P「夜は短し食せよ乙女」 (43)

これは私と彼女のお話である。

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ミステリアスな女性は美しいというが、謎の多さで彼女に比肩できるのは世の中広しといえどせいぜいモナリザくらいであろう。彼女の出生も、素性も、古風な言葉遣いの理由も、華奢な身体に膨大な量のラーメンを収められる原理も、全てが銀色のベールに包み隠されている。
私はプロデューサーとして、彼女の秘密を解き明かしたいと常日頃思っている。しかしその一方で、それはまるで北国の真っ新な雪原を踏み荒らすかの如き野蛮な行為に思われ、どうしても一歩目が踏み出せずにいた。
兎にも角にも四条貴音は謎多き女性であり、それ故目が眩むほど美しい。

私と貴音はとある大手企業のCM撮影のため、はるばる京都を訪れていた。このような大口の仕事が舞い込むようになったのも、ひとえに彼女がトップアイドルとして認められた証であろう。
最近の貴音の活躍はまさに破竹の勢いで、竹より出でたかぐや姫の如く世の男性諸君を魅了している。竹取の翁たる私からしたら喜ばしい限りだ。彼女の美貌と妖艶な雰囲気をもってすれば、きっと帝の寵愛を賜ることも容易いに違いない。

古の都が夕暮れに染まる頃、半日がかりの撮影がようやく終わった。
今から新幹線に飛び乗れば東京に戻れないこともないのだが、貴音のスケジュール帳は明日久々に空欄である。ならば遠路はるばるやってきたのに日帰りする必要もあるまい。 
というわけで、ここ最近の慰労も兼ねて、今夜は旅館で一泊することにした。美味しい料理に舌鼓を打ち、温泉に浸かってゆっくりと羽を休めてもらおうという、せめてもの心遣いである。そこそこ名の知れた旅館を予約したため、薄給の身には優しくない出費となったが、かぐや姫への贈り物と考えれば格段に安い。
幸い、彼女は宿をいたく気に入ってくれたようで、珍しく年相応の無邪気な笑顔を見せてくれた。この笑顔のためなら、たとえ今回の旅費が経費で落ちずとも、甘んじて明日からカップラーメン漬けの毎日を送りたいと思った。

「実は私、京都に訪れたからには絶対に行きたい場所があるのです」
夕食を終え、露天風呂を堪能した後、私の部屋を訪ねた貴音がそんなことを言い出した。
「ラーメン屋か」
「まあ、どうしてわかったのですか?」
「だてにプロデューサーをやってないからね。貴音の考えることはお見通しさ」
目を丸くする貴音に胸を張ってみたが、常軌を逸したラーメンフリークである彼女。その趣味嗜好からして、答えを導き出すのは容易かった。
京都は日本きってのラーメン激戦区である。きっと貴音が夜食にラーメンを所望するであろうと予測し、予め有名どころはあらかた把握しておいた。もちろん万が一の場合に備え、今月分の生活費も丸ごと持ってきている。
「まだ出歩いても問題ない時間だ。さあ行きたい店を言いたまえ。京都のラーメンを知り尽くした俺が連れて行ってあげよう」
私は封筒で少しだけ厚みを増した胸板を叩き、男らしく宣言した。

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