蘭子「黄泉がえり」 (215)
熊本繋がりということで
熊本弁に違和感がありましたら申し訳ありません
…しばらく出てこない予定ですが
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1423653078
―また、同じ夢を見た。
光輝くステージの上で踊り、歌う
仲間たちも観客も、もちろん私も、ものすごい高揚感だ
ライブが終わり、ステージの袖に戻ると彼が笑顔で出迎えてくれる
―ここで夢は終わり。
かつて何度も見た光景、そして、もう二度と見ることの無い光景
蘭子「…おはよう」
母「あら、今日は自分で起きたの」
蘭子「うん。…朝ごはんは?」
母「できてるわよ」
――
母「…それにしても、蘭子が普通の喋り方をするようになってしばらく経つわね」
蘭子「まだ、変かな?」
母「いいえ、全然。もうこっちの方に慣れちゃったくらい。
…でも、ちょっとだけ寂しいかな」
蘭子「…ごちそうさま」
母「もう学校に行く?」
蘭子「うん」
私はアイドルを辞めた後、地元の高校に進学した
アイドル時代の話し方や服装はやめて、できるだけ地味に過ごすことに決めた
それでも昔のことを聞いてくる人はいたけれど、答えを渋っているとその内誰も聞いてこなくなった
刺激も興奮も無い平坦な日々
でも、それも悪くないんじゃないかと思う
そう、これでいいんだ
―昼休み
蘭子(…今日はいつもと雰囲気が違う?)
生徒「だからそんなわけ無いだろ、母ちゃん、今学校なんだからイタズラなら後に…え?」
教師「冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろう。
…まあいい、詳しいことは帰ってから聞くから」
蘭子(なんだか電話をしている人がやけに多い。
それに、なんだか皆困惑している。
…何かあったのかな?)
放課後は特にすることも無かったのでそのまま帰宅する
昼休みに感じた違和感を、帰り道の途中でも感じた
道行く人々の中に、驚いたような、興奮したような顔をいくつも見かける
地元では滅多に見ることの無い中継車も見かけた
何かが起きている…計り知れない、大きな何かが
…いや、やめよう
『そういうこと』からは、もう卒業したんだ
蘭子「…ただいま」
母「おかえりなさい。…蘭子、ちょっといい?」
蘭子「何?」
母「今ちょっとお客さんが来ているんだけど…説明もなしに会ったらきっと驚くと思って」
蘭子「…?良く分からないけど、挨拶してくるね」
母「あ、ちょっと待って…!」
蘭子「こんにちは、どちら様です、か…!?」
???「おお、蘭子…だよな?久しぶりだな」
蘭子「…ぷろ、でゅーさー?」
P「ああ。…蘭子が制服姿で髪を下ろしているのも何か新鮮だな」
蘭子「そんな、プロデューサーは去年…」
P「そのことなんだが…どうやら俺は、生き返ったらしい」
母「蘭子!…良かった、大丈夫みたいね」
蘭子「大丈夫じゃないよ!どういうことなの!?」
母がテレビを付けると、臨時ニュースが流れていた
『死んだ人が生き返った!?』という派手なテロップの下に、私の地元の地名も映し出されている
蘭子「これは…」
母「今日のお昼頃から起き始めたみたいでね、どこもかしこも大慌てよ。
市役所なんて人がごった返すわ、担当がどこかもわからないわでひどい状況みたい。
…で、ニュースを見ていたら突然Pさんから電話がかかってきたの」
P「驚かせてしまって申し訳ありません」
母「いいんですよ。
とりあえず事態が落ち着くまでPさんは家にいてもらおうと思うんだけど、いいわよね?」
蘭子「…いいけど、プロデューサーは実家に帰らないの?」
P「俺の死ぬ前に両親も死んじゃってるから、身寄りが無いんだ。
それでどうしようかと困っていたら、蘭子の実家の電話番号を思い出して」
蘭子「…そっか、ごめん」
P「いや、いいよ。
…それにしても、普通に喋っている蘭子っていうのもなんだか不思議だな」
蘭子「なっ…!!」
P「いや、悪い意味じゃなくてさ、1年で蘭子も成長したんだなって実感するよ」
蘭子(…そうじゃない)
P「…なあ蘭子、もう一度アイドルをやってみる気には…」
蘭子「やめて!!」
P「!!」
蘭子「その話はしたくない。
…部屋に戻ってるね」
P「…申し訳ありません」
母「いえ、…私も少しだけ期待していましたから」
P「あの、今後についてなんですが」
母「蘭子もあの様子ですし、夫が帰って来てからまた話しあいましょう。
夕飯、召し上がっていって下さい」
P「…ありがとうございます」
―リビング
父「…ダメだ」
母「あなた!」
父「年頃の娘がいるのに、男を泊めるわけにはいかない。
…金はこちらで持つから、ホテルにでも泊まってくれ。
今は観光シーズンでもないから空きはあるだろう」
母「Pさんは蘭子の恩人で…」
父「そんなことは分かっている。
だが、当の蘭子が部屋から出てこないじゃないか。
…恐らく、あんたが原因で」
P「…」
父「私は蘭子の父親として、あいつが傷つくようなことはして欲しくない。…それだけだ」
P「…分かりました」
母「すいません、Pさん」
P「いえ、…あの、一つお願いがあるのですが」
―蘭子の部屋の前
P「蘭子、起きてるか?」
蘭子「…」
P「部屋から出てこなくてもいい、…俺はホテルに泊まることになったから、心配しないでくれ。
でもその前に一つ、頼みたいことがあるんだ」
蘭子「…何?」
P「プロダクションに電話してくれないか?」
蘭子「…」
P「俺が生き返ったことを、報告して欲しい。
いきなり死人から電話がかかってきたら向こうも驚くだろうからさ。
もしかしたら、何か助けてもらえるかもしれない。
…このまま蘭子の家に世話になりっぱなしっていうのも悪いと思って。
これ、ホテルの電話番号な。ドアの下に挟んでおくから。
それじゃあ…」
蘭子「プロデューサーは」
P「ん?」
蘭子「…また、アイドルのプロデュースをするつもりなの?」
P「…俺の身体がこれからどうなるか分からないから、はっきりとは言えない。
でも、可能であればプロデューサーの仕事がしたい。
そう、思っている」
蘭子「…」
P「…それじゃあ、もう行くよ。ちゃんと夕飯食べろよ?
それから…ごめんな」
蘭子「…」
蘭子「…ごめんなさい」
―玄関
父「それじゃあ、Pさんを送っていくから」
P「何から何まで、すいません。
夕飯までご馳走になってしまって」
母「いいんですよ。
…蘭子が機嫌を直したら、また会ってもらえませんか?」
父「母さん」
母「分かっています。
それでも、あの子にとっては大事なことだと思うから」
父「…」
P「分かりました。
…それでは、失礼します」
―車内
父「…あんたとは」
P「え?」
父「生きている内に夕食を食べたかったな」
P「…同感です」
父「あいつは、あんたが死んだ後相当傷ついてな。
今はだいぶマシになったが、それでもひどいものだ。
…もしあんたが中途半端な気持ちであいつを傷つけるなら、俺は絶対にあんたを許さない」
P「…俺が蘭子の笑顔を奪ってしまったのなら、今度は全力で取り戻してみせます」
父「…そうか」
夕飯を食べた後、部屋に戻ってプロダクションに電話をかけた
名前を告げ、要件を伝えると電子音が二週するほど待たされてから、懐かしい人物に繋がった
ちひろ「お電話ありがとうございます、○○プロダクションの千川です。
…蘭子ちゃん、よね?」
蘭子「お久しぶりです、ちひろさん」
ちひろ「どうしたの、こんな時間に。
…もしかして、復帰する気になった!?」
蘭子「…いえ、あの、ニュースは見ましたか?」
ちひろ「熊本で死んだ人が生き返っているっていうアレのこと?
すごい騒ぎになっているわね」
蘭子「はい。…あの、実はPさんも生き返ったんです」
少しの間、沈黙が流れた
蘭子「…ちひろさん?」
ちひろ「…!!ごめんなさい、それは本当なの?」
蘭子「はい。それで、Pさんは身寄りがないので、プロダクションの方でなにか手助けしてもらえないかっていうことで…」
ちひろ「わかりました、すぐに手配するわ。
とりあえず、明日にも様子を見に行ってもいいかしら?」
蘭子「えっ、そんなに急にですか!?」
ちひろ「心配はないわ。スケジュールの調整はどうとでもなるから。
今のところお金は神崎さんのお宅で出してもらっているということでいいのよね?
そのあたりのことも、明日詳しく話をさせてもらうわ」
蘭子「…ありがとうございます」
ちひろ「いいのよ。…Pさんには、感謝してもしきれない位だもの。
それから蘭子ちゃん」
蘭子「はい?」
ちひろ「…あまり、無理をしちゃダメよ?」
蘭子「…はい」
ちひろ「それじゃあ、お休みなさい」
電話が終わると、そのままベッドに倒れ込んでしまった
ちひろさんの言った言葉の意味を考えている内に、そのまま眠りに落ちていた
翌日、学校から帰宅すると玄関に見慣れない靴が2足あった
蘭子「…ただいま」
母「お帰りなさい。すごいお客さんが来てるわよ!」
蘭子「…?」
―リビング
ちひろ「お久しぶりね、蘭子ちゃん。
昨日はお電話ありがとう」
???「久しぶり、蘭子」
蘭子「…凛、ちゃん」
ちひろ「…本当は私一人で来るつもりだったんだけど、チケットの手配をしている所を凛ちゃんに見つかっちゃって」
凛「それでカマをかけてみたら、あっさり話してくれて。
…ニュースは見ていたけど、それでも生き返った人の中にプロデューサーがいるなんて思いもしなかった」
ちひろ「…結局、凛ちゃんの気迫に圧されて連れてきてしまいました」
蘭子「…でも、大丈夫なんですか?凛ちゃんは今…」
ちひろ「…今日の凛ちゃんの仕事はキャンセルしてきました。
本来ならスケジュールに空きが無い位忙しい身よ。何たって三代目…」
凛「そんなことはどうでもいい。
…私がここに来たのは、蘭子の意思を聞くため」
蘭子「…私の意思?」
凛「…さっき、プロデューサーに会ってきた」
蘭子「!!」
凛「実際に会うまで半信半疑だったけど、あれは間違いなくプロデューサーだった。
そこで色々話したんだ。
プロデューサーは仕事に復帰したい、でも蘭子のことが心配だからここを離れるわけにはいかない、って言っていた。
でも蘭子は、プロデューサーに会いたくないんだよね?」
蘭子「…」
凛「プロデューサーが生き返ったことで、蘭子に少しでもアイドルに復帰する気持ちがあるなら私は応援したい。
…でも、もう復帰するつもりもない、プロデューサーにも会いたくないっていうなら、私はプロデューサーを東京に連れて帰りたい」
蘭子「…!!」
凛「私は、プロデューサーともう一度一緒に仕事がしたい。
プロデューサーがいなかった間、私がどれだけ成長したか見て欲しい。
伝えられなかったことがまだまだたくさんある。…今度は後悔なんてしたくない」
ちひろ「…突然ごめんね、蘭子ちゃん。
でも、私はできるだけプロデューサーさんの意思を尊重して、可能な限り協力したい。
それに、私も凛ちゃんと同じ気持ち…プロデューサーさんとまた一緒に仕事がしたいの。
…もちろん、すぐに結論が出る話でもないわ。もう少し考える時間を…」
凛「考える必要なんて無い」
ちひろ「凛ちゃん!?」
凛「単純な話だよ。プロデューサーと一緒にいたいか、いたくないか。
…蘭子はどっち?」
蘭子「…私は」
―――
母「…本当に良かったの?」
蘭子「…」
母「千川さん達、明日にも東京に帰るって話だったわよね?
一度くらいプロデューサーさんに挨拶を…」
蘭子「いいの」
母「蘭子…」
蘭子「もう、いいの。
…疲れたから、ちょっと休むね」
母「…なかなか、うまくいかないものね」
部屋に戻ると、そのままベッドに倒れ込んだ
そう、これでいいんだ
私はアイドルを辞めた、プロデューサーはまた仕事ができる
お互いに、何も不都合なんて無い
…それに、私が凛ちゃんに適うはずなんてない
起き上がり、部屋の隅にあったトロフィーの埃を落とす
二代目シンデレラガールの受賞トロフィー…彼と私で掴んだ栄光
でも、私はそこで歩みを止めてしまった
そこから更に突き進み、頂点に立った凛ちゃんと勝負になんてなるはずがない
…そう、これでいいんだ
―翌日、飛行機内
ちひろ「ふう、帰ったらまた忙しくなりますね」
凛「そうだね。…まずは、昨日の分を埋め合わせないと」
P「成長した凛の仕事振り、楽しみだな。
三代目シンデレラガールのお手並み拝見といこうか」
凛「もう…茶化さないでよ」
P「…蘭子のことだけどな」
凛「…うん」
P「お前が気に病むことはない。
…確かに強く言い過ぎたのかもしれないが、お前は自分の意思をしっかり伝えたんだろう?
蘭子のことは俺に任せておけ。今回東京に顔を出したら、すぐこっちに戻るつもりだから」
凛「…そっか」
P「まだ何か心配事があるのか?」
凛「…ううん。ただ、ちょっとだけ羨ましいなって」
アナウンス「間もなく離陸いたします。シートベルトをお締めになり――――
―――
そろそろ、飛行機の出発する時間だろうか
天井を見上げながら、ぼんやり考えていた
プロデューサーが、遠くに行ってしまう
…もしかしたら、もう会うことも無いのかもしれない
アイドルでもないただの女の子に、わざわざプロデューサーが会いに来ることもないだろう
それに、私はプロデューサーを拒絶してしまった…また会いたいなんて、思うはずがない
…結局、何も伝えられなかった
やっぱり、私は間違っていたのだろうか
…でも、後悔したところでもう遅い
今頃プロデューサーは空の上だ
会いたいと願った所で、どうしようもない
そう、これで――
部屋にどすん、と鈍い音が響いた
顔を上げると呆気に取られた表情のプロデューサーがいた
P「蘭子?…ここは蘭子の部屋か?
確かに飛行機に乗っていたはずなのに…」
私は、思わずプロデューサーに抱きついていた
そのまま、彼の胸で声を上げて泣いた
プロデューサーに頭を撫でられたせいで、更に涙が溢れてしまった―――
しばらくの間泣き続けて、少し落ち着いた頃に携帯が鳴った
ちひろ「蘭子ちゃん、大変なの!プロデューサーさんが突然飛行機から消えて…
私たちはずっと側にいたのに、一体何がどうなって…」
蘭子「あの、プロデューサーならここに…」
ちひろ「え、プロデューサーさんはそこにいるの!?
って、ちょっと凛ちゃん…!」
凛「蘭子!!プロデューサーはそこにいるの!?」
蘭子「う、うん…何でかはわからないけど」
P「蘭子、ちょっといいか?」
私はプロデューサーに携帯を手渡した
P「もしもし、凛か?
…そんなに慌てるなって、俺は大丈夫だから。
残念だけど、お前の仕事振りを見るのはまだ先になりそうだな。
…ああ、心配するな。それじゃあ、ちひろさんに代わってくれないか?」
それからプロデューサーは、ちひろさんと少し仕事の話をして電話を切った
P「…まあ、そう言う訳でもうしばらくここに居ることになりそうだ」
蘭子「ちょ、ちょっと待って!どういうこと!?」
P「…俺は確かに凛とちひろさんと飛行機に乗った。
そして離陸してほんの少し経った後、気付いたら蘭子の部屋にいた。
これは仮説だが、俺はここを離れることができないんじゃないだろうか」
蘭子「…えっと」
P「人が生き返る現象は、今俺たちがいるこの地域一帯だけで起きているだろう?
そして、生き返った人々は、この地域から出ることができない。
もし出ようとしたら、強制的に引き戻されてしまう」
蘭子「…でも、どうして私の所に?」
P「…それはわからない。
でも、分かったことがある。…やはり俺は、普通の人間ではないみたいだ」
蘭子「…」
P「そんなに悲しそうな顔をしないでくれ。
大丈夫、俺は俺だ。神崎蘭子のプロデューサーだよ」
蘭子「…プロデューサーは、これからどうするつもりなの?」
P「そうだな、まずは…」
母「家でご飯を食べていく、っていうのはどうかしら?」
気付いたら、お母さんが部屋の前に立っていた
蘭子「お母さん!?いつからそこにいたの!?」
母「あんたが大声で泣き始めた時からよ。
…急に大声で泣くから何事かと思ったら、とんでもないことになっていて驚いたわ」
蘭子「…プロデューサー、もしかして」
P「…まあ、気付いてはいたけど言い出せなくてな」
蘭子「もー!何で言ってくれないの!?」
母「…ふふ、Pさんと仲直りできたみたいね。
ところでPさん」
P「は、はい!」
母「…この状況、後でしっかり説明して下さいね」
お母さんは笑っていたけど、なぜかものすごく怖かった
――夜、リビング
父「…大体の状況は分かった」
P「申し訳ありません、何度もお世話になってしまって」
父「それは別に構わない。
…で、これからどうするつもりなんだ?」
P「俺自身、自分の身体がどうなっているのか分からない部分があります。
まずは、その辺りのことについて調べてみようと思っています」
父「…そうか、何か手伝えそうなことがあれば言ってくれ」
P「ありがとうございます」
父「それじゃあホテルまで送っていこう。
…母さん、蘭子、Pさんを送って来る」
母「はぁい。Pさん、またいらして下さいね」
P「はい。…今日もお騒がせして申し訳ありませんでした」
母「いいんですよ、事情が事情ですから。」
蘭子「…あの、プロデューサー」
P「明日はサボらずにちゃんと学校に行けよ?」
蘭子「な!?…うん、わかった」
P「それじゃあ、お邪魔しました。…蘭子、またな」
蘭子「…うん、また!」
――車内
父「…今日の夕食は、久しぶりに楽しかった。
あいつがあんな風に表情をコロコロ変えるのを見たのは、いつ振りだろうな」
P「俺が蘭子のためにできることがあれば、何でも言って下さい」
父「それなら、また夕食を食べに来てくれ。
…今度は、うまい酒を用意しておく」
P「…!! ありがとうございます!」
部屋に戻って、ベッドの上に寝転んで今日の出来事を思い返す
突然プロデューサーが目の前に現れて、泣きついて、それをお母さんに見られて…
夕食の時はプロデューサーにアイドル時代のことを色々喋られて、少し恥ずかしかったな
…プロデューサーは、自分にできることを探すと言っていた
今の私にできることは、何かあるのだろうか?
いろんなことが頭の中を巡っている内に、眠ってしまった
そして、またいつもの夢を見た
皆とライブをして、プロデューサーの所へ戻っていく夢
けれど今回は、不思議と嫌な気分にならなかった
それから数日の間、プロデューサーと会うことは無かった
私はいつものように学校に行き、週末を過ごした
少しさみしい気もしたが、プロデューサーも忙しいんだろうと思うと連絡できないでいた
月曜日になり、学校も終わって家に帰ろうとすると玄関の辺りが騒がしかった
また何か起こったのかと不安になったが、原因はすぐにわかった
校門の前にスーツ姿のプロデューサーが立っていたのだ
P「お、蘭子か。おはよう」
蘭子「プロデューサー!?どうしてこんな所に!?」
P「どうしてって、蘭子を迎えに来たんだが…
まさか、お母さんから聞いていないのか?」
蘭子「そんなの何も…あっ」
そういえば、今朝家を出る時お母さんがやけに機嫌良さそうだった気がする
蘭子「と、とにかく早く行こう、ほら!」
P「お、おい!」
背後から感じる視線が痛かったので、早く学校を離れたかった
―喫茶店
P「なあ、もう機嫌直せって。驚かせたのは謝るから」
蘭子「…こっちこそ、ごめんなさい。
多分、お母さんのイタズラだから。
でも私が怒ってるのはそっちじゃなくて」
P「そっちじゃなくて?」
蘭子「あんなに目立つ場所で待っていたら怪しまれるでしょ?
警察でも呼ばれていたらどうするつもりだったの?」
P「そうか。…悪かったな、心配かけて」
蘭子「…うん」
蘭子「プロデューサーは、今日まで何をしていたの?」
P「ああ、今回の現象の調査だ」
蘭子「調査って?」
P「俺みたいに生き返った人達に会って、色々と話をしてみた。
新聞記者や厚労省の役人からも情報をもらえて、なかなか参考になったよ」
それからプロデューサーは、出会った人達のことについて話してくれた
生き返った人達は皆、死んだ当時の姿で現れた
死んだ時代は人によって違っていて、プロデューサーはかなり最近の方らしい
職業、性別、年齢もバラバラで、中には小学生もいたそうだ
P「今も携帯で近況報告をし合っているんだ。
でも、携帯が無かった時代の人も多いから教えるのも一苦労でな」
そう言いながらも、プロデューサーはどこか楽しそうだった
蘭子「それで、何か分かったの?」
P「まあ、一応な。生き返った人達には、共通点があるんだ」
蘭子「共通点?」
P「俺の出会った人たちは皆、生き返って欲しいと強く願われていたんだ。
親兄弟、恋人…残された人たちの中でも、強くもう一度会いたいと願った人の前に彼らは現れた。
断定はできないが、かなり有力な手掛かりになるんじゃないかと思っている」
蘭子「それじゃあ、プロデューサーも…?」
P「ああ、強く願われたことになる。
それでその相手だが…多分、蘭子なんだと思う」
蘭子「ふぇ!?」
顔が急激に熱くなるのを感じる
蘭子「わ、私はプロデューサーの恋人なんかじゃ…!」
P「もちろんそうだ。アイドルとプロデューサーだからな。
でも、そうだとすると飛行機の件に一応の説明が付く」
蘭子「飛行機って、この前の?」
P「ああ。この街から出ようとすると、強制的に引き戻される。
その時、生き返って欲しいと願った人の場所に戻されるのだとしたら」
P「それだけじゃない。俺が生き返った時にいた場所が、学校の近くだったんだ。
あの時は分からなかったが、さっき確認してきたから間違いない。
蘭子もその時間は授業を受けていただろう?」
蘭子「うん。じゃあやっぱり…」
P「…蘭子は俺に生き返って欲しかった、ってことでいいんだよな?」
蘭子「…私はプロデューサーにトップアイドルにしてもらったのに、何もお返しができなかった。
ずっと、何もできないのが苦しくて。
だから、多分間違っていない…と思う」
P「そっか、それなら良かった。
…正直、少し不安だったんだ。
本当は俺の勘違いで、蘭子にとって今の状況は迷惑なんじゃないかって」
蘭子「そんなことない!」
P「!!」
蘭子「もう一度、プロデューサーに会えて、本当に良かったって思ってる。
ちひろさんだって、凛ちゃんだって絶対そう思ってる。
だから、迷惑なんかじゃない。絶対」
P「…ありがとう、蘭子」
P「それにしても、悪かったな」
蘭子「何が?」
P「放課後すぐにここに来ただろ?
友達との予定とか、部活とかあったんじゃないのか?」
蘭子「べ、別にそういう心配はいいよ」
P「でも…」
蘭子「私のことはいいから!
そ、それより、プロデューサーはやりたいこと見つかった?」
P「俺か?うん、まあ…そうだな」
蘭子「どんなこと?」
P「秘密だ」
蘭子「何で!?」
P「何と言うか…今はまだ言うべきときじゃないと思ってな。
焦らなくても、その内教えるよ」
一体どんなことか気になったけれど、今は聞いても教えてくれなさそうだったので引きさがった
その後、プロデューサーと街の中を少し歩いてから家に帰った
また、明日も迎えに来てくれるらしい
目立たない所で待っているように念を押してから、プロデューサーと別れた
―翌日、放課後
蘭子(昨日ちゃんとお願いしたから大丈夫だと思うけど…)
その期待は、あっけなく裏切られた
プロデューサーが校門の前で何人かの生徒に取り囲まれていたのだ
P「だから、少しは話をさせて…」
男子生徒A「そう言って、はぐらかそうとしているんだろう?」
男子生徒B「俺たちを騙そうったって、そうはいかないぞ!」
蘭子「プロデューサー!これはどういう…」
女子生徒「神崎さん、もう大丈夫よ」
蘭子「えっ?」
男子生徒A「こいつが神崎さんを不幸な目に合わせた張本人なんだろう?」
男子生徒B「蘭子ちゃんは、俺たちが守るんだ!」
男子生徒C「とりあえず、警察に連絡を…」
蘭子「ちょ、ちょっと待って!状況が良く分からないんだけど…」
P「…マズイな」
蘭子「え?」
気が付くと、背後には昨日の何倍も私たちの様子を見ている人たちがいた
P「蘭子、逃げるぞ」
蘭子「えっ!?」
プロデューサーは私の腕を掴んで、そのまま学校の外へ駆けだした
―喫茶店
蘭子「親衛隊?」
P「の、ようなものらしい」
プロデューサーが断片的に聞いた話をまとめると
私が高校に入った時、突然引退を発表したアイドルが来るということでかなりの騒ぎになったらしい
その理由を直接聞きに言ったが、その反応は冷ややかでとても話してくれそうにない
そこで彼らは、私がアイドル時代に何か嫌な出来事を体験し、そのトラウマをひきずっているのではないかと推測した
彼らが自分たちにできることを考えた結果、私の意思を尊重し、アイドル時代に関する話題を極力避け、過去を詮索しようとする人たちから私を守ることに決めたようだ
P「そんな時に現れたのが、蘭子のプロデューサーだった俺、という訳だ。
どうやら、蘭子を無理やり脅して芸能界に復帰させようとしていると思ったらしい」
蘭子「私の知らない所で、そんなことになっていたなんて…」
P「蘭子が何も話さないからだろう?
聞いたぞ、蘭子の学校での様子…部活どころか、友達もいないって」
蘭子「…」
そのことは、できれば知られたくなかった
P「それでも、あんな風にたくさんの人に慕われて、心配されているんだからやっぱり蘭子はすごいな」
蘭子「そんなこと…」
P「いや、すごいことだ。蘭子には、人を引き付ける魅力があるんだよ。
…なあ、蘭子」
蘭子「何?」
P「昨日は迷っていたんだが、今日の様子を見て確信した。
俺のやりたいこと…伝えようと思う」
そう言うと、プロデューサーは名刺を取り出し、私に差し出した
P「神崎蘭子さん、俺ともう一度、トップアイドルを目指してみませんか?」
パソコンがお陀仏になったので、更新に時間がかかりそうです
申し訳ありません
更新が遅くなって申し訳ありません
今週中には投下できそうです
ー自宅
母「…それで、そのまま逃げて来ちゃったんだ」
蘭子「…だって、急にそんなこと言われても…」
母「OKしちゃえば良かったのに」
蘭子「そんな、簡単に言わないでよ!」
母「簡単なことじゃない。
蘭子がどうしたいか、それだけよ。
あなたが決めたことなら私も、それにきっとお父さんも反対しないわ」
蘭子「…」
母「とにかく、明日Pさんに会ってしっかり謝ること。いいわね?
アイドルのことも、ついでに相談してみなさい。
アイドルとしての蘭子のことを一番分かっているのは、Pさんなんだから」
蘭子「…うん」
嫌だとか、迷惑という訳じゃなかった
プロデューサーに名刺を差し出された時、嬉しかった
でも、同時に怖くなってしまった
もう一度ステージの上に立てるのか、失敗してプロデューサーに迷惑がかかるんじゃないか
色んな感情がごちゃ混ぜになって、気付いたら喫茶店を飛び出していた
…明日、プロデューサーにどんな顔で会えばいいんだろう
その日見た夢は、私が一番思い出したくない光景、私の最後のライブだった
流れ出した音楽、ざわざわとどよめきが起きる観客席
ステージの上にいる私は、歌うことも踊ることもできずにただ立ち尽くしていた
そして私は…そのまま逃げ出した
目が覚めた時、私は泣いていた
ー翌日、放課後
蘭子「…プロデューサー」
P「お、お帰り蘭子。
今日はちゃんと目立たない場所で待ってただろう?」
蘭子「その事なんだけど」
P「ん?」
蘭子「えっと、あの人達と話してプロデューサーは悪い人じゃないって伝えたから。
多分、もう大丈夫だと思う」
P「そうか。…ありがとう、蘭子」
蘭子「…それから、昨日は突然帰ってごめんなさい」
P「いや、あれは俺が悪かった。
いきなりあんな事言われても困るよな」
蘭子「それでね、えっと…これ」
P「? 鞄がどうしたんだ?
持てばいいのか?」
蘭子「…それじゃ!!」
P「!! おい、蘭子どうしたんだ、どこに行くんだ!?」
ちゃんとプロデューサーと向き合わなきゃいけないって分かっている
それでも、いざ目の前にすると昨日の夢を思い出して、苦しくなって逃げ出してしまった
自分でもバカだなって思う
…でも
P「待て、蘭子!!」
蘭子「…!! 何で追いかけて来るのー!?」
P「何でって、そりゃ追いかけるだろ!
話をさせてくれって!!」
蘭子「いやー!!」
P「ああもう、…待てー!!」
プロデューサーなら追いかけて来てくれるんじゃないかって、心のどこかで期待していたのかもしれない
ー夕方、公園
蘭子「ハァッ、ハァ…」
P「ハァ…やっと捕まえた」
蘭子「うぅ…」
P「何もそんなに全力で逃げることはないだろう」
蘭子「…ごめんなさい」
P「まあいい、とりあえず休もう」
………
蘭子「プロデューサーなら、すぐに撒けると思ったのに」
P「サラリーマンの体力を舐めるなよ?
ここ数日はずっと街中を歩き回ってたんだからな。
…でも、蘭子だって何もしていなかった訳じゃないんだろう?」
蘭子「えっ?」
P「これ、蘭子だろ?」
プロデューサーが見せてきたのは、私がジャージ姿でランニングをしている画像だった
蘭子「これ、どうしたの!?」
P「前に生き返った人達と連絡を取り合っているって言っただろ?
その中のおばあさんが、『早朝ランニングをしている女の子が俺の話に出てきた子と似ているかも』って写真を送ってくれたんだ」
蘭子「気付かなかった…」
P「こっそりやってたつもりかもしれないけど、お母さんにはバレてたぞ」
蘭子「!?」
P「始めたのは俺が飛行機から引き戻された翌日からだって言うのも聞いた。
…蘭子も、自分なりにやりたいことを考えてたんだな」
蘭子「プロデューサーが頑張っているのを見て、じっとしていられなかったっていうか…」
P「それだけじゃない」
プロデューサーが鞄から取り出したのは
蘭子「それ…私のスケッチブック!!」
P「学校に行く前に蘭子の家に寄って、お母さんから借りてきた」
蘭子「そんな、勝手に…」
P「それについては悪かった、すまない。
…でも、嬉しかった。
蘭子が、アイドルを嫌いになった訳じゃないっていうのが分かったから」
プロデューサーがスケッチブックをめくっていく
P「前に書いていた分は全部処分したから、これは新しく書いたものなんだってな。
これなんか、まさに蘭子らしいな、なんて」
蘭子「返して!!」
P「…懐かしいな、こういうやり取りも」
蘭子「…」
P「なあ蘭子、本当はアイドルをやりたいんだろう?」
蘭子「…でも、私は」
P「…ちひろさんから、最後のライブの事は聞いた」
蘭子「!! …じゃあ、分かるでしょ?
…私には、ステージに立つ資格なんてない。
逃げ出した私になんて…」
P「そんな事はない!!」
蘭子「!!」
P「俺が死んで、事務所の中も相当ゴタついてる時に、それでも頑張ってステージに立とうとしたんだろう?
それは、誰にでもできることじゃない」
蘭子「でも、私は…」
P「今度は、俺が支えてやる。
どんなに怖くたって、逃げ出したくなったって、ちゃんと俺が見ている。
だから蘭子、もう一度ステージに立とう」
蘭子「でも、また失敗したらプロデューサーに迷惑がかかっちゃう!
私なんかより、凛ちゃんや売れっ子の子達をプロデュースした方が…」
P「蘭子じゃなきゃ、ダメなんだ」
蘭子「え…?」
P「蘭子がアイドルをやめたのは、俺に責任がある。
だから、もう一度俺が蘭子に夢を叶えさせてやりたい。
蘭子が望む、アイドルの姿を実現させてやりたい。
多分それが、俺が生き返った意味なんだと思う」
蘭子「…約束、してくれる?」
P「約束?」
蘭子「今度は絶対に突然いなくならいって。
ずっと側にいてくれるって」
P「ああ、約束する。
もう二度と、蘭子の前からいなくなったりしない」
蘭子「…クックック」
P「…蘭子?」
蘭子「アーッハッハッハ!!」
P「!?」
蘭子「…契約は交わされた。
堕天使は再び地上に舞い降り、世界をラグナロクに導かん!!」
P「…蘭子」
蘭子「あなたは、私を導くに足り得るかしら?」
P「…仰せのままに」
蘭子「…ありがとう、プロデューサー」
P「さて、じゃあ早速なんだが」
蘭子「え?」
P「3週間後、復活ライブだ」
蘭子「ええー!?」
P「ハコはもう抑えてあるから心配するな。
野外ステージだぞ、なかなかの規模だ。
レッスンは明日の放課後から入れるけど、問題無いよな?」
蘭子「…もー!!」
更新がかなり遅れてしまい、申し訳ありません
できるだけ早く完結できるように、頑張ります
更新が遅れて申し訳ありません
もう少し時間がかかりそうです
ー1週間後、レッスン場
トレーナー「はい、それじゃあ今日はここまで」
蘭子「ハァ、ハァ…
ありがとうございました」
P「遅くなりました、調子はどうですか?」
蘭子「プロデューサー!」
P「お、今終わったところか。
どうだ、調子は」
蘭子「フッフッフッ、日に日に我が身体に魔力がみなぎっていくのを感じるわ。
完全なる目覚めの時もそう遠くない…」
P「そうか、それは何よりだ。
それじゃあ、トレーナーさんと打ち合わせをしてくるからストレッチを済ませておいてくれ」
蘭子「うむ!」
プロデューサーとの追いかけっこをしたあの日から、ライブに向けてのトレーニングが始まった
最初の内はダンスのイメージが身体に追いつかなかったけど、今では一通りの動きはこなせるようになった
…でも1年のブランクはやっぱり大きい
通しの練習だけでも、息があがってしまう
こんな調子で、ライブなんて本当にできるのかと、不安になってしまう
蘭子「…」
こっそり、プロデューサーとトレーナーさんの会話に聞き耳を立ててみる
トレーナー「…やはり、体力面で課題があります。
技術面は何とかなりそうですが、あと2週間でライブをこなせるようになるかは…」
…やっぱり
P「体力面については、今のレッスンをこなせているなら問題ありません。
一応の対策は立ててあります」
対策?何のことだろう
何か考えてくれているのだろうか
P「技術面での不安は無さそうで安心しました。
後は蘭子の頑張り次第ですが、きっと彼女なら成功させてくれるはずです」
…信頼されているのを感じて、少し嬉しくなった
!! こっちに戻って来る!
P「おーい、ストレッチは済んだか?」
蘭子「う、うむ!」
P「実はな、今日はいいものを持ってきた」
蘭子「いいもの?」
P「ああ、何と…ライブに合わせた新曲だ!」
蘭子「!! それは真か!」
P「曲はもう出来上がっているから、聞いてみるか?」
蘭子「うん!!」
~♪
幻想的で儚げ、それでいて芯の強さを感じる
アイドル時代に歌っていた曲とは、少し雰囲気が違う
P「どうだ、気に入ったか?」
蘭子「魂の昂りを感じるわ!
…だが、かつて世界を震え上がらせた堕天使の導きとは異なもののように感じるが…」
P「蘭子の成長に合わせて、少し曲調を変えてみたんだ。
今の蘭子なら、大人っぽい感じを上手く表現できると思う。
どうだ、やれそうか?」
蘭子「…大人っぽい…」
P「…蘭子?」
蘭子「!! …う、うむ!造作もないわ!」
P「そうか。歌詞も出来上がっているから、後で目を通してくれ。
それじゃあ、下で待ってるから」
蘭子「闇に飲まれよ!」
レッスンの後は、毎日プロデューサーに家まで送ってもらっている
プロデューサーも忙しそうだから最初は断ったけど、どうしてもって押し通されて、結局甘えてしまっている
車の中の十数分はその日あったことなんかの他愛も無いような会話ばかりだったけれど、それがものすごく安心できて、幸せな時間だった
…こんな時間が、ずっと続けばいいのにな
P「…蘭子?」
蘭子「えっ?」
P「大丈夫か?ボーッとして」
蘭子「な、何でもない!」
P「…そうか。疲れているなら、今日は早く寝ろよ」
蘭子「…そんなこと、一々言われなくたって」
P「そうだな。一応確認しておくけど、明日からは新曲のレッスンをメインに進めていく。
ダンスは控えめになるから、ほぼボーカルレッスンだな。
基礎体力のレッスンも量は減るが、継続していく。
どうだ、やれそうか?」
蘭子「うん、大丈夫」
P「…それにしても」
蘭子「?」
P「車の中だと、いつもの口調じゃなくなるんだな。
レッスンの時なんかは前と同じような感じなのに」
蘭子「そ、それは…」
P「それは?」
蘭子「…ッ! 何でもない!!」
P「そ、そうか…すまん」
ー蘭子の自宅前
蘭子「…プロデューサーもたまにはうちでご飯食べていけばいいのに」
P「気持ちは嬉しいけど、帰ってやらなきゃならないことがあるからな。
また今度、余裕ができたらお邪魔するよ」
蘭子「いつもそればっかり。
たまにはちゃんとしたものを食べないと…ってプロデューサー?」
プロデューサーは、携帯の画面を見つめたまま固まっていた
驚いたような、ショックを受けたような、私が今まで見たことの無い表情だった
蘭子「…どうしたの、プロデューサー?」
P「…!! ああ、いや、何でも無い」
蘭子「何でも無いことはないでしょ!?
どうしたの?何があったの?」
P「大丈夫だ、大したことじゃないから。
ほら、蘭子も早く家に入った方がいい。
親御さんが心配するぞ?」
蘭子「ちょっと待って、プロデューサー!」
結局、そのまま何も言わずにプロデューサーは行ってしまった
プロデューサーは笑っていたけど、無理な作り笑いをしているのが分かって、余計に不安が増した
一体、プロデューサーは携帯で何を見たのだろう?
私にも、言えないことなのかな…
翌日、プロデューサーからメールが届いた
『今日のレッスンは見に行けないから、自分で帰るように』という内容で、その日私は初めて一人で家に帰った
ー1週間後、レッスン場
蘭子「~♫」
トレーナー「うん、かなりいい感じになってきたわね。
それじゃあ、今日はここまで。お疲れ様」
蘭子「…ありがとうございました」
あれから1週間、プロデューサーには何も聞けないでいる
レッスンに関する指示は今まで通りしてくれたけど、迎えに来てくれる日は減ってしまった
今日も、一人で帰ることになっている
会える日に聞いてみても、はぐらかされてしまう
寂しい気もするけど、だからといってライブを疎かにはできないから、ひたすらレッスンに打ち込んだ
…それでも、やっぱり不安は消えない
プロデューサーは、大丈夫なのだろうか?
ー翌日、学校
女子生徒「神崎さん!!」
蘭子「如何した?」
女子生徒「大変なの! 神崎さんに会いたいって人が来ているんだけど、その人っていうのが…」
蘭子「?」
校庭を見るとちょっとした人だかりができていて、その中心にいたのはー
蘭子「凛ちゃん!?」
ー屋上
凛「ごめんね、急に学校に来ちゃって」
蘭子「それはいいけど…あの、お仕事は?」
凛「今日は仕事の打ち合わせでこっちに来たの。
今はその帰り」
蘭子「そうなんだ。…それで、話したいことって?」
凛「あれから、上手くやってるのかなって」
蘭子「えっ?」
凛「私の乗った飛行機からプロデューサーが消えて、その後すぐに蘭子のライブが決まって…
でも、私が最後に見た蘭子はライブなんてできるような感じじゃなかったから、様子を見ておきたいと思って」
蘭子「…ごめんなさい」
凛「謝らなくていいよ。
今の蘭子なら、大丈夫そうだし」
蘭子「…そうかな?」
凛「うん。この前会った時は、アイドルもプロデューサーも拒絶しているような感じだったし。
…やっぱりプロデューサーはすごいな。
あっという間に元の蘭子に戻しちゃうなんて。
さっき他の子と話しているのを見て、昔の事務所を思い出したよ」
蘭子「昔の事務所…」
凛「昔って言っても、1年ちょっと前の事だけどね」
蘭子「凛ちゃんは」
凛「え?」
蘭子「今の事務所、楽しい?」
凛「…どうかな。 そんな事、考える暇も無かったから。
プロデューサーが死んでから、マスコミに騒ぎ立てられて、監査なんかも入ったりして…」
蘭子「…」
凛「引退する子も、移籍する子もたくさんいた。
それでも、私は前だけを向いて走って来た」
蘭子「どうして、凛ちゃんはそんなに強くいられるの?」
凛「強くなんかないよ。
…私はただ、信じたかったんだ。
プロデューサーが私に見せてくれた夢は、プロデューサー一人が欠けたくらいで諦めていいような、そんなちっぽけなものなんかじゃないって」
凛「でも、シンデレラガールになって、頂点に立った時気付いたんだ。
私が一番祝福して欲しい人はもういない。
私は、プロデューサーが死んだ事実を受け入れられなかっただけだったんだって。
そう実感したら、今までの私って何だったんだろうって思った。
…本当の事を言うとね、もうアイドルをやめるつもりだった」
蘭子「!!」
凛「だから、プロデューサーが生き返ったって聞いた時は嬉しかった。
もう一度会える、成長した私を見てもらえるって思うと居ても立ってもいられなかった。
…でも、プロデューサーに会って分かったんだ」
蘭子「…分かったって、何を?」
凛「プロデューサーは、1年前に死んだままなんだって。
プロデューサーの時間は、プロデューサーが死んだあの日から動いていない。
だから、プロデューサーの中で一番輝いてるアイドルは、1年前の蘭子なの。
1年前、シンデレラガールになった蘭子の姿が、プロデューサーにとっては一番の輝きなの。
…ずるいよ。私がどんなに頑張っても、敵わないんだから」
蘭子「…でも、凛ちゃんは私なんかより全然すごい。
私は、プロデューサーがいなくなったらアイドルを続けられなかったから。
プロデューサーだって、そのことはきっと分かっていると思う」
凛「…やっぱりずるいよ、蘭子は」
蘭子「え?」
凛「そんな風に言われたら、もう文句を言う気になれないじゃん」
蘭子「えっと…ごめんなさい」
凛「蘭子も、あの頃より成長してるんだね」
蘭子「そう、なのかな?」
凛「うん。今の蘭子なら、いいライブができるよ、絶対」
蘭子「…ありがとう」
凛「…今の蘭子になら、話しても大丈夫かな」
蘭子「…?」
凛「プロデューサー、私達に何か隠し事をしていない?」
蘭子「!? 何でそれを…!」
凛「…やっぱり、そうなんだ」
蘭子「凛ちゃん、何か知ってるの!?」
凛「…プロデューサー、3日前に倒れたって」
蘭子「え…!?」
凛「って言っても、軽い立ち眩み程度で身体に問題は無かったらしいけど」
蘭子「…私、何も知らなかった」
凛「蘭子に心配をかけないようにしたんだよ。
今は大事な時期だから」
蘭子「でも…!!」
凛「…蘭子はどうしたい?」
蘭子「えっ?」
凛「プロデューサーが何も話さないのは、蘭子に余計な心配をさせたくないから。
このまま黙ってライブの日を迎えたっていい。
でも私は、蘭子がプロデューサーの本心を知っておくべきだと思う。
プロデューサーが何を思って、何を隠しているのか」
蘭子「どうして私なの?
それなら凛ちゃんだって…」
凛「さっきも言ったでしょ?
プロデューサーにとっての一番は、蘭子なの。
プロデューサーが蘭子の止まった時間を動かしたみたいに、プロデューサーの止まった時間を動かせるのも、蘭子だけなんだよ。
…私じゃ、ダメなんだ」
蘭子「…」
凛「どうするのが正解なのかは、分からない。
もしかしたら蘭子が傷付く結果になるかもしれない。
…無責任な事を言ってるのは分かってる。
でも、蘭子には自分で選んで欲しいの。
私は、蘭子の意思が聞きたい」
蘭子「…私の、意思」
凛「蘭子は、どうしたい?」
蘭子「…私は」
ーライブ2日前、Pのホテル
prrrrr
P「はい」
ちひろ「お疲れ様です、プロデューサーさん」
P「ちひろさん、お疲れ様です」
ちひろ「いよいよ明後日ですね、ライブ。
そちらの準備は順調ですか?」
P「ええ、あとは天気が良くなるのを祈るだけです」
ちひろ「蘭子ちゃんの様子はどうですか?」
P「…しっかり仕上がっていますよ。
蘭子の成長した姿を、早く皆に見せてやりたいです」
ちひろ「ふふっ、楽しみです。
…それにしても、あっという間ですね。
3週間前、プロデューサーさんに会いに行っていきなり蘭子ちゃんのためのハコを押さえてくれって頼まれた時は驚きましたよ」
P「あの時は、無茶なお願いをしてしまってすいません。
でも、俺のわがままを聞いてくれてありがとうございます」
ちひろ「いえ、他ならぬプロデューサーさんの頼みですから。
それに、ファンの人達もきっと楽しみにしていますよ。
私も当日はしっかりサポートさせてもらいますね」
P「はい、よろしくお願いします」
ちひろ「…プロデューサーさん」
P「はい?」
ちひろ「1年前、蘭子ちゃんがシンデレラガールに決まった時に私がした質問を覚えていますか?」
P「…」
ちひろ「『シンデレラはお城で偶然会っただけの王子様より、灰かぶりだった自分を見出して魔法をかけてくれた魔法使いを愛しく思い、姫としての未来も捨てて彼と共に歩いて行く』
そんなシナリオがあってもいいんじゃないか、って」
P「…そんな事も、話しましたね」
ちひろ「プロデューサーさんは何て答えたか、覚えています?」
P「『そんな陳腐なシナリオは誰も望んでいない』
…でしたっけ?」
ちひろ「正解です。
…今でも、その気持ちに変わりはありませんか?」
P「ええ、変わりません。
魔法使いの願いは、シンデレラが幸せを手にする事です。
それが果たせるのは、華やかなお城の中なんです。
それに、魔法使いは既にこの世を去りました。
今魔法使いを演じているのは、姿形が同じなだけのまがい物です。
しかも…」
ちひろ「しかも?」
P「…いえ、何でもありません」
ちひろ「でも、もしそんなシナリオを望んでいる子がいるとしたら、どうします?」
P「それは…あり得ないですよ」
ちひろ「…そうですか。
それじゃあ私はこれで。
プロデューサーさんも、身体には気を付けて下さい。
もう倒れたりしないで下さいね?」
P「…はい」
ちひろ「それから、頑張ってください。では」
P「…何だったんだ、一体」
コンコン
P(…誰だ、こんな時間に?)
P「どちら様で…」
蘭子「こ、こんばんは…」
P「蘭子!? どうしてこの部屋を知って…ちひろさんか」
蘭子「…うん」
P「…まあいい、とりあえず入れ」
P「それで、一体何の用だ?
こんな時間に、しかもわざわざ俺の泊まっている部屋に来るなんて。
用件ならメールしてくれれば…」
蘭子「そうじゃないの」
P「…?」
蘭子「ここなら、プロデューサーは逃げることができないから」
P「…逃げるって、どうして?」
蘭子「プロデューサー、私に隠してることがあるでしょ?」
P「一体何の話だ?」
蘭子「とぼけないで!
…何か隠していることくらい、分かるんだから。
そうやって、黙ったままでいられる方が辛いよ…」
P「…やっぱり俺もまだまだだな。
傷付けないようにしていたつもりが、結局蘭子を苦しめていたのか」
蘭子「それじゃあ、教えてくれるの?」
P「もしかしたら、俺が話すことで蘭子を更に苦しめることになるかもしれない。
…それでもいいのか?」
蘭子「…うん」
P「分かった。
…前に、蘭子がランニングしているのを目撃したおばあさんの話をしたよな?」
蘭子「うん」
P「そのおばあさんが、消えたんだ」
蘭子「!! 消えた、って…」
P「失踪したとか、亡くなったとかの比喩じゃなく、文字通りに消えたらしい。
その事を知らされたのが、この前蘭子を家に送っていった時だ」
蘭子「…それがプロデューサーが私を避けた理由と関係しているの?」
P「ああ。何せ生き返った人間がもう一度死ぬこともあり得るって分かったからな。
それは俺にとっても他人事じゃない」
蘭子「…」
P「何としても、おばあさんが消えた理由を調べる必要があった」
P「翌日、当時の詳しい状況を親族の方に聞きに行った。
おばあさんは消える前、息子さんと口論になったらしい。
口論、って言ってもおばあさんが息子さんに不満をぶち撒けるような感じだったみたいだが。
その後、息子さんはおばあさんと話して問題が解決したと思ったら、目の前でおばあさんが消えてしまった…とのことだった。
おばあさんは消える直前、すごく穏やかな、満足した表情だったらしい」
蘭子「でも、それだけだと何も分からないんじゃ…」
P「…一つの仮説を立てたんだ」
蘭子「仮説?」
P「…前に、俺が生き返ったのは蘭子に願われたから、って話をしたのは覚えているか?」
蘭子「…うん」
P「だが、他の生き返った人達と話をして、それだけじゃないという結論になった」
蘭子「どういうこと?」
P「生き返った人達も、願われた人に対して強い心残りがあったんだ。
おばあさんは、会社の後を継いだ息子さんが上手くやっていけるか心配したまま、亡くなったらしい。
俺も蘭子がトップアイドルになってすぐ、その後の活躍を見る前に死んでしまった。
他の人達も、俺と同じ様に何かしらの未練があった」
蘭子「それじゃあ、おばあさんが消えたのは…」
P「息子さんがしっかりやっていけると分かって、死んだ時の未練が無くなったからだと思う」
蘭子(…待って)
P「つまり、生き返った人間は願われた人に対する未練が無くなれば消えることになる」
蘭子(それじゃあプロデューサーは)
P「俺にとっての未練は、蘭子がトップアイドルになってからのステージを見れなかったことだ。
だから俺は…」
蘭子「待ってプロデューサー、それ以上は…!!」
P「明後日、蘭子のライブが終わったら消えることになる」
蘭子「…!!」
P「…この事を蘭子に伝えるべきかどうか、すごく迷った。
でも、余計な事を考えずにライブに集中して欲しかったから、最後まで黙っているつもりだった」
蘭子「…余計な事?
そんなの、全然余計な事なんかじゃない!!
どうして黙っていたの?
もう一度プロデューサーが居なくなるなんて、そんなの私には耐えられない!!」
P「…すまない、でも俺は」
蘭子「プロデューサーが居なくなるくらいなら、私はライブには出ない!
アイドルだって諦める!
だから、消えるなんて言わないで!!」
P「…それじゃあダメなんだ」
蘭子「何がダメなの!?」
P「俺はもう死んだ人間だ。
死んだ人間のために、蘭子を不幸にさせる訳にはいかない」
蘭子「そんなことない!私はプロデューサーがいればそれで…」
P「本当に、諦められるのか?」
蘭子「…えっ?」
P「シンデレラガールになった時の興奮や感動を、忘れることができるのか?
俺が生き返る前みたいに、自分を押し殺して生きていくつもりか?」
蘭子「それは…でも私は…!!」
P「…これは、俺のワガママでもある。
俺が死んだせいで、蘭子に夢の続きを見せてやることができなかった。
だから今、その続きを見せてやりたい。
ステージで輝く蘭子の姿を見たいんだ。
それが、俺がプロデューサーとして蘭子にしてやれる最後の仕事だ」
蘭子「…!!」
ープロデューサーの止まった時間を動かせるのも、蘭子だけなんだよ。
蘭子「…それでプロデューサーが消えることになっても?」
P「ああ。本望だ」
蘭子「…ひどいよ、プロデューサー」
P「…すまん」
蘭子「ずっと側に居てくれるって言ったのに」
P「…悪かった」
蘭子「絶対に許さない」
P「…」
蘭子「でも今は…」
P「ら、蘭子? 一体何を…」
蘭子「プロデューサー、私ね、証が欲しい」
P「証? 一体何の」
蘭子「これから先、私達がどんなに離れても決して壊れることの無い、固い絆。
それがあれば、きっと私は大丈夫だから」
P「…!! 待て、それ以上は…!!」
蘭子「プロデューサー…今だけは、こうしていさせて?」
ああ、あったかい
こんなにも近くに、プロデューサーの体温を感じる
プロデューサーに包まれて、すごく幸せな気分だ
私は今までこのために生きてきたんだ、そんな風に確信している
今この瞬間が、永遠になればいいのに
P「…そういえば、蘭子にまだ言えていない事があったな」
蘭子「えっ?」
P「1年の間に、すっかり綺麗になっていて、驚いた。
蘭子の家で再会した時、思わずドキッとしたよ」
蘭子「…!! そ、そのような戯言を申すでない!」
P「あれ、その喋り方は2人きりの時は封印するんじゃなかったのか?」
蘭子「…もー!!」
……
P(蘭子、実はまだ伝えられていない事があるんだ。
でも安心してくれ、何があっても必ずお前を守るから)
ー翌朝、ホテル前
P「…緊張してきた」
蘭子「た、多分大丈夫だよ…」
P「でもお前のお父さん、『迎えに行く』だけ言って電話を切ったんだろう?
ものすごく怒ってるんじゃないか?」
蘭子「で、でもプロデューサーのことは信頼してるし、心配無いはず…」
そんなことを話していると、お父さんがやって来た
お父さんは私達に近付くと、無言でプロデューサーの頬を殴った」
P「…ッ!!」
蘭子「プロデューサー!!
…お父さん!!」
P「蘭子、いいんだ」
蘭子「でも…!!」
父「…娘のこと、頼んだぞ」
P「…はい!!」
父「…帰るぞ、蘭子」
蘭子「ちょっと待ってよ、お父さん!!」
何が何だか分からない内に、2人の中では解決してしまったらしい
…でも、喧嘩にならなくて良かった
安心すると、私はそのまま助手席で眠ってしまった
多分次で最後になると思います
できるだけ早く投下できるよう、頑張ります
ーライブ当日、控え室
P「…以上が大体の流れだ。
どうだ、大丈夫そうか?」
蘭子「大丈夫か、って言われても…」
私の目の前にあるのは、不自然な空白がいくつもできている進行表だった
蘭子「いい加減、この空白が何なのか教えてよ!
もうすぐリハーサルだっていうのに、これじゃあ…」
P「慌てるなって。そろそろ来るはずなんだが…」
廊下から、慌ただしく走ってくる音が聞こえてきた
ちひろ「遅くなりました!」
蘭子「ちひろさん!?」
ちひろ「今日は精一杯サポートさせて頂きます。
蘭子ちゃんも、よろしくね?」
凛「ちひろさんだけじゃないよ」
蘭子「凛ちゃんも!?それに…」
続々と部屋に入ってきたのは、私がアイドル時代に一緒に活動していた仲間たちだった
卯月「今日は、よろしくお願いします!」
未央「この未央ちゃんが来たからには、大船に乗った気でいていいよ、らんらん!」
杏「まったく、何でこんな田舎でライブするのさ。
ここに来るまでも渋滞がすごかったし」
きらり「杏ちゃん、そんな意地悪なこと言っちゃめっ、だよ?
きらり、杏ちゃんが今日のライブをすーっごく楽しみにしてたの知ってるんだから」
杏「…余計な事は言わなくていいよ。
まあ、出るのを断って祟られたりしたら困るからさ」
蘭子「プロデューサー、これって一体…」
凛「…やっぱり伝えてなかったんだ」
P「ああ。凛も黙っていてくれたみたいで助かったよ」
蘭子「!! もしかして、凛ちゃんがこの前こっちに来てたのって…」
凛「うん、プロデューサーとの打ち合わせ」
蘭子「…プロデューサー!!」
P「悪い悪い。でも、サプライズがあった方が楽しいだろう?」
蘭子「もー!!」
P「そういうわけで、こっちが本当の進行表だ」
プロデューサーが出した進行表は、さっきの空白に皆のパートを埋め合わせたものだった
P「これで、体力を気にせずに全力でライブができるだろ?」
プロデューサーが考えていてくれたことって、このことだったんだ
未央「それにしても、プロデューサーも大胆だよねー。
私達だけじゃなくて、シンデレラガールのしぶりんまでらんらんの繋ぎ役にしちゃうなんて」
蘭子「うぅ…」
凛「未央、茶化さないの。
それに私は、繋ぎ役だなんて思ってないよ。
今日は私達の成長したところをプロデューサーに見せるんだから」
卯月「はい、頑張りましょう!」
杏「…にしても、本当に生き返ったんだね、プロデューサー。
実際に見るまではそこまで信じられなかったけど。
実は偽物でした、なんて言わないでよ?」
P「正真正銘、お前たちのプロデューサーだよ」
きらり「えへへ、久しぶりのPちゃんだにぃ☆
Pちゃーん!」
P「きらり、いきなり抱き着くなって!!」
プロデューサーを囲んでみんなが笑い合っている
何だか、1年前に戻ったみたいだった
凛「蘭子」
蘭子「凛ちゃんは、プロデューサーと話さなくていいの?」
凛「私は、皆よりも話す機会があったから。
それより、…ちゃんと答えは出せたみたいだね」
蘭子「…うん」
凛「そっか。…でも私だって、プロデューサーのことを諦めたわけじゃないから。
今日のライブ、全力で行かせてもらうよ。
油断していると、ライブの主役を奪っちゃうかもよ?」
蘭子「…!!」
やっぱり、凛ちゃんは強いなあ。
…でも、私だって
蘭子「クックック、それは我も望む所。
高貴なる魂と魂の衝突を、舞台の華とせん!」
凛「…やっと、私にもその話し方になったね」
蘭子「あ、えっとそのこれは…!」
凛「蘭子、今日はいいライブにしよう」
蘭子「…うむ!」
P「って、こんなことしてる場合じゃなかった。
もうすぐリハーサルが始まるから、皆準備してくれ」
アイドル一同「はい!!」
ーライブ開幕直前、舞台袖
P「どうだ、まだ緊張してるか?」
蘭子「だって、お客さんがあんなに…」
P「…すごいよな。
引退して1年経つっていうのに、蘭子を見たくてこれだけのファンが駆けつけたんだ。
知ってるか、今日のチケット30分で完売だったんだぞ?
皆、このライブを楽しみにしていたんだ」
蘭子「…」
私は、何もできないままステージを降りてしまった最後のライブのことを思い出していた
蘭子「…やっぱり、少しだけ怖い」
P「心配するな。 今回は凛たちだって付いている。
それに、俺も最後までちゃんと見届けるから」
蘭子「…約束だから。ちゃんと見ていてね?」
P「ああ。行って来い!!」
蘭子「うん!」
ちひろ「…いよいよですね」
P「ええ、蘭子ならきっと大丈夫です」
いよいよ、ライブが始まる
…やっぱりまだ不安はある
でも、私を支えてくれる仲間たちがいて、プロデューサーも見てくれている
だからきっと、大丈夫
ーそして、舞台の幕が上がる
蘭子『かつて世界を混沌に導いた堕天使は、その咎により翼を失い地に堕ちた。
だが、堕天使は新たな翼を手に入れ、この火の国より羽ばたき新たな世界を創造する!
刮目せよ!新たなる我が魂の導きを!』
ー『華蕾夢ミル狂詩曲~魂ノ導~』
ああ、身体が熱い
喉が焼けそうだ
でも観客の声援と共に高まって、更に力が湧いてくる
ライブって、こんなに楽しかったんだ
もっと、もっとこの瞬間を感じていたい
ー舞台袖
P「大丈夫か、蘭子!?」
蘭子「ハァ、ハァ…
このくらい、造作もない」
P「いくら何でも飛ばしすぎだ。
次の出番まで休んで…」
蘭子「プロデューサー」
P「何だ?」
蘭子「もう少し、ここで見ていたいの。
凛ちゃんたちのライブも、お客さんたちも」
P「…分かった。
蘭子、久しぶりのライブは楽しかったか?」
蘭子「すごくドキドキして、楽しかった!
今はこのドキドキを、もっと感じていたい」
ステージでは、凛ちゃんたちが登場して観客の大歓声が上がっていた
P「凛たちに負けないくらい、気合い入れていかないとな!」
蘭子「うむ!」
ちひろ「…いいんですか、焚き付けちゃって?
あのペースだと、後半もたないんじゃ…」
P「もう何を言っても止まりませんよ。
あんなに目をキラキラ輝かせている蘭子、久しぶりに見ました。
俺にできるのは、倒れそうになった時に支えてやることぐらいです」
ちひろ「…そういうプロデューサーさんも、すごく楽しそうですよ?」
ステージに立つまで忘れていたんだ
あのドキドキも、観客と一緒に盛り上がる一体感も、全部恐怖や不安に上書きされていた
でも今は、私を支えてくれる仲間がいる
笑顔で迎えてくれる人がいる
もう、夢の中で振り返るだけじゃないんだ
今なら、どこまでだって飛んで行ける!
…………
P (蘭子、俺はお前を幸せにできたのかな?
こんな形でも、俺はもう一度プロデュースできて幸せだった。
できることならずっとこうしていたい。
でも…
頼む、もう少し待ってくれ。
せめてライブが終わるまで…)
………
次の曲で、ライブが終わってしまう
…それは、プロデューサーとのお別れを意味している
でも、だからってここで逃げ出す訳にはいかない
私がライブをやり遂げる姿をプロデューサーに見てもらうんだ
それが、私がプロデューサーにできる最後の恩返しだから
蘭子『今宵、我が奏でる最後の調べ。
それは儚き想いを乗せた歌。
たとえどれだけ残酷な運命が絆を断とうとも、会いたいという想いはきっと届く、奇跡を起こす力になってくれる。
私は、そう信じている』
ー『月のしずく』
ー舞台袖
ちひろ「いよいよ最後の曲ですね」
P「ええ。 …ッ!!」
P (…ああ、そうか。
『そっち』を選んでくれたのか。
…ありがとう)
ちひろ「プロデューサーさん! 手が…透けて…!!」
P「…どうやら、時間みたいです」
ちひろ「そんな…」
P「ちひろさん、後のことをお任せしてもいいですか?」
ちひろ「どこへ行くんですか?」
P「最後は、一人のファンとしてあいつの姿を見届けたいんです」
ちひろ「…プロデューサーさん!!
私は、あなたの願いを叶えられたでしょうか!?
あなたをちゃんとサポートできていましたか!?」
P「…ええ、もちろんです。
でも、もう一つだけわがままを許してもらえるのなら…
あいつらのこと、よろしくお願いします」
………
P (蘭子、やっぱりお前はすごいな。
これだけの人達が、皆お前の歌に聴き入っている。
お前をプロデュースできて、本当に良かった。
できれば最後まで見届けたかったけど、お前を救う力のほんの一部にでもなることができるのなら本望だ。
…そういえば、最後まで言えなかったな)
P「蘭子、愛して…
ー舞台袖
ちひろ(地震!? この揺れ方は…マズい!!)
ちひろ「蘭子ちゃん、急いで避難を…!
…収まった…? これは一体…」
鳴り止まない歓声の中、私は走り出した
舞台袖にプロデューサーはいなかった
私は急いで控え室に向かった
凛「…蘭子」
控え室にいる皆は泣いていた
凛ちゃんも、目が赤くなっていた
凛「プロデューサー、もう逝ったって」
…やっぱりプロデューサーはひどい、最後まで見届けるって言ったのに
凛「良いライブだった。
プロデューサーも、絶対満足してるよ」
…お別れの言葉も言えなかった
蘭子「…凛ちゃんは泣かないの?」
凛「…私は、蘭子が泣くまで泣かないって決めてたから」
凛ちゃんの言葉を聞いて、ようやくプロデューサーがいなくなった実感が湧いてきた
そしたら、涙が溢れてきた
もうどうしようもなくなって、声を上げて泣いた
凛ちゃんも泣き出して、二人で抱き合うようにして泣き続けた
そのうち声も枯れてしまって、それでも声にならない声を上げて泣いた
それから後のことは、よく覚えていない…
ーエピローグ
どうも初めまして、千川ちひろと申します。
本日は例の『黄泉がえり』事件の取材ということでしたが、ええ、Pをご存知なんですか?
なるほど、あなたとも接触していたんですね。
関係者にも色々と聞き回っていたようでしたから。
蘭子ちゃんの世話を見つつ、よくそこまでやっていたものです。
彼がなぜそこまで熱心に動いていたか、ですか?
それはもちろん、蘭子ちゃんのためです。
彼は蘭子ちゃんをトップアイドルにした直後に亡くなりました。
そして生き返ったら、世間から隠れるようにして生きている蘭子ちゃんに再会した。
多分、責任を感じたんじゃないでしょうか。
彼は生き返ってから消えるまでの時間を全て、蘭子ちゃんのために捧げました。
もう一度アイドルとして舞台に立てるように、それはもう必死でした。
私も何度無茶を言われたことか…
え、私ですか?
私が何故彼の無茶な要求に答えていたか、ですか。
…彼の死因をご存知ですか?
ええ、何の変哲も無い交通事故です。
突っ込んできたトラックにはねられて即死だったそうです。
…それでも、心のどこかで思っていたんです、あの事故は回避できていたんじゃないかって。
当時、事務所は少人数体制で彼もかなり大人数のアイドルをプロデュースをしていました。
私も、彼の優しさに甘えていました。
もし彼の仕事の負担を減らせていたら、違う結果になったんじゃないかと思わない日はありませんでした。
その後、報道の影響もあって事務所を挙げて労働環境の見直しが進められ、一人に負担を強いるようなことはなくなりました。
でも、私の中で罪悪感は消えませんでした。
だから、私が彼を助けたのはただの罪滅ぼしだったのかもしれませんね。
…いえ、大丈夫です。
他に何か聞きたいことはありますか?
彼が事件の真相に迫っていた…ですか?
確かに色々な方と連絡を取り合っていた彼なら、何かに気付いていた可能性はあるかもしれません。
それに、自分の消えるタイミングが分かっていたようでしたし。
ですが、それだけで真相が分かっていたかどうかまでは…
何か不可解な行動、ですか。
…実は、気になることが一つだけあります。
彼は確かに蘭子ちゃんのためだけに行動していました。
しかし、どうしても腑に落ちない行動をしていたんです。
あのライブ会場には大ホールが併設してありますよね?
実は、あそこに大量の非常食が用意されていたんです。
それも、ライブの観客全員が数日間食べられるほどの。
発注していたのは、彼でした。
それだけではありません。 医療設備や水道設備も、通常のライブでは考えられないほど過剰なものでした。
一体、彼は何を思ってそんなことをしたのか…
しかし正直なところ、なぜ死んだ人間が生き返ったかという理由にはあまり興味が無いんです。
それよりも彼らと再会し、今の自分を見直して前に進むきっかけを与えられたということの方が、私にとっては重要なことなんです。
ええ、私も彼のおかげで前に進むことができました。
まだ時間はかかるかもしれないですが、以前のような明るい事務所にしていくつもりです。
あの子たちのこと、任されちゃいましたからね。
あの子たちですか?
確かに彼がいなくなった後はひどく落ち込んでいましたが、今ではもう大丈夫です。
彼がとっておきの魔法を残していってくれましたからー
ーライブ会場
凛「気合い入ってるね、蘭子」
蘭子「うむ、今宵は我が魔力の真なる解放を示すに相応しい舞台!
いざ、ヴァルハラへ征かん!」
凛「 …ところでさ」
蘭子「?」
凛「その喋り方、いつまで続けるの?
蘭子もいい歳なんだし、そういうのからは卒業してもいいんじゃない?」
蘭子「…我がペルソナは我一人のものにあらず。
彼の者の想いと共に存在している。
ゆえに今はまだ、仮面を脱ぐ時ではない。
だが、いつか我が宿願が果たされし時はこの仮面を捨て、一人の少女に戻るであろう」
凛「…そっか。私も負けていられないね。
それじゃあ、行こう!」
蘭子「うむ! 我が歌声、地の獄に轟かせ、天上に響き渡らせん!!」
ーそうすれば、きっと届いてくれるよね?
終わりです。
最初は1ヶ月ほどで書き終わると思っていましたが、あまりに遅筆なせいで1年以上かかってしまいました。
途中かなり空白もありましたが、保守して下さった方のおかげで何とか書き切ることができました。
どうもありがとうございます。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません