魔改造上条さんによる「とある魔術の禁書目録」「とある科学の超電磁砲」の再構成
前スレ
とある科学の偽聖痕使い(禁書目録・超電磁砲 再構成)
とある科学の偽聖痕使い(禁書目録・超電磁砲 再構成) - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1389713560/)
基本的に両原作の流れに沿って話を続けていきます
しかし作者の都合により一部時系列が変わることも
主要ヒロインは御坂美琴と神裂火織
カップリング要素(上琴)も出てきますがあくまでオマケ程度
また上条さん以外にも魔改造されたキャラが出てくるかもしれません
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1409571895
これまでのあらすじ
幻想御手編
木山先生が幻想御手事件を起こす
無事に事件も解決したかと思った矢先、木山先生が何者かに狙撃される
木山先生は意識不明の状態に
禁書目録編
ベランダでインデックスと名乗る少女と出会う
インデックスの頭の中にある十万三千冊の魔道書を狙う魔術師達と敵対
しかし何やら魔術師の様子が?
主な登場人物
科学サイド
上条当麻
本ssの主人公
過去に『聖人』になるための人体実験を受けるが失敗
学園都市に保護される
人体実験が失敗した際に負った右手の傷跡に意識を集中することによって超人的な力を得ることが可能
当時の記憶はあやふやになっており『聖人』という言葉に過剰に反応するようになっている
また何故か貪欲に力を求めることも
御坂美琴
本ssのメインヒロイン
原作よりも早く上条に出会っており、上条の影響を多く受けている
上条への恋心を自覚しているが、明確なものとまではなっていない
いつか対等な立場で上条の隣に立ちたいと思っている
白井黒子
お姉様一筋というのは原作と変わらず
ただしお姉様の目標という意味で、上条の存在を一応は認めているようだ
暴走しがちな上条と美琴に振り回されることも多い
しかしいざという時に二人を止めるのが自分の役割だと自負している
木山春生
原作と同じ理由で幻想御手事件を引き起こす
上条の独善的な振る舞いを糾弾するが、最終的に敗北
和解とまではいかないが、共にある問題を解決することを誓った
しかし何者かによって狙撃され、その後も意識不明の状態に陥っている
魔術サイド
神裂火織
本ssのメインヒロイン
インデックスを追って学園都市にやって来るが、何やら訳有りのようで
今の上条では全く敵わないほどの凄まじい戦闘力を誇る
そして上条の過去について何か知っている節が見られる
ステイル=マグヌス
本ssの主人公
神裂と共にインデックスを追って学園都市にやって来る
しかし神裂に比べ、執拗にインデックスを追い詰めるようなことも
その真意は不明
インデックス
本ssのヒロイン
原作通りベランダに引っ掛かっていたところを上条さんに保護される
『歩く教会』も原作通り破壊されてしまったが、今はまだ傷を負うような事態にはなっていない
自分の抱える事情を知りながらも優しく接してくれる上条に懐いている
取りあえずスレ立てだけ
本文書かないのに立てるのはどうかと思ったんですが、グダグダと投下が遅くなる前に自分への戒めとして
これからもよろしくお願いします
新スレ、初投下
「あのー、神裂さん?」
上条は先ほどまで死闘を繰り広げていた魔術師――神裂火織に何処か恐る恐るといった様子で声を掛ける。
死闘と言っても中身は上条が一方的に叩きのめされただけなのだから、腰が引けるのは仕方のないことだろう。
ただし上条がそのような態度を取ってしまっている本当の理由は全く別のところのあるのだが……。
「ど、どうしました? まさか傷の具合がっ!?」
そして神裂の上条への接し方もまた何か腫物に触るかのような負い目を感じさせるものになっていた。
神裂との戦闘により上条は少なからず傷を負っており、どうやらそのことを気に病んでいるらしい。
インデックスを救うために力を貸して欲しいという神裂の言葉。
詳しい話はまだ聞けていないが、今さら神裂のインデックスに対する思いを疑ってなどいない。
力になって欲しいというのも本気らしく、ついさっきまで上条は神裂から治療を受けていたのだ。
しかしその場で神裂にとって想定外のことが起きる。
(まさかこのキャラでドジッ子属性持ちとはなぁ……)
魔術には回復魔術という大変便利なものがあるらしく、神裂はそれを使って上条の治療を試みた。
引き裂かれた皮膚の隙間を埋めるように潜り込もうとする淡い緑色の光。
だがその瞬間、パン!という音と共に神裂が組み立てた回復魔術は木端微塵に跡形もなく消滅してしまう。
原因は明確。
あらゆる異能を善悪を問わず問答無用で打ち消す『幻想殺し』が回復魔術にも例外なく働いたからだ。
しかし神裂は元から『幻想殺し』の存在を知っていたわけで……。
泣きそうな顔で謝る神裂を見ていたら、何というか上条の中で神裂に対する印象がガラリと変わってしまった。
「申し訳ありません。 私が迂闊だったせいで……」
「いや、傷の方は本当に問題ないから気にするなって」
その言葉通り、怪我の具合は特に問題ない。
やはり神裂は手加減してくれていたらしく、出血の割に傷はさほど深くなかった。
今はその切り傷も完全に血が止まっている。
風紀委員など一部の人間にしか支給されていない対外傷キット。
塗るだけで消毒・止血・傷口を閉じるという三つの効能がある優れものだ。
上条はその対外傷キットを開発者であるカエル顔の医者から特別に少しだけ譲り受けている。
流石に普段からこれを常用しなければならないほどの不幸に見舞われてはいなかったが、インデックスと寮を出た際に偶々持ち出していたのが役に立った。
あとは勝手に傷が塞がるのを待てば良いだけだ。
そして傷も特に問題ない上条が先ほどから本当に訴えかけたいのは全く別のことであった。
「それで身体の方は本当に大丈夫だから、そろそろ下ろしていただけないでしょうか?」
現在、上条は神裂に背負われる形で移動させられていた。
怪我をした身に無理はさせられないと、半ば強制的に神裂の手を借りることになったのだ。
しかし神裂が薄着のせいか(既に辺りは暗くなっているためTシャツの下に何か身に付けているか目で確認することはできない。そして上条は紳士であるためわざわざ目を凝らすような真似もしない)、人の肌の温もりのようなものがダイレクトに伝わってくる。
それが異性のものとなれば意識してしまうのは当然で……。
別に疚しい思いなどない筈なのに、妙なむず痒さを感じてしまう。
思春期真っ盛りの高校生としては、あまり健全的な状況とは言い難いだろう。
だがそれを直接言葉にして伝えることも中々難易度が高く、
「いえ、私のことはお気になさらずに。 今の私にできるのはこれくらいしかありませんから」
神裂には上条が遠慮しているようにしか伝わらなかった。
(こんちくしょう! 天然なのか? 天然だよな天然なんですよね三段活用!)
結局それ以上は口に出すこともできずに、上条は神裂に背負われたまま夜道を進んでいく。
神裂は本気でなかったとはいえ、先ほどまで戦闘を繰り広げていたとは思えないほど静かな空間が二人を包み込んでいた。
そしてあまりに静かな空気は自然と二人の口を噤んでしまう。
そもそも互いのことなどまるで知らないし和気藹々と会話するような状況でもないのだが、この沈黙は色々とキツイ。
どうしようかと思案していた上条だったが、意外にも先に口を開いたのは神裂の方だった。
「……あなたはこの街で無能力者ということになってるのですよね?」
「やっぱり俺の情報も伝わってたのか?」
「ええ、学園都市からあなたの基本的な個人情報《プロフィール》は提供されていました」
やはり学園都市が神裂達に協力しているのは間違いないようだ。
しかしそうなると神裂達は現在どのような状況に身を置いているのか気に掛かる。
外部へ情報が流出することを防ぐために人の出入りなども著しく制限されている学園都市。
そんな学園都市で『魔術師』という異質な存在とも言える神裂達が行動を許されている。
それは神裂達個人に対してなのか、それともイギリス清教という後ろ盾があってのことなのか。
神裂の言葉を聞いていると、イギリス清教という組織に良い感情を持っていない気がする。
そんな神裂達を動かしているものは何なのか?
だがいくら上条一人で考えたところで、インデックスを救うという言葉の真意が分からない以上あまり意味はないだろう。
今はインデックスと合流してから話を聞くのを待つしかなかった。
「それで……あの失礼ですが、あなたは本当に無能力者なのですか? 魔術を無効化する右手や高い身体能力、とても無能力者という括りに当て嵌まるものではないと思うのですが」
「えっと、それは……」
上条は神裂のその問いかけに何と答えるべきか悩む。
まず初めに『幻想殺し』
正直これに関しては何とも言いようがなかった。
学園都市で開発された能力ではない、生まれつき右手に備わっていたらしい天然ものの力。
あらゆる異能を打ち消すと銘打ってきた力だが、実際に超能力以外の異能と対峙したのは昨日が初めてだ。
結果として助かったものの、魔術という未知の力にさえ通用する『幻想殺し』の正体を上条は何も知らない。
そして……。
(あれっ? もしかしてあっちの力は魔術と何か関係してるのか?)
右手の傷跡に意識を集中させることよにって得られる高い身体能力。
冷静に考えると、上条のその力には魔術といくつかの共通点が見つかる。
学園都市の外で得た超能力とは違う異能の力、上条の過去とも関わりがある『聖人』という言葉。
そしてインデックス曰く神裂は本物の『聖人』で、雲泥の差はあれど上条も神裂も常人を遥かに超えた身体能力を持っていた。
この奇妙な一致が意味することは?
大怪我を負ったショックのせいか、上条の記憶は人体実験を受けた周辺だけ綺麗に抜け落ちてしまっている。
今まで過去のことだと深く思い返すようなこともなかったが、もしかしたら魔術と何かしらの関係があるかもしれないと記憶を辿ろうと試みた瞬間、
「ぐっ!?」
一面、上条の視界が赤で染まった。
何が起こったか分からない。
激しい頭痛と共に、まるで脳が直接揺さぶられているかのように世界が反転を繰り返している。
真っ赤な真っ赤な世界の先にあるもの。
それは……。
「しっかりしてくださいっ!!」
直感で見てはいけないと悟った何かが視界に入ろうとしたその時、上条は何か強い力によって元の場所へと引き戻される。
先ほどまでの真っ赤な世界とは一転し、上条の視線の先には夜空が広がっていた。
街の灯りで満天とまではいかないが、無数の星が空に瞬いている。
(……どうなったんだ?)
どうやら横になっていたらしく、上条は身体をゆっくりと起こす。
しかし現実に戻ってきたという実感はあるものの、心の底から湧き上がる寒気に上条は思わず両腕を組んで身を縮こませた。
冷や汗が身体中から溢れ出し、呼吸は荒く動悸も激しくなっている。
記憶を辿ろうとした瞬間、まるでそれを拒むように上条を襲ったヴィジョン。
今のは一体何だったのか?
自分の記憶の内に潜む得体の知れない何かに、上条は身を震わせていた。
「大丈夫ですかっ!?」
正面から聞こえてきた声に、上条は今になってようやく神裂が心配そうにこちらを覗き込んでいたことに気が付く。
心配ないと返事を返そうとした上条だったが、口が上手く回らない。
立ち上がろうとしても、足元が全くおぼつかない状態だ。
何が起こったかも分からぬまま、上条の精神だけが完全に疲弊し切っていた。
「とにかく身体を休められる場所を」
再び上条のことを背負うと、神裂は辺りの探索を始める。
つい先ほどまで居心地を悪く感じていた筈なのに、今は人の温もりを感じられる神裂の背中が妙に心地好い。
それが少しでも精気を取り戻させたのか、ゆっくりながらも上条は何とか口を開いた。
「……いや、今は早くインデックスと合流しよう」
「しかし!」
「大丈夫、あと少し休めば回復すると思う」
心配した表情を崩すことはなかったが、神裂は上条の言葉に頷く。
そして今の内に少しでも身体を休めておけという神裂の言葉に、上条も素直に従うのだった。
やがて自然と沸き上がってきた微睡に上条はそのまま身を委ねる。
眠りの底へと落ちていく上条の意識。
ただ沈んでいく意識の中で、神裂が呟くように小さな声で言った「ごめんなさい」という言葉だけは上条の耳にはっきりと届いていた。
以上になります
次回は次の三連休の内に
すみません
文章が少しおかしくなってしまい書き直してます
あと一週間くらいお待ちください
今日の22:00くらいに投下します
遅れてすみませんでした
上条が目を覚ましたのは見慣れたという程ではないが良く知っている部屋だった。
魔術師から逃れるため、インデックスと一緒にやって来た秘密基地。
どうやらその秘密基地にあるソファーの上で横になっていたらしい。
そして目を覚ました上条の視界に真っ先に飛び込んできたのは……。
「とうまーーーー!!」
身体を起こす間もなく、インデックスが飛び掛かるように抱きついてきた。
突然襲ってきた軽い衝撃に驚きながらも、上条は何が起こったのか覚醒しきっていない頭の中を整理する。
(そっか、俺はあのまま神裂の背中で寝ちまったのか)
少し頭を上げるとインデックスの背中越しに、こちらに向かって頭を下げている神裂の姿が見えた。
あれからどれくらい時間が経ったのか?
早くインデックスと合流しようと言ったのは自分からだったにも拘らず今まで呑気に寝てしまったいたことに、上条は妙な罰の悪さを覚える。
まだ身体には何処か気怠さが残っていたが、これ以上時間を無駄にすることはできない。
インデックスに抱きつかれた状態のまま、上条はゆっくりと身体を起こすのだった。
「手間を掛けちまって悪かったな」
「すみません、私のせいで……」
「別に神裂のせいじゃねえだろ?」
しかし上条の言葉にも神裂は浮かない表情のままだ。
そしてインデックスもまだ詳しい事情を聞いていないのか、オロオロと二人の顔を見比べて気まずそうにしている。
正直なところ気まずいのは上条も同じで、二人の仲をどうやって取り持っていいか分からない。
かつて親友だったという神裂とインデックス。
それが何故か今のインデックスは神裂達のことを魔術結社の追手だと勘違いしている。
また神裂もインデックスの記憶を消したと言う炎の魔術師の言葉を否定しなかった。
『十万三千冊の魔道書という莫大な知識によって脳の85%が埋め尽くされていることに加え、完全記憶能力を持つが故に「忘れる」ことができないインデックスは一年周期で記憶を消去しなければ死んでしまう』
これも今となっては本当なのかどうか判断がつかない。
仮にこれが真実ならば、今の段階で特に解決策など何も思いつかない上条に神裂達が協力を求めてくることはないだろう。
超能力の開発などで学園都市は脳の研究も進んでおり、いっその事この街の科学者に話を聞いた方がずっと確実な筈だ。
それでも神裂が上条に期待するものがあるとしたら、思いつく理由は一つだけ。
『幻想殺し』、超能力だけでなく魔術という異能の力さえ上条の右手は打ち消してみせた。
神裂の言葉から察するに、その正体は分からなくともインデックスが何らかの危機に晒されているのは間違いない。
そこに魔術が関わってないと考える方が難しい話だった。
インデックスを救うという言葉の真意は何なのか、そして神裂は上条に何を求めているのか?
だがそこにどんな思惑があるにせよ、上条は神裂がインデックスに対して抱く思いの一端を知っている。
今はすれ違ってしまっている二人に何らかの切っ掛けを与えられるならば、上条に協力を惜しむ理由は一つも見つからなかった。
「……まあそのことは取りあえず置いといて、さっさと本題に入ろうぜ? 待たせちまってた俺が言うのもなんだけど、せっかく親友がこうやって顔を合せてるんだしな?」
「え?」
「何故今それをっ!?」
上条の言葉に残りの二人は揃って声を上げる。
特に神裂はインデックスと親友であったことをいきなり告げられると思っていなかったのか、酷く動揺した様子が見て取れた。
神裂の許可も取らずに独断で喋ったことを上条も正しいとは思っていない。
ただ神裂がインデックスに対して引け目を感じているのは明らかで、このままではいつまでもズルズルと引き摺ってしまう気がするのだ。
そしてインデックスが上条に置く全幅の信頼。
そこにインデックスがこの一年の間に経験してきた過酷な日々が関係ないと思えるほど上条は鈍くなかった。
決して上条が特別なわけではない。
たまたまインデックスは上条の部屋のベランダに引っ掛かっており、たまたま上条には彼女を守ろうと思えるだけの力があった。
そのことに上条は少しばかり寂しさを覚えるが、自分の他にもインデックスの味方がいる。
それは今まで孤独に苦しんでいたインデックスにとって喜ばしいことだし、誰より上条自身が心の底から嬉しく思っていた。
「事情は知らないけど、今までインデックスはずっと一人で傷ついてきたんだ。 お前の気持ちが本当なら、それを包み隠さず全部インデックスに伝えてやれよ。 自分の中でいくら抱え込んでたって、言葉にしなきゃ伝わらないことだってあるんだからさ?」
これは一方的に押し付けた独善だ。
上条は神裂のインデックスに対する思いだけでなく、その胸の内に何か大きな苦悩を抱えていることも知っている。
インデックスも簡単には神裂達への不信感を拭うことはできないだろう。
しかしこれからは神裂達も含めて全員で協力して事に当たっていかなければならない。
二人の間に柵のようなものが残っていては、いざという時に不測の事態へ繋がることもあり得る。
インデックスを救う上で不確定な要素はなるべく取り除いておきたかった。
(それに全てが終わった後は、やっぱりインデックスと神裂が一緒に笑ってなきゃいけないと思うんだよな)
また最初は漠然としていたインデックスを助けるという目的も、上条の中で明確なものへと定まりつつあった。
インデックスに十万三千冊の魔道書という重荷を背負わせたイギリス清教への疑念。
それが今までずっと心の何処かで閊えており、インデックスをイギリスへ送り届けることが本当に正しいのか上条は確信を持てずにいた。
しかし今は違う。
イギリス清教のことは信じられなくとも、十万三千冊の魔道書とは関係なしに神裂はインデックス個人を大切に思ってくれている。
インデックスの優しさ、神裂の強さ。
神裂の思いが本物であるならば、インデックスもきっとそれを受け入れられる筈だ。
余計な真似と知りつつも上条が敢えて二人の関係に触れたのは、二人を信じていたからだった。
単に危機的状況から救い出すだけではない。
インデックスと神裂、二人に本当の笑顔を取り戻すことが今の上条の目的となっている。
そのためならば自分が少しくらい悪者になるのは構わなかった。
「……そうですね。 あの子との約束を果たすために避けては通れない筈だったのに、後ろめたさからか無意識の内に後回しにしようとしていたのかもしれません」
上条の言葉に神裂は決意を固めた表情を浮かべる。
それでもまだ少しだけ辛そうな神裂の様子に上条は心を痛めるが、上条にそんな感傷に浸る資格はない。
自らの独善を押し付けた結果をしっかりと見届け、それに対して果たすべき責任を考えなければならなかった。
神裂は上条が小さく頷いたのを確認すると、インデックスへと向き直る。
「ごめんなさい」
「え?」
「これから私が話すことは残酷で、必ずあなたを傷つけることになる。 それが分かっていても、私はあなたに真実を話さなければなりません」
「……大丈夫だよ」
しかし神裂の言葉に反して、インデックスの表情に浮かんだのは優しい笑顔だった。
「どうしてあなたが私を追ってたのかはまだ知らないし、とうまを傷つけたのは許せないけど、今のあなたを見てれば本当に私のことを思ってくれていることくらい分かるんだよ。 そしてそのことで誰よりもあなた自身が傷ついていることもね? それがもし私のためだったんだとしたら、私が知らないままでいて良い筈がない。 私にも一緒に背負わせて欲しいんだよ」
「……やはりあなたには敵いませんね」
「私はシスターだからね? 懺悔を聞き入れることはできないけど、迷える子羊の相談に乗るくらいは当然かも」
すると本当に僅かながらも神裂が微笑を浮かべたのを上条はハッキリと目にした。
初めて見る神裂の笑顔。
それはインデックスだからこそ引き出せたものだ。
自分の独善を肯定する気はないが、二人を信じたのは間違いでなかったと上条は思う。
そして遂に神裂達が紡いできた物語の核心に触れる時が来た。
「ありがとうございます。 私ももう逃げません」
そうして神裂の口から少しずつ残酷な真実が明るみになっていく。
十万三千冊の魔道書、『禁書目録』というシステム、そしてそれらの根幹にあるイギリス清教の思惑。
その真実を前に上条もまた一つの決断を迫られることになるのだった。
短いけど以上になります
書くスピードが自分でもビックリするくらい遅くなってる
次回は場面が他キャラへと移ります
そっちはもう殆ど書きあがってるので今週中に絶対投下します
絶対
投下します
夏休み三日目。
美琴は届いたメールの文面を見て、怪訝な表情を浮かべていた。
悪い、今日はちょっと無理になった。
この埋め合わせはいつかするから。
三日前に上条と交わした第六学区に遊びに行くという約束。
こうやって連絡してくれたのだから一概に上条を悪いとは言えないのだが、楽しみにしていた身としてはやはり複雑だ。
またそれと同時に美琴の胸中には一抹の不安が生まれていた。
(また変なことに首を突っ込んでるんじゃないでしょうね?)
フラグ体質とは別に上条が抱えるもう一つの体質。
自分の知らないところで何か事件に巻き込まれているのではないか?
心配のしすぎに思えるかもしれないが、上条に限ってはその可能性が十分過ぎるほどあり得る。
それに今回はその嫌な予感を簡単に拭いきれないだけの理由もあった。
美琴が常盤台に入学してからというもの、上条からこのような形で遊びに誘われたことは一度もない。
そのことを考えると自然と溜息が漏れてしまうが、今はそのこと自体は関係ないので隅に置いておくことにしよう。
とにかく一見デートの誘いにしか聞こえない上条との約束に柄にもなく舞い上がっていたことは間違いない。
だがその約束の裏側にある上条の真意にも美琴はしっかりと気付いていた。
『幻想御手』を発端にした一連の事件。
その事件の犯人であった木山春生が何者かによって狙撃されるのを美琴は目の当たりにしまっている。
幸い木山の命に別状はなかったものの、その際に美琴が受けた衝撃は大きなものだった。
今回の約束も期末テストの勉強を手伝ってくれた礼と言っていたが、本当は上条なりに気を遣ってくれてのことだったのだろう。
そのことを考えると純粋に楽しむのは難しかっただろうが、それでも美琴は上条の優しさが嬉しかった。
そしてだからこそ一寸やそっとのことで上条がこの約束を後回しにすると美琴には思えない。
それは自分が特別などという自惚れではなく、単に上条の性格を考慮してのことだ。
ただの杞憂で済めばいいが、美琴は上条の身に何か起こっている可能性を放置しておくことはできなかった。
「でもいくらアイツを問い詰めたってはぐらかされるのは目に見えてるし……」
上条のことだ。
もし本当に何か起こっていれば、こちらを巻き込むまいと絶対に口を割らないに違いない。
常日頃から上条の力になりたいと願っている美琴からすれば非常に歯痒いものだが、それをここでぼやいていても仕方ないだろう。
何にしろ電話だけでは正確な状況を知ることは難しいので、やはり上条に直接会うのが一番確実な方法だ。
しかしそうは言っても美琴とて上条の行動全てを把握しているわけではなく、無暗に探し回るのは効率が悪すぎる。
ひとまず上条が住む寮へと向かおうと思ったその時……。
prrrrrrr
携帯の画面に表示された名前は白井黒子。
夏休みも普段と変わらず風紀委員の活動があるらしく、今日も朝早くから白井は出かけている。
普段から白井との電話はどうでも良い内容が殆どなので、本音を言えば今の状況ではスルーしておきたい。
だがそんな思いとは裏腹に美琴がすぐに通話ボタンを押したのは、やはり白井が美琴にとって大切な存在であるということの表れだった。
『もしもし、お姉様? 少しお時間よろしいですの?』
「何か急用? できればこれから出かけようと思ってたとこなんだけど……」
『少し問題がありまして……。 どうしても外せない用事でないならば、今から第一七七支部に来ていただけませんか?』
いつものふざけた甘ったるい声とは違い、今の白井の言葉は疑いようがないほど真剣さを帯びたものになっていた。
そのことから風紀委員の方で何か問題が起こったことは予測できる。
何より正義感の強い白井は例えレベル5という強大な力の持ち主である美琴であろうと、並大抵のことでは事件に関わらせるような真似をしない。
そんな白井がわざわざ助けを求めてきているのだ。
上条を心配する気持ちはもちろんあるが、何も知らないまま白井の言葉を無視することはできなかった。
「……分かった、支度をしたらすぐに出るわ。 それより何が起こったのか教えてくれる?」
『どうやら能力者の喧嘩があったようなのですが、事件の調査を進める上で奇妙な点が多く見つかりまして』
「奇妙な点?」
『まるでその場で起こったことを隠すかのように、現場周辺の監視カメラや衛星からの映像までもメンテナンスや何やらで一定の期間だけ途切れてますの』
「警備員から情報が開示されてないとかじゃなくて、本当にデータそのものがないの?」
学園都市には『風紀委員』の他に、教師など大人達によって組織された『警備員』という治安維持組織が存在する。
『警備員』は学生が主体となっている『風紀委員』に比べ権限が大きく、組織間で一部の情報が規制されるのは良くあることらしい。
もし今回もそうだとすれば、白井達が気付かない裏で何か大きな事件が起こっている可能性もあった。
『わたくしも初めはそうだと思ったのですが、初春に確認してもらったところ間違いないようなんですの。 本当に能力者の喧嘩があっただけなら良いのですが、ただの偶然と言うには不自然な点が多すぎますし……』
「確かにそうよね」
外部からの産業スパイなどに備えて、学園都市のセキュリティは非常に厳重だ。
『警備員』が何か隠している訳でなくとも、都合よく監視カメラの映像が消えていることを偶然の一言で済ませることはできそうにない。
しかしそれがどんな方法にせよ、一部だけとはいえ学園都市のセキュリティを完全に掻い潜ることなど本当に可能なのだろうか?
発電能力者の頂点に立つ美琴はその能力を駆使した高度なハッキング技術を備えている。
そのスキルは世界を見渡しても右に並ぶ者が殆どいないほど群を抜いたものだが、そんな美琴を以ってしても学園都市のセキュリティを確実に突破できるかは定かでなかった。
そして考えられるのはもう一つの可能性。
美琴の脳裏にはなるべくなら思い出したくない光景が鮮明に蘇る。
「黒子、それってもしかして……」
『……可能性はなきにしも非ずですの。 初春も今は近くにいるので心配はいりませんわ』
「分かった、私もすぐに向かう」
美琴はブラウスの上にサマーセーターを着込むと、軽く髪を整えて部屋を出る。
杞憂で済めば良いが、できるだけ早く白井達と合流したかった。
『それとお姉様、今回お姉様に協力をお願いした理由なのですが』
今回は情報を規制されたのではなく、下手をすればもっと大きな何かが潜んでいる可能性もある。
『もしかしたら、あの類人え……上条さんも関係している可能性もありますの』
そして電話の先から聞こえてくる白井の言葉に美琴は全てが繋がった気がした。
以上になります
投下がどんどん遅れて申し訳ありませんでした
私事ですが体調を崩して入院していました
そしてあまり話すようなことではないのですが、その際に少々厄介な病を患ってることが判明しました
正直自分自身もかなり動揺しており、完全に先が見えない状態になっています
ss自体は楽しんで書いているので、この先もエタらせないよう続けていきたいと思っています
ただ二ヶ月経って何の連絡もないまま更新がなくなったらお察しください
投下します
「こりゃ随分と凄いわね」
美琴はパソコンのモニターに映し出された画像を見て思わずそう呟いた。
風紀委員第一七七支部に移動し白井や初春と合流した美琴は、事件が起こったと思われる現場で撮影された写真を検証している最中だ。
コンクリートによって舗装された道は数十mに渡って粉々に砕け散り、その間にある建物の外壁や街灯も無残な姿となっている。
地面や壁に残された直線状の傷跡に、倒れた街灯のバターを切ったかのように滑らかな断裂面。
何か鋭い刃物のようなもので引き裂かれたのだろうか?
しかし美琴にはどんな能力ならこの状態を作り出せるのか思いつかない。
これなら秘密裏に学園都市で開発されていた兵器によるものだと考えた方がしっくり来るくらいだ。
それはそれで由々しき事態にあることは変わりないのだが……。
「それで初春さん。 アイツが関わってる可能性があるっていうのはどういうこと?」
「ちょっと待ってくださいね」
初春がパソコンを操作すると画面が切り替わる。
今度は写真ではなく映像のようだ。
すると程なくして良く知っている少年――上条当麻が画面の中に映りこんできた。
「アイツ……」
「これは第十九学区にある監視カメラの映像なんですけど」
白井達が追ってる能力者の喧嘩があったと思われる現場も第十九学区だ。
しかし普段から上条が第七学区を中心として生活しているとはいえ、少し離れた場所にある第十九学区の監視カメラに映っていただけで事件と何か関係があると結論付けるのは早計だ。
ただその映像の中でおかしな点があるとすれば……。
「この子ってシスターさんですよね?」
映像には上条だけでなく、もう一人女の子が映っていた。
恐らく年は美琴達と同じくらい、銀髪の少女が無邪気に上条の周りではしゃいでいる。
そして何より目に付くのは少女が身に付けている白の修道服で、十字教のもので間違いないだろう。
常盤台の教育で学園都市では殆ど信徒を見かけない十字教についても多少の知識はあるが、その敬虔なイメージに反して金の刺繍が施された修道服は少々派手だ。
それに画面越しなのではっきりとしたことは分からないが、少女からは学園都市の住民特有の臭いのようなものが感じられない。
また単に外部の人間だというだけでなく、何か街に異物が混じりこんでいるような違和感を美琴はこの少女に対して覚えていた。
「それで彼女の身元は分かりますの?」
「少し待ってください。 あっ、やっぱり外の人間で一応ゲストIDは発行されてるみたいですね。 えっと名前は……Index-Librorum-Prohibitorum?」
パソコンのモニターには少女の顔写真とIDを発行する際に登録されたプロフィールが表示される。
こうやって見ると銀髪に碧眼の少女は随分と可愛らしく、何処か人形めいた印象を受けた。
着ているのは修道服だが、まさに物語に出てくるお姫様といった感じ。
どういう経緯で上条が彼女と一緒にいるのか知らないが、何故だか妙に納得してしまっている自分がいる。
「それにしてもIndex-Librorum−Prohibitorum――直訳すると禁書目録ってとこかしら? 偽名にしたって、いくらなんでも酷すぎでしょ」
「学園都市に入るための身辺調査はかなり厳重な筈なんですが、よくこんな名前で通りましたね」
少女の名前を見ただけで既に訳有りなのが分かる。
しかしどうしてこうも上条は様々な事件に関わりやすいのか?
今回は自分から首と突っ込んだのか、それとも巻き込まれたのか知らないが、呆れを通り越して感心さえしてしまう。
映像を見ていると上条はどうやら辺りを警戒しているようで、少女に対して微笑みながらも少し緊張した面持ちで周囲に目を配らせていた。
(まったく、何かあったなら相談くらいしてくれたっていいのに……)
白井から連絡を受けてから何回か上条に電話を掛けているが繋がらない。
わざわざ朝にメールを寄越したくらいだ。
連絡が取れない状況にあるという訳ではなく、恐らく携帯の電源を切っているのだろう。
いくら自分にそう言い聞かせても不安を完全に払拭することなどできる筈がなかったが、今の美琴には上条が無事であることを信じる他なかった。
「そしてこれは少し離れた場所の映像ですね」
次に映し出された映像は第十九学区にある銭湯の前に設置された監視カメラのものだ。
風呂上りの姿をこうやってカメラで撮られているのは少々悪趣味な気もするが、今はそのことを気にしていても仕方ない。
映像の中で上条は少女と一緒に銭湯の中に入って行くが、程なくして一人だけで外に出てきた。
そのまま銭湯の向かい側の壁に寄り掛かるようにして辺りを見渡している。
やはり何かを警戒しているようだ。
そしてこれまで映像の中でも特に不審な点は見つからなかったが、突如として明らかな異変が起こった。
「何なの、これ?」
道行く人々の中に混じった一人の女性。
その恰好は随分と過激なもので着古したジーンズは左脚の方だけ何故か太腿の根本からばっさり斬られ、Tシャツは脇腹の方で余計な布を縛って完全にヘソが覗いていた。
極めつけは女性の腰にぶら下がった細身の長い物体で、形状から推測するに恐らく日本刀の類だろう。
刃物を身に付けた女性に、美琴の脳裏には自然と先ほど見た写真の光景が思い起こされる。
この女性があの惨状を引き起こした犯人なのか?
しかしその真偽は確かに気にはなるものの、今はそれ以上に映像の中の不審な点に目が行ってしまった。
「どうして誰もこの女に見向きもしないのっ!?」
何らかの方法で周囲の人間に気付かれないよう細工をしているのかもしれない
かなり目立つ格好に加えて刃物を身に付けているにも拘らず、周りの人間は誰もこの女性に目を留めもしなかった。
そんな中で唯一人、上条だけが対峙するように女性を見据えている。
そして一言二言会話を交わしたかと思うと、そのまま女性の後に続くようにして上条も画面の外へと姿を消してしまうのだった。
「ここから先は例のカメラのメンテナンスなどで映像を辿ることができないんです」
「あまりにタイミングが良すぎますわね」
「すみません、御坂さん。 そのせいで今は上条さんの行方も捉えられてなくて……」
初春はそう言うと申し訳なさそうに顔を俯けた。
いくら情報処理に優れている初春といえど、データそのものがないのではどうしようもない。
仮に何らかの手掛かりを得られていたとしても、色々と不審な点が多い状況だ。
そこから白井や初春に危険が及ぶ可能性だってある。
「初春さんが謝る必要なんて全然ないわよ。 それにわざわざ連絡までしてくれてありがとう」
「いえ、上条さんのことを御坂さんに報告しない訳にはいきませんから」
「ちょっと、初春! 別に類人猿が今回の件の本題という訳ではありませんわよ?」
「それでこれからどうするかなんですけど……」
「私の話を聞いてますのっ!?」
初春に噛みつく白井を前に、美琴は思わず苦笑いを浮かべる。
しかし上条のことを教えてくれたのは他ならぬ白井自身だ。
今の白井の姿は普段と全く変わらぬものだが、それも気を遣ってくれてのことなのだろう。
(黒子もありがとね)
心の中で白井にお礼を言いつつ、美琴は初春と同様にこれからどうすべきか考えを巡らせる。
この学園都市で都合よく特定の人物の周りだけ監視カメラが機能しないなんてことは絶対にありえない。
今回の件には学園都市の中枢、それもセキュリティシステムに干渉できる上層部の人間が関わっている可能性が高かった。
白井も初春もはっきりと言葉にはしないが、恐らく同じ疑念を持っている筈だ。
そして三人が共に経験した『幻想御手』に纏わる一連の事件。
その事件の犯人であった木山春生は教え子達を救うために学園都市の裏側に触れようとし、最後には何者かによって胸を撃ち抜かれた。
もし今回も学園都市にとって逆鱗になりうることだったとしたら?
美琴には退く気など更々ないが、白井と初春を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
「お姉様の考えはお見通しですのよ」
「え?」
だが黙ってその場を去ろうとした美琴に釘を刺すように、白井の言葉が美琴に向けられる。
「わたくし達だって今回の件がキナ臭いことは分かってますわ。 それでもお姉様に連絡したのは単にあの類人猿が関わっている可能性が高かったからだけですの」
「私達は風紀委員ですから。 学園都市で何か起こってる可能性をみすみす見逃すことはできません」
「二人とも……」
「学園都市の治安を預かる一員として、わたくし達は自分の正義に則った行動を取らせてもらいますの」
上条から話は聞いていた。
かつて二人が『風紀委員』の辞表を書いてまで、『幻想御手』の事件を自分達の手で解決しようとしていたことを……。
二人の『風紀委員』として正義や誇りは紛れもない本物だ。
その信念を否定する資格など誰にもない。
「……分かった、一緒に行きましょう。 でも何かあっても絶対に無理はしないでね?」
「お姉様には言われたくありませんの」
「本当ですね」
「もうっ、茶化さないで!」
そして三人の少女達は動き始める。
その選択が一人の少年の運命を大きく変えることになることも知らずに……。
以上になります
いつもレスをありがとうございます
体調不良になってしまった中、皆さんのレスのおかげでモチベーションを保てるだけでなく色々と元気づけられています
感想だけでなく気になった点や改善した方が良い点などがあったらどんどん言ってください
なるべく近い内に来れたらと思ってます
ではまた次回
今日の夜に続きを投下します
投下します
「とうま、何やってるの?」
「夏休みの宿題。 どうせ夜まで暇なんだし、やれる内に進めとかないとな」
美琴達が上条を探して動き始めたちょうどその頃、そんなことは露知らず当の上条は呑気に宿題と格闘していた。
呑気にと言っても上条にしてみれば真剣そのもので、今も古文の問題を前に頭を抱えている。
しかし木山との約束を経て勉強にも真面目に腰を入れ始めたものの、どうも古文に関しては勉強の必要性をあまり感じられないのだ。
そもそも科学の最先端を行く学園都市で埃を被ったような古典を勉強する意味があるのだろうか?
だがいつまでも無意味な現実逃避をしていても仕方ないので、上条は辞書を片手に問題文を読み進める。
男は女を守るために粗末な蔵の奥に押し込んで扉の前で見張っていたが、実はそこは鬼の住処で男の気付かぬ間に女は鬼に食われてしまった。
問題の中身を簡潔に要約するとそんなところだが、何とも後味が悪い話だ。
いくら相手を思った善意による行動でも、それが必ずしも最善の結果に繋がるとは限らない。
別にそれがこの話の本題という訳ではないのだが、上条の中でこの後味の悪さが妙に尾を引いているのだった。
「ねえ、聞いてる?」
「ん?」
耳元からのインデックスの声に上条は我に返る。
そしてインデックスの方に目を向けると、何故かインデックスは不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「何故にあなた様はご機嫌斜めになってるんでせうか?」
「別に不機嫌になんかなってないかも!」
前にも似たようなやり取りがあったな、と上条は心の中で溜息を吐く。
怒っている理由に思い当たりは全くないが、神裂からあんな話を聞いた後だ。
多少はピリピリしてしまうのも仕方のないことなのかもしれない。
数時間前
「例え十万三千冊の魔道書という膨大な知識があろうと、完全記憶能力によって見るもの全てが忘れられなくとも、そのことによって脳の容量がパンクし死ぬようなことは絶対にありえません」
先ほどまでの言葉を自ら否定する神裂に、初めは上条も顔を顰めることしかできなかった。
それならば神裂のインデックスを救うという言葉の真意は何なのか?
そしてそこにあったのは上条の予想を遥かに超える残酷な現実だった。
「私達はイギリス清教に騙されていたんですよ。 確かにあなたは一年おきに記憶を消去しなければ死んでしまう。 しかしそれは知識や記憶によって脳が圧迫されるからではありません。 イギリス清教によって――『首輪』が施されているからです」
神裂はそう言うと、インデックスに大きく口を開けるよう頼み込んだ。
初めは戸惑っていたインデックスだったが、上条が頷いたのを確認すると神裂の言葉に従って口を開く。
そして神裂に促されて上条がその中を覗き込むとそこには――。
喉の奥。
頭蓋骨の保護がない分、恐らく直線距離ならつむじよりも脳に近いであろう場所。
まるでテレビの星占いで見るような不気味な紋章が一文字、赤黒い喉の奥で真っ黒に刻まれていた。
「これのせいでインデックスは……」
「ええ、十万三千冊の魔道書や日々の思い出などではない。 一年おきに記憶を消去しなければ狂死してしまうほど彼女の脳を異常圧迫している元凶はこの霊装なんです」
「で、でも何でイギリス清教がインデックスにこんな真似をするんだよっ!? 十万三千冊の魔道書の知識がどれだけ貴重なもんかは知らねえけど、イギリス清教にとってもインデックスは大事な存在なんだろ?」
「それは……」
「十万三千冊の魔道書という知識を誰かが占有したり、私が裏切って逃げ出したりするのを防ぐためだよね?」
「インデックス?」
感情的になっていた自分とは対照的に、落ち着いた声音のインデックスに上条は目を向ける。
そこにあったのは今まで何回か見た魔術≪オカルト≫側に身を置く人間としてのインデックスの顔だ。
ただ落ち着いているだけではない。
自らが所属する組織の残酷な仕打ちを目の当たりにしても、インデックスはあくまで冷静に状況の分析に努めていた。
「一年おきに記憶を消せば親しい人間もできないから、誰かが私の知識を占有するということもなくなる。 それに記憶を失っても私の帰る場所がイギリス清教しかないことも変わらない。 確かに禁書目録を管理するシステムとしては最適な方法かも」
「最適な方法って、お前……」
「……別に何とも思ってない訳じゃないんだよ? ただ私は十万三千冊の魔道書が持つ危険性を良く知ってるから、そのやり方も理にかなってることが分かるだけ」
「……悪い」
自分の迂闊な発言に上条は自責の念を覚える。
そうだ、何とも思ってない筈がなかった。
イギリス清教がどんな組織か知った今、インデックスにとってこの時はまさに人生の岐路に立たされた瞬間だ。
そこにどんな理由があるにせよ、上条としてはイギリス清教のやり方を認めることは決してできない。
しかしイギリス清教に所属するインデックス自身にとっては、許すとか許さないとかそんな単純な問題ではないのだろう。
いつだってそうだ。
全てを解決するには根本的な問題があることが分かっていても、上条にはそれを解決するだけの力がない。
そんな自分の無力さを歯痒く思うものの、結局は例え目先だけの問題であろうと上条は自分にできることをするしかなかった。
「少し話を聞かせてくれる?」
「何でしょうか?」
「さっきも言ったけど、かおりが私を大切に思ってくれていることはもう疑ってない。 これまで事情も話さずに私を追いかけまわしてたのは、この街に私を連れてくるためだったんだよね?」
「……はい」
「やっぱり私のせいで……」
「それは違います! あなたのせいじゃないっ!! これは私達が自分で望んだことで……」
「おい、何の話だよ?」
自分を責めるインデックスと、それを否定する神裂。
だが今の会話の流れだけでは、二人が何の話をしているかさっぱり分からない。
一人事情が分からずに混乱する上条に対してインデックスが説明を始めた。
「かおりは私を救うために今まで動いてくれていた。 でもイギリス清教がそんなことを許す筈がないんだよ」
「え?」
「こんな仕掛けを施してまで十万三千冊の魔道書を守ろうとしてるのに、その仕掛けを外そうとしてる人間をみすみす放っておく筈がないでしょ?」
「……そりゃ確かにそうだ」
「だからかおり達はわざと自分達が敵であると私に『誤解』させて、私が逃げるように仕向けた。 そうすればイギリス清教に連れ戻す口実で私を追跡できるし、自然と私の逃げ道をこの街に誘導することだってできる」
上条は思わず神裂の顔を見る。
その表情がインデックスの推察が真実であることを物語っていた。
親友を救うために、敢えて親友を傷つけなければならない。
それもイギリス清教という組織の目を掻い潜るためには、中途半端な真似はできなかった筈だ。
初めてあった時の孤独に苛まされていたインデックスの様子を見れば、その道中がどれだけ辛いものだったかは嫌でも分かる。
そして大切な人をそこまで追い詰めなければならなかった神裂の胸中はどれほどのものだったのだろうか?
「でも必ず上手くいく保証なんてなかった筈なんだよ? もしバレれば、かおりだってどんな目に遭うか分からないのに……。 どうして私のためにそこまで?」
「……これは償いなんです」
「償い?」
「彼の言う通り、記憶を失う前のあなたと私は親友でした。 ……そしてその前のあなたとも私は親友だったんですよ」
上条とインデックスは神裂の独白に黙って耳を傾ける。
上条はもちろん、記憶がないインデックスもいつから彼女が魔道図書館としての役割を担っていたかは分からない。
ただ神裂によれば初めて二人が出会った時には既にそうだったと言う。
そうなればインデックスに仕掛けられた『首輪』も当時は既に……。
「私は今までに二回あなたのことを殺しました。 初めは無知だった故に上の人間が言うことを真に受けて、そして二回目は大切な人すら救えない自分の無力さのせいで……」
「……」
「イギリス清教に騙されていることを知った時、私達は何としてでもあなたをこの呪縛から救い出すことを誓いました。 しかし魔術≪自分達の力≫であなたを救いたい、そんなエゴのせいで科学≪この街≫を頼るという決断が遅れてしまった。 もっと早く自分達が無力であることを認められていれば、或いは違う結末もあったのかもしれません」
神裂の告白に上条は掛ける言葉が見つからない。
今何よりも優先して為さなければならないのはインデックスを『首輪』から解放するという至ってシンプルな目的だ。
だがその背景には上条が思いもよらない様々な思惑や想いが絡み合っていて。
いくら嘆いても過去を変えることは絶対にできない。
それでも人は過去を振り返って後悔をし続ける。
果たしてそこに正解など存在するのか?
少なくとも本来は部外者である筈の上条には慰めの言葉も見つからなかった。
すみません、本当に寝落ちしてました
これから検査があるので午後か夜に続きを投下します
生存報告
無事手術も終わりました
病気が病気なので完治とは言えませんが取りあえず日常生活に戻れそうです
二週間以内に投下します
同じ人
今日の夜に投下します
お久しぶりです
投下します
「……かおり、今から私はきっとかおりを傷つけることを言う。 それでも私の話を聞いてくれる?」
そして三人の間に流れていた沈黙を破ったのはインデックスだった。
インデックスにそう聞かれた神裂は俯けていた顔を上げる。
例えそれが大切に思っている親友によるものであろうと、どんな罵倒も甘んじて受け入れる覚悟。
強さすら感じさせるその表情が見ていて逆に痛々しい。
神裂が頷くと、インデックスは静かに喋り始める。
「かおりの話を聞いてれば、かおりと前の私が本当に仲が良かったことは分かるんだよ。 でも今の私はかおりとどんなお喋りをしたか、どんなことで笑ったのか何も覚えてない」
「……はい」
「それに何も覚えてない状態で目を覚ましてからこの一年間、とうまに会うまでは辛いことも多かったし、何よりずっと一人で寂しかった」
インデックスの言葉に上条は少しばかり驚きを覚える。
今までどれだけ自身が辛かろうと他人を気遣ってばかりで、インデックスが自分の感情を吐き出すということは殆どなかった。
ましてや今の神裂は恐らく自責の念から酷く弱っている筈だ。
もちろんインデックスに感情を全て押し殺せなど言える訳もないが、やはり上条が知るインデックスの姿とはあまり符合しない。
一方の神裂もまたインデックスの言葉を当然だと思っているのか、特に狼狽えた様子などはなく静かにその言葉を受け止めていた。
「かおりが私のことを大切に思ってくれているのは嬉しく思うし、私のせいで危険な橋を渡るような真似をさせて悪くも思ってる。 だけどかおり達がそこまでしてくれたのは本当に償いのためだけなの?」
「っ、それは……」
「かおりが私に『誰』を見ているのかは知らない。 ただもしかおりがその『誰か』に『何か』を望んでるんだとしても、それは絶対に私にはできないことなんだよ?」
言葉を詰まらせる神裂に対して、ただ淡々と自分の思いを伝えるインデックス。
そんな二人を見て、上条は自分の考えが如何に短絡的だったか思い知らされる。
インデックスが見せた優しさに対して神裂が口にした『インデックスには敵わない』という言葉。
きっと上条が知らぬ『少女達』もまた今のインデックスに負けぬほど心優しい女の子だったのだろう。
だからこそ神裂は過去の少女達とインデックスを完全に切り離すことができない。
例え神裂が知る三人の少女達の本質がどれだけ変わらずにいようと、記憶のないインデックスには彼女達のことを何一つ知る由もないのに……。
そして上条もかつて親友だったという過去の二人の関係だけに囚われて、二人の間にある問題の根幹をまるで理解できていなかった。
(いくら神裂がずっとインデックスのことを大切に思ってたって言ったって、『今』のインデックスは神裂のことを何も覚えてない。 和解することはできても、まだ二人が親友になるには知らないことが多すぎるんだ)
二人が過去に親友だったことを伝えた、あの選択が間違いだったと上条は思っていない。
今も二人には一緒に笑っていて欲しいと願っているし、きっと過去と同じように親友になれると信じている。
ただ神裂の思いの大きさに反して、今の二人にはまだ積み重ねたものがあまりにも少な過ぎた。
壊れたものは二度と完全には元に戻らない。
本当に二人にとって必要なことは見かけだけ過去の関係を取り繕うのではなく、過去以上の関係を新しく築き上げることだ。
上条のした余計なお節介も何かしらの切っ掛けにはなったのかもしれないが、これから先は二人で解決すべき問題なのだろう。
これ以上は自分が口を挟むべきではないと、上条は黙って二人のことを見守る。
「私はかおりのことを少しも恨んでなんかない。 これまでのことも私のことを思ってくれてのことなんだから、寧ろ感謝してるくらいかも。 それにこのことはかおりが一人で背負うべきことじゃなくて、私も一緒に向き合っていかなくちゃいけないことなのも分かってる。 でもね、『今の私』じゃかおりが背負ってるもの『全て』を取り除いてあげることができないから」
「……そうですね。 私の弱さをあなたに押し付けるようなことを言って、私は本当に昔から何一つ成長していない」
「これまで大切な人のためにずっと辛いことに耐えてきたかおりが弱い筈ないんだよ。 私が言うのもなんだけど、愚痴の一つでも言わなきゃやってらんないかも?」
「ふふっ、何ですかそれ?」
「えへへ」
インデックスが茶化すように言った冗談で、二人の間には少しだけ穏やかな空気が流れる。
だが二人が浮かべる微笑みはやはりまだ何処かぎこちないものだった。
きっとインデックスも失われた過去とは関係なく神裂が自分に向ける気持ちが本物であることは分かっている。
しかし二人が距離を縮めるにはまだ過去の少女達の存在が大きすぎて……。
神裂と過去の少女達の間にあった絆に何か思うところがあるのかもしれない。
そしてそのやり取りを最後に二人は完全に黙り込んでしまう。
二人がこれからどのように新しい関係を築いていくのか?
それは上条にも分からない。
ただそこで待っているのがどんな未来にせよ、まずはそこに至るための道を切り拓かなければならなかった。
「……それで神裂、俺はあの紋章を右手を使って消せばいいってことか?」
二人の沈黙を破るようにして、上条は自らすべきことを神裂に確認する。
インデックスの喉の奥に刻まれた真っ黒な紋章。
霊装という言葉の意味は知らないが、魔術が関わるものと見て間違いないだろう。
そしてそれがインデックスの脳を圧迫し命を脅かしているならば、上条が右手で触れれば記憶を消さずともインデックスを救える筈だ。
だがインデックスを救うための話であるにも拘らず、上条の言葉にも神裂の表情は晴れぬままだった。
「どうかしたのか?」
「そのことなんですが、実は」
浮かぬ表情のまま何か話し始めようとした神裂だったが、それを遮るようにして二人の間に異変が起きる。
「うっ!?」
上条達の耳に飛び込んできたのは小さな呻き声。
二人が同時にそちらに目を向けると、顔面を蒼白にしたインデックスが苦しそうに蟀谷の辺りに手を当てていた。
「インデックスっ!?」
「だ、大丈夫、少し頭痛がするだけだから」
インデックスはそう言ったが、明らかにただの頭痛である筈がない。
まるで熱病に魘されているように汗が吹き出し、呼吸も不自然なほど荒くなっていた。
まさかこれはインデックスの命にリミットが迫っている兆候なのか?
咄嗟にインデックスの下に駆け寄ろうとする上条だったが、それよりも早く神裂が動き始める。
「少し移動させますね」
返事を聞く間もなく神裂はインデックスを抱きかかえると、上条が横になっていたものとは別にあるもう一つのソファーにインデックスを横たわらせた。
上条もすぐにインデックスの傍に近寄ろうとするものの、神裂が手を突き出してそれを制する。
「これから彼女の痛みを和らげるために回復魔術を行います。 申し訳ありませんが、離れていてください」
神裂の言葉に上条は足を止める。
『幻想殺し』、この力は神裂が上条に対して施した回復魔術ですら問答無用で打ち消してしまった。
確かにここで上条がインデックスの傍に寄っても神裂の邪魔になるだけだ。
上条は神裂に従って、そのまま二人から距離を取った。
そして上条が十分に離れたのを確認すると、神裂は小物やら何やら何処にでもあるような日用品を手際よくインデックスを中心に配置していく。
インデックスに異変が見られてから殆ど間を置くこともなく回復魔術は発動した。
先ほどの上条の時と同じく宙に舞った淡い緑色の光が今度は消えることなくインデックスの身体を包み込む。
蛍が舞っているかのように幻想的な光景だったが、やがて光も収まり元の部屋の風景へと戻るのだった。
「もうこちらに来ても問題ないですよ」
神裂に促されて、今度こそ上条はインデックスの傍へと近寄る。
どうやら本当に落ち着いたようで、まだ虚ろながらインデックスの瞳は上条の姿をはっきりと映していた。
「……とうま、かおり」
上条と神裂はしゃがみ込むと、インデックスのすぐ傍へと顔を寄せる。
そしてインデックスの手を取った神裂はそのまま自らの両手で優しく包み込んだ。
「大丈夫、私も彼もすぐ傍にいます」
「うん、ありがとう」
「これまでの疲れも溜まっているでしょう? 私達はずっと近くにいるから今はゆっくり休んでください」
「約束だよ?」
「ええ、もちろん」
神裂の言葉に同意するように上条も頷く。
それを見て安心したのか、それから程なくしてインデックスの小さな寝息が上条の耳にも聞こえてきた。
短いですが以上です
続きは多分一週間以内に投下できると思います
読んでくださってる皆さんには要らぬ心配を掛けて申し訳ありませんでした
まだ万全とはいきませんが、これからも皆さんの応援を頼りにこのssを続けていきたいと思います
>>97さん
>>98さんの仰る通り同じ人間です
あっちは中々進まず更新も遅いですが明日か明後日には続きを投下する予定です
ちょいシリアスが長すぎて間延びしてる感がある
つまらない訳じゃないんだが、読むのが少し億劫になる感じ
こっそり投下
「今のってやっぱり?」
「……はい、あの子に限界が迫っている兆しです」
インデックスが完全に眠りにつくと、上条と神裂はテーブルを挟んで互いに椅子へと腰を掛ける。
このように改めてはっきりと姿が見える場所で神裂を見ると、やはり物凄い美人だ。
しかしそれ以上にその奇抜な格好が目立っているというのは、何とも言えない気分になるが……。
目のやり場に困ると心の中で思いつつ、上条は先ほど途切れてしまったことへと話題を戻す。
「俺がインデックスの喉の奥にあった紋章を消せばインデックスはもう苦しまずに済むんだよな? だったら今すぐにでも始めた方がいいんじゃねえのか?」
「こちら側にも準備しなければならないことがあります。 それが終わるまでもう少し待っていてください」
上条の脳裏に浮かぶのはインデックスが浮かべていた苦悶の表情。
ただの頭痛ならあそこまで苦しむことはない筈だ。
上条には想像することもできないが、恐らく尋常ではない痛みがインデックスを襲っていたのだろう。
そのことを思うとインデックスにそんな苦しみを背負わせているイギリス清教に怒りが湧いてくるが、今ここでイギリス清教を糾弾したところで何の意味もないので上条はその感情をグッと心の中で押し留める。
そして一刻も早くインデックスを解放してやりたいという気持ちが逸るが、そんな上条の急く思いを焦らすように神裂の態度はいまいち煮え切らないものだった。
「インデックスは今もあんなに苦しんでるんだぞ! もう少しって一体いつまで待てばいいんだよ?」
「落ち着いてください。 私だってあの子を一刻も早く解放してあげたい思いは同じです」
「……すまん」
戒めるような響きを含んだ神裂の言葉に、上条は少しだけ冷静さを取り戻す。
神裂は上条が出会うずっと前からインデックスのことを見守り続けてきた。
当然今のようにインデックスが苦しんでる姿も知っている筈で、あれだけ迅速に回復魔術を組み立てることができるのも神裂の思いの表れだろう。
その神裂がインデックスを救うことを先延ばしにしているのに理由がない筈なかった。
「いえ、あの子のことを心配してくれてのことだとは分かっていますから。 ただその前に私も最低限の責務を果たさなければなりません」
「責務?」
「……私が何故あなたと戦い傷つけるような真似をしたかまだ話していませんでしたね」
「別にそれは……」
今更そのことについて上条は神裂を責めるつもりはない。
上条に譲れないものがあったのと同様に、神裂にも退けない理由があった。
その時に負った怪我も大したことはなかったし、何より今はインデックスを救うという同じ目的を持った仲間だ。
インデックスと神裂の力になりたいという上条の思いは揺るぎないものになっている。
「おかしいと思いませんでしたか? 私はあの時点であなたの力を知っていました。 それに魔術という未知の力を持つ相手を前にしても、一人の少女を守るために身体を張って闘うあなたの姿も……。 インデックスを救うことを目的とした私達の行動の理由はお話した通りですが、だとしてもあなたには協力を要請すればいいだけで戦う理由なんて本来はないんですよ」
神裂の言葉に上条はこれまでのやり取りを振り返ると、確かにあの戦いの理由は見つからなかった。
神裂は魔術を打ち消す右手の力を過小評価するつもりはないと言っていたし、これまで上条はインデックスを救うという姿勢に関しては一貫してきたつもりだ。
客観的に考えても『幻想殺し』を使ってインデックスの『首輪』を破壊するだけなら断られると思うような材料はないだろう。
「だったらどうして?」
「……あなたの力がどれほどのものなのか、これから命の危険が隣り合わせの戦場に連れ出しても問題ないか試していたんです」
神裂が自分を責めるような表情を浮かべているのに対して、上条は言葉を返すことができない。
別に怒っているという訳ではなく、いきなり命懸けの戦場や試していたと言われてもピンと来ないのだ。
上条の理解が追い付いてないのを察したのか、神裂はそのまま言葉を続ける。
「彼女が魔力を練れないという話は既に聞いてますね?」
「あぁ、確か学園都市の能力者も魔術が使えないんだったな」
学園都市の能力者は魔術を使えない。
それはインデックスと出会った夜に聞いた話だ。
上条が冗談混じりで錬金術を使って大金持ちになりたいと言うと、インデックスに深刻そうな表情でそれを引き留められたのだった。
話によると学園都市で超能力を開発された能力者は普通の人間とは『回路』が別物になっており、魔術を使うことができなくなってしまうらしい。
「学園都市の能力者も手順を踏めば魔術が使えない訳ではないんですよ。 ただし回路が違うのに無理やり合わない魔術≪システム≫を使おうとすれば、それに伴うリスクも相当なものになりますが……。 とにかく彼女は能力者でもないに拘らず、人間なら誰もが使える筈の魔力を練ることができない。 このことにも彼女の脳を圧迫している『首輪』と同様にカラクリがあるんです」
「カラクリって?」
「『首輪』はあくまでもあの子自身に対する牽制のようなもので、禁書目録がイギリス清教から離反するのを防ぐためのものです。 ですがもし外部から敵意を以って十万三千冊の魔道書が狙われるようなことがあった場合、それを防ぐためのカウンターが用意されていてもおかしくはありません。 私自身はそれを目にしたことはありませんが、恐らく彼女本来の魔力は『首輪』やそのカウンターのために費やされているのでしょう」
「それを今回は相手にしなくちゃいけないってことか……」
「あの子が抱える十万三千冊の魔道書という特異性を考えると、その時にどんな事態が起きるか予測するのも難しい状況です。 あるいは十万三千冊の魔道書そのもの――『魔神』と呼ばれる存在と見えることも覚悟しておかなければならないかもしれません」
魔神――魔術を極めた末に人の身でありながら神様の領域にまで足を踏み入れてしまった存在。
そんな存在を相手にすることが何を意味するのか、魔術について殆ど知らない上条には想像もつかない。
だが目の前に立ち塞がるインデックスを救う上で避けては通れぬ難関。
まだ大まかな話を聞いただけにも拘らず、そこに待つであろう未曾有の危険を上条は本能的に感じ取っていた。
「……本当は私達の事情を話す前に、あなたにどんな危険が及ぶ可能性があるか言っておくべきだったんです。 それでもあの子を救うために、あなたの存在はまたとない希望だった。 あの子が抱えるものを知った今、あなたが決して逃げ出したりしないことを私は信じています」
「……」
「私のことはいくら卑怯者と罵っても構いません。 あなたの人柄を考慮した上で、私は逃げ道を塞ぐような真似をしているのですから」
確かにインデックスが背負ったものを知りながら、ここから逃げ出すという選択肢は上条に存在しない。
信念などという大したものではないが、上条の根幹にある何かがそれを許さなかった。
そういう意味で神裂のやり方は上条に対して効果的だったと言えるだろう。
しかしそれと同時に上条の思いを利用したとも取れるその方法は、単純に肯定できるようなものではないのも確かだ。
そんな神裂に上条が出した答えは……。
「……言ったよな、人のことを勝手に値踏みしてるんじゃねえって」
「え?」
「そりゃお前のやり方が筋の通ったもんだとは俺も思わねえよ。 実感は薄いけど、今だっていきなり戦場とか『魔神』とか聞かされて正直ビビってる。 ……それでもここから逃げ出そうと思わないのは、お前達に強いられたからじゃない、俺が最初から自分の意志でインデックスの味方でいようと思ったからだ。 お前は俺の弱みにつけこんだ気でいるのかもしれないが、そう思われてること自体が俺にとっちゃ馬鹿にされてるようなもんじゃねえか?」
「……命の保証はないんですよ?」
「俺から見れば、お前だって十分雲の上のような存在だったんだ。 『魔神』っていうのがどんだけ凄いのか知らねえが、今更そんなことを言い訳にして逃げ出す気はない。 それに俺のことを試してたって言ってたけど、こうやって全部話してくれたってことは一応合格点に達したってことで良いんだよな?」
「これから何が起こるにせよ、あの子を救う上でのキーマンは間違いなくあなたになるでしょう。 私達も全力を以って、あなたの援護に回ります。 しかし万が一の場合、あなたなら一人でもあの子を救い出す力があると判断しました」
「つまり俺の力を認めてくれた上での話で、都合が良ければ誰でも彼でも巻き込もうとしてた訳じゃねえんだろ? 確かに順番は違ってたかもしれないけど、お前が目的のためならどんな冷酷なこともできるような人間じゃないのはもう分かってる。 いちいち俺に対して負い目を感じる必要なんてない。 俺達はもう仲間なんだからさ?」
「……本当に私はあなたのことを見くびっていたようですね」
そう言って微笑んだ神裂から少しだけ力が抜けたのが上条からも見て取れた。
今の神裂にとって何よりも優先すべきはインデックスを救うことで、確かに上条の存在は二の次なのかもしれない。
だがまたとないチャンスが巡ってきた今でも、神裂は他人である筈の上条に対する思いやりを捨てきれずにいて……。
そんな神裂が持つ本来の人柄が伝わってくるからこそ、上条は神裂に協力することを躊躇わなかった。
「改めてお願いします。 あの子を救うために、あなたの力を貸していただけますか?」
「おぅ!」
「あの子のために命を懸けてくださる恩に報いるために、盾となり矛となり私もあなたのことを守り通してみせます」
「お、大げさだな」
恭しく頭を下げた神裂に上条は思わず苦笑いを浮かべる。
とにもかくにも上条達の覚悟を妨げるような憂いはもう存在しない。
決戦は今からおよそ24時間後。
魔術師達が紡いできた絶望に抗う長い物語にも『終わり』が訪れようとしていた。
以上です
いつも感想ありがとうございます
>>110さん
自分も間延びしてる感は重々承知してました
特に今回は日常描写が全くないままずっとシリアスですからね
ただ今回は上条さんと魔術サイドとの出会いなので、どうしても今の時点で科学サイドの登場人物と絡めるのは難しくて
次の章から上条さん以外の各キャラ間とのやり取りなども増えてくると思います
もしよろしければそれまで我慢して読んでいただけると幸いです
投下します
そして夜も明け現在、上条はご機嫌斜めな様子のインデックスと微妙に気まずい空気になっている。
ちなみに神裂は今夜に向けての準備があると朝早くに出掛けていた。
あきらかに機嫌が悪い女の子と部屋に二人きり。
対女の子スキルが特別高いわけでもない上条にとって、今の状況が居心地の良いものである筈がなく……。
「……何か食うか?」
「と~う~ま~?」
結果として頭に思い切り噛みつかれた。
怒った時に噛みつくというのがインデックスの癖であるらしく、思わず頭皮の心配をしなければならないほどの激痛が上条を襲う。
場を和ませるための冗談としていったつもりだったのに、どうやら完全に悪手だったようだ。
しかしインデックスがヘソを曲げている理由に上条は全く思い当たりがない。
そうなるとインデックスが自分から話してくれない限りは、上条もどういう対応をすれば良いか分からない。
「……」
「……」
仕方がないので上条はやりかけの宿題へと意識を戻す。
インデックスも何かを諦めた様子で、上条が宿題をしている姿を黙って眺めていた。
紙を捲る音にペンを走らせる音。
他には何の音も無い静かな空間の中、時間だけが刻一刻と過ぎ去っていく。
どれくらい時間が経っただろうか?
気まずさに反して思いのほか宿題は捗り、キリの良い所まで行くと上条はグッと背筋を伸ばす。
「……とうま」
そして上条が手を休めるタイミングを待っていたのか、ずっと黙っていたインデックスもそれに合わせて口を開いた。
「どうした?」
「そことそこの二つの問題、答え間違ってる」
「えー、本当かよ?」
インデックスに指摘されて上条はすぐに古文の解答が載った冊子を開いた。
本来なら問題を解く際は何も見ずにやるべきなのだが、残念ながら上条の学力ではそれだと殆ど進まなくなってしまう。
そのため今は辞書を片手に宿題に取り組んでおり、その分せめて間違いを減らすよう正確に問題を解いてるつもりだ。
それにいくら日本語がペラペラとはいえ、外国人のインデックスに古文まで分かるとは思えないが……。
「げっ、マジだ」
インデックスに指摘された二ヶ所、上条の解答と模範解答が異なるものになっている。
模範解答には丁寧に解説も書かれており、言い訳ではないが二問とも間違いやすい引っ掛け問題だったらしい。
「ねー、言ったでしょ?」
「日本語ができるのは今更だけど、お前って古文まで分かるのか?」
「ふふん、それくらいお茶の子さいさいなんだよ。 特に日本文化はパッと見では普通の子守歌や童話に呪詛教義がカモフラージュされてることが多いからね。 それらを読み解くためには日本古来からの……」
説明好きの属性でも備わっているのか、一度語り始めたインデックスは中々止まる様子がない。
上条にはその中身が半分も理解できなかったが、そんなインデックスの姿を見て少しだけホッとした。
先ほどまでの機嫌の悪さは何処へやら、今は屈託のない良い笑顔を浮かべている。
神裂達への誤解が少しは解けたとはいえ、これまでずっと過酷な環境に身を置いていたのだ。
女の子に対する適切なフォローを求められても正直困るが、やはり上条としてもインデックスには笑顔でいてもらいたかった。
「でもとうまがこんなに真面目に勉強する人だったなんて少し意外かも?」
「……さりげなくお前ってちょくちょく失礼だよな? 確かに勉強をちゃんとやり始めたのは最近だけどさ」
「うんうん、何事にも真面目に取り組むのは良いことなんだよ」
「何故に上から目線?」
こうやって喋っているとインデックスの笑顔が絶えることはない。
もしかして構って欲しかっただけなのだろうか?
別にインデックスの存在を忘れていた訳ではないが、先ほどから上条はずっと宿題に向かいっぱなしだった。
去年までと違って宿題に対する意識はしっかりしてるから途中で放り投げるようなことはないだろうし、特に急いで終わらせるような理由も見当たらない。
少なくともこんな時にインデックスを放っておいてまで優先させる必要はないだろう。
上条は次の問題にいこうとしていた手を止め、ペンを机の上に置くが……。
「あれっ?」
上条は自身の身に起きた異変に戸惑いを覚える。
カタカタと、手の震えが止まらない。
「とうま、どうしたの?」
「い、いや、何でもない」
幸いインデックスには気付かれなかったのか、上条はすぐに机の下に手をしまう。
この土壇場になって風邪を引いた訳でもあるまいに……。
自分では体調に問題ない気がするものの、そうなると他に何か原因があるということになる。
上条は自らその原因に探りを入れるが、そこでふとある可能性に思い至った。
(……もしかしてビビってんのか?)
上条自身もその精神的変調に気付いていなかったが、一旦そこに思い至ると自分の中で色々と納得できる部分があった。
インデックスのことを放っておいてまで始めた急ぐ必要のない夏休みの宿題。
これは何か適当な理由を付けて、現実から目を逸らそうとしていただけではないのか?
夜に待ち構えている命懸けの大一番を前に、形のある日常に縋っていたのではないか?
(ハハッ、あれだけ啖呵を切っておいて情けねえな)
これまでも何か事件に関わって、命の危険に陥ったことは何回かある。
だがそれらは事件を解決する流れの中で突発的に起こっただけで、今のように最初から命の覚悟を持って事に臨んだことは一度もなかった。
時間があるが故に準備なども念入りに行えるのだろうが、逆にこれから起こり得る事態にも想像がはっきりと及んでしまう
そして『死』という言葉を意識した瞬間、まるで心臓を鷲掴みにされたかのような悪寒が上条の全身を襲った。
――怖い。
人間の最も基本的な感情の一つとされる恐怖によって、上条の全ては完全に支配されてしまっていた。
「とうま、本当に大丈夫? 何だか顔色も悪いかも」
それに上条が背負っているものは自分の命だけではなかった。
もし『首輪』を破壊することができなければ、目の前の少女に待っているのは『死』だ。
詳しくは話を聞いていないが、例え『首輪』を破壊することに失敗してもインデックスの命だけは救えるよう神裂達も手は打っているらしい。
しかしその場合の結末が今まで神裂達が辿ってきたものと変わらないことは上条にも何となく予想がつく。
「悪い、心配かけて。 でも本当に何も問題ねえよ」
心配そうにしているインデックスを前に、上条は震えを止めるべく両手を固く握りしめる。
インデックスには今夜『首輪』を破壊するとしか伝えておらず、その際に何らかのカウンターが待ち構えているであろうことは話していなかった。
上条達に危険が及ぶ可能性があることを知れば、誰よりも傷つくのはきっとインデックスだから……。
尤もそんな配慮もこうやってインデックスに心配を掛けていては全く意味がない。
恐怖を完全に拭い去ることはできそうにないが、表面上だけでも上条は何とか平常心を装う。
(強くなりたいな)
そして自分の弱さを目の当たりにした上条は、心の中で常に渦巻いている思いを改めて認識する。
どんな敵でも倒せるような、別にそういう力が欲しい訳ではない。
ただ本当に守りたいものがあった時、無力では何もできないことが多いのも事実だった。
今のように表面だけ取り繕うのではなく、自信を持って大丈夫だと言えるくらいの力。
単に戦う力だけでなく精神面でも上条はまだまだ未熟だ。
「暇つぶしに何かして遊ぶか?」
「いいの?」
「あぁ」
それでも今から強くなるのを待っている時間なんてない。
上条は溢れ出しそうな恐怖を何とか誤魔化し、少しずつ現実へと目を向ける。
しかし最後まで恐怖を拭い去ることは結局できないまま、決戦の夜を迎えるのだった。
以上です
やたらと長引いた禁書目録編
ここから少しスパート掛けたいと思います
ではまた近い内に
スレ変わってから妙なところでの三点リーダーが増えたかも?
自分には読んでて不自然に感じた
投下します
「とうま、ここ?」
迎えにきた神裂と共に上条達がやってきたのは第二一学区にある自然公園。
既に時間も遅いためか、夏休みであるにも拘らず辺りに人の気配はない。
山岳地帯にある第二一学区の中でも開けた場所にある草原の中心で、上条は静かにインデックスと向かいあっていた。
「ここら辺一帯に結界が張ってあるよね? それにこの魔力の流れはあの人の」
「すみません」
感じ取った異変を全て口に出す前に、インデックスの首筋に神裂の手刀が入る。
漫画などで良く見かけるこの方法で本当に人を気絶させることができるとは……。
意識を失い倒れ掛かってきたインデックスを受け止めると、上条は神裂に問いかけた。
「もう少し話とかしなくて良かったのか?」
インデックスに余計な心配をさせないための行動だということは分かっていた為、上条は特に神裂を咎めるようなことはしない。
ただインデックスの『首輪』を破壊することに失敗すれば、二重の意味で永遠の別れとなる可能性がある。
例え成功したとしても、状況によっては上条や神裂が居なくなっているかもしれないのだ。
上条はこの一日をインデックスと一緒に過ごしていたが、神裂はここに来る途中もインデックスとの会話は殆どなかった。
「大丈夫です。 私達は誰一人欠けることなく、これからもずっと笑い合うことができる。 私と彼女の関係はまだスタートラインに立ったばかりなんですから、こんな所で立ち止まってる暇なんてありませんよ」
「そっか」
昨夜のインデックスとの会話で神裂も何か吹っ切れたものがあったのだろう。
今の神裂の表情に迷いのようなものは感じられない。
上条だって神裂と思いは同じだ。
インデックスを救って、何一つ欠けることなく皆で笑って帰る。
これ以上の気遣いは神裂の決意に対して余計な足枷になると、上条はただ小さく頷くだけだった。
「――こちらの準備も整ったよ」
声がすると同時に気付いた気配に、上条は後ろを振り返った。
そこにいたのは神父服を纏った赤髪の魔術師。
神裂の仲間であることは既に知っていたが上条はまだこの少年と面と向かって話をしたことがなかった為、第一印象を拭いきれずに少しだけ警戒心を抱いてしまう。
しかしそんな上条を気に留めた様子もなく、少年は神裂との会話を続けた。
「ルーンの配置も完了した。 地脈の流れに従って、出来うる限りの術式は完成した筈だ」
「ではここからも手筈通りにお願いします」
だが仲間と言う割には、二人の会話は何処か事務的で無機質なものに感じられた。
魔術師というその道のエキスパート達が努めて冷静でいるだけなのかもしれないが、上条には神裂が少年に対して一歩引いているようにも見える。
そもそもこの少年に関しては腑に落ちない点が多い。
イギリス清教の目を欺く為には敵に徹しなければならなかったという事情もあるのだろうが、少年がインデックスに向けた言葉は敵を演じるというよりもインデックス自身を傷つけるようなものばかりだった。
神裂と共に危険を冒してまでインデックスを救うために学園都市にやって来た筈なのに、他にもっとやり方があったんじゃないか?
神裂達も目的を知った今でも、上条はいまいちこの少年の真意が見えずにいた。
「えっと、ステイルつったっけ? よろしく頼むな」
それでもインデックスを救うという目的は同じだ。
これから共に戦う仲間に上条は少しでも歩み寄ろうとするが、
「悪いけど君と慣れあうつもりはない」
赤髪の魔術師――ステイル=マグヌスは取りつく間もなくそれを撥ね退ける。
「君は僕にとって都合の良い道具に過ぎないし、今回の件もあれに対して最低限の義理を果たすために動いていただけだ。 神裂と違って僕は君を切り捨てることに何の躊躇いもないから、せいぜい自分の身を心配しておいた方が良いんじゃないかな?」
「テメェ」
別に道具だろうと何だろうと、自分のことを都合の良いように考えているのは構わない。
だがこの期に及んでインデックスを物扱いするようなステイルの言葉。
執拗とさえ感じられるステイルのインデックスに対する無下な態度に上条は少しばかり苛立ちを覚えるが、ここまで来ると逆に何か理由があるのではないかと疑問が生じる。
いくら口で何と言おうと、ステイル達がリスクを負ってまでインデックスを救おうとしている事実に変わりはないのだ。
インデックスを巡る悲劇の中で、この少年も神裂と同じように何か心の傷を負っているのかもしれない。
そしてそれはきっと他人である上条が軽々しく足を踏み込んではならない問題なのだろう。
「別に俺のことをどう思ってようと構わねえけどさ。 だけどな、これだけは言っておくぞ」
だから上条はステイルと無理に会話をしようとせずに、ただ自分の思いだけを伝える。
「確かにお前達はこれまで随分と遠回りしてきたのかもしれない。 その道のりでインデックスだけじゃなくて、きっとお前達にも色々あったんだと思う。 だけどお前達がそれでも歩みを止めずに足掻き続けてきたからこそ、こうやってインデックスを救うチャンスに巡り合えたんだ。 俺だってインデックスを助けたいって思いは負けるつもりはねえけど、インデックスを救うヒーローはお前達自身なんだからな」
これまでの出来事を一つの物語とするならば、神裂とステイルはその初めからインデックスを救う為にずっと戦い続けてきた。
その中で上条の存在を例えるとしたら、ラストダンジョンで手に入る魔王を倒す為の必須アイテムといったところか?
もちろん上条も只の道具に甘んじるつもりはなく、この場に立っているのはインデックスを救いたいという自分の意志に従ったからだ。
それでも物語の主人公は自分ではなく、やはり神裂とステイルなんだと上条は思う。
「話はそれだけかい?」
「ああ」
上条の言葉を受けても、ステイルに特に変わった様子は見られなかった。
自分の思いがステイルに伝わったかどうかは分からない。
元より理解して貰おうと思って言葉にした訳でもないのだ。
それ以上ステイルと会話を交わすことなく、上条は自分の腕の中で気を失ってるインデックスに視線を戻す。
「それじゃあそろそろ始めるか?」
「はい」
神裂が頷いたのを確認すると、上条はインデックスを地面へと横たわらせる。
インデックスに『首輪』が施されている場所は直接距離ならつむじよりも脳に近い喉の奥。
浅い呼吸を繰り返すインデックスの口を強引にこじ開けると、上条は意を決して更にインデックスの口の奥に右手を突っ込んだ。
「ありがとうございます。 私やこの子だけじゃない、ステイルも本当はあなたに感謝している筈です」
「そうだと良いんだけどな。 とにかく礼は全て終わった後だ」
まるで別の生き物のように蠢くインデックスの口の中。
その不気味な感触に一瞬躊躇うものの、神裂の言葉を受けて上条はインデックスの喉の奥を突くように一気に指を押し込む。
そして右手の人差し指に静電気が散るような感触を感じた瞬間、
――バギン!
右手に鋭い痛みが走るのと殆どタイムラグをなくして、上条の全身を凄まじい衝撃を襲った。
「――警告、第三章第二節」
上条達がいたのは広く開けた草原だった筈だ。
しかし上条の目の前にある光景にその面影は殆ど見当たらない。
凄まじい衝撃により一瞬にして表面を削り取られ、地面は土が剥き出しになっている。
宙で舞っている無数の草だけが、何処か別の場所に移動させられた訳ではないことを証明していた。
「Index-Librorum-Prohibitorum――禁書目録の『首輪』、第一から第二までの結界の貫通を確認」
その衝撃によって上条の身体も大きく吹き飛ばされ、上条を受け止めたのは草原の外に広がる森林の木だ。
激しい痛みと共に肺の空気は全て吐き出され、上条は軽い呼吸困難に陥る。
朦朧とする意識の中で辺りを見渡すが、近くに神裂やステイルの姿は見つけられない。
そして上条がつい先ほどまでいた場所、草原だった場所の中心に「それ」は存在していた。
「再生準備……成功。 『首輪』の自己再生を開始、並行して十万三千冊の『書庫』の保護のため侵入者の迎撃を開始します」
かなりの距離があるにも拘らず、上条の目には「それ」の姿がはっきりと映っている。
倒れていた筈の少女の両目が静かに開き、その眼は赤く光っていた。
眼球の色ではない。
眼球の中に浮かぶ、血のように真っ赤な魔法陣の輝きだ。
そこに人間らしい光はなく、そこに少女らしい温もりは存在しない。
その両目に宿る真紅の魔法陣が上条のことを射抜いていた。
「――『書庫』内の十万三千冊により、防壁に傷をつけた魔術の術式を逆算……失敗」
インデックスに施された魔術は『幻想殺し』の処理能力を超えていたのか、上条の右手は傷つき血が滴り落ちている。
そして『幻想殺し』でも『首輪』を完全に破壊できなかった今、このままではインデックスを救うことは結局叶わぬままだ。
また自分が既に逃げ出せぬ状態にあることを上条は悟っていた。
上条に残された道は何とかこの状況を打破し、インデックスを完全に救い出す他ない。
インデックスの口から発せられる『何者』かの言葉によれば『幻想殺し』は何の効力も発揮しなかった訳ではなく、『首輪』に対して確かなダメージを与えていたようだ。
一度で駄目なら何度でも。
ただし今度はインデックスに施された侵入者に対する迎撃システムが襲い掛かってくる。
「該当する魔術は発見できず。 術式の構成を暴き、対侵入者用の特定魔術を組み上げます」
本能的な背筋の震えを感じると同時に、今にも崩れ落ちてしまいそうな両足で上条はかろうじて立ち上がる。
動かぬまま一ヶ所に留まっていては良い的になるだけだ。
神裂とステイルがどうなったか気になるが、今は二人の安否を確認している余裕などない。
二人の無事を信じて、上条は前に進むしかなかった。
「――侵入者個人に対して最も有効な魔術の組み込みに成功しました。 『聖ジョージの聖域』を発動、侵入者を破壊します」
以上になります
次回からバトルパート
原作と少しは違いを見せられるように頑張ります
いつもご声援ありがとうございます
特に体調につきましては正月に少々アクシデントがあったものの何とか元気にやっております
>>141さん
確かに読み返すと三点リーダーが多い気がします
ただ気まずいシーンなどではどうしても会話の間や言い淀んだりした際に三点リーダーを使う機会が多くて
これからは自分でも意識しますが、また同じように違和感を覚えることがあったらすみません
ではまた近い内に
投下します
バキン!と凄まじい音を立てて、インデックスの両目にあった二つの魔法陣が一気に拡大した。
禍々しく真紅に輝く二つの魔法陣は直径2mに及ぶ大きさになり、重なるようにしてインデックスの顔の前に配置されている。
二つの魔法陣はそれぞれインデックスの両目の中心を基点として固定されているのか、インデックスの顔の動きに合わせて魔法陣も宙を移動していた。
「 。 、」
そして人の頭では決して理解できないような歌声がインデックスの口から発せられた瞬間、二つの魔法陣は激しく輝き爆発した。
インデックスの眉間辺りを中心として、高圧電流の爆発でも起こったかのように四方へ広がっていく稲妻。
ただしただの稲妻ではない。
普段から上条が良く目にしている美琴の青白く輝く電撃と異なり、それは真っ黒な雷のようなものだった。
まるでその黒い雷自体が空間を引き裂いた亀裂のようにも見える。
いや、その感覚は実際に正しいのかもしれない。
ガラスに銃弾でも撃ち込まれたように空間を引き裂いた亀裂が辺り一帯に走り抜けていき、その先に上条は確かに「ある存在」を感じた。
「あ、」
それ自体がインデックスに何人たりとも近づけまいとする防壁であるかのように、上条の前に立ち塞がる漆黒の亀裂。
その亀裂が「何か」の脈動に合わせて内側から大きく膨らんでいく。
そして亀裂の隙間から流れ出るのは獣の匂い。
亀裂の先にいる「何か」の正体は分からない。
だが上条は唐突に理解した。
亀裂の先にいる「何か」の正体は分からない。
理論や論理ではなく、屁理屈や理性ですらなく、本能によって「その存在」を正面から直視しただけで自分の存在が崩壊してしまうことを。
>>159修正
バキン!と凄まじい音を立てて、インデックスの両目にあった二つの魔法陣が一気に拡大した。
禍々しく真紅に輝く二つの魔法陣は直径2mに及ぶ大きさになり、重なるようにしてインデックスの顔の前に配置されている。
二つの魔法陣はそれぞれインデックスの両目の中心を基点として固定されているのか、インデックスの顔の動きに合わせて魔法陣も宙を移動していた。
「 。 、」
そして人の頭では決して理解できないような歌声がインデックスの口から発せられた瞬間、二つの魔法陣は激しく輝き爆発した。
インデックスの眉間辺りを中心として、高圧電流の爆発でも起こったかのように四方へ広がっていく稲妻。
ただしただの稲妻ではない。
普段から上条が良く目にしている美琴の青白く輝く電撃と異なり、それは真っ黒な雷のようなものだった。
まるでその黒い雷自体が空間を引き裂いた亀裂のようにも見える。
いや、その感覚は実際に正しいのかもしれない。
ガラスに銃弾でも撃ち込まれたように空間を引き裂いた亀裂が辺り一帯に走り抜けていき、その先に上条は確かに「ある存在」を感じた。
「あ、」
それ自体がインデックスに何人たりとも近づけまいとする防壁であるかのように、上条の前に立ち塞がる漆黒の亀裂。
その亀裂が「何か」の脈動に合わせて内側から大きく膨らんでいく。
そして亀裂の隙間から流れ出るのは獣の匂い。
亀裂の先にいる「何か」の正体は分からない。
だが上条は唐突に理解した。
理論や論理ではなく、屁理屈や理性ですらなく、本能によって「その存在」を正面から直視しただけで自分の存在が崩壊してしまうことを。
「っ、行くぞ!」
上条は自分を奮い立たせるために発破を掛ける。
どんどんと広がっていく亀裂の内側からその「何か」が近づいてくるのをはっきりと感じながら、それでも上条は前に進むしかなかった。
例えこの場から背を向け地球の反対側まで逃げ出しても、きっとこの存在から逃れることはできない。
インデックスを救うのと同様に上条自身が生き延びるために、今は戦うことを選択するしかなかった。
右手に意識を集中させ一気に力をトップギアまで解放した上条はそのスピードを最大限に加速する。
出し惜しみなんてしてる余裕はない。
いくら身体がボロボロになって今後に支障が出るようなダメージを負うことになろうと、こんな所で死ぬよりはずっとマシだ。
だが今の上条のスピードならコンマ1秒にも満たず辿り着ける距離であるにも拘わらず、その刹那の間に戦況は目まぐるしく変化していく。
上条が走り出したと同時に、ベキリと亀裂が一気に広がり、そして開いた。
空間そのものを逆に覆い尽くすかのように開いた巨大な亀裂の奥から、「何か」がこちら側を覗き込んで、
それを認識した瞬間、轟!!と唸りを上げて光の柱が襲い掛かってきた。
直径1mに近い、まるでレーザー兵器のような必殺の一撃。
太陽を溶かしたような純白の輝きに対して、上条は前方へ突き進みながら迷わず右手を突き出す。
どんな異能も打ち消す右手が光の柱と激突するが、
「ぐっ!?」
光の柱を掻き消すどころか完全に押し負けて、上条の右腕は後ろへと弾き返される。
熱や痛みのようなものは感じない。
だが『幻想殺し』の処理能力はまたしても魔術に対して追い付かず、それどころか上条の足まで止められてしまう。
そして『幻想殺し』という最強の盾を弾かれたことによって無防備になった上条へ光の柱は消えることなく突き進んできた。
(ヤバい!)
まるでスローモーションのようにコマ送りになって目前に迫る光の柱。
しかし視覚ではその動きを認識できるものの、回避するにはとても身体が追い付かない。
脱臼するほどの勢いで弾かれた右手を上条は再び盾にしようと前に突き出すが、それも僅かに間に合わないタイミングで光の柱は上条へと到達し、
「唯閃!」
上条を貫く筈だった光の柱はその直前でほんの少しだけ軌道を変え、その瞬間的な合間を縫って上条の右手は光の柱を受け止めた。
ズシリと上条の右腕全体に重い衝撃が走るが、今度は弾き返されるようなことはない。
右手首を左手で押さえると、上条は身体全体を使って光の柱を押し留める。
障害物によって弾かれたホースの水のように上条の前で四方に飛び散っていく光の柱。
だが光の柱を完全に消すことはやはり叶わず、最初に光の柱と触れた時と違ってしっかりと受け止めたせいか、ジリジリと右手の皮膚を突き破り魔術が食い込んでくる。
単純な物量が桁違いなだけでなく、粒子の一つ一つが異なる性質を持つ光の柱に上条の右手は引き裂かれ血が噴き出していた。
このままではジリ貧になるどころか、そう長くは持たない。
しかしそんな状況であるのに、今の上条の表情からは先ほどまでの悲壮感が薄れている。
「『竜王の殺息』!? まさかこんなものまで使ってくるなんて」
ヒュンと空気を割く音を伴なって、上条の隣に神裂が並び立つ。
光の柱の軌道が僅かにずれ、右手が間に合ったのも恐らく神裂のお蔭だろう。
だが神裂が無事であったことと頼もしい味方の登場に安堵するのも束の間、神裂の姿がはっきりと上条の目に留まる。
神裂の服は所々が破けおり、白いTシャツは血が滲んで赤く染まっていた。
チラッと見ただけで正確な状態を知ることはできないが、神裂がかなりの深手を負っているのは間違いない。
それでも上条は敢えてこの場で神裂を心配するような言葉を口にしなかった。
いくら神裂の状態を知ったところで、自分では怪我の治療も何もできないことを知っていたから。
上条が神裂のためにできることがあるとすれば一刻も早くインデックスを救い出し、今まで悲しみしか生んでこなかったクソッタレなこの物語をさっさと終わらせることだけだ。
「この光の正体を知ってんのか? 俺はどうすればいい?」
「私の全力の魔術でも『竜王の殺息』を相殺するには至りません。 私が軌道を逸らしますから、その隙にあなたは前へ」
そう言った神裂は腰に差さった刀の柄へと手を掛ける。
瞬間、神裂の振るう日本刀が大気を切り裂いた。
七本の鋼糸を用いて繰り出される一瞬にして七度殺すレベルの斬撃『七閃』
上条が戦った時にも見た七つの斬撃が音を切り裂くスピードでインデックスへと襲い掛かる。
ただしそれはインデックスを直接狙ったものではなく、斬撃が引き裂いたのはインデックスの足元の地面だ。
足場を大きく削り取られたインデックスの身体はバランスを崩し、そのまま天を仰ぐようにして後ろに倒れこむ。
そして光の柱もインデックスの動きに連動して軌道を変え、一筋の光が夜空を引き裂いた。
「今です!」
神裂の合図と共に、上条は再びインデックスに向かって走り出す。
今度は一人じゃない。
上条を援護すべく、神裂もその隣に並んだ。
少しでも早くインデックスの下へ。
この攻防を通じて一つだけ分かったことがある。
インデックスが魔術を発動するには、その間に少しだけ隙があるということ。
さっきはあまりに非現実的な事態に一歩出遅れてしまったが、本来なら上条が全力で突っ込めばその隙を突くには十分な時間の筈だ。
グキリとインデックスが首を巡らせると同時に、巨大な剣を振り下ろしたかのように空から「光の柱」が再び襲い掛かってくる。
上条と神裂は特に合図を交わすこともなく、それぞれ左右に大きく跳んでそれを回避。
だが左側に跳んだ上条を狙って、今度は「光の柱」が真横に薙ぎ払われる。
受け止めれば先程の二の舞だし、このまま躱し続けることに意識を集中するのも得策とは思えない。
だから上条はそのどちらも選択しなかった。
氷上を滑るスケートのように、上条は撫でるようにして右手を光の柱に走らせていく。
もちろん単に撫でている訳ではなく、力任せに光の柱を押し留めた上で身体を前へと進めているのだ。
受け流しているという表現が正しいのだろうが、片腕だけで光の柱を受け止める上条の右手に掛かる圧力は想像を絶するものだった。
今にも折れそうなくらい右腕はギシリと軋み、右手から流れ出た血は光の柱に触れて赤い蒸気へと変わる。
手先の感覚は既になくなり、目で確認しなければ右手がまだ付いているかどうかすら感じられない。
それでも上条は前へと突き進む。
「――警告、第六章第十三節。 新たな敵兵を確認。 戦闘思考を変更、戦場の検索を開始……完了。 上条当麻ならびに『聖人』神裂火織に対する有効術式へ移行します」
「え?」
しかしインデックスの下へと突き進む最中、上条は思わず間抜けな声を上げていた。
上条の目の前に突如として現れた赤い魔法陣。
その先に人としての感情を全て失ったような、無機質な表情のインデックスも佇んでいる。
何故自分から近づいてくるような真似をしたのか?
その答えに辿り着く間もなく、上条の視界を閃光が覆い尽くし……。
「うぅ……」
身体全体が焼けるように熱い。
初めと同じように木にもたれ掛かって地面に倒れ込む上条。
まるで振り出しに戻ったようだが、身体の状態を考えれば明らかに状況は悪くなっていた。
視界が霞むものの目は何とか見えていたが、爆風にやられたのか耳は全く聞こえない。
右手の力を解放し身体全体を強化した状態でなければ、恐らく四肢も残っていなかっただろう。
インデックスを支配する「何か」も、上条の思惑に気付いていたのかもしれない。
上条を襲った爆発は、その威力だけを見れば光の柱に数段劣るものだった。
その代わり発動するまでの間に隙が殆どなく、上条は成す術もないまま爆発に晒されてしまったのだ。
そして光の柱に劣るとはいえ、人を一人殺すには十分過ぎるほどの威力。
手足もまだ何とか動かせはするようだが、激しい痛みが邪魔してとてもそんな気力は湧いてこなかった。
「くそ」
もはや自分では聞き取れない小さな呟きを上条は忌々しげに漏らす。
上条の目の前では今も無数の光が飛び交い、その衝撃が烈風となって上条にまで伝わってきた。
あそこで神裂がまだ戦っているのは分かっているのに、上条の身体はピクリとも動かない。
大きな傷を負った身体だけの問題ではなかった。
激しい痛みと抗えぬ恐怖によって、今の上条は心が死んでしまっている。
そんな中、ふと人の気配を感じた上条はそちらに目を向ける。
すると数m先の木の横にステイルが立っているのを見つけるが、その姿を見て上条はギョッと目を見開いた。
ステイルの右胸には太い木の枝が深々と突き刺さり、そのまま背中へと貫通している。
恐らく最初に吹き飛ばされた時の場所が悪かったのだろう。
もちろんそんな傷でまともに動ける筈がなく、その足取りは覚束ないものでステイルは今にも倒れてしまいそうだ。
それでもステイルが足を止めることはない。
足を引き摺ってでも、ステイルはあの恐ろしい戦場へと向かっていく。
――その傷じゃ無理だ
思わずそんな言葉が上条の口から出そうになる。
無意識にステイルを自分と重ねていたのかもしれない。
共に重傷を負いながら、足を止めてしまった上条と地を這ってでも前へ進もうとするステイル。
何がそこまでステイルを駆り立てるのか?
そんなの考えるまでもなく答えは分かりきっていた。
横を通り過ぎようとしたステイルと上条の目が合う。
動けないでいる上条を責めるでもなく、貶めるでもなく、憐れむでもなく、ただひたすら真っ直ぐに。
それまで特に上条を気にした様子のなかったステイルが、今になって初めて本当の意味で上条と向き合っていた。
「 」
ステイルの口が開き何かを伝えようとするが、上条はそれを聞き取ることができない。
しかし言葉として聞くことはできなくとも、ステイルの伝えたいことははっきりと伝わってきた。
この戦いが絶望的であることは、きっとステイルも分かっている。
しかしどんなに絶望的状況であろうと、ステイル達には何を犠牲にしてでも救い出さなければならない少女がいた。
そこが上条とステイル達の決定的な違い。
インデックスを救いたいという思いは同じでも、その覚悟がまるで違う。
恐らくこの状況からインデックスを救い出せるとはステイルも思っていない。
だとすれば何のために今から戦場に赴くというのか?
それはインデックスを救う可能性をここで絶たせないため。
つまり上条が生き延びる可能性を少しでも高めるためにステイルはボロボロの身体を引き摺って死地に向かおうとしている。
ステイルは上条に後のことを託そうとしているのだ。
これまでのやり取りからも上条とステイルの間に信頼関係のようなものは生まれていない。
それでもステイルは上条に全てを任せ、文字通り自分の命を懸けようとしている。
ステイルはインデックスに対して義理を果たそうとしてるだけと言っていたが、それだけでこんな真似ができる筈がなかった。
(チクショウ)
上条は心の中で自分に対して毒づく。
今までステイルがひた隠しにしてきた本心の一端を垣間見ても、上条は身体を動かすことができない。
仮にこの場を生き延びたとしても、ステイルの信頼に応えて再び立ち上がる自信が上条にはなかった。
心の何処かで甘えていたのだ。
この物語の主人公は神裂とステイルで、自分はインデックスを救うための道具に過ぎない。
そんな建前を自分の中で取り繕って、結局は責任を全て二人に押し付けているだけだった。
自分の意志でインデックスを助けることを決めたと言っても、いざとなったら怖気づいて自分の力で立ち上がることもできない。
ステイルの背中は次第に上条から遠ざかり、戦場の中心へと近づいていく。
あの存在を前にしてはステイルはおろか、上条がまるで敵わないと思っていた神裂でさえも無事で済むとは思えない。
ステイルの思いを汲むなら、今すぐここを離れるべきだ。
しかし上条は神裂とステイルを置いて逃げ出すこともできなかった。
偽善使い≪フォックスワード≫どころの話じゃない。
自分の力で戦うこともできない、人の思いに応えることもできない、今の上条は何もかもが中途半端な人間だった。
口でいくら綺麗ごとを述べようと、それを現実にできなければ子供の戯言と同じ。
かつて木山先生に言われた言葉が上条の胸に去来する。
状況は違えど、自分はあの時から何も成長してないのかもしれない。
出会って数日しか経っていない人間の為にここまで身体を張ったのだ。
全てを放り出してここから逃げ出しても上条に責められる謂れはないだろう。
だが上条は神裂に宣言していた。
自分は絶望なんかに屈しない、絶対にインデックスを助けてみせると……。
自分の意志を言葉にして伝えた以上、例えそれが口約束のようなものでもそこには責任が生じる。
その責任から目を逸らすか否か、今まさに上条当麻という人間の在り方が試されようとしていた。
以上になります
いつも感想ありがとうございます
多分次で戦闘パート終わり
少しでも戦闘の描写がマシになるようもう少し頑張りたいと思います
ではまた近い内に
生存報告
もう少しお待ちください
本当にすみません
年度末は仕事が忙しすぎて書き溜める暇が全然ない
四月になったらまた定期的に投下できるようになると思います
来週の土日に投下します
すまぬ
今回はマジで帰ってこれないかもしれない
一回落として生存できたらまた立て直す
このSSまとめへのコメント
頑張ってーー!!