不気田「蛙の王子様」 (15)
ねぇ、不気田って知ってる?
知ってる知ってる! あの気持ち悪い奴でしょ?
そうそう! 本当は木田不美男って言うんだけど、不気味だから皆不気田って呼んでるのよね。
しかも、あんな顔して女の子ばっか見てるのよね。その上惚れっぽいし。
不気田なんかに愛されたら人生終わりよ、終わり!
「見つけたよ……」
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・ もう日も落ち、薄暗くなった放課後の生物室。
普通の生徒なら、不気味な雰囲気のせいで近寄りもしないその部屋で、一人の美しい女生徒が椅子に座って蛙が入った水槽を見ていた。
彼女の名前は、蛙野好子。
生物部の部長で、蛙が大好きな少女だ。
蛙が好きな彼女は、いつも放課後遅くまで残って蛙の観察をしているのだ。
「可愛いな……蛙……」
時を同じくして、生物室前の廊下を一人の少年が歩いていた。
木田不美男。見た目の不気味さのせいで不気田と呼ばれている。
彼は、自分を愛してくれる女性を探し続けていた。しかし、愛してくれる女性を探している理由はここでは割愛することにする。
この少女にとって災難だったのは、偶然にも生物室の引き戸が少しばかり開いていたことだ。
生物室の前を歩いていた不気田が、ふと引き戸が開いているのに気付いてしまったのだ。
興味無さげに、生物室の中を見た不気田の目に映ったのは、頬杖をつき、楽しそうに蛙を見ている由美子の姿だった。
不気田は不意に笑みを溢した。
「見つけたよ」
本格的に日も落ち、由美子は、蛙の観察を辞めて帰ろうと椅子から腰をあげた。
「可愛い蛙ですね」
由美子の背後から、声が聞こえた。さっきまでは、誰もいなかったはずなのに。
「僕も、蛙が好きなんです」
一瞬感じた猜疑心は、この言葉で何処かに吹き飛んだ。生物部の誰にも理解して貰えなかった蛙の良さを、分かってくれる人がついに現れたのだ。
「ほ、本当に!? 良かったら、明日から一緒に観察を」
振り向いて、相手の顔を確認した瞬間言葉が止まる。
「ぶ、不気田……」
「明日から一緒に観察……。嬉しいなあ」
「違うの、今のは……」
「じゃあ、また明日。絶対に来てくださいね、由美子さん」
ニタリと笑い、由美子が言い訳をする暇も無く、不気田は生物室から出ていった。
「ど、どうしよう……」
後には、途方に暮れる由美子だけが残された。よりにもよって、不気田と一緒に蛙を観察しなければいけないのだ。
「不気田なんかと、そんな約束しちゃったの!?」
「うん。もう、最悪よ」
翌日、由美子は友達に昨日のことを話していた。
放課後の楽しい一時を、不気田と一緒に過ごさなければいけなくなった由美子は、酷く落ち込んでいる。
「放課後、生物室に行かなかったらいいんじゃない?」
「嫌よ。蛙を観察したいし……それに、行かなかったら後から何かされそうで怖いわ」
「不気田と二人きりのほうが危ないと思うけどね、私は」
「二人きりって、一緒に来てくれないの!?」
「やーよ、私、蛙も不気田も嫌いだもの」
由美子の言葉に、友達は嫌悪感を見せる。蛙はともかく、不気田が一緒だと言うのに来てくれる奴などいない。
そう思い、由美子は友達を連れていくのを諦めた。
放課後、由美子はいつになく重い足取りで生物室へと向かった。
これから不気田と一緒にいなきゃならないかと思うと、足取りと比例するように気分が重くなっていく。
生物室の引き戸を開けると、既に不気田が待っていた。
「待ってたよ、由美子さん。観察しようよ」
「え、ええ」
由美子は、不気田から人一人分くらい離れた椅子に座った。
「ぶ、不気田はどの蛙が好きなの?」
「雨蛙かな。由美子さんは?」
「私は蛙ならどんな蛙でも好きよ」
「どんな、蛙でも?」
不意に、不気田は由美子を覗き込むように近付いてくる。思わず体を引かせながら、由美子は答える。
「え、ええ。どんな蛙でもよ」
「本当に、どんな蛙でも愛せるんだね?」
「しつこいわね! 蛙だったら何でも愛せるわよ!」
「そうですか、蛙なら……」
不気田が、由美子を見てニヤニヤと笑う。由美子はそんな不気田に悪寒を感じた。
「き、気味が悪いわね! もう私帰るわ!」
言い放ち、来たばかりだというのに由美子は生物室から出ていった。不気田は蛙に視線を戻し、不気味な笑みのまま口を開いた。
「蛙なら何でも愛せるという言葉、忘れないで……」
由美子が自宅に着くと同時に、ポツポツと雨が降り始めた。
降る前に帰れて良かった、と傘を持っていなかった由美子は胸を撫で下ろす。
由美子は、自宅で見る雨は好きだった。
雨になると、蛙が元気になるからだ。
由美子は、自室に戻る前に、リビングにある水槽で飼っているペットに餌をあげる。
そのペットとは、蛇だ。
何故か、由美子以外の家族は皆、蛙が嫌いで蛇が好きなのだ。
由美子は、蛙の天敵である蛇は嫌いだったが、父親に権力を振りかざされて仕方なく蛇を飼っていた。
蛇に餌をあげ終えると、由美子は自分の部屋に戻りベッドに寝転んだ。
いつもより、格段に心身共に疲れていた。
不気田を間近で見たせいかもしれない。
枕元に置いてあった漫画へと手を伸ばし、面倒臭げにページを捲る。
パラパラと流し読みをしているうちに、知らず知らず由美子は眠りに入ってしまっていた。
ずるり。べたり。
数時間は経っただろうか。
由美子は、窓の外から聞こえてくる奇妙な音のせいで目が覚めた。濡れた布を丸めて、地面に叩きつけたような音だ。
外はまだ雨が降っている。
音の正体を確かめるため、由美子は窓へと歩みを寄せた。
ずるり。べたり。
音が近付いてくる。
窓へと手を伸ばした時だった。
べたり。
窓の外に、巨大な緑色の手が現れた。
思わず、後退る。
これは……蛙の手? しかし、こんな大きな蛙は見たことがない。
「由美子さん……」
ふと不気田の声が聞こえた。同時に、手が引っ込む。
「ぶ、不気田!? 何なの? あんたの嫌がらせなの!? やめてよ!」
「違うよ、由美子さん。僕は……」
ずるり。
緑色の手がまた現れ、窓に手をかける。
しまった。鍵を閉めれば良かった。そう思うより早く、窓は全開になっていた。
「由美子さん。君が、蛙なら愛せると言ってくれたから……」
ずるり。べたり。
人間の身長ほどもありそうな巨大な蛙が、窓から入ってくる。
「僕は、蛙になったんだ」
その蛙の顔は、不気田だった。
ずるり。
不気田がニタニタと笑いながら、蛙のような動きで近付いてくる。
「い、嫌ァッ!!」
「由美子さん!?」
由美子は不気田を見た瞬間、部屋から逃げ出した。由美子の頭の中は、不気田への恐怖でいっぱいだった。
「何で、何で不気田が蛙に……!!」
「待ってよぉ、由美子さん」
不気田が追ってくる。
不気田が追ってくる。
不気田から逃げないと。
由美子は玄関へと向かったが、玄関先の廊下まで来たところで悲鳴をあげた。
何故か、自分の後ろにいたはずの不気田が先に玄関に居たのだ。
「逃げないでよ、由美子さん。僕を愛してよ……」
「嫌っ! 何であんたなんか!!」
リビングを抜けようとしたところで、由美子はぬるぬるとした手に腕を捕まれた。
「何で逃げるの……由美子さん」
「嫌、嫌! 離してよ気持ち悪い!」
「嘘だ! 君は僕を愛しているはずだ! 僕は、君が愛する蛙になったんだから」
由美子が涙目になりながら不気田を睨む。
「いくら蛙でも、不気田なんか愛せるわけないじゃない!」
「そんな……僕は、僕は君をこんなにも愛しているのにっ……!」
不気田の顔が、悲しみに染まっていく。
「そっか……」
一瞬緩んだ手の力に、由美子は腕を引いて不気田の手から逃れた。
「分かったら、さっさとここから……」
「僕の愛が足りなかったんだね」
不気田の顔は、既にいつものように気味の悪い笑顔になっていた。
「僕の家に一緒に住もうよ! 僕は、由美子さんのことが大好きだから……愛しているから!」
「い、嫌よ! 人間ならまだしも、蛙になったあんたなんかに愛されるくらいなら、死んだほうがマシよ!」
そう由美子が叫んだ瞬間、由美子の体が緑色に変色し縮んでいった。
「ゆ、由美子さん!?」
由美子が着ていた服が、床に落ちる。その中から、一匹の小さな雨蛙が顔を出した。
「そんな……由美子さん……」
不気田は雨蛙に手を伸ばしたが、雨蛙は不気田から逃げるように跳び跳ね、蛇の入った水槽の中に入っていってしまった。
蛇は、雨蛙を見た瞬間、喜んだように舌をチロチロと出し、雨蛙を丸飲みしてしまった。
「由美子さん……君が蛙なんかと言ってくれたおかげで、僕は人間に戻れたのに……。何で、僕の愛を受け入れてくれなかったんだよぉ……」
不気田は、由美子が死んでしまったことに、ただ涙を流していた……。
「由美子さん……」
不気田は、由美子が死んだショックのせいで、翌日の学校でも涙を流したままだった。
涙と鼻水でグショグショなので、顔を洗いにいこうと、トイレへと向かった不気田だったが……。
「キャハハ、それマジでー?」
「マジでマジで!」
すれ違った女生徒達、その中でも一番可愛い娘に、不気田の視線が釘付けになる。
その女生徒が廊下の角を曲がり、見えなくなったところで不気田は笑みを溢した。
「見つけたよ……」
─FIN─
昔書いたSSの焼き直しです
角川は不気田シリーズの完全版早く出してくれ、中古でも高いんだよあれ
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