葉を聞いて思ったんだけど」
大井「いーえ! あの言葉端から読み取る才能! 天賦の物としか思えませんッ!」
北上「あはは、照れちゃうよ大井っちー」
大井「その照れ顔すらも! もう! もう!」
瑞鶴「んじゃ訓練場かー」
金剛「楽しみデース!」
吹雪「あのー……お二人は」
加賀「放っておきましょう。それより早く私のビーダマンがビー玉を発射している所を見せてちょうだい」
吹雪「えええ!? 私のなんですけど!」
吹雪「ええと、的を狙って」
ビーダマンの頭を基準に照準を合わせるが、ここで重大な問題があることに気付く。
吹雪「うぅ、海面が揺れて照準が定まらないよ……」
しかしいつまでも躊躇している訳にもいかない。後ろから聞こえる声援は、要するに早く撃てという催促なのだから。
とにもかくにもと腹を括り、ビー玉を押し出すべく指の腹を添える。
吹雪「よ、よーし! 主砲発射よぉーい!」
ヤケクソである。
吹雪「発射ぁー!」
次の瞬間。轟音と共に凄まじい衝撃が吹雪を後方まで吹き飛ばした。
瑞鶴「な、な、なあっ!? ちょっと、あれのどこがビー玉よ!」
大井「嘘……的が吹き飛んだ」
北上「うわぁー……反動キッツイねー」
金剛「ベリーベリースットロングネー! これは楽しみデース!」
加賀「さすがに気分が高揚します」
睦月「ゆ、夕立ちゃん! 吹雪ちゃんが!」
夕立「だ、大丈夫っぽいー!?」
―入渠所―
お湯の中に裸体を沈めた吹雪。海面から出る幼い胸の先が、ほのかに赤らんでいる。
吹雪「ひ、酷い目にあったよぉ……」
睦月「もう、吹雪ちゃんってばそんな格好したらダメだよ」
吹雪「だってぇ……あんなに反動が強いなんて」
夕立「でも三回目くらいからは踏ん張れてたっぽい!」
浴槽の縁に腰かけた夕立のお尻が揺れる。少し浮かせば、ぷにっと膨らむ下腹部から水滴が落ちていく。
睦月はといえば普通にお湯の中で立膝をついているだけだが、頬を伝う汗はどこか幼く甘い香りを放っているようだ。
睦月「でも羨ましいかなぁ」
吹雪「ええー……そうかな?」
夕立「夕立も羨ましいっぽい! あれがあれば、駆逐艦でも深海棲艦を沈められるっぽい!」
吹雪「うーん」
確かに、とは思う。その辺りは撃った吹雪が一番よく分かる。いつもの連装砲よりもはるかに威力があるはずだ。
睦月「それが今は旗艦の五人にしか無いんだよね? じゃあ今駆逐艦で一番火力があるのは吹雪ちゃんだよ」
睦月「……私も、戦いたいもん」
ポツリ、と呟かれた言葉はあまりにも儚げで、吹雪も夕立も何も言う事が出来ない。
いやがおうにも如月という少女の事が思い出されてしまう。かつての仲間で、友達が。
ガラリと変わった空気に睦月もすぐに気付いたのだろう。慌てて手を振り、笑顔を浮かべる様子は、むしろ二人には痛々しく映るというのに。
睦月「あ、あはは、ごめんね! そうだ! 今日は吹雪ちゃんおめでとうパーティしない? 間宮さんの所で!」
夕立「……そうするっぽい! じゃあお汁粉!」
睦月「じゃあねえ、じゃあ私は抹茶パフェ! 吹雪ちゃんは?」
目を瞑れば、彼女の姿が浮かぶ。長い髪をなびかせて、どこか年上の雰囲気さえあった如月という少女。
ビーダマンを使いこなせば、彼女は浮かばれるのだろうか。少しでも、彼女の頑張りに報いることができるのだろうか。
それなら――
吹雪「じゃあ私は、特製ワッフルにしよっと!」
開いた瞳には、どこか強い力が宿っている。それはきっと、未来に進むための力となるのだろう。
―???―
少女は手を伸ばす。
ゆらゆらと揺れる海面へ。光を沈める海底へ。
少女の手は掴む。
光の世界から落ちてくる輝きを。闇の世界から浮き上がってくる淀みを。
――戻らなくちゃ――
こぽり、と気泡が一つ、圧力に潰れて消える。
――戻らないと――
長い髪を海流に任せ、漂う身体は動かない。
――……――
うっすらと見開かれた目は、赤黒く輝いていた。
今日はここまでで。
お察しの通り、爆球を連発する感じです。
砲撃を避けながら水上を走る少女に、周りのような武装は無い。
大井「何してるの! 早く撃ちなさいよ!」
吹雪「す、すみません! ありがとうございます!」
旗艦に肉薄する深海棲艦を弾くのは大井の魚雷。北上を援護しながらも周りを気に掛ける彼女は、ツンと顔を逸らしながら他の敵へと向かっていく。
心の中でもう一度頭を下げ、銃口を定める。その動きも随分慣れたもので、小さな相棒も頼もしく輝いている。
吹雪「いっけえええ!」
ドウッ、と鈍く重い音。一直線に飛んでいくビー玉は海面を小さく割り、敵駆逐艦へと肉薄する。
直後に立った水柱は雨となって落ちていく。数秒で晴れたあとにはもう、敵の姿は無くなっていた。
瑞鶴「敵影無し……あーあ、今日もMVPは吹雪かぁ」
加賀「頭にきました」
吹雪「えええ!?」
金剛「ンー、でもブッキーのビーダマンは強すぎデース。戦艦が形ナッシングネー」
大井「ホントよ! そのビーダマンのせいで北上さんのMVPが取れなくなっちゃってるじゃない!」
北上「えー、でも面倒くさくなくていいよー」
大井「ホントよ! 面倒くさくなくていいわ!」
吹雪「えええ……」
加賀(ビーダマン、まだでしょうか)
―提督執務室―
長門「という風に、ビーダマンの効果は既に全艦娘に知れ渡っていますが……」
提督「逆にみんなが欲しがって不満が溜まっている、か」
長門「はい。特に旗艦でない戦艦と、最前線の駆逐艦からの突き上げがかなり強くなっています」
二人から同時にため息が漏れる。
正直な所、駆逐艦はともかく他の艦はその見た目から抵抗があるものだと思っていたのだ。
長門「むしろ可愛いと評判になっています。こうなっては、一気に全員に配備するのではなく、順次換装にしては?」
提督「……仕方ない。現状で開発できている分を第一部隊から第五部隊の構成艦に優先して配備しろ」
長門「は。他はどうしますか」
提督「予備艦には分類に関わらずネームシップから配備だ。そうじゃないと、クラスで差別していると取られかねない」
長門「承知しました。では早速取りかかります」
提督「それと、例の本格改造だが……先だって配備した五人のビーダマンから行おうと思っている」
その瞬間、長門の顔が苦々しく歪んだ。
長門「戦艦たちならともかく、駆逐艦にはまだ早いのでは」
提督「駆逐艦だからこそ、だ。小回りの利く彼女ならうまく使えば敵をかく乱できるだろう」
長門「は……分かりました。では、そのように」
提督「ああ。それじゃあ頼んだ」
長門「はい。それでは失礼します」
陸奥「お疲れ様」
執務室の外、ため息をこぼす長門に声を掛けてくる姉妹に、長門は苦笑を返す。
長門「ああ……提督は吹雪のビーダマンにも本格改造をする心算らしい」
陸奥「吹雪ちゃんにも……なるほどね。確かに、いいかもしれないわね」
頷く陸奥に、長門の語調は少しばかり強くなる。
長門「だが、ただでさえ基本型の配備が不十分な中で本格改造はな。戦艦ならともかく、駆逐艦では」
陸奥「周りの嫉妬を買わないか、ということでしょう?」
言葉に詰まる、とはこのことか。口をもごもごと動かして飲み込んだ言葉は、その通りの物だった。
陸奥「優しいわね、貴方」
長門「……円滑な鎮守府運営のためだ。他意は無い」
誤魔化そうとした彼女の頬は真っ赤に染まっている。そんな可愛らしい彼女を見れる特権に陸奥の頬は緩んでしまうのだ。
―第五遊撃部隊―
ずらりと並ぶ五つのビーダマン。それぞれ機能は同じながら色が違っている。
そして選ぶとなった時、すんなりいかないのがこの部隊でもあった。
加賀「ここは譲れません」
瑞鶴「ちょっと! 私も青がいいんだけど!? てゆーかじゃんけんで私が勝ったじゃない!」
加賀「緑にすればいいでしょう。意地を張ってどうするのかしら」
瑞鶴「はぁあ!? それはこっちのセリフよ!」
金剛「ゴールドは無いですカー? それかクリスタルカラーでもいいデース!」
北上「私は黄色かなー。大井っちは?」
大井「それは私も黄色に決まってますぅ! ちょっと! なんで黄色が一色しかないのよ!」
北上「じゃあ後で一緒に塗ろっか? 大井っちがよければだけど」
大井「そそそそれは任務後も一緒に共同作業を!? やります! やらせてください!」
吹雪「あ、あは……まあいつものことだけど」
瑞鶴「ったく、なんで私が譲らないといけないのよ……」
ブツブツ呟くその手の中には、緑色のビーダマン。そして傍らに広げられているのは。
吹雪「それ、工具ですか?」
瑞鶴「んー? まあ工具だけど、大したものじゃないわよ。アンタのビーダマン見てたらちょっと思う所があってさ」
金剛「ホワッツ? 気になるトコロってドコですカー?」
瑞鶴「ここ。この押し出す所よ」
ちょん、と突いた場所にあるのは射出の要。吹雪の目には特に何かあるようには見えず、首を傾げてしまう。
瑞鶴「今は一回撃ったら手作業で正面から入れ直してるでしょ? 連射できないってかなりタイムロスになるじゃない」
吹雪「確かに……」
それは吹雪も思っていた所だ。一撃一撃が駆逐艦程度相手なら必殺とも言える威力であっても、当たらなければ意味がない。
瑞鶴「それで思ったのよ。間にスプリングを入れて、押した後に指を離したら自動的に戻ってきたらどうかって」
金剛「But、それでもタマの補充は手作業になるんじゃないデスカー?」
瑞鶴「それはね……これ、頭の裏に穴があいてるでしょ。ここにビー玉を入れれば連射できそうじゃない?」
加賀「連装砲ということね」
違う気がするなあ、とは言わない。得心したように頷く加賀の機嫌を悪くする吹雪ではなかった。
加賀「その改造、私にもしてもらえるかしら」
瑞鶴「いいけど……夕張とか明石さんに頼んだ方がいいんじゃないの」
不思議そうな声が言わんとすることは誰にでもわかる。しょせんは素人仕事、瑞鶴が施した改造は、見栄えも良いとは決して言えない出来だ。
この程度の改造でも本職の彼女らが手を加えれば、初めからそうであったような出来になるだろう。
そんな問いに、加賀はゆっくりと首を振る。
加賀「改造を望む子は多いはず。そうなると彼女達に殺到するでしょうから、貴方に頼んだ方が早いわ」
瑞鶴「ふーん……ま、いいわ。やったげるから貸しなさいよ」
加賀「言っておくけど、私のガンマに無駄な傷を付けたら承知しません」
瑞鶴「じゃああの二人のトコ行きなさいよ! てゆーかガンマって何!?」
加賀「この子の名前だけれど、何か文句でもあるのかしら」
ちょん、と加賀の指が青いビーダマンを撫でる。その目には隠しきれない喜びが溢れていた。
瑞鶴「……ガキっぽい」
その一言が、加賀以外の心境を代弁していた。もちろん瑞鶴以外の誰一人として、言葉にはしなかったが。
金剛「それじゃーサッソク試し撃ちデース!」
加賀「さすがに気分が高揚します。私はあの的を狙うわ」
瑞鶴「ちょっ、あたしも同じ奴狙ってるんだけど!」
北上「じゃー私はあれ狙おうかなー」
大井「私も! 私も同じ的を狙います! 一緒に撃ちましょう!」
吹雪「あはは……えっと、じゃあ行きますよー。せーのっ!」
横一列に並ぶ彼女達が一斉に構え、さほど離れていない的へビーダマンを指し向ける。
まるで子供の遊びのようだが艤装は艤装。撃てば砲撃並みの反動が、六人の身体を震えさせた。
金剛「イエス! クリティカルショット!」
吹雪「わあ……凄いです金剛さん! 私のビーダマンよりも、ずっと強ーい!」
金剛「ンー、クラスの違いで威力も違うのかもしれないデスネー」
さすが戦艦と言うべきか。放たれたビー玉は力強い軌道を保ち、的を粉砕。
それでも勢いは衰えず水平線に向かって飛んでいくのだから、吹雪にしてみれば威力の違いに目を見張らざるを得ない。
はしゃぐ吹雪に金剛もまんざらでなく、少しばかり頬を染めて、小さな相棒に口付けを落とす。
金剛「グッドボーイ……ワタシもこの子に名前をつけようカナー」
吹雪「加賀さんみたいにですか?」
金剛「イエス。相棒に名前が無いのはちょっと可哀想デース……OK! この子の名前はタマゴにしマース!」
吹雪「卵ですか……でも、赤色ですよ?」
金剛「黄味が赤い方が栄養はあるはずデース!」
フフン、と胸を張る金剛の言葉を吹雪は曖昧な笑顔で流す。意味の理解できなさそうな時は、大体こんなものである。
瑞鶴「……え、えーと」
加賀「明後日の方向に飛んで行ったわ。貴方のビー玉だけ。連射したのに」
改造自体は成功と言っていいだろう。一発目が押し出され、指を離すと即座に二発目が装填された。
問題は、瑞鶴の撃ったビー玉だ。
加賀「私のガンマは的の同じ場所に連続で命中したけれど?」
瑞鶴「う、うっさい! なんかの間違いなんだから!」
見てなさい! と再装填され、慎重に発射された瑞鶴のビー玉は。
加賀「……綺麗な放物線ね」
瑞鶴「な、な、なんで当たらないのよおおおお!」
的を掠ることもなく、思うがままに飛んでいく。まるで猫のように気まぐれに。
加賀「そうね、貴方のビーダマン、猫丸とでも名付けましょうか」
瑞鶴「はああ!? ちょっと、勝手に変な名前つけないで!」
加賀「ならノーコン野郎かしら」
瑞鶴「だ、か、らあ! 名前付けんなって言ってんのよ!」
北上「おー、同じ的に当たったねー」
大井「ええ! これこそまさに私達の絆を示すものですっ!」
弾着観測というわけでもなく、偶然同じタイミングで同じ位置に当たる。少し謎の力が働いたと思っても、おかしくはなさそうである。
大井「……それにしても、さっきからなんです? 名前がどうとか五月蠅いんだから」
北上「いいよね名前。私も名前つけようかなー」
大井「ですよねえ! 私も今名前を付けようと思ってたんですぅ」
北上「でも何がいいかなー……大井っちはなんかいい名前ってある?」
大井「いい名前……大上とか北井とかはどうです? こう、私との絆が深まる気がしませんか!」
北上「うーん、そういうのよりはもっと、格好いい感じのがいいかなあ」
ゲフッ、と笑顔で血反吐を吐きそうな大井も、いつもの事だ。
北上はといえば、大井の心境は知る由もなしとばかりに人差し指を顎に添えて考え込んでいる。その姿に大井が回復するのだから、良く出来ていると言うべきか。
北上「ビリー、ってのはどうかな。なーんか格好良くない?」
ダサい。一瞬よぎったその思いに、大井の中にむくむくと自己嫌悪が芽生えていく。
大井「そ、そぉーですねえ! 格好いいです! じゃあ私は――」
北上「大井っちも同じ名前にしたら? お揃いだねー」
大井「お揃い!? しますします! 私のビーダマンもビリーにしますぅ!」
今日はこんなもんで。
提督「夕張、初霜を連れてきた」
夕張「提督直々に連れて来たんですか?」
甘いですねえ、と呆れたような声に、少しばかりのため息が漏れる。加賀といい夕張といい、これも艦娘の総意なのだろう。
そんな夕張の目はいつものように初霜に向けられて、いつものように明るく、残酷に言うのだ。
夕張「それじゃあ初霜ちゃん、解体するから脱いでくれる?」
初霜「……はい」
夕張「提督はどうします? 一応規定では上官の立会いが必要ですけど」
あって無いような規定だが、形でも『ある』以上はここで帰る訳にもいかないだろう。
夕張「じゃあそっちの椅子で見ててください。ティッシュはそこにありますから」
提督「いらない気遣いをありがとう」
場所が場所だ。
夕張と他提督の行為に使われている以上、その辺りの準備はできているという事だ。
すみません、貼り間違えました
金剛「ブッキーはどんなネームにシマスカー?」
吹雪「ええと……」
手元に乗るビーダマンの目はどんな時でも変わらない。キリリと見つめる彼はどんな名前でも受け入れてくれるだろう。
それだけに、下手な名前は付けられない。
吹雪「もう少し考えてみようと思います」
金剛「そうデスカー……じゃあ決まったらティーチミー! OK?」
吹雪「ふふ、了解しました!」
おどけた敬礼が二つ海の上で向かい合う。
他の二組を置いてけぼりにした穏やかな空気。それを破ったのは、どこからか現れた凛々しい戦艦の声だった。
長門「第五遊撃部隊旗艦、吹雪!」
吹雪「え、な、長門さん!? はいっ!」
長門「重要な話がある。私に付いて来い!」
吹雪「は、はいっ、了解しました! あの、金剛さん……」
金剛「OKOK! 行ってきなサーイ、ハリーアップ!」
吹雪「ありがとうございますっ。それじゃあ失礼します!」
そう言って陸へ急ぐ吹雪が起こす水飛沫は立派なものだ。金剛の目からしても、旗艦として頼りない部分はほとんど無くなっている。
少しだけ太陽が眩しくて、金剛は思わず楽しげな目を細めたのだった。
工廠への道はさほど長くない。例え長門の歩く速度が妙に遅くとも、すぐに辿り着く。
吹雪「あのう長門秘書艦、今日はどんなご用でしょうか?」
長門「ああ……詳しくは工廠で話すが、ビーダマンに関することだ」
持って来ているな? との問いに吹雪は相棒を見せる。満足そうに頷く長門の目線が、やけに吹雪を見つめていることに特に理由は無いだろう。
長門「入れ。既に他の旗艦も集合している」
吹雪「はい!」
小走りに他の四人に並ぶ吹雪も、初めの頃は緊張していたのが、今は随分と貫禄が出てきている。
もう一度満足そうに頷き、長門は彼女達の眼前に立った。
長門「さて……諸君に来てもらったのは他でもない。ここに居る五人のビーダマンについて、急ではあるが改造を行うことになった」
改造、という響きに少しだけざわめきが起こる。その中で手を挙げたのは、駆逐艦。
吹雪「あの、長門秘書艦。改造というとスプリングを付けたり、削ったりするってことですか?」
現状で真っ先に思い浮かぶのは、瑞鶴の施した改造だ。しかし長門はその問いに頭を振る。
長門「いや、その程度の改造は工廠でなくとも手先が器用であればできる。今日行うのはビーダマンそのものを強化、改修するものだ」
例えば、と差し出したのは長門のビーダマン。
吹雪「……え?」
漏らした疑問の声は長門が差し出して一拍ほど経ってからのもの。
それだけの時間を置いたのは、腹部に付いたパーツの違いに引き込まれたからだ。
長門「見ての通り、腹に別のパーツが付くように構造から変わっているだろう。これを利用すると」
見ていろ、とビーダマンを的に向かって構える長門の姿は一枚の絵のように凛々しく、美しく、少し滑稽だった。
長門「人差し指でパーツを締め付けることができるのが分かるか? これを締めながら外の的に向け撃ってみるぞ」
ここに到って吹雪も気付く。
吹雪(そっか、締めて撃つとその分勢いが強くなるんだ! 凄いなあ……)
単純ながら画期的。その改造に見惚れつつ、吹雪の心中に不安がむくむくと湧き上がる。
吹雪(あれ、ただでさえ結構強いんだけど、それ以上に力を籠めたら)
やばい。
一気に青ざめた少女の嫌な予感はバッチリ当たる。
吹雪「長門ひしょか」
長門「ふんッ!」
次の瞬間、吹雪は僅か数十ミリの砲撃の余波でひっくり返り、真っ白下着を晒していた。
長門「このように自らの力を加えることで、何倍も強い力で撃ち出すことができる」
吹雪「よーく分かりました……」
とほほ、と零す涙がキラリと光る。他の四人の旗艦が同情の目を送って来るのが若干悲しいものだ。
あるいは提督が居なくてまだ良かったというべきか。もし見られていたら、この場にいることすらできなかっただろう。
長門「ひとまずビーダマンの使用に慣れたお前たちの改造を行い、その後順次他艦にも改造を行う予定だ」
長門の言葉に目を輝かせるのはやはり戦艦だ。力を誇示したい、という意欲は艦娘の中でも一際なのだから。
一人として改造を拒否する人間はいない。並べられた五体のビーダマンに長門は満足そうに頷く。
長門「よし、改造にはほとんど時間は掛からない。すぐに終わるから待っていろ」
吹雪「はいっ!」
吹雪(締めて撃つ、かあ……私にもパワーショットが撃てるのかな)
瞳に灯る期待の輝きは、まるで新しいオモチャを持つ子供のようでもあり、新しい武器を待ち望む軍人のようでもあった。
吹雪「そのはずだったのに……うぅ……」
夕立「吹雪ちゃん、ドンヨリしすぎっぽいー」
睦月「そうだよ吹雪ちゃん、私なんてまだ支給もされてないんだよ?」
吹雪「う……そうだよね、長門さんも驚いてたし、文句言ったらダメだよね」
教室の中、首を垂れる吹雪の周りにはいつもの面子が集まっている。それに加え第六駆逐隊の面々もいるのは、やはりビーダマンという兵器の物珍しさだろう。
暁「ふーん、これがボンバーマンなの?」
雷「違うわ、ビーダマン! そんな爆弾みたいな名前じゃないわ!」
電「わー……なんだか綺麗なのです」
響「ハラショー、コイツはイイモノだ。いつ貰えるのかな」
それぞれ好きに突っつき回すせいか、さすがのビーダマンも足元がおぼつかず倒れてしまいそうだ。
どことなく嬉しそうな気がするのは、全くの気のせいであってほしい。そう吹雪は切に願わざるを得ない。
睦月「でも、かなり変わっちゃったね……後ろのトリガーも無くなったんだ」
夕立「代わりに頭の棒を下ろすっぽい! 変なビーダマンー」
吹雪「はぅぅ……」
変、という言葉に再び吹雪の首がクテンともたげる。視線の先にある金色に輝くビーダマンは、残念ながら励ましてくれないようだ。
提督「……ゴールデンビーダマン、か」
長門「はい。今回の五体のビーダマンのうち、吹雪のものだけが他とは違う変化を見せました」
提督「理由は分かるか?」
長門「強いて挙げるのであれば、他は戦艦などパワータイプであるのに対して駆逐艦であったくらいしか……」
提督「そうか……吹雪のビーダマンについては今後も注視してくれ。それと、他の艦娘にも突然変化することも考えられる」
長門「はい。恐らく次の改造では」
提督「ああ」
二人の間にある二枚のうち一枚の書類には、大きく『秘』の判が押されている。
写真に写るその姿は、これまでのビーダマンとは全く違う形のもの。
そしてもう一枚には。
長門「問題は深海棲艦についての報告ですね」
提督「ああ……対抗措置としてか、敵性ビーダマンの確認。思ったよりも早い」
長門「これからはビーダマン同士での演習も行わせます。それでは、これで」
一礼して出て行く長門を見送り、提督はその書類に目を落とす。
解像度の悪い写真の中、そこに映る深海棲艦の手元には。
提督「OSフレーム……的に手に渡っていたとはな……!」
今日はここまでで。
基本PIシリーズもあまり出ずに終わるかもしれません。ガーディアンどころかEXも出ません。申し訳。
ゴールデンビーダマンの誕生から二週間あまり。
ついに艦娘全員にビーダマンが行き渡り、主要な部隊のビーダマンには第一次改造の波が訪れていた。
金剛「ンー! これはとぉーってもストロングデース!」
中でも最も喜んだのは戦艦クラスだろう。『締め撃ち』という技術の恩恵を一番大きく受けたのは彼女達なのだから。
北上「はー、すっごいねー。前のビーダマンも凄かったけどさー」
瑞鶴「吹き飛ばすどころか、本当に木端微塵になっちゃってるじゃない……」
大井「ふんっ、強ければいいってもんじゃないでしょ。ねー北上さん」
加賀「……どうしたの?」
感嘆の声に紛れ、加賀は隣に立つ少女の落ち込みっぷりに声を掛けざるを得ない。
どんより、と頭を伏せた吹雪の手には、光り輝くビーダマン。
他の四人とは全く構造に違うそれを手に、涙声で吹雪は漏らす。
吹雪「うう……みんな締め撃ちで威力が強くなってるのに、私は全然ですぅ……」
パシュ、と軽い音と共に放たれたビー玉は、海面に弧を描きながら的へと向かっていく。
初めは外していたカーブショットも、今では的に当てることくらいは造作もないことだ。
加賀「お見事。不満でもあるのかしら」
吹雪「だって……だって、パワーは前より小さくなってるんですよ? こんなの役に立てませんよぉ……」
パカン、と愉快な音を立てて割れた的は、しっかりとその姿を残したまま海面へと浮かんでいた。
瑞鶴「いつまで落ち込んでるのよ! いいからシャキッとする!」
吹雪「ううー……」
金剛「なんでも、ブッキーのゴールデンビーダマンは鎮守府でもとーっても少ないらしいデース、レアなんだから、胸を張った方がイイのにネー?」
加賀「そうね。むしろ駆逐艦ならそっちの方が個性的でいいと思うけど」
吹雪「みなさんは駆逐艦の、大火力への憧れを知らないんですよぅ……」
励ましにもため息を漏らす吹雪に、思わず大井でさえ肩を竦めてしまう。
実際、彼女達はカーブショットの特異性を高く評価しているのだが、確かに駆逐艦たちにはパワーショットを望む声が多い。
どうしたものかと考えを巡らすが、結局今の今まで名案は浮かばず、今の吹雪の状態に到っているのだった。
北上「それならさー、今度の演習の時に島とか挟んでみるのはどう?」
吹雪「島、ですか?」
北上「そうそう。今までは障害物の無い場所でしか演習してないでしょ。だからあえて障害物のあるところで金ぴかの有用性を確かめてみるわけ」
なるほど、と面々から感心した声が響く。
確かに現状では、カーブショットは奇襲にも使えず、敵の足を止めるにも威力が足りない有り様だ、
それを障害物を設け、カーブの強みを生かすことが出来れば。吹雪の目にどんどん輝きが灯りだしていく。
吹雪「そ、それですっ! 吹雪、頑張ります!」
金剛「OKデース! なら、今からテートクに言って演習許可を――」
善は急げ。執務室へ走り出そうとして金剛を、しかし、一つの放送が呼び止める。
『こちら長門、鎮守府近海に敵駆逐艦が出現した。第五遊撃部隊は至急出撃せよ。繰り返す――』
加賀「……また今度、ということね」
瑞鶴「ま、とりあえず行きましょ」
吹雪「はぁい……」
しょんぼり。落ち込む吹雪の姿はこの所、よく見る姿の一つだった。
長門『第五遊撃部隊、接敵後は即座に殲滅せよ。なお敵は……ザッ……ピ、ダマン、ガッ所持……』
吹雪「長門秘書艦? こちら旗艦吹雪、通信状態が悪化しているみたいです。長門さん?」
『…………り返す……ザザザッ!……聞こえ……ブツッ』
瑞鶴「吹雪、鎮守府との通信は?」
吹雪「ダメです、切れちゃいました……」
部隊が水面を駆ける。目的の場所はあらかじめ知らされているものの、情報の更新ができないことは非常に都合が悪い。
彼女達が見上げる空には雷雲が立ち込めている。嫌な予感を押し隠すように、金剛の明るい声が響き渡った。
金剛「事前情報では、敵は駆逐艦オンリーだったハズ! 居てもせいぜい空母程度デース!」
大井「そうですけど……北上さんに危険が迫るのはノーセンキューなんですけど?」
北上「別に小破中破くらい大したことないけどねー」
いつもの掛け合いに、少しだけ緊張が緩和されていく。
吹雪「仕方ありません、加賀さんと瑞鶴さんは艦載機を。偵察を多くしましょう」
加賀「そうね……この海域ならその方がいいでしょう」
瑞鶴「りょーかい。それじゃ行くわよっ!」
引き放たれた艦載機は一度旋回した後、四方へと散っていく。唯一の情報源となりそうな妖精たちは、頼もしげに敬礼を送り雷雲渦巻く空の向こうへと消えていくのだった。
瑞鶴「――見つけたッ! 五時の方向、数は15、全て駆逐艦!」
吹雪「そうですか……それなら単縦陣で一気に攻め立てましょう。直にビーダマンの射程に入ったら」
一斉掃射、の指示が吹雪の口から出る直前。金剛の手が乱暴に頭を撫でまわす。
金剛「プリーズウエイト! ブッキー、一発ワタシに任せてくだサーイ!」
ネ? と茶目っ気を見せながらビーダマンを五時の方向へ向ける金剛に、吹雪は一瞬だけ逡巡して、小さく頷いた。
金剛「サンキューブッキー! それではいっきますヨー……!」
ギシ、という軋む音と共に、ビーダマンの腹のホールドパーツが一気に縮む。明らかに駆逐艦とはレベルの違う締め付けに、吹雪の内心には大きな感嘆とコンプレックスが少しだけ芽生え始めていた。
金剛「ホールドォ……ショット!」
ちなみに。
ドバンッ! と海を割りそうな勢いで放たれた戦艦の締め撃ちに、吹雪のコンプレックスは割とすぐ吹き飛んだという。
瑞鶴「……はあ? 敵数半減!? 残り七体も中破、および大破ァ!?」
加賀「凄いわね」
北上「うひゃー……これは楽になったねー」
大井「ま、北上さんの危険が少なくなったなら? 私としては構いませんけど」
金剛「フッフーン! ざっとこんなモンデース!」
ウインクと共に送られたVサイン。引き攣り気味の笑いと共にどうにか返し、吹雪もビーダマンの有用性に改めて目を見張らざるを得ない。
吹雪(これなら、本当に深海棲艦から海を取り戻せるかも……!)
吹雪「よ、よーし! それじゃあ各位改めて単縦陣を! このまま進軍、殲滅します!」
各々から上がる了解の声。広がる楽勝ムードに、緊張が緩和されていく。加賀も残心は怠らないが、どことなく表情が柔らかくなっている。
真正面を見据えてビーダマンを構える六人。後方への注意がおろそかになるのは、やはり過信だったのだろう。
岩場の影から覗く敵空母が、ビーダマンを構えている姿を偵察機が発見した時。
彼女達は敵駆逐艦を落とし、喜びから更に気が緩んでしまっていた。
加賀「……! 来るッ! 全員、緊急回避!」
突然驚愕に顔を染め、声を張り上げた加賀。虚をつかれた彼女達の行動は、残念ながら少しばかり遅かった。
吹雪「なにが、っきゃああああああ!?」
北上「っ、ぐ……!」
大井「北上さん!? この、きゃあああ!」
金剛「アウチッ! こ、これぐらいっ!」
瑞鶴「なによこの連続砲撃……じゃない!? これって!」
漏れた声は信じられないという色に染まっている。一方的に飛んでくる砲撃の全てが、彼女達の良く知るものだったのだから。
大井「いった……ビー玉って、まさか敵は!」
加賀「そうみたいね。敵の手にビーダマンを確認、しかも何かのフレームが付いてる……それと、何? 頭についているのは」
北上「何でもいいけど、この連射速度なに!? 装填、早すぎるでしょ!」
金剛「っこ、のおおお!」
まるでビー玉の雨の中、一撃必殺とも言える金剛の締め撃ちが空を走る。
先ほどのパワフルなショットほどではないものの、十分すぎる力が籠っている。それは空母が隠れている岩場ごと打ち砕く――はずだった。
――ガギギギンッ!
連続する四つの音。その音の後、金剛の放ったビー玉が、力なく海へと沈んでいくのを彼女達は見てしまう。
金剛「……Shit!」
瑞鶴「嘘、四連射!? こっちは頭にビー玉入れて二連射しかできないのに!」
吹雪「加賀さんの言ってたパーツでしょうか?」
加賀「ええ……どうやら頭にくっ付いたパーツを通して、タンクの中に入ったビー玉が自動で供給されてるみたい」
吹雪「そんな……!」
雨あられとばかりに降り注ぐビー玉の雨。当たれば怪我は免れず、実際に被弾した北上と金剛は、ほとんど中破と言っていい被害を受けている。
大井「んのクソ空母、北上さんに何してくれてんのよおおおお!」
照準を定めた大井の二連射も金剛の物と同じ運命をたどる。そして何倍にもなって帰ってくるのだから、悪夢と言ってもいいだろう。
瑞鶴「もおおおお! どうすればいいのよ!」
吹雪「っ、ここは、回避行動を取りつつ敵空母へ向け可能な限り撃ってください! パワーを込めれば相手はその分撃ち落とすのに時間がかかります!」
加賀「了解……」
金剛「ぐ……そーゆーことなら、お任せデース!」
北上「ま、それしかないよね。大井っち、行くよ!」
大井「北上さん……! はいっ!」
撃ち合いの間に起きたことは、言ってしまえば意味も無いことだった。
ある程度押し込んでも、装填までの間に敵の連射を受けて押し戻される。その繰り返しでしかない。
瑞鶴「ダメよこれじゃ! 決定打が足りないッ!」
加賀「戦艦の一撃も決定打たりえないんじゃ、消耗戦ね……ビー玉の残りは?」
北上「残弾率20%ってとこかな。敵さんはー、まだまだって感じ?」
大井「ああもう! なんなのよ!」
金剛「……ブッキー、相談があるデース」
吹雪「そ、相談?」
パシュ、と撃ち出しながら、吹雪は戸惑いつつも金剛の言葉に耳を傾ける。そこから出た言葉は、衝撃的なものだった。
金剛「ワタシが囮になりマス。その間にブッキーは、あそこから敵を撃つってくだサーイ」
吹雪「え、でも、あそこからじゃ岩が邪魔して」
金剛が指さしたのは、岩を挟んで空母を真横から捉える位置。敵の背後には大量の艦載機があるが、そこは敵機もなく、しかもちょうど移動する際にも敵の死角に入り、行くこと自体は困難ではなさそうだ。
金剛「ここでブッキーのパワーが役に立ちマース……カーブショット、行けますネー?」
吹雪「!」
カーブショットは弧を描く。岩場と敵の位置から見ても、当てることは可能。
この二週間で慣れ親しんだゴールデンビーダマンの感触が、そのことを教えてくれた。
金剛「お願いしマス……外したら、ノー! なんだからネ?」
ウインクを一つして、金剛は燃えるような瞳を敵に向け、距離を詰めていく。
金剛「はあああああああああああ!!」
一度だけ吹雪を見つめたその視線には、全幅の信頼が乗せられていた。
吹雪「……見えない的を撃つなんて、やったことないよ」
今までしてきた訓練は、ただの的撃ちだ。障害物を挟む練習なんて、一度もしていない。
吹雪「金剛さん……!」
それでも、しなければいけない。しなければ金剛が轟沈してしまうのだから。
脳裏に如月が映る。あの日、行ってしまった彼女を救えれば、と思ったことは一度や二度ではない。
吹雪「今、やらなきゃ……」
一度目を閉じ、もう一度。ゆっくり開いた目の中には金剛と同じ炎が、小さく生まれていた。
吹雪「誰が、やる!」
反転し、全速で走る。射撃体勢と目視でのカーブ径の計算、メモリの調整は走りながらじゃないと間に合わない。
吹雪「撃ち方用意、5,4,3」
敵の姿は見えない。ただ、岩場の向こうに居るのをさっき見ただけだ。
吹雪「2、1、ファイア!」
それでも――確信はあった。
吹雪「行っけええええええええええええ!!」
軽い発射音は、撃ち合いの音にかき消されて水面を駆け抜ける。波に揺られながら弧を描き、波の発射台で飛び上がったビー玉は。
「――――!?」
前方へビーダマンを掲げていた空母の身体に吸い込まれ、辺りに爆発音を響かせた。
長門『――第五遊撃部隊! 無事か!? 応答しろ!』
吹雪「こちら第五遊撃部隊、長門秘書艦、聞こえますか」
空母を沈めた直後、通信は回復し、鎮守府との連絡も問題なく行えるようになっていた。
吹雪「駆逐艦を掃討中、敵空母より奇襲を受けましたがこれを撃滅。どうやら通信妨害を受けていたようです」
長門『そうか……損害を報告せよ』
吹雪「中破2、小破3。これより鎮守府に帰投します」
長門『了解した。ただちに帰投、入渠せよ……良くやった』
吹雪「はいっ! ということで、皆さん帰りましょう!」
金剛「ン、そうデスネー。お風呂でサッパリしたいデース」
北上「うー、ちーっと疲れた……大井っちも一緒に入らない?」
大井「もっちろん入りますとも! 10時間でも20時間でもお付き合いしますっ!」
瑞鶴「あたしは……ちょっと工廠で今回の分析してくる。あのタンクと変なフレームも気になるし」
加賀「そうね。面倒だけど付き合うわ」
瑞鶴「はあ? 面倒なら来ないでいいんだけど」
吹雪「ま、まあまあ……ほら、とりあえず帰ってからにしません? ね!」
いつものような雰囲気を取り戻し、喜び勇んで帰投する面々。
MVPとなったゴールデンビーダマンが自ら輝きを放っていることに気付くのは、もう少し後のこと。
こぽり、と気泡が一つ、海の中で生まれ消えていく。
――まだ、だめ――
手の中で黒く輝くビーダマンに霧のようなものが絡みつき、ゆっくりとその姿を変異させている。
――組み合わせるだけじゃ、だめ――
長い髪が海流に遊ばれて、ぼんやりと光る目はどこか虚ろなままで。
――もっと強くしないと――
――帰らないと――
ゆっくりと目を閉じる。まだ、時間じゃない。
――待ってて、睦月ちゃん――
小さな気泡が一つだけ口から零れ、少女は深い、光の届かない場所へと沈んでいった。
今日はここまでで。
帰投した吹雪は報告のために執務室へと参上していた。だがその顔にあるのは喜びだけではなく、むしろ困惑に満ちているようだ。
長門「では、敵がビーダマンを使用し、更にそれを覆うようなパーツとビー玉供給タンクを備えていた、と」
吹雪「はい。どうにか撃退できましたけど……もしあんな敵がたくさん居たら、私達じゃ倒せないかもしれません」
勝てない、という弱音に眉を顰める長門に気付いたのだろう。慌てた様子で手を振り、固い敬礼を提督へ向ける。
吹雪「い、いえっ! もちろん全力で戦います! その、ご、ごめんなさいっ!」
提督「はは、いいさ。武装の差はそのまま戦力差に繋がることが多い以上、実際に戦う君たちの不安は尤もだ」
だが、と吹雪を貫く提督の瞳。微笑みの中にある鋭さに、吹雪はゴクリと喉を鳴らす。
提督「既に敵ビーダマンに関する解析は始めている。対応策についてはそう遠くないうちに策定しよう。それと旗艦の吹雪には伝えておくが……」
吹雪「は、はい?」
提督「新型ビーダマンの開発も急ピッチで進めている。各部隊の旗艦達には先行して配備されるから、心しておいてくれ」
力強い瞳と声。カリスマ性とも言うべきその輝きに、吹雪は心に立ち込めた暗雲が少しずつ晴れていくのを感じていく。
ほんの少し染まった頬を誤魔化すように敬礼をして、踵を返す。
出て行く頃には吹雪の表情は年相応の中に旗艦としての力強さを持っていた。
長門「提督、よろしいのですか? あまり対応が早すぎては怪しまれるのでは……」
静けさの戻る執務室。おずおずと口を開く長門の姿に、提督の口元が僅かに緩む。
提督「隠しても大本営側が押し付けて来るだろう。それなら堂々としていたほうがいい。実際に戦果を挙げて行けば多少の猜疑心は掻き消されるものさ」
長門「は……しかし、あの情報は本当だったのですね」
提督「ああ。まったく困ったものだよ、研究所が襲撃されるなんてふざけてる」
鍵付きの引き出しから取り出された文書には、大きくマル秘の判が押されている。
既に三度ほど見直した提督だが、それでも表紙を見るだけで怒りと呆れに表情をゆがめてしまう。
提督「ビーダマンに加えOSフレームを略奪された事実の隠ぺい。関わった奴は処分済みということだが」
長門「問題は我々の艦娘に被害が出た事です。全て艦娘に対しては無害になるよう調整されていたはずなのに」
提督「少なくとも敵方にビーダマンを調整できる奴がいるということだな。最悪の場合は――」
二つ目に取り出した文書は、つい先ほど届けられたばかりのもの。
大きく押されたマル秘の印は同じもの。だが、その内容は全く異なるものだ。
提督「――こちらと同じように、新たなビーダマンを開発される恐れもある」
既存のビーダマンとは異なるシルエット。真横ではなく、斜めに走るホールドパーツと煌めく瞳。
提督「フェニックス、ワイバーン、スフィンクス……至急、改造できる可能性のある艦を抽出してくれ」
頷く長門は先ほど吹雪が去って行ったばかりの扉を開く。
新型の三種への改造法を記した設計図と必要なパーツは数が限られている。責任ある役目に、長門は一度だけ頬を張ると悠然と歩きだすのだった。
間宮。そこは艦娘達の癒しと憩いの場だ。
戦艦から駆逐艦、潜水艦まで様々な艦娘が甘味に舌鼓を打ち、日頃の疲れを蕩けさせていく。
今も多分に漏れず、吹雪達のほかに重巡組や軽巡達などが思い思いに寛いでいる。
夕立「それじゃあ敵の方が強いっぽい?」
吹雪「う……そういうわけでも、えーと……」
相変わらず直球に投げられる夕立の言葉に、吹雪も苦笑いを隠さない。そして相も変わらず、フォローに入るのは睦月の役目だ。
睦月「武器が同じなら使い方を工夫すればいいと思うよ? 実際それで吹雪ちゃんが敵を倒したんだし」
夕立「でもでも、連射なんてズルいっぽいー! 私も連射とかしたいのにー」
吹雪「私は締め撃ちが羨ましいなあ……」
睦月「そう? 私は吹雪ちゃんの方が良いと思うよ。それこそ吹雪ちゃんのおかげで、今ゴールデンビーダマンを使える子は引っ張りだこだもん」
吹雪「うーん、私はあんまりピンと来ないよぉ」
ため息とともに吹雪の身体はテーブルへ沈む。謙遜でもなく、吹雪自身にはまったく実感が沸かないためだ。
隣の芝生は青いっていうから。そんな生ぬるい微笑みの睦月と夕立に見守られたひと時は、空いた席に入り込む一人の重巡によって賑やかな物へと変わっていく。
青葉「失礼しますよ吹雪さん、この間は大活躍だったそうで!」
吹雪「え? あ、青葉さんっ!? そ、そんなことは」
青葉「いえいえ、金剛さんが言ってましたから。吹雪さんがいなければ全員轟沈していたかもしれないとか」
吹雪「ええええ!? 言い過ぎですよぅ!」
不意の闖入者の言葉に吹雪の頬は真っ赤に染まる。睦月と夕立は呆れと苦笑をを混ぜたような顔色で、二人のやり取りを見つめていた。
青葉「実はですねえ、今日はそんな勲章モノの吹雪さんに一つ聞きたい事とお伝えしたいことがありまして」
吹雪「え、えぇう……なんですかぁ?」
ニコリと微笑む青葉から、少しだけ距離を取る。しかし次の瞬間には更に詰め寄られてしまい、吹雪は引き攣った笑顔で答えざるを得なかった。
青葉「吹雪さんの戦った相手なのですが、なんでも白いフレームにタンクを装備していたとか。それ以外に何か付けてはいませんでしたか?」
吹雪「え? ええと、特に無かったと思いますけど……」
青葉「ほうほう、ちなみに相手のビーダマンは締め撃ちできるタイプでした?」
吹雪「えっと……多分そうだったと思います。近づけなかったので詳しくはわかりませんけど」
なるほど、と手帳にペンを走らせる青葉は本当に嬉しそうだ。ほとんど意味の無い証言なのだが、記者を自称する青葉には当事者のコメントということが重要なのだろう。
やがて一度どころか両手で収まらない質問のあと、ようやく思い出したように青葉は話し出す。
青葉「そうそう、私からお伝えしたい事なんですがねえ、なんでも……」
潜めた声を吹雪の耳に寄せる。くすぐったさに身を揺らす吹雪は、直後の言葉に少しだけ目を見開いた。
青葉「そのフレーム、明日にでもこの鎮守府に入って来るらしいんですよ。なんで発見されたばかりのフレームを量産して、鎮守府に回すことができるんですかね?」
聞いてすぐ意味を理解できたわけではない。吹雪がその言葉を咀嚼し、青葉に声を掛けようとしたときにはもう、彼女は席を立っていた。
青葉「それでは失礼しますぅ! 取材協力、ありがとうございました!」
にこやかに去っていく姿からは、今の言葉の真意を伺うことはできない。
もやもやとした気分を残したまま、吹雪は小さく手を振ることしかできなかった。
夕立「……」
睦月「青葉さん、いつも元気だね……吹雪ちゃん? 夕立ちゃんも、どうしたの?」
吹雪「え? う、ううん! なんでもないなんでもない!」
隠すのが下手とは正しくその通りで、吹雪の様子に睦月は一層心配そうな表情を浮かべていく。
だが、そこを押して何が何でも聞くことができないのも睦月の優しさでもある。結局曖昧な笑みで互いを誤魔化し、有耶無耶のうちに甘味を消化していくだけ。
そしてごちそうさまの掛け声の後は、暗黙のうちに話題は露となって消えてしまう。
吹雪「あー、美味しかった! これなら明日からも頑張れそう!」
睦月「もう、吹雪ちゃんってば現金なんだからぁ。ねー、夕立ちゃん……夕立ちゃん?」
夕立「え? あ、そうっぽいー!」
吹雪の違和感を誤魔化すのなら、夕立もまた同じこと。
聞いていなかった様子を内心で訝しみながら、睦月は笑顔で二人と共に部屋への道を歩む。
夕焼けに伸びる三つの影。それぞれが一本ずつ、先の無い道のように暗い闇へと伸びていた。
今日はここまでで。
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