春香「プロデューサーさん、ぶん殴っていいですか?」 (41)

P「お、やっとその気になったか。良いぞ」

春香「じゃあ……いきますよっ、そーれ!」

バキィッ

P「ん」

P「……もういいのか?」

春香「はい、ありがとうございました。えへへ、なんかこう、スカッとしますね!」

春香「あの……本当に痛くないんですよね?」

P「ああ、痛くも痒くもないから安心しろ。なんたって俺は……」



P「無敵のプロデューサーだからな」

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時は数日前に遡る―――――――――



P氏は担当アイドルの一人、菊地真をライブの舞台へと送り出そうとしていた。


真「じゃ、いつものアレ、いきますよっ!」

P「ああ」


右拳を前に突き出す真。
いつものアレとは、真がいつも求めてきていることだろうか。それともいつも自分がやっていることだろうか。
後者であると判断したP氏は、そっとポケットから手を出した。
その右手は真の拳とすれ違い、その先にある小さな『夢』を追うように伸びていった。


もみっ


真「へっ……?」

P「よし」


ほんの数ミリ程度、P氏で無ければ見逃してしまう程の小さな変化ではあったが、真の胸は確かに大きくなっていた。
担当アイドルの成長はプロデューサーにとって何よりも嬉しいもの。P氏は微笑んだ。
そう、これは単なる確認作業であり、プロデューサーとしての義務なのである。


しかし―――――


真「だぁあぁああっ!!!! な、ななななにするんですかプロデューサー!!」


バキィッ


P「ぐふっ」


理不尽にも、P氏は攻撃を受けた。
菊地真は、いや、765プロのアイドルたちは揃いも揃って自分の胸を確認されることを嫌っていたのである。
まるで風呂に入るのを拒否する子猫のような困った彼女たちを責めることも無く、P氏はここまで共に歩んできた。
逆境に耐えながら、全てはアイドルのために。


それが、プロデューサーなのだから。

当時、P氏はまだ無敵ではなく、ごく普通のプロデューサーであった。
故に空手黒帯を有す菊地真による打撃がP氏の体に深いダメージを蓄積させていることは、当然のことであった。


そんなある日の帰り道―――



P「いたた……今日も効いたな、真のパンチ。律子の関節技も強烈だった」

P「これさえ無ければプロデューサーって良い職業なんだけどなぁ」

P「……」

P「こんな調子で続けられるんだろうか、プロデューサー」

P「このままじゃ、体が……」

P「はぁ~……」




――――――力が欲しいか




P「!!」ドクン



声が……聞こえた。

P「だっ……誰だ!?」


――――――私は神だ


P「神……? マジか」


――――――うん


P氏は周りを確認した。人がいるようにも見えない。ならスピーカーか何かから?
違う。プロデューサーとしての経験から、電子的なものから出る音かそうでないかは判断出来る。その声は明らかに後者だ。

何より、脳に直接響いてくるこのどこか壮大な声は、P氏に神の存在を信じさせるのには十分なものであった。


P「どうやら本当……みたいだな」

P「なんてこった、まさか俺が神様に話しかけられるなんて」

P「ええと神様……力が欲しいかって、どういう?」



――――――汝に問う






――――――『無敵の体』を、所望するか?

P「無敵の……体……!!」


瞬間、P氏の体に電撃走る。


P(ああ……これだ)

P(俺はどこかで、これを求めていたんだ)

P(プロデューサーにとって何よりも必要な、タフなボディ)

P(それさえあれば、俺は――――――)




P「はい!!!」




即答だった。迷う必要なんて、どこにも無いのだから。



――――――承知した


――――――ならば我が力の一部、汝に貸してやろう


P「ありがとうございます!!」



――――――早速、確かめてみよ


P「えっ」


――――――汝に授けた、『無敵の体』を




神のその言葉の意味を理解する暇も無く、それはやってきた。
神に脳を支配されていたP氏は背後から迫るそれに気付くことも出来ず……



キキーーーーーーーッ




ドンッ

ガチャッ

運転手「や、やっちまった! 俺ぁ人を……! だ、大丈夫かアンタ!」


トラックの運転手は轢いてしまった男の元へ駆け寄り、絶句した。




P氏は生きていた。

P氏は立っていた。



P氏は―――笑っていた。




運転手「なっ……え?」


P「ふふ……ふふふ、なるほど! ははっ、ははは……!!」

P(痛くも痒くも無い! トラックに轢かれて、傷どころか、体に何の異常もないなんて……!)

P「これが……新たな俺……!!」



運転手「……」ポカーン




その日、彼は無敵になった。

翌日


P(昨日のアレ……夢じゃないよな?)

真「おはようございまーす!」

P(おっ、テンションは最高のようだな。俺も最高のテンションで返さないとな!)

P「おはようの、パイ、たーっち!」


ぺたっ


真「なっ……なにするんですかぁ!!」


バキィッ


P「……」

真「ああっ、しまった、つい本気で……大丈夫ですかプロデューサー!」

P(なるほど……現実だったみたいだな)

P「大丈夫。全然効いてない」

真「へ?」

P(これならプロデューサー、続けられるぞ。この肉体があれば、俺は最高のプロデューサーでいられる!)

P「今日の仕事だが、春香、真美と一緒に舞台の稽古だったな。行こうか」

真「あっ、はい」

真(効いてないって……どうなってるんだ?)

春香「フッ……その程度?」

真美「ううっ、強すぎる……」

真「ど、どうしましょう! このままじゃみんなやられてしまいますわ!」

春香「誰も私には敵わない。世界がそう決めたのだから」バサァッ

春香「恐れ! 平伏し! 崇めたてまつりなさい!!」


――――――――――――――――――
―――――――――
―――


スタッフ「お疲れ様でーす!」



真美「いや~、はるるんメッチャ良い感じだったね~!」

春香「えへへ、そう? なんかノってきちゃって!」

真「なんかさ、ハマり役!って感じだよね。ボクも春香も」

真美「いやまこちんは全然……」

P「みんなお疲れ。これ、差し入れな」

真美「あ、兄ちゃん!」

春香「プロデューサーさん!」

真(全然……?)

真美「美味しいね、どら焼き!」

真「うん! へへっ、もう食べちゃった」

春香「ありがとうございます、プロデューサーさん」

P「はは、喜んでくれて嬉しいよ」

真美「でも……なんか喉渇いちゃったね」

真「たしかに、甘いもの食べると飲み物欲しくなるよね」

P「それもそうか。じゃあそこの自販機で……」

春香「私が買ってきます! みんな、お茶で良いよね?」スクッ

P「ん、悪いな春香」

春香「えへへ、良いんですよっ。待っててくださいね!」タタッ

P「……ん? おい春香、そこ……!」

P(奈落……なんで開いて……!)

春香「え? !! あっ、とっ、ああっ!」


ユラッ


真「!!」

真美「はるるん!」

P「くそっ!」


ダッ


グイッ


春香「え?」

真「あっ」

真美「やっ……」



春香「プロ……ッ!」





ドシャッ

スタッフA「!! おい、誰か落ちたぞ!」

スタッフB「バッキャロー! なんで確認しなかったんだ!!」

春香(そ……そんな……)

スタッフC「大丈夫ですかぁー!?」

スタッフD「大丈夫なわけねぇだろ! 急いで救急車呼べ!」

春香(私の……せいで……)

P「大丈夫ですよー」

スタッフD「ほら見ろ大丈夫って……ええっ!?」

春香(プロデューサーさんが……ん? 大丈夫?)

春香「……」ヨタヨタ

春香「……」ヒョコッ

P「おう」

春香「!!!」


春香(立ってる。普通に……)

春香「え? え、どういう……こと?」

真美「兄ちゃん無事っぽいよ~! 良かった~!!」

スタッフC「そりゃ良かった」

スタッフA「んなバカな」

真「……」

真(やっぱり……プロデューサー、おかしいぞ……?)

春香「プロデューサーさん、助けてくれて本当にありがとうございました!」

P「当然のことをしたまでだよ。プロデューサーとしてな」

真美「兄ちゃん、チョーかっこよかったよ!」

P「惚れたか?」

真美「うええっ!? そ、そんなの、分かんないよ……」

真「……プロデューサー」

真「説明してくれますか? その体、普通じゃありませんよね」

P「!」

P(やっぱバレるか。ま、当然だよな)

P「……分かった」

P「隠すようなものでもない。事務所に戻ったら、全部話そう」

P「俺の……無敵の体についてな」

春香「無敵の……体?」

真美「なになに? 兄ちゃんキラキラした星とか飴とかそーゆーの取ったの?」

事務所

真「かっ……神様ぁ!?」

P「そう。俺のこの無敵の体は、神から与えられた俺だけの力なのである!」

春香「神様って……あの神様ですか?」

真美「イエスとかアッラーとか若林直美みたいな?」

P「よく分からんが多分そんな感じの神様だ」

あずさ「うふふ、プロデューサーさん、面白いですね~」

律子「笑えませんよあずささん。プロデューサー、頭でも打ったんですか?」

P「頭を打つってのは……」


P「こういう風にか?」

律子「えっ?」


ガツゥンッ


律子「え……あ……!!」

伊織「ちょ、ちょちょちょっと! 何やってんのよ!!」

律子「つっ、机の角に頭を……今すごい音しましたよ!? きゅ、救急車……」

P「この通り、無傷だ」スクッ

律子「ひいっ!」ビクッ

真「律子、神様云々はともかく、プロデューサーは奈落に落ちても傷一つ付かなかったんだ。無敵の体ってのは本当なんだよ」

春香「そうなんです! 私助けられちゃって……」

律子「な……なるほどね」

社長「いやぁ、流石は私が見込んだ敏腕プロデューサーだ。良いねぇ無敵の体。私も昔は憧れたものだよ」

P「あっ社長、いたんですか」

社長「いたとも」

あずさ「あの~、プロデューサーさん。無敵って、どんな感覚なんですか?」

春香「たしかに、気になります。怪我してないのは分かりますけど、痛みとかも無いんですか?」

P「全くない! 不快感すら無いし、なんなら窓から飛び降りてみてもいい」

P「頭から落ちても平気だと、今の俺は確信してるからな」

律子「や、やめてくださいよ心臓に悪い……それが本当だとしても、見てる側は良い気はしません」

社長「そうだな。そんなことをすれば、アイドル達の精神状態にも関わってくる」

小鳥「精神状態って、仕事の出来に結構ダイレクトに繋がりますからね」

社長「うむ。無敵だからといって奇抜な行動はしないようにしてくれたまえ」

P「あ、はいすみません」

社長「ところでプロデューサー君、キミはその力をこれからどう使うつもりなのかね?」

P「えっ?」

社長「そんな力を手にしたのだ。殴られ屋として稼ぐ手もあるし、格闘家に転身なんてことも可能だろう」

P(その辺、あんまり考えてなかったな。でも……)

P(俺は…………)

P「もちろん、プロデューサーとして、アイドルのために使います」

社長「ほう……!」

P(仕事を続けるために手にした力。他のことに使うなんて、本末転倒だ)

P(俺は死ぬまでプロデューサーを続けるぞ!!)

伊織「で……アイドルのためにって、具体的にはどう使うのよ? 使い道なんて、あるとは思えないけど」

P「……そこだよなぁ」

P(アイドルからの暴力に耐えられるようになったとは言え……それは『今まで通り続けること』が可能になったに過ぎない)

P(プロデューサーたるもの、『今まで以上』を目指せないと、ダメだよな。この力を、アイドルたちにとってプラスになるように使うには……)

P「……なぁ」

P「プロデューサーのタフさが売りのアイドルって、売れるかな?」

伊織「それ、アンタが有名になるだけでしょ」

P「たしかに」

P「うーむ……弱ったな」

P(俺が無敵だからって、春香の歌が上手くなるわけじゃない。千早の胸が大きくなるわけでもない。雪歩のダンスがキレッキレになるわけでもない)

P(アイドルにとっては、何の意味もない……のか……?)

P(でも、神の力だぞ? なんとかしてアイドルたちのパフォーマンスに繋げることは出来ないものか……)

伊織「もう、使えないわね。結局、私たちの役には立たないんじゃないの」

P(すまない伊織、イライラさせてしまって……ストレス、溜まってるよな)

P(思えば伊織はいつも怒ってる気がする。これも俺が不甲斐ないせいだよな)

P(こんな状態で収録に挑めば、きっとベストなパフォーマンスは期待出来ないだろう)

P(小鳥さんも言っていたが、精神状態は仕事の出来に直接関わって……)

P「……ん?」

P(精神状態……ストレス……?)


P「…………!!」


P「これだ!!!」




P「伊織! 俺を殴れ! 好きなだけ!!」

伊織「は……」


伊織「はああああああああああああああああ!!!!?」

伊織「何をいきなり大声で……バカじゃないの? バッカじゃないの!?」

P「バカかは分からんが、大真面目だ。伊織、それにみんなも……今日から俺をいつでも、好きなだけ殴っていい」

真美「うあうあ~! 兄ちゃんが変な趣味に目覚めちゃったよ~!」

春香「こ、これは神様の力の副作用ってやつなのかな?」

真「何考えてるんですかプロデューサー!」

あずさ「あ、あらあら~」

律子「……」

律子「なんとなく理由は分かりますけど……本気ですか?」

P「ああ、この体を使って俺に出来ることは、これしかないと思ってる」

P「アイドルはストレスの溜まる職業だ。忙しくなってくるとそれを解消する暇もなく、イライラを抑えながら笑顔を作っていかなければならない」

P「そんな状態で、お前たちの本当の魅力は出せないと思うんだ。だから……」

P「俺を殴って、蹴って、ストレス解消!! どうだ、案外効果的なんじゃないのか?」

社長「う、うーむ……」

小鳥「だっ、ダメですよプロデューサーさん!」

P「えっ?」

小鳥「仮にストレス解消出来たとしても、そんなの、アイドルとして……」

P「まぁ、あまり印象としては良くないかもしれませんが……何一つ悪いことじゃないんですよ?」

小鳥「え?」

P「暴力というのは、相手がダメージを受けて初めて罪となり、罪悪感も生まれるもの。でも俺の体は無敵なんです」

P「殴られても何も痛くありませんし、不快感すらない。むしろこの力を実感するためにどんどん殴ってほしいくらいです」

P「誰も不幸にならない暴力を、止める必要なんてありますか?」

小鳥「で……でも……」

P「まぁ、決めるのはアイドルたち自身です。どうだお前ら、ちょっとやってみないか?」

P「殴っても蹴っても、好きなようにして良い。なんなら―――」


P「武器を使っても、構わない」


真美「……!」

伊織「アンタね、そんなの誰も……」

真美「ちょ……」

真美「ちょっとだけ、やってみよっかなー……なんて」

伊織「!?」

春香「真美!?」

真美「真美ね、ゲームとかで敵を倒したりするの、ちょっとやってみたいって思っててさ」

真美「剣とかで、ズババーッて……」

律子「真美、本気で言ってるの!?」

真美「ももっもちろん! 実際にそんなのやったら犯罪だってことくらい分かってるよ! やられた人もチョー痛いし、絶対やるつもりなんてなかったけどさ!」

真美「む……無敵の兄ちゃん相手になら、良いんじゃ……って」

律子「な……」

真美「でもでも、やっぱ怖いし、まこちん先やって!」

真「ええっ!?」

真「まぁ、良いけど」

春香「真まで!?」

真「ボク、実は一回殴ってるんだよね、この無敵の体。本当に無敵だって分かってるし……安心して攻撃出来る」

春香「だからって、そんな……」

真「それにちょっとワクワクしてるんだ。本気で人を殴るなんて、久しぶりだから」


真「それじゃ……いきますよっ、プロデューサー」

P「おう」




真「でぇやぁぁぁぁぁああっ!!!」




バキィッ!!

真「……」

真(この……感覚……)

春香「プ、プロデューサーさん、大丈夫なんですか?」

P「大丈夫。無敵だからな」

真(やばいよ……全力で殴るって、こんなに……)


真(こんなに気持ちいいんだ……!!)


真美「ほ、ほんとに大丈夫っぽいね、よーし、次は……」

真「プロデューサー!」

P「おう、どうだった?」

真「最高の気分です! また、お願いしてもいいですか?」

P「もちろんだ」

真「へへっ、やーりぃ!」

真美「……」

真美(そんなに、良いんだ……)

真美「兄ちゃん! 次! 次真美の番だかんね!」

P「OK、どんとこい」

律子「……大丈夫かしら、この事務所」ハァ




―――――――――――――――――――――
―――――――――
―――

その日から、真と真美は暇さえあればP氏を攻撃するようになった。
このことは瞬く間に765プロの全員に知れ渡り、亜美や美希等も面白がってやってみた結果、ドハマり。

鈍器や刃物による攻撃も一切効かないため、みんな積極的に色々な攻撃を試すようになった。
経験したことのない新感覚による刺激はいつもアイドルたちの心に快感を生じさせ、ストレス解消に絶大なる効果を与えていた。

数日後には、躊躇していた春香も―――


春香「プロデューサーさん、ぶん殴っていいですか?」


気付けば、765プロに所属するほとんどのアイドルがP氏の無敵の体を使うようになっていた。


12月25日。


P氏は雪歩に高級スコップを手渡した。
スケジュールの都合で1日遅れの誕生祝いになってしまったが、雪歩は喜び……
笑顔でそれをP氏の喉元に突き刺した。

雪歩「手触りも刺し心地も、バッチリですぅ」

P「そうか、良かった」

知らぬ人から見れば奇妙な光景。しかしこんなことも、765プロでは日常の光景。
誰も不自然に思わなくなっていた。

雪歩の誕生日を祝ってから、三ヶ月が経過した。
アイドルたちは裏でP氏を攻撃してストレスを解消し、仕事では心からの笑顔で最高のパフォーマンスをみせていた。

その成果もあり、今やどのアイドルもトップアイドルクラスの人気者。
P氏の無敵の体は、アイドル界に765プロの時代を作り出したのである!



伊織「伊織ちゃんキーック!!」

ザクッ

P「ん」

P「あ、パンツ見えた」

伊織「なっ……この変態! ド変態! 変態大人!!!」

ドカッ バキッ ビリビリィ! ゴオオオオオッ!! ドゴォォォッ



P氏に対する攻撃は次第にエスカレートしていき、水瀬の財力を用いて作った特殊な武器が用いられることも多くなってきた。

トゲトゲの付いたグローブ、トゲトゲの付いたバット、電流の流れる棒、燃える刀、トゲトゲの付いた靴、etc......

様々な装備が765プロには常備されており、自由に使える形となっている。
恐ろしい事務所のように思えるかもしれないが、P氏は傷一つ付かないし、ストレスを全部P氏で解消出来る765プロの面々がこれらの武器を他の良からぬことに使うこともない。

765プロは、いたって健全な事務所なのである。

さらに一週間が経過した。


P「ふぅ……」

P「765プロも、大きくなったなぁ」


専用の部屋でくつろぎながら、P氏は満足していた。
アイドルが売れれば、当然資金も出来る。ここまで広い事務所に引っ越せたのも自分のおかげであると、彼は理解していた。

P氏にしか出来ない、まったく新しいプロデュース方法。
我ながらよく思いついたものだとばかりに、P氏は誇らしげに胸を張った。


P「ふふっ……」


思えば、この力を得たのは突然のことだった。
あの時神様に話しかけられていなかったら、自分はここまで上り詰めるどころか、プロデューサーを辞めていた可能性だってある。

人生とは、分からないものである。

何が起こるか分からない。



……だからこそ、P氏は予測出来なかった。



始まりと同じように突然訪れる、終わりの瞬間を。





――――――返してくれ




P「!?」




聞き覚えのある声が、P氏の脳内に響き渡った。

P氏はすぐに理解した。この声の主を。
しかし、その声の内容については、理解が追いつかずにいた。



P「神……様……?」


――――――そうだ


P「えっと、今、なんて?」


――――――返して欲しいと、言った



――――――汝に貸し与えた、我が力を



P「ええっ!?」


P氏は愕然とした。言われてみれば、くれるとは言っていなかった気もする。
しかし特に代償や期限の話は無かったため、P氏は力を貰った気でいたのである。


P「そ、そんな突然……何故ですか?」


――――――話せば長くなるが



神は説明した。
力をほいほい他人に渡すもんじゃないと、妻に怒られたこと。
それが原因で夫婦喧嘩に発展し、無敵の体を貸し出し中の自分は為す術もなくボコボコにされたこと。
速やかに力を回収し、これからはもう他人に力を与えないと、誓わされたこと。

情けない神である。


P「そ、そんな……」


――――――悪いが、『無敵の体』は返してもらう


――――――汝も十分、満喫出来たことだろう



――――――もういいよね

どこか必死にも思える声色で力を取り返そうとする神に呆然としながらも、P氏は考えていた。

流石に神に抗うわけにもいかないし、無敵の体はもう諦めるほかない。
ならば今後どうするか、という方向で思考を巡らせていたのである。
幸い、このことは765プロ内の人間にしか知れ渡ってはいない。まずは事情を説明して―――


P「!!」


P氏は考え事をする際、左上を見る癖がある。
偶然にも、その方向にカレンダーがあった。
これにより彼は、最悪の事実に気が付いてしまった。


――――――じゃあ、返してもら


P「待ったぁ!!!」


――――――なに


P「まっ……待ってください! 明日! せめて明日まで!! 力を返すのは、明日に……」


P氏は必死に懇願した。ここまで必死になったのはいつ以来だろう。それほどまでに、この『一日』は重要な意味を成すものであった。

しかし……




――――――ならぬ




P「なっ!?」

――――――力を返すことを惜しみ、明日明日と先延ばしにしていくつもりなのだろう


――――――私はこれまでそういった人間を多く見てきた


――――――先延ばしたところで、意味など何も無いというのに



嘆くように語る神。P氏は首を横に振るが、神の意志は固いようだ。


――――――とにかく、力は今すぐ返してもらおう


――――――妻が待っているのでな



P「待っ……ほんとに……!!」




――――――では、さらばだ



P「待っ!!!!」



スッと体が軽くなった気がした。
脳から神の存在は消え、体が先ほどまでのものでなくなったのが分かった。


P「あ……ああ……」



P(今日だけは、ダメだって……)


P(今日は……)



トントンッ



P「!!」ビクッ


ドアをノックする音。誰かが……来てしまった。

ガチャッ


ノックはあくまで形式的なものであり、P氏の返答も待たずにドアは開いた。
決して失礼な行為ではなく、いつでもストレス解消しに来ていいというP氏の意志で、そうすることを許可していたのだ。


春香「プロデューサーさんっ!」

亜美「兄ちゃん、はろはろ~!」

伊織「にひひっ、新しい武器を試しに来たわよ♪」


そう―――今日は水瀬財閥から新しい武器が大量に届く日。この時を心待ちにし、事務所にはアイドルたちが集結していた。


P「み、みんな……」


雪歩「これ、爆破機能付きスコップですぅ。小爆発によって掘りを快適に進めるものなんですけど、今日はプロデューサーに使いますね?」

貴音「私はこの、ちぇーんそーなるものを。金属音が実に心地良い一品です」

真美「真美はこれ! ハンマー! メッチャ固いコーブツで出来てるっぽいよ!」

千早「私はシンプルに、斧を。最近気に入っているのだけれど、やっぱり新しいものは違うわね」

やよい「うっうー! 私はもやしです! 小型火炎放射器で、もやし祭りですー!」


みんな、嬉しそうな顔をしている。見慣れた光景であるはずだが、今のP氏には狂気の笑みにしか見えなかった。


P「みんな……お、落ち着いて聞いてくれ」


P氏はなんとか、事情を全て話した。

もう、いつものストレス解消法は―――使えないと。

みんな、黙って聞いた。そして顔を見合わせ、また笑った。



春香「プロデューサーさん……」




春香「ウソですねっ♪」




P「な……!」



誰一人、P氏の悲痛な叫びをまともに受け取ってはくれなかった。
そして、それぞれの手には力が込められ……



アイドルたちはP氏に向かって、一直線に走り出した。




P「待ってくれ! 俺はもう無敵じゃあないんだ!」

伊織「はいはい、それじゃみんな、いくわよ!」

みんな「「おーっ!!!」」


勢いはもう、止められない。腰が抜けて、動けない。
こうなることは分かっていた。だから今日だけは嫌だと言ったのに。


そう……今日だけは…………


迫り来る武器の一つ一つが、やけにスローモーションに見える。

P氏は理解した。


終わりが―――訪れたのだと。




P「うっ……」





P「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」






4月1日。


P氏は目を閉じた。






終わり

以上!短編でした!
この後タモリの語りで終わらせようかとも思ってたけどうまいこと書けずやめた
読んでくれた方ありがとうございました!

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