所恵美「誰も知らない」 (8)

  「大丈夫よ。クリスマスまでには帰ってくるから」

 ビール缶を片手に母さんがケラケラ笑う。
 これまでにも何度かあった。男の人を信用しすぎるのはこの人の悪いくせだ。

 「莉緒母さんがそういって本当にそうなったことないじゃん……」

 
 やはり、母さんはまた帰ってこなかった。
 いつものことだと言い聞かせながら、目の前に置かれた封筒と相対する。
 金額にして10万円。これだけのお金で親子5人、2ヶ月後まで生き残らなければいけない。

 ――ああ、大人ってやつになるには。一体あといくら必要なんだろう。

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 環、美也、琴葉、海美。
 みんなみんな、アタシの大事な家族だ。
 親父は違うかもしれないけど、そんなことは関係ない。
 血の繋がりも、戸籍だってないアタシたちは。こうやって身を寄せ合うことしかできない。

 アタシが頭を下げてご飯が手に入るなら、土下座だってなんだってしよう。
 薬とかは万引きするくらいしかない。
 水も電気も止められたから、公園なら汲んでこなきゃいけないけ、全然辛くなんかない。

 「めぐみーハッピーいーつだってー、めぐみーハッピーイェイイェイイェイイェイ……」

 水の入ったペットボトルを抱えながらだいぶ前にコンビニで聞いた歌を口ずさむ。

 そう。みんなが幸せなら、アタシはいつだって幸せなんだ。

 「海美! 環! 何度言ったらわかるの!
 大声出して騒ぐなって引っ越した時に言ったでしょ!
 前の家引っ越したのも二人が騒ぐからじゃない!」

 夏に入って、手紙すら届くなった。
 ゆで上がるような暑さのせいで、思わず声を荒らげてしまう。

 「恵美! 今のはいくらなんでもいいすぎ」
 「そんな風にいうなら琴葉が世話しなよ! アタシがいったい――」


 誰のためにここまでしてやってると思うのさ!
 そんなことを言いそうになり、思わず口をつぐむ。琴葉もその後の言葉を察したのだろう。居たたまれたくなり、思わずその場を飛び出した。


 「恵美さん。もう、ずいぶん探したんですよ」
 「志保……」

 走り出してから、どれくらいの時間が経ってたんだろう。いつの間にか、隣の町まで来ていたらしい。

 「よかった。やっと渡せる。はいこれ、受け取ってください」
 「え……これって。あんた、まさか」

 無言で渡された一万円札を見て即座に察する。
 なんで、なんであんたがそんなことを。

 「……私も欲しいものがあったので。そのついでです」
 「ついでとかじゃなくて! なんで、なんでこんな……」

 自分の情けなさに思わず涙が出る。こんな、年下の子にここまでさせて。アタシは、アタシはいったいなにを……

 「恵美! やっと見つけた! はやく、早く来て! 環が、環が椅子から落ちちゃったの!」

 そして、琴葉のそんな声が、アタシを後悔から引き戻す。は? 環が? 椅子から落ちた?


 手遅れとは、きっとこういうことをいうのだろう。
 アタシが戻った頃には、環は既に息をしていなかった。
 アタシらには戸籍がない。病院に連絡したら、きっと一緒にいられなくなる。
 なんで、なんでこんなことに。


 アタシたちは、誰も知らない今を生きる。
 生きて手をつなぐことを覚えたから、アタシたちは寄り添う。
 生きてきて失うことを知ったから。
 それでも明日があると知ったから。
 アタシたちは誰も知らない自分を生きる。


 765プロダクション ライブシアター 特別公演
 主演:所恵美   
 「誰も知らない〜Nobody Knows〜」
 近日公演開始

終わり。恵美Pなので配役が自分殺しで完全に緩やかな自殺だった
誰も知らないはすごい良作なので機会があれば是非。14歳の柳楽くん養いたい

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