艦息「ここが鎮守府か……」【艦これ】 (95)
研究員「テストご苦労様。体の調子はどうだい?」
目の前の無気力そうな研究員から話しかけられる。
気遣っているように見えるが実際はこちらには全く興味がないのだろう。
いつもの通りに黙って首を縦に振る。
研究員「そうか。ではこれで無事全行程終了だ。おめでとう」
研究員「すぐにでもどこかの鎮守府に配属になるだろう。君がいい鎮守府に行けることを祈っているよ」
研究員「君の艦種は……」
1・駆逐
2・重巡
3・軽空母
↓1
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研究員「そうそう、君は駆逐艦だったね」
研究員「その機動性からの囮、対潜、燃費もいいから遠征要員とやることはいくらでもあるだろう」
研究員「小口径の砲しか装備できないから火力は不足気味だが、魚雷のお陰で戦艦とも渡り合える」
研究員「……と、ここまでは普通の駆逐艦の説明だ」
研究員「君は……」
1・他の艦娘よりも性能が低い失敗作
2・他の艦娘と同等の性能
3・他の艦娘よりも性能が高い試作型
↓1
研究員「他の艦娘達と比べて性能が高めみたいなんだ」
研究員「かの有名な[島風]や[雪風]と同等か、もしくはそれ以上……」
研究員「男を素体にした艦娘を作れなんて言われた時には何を言ってるんだと思ったけど、案外できるものだね」
そう呟いた彼の口元には笑みが浮かんでいた。
この人は自分の研究の成果を話す時だけは笑う。
流石は研究員というかなんというか……
研究員「――で、他には」
しまった。少し聞き逃した。
研究員「君には過去の軍艦の名が無い。もしかしたらいきなり空母や戦艦といった違う艦種に改装できるかもしれないね」
――数分経過
研究員「長々と説明したけど、以上だ。何か質問はあるかな?」
研究員「配属される鎮守府にはあらかじめ資料が届けられるだろうが、自分の性能も把握できてないなんてことになったら怒られるのは僕だからね、ちゃんと覚えておいてくれよ?」
結局彼が話した内容は、いつも暇な時間ができた時に彼が話している内容と大差無かった。
これなら聞き逃した部分も聞かなくても問題無いだろうと首を横に振る。
研究員「そうか……じゃあこれで説明も終わりだ」
研究員「もう会うこともないだろう。お疲れ様……なのかな? もう出て行っていいよ」
最後まであっさりとしている物言いに逆に関心してしまう。
こちらとしては、今までで1番長く話した人は彼だったので思う所もあるものだが……
研究員「ん? まだ何かあるのかな?」
不思議そうな声でそんなことを聞いてくる彼。
諦めて一礼してから部屋を出る。
結局声をかけられることは無かった。
――数日後
ここが配属になる鎮守府、か。
目の前の建物をしばし眺める。人の気配が無いような気がするが、気のせいだろうか……?
元居た研究施設も人は少なかったがここはそれ以上だと思う。
とりあえず建物に入ってみようと歩きだそうとした所で、こちらに歩いてくる人に気づいた。
艦娘ではないようだから、ここの提督だろうか。
1・同い年くらいの男性
2・同い年くらいの女性
↓1
見た感じこちらと同い年くらいの青年だ。こちらに手を振りながら近づいてくる。
提督「えっと、君が今日ここに配属になった艦娘?」
とりあえず頷く。
提督「おお、君が……てか本当に男なんだな。へー」
興味深々と言った様子でこちらを眺めてくる。
提督というと、もっと年上なのだと勝手に予想していたからこちらも驚いた。
提督「俺がここの提督になるのかな? まあとにかく、よろしく」
1・ああ、こっちこそよろしく
2・こちらこそよろしくお願いします
3・……よろしく頼む
↓1
「……よろしく頼む」
提督「おおう、なんかクールな感じ? まあ見た目通と言えば見た目通りだけど」
余計なお世話である。
提督「まあここで立ち話もなんだし、とりあえず執務室に行こうか」
「わかった」
――執務室
提督「さて、とりあえず現状を説明しなきゃいけないんだけど」
提督「ぶっちゃけ何から説明すればいいかわかんね」
「……」
提督「ちょ、そんな怒らないでくれよ」
「怒ってない、呆れてるだけだ」
提督「それはそれで酷いと思うんだが……」
酷いのはどっちだか。
提督「話が逸れた。んで、そっちの質問にこっちで答えていくって感じにしたいんだけど……」
「ふむ……」
そういうことなら……
1・自分は何をしたらいいのか
2・他に人の気配がいないのはなぜか
3・なぜ提督をやっているのか
↓1
色々聞きたいことはあるが、1番興味があったのは提督自身のことだった。
「なぜあんたは提督をやってるんだ?」
提督「お? ここで最初に聞くのが俺のこと? なんか意外だな」
提督「実にいい心がけだな、俺の好感度が上がったぞ」
「……」
提督「……ツッコミはよ」
知らねーよ。
よく知らないが、提督ってのは全員こんなんなのだろうか。そんな馬鹿な。
提督「んで、なんで俺が提督をやってるかだったっけ?」
「……もし言いにくい理由なら別に言わなくても」
提督「いや、別に平気平気。だって理由なんてないから」
「は?」
提督「冗談じゃなくてだな、要するに……」
――提督説明中
提督の話を簡単に大雑把にまとめると、こういうことらしい。
提督は実は海軍のお偉いさんの息子なんだそうだ。
提督自身は提督になるつもりなんて無かったのだが、親父さんの手回しで提督になることに。
ところが提督が鎮守府に着任する直前、親父さんが突然の戦死。
このまま提督になるという話も無しになるかと思いきや、こんな破棄されたも同然な鎮守府に来ることになった、という訳だ。
なんというか……
「苦労してるんだな」
提督「全くだよ。あのクソ親父はほんとロクなことしねぇ。アイツの子として生まれたのが俺の最大の不幸だね」
「……」
そう憎まれ口を叩く提督は、何故か本当に提督の親父さんを憎んでいるようには見えなかった。
自分にも親という物があれば、提督の気持ちが解ったのだろうか。
提督「あー、この話は終了! 話しててつまらん!」
「あんたがなんでも聞けって言ったんだろうか……」
1・もう少し提督の身の上を聞いてみる
2・自分は何をしたらいいのか
3・他に人の気配がいないのはなぜか
↓1
「破棄されたも同然って言ってたな、つまりこの鎮守府に人が全然居ないのは……」
提督「うむ、今ここには君と俺しか居ないぞ」
ドヤ顔で言ってるが大丈夫なのかこれは。
この状況ってかなり異常なことだと思うんだが。
「……大丈夫なのか? 今まで敵の襲撃とかどうやって対応してたんだ」
提督「俺も昨日ここに来たばっかりだったから詳しいことは知らないんだけどさ……」
提督「この辺りの海域は攻めてくる深海棲艦が少ないらしくて、他の鎮守府の警備任務で巡航してくる艦娘で充分カバーすることができたらしい」
「なるほど、それでこの鎮守府がお役御免になってたって訳か」
提督「そういうこった」
「ということは、俺の仕事はこの辺りの海域の警備ってことになるのか?」
提督「あー、それなんだけど……特に何もしなくていいぞ」
「は?」
何もしなくていいという事はないだろう。
まがりなりにも鎮守府として機能する以上、何かしらの任務は回ってくると思うんだが。
提督「言っただろ? 他の鎮守府でこのあたりの海域はカバーできてるって」
「いや……でもこの鎮守府がある以上この辺りの海域はここで受け持つのが合理的じゃないのか?」
提督「そっか、遠征のことを知らないのか」
提督「えーっとだな、簡単に言うと、警備任務をこなす代わりに鎮守府が報酬を貰っているというか……」
「なるほど」
この辺りの海域を今まで警備していた鎮守府が逆に困るということか。
アホらしいというかなんというか。
「だけど、他にもやることの1つくらい……」
提督「ない」
なんでだよ。
提督「警備は今言った通りだし、輸送任務なんて1隻でこなせる訳無いし、海域攻略にここが呼ばれることも無いだろうしなぁ」
提督「寝る時にちゃんとここに帰って来てくれれば何してもいいんじゃね?」
俺は猫か。
どんなことをやらされるかと思いきや、まさかニートとは……流石に予想できなかった。
仲間になる艦娘(駆逐艦)を1人指定してください
↓1
――翌日
提督「出撃がしたいィ?」
何やら机に向かっている提督に唐突に提案してみたが、予想通りの反応を貰った。
昨日の口ぶりだと1日中サボってると思っていたが、意外と仕事するんだな。
提督「うるさいよ。これ一応君の配属に関する書類だからね?」
「それはすまなかった」
提督「よろしい。……で、出撃がしたいってのはなにゆえ?」
「ある程度の訓練は受けてるんだが実際に深海棲艦と戦ったことは無くてだな……何があるかわからないし、経験は積んでおきたい」
提督「ふーむ……なるほど……」
顎に手を当てて考えてるそぶりを見せてるが、あんた何も考えてないだろ。
1日共にすごしてみて判ったが、どうにも適当に生きてるというかなんというか。
提督「よしわかった。ところで今日の晩御飯にカレー食べたいんだけど君作れたりしない?」
やっぱりな。
こんなんが国を守ってるとか、世も末である。
提督「そんなに褒めんなよ、照れるぜ」
褒めてねーよ。
――波止場
「待たせた」
久しぶりに艤装を装備したが、やはりこの状態が落ち着く。
自分にとっては艤装など見飽きているが、提督にとってはそうでも無いらしい。
提督「おーすげー! 本物の艤装だ! ……触ってもいい?」
「後にしてくれ後に。帰ってきたらいじらせてやるから。よっと」
適当にあしらい、水面に立つ。
実に久しぶりだが、問題無く浮くことができた。
提督「ほー。なんかアメンボみたいだな」
アメンボいうな。
四つん這いになって水面を滑る自分を想像してしまった。
提督「ていうか普通に艤装付けたまま歩いて来てたよな? 陸上でも普通に活動できるもんなの?」
「ああ。意外と見た目ほど重くない。水上より消費燃料は多くなるがな」
提督「ちょ! もう地上で艤装付けるの禁止な!」
「しかたなかったじゃないか……」
まさか試作機というおかげで出撃ドックに自分のデータが無くて使えないとは思わなかった。
提督「ほい、じゃあこれ持ってけ」
「これは……無線機か」
提督「俺と通信できてもなんの役にも立たないかも知れないけど、一応な」
提督「俺が暇だし」
さらっと本音を混ぜるな。
だが、緊急の時に他人の意見を聞けるというのは大きい。
提督「ちゃんと帰ってきてくれよ? 君がいないと寂しいからな」
「わかったわかった」
乙女かよ。
「よし……出る!」
掛け声と共に勢い良く前へ滑りだす。
今までの訓練通り何の問題も無い。
提督「ぶっ!! しょっぱ!!」
背後から提督の叫び声が聞こえた。
……どうやら発進の際に水をぶっかけたらしい。
どこまでも締まらないな。
彼の電探に反応があったのは、防衛線を越えてすぐのことだった。
数は1。敵の艦種まではわからないが……
「行くか」
提督『ん? どうした?』
「電探に1隻反応がある。敵だ」
提督『おおう……やっぱりやめとかない? 戦闘なんて他の鎮守府に任せておけばいいだろ』
「ここまで来て何言ってんだ。大丈夫だって」
例え戦艦や空母――仮に空母であれば既に彼は敵の艦載機に囲まれていたであろうが――といった自分1隻では到底かなわない敵であっても、それを他の鎮守府に報告しなければならない。
自分が高速な駆逐艦の中でも高性能な部類に入る以上、格上に遭遇しても逃げることならできるという算段もあった。
「向こうからこっちに来る様子は無い……おそらく電探の類は装備してないな」
「空母、戦艦が単独で行動するとも思いにくい……おそらく駆逐、軽巡、重巡のどれかだろう」
提督『やけに冷静だな……』
「こうみえても緊張してるぞ?」
提督『そういうのはもうちょっと声色に出してから言え』
実際彼は表に出していないだけで内心緊張はしていた。
駆逐、軽巡なら自分でなんとかなるかもしれないが、重巡を引いた場合まともに対抗できるのは魚雷だけになってしまう。
「とにかく、速度を落としてこのまま真っ直ぐ敵を目指す」
提督『お、おう。やばいと思ったらすぐに逃げろよ!』
「なんであんたの方がびびってるんだよ」
提督『むしろ君はなんでそんなに余裕なんだ……』
そして進むこと数分。彼は出会う。
一目見ただけで嫌悪感を抱かずにはいれらない禍々しい姿。
突然海上に現れ瞬く間に海を支配した、人類の、そして艦娘の敵――深海棲艦。
(あれが……深海棲艦)
提督『ど、どうだ……? いたのか?』
「ああ。よく聞く話の通りに気持ち悪い姿をしていらっしゃる。今度カメラでも買ってこい。撮って帰ってやる」
提督『うへぇ……』
口で軽口を叩きながらも、敵の観察を進める。
ぱっと見ると魚のような姿だが、その体色と不気味に輝く目。あれが海に居ることに違和感しか感じない。
「あれが資料の通りの奴なら、駆逐艦の……イ級って奴になるのか?」
提督『いや、聞かれても俺見れないし……』
「そうだった」
提督『君って変な所で抜けてるよね。ん? 待てよ?』
提督『イ級っていうと確か1番弱い深海棲艦じゃなかったっけ? もしかして助かった?』
実際、イ級は深海棲艦の中で1番対処が楽だと言われている艦である。
人類の持つ通常兵器ではそのイ級すら撃沈するのに苦戦する事実が、艦娘がいかに規格外の戦力となるかを物語っているのだが、今はその話は置いておこう。
その弱いとされているイ級がたった1隻でうろついている。
とりあえず戦闘を経験しておきたいと思っていた彼にとって、「助かった」どころかこれ以上ない好都合な状況であった。
(敵はまだこちらに気づいていない……先に攻撃をしかけるべきか? それとも……)
こちらから一方的に相手を補足できているという有利な状況からか、彼はどう動くべきか悩み、攻めあぐねていた。
別にそれは間違ったことではない。むしろしゃにむに突進するよりもよっぽどマシである。が――
彼がイ級を目視できるということは、イ級も彼を目視できるということでもあった。
イ級「!!」
「っ!!」
唐突に彼に浴びせられる強烈な敵意。
無論敵意なんて物に晒されるのは彼にとって初めてであったが、その威圧感にそれが敵意であると彼に理解させるのには充分であった。
恐らく来るであろう攻撃に彼は身構える。だが――
「……なあ」
提督『どうした!? なんかあったか!?』
「うるさい! 声抑えてくれ……」
提督『すまんな』
「……イ級って奴……どこにも武装を装備してないみたいなんだが、どうやって攻撃してくるんだ?」
提督『え、イ級の姿は知ってんのにそれ知らないの?』
「外見を少し見たことあるだけで詳しい内容は見たことが無いんだ」
提督『ふーん、あれの攻撃方法は確か……』
提督がそれを説明するのと、
イ級「」ガパァ
提督『口に当たるであろう部分に砲塔が――』
イ級が攻撃の為に口を開けたのは同時だった。
瞬間、彼のすぐ横に着弾するイ級の攻撃。
彼も心構えはしていたはずなのだが、いざ攻撃を受けると動けなくなってしまっていた。
提督『おい? 聞いてるか? おーい!』
「! ……っ!」
彼は提督の声で自分を取り戻すと、慌ててイ級に対し横に向き直り動力を全開。
直前まで彼が居た所にイ級の砲弾が着弾した。
それを後ろに見ながら提督に返答する。
「聞いてる。あっちに先に攻撃された。今から応戦する」
提督『なんで!? あっち気づいて無いんじゃなかったの!?』
「ばれたんだよ。こっちが見えるんだからあっちからも見えるんだ。当たり前だった」
無線で彼と提督が話している間にも絶えずイ級の攻撃は飛んできていたが、どれも彼に当たることはなかった。
(そもそも最初の攻撃も外したし、砲撃の精度は大した事ないな)
(このまま動き続ければ被弾の可能性は低いか)
彼も負けじと移動しながら手元の連装砲をイ級に向かって1発、2発と撃つ。
が、いずれもイ級に近い所には着弾するものの当たることは無かった。
(やっぱりそう上手くはいかないか)
性能のテスト――もとい訓練で、静止している的や規則的に動く的に当てる技術はなかなかの物を彼自身自負していたがそこは実戦、様々な要素が彼の邪魔をしている。
(あちらの攻撃は気にしなくていいような物だし、落ち着いて戦えば大丈夫だろう)
「せいぜい俺の練習台になって貰うぞ!」
提督『おーかっくいー』
「……切っていいか?」
提督『ごめんなさい』
――――
「……ふぅ」
イ級が沈んでいった海面を眺めながら彼は一息ついた。
終わってしまえばこちらの損害は0。文句無しの結果だった。
提督『終わったのか?』
「ああ」
あの後何発かの主砲を撃って中破に追い込み、そのまま魚雷を1発撃って撃沈。
イメージと実際の感覚のズレもほぼ解消できた。
「さて、どうするか……戦闘してるうちに結構移動してしまったな」
提督『とりあえず1回戻ってきたらどうだ?』
「被弾はしてないしまだ戦闘はできると思うが……あまり遠くに行くのもなんだしそうするか……ん?」
提督の提案に賛同し、ひとまず鎮守府の方向に戻ろうと思ったその時だった。
「これは……」
提督『どした?』
「電探に反応……4つ」
提督『4つ!? それまずいんじゃねーの!? 早く戻ってこい!』
「ちょっと待ってくれ」
彼の電探にある反応の内、2つは先程と同じイ級の物であった。
問題は残りの2つである。
「……深海棲艦の反応が3つに、艦娘の反応が1つだ。恐らく駆逐艦」
提督『……なあ、それってもしかして』
「……提督、今なら助けが間に合うかもしれない。指示をくれ」
今この時も深海棲艦の反応が艦娘の反応を追い立てているように動いていた。
動いている、ということはまだ動けなくなるほどのダメージを受けていないということでもあるのだ。
提督『指示って言ったって……』
「今から向こうに向かって、もし襲われてる奴がまだ戦えても3対2だ。最悪2隻まとめてやられる可能性もある」
「冷たい言い方になるが、もし救助に向かわないなら今のうちにここを離れた方がいい」
「俺はもう提督の船だ。助けるか助けないか、提督に任せる」
提督『……』
「……提督、
1・俺個人としては、助けに行きたいと思っている
2・所詮俺達は兵器だ。見殺しにしても提督が気に病む必要は無い
↓1
内心彼は不思議に思っていた。
出撃中にも煩わしいくらいこちらを心配していた提督だ。すぐにでも助けに行けと言うと予想していたからだ。
思えば、今日彼が出撃すること自体を渋っていたのは、資材がどうこうということではなく、本気で彼のを心配していたからであろうことは想像に固くない。
と、ここまで考えたところで合点がいった。
(そうか……さっきの)
恐らく、先程言った「2人まとめてやられるかもしれない」というところで躊躇いができてしまったのであろう。
提督はつい最近まで軍に所属などしていない一般人だと言っていた。
自分の一存で人が――彼は人ではなく兵器だが――死ぬことに対して覚悟があるわけがない。ましてや1日とはいえ共に過ごした仲である。
とにかく、提督の艦としてできることは、やるべきことは何か。
彼は電探にある反応の方角に向けて進み出しながら、言った。
「俺自身は、助けに行きたいと思っている」
提督「……そっか。……なら、頼むわ」
「了解」
そう言うことはわかっていた、とばかりに彼は進む速度を上げる。
提督「……ありがとう」
「……なんの話だ?」
提督「なんでもねーや」
「そうか」
(嘘は言ってないしな)
とはいえ、間に合わなければ意味が無い。
そもそも別に危機的状況でもなんでもなく、普通に渡り合えている可能性もあるにはあるが……。
とにかく、今出せる最高の速度で彼は進んで行った。
――
進むこと数分。彼は件の4隻をギリギリ目視できる所まで接近した。
(やはり、いい状況という訳ではなさそうだ)
電探の反応通りイ級が2隻に、円柱の形をした容器に人間の上半身が生えている……と言えばいいのだろうか?知らない深海棲艦が1隻。
そして、その先に黒い服に金色の髪を2つに束ねた艦娘が1隻、追い立てられる様に走っていた。
彼はこの4隻に対し直角になるように進んで来ていたので、丁字の二画目、所謂丁字不利と呼ばれる状態である。
(さて、どう動くか)
目下の脅威はやはり初めて見る艦種の深海棲艦であろう。
といっても、彼は深海棲艦の重巡洋艦よりも大きい艦種はほぼ人間と変わらない姿をしていることは知っていたので、あれは軽巡洋艦であるということは目星を付けていたし、実際にその予想は正解である。
自分の砲撃で倒れた皐月を見て、ホ級が感じたのは達成感。そして疲労感であった。
いくら皐月が反撃をしてこなかったとはいえ、決して短くはない時間を砲撃をしながら走っていたのだ。深海棲艦とはいえ生き物である。
そして、その疲れ、相手はすでに満身創痍という状況、そしてホ級にとっての初戦闘かつ初勝利……。
様々な要因が影響し、ホ級が皐月を沈めるのを遅らせた。
ホ級、そして随伴艦のイ級2隻は、まるで自分が勝者だと誇示するかのようにゆっくりと皐月に近づいて行く。
この時、ホ級が油断せずに皐月を沈める、あるいは周囲に注意を少しでも払っていたら――
このたった3隻の深海棲艦の艦隊は全滅することは無かったのかもしれない。
そんなifの可能性を考察した所で意味は無いのかもしれないが。
皐月との距離がもう表情がわかるであろう所にまで近づいた時、唐突に皐月が顔を上げ、深海棲艦達の方を見た。
いきなりのことに咄嗟に身構えた深海棲艦達だが、すぐに元の油断しきった状態に戻る。
皐月の表情に戦意を見てとれなかったからである。
持ち上げることができないのか、あるいは持ち上げる気力も無いのか。単装砲を持つ腕も水面へと投げ出したままだった。
絶望、死への恐怖。
遠い昔、ホ級もイ級も陥ったことのある感情。
皐月「嫌だ……こんな……」
皐月「誰か……助けて……」
うわごとのように呟く皐月の言葉に耳を貸す深海棲艦達。
彼女らに皐月が喋っている言葉は理解できない。
だが、それにこめられた意味は理解できた。
そして思い出す。
その言葉はかつて自分達も言ったことがあると。
そしてその先も身を持って知っていた。
助けなど来ないと。来てくれなかったと。
といっても、ホ級達がそのことを思い出していられたのはそう長い時間ではなかった。
所詮彼女達は深海棲艦。
ただ人間と艦娘を襲っていればいい存在。
過去のことを思い出す必要などない。
「そういう風」にはできていない。
ホ級「……」
過去の感傷も無くなり、皐月を眺めているのにも飽きたのか、砲塔を向けるホ級。
皐月「……っ!」
諦めたのか、目を閉じる皐月。
皐月自身を含め、この場にいる者全てがこのまま皐月が沈むことを疑っていなかった。
しかし、勝利を確信した瞬間は生物がもっとも油断する瞬間でもある。
ホ級がまさに止めをさそうとした瞬間。
ホ級の視界が回転した。
ホ級「!?」
ホ級は、突然のことに混乱しながらも、現状を把握する為に考える。
自分の装甲が受けた衝撃から、装甲が反応する程の威力を持った何かが自分にぶつかり、結果自分が跳ね飛ばされた。
と、ここまで瞬時に予測を立てられるあたりは流石戦闘するための存在といった所か。
ある程度の距離を転がりながら進んだ後、体制を立て直したホ級は自分を跳ね飛ばした物を確認する為に今まで自分が居たであろう場所に向き直った。
視線の先には、いつの間にか現れたのか、膝をつきながらも腕の単装砲をホ級に向けた男が1人。
ホ級「!!」
突然現れた脅威に対抗しようと自分も砲を向けようとするホ級。
「……遅い」
だが、それよりも早く火を吹いた男の単装砲がホ級の頭をとらえた。
流石にこの近距離では装甲も意味を成さず――
ホ級の意識は闇の中に途絶えた。
――
ホ級に随伴していた2隻のイ級は、皐月とホ級の両方を俯瞰できる少し離れた位置にいた為、ホ級よりかは現状を把握していた。
把握していたと言っても、イ級達にわかっていたのは、目にも止まらぬ速さで突進してきた男が、そのままホ級に体当たりをぶちかました、ということだけであったが。
結果、ホ級は吹き飛ばされ、体当たりをかました男の方もバランスを崩してその場に膝をついた。
だが、前もって衝撃がくることがわかっていればその後行動に移ることができるのも早い。
片膝をついたまま男が撃った砲弾は、寸分違わずホ級の頭を砕いた。
勿論イ級達も目の前で仲間をやられて黙っている筈もない。
突然現れた乱入者が人間とも艦娘とも微妙に違う反応をしていた為に少し混乱してしまっていたのだが、自分達の旗艦を落とされたとなってはそれはもう敵で間違いない。
イ級達は口を開いて砲塔を露出させると、続けざまに1発、2発と攻撃を重ねていく。
てっきり回避行動をすると思っていたが、男は片膝をついたまま微動だにしなかった。
いくらイ級の砲撃精度が悪いといっても、この距離でしかも相手が動かないとなれば話は別である。
砲撃の1つが男の右腕に当たった。
近距離で装甲が意味を成さないのは男にとっても同じである。
装甲を軽く貫いたイ級の砲撃は、そのまま男の右腕をちぎり飛ばした。
その衝撃で駒のようにぐるぐると回りながら転倒した男は、痛みに右腕を押えながらもイ級達の方を睨む。
男が装備していた単装砲はすでに右腕ごと無く、今の体勢から魚雷を発射することは不可能。
イ級達は、ほぼ男を無力化したことで余裕ができたのか、砲撃を止めた。
彼らにしてみれば人間とも艦娘とも違うこの男は興味の対象であり、すぐに沈めるのは惜しいと考えたのかもしれない。
しかしそんなイ級達を見て、男は不敵に笑った。
「俺の勝ちだ」
そんな男の態度に不穏な物を感じたのか、身構える2隻のイ級。
もっとも、今更身構えた所でもう意味は無かったのだが。
――
皐月を助けようとした彼が、敵の陣形の中に突進し体当たりをかますなどという無茶をしたのには、大きく分けて3つの理由があった。
1つ目は、小口径でも戦艦にすらダメージを与えることが可能な零距離射撃で、確実に軽巡を沈める為。
2つ目は、自分という脅威が接近することによって、沈みかけの皐月が狙われないようにする為。
そして3つ目が、そのまま敵の目を引き付け、突進する前に発射しておいた魚雷の雷跡に敵が気付かないようにする為、であった。
――
「ふぅ……」
魚雷を後ろからまともにくらい、沈んでいく2隻のイ級を見てようやく彼は一息ついた。
(なんとか……なったか……)
そのまま海面に身を投げ出す。
なんとか勝利し生き残ることはできたものの、彼の納得できる戦いではなかった。
もしホ級への攻撃を外していたら。
イ級の攻撃がまともに当たっていたら。
敵が読み通り魚雷で狙った場所に移動していなかったら。
どれか1つでも起こっていたら、沈んだのは相手ではなく自分だっただろう。
今回生き残れたのは完全に運だと彼は考えていた。
(……?)
次はもっとうまくやらなくては……などと考えていた所で彼は違和感を覚えた。
(何か忘れているような……あ)
「提督……静かだけど、どうした?」
提督『いや、どうした? じゃねーよ! 君が何言っても無視するから黙ってたんじゃねーか!』
「いやー……すまない」
恐らく戦闘に夢中で提督の声が頭に入ってなかったのだろうと彼は予想をつけた。
文字通り死闘だったのだし、勘弁してほしい所ではある。
提督『で、大丈夫なのか? 怪我は?』
「大丈夫……って訳じゃないな、ちょっとしくじった」
提督『ちょ』
なんともやかましく、さっきまで死にかけの戦いをしていたなんてことが嘘のように思えてくる。
もっとも、彼も自分の心配をされて嬉しくない訳では無かった。
皐月「あのー……」
「!!」
声をかけられてはっと周りを見渡す。
自分が撃たれた時に近くに転がっていったのであろう、すぐそばに件の駆逐艦が同じように転がっていた。
これでは何の為に戦っていたのかわからないが、今まですっかり彼女のことを忘れていたのだ。
「すまない、君のことを忘れていた。大丈夫か?」
提督『へ』
「提督じゃない、ちょっと静かにしててくれ」
提督『はい』
皐月「あはは……、むしろそっちの方が重傷だと思うけど」
恐らく無くなった腕のことを言っているのであろう。
といっても艦娘もとい艦息にとってたいしたことのない怪我であるが。
「ま、この程度なんとでもなる。立てるか?」
皐月「ごめん……ちょっと体が動かないや」
「そうか……艤装が壊れて機能が落ちているのかもしれないな」
「俺の方も今艤装がオーバーヒートしてて動けないんだ。悪いがもう少しだけ待ってくれ」
皐月「うん、わかった。……それにしても、強いね」
「ボロボロで寝転がってるけどな」
皐月「逃げ回ってたボクよりずっと凄いよ」
「そんなもんかねぇ」
皐月「うん」
「……」
皐月「……」
皐月「えっと、その……ありがとう、助けてくれて」
「……どういたしまして」
そういってほほ笑む命がけで助けた少女を見て、柄にもなく腕一本分の価値はあったなと、彼は思った。
という訳で戦闘が終わったところで唐突ですが、主人公の名前を募集しまする。
誰も読んで無くてレスがなかったらこっちで考えます。
それでは
意見ありがとうございます。とりあえずこのまま名前をぼかしていく方向で行きますね。
もしかしたら艦娘にどのように呼んでもらうかまた安価を取るかもしれません。(君、貴方等)
その時はよろしくお願いします。
戦闘が終わった後、このボロボロな状態でいつまでも戦闘海域にいる訳にもいかないので、とりあえず俺の鎮守府に行こうということに。
この子の艤装は損壊が激しく、航行どころか変態まで半分解けてる有様だったので俺が背負っていくことになった。
背負うというよりは艤装に乗るという言い方をした方が正しい絵面だったが。
皐月「大丈夫? 重くない?」
「ああ、問題ない」
同じ駆逐艦を乗せることができるかという不安もあったが、この子が乗っても何の問題も無く移動することができた。
俺の馬力が高いのか、彼女が軽いのか、あるいは両方か……。まあ別に移動できるなら気にする必要も無いが。
問題はむしろ、俺達の間に流れる空気だった。
皐月「……」
「……」
そう、無言である。
俺はそもそも研究所に居た時から、他人と会話するということがほとんど無かった。
提督なんかはこちらが黙っていても次々話題を出してくるので困ることは無かったのだが、あっちから話しかけてこない相手だとそうもいかない。
俺としては無言なのはむしろ落ち着くのだが、この子がどう思っているのかわからないので、何か会話するきっかけがないかと1人悶々としていた訳である。
こんなに鎮守府は遠かったか、と1人嘆いていた所で、唐突にこの子が口を開いた。
皐月「ねえ、1つ聞いてもいい?」
「あ、ああ。何だ?」
少し声が上ずってしまった気がしなくも無いが、気のせいである。ノープロブレムである。
なんてアホなことを考えていた俺の思考とは裏腹に、彼女の声色は少し暗かった。
皐月「なんでボクを助けたの?」
「……? なんで、と言われてもな」
皐月「ほぼ助けようがない状況だったでしょ? 終わってみれば2人共無事だったけど、そっちもかなり危ない所だったし」
「……」
言われてみれば、何故俺はあんな無茶をしたのか。
「提督に言われたから」といえばそうだが、それは少し違う気もする。
提督に救助に行くか行かないかを聞いた時、提督の命令を誘導したのは自分だ。
この子が敵の砲撃をくらった時も、結局は無茶をして助けに行くことにした。
あの状況で助けに行くことを諦めても誰も文句は言わないだろう。自分だったら寧ろ怒るまであるかもしれない。
何故あそこまでこの子を助けることに固執したのか?
「それ、は……」
皐月「ボクに、助けてもらう価値なんて無いのに……」
「え?」
皐月「あ、いや、なんでもないよ。ごめんね? 変なこと聞いてさ」
「いや……別に……」
皐月「ごめん、ちょっとボク疲れちゃった。そっちの鎮守府に着くまで眠らせてもらってもいいかな?」
「ああ、それは構わないが……」
恐らく、いや、間違いなくその場を誤魔化す為に言った言葉だろうという予想はついたが、言及するのは止めておいた。
あちらが話したく無いのなら、わざわざ根掘り葉掘り聞き出す必要は無いだろう。
「さて、と……」
皐月「……」
「……」
実際にこの子が寝てるかどうかは解らないが、寝るという体裁をとっている以上、場を支配するのは沈黙である。
提督と無線で話すという手もあったが、寝ると言っている相手を背負いながらぺらぺらと喋るのは控えるべきだし、そもそも提督自信が俺の頼んだことで忙しくしているだろう。
そうなると俺は自分の中で考え事をするぐらいしかやることが無く、俺が何を考えたかというと、さっきのこの子の質問だった。
(なんで助けたのか、か……)
勿論ただ助けたかった、というのもある、と思う。
けど、それ以上に――
この子にあの子の、いや、あの子達の影を重ねているから、なのだろうか。
今はあの時とは違うと。
自分の手で救うことができると。
――
「ありがとう、楽しかった」
「さよなら」
――
「……っ」
これ以上考えることは止めよう。意味のないことだ。
今ここで考えた所で過去を変えることはできないし、変えていいものでもない。
そう考えて進み出した航路は、さっきまでの空気とはまた違った居心地の悪さだった。
無事に鎮守府が見える辺りまでやって来ると、波止場に提督が立ちこちらに手を降っているのが見えた。
提督自ら出迎えとはなんともありがたい話である。
なんだか主人を迎える犬を見ているような気分になったが気にしてはいけない。
別に無視をする理由も無いのでまっすぐに提督が立っている所まで進む。
提督「無事に戻ってきてくれたか――って、腕ええええ!?」
開口一番これである。
いや、少しだけこんな反応を期待していたが、ここまで予想通りの反応をしてくれるとなんだか気持ちがいいな。
「安心しろ。目立つ損傷は右腕だけだ」
提督「全然安心できないんだが」
「単装砲を無くしてしまったのは謝る」
提督「んなもんどうだっていいよ……」
小言の1つでも言われると思っていたが、なんのお咎めも無しとは、ありがたい話である。
いや、自分が把握してないだけで、この鎮守府には潤沢に資材があったりするのだろうか?
可能性は著しく低そうだが。
皐月「ん……あれ、ここは……」
「悪い、目が覚めたか」
長い帰りの間にいつの間にか本当に眠っていたこの子も目覚めてしまったようだ。
いや、どうせもう起きてもらわなきゃならなかったし丁度いいのか?
提督「えーっと、この子が?」
「ああ。件の駆逐艦だ」
皐月「えっと……」
提督「こ、ここの鎮守府の提督をやっています。よろしくお願いします?」
「何で敬語なんだ?」
皐月「あ、睦月型5番艦の皐月だよ。よ、よろしく……」
俺の頭越しにぺこぺこと頭を下げあう青年と少女。
実にシュールである。
「そういえば入渠ドックの掃除は終わったのか?」
放っておけばいつまでも頭を下げあっていそうだったため、話を進めるために2人の間に割り込む。
こちらとしてはさっさと体を治して楽になりたいのである。
艤装で変態している状態ではある程度痛覚が和らげられているとはいえ、痛いものは痛い。
提督「おう。まさか提督にもなって風呂掃除する羽目になるとは思わなかったけどな」
「すまない、出撃する前に俺がやっておくべきだった」
今更だが、もし何らかの原因でドックが使えなかったら、怪我をしたままで結構な時間を過ごす羽目になっていたかと思うとぞっとしない。
まあ、少しでも鎮守府を出るのが遅れていたらこの子を……皐月と名乗っていたか、皐月を助けることもできなかったのだし、むしろ良かったのだが、それは結果論だ。
提督「いや、別に気にしてないさ。机に向かってるよりよっぽどいい」
皐月「司令官自ら風呂掃除……?」
提督「ああ、これには深くない事情があるというか……」
皐月「?」
「今は置いておこう」
別に話は体を直してからでも遅くない。
――
艦娘を修理する入渠ドックは、所謂お風呂とほぼ同じ構造をしている。
違いといえば、艤装ごと入るため浴槽が大きいこと、中に入っているのが水ではなく修復材であるということだけだ。
提督「そういえば、高速修復材ってのもあったけどあっちは使わなくていいのか?」
「あれは使い切りのタイプだから使わないにこしたことはない。幸い俺たちは駆逐艦だから時間もそんなにかからないだろうし」
提督「ふむふむ」
勉強になるなーと、どこからか取りだしたメモ帳に何かを書きこんでいく提督。
そんな提督を尻目に、隅に置いてある鋼材の束と燃料が入れてある缶から再生に必要になるであろう量を取り、浴槽の前に持っていく。
提督「質問ばっかりで悪いけどさ、その鋼材と燃料って何に使うんだ?」
ずっと気になっていたのだろう、提督がすぐさま質問してくる。
風呂場に鋼材と燃料、なんてあまりにもミスマッチだしわからないでもないが。
「こうするんだ」
鋼材を1つ手に取り、かじる。
うむ、研究所にあった物には劣るが充分に美味しい。
提督「うお、まるでお菓子食ってるみたいだな。……美味いの?」
「悪くない」
そのままボリボリと噛み砕いては燃料と共に飲み込み、次の鋼材に手を伸ばす。
これぐらいで充分と思った所で食べるのを止めた。
皐月と俺では食べる量が結構違ったが、食べるスピードがかなり違うせいか同時に食べ終わったようだ。
「失った体を修理するには当然代わりの何かが必要になる。艦娘の場合はそれが鋼材って訳だ」
提督「皐月ちゃんと君で随分量が違うようだけど?」
「変換効率の違い……なのかはわからないが、肉体の再生は艤装の再生とくらべてかなりコストがかかるんだ」
提督「へー……って艤装の方まで治るの!?」
「驚くようなことか?」
提督「いや、肉体が鉄を食べて再生ってのはなんとなくイメージできるけど、それで装備まで直るっていうのが……」
納得できないという表情をしながら考え込む提督。
俺としてはごくあたりまえのことだったが、提督にとってはそうでもないようだ。
案外自分も一般的な人間とはかなりズレてるのかもしれない。
「まあいい。それで、後は体の再生を促進する修復材に浸かっていれば体が治っていく」
説明しながら修復材で満たされた浴槽に入る。
修復材に触れた右腕の断面から痛みが消えていき、解放感からふーと大きく溜息をついた。
体の力を抜き、仰向けで水面に浮いている状態になる。
提督はふむふむと呟きながらまたメモ帳に色々と書き込んでいた。
何というか、こう……新入社員を彷彿とさせるな。
――
提督「さて、それで俺は何かやることある?」
「特にやることは無いな」
提督「そうか、……それじゃあ君の体が治っていく様子を見ててもいいか?」
「別に構わないが……なんというか、グロいぞ?」
提督「うっ」
実験で手足を切断し再生の具合を見るなんてこともあったが、あの断面から肉が生えていく様はとてもじゃないがお見せできたものではない。
俺自身見たくない。
「そうだ、変えの服が必要になるな。探してきてくれないか?」
提督「艤装は再生できるのに服は再生できないんかい」
「知らん、作った妖精に聞いてくれ」
艤装はある意味俺達の本体みたいな物だし、納得できなくはない。
ついでに服も直してくれればいいのにと思うのは俺も同じだが。
提督「まあ他人の風呂を堂々と覗くってのも変な話だし、探してくるわ」
「頼んだ。俺のはともかく皐月は睦月型だし、どこかに制服があるはずだ」
提督「はいよー」
もはやパシリといってもいいような仕事しか提督にさせていないが、これでいいんだろうか。
……提督の仕事を艦息が考えるってのも相当変な状況だと思うし、別に問題ないのかもしれない。
過ぎたのは数分か、数時間か。考え事をしながら歩きながらふと気付くと、自分以外の気配を感じた。
ここからもう少し進んだ先に誰かが居るような気がする。
(行ってみるか)
居るのが誰であろうがここがなんなのかヒントぐらいにはなる筈だ。
こんな場所に居るという得体のしれなさから、音を立ててあちらに気付かれないように気をつけて進む。
人のことを言えないなどということは気にしてはいけない。
――
???「……きょ…………か……」
声がある程度聞こえる所まで近づいた
。何やら独り言を喋ってるようだな。声からして男か?
とりあえず人間であったことに安堵しつつ、話しかける為にさらに近づく。段々と独り言の内容が解るようになってきた。
???「しっかし初出撃でいきなりこんな怪我するとは、先が思いやられるなぁ」
若い男の声。出撃という単語からして艦娘関連の関係者なのは間違い無さそうだ。
???「できるだけ怪我はしてほしく無いんだけどなぁ、まぁこっちの声が届く訳ないんだけど」
その後も何やらぶつぶつと誰かに対する愚痴? を呟き続けているようだ。
相変わらず周りが暗闇で、相手の姿が全くわからないのが不安ではあったが、このままでは何も進展しないのでとりあえず話しかけてみることにする。
「なあ」
???「どうにかして記憶の解析をもっと早めることはできないもんかね……」
「なあ」
???「……ん?」
「聞こえてるよな?」
???「おおおう!? 何で君がここに!?」
どうやら言葉は通じるようだ。だがこの言いぐさ……こいつは俺を声で判別できる程度には知っているのか?
???「奴らの砲弾を直にくらったから浸食が急激に進んだのかな?」
???「だとしても何で僕? 軍艦の記憶が無いから代用として僕が? うーん……?」
1人で勝手に喋り続けている。色々と疑問があるのはこっちのほうだ。
とりあえず敵意は無いようなので体の緊張を解き、再度話しかける。
「おい」
???「あーっと、ごめんごめん。えーっと、何か用かな?」
この状態で何か用か? などと聞いてくるのに物凄い違和感を覚えたが、あちらがこちらの話を聞いてくれるのなら好都合だ。
1.この場所は一体なんなのか(どこなのか)聞いてみる
2.話している相手に一体何者なのか聞いてみる
3.独り言の内容について聞いてみる
↓1
順当にここがどこなのか聞こうと思った所で、ふと思い直した。
「さっき、代用やら侵食やら言ってたよな? あれは一体なんなんだ?」
???「……ふむ?」
というのも、先程こいつがいくつか気になる事を喋っていたのだ。
「軍艦の記憶の代用」、「敵の砲撃を受けたことによる侵食」などだ。
自分は気付いた時には既に研究施設で暮らしていた。
その過程でそこに勤める研究員達の話を聞いたり、または偶然耳に入ったりなどで、普通の艦娘達よりは「艦娘」について知識があるつもりだ。
だが、その自分でも「侵食」や「記憶の代用」などという単語は耳にしたことが無い。
普通ならこんな質問は後回しにするべきだとわかっているのだが、何故かそれらの単語は嫌に自分の頭に引っ掛かった。
何となく、ここで聞いておいた方がいいような、そんな気がする。
???「うーん、まあ教えてあげてもいいんだけどね、今はまだ教えない事にするよ」
「……」
???「気を悪くしないでくれ、自分もまだ完全に把握している訳じゃないし、君がこの先どうなるかもわからないしね」
???「君がまた「ここ」に来ることがあったら教えてあげることにするよ。きっと来るだろうけど」
「まるでわかってるみたいに言うんだな」
???「まあね、僕はある意味君以上に君を解っているとも言えるし」
見ず知らずの奴に俺より俺を解っているなんて言われるのは少々不気味である。
嘘を言っているようには聞こえなかったが。
???「それに、もうそろそろ君は帰る時間みたいだしね」
「? どういうことだ?」
言われてこいつから意識を外してみると、何処からか誰かの声が聞こえてくることに気付いた。……これは、提督か?
???「もう起きる時間だ。「2人」によろしくね」
「……お前は一体なんなんだ?」
???「……さっきのことを教えてあげなかったかわりに1つ教えてあげるよ」
俺の疑問には答えずに話を続ける。これも教えたくないということなんだろう。
その間にも提督の声はどんどん大きくなる。
???「「ここ」に来る前に君は何かを見ただろう」
???「それは全部「本当のこと」だよ」
あの手帳のことを言ってるのだろうか?
???「僕との会話も君は夢だと切り捨てるかも知れないけどね。一応助言はしておくよ。もっとも君が何を見たのかは知らないけど」
???「君がまたここに来ないことを祈っているよ。またね」
こちらに口を挟ませずに一気に捲し立てられる。
こいつが喋り終わると同時に、提督の声がさらに大きくなり、俺は――
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アルベルト、はどうですかね
不知火 半纏では