魔王「50年決戦」 (691)
―王歴147年―
*「海の向こうで、魔物の王様が出たらしい」
*「おっかないことになっちゃったねえ…」
*「なに、大したことはないさ」
*「王様は軍隊を派遣したんだって」
*「臨時徴用だ! これで嫁とガキにうまいもん食わせてやれる!」
*「気をつけてね…」
*「――軍隊が、全滅した…?」
※勇者魔王もののssです。
※初めてなのでいたらないことがあるかも知れないです。あらかじめご容赦ください。
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―王歴149年―
神官「カァッ!」
国王「どうじゃ?」
神官「魔の王、眷属を統べて人の世を屠る者なり」
神官「聖なる証を宿し子の、輝く剣によりて魔の王は討たれん」
国王「ふむ…。聖なる証を宿し子、か…」
神官「その者が魔王を打ち倒す唯一の希望でありましょうぞ」
国王「聖なる証、というのは何だ?」
神官「検討がつきませぬが、恐らく体のどこかに聖痕が刻まれているかと…」
国王「よし、大臣よ、聖なる証を宿し子を探すのじゃ」
大臣「かしこまりました、陛下」
―王歴150年―
大臣「陛下、聖なる証を宿した赤子が生まれました」
国王「まことか。して、その者の父母は?」
大臣「それが…」
国王「何じゃ?」
大臣「公爵家の、第二子です。生まれた時より胸にあざがあり、神官が洗礼でその証を確認いたしました」
国王「っ…何と…。公爵夫妻を玉座の間へ呼ぶのじゃ」
公爵「――この子が、魔王を倒す?」
夫人「そんな、何かの間違いではありませんの? 父様」
国王「神官よ、その子の聖痕は確かなのであろう?」
神官「はい。この子こそが、女神様に遣わされし、魔王を討つ宿命を負っている者のはずです」
公爵「陛下、それでは…どうなさるのですか、この子を」
国王「調査の結果、海の向こう、地の果てに魔王は居城を構えていると言う」
国王「いずれはその子に、魔王を討つべく旅に出てもらわねばならん」
国王「厳しい道程になるであろう」
国王「だからこそ、その子には修羅の道を歩むだけの力を得てもらわねばならん」
公爵「あなたの、孫です…。それでも、ですか…?」
夫人「お父様…どうにかなりませんの…?」
国王「このままでは、人類は魔物によって死に至るのじゃ」
国王「ならば、どれだけ可愛い孫であろうとも…わしは千尋の谷に突き落とすしか方法がないのじゃ」
国王「わしを恨んでくれ、2人とも」
国王「この、無力な老人を…」
公爵「陛下…」
夫人「せ、せめて、お父様…この子に、私達の子どもとして、あなたの孫として、称号をお与え下さい」
国王「うむ…。それでは、魔物に脅かされる人間の希望を背負い、全ての民に勇気を与える者として」
国王「勇者の称号を、この者に贈ろう」
王歴150年。
世界に初めての勇者が誕生した。
―王歴155年―
勇者「…だれ?」キョトン
*「…勇、者…?」
勇者「おじちゃん…僕のこと…しってるの?」
?「会いたかった…お前に…」
勇者「ぼくのことをしってるの?」
?「ああ…ああ…だが、もう行かないとならない…」ギュッ
勇者「ぐるし…おじちゃん、だれ?」
?「俺は…いや、もう――」
勇者「いっちゃうの? おじちゃん…」
?「ああ…さよなら、勇者」
ガサッ
老女「勇者、こんなところにいたのかい?」
勇者「ばあちゃん…いま、いまね、へんなおじちゃんがいたの」
老女「変なおじちゃん? また、この子は…」
勇者「ほんとうだよ!」
老女「ここはわしの結界があるから誰も入れやしないよ」
勇者「でも…」
老女「さ、もう遊びの時間は終わり。お勉強をするよ、勇者」
勇者「…ほんとうにいたのに」
―王歴162年―
国王「あの赤子がこれほど立派に成長するとは、時間の経つのはいつも早いものじゃ…」
勇者「こ、ここ…国王陛下、ほ、本日はぁっ…」ガチガチ
国王「よいよい、ババに何ぞや言われていたやも知れぬが、お前の話しやすいようにしろ」
勇者「い、いいの…?」
国王「うむ」
勇者「きょ、今日は…えっと、大切な話があるからって…来たんですけど…」
国王「そうじゃの。何歳になった?」
勇者「12歳です…」
国王「もうそんなになるか…。勇者よ、お主には旅に出てもらわねばならん」
勇者「旅…?」
国王「そうじゃ。お主は女神様に遣わされた、魔王を討つ宿命を負っておる」
国王「もう、わしにはお主に頼る他、何も方法がないのじゃ…」
国王「厳しい旅になるやも知れぬが、頼まれてくれるかの?」
勇者「ま、魔王って…魔物の王様なんでしょ…。お、俺がそんなの…」
国王「悩む気持ちは分かる。明日の朝、改めて返事を聞こう」
国王「今夜は公爵家に泊まると良い。お主と年の近い子もおるぞ」ニッコリ
公爵「おお、勇者…よく来てくれたな」
夫人「ええ…本当に…」グスッ
勇者「うぇぇっ、な、何で泣くの…? あ、あの、俺…」オロオロ
?「母さんは涙腺が緩過ぎるんだ。何でもないことに泣いちゃう」
公爵「こら、剣士、そんなことを言うんじゃない」
剣士「はあい…勇者、だっけ? 俺、剣士。よろしくな」
勇者「よろしく…」
夫人「さあ、今日はご馳走をたくさん用意したから、皆でそろって食べましょう」
公爵「良いものだな、皆で湯船に浸かるのも」
勇者「で、でも、親子水入らずを邪魔してるんじゃ…?」
剣士「…そうでもないよ。勇者、お前は遠慮のしすぎだぞ」
公爵「ふっ、剣士が言うようなことでもない。少しは勇者を見習ったらどうだ?」
勇者「そ、そんなこと…。剣士の方が立派だし…」
剣士「貴族たる者、器が大きくないといけない。勇者も、勇者なんていう無二の称号があるんだから、器を大きく持たないとな」
公爵「ふふ…お前がそれを語るには、少し早いな」
剣士「父さんはいつまでも俺を子ども扱いする…」
夫人「おやすみなさい、勇者、剣士」
勇者「お、おやすみなさい…」
剣士「おやすみ、母さん」
ガチャ
バタム
剣士「…ちょっと狭いな」
勇者「ご、ごめん…。剣士のベッドなのに、俺が…」
剣士「いや…いいんだよ、これで」
勇者「剣士って…何歳?」
剣士「もう、すぐに15歳になる。その日になったら、修行の旅に出るんだ」
勇者「修行の、旅…」
剣士「お前も旅に出るんだろう?」
勇者「王様には言われたけど…不安だし、俺、魔王なんか倒せる自信ない…」
剣士「ふうん…。じゃ、ずっとここにいればいいさ」
勇者「え?」
剣士「きっと、いつまででも父さんと母さんはお前を匿ってくれるはずだ」
勇者「何で、そこまで良くしてくれるの…?」
剣士「貴族たる者…ってね。さっきも言ったろ?」
勇者「そう、なんだ…」
剣士「勇者、お前が旅に出るなら、俺もついて行っていいか?」
勇者「え?」
剣士「公爵家に伝わりし、秘伝の剣技を教えてやるよ。それで、魔物をたくさん倒して、魔王をお前が殺す日まで見届ける」
勇者「でも…」
剣士「嫌じゃないなら、さ。ほら、早く寝た方がいいよ」
剣士「なんなら、子守唄でも歌ってやろうか?」
勇者「い、いいよ、そんな子どもじゃないっ」
剣士「…そうだ、オルゴールがある。好きなんだ。流してもいい?」
勇者「別に…」
剣士「よし。…じゃあ、これを…こうして…」
~~♪
~~~♪
勇者「何だか、懐かしいメロディー…」
剣士「それは良かった。子守唄代わりなんだよ、うちではね」
勇者「だからっ、子どもみたいに…」
剣士「いいじゃないか。お前まだ、12歳だろ?」
国王「――して、勇者よ。そなたの答えを聞かせてもらっていいだろうか?」
勇者「はい…。俺、俺なんかでいいなら、旅に出ます」
国王「そうか…」シュン
勇者「王様…?」
国王「いや、その勇気ある決断に、わしは嬉しく思うよ」フッ
勇者(その割に悲しそうな顔…。ばあちゃんが、俺を見送った時みたいな…)
国王「大臣よ、勇者にあれを」
大臣「はい」スッ
勇者「これは…」
国王「旅に必要なものを用意した。魔王征伐の成功を祈っておる」
勇者「はい」
国王「わしはな、臣民全てを我が子のように思うておる」
勇者「はい?」
国王「じゃが…特別、わしはお前のことがかわいいのじゃ。理由は聞かないでほしい」
国王「魔王を打ち倒すその日まで、戻るなとは言わん」
国王「たまに寄って、元気な顔を見せておくれ、勇者」
勇者「…はい」ニコッ
勇者「この時のために、ばあちゃんは色々と教えてくれたんだ…」
勇者「やれる。やらなきゃ。俺が魔王を倒すんだ」
グッ
勇者「…けど、地図って苦手…。ええっと、魔王のお城は北の方だから…王城がここで…まず…」ウ-ン
剣士「――とりあえず、隣町を目指すとするか、勇者」
勇者「っ…け、剣士?」
剣士「旅は道連れ、世は情け。そんな言葉があるんだ」
勇者「へえ…」
剣士「だから、一緒に行こうぜ。俺も予定よりは早いけど、なに、父さんと母さんには手紙を残してきたからさ」
勇者「で、でもいいの? 手紙だけじゃ心配されちゃうんじゃ…」
剣士「いいんだよ。あと、俺とお前は兄弟だ。兄さん、って呼ぶことを許す」
勇者「何で急に…?」
剣士「うーん…弟が、欲しかったから…?」
勇者「そんな理由で…」
剣士「いいんだよ、理由なんか。ほらほら、行こうぜ、弟よ」ニッ
王歴162年。
勇者は旅のともに公爵家の嫡男を連れて旅に出た。
―王歴163年―
勇者「はぁっ…はぁっ…兄ちゃん、手…貸して…」
剣士「仕方ないな。ほら、よっ」グイッ
ドサッ
勇者「ふぅっ…はぁ…山頂、だ…」
剣士「高いな、かなり」
勇者「魔物は出てくるけど、ボスらしいのは見ないね」
剣士「ああ。ここからなら、見晴らしがいいから何か見つかるかとも思ったが…見渡す限り、銀世界じゃあな」
勇者「ちょっと休憩しないと俺、死んじゃいそう…」
剣士「軟弱だな、勇者」
勇者「兄ちゃんが脳筋なだけじゃん…」
剣士「何だと?」
勇者「うわ、ごめんなさい!」
オオ----ン
剣士「ん? 雄叫び…魔物の声だな」
勇者「あっ、あそこ! たくさん、オオカミ型の魔物が集まって遠吠えしてるよ!」
剣士「しっ…静かにして、身を伏せろ。ボスのお出ましのようだ…」
勇者「っ…大きい…ここから見て、あの大きさ…」
剣士「ザコの魔物が体長1.6くらいだったとしたら、その3倍くらいはありそうだから…5メートル弱か。一口で食われるな」
勇者「食べられる前にやる」
剣士「当たり前だろ。それか、大口開けたところにぶちかますか、だな」
勇者「…折角、地の利があるんだから、ここから仕掛けようよ」
剣士「それもいいな。だが、目測120メートル、届くか?」
勇者「届かせる。――中閃熱魔法!」
勇者は閃熱魔法を唱えた!
雪上を光線が勢いよく駆け、魔物の群れに直撃する!
剣士「おっ、気付いたな。そのままお前は魔法を撃ち続けろ。俺が前に出る!」ザッ
勇者「気をつけて!」
剣士「お前こそ、足滑らせて落ちるなよ!」
勇者達に気付いた魔物の群れが一斉に向かってくる!
剣士は勢いよく雪に覆われた斜面を滑り降りながら剣を閃かせる!
雪にばら撒かれた赤い血は僅かな蒸気を発散させる!
魔物は剣士を取り囲み、巨大な群れのボスが剣士に駆けてくる!
剣士「ザコで囲んでボスが狩るってか? 魔物のくせに多少の知恵はあるらしいな――」
剣士「さあ、来い!」チャキ
剣士は剣を構え直して勇んだ!
しかし、群れのボスは剣士を飛び越えていく!
剣士「素通り…あっ、勇者!?」クルッ
勇者「わ、わああああああっ!」
ガブッ
勇者は群れのボスに一飲みにされた!
剣士「」
モシャモシャ
剣士「…嘘だろ、え…ええ…?」
ドゴォッ
突如として群れのボスの腹がくぐもった音と同時に一瞬だけ膨れ上がった!
勇者「んのっ、このっ…! もう1発、大火球魔法!」
ドゴォッ
勇者は群れのボスから吐き出された!
剣士「勇者!」
勇者「兄ちゃん、ボスはこっちでやるから!」
剣士「よ、よし、任せとけ! 邪魔はさせねえ!」
剣士は群れに向かって勢いよく剣を振るう!
無数の斬撃が群れに襲いかかった!
勇者「火球魔法を2発食らっても倒れないなんて…!」
群れのボスは怒り狂いながら勇者に飛びかかる!
勇者は慌てて横っ飛びになりながら回避するが、群れのボスは鋭い爪牙で連続攻撃を仕掛けてくる!
勇者「っぶな! 反撃だ…!」
勇者は剣を腰だめに構えた!
しかし、群れのボスがいきなり天高く遠吠えをする!
オオ----ン
勇者「っ、耳、が…!?」
勇者は硬直して動けない!
群れのボスがよだれを口から垂らしながら勇者に迫る!
勇者「!?」
ギィン
しかし、剣士が勇者と群れのボスの間に割り込んだ!
剣士「お兄様登場、っと。やい、てめえの子分は全員倒したぜ。その雄叫びに何の意味もねえ」
勇者「兄ちゃん…!」
グルルル…
剣士「さあ、勇者。こいつをぶっ倒して、今日はオオカミ鍋だ」
勇者「うん!」
勇者と剣士は同時に群れのボスへ飛びかかった!
*「どうもありがとうございます」
勇者「どういたしまして。ボスは倒したから、しばらく魔物の被害は減ると思うよ」
剣士「そうそう、毛皮とか持てるだけ持ってきたから、売っぱらうなり加工するなりして、家畜のやられた家の足しにしろよ」
*「おおっ、何から何まで…」
勇者「その代わり、ちょっとだけお願いが…」
*「何でしょう」
勇者「あったかい食べ物を欲しいなって…」
*「もちろんです! さあ、今夜は宴の準備がしてありますので!」
剣士「っしゃあ!」
勇者「やった!」
*「本物の兄弟のようですな」
*「噂通りの素晴らしい方々だ」
*「だが、あの若さでこんな旅をしているとは…」
*「そもそも本当に魔王を倒せるのか?」
*「バカ、何てことを言うんだ!」
剣士「聞こえないふりしとけよ」モグモグ
勇者「…うん、分かってるよ」ズズ
剣士「あと汁物で音を立てない」
勇者「ばあちゃんは美味しく食べてあげればそれでいいって…」
剣士「お前、勇者だろ。称号持ちってことは貴族なんだよ。だから貴族流のマナーをだな…」
勇者「また始まった…。兄ちゃんって、俺のこと貴族にしたいの?」
剣士「っ…そうじゃないけどよ。マナーだ、マナー」
勇者「ふうん…。ところで、次はどうしよっか?」
剣士「寒いのはこりごりだが、今度はあの山の向こう側に降りなきゃな」
勇者「何があるの?」
剣士「水の都。女神様を祀る大聖堂がある」
勇者「へえ…」
剣士「女神様が過去に降臨したって言い伝えもある。もしかしたら、お前がどうして勇者として選ばれたのかが分かるかもな」
勇者「…俺が、選ばれた…?」
剣士「星の数ほどいる人間で、何でお前だったのかってさ。まあいい、さっさと食って、寝よう」
勇者「うん…」
剣士「お偉方には俺から挨拶しておくから、暖かいようにして眠るんだぞ」
見てる人いるか分からないですが
ちょびっと休憩させてもらいますね
ぼちぼち再開しまーす
勇者「うわぁ…すごい、都中に水路が張り巡らされてるね」
剣士「水の都っていうくらいだからな。水路と、白を基調にした建物。いやあ、ここに来るの、楽しみにしてたんだぜ」
勇者「すっごく綺麗だもんね。城下町より、全然すごいかも」
剣士「ま、城下は良いも悪いもいっしょくたって感じだしな。ここはそれに比べて、清浄な場所で悪人なんかいやしない」
勇者「あの、高い塔は何だろう?」
剣士「あの大聖堂に女神様が降臨したんだと。行ってみようぜ」
勇者「うんっ」
~~~♪
~~~~♪
勇者「あれ? これって…」
剣士「賛美歌だ。ラッキーだな。静かにしろよ」
勇者「う、うん…」
~~♪
剣士「終わって、引き上げていくな…。よし、ちょっと見て回ろうぜ」
勇者「あの賛美歌って、剣士の部屋にあったオルゴールと同じ?」
剣士「ん、そうそう。俺、これでもそこそこ敬虔な女神様の信者だし」
勇者「そうだったの?」
剣士「お前はどうなんだ? 女神様に選ばれたってくらいなんだし」
勇者「俺はあんまり、何とも…。ばあちゃんには、女神様を信じる宗教があって、それぞれに考え方は違うから否定してはいけないよって…」
剣士「完全にただの宗教扱いだな。…ま、いいさ」
剣士「女神様の教えを簡単に言うとな、自分が幸せになるには周りの人から幸せにしなければならない、ってことなんだ」
勇者「周りの人?」
?「――隣人を愛し、隣人のために苦しみ、隣人と涙を流す。そして隣人が笑う時、あなたは幸福を感じるのです」
剣士「聖典の記述だな」
?「申し遅れました。私は僧侶と申します。旅の方ですか?」
勇者「うん」
剣士「女神様が降臨された場所ってことで、興味あってね。建築的にも素晴らしいけれど」
僧侶「良ければ、私がご一緒に回って案内をいたしましょう」
剣士「助かるな。いいよな、勇者」
勇者「うん」
僧侶「…勇、者? もしや、あなたが…聖なる証を宿したという…」
剣士「興味が湧くのは当たり前だと思うが、こいつの聖痕、服の下だからな。はれんちな格好になっちゃうぜ」
僧侶「っ、そ、そういうことではなくてですね…!///」
勇者「兄ちゃん、からかっちゃダメだよ」
剣士「ははっ、まあまあ、話は後で。今は案内してくれよ。これでもわくわくしてるんだ」
僧侶「では、まず…この大聖堂の成り立ちをお話しましょう」
勇者「女神様が降臨したんでしょ?」
剣士「だから、その経緯を丁寧に教えてくれるということだ」
僧侶「その通りです。王歴になるよりも、ずっと前のことでした」
僧侶「この街は数年に一度、大津波によって多数の死者が出てしまっていたんです。津波は街を丸ごと飲み込み、あらゆる物を破壊してしまうのです」
僧侶「そのような状態では誰もが飢えて、苦しんでしまいます」
僧侶「とある敬虔な子どもが、この地に来て、女神様にお願いをします」
僧侶「どうか、あの津波を鎮めてください。これ以上、人々が苦しむ様を見るのは心が痛みます――」
僧侶「すると、子どもの前に光が降り立ちました」
僧侶「光はやさしく子どもを包み込みます。すると、痩せ細っていた子どもはみるみる健康な体になりました」
僧侶「光が消え去ると、そこには一本の杖がありました」
僧侶「杖はひとりでに浮かび上がり、神々しい光を発しました。すると、街の中に水路がひとりでに引かれていき、街の中に海が引き込まれ、津波が来ても海水は水路を辿ることで街への被害がなくなったのです」
僧侶「子どもは大人になり、再びこの地に来ては女神様に感謝します」
僧侶「私と、私の家族を助けて下さり、ありがとうございました」
僧侶「すると、天からやさしい女性の声がします」
僧侶「あなたはあなたの出来ることをしなさい」
僧侶「女神様のお言葉に感銘を受け、その人はここに女神様の感謝の気持ちから、大聖堂を建てました」
剣士「随分と古そうな話だな。この大聖堂ができる前の話ってのを考えても…」
僧侶「この大聖堂は完成までにおよそ100年が経過しています」
勇者「100年…」ゴクッ
僧侶「そして、女神様が天より遣わせた杖は今でも大切に保管されています」
剣士「なかなか、すげえ杖なんだな…」
僧侶「女神様のお力によるものですから。ご覧になりますか?」
剣士「見る! な、勇者?」
勇者「俺はそんなに興味ない――」
剣士「さあ、行こう。早くしてくれ、早く!」
僧侶「ふふ…分かりました」
僧侶「こちらです」
剣士「ここが水の都の中心地…」
勇者「大きい水門…。そう言えば、この寒い時期なのに凍らないんだね」
僧侶「はい、水は絶えず、この都を循環していますから」
剣士「しっかし、こんなに水路が張り巡らされてると水難事故が多そうだな」
僧侶「問題ありませんよ。落ちないように高い柵がありますし、一定の間隔でメンテナンスなどに使う梯子もかかっていますから」
剣士「で、この水路に水を張ったって言うのが…」
僧侶「はい。水の都の中央広場に飾られている、あの循環の杖です」
剣士「ほおう…。確かに杖、だな。杖じゃあ剣とは違うしなあ…」
勇者「杖って言ってたのに、何でそんなこと…」
剣士「輝く剣ってのがないと、魔王は倒せないらしいからな」
勇者「輝く剣…?」
剣士「聖なる証を宿し子の、輝く剣によりて魔の王は討たれん――って神託。そんで、胸に聖痕刻んで生まれてきた、お前が勇者なんだろ」
勇者「そんな神託あったんだ…知らなかった…」
剣士「お前なあ…」
僧侶「…」
勇者「あ、その輝く剣っていうのを探すために、これ見に来たの?」
剣士「そんなとこ。女神様と縁があるものだしと思って…。ま、これじゃあ見間違っても光の剣にはなれねえか」
勇者「そうだね…。これ、取って行っちゃう人いないの?」
剣士「そう言えばそうだな…。立入禁止ってロープ張ってあるだけだしな」
僧侶「…この水の都に、そんな悪い方はいらっしゃいませんよ」
僧侶「それに、循環の杖は資格のない人間には触れられないと言われています」
僧侶「以前、悪い方が持ち出そうとしたのですが、杖を掴んだ瞬間に弾き飛ばされてしまったらしいです」
剣士「ほおう…。ただのくたびれた杖じゃないんだな」
僧侶「だいたい、水の都に関するお話はこれで終わりでしょうか」
剣士「いや、楽しかった。お礼にランチでも奢らせてくれよ」
クイクイ
剣士「ん? 何だよ、勇者?」ヒソ
僧侶「…」
勇者「兄ちゃん…お金、これしかないんだけど…?」ヒソ
剣士「いいか、勇者。貴族たる者、器は大きく持たねばならん」ヒソ
勇者「器って言うか、見栄…?」
ゴツッ
剣士「さて、どこか美味しいレストランでも…」
僧侶「あの…そ、それなら、私、良いお店を知っています。お言葉に甘えても、よろしいですか?」
剣士「ああっ、もちろんだ! さ、勇者、行くぞ。ん? 頭押さえてどうした?」
勇者「…何でも」ムスッ
僧侶「あ…そ、そうだ、用事があったのを思い出しました。少し、お待ちいただいてもよろしいですか?」
剣士「おう、待ってるぜ。早めに頼むな」
勇者「…」
剣士「いやあ、さすが、女神様のお膝元だよな。後で大聖堂でお祈りもしよう、うん」
勇者「…本当に兄ちゃん、信者だったんだね」
剣士「本当にって何だよ。俺は2歳の頃からずっとだ」
勇者「よく覚えてるね」
剣士「物覚えはいいんでな。敬ってもいいぜ、お兄様のことを」キランッ
勇者「それは置いといて」
剣士「てめっ」
勇者「どうして僕、勇者に生まれてきたんだろ。何か分かるかもってちょっとは期待してたけど、てんで検討外れだったね」
剣士「まあ…確かに、女神様に縁があっても、お前とは関係がなさそうだしな。やっぱ、勇者なんて称号は、嫌か?」
勇者「ちょっとはね…。ちっちゃい頃なんかは、何で山の中でばあちゃんと2人きりで暮らしてるんだろ、とかよく思った」
剣士「ばあちゃん? そう言えば、ちらほら出てくるな、お前の話に」
勇者「うん、赤ちゃんの頃から俺のこと育ててくれた人。ついでに修行もつけてくれて…小さい頃から、ずっと修行漬けだった」
剣士「…寂しかったか?」
勇者「ばあちゃんがいつも傍にいてくれたから、あんまり寂しくはなかったかな…。でも、王様に呼び出されて、魔王倒せって言われた時は…不安でいっぱいだったよ」
剣士「だが、お前は選んだんだろ。この旅に出ることを」
勇者「だって…断ってたら、俺がずっとばあちゃんと2人で暮らして、修行してた意味もなくなっちゃう気がして。何のために、苦しい修行したんだろうって…報われたいじゃない、そういうの」
勇者「でもさ! 勇者じゃなかったら兄ちゃんと、こうして旅もできなかったよ。兄ちゃんと旅するのは楽しいし、そこは感謝しなきゃ」
剣士「…そっか…」
勇者「急にしみじみしちゃって、どうしたの? あ、もしかして、僧侶さんいなくてちょっと気落ちしてる?」
剣士「はぁ? いきなり何言ってんだ。何を勘違いした?」
勇者「違うの? てっきり、そうかと思った。いつもよりにこにこしてたのに、今、何か寂しそうな顔しちゃって…」
剣士「ばーか、俺は敬虔な女神信者なの。それがメッカの水の都に来て、浮かれないはずないだろ」
勇者「浮かれたついでに、出会った僧侶さんと女神トークして、惚れちゃった…とか、って考えてたけど、本当に違うの?」
剣士「ない、ない。――おっ、僧侶が戻って来た! さあ、メシだ、メシ!」
僧侶「お待たせしました」
剣士「おうっ!」ニカッ
勇者(僧侶さん来た途端に、何かすごくいい笑顔になってない…?)
僧侶『――神父様、本当によろしいのですか…?』
神父『ええ。これは女神様の意志です』
僧侶『…し、しかし、女神様の神託を受けたと言われる勇者魔ですよ…?』
神父『女神様に疑いを持つのですか?』
僧侶『そうではありませんが…』
神父『ならば良いのです。僧侶よ、あなたはこの時のために、ここへ辿り着いたのですよ』
神父『――速やかに勇者を抹殺しなさい』
カツカツカツ…
剣士「何か、随分と寂れたところだな…」
勇者「都の地下、なのかな…? 水も壁を流れ落ちてくだけだし…この下に水が溜まってるの?」
僧侶「はい。水葬、というものを知っていますか?」
勇者「お魚が泳いでる…」
剣士「それは水槽。水葬ってのは、あれだろ? 死んだ人間を水に流して弔うっていう…」
僧侶「そうです。ここは、水葬にされた方達が行き着くところです」
カツッ…
勇者「それが何なの?」
剣士「ここが、一番下か? 店なんかどこにもねえし、そもそも死者を弔ってる場所なんかに店構えるようなバカいねえだろ…」
僧侶「…ここは、人目につきませんから」
勇者「僧侶さん?」
僧侶「申し訳ありませんが…あなた達にはここで、死んでいただきます」チャキッ
僧侶は袖の下から取り出したナイフを握り、まっすぐ勇者に駆け出した!
剣士「っ!?」
しかし、剣士が鞘に納めたままの剣で僧侶の攻撃を防ぐ!
勇者「そ、僧侶さん…?」
剣士「ちなみに、理由は聞いてもいいのか?」
剣士と僧侶は組み合ったまま、力比べをするように押し合っている!
僧侶「あなた達を抹殺するよう、命令をされたからです――」スッ
剣士「っ!?」
剣士(重心をずらされて…!)
僧侶はナイフを振るい、剣士の首の皮一枚を掠るように切り裂いた!
勇者「兄ちゃん!?」
剣士「平気だ! 掠っただ、け――」ヨロッ
剣士は意思に反して膝から崩れ落ちる!
僧侶「私はあの教会に行きつくまで、平穏を得るまでに…たくさんの方の命を奪ってきました」
剣士「か、から…だ…しび…」
勇者「麻痺毒――?」
僧侶「ですから、この平穏を続けるためには、命令に従わねばならないのです」チャキッ
勇者「っ!?」
僧侶が再び勇者に襲いかかる!
勇者は剣を抜いて応戦する!
ギィン
ヒュッ
スッ
ガッ
勇者(何て、ナイフ捌き…!? 俺の剣じゃ、太刀打ち出来ない…!)バッ
勇者「中火球魔法!」
勇者が火球魔法を唱える!
成人の頭ほどもある火球が5発、僧侶へ向かって飛んでいく!
僧侶「光よ」ポゥ
僧侶が祈りを捧げると、光の膜が僧侶を包み込んだ!
火球は光にぶつかると溶けるようにして消滅する!
勇者「魔法が、かき消され――」
剣士「ずぁあああああっ!」
剣士が裂帛の気合いとともに僧侶へ切りかかった!
僧侶「…」スッ
しかし、僧侶は半歩、体をずらすだけで剣士の攻撃を回避する!
僧侶「自分を傷つけて、痺れを…」
剣士「平穏ってのを手に入れたんなら、あんたがこうして俺達を襲う必要ないんじゃないか?」
勇者「そ、そうだよ…確かに…」
僧侶「毎日、毎晩の仕事が…年に数回になっただけで、平穏です」
剣士「ダメだな、こりゃ…。勇者、殺さない程度に叩きのめすぞ!」
勇者「えっ?」
僧侶「行きます――」
剣士と僧侶が同時に地面を蹴った!
剣とナイフがぶつかり合って火花を散らす!
剣士「ためらうな! 殺されるぞ!」
剣士は膂力に任せて切り払う!
僧侶「この方が、私としてもやりやすくて助かります」スッ
剣士「同じ手を、食らうかァ!」
僧侶は再び重心をずらして剣士の攻撃を避け、ナイフを繰り出した!
しかし、剣士は僧侶の攻撃を読んで強引に剣を振り回す!
剣士「今だ!」
勇者「で、でも…!」
僧侶「シッ!」ズンッ
僧侶のナイフが剣士の腹部に深く突き刺さった!
剣士「がっ…」
勇者「兄ちゃん…!」
剣士「バカ、野郎…」
僧侶「今日は、本当に楽しかったです。さようなら――」スッ
勇者「ッ!」バッ
僧侶は剣士にトドメを刺そうとナイフを引き抜いた!
しかし、勇者が手の平に魔力を収束させて解き放つ!
僧侶「きゃっ…!」ドサッ
勇者は体勢を崩した僧侶に向かって、剣を振り上げた!
勇者「この…!」
剣士「――やめろ!」
勇者の剣が僧侶に当たる直前で止まる!
僧侶「っ…はぁっ…はっ…」
勇者「…もう、やめよう。ね、僧侶さん…」
僧侶「じゃあ、私はどうやって、幸せになればいいんですか!?」
僧侶「親兄弟もなく、野盗に育てられて…育ての親を、武官に殺され、暗殺者に仕立て上げられて…!」
僧侶「こうでもしないと、私は救われないんです…!」
勇者「っ…」グッ
剣士「バカ言うな…。女神様の教えはあんたも分かってんだろ」
僧侶「私がどれだけ人の幸福を祈っても…私は幸せになれません…」
僧侶「誰も、私のことを祈ってはくれないから…!」
剣士「それなら俺が祈ってやるよ!」
僧侶「な…」
勇者「兄ちゃん…やっぱり…?」
剣士「あんたの過去なんか知らねえし、興味ねえがな、あんたが俺達を案内してくれて、楽しかった」
剣士「あんたもそうだったんだろ? それが幸せだ。だから、俺と一緒にいろ。そうしたら、あんたのこと、ずっと幸せにしてやらァ!」
僧侶「そ…そんなこと…!///」
剣士「あんた、いくつだ?」
僧侶「え…? 16、ですけど…」
剣士「俺もだ。互いにもう、結婚の出来る年齢だ。さあ、籍を入れるぞ!」
勇者「ちょ、兄ちゃん…?」
僧侶「あ、あの…」
剣士「これでも由緒正しき、公爵家の嫡男!」
剣士「金も名誉も地位も、腕力、知力、魔力、全てにおいてパーフェクトなこの俺が、あんたを一生、幸せにしてやる! 文句あるかァ!?」ビシッ
勇者(こんなに色気のないプロポーズ、存在していいんだろうか…?)
勇者(でも兄ちゃん格好いい…)
僧侶「け、けど…私は…」
剣士「まどろっこしい話は、あんたに命令した野郎をぶっ飛ばしてからだ」
剣士「俺の嫁を泣かせやがったんだから、容赦しねえ」
勇者(一気に嫁宣言までした…)
僧侶「っ…神父さま、です…」
剣士「よし、なら早速…うっ、痛って…」ズキッ
僧侶「だ、大丈夫ですか…? い、今、治します…」パァァ
勇者「すごい、これって、回復魔法だよね?」
剣士「ふぅ…楽になった。さて、行こうぜ。教会だな?」
バァン
神父「何事です、こんな時間に――」
剣士「よう、神父さんよ」
勇者「…お邪魔します」
僧侶「…」
神父「そういうこと、ですか…。やれやれ、これだからメスというものは…」
剣士「てめえが僧侶をけしかけたんだろ? 理由を言え」
神父「理由? そうですね…。強いて言うならば、魔王様にとって、邪魔な存在になりうる危険性があるからです」
神父の体が肥大化し、脂肪の多い巨躯になった!
勇者「っ…気持ち悪い…体が…」
剣士「魔物だったのか、こいつ」
僧侶「そ、そんな…神父さまが…?」
元神父「フハハ、どうした、我が変化に思考が追いつかないか?」
剣士「けっ、ただ単にデクになっただけだろ?」
元神父「貴様のような人間如きに、我が姿が理解出来るはずもないか」
剣士「ああ、する気もねえさ。だがな、俺の嫁を泣かせた責任、てめえの命で取ってもらうぜ!」
剣士は剣を下段に構えながら床を蹴って飛び出す!
勇者「こいつなら手加減しないでやれる! 大火球魔法!」
勇者は火球魔法を唱えた!
巨大な炎の塊が呼び出され、元神父に直撃すると盛大な火柱を上げる!
剣士「魔法と剣のコンビネーションだ、食らいな!」
剣士は炎上する元神父を、その炎ごと一気に切り払う!
元神父「ふふ…ふはは…効かないな、効かぬぞ!」
眩い光が元神父から発せられた!
凄まじい爆発が生じて、剣士はとっさに飛びずさる!
剣士「っと、何だ、剣の感触が…!?」
勇者「魔法も直撃したはずなのに!」
僧侶「待って下さい、何か…ゆらめきのようなものが見えます」
元神父「そうさ、これは漏れ出た、我が魔力。この衣を剥がぬ限り、貴様の攻撃は効かない!」
元神父は全身に赤黒い魔力の衣をまとっている!
元神父は両手を掲げて魔力を集中させると、床に叩き込んだ!
凄まじい衝撃が発散されて勇者達に襲いかかる!
勇者「ぐっ…!」
剣士「クソ、何て攻撃――」
元神父「もらったァ!」
僧侶「させません!」
元神父は衝撃波に怯んだ勇者に襲いかかった!
しかし、僧侶が立ちはだかる!
元神父「邪魔をするな、役立たずめが!」
剣士「人の嫁を、邪魔者呼ばわりすんじゃねえ!」
剣士が剣を元神父の右肩に突き立てる!
剣士「てめえの衣だか、贅肉だか分からんが、かっ捌けばいいんだろ!?」
元神父「そんな程度で…!」
僧侶「私も加勢します!」ダッ
僧侶が元神父の左膝にナイフを突き立ててしがみつく!
勇者「お、俺も――」
剣士「お前はいいから、隙を作ったら全力を叩き込め!」
元神父「離れろ、この、ウジ虫どもめが!」
元神父は怒りながら衝撃波を発散させる!
剣士と僧侶はその衝撃で吹き飛ばされた!
剣士「ちっくしょ…上手くいかねえな…」
僧侶「あのもやは、揺らめいていて、場所によって厚さが違います」
勇者「じゃ、薄いところを狙えばいいの?」
剣士「いや、揺らぎはそんなに一定じゃねえ」
元神父「何をこそこそと…!」
元神父は衝撃波を発散させた!
ドゴォオオオッ
勇者「っぐ…!」
剣士「何なんだ、あの技!?」
僧侶「い、一瞬だけ…あのもやが消えました。あのもやが、言っていた通りに漏れ出た魔力なら、攻撃の瞬間は消え去るのではないでしょうか?」
勇者「それだ!」
剣士「そうとなりゃ、俺が隙を作る! お前ら、そう何度も失敗すんなよ!」ダッ
剣士は凄まじいスピードで元神父の周囲を駆け回り、攻撃しては距離を取る!
元神父「ちょこまかと!」
剣士「おらおら、お前の屁みたいな攻撃じゃ、いつまで経っても俺らは死なねえぞ!」
元神父「ならば、こうだ!」
元神父は纏っている魔力の衣を無数のひだ状にして剣士を捉える!
剣士「うげ、触手!?」
勇者「魔力が、触手になって…気持ち悪い」
元神父「そして――」
グググッ
元神父の纏う魔力の衣が分厚くなっていく!
僧侶「もやが濃く…勇者くん」
勇者「うん、分かってる」
剣士「やれるもんならやってみやがれェ!」
元神父はさらに強力な衝撃波を発散させた!
勇者「大爆裂魔法!」
勇者は爆裂魔法を唱えた!
眩い光が生じて、直後に巨大な爆発が引き起こされる!
元神父「甘い、甘いわ…」
シュゥゥ…
元神父は無傷で笑っている!
勇者「そんな…」
僧侶「あの瞬間、さらに魔力が吹き出していました…」
剣士「俺…ヤバいんだけど…」ボロッ
剣士は衝撃波と爆裂魔法を受けて虫の息だ!
元神父「ふはは、どうした? 万策尽きたか?」
勇者「兄ちゃん、僧侶さん…1つ、提案あるんだけど」
剣士「何だよ、もう1回なんて言うなよ」
勇者「戦略的撤退を進言します」
剣士「乗った」
僧侶「即答、なんですね…」
勇者「じゃ、3つ数えたら」
勇者「3、2、1――」
ダッ
勇者は逃げ出した!
僧侶は逃げ出した!
剣士は元神父に切りかかった!
剣士「おらよぉ!」
勇者「兄ちゃん!?」
僧侶「剣士さん!?」
剣士「お前ら、さっさと戻ってこいよ!」
剣士「だぁらららららっ!」
剣士は元神父の周囲を駆けながら、次々と攻撃を仕掛けていく!
元神父「小癪な、マネを!」
剣士「さっさとしろ!」
勇者「っ…僧侶さん、行こう!」
ダダッ
勇者「はぁ…はぁ…都はいつも通り、だね…」
僧侶「剣士さんが心配です。早く戻らないと…」
勇者「心配だけど、このまま戻ったら兄ちゃんの頑張りをムダにしちゃうよ」
勇者「何か、対策を練らないと…」
僧侶「対策なんて言っても…。あの衣、でしたか。あれを、あの揺らぎをどうにかしないと…」
勇者「揺らぎ…もや…。でも、息を吹きかけて揺らぐようなものでもないし…」
勇者「あっ――あるかも、方法が」
僧侶「本当ですか?」
勇者「でも、多分その…悪い人間になっちゃう、のかな…?」
僧侶「は…?」
ドサッ
剣士「…」グッタリ
元神父「弱いくせに随分ともった方だな」
剣士「へっ…弟と嫁を逃がせただけで…大金星さ…」
元神父「減らず口を…。それに、先ほどから、嫁と言うが、あのメスのことか?」
剣士「メスだと?」ギラッ
元神父「知らぬなら教えてやろう。あのメスは人間で言うところの暗殺者――殺し屋だったのだ」
元神父「何人もの人間を殺す。それは我ら、魔族と同じ行為であろう」
元神父「いや、人間の命令で人間を殺すのだから、我らよりも、人間からすれば悪辣なのであろう」
剣士「てめえ…知った風なことを…」
元神父「これは事実だ。毎夜、毎夜、懺悔を重ねていたのだからな」
剣士「だから何だ…。それでも幸せになりてえんなら、なる権利はあるんだよ」
元神父「ふんっ、そんなものを信じる生物は人間だけだ」
元神父「そうだ…。どうせ、後で勇者とあのメスが来るのだ」
元神父「それまでに、貴様の過去を覗いてやろう」ガシッ
剣士「っ、何、しやがる…」
元神父「さあ、貴様の過去を見せろ!」
―王歴150年―
オギャア オギャア
産婆「元気な男の子ですよ、奥様」
夫人「ああ…赤ちゃん…無事に産まれてきてくれて、ありがとう…」
バンッ
公爵「産まれたのか!」
夫人「ええ…ほら、この通り…。男の子よ」
公爵「そうか…。ほら、剣士、お前の弟だぞ、弟だ」
剣士「おとうと?」
夫人「ええ…かわいいでしょう? まだ赤ちゃんなの」
剣士「あかちゃん!」
公爵「お前の弟だ、大切に守ってやるんだぞ」ナデ
使用人「旦那様、神官様がご到着されました。洗礼はすぐにでも始められるそうです」
公爵「そうか。さあ、洗礼をしてもらおう」
夫人「ええ、お願いします」
公爵「まだまだ小さいな…。ん? 胸に、何かあざみたいなものがあるな――」
―王歴153年―
剣士「わあ、今日、ごちそうだ。ねえ何で?」
公爵「ああ…今日は勇者の誕生日だからね。一緒に過ごすことはできないが、それでも祝ってやりたいだろう」
剣士「ゆうしゃ?」
夫人「あなたの弟よ。魔王を倒す宿命を負って、生まれてきた子…」
剣士「すぐに行っちゃった、あの赤ちゃん?」
公爵「そうだ。もう3歳になる。そろそろ、厳しい修行が始まっているのかも知れない」
剣士「どうしてゆうしゃになったの?」
公爵「それは…きっと、女神様だけが知っていることだろう」
剣士「めがみさま…。じゃあ、ぼく、ゆうしゃのために、いっぱいお祈りする」
夫人「剣士…」
剣士「いっぱいゆうしゃのためにお祈りしたら、めがみさまが、ゆうしゃのことたすけてくれるんでしょ?」
公爵「ああ、そうだな。…あの子のために、祈ろう」
―王歴162年―
剣士「勇者が、うちに…?」
公爵「そうだ、陛下がそうはからって下さった」
公爵「家族が揃うのは、これで2度目…。そして、最後になるのかも知れない」
夫人「あの子には絶対に、私達が家族だと言ってはいけないのよ」
剣士「何で?」
夫人「余計に悲しませてしまうから…。家族から引き裂かれたと思ったら、あの子が悲しむでしょう?」
剣士「その方が、悲しむんじゃ…。家族がいるって分かった方が…」
公爵「それで変な里心が起きて、魔王を倒せなかったら…12年間の、あの子の修行の日々さえもムダになってしまう」
剣士「…」
使用人「旦那様、勇者坊ちゃんが、ご到着されました」
公爵「ああ、分かった。さあ、1晩だけだが…家族で過ごそう」
公爵「行ってらっしゃい、勇者」
夫人「元気でね…」
剣士「またな」
勇者「は、はい。ありがとうございました」
バタム
公爵「…行ってしまったな」
夫人「これからも、元気ならいいんだけど…」
剣士「父さん、母さん。俺、今日から旅に出ていいかな?」
公爵「お前、まさか勇者について行くつもりじゃ…」
夫人「ダメ、ダメよ。あなたまでいなくなったら、私は…」
剣士「っ…思いつき、だよ。ほら、荷造りなんてしてないし」
公爵「変な気は起こさないようにしなさい。お前は跡取りなんだ」
剣士「分かってる…」
夫人「お願いだから、剣士、あなたはずっと傍にいてね…」
剣士「うん…」
コソコソ
使用人「坊ちゃん、行かれるのですか?」
剣士「っ、あー驚いた…使用人か…。止めるか?」
使用人「いいえ…。私は何も知らなかったことにいたします」
剣士「そっか。それは良かった。手紙、書いたからさ」
剣士「頃合い見計らって、部屋にあった、って父さんと母さんに渡してくれるか?」
使用人「かしこまりました」
剣士「じゃ、行ってくる。バルコニーから旅立ちなんて、何か不良になった気分だ」
使用人「そうでございますね。坊ちゃん、お気をつけて」
剣士「ああ。じゃあな!」
―王歴163年―
元神父「本当の兄弟だったか…」
剣士「この、野郎…」
元神父「ならばこそ、かわいい弟のためにこれまで旅でも尽くしてきた、と」
剣士「悪いかよ…」
元神父「熱心な女神信者のようだな。祈りの内容は全て、弟か」
元神父「とんだ、ブラコンだな」
剣士「だから何だ…。俺は兄貴だからな…守ってやるんだ」
バァン
勇者「兄ちゃん!」
元神父「ふっ…こうして見ると、滑稽だ」
剣士「てめえ…余計なこと喋ってみろ、その瞬間に――」
僧侶「剣士さん、無事ですか!?」
勇者「僧侶さん、手筈通りにね。いくよ!」
僧侶「はいっ!」
ダッ
僧侶はまっすぐ元神父に向かって走っていき、ナイフを構えた!
元神父「何も懲りずに向かってくるか。ならば、全力で捻り潰してくれ――」
僧侶の攻撃!
元神父は回避も防御もしなかった!
しかし、ナイフは元神父の頬を掠めて血が噴き出す!
剣士「!」
元神父「何、だと…?」
僧侶「こちらに」ダッ
僧侶は倒れていた剣士を抱えて勇者のそばまで引き下がる!
剣士「そ、僧侶…。一体、どうやって…」
勇者「循環の杖だよ」スッ
勇者は循環の杖を握っている!
剣士「その杖、女神様の…水を入れたって言う…?」
勇者「うん。名前を聞いた時、ちょっとおかしいなって思ったんだ」
僧侶「水を司る杖ではなく、エネルギーの流れを操る杖だったんです」パァァ
剣士「そうか、それで…野郎の魔力を…。だけど、何で持てる?」
勇者「僧侶さんは触れなかったけど、ほら…俺、勇者だったから特別なのかな?」ニカッ
剣士「ははっ…頼もしい限りだぜ、さすが俺の弟だ!」バシッ
勇者「痛いっ…。て言うか、ちゃっかり僧侶さんに傷を治してもらってたんだね…」
剣士「こっからだぜ、クソ魔物」
元神父「貴様らぁ~…許しはせんぞっ!」
元神父は衝撃波を発散させた!
勇者「させない、よ…!」ブンッ
しかし、勇者が循環の杖を振るうと衝撃波は勇者達に到達せずに捩じ曲げられてあらぬ方向へ猛威を振るう!
元神父「くっ…狙いが…!」
剣士「たっぷりと痛めつけてくれた礼、してやるぜ!」
僧侶「許しません!」
剣士と僧侶の攻撃!
元神父は巨躯が災いして素早い2人の動きを捉えられない!
元神父「おのれ!」
勇者「させないよ!」ブンッ
元神父は衝撃波に指向性を持たせて発散させる!
しかし、勇者が循環の杖を振るうと衝撃波は捩じ曲げられて元神父に直撃する!
元神父「ぐぅ…!」
剣士「すげえな、爆発まで操ってぶつけやがった」
勇者「この杖、すごいよ!」
元神父「ならば、魔法に頼らなければいいだけのことだ!」
勇者「衣を引き剥がすよ!」
剣士「よし来た!」
僧侶「やれます!」
元神父「死ねぇい!」
勇者が循環の杖を振るう!
元神父の魔力の衣が引き剥がされた!
剣士と僧侶が同時に飛びかかり、元神父の胸をそれぞれの獲物で突き刺す!
元神父「ぐ…く…」
剣士「初めての共同作業だ」
僧侶「っ///」
勇者「…お幸せに…」ハァ
ドサァッ
僧侶「本物の神父さまの遺体が、教会の地下牢で発見されました。遺体の傷み具合から見る限り、恐らく、もうずっと前に…」
剣士「そっか…」
勇者「いつの間にか、魔物が取って代わってたんだね…」
僧侶「少し、私のことをお話してもよろしいですか?」
勇者「あ、えっと…俺、外そうか?」
剣士「いや、必要ない。話すな」
勇者「兄ちゃん!」
剣士「過去がどうかなんて、いいんだよ。大事なのはこれからだ」
僧侶「け、剣士さん…」ウットリ
剣士「剣士、でいいさ」フッ
勇者「やっぱり、外そうか…?」イヅライ
剣士「そうだ、折角、水の都なんだから、籍入れちまおうぜ」
僧侶「そ、そんな、でも…///」
剣士「あ、式も挙げるか。大聖堂で!」
勇者「気が早いって! 魔王を倒す旅してるんだから!」
剣士「お。いいこと言ったな。よし、じゃ、魔王を倒したら、ここで式を挙げよう」
僧侶「そんな…でも…///」
勇者「僧侶さん、さっきからそればっか…。顔真っ赤だし…」
剣士「そうと決まれば、実家に手紙でも出すか」
剣士「この手紙を出したら、旅に出発だ!」
勇者「僧侶さんはどうするの?」
剣士「ん? まあ…ちょっと遠いけど、実家で待ってるか?」
僧侶「い、いえ、私も同行します! これでも、戦うことは得意です」
勇者(俺、魔法がなかったら僧侶さんに勝てそうにないしなあ…)
剣士「けど危険だぜ?」
僧侶「その危険な旅に、あなただけ行かせたくないんです」
剣士「僧侶…」ジッ
僧侶「剣士…」ジッ
勇者「ごゆっくりどーぞ。俺は杖を返してくるから」
バタム
剣士「あいつ、気遣いなんかしやがって…」
剣士「でも俺、魔王を倒すまでは、あいつのことを支えてやりたいんだ。だから、初夜は正式に式を挙げてからにしようぜ」
僧侶「しょ、初夜…は、はい///」
剣士「だから、キスまでな」
今夜はここまでにします。
再開しまーす
―王歴164年―
チュンチュン
勇者「んんーっ、いい朝」ノビ-
勇者「今日も旅日和だ」チラッ
ケンシ アサ デスヨ オキテ クダサイ
アト ゴフン ダケ ネカセロ ソレカ オハヨウノ キスデ オコシテ クレ
アッ アサカラ ナニヲ イッテ ルン デスカ ///
ハッハッハッ ジョウダン ダッテノ
モウッ シリマセンッ
オオ ツンツン シテルノモ イイネエ サスガ オレノ ヨメサマ ダ
勇者「…」イラッ
勇者(ばあちゃん、兄ちゃんと僧侶さんのいちゃいちゃが、最近とっても…目障りです)
僧侶「勇者くん、おはようございます。朝ご飯の準備、しますね」ニッコリ
勇者「うん、ありがと。いつも」
僧侶「いいんですよ」
勇者(僧侶さん、最近は笑顔になることが増えたな…。水の都を出た直後は、よく物思いにふけってたのに)
勇者(これも、兄ちゃんのお陰…なのかな?)チラッ
剣士「ん? どした、勇者」
勇者「ううん、別に…」
勇者(僕なんかより、よっぽど兄ちゃんの方が――)
ザ-------
バシャバシャ
剣士「宿屋だ、やっと見つけた! 駆け込め!」ダッ
僧侶「急ぎましょう!」ダッ
勇者「2人とも、走るの速――」
ズザァッ
勇者「…転んだ」ムクッ
剣士「あーあー、何してんだよ。ほら、掴まれ」
僧侶「泥まみれになっちゃいましたね…。幸い、宿屋さんはすぐそこですけど…どこか、ケガはしてないですか?」
勇者「大丈夫っ、行こ!」
タッタッタッ
剣士「何だ、あいつ、強がっちゃって…」
僧侶「私たちも早く、行きましょう。風邪ひいちゃいます」
剣士「そうだな」
カポ----ン
勇者「ふぅぅ~…あったかいお風呂っていいね…」
剣士「だな…」
勇者「体についた泥は落とせたけど、服は乾かしてから泥落とさないと…」
剣士「あとちょっとだってのに、慌てて足滑らせるからだぞ」
勇者「兄ちゃん達が速いから、焦っちゃったんじゃん」
剣士「人のせいにすんなっ」コツッ
勇者「痛っ…。あと、部屋割…僧侶さんと一緒じゃなくて良かったの?」
剣士「何言ってんだよ。俺らで一部屋、僧侶に一部屋、いつもそうだろ」
勇者「でも…兄ちゃんの婚約者でしょ?」
剣士「気ぃ遣ってんじゃねえ。お前を一人部屋にしたら、寂しがるだろ?」
勇者「むっ…寂しがったりなんかしない!」
剣士「うるせえ。長いものには巻かれろ、お兄様の言うことは聞け、だ」
勇者「…本当の兄弟でもないのに…」ボソッ
剣士「…」
ザ------
バタバタバタ…
剣士「屋内でもうっせえ雨だな…。明日にはやんでるといいが…」
勇者「そうだね…」
剣士「おい…干してる服、重なってるぞ。ちゃんと隙間あけて干せ。乾かないぞ」
勇者「分かってるよ、うるさいなあ」
剣士「うるさいとは何だ」
勇者「そのまま。兄ちゃん、いっつもうるさいよ。ああしろ、こうしろって。最近はいちゃいちゃしてるのも、一緒にいる俺まで恥ずかしいじゃん」
剣士「俺はだな、お前のことを考えて――」
勇者「俺は貴族でも何でもないよ! なのに、どうして、兄ちゃんにいちいち言われなきゃいけないの!? おかしいよ、そんなの!」
剣士「…」ハァ
剣士「分かった、悪かったな、うるさくして。…先、寝とけ」バタム
勇者「…」
コンコン
勇者(隣の部屋…兄ちゃん、僧侶さんのとこでまたいちゃつくんだ…)
< オレダソウリョ チョット イイカ
< ドウゾ ドウ シタン デスカ ?
< アア イヤ ベツニ ヨウジッテ ワケ ジャ ナイガ…
勇者(寝よ…)
ザ-------
勇者「…」ムクッ
キョロキョロ
勇者「…兄ちゃん? …結局、帰ってこなかったのかな…?」
ガチャ
剣士「おう、起きたのか。今日も雨だな…」
勇者「嫌になるね…」スッ
勇者(あっ…昨日、直さなかったから服がまだ湿ってる…)
勇者(…いいや、どうせ雨の中歩けば濡れるし…)
剣士「…朝飯、もうできてるみたいだ。下の食堂で待ってるぞ」
勇者「うん」
僧侶「おはようございます、勇者くん」
勇者「おはよう、僧侶さん」
僧侶「あれ? 服、もしかして生乾きじゃないですか?」
勇者「えっ…」
僧侶「いつもはちゃんとしてるのに、珍しいですね。替えの召し物はないんですか?」
剣士「荷物が増えちゃかなわねえから、一張羅だ。ダメになったら買い替え」
僧侶「その方が非効率的ですよ。せめて、もう1着くらい買っておいて、交換した方がいいです」
勇者「そう…?」
剣士「荷物増える方が、何かなあ…」
僧侶「買い物行きましょう、買い物! 雨ですし、先に進む前に一休みも兼ねて、この辺で装備の点検とか、色々やっちゃいましょう!」
僧侶「買い替えるもの、かなり多いですね…」
ゴッチャリ
勇者「お金なくなっちゃうよ」
剣士「売れそうなもんは売り払って、資金増やすか。俺が高値で売りつけてくる」
僧侶「何であなた達はこんなに持ち物が使えなくなる寸前まで、新しいもの買わないんですか」
勇者「愛着わいちゃって…」
剣士「使えりゃいいんだよ、使えりゃあ」
僧侶「もう…似た者兄弟ですね、本当に」
勇者「あれ? 僧侶さんに、言ってなかったっけ。俺と兄ちゃんは、別に血の繋がりはないよ」
剣士「…」
僧侶「えっ? そうだったんですか?」
勇者「勝手に兄ちゃんがついて来て、俺のこと弟宣言して…」
剣士「あーはいはいはい、いいだろ、そんなの、どうだって。買い物するなら、手分けしてさっさと済ませようぜ」
僧侶「えっ、ちょ、さりげなく言ってますけど、私驚いてます!」
勇者「雨の中に出るの、やだなあ…」
剣士「さーて、買い物リスト作るか、面倒臭えな…」
僧侶「ちょっと!? 私の驚きは置いてけぼりなんですか!?」
ザ-------
勇者「日用品は、だいたいこんなもん?」
僧侶「そうですね。どこかで、ちょっとお茶でもしますか?」
勇者「でも、お金が…」
僧侶「大丈夫です、それくらいは心配しないでください」ニコッ
勇者「?」
僧侶「あ、かわいいカフェ…。あそこにしましょうか」
カラン カラン
僧侶「ふぅっ…どうしても濡れちゃいますね…」
勇者「うん。でも、お金…」
僧侶「乙女は必要な時に、さっとお金が出てくるものなんですよ。遠慮せずに、好きなものを飲み物でも食べ物でも、じゃんじゃん頼んでくださいね」
勇者「…ありがと」
僧侶(本当は剣士から、勇者くんに買い物がてら美味しいもの食べさせてやってくれって言われてるお金ですけど…)
ラッシャ-セ- チュ-モン カガイッマ-ス
エット ジャア カプチ-ノ デ
ノンファットミルクチョコレ-トチップキャラメルフラペチ-ノウィズチョコレ-トソ-ス ヲ オネガイ シマス
ナニ ソレ ナンテ ジュモン !?
ウフフ ジュモン ジャ ナイ デスヨ オトメノ タシナミ デス
僧侶「うーん、雨がやみませんね…」
勇者「僧侶さん…本当は兄ちゃんと一緒に買い物の方が良かったんじゃないの?」
僧侶「そんなことないですよ」
勇者「でも…」
僧侶「剣士と一緒だと余計なものまで買っちゃいそうですし、あの人ってからかうの大好きじゃないですか。それだったら勇者くんとお買い物した方が楽ですから」
勇者「…そうなの?」
僧侶「そうなんです」
オマタセ シャ-シタ- カプチ-ノ ト ノンファットミルクチョコレ-トチップキャラメルフラペチ-ノウィズチョコレ-トソ-ス ッス ゴユックリ ド-ゾ-
僧侶「それにしても、勇者くんと剣士が本当の兄弟じゃなかったなんて驚きです」
勇者「…そう?」
僧侶「とっても仲良しだし、物臭なところとか、嬉しいことがあると目を輝かせるところとか、一度ムキになるとそればっかりなところとか…たくさん」
勇者「…」
僧侶「あと、何か心に引っかかることがあると、黙っちゃうところも」
勇者「そっ、そんなことないよっ」
僧侶「悩みがあるなら、何でも言ってください。昨夜も剣士が私の部屋に来たんですけど、何も言わないで、ずっと黙り込んだままだったんです」
僧侶「喧嘩でもしましたか?」
勇者「喧嘩なんて、別に…」
僧侶「これでも私は神職に携わる身です。ちゃんと、私の胸の内に秘めておきますから、吐き出してみてはいかがですか?」
勇者「…」
僧侶「…」ズズズ
勇者「俺よりも…兄ちゃんの方が、よっぽど勇者に向いてると思うんだ…」
僧侶「剣士の方が…?」ズズズ
勇者「俺なんて、ちょっと魔法が得意なだけ…。兄ちゃんは剣の腕なら誰にも負けないし、そもそも俺、魔法使わなかったら僧侶さんにも3秒で負けちゃうくらいだし…」
勇者「どこに行っても兄ちゃんが対応してくれて、俺はくっついてるだけで、この旅だって…兄ちゃんがいなかったら、ここまで辿り着けなかったことばかり…」
勇者「人助けをするのも、兄ちゃんが先。魔物が出てきて、1番に切りかかっていくのも、何をするのも…」
勇者「俺じゃなくて、兄ちゃんが勇者に選ばれれば良かったんだ…」
僧侶「…」ズズズ
勇者「どうせ魔王だって、兄ちゃんがいれば…」
僧侶「…」ズズズ
勇者「…?」
僧侶「…」ズズズ
勇者「あの、聞いてる?」
僧侶「…」ズズズ
勇者「…」
僧侶「…」ズズズ
勇者「僧侶さん!」
僧侶「へっ!? な、そ、そうですよね。やっぱり雨だと気が滅入っちゃって、そう思っちゃうこともありますよね。でも天気のせいにばかりしちゃダメですよ?」
勇者(話聞いてないし…)
僧侶「ああ、おいしかった…幸せです」ホッコリ
勇者「安い幸せだね…」
僧侶「でも、勇者くんと剣士がくれた幸せですから」ニコッ
剣士「――もうちょっといい値段で買い取ってくれよ、おい」
商人「そう言われましても、こんなに使い古されたものでは…」
剣士「何だよ、まだ使えるだろ? 使えるんだぜ?」
商人「見た目の問題もありますし、売り物にはなかなか…」
剣士「おう、俺は聖王国の公爵家が嫡男だぞ。王位継承権三位だぜ? そんな俺様が使ってたんだぜ?」
商人「宝石の類であるならば、あなたの言うことが本当だったなら素晴らしい値がつくでしょうが…こんなぼろぼろのとるに足らない旅用品では…」
剣士「…それは勇者も愛用してたもんだぜ?」
商人「ゆ、勇者様?」
剣士「そーだ、未来の英雄、未来の救世主の、勇者だ」
商人「う、うーむ…確かに勇者様が使っていた品と言うならば…」
剣士「よーし、俺の言い値で売ってやる」
商人「そんなっ!?」
剣士「文句あんのか、商売できなくしてやんぞ? 公爵家の権力なめんなよ?」
商人「横暴だぁ…」シクシク
剣士「…冗談だ。…とりあえず、勉強してこのゴミを買い取ってくれ」
商人「自分でゴミって言っちゃってるよ、この人…」
剣士「いくらだ?」
商人「…全部まとめて、金貨1枚でいいですか? 勇者様と公爵様が使っていたという価値を込めても、これで限界なんですが…」
剣士「…仕方ねえ、それでいい」
商人「ふぅ…他に何かご用はありますか? あ、ちょいと煙草吸わせてもらってもよろしいですか。いやあ、こんな無理やりな商談の後じゃ、なんとも…」シュボッ
剣士「好きに吸えよ…。にしても金貨1枚、か…」ジッ
商人「これ以上はムリですよ?」スパ-
剣士「分かってるっての、そんくらい。…煙草って、うまいのか?」
商人「お買い求めになられますか? マッチ、サービスでつけちゃいますよ?」ニヤッ
ザ-------
シュボッ
剣士「ごほっ…」
剣士「うえっ、何じゃこりゃ、こんなの、げほっ…」
剣士「くっそー、何か悔しいから、むせなくなるまで吸ってや――げっほぉっ!」
ザ-------
僧侶「剣士、帰りが遅いですね…。もうお昼になるのに」
勇者「雨も、やまないね…」
バタンッ
剣士「ちっくしょ、雨なんざ、やみやがれってんだ」
僧侶「剣士! おかえりなさい、ずぶ濡れじゃないですか。早くお風呂入って、服も乾かさないと」
剣士「その前に、ほれ、売っぱらった不要品、金貨5枚だ」チャリンッ
勇者「こんなになったの?」
剣士「俺様の交渉術なめんなよ?」
僧侶「ん? 剣士…何か、煙草臭くないですか?」クンクン
剣士「商人の野郎が吸ってたんだよ。風呂入ってくる」
ポロッ
剣士「風・呂、風・呂、お・風・呂~っと♪」
勇者「…」
僧侶「…思いっきり、煙草ですね、これ」
勇者「落としたの気づいてないし…」
僧侶「どうしましょう…煙草なんて、体に悪いの分かりきってるのに吸う必要…」
勇者「カッコつけだから、いいんじゃない? 好きにさせれば」
僧侶「でも、煙草って臭いもつきますし…」
勇者「僧侶さん、煙草嫌い?」
僧侶「だって、いい印象ありませんし…」
勇者「兄ちゃんの服にこっそり戻しとくよ」
剣士「あ、洗濯の前に、服の中出しとかねえと…」ゴソゴソ
剣士「ん? 煙草…あれ? どこいった…どっか落としたか…?」
剣士「…………まあ、別にそれならいいか」
剣士「風呂っ」
ガララッ
バタム
勇者「…風呂、入ってるよね…」ソ-
勇者「ポケットの…浅いところ入れておけばいっか」
バタム
アア イイ ユ ダ ニシテモ キンカ ヨンマイハ イタイナ
セコセコ チョキン シテタ ノニ…
シカタナイ カ アキラメテ マタ タメリャア イインダシ
キゾク タル モノ ウツワヲ オオキク モタネエトナ ウン
ガララッ
剣士「ふぅ…いい湯だった」
剣士「さて、と着替えたらメシか。でも、また外行くのに服替えるのも…いや、でも…濡れたままは気持ち悪いし、いっか」ポロッ
剣士「…あれ、煙草…」
剣士「さっきはなかったのに…どういうことだ?」
剣士「メシ行くぞ。――って、勇者はどうした?」
僧侶「勇者くん、1人がいいって行っちゃいました」
剣士「あんだと? ったく、仕方ねえな…。じゃ、2人でメシ食うか」
僧侶「…剣士、煙草なんて吸い始めたんですか?」
剣士「は?」
僧侶「さっき、落としましたよ」
剣士「…そうか。悪いかよ、いいだろ、別に」
僧侶「でも、体に悪いですし、体臭とかだって…」
剣士「いいんだよ、放っとけ。メシ行くぞ」
僧侶「…もう」
ザ-------
勇者「…何してんだろ、俺」
ポツン
勇者「もう、手持ちのお金ないのに、1人で出てきて…」ハァ
勇者「剣の練習でもしよ…」スラァン
ブンッ
ブンッ
ブンッ
*『いやあ、よく来てくださいました、勇者様!』
剣士『俺じゃなくて、こっちが勇者だ』
*『えっ、こちらが勇者様…? す、すみません、いやあ、さすがは勇者様だ、精悍なお連れ様ですね! 能あるタカは爪を隠すと言いますが、勇者様はまさにその通りでございますね!』
ブンッ
ザッ
ブゥンッ
*『あの魔物がやって来てから…もうこの村はめちゃくちゃで…』
*『腕の立つ傭兵にも依頼してみたものの、ことごとく全滅させられて、もう国からも見放されてしまって…』
剣士『そんなら、俺らで退治してやるよ。なっ、勇者』
ダッ
ヒュババッ
*『ねえねえ、お兄ちゃん』クイクイ
剣士『おっ、どうしたぁ、ガキんちょ?』グリグリ
*『しゃがんで』
剣士『ん?』
チュッ
*『助けてくれてありがとっ。ケッコンしてあげても、いーよ?』ニコッ
剣士『20年後に出直してくれ』
ブンッ
バッ
ズンッ
*『街を救ってくれた英雄達が帰ってきたぞ!』
*『一時はどうなるかと思ったが、街が無事で良かった。何と言っても、あの剣士様だ』
*『ああ、魔物をばったばったと切り倒して…何だか胸のすく思いだった』
ブンッ
ズルッ
バタッ
勇者「…」
ムクリ
勇者「何やってんだろ…また泥まみれになっちゃった…」ハァ
勇者「!」ヒョイッ
イヤ シカシ ウマカッタ ア ソウリョト クエバ ナンデモ カクベツカ
ソッ ソウ ヤッテ カラカウノ ヤメテ クダサイ ッテバ
カラカッテ ネエヨ アイスル オンナト イッショニ イルンダゼ
アウウ ケンシ…
勇者「…」
勇者「行った…。何で隠れたんだろ…」ハァ
勇者「ああ、もう、ムカつく。全部、この雨が悪いんだ。魔法で雨なんか干上がらせてやる…。街の外れで特訓しよう」
テレレレッ
シュボボボボボッ
勇者「火力が、これ以上は上がらない…。どうすればいいんだろう…」
勇者「魔力を余分に込めたってムダになっちゃうだけだし…」
勇者「いっそ、火球魔法と閃熱魔法を合わせてみちゃう…?」
勇者「いやでも、合わさるのかな? やるだけ、やってみようかな…」
シュボボッ
勇者「火球魔法用意完了、このまま、閃熱魔法を…」
バチッ
勇者「っ――な、何か、良くない予感…魔法が反発し合ってる…?」
勇者「でも、それって威力もきっと…うん、小火球と小閃熱なら、失敗したってちょっとした火傷で済むし…」
バチィッ
フッ
パァァァァンッ
勇者「痛~~~~ったぁっ!?」
勇者「何、これ、痛いよ!? 悔しい…成功するまでやってやる」
勇者「絶対にこれ制御して、雨雲なんか蹴散らしてやる…」ブツブツ
勇者「…お腹減った…」
ブンブンッ
勇者「集中! 集中しなきゃ…」
グゥゥ…
勇者「この魔法、完成したら何て名前にしよう…」
勇者「…リア充爆破魔法、とか?」
勇者「……ああもうっ、こんなこと考えてたら日が暮れちゃうよ」
勇者「その前に雨雲で太陽なんて出てないか…」
勇者「…」ボ-
勇者「ダメだ、ダメだ、集中しなきゃって気を引き締めたところなのに、こんな…」
勇者「今に見てろ、雨なんかぶっ飛ばしてやる…」ブツブツ
ザ-------
僧侶「今度は勇者くんが帰ってきませんね…」
剣士「あいつ、どこで道草食ってやがんだ…」
僧侶「もう晩ご飯の時間も過ぎちゃうのに…心配です…」
女将「まだ帰りませんか? そろそろ片づけたいんですけどねえ…」
剣士「あー…悪いな、おばちゃん。部屋で食っていいか? 明日の朝、食器返すから」
女将「そうしてもらえるとこっちも助かりますよ。でも、雨がまた一段と強くなってきて、心配になりますねえ…」
僧侶「そうですね…」
ザ-------
ザ-------
勇者「できないっ…!」
ドサッ
勇者「何でできないんだろ…」
勇者「…そこら中、穴だらけにしちゃった…」
勇者「まあいいや、どうせぬかるんでるし、勝手に戻るよね…」
勇者「お腹減ったぁ…もう晩ご飯、終わってるのかな…?」
勇者「一旦帰れば良かったかも…。でも、兄ちゃんと僧侶さんの邪魔したくないし、いちゃついてるの見てると無性にムカつくし…」
勇者「…」
勇者「もう1回、やってみよ」
ザ--------
カランッ
僧侶「あ、剣士…勇者くん、見つかりました?」
剣士「いや、街中見て回ったが、どこにも。それより、もっとヤバいことになってる」
僧侶「ヤバいこと…?」
剣士「近くの川が、この大雨で氾濫しそうだ。街の連中とその対策してくるから、お前は先に寝てろ」
僧侶「私も行きます」
剣士「土嚢積むだけだ、お前はいい」
僧侶「いえ、雨の中の作業になりますし、簡易テント張って、温かいものを用意したり、ケガ人に備えたり、やれることがありますから」
剣士「…そうかよ。先に行く」
僧侶「はい。私は近くの教会に、お手伝いをお願いしてから参ります」
ザ--------
勇者「っ…! ここだ、火球魔法と閃熱魔法が融合しかかって、ここですごい反発がくる…!」
勇者「これを、力ずくで魔力で抑え込んで…!」ググッ
パァァァンッ
勇者「はぁっ…はぁっ…また、失敗…」
勇者「もうちょっとのはずなのに…あれさえ制御出来れば…」グッ
勇者「もう、1回…!」
ザ---------
剣士「――ダメだ、決壊するぞ!」
ドッバァァァッ
ウワァ------
ニゲロォ------
剣士「っ――避難が間に合わない…!」ダッ
*「おいっ、巨大な流木だ!」
剣士(何だ、あのサイズ…!? 鉄砲水に飲まれるだけならまだしも、あんなのにぶつかった人間なんか簡単に死ぬぞ!)
剣士(だけど、あの技なら…!)
剣士(頼む、成功してくれ! 俺の剣を信じろ! 大地を抉り、自らの覇道を唱える奥義――!)
剣士「覇道斬りィ――――ッ!」
ブゥンッ
ザッパァァッ
*「すげえっ、水が割れた…!?」
ブワァァァッ
剣士「ハッ…ハッ…」
*「あの剣士のあんちゃんを…水が避けた…」
*「いや、違う、流木が真っ二つになってる! 水ごと流木を切って、直撃を避けたんだ!」
剣士「その流木で塞き止めるんだ! 土嚢で支えて、固めろ!」
オオ------
剣士「そっちに8人つけ! こっち側は、俺だけで、充分…!」
*「すげえ、本当に1人で片側持ち上げた…!」
*「感心する前に体を動かせ!」
剣士「せー、のっ!」
僧侶「どうにか…なりましたね。どうぞ、あったかい飲み物です」
剣士「ああ…どうなるかと思ったが、これなら大丈夫だな。けど、農作物がどうなるか…」ズズ
僧侶「こればっかりは、どうにもなりませんしね…」
剣士「ああ…雨が上がっても、水はしばらく残っちまう」シュボッ
スパ-
僧侶「…」
剣士「ふぅっ…」
僧侶「煙草、やっぱり吸うんですね。しかも、仕草がこなれてません?」
剣士「どうだっていいだろ…」スパ-
剣士(実はちょっとむせるのガマンしたけど…)
剣士「勇者、まだ帰ってねえのかな…?」
僧侶「どうでしょうね…。心配です」
剣士「…ああ」
ザ-------
勇者「もう、一、息…!」グググッ
パァァァンッ
勇者「あー、もう! また失敗…」
勇者「でも、もうちょっとのはず…」
ザ-------
剣士「あいつ…! どこで、何してやがんだ! もう朝だってのに!」
僧侶「雨、やみましたね…」
剣士「探しに出てくる!」
パァァァンッ
剣士「っ…何だ、この音…? こっちの方から…」
イマノ タイミング ダト マダ ハヤイノ カモ…
モウ チョット ギリギリ マデ ネバッテ カラ…
剣士「勇者…あいつ、泥まみれで、あんな地べたにまで座り込んで何を…」
ポゥ
ポゥ
ググッ
パァァァンッ
剣士「…」
マダマダッ
剣士「…ったく」シュボッ
僧侶「――あっ、剣士…勇者くん、見つかりましたか?」
剣士「ああ」
僧侶「本当ですか! あれ、でも一緒ではないんですか…?」
剣士「…しばらく、放っとくことにした。俺は水害の様子見てくる」
僧侶「あ、はい…」
*「あなたのお陰で、どうにか街までの浸水は避けられました。しかし、畑の方は…」
剣士「これは、酷いな…。収穫できそうか?」
*「いえ…ダメでしょう…。備蓄分も少なく、国に納めたら我々はもう食べるものなんてありませんよ…」
剣士「分かった、俺がどうにかしてやる」
*「へ?」
剣士「備蓄分を納めなければ、冬は越せるか?」
*「い、いえ…それも難しいかと…」
剣士「そうか…。じゃ、それも考えねえといけないな。だが、飢え死になんてのが1人も出ないように――」
ウッ ウワァァァァァッ
剣士「?」
マッ マモノガ キタゾォ-------
剣士「何…!?」
*「ひぃっ、魔物…!?」
剣士「あんた、宿に僧侶って俺の連れがいる、すぐにここへ呼んでくれ。あと、街の外れに――」
剣士「いや、僧侶だけだな。呼んできてくれるか。魔物は俺が食い止める」
*「は、はいぃっ…!」ダダッ
剣士(どれだけ何をしてたかは知らねえが、今の勇者じゃ魔力を使いすぎてる…魔物の相手なんか務まらねえ…)
剣士(ここは俺が、撃退する…!)
ザワザワ
勇者「はぁっ…はぁっ…。また失敗…。何か、騒がしいような…」
勇者「どうかしたのかな…?」
イソイデ ヒナンヲ シロッ マモノガ キテ イルゾ
ドウシテ コンナニ ワリィ コトガ カサナルンダ
勇者「魔物…!?」
勇者「ねえ、魔物って、どこ!?」
魔物「―――んんん~? 手応えがねえなぁ~?」
剣士「っ…!」チャキ
僧侶「この魔物…皮膚が柔らかすぎて、攻撃が通じません…」
剣士「斬っても斬っても、刃こぼれするばっかだな、これじゃ…」ジリ
魔物「ハハハッ! 貧弱だなぁ~人間というのは」
剣士「それなら、これで…どうだ! 覇道斬り!」
剣士は勢いよく短剣を振るった!
繰り出された剣戟が大地を抉りながら進撃する!
しかし、剣戟は魔物へ到達する前に勢いを失って消えた!
魔物「何をしたんだぁ~?」
剣士(クソ…昨日の疲れか…もしくは、あれがマグレだったか…)
魔物「こっちからの反撃だ! 食らえーい!」
魔物が空高く飛び上がり、剣士に襲いかかる!
剣士「っ――高い!?」
僧侶「剣士、避けて!」
剣士「クソっ…!」ダッ
ドッゴォォォッ
剣士「ぐあっ…!?」
僧侶「きゃっ…!?」
魔物「ふっふーん、着地の際の衝撃波は爆裂魔法並みの範囲だ。そう簡単に逃げられると思ったら、大間違いだぞ~?」ニタニタ
剣士「くっそ…!」
僧侶「攻撃の手段が…せめて、勇者くんがいれば魔法で――」
魔物「なーにを言ってる、愚か者め。俺の体は軟弱な魔法など寄せつけんわっ!」
剣士「それでも、てめえをぶちのめす…!」ダンッ
剣士が魔物に切りかかる!
しかし、攻撃は魔物の柔肌に吸収されてしまう!
魔物「分からず屋め、ムダと言っておろうが!」
魔物が剣士に強烈な頭突きを叩き込んだ!ズゴォッ
剣士「っ――」
僧侶「剣士…!」
魔物「ふっふーん、お前も仲間の心配をしてる場合ではないぞぉい!」
魔物が僧侶に向かって猛突進し、両拳を叩きつける!
僧侶は防壁を張ったが、無惨に砕け散った!
僧侶「きゃあっ…!」
魔物「弱い弱い、人間というのは弱くていかんなぁ~?」
剣士「んの、体脂肪1000パーセントのクソデブめ…」
魔物「クソデブぅ~? それの何が悪い?」
僧侶「肥満はいけません! 生活習慣病のリスクが高いんです! 糖尿病にでもなったら好きなものも食べられなくなりますよ!」
魔物「そんなもの、我々、魔族には関係がなぁ~い! むしろぉ? 有り余る脂肪を全て引き締めることで得た、この無敵の防御力の前にお前らは何もできぬではないか!」
剣士「畜生め…」
僧侶「でも、実際どうしましょう? 打撃も斬撃も通じません。魔法は勇者くんしか使えないのに、いませんし…」
剣士「…いたところで、今のあいつは魔力なんてすっからかんだろうぜ」
僧侶「え?」
魔物「さぁーてぇ~? そろそろ貴様らに引導を渡してやろうではないか。地獄まで、叩き落としてくれるわぁ!」ピョ----ン
剣士「また、あの攻撃か! あの巨体でどうやって飛んでやがる!」
僧侶「言ってる場合じゃないです! さっきよりも高いですし、あんなの食らったらひとたまりも…!」
ヒュゥゥゥ---------
剣士「落ちてきた…! 僧侶っ!」ダキッ
僧侶「け、剣士…そんなじゃ、あなたが…!」
魔物「死ねぇえええ――――いっ!」
勇者「――極大凍結魔法!」
ヒュオォォォッ
ガッキィィィ--------ン
ドゴッ
ツルリンッ
魔物「ぬごぉぉっ…!?」
ズザザザァッ
ドテッ
僧侶「へ? …こけましたね…」
剣士「今のー―」
魔物「ぬぐぐ…やっと現れたか、勇者ぁ~…」
勇者「兄ちゃん、僧侶さん、大丈夫?」
剣士「お前っ――」
僧侶「ぼ、ぼろぼろじゃないですか、泥まみれだし…そんな…。何してたんですか、今まで」
勇者「あ、ごめん、でも大丈夫だって」
剣士「大丈夫ってな、お前、魔力あんのか!」
勇者「え?」
魔物「許さん…許さん許さん許さん…ゆーるさん、ぞぉぉぉ~!」ドドドッ
魔物が怒り狂って突進してくる!
僧侶「あの魔物、すごいパワーなんです!」
勇者「でも、頭良くないみたいだからどうにもなる! 中竜巻魔法!」
ブワァァァッ
魔物「わっはっはっ、そんな軟弱な魔法でどうにかなると思って――おおっ? 体勢、がぁっ…!?」
ツルリンッ
ドサァッ
勇者「あんな大きな体してたら、風にあおられるし、足元が氷漬けなんだから滑るのは当然! 踏ん張り利かないなら尚更だよ」
魔物「このぉ~コケにしおってェ…!」
勇者「こっちだ!」タタッ
魔物「待てぇいっ…!」ドドドッ
僧侶「すごいです、勇者くん…。私たちじゃ、全然太刀打ちできなかったのに…」
剣士「いや、すごいのはあいつの魔力だ…あんなにぼろぼろになるまで、魔法の練習してて、今だって極大凍結に、大竜巻…あいつの魔力、どうなってやがる…?」
ドドドドドッ
魔物「ぬぅん、食らえ! 極大爆裂魔法~!」
勇者「こっちだって! 極大爆裂魔法!」
カカッ
ドッゴォォォォォッ
カカッ
ドッゴォォォォォッ
魔物「同じ魔法で相殺するとは、生意気! だったら、これでどうだ!」
魔物「まずは、極大火球! さらにっ、極大凍結! ついでにっ、極大竜巻! そしてっ極大閃熱! おまけもだ、極大爆裂ぅ~っ!」
勇者「それくらい! 極大火球、極大閃熱――」ポゥゥ ポゥゥ
勇者(あっ、さっきまでのクセで2つやっちゃっ――)
バチバチバチィッ
勇者(やっば!? 極大なんて…合わせたら、いやっ、やるしかない――!?)
魔物「死ねぇい、勇者ぁ~!」
バチバチバチィッ
フッ
勇者「あ――ここ?」バッ
ブンッ
勇者は迫り来る極大魔法のオンパレードに向かって、輝く光球を投げつけた!
魔物「何だ、その奇天烈な魔法は? 頭が沸いたかぁ~? わっはーー」
カッ
ブワァァァァッ
光球が中空で炸裂し、凄まじい熱線を周囲へばら撒いていく!
勇者「でき、た――」
魔物「ぬがぁぁ~!?」シュボボボ
魔物「火っ、火がぁっ…!? 消え、消えないっ…! 熱い、熱い゛、あぁぁぁ~~~っ!?」
魔物は全身を焼き焦がされて倒れた!
勇者「…」キョトン
剣士「勇者!」
僧侶「勇者くん、今の光って…!?」
剣士「何だ、これ…? あんだけぬかるんでた地面が、ここら一帯だけ干上がってるみてえな…」
勇者「できちゃった…あはは…」フラッ
僧侶「勇者くん!?」
勇者「安心したら、気が抜けて…」ドサッ
剣士「勇者っ…大丈夫だ、寝てる…」
僧侶「図太い、ですね…。終わってすぐ寝ちゃうなんて…」
剣士「…ああ、俺の自慢の弟だからな」
剣士「ところで、僧侶」
僧侶「何です?」
剣士「あいつ、脂肪1000パーセントとか、のたまってたよな?」
僧侶「そうですね。それがどうかしました?」
剣士「てことは、あれを解体したら…いい食料になるんじゃねえかと」
僧侶「えっ…ま、魔物を食べたら魔物になるって…」
剣士「ならねえよ。お前だって、知らない間に食ってんだろ」
僧侶「えっ」
剣士「魔物になってる自覚あるか?」
僧侶「ちょっ、えっ…? えぇええええ――――――っ!?」
剣士「驚くお前もかわいいな。愛してるぜ」
ムクリ
勇者「…お腹減った」
ガツッ
勇者「痛って…」
剣士「説教の後にメシ食わせてやる。座れ」シュボッ
勇者「…」セイザ
剣士「一昨日の昼から、何も言わずに何してやがった」
勇者「…魔法の、特訓」
剣士「それならそうと一言くらい言っとけ! 心配するだろうが!」
勇者「だって、途中でムキになっちゃって…」
剣士「ムキになっただぁ? 雨の中をどれだけ捜しまわったと思ってる!?」
勇者「っ…ごめんってば…」
剣士「…文句あんなら、ちゃんと口で言え。黙ってちゃ、分からねえんだよ」
勇者「兄ちゃん…」
剣士「あと、もう兄貴面してほしくねえなら、それでいい。兄弟ごっこなんて、どうせ俺の思いつきとわがままだしな…」
剣士「だが、そうなったら今度はもう対等な関係だぞ。それこそ、もう俺は何もお前の世話なんか焼かねえし――」
勇者「いいよ、兄ちゃんは兄ちゃんのままで」
剣士「はっ?」
勇者「…いいって言ったらいいよ」
剣士「いいのかよ? やかましいんだろ?」
勇者「うん…身に染みた、何だか。1人で色々やるの、大変だし…それに、生乾きの服じゃ気持ち悪かったから」
剣士「服?」
勇者「とにかく、いいよ! 兄ちゃんは、俺の兄ちゃんだから! 世話焼いて!」
剣士「お、おう…?」
勇者「あとね、俺、すごい魔法覚えちゃったんだ。まさに、雨降って地固まる魔法だよ、すごいんだよ~?」
剣士「はあ? 俺なんか、濁流を真っ二つにできるんだぜ?」
勇者「何それ!?」
剣士「公爵家に伝わりし、秘伝の奥義だ」ニヤリ
勇者「うっ…じゃ、じゃあ、もっともっとすごい魔法覚えるし!」
剣士「秘伝の奥義はまだあるからな。そっちも、この調子ならすぐだぜ」
勇者「うぐっ…」
ガチャ
僧侶「どうしたんですか? 2人の楽しそうな声、廊下まで漏れてますよ」
勇者「楽しくない! 聞いてよ、必死にすごい魔法覚えたのに、兄ちゃんが対抗してくるんだよ!」
剣士「対抗なんかしてねーよ」スパ-
勇者「普通さ、弟がいい気になってるんなら、兄ってそれを誉めてあげるもんじゃないの!?」
剣士「はぁ? 兄貴ってのはな、常に弟の先を行くもんだぜ? どんだけお前が高く天狗の鼻伸ばしたって、叩き折ってやるからな」
勇者「ぬぐぐ…」
剣士「これが兄貴としての貫禄だ」
僧侶「あ、書簡の用意、してきましたよ」
剣士「おう、ありがとな」
勇者「書簡?」
剣士「ただの定期報告。俺と僧侶のいちゃラブっぷりを父さんと母さんに伝えておかねえとな」
勇者「あっそ…。お風呂入ってくる」
バタム
僧侶「…嘘は女神様がお嫌いですよ?」
剣士「いいや、他人を思っての嘘ならお許しになるね。…言えねえだろ、『水害の影響で今年の収穫は見込めないから作物の納税を免除してやってくれ』って、俺の特権で請願してるなんて」
僧侶「どうしてですか?」
剣士「あいつは勇者だ。魔王を倒すことだけ考えりゃあいい。勇者としてのイメージってのは、俺がこっそり作ってやりゃあいいのさ」
僧侶「別にこっそりしなくても…」
剣士「あれはバカだから、こんなことまで考え出したら、てんてこまいだぜ? 兄貴として、そんな負担させられねえよ」
僧侶「…やっぱり、剣士も勇者くんもそっくりですね。似た者同士で、いっつも相手のことを大切に想って…」
剣士「義理だろうが、そうじゃなかろうが、兄弟だからな!」ニカッ
剣士「それに、お前のことだって、俺は大切に想ってるぜ」
僧侶「そ、そろそろ…馴れてきましたから、うろたえませんよ?」ツン
剣士「かーわいいの、こいつ~」
僧侶「かわっ…!?///」
剣士「はっはっはっ」
ちょっち休憩しまーす
描写不足などなどで分かりにくいことがあったら
お答えしますのでお気軽にどーぞー
再開しまーす
―王歴165年―
勇者「凍結魔法、爆裂魔法――爆裂氷弾!」
勇者は凍結魔法と爆裂魔法を唱えた!
荒れ狂う猛吹雪が魔物の群れを飲み込み凍結させる!
瞬時に魔物の群れとともに凍結した爆裂魔法が炸裂した!
大爆発があらゆるものを破砕していく!
魔物の群れは木っ端みじんの霜となって消え去った!
勇者「兄ちゃん、僧侶さん、どうだった? 新魔法!」クルッ
剣士「おーおー、また派手にやらかしたな」スパ-
僧侶「最近、ますます勇者くんの魔法に磨きがかかってきましたね」
剣士「これで、もうちょい剣術がマシなら文句はねえんだがな」
勇者「うっ…兄ちゃんとはタイプが違うんだよ、タイプが」
僧侶「そうですよ。勇者くんは魔法に特化してるんですから。魔法なしじゃ、私相手でも10秒しか勝負にならないんですよ?」
勇者「それはそれでどうなんだろう…。てか、僧侶さんは普通に強い方の部類だからね…?」
剣士「ま、いいさ。…それよか、明日からはようやく魔王城へ突入だ。最終調整はこれくらいでいいな?」
勇者「うん」
僧侶「緊張します…」
剣士「よし、じゃあ景気づけにかるーく飲むか! 酒場に繰り出そうぜ!」
ワイワイ
ガヤガヤ
剣士「旅に出てから3年、か…。意外と早かったな、ここに来るまで」
僧侶「王都から旅立ったんですよね、お2人は」
勇者「うん。兄ちゃんの家に一晩だけ泊まって、翌日には旅立って…。色々あったなあ」
剣士「そうだな。カジノで身ぐるみ剥がされたかと思ったら、お前はスロットで大当たりしてるし」
勇者「そのお金で立派な馬車を買おうとして、でも魔物に襲われた街の復興費にして…」
剣士「あの時に魔物さえ来なけりゃ、今ごろは優雅な旅だったのによぉ…」
僧侶「ふふ、お2人で旅をしていた頃も色々あったんですね」
剣士「お前が旅に加わってからが本番みたいなものだけどな」
勇者「戦闘も随分と楽になったし、各地の教会で安く宿泊する裏技も金銭的に助かってるし…」
剣士「お前はシケたこと考えてるなよ。金ってのは溜め込むんじゃダメなんだぞ?」
勇者「分かってるってば…。俺だってもう15なんだから、子ども扱いしないでよ」
僧侶「まだまだ、勇者くんは子どもですよ」
剣士「僧侶の言う通りだ」
勇者「そんなに年は違わないくせに…」ムッ
僧侶「ここから魔王城まで、船で3日ほどでしたか…」
剣士「ああ。海賊どもがアッシー君になってくれるとはな。これも俺様の人徳だぜ」
勇者「人徳って言うか…」
僧侶「惚れられた弱味につけこむなんて最低ですよ…」
剣士「うるせっ。だがな、俺は永遠、お前一筋だ」
僧侶「け、剣士…///」
勇者「ああもう、すぐにそうやってのろけて…。俺、先に帰る?」
剣士「そう遠慮すんなって。お前の義姉さんになるんだぞ?」
勇者「義理の義理でね」
僧侶「ギリギリの関係ってやつですね」
勇者剣士「」
僧侶「何ですか、その顔はぁっ!?///」バンッ
勇者「いや…うん、そう、だね…って…」メセンソラシ-
剣士「オヤジギャグ滑らせて赤面してる僧侶もかわいいぜ、安心しろ」グッ
僧侶「ちょっとおどけただけじゃないですか…」ムスッ
ファ-ア
剣士「ん、何だ、勇者。もう眠いのか?」
勇者「早めに寝るよ。明日から、海賊船だし…。海の上じゃ安眠は難しいだろうし…。おやすみ」
剣士「おう、おやすみ」
僧侶「おやすみなさい」
カラン
剣士「あと少しで、この旅も終わりか…」
僧侶「そうですね…」
シュボッ
スパ-
剣士「煙草買っとかねえと…」
僧侶「体に悪いですよ」
剣士「分かってるって。でも、吸ってみるとやめられねえんだよな…」
僧侶「もう…。悪いことばっかり覚えて…」
剣士「悪いことぉ? そりゃ、どーいうことだ?」
僧侶「別にぃ…」ムスッ
剣士「…全然、今日は酔えねえや」
僧侶「決戦前なのに酔っ払ってたいんですか?」
剣士「ああ、酔っ払いたいね…。正直なこと言えば、酔ってねえと、やってらんねえくらい不安だ…」
僧侶「剣士…」
剣士「俺は正直…魔王との戦いで、生き残れるかどうか怪しく思ってる」
剣士「だが、何があってもお前と勇者は俺が守ってやる」
僧侶「剣士…」
剣士「未来のために、必ず勝とう」
僧侶「はい。でも、私も守られてばかりじゃいられません。一緒に生き残りましょうね」
剣士「当たり前だ。魔王を倒したら、念願叶って入籍だぜ?」
勇者「――窓を開けても星があまり見えない…。曇ってるわけじゃないのに」
勇者「魔王城から発せられる瘴気の影響か…」
勇者「距離が離れててこれなら、魔王城のある島は…」
勇者「ううん、弱気になっちゃダメだ。魔王は倒さなきゃ」
勇者「魔王を倒して…」
勇者「魔王を倒したら、俺は一体…何をすればいいんだろう?」
ブンブン
勇者「勇者の称号を返上して、一般人になるだけじゃん」
勇者「そうそう、それで…兄ちゃんと僧侶さんの結婚式に出て、それから…」
勇者「それから…」
ポツン
勇者「…早く、寝よっと…」
女海賊「――剣士の旦那~! きっと無事で帰って下さいよ~!」
剣士「おうよ、任せろ!」
僧侶「ここまで送って下さって、ありがとうございます」
女海賊「うちは妾でもいいんで! 待ってますよ、剣士の旦那~!」
僧侶「けっ、剣士は妾なんてとりませんからねーっ! あなたはあなたで、ちゃんと相手探して下さいよー!」
勇者「…兄ちゃん、モテモテだね」
剣士「ま、俺は僧侶一筋だがな」ダキッ
僧侶「えへへ…///」
勇者「決戦前最後のおのろけが済んだなら行こ」
勇者「魔王城は、もう見えてる」
門番「よく来たな、勇者と、その仲間ども」
剣士「おうおう、門番のくせに立派なガタイしてんじゃねえか」
門番「我こそは魔王城の番人! 魔王城に入りたくば、この俺の屍を踏み越えろ!」
・
・
・
紅竜「ここまで辿り着いたか…」
剣士「魔王城ってのはどんだけ余剰人員がいやがるんだ…」
勇者「魔物の1体ずつも強いしね…」
僧侶「でも、まだまだいけます!」
紅竜「魔王城の守護者たる我を、貴様らは倒せるか?」
勇者「倒す!」ダッ
ギィイイイ…
勇者「ここが、魔王城の最奥部…」ハァハァ
剣士「うちの国の玉座の間の方がセンスいいぜ…」
僧侶「でも、このプレッシャーは今までの魔物とは桁違いです…」ゴクッ
魔王「――よく来たな、勇者」ニィッ
僧侶「一目で、分かりますね」
剣士「ああ…見た目は俺らとそう変わらねえが、あいつが全ての元凶だ」
勇者「覚悟しろ、魔王!」
魔王「さあ、始めるか。この俺を殺せるのならば、殺してみろ」
剣士「へっ、自意識過剰だな」
魔王「それは貴様ら人間の方であろう」
魔王「体力も、魔力も、到底、覆せぬほどの絶対的な差がありながら、この地上の支配者を気取るのだからな」
僧侶「私達は支配者を気取ってなどいません!」
魔王「ふっ…戯れ言を」
勇者「戯れ言かどうか、試してみろ!」
剣士「行くぜ、勇者、僧侶!」ダッ
僧侶「はいっ!」
勇者「まずは小手調べだ。極大火球魔法…!」
勇者は火球魔法を唱えた!
巨大な炎の塊が魔王に直撃して火柱をあげる!
魔王「その程度か?」スッ
しかし、魔王は無造作に手を振るうと炎をかき消した!
突如として剣士が魔王に切りかかる!
剣士「小手調べだって、言っただろ!?」
魔王「魔法の影に隠れたか――」
剣士はさらに魔王へ追撃をしかける!
剣士「へっ、どうだ!?」ヒュンッ
しかし、魔王は素手で剣士の剣を受け止めた!
魔王「だが、所詮はこの程度」
魔王は軽く手をあげた!
すると剣士が中空に持ち上げられる!
剣士「っ!?」
僧侶「剣士!?」
魔王「爆ぜろ」
眩い光が発せられ、直後に大爆発が引き起こされる!
しかし、寸前に剣士の体を柔らかな光の衣が包み込んだ!
僧侶「へ、平気ですか…?」
剣士「ああ…どうにか」
魔王「ほう、あれを防ぐか」
勇者「でやぁああああっ!」ブンッ
勇者は魔王に切りかかった!
魔王「随分と稚拙な剣筋だな?」
しかし、魔王はまたしても素手で受け止めると勇者に強烈な回し蹴りを見舞う!
勇者「くっ…!」
剣士「なら、剣と魔法のコンビネーションだ!」ダッ
勇者「火球魔法、爆裂魔法――爆裂光弾!」
勇者は火球魔法と爆裂魔法を唱えた!
剣士は剣に魔力を宿して魔王に向かって走り出す!
僧侶「剣士、補助魔法をかけます!」バッ
僧侶が祈りを捧げると、剣士は青い光の衣に包まれる!
剣士が強化された身体能力で魔王に襲いかかる!
剣士「そら行くぜ!」
剣士は勇者の放った紅蓮の炎を内包した無数の光球とともに魔王へ鋭い連続の突きを繰り出していく!
魔王「無数の光弾と、連続の剣戟か…! 面白い!」
勇者「もう一丁、追加! 凍結魔法、爆裂魔法――爆裂氷弾!」
勇者は凍結魔法と爆裂魔法を唱えた!
荒れ狂う猛吹雪が魔王を飲み込み凍結させる!
しかし、魔王は凍結されずに身体から魔力を放ち続ける!
瞬時に魔物の群れとともに凍結した爆裂魔法が炸裂した!
大爆発があらゆるものを破砕していく!
剣士「でりゃりゃりゃりゃ…!」
剣士は激しい魔法の中で魔王に鋭い剣戟を放ち続ける!
僧侶「私だって!」
僧侶は激しい魔法の中に飛び込んで魔王に鋭くナイフを突き放つ!
魔王「――だが、まだ足りんなァ!」
魔王はその身体から激しく魔力を解き放った!
勇者の放った魔法が手当り次第に炸裂、誘爆していく!
剣士と僧侶は魔法に巻き込まれながら吹き飛ばされた!
勇者「っ!?」
剣士「ぐあっ!」
僧侶「きゃあっ!」
魔王「所詮は人間だ。魔族の王たる俺との力量差は明確…」
魔王「人間の分際で、この俺を殺すなどと片腹痛いわァ!」
魔王「究極の魔法を見せてやる!」
魔王「塵となって消え去るが良い!」
魔王「極大闇魔法!」
魔王は闇魔法を唱えた!
地の底からどす黒い瘴気が液状化しながら滲み出す!
勇者「これは…!?」
剣士「何だ、床から闇が…!?」
僧侶「魔法障壁を蝕んできます!」
魔王「消え去れ、勇者よ!」
剣士「勇者ァ!?」
剣士はとっさに勇者を庇った!
液状化した黒い瘴気が膨れ上がり、無数の刃となって周囲を引き裂き荒れ狂う!
勇者「――っ」
僧侶「ぁ…ああ…」
ドサッ
勇者「兄、ちゃん…?」
剣士「…ぁぁ…ダメ…かも…こりゃ…」ゴボッ
僧侶「剣士…剣士…! ダメ、こんな、こんなの…!」パァァ
僧侶は祈りを捧げた!
剣士の傷が塞がっていく!
しかし、剣士は虚ろな目をしている!
勇者「兄ちゃん…俺を庇って…」
魔王「ふははっ、人間と言うのは愚かだな!」
魔王「次はその女だ」
魔王は僧侶めがけて襲いかかる!
勇者「っ――させない! 火球魔法、閃熱魔法――火輪乱舞!」
勇者は火球魔法と閃熱魔法を唱えた!
眩い輝きを放つ無数の光球が繰り出され、弾けるのと同時に周囲を凄まじい炎が蹂躙する!
魔王「ヌルい!」
魔王は業火の中を疾駆して迫る!
勇者「僧侶さん、兄ちゃんをお願い…!」
ギィンッ
魔王「非力だな、勇者!」
魔王は勇者の剣を無造作に薙ぎ払い、首根っこを掴んで地面へ叩き潰す!
勇者「ガッ…!?」
剣士「僧、侶っ…逃げ――」
僧侶「言ったはずです、剣士。私も、守られるばかりじゃいられないって」
僧侶は魔王と対峙した!
僧侶はナイフを両手に構えて魔王に切りかかる!
しかし、魔王は素手でナイフの連撃を捌いていく!
魔王「ほう、人間の女にしては熟練した動きであるな?」
シュババババッ
ギャリッ ギギギッ
僧侶「はぁっ!」
僧侶は魔王の心臓へナイフを繰り出した!
魔王「だが、脆弱だ」
心臓へ繰り出されたナイフは過重によって折れた!
僧侶「そん、な――」ゾクッ
魔王「そのようなもので、我が肉体に傷がつくと思ったか?」
魔王は体に瘴気をまとわせて蹴りを放った!
僧侶はとっさに腕で防ごうとするが、防いだ右腕ごと蹴り飛ばされる!
勇者「魔王ぉおおおお――――っ!」
勇者は魔王の背後から切りかかる!
魔王「今は失せていろ、お前の順番は後だ」ギラッ
魔王は勇者の顔面を片手で掴み、そのまま後頭部から床へ叩き伏せる!
僧侶「っ…勇者、くん…」ゼィゼィ
僧侶(回復…してあげないと…っ? 腕、私の腕が、折れ――)
魔王「どうした、もう俺に向かってこないのか?」
僧侶「ッ――!」ゾゾゾッ
魔王は僧侶の前で仁王立ちして見下ろし、にやにやしている!
僧侶(怖い――怖い、怖い、怖い、殺される、レベルが、違いすぎる)
僧侶(死ぬ死んじゃう死んじゃう嫌だ女神様、助けてください誰でもいいから誰か――)
剣士「僧侶ォ――――ッ!」
僧侶「!」ハッ
僧侶の瞳に、戦意が再燃した!
僧侶(剣士――あんなに、ぼろぼろなのに、私を心配してる)
僧侶(口も態度も軽くって、それなのに私のことをいつも正面から見つめてくれる)
僧侶(負けず嫌いで、意地っ張りで、人一倍好奇心は旺盛で)
僧侶(いつも他の誰かの幸せを願ってやまない、大事な人)
僧侶(彼が私のために祈ってくれたから、私はささやかな幸福を感じられた)
僧侶(だから私は、彼のための幸せを祈ろうと決めた)
僧侶(私は彼とともにここまで歩み、そして、これからも歩んでいく)
僧侶(だから、相手が誰であろうとも、絶対に――)
僧侶「負けられ、ない…!」
僧侶は折れていない右腕のみで魔王に切りかかる!
しかし、魔王はそれを一歩も動くことなく回避する!
魔王「持ち直した、か。存外、心とやらは丈夫な個体のようだな」
僧侶「私はッ! たくさんの幸せを、分けてもらったッ!」
ヒュババッ
魔王(少しだけ、動きが速く――)
ヒュオォッ
グイッ
魔王は僧侶の折れた左腕を掴み、ねじり上げた!
僧侶「あ゛! ぐぅっ…!?」
魔王「痛かろう? 早く楽になれば良いものを、片意地張ったところで、この俺にはムダな足掻きというものだぞ?」
ギラッ
僧侶「それでも、勝ち取るんです…!」
ブンッ
ザシュッ
僧侶の攻撃が、魔王の頬を掠める!
魔王の鮮血が飛び散った!
魔王「!」
僧侶「今度は私がッ! 剣士と勇者くんに、幸せを与える番なんですッ!」
僧侶は驚愕した魔王の、一瞬の隙に渾身の一突きを繰り出した!
魔王は僧侶の攻撃を雑作もなく素手で受け止める!
しかし、僧侶の渾身の一突きは魔王の手の平を突き破った!
魔王「いいや、お前がヤツらにできることは、ただ1つ――」
魔王は僧侶のナイフを持つ手を、握りつぶした!グシャァッ
僧侶「―――――――!」
魔王「極大闇魔法」
魔王は闇魔法を唱えた!
地の底からどす黒い瘴気が液状化しながら滲み出す!
液状化した黒い瘴気が膨れ上がり、無数の刃となって周囲を引き裂き荒れ狂う!
僧侶は肉体の内側から無数の黒い棘が突き出して絶命した!
魔王「――絶望を与えることのみよ」
勇者「そ…僧侶さん…?」
剣士「僧侶…?」
僧侶「」
勇者と剣士は僧侶を呼んだ!
返事がない、屍のようだ!
勇者「嘘だ…そんなの、嘘に決まってる! 僧侶さん! 起きて、起きてよぉっ!」
勇者「俺もう、兄ちゃんといちゃついても、嫌な顔しないよ!」
勇者「乙女の秘密とか言って色々ごまかすことにも、何の疑問も持たないから!」
勇者「だからっ…だから、嫌だよ…」ポロポロッ
魔王「気分はどうだ、勇者よ。自分の無力さを思い知ったか?」
魔王「だがこれは、貴様の業ではない」
魔王「貴様を勇者として担ぎ上げ、ここへ送り込んだ者の罪科だ」
魔王「この俺に勝てる存在など、この世に存在しないのだからな!」
ググッ…
剣士「魔、王…」
剣士は目を血走らせながらゆっくりと起き上がる!
勇者「兄ちゃん――動いちゃダメだ…! そんな体じゃ…僧侶さんみたいに…」
魔王「しぶといな。もう動けないと思っていたが…」
剣士「て、めぇ…おれの…嫁に…何して…くれやがった…」
魔王「嫁? 伴侶だったか。ならば、貴様もすぐ、あの世に送ってやろう」
剣士「うぉおおおおおっ!」ダッ
剣士は駆け出し、裂帛の気合いとともに魔王へ剣を繰り出した!
ギィィィンッ
魔王は剣士の剣を受け止めた!
魔王「っ!? まだ、そんな力が――」
剣士「てめえだけは、死んでも殺す! 必ず、殺してやる!」
魔王「好きに喚くがいい、人間風情が!」
剣士は魔王と組み合ったまま、重心をずらして剣を翻した!
魔王は体勢が崩れてしまう!
魔王「っ!?」
勇者「僧侶さんの、技だ――」
剣士「てめえの心臓、もらったぞォ!」
ズンッ
剣士は魔王の心臓に剣を突き立てた!
魔王「ぐぅっ…!? だが、まだこの程度っ――」
剣士「勇者ァ! 俺ごとやれェ!」
勇者「そんな!」
魔王「死に損ないの分際でェ…!」
魔王は剣士の腕を掴んで剣ごと引き抜く!
しかし剣士は剣を放り出しながら、魔王に組みついて動きを封じる!
剣士「早く、しろォ!」
勇者「っ…火球魔法、凍結魔法――食らえ、消滅魔法!」
勇者は消滅魔法を唱えた!
右手に莫大な熱量の光、左手に全てを即時凍結させる光を収束し、手を合わせる!
魔王「何だ、その魔法は…!?」
プラスとマイナスの莫大なエネルギーが矢を形成し、勇者の両腕を弓として解き放たれる!
輝く一撃が魔王を貫いた!
剣士「ッ――」
魔王「ぐ、おぉおおお――――――っ!!」
勇者「魔力、全部だ! 持ってけぇえええ――――――っ!」
勇者は全ての魔力を注ぎ込む!
輝く矢がさらに勢いを増し、魔王と剣士を消し去った!
勇者「っふ…はぁっ…」ゼィゼィ
ガクッ
勇者「兄ちゃん…僧侶さん…」ポロポロ
勇者「っふ…ぇぐ…兄ちゃん…僧侶さん…っ…」
魔王「――俺を1度とは言え、殺すとはな」
勇者「っ!?」
魔王が無傷で現れた!
魔王は勇者を思い切り蹴り飛ばす!
ドゴォッ
魔王「人間風情が、あんな魔法を扱うとは…」
魔王「それが勇者としての力なのか」
勇者「何で…何で生きてるんだよぉっ…!?」
魔王「ふは…ふはははっ! 絶望しろ!」
魔王「この俺は魔王、世界を統べる神となる者だ!」
勇者「ふざけるなよ!? どうして生きてる!? 何で、俺じゃ倒せない――!」ハッ
『魔の王、眷属を統べて人の世を屠る者なり』
『聖なる証を宿し子の、輝く剣によりて魔の王は討たれん』
勇者(輝く、剣…?)
魔王「どうした、言葉さえ失ったか?」ニヤニヤ
勇者「剣…剣なら、ある…」
勇者は剣士の消え去った場所を這って目指す!
魔王「這いつくばらんと動けんか…」
ズル…
グッ
魔王「忌々しい剣を手にしたな…。この俺を刺し貫いた剣とは…」
勇者「これは…兄ちゃんの剣だ…」
勇者「これに俺の…正真正銘、最後の魔力を、込めて――」
魔王「下らんな」バッ
魔王は魔力の塊を放った!
勇者「ぐぁっ…!?」
勇者は弾き飛ばされた!
魔王「お前は何故、何度もなぶられながら立ち上がろうとする?」
勇者「俺は…勇者だ…」ググッ
魔王「所詮は人柱だろう」
勇者「それでも…俺は…皆に勇気を与えなきゃいけないんだ…」
勇者はゆっくりと立ち上がった!
勇者「お前を倒さないと、俺は…生まれてきた意味がなくなる!」
勇者は剣士の剣を両手で構え、魔王と対峙する!
魔王「自らの意味を他人に委ねるなど笑止千万!」
魔王「1度とは言え、この俺を殺したのならば、胸を張って堂々と死ね!」
勇者「っ――う、あぁあああっ!」
魔王「はぁあああああっ!」
ズドォッ――――
魔王「――所詮は人間、か。おい、側近」
シャッ
側近「は、ここに…」
魔王「この男の心臓を食らい、また新たな心臓を造る」
側近「かしこまりました」
側近「魔王様、かろうじて息の残っている者もいるようですが、いかがされますか?」
魔王「…不要だ、そいつの忌々しい剣とともに、どこかへ捨ててこい」
側近「生かすのですか?」
魔王「この俺の恐怖を語り継がせるのみよ」
魔王「もしも、再び牙を剥こうと言うのなら、また相手をしてやればいいだけのこと」
魔王「怒りと憎しみで、心臓が熟すかも知れぬ」
側近「かしこまりました。全ては魔王様の、仰せのままに」
王歴165年――。
勇者は2人の仲間とともに魔王城へ辿り着き、死闘の末に敗れた。
魔王を倒すことは出来ず、討伐に向かった3人の内、2名が死亡した。
そして、世界はさらに回る。
今夜はここまでです
19時ぐらいを目安に再開しまーす
―王歴168年―
国王「剣士よ、お前がここへ来るのは3年ぶりじゃな…」
剣士「…」スッ
国王「顔を上げてくれ、剣士…」
剣士「…」
国王「先日、新たな勇者が発見されたとの報告が入った」
剣士「新たな、勇者ですか…?」
国王「うむ。胸に聖痕を刻んだ、女の子ということじゃ」
国王「彼女の母は娼婦で、父親は誰とも知れぬとのことじゃ」
国王「彼女こそが次なる勇者であると伝えると、その母は金銭を要求し、使者へ赤子を押しつけたそうじゃ」
剣士「その新たな勇者と、俺を呼びつけたことに理由があるのですか?」
国王「大臣、彼女を…」
大臣「はい」
ガラガラ
剣士「この赤ん坊が…勇者に…」
国王「かわいいじゃろう…。お主にはこの子を育ててもらいたい」
剣士「俺が…?」
大臣「お前は人間で唯一、魔王と対峙して生き残った男だ」
大臣「加えて、今や我が軍の独立遊撃隊の隊長。その剣技を彼女に教え込むのだ」
国王「頼まれてはくれまいか? 初代勇者を見事に育てあげた、国一番と謳われていた魔女はもう亡くなっておってな」
国王「よって、2代目の勇者となる、この娘を育てあげられる適任者はお主だけだと思っておる」
剣士「1つだけ、約束をしていただけるのであれば」
国王「ふむ…とりあえず聞こう」
剣士「この子が旅に出る時、俺もともに行く」
大臣「何を言う! それでは国の守りがどうなるのだ!?」
剣士「この条件を飲めないのであれば、お受けすることはできません」
大臣「剣士! いくら陛下の孫だからと、そのような――」
国王「よかろう。大臣よ、そう目くじらを立てるな」
大臣「陛下っ…し、しかし――」
国王「言うでない。お前の気持ちはわしも分かっておる」
国王「しかし…それ以上に、剣士の気持ちを汲めてしまうのじゃ」
大臣「…かしこまりました」
国王「剣士よ、この子は次の希望じゃ。…今度こそ、魔王討伐を成功させてくれることを願う」
剣士「慎んで、拝命いたします」
王歴168年――。
2人目の勇者が生まれ、その師匠を初代勇者の実兄・剣士が務めた。
そして、さらに時が流れる――。
―王歴184年―
勇者「お師匠! 修練、完了です!」ビシッ
スパ-
師匠「じゃ、あと6セットやれ」
勇者「6!? 6って、え、6セット!?」
師匠「嫌なら晩飯抜いてもいいんだぜ?」
勇者「嫌だーっ! やってきます!」ダダダッ
クルッポ-
師匠「…ん、伝書鳩? そうか…もう、そんな時期か…」
バクバク
モグモグ
ゴクゴクゴク
勇者「師匠、おかわりーっ!」
師匠「お前は何で、こうも大食いになっちまったんだ?」スパ-
勇者「師匠のご飯が美味しいからじゃないですかー」
師匠「…そうかよ。明日、山を下りて城下へ向かうぞ」
勇者「じょーか?」
師匠「ああ。…陛下に謁見してから、正式に旅立ちだ」
勇者「旅立ち! じゃあ、こんな山暮らしはしなくていいの!?」
師匠「魔王を倒す旅に出るんだぞ」
勇者「でも師匠だって来てくれるんでしょ!? わあ、わくわくする!」
師匠「お前な…不安とか、恐怖だとか、ねえのかよ?」
勇者「全然! それより、山を出ることの方が楽しみ!」
勇者「土地によって美味しいものは違うんでしょ!?」
勇者「それにそれに、私、旅で王子様と出会うって決めてるの!」
師匠「王子様ぁ…?」
勇者「うん! 運命の人!」
師匠「やめとけ、やめとけ。運命の相手なんざ…出会ったところで…」
勇者「ぶーぶー、師匠って本当にロマンの欠片も知らないんだね…」
師匠「うっせえ! 食ったらさっさと寝ろ! 明日の朝は早いぞ!」
勇者「ひえっ」
夫人「――おかえりなさい、剣士。それに、よく来たわね…勇者ちゃん」
勇者「はじめまして! ここが師匠の実家…うわあ、こんなにすごいお屋敷だったなら、ここで修行すれば良かったのに」キョロキョロ
師匠「…明日には出る」
夫人「ええ、分かってるわ…。でも、ここへいる間は…くつろいでちょうだい。勇者ちゃんも、自分のお家だと思ってね」
勇者「ありがとうございます!」
師匠「父さんは?」
夫人「お部屋に」
勇者「そうか…。使用人、勇者を部屋に案内してやれ」
使用人「かしこまりました。さ、こちらへどうぞ、お嬢様」
勇者「お、お嬢様だなんて、そんなぁ…/// えへへ、照れちゃうな~」
夫人「…元気な子ね」
師匠「ああ」
夫人「お父様にご挨拶を」
師匠「そうだな…」
ガチャ
公爵「ん…剣士? そうか、もう、来る時間だったな」
師匠「お久しぶりです、父さん。変わりないですか」
公爵「ああ…。お前は…古傷が、随分と目立つな」
師匠「戦いは…まだ続いていますから」
公爵「そうだな。…陛下が、もう10年は病を患っている。少しでも長生きをして欲しいものだが、いつになるか分からないというのが現状だ」
師匠「陛下が…。次の王は、誰が?」
公爵「順当に考えれば、現在、王国軍総帥を務めている、王子殿下のはずだ」
公爵「お前と比べれば剣の腕こそ劣るかも知れないが、それでも軍隊を統べて魔物の侵攻を幾度となく退けている」
公爵「単身で竜を討ったこともあるほどの武闘派だ」
師匠「叔父上は頭もキレる」
公爵「しかし、一抹の不安を私は感じているよ。王子は強く、野心もあるお方だ。それ故に…恐ろしくもある。現陛下が築いた、今の世を王子が変えてしまうのではないかと…」
師匠「だったら、父さんが次の王になればいい」
公爵「私は…そのような器じゃあない。むしろ、私としては次の王に相応しいのは――」
師匠「俺はもう、この家の人間じゃない」
公爵「…どうして、そこまで意固地になる」
師匠「早く、養子でももらってください。…大切なものほど、俺の手からはすり抜けていく。この家まで…失いたくはない」
バタム
使用人「坊ちゃん――いえ、若、お茶でも飲みますか?」
師匠「勇者に出してやってくれ。俺は旅の支度をしなくちゃならない」
国王「大きくなったのぅ、勇者や」
勇者「え、王様、あたしのこと知ってるの!?」
師匠「陛下、長患いをしていると耳にいたしましたが…お体の具合が良くないのですか?」
国王「なあに、まだ大丈夫じゃ…。こうして、若者の顔さえ見れれば元気を分けてもらえるというもの…」
師匠「ご自愛下さい、陛下。…どうか、長生きを」
国王「お前はやさしいのぅ…」
勇者「え、そうでもないよ、王様。師匠ってね、すっごくスパルタなんだよ」
勇者「毎日、毎日、訓練のメニュー増やすし、ダメだったらご飯抜きにしてくるの」
勇者「それでね、この間なんか…」
大臣「うぉっほん」チラチラ
師匠「おい、勇者、ここに来た理由を忘れてるだろ?」
勇者「え? …何だっけ?」
師匠「陛下、お願いします」
国王「うむ…。それでは、勇者よ。どうじゃ…魔王を倒すための旅に出てはもらえるかの?」
勇者「もちろん! 絶対に魔王を倒して、王様に報告します!」ニコッ
師匠「…必ずや、今度こそ使命を果たします」
国王「うむ…。どうか、今度こそ無事に帰ってきてくれ…」
王歴184年。
2人目の勇者が、魔王征伐の旅に出た。
―王歴185年―
師匠(あれから20年、か…)
師匠(僧侶…勇者…。俺は、今度こそあいつを守って、魔王を倒す)
師匠(お前らのところへ逝くのは、もうしばらくかかるから待っててくれ…)
勇者「師匠っ! 港です、港が見えます!」タタッ
師匠「見えてるっつーの。水夫が忙しく動き回ってんだから、お前はばたばたと甲板を走るな」
勇者「いえっさー!」ビシッ
師匠「あとお前…荷物、まとめてあるんだろうな?」
勇者「まとめてきまーす!」ダッ
師匠「…」シュボッ
師匠「全く…バカ弟子め」スパ-
勇者「ふぅ~…食べた、食べた…。港町だけあって、新鮮な魚介料理ですね!」マンプク-
師匠「路銀が食費で消えてくな…」
勇者「そうそう、海渡ったら急に物価が高くなりましたね、師匠。それとも、このお店が高級店なんですか?」
師匠「どこも似たり寄ったりだろうな…。こっちの大陸の方が、瘴気が濃くて悪影響が出てるんだ」
師匠「農作物も育ちにくい、家畜はヘタをすれば魔物化、漁へ出たって海は魔物だらけ…」
師匠「必死になって集めた分だけ、それらの価値が高まり、卸した店も高値で提供するしかない」
師匠「あわよくば、海を越えるだけの金を手に入れたい、って魂胆でな」シュボッ
勇者「よく分からない…」ボソッ
師匠「要するに、魔王を倒せばいいんだ」スパ-
勇者「それなら単純でいいね、師匠!」
勇者「あと師匠、煙草、やめたら?」ケムインダケド
師匠「…」ホゥッ
勇者「うわあ、輪っかだ! 師匠、すげー!」キャッキャッ
師匠「お前はいつまでバカでいるんだ…」ハァ
師匠「さっさと、今夜の宿を探すぞ」ガタッ
勇者「あ、待って、師匠! お会計してくるから! ちゃんと待っててよ!?」
アザッシタ-
カラン カラン
師匠「宿があるのはあっちの方だったか…」
ドンッ
?「すみません…」スッ
師匠「待て」
ガシッ
師匠「財布を返せ」
?「な、何のことですか…?」タジ
師匠「ナチュラルに気配殺して人にぶつかって、手癖悪いことしてすっとぼけるのか? ああ?」
?「…」チッ
ポイッ
師匠「次は憲兵に突き出すぞ」ギロ
?「…はいはい」
タッタッ
ドンッ
スミマセン
師匠「…懲りねえ野郎だな」
カランカラン
勇者「あれ? 師匠、どしたの?」
師匠「スリに気をつけろよ」
勇者「何でいきなり…?」
師匠「行くぞ」
宿屋「申し訳ないんですが、ただいま、非常に込み合っておりまして、相部屋でしかご案内出来ませんが…」
勇者「ここもなの!? 何でぇ~…」
師匠「4軒目も、か…。仕方ないな。相部屋でもいい」
宿屋「申し訳ありません。その分、宿泊料金は値引いておきますので…」
宿屋「では、2階奥の3人部屋です。すでに相部屋になることを了承して下さっているお客様がいらっしゃいますので…」
勇者「ついてないね、師匠…」
師匠「そうだな…」
勇者「あ、ここの部屋だ」コンコン
勇者「失礼しまーす、相部屋なんで一晩よろしくお願いしますね」
?「ええ、こちらこそよろし――」
師匠「てめえ…」
勇者「あ、イケメン…」
?「あなたですか…」ハァ
勇者「うん? 師匠、このイケメンさんとお知り合いなの?」
師匠「こいつはスリだ。盗まれんなよ。お前にも警告しておくが、何か盗まれたら真っ先にお前を疑うぞ、覚悟しておけ」
?「しませんよ、あなたみたいな人を出し抜こうなんて…」ヤレヤレ
勇者「まあいいや、よろしくね。私、勇者」
勇者「それで、こっちは師匠!」
?「ええ、どうぞよろしく…。僕は盗賊です」
グオ- グオ-
師匠「…」モゾ
盗賊「…」モゾ
グオ- グオ-
師匠「…」イライラ
盗賊「…」カジカジ
グオ- グオ-
師匠「うるせえ…」ボソ
盗賊「全くですね…」ボソ
ムクリ
師匠「おい、お前。何かの縁だ、1杯つきあえ」
盗賊「…いいですよ。くすねてきた葡萄酒があるんで、出しましょう」
盗賊「どうぞ、師匠さん」トポトポ
師匠「ああ…」
クイッ
ゴクゴク
師匠「この酒、やたらうまいな…」
盗賊「ええ。金貨9枚の値打ちがあります。金持ちの商人からくすねました」
師匠「お前、若いのに随分とキモが据わってるな。何歳だ?」
盗賊「17歳くらい、だと思ってます」
師匠「バカ弟子と同じか…。何で曖昧なんだ」
盗賊「覚えてないんですよ、誕生日」ゴクゴク
師匠「そうか…」シュボッ
盗賊「ついでに孤児なんで、お陰様で、まっとうには生きられず、日銭を稼いで暮らしてます」
師匠「…そうか」スパ-
盗賊「てっきり、甘えだとか言うんじゃないかと思いましたが、意外と容認するタイプですか?」
師匠「喧嘩を売ってるつもりなら、言い値で買うぞ」
盗賊「ご冗談を。…僕はあなたの顔、知ってますよ。昼間、あの後に思い出したんです」
師匠「ほう?」
盗賊「敗北者――。魔王に敗れた、弱き人類の象徴」
師匠「…」ギラッ
盗賊「怖い、怖い…。そう睨まないで下さいよ。事実じゃないですか」クスッ
盗賊「初代勇者と、義兄弟だったとか。色々、巷では言われてるみたいですね。僕はそれを聞いただけしか知りませんので、悪しからず」
師匠「お前、俺に恨みでもあんのか?」
盗賊「ない、とは言いません。実は僕の親――ああ、産みの親、ですが…」
盗賊「あなたが頑張って、魔物を殺しまくった報復で殺されたも同然らしいんですよ」
盗賊「張り切って、山に棲んでた魔物を一掃しましたよね? そのせいで、その近くにあった村が魔物に報復で滅ぼされまして、僕はそこで唯一、生き残ったようです」
盗賊「どうにか、ろくでなしとは言え育ての親に拾われたので、こうして生きていますが…どこかの誰かが、魔物を刺激しなければそもそもこうはならなかったでしょう」
盗賊「そんな理由で、嫌いですよ。…特に、魔物と表立って敵対しようとする人種が」ニコッ
師匠「だったら、魔物にこのまま負け続けて、人間が死んでいいのか?」
盗賊「どうせ、人類が滅亡するとしても僕が生きている間のことじゃないでしょうしね」
盗賊「ああ、そうそう、家族とか、恋人とかもいないんで、未練もないんですよ」
師匠「…はっ、その考え方はとんだ甘ったれだな」スパ-
盗賊「そうですか。まあ、負け犬のあなたに言われたところで、どうとも思いませんが」ニッコリ
盗賊「魔王の哀れみで生かされて、新しい勇者を担ぎ上げて一緒にまた旅をして…何のつもりですか?」
盗賊「あなたの使命は、魔王の恐怖を人類に伝播させることでしょう」
盗賊「魔物を災害そのものと置き換えれば、人間は滅亡するまで平和に暮らせるんですよ」
盗賊「報復なんてことをしでかす相手に逆らうから、天寿を全う出来ずに死ぬ人間が出てくるんです」
盗賊「だったら、人類滅亡まで大人しく平穏無事に、毎日を過ごせばいいと思うんですが、違いますか?」
師匠「違う」
師匠「勇者の称号を負った者は、魔王を倒すためだけに生きている」
師匠「親や兄弟さえも知らず、魔王を殺すためだけに人生を捧げるんだ」
師匠「犠牲の対価は支払わなければならない」
師匠「魔王を殺し、魔物を全滅させて、その先の平和を取り戻さないと、意味がなくなる」
盗賊「結局、僕らの意見は平行線ですね」
盗賊「神託だか、宿命だかを生まれた時から押しつけられた英雄様に肩入れをするなら、あなたの意見は正しいかも知れません」
盗賊「けれどそれ以外の者は、巻き込まれて死んでいくだけです」
盗賊「そうそう…初代勇者とともに旅をした女性がいたそうですが、彼女だって勇者などと出会わなければ死ぬこともなかっ――」
ドゴッ
師匠は突如として、盗賊を殴りつけた!
盗賊は椅子から転げ落ち、その拍子に酒がこぼれてグラスが割れる!
師匠「てめえ…もういっぺん言ってみろ! ぶち殺すぞォ!」
盗賊「っ…ああ、あの噂、本当だったんですね…」ペッ
盗賊「初代勇者と旅した僧侶と、剣士――あなたは結婚を約束してたとか…」
盗賊「そっか、そりゃそうですね、あなたの意見」
盗賊「自分が弱いばっかりに女を殺されたなら、復讐の鬼にもなりますね。そうでもしないと、自分が惨めで仕方がないんでしょう?」
盗賊「結局、あなただって、自分のことしか考えない利己主義者だ」
師匠「てめえ…!」
ファ-ア
勇者「何してんの、2人とも…」ムニャムニャ
勇者「って、盗賊!? どしたの!? し、師匠が殴ったとか…?」
盗賊「ええ、そうですよ…。あなたの師匠は、とんだエゴイストでね、その上、横暴にも自分の過ちをほじくられたら手を出す最低な人間のようです」
師匠「言わせとけば…!」
ガシッ
勇者「師匠! …本当なの?」
師匠「…」ギリッ
盗賊「沈黙は肯定の証明です。僕が勇者さんのようにおめでたい頭だったのなら、口八丁で言い包めるのでしょうが…よほど上手い言い訳じゃないと僕に指摘されちゃいますからね」
盗賊「上手く、言い訳が思いつかないから黙ったんでしょう?」クス
勇者「師匠…何か、言ってよ。でなきゃ、私――」
師匠「ああ、そうさ。そうだよ。愛した女さえ、弟さえ、守ると誓ったのに守れなかった…情けない男だ」
盗賊「本当に情けない人ですね。そんな人間が、魔王を倒すための勇者を育てて、旅に同行ですか」
盗賊「それだって、その守れなかった誓いとやらを果たすための罪滅ぼしでしょう?」
盗賊「そこにいる、今の勇者は復讐のための道具としか見ていない」
勇者「そんなことない! 師匠は私のことを心配して…!」
盗賊「心配するなら、人らしい情があるのなら…こんな旅に連れ出すと?」
盗賊「赤ん坊の頃から育てられたんですよね?」
盗賊「最初こそ、復讐にまみれながらも、人類のためという大義を抱えて育てたかも知れません」
盗賊「けど、情が芽生えれば、こんな危険な旅に送り出そうとはしませんよ」
盗賊「どんな罵りを受けようと、子のためならと耐え忍ぶのが親じゃないですか」
師匠「てめえは甘っちょろい上に、自分が絶対に正しいと思い込んでるクソ野郎だ」
盗賊「それはあなたでしょう」
勇者「止めてよ、2人とも!」
勇者「何でいがみ合うの!? 師匠、言ってたじゃん!」
勇者「世の中には色んな人がいて、考え方がそれぞれ違うんだって!」
盗賊「ええ、その通りですね。気分はどうですか、師匠さん」
盗賊「自分が教えた言葉の本当の意味を、教えられた気分は?」
師匠「それなら、てめえは出来るのか?」
師匠「そこまで言うんなら、お前はこいつと旅をして魔王城に辿り着けるのか?」
盗賊「はあ? 何を言ってるんです? 僕にそんなことをする理由はないですよ」
師匠「逃げるんだな?」
シュボッ
スパ-
カチン
盗賊「…上等です」
勇者「え? え…?」
師匠「勇者、今日からこいつと魔王城を目指せ」
勇者「何言ってるの、師匠!?」
師匠「命令だ。まっすぐ、魔王城に行け。じゃあな」
ガチャ
バタン
勇者「師匠…」
盗賊「…経緯はどうあれ、魔王を倒せば僕も日陰者から脱却できますので、どうぞよろし――」
バシッ
盗賊「…握手じゃなく、平手打ちですか」
勇者「師匠に、何を言ったの…?」
盗賊「…面倒臭い人達だ」ハァ
ごめんなさい
ちょっとだけ離席しちゃってました
再開します
―――――――――
盗賊「それで、今はどこへ向かっているんです?」
勇者「知らないよ…。師匠について行ったんだもん」ムスッ
盗賊「仕方ない人ですね。地図を見せて下さい」
盗賊「魔王城が最終目的地だとして、ここにいるのなら…」
盗賊「砂漠を渡りましょうか…。北に行くルートだと雪山を越えて、水の都に行かなければなりませんし…」
勇者「え? 水の都? そこ行きたい!」
盗賊「ダメです。あっちには何もありませんよ」
盗賊「砂漠のオアシスには古い遺跡がありますし、その先には世界樹の里があります」
盗賊「そっちの方が、お宝の臭いがします」キラン
盗賊「砂漠だと言うのに、馬術がお上手ですね」
勇者「師匠に仕込まれたから」
盗賊「…そうですか。それだけ、あなたを魔王殺しのマシーンとして仕上げようとしていたんですね」
勇者「そんなことないよ! 盗賊くんは師匠を誤解してるんだってば!」
盗賊「そうであれば良いですね」
バシャアッ
盗賊「!」
勇者「うわ、何この魔物! 砂の中から…!?」
砂中から魔物があらわれた!
盗賊「サバクオオサソリですね。砂中を泳ぐスピードはとても馬では逃げられませんから、遭遇すれば死を覚悟しなければならない魔物で――」
勇者「でやぁあああああっ!」ダッ
勇者は果敢に魔物へ切りかかる!
勇者「盗賊くん、援護お願い!」
盗賊「肉体派ですね…」ハァ
魔物は尻尾の針で勇者に狙いを定めて突き出す!
しかし、勇者は凄まじい速さの攻撃を剣で受け流し、硬い外殻に剣を突き刺す!
盗賊(とんでもない反射神経と身体能力だ…)
盗賊(あの硬いサバクオオサソリに剣を突き立てられるなんて尋常じゃない)
盗賊(それに野生の勘とでも言うべき、察知能力)
盗賊(こんな風に育ててしまうなんて、あの人はとんだ復讐鬼じゃないか)
勇者は魔物の頭に剣を突き刺し、そこから一気に切り裂いた!
勇者「よっし! 勝った!」ガッツポ-ズ
盗賊「お見事です」
勇者「でも…師匠はこんなの、あっさり倒せちゃうしなあ…」
勇者「まだまだ、師匠には届かないや…」
盗賊(この勇者より、さらに強い…? 師であるならば、とも思えるが勇者は女神に選ばれた魔王を倒す存在のはずじゃ…魔王というのはどれだけの強さなんだ)
盗賊「さあ、行きますよ。あと、馬からいきなり飛び降りたら逃げられてしまいますから、次からは気をつけて下さい」
勇者「うん、ありがとう、盗賊くん。ちゃんと私の馬が逃げないようにしてくれてたんだね」
勇者「砂漠に囲まれてるのに、こんな水があるなんてすごい…」
盗賊「オアシスですからね。さあ、早く宿屋に行きましょう。馬に水を飲ませてあげないと可哀相です」
勇者「あ、待ってよ、盗賊くん!」
盗賊「ここから南西に遺跡がありますから、明日はそこを探ってみましょう」
勇者「え、何で!?」
盗賊「僕は盗賊なんで、お宝を探してるんですよ」
勇者「でもそれって寄り道…」
盗賊「ダンジョンには魔物が多くいますから、修行にもなりますよ」
勇者「それなら…そっか」
ワ-ワ-
勇者「何だろう、あっちの方、盛り上がってる。ちょっと見てくるね!」タタッ
盗賊「…何て奔放な…」ハァ
スタスタ
盗賊「いた。勇者さん」
勇者「…」
盗賊「ガラにもなく立ち尽くしちゃって、一体、何を――」
盗賊「これは…」
ヤイ ヨワムシ ブグヤノ ムスコ
クヤシカッタラ ヤリカエシテ ミロヨ
盗賊「子どもの虐め、ですか…。これだけ盛大にやっていて、大人は無関心…」
勇者「…」ギリッ
勇者は虐められっ子の前に立ちはだかった!
勇者「何してるの!? 可哀相でしょ、やめなさい!」
ナンダ コノ ネ-チャン
ブンッ
どこからか小石が投げられた!
勇者は小石を額に受けるが、毅然としている!
勇者「っ…」
勇者「この石、誰が投げたの…?」
クスクス
勇者「こんなものを人に投げていいって誰かに言われたの!?」
盗賊「やめましょう。何を言ってもムダですよ。こういう悪ガキは世界中、どこにだっていますから」
盗賊「自分のやってることを理解させるのが1番、手っ取り早いんです――」
再び小石が投げられる!
盗賊はどこからともなくナイフを取り出して投擲した!
ナイフが小石にぶつかって軌道が逸れる!
ナイフはいじめっ子達の中に飛び込んだ!
ウワァアアッ
アイツ ナイフ ナゲタ
ニゲロ-
盗賊「ほら、こうすれば――」
パシッ
勇者は盗賊に平手打ちを見舞った!
勇者「同じ方法でやり返したら、同じところまで落ちていっちゃうんだよ」
盗賊「あなたは、平手打ちが大好きですね…」ヤレヤレ
勇者「キミ、大丈夫?」
子ども「うん…」グス
勇者「服も顔も砂まみれじゃない…」
勇者「はい、これで顔を拭いて。お家はどこ?」
子ども「…あっち」
勇者「じゃあ、お姉ちゃんとお兄ちゃんが送ってあげる」
盗賊「無意味な寄り道を…」
勇者「何か言った、盗賊くん?」ジロ
盗賊「いえ…」
武具屋「す、すみません、うちの子が…」
武具屋「大したおもてなしも出来ませんが…」
勇者「ううん、いいの。それより…ここ、本当にお店?」
ボロッ
武具屋「お恥ずかしながら…」
盗賊「粗悪品ばかりですね。誰もこんなところで買い物しようとは思わないでしょう」
勇者「盗賊くん!」
武具屋「いえ…いいんです、事実ですから…」
勇者「そんな…。じゃ、じゃあどうしていいものを仕入れないの?」
武具屋「それが、ある日…豪商がこのオアシスに来まして、それまではうちも職人が1つずつ手作りをしていたものをおろしていたんですが、全て売って欲しいと言われまして…売ったんです」
武具屋「家内がその時、みごもってまして…お金が必要だったんで」
武具屋「しかし、そのすぐ後にその豪商がよろず屋を開きまして、客足はそっちに向かって、契約していた職人がそちらのよろず屋と独占契約しまして…」
武具屋「家内は息子を産んですぐ、病で倒れて金も薬代で消え、すかんぴんになっちまいまして…」
盗賊「それで仕方なしに安いばかりで実用性のないものを仕入れたんですか?」
盗賊「商才の乏しい方ですね」
武具屋「返す言葉もありません…」
子ども「父ちゃんをバカにするな! 父ちゃんはオアシスの英雄なんだぞ!?」
勇者「英、雄…?」
武具屋「こ、こら、お前、そんなことを言うんじゃ…」
勇者「英雄ってどういうことですか?」
武具屋「ただの、偶然なんです…。昔、サバクオオサソリが村の近くまで来たことがありまして」
武具屋「旅の方が退治して下さるということになったのですが、その方の剣が随分と古くなっていて、戦いの最中に折れてしまったんです」
武具屋「窮地に陥ってしまったところで、あっしがどうにか残していた剣を抱えてその方にお届けしたんです」
武具屋「それでどうにかサバクオオサソリを退治出来まして…」
勇者「そっか…」
武具屋「お礼にと、その剣は譲ってしまったんです」
子ども「その旅の剣士様が、父ちゃんに『村を救ったのはあんただ』って言ったんだ!」
武具屋「どうやら、相当な身分の方だったらしく…紺綬をその場であっしなんかにくれまして」
盗賊「紺綬…公益のための資材寄付をした者に贈られる褒賞ですね」
勇者「あ、あそこに飾ってあるやつかな?」
武具屋「ええ、そうです…」
盗賊「褒章は売買を許可されていますよ。贈られた者の名前が刻まれますが、マニアの類がいますからそれなりの値がつくはずです」
武具屋「それも考えたんですが――」
子ども「絶対に、そんなのダメだ! 父ちゃんがもらったんだ、褒章は!」
武具屋「この調子でして…。はは、まあ、本当に生活が困窮すれば手放すかも知れませんが…」
子ども「ダメだよ、父ちゃん!」
勇者「でも、さっきの子ども達は弱虫武具屋の息子って…」
武具屋「褒章はいただきましたが、このオアシスは豪商が町長に取り入ってまして、旅の方に剣を渡したことをやっかみがられたんです」
武具屋「それが村中に伝播しまして、店もこんなオアシスの外れにまで移動させられたんです…」
盗賊「見苦しい嫉妬ですね」
武具屋「何とも情けない…。しかし、息子を助けて下さり、ありがとうございます」
武具屋「大したもてなしは出来ませんが、良ければ今晩、うちに泊まっていかれませんか?」
勇者「いいんですか?」
武具屋「もちろんです」
子ども「お姉ちゃん、寒くない?」
勇者「大丈夫だよ、これくらい。へっちゃら、へっちゃら」
勇者(足が布団から飛び出しちゃうけど、仕方ないか…)
勇者(こんなボロボロのお布団しか家にないなんて、よっぽど貧乏なんだろうなあ…)
子ども「お姉ちゃんは旅してるんだよね?」
勇者「うん、そうだよ」
子ども「いいなあ…。羨ましい。僕もこんな村、飛び出して旅に出てみたい」
勇者「旅は楽しいこともたくさんあるけど、つらいこともいっぱいだよ」
子ども「そうなの?」
勇者「うん。じゃあ、キミが寝るまで色んなお話してあげる」
子ども「ありがとう、お姉ちゃん」
勇者「じゃあ、最初は城下町のことをお話してあげようかな――」
盗賊「本当に大したもてなしではありませんね…。野宿よりはマシ、というレベルですか…。穴空きとは言え、壁と屋根があるだけ」
武具屋「申し訳ありません…」
盗賊「いいんですよ、宿代が浮いたんですから。僕は口が悪いらしいんで、嫌味に聞こえるかも知れませんが…口が悪いだけなので悪しからず」
武具屋「ははは…」
盗賊「南西の遺跡に行こうと思っているんですが、何か伝説とか、お宝のことは聞いたことありますか?」
武具屋「南西の遺跡、ですか…。あそこには不死の秘宝があるという伝説があります」
盗賊「不死の、秘宝…? 詳しくお願いします」
武具屋「何でも、それを持っていると死なない人間になるんだとか」
武具屋「ただ、南西の遺跡は凶暴な魔物が多く棲んでいまして、とても危険な場所であると言われています」
盗賊「他に、何かありませんか?」
武具屋「いえ、知っているのはこれくらいのもので…」
盗賊「そうですか…。ありがとうございます」
勇者「ここが南西の遺跡、かあ…。おっきいね」
盗賊「そうですね。凶暴な魔物がいるそうなので、警戒を怠らないで下さい」
勇者「うん、オーケー」
盗賊(不死の秘宝…。死なない人間、というのは一体――)
ザッザッ
グルルルル…
勇者「盗賊くん、早速みたい」チャキ
盗賊「ええ。ではやりましょうか」スッ
ガァアアアッ
ザンッ
ズバァッ
勇者「ふぅ…もう、そろそろ最奥部に着くかな?」
盗賊「そうですね。構造的にはそろそろだと思いますが…」
勇者「あ、この先、広くなってるよ!」タタッ
盗賊「そう無闇に走って、罠でもあったらどうするんです?」
勇者「大丈夫だって! 罠なんてここまでなかっ――」スポッ
勇者はまんまと落とし穴に落ちた!
勇者「わあぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
盗賊「だから言ったのに…」ヒョイ
盗賊「かなり深そうだ…。一応、この先を見てから降りて――」
グルルルル…
盗賊「バカデカい獅子の魔物…。ここの守護者というわけですか」
グオォォォッ
魔物は盗賊に襲いかかった!
盗賊は短剣で攻撃を防ぐが、払い飛ばされる!
盗賊「っ――何てパワー…!」
盗賊「さすがに1人じゃ手に負えませんね」ダッ
盗賊は逃げ出した!
盗賊「勇者を回収しないと…!」
盗賊は落とし穴に自ら飛び込んで落ちていった!
ガンッ
盗賊「っ…痛って…」
勇者「あ、盗賊くん! 見て見て、凄いよ、ここ!」
盗賊「何ですか、一体…」
勇者「骸骨がいっぱい!」
盗賊「」
勇者「ここってお墓だったのかな? あ、壁に何か書かれてる!」
壁『ダッシュツフカノウ』
勇者「だっしゅつふかのう…脱出…不可能…?」
盗賊「詰んだ…?」
勇者「ちょっと調べたんだけどね、出入り口がないんだ。どうやって出ればいいんだろう?」
盗賊(落ちてきた穴の上…どうにか、あそこから這い上がって…。しかし、先ほどの魔物が這い出たところへ襲いかかってくるか…)
盗賊(ある程度、時間を置けば…とも考えられる。しかし…)
盗賊(そもそも、あの落とし穴をどう這い上がればいいんだ…?)
勇者「盗賊くん、見て見て! この骸骨さん、お腹に剣が刺さってるよ!」
盗賊(そして、何で勇者はこんな場所ではしゃいでいるんだ…?)
盗賊「恐らく、飢えて自害したのでしょうね」
勇者「飢えて、自害…?」
勇者「…それって、じゃあ…ここでお腹を空かせて…それを苦にしてってこと…?」
盗賊「確認をするまでもないでしょう、この場を見れば」
勇者「」
盗賊「あなたの脳みそはお花畑なんですか?」ヤレヤレ
勇者「どうしよう、盗賊くん!? ここから出る方法ないの!?」
盗賊「とにかく、脱出を試みましょう」
盗賊「ロープの先端にかぎ爪をつけました」
勇者「これを壁に引っ掛けて上るんだね!」
盗賊「上手くいけばいいんですが…」
ブンブン
ポイッ
カンッ
勇者「引っかかった! 凄い!」
盗賊「これをたぐり寄せて…」グイッ
プツン
盗賊「」
勇者「切れた…」
盗賊「つるはしとスコップを持ってきています」
勇者「壁を壊すんだね! じゃ、私が壁をつるはしで叩くよ!」
カンッ
カンッ
カンッ
カンッ
・
・
・
勇者「ねえ! ちょっとは壁、削れてる!?」
盗賊「この調子だと、餓死は確実ですね」
盗賊「出来るだけ、骨太な遺体を集めて下さい」
勇者「完了!」
盗賊「切れたロープで骨と骨を組み合わせて…」
勇者「骨の梯子だね!」
盗賊「強度があれば良いのですが…。壁にかけて、そっと足をかけて――」ソ-
グシャッ
盗賊「…どうやら、すっかり遺体が傷んでしまって耐久性に問題ありですね」
勇者「遺体がいたむ…」プッ
盗賊「意図していないオヤジギャグを笑わないで下さい」
盗賊「――手詰まり、ですね。詰みました」
勇者「何を詰んだの?」
盗賊「バカに語ることはありません」
勇者「バカじゃないよ!」
盗賊「それなら証明して下さい。もっとも、数日後には死ぬんですがね」
勇者「むぅ…見返してやる」
盗賊(それにしても、こんなに簡単なトラップで死ぬことになるとは…)
盗賊(しょせん、僕なんかこの程度だったということか…)
アレ コノ カベ チョット ヘン カモ
盗賊(良い人生だったとは言えないかも知れないな…)
盗賊(…かも知れない、じゃないか…)
盗賊(僕なんか…やっぱり、生きている必要がなかった…)
エイッ ヤアッ トウッ
盗賊(お頭、ごめんなさい…僕は幸せになんかなれないよ――)
―王歴175年―
お頭「おう、どうしたんだ、坊主?」
少年「…どうも…しない…」ボソ
お頭「ああ? 何て言った、お前、声ちっちぇえなぁ。孤児か?」
少年「…そう…」
お頭「そうか、そうか。そいじゃあ、俺がお前を拾ってやろう」
少年「…」ビクッ
お頭「ん? どうした、急に」スッ
少年「触らないで…やだ…やだ…来るな…」ビクビク
山賊「おーい、頭! やっぱ、この村ァ、しけてますぜ」
山賊「って、お頭、どうしたんすか、その坊主」
お頭「ああ、いやな、どうにも身寄りがなさそうなんで拾ってやろうかと思ったんだが、怯えちまってな」
山賊「そりゃ、お頭の図体じゃビビりますって!」ゲラゲラ
お頭「あんだと、この三下が!」
山賊「つーか、この辺のこういうガキどもは、軒並み大人に慰みものにされてるって話っすよ」
山賊「その坊主もそういうことされたんじゃないすか?」
お頭「何ィ? おい、坊主、俺はそんな趣味ねえぞ! 心配すんじゃねえ、怯えんな!」
少年「…」ブルブル
山賊「だーめだ、こりゃ。お頭、さっさといきやしょう」
お頭「いーや、俺はガキをおかすような畜生だなんて思われたままでいられねえ!」
山賊「はぁ~?」
お頭「お前、何か食い物持ってこい! ガキの好きそうなもんだぞ!」
山賊「へ、へいっ」
お頭「ほら食え。たんまり食え」
少年「…」
山賊「やたら反抗的な目ぇしてますから、プライド高いんじゃないすか? 意味ないっすよ、お頭」
お頭「黙ってろ、てめえは! 坊主、お前が食うまで、俺はここを離れねえぞ!」
少年「…」
お頭「…」
山賊「…」ハァ
グギュルルル…
お頭「…」ニィ-
少年「…///」
山賊(あー…ヒマ)
ギュルルル
ギュゥゥゥ
お頭「…」ニヤニヤ
少年「…」ムッ
山賊(あの雲、ダイナマイトボディーの女に見えるな…)ボケ-
少年「…」
スッ
パクッ
少年「…」モグモグ
モグモグ
ゴクン
ポロッ
モグモグ
少年「ぅ…ぁ…あぁぁ…」
お頭「そうかそうか、泣くほど美味いか」
お頭「そうだよなあ、腹が減ってるのにひとりぼっちじゃ、メシを食うみたいな当たり前のことさえとんでもねえ幸せに思える…」
山賊(そう言えば、前の街にいた娼婦…ガーターベルトが世界一似合う女だったな…)
モグモグ
ポロポロ
お頭「これからは、俺がお前に人並みの幸せをたくさん分けてやる」
お頭「だから一緒に来い。大丈夫だ、俺はお前に乱暴はしない」
お頭「俺のことは、尊敬の念を込めてこう呼べ――」
―王歴185年―
盗賊「お頭…」
ポロッ
勇者「あれ、盗賊くん、泣いてるの!?」
盗賊「ッ――な、泣いてなんかいません! 目にゴミが入っただけです」
勇者「そうなの? まあいいや、ねえ、あれ見て、あれ!」
盗賊「何ですか?」
勇者「じゃじゃーん、隠し通路!」
盗賊「これは…仕掛けがあったんですか…」
盗賊(よくよく考えれば、これを作った人間がいる以上…出口がないと作業者が死んでしまう…)
盗賊(遺体はどれも冒険者らしき格好のものばかり…)
盗賊(出口はあるはずだった――)
勇者「ほら、行こう! お宝、探すんでしょ?」
盗賊「…少し、あなたを見直しました」
勇者「本当に!? やった!」
盗賊(短絡的で、頭が弱くて、陽気で…)
盗賊「まるでお頭ですね…」
勇者「うん? お頭…?」
盗賊「…何でもありません」
勇者「やった! 出れた! ここ、さっきも通ったところだね」
盗賊「そうですね。この通路を進めば、落とし穴のあったところです」
勇者「よーし、今度は罠にひっかからないよう、慎重に行かなきゃ」
盗賊「あの先には強力な魔物がいました。油断しないで下さい」
勇者「うん!」
盗賊「では行きましょう。お宝は、すぐそこのはずです」
グォオオオオオッ
勇者「トドメ、だ…!」
勇者は魔物の吐き出した炎を弧を描きながら走って避けきる!
盗賊は振り返った魔物の眼球にナイフを投擲した!
魔物は耐え切れずに悲鳴をあげる!
勇者はすかさず飛び上がり、魔物の首を切り落とした!
盗賊「はっ…はっ…やっと倒せた…」
勇者「強かったね、この魔物」
盗賊「そうですね。…戦闘中から気になっていたんですが、あそこに台座がありますね」
勇者「お宝かな?」
盗賊「恐らく」ニヤッ
スタスタ
勇者「お宝、お宝、どんなかなー?」
盗賊「不死の秘宝、と呼ばれるものがあるという伝説を聞きました」
勇者「不死の秘宝? 何かすごそう!」ワクワク
盗賊「この階段を上がれば、台座に…」
勇者「あれ…?」
盗賊「そんな…」
勇者「台座、何もないね…」
盗賊「何かが置かれていた痕跡はありますが…一体…」
?「我が配下を倒したことは誉めてつかわそう――」
ザッ
勇者「誰!?」チャキ
?「魔王軍四天王が一角、獣系魔族の頂点、銀獣王」
盗賊「魔王軍、四天王…?」
銀獣王「不死の秘宝を狙ってきたのが勇者とはな、魔王様の秘密を知ったのであれば生かしてはおけぬ」
勇者「魔王の、秘密…!? 盗賊くん、知ってる!?」
盗賊「堂々とそういうことは言わないようにして下さい、バカだと思われますよ」
盗賊(魔王の秘密なんて知らないが、この場所と何か関係があるのか?)
盗賊(四天王なんて初めて聞くが…恐らくは魔王の配下でも地位がある立場だろうな)
盗賊(ここには魔王の秘密が関連する何かがある…ということか)
銀獣王「魔王様には手出しを禁止されているが、秘密に触れし者を消すことこそ我が使命! 参る!」ダッ
銀獣王は手にしている魔槍を勇者に突き出した!
勇者は剣で魔槍を受け、返す刃で切りかかる!
しかし銀縦横はものともせずに魔槍を振り回して防御した!
銀獣王「我が魔槍の塵と消えろ!」
勇者は銀獣王と激しく切り結ぶ!
盗賊「こちらもお忘れなく…!」
盗賊は銀獣王が勇者の攻撃を受け止めた隙を逃さずにナイフを投げた!
銀獣王「ヌルいわァ!」
しかし、銀獣王は魔槍で勇者ごと押し返してナイフを弾く!
勇者「盗賊くんの攻撃まで対応した…!?」
盗賊「どうやら、一筋縄ではいかない相手のようですね」
銀獣王「ん? 勇者の連れは、かつて魔王様に敗れた人間と聞いていたが…違うのか?」
勇者「師匠のこと…?」
盗賊「魔物のくせに余計なことを気にするのですね!」
盗賊は短剣を抜いて銀獣王に切りかかる!
銀獣王「ふんっ、その程度の攻撃、ヌルいと何度言わせるのだ!」
しかし、銀獣王は魔槍のリーチで盗賊を近づけさせない!
銀獣王が盗賊の足元に魔槍を繰り出した!
盗賊「ぐっ…!」
銀獣王「あの人間とはまた手合わせをしたかったのだがな…」
勇者「師匠と面識があるの…?」
銀獣王「ああ、そうだ。我が支配下にあった山をたった1人で奪還したのだからな」
盗賊「山を、1人で奪還――?」ゾクッ
銀獣王「人間を駆逐する侵略拠点となっていたのに、計画は頓挫だ」
銀獣王「その借りをいつか返そうと思っていたのにな…」
勇者「師匠はお前なんか、イチコロだ!」
盗賊「侵略拠点…頓挫…。あなたは、そのふもとにあった山をどうしましたか?」
銀獣王「ふもと? ああ…人間の巣か。腹いせに消してやったわ!」
銀獣王「あの男が駆けつけたのは巣が全焼した後だったな!」
盗賊「駆けつけ、た…?」
銀獣王「ヤツの本気を引き出すために、人間のガキを必死に守るツガイを目の前で殺してやった!」
銀獣王「激昂したあの人間はそれなりの強さだった」
銀獣王「いいことを思いついた…。貴様らを殺せば、またあの男は怒り狂い、俺に立ち向かってくるか?」
銀獣王「ならばこそ、この場で貴様らを冥府に送り届けよう!」ダッ
盗賊「貴様が、僕の両親をやったのかァ!?」ダンッ
盗賊と銀獣王が互いの獲物で組み合った!
銀獣王「ほう、少しはマシになったな!」
勇者「はぁああああっ!」
銀獣王「だが、我が魔槍は無敵!」
勇者と盗賊は連携しながら銀獣王に打ち込んでいく!
しかし、銀獣王は魔槍を巧みに操りながら両者の攻撃を捌いていく!
銀獣王「もっとだ、もっと強く打ち込んでこい!」
勇者「この…!」
盗賊「貴様だけはァ…!」
銀獣王「それが本気か、軟弱な人間どもめがァ…!」
銀獣王が咆哮すると、魔槍から解き放たれた魔力が勇者と盗賊を吹き飛ばした!
盗賊「ぐっ…」
勇者「盗賊くん…大丈、夫…?」
盗賊「ええ…。ですが、とんでもない実力ですね…」ギリッ
勇者「師匠は1人でこんなのと戦ったなんて…」
銀獣王「どうした、もうヘバッたのか!?」
銀獣王は魔槍に魔力を込めながら大きく薙いだ!
魔槍から解き放たれた魔力が斬撃となって襲いかかる!
勇者「くっ…!」
盗賊「この、魔物めがぁああああっ!」
盗賊は捨て身で銀獣王に切りかかる!
銀獣王「ふっ」ニヤァ
勇者「ダメ、盗賊くん!」
盗賊は銀獣王に短剣を振るい降ろす!
しかし、銀獣王は短く持った魔槍で攻撃を弾くと、そのまま深く盗賊の体を刺し貫いた!
盗賊「っ!?」フラッ
勇者「盗賊くん!」パァァ
勇者は盗賊に祈りを捧げた!
盗賊の傷が治癒していく!
銀獣王「ほう、今度の勇者は回復魔法を扱うか」
盗賊「っふ…あ…が…」ドクドク
勇者「血が…止まって、お願い…!」
銀獣王「まだ、貴様らは熟していないようだな」
勇者「…っ」キッ
銀獣王「もっと強くなれ。そうでなければつまらぬ」
銀獣王「今宵より、3度の新月の晩…世界樹を焼き尽くす」
銀獣王「それまでに強くなっていろ。今は見逃してやろう」バシュン
盗賊「…ぅ…」パチ
盗賊(ここは…オアシスの、武具屋か…)
盗賊(負けた…両親の仇に…あいつが、僕の人生をめちゃくちゃにしたのに…)
勇者「あ、盗賊くん、起きた!?」
盗賊「…は、い…」
勇者「ダメ、体を起こさないでいいよ。楽にしてて」
盗賊「どれくらい…寝ていましたか…?」
勇者「3日だよ」
勇者「武具屋さんが手当てしてくれたの。さすがだよね、武器で出来た傷の手当てがお手の物なんだから」
盗賊「…そう、ですか…」
勇者「盗賊くん…あの魔物――銀獣王と戦ってる時、怒ってたよね? 何かあったの…?」
盗賊「あいつ…は…両、親…の…仇でした…」
勇者「そんな…」
盗賊「しかも…話から察するに…あなたの、師匠は…僕を守って…くれていた…」
盗賊「それなのに…あの人に…僕は…何てこと、を…」
勇者「…大丈夫だよ、師匠は許してくれるって」
勇者「それにね、師匠は毎日、たくさんの人の幸せを女神様に祈ってるんだ」
勇者「誰にも想われない人のために、その人達も幸せになれますようにって」
勇者「だから…きっと、盗賊くんのことだって許してくれるよ」
勇者「ちゃんと謝ったら、ね」
盗賊「…」グス
勇者「意外と盗賊くんって泣き虫なんだね」
盗賊「泣いて、なんか…目に…ゴミが…」ポロポロ
勇者「…そっか」
盗賊「お世話になりました、ありがとうございます」ペコリ
武具屋「いえいえ、そんな…無事に怪我が治って良かったです」
勇者「本当に助かったんです、ありがとうございます」
子ども「もう、行っちゃうの…?」
勇者「うん。世界樹が危ないかも知れないの。だから行かなきゃ」
武具屋「ああ、それと…あなたの剣、研ぎ終わりましたのでどうぞ」
勇者「あっ、ありがとう、武具屋さん!」スラァン
勇者「うわ、ピカピカ…」
武具屋「その剣をあなたが持っていたのは驚きました」
勇者「え?」
武具屋「それは前にお話した、旅の剣士様にお譲りしたものだったんです。何のご縁でしょうか…また、巡り会えるとは」
勇者「も、もしかして、その剣士って…こう、目つき悪くて、背がこんくらいで、煙草ばっかり吸ってる人だった?」
勇者「しかめっ面してて、気に食わないとすぐ舌打ちするか黙り込んで、何か威圧的で、感じ悪くって!」
勇者「でも、すぅ――――――っごく、たまに、やさしい顔をするの」
武具屋「ええ、ええ! そうです、そのような人でした!」
勇者「師匠だ…」
武具屋「お知り合いでしたか? どうか、またお会いした時にはよろしくお伝え下さい」
武具屋「褒章をお金に換えて、この子と別の街で店を構えることにしました」
子ども「ダメだよ、父ちゃん!」
武具屋「これ、そんなことを言うんじゃない。もう、決めたんだ」
盗賊「…いえ、褒章は取っておいた方がいいでしょう。それがあればよそで店を開く時、あなたという人に信用がつきます」
武具屋「し、しかし、それではお金が…」
盗賊「これを、お礼に差し上げますのでお金にして下さい」
武具屋「これは…こ、こんな高価そうなもの…!」
盗賊「いいんですよ。僕には無用の長物です」
勇者「あっ、落とし穴の下で拾ったやつ?」
子ども「なあに、これ?」
盗賊「大昔の金持ちが使っていた短剣です。武器としては三流ですが、この装飾品は僕の見立てならかなりの価値があるでしょう」
武具屋「あ、ありがとうございます」
盗賊「いえ…。あの褒章は大切にして下さい。立派なものですから」ニコッ
勇者「…何だか、師匠のこと見直してくれた?」ヒソ
盗賊「…ええ、少しは」ヒソ
子ども「ばいばい、お姉ちゃん達!」
武具屋「お気をつけて!」
勇者「ばいばーい!」ブンブン
盗賊「そんなに手を振らなくてもいいでしょう」
勇者「いいじゃない、一期一会だよ」
盗賊「…そうそう、少し、寄り道をしましょう」
勇者「どこに?」
盗賊「豪商とやらの、よろず屋です」
豪商「おお、ようこそ、勇者様! 我が店の品揃えは他店には劣りま――」
盗賊「失礼」ドンッ
豪商「」
盗賊は豪商に当て身を叩き込んだ!
バタンッ
勇者「盗賊くん!?」
盗賊「平気です、気絶させただけですから。起きた時に少し、首筋が痛むとかその程度ですよ」
勇者「な、何でこんなこと…?」
盗賊「だって気に食わないでしょう、あんなに良い人を陥れるなんて」
盗賊「だから、少し懲らしめてやるだけですよ」ニヤァ
勇者(黒い笑顔をしてる…!)
豪商「――う、ううむ…何だか、勇者様が来たような気が…」ハッ
豪商「な、ない、ない!? 品物が1つもない!?」
ペラッ
豪商「何だ、この紙は!?」
紙『武器の違法売買の証拠は押さえた。これを公然たる事実としてさらされたくなくば、オアシスを去り、二度と悪事を働くな』
豪商「そ、そん、な…」ガクッ
ここでちょっと小休止です
再開でーす
がんがんいきまーす
―――――――――
勇者「世界樹の里、とーうちゃくっ!」
勇者「世界樹って、本当に大きい木だね」
盗賊「ええ。雲の上まで届いているそうです」
勇者「雲の上!? そんなに? どれくらいあるんだろう…」
盗賊「だから、雲の上ですってば」
盗賊「この世界樹の一番上にある新芽を使って、世界樹の雫と呼ばれるアイテムが作れるそうです」
勇者「世界樹の雫?」
盗賊「ええ、一口飲めば滋養強壮・魔力増強、患部に塗り込めば、たちどころに病巣だろうが、致命傷だろうが癒してしまうと言われています」
勇者「すごい! 魔王との戦いで役に立つかも!」
盗賊「ですが…この高さですからね、そもそも市場には出回りませんし、そもそも新芽を摘むことさえも難しいんです。幻のアイテムですよ」
勇者「そっかぁ…。それじゃあ難しいね」
盗賊「講釈はこの程度にして、宿をとりましょう」
コンコン
宿屋「お客様、失礼します。里長が勇者様のご到着を知り、お話をしたいと…」
勇者「里長…?」
盗賊「一応、会っておきましょう。銀獣王が世界樹を狙っているということも伝えなくてはなりません」
勇者「そうだね」
宿屋「階下の食堂に里長はいらっしゃいますので」
里長「おお、勇者様…」
勇者「はじめまして、勇者です。こっちは盗賊くんです」
盗賊「…どうも」
里長「いきなりお呼び立てして、申し訳ありません」
里長「実は最近、瘴気の影響がこの地方にまで濃く現れまして、世界樹が枯れようとしているのです」
里長「この事態をどう打開するかと頭を悩ませていたところへ、勇者がやって来られたと聞いたものですから…」
勇者「世界樹が…枯れる…?」
盗賊「もしも、世界樹が枯れたらどうなるのです?」
里長「世界樹が果たす機能はご存知ですか?」
勇者「ううん、知らない」
里長「では、そこからお話しましょう」
里長「世界樹は瘴気を浄化し、清浄なものにするという性質を持っております」
里長「魔王がこの世に現れる以前から地上に瘴気は存在しております」
里長「世界樹はその瘴気を取り込んでは浄化し、地上を正常に保っているのです」
里長「しかし、魔王が現れてから地上の瘴気の量が増し、世界樹の瘴気の浄化が間に合わなくなっています」
里長「世界樹が瘴気を浄化する理由として、瘴気が世界樹にとって害悪なものであるからという説があります」
里長「防衛本能として瘴気を浄化している、ということになりましょう。ですが、最近は世界樹が弱り、このままでは枯れてしまいそうなのです」
里長「ご存知かと思われますが、瘴気は様々なものに影響を及ぼします」
里長「作物の育ちは悪くなり、動物が魔物に変貌したり、あまりにも瘴気が濃いと人間が魔物になるということもあるようです」
里長「世界樹が枯れ、瘴気が少しも浄化されなくなってしまえば、地上はたちまち瘴気に満ちあふれてしまうでしょう」
里長「そうなれば人間は、とても生きてはいられなくなるでしょう」
里長「さらに瘴気が濃くなるほどに魔物もその力を増すはずです」
勇者「そんな…。じゃ、じゃあ、世界樹を枯らせないようにするにはどうすればいいの?」
里長「どうにかして世界樹の周囲だけでも瘴気を薄くするか、清浄な空気で満たすしかありません」
盗賊「難しいですね…。それに、あと2度の新月を迎えたら魔物が世界樹を焼き尽くすと言っていました」
里長「そんな…! で、では、その対策もしなければ…」
勇者「うん…。しかも、世界樹を狙ってくるのはすごく強い魔物なんです。私たちじゃ、敵わなかったほどに…」
里長「ううむ…」
盗賊「とにかく、まずは瘴気を薄くする方法を探しましょう。それと並行して里長さんはどうにかして魔物の襲撃に備える手段を講じていただくのが上策でしょう」
勇者「そうだね」
里長「そういたしましょう」
勇者「――でもさあ、瘴気を薄くする方法なんてあるの?」
盗賊「それを探すんです」
勇者「そうだけど…手がかりなしってのもなあ」
盗賊「とにかく、瘴気について考えましょう。どこまで知っていますか?」
勇者「…悪いものだよね!」
盗賊「講釈から始めましょう。瘴気はもともと地上にはない汚染された空気のようなものです」
盗賊「瘴気は魔界からこの地上に流れてきているとも言われています」
盗賊「瘴気が地上でもっとも濃いのは魔王城と言われていますね。そこに停滞していた瘴気が、量を増して地上に少しずつ拡散されているんです」
盗賊「20年前の時点で、魔王城に最も近いと言われていた港町が瘴気に飲まれ始めていたそうです」
盗賊「晴れているはずなのに薄暗く、星の光が地上に届かなくなっていたと記録があります」
盗賊「そして、この20年でとうとう世界樹のある、この地にまで濃い瘴気が流れ着いてしまった」
勇者「ふうって口から吐く息で吹き飛ばせたらいいのにね」
盗賊「そんなこと出来ませんよ…。巡り合わせの杖なら出来るかも知れませんが、あれも存在が疑わしいものですし」
勇者「巡り合わせの杖…?」
盗賊「ええ。不思議な力を持つ杖で、それを一度振るえば雲を払えるとも言われています」
盗賊「どうやら、世の中にある流れを操ってしまえるようなものですが、どうにも眉唾でどこにあるかも定かでは――」
勇者「そのお話、師匠に聞いたことがあるかも…」
盗賊「! 本当ですか?」
勇者「師匠が、初代勇者と旅をしていた時にね、魔力の衣をまとった敵がいたんだって」
勇者「でも、初代が杖を振って魔力の衣を引き剥がして勝てたって…」
盗賊「それはどこで起きたことか、知っていますか?」
勇者「ううん、そこまでは教えてくれなかった」
勇者「師匠ってさ、踏み込んだら雷落とすか、黙り込むかっていう地雷が色々あるから、気軽に訊けないこともあるんだよね…。多分、この杖の話も地雷に関わってるんだと思う」
盗賊「地雷――」
盗賊「目星がつきました。早速、向かいましょう」
勇者「本当!? どこなの!?」
盗賊「水の都です。恐らく、あの人は先代勇者と旅をした、僧侶の話題は全くしなかったのではないですか?」
勇者「そう、かも知れない…」
盗賊「ならばビンゴですね。その僧侶と出会ったのが、水の都だったはずです」
盗賊「ここからなら、1度港に出て、そこから水の都への連絡船に乗った方が早いでしょう」
情報屋「おや、公爵家の跡継ぎを放棄した、稀代の大剣士くんじゃあないか。いらっしゃい」
シュボッ
スパ-
師匠「あれはどうなった?」
情報屋「たんまりもらった前金のお陰で調査ははかどったよ」
情報屋「だが、どうにも持ち出すことが出来なくてね」
情報屋「それに、雲を掴むような話の依頼だから情報の精度について、保証が出来ない」
師匠「それなら自分で向かう。場所を教えろ」
情報屋「1箇所につき、金貨10枚もらおう。いいかな?」
師匠「…全部で何箇所ある?」
情報屋「その情報は金貨2枚」
チッ
チャリン
情報屋「確かに。調査した限り、3箇所にそれらしきものがあるという伝説や、噂を入手した」
情報屋「けれど、誰を送り込んでも帰ってくる者はいなかった」
盗賊「3箇所か…。教えろ」
情報屋「砂漠のオアシス、南西の遺跡」
情報屋「氷雪の街、樹氷の神殿」
情報屋「最果ての村、終末時計塔」
情報屋「この3箇所だ」
師匠「どこも一癖、二癖はありそうだな…。それぞれ、教えてもらおうか」
情報屋「その前に、3箇所、金貨30枚だ」
師匠「…」
スッ
ドッチャリ
情報屋「確かに。余分にあるようだから、サービスもさせてもらうよ」
情報屋「南西の遺跡には不死の秘宝と呼ばれる宝があるそうだ」
情報屋「樹氷の神殿には刹那の刃と呼ばれる武器があるそうだ」
情報屋「終末時計塔には境涯の扉と呼ばれるものがあるそうだ」
師匠「不死の秘宝、刹那の刃、境涯の扉…」
師匠「分かった。じゃあな」
情報屋「ちょっとはゆっくりしていきなよ。どうしてこんな情報を欲しがったんだい?」
情報屋「2代目勇者のお目付役、王国の大剣士であるキミが変な依頼をするもんでこっちは寝不足さ」
情報屋「今は2代目とは別行動みたいだけど」
師匠「余計な詮索をするな」
情報屋「怖い顔をしないでくれよ…。好奇心なんだから」
師匠「黙れ」
情報屋「やれやれ…。そうだ、今日のサービス情報を教えてあげよう」
情報屋「陛下が危篤だ。看取る気があるなら、早く行った方がいいよ」
師匠「陛下が?」
情報屋「残念だね。在位期間65年…。後の世にも語り継がれるであろう賢君も、病には勝てないんだから」
師匠「…もう行く」
情報屋「またおいで、剣士くん」
師匠(陛下が亡くなったら、次の王は…叔父上)
師匠(単身で竜をも討った、武闘派の王国軍総帥…)
師匠(黒い噂の絶えない…野心家――)
師匠(いや…今は他にやるべきことがある)
師匠(王が誰だろうと関係ない)
師匠(ただ…少しでも長生きしてくれ、じいさま)
勇者「あった! 循環の杖、だって…」
盗賊「なるほど…巡り合わせの杖と、循環の杖は同一のものだったのですね」
盗賊「それにしても、盗もうと思えば盗めるような場所へ堂々と飾るなんて…頭大丈夫ですかね。それともレプリカ…?」
勇者「あ、何か説明書きがあるね」
勇者「えーっと…女神様がこの杖を贈って、水の都の水路に水を引き入れたんだって。そ、い、でー…20年前に勇者がこの杖を白昼堂々持ち出してから、律儀に戻しに来たって書いてある」
勇者「勇者以外が触ると弾き飛ばされちゃうから、警備なんて必要ないんだってさ」
盗賊「勇者以外の者が杖に触れると弾き飛ばされる、ですか…」
盗賊「こういうのは試さないと気が済みませんね」ニヤッ
ギュッ
グォオオオオオッ
ドサァッ
盗賊「痛っ…」
勇者「大丈夫、盗賊くん? ドヤ顔で掴む魂胆だったのに恥ずかしかったでしょ?」
盗賊「あなたって人は…」イラッ
クスクス
アイツ ホントウニ ジュンカンノ ツエニ サワッタ ナ
ヒサシブリニ ミタ ガ イツ ミテモ オモシロイ モンダ
勇者「ドヤ顔なんてしちゃったから、精神的ダメージの方が大きそう…」
盗賊「勇者、早くあれを回収して世界樹の里に戻りましょう…」ムス
勇者「でも勝手に持って行っていいのかな?」
盗賊「全て終わってから戻せばいいじゃないですか。また、どこで必要になるかも分かりませんし、勇者の称号は法に縛られませんよ」
勇者「でもぉ…」
盗賊「さっさとして下さい。後で美味しいものでも食べていいですから」
勇者「本当!? オッケー!」パシッ
勇者「本当に何もないんだね、私が触っても」
ザワッ
勇者「よーし、じゃあランチに行こ!」
盗賊「世界樹の里へ到着したら、そう日を置かずに銀獣王が来てしまいますね」
勇者「うん。どうにかして銀獣王に勝つ方法を考えないと」
勇者「師匠がいてくれたら心強いんだけどね…」
盗賊「…」
勇者「あ、ち、違うよ!? 別に盗賊くんを責めてるんじゃないからね!?」アセアセ
盗賊「分かっていますよ。銀獣王は恐らく、配下の魔物を引き連れてくるのでしょう」
盗賊「僕ら2人だけでは手が回りませんし、ザコの相手をしてくれる人員が必要になりそうですね」
勇者「里長がどんな対策をとったかにもよるよね…」
盗賊「ええ…。とにかく、世界樹の里に戻りながら良いアイデアがないか考えましょう」
ク-ク-
勇者「循環の杖、って…どこまで出来るんだろう?」
盗賊「どこまで、と言いますと?」
勇者「水の都に水を入れたとか、魔力の衣を剥いだとか聞いてるけどさ、実際にどのくらいのことまで出来るのかなって」
盗賊「試してみればいいじゃないですか。どうせ、今はすることのない船旅の最中です」
盗賊「循環の杖を試してみましょう」
勇者「そうだね」
ウズシオガ ハッセイ シテ イルゾ
カジヲ トレ
盗賊「おや、おあつらえ向きです。循環の杖で、あの渦潮を逆回転させて消してみてはどうです?」
勇者「よーし!」
ブンッ
勇者が循環の杖を振るった!
遠くの海面が急に高くなり、高波となって向かってくる!
オオナミ ガ キタゾ- シガミツケ-
盗賊「な、何をしているんです!? 海が荒れましたよ!?」
勇者「コントロールが難しいんだよ! 今、今、戻すから!」
ブンッ
勇者は循環の杖を振るった!
途端に空に雷雲がたちこめて、激しい雨を伴って稲光を発する!
ピシャァッ
ゴロゴロゴロ…
アラシ ダゾ
ナミガ サラニ タカク ナッタ
ウズシオヲ ヨケロ-
勇者「わぁああああっ!?」アタフタ
盗賊「お、落ち着いて下さい! そっと、やさしくです!」
ヒョイッ
勇者は循環の杖をやさしく振るった!
荒れていた波が穏やかになり、雷雲が消え去る!
キュウニ ウミガ オダヤカニ ナッタゾ
テンキモ カイフク シテ キタ
勇者盗賊「「ふぅ…」」
勇者「そう言えば、初代勇者は魔法がすっごく得意だったって聞いてる…」
盗賊「その点、あなたは魔法はオマケ程度の脳筋ですからね。とにかく、海上ではもう振らないようにして下さい」
ゾロゾロ
ワイワイ
勇者「うわあ、何だか傭兵がたくさんだ…」
盗賊「里長が雇ったのかも知れません。とにかく、里長に会いに行きましょう」
里長「おお、勇者様、盗賊殿、よくぞご無事で」
勇者「循環の杖を持ってきたから、これで瘴気を散らして薄くするよ」
盗賊「あくまでも散らすだけなので応急処置ですが、枯れるよりはマシでしょう」
盗賊「世界樹に頼らず、瘴気を消す方法を模索し続ける必要があります」
里長「そうですか…。里の住民には世界樹の根元…地下にある洞窟に避難する準備をさせています」
里長「それと腕の立つ傭兵団に依頼し、魔物の襲撃に備えています」
盗賊「なるほど…。ところで、世界樹はどれくらい頑丈でしょう? 例えば、火をつけられたとして、すぐに燃え尽きてしまうのか、それとも何か不思議な力で無事なのか」
里長「世界樹は危機を迎えると、自らを守護する存在を送り出すと言われております」
勇者「自らを守護…?」
里長「ええ。世界樹の麓へ参りましょう」
里長「この世界樹の根に飲み込まれかけていますが、この祠から、守護者は現れると言い伝えられています」
勇者「ちっちゃいね…」
盗賊「這いつくばらないと大人は出入り出来ませんね」
勇者「ここから守護者さんが出てくる時、大変そうだね。盗賊くんの細さならいけそうだけど、それじゃ守護者なんて言えるほど頼りがいなさそうだし」
盗賊「僕はムダな筋肉をつけていないだけです」ムッ
里長「」
盗賊「と、冗談はさておき、間近で見るとかなり高いですね」
里長「そ、そうでしょう…」
勇者「ねえねえ、世界樹の雫ってアイテムは里にあるの?」
里長「申し訳ございませんが、勇者様とは言え、世界樹の雫はとても貴重なものですので、ここにあるかどうかさえ、お教えすることはできないのです」
盗賊「ちなみに世界樹の新芽は摘めるのですか? これほど高くて」
里長「ええ、里に1人だけ…この世界樹の守人がいまして。守人が何日もかけて世界樹を上り、頂上から少しだけ新芽を摘んでくるのです」
里長「守人はある日、急に現れましてな。不思議な魔法を使い、腕も立つのです」
里長「里の者の中には、彼こそが世界樹の守護者ではないかと言う者もありますよ」
勇者「へえ…」
里長「1ヶ月に2度か、3度しか地上には降りてこないで、ずっと世界樹とともに生きているのです」
里長「今も世界樹に上ったままでして、こちらの様子を知らんのです」
里長「あやつめがいれば心強いのですが…」
勇者「強いの?」
里長「里では誰よりも強い男です。いえ、勇者様とも互角に渡り合えるはず」
勇者「へえー! ねえねえ、盗賊」ウズウズ
盗賊「…無様に落ちて怪我などしないで下さいよ」
勇者「うん! それじゃ、里長、ちょっと会ってくるね!」
里長「なっ!?」
ヒョイッ
ヨジヨジヨジ…
勇者「木登り楽しいーっ!」ケラケラ
里長「」
盗賊「守人とやらに会えたら、すぐに降りてきますのでご心配なく。魔物の襲撃時に備えましょう。手伝いますよ」
ヨジヨジ
勇者「どれだけ高いんだろう、世界樹…」
勇者「て言うか、これだけ時間かけてるのに…まだ地表が見える…」
勇者「不思議な木だなあ…」
ヨジヨジ
勇者「っ!?」
勇者「幹にドアが…ついてる…?」
勇者「…」
勇者「いい、よね…?」
カチャ
勇者「うわあ、普通にお家みたい…。守人さんって、ここで生活してるのかな」
?「――誰だ!?」
勇者「っ!? わ、私、勇者って言って、あの…!」
?「勇者? どうして、勇者が世界樹を上っている?」
勇者「あなた、守人さん?」
守人「そう、だが…?」
勇者「あのね、今、里が色々と大変なの! それで私、それをあなたに伝えにきたんだ!」
守人「教えてくれ」
・
・
・
守人「なるほど、これで辻褄があった」
勇者「辻褄…?」
守人「ああ。俺は毎日、この世界樹とともに暮らしているのだが、ここ最近は世界樹が怯え、弱っていたんだ」
勇者「そんなことが分かるの?」
守人「だてに世界樹の守人を名乗っているわけではないからな」
守人「とにかく、報せに来てくれて助かった。次の新月の晩だな。その時は俺も地上へ降りる」
勇者「本当? 助かるよ! 里長に聞いたけど、守人ってとっても強いんでしょ?」
守人「それほどでもないさ。俺はただの木登りのプロフェッショナルだからな」ニッ
勇者「あははっ、そうなの!?」ケラケラ
スルスル
勇者「とーうちゃくっ! やっぱり地面に足をつけるっていいなあ…」ジ-ン
盗賊「随分とかかりましたね、勇者」
勇者「盗賊くん! ただいま! 守人に会ったけどね、すごく面白い人だったよ!」
勇者「それに何か、雰囲気が普通の人と違うの! ザ・頼れる人って感じ!」
勇者「とうとう王子様に出会えたかも…」ムフフ
盗賊「…そうですか。循環の杖で世界樹周辺の瘴気を薄くしましょう」
勇者「オッケー! じゃ、早速――」
盗賊「いえ、危険なので杖を扱う練習をしましょう。そもそも、勇者のくせに魔法がおざなりすぎるんです、あなたは」
勇者「だって性に合わないんだもん…」
盗賊「言い訳をしないように。里の外れでやりましょうか」
勇者「練習って何するの?」
盗賊「杖だけを使って、攻撃を全て回避する練習ですよ」ニィ
盗賊はナイフを投擲した!
木々の間に張り巡らされたロープの1本を切る!
途端に無数のナイフが勇者目掛けて発射された!
勇者「わ、わっ、えいっ!」
勇者は循環の杖を振るった!
あらぬところでつむじ風が起きる!
勇者はナイフの雨に見舞われた!
勇者「ぎゃああああっ!」
盗賊「ちゃんと周囲を把握して下さい。目の前の流れを操り、循環させるのが循環の杖ですから」
勇者「分かってるけど…て言うか、盗賊くん、意地悪すぎない!?」
盗賊「何を言ってるんです? 世界樹を守る、という大義のためですよ」ニヤニヤ
勇者「とか言いながら、満面の笑顔だよ。楽しんでるでしょ?」
盗賊「これは失敬。――次、やりますよ!」
盗賊はナイフを投げた!
木々の間に張り巡らされたロープの1本を切る!
勇者の頭上から大量の小石が降ってくる!
勇者「わ、わわっ…!」
勇者は循環の杖を振るった!
凄まじい突風が吹き荒れる!
しかし、小石は勇者の頭に無惨に降り注いだ!
勇者「あうっ…」
盗賊「どうやら循環の杖はきちんと狙いを定めないといけないようですね。闇雲に振っても意味がないんで、ちゃんと頭を使って下さい」
勇者「盗賊くん、どれだけナイフ投げが上手いの?」
盗賊「お見せしている程度でしかありませんよ。しかし、今ので仕掛けた罠が最後でしたから…」
勇者「じゃあ明日、また――」
盗賊「今、仕掛け直しますから50秒だけ休憩して下さい」
勇者「1分未満なの!?」
盗賊「だってこんなに面白いことをそうそうやめられないでしょう?」
勇者「やっぱり面白がってるじゃん!」
盗賊「これは失敬」ニコッ
勇者は循環の杖を振るった!
星を隠していた瘴気がどこかへ流れて消えていく!
里長「おお、瘴気が晴れて星が…」
勇者「どう、これが勇者の力なの!」エッヘン
盗賊「5日もかかりましたがね…。一瞬で使いこなした、先代勇者とは雲泥の差です」
勇者「盗賊くんってば意地悪だよねー」ジト
盗賊「そうですか? 自覚はないんですがね」ニコ
里長「魔物の襲撃は…予定では明日、ですか」
勇者「うん。里の人達の避難はどう?」
里長「避難所の食料の備蓄も済みまして、必要最低限の荷物を持たせて明日にはそこへ閉じこもるようにしております」
盗賊「そうですか」
勇者「絶対防衛圏だね、そこが」
盗賊「おや、小難しい言葉を使えるのですね」
勇者「盗賊くんって私を何だと思ってるの!?」ガ-ン
里長「さあ、今夜はゆっくりお休み下さい。明日はどうか、よろしくお願いします」
勇者「はい!」
師匠は百刃王のまとう刃の鎧の継ぎ目へ剣を突き立て、貫いた!
百刃王「ぐ、ふっ…」
師匠「これで魔王軍四天王の一角か」
百刃王「貴様っ…それで本当に人間か…?」
師匠「そうだ。20年前、お前らの親玉が見逃した、ただの人間だ」
師匠は百刃王の首を切り落とした!
百刃王「」
師匠「…これが、刹那の刃か」
?『はじめまして、大いなる導き手の1人よ』
師匠「声? …誰だ?」キョロキョロ
?『私はあなたが手にした剣に宿る意志です』
師匠「話には聞いたことがあったが、意志のある剣…いや、剣の精か?」
剣精『そう認識していただいても構いません』
剣精『あなたの力を認め、私は力を貸しましょう』
師匠「力?」
剣精『刹那の時間だけ、あなたをどこへでも連れて行きましょう』
剣精『ただし、1度きりです。どこでどう使うのもあなたの自由』
剣精『それではあなたの大いなる旅路を、私は剣として支えましょう――』
師匠「ここも…外れだったか」
師匠「輝く剣…一体、どこにある…?」
クルッポ-
師匠「伝書鳩…。黒い、リボン――」
師匠「…」ハァ
師匠「どうか、安らかにお眠りください」
――――――――
今日はここまでにします
今日はあんまり進まないかもです
―――――――――
盗賊「まさか、こんな日に重なるとは…」
勇者「朝からどうしたの、盗賊。ご飯、冷めちゃうよ?」
盗賊「国王が、崩御されたようです」
勇者「王様が!?」
盗賊「1週間、喪に服すそうです。これで世界樹までどうにかなってしまったら…大変なことになりますね。地上は混迷を極めるでしょう」
勇者「王様が…」
盗賊「気持ちを切り替えてください。今は、やるべきことをやらなければなりません」
勇者「うん…」
ガチャ
守人「ここにいたか、勇者」
勇者「守人さんっ」
守人「キミは盗賊…だな。勇者から少しだけ話は聞いた」
盗賊「ええ、はじめまして」
守人「今夜、魔物の襲撃があるそうだな。微力ながら、キミ達に加勢させてもらいたい」
盗賊「こちらこそ、助かりますよ」
盗賊(守人…勇者が言っていた通り、不思議な感じの人だ)
里長「――それでは勇者様、よろしくお願いいたします」
勇者「はい。任せてください。それじゃあ、閉めますね…」
ギィィ
バタン
守人「これで住民の避難は完了…。勇者、そこをどいてくれ。俺が仕上げをしよう」
守人は手を組んで印を結ぶ!
地面から伸びた蔓が入口のドアを覆い隠した!
勇者「蔓が伸びて、入口を…!」
守人「これで、ここに出入り口があるとは分からないでしょう」
盗賊「魔法ですか?」
守人「厳密には違う。が、似たようなものだな」
ウオオオオオ----ッ
勇者「傭兵さん達の声!?」
守人「魔物が丁度来たか…」
盗賊「銀獣王、今度こそ僕が殺す…!」
銀獣王があらわれた!
銀獣王「逃げずにいたか、弱者どもよ」
盗賊「銀獣王…!」
勇者「今度こそ、倒す!」
守人「その辺の魔物とは格が違うようだ…」
銀獣王「ふむ、頭数が増えているようだが…弱き者がいくら集まろうとも無力!」
銀獣王「我が魔槍の前に散れ!」
銀獣王は魔槍を振り回して盗賊に迫る!
盗賊は短剣を抜き放ち、銀獣王とぶつかり合う!
盗賊「何度も負けませんよ…!」
銀獣王は魔槍を薙いだ!
盗賊は飛び退いた!
その後ろから勇者が躍り出て銀獣王に切りつける!
勇者「せいっ!」
銀獣王「ふっ…! 浅いが、1撃を入れて来られるようになったか」
勇者(盗賊くんとの訓練の成果だ!)
盗賊(これまでは師匠さんが全てをフォローしていたばかりに、勇者は周囲を見ることが出来ていなかった)
盗賊(循環の杖を使うための特訓で戦場の把握、空間認識にきちんと意識がいくようになったか)
勇者(ちゃんと銀獣王だけじゃなくて、盗賊くんが何をしようとするのかも分かる)
盗賊「勇者、たたみかけますよ!」
勇者「任せて!」
勇者と盗賊が連携して銀獣王に切りかかる!
守人「サポートをする! 攻撃のみに専念しろ!」
守人は手を組んで印を結ぶ!
どこからともなく蔓が伸びてきて銀獣王の四肢を拘束した!
銀獣王「何だ、これは!? 魔法!?」
シュルルル…
勇者「はぁあああああっ!」
盗賊「食らえ…!」
勇者は渾身の力で銀獣王に切りつけた!
盗賊は短剣を銀獣王の腹に深く突き刺す!
銀獣王「ぐ…ぬぅ…!」
銀獣王は蔓を引きちぎり、魔槍を振るった!
しかし、勇者と盗賊はひらりと回避する!
勇者「そんな苦し紛れの攻撃、当たらないよ!」
銀獣王「いい…いいぞ…! これでこそ面白くなるというもの!」
勇者「すごい、プレッシャー…!」
盗賊「手加減していたのだとしても、もう負けませんよ」
銀獣王「さあ、我が血を吸え! 魔槍よ!」
守人「槍が禍々しい光を…!」
守人が印を結ぶと、木々の根が銀獣王へ襲いかかる!
銀獣王「行くぞォ!」
銀獣王は滾る力で魔槍を振るう!
無数の根が一瞬で細切れになった!
勇者は魔槍を受け止めた!
しかし、魔槍はぶれて無数の衝撃を生む!
勇者は耐え切れずに飛び退いた!
勇者「攻撃力が段違いだよ!」
盗賊「持ちこたえて下さい!」
守人「凄まじいな」
銀獣王「この程度かァ!?」
銀獣王は魔槍を連続で繰り出した!
勇者は応戦するように剣を連続で振るう!
勇者「この、おぉおおおっ!」
剣と魔槍が何度もぶつかり合う!
時にかち合って拮抗するが、どちらからともなく獲物を引いて血と肉を求めて剣戟をぶつけ合う!
銀獣王「ふははははははっ!」
盗賊「こっちをお忘れなく!」
銀獣王「何!?」
盗賊はナイフを投げた!
木々の間に張り巡らされたロープの1本を切る!
無数のナイフが銀獣王目掛けて襲いかかる!
守人「追加だ!」
守人は手を組んで印を結ぶ!
世界樹の根が鳴動し、突撃槍の如く銀獣王の腹部を貫いた!
勇者「世界樹の根っこが、槍みたい…」
盗賊「あの守人という男、謎は多いですが戦力としては申し分ないですね」
銀獣王「ふっ…はぁっ…」ボタボタ
守人「タフですね、魔物というのは」
銀獣王「魔槍よ…我が血は充分に吸ったな?」ニィッ
勇者「ッ――魔力が、また高まった!?」
銀獣王「さあ、解放しろ!」
魔槍が輝き、銀獣王に呼応して禍々しい魔力を解き放つ!
凄まじい大爆発が生じて、周囲の全てをめちゃくちゃに破砕していく!
勇者「っ…!」
盗賊「勇者、手を!」
盗賊は吹き飛ばされた勇者の手を掴み、引き寄せた!
守人「…!」
守人は蔓で自分を固定する!
銀獣王「はぁああああっ!」
銀獣王は吹きすさぶ風の中で疾駆する!
銀獣王は一陣の風となって勇者に迫り魔槍を振るった!
勇者「くっ…!」
勇者はかろうじて銀獣王の一撃を受け止める!
盗賊「動きが、速過ぎる…!」
銀獣王「その程度かァ!?」
銀獣王が魔槍を繰り出すと、穂先が三つ又に別れて勇者を引き裂く!
勇者と盗賊は後退したが、さらに銀獣王は魔槍を突き出した!
守人「はぁっ!」
突如として、勇者と盗賊は蔓に捕まえられた!
勇者と盗賊は守人のところまで引き寄せられると、木々の根や蔓が形成した結界の中に匿われる!
銀獣王「何だ、植物のドーム…!?」
守人「大丈夫か、勇者?」
勇者「守人…ありがとう、守ってくれて…」
盗賊「しかし、そういつまでもここに隠れていられません。痺れを切らして世界樹を攻撃する可能性もあります」
勇者「考えがあるんだ。盗賊くん、守人、協力してくれる?」
盗賊「では作戦通りに!」
盗賊が結界から飛び出るなり、短剣を銀獣王に振るった!
銀獣王「ふんっ!」
しかし、銀獣王は地面に魔槍を突き立て、引きずり出した岩の塊によって攻撃を防ぐ!
盗賊「防がれましたか」
銀獣王「やっと出て来たな。さあ、もっと楽しませろ!」
銀獣王は自ら作り出した土塊を破壊した!
破砕された土塊が凄まじい勢いで盗賊に浴びせられる!
さらに銀獣王は盗賊へ連撃を繰り出していく!
盗賊「そんな程度の、手数で!」
盗賊は銀獣王の致命傷と成りうる攻撃を払いのけながら、その場で踏ん張り続ける!
守人「行け――」
守人は印を結ぶ!
周囲の木々から猛烈な勢いでツタが伸び、四方八方から銀獣王に襲いかかる!
盗賊はナイフを投擲し、木々の間に張り巡らされたロープの1本を切った!
夥しい数のナイフが銀獣王に降り注いでいく!
銀獣王「こんな包囲攻撃、避けるまでもない!」
勇者「じゃ、避けないでね!」ブンッ
勇者は循環の杖を振るった!
勇者『循環の杖で、2人の攻撃を1つにまとめてぶつけるの』
盗賊『そんなコントロールが出来るのですか?』
勇者『やるしかないから』
守人『いいだろう、その作戦に乗った』
盗賊『2度目は通用しません、勝負は1度きりですよ』
勇者『大丈夫、きっとやれるから!』
勇者「いっけェ――――――ッ!」
ツタが束ねられて突撃槍を形成する!
夥しい量のナイフが寄り集まり、竜の如く銀獣王に襲いかかる!
銀獣王「ぐ、おぉおおおおおおっ!」
ツタの突撃槍と、ナイフの竜が銀獣王を食らい潰す!
銀獣王「っ…く…あ…」
盗賊「両親の仇だ、死ね!」
盗賊は膝をついた銀獣王の首に短剣を振り下ろした!
銀獣王「」
ドサッ
カランッ
勇者「倒した――やった、やったね、盗賊くん! ありがとう、守人!」
盗賊(当然だが、仇を殺しても人がよみがえるはずはない…)
盗賊(この胸にはいつまでも、忌々しい想いが渦巻く…)
盗賊(それにしても、この槍、禍々しい感じが消えないな)スッ
盗賊は地面に落ちていた魔槍を手にした!
勇者「守人のお陰だね! 盗賊くんと2人だけじゃ危なかった!」
守人「いや、俺は大したことはしていない」
勇者「そんなことないよ、助かったもん! 世界樹も無事だし、これで――」
突如として、魔槍が世界樹の幹に突き刺さった!
勇者「!?」
盗賊はニヤニヤと笑っている!
守人「盗賊!? 何をした、貴様!?」
ゴゴゴ…
勇者「世界樹に、魔槍を突き立てるなんて…!」
盗賊?「我が意志は常に、魔槍とともにある――」
守人「まさか――死んでなかったのか!?」
勇者「で、でも、今、魔槍を投げたのに…!」
ニィッ
銀獣王(盗賊)「魔槍を拾い上げたのが、この男の運の尽きだ。さあ、魔槍よ! 世界樹を、焼きつくせ!」
シュボォッ
世界樹に突き立てられた魔槍から、黒い炎が発せられる!
守人「止めろ!」
守人は印を結んだ!
銀獣王(盗賊)「邪魔をするなァ!」
しかし、盗賊が守人に向かって3本のナイフを投げつける!
守人「ぐぅっ…やめろ! 世界樹が…!」
勇者「世界樹が…燃えてく…」
銀獣王(盗賊)「ハハハッ!」
勇者「…火を、消さなきゃ――」
グッ
勇者「お願い、循環の杖、力を貸して!」
勇者は循環の杖を振るった!
黒い炎が世界樹から引き剥がされる!
銀獣王(盗賊)「! その杖…! させるものか…!」
盗賊は短剣を抜いて勇者に襲いかかる!
勇者「くっ…!」
勇者は盗賊の攻撃を剣で受け止めていく!
銀獣王(盗賊)「どうした、反撃しないのか!?」
盗賊は連続で短剣を繰り出す!
勇者は圧倒的な手数に押されていく!
勇者(さっきほどじゃないけど、反撃したら盗賊くんが…!)
守人「拘束する、その隙にあの槍を直接破壊しろ!」
守人は印を結んだ!
盗賊は蔓に四肢を拘束される!
銀獣王(盗賊)「くっ…! この体、力が弱過ぎる…! この程度も引きちぎれぬなど…!」
勇者「ありがとう、守人! 世界樹を焼く炎を全部集めて――」
勇者は循環の杖を振るった!
黒い炎が勇者の頭上で巨大な塊となっていく!
勇者「束ねて! こねて! ついでに私の魔力で強化して…!」
勇者は循環の杖を介して黒い炎に魔力を注ぎ込んだ!
炎の色が紅蓮に染め上げられていく!
銀獣王(盗賊)「止めろォ――――ッ!」
勇者「行っけぇええええ――――――――ッ!!」
紅蓮の大火球が魔槍にぶつけられる!
パリ----ン
勇者「壊れた――」
ドサッ
勇者「盗賊くん…! 大丈夫…?」
盗賊「っ…勇者…平気です…。かろうじて…」
盗賊「銀獣王は今度こそ…倒せましたか…?」
勇者「きっと、大丈夫。あの槍も壊したし」
盗賊「世界樹は…?」
勇者「どうなんだろう…。ちょっと焼けちゃったけど、守人、どうかな…?」
守人「…このくらいなら、どうにか。…改めてありがとう、助かった」
とりあえず、ここまでです
夜中にもしかしたら更新するかもです
再開しまーす
――――――――――
ワイワイ
ガヤガヤ
勇者「盗賊くん、体、大丈夫…?」
盗賊「ええ…。問題ないですよ、言ったでしょう?」
勇者「そっか、そうだよね…。それにしても、被害がそんなになくて良かったね」
盗賊「そうですね。傭兵団にも死者は出なかったようですし」
勇者「…食べ物、何か持って来ようか?」
盗賊「いいですよ、別に…。何だか、何を食べても、飲んでも味がしなくて…疲れちゃいました」
勇者「美味しいのに…。折角の宴会だしさ」
盗賊「あなたは物心ついた時から勇者として生きることを決めつけられ、それを使命として逃げることなく戦っている」
盗賊「どうして、そう強くいられるのですか?」
勇者「何だかいきなりだね…」
勇者「どうしてって言われても…それしか、生き方は知らないし」
盗賊「抗おうとは考えなかったのですか? 反発したり、逃げ出そうとしたり…」
勇者「ちっちゃい頃はしたよ。ずっと修行してた山から逃亡をはかったり、修行をサボったり…」
勇者「でも、師匠がいたからさ」
―王歴175年―
師匠「おい、勇者、いつもなら終わってる頃だろ。何かあったのか――」
勇者「っ」ビクッ
師匠「お前、その背中の荷物…何だ?」
勇者「な、何でもないもん!」
師匠「今のお前には何も関係ないだろうが…この山、降りるまで5日かかるって知ってるか?」
師匠「あと、山の麓には人食いの魔物がいるんだが、こいつは蜘蛛みたいに八本の足があって、頭は牛、吐き出す糸は毒性があって触れたものを溶かすんだ」
師匠「こいつに襲われるとな、骨以外を溶かされて、溶けた部分をちゅーちゅー吸われるんだ」
勇者「」サ-
ガクガク
ブルブル
盗賊「別に逃げ出そうしてるわけじゃあないから関係ないだろうが…お前の荷物から、いい肉の臭いがするから麓まで出たらきっと嗅ぎつけてくるな」
盗賊「せいぜい、食われないよう気をつけろよ」ニヤァ
勇者「ご…ごめんなさーい!」
―王歴185年―
勇者「――さんざん、脅されたの」
盗賊「それを鵜呑みにするとは…。魔物の勉強はしなかったんですか?」
勇者「むしろ教わってた身なんだよ!? 信じるしかないじゃん!」
勇者「他にも、ええっと…」
―王歴175年―
勇者「…」ツ-ン
師匠「何か喋れよ」
師匠「どうして、剣の型を1350回残してやめた?」
師匠「どうして、基礎魔法修練を中途半端に終わらせた?」
師匠「さぞや納得のいく説明を、そのちっせえ脳みそで考えてあるんだろ?」ゴゴゴ…
勇者「ひっ…」
ゴゴゴ…
師匠「おらおら、何か言ったらどうだ?」
勇者「…も、もう…修行、したくない…」
師匠「…はあ?」
勇者「修行はもうしたくないの!」
師匠「そうか…。じゃ、やめだな。やめ、やめ。ほら、メシにするぞ」
勇者「…え?」
師匠「何だよ、食わないのか? 今日はオオイノトリだぞ」
勇者「丸焼き!?」パァ
師匠「香草焼きって、知ってるか?」ニィ
勇者「こうそうやき、美味しいーっ!」バタバタ
師匠「そりゃ良かったな」スパ-
勇者「今日からずっと、師匠とここで美味しいもの食べる! 修行ないもんね!」
師匠「修行がないから俺はもう、お前の傍にいてやれないな」
勇者「え?」
師匠「魔王にはな、俺の大切な人が2人もやられたんだ。だから倒す」
師匠「そのためにお前に修行をつけてた」
師匠「だが、その修行がないんじゃあ…仕方ないよな」
勇者「そんな…やだ!」
師匠「じゃあ、修行するか?」
勇者「それも…やだ…」シュン
勇者「何で修行しなくちゃいけないの…?」
師匠「お前、ご飯を食べるの好きだろ?」
勇者「うん。師匠のご飯、美味しいから大好き」
師匠「他の人だって、皆そうだ。でもな、魔王を放っておくと…その内、一緒にご飯を食べる相手がいなくなっちまう」
師匠「それじゃあ悲しいだろ。だから、倒すんだ」
勇者「…分かった」ボソ
勇者「…私も師匠と美味しいもの、たくさん食べたい!」
勇者「だから、魔王をたおす!」
師匠「…よし。じゃ、――サボった分、今からやってきやがれ」ギロッ
勇者「え…」
師匠「いや、サボった罰だ。2倍やれ。終わるまで傍で見守っててやるよ」ニタァ
―王歴185年―
盗賊「何て単純な…」
勇者「でもさ、師匠ってああいう話をする時、いっつも神妙な顔するんだ」
勇者「…直接はあんまり聞いたことないけど…師匠、前の旅で仲間を死なせちゃってるし」
勇者「師匠の性格的には…師匠だけが生き残っちゃったのが苦しいんだろうなって」
盗賊「けど、やっぱり、あなたが勇者であろうとする理由が弱いように思えます」
勇者「そんなに気負ってないだけだよ、きっと」
盗賊「気負ってない?」
勇者「うん。私はただ…出会った人達、みんなが幸せになってくれればいいなって思うの」
勇者「それだけだからさ、割と気楽に勇者やってる」
盗賊「なるほど、要するにバカなだけですね」
勇者「何でそんなこと言うの!?」ガ-ン
盗賊「けど、あなたらしいです。…そういうのも、その…いいと思いますよ」フッ
勇者「あれ…」
盗賊「どうしました?」
勇者「盗賊くんが、自然に笑うの初めて見たかも!」
盗賊「っ…そ、それがどうしたんですか?///」プイッ
勇者「あれ~? 照れたの? 照れ照れですかぁ~?」ニヤニヤ
盗賊「別に照れてなんか…。僕だって笑いますよ。…たまには」
勇者「じゃあ、そういうことにしておこうかな」フフン
盗賊「あなたといると飽きなくていいですね」
勇者「あー、ちょっとバカにしたでしょ?」
盗賊「してませんよ」
シテル ジャン
シテ マセン ヨ
里長「本当にどうもありがとうございました」
勇者「ううん、これくらいいいんです。こっちこそ、長く泊めてくれてありがとう」
守人「瘴気の件も礼を言う。助かった」
勇者「うんっ。ねえねえ、守人、良かったら魔王討伐の旅、一緒に来てくれない?」
盗賊「いきなり何を言ってるんです、あなたは」
守人「折角のお誘いだが、遠慮させてくれ。俺は世界樹を守らなければならない」
勇者「そっか。じゃ、仕方ないね!」
守人「そうだ、お守りをやろう。大切に持ち歩いてくれ」
勇者「お守り? ふうん、ありがと」
勇者は守人のお守りを手に入れた!
盗賊「…それでは行きましょう。いよいよ、あと1回、海を渡って次の大陸に行けば魔王城は目と鼻の先です」
勇者「じゃあね、里長、守人。お元気で!」
里長「旅の無事をお祈りしています」
守人「道中、気をつけて」
勇者「ばいばーい!」
盗賊「…随分とあっさり、守人を諦めましたね」
勇者「最初はくらっとはしたけど、やっぱりあれって顔だけだったのかなあ…って。それ差し引いて、頼りがいがあるから旅に同行してくれたらって思ったんだけどね」
盗賊「そうですか」
勇者「ま、イケメン要素は盗賊くんで足りてるし。別にもっとキュンキュンしちゃうような人を探す!」
盗賊「…キュンキュンねぇ」プッ
勇者「あー、笑った! 乙女の夢を笑うとかひどくない!?」
盗賊「失敬、しかし、ぷふっ…いやあ、あなたが乙女だなんて思ってくれる人がいればいいですね」クスクス
勇者「絶対に見返してやる!」
公爵「――今、何と…?」
総帥「これより、聖王国は軍国主義に生まれ変わる。そのために、公爵家秘伝の剣技を我が軍に開示しろ」
公爵「それはならない」
総帥「これは次期国王元首である、俺の命令だ」ギロッ
公爵「それでもまだ、戴冠はしていないはずです」ジロッ
総帥「こんな男を、父上も姉上も、よくも認めていたものだ…」
公爵「何とでも言うといい。しかし、陛下が築こうとした聖王国の平和な未来は必ず守り通す」
総帥「守り通す? ふざけたことを言う。貴様らの一族は何も守れやしない。いや、貴様が当主である限り、か?」
総帥「剣士は無様にも、魔王に敗れておめおめと生き延びた。刃の欠けた剣とともにな」
総帥「初代勇者もまた、あれだけの期待を背負いながら犬死にした。そのお陰で、この地上には瘴気が蔓延している」
公爵「私の子ども達を侮辱しているのか?」
総帥「愚かな父を持てば、当然か。貴様こそが元凶だ」
公爵「何――」
総帥「赤子であった初代勇者を、貴様は守れなかった。神官が取り上げたままに、手放してしまったものなあ?」
総帥「あの時点で、貴様も、貴様の一族も、何も守れやしなくなったのだ」
公爵「!」チャキッ
総帥「はぁっ!」ブンッ
公爵が一瞬で剣を抜いて切りかかる!
しかし、総帥は鞘に納めたままの剣で弾き返した!
総帥「いい機会だ、ベールに覆われている公爵家の剣技で殺しにかかってこい」
総帥「貴様が勝利すれば次期国王の座は渡してやる」
総帥「貴様程度の腕では秘技の全てを出し切ろうとも俺を殺せないだろうがな?」
公爵「良いだろう、決闘だ」
総帥「決闘などではない。貴様が無様に、散るのみだぞ――」
情報屋「いらっしゃい、剣士くん。また何か欲しいものがあるのかい?」
師匠「陛下の葬儀はいつだ」
情報屋「あれれ? てっきり、胡散臭いトレジャーハンティングに夢中でそんなものに参列なんてしないのかと思ってたけど」
師匠「うるせえ、さっさと教えろ。場所と、正確な時間もだ」
情報屋「ここからじゃ間に合わないね、どう足掻いたって」
師匠「いいから、言え。金が欲しけりゃくれてやる」
ドンッ
ザバァ
情報屋「おやま、こんなに積まれちゃ答えないわけにはいかない。葬儀は明日だ。場所はキミも馴染みの城下の聖堂」
師匠「明日…」グッ
情報屋「キミが腰にさげてる、それを使えば余裕で間に合うだろうけどね」
師匠「! お前…」
情報屋「刹那の刃はそういうもののはずだからね。この情報はサービスにしておこう」
師匠「…使えるはずがねえだろ、こいつを使う気はない」
情報屋「それじゃあ、ここで一緒に陛下に献杯でもするかい?」
師匠「次の王は?」
情報屋「今ごろ、内議がされているはずだ。順当にいけば王国軍総帥閣下だろうね…。キミの父君はさすがに、一国の主という器じゃない」
師匠「総帥は、次の王にふさわしいのか?」
情報屋「さあ、うちは情報屋ではあるけど未来の情報ってのは扱ってないんでね。分からないよ、そんなこと」
情報屋「ただまあ…ね、こんだけ金を積まれたんだ、サービスしようじゃないか」
情報屋「総帥閣下殿は武闘派だ、おっそろしく傲慢で、野心に満ちあふれてるよ。加えて、その頭脳は魔物の軍勢を幾度となく退けられたほど冷徹でもある」
師匠「…」
情報屋「総帥閣下はきっと、国を作り替えるだろう。魔物の脅威が地上を覆い尽くさんとする、このご時世なんだ。相応の強い力がなければ生きてはいけない」
情報屋「…と、まあそんな建前でもって…好き勝手するんじゃないのかな?」
師匠「建前だと…?」
情報屋「そうさ。閣下はカリスマにも満ちあふれている。彼に心酔している兵士については…むしろキミの方が詳しいかもねえ」
情報屋「自他ともに認められる強い力と、カリスマ。そして、内に秘めた野心。こいつが行き着く先は…きっと、亡くなられた陛下の夢見た未来じゃない」
師匠「…」
情報屋「軍事力を最重視した、新生聖王国が産声をあげるだろうね」
情報屋「魔王が脅威となる今の時勢なら、それで確保される平和もあるかも知れない。けれど…もし、キミの活躍によって魔王が討たれたら、その後はどうなるんだろうね」
情報屋「ま、キミはどうにかこうにか魔王を倒してくれたまえ。何せ、それだけが今のキミの生き甲斐だろう?」
師匠「次の王が、正式に決まるのはいつだ?」
情報屋「葬儀が終わってからになるだろうね。1週間は喪に服すということだから、その後すぐに内議が執り行われる」
師匠「分かった。最後の用だ、20年前にタラコ唇のジョリーロジャーを掲げていた海賊船の船長を見つけて、この手紙を渡してくれ」スッ
情報屋「おいおい、ここは情報屋であって、郵便屋さんじゃないんだぞ?」
師匠「駄賃はもうやってんだろ。じゃあな」
情報屋「…またどうぞ」
師匠「――使用人、いるか!」
バンッ
使用人「わ、若…? 急なお帰りですな」
師匠「父さんはどこにいる?」
使用人「旦那様は…」
夫人「ああ、剣士っ! 剣士…!」
師匠「母さ――どうした、こんなに取り乱して」
使用人「旦那様は、亡くなられました」
師匠「何…?」
夫人「あなたが戻ってきてくれて、本当に良かった…。もう、私は…」
使用人「奥様が落ち着かれてから、改めて若にお話を申し上げにいきましょう」
師匠「――叔父上と、父さんが…決闘…?」
使用人「はい。次の国王の座を賭けた、ということです。合意の書面もあります」
師匠「父さんが叔父上に勝てるはずがないのに…どうして、そんな無謀な勝負…」ギリッ
使用人「若は虫の知らせでもお受けしたのですか? このタイミングでお戻りになられるとは思ってもいませんでしたが」
師匠「そんなとこだ。…叔父上と、話をつけにいく」
使用人「若…」
師匠「そんな顔をするな、爺や。もう、バルコニーから出ていく不良少年じゃないんだ」
使用人「…そう、でしたね」
師匠「行ってくる。留守を頼むぞ」
使用人「行ってらっしゃいませ」
総帥「いたのか、剣士。勇者のお守りはしなくていいのか?」
師匠「父さんと、決闘をしたらしいな。何故、そんなことをした」
総帥「決闘――ああ、決闘か。そうだな、した」
師匠「理由を聞いている」
総帥「剣に生きる身でありながら、決闘で亡くした親を惜しんでいるのか?」
師匠「…」ギロッ
総帥「王座を俺に渡したくはない、と言ってきたのだ」
総帥「しかし、俺は第一位の継承権を持っていた。確かに、偉大なる聖王国の国王の座だ、継承権の上下に関わらず、適任者がその座につかねばならぬ」
総帥「そこで、互いの武によって王座を競っただけのことだ」
師匠「納得がいかないな。父さんは武人じゃない。その勝負を持ちかけたのは、あんただ」
総帥「だったら、何だと言う?」
師匠「どうして、父さんを殺した? 何が目的で、決闘なんかを持ちかけた?」
総帥「お前と競う気は毛頭ない」
師匠「それでも、父さんには用があった。継承権第二位の父さんには目的があり、俺にはない?」
師匠「俺だって、あんたの即位には反対だ。さあ、決闘を申し込め」
総帥「…そこまで食いつくならば、もうあしらうのも面倒だ。教えてやる」
総帥「俺はこれより、聖王国を史上最強の軍事大国にする。そのために、公爵家秘伝の剣技を軍に教授しろと命令した」
総帥「それを貴様の父は拒んだ。故に、決闘をしたまでのこと」
総帥「公爵家の奥義は、この目で見て、この身で受け、この剣で返してやった。お前は安心して、その命をもって魔王に挑め」
師匠「てめえ…!」
総帥「覇道斬り――」
ズッバァァンッ
師匠「っ…」
総帥「俺はこの技を、上級の兵に伝授しなければならずに忙しい身なのだ。これ以上の邪魔をするな」
総帥「魔王征伐を果たした勇者に、安穏とした余生を過ごさせたいならばな」
師匠「…」ギリッ
総帥「もっとも、生きて帰れれば…の話ではあるがな」
使用人「お帰りなさいませ。いかがでしたか?」
師匠「母さんを、別の屋敷に移せ。この屋敷は放置する」
使用人「よろしいのですか?」
師匠「山の中だが、勇者の修行場でいい。あそこは魔王城から遠い分、瘴気もまだ来ないはずだ」
使用人「若はどうなされるのです?」
師匠「俺はまた、旅に戻る。使用人、公爵家の人間として…俺から、最後に1つだけ頼みたいことがある」
使用人「…何なりと、お申しつけください」
師匠「恩に着る。今から手紙を書く。これを、託したい」
勇者「――そろそろ、ベッドが恋しいね。野宿続きで寝ても疲れがとれないよ」
盗賊「意外ですね。あなたなら野宿なんて屁のカッパかと思っていたのですが」
勇者「それどーいう意味?」
盗賊「とても体が頑丈で、うらやましいという意味ですよ。僕は野宿をすると毎朝、体が痛いんですよ」
勇者「盗賊くんって、ほんっとーに嫌味だよね」
盗賊「何を言いますか。僕はいつでも、誰にでも、丁寧かつ親切な対応をしているつもりですよ」
勇者「おやすみ!」
盗賊「ええ、おやすみなさい。適当に起こしますので、夜番を交替してくださいよ」
勇者「起きたらね」ベ-ッ
盗賊「おや、顔芸まで覚えるとはさすがですね」
パチパチ…
盗賊「薪が…少ないですね…」
盗賊「…」チラッ
グオ- グオ-
盗賊「…」ハァ
盗賊「僕が寝る時に寒いのはたまりませんし…仕方ないですか…」
ゴソゴソ
盗賊(そう言えばこの辺りは…)
盗賊(東大陸へ渡るつもりでいたのに、そう言えば引き返してしまってるのか)
盗賊(どうせ彼らの活動範囲はたかが知れてますし、夜が明けてからすぐに出発すれば出会わずに済むでしょう…)
勇者「おっはよー、盗賊くん! もう朝だよ、しゃきっとして、ほら!」
盗賊「…あなたがなかなか交替してくれなかったから、まだ眠り足りないのですが」
勇者「何のことか知らないなー、顔芸の練習する夢見てたから」
盗賊「そうですか、愉快な夢見で羨ましいですね…」
勇者「盗賊くんだって、寝ながらへらへらしてたよ? どんな夢だったの?」
盗賊「えっ…」
勇者「嘘だよーん! 騙されちゃったね、心当たりがあるの?」ニヤニヤ
盗賊「あなたって人は…さっさと食事を済ませて行きますよ」
勇者「ううん。寄りたいところあるんだ」
盗賊「この辺りで…ですか?」
勇者「そ、何かね、温泉があるって聞いたんだ」ニヘラァッ
盗賊「だ、ダメです! 温泉だけは、断固として反対します!」
勇者「えー、何で? いいじゃん、疲れを癒して、また頑張ろうって気合い入れ直すんだよ?」
盗賊「いいえ、あの温泉だけは行くわけにはいきません!」
勇者「もしかして、場所知ってる?」
盗賊「し、知りませんけど、とにかくダメなものはダメです」
勇者「ふぅーん?」ジロジロ
盗賊「…」タジッ
勇者「盗賊くんって、偉そうな割にヘタレ属性持ってるよね」
盗賊「あなたに言われたくはないです!」
勇者「あーあー…温泉…入りたかったなぁ…」チラッ
勇者「おーんーせーんー…入りたかったなぁぁ~?」チラチラッ
勇者「はぁぁぁ~…お・ん・せ・ん、に入りたかったなぁぁぁ~?」チラチラチラッ
盗賊(うざい…)
勇者「おーんーせーんーにーはーいーり――」
盗賊「そんなに、入りたいんですか?」
勇者「入りたい!」
盗賊「なら、1人で行ってきてください。僕は麓の廃村で待ってます」
勇者「えー? 盗賊くん、行かないの?」
盗賊「ほら、そこの山道を行けばいいんです。僕はここを下へ行きます。そうしたら廃村がありますから、そこで待ってます」
勇者「…何でそんなに…?」
勇者「あ、もしかして男の子としての尊厳的な何やかんやで…?」
勇者「盗賊くん、指揃えた状態で手を見せて」
盗賊「言っときますが、バカはどんな温泉の効能でも改善されませんからね」
勇者「おおー、それっぽい建物がある」
勇者「ここってタダ…なのかな? でも、そこそこ立派な建物あるし…?」
?「あれ、客っすか? マジすか?」
勇者「あなたは…?」
?「あー、俺、山賊って言います! ここの温泉で商売してんすよ!」
勇者「山賊さん…?」
山賊「いやー、にしても女の一人旅っすか? いいっすねー、そういうの、いいっすよねー」シミジミ
山賊「あ、いっつもは入浴料もらってるんすけど、女の子大歓迎なんで、タダでいっすよー。入っちゃってくださーい」ゲヘヘ
勇者「ラッキー!」
山賊(いやー、ラッキーはこっちだって! 折角、覗きを円滑にするためだけに温泉にこんな小屋まで建てたのに、来るのはジジババばっかりだったんだから…)
山賊(くぅーっ! 苦節3年…とうとう、覗きたいと思える入浴客がやってきたぜぃっ!)
スッゴ-イ コレガ ロテン ブロ ナンダ- ヘェ-
ドレドレ ユカゲンノ ホウハ ット … イイ カンジッ
山賊(いざ、念願の覗き!)
ゴスッ
山賊「痛ってえぇぇぇ――――っぐむ」
盗賊「騒いだらどうなるか…分かりますね?」ジロ
山賊「んんっ!?」
盗賊「さ、折角、休憩スペースがあるんですから、そこで腰を落ち着けといてください」ズルズル
勇者「あーっ、いいお湯だった! ありがとね!」
山賊「んぐーっ!」
勇者「えっ、何でこんなとこで椅子に縛りつけられてるの!? 猿ぐつわまで噛まされちゃって!」
勇者「よいしょ、よいしょ…とれた!」
山賊「ふぅっ…助かった…」
勇者「何でこんなことに?」
山賊「いやー、実はっすね――」
盗賊『彼女に、このことは内緒です。もしも言ったら、大好きなぱふぱふ通いができないようにちょん切っちゃいますから』ニコッ
山賊「…………趣味です」
勇者「えっ、趣味なの…?」ヒキッ
山賊「おおーん、俺はかわいそうなヤツなんだよー!」
勇者「うわっ、泣き出した…これが、マゾヒストっていうの…?」
山賊「聞いてくれよ、お姉ちゃんよぅ!」
勇者「な、何?」
山賊「年端もいかねえような小僧に脅されるような、情けないおっさんになっちまったんだよぅ…」グスグス
勇者「そ、そうなんだ…」
山賊「いつも上司には叱られて、弟分の小僧にはどやされて…俺、俺、もう自分が情けなくてよぅ…」
勇者「その結果…ああなっちゃったの?」
山賊「違うんだ、違うんだよ、でもそういうことにしといて!」
勇者(師匠、こんなにわけの分からない人がいるなんて思ってもみなかったです…)
?「おい、何泣いてやがんだ? うるせえぞ」
山賊「お頭ぁ…」
お頭「ん? ね、ねーちゃん…まさか、客か!? 温泉、入ったか?」
勇者「入った、けど…」
お頭「てめえっ、この三下が!」ゴツッ
山賊「覗いてませんってばぁ!」
お頭「じゃあ、何だ、そのロープは!? 折檻されたんじゃねえのか!?」
勇者「えっ、これ趣味ってこの人言ってたけど」
お頭「お、おおう…? そ、そうか…おめえ、ストレス溜まってたのか?」
山賊「違うんすよ、違うんす! でもそういうことにしといてください!」
お頭「相変わらず頭の悪いことしか言わねえな、この温泉じゃその頭の悪さは治らねえぞ?」
山賊「別に俺は頭悪くないっす!」
勇者「あのー、もう行っていいですか?」
お頭「うちのが迷惑かけたな! そうだ、泊まってけ! なに、こいつは無類の女好きだが、いかんせん頭がパーだから悪だくみなんて成功するはずもねえくらいだ」
山賊「お頭!」
勇者「でも、仲間が麓で待ってて…」
お頭「そしたら、それも連れてこい。温泉にもタダで入り放題だ、旅の疲れを癒していきな!」
勇者「それがね、絶対に温泉なんか来ないって頑固なの」
山賊「来てたくせに…」ボソッ
お頭「ん? 何か言ったか?」
山賊「なっ、何でもないですぜ! さ、さーて、俺は山道整備でもしてくるかな~」
お頭「待てや、こら。おめえ、何を隠してる?」
山賊「勘弁してくだせえ! と、盗賊はここに来てないことになってるんす!」
山賊「じゃないとぱふぱふが! ぱふぱふがぁぁ――――っ!」
勇者「盗賊くん?」
山賊「んん? あの小僧を知ってんのかい?」
盗賊「どれだけあの人は長湯してるんだ…」イライラ
盗賊「それとも、まさかあのバカがまさかの…? いや、ぱふぱふで脅せば動かないのは明白、それにしっかり緊縛しておいた…」
盗賊「となると、やっぱり長湯…?」
盗賊「…こんなとこに長居したくないのに…」チッ
勇者「盗賊くーん!」パタパタ
盗賊「やっと来ましたか。さ、早く行きますよ」
勇者「あ、そうだ。お土産もらったんだ」
盗賊「土産?」
勇者「うん。これ」スッ
盗賊「…何ですか、この小箱?」
勇者「開けてみて」
パカッ
盗賊「…空っぽ?」
バサッ
盗賊「!?」
盗賊は背後から何者かに布を被せられた!
お頭「さあ担げ! 運べ!」
山賊「へい、お頭!」
勇者「へいへい、お頭!」
盗賊「なっ、これ、ちょっ!?」
山賊「水臭えじゃねえかよ、坊主。たまには顔くらい見せろってんだ」
盗賊「やっぱり、お頭…!? 降ろしてください! バカ兄貴、ちょん切りますよ!?」
山賊「お前の脅しよりもお頭の命令優先だぜぃ!」
お頭「ガッハハハッ! さあお前ら、運べ! 山を駆け上がれ!」
盗賊「…」ムスッ
勇者「へえ、じゃあお頭さんが盗賊くんの育ての親なんだ」
お頭「そうよ、豆粒みてーなころからこいつのワガママを逐一聞いてやってだなあ」
盗賊「ワガママを聞いてやったのは僕です」
お頭「そうだったか? まあ気にするな!」
勇者「豪快な人なんだね」
山賊「お頭はそれが唯一の取り柄なんだぜ!」
ゴスッ
山賊「」フシュウウウ
お頭「お、もうメシができるか。おい、三下、メシの支度しやがれ!」
山賊「へい、お頭!」
勇者「山賊さんって…タフだね」
盗賊「彼はバカなだけです」
お頭「そうそう、あの野郎は脳みそなんて小指の爪ほども詰まっちゃいねえ」
盗賊「何言ってるんです、そんなにありませんよ」
勇者(盗賊くんがひねくれてる理由が何となく分かるような気がする…)
山賊「ゆーうーしゃちゃん♪」
勇者「何?」
山賊「温泉、入り放題だからいつでも入ってくれよ」ニヤニヤ
勇者「うん、ありがと!」
盗賊「覗く素振りを見せた瞬間にちょん切りますからね」ニッコリ
お頭「ついでにアレを握りつぶしてやろう」ガッハッハッ
山賊「」
勇者「はぁ…いいお湯だった…」
お頭「おう、ねえちゃん」
勇者「お頭さん!」
お頭「お頭って呼びな。…あの坊主、よくあんたと旅なんてしてるな?」
勇者「盗賊くん?」
お頭「ああ、あいつは実の親が魔物に殺されてる。その上、それが魔物退治をしちまった報復だってんだから、人一倍…お前さんみたいのを毛嫌いするたちだ」
勇者「うん、そうだったよ。でも…今は全然そんなことない。ここに来るまでの間に、魔物の被害で困ってる村を助けてあげたりしたし」
勇者「師匠のことも認めてくれてるみたいだし」
お頭「師匠?」
勇者「うん、えっとね…聖王国の大剣士って言った方が伝わるかな?」
お頭「!」
勇者「お頭も知ってる? やっぱり、師匠って有名人だなあ…」
お頭「そうか。あの男を、あの坊主が認めたのか…。ねえちゃんよ、麓の廃村を見たろ?」
勇者「うん。それが?」
お頭「あそこで俺は坊主と出会ったんだ。俺はこれでも賊をまとめてあちこち跳び回ってたが、あそこほど酷く荒らされた場所はなかった」
お頭「どこもかしこも、魔物の爪痕だらけ。大人も子どもも、男も女も、老いも若いも関係なく、死骸が転がって、気持ち悪い黒い炎がずっとくすぶってた」
お頭「ろくでもねえような連中がその内、自然と集まってきていやがった。身ぐるみ剥がされた哀れな旅人や、家族ぐるみで借金から逃げ出してきた家族、それにまっとうな生き方なんざ知らねえ悪党どもさ」
お頭「そんな地獄で、坊主はずっと膝を抱えてやがったんだ」
お頭「最初はてっきり、あんな場所へ流れ着いちまった可哀相なガキかとも思ったんだが…あいつはそこの生まれだった」
お頭「どこへなりとも逃げりゃあ良かっただろうと言ってやったらな、あいつは復讐してやるんだと真っ先に言い出した」
お頭「復讐心ってのはな、呪いと同じさ。こいつを抱えちまったら、もうどう転んだって幸せになりゃあしねえ」
勇者「…そう、なのかな」
お頭「そうだ。復讐なんてものを果たしたところで、死人は生き返らねえし、それに費やした時間ってのも戻りゃあしねえ」
お頭「残るのは空っぽになっちまった生きる意欲だけさ。復讐のために生きて、復讐を遂げて何かが芽生えるんならいいが…そんなもんは生憎とねえんだ」
お頭「だから俺ぁ、あいつに復讐なんざ絶対に考えるんじゃねえって拳で教え込んだのよ。なかなか聞き入れやしなかったんだけどな」
勇者「そうなんだ…」
お頭「お前さん、幸せってのは何だと思う?」
勇者「私? うーん…大切な人と一緒においしいご飯を食べること、かな」
お頭「随分としっかりしてんなぁ、まだ若えってのに」
勇者「師匠にその辺はしっかり教わったもんで」
お頭「あの男がなあ…こりゃあ意外だ。あの男は魔王に敗れたって知れ渡った後も、1人で無茶して魔物を殺しまくってたんだぜ」
お頭「てっきり、哀れな野郎かとも思っちゃいたが…」
勇者「そう言う人も、ちらほら会ったけど、やっぱり私はそうじゃないと思うんだ。厳しいし、鬼みたいに怖いけど…師匠はやさしいよ」
お頭「そうか。…俺ぁな、あの小僧に人並みの幸せをやるって約束しちまったんだ。だからよ、お前さんに頼みてえ」
お頭「あの坊主に、そういうもんを分けてやってくれねえか?」
勇者「うん、分かった」
お頭「ありがとうよ」
勇者「あ、そうだ。あのね、盗賊くんってすごく嫌味ったらしいでしょ? だから、何かこう、ゆすれるネタとかあったら教えてほしいんだけど、ないかな?」
お頭「おう、しこたまあるから片っ端から教えてやろう。だが、夜が明けちまうぞ?」
勇者「温泉入れば大丈夫だって!」
お頭「よぉし、よく言った!」
山賊「やいやい、お前はよくもこの俺をふん縛れるな?」
山賊はロープで簀巻きにされている!
盗賊「あなたはいつまで、僕の手にかかるんですか?」
山賊「お前にナイフの使い方を教えてやったのは誰だと思ってる!?」
盗賊「その節はナイフの危ない使い方を身をもって教えてくださり、ありがとうございます」
山賊「お前にロープの使い方を――」
盗賊「実践的に学ばせてもらってありがとうございます。もうご教授することはなくなっているんですけど、それでも練習の機会を今になっても与えてもらえるなんて、お世話になりっぱなしですね、僕は」
山賊「か、解錠術を…」
盗賊「あれもなかなか実践の機会がないはずなのに、僕に教えるためだけに何度も牢屋へ入っていただいてありがとうございます」
山賊「お、お前に…あれだ、その…教えたろ…色々…?」
盗賊「教わったことが多すぎて思い出せませんね」
盗賊「酔っ払いの介抱の仕方ですか? いい年してウンコ漏らした大人の慰め方ですか? こんな大人になっちゃいけないという反面教師としての姿勢を見せてくれていたことですか?」
山賊「…」グスン
盗賊「それとも…長くて長くて、嫌になる夜を一緒に過ごしてくれたことですか?」
山賊「…と、盗賊ぅ…」
盗賊「じゃあ僕、寝ますんで」
山賊「その前にこのロープをほどけぇ!」
盗賊「相変わらず、いい声で叫んでくれますね…」
勇者「むふふ…。おはよう、盗賊くん」
盗賊「どうしました、そのにやけ面」
勇者「いいのかなー? そんなこと言っちゃってー?」
山賊「もう1回だけ、温泉入らねえか、ねーちゃん」
勇者「もう大丈夫! ありがと、気遣ってくれて!」
山賊「くそぅ…」
お頭「元気でやれや、お前ら。盗賊、魔王倒したらしこたま褒美をもらってこい! それを献上することを許す!」
盗賊「嫌ですよ、あなたはどれだけ金があっても一晩で使い切れるでしょう?」
勇者「それじゃ、お世話になりました!」
勇者「ねえ、盗賊くん」
盗賊「何ですか?」
勇者「むふふ…何か、喉乾いちゃったんだー。でも、私の水筒で水飲んだら、私の水がなくなっちゃうでしょ? 盗賊くんの分けてほしいなーって」
盗賊「寝言は寝ながら言うものですよ。それとも、夢と現実の区別がつかないんですか?」
勇者「盗賊くんって、猫が怖いんだっけ?」
盗賊「は、はぁ? 何を言ってるんです?」
勇者「あーれー? 猫ちゃんがいると挙動不審になって、そわそわするんじゃなかったけ?」
盗賊「だから、何を――」
勇者「あっ、かわいい! 盗賊くん、あそこに猫の親子がいるよ!?」
盗賊「!?」ビクッ
勇者「嘘でしたー。あれれー? 今の反応って何かなー?」
盗賊「な、あの、今の、それは…」
勇者「喉乾いちゃったなー」
盗賊「分かりましたよ、好きなだけ飲めばいいでしょう!」ブンッ
勇者「よっし、よっし!」ガッツポ-ズ
盗賊(お頭め…だから嫌だったんだ、会わせるのが)
勇者「楽しい旅になりそうだね」ニコッ
盗賊「本当に、愉快痛快で胃に穴が空きそうですよ」
――――――
ここで一旦、小休止です
寝落ちしなければ…
再開!
また小休止はさむけど
――――――――――
ガチャンッ
勇者「ちょ、ちょっと!? どうしてこうなるの!?」
勇者は投獄された!
村長「明日の朝にはその首を落としてくれる!」
勇者「おかしいって、こんなの!」
村長「ふんっ、命乞いなどを聞き入れる気は毛頭ない!」
勇者「そう言うのじゃなくて!」
村長「黙っていろ! 看守、絶対に逃がすんじゃないぞ!」
看守「ええ、分かってますよ」
勇者「…おかしいよ、こんなの」
盗賊「っ…」ズキッ
盗賊「痛った…ここは…?」
?「よう、気づいたかい? あんちゃんよ」
盗賊「あなたは…?」
?「んん、そうだな…。隠居、とでも名乗っておくか。まあこれでも作家ってやつをしているつもりなんだが」
盗賊「僕は…確か、森で…」ズキッ
隠居「ああ、森ん中でぶっ倒れてたんでな、連れてきて手当てもしておいてやった。頭をぶっ叩かれたみたいだが、自分のことは分かるか?」
盗賊「…ええ、大丈夫です。ありがとうございます。僕の他に、女性がいませんでしたか?」
隠居「いや? お前さんだけだったが」
盗賊「そうですか。どうやら、連れとはぐれたようです。お世話になりました」
隠居「待て、待て。お前さん、まだちゃんと動ける体じゃねえだろう。ちょっとはゆとりを持て」
盗賊「しかし、のんびりしていられない事情があるんです。急がないと、勇者が処刑される…」
隠居「処刑? 穏やかじゃねえな、どういうことだい? それに、勇者ってえと、あの勇者か?」
盗賊「ええ、僕は勇者と魔王城を目指して旅している最中なんです」
盗賊「立ち寄った村で、少しトラブルが起きてしまいまして…」
隠居「そりゃ、泉の村か?」
盗賊「そうです。ここは…どうやら、森の中らしいですが、ここまで泉の村まで、どれくらいでしょう?」
隠居「急いでも2時間って距離だな」
盗賊「そんなに…急がなくては――うっ…」ズキッ
隠居「ダメだ、お前さんにはまだ歩けるだけの体力がない。傷が開いたらどうする?」
盗賊「しかし…」
隠居「俺がちゃんと間に合うように送り届けてやる、だから今は休め」
盗賊「間に合うようにって、あなた…」
隠居「俺なら、5分で村へ辿り着ける。だから、1時間55分はゆっくりしていろ」
盗賊「…間に合わなかった時は、恨みます」
隠居「処刑ってんなら、明日の正午だ。どうせ、時間はあるだろ」
隠居「それよか、トラブルってのは何だ?」
盗賊「それが…どうにも、村特有の儀式があったのですが、僕らはそれを邪魔してしまい、怒り狂った村人に追いかけられました」
盗賊「その途中で、僕はやられてしまったようで…」
隠居「儀式――そうか、アレか」
盗賊「知っているのですか?」
隠居「ああ…ま、よそ者じゃあ何してるかも分からんだろうな」
隠居「泉の村の連中はな、ある特別な泉を守ってるんだそうだ。で、その泉にいるっていう神様とやらに捧げものをする」
盗賊「その捧げものが…幼い子どもというのですか?」
隠居「そうだ。樽へ詰めて、泉に沈める」
隠居「浮かんできたら、泉の神のお気に召さなかったことになって、その時点で殺される」
隠居「浮かんで来なけりゃ、そのまま死ぬのが道理だな…」
盗賊「僕らは最初、何をしているのか分からずに見物していたんです。しかし、浮かんできた樽の中から女の子が出てきたのを見たら…」
隠居「その子はどうなった?」
盗賊「匿っていますよ。隠者のローブという、特別なものを着せました」
隠居「隠者のローブってえと、それを被ると姿を消せるっていうやつか」
盗賊「ええ…僕の手に入れたお宝の1つですが、命には替えられませんから、その子に着せて隠れているようにと命じました」
隠居「で、村人の怒りを買っちまったわけか」
盗賊「ええ…そういうことです」
隠居「なるほどねえ…。人間ってのは難儀なもんだからな」
盗賊「難儀、ですか…。他人事のように仰りますね」
隠居「そら他人事よ、関係ないね、俺は。だからこそ面白いんだが…」
盗賊「?」
隠居「で、お前さんはどうするんだ? 村へ行っても、勇者と仲良く牢屋へぶち込まれちゃあ意味がねえだろう」
盗賊「僕はこれでも、多彩なんです。牢屋に忍び込んで、錠前を開けるなんて余裕ですから。見張りなんて、いても数人でしょうし、どうにでもなりますよ」
隠居「腕に覚えがあるんだな?」
盗賊「多少は」
隠居「そうか、ならいい。別に俺が手を貸してやる必要もねえだろう」
盗賊「そう言えば、本当に5分で村まで行けるのですか? どうやって?」
隠居「そりゃあ、まあ…俺はこれでも、多彩なんでな」ニッ
盗賊「…そうですか」
隠居「あの儀式が、どうして始まっちまったのか…教えてやろうか?」
盗賊「?」
隠居「追い詰められた人間ってのが、あさましくていけねえんだがな――」
勇者「盗賊くん…大丈夫かな…? もしかして、打ちどころ悪かったり…」
看守「ぶつぶつ言ってんじゃねえ! 黙ってろ!」ガシャンッ
勇者「…」
勇者(色々な考えの人はいる…。そりゃそうだけど、でも…あんな小さな子を…)
勇者(あんなの、見捨てられないよ…。師匠…どうすれば良かったの?)
勇者(あの子を助けられなかったら、絶対に後悔してた…。でも、この村の考え方を尊重したら…私、勇者だなんて名乗れなくなるよ…)
カツカツ…
カツカツカツ…
看守「?」
ガチャ
盗賊「見張りは1名だけですか」
看守「お前…!」
勇者「盗賊くん…!」
看守「覚悟しろ!」ブンッ
盗賊「しませんよ、そんなもの」ヒョイッ
盗賊「あなたこそ、少し痛いのは覚悟してください」ガンッ
看守「ぐっ…」ドサッ
勇者「盗賊くん、良かった…。無事だったんだ。でも、頭に包帯…大丈夫?」
盗賊「問題ありません。今、牢を開けます」カチャカチャ
勇者「ねえ盗賊くん、これからどうする?」
盗賊「さっさと、あの子を回収して退散しましょう」
勇者「でもそうしたら…この村では、あの儀式がこれからも続けられるんだよね?」
盗賊「そうですね…。しかし、これはこの村の問題です。僕らがどうこうできることでは――」
勇者「ダメだよ、そんなの。知らないままだったならともかく、こんな儀式があるって知って、子ども達がまた死んで…そんなの、放っておけない」
カチャンッ
盗賊「開きました、出てください。放っておくしかないでしょう、僕らに何ができるんです?」
勇者「一緒に考えて」
盗賊「…」
勇者「私だけじゃ、どうにもできないのは分かってる。だから盗賊くんも、一緒に考えて」
盗賊「あの子がお腹をすかせているかも知れません。急いで迎えにいきましょう」
盗賊「…そこで、作戦会議にしますか」
勇者「盗賊くん…うん!」
盗賊「仕入れた情報によると、あの儀式はここ20年の内に始まったそうです」
勇者「意外と最近なんだ…」
盗賊「ええ。そしてあの儀式はたった1度の偶然によって、その偶然を求めて行われ続けています」
勇者「偶然…?」
盗賊「現在の地上において、もっとも脅威となっているのは何です?」
勇者「魔王…」
盗賊「ニアピンです。…答えは瘴気ですよ」
勇者「瘴気とあの儀式に、関係があるの?」
盗賊「生贄というのは古来より、自然災害などの脅威に対して、それを鎮めてくれるようにと願って行われているものです。そこで、泉の村の民は神聖視している泉に生贄を捧げることを考えた」
盗賊「20年前より、瘴気というのは地上に広がっていますからね」
勇者「そこで、偶然が起きたの?」
盗賊「ええ。…瘴気が瞬間的に薄くなったそうです。それを生贄の効果だと思い、村人は子ども達を捧げ続けた…」チラ
スゥスゥ
勇者「でも、たった1度だけなんでしょ?」
盗賊「その1度があったからこそ、また奇跡を願ってしまうのです。この子に食事をあげた時…どんな顔をしていたか、覚えていますか?」
勇者「嬉しそう…ってよりは、何か…感動してたみたいな、感じ?」
盗賊「ええ。村の中を見物していた時も、随分と寂れている印象がありましたし…もう、この辺りの土地では作物も育たないのでしょう」
盗賊「大人も子どもも、痩せこけています。飢餓というのは…人の心を蝕みます。荒み、負の感情をこんこんと溜め続けます」
盗賊「生贄で偶然にも瘴気が薄くなったことがあった。それを願い、生贄を捧げ続ける。その裏には…恐らく、口減らしの意図もあったでしょう」
勇者「そんな…」
盗賊「子どもは後からまた作ればいいと、大人の勝手な都合で子ども達は無意味な生贄にされているのでしょう」
勇者「…じゃ、じゃあ、循環の杖で瘴気を薄くすれば――」
盗賊「循環の杖は、そこにあるものを消すことはできません。ここの瘴気を薄くしたところで、別のところへ瘴気は溜まってしまいます」
盗賊「それに、瘴気で土壌が痩せ衰えているんです。飢餓の問題が解決しません」
盗賊「世界樹は自分である程度は瘴気を浄化できたために、瘴気を薄く散らせただけで急場凌ぎができたんです。ここでは意味がありません」
勇者「生贄をやめさせたら…口減らしもなくなって、もっと飢えちゃうんだよね…」
盗賊「そうなります。また、作物が育つ土地にならなければ意味がありません…」
盗賊「あなたは一緒に考えようと言いましたが、僕にはこの現状を…どうしても解決できそうには思えないんですよ」
勇者「偶然って、どうして何が原因だったのかな? 瘴気が1度だけ、薄くなったんでしょ?」
盗賊「さあ…それは分かりませんね」
勇者「瘴気って、魔王城から流れてきてるんでしょ? 何に流されてるのかな?」
勇者「風で流れるものじゃないのに、でも…流れていってる」
勇者「生贄以外の方法で、誰も犠牲にならない方法で瘴気を薄めることができれば…ひとまず、あの儀式はなくなるはずだよ」
盗賊「しかし、それでも口減らしが――」
勇者「口減らしなんて、逃げてるだけだよ。盗賊くん、言ってたよね?」
勇者「子のためなら親は耐え忍ぶものだって。私もそう思う。だからきっと、自分の子を生贄にして辛くない人なんていない」
勇者「でも…お腹が減って、くじけて、生贄にしちゃうんだ。生贄に意味がないって分かれば、きっと口減らしをしようなんて思わなくなる」
勇者「勇気がないから生贄なんてことをしちゃうんだ。私は…村の人に勇気を取り戻してほしい」
盗賊「…甘いんですよ、あなたは。確かに、子のためならばと…そう僕は思います。しかし、そうできない人間もいるんです」
盗賊「言いたくはありませんが…あなただって、実の親には捨てられているも同然なんでしょう?」
勇者「っ…!」
盗賊「そういうことなんです…。腹立たしいことに、この世の中というのは…」
勇者「…じゃあ、どうしたらいいの…?」
ポロッ
盗賊「…」
勇者「…」
盗賊「守人のお守り…落ちましたよ」スッ
勇者「…」ギュッ
勇者は守人のお守りを握り締めた!パァァ
盗賊「…?」
勇者「…」
盗賊「勇者、手を…お守りを見てください」
勇者「え?」
守人のお守りが淡く光っている!
勇者「何だろう…?」ゴソ
盗賊「中に何か入っているようですね」
勇者「これは…種…? 何粒か、入ってる」
盗賊「種が光って…見せてもらっても?」
ポロッ
勇者「あっ…落としちゃダメ――」
ニョキッ
盗賊「!」
勇者「芽が出た…」
ニョキニョキ…
盗賊「な、何て成長のスピード…この種は一体…?」
勇者「種の他に…紙…? 手紙みたい。守人から、かな…?」
手紙『このお守りを開封するためには清らかな者の持つ魔力が必要だ』
手紙『生命の種は清らかな魔力によって発芽する』
手紙『生命の樹は世界樹と同じく、瘴気を浄化する力を持つ』
手紙『しかし生命の樹は弱く、人々の負の感情を受けるとすぐに枯れてしまう』
手紙『キミならば、生命の種をしかるべき場所へ植え、しかるべき人々に希望を与えられると信じている』
勇者「守人…」
盗賊「瘴気を浄化…この種が?」
勇者「この樹を、守るんだよ。最初は苦しいかもしれないけど、それは今も同じだから」
勇者「勇気をもって、希望を信じて、この樹を大切に守れば…きっと、瘴気を浄化して、また元の生活に戻れる」
勇者「そういうことだよね、盗賊くん?」
盗賊「しかし、それを信じる強さ――勇気が必要になります」
勇者「うん。そのために、守人はこれを私にくれたんだ」
勇者「私が、勇気を与える者だから」
隠居「――生命の種、か…」
隠居「あれがあるってことは、魔王はどうやらまだ世界樹を生かしたままってことだな…」
隠居「お前らが魔王を討たないと…その希望は潰えるぞ」
隠居「お前らが魔王に敗れれば、希望は絶望に転じて地上は一気に瘴気へ飲まれる」
隠居「2代目勇者――お前は、魔王に勝てるのか?」
――――――
まだまだ夜はあけない
そんなわけで、またちょっと時間を置いてから更新します
夜ってもっと長かったような…
更新は夕方以降ということで…
さて、はじめます
――――――――
勇者「やっぱり、城下の方がいいのかな?」ヒソ
盗賊「西大陸の方が瘴気は薄いですからね。しかし、ここからだと船賃が…」ヒソ
勇者「だよね、盗賊くんの持ち物売り払ってもカツカツになっちゃうよね?」ヒソ
盗賊「僕のを売る前提ですか。すでに、あの子には隠者のローブなんていうお宝まであげてるんですよ?」ヒソ
勇者「仕方ないじゃない、そんなの。取り上げられなかったからあげちゃったことになってるんでしょ?」ヒソ
盗賊「それはそうですけど、僕は盗賊であってお宝を盗む側なんですよ。なのに施してばかりじゃ…」ヒソ
勇者「じゃあ義賊ってことにすればいいじゃん」ヒソ
盗賊「そういう問題じゃないんです」ヒソ
*「あの…」
勇者「な、何?」
盗賊「どうかしましたか?」
*「わたし…めいわくなら…もうだいじょうぶだから…」
勇者「そ、そんなことないよ! うん、私たちが責任持って、あなたの落ち着けるところまで連れてってあげるからね!」
盗賊「ええ、迷惑だなんて考えなくていいんですよ」ニコッ
*「ありがとうっ」パァッ
クルッ
勇者「どうする、どうすればいい?」ヒソ
盗賊「全く、あなたは格好をつけすぎなんですよ、何が責任持つですか」ヒソ
勇者「だって、そのまま言うわけにもいかないでしょ。それに盗賊くんだって迷惑だなんてー、なんて言っちゃって」ヒソ
盗賊「だって、あんな子に正直困ってるなんて言えるはずないでしょう」ヒソ
勇者「ほらほら、盗賊くんも言い訳した」ヒソ
盗賊「とにかく、僕らがひそひそ話しているとまた、いらぬ不安を与えます」ヒソ
勇者「で、どうするの? お金ないんだよ?」ヒソ
盗賊「…分かりましたよ、僕のお宝を売却しましょう」ハァ
勇者「今から、お船の手配するからお姉ちゃんと一緒に待っててね」ニコッ
*「おふねにのるの?」
盗賊「ええ、西大陸へあなたは向かうことになります。今、乗船券を買ってきますから」
盗賊(何を売るかが問題ですね…)ハァ
商人「お兄さん、商品を選ぶのに悩む人はいても、自分で売りに来ておいて悩む人なんてそうそういないよ?」スパ-
盗賊「そうは言いますが…手放すには惜しいものばかりなんですよ」
商人「そんなに珍しい品をお持ちなんで?」
盗賊「ええ、ですが…単純な価値のあるものとなると、残り少ないんです」
商人「単純な価値…」
盗賊「例えば、宝飾のついたナイフなどは宝石に価値があるでしょう? でも、僕はあいにくと、そんな役立たずではなく、役に立てられるアイテムしかもう持ってないんですよ」
商人「何とも嫌味な言い方…。ですが、売るなら売るでさっさとしてください」
盗賊「仕方ありません…では、この笛はどうでしょう? 買い取っていただけますか?」
商人「ふむ…これはどのような品で?」
盗賊「この笛は一度吹けば、巨万の富を得られると言われています。しかし、笛を吹くと死んでしまいます。試してみたいのはやまやまですが、死んでしまっては意味がありませんからね」
商人「むむむ…なるほど」
盗賊「いくらになりますか?」
商人「あなた、しれっと詐欺をはたらいてません?」スパ-
盗賊「バレましたか。商談相手としては上等です。あ、これは銅貨1枚でいいです」
商人「はい、銅貨1枚」
盗賊「こちらは本物です。砂漠のオアシス、南西の遺跡で手に入れたものです」
商人「おお、あの遺跡から…!」
盗賊「守護赤石の首飾りです。ご存知ですか?」
商人「守護赤石ですか。ふうむ…確かに、こちらは本物のようですな。しかし、状態が何とも…」
盗賊「守護赤石を研磨すればまた輝きは戻ると思うのですがね。機能はきちんと残っているはずです。こいつに魔力を込めてやれば――」
ポゥ
シュボボボッ
商人「おおっ、確かに守護赤石だ。魔力に反応して燃焼する宝石。しかも、魔力を注ぐ持ち主は燃えることも、熱を感じることもないという…」
盗賊「ええ、この通り、少しも熱くないです」
商人「よろしいでしょう、これなら金貨8枚――」
盗賊「24枚です」
商人「ぬぐっ…」
盗賊「金貨8枚なんて爪ほどしかない守護赤石の末端価格じゃないですか」
商人「し、しかし、研磨するという手間も…」
盗賊「研磨? 守護赤石の研磨方法は魔力を注いで、ひたすら燃焼をさせることのみですよ?」
盗賊「魔力が扱える者ならば誰にだってできる。見習い魔法使いが師に押しつけられるような雑務程度の技能しか必要としませんよ?」
商人「うぐぐっ…」
盗賊「しかも、手の平大のこのサイズです」
商人「そ、それだけ燃焼時間は長くなるということで、手間も…」
盗賊「それだけ貴重なものということですよ」
商人「21枚」
盗賊「24枚です」
商人「22!」
盗賊「断固、24です」
商人「…仕方ありません、勉強しましょう…」ハァ
盗賊「どうも。さて、次は――」
*「おにいちゃん、おそいね」
勇者「そうだね。待ちくたびれちゃうよね」
*「ねえねえ、見るだけでいいからお店見たい」
勇者「いいよ。じゃ、手を繋いでいこ」
*「うん」
盗賊「13枚!」
商人「11!」
盗賊「12枚と銀貨16枚」
商人「12枚と銀貨10枚!」
盗賊「…いいでしょう、それで」
商人「ふふっ、こんなに熱く商談するのは久しぶりですよ」
盗賊「では、次です――」
*「…」ジ-ッ
勇者「どうしたの?」
*「あの本って、なに?」
勇者「あれはね、魔法を勉強する本だよ」
*「おべんきょうしたら、まほうがつかえるの?」
勇者「うーん…皆が使えるわけじゃないけど、使える人はちゃんと勉強すれば魔法が使えるようになるの」
*「まほう…つかってみたいな」
勇者「…じゃあ、お姉ちゃんが買ってあげる」
*「ほんとうっ?」
勇者「うん。でも、ちゃんとお勉強するんだよ。…それとね、お姉ちゃん達は、あなたと一緒に西大陸まで行ってあげられないの」
勇者「でも、ちゃんと魔王を倒したら西大陸の城下には行くから、その時に魔法を見せてくれる?」
勇者「寂しいかも知れないけど、魔法のお勉強しながらまたお姉ちゃん達と会えるの待っててくれる?」
*「…うん。いっぱいおべんきょうしてまってる」
勇者「いい子だね」ナデ
盗賊「僕のお宝が…ほとんど金に変わってしまいました」ハァ
勇者「どんまい。そのお陰であの子をちゃんと船に乗せてあげられたし、城下まで行くって人にも同行をお願いできたし、人の役に立ったんだからいいじゃない」
盗賊「そうは言いますけど…ああ、僕のお宝…」
勇者「元気出して! さ、今夜はぱーっとやっちゃお!」
盗賊「…僕のお宝が変身した金で、ですか?」
勇者「もちろん♪」
盗賊「…」ハァ
ワイワイ
ガヤガヤ
盗賊「だいたいですねー、ぼくはねー、とーぞくなんれすよー?」
盗賊「なのにどーして、スリもぬすみもしちゃいけないんですか? おかしくないですかぁ?」
勇者(盗賊くんがめっちゃ酔った…面倒臭い…)
盗賊「ねーえー、聞いてますぅ~?」
勇者「聞いてるってば。ガマンして偉いね」
盗賊「えらくなんかないれすってばぁ~…」
盗賊「あいでんてぃてぃーがなくなってるんれすよぉ?」
勇者「あ、そろそろ眠った方がいいんじゃない? ほらほら、お部屋まで連れてってあげるから」グイッ
盗賊「まだまだのめますよぉ、どーせぼくのおたからちゃんなんですから、もぉーっとのみましょ~?」
勇者「はいはい、そうだねー」ズルズル
盗賊「だいたいれすねぇ~…あなたってひとはぁ…」
勇者「お部屋到着っ!」ブンッ
盗賊「ぶへっ…なにするんれすかぁ…?」
勇者「はい、おやすみ!」ゴスッ
盗賊「」
勇者「ふぅ、盗賊くんって酔っ払うとああなっちゃうんだ、面倒臭いな…」
勇者「山賊さんみたいだった、うん。さすが」
勇者「夜の海でも眺めて散歩しよーっと」
ヘイ ラッシャイ ラッシャイ
イマ ナラ パフパフガ エンチョウ 30プン ハンガク ダヨッ
ソコノ シンシ サン ソコノ タビビト サン イカガ デスカ
勇者「何か変なとこに来ちゃったな…」
マタ キテネ サ-ビス シテ アゲル カラ
勇者「そう言えば盗賊くんって、こういうの全然、興味示さないんだよね。枯れてるのかなぁ…?」
勇者「でもまだ若いはずだよねぇ…」
*「あれっ、娼婦ちゃん?」
勇者「へっ? え、だ、誰…ですか…?」
*「いや、娼婦ちゃんより若い…でも若いころの娼婦ちゃんにクリソツ…ややや…?」
勇者「あのー…?」
*「あ、ごめんね、いきなり。いや、何だか知り合いにそっくりだったもんで」
勇者「お知り合い…ですか? 私に?」
*「そうそう、娼婦ちゃんって言ってね、この街じゃ1番の美人さんだったんだよ」
*「でも18年前に人気絶頂のままいきなりいなくなっちゃって…」
*「風の噂じゃ、大金手に入れてさっさと辞めたなんてことらしいんだけど…惜しかったなあ…。あ、ごめんね、引き止めて。それじゃ」
勇者「…私にそっくりの、人…?」
盗賊「…頭が痛い…」
勇者「飲み過ぎ」ビシッ
盗賊「記憶がありません」
勇者「盗賊くんって酔っ払うと山賊さんみたいになるんだね」
盗賊「!?」
勇者「あ、これは嘘じゃないよ?」
盗賊「なっ…嘘だ…嘘と言ってください…」ウナダレ
勇者「まあまあ、酔っ払いなんてどれも同じようなものなんだし、ね?」
盗賊「それでも、あんな人みたいになるなんて胸くそ悪くてたまりません」
コンコン
盗賊「おや朝から、客でしょうか…?」
勇者「宿屋までわざわざ? 何だろうね?」
ガチャ
宿屋「すみません、お客様。勇者様に是非ともお会いしたいという方がおりまして」
勇者「私に?」
宿屋「はい、その方からお手紙をお預かりしました」
盗賊「どなたからです?」
宿屋「さあ…お名乗りにならなかったものですから」
勇者「…手紙に書いてあるところに来てってだけしか書いてない」
盗賊「とりあえず、行ってみますか?」
勇者「うん」
勇者「ここみたいだね…」
盗賊「なかなかのお屋敷ですね」
勇者「師匠の実家に比べたら全然だけどねー」
盗賊「あの人、公爵家の人間なんでしょう? 当たり前ですよ…」
コンコン
勇者「勇者ですけどー」
ガチャ
?「待ってたわ、入って」
勇者(えっ…この人…)
盗賊(勇者によく似てる…?)
勇者「は、はい…」
盗賊「失礼します」
勇者「ねえねえ、この人、私にそっくりだよね?」ヒソ
盗賊「ええ、瓜二つというか、あなたの将来の姿を見ているというか…」ヒソ
勇者「こんな偶然ってあるものなんだね」ヒソ
盗賊「偶然…いえ、僕はちょっと悪い予感がしますが…」ヒソ
勇者「?」
?「私は…娼婦、でいいわ」
勇者「娼婦さん? …18年前に街で1番の美女で、人気絶頂だったのに姿を消したっていう…?」
娼婦「…ええ、そうよ。知ってるなら、話は早そうだわ」
勇者「何を?」
娼婦「1つめ、魔王を倒したらここで暮らしなさい」
娼婦「2つめ、国からの報奨金の半分を渡しなさい」
娼婦「以上よ。それだけだから…もう帰っていいわよ」
勇者「…え?」
盗賊「勇者、行きましょう。今のことは全て忘れた方が賢明です、さあ」グイッ
勇者「ちょっ、え…?」
娼婦「部外者は引っ込んでてくれる? その娘は私がお腹を痛めて産んだの」
盗賊「勇者、船の出航時間も迫っていますから、早く行きましょう」
盗賊(船には乗せたものの…明らかに今朝のことを気にしていますね…)
盗賊(あんな女が、勇者の母だなんて考えられない…)
盗賊(見た目は立派だが、明らかに手入れが行き届いていなかった屋敷…)
盗賊(あの大きな屋敷なのに、あの女の他に人の姿も見えなかった…)
盗賊(破産も秒読みというところに勇者が来て、娘だからという理由だけで利用を目論んだ…というところか)
盗賊「…」チラッ
勇者「…」ボ-
盗賊「勇者、そろそろ昼食です。食堂へ行きましょう」
勇者「あ、うん」
盗賊「僕のお宝で資金は潤沢になりましたらから、食事のグレードも高めです。好きなだけ食べていいですよ」
勇者「うん、じゃあ食べるぞー」
ガツガツ
盗賊「…」モグモグ
勇者「ご馳走さま!」
盗賊「もうですか? おかわりは?」
勇者「何か船酔いしちゃったかも。部屋で休んでるね」
盗賊「…」ハァ
ナア アレ ッテ ナンダ?
サカナ カ ナンカ ダロ ソレ ヨリ コノ メシ ウマイヨナ
サカナ ッテ ソレニ シチャ オオキイ ヨウナ
盗賊「大きな、魚…?」
ザワザワ…
盗賊「確かに、大きいですね…」
盗賊「と言うか…どれくらい離れているんだ…?」
盗賊「この距離で、あの大きさ――魔物!?」
マモノ ダト ?
ウ ウミノ ウエデ マモノ ダナンテ タスカル ハズ ナイ
オイ ドウ ナッテルンダ アンゼン ジャ ナイノカ !?
盗賊「しまった、騒ぎが…。勇者を呼びに行かないと――」
ガシッ
?「そうはさせないぜぇ~?」
盗賊「誰か知りませんが、この緊急事態に何の悪ふざけですか?」
?「何のって…人間虐殺ショー、開幕するんだぜ?」メキメキメキィッ
キャ-------
ウワァ マモノガイルゾ
盗賊「魔物…!?」チャキ
魔物「海の藻屑となって死んでいけ!」
盗賊「皆さん、僕の後ろに固まっていてください。でないと、命の保証はできませんよ」ゼィゼィ
盗賊(とは言え…船の周りは魔物に取り囲まれている…)
盗賊(どうやらパニックになってる人間を見て楽しがってるようだから、すぐに沈没させられることはなさそうだが…)
魔物「キシャァアアアッ」
盗賊「はぁっ!」ズバッ
ドサッ
盗賊「数が多すぎる…!」ギリッ
ズバッ
ヒュンッ
ヒュオッ
シュバッ
盗賊(こいつら…! 物量で押せばすぐなのに、やっぱりわざと少しずつ僕に向かってきて、乗客の恐怖を煽ってる…!)
盗賊(だが、一斉に襲いかかられても僕だけじゃ捌ききれない)
魔物は大火球魔法を唱えた!
ズォオオッ
盗賊「しまっ――」
ブワァアアアアアッ
盗賊は巨大な火柱に飲み込まれた!
しかし、突如として海面から水が吹き上がって盗賊を飲み込んだ炎をかき消す!
盗賊「ごほっ…これは――」
勇者「盗賊くん、大丈夫!?」
勇者が駆けつけた!
盗賊「勇者…平気なんですか?」
勇者「何のこと?」チャキ
盗賊「いえ…今はいいでしょう」グッ
勇者「ねえ、この魔物達…どうしてこんなににやにやしてるの?」
盗賊「必要以上に恐怖を煽っているんでしょう、後ろの乗客達に」
盗賊「ですが、ここは海上です。船をやられたらその時点で僕らは終わり…」
勇者「じゃ、じゃあどうしたらいいの?」
盗賊「連中に船を攻撃する暇も与えずに、まとめて蹴散らせれば…。その方法が分かりませんけど」
勇者「分かった。どうにかしてみる。船を守ればいいんでしょ」
盗賊「は? どうにかって――」
勇者「盗賊くん、時間ちょうだい!」
勇者は循環の杖を取り出した!
盗賊「分かりました、早めに頼みますよ!」
盗賊は魔物の群れに突っ込んだ!
勇者(ようは船が魔物から攻撃されないようにしておいて、その間に魔物を倒しちゃえばいいんだ)
勇者(だから循環の杖で船を守って、魔物から攻撃されないようにする)
勇者(正直、自信はあんまりないけど…やるしかない!)
勇者は精神を統一し、循環の杖を振るった!
海面がドーム状に盛り上がり、船がその中で浮かび上がる!
勇者「盗賊くん、魔物はこれで船に入ってこられない!」
盗賊「分かりました、一気にやりましょう!」
勇者「大技、いっちゃうよ! 覇道斬りィ――――ッ!」
勇者は勢いよく剣を振るった!
繰り出された剣戟が甲板を抉りながら進撃する!
留まることを知らぬ剣戟は直線上の魔物全てを両断していく!
盗賊「多少は仕方ないにしろ、船を壊したら意味がありませんよ!」
勇者「分かってるよ! でも今は早くやっつけないと!」
盗賊(いつもの余裕がない? そうか、循環の杖を使って船を守っているだけで、もう勇者は――)
盗賊「あなたは下がっていてください。残りは僕が!」
勇者「盗賊くん!?」
盗賊「あなたは脳筋なんですから、頑張って循環の杖を維持していてください!」
勇者「ふぅっ…ふぅっ…まだ、岸が見えない…?」
盗賊「もう少しのはずです、どうにか頑張ってください…」
盗賊(どうにか船へ乗り込んできた魔物は倒せたものの、勇者の集中力が途切れたら、循環の杖で隔絶している魔物が再び襲いかかってくる…)
盗賊(港まで戻るのと、勇者の集中力が切れるのと、どちらが先になるか…)
勇者「ねえ…盗賊くん…」
盗賊「何ですか?」
勇者「私ね、ちょっとだけ…あの港に戻れて良かったって思う…」
盗賊「?」
勇者「ちゃんと…お母さんと話してみたいの…」
盗賊「ですが、あの人は…」
勇者「分かってる…。盗賊くんが、私のことを心配してくれているのも、ちゃんと分かってる…」
勇者「でも…ずっと、何となくだけどね…お母さんって、どんなんだろうって…思ってたんだ…」
盗賊「…幻滅するかも、知れません。いえ、きっと…あなたの望む母親の姿とはかけ離れているはずです…」
盗賊「それでもあなたは…行くんですか?」
勇者「…うん」
グレイトホ-ンホエ-ル ダ
コッチニ ツッコンデ クルゾ!
盗賊「グレイトホーンホエール!?」
ドゴォッ
勇者「っ…!」
盗賊「耐えてください、あなたがこの結界を解いたら全滅です!」
勇者「分かってる…!」
ドォンッ
ドゴォッ
盗賊(グレイトホーンホエール…恐ろしく凶暴な性格の、海のギャング…)
盗賊(海で出会いたくない魔物でも、最上位…)
盗賊「勇者、あなたはどうにか耐えてください。僕が、ヤツを仕留めます」
勇者「盗賊くん…!?」
盗賊「あなたが船の人々を守る、そして僕があなたを守ります」
*「こ、こんなロープ1本だけでいいのか?」
盗賊「ええ、まあ気休めですが…僕の命運がここで尽きなければロープも切れないでしょう」
*「だ、だが…」
盗賊「必ず、グレイトホーンホエールは仕留めます。ですから、僕が生きていても、死んでいても、引っ張り上げてください」
盗賊「ヤツを倒して僕が生きていた場合は、可及的速やかに引き上げてくださいよ。溺死なんてしたくないんで」
盗賊は船から飛び出した!
オォオオオオオオンッ
盗賊(まさか、海に飛び込んで、海の魔物と戦うなんて…)
盗賊(それも山ほどありそうなグレイトホーンホエール相手か)
盗賊(どうにか生きて帰りたいものですね――)
グレイトホーンホエールは盗賊目掛けて体当たりしてきた!
盗賊は抜き放った短剣で凶悪な捩じれた角を受け止める!
しかし、盗賊は呆気なく弾き飛ばされる!
盗賊(どうしてこんな無謀なことをしているのか――)
グレイトホーンホエールが再度、盗賊目掛けて体当たりする!
盗賊は突っ込んできたグレイトホーンホエールの角に対して角度をつけながら、短剣を滑らせた!
盗賊はグレイトホーンホエールの額に短剣を突き立てる!
しかし、あまりの硬さに短剣は刺さらない!
盗賊(この魔物どもが、僕らが去った後で報復として港を襲撃しないとも限らない)
グレイトホーンホエールが大きな口を開けて盗賊を飲み込む!
盗賊はグレイトホーンホエールの上顎に短剣を立てて切り裂く!
盗賊(それでも、この船に乗り合わせている人々を見捨てることはできない)
盗賊は凄まじい勢いに圧され、グレイトホーンホエールの歯へ叩きつけられた!
盗賊(僕なんかのちっぽけな力で、救えるものがあるのなら)
盗賊は取り出したナイフをグレイホーンホエールの咥内にばら撒いた!
盗賊(それはきっと、僕だけしか救えなかった師匠さんが今のために残した希望だったのかも知れない)
グレイトホーンホエールは再び海水を咥内へ取り込んだ!
同時にばら撒かれたナイフが咥内を蹂躙して切り刻む!
グレイトホーンホエールはたまりかねて盗賊を吐き出した!
盗賊(だとしたら、やっぱり僕もまた――救える命は救う)
グレイトホーンホエールは怒り狂って盗賊に突撃する!
盗賊は勢いよく短剣を振るった!
繰り出された剣戟が海水を抉りながら進撃する!
グレイトホーンホエールの頭から腹までが真っ二つに切り裂かれる!
盗賊(そうして希望は、未来へと繋がれる――)
しかし、盗賊は息が続かなくなって意識を失った!
盗賊(何だ…眩しい…?)
トウゾククン トウゾククン オキテ
盗賊(体が重い…僕を抱き締めているのは…誰だ…?)
オネガイ ヤダヨ メヲ サマシテ オネガイ ダカラ
盗賊(温かい…母、さん――?)
パチ…
盗賊「勇、者…?」
勇者「盗賊くん…!」ギュッ
盗賊「っ…放してください…痛いです…」
勇者「心配したんだよ! 目を覚まさないから…!」
盗賊「…泣いてるんです…か?」
勇者「当たり前でしょ!」
盗賊「…そうですか…。ご心配をおかけしましたね…」
盗賊(西日が差している…無事に港へ辿り着けたんですね…)
盗賊(にしても、泣きすぎですってば…僕が泣かせたみたいじゃないですか…)
盗賊「…勇者」
勇者「ぐすっ…何、もう…」
盗賊「泣かないでくださいよ。泣き虫は僕のキャラなんでしょう?」ナデ
ウワァ----ン
盗賊「ああ、もう…今度は号泣ですか…」
盗賊「あなたって人は手がかかりますね…」ポンポン
勇者「だっでぇ…盗賊ぐんがぁ…死んじゃったらっで、不安だっただのぉ…」
盗賊「よしよし、死ぬはずないでしょう。あなたをひとりにしたら、何をしでかすか分からないんですから」
勇者「もう無茶しないでよ?」ムスッ
盗賊「しませんよ、僕だって死にたくないんですから」ヤレヤレ
勇者「本当?」
盗賊「もちろん。どこの世界に死にたがりがいますか」
勇者「…ひねくれた盗賊くんとか」
盗賊「失礼な、僕はひねくれてなんかません」
勇者「…」ジト
盗賊「…今は、ですけど」
勇者「認めちゃったね?」
盗賊「僕のことはもういいんですよ。それより…母親に会いに行くんでしょう?」
盗賊「心の準備はできているんですか?」
勇者「…うん、大丈夫。…でも盗賊くんも、ついてきてくれる?」
盗賊「不愉快になったら、僕は何をするか分かりませんよ?」
勇者「ついてきて、ずっと黙っててくれたらいいから。黙ってるんだよ?」
盗賊「…仕方ないですね。では、明日の朝にでも行きましょうか」
勇者「うん。…ねえ、盗賊くんのベッドに行っていい?」
盗賊「はあ? 何言ってるんです、これでも僕は男ですよ?」
勇者「それはそうだけど…枯れてたりじゃないの?」
盗賊「何を言うんですか。僕は健全な男子です」
勇者「まあまあ、添い寝だけだから。お邪魔しまーす」
盗賊「ちょっ…狭いんですから…」
勇者「いいから、いいから。あ、変なことしないでよ?」
盗賊「そんな警戒をするなら自分のベッドへどうぞ」
勇者「盗賊くんがケガしてるから、心細くないようにって気遣ってあげてるんじゃん」
盗賊「別に心細くなんてなってませんし、なりません」
勇者「えーっと、盗賊くんがお頭に拾われて3年くらい経った頃に、確かかわいい事件があったと思うんだけど――」
盗賊「ほら勇者、毛布をちゃんとかけないと寒いですよ」
勇者「むふふ…」
盗賊「早く寝ますよ…」ハァ
娼婦「…また来るなんて、思ってもいなかったわ」
勇者「私のお母さん、なんだよね?」
娼婦「そうよ」
勇者「お金持ちなの? お家が立派だけど」
娼婦「もう金なんてないわ。だからあなたが稼いできてちょうだい」
勇者「どうして?」
娼婦「だって、あなたは私の娘よ。子どもは親の言うことを聞けばいいの。いつだってそう」
勇者「違うよ。親子って、そんな一方通行じゃない」
娼婦「何言ってるのよ、あんたは私が産まなきゃ――」
勇者「うん。産んでくれてありがとう。お母さんが私を産んでくれたから、たくさん、たくさん、楽しいことを覚えた」
勇者「師匠に強く育ててもらったから、たくさんの人を助けてあげられて、ありがとうってお礼を言われた」
勇者「私はまだ魔王を倒す旅の途中だけど、旅で出会った人達が私のことを知って、魔物に苦しめられても頑張ろうって思ってくれた」
勇者「全部、お母さんが私を産んでくれたからだね」
娼婦「…嫌味のつもり?」
勇者「そんなじゃないよ。…産んでくれて、ありがとう」
勇者「でも…お母さんにありがとうって言えるのは…今は、そのことだけ」
勇者「だから、魔王を倒してからお母さんと一緒に暮らすのはちょっと難しいな」
勇者「王様からお礼をもらうのだって…王様替わっちゃったし、どうなるか分からない」
勇者「それを言いにきたの。でも…お母さんが、寂しいなら会いにくるよ」
勇者「お母さんが私を勇者として産んでくれたから、勇者として…辛い思いをしてるなら、助けてあげる」
勇者「その時は教えてね」
娼婦「バカにしてるの、あんた!?」
盗賊「あなたの方が勇者のことを――」
勇者「盗賊くんは、黙ってて」
盗賊「…」チッ
勇者「お母さん。私は勇者だから、お母さんと離れちゃった。それは絶対に変わらない」
勇者「お母さんがいなくて寂しかった気持ちも、ずっと私の胸に残る」
勇者「でも、こうやって会えたから…ちょっとだけ、ほっとしてるんだ」
勇者「お母さんが美人で、嬉しい。そういう気持ちもあるんだけど、勇者として生きなきゃいけないと思うの」
勇者「そうじゃないと…きっと辛い想いをして私を手放したお母さんに、申し訳ないから」
勇者「ううん…そう思わないとさ、ちょっと…勇者としてあるまじき…何て言うか…ね、あるじゃない、そういうの」
勇者「だから! 私は勇者としてなら、お母さんを助けてあげる」
勇者「でも、残念だけどお母さんの娘として振る舞うのは…もっとずっと時間が経ってからになっちゃうかな」
勇者「その時にね、まだお母さんが私と一緒に暮らしてもいいって言ってくれるなら…甘えさせてもらうね」
娼婦「…」
勇者「そういうことで…お邪魔しました。次の大陸に渡って、魔王を倒してくる」
勇者「…またね、お母さん」
―王歴186年―
側近「魔王様、勇者が着々と魔王城に近づきつつあります」
魔王「そうか。で、今回の勇者とやらはどうだ?」
側近「は、どうやら以前の勇者に比べて魔法の才に特別なものはないようですが、剣術に秀でているようです」
側近「また、循環の杖なるものを持っており、これはあらゆる流れを操るものであります。これを用いて幾度となく危機を乗り越えたと」
魔王「そうか…。まだ、興が乗らぬな」
魔王「四天王はどうしている?」
側近「銀獣王と、百刃王がやられました」
側近「銀獣王は不死の秘宝があった遺跡で勇者と交戦し、その後に世界樹を焼失させようとしたところで敗北したようです」
側近「百刃王は刹那の刃を守っていましたが、20年前の勇者とともにいた人間が現れ、敗北を喫しました」
魔王「そうか。戦いの中で死ねたのならば本望だろう」
側近「勇者はいかがしますか?」
魔王「別にどうもせん。来るのなら、城の魔族総出で相手をしてやるだけのこと」
魔王「我が前に立ちはだかるのならば相手をしてやるだけだ」
魔王「食らうに値するのであれば、我が力として永遠を授けてやればいい」
側近「かしこまりました。全ては魔王様の御心のままに」
勇者「師匠がね、時々、修行してた山を降りて、2、3ヶ月くらい帰らないことがあったんだ」
勇者「何か、魔王を倒すための武器を探してたんだって」
盗賊「しかし、見つからずじまい…ですか」
勇者「うん。師匠に聞いた限り、魔王は消し飛ばされてもすぐに再生――ううん、復活をしたんだって」
勇者「普通に戦ってもらちがあかないから、武器が必要なんだと思う」
盗賊「ちなみに、どのような武器なんです?」
勇者「神託によれば、輝く剣なんだって。でも、それらしいものはなくて…」
盗賊「曖昧ですね。言葉通りに光を発する剣なのか、それとも何かの比喩なのか…」
勇者「うん…。でも、瘴気がすごい勢いで世界中に拡散されてるし、そろそろ魔王を倒さないと取り返しがつかなくなるかも知れない」
盗賊「ええ…。時間がありません」
勇者「だから魔王城に行こう。師匠の言いつけ守らずに、寄り道ばっかりしてたけど…」
盗賊「その分、レベルは上がりました。四天王だろうが、魔王だろうが、充分に戦えるでしょう」
盗賊「そうなると、魔王城のある孤島までの海路ですね。どこかの船にお願いしなければなりませんが――」
勇者「あ、それは大丈夫なの! 師匠の昔の知り合いにね、いつでも連れてってくれるようになってるから」
勇者「タラコ唇の海賊船が目印だって」
盗賊「海賊船?」
勇者「…うん、そう言ってた。師匠って変なコネクションあるよね」
盗賊「そうですね…。では、その人に挨拶をして、都合次第で出発ということにしましょう」
勇者「それでは明日からの航海の無事と、魔王討伐祈願を兼ねて、かんぱーい!」
盗賊「…乾杯」
チン
勇者「何でそんなに元気ないの?」
盗賊「前回の勇者は失敗しているんですよ。それなのに、こうも暢気に酒を飲むなんて…」
勇者「盗賊はマジメなんだよ、堅物! 盗賊のくせに」
盗賊「職業は関係ないでしょう。だいたい、僕のお陰であなたは何度も助かっているでしょう」
盗賊「牢屋に閉じ込められた時なんて、僕が解錠術を使えなかったらそのまま獄門打ち首でしたよ」
勇者「あれは仕方ないないことじゃん! 大体、盗賊くんだって、いつもいつも事なかれ主義だし、なのに切羽詰まると危ないことばっかりして!」
盗賊「あなたは後先考えないだけです! 僕はちゃんと機会を窺ってですね!」
勇者「盗賊は考えすぎなの!」
ムッ
ジト-
プッ
勇者「あははっ」
盗賊「ふふっ」
勇者「私達、意外といいコンビだよね」
盗賊「そうですか? 僕が尻拭いをしてばかりですが」
勇者「あれれー?そんなこと言っちゃう? 泣き虫のくせに」
盗賊「いつの話ですか、いつの」
勇者「『お頭…』って泣いたのは誰だっけ?」ニヤニヤ
盗賊「っ…あ、あれは欠伸をしてーー」
勇者「あ~れ~? 目にゴミが入ったって、言ってなかった?」ニタニタ
盗賊「細かいことばかり…」ギリッ
勇者「それにさ、ほら、お頭と会った時に色々と聞いちゃってるんだよ?」
盗賊「なっ…何を聞いたか知りませんが、お頭は何かと話を誇張する悪癖がありますから、鵜呑みにするのは――」
勇者「初めてのスリで盗ってきたのが何だっけ?」ニヤニヤ
盗賊「そ、その話は…」
勇者「あはは、大丈夫だって! 別に誰にもバラさないから!」
勇者「大体、そんな反応するんじゃ当たりって分かっちゃうよ?」
盗賊「くっ…一生の不覚…」
盗賊「ですが、あなたにだって汚点は腐るほどあります!」
勇者「女の子に向かって、汚点って言う、ふつー!? 大体、腐るって!?」
盗賊「そうとしか言いようがありません!」
盗賊「いびきはうるさいわ、腹を出して寝るわ、男女が同じ部屋で眠る状況で無防備にして!」
盗賊「何でもかんでも食べ物でつられて、その内、変な輩にいいようにされてしまいますよ」
勇者「そこまで言う? 盗賊ってデリカシーないよね」
モグモグ
ガツガツ
盗賊「あなたからデリカシーなんて言葉が聞ける日がくるとは思いませんでしたが、使い方に誤りがないですか?」
勇者「間違ってないよ! 私だって女の子だもーん」プイッ
盗賊「むくれないで下さい、あなたがやってもギャグです」
勇者「ギャグじゃないし…」
盗賊「じゃあ何です、本気でむくれているんですか?」
勇者「…そうだよ?」ツン
盗賊「何に?」
勇者「…本っ当、盗賊にはロマンチックの欠片も感じられない」
盗賊「ロマンチックぅ? 何です、それ。何の役に立ちますか?」
勇者「例えば…その、こう…」モジモジ
盗賊「何です?」
勇者「…もう、盗賊のヘタレ! 気付いてよ、女の子の気持ちくらい!」
盗賊「はぁ?」
勇者「ま、私が悪いのよね、はいはい、分かりましたー」ムスッ
盗賊「今日はまた、一段と意味不明ですね。酒が回りましたか?」
盗賊「明日から船旅ですし、早めに帰りましょうか」
勇者「…うん」ムスッ
盗賊「機嫌を損ねたなら謝りますけど、ちゃんと説明してくれないと直しようがないことだけご承知下さい」
カラン カラン
勇者「あーあ、つまんない」
盗賊「だから何が…」
勇者「べっつにー?」ツ-ン
盗賊「…少しだけ、散歩しながら帰りますか?」
勇者「…うん」
スタスタ
盗賊「瘴気が随分と濃くなりましたね…。星空が見える場所の方が少ないくらいです」
勇者「魔王がそれだけ強くなってるって証拠だね…」
盗賊「けれど僕らも強くなりました」
勇者「大冒険だったからね」
盗賊「師匠さんとの口論の内容、前にお話しましたが覚えていますか?」
勇者「うん…。ちょっとだけ」
盗賊「僕はあなたと旅をするまでは、いつ、どこで死んでもいいと思っていました」
盗賊「しょせん僕は、幼い頃に死にそびれ、惰性で生きているものと思っていましたから」
盗賊「だから魔物に人類が滅ぼされても構わないと…そう思っていました」
盗賊「けれど今は…その考えも変わりました」
盗賊「魔王を倒せるのならば、そうした方がきっと良い…と」
勇者「…うん」
盗賊「気付いたら、今の僕は死んでも死に切れないほど、たくさんのことをしたいと考えています」
盗賊「お頭や、山賊…僕の大切な家族に恩返しをしたい」
盗賊「師匠さんにちゃんと謝りたい」
盗賊「そして、あなたの傍にずっといたい」
勇者「へ…?///」
盗賊「あなたの傍にいると、飽きないんですよ」
盗賊「毎度、毎度、突飛なことをしでかすし、世間知らずの常識知らずで、お人好しな上に、人を疑うことすら知らないから騙される」
盗賊「そんなあなただから…どうも放っておけなくなります」
勇者「…」グヌヌ
盗賊「だから、勇者。もしよろしければ、魔王を倒したら僕とまた旅をしませんか?」
勇者「…どうしてもって言うなら、考えてあげるけど?」ツ-ン
盗賊「ふふっ、では、どうしても、お願いします」
勇者「わ、分かった…///」
盗賊「ちゃんとリードしますよ、飼い主として」ニコッ
勇者「わ、私は犬じゃないよっ!」
盗賊「冗談です。…その、愛してますよ…///」
勇者「ぇ…わ、私も、だけど…///」
ここで小休止です
再開!
――――――――――――――
ザッ
勇者「瘴気、濃過ぎ…。ええい、邪魔!」ブンッ
ザァアアア…
勇者は循環の杖を振るった!
魔王城に満ちていた瘴気が霧散していく!
盗賊「魔王城一帯の瘴気を散らせるなんて、循環の杖、さまさまですね」
勇者「ふふん、馴れたものでしょ?」トクイゲ-
盗賊「バカの1つ覚え、とはよく言ったものです」
勇者「バカじゃないってばー!」
ズシン…
ズシン…
勇者「足音がする…」
盗賊「魔物のお出ましでしょう。これだけ盛大に瘴気を散らせては到着を告げたようなものですし」
勇者「それもそっか。でも、負けないもんね!」スラァン
盗賊「もちろんです」チャキッ
魔物の大群があらわれた!
勇者「せーので行くよ!」
盗賊「ええ、いいでしょう」
勇者「せぇーのっ!」
勇者盗賊「「覇道斬り!」」
勇者は勢いよく剣を振るった!
盗賊は勢いよく短剣を振るった!
繰り出された剣戟が大地を抉りながら進撃する!
直撃した魔物が真っ二つに両断されて息絶えた!
勇者「ガンガンいこう!」
ドゴォォォ…
ドガァ…
ザッ
師匠「一足、遅かったか…」
ズザッ
師匠「…何だ、お前ら?」
?「私は魔王軍四天王が1人、蒼鬼王」
?「同じく、我輩は魔王軍四天王、亡骸王である」
蒼鬼王があらわれた!
亡骸王があらわれた!
師匠「それが俺に何の用だ?」
蒼鬼王「無論、決まっている」
亡骸王「魔王様の命により、抹殺しに来たのである」
師匠「やれるもんなら、やってみやがれ――」チャキ
盗賊「てっきり、残りの四天王が出てくるかとも思っていましたが、どうにか出くわさずに済みましたね」
勇者「うん…。もう、かなり奥の方まで来てるはずだし…。残りは魔王くらいかな?」
盗賊「そうだといいですね…」
勇者「よし、じゃあ休憩はこの辺にして行こう!」
ドゴォッ
盗賊「っ!?」
勇者「な、何、壁が…!?」
ザッ
師匠「よう、こんなとこまで来てたのか」
勇者「師匠!? え、ひ、1人でここまで…?」
盗賊「この壁だって、どうやってぶち抜いたんですか…?」
師匠「よく見ろよ、四天王なんだと、こいつ」グイッ
蒼鬼王「」
盗賊「…せ、戦闘で…? どれだけなんだ…」
勇者「師匠、さすが…。じゃあ、後は魔王だけだね!」
師匠「ああ、そうだな。行くぞ」ポイッ
勇者「うん!」
師匠(どれだけ探しまわっても、輝く剣は見つからなかった…)
師匠(だが、今度こそ…例え魔王に敗北しようが、俺の命に代えても勇者は守る――)
盗賊「ところで、神託では輝く剣で魔王を倒すということですが、それらしきものは持っていません。大丈夫でしょうか?」
師匠「…ハッ、どうにかするしかねえんだよ」
勇者「ちょっとは心配だけど、大丈夫だって! だって最強だもん、師匠がいれば!」
盗賊「そうですか…。ところで、師匠さん」
師匠「何だ?」
盗賊「以前は、無礼な口をきいたこと、謝ります」
師匠「別にどうだっていい。ここまで勇者を連れてきたんだからな」
勇者「あ、それとね、師匠。1つ、報告することがあるんだ」ダキッ
盗賊「ちょ、勇者…こんなとこで腕を組んで何のつもり――」
勇者「私達、婚約しました!」
師匠「」
盗賊「」
勇者「でね、魔王を倒したら、また2人で旅してねーー」
ゴゴゴ…
盗賊「こ、婚約なんてしていないでしょう、まだ!」
勇者「ええっ!? 私、そのつもりでいたんだけど…違ったの? あんなに激しくしたのに…///」モジモジ
師匠「ほおう、激しく…? 詳しく聞かせてもらおうか…」
ゴゴゴ…
盗賊「ご、誤解です!」
勇者「違うよ、私、初めてだったもん!」
盗賊「あなたはどうしてそうも大声で!」
師匠「魔王の前にぶち殺す輩ができちまったな…」チャキ
勇者「し、師匠!?」
バサッ
バサッ
盗賊「っ…このタイミングで、まだ新手が…!」
紅竜「また来たか、人間どもよ」
紅竜「魔王様に挑み、1度は惨めに負けた身でのこのこと現れるとはな」
紅竜「今度こそ、我が全力をもって葬ってやろう!」
紅竜があらわれた!
師匠「黙ってろ、三下――」
師匠「けっ…手応えのねえ…」チンッ
勇者「」
盗賊「」
勇者(師匠、強すぎ…!)ガクガク
盗賊(あんな強力な竜を、単身で、それもこれほど容易く、切り伏せられるなんて…)アゼン
師匠「さて、閑話休題――」
ダキッ
勇者「師匠、バージンロードは一緒に歩いてね?」ニコッ
勇者は師匠の腕にしがみつき、上目遣いをした!
師匠は仏頂面をしたまま逡巡する!
師匠「バージンロードぉ…?」
師匠「…」
盗賊「」ドキドキ
師匠「…悪くねえな。そうと決まれば、魔王をぶっ殺しに行くぞ」
勇者「うん!」
盗賊(それでいいのか!?)
ギィィィ…
魔王「よく来たな、勇者ども」
盗賊(凄まじい魔力を放っている…)
勇者(これが魔王…20年前、師匠が勝てなかった相手――)
師匠「久しぶりだな、魔王」ギリッ
魔王「随分と、人というのは短い期間で変われるものだな」
魔王「あの時の人間の小僧が、これほどの使い手になるとは思っていなかった」
魔王「それでこそ、見逃した甲斐があったというものよ」ニタァ
勇者「ちょっと、勇者は私なんだけど!」スラァン
魔王「ふむ…今回の勇者というのはメスからしいな」
盗賊「御託はいいので、さっさと殺し合いましょうか」チャキ
魔王「かかってこい。――貴様らが我が糧に値するか、見極めてやろう」スッ
勇者「師匠、しょっぱなから奥義ぶちかますから合わせて!」
師匠「いいだろう」グッ
盗賊「それでは、僕も――」グッ
勇者「食らえ、魔王! 3人分の…!」
『覇道斬り!!!』
勇者は勢いよく剣を振った!
盗賊は勢いよく短剣を振った!
師匠は勢いよく剣を振った!
同時に放たれた剣戟は大地を抉り、凄まじい勢いで魔王に迫り直撃する!
魔王「――フハッ! ハハハハハッ!」
勇者「嘘…!?」
盗賊「あれを耐え切れるなんて…!?」
師匠(一筋縄じゃいかねえのは分かっちゃいたが――)ギリッ
魔王「いいぞ、期待以上だ。20年前に比べ、総合力では貴様らの方が上と見える」
魔王「これぞ覇道とばかりに大地を抉り、突き進む斬撃、見事」
魔王「だが、それだけではまだ、人間の領域と言うもの」
魔王「このくらい、しなければなァ――」
魔王は両手にそれぞれ別の魔法を発動する!
師匠「まさか、その魔法…! お前ら、避けろ!」
魔王「火球魔法、爆裂魔法――爆裂光弾」
魔王は紅蓮の炎を内包した無数の光球を放つ!
光球がぶつかり合い、凄まじい爆発と同時に周囲の至るところで火柱が立ち上る!
勇者「きゃっ…!」
盗賊「勇者…!」ガシッ
師匠「てめえがどうして、その技を使う…!?」
師匠は魔王に切りかかった!
しかし、魔王は余裕の笑みで剣を受け止める!
魔王「んん? 気になるか。ならば冥途の土産に教えてやろう」
師匠は剣で魔王を振り払って飛び退く!
魔王「俺は20年前の勇者の心臓を食らい、その身にあった技を、魔法を、我がものとした」
師匠「心臓を――」
魔王「だからこそ、俺は最強の存在でいられるのだ」
魔王「貴様らは俺を殺そうと鍛錬し、自らの限界に挑戦してきたな」
魔王「それこそが我が力の源となるのだ」
魔王「貴様らが強くあればあるほどに! その心臓を食らった俺が力を得る!」
魔王「我が肉体となり、ともに永遠の存在となろうではないか!」
師匠「てめえェ――――ッ!」ダンッ
勇者「盗賊、師匠のコントロールお願い」
盗賊「分かってますよ」
剣士は激昂しながら魔王に切りかかった!
魔王「ほう、やはり20年前とは比べ物にならぬな」
師匠「てめえを殺すためだけに生きてきたんだ…!」
盗賊「師匠さん、半歩脇へ――」
盗賊がナイフを投擲した!
魔王「ッ――ふむ、よい腕だ。しかし…!」
魔王「凍結魔法、爆裂魔法――爆裂氷弾!」
魔王は凍結魔法と爆裂魔法を唱えた!
荒れ狂う猛吹雪が勇者達に襲いかかる!
勇者「もらった…!」ブンッ
勇者は循環の杖を振るった!
魔王「あの杖は…!」
魔王の放った猛吹雪が逆に吹いて魔王へ襲いかかる!
瞬時に凍結した爆裂魔法が炸裂した!
大爆発があらゆるものを破砕していく!
魔王「ぐぬっ…!」
師匠「そこォ!」
盗賊「逃しません!」
勇者「はぁあああっ!」
師匠は魔王を渾身の力で刺突する!
盗賊は短剣で魔王の肩を突き刺した!
勇者は大きく振り上げた剣を魔王に振り下ろす!
魔王「っ…フ、それでも、この程度か」
しかし、魔王は勇者達の攻撃を防御せずに受け止める!
魔王「極大消滅魔法――」
魔王は消滅魔法を唱えた!
右手に莫大な熱量の光、左手に全てを即時凍結させる光を収束し、手を合わせる!
盗賊「ッ――危ないっ!」
プラスとマイナスの莫大なエネルギーが矢を形成し、魔王の両腕を弓として解き放たれる!
輝く一撃が勇者に向かって繰り出された!
盗賊は勇者を突き倒すようにして庇う!
勇者「痛っ…と、盗賊――?」
盗賊「かろうじて…右腕一本だけで済みました…」
魔王「ふむ、避けたか…。やはり、以前よりは強くなっているのだな、貴様らは」
師匠「てめえを殺すためだけになァ!」
魔王「だが、まだ我が糧に値するのは貴様だけか」
盗賊「僕に手当ては必要ありませんから…魔王を」
勇者「う、うん…!」
師匠「勇者、合わせろ!」
勇者「分かった!」
勇者師匠「「百波突き!!」」
師匠は物理を超越した無限の突きを、ただ一突きに収束させて解き放つ!
勇者は物理を超越した無限の突きを、ただ一突きに収束させて解き放つ!
収束された幾百の剣戟が魔王へ襲いかかる!
魔王「竜巻魔法、閃熱魔法――旋風烈火!」
魔王は竜巻魔法と閃熱魔法を唱えた!
荒れ狂う暴風が灼熱の炎を孕んで膨れ上がる!
師匠「その程度で、止まりゃしねえぞ!」
勇者「ぶった斬れるもんね!」
勇者は勢いよく剣を振った!
師匠は勢いよく剣を振った!
同時に放たれた剣戟は魔王の魔法を穿ち、幾百の剣戟を後押しして魔王を直撃する!
魔王「ぐっ…なるほど…なかなかだ」
勇者「まだ耐えてるなんて…!」
師匠「まだまだ序の口だ、一瞬も気を緩めるな」ジリ
魔王「しかし…どうもまだ、力を出し切れてはいないようだな?」
魔王「勇者よ、貴様が死力を尽くさなければ俺は貴様を食うに値するか見極められぬのだ」
盗賊「だから…何だと言うんです…。ここで死ぬのに無用な心配をするな…!」
魔王「やはり人間というのは、絶望してこそ真価を見られるものよ――」ニヤァ
師匠「! 盗賊、下がれ!」
魔王が床を蹴り、師匠が盗賊の前に立ちはだかった!
ギャリィィィッ
魔王「勘づいたか? ならば抗え、限界までな!」
魔王は凄まじい膂力で師匠を強引に組み伏せた!
盗賊「来るなら、来い…!」
勇者「盗賊!」
魔王「以前の、あのメスよりかは、期待しているぞ?」
盗賊は短剣で魔王の腕を受け止めた!
しかし、短剣が砕けて盗賊は吹き飛ばされる!
勇者「この、ぉおおおおっ!」
勇者は追撃の構えを見せた魔王へ切りかかる!
魔王「貴様は絶望に備えていろ!」
魔王は振り向きざまに爆裂光弾を放った!
勇者は直撃を受けて宙を舞う!
盗賊「魔王ぉおおお――――――っ!」
魔王「そうだ、かかって来い! 足掻き、苦しみ、痛めつけられ、そして死ね!」
盗賊は無数のナイフを投擲する!
しかし、魔王はナイフを避けることもなく盗賊へ突き進む!
魔王「そのような玩具で何ができる!?」
盗賊は手元に残した、最後のナイフで魔王に立ち向かう!
盗賊「何って、お前を殺すことですよ――」
突如として、魔王の背後にナイフの竜が食らいつく!
魔王「循環の杖、か…!?」
盗賊は魔王の首をナイフで貫いた!
勇者「はぁっ…はぁっ…」
盗賊「これで――」
師匠「その程度じゃ死なねえぞ!」
魔王「…」ニィ
魔王は素手で盗賊の腹部を貫いた!
勇者「ッ――!」
盗賊「ガッ…!?」
魔王「さあ、勇者よ、怒れ。そして、俺に全力をぶつけろ」
魔王は盗賊の腹から臓物を引きずり出した!
師匠「てめぇえええ―――――っ!」
魔王「貴様もそうだ、まだまだ怒れば力が湧くであろう?」
魔王は切りかかってきた師匠の攻撃をかいくぐり、至近距離で火球魔法を放つ!
勇者「盗賊…!」ダッ
盗賊「…僕は…ここまで、みたい…です…」ゴホッ
魔王「今生の別を惜しむといい。もっとも、すぐに同じ場所へ行くのだがな」
勇者「盗賊、盗賊…! ダメだよ、死んじゃうつもりなの!?」
盗賊「無茶…言わ…い…で…」
盗賊「し…しょ…あな…の…おか…げ…で…」
勇者「喋らないで…今、治すから…! 治すから、すぐに!」
勇者は盗賊に祈りを捧げた!
しかし、効果はないようだ!
師匠「やめろ、勇者。男の死に際に、水差すな」ガシッ
勇者「でも…でもっ…」
盗賊「…あ…り…と…う…。ゆう…しゃ…きみ…あえ…て…良か…た…」ニコ
盗賊は最期に笑みを浮かべると絶命した!
勇者「盗賊…盗賊!」
勇者「面倒見てくれるって…約束したのに…!」
勇者「ちゃんと…リードしてくれるって…やりたいこともあるって…なのに…」
師匠「…泣くのは後にしろ」ギラリ
魔王「さあ、その怒りを俺に向けて挑んでこい」
魔王「でなければその男の死が無意味になるぞ?」ニタリ
勇者「ッ――許さない、絶対に…!」ダッ
魔王「剣だけが取り柄か? それで俺が殺せるのか、勇者よ?」
勇者は魔王に切りかかった!
しかし、魔王は素手で勇者と渡り合う!
師匠「俺の弟子に、ケチつけんじゃねえぞォ!」ブンッ
師匠は魔王に切りかかった!
しかし、魔王はひらりと回避する!
勇者「はぁああああっ!」
師匠「しっ! ふっ!」
勇者と師匠は互いの攻撃の合間を縫うようにして魔王に肉薄する!
魔王「コンビネーションは良い、が――極大闇魔法」
魔王は闇魔法を唱えた!
地の底からどす黒い瘴気が液状化しながら滲み出す!
液状化した黒い瘴気が膨れ上がり、無数の刃となって周囲を引き裂き荒れ狂う!
勇者「そんな、ものォ…!」ヒュオンッ
しかし、勇者は激昂しながら剣を振るう!
玉座の間に膨れ上がった瘴気が一閃の下に丸ごと断ち切られて消滅した!
魔王「何――?」
勇者「盗賊はやっと、自分が生きる意味を見つけたのに…!」
さらに勇者は魔王に切りつける!
魔王「ッ…ぐぅ…!」
師匠「まだまだ、終わりゃあしねえよ!」
師匠は怯んだ魔王に研ぎすました一撃を放つ!
魔王「魔法を切った…? ハハハ、ハハ、剣のみで魔法を超越するか!」ヨロッ
勇者「うるさい、うるさい、うるさい!」
勇者「よくも、よくも盗賊をォ…!」ポゥ
ダッ
師匠(循環の杖が光って、勇者に取り込まれた…?)
師匠(そうか、循環の杖で形を持たぬ力に干渉する感覚を身につけて、それを剣技に応用した――)
師匠「勇者、畳み掛けるぞ!」
魔王「いいぞ、人間! その可能性を、俺は食らう!」
魔王から凄まじい魔力が発散された!
勇者「っ…っ…」ゼィゼィ
師匠「…」ハァハァ
魔王「フハハ…これが人間と、魔族の王たる俺の差だ」
魔王「悲しいかな、それが人間の肉体的限界だ」
魔王「しかし、よくやった方だ…。喜べ、貴様らの心臓は、我が糧としてやる」ニィッ
魔王「もう体力は限界だろう? 魔力も尽きたようだ」
勇者「それでも…倒す!」
魔王「気丈な女だな」
師匠(底なしの魔力、無尽蔵の体力、死なない肉体――)
師匠(結局、輝く剣とやらがねえとこいつは殺せねえのか…?)ギリッ
魔王「だが…もう、頃合いだ」
勇者「頃合い…?」
魔王「貴様らは知らんだろうが、数時間前に我が配下の魔族が地上中に侵攻を開始している」
勇者「そんな…!」
師匠「てめえ!」
魔王「そういきり立つな、人間よ。異なる生物同士が相見える時、互いの生存をかけて殺し合うのは世の仕組みであろう」
魔王「そうして貴様らも進化を遂げてきたのだからな、自分達が駆逐される段になって嫌だとのたまうのは傲慢だぞ」
勇者「それでも私達は生きるために戦う!」
魔王「良いぞ、それでこそ勇者。勇気を与える者、であったか?」
魔王「そうだ、良いことを思いついた。勇者、世界の半分をくれてやる」
勇者「っ!?」
魔王「代わりに我が配下に加われ。勇者として崇められてきた貴様が、今度は人間に絶望を振りまくのだ!」
魔王「皮肉だよなあ? どうだ、勇者よ。なんなら、我が秘術をもってそこの人間もついでに蘇らせてやろう」
勇者「そ、そんなこと…」
師匠「そんな都合のいいことが起きると思ってやがるのか? てめえの脳みそはとんだ花畑だな」
魔王「この俺に不可能はない。世の理さえも超越し、世界の神に取って代われるのも俺のみだ」
魔王「どうする、勇者よ。地上の半分と、愛する者――天秤にかけるのは貴様の存在理由と、誇り」
魔王「自らが犠牲となれば地上の半分は救えるのだぞ?」
勇者「…半、分――?」
師匠「勇者、惑わされるな! お前はこいつを殺すために生きてきたんだろうが!」
魔王「生き方はそう変わるまい。貴様は俺を殺すためと言われてその男に育てられたのだろう?」
魔王「今度は人間を殺すためと俺に言われ、その力を行使するのだ」
師匠「勇者!」
勇者「黙っててよ、師匠! 確かに…魔王の言うことだし…信用なんか出来ないけど…」
勇者「それでも…盗賊が生き返るって…思ったら…」ポロポロ
師匠「っ…」
勇者「師匠も、分かるでしょ…? 大切な人と、また話せるかも知れない…抱き締めてくれるかも知れない…」
師匠「それでいいのか?」
勇者「だって…!」
勇者「魔王を倒したって、盗賊がいないんじゃ…私…もう…」
師匠「…泣くな」
勇者「でも…でも…!」
師匠「お前はここに来るまで、何をしてきた?」
勇者「っ――」
師匠「お前はどうして、勇者の肩書きを放棄せずにここまで来た」
師匠「俺にそう教えられてきたからじゃないはずだ」
師匠「お前はお前の意志で、ここへ来た。お前の意志で、勇者として旅をしたんじゃないのか」
師匠「お前は紛れもなく勇者だ。勇者なら、世界の1つや2つ救ってみろ」
魔王「存分に悩むが良い」ニタニタ
師匠「それと…卑怯なこと言うが、お前が自分を犠牲にして盗賊が生き返ったとして、喜ぶのか?」
師匠「あいつはお前を最後まで信じて、死んでいった」
師匠「それなのに、お前は魔王にそそのかされて企みに乗るのか?」
勇者「師匠…師匠は…何で、絶望しなかったの…?」
勇者「大切な人だったんでしょ…?」
師匠「何度も死のうとしたさ。何度も魔物どもに無謀な戦いを挑み、死にそびれてきた」
師匠「だがある日、よだれ垂らした娘ができたんだよ」
師匠「大事な家族を守るために、俺はこの剣を捧げると誓った」
師匠「その誓いを、もう1度立てられた」
師匠「剣に生きる者として、絶望なんかをしていられるか」
師匠「俺は何もかもを失ってきている」
師匠「それでも、必ず何かを掴み取り、未来を切り拓くために生きてきた」
師匠「絶望なんかに浸っていられるほど、俺の誓いは安くねえ」
勇者「分かった…。決めた」
魔王「その決断が命運を分かつ、いいんだな?」
勇者「待っててもらって悪いけど、私はやっぱりお前を倒す!」
勇者「それで、地上の魔物も全部、私が退治する!」
勇者「私が世界を救うんだ!」
師匠「そういうことだ、魔王」
魔王「良かろう。…ならば、貴様らの心の臓を食らい、俺はまた力を手に入れる!」
魔王の魔力が膨れ上がっていく!
勇者「師匠、もう、全部ぶち込むよ」
師匠「ああ…。その剣、もうボロだろ。俺のを使え」
盗賊は刹那の刃を勇者に渡した!
勇者は刹那の刃を装備した!
勇者「ありがと、師匠」チャキ
剣精『私の主は師匠、あなたのみです。剣として彼女に助力はいたしますが、私の真の力はあなたの意志で使われます』
師匠「分かってる…」
勇者「? 師匠、ひとりごと?」
師匠「黙ってろ、行くぞ」
魔王「さあ来い、貴様らの心臓を、我に捧げよ!」
勇者「ッ――大覇道斬りィ!」
勇者は渾身の力をもって、全ての魔力とともに刹那の刃を振り下ろした!
師匠「奥義・百波突き!」
師匠は物理を超越した無限の突きを、ただ一突きに収束させて解き放つ!
魔王「極大消滅魔法!」
魔王は消滅魔法を唱えた!
右手に莫大な熱量の光、左手に全てを即時凍結させる光を収束し、手を合わせる!
プラスとマイナスの莫大なエネルギーが矢を形成し、魔王の両腕を弓として解き放たれる!
輝く一撃が勇者に向かって繰り出された!
勇者「――っ…」
魔王「残念だったな、勇者よ…」グイッ
魔王は勇者の髪を掴んで頭を持ち上げた!
勇者「うっ…」
魔王「ん? ふむ…そうか…。貴様の心臓は十月の後に食らうとしよう…」
魔王は無造作に勇者を放り投げる!
魔王「だが、そうだな…。この男の心臓を、俺がどう食らうか…見せてやろう」
魔王は師匠の髪を掴んで頭を持ち上げた!
勇者「し…しょ…」
師匠「ア゛ア゛ッ!」ヒュバッ
師匠はずっと握り締めていた剣を魔王の首目掛けて振るった!
しかし、剣は魔王の首に当たる前に砕け散った!
魔王「ふむ、最後の力か?」
魔王「その執念、見事。それでこそ、食い甲斐があるというもの――」
魔王は師匠の胸に手刀を突き立て、微弱に鼓動を打ち続けていた心臓を掴み、引きずり出す!
師匠「…が…ぁ…」
魔王「見えるか? 貴様の心臓だぞ?」ニタァ
勇者「っ…」
魔王「そうそう、俺はな、人間の使う言葉で1つだけ気に入っているのがある」
魔王「いただきます、というのが――」
魔王は大きく口を開けて師匠の心臓にかぶりついた!
魔王は心臓を噛みちぎりながら、くちゃくちゃと音を立てて咀嚼する!
勇者「ぁ…ぁ…」
魔王は師匠の心臓を全て食らい、口周りの血を拭った!
魔王「さて…貴様には、俺の更なる力のためにもうしばらく生きてもらおうか――」
―王歴155年―
剣精『あなたは最後まで、その意志を放棄して魔王を殺すためだけに思考を巡らせていたようですが、それでは私の使命が果たされません』
剣精『なので、あなたが心の深層でずっと望んでいた時に渡しました』
剣精『刹那の時ですが、あなたの魂が魔王に取り込まれる数瞬前だけ、最後に望みを叶えて下さい』
ガサッ
勇者「…だれ?」キョトン
*「…勇、者…?」
勇者「おじちゃん…僕のこと…しってるの?」
*「会いたかった…お前に…」
勇者「ぼくのことをしってるの?」
*「ああ…ああ…だが、もう行かないとならない…」ギュッ
勇者「ぐるし…おじちゃん、だれ?」
*「俺は…いや、もう――」
勇者「いっちゃうの? おじちゃん…」
*「ああ…さよなら、勇者」
ポゥ…
剣精『長い間、ご苦労様でした――』
―王歴187年―
側近「魔王様、勇者がとうとう…赤子を産み落としました」
魔王「そうか。ならば勇者の心臓をとうとう食えるな…」
側近「僭越ながら申し上げますと、魔王様」
魔王「何だ」
側近「もはや、あの勇者であった人間の女に、魔王様の望む力はないように感じられます」
側近「赤子の胸に、あのあざがございまして、出産するや否や、勇者の不思議な力が失せ、赤子に宿りました」
魔王「ほう、母子で勇者か…。ならば、その赤子が俺に対峙する時は、さらに大きな力を持っているのだな?」
側近「恐らくは」
魔王「それはそれで良かろう…。赤子を地上のどこかへ落とせ」
魔王「そして勇者の首を落とし、人間の王とやらが住む都へ」
魔王「さあ、次の勇者は俺にどんな力を持ってくるか――」ニタァ
王歴187年――。
二代目勇者の生首が王城に落とされ、消息不明となっていた勇者一行の死亡が公式に認められた。
そして、その日、城下町のスラムで1人の赤子が発見された。
これにて、今夜の更新分はおわりです
ものすごく眠いけど眠る時間もなく、でもびみょーに時間があいているので更新します
土曜日ばんざい
―――――――――――
―王歴198年―
戦士「おお、小童。今日も来たか」
小童「…」コクリ
戦士「よし、では木剣を――」
小童「…」ギュッ
戦士「すでに握っているか。では、好きに打ち込んでこい!」
小童「…」ゴクリ
小童は握り締めた木剣で戦士に打ち込む!
戦士「なかなか、鋭い打ち込みをするな。だが、体捌きが甘い」
戦士は小童の脇に木剣をすっと這わせた!
小童「…」
ジリ…
小童は仕切り直し、戦士から距離を取る!
戦士「距離を取るか。それでどうする?」
戦士「お前には、この技は使えんだろう? 覇道斬り!」
戦士は木剣を勢いよく振り下ろした!
木剣から放たれた衝撃が小童に直撃して吹き飛ばす!
小童「!?」ドタッ
戦士「ハッハッハッ、これは覇道斬りと言って、王国軍でも上級の兵にのみ伝わる秘技なのだ」
戦士「元々は、公爵家にのみ伝わる秘伝の技だったがな、かの大剣士が1人でも多くの者を守れるようにと王国軍に伝授したということだ」
戦士「この技を使える者はそう多くない。言わば、実力の証明といった技だな」
小童「…」ムッ
戦士「何だ、ずるいと? ふっ、そう睨むなよ、小童」
戦士「お前も他のことにうつつを抜かさず、剣の道だけをこの調子で突き進めばいずれ使えるさ」
小童「…」ムゥ
戦士「なに、魔法の修行もある?」
戦士「この浮気者め。…おっと、もう休憩は終わりだ。今日はここまでにしよう。またな」
小童「…」ペコッ
戦士「うむ、師に敬意を払うのは良い心がけだ」
賢者「何です、また来たのですか?」
小童「…」コクリ
賢者「私はキミに構っている時間はあまりないのですが…」
小童「…」ポンッ
賢者「脳筋戦士と違って態度に余裕がないのか、などと勝手に納得しないで下さい」
賢者「私は地上一の、大魔導士ですよ」ドヤァ
小童「…」ジッ
賢者「…良いでしょう。では、今日は魔法の基礎修練を」コホン
小童「…」ブンブン
賢者「なに、もう基礎修練は完璧? なら、火球魔法を見せてください」
小童「…」バッ
小童は火球魔法を唱えた!
小さな火球が小童の前に出現する!
賢者「確かに…完璧ですね。では、応用編と参りましょう」
小童「…」ワクワク
ワイワイ
ガヤガヤ
戦士「乾杯!」
賢者「乾杯」
ガチャン
戦士「ぷはーっ、仕事終わりの麦酒は最高だ!」
賢者「確かに、このことばかりはあなたと同意見ですね」
戦士「聞いてくれよ、賢者。小童のヤツがな…」
カクカク シカジカ
ワタシハ スゴイ
ドヤ-
賢者「しかしですね、戦士。小童は私のところでは…」
カクカク シカジカ
カレハ ワタシノ イチバン デシ
ドヤ-
戦士「あいつは立派な戦士になるべきだ」ドンッ
賢者「いいえ、彼こそが私の跡継ぎに相応しいはずです」ドンッ
戦士と賢者は互いに睨み合う!
戦士「…そう言えば、あいつ、喋らないのは何故なんだ?」
賢者「…今さら、ですか?」
戦士「ずっとそれを尋ねるタイミングを失っていたんだ」
賢者「彼はどうやら、ちょっとした障害があるようでしてね」
戦士「障害?」
賢者「珍しいことではないですよ。瘴気の影響で、彼は失語症に陥ってしまっているようです」
戦士「そうか…。子どもは瘴気の影響を受けやすいんだったな…」
賢者「ええ。二代目勇者が魔王城に踏み入ってから、急速に地上へ満ちた瘴気…」
賢者「その影響で、作物の実りが悪くなり、家畜は凶暴化して魔物に変貌、食料不足にも陥り、体の弱い年寄りと子どもが大勢亡くなりました…」
戦士「話によれば中央大陸の世界樹も、数年前に枯れたらしいしな」
賢者「ええ…この国が治めていると言えるのも、もはやこの城下くらいのものです」
戦士「周囲は魔物ばかりだ。定期的に駆除しなければ数が急速に膨れ上がって、いつ襲われるとも分からない」
賢者「私もその状況については報告を受けています…。明日、遠征部隊が出るのでしょう?」
戦士「そうだ。私は外部の身でありながら、その遠征隊長に任命されたよ」
賢者「この12年で…地上は変わり果てましたね…」
戦士「ああ…今の子は、野原で駆け回ることさえも知らない…」
戦士「…」
賢者「…」
戦士「しんみりしてしまったな…。気を取り直そう」
賢者「そうですね、そうしましょう」
戦士「小童のヤツはどこに住んでるんだ?」
戦士「いつも、ひょっこり顔を出すが親や兄弟や友達といるのを見たことがない」
賢者「そう言えば…私も知りませんね」
ガッシャ--ン
まだ中身の入っていた酒瓶が壁にぶつかった拍子に割れ、盛大な音を立てた!
小童「」ビクッ
女将「ちょっと、あんた! およしよ!」
亭主「やい、小童! てめえ、誰のお陰でメシ食えるか分かってるんだろうなァ!?」グイッ
亭主は小童のよれた服のえりを掴み持ち上げた!
小童「…」ビクビク
小童は怯えるしかできない!
女将「あんた!」
亭主「黙ってろォ!」ブンッ
亭主は止めに入った女将を振り払った!
亭主「毎日、毎日、一言も喋らねえで、幽霊みてえにしやがって! 気色悪いんだよ!」
小童「…」シュン
女将「あんた、この子は元々喋れない子なんだよ!?」
亭主「喋れないなら犬畜生と同じだってんだ! 世話してやってる恩さえ感じねえで、のんきにいやがって…! 畜生以下だ!」
亭主「文句があるなら、こんな貧乏メシ屋からいつでも出てっていいんだぞ、小童!」
小童「…」ビクビク
女将「ちょっとあんた、どうしたんだい、一体! こんなにひどく当たるなんて、可哀相だろう!」
亭主「うるせえ! うるせえ、うるせえ! ああ、もう、何もかもがうるせえんだ!」
小童「…」オロオロ
女将「だ、大丈夫だよ、あの人、きっとちょっと酒を飲み過ぎただけだからね…」ギュッ
亭主「瘴気が何だ、魔王が何だ!?」
亭主「どうして人間様が魔物なんぞに食われなきゃならねえ!」
女将「あ、あんた…本当に何かあったのかい? 言ってごらんよ…」
亭主「う、裏町のよぉ…肉屋のヤツが、ま、魔物に食われたってんだ…」
亭主「あ、あいつぁ…ガキの頃からずぅっと…俺ぁ、一番のダチだったんだ!」
亭主「何であいつが死ななきゃなんねえ…!」
亭主「クソぅ…クソ…!」
女将「あんた…」
小童「…」ポン
亭主「何だってんだ、小童!」
小童「…」ナデナデ
亭主「お、お前…俺を慰めてんのか…?」
小童「…」ニコッ
亭主「っ…ごめん…ごめんなぁ…小童…お前に当たって…どうにもならねえのに…」ギュッ
小童「…」ポンポン
スゥ スゥ
女将「小童ったら、気持ち良さそうに眠ってるよ…」
亭主「ああ…」
女将「この子を拾ってから、もう11年かい」
亭主「子どものできなかった俺達に女神様が子をくれたかと思ったが…案外、本物の天使かも知れんなあ…」
女将「その天使に向かって酒瓶投げつけたんだから反省をしなさいよ」
亭主「それはちゃんと小童に詫びたろう…」
女将「心優しい子だよ…誰がこんないい子を捨てちまったのか」
亭主「今まではこの子の本当の親が出て来ちゃあ、手放すしかないってんで隠してきたが…そろそろ、教会に連れてって洗礼を受けさせてやるべきか…」
女将「覚悟が出来たのかい?」
亭主「ああ…もしかしたら教会に、この子を捨てて懺悔する親がいるかもしれん」
女将「そうだねえ…」
亭主「見つかるんなら…やっぱり子どもが親といるのが1番だろうしなぁ」
女将「すぐに親が見つかるって決まったわけでもないのさ」
女将「この子の本当の両親が見つかるまで、大切に育てていけばいいじゃない」
司祭「そうですか、そのような事情で…」
司祭「よく、それを告白いたしました。女神様はきっとお許しになるでしょう」
亭主「ははあ…どうぞ、この子の洗礼をお願いします…」
司祭「ええ。では、まずこの清らかな水で身体をきよめますので、濡れないように服を脱ぎましょうか。上のシャツだけで結構ですよ」
小童「…」モジモジ
亭主「あ…し、司祭様、この子の胸、ちょいと奇妙なあざがあって、それを恥ずかしがってるんですが…」
司祭「奇妙な、あざ…?」
亭主「へえ…何ぶん、この子は口が利けねえんで、人に怯えちまうんで…くわえて、前に子ども同士の喧嘩をした時、ひどくバカにされたようで…」
司祭「そんなことが…。しかし、何も恥ずかしがることはありませんよ、小童くん」
小童「…」ウツムキ
司祭「人にはそれぞれ、個性があるのです。それに私は全身にひどい火傷を負ってしまった人を見たことがありますが、その人はハクがついたと喜んでさえいました」
司祭「大切なのは恥じることではなく、恥じてしまう気持ちを克服すること。そうできないことが、恥となるのです」
小童「…」コクン
ヌギヌギ
司祭「いい子ですね。それでは洗礼を――」ピクッ
小童「?」
亭主「ど、どうかしましたか…司祭様」
司祭「その、あざは…聖痕…? まさか、そんな…」
小童「?」キョトン
司祭「3人目の、勇者――」
亭主「な…!?」
司祭「こ、これは一大事です…。誰か、誰か! すぐに陛下へご報告を!」
司祭「三代目勇者が発見された!」
ズバァッ
戦士「ふぅっ…ざっとこんなものか」
伝令「戦士殿、失礼いたします!」
戦士「どうした?」
伝令「国王陛下より、至急、参城するようにと緊急伝達がございました!」
戦士「至急か…。では、部隊を後退させておけ」
コポコポ…
使者「賢者様、国王陛下より至急参城するようにとの要請です」
賢者「研究の最中だと言うのに…仕方ありません、パトロンの命令ならば従いましょう」
賢者「用件は何です?」
使者「3人目の勇者が発見された、とのことです」
賢者「とうとう、ですか――」
小童「…」オドオド
ズラァッ
大臣「顔を上げよ、勇者」
小童「…」ピクッ
大臣「そう怯えずに良い。じき、陛下がいらっしゃる。その時は膝をつき、頭を垂れるのだ。良いな?」
小童「…」コクコク
大臣(3人目の勇者が見つかったのは良いが、口が利けぬとは面倒な…)
小童「…」
コクオウ ヘイカノ オナ-リ-
小童「…」ヒョコッ
国王があらわれた!
国王「面をあげろ」
小童「…」ビクビク
国王「ガキか…」
小童「…」
大臣「この勇者はどうやら、瘴気により口が利けぬようですが、きちんと言葉は理解しているとのことです」
大臣「城下のスラム――裏町区域の食堂を営む夫婦が11年前、戸口に捨てられていたのを拾い、この勇者の実の親が現れて引き離されるのを恐れ、今日まで教会で洗礼をさせなかったということです」
国王「喋れぬか…。それではプロパガンダには使えぬな」
大臣「左様ですね」
小童「?」キョトン
国王「まあ、それはそれで使い道はあろうが――」
センシ サマ ケンジャ サマガ ゴトウチャク イタシ マシタ
戦士「陛下、ご無沙汰をしております」スッ
賢者「招集に応じ、馳せ参じました」スッ
小童「!」
戦士「小童…?」
賢者「まさか、彼が3人目の…?」
大臣「知っておるのか、お前達」
国王「関係を話せ」
賢者「ハッ、では私よりご説明を申し上げます」
賢者「小童は私と戦士の、弟子であります」
大臣「お前達はそろって弟子は取らぬ主義ではなかったか?」
戦士「そうでしたが、小童は毎日、私の修練するところを眺めに来ていまして、木の棒で私のマネをしていたのです」
戦士「そこで気まぐれに型を教えたところ、とても覚えが良く、毎日、私の下を訪れる度に剣を教えていた次第です」
賢者「私も同様でございまして、魔法に強い興味を示していたので息抜きに教えたところで、魔法の才に気付いて日々、教えていました」
大臣「何と…」
国王「…事情は分かったが、喋れぬのにどうやって貴様らはこの者の名を知り、ものを教えた?」
賢者「彼は確かに運動性失語症であり、言葉を発することは出来ませんが…表情や、ボディランゲージによってコミュニケーションを取るのは容易です」
戦士「加えて、この者はとても覚えが良く、教えもしないことを自分で編み出して身につけてしまう才能があります」
賢者「私と戦士は、互いに会う度、自らの弟子に相応しいと主張するほど、彼の才能を高く買っておりました」
小童「…///」テレテレ
国王「確かに分かりやすい表情をする」
小童「…」ビクッ
国王「まあ良いか…言葉が話せずとも剣を振るい、魔法を放てるのならば勇者として問題はない」
大臣「それでは、陛下…」
国王「ああ。小童、と言ったな。貴様にはこれより、三代目勇者の称号を与える」
小童「…」コクコク
国王「この暗黒の時代において、人々に希望を分け与え、勇気を抱かせる存在になるよう願う」
国王「これより、小童、お前は勇者としてその称号に恥じぬ行いをするように」
小童「…」コクリ
国王「そして、魔王を殺せ」ギラッ
小童「…」ゾクッ
大臣(即位から12年――いまだ、現陛下の覇気には馴れぬな…)
国王「戦士、賢者。正式に勇者を弟子とし、お前達の全てを教え込め」
国王「それと並行して勇者を守護しつつ、魔王城まで連れて行け」
国王「この謁見が終わり次第だ」
戦士「陛下、それは…」
賢者「これからすぐに、旅立てと仰るのですか…?」
小童「!?」ギョッ
国王「道中、勇者が死なぬように。また、魔王を殺せるだけの力を身につけさせろ」
国王「何としてでも、魔王を討て」
国王「そして、3代目勇者よ。魔王征伐を果たした暁には、望むものを何でも与える」
小童「…」ハッ
賢者「陛下、小童が…望むものは本当に何でも良いか、と」
国王「ああ、何でもだ。それこそ、何であろうがこの俺が与えてやろう」
小童「…」ゴクリ
戦士「魔王征伐の任、確かに賜ったと申しています」
国王「では、朗報を待つ。大臣、勇者に路銀と武具をくれてやれ」
大臣「かしこまりました」
戦士「――小童の旅には私達が責任を持って同行する。危険な旅だろうが、どうか安心してくれ」
女将「ああ…小童や、あんたが勇者だったなんて…どうか、ちゃんと帰ってくるんだよ」ギュッ
勇者「…」コクリ
亭主「小童…あんまり、俺ぁお前に良くしてやれなかったが、お前は俺達夫婦の子だ…」
亭主「初代や二代目みたいなことにはならねえでくれ…」
勇者「…」コクリ
賢者「それでは、行きましょうか…。小童、もうお別れはいいですね?」
勇者「…」コク
女将「これ…お弁当だよ。お2人の分もあるので、良かったら召し上がってください」
勇者「…」パァ
戦士「かたじけない」
賢者「それでは」
勇者「…」
亭主「元気でやんだぞ!」
女将「ちゃんと帰ってくるんだよ!」
戦士「小童、防護壁の外に出るのは初めてだったな?」
勇者「…」コクリ
賢者「キミも知っての通り、外は多くの魔物が徘徊しています」
賢者「遠巻きから常に人間を観察し、襲いかかる時を待っています」
賢者「いつ、いかなる時でも油断をせずにいて下さい」
戦士「私達もサポートするが、魔王討伐のためにはお前の力が必要不可欠になるはずだ」
戦士「当分、ともに肩を並べられると判断するまでは私達がサポートを務めるから、お前が頑張れよ」
勇者「…」コクリ
賢者「それでは行きましょう」
戦士「気を引き締めろよ」
ギィィィ
ユウシャガ タビダツ ゾ
センシサマト ケンジャサマモ ゴイッショ ダ
コンド コソ マオウヲ タオシテクレ
ワ-ワ-
小童「…」ゴクッ
戦士(昨日まではどこにでもいる、スラムの子どもだったのにな…)
戦士(それでも前を向いて、背筋を伸ばして歩けるとは)
賢者(この子は本当に不思議な子だ…)
賢者(もしかしたら、この子こそが魔王を倒す勇者なのかも知れない)
小童「…」
王歴198年――。
三代目勇者が魔王征伐の旅に出た。
最強の傭兵団元首領の戦士と、地上随一と謳われる賢者とともに。
―――――――――
短いですが、ここで一区切り
夜は更新するか未定です
睡魔と戦いながら投下開始です
寝落ちして中途半端なところで更新とまったらごめんなさい
――――――――――――
ガサガサッ
魔物があらわれた!
勇者「!」ヒュバッ
勇者は素早く剣を抜き放ち、切りかかる!
勇者「…」シュバン
勇者は火球魔法を唱えた!
小さな火球が魔物に直撃する!
魔物をたおした!
戦士「これが11歳の子どもと思うと、末恐ろしいものがある」
賢者「ええ…。これでまだ発展途上の力ですからね」
勇者「…」クルッ
戦士「ああ、今回も文句なしだ。何なら一人旅でも出来そうだぞ」ナデナデ
賢者「魔法も完璧です。このまま日々の修練を続けましょう」
勇者「…」コク
戦士「そろそろ、日が沈む。今日はここまでにしよう」
賢者「そうですね。食事の準備を――」
グイッ
勇者は賢者のローブを引っ張った!
勇者「…」
賢者「ああ、そうでした。お弁当がありましたね。では、近くに小川がありますから水だけ汲んできて、簡単なスープでも作りましょう」
戦士「その間にテントを組み立てておく。行ってこい」
勇者「…」コク
タッタッタッ
賢者「では、テントはお願いします」
賢者「勇者、旅では自炊が必要になります」
賢者「簡単にですが教えてあげますよ」
勇者「!」
賢者「おや? そんなに料理を教わるのが嬉しいのですか?」
勇者「…」コクリ
賢者「ふふ…プロである勇者のお父さんには及ばないとは思いますがね」
賢者「何事も研究と理論の実践、それに反復の訓練をこなせば一人前に上達します」
モグモグ
勇者「…」ニコニコ
戦士「そうかそうか、そんなに美味しいか」
賢者「ええ、実際、味も良いですし、栄養バランスも良い…。旅においては理想的な食事ですね」
勇者「…」ニッコリ
戦士「そうそう、勇者。魔物の肉を食べると魔物になるという迷信が巷で横行しているようだが、そんなことはないから覚えておけ」
賢者「もともと、魔物は動物などが瘴気の影響を受けて異形、凶暴化しただけですからね」
戦士「田舎にちょっと入ると迷信だらけで、そのせいで餓死する奴らまでいるようだ」
賢者「凝り固まった考え方を変えるのは難しいですが、生きるためですからね」
戦士「魔物を倒したら、干し肉を作っておけばいいだろう。それを貧しい者に配って、正しい知識を教えれば餓死者も減らせるはずだ」
勇者「…」コクリ
賢者「ところで、小童、キミはどうして私や戦士のところへ魔法と剣を習いに来ていたんだ?」
戦士「それは私も気になっていたな。こういうことになって役立っているが、そうでなければ無用の長物だっただろう」
勇者「…」
戦士「…どうした、秘密か?」
勇者「…」コクリ
賢者「まあ、それならそれでいいでしょう。明日からは山に入りますから、よく疲れを癒して下さい」
勇者「…」コクリ
戦士「夜番はどうする? 私は早起きする習慣があるから、後にするか?」
賢者「ではそうしましょう」
勇者「…」
賢者「キミはまだ成長期の身ですから、充分に睡眠時間をとって下さい」
戦士「お前がもう少し、大きかったら三交代制にしたんだがな」
賢者「その時を楽しみにしていますよ」
勇者「…」コクリ
賢者「こうも魔物の気配がしていては…そうそう気を休めることもままなりませんね」
戦士「そうだな…。なあ、賢者、互いにあまり昔のことは詮索しないでいたが、こういう機会だ。少しどうだ?」
賢者「よろしいですよ。あなたの経歴には少し、興味があったんです」
戦士「そうか。…実を言えばな、私はこれまで、勇者という存在に憧れを持っていた」
戦士「2代目に会った――と言うより、2代目と同じ戦場にいたことがある」
賢者「同じ戦場…ですか? 肩を並べて、戦ったと?」
戦士「いや、そんなに上等なものではない。12年前だ、私は中央大陸で名を馳せていた傭兵団に見習いで入っていた」
戦士「ある日、傭兵団に依頼が入って世界樹の里を防衛することになったんだ」
戦士「何でも強力な魔物が、配下を率いて世界樹を狙ってくるということらしかった」
戦士「そして2代目は世界樹を守るために奔走していたんだ」
戦士「魔物の軍勢が里へ押し寄せてきたが、私はまだまだ未熟者で、戦闘には参加することが許されずにいた」
戦士「それでもいっぱしの戦力であろうと、安物の剣を握り締めていたものだ」
戦士「だが、世界樹を守って、長槍を携えた魔物と戦っている勇者とその仲間を見て…レベルの違いを思い知った」
戦士「ただ見ているだけで、膝が震えてしまうほどだった」
戦士「相手の魔物は3対1の状況でも、互角に渡り合っていた」
戦士「圧倒的な強さだったはずなのに…彼らは戦い、そして勝利した」
戦士「あれを見てしまってから、傭兵団の当時の首領でさえ弱いと感じてしまってな」
戦士「必死になって鍛錬したものだ。自分もいつか、あれほどに強くなりたいと願って」
戦士「そうしたらいつの間にか、見習いだったのに腕を認められ、女だてらに首領にまでなってしまった」
戦士「あの時に、あの戦いを目撃していなければ…きっと今の私はなかった」
賢者「なるほど。あなたも彼らと縁があったのですね…」
戦士「…あなたも、と言ったか? もしや賢者、お前も2代目と?」
賢者「そうです。彼らは…命の恩人です」
賢者「私の産まれた村は瘴気の影響で激しい貧困に見舞われていました」
賢者「私はその村の儀式で…生贄に選ばれたのです」
賢者「そこを2代目と、仲間の盗賊さんが助けてくれたんです」
賢者「まだ幼かった私に…この隠者のローブまで与え、村にはいられなくなった私を西大陸まで送ってくれたのです」
賢者「村の儀式も、彼らが尽力してやめさせた…と聞かされましたが、もうその頃の記憶も薄れてしまって、どんなことをしたのかも覚えていません」
賢者「彼らと別れる前…私は2代目と手を繋いで港町を歩いていました」
賢者「その時、魔導書を見つけて、心を惹かれてしまいました」
賢者「2代目が熱心に魔導書を見つめていた私に、それを買ってくれたんです」
賢者「彼らと別れた私は、必死になってその魔導書を読み込んで、魔法を習得しました」
賢者「いつか、彼らと再会した時に魔法を見てもらおうと…」
賢者「ほどなくして、彼らは魔王に挑んで…死んでしまったようですがね」
賢者「それでもあの出会いがなければ、私は勇者に魔法を教えてあげることが出来ませんでした」
賢者「あの方達に披露することのなくなった魔法ですが、ずっと研鑽を積んできたことを今は嬉しく思っています」
戦士「私たちは…揃って勇者と縁があったのだな」
賢者「今の私たちがいるのは、2代目のお陰と言っても過言ではないでしょう」
戦士「ああ、小童…いや、勇者は私たちで守り抜こう」
賢者「ええ、それが我々に課せられた使命のはずです――」
――――――――――
寝落ちする前にここまでにしておきます
あと、いつも乙のコメントをありがとうございます
励みになっています
今夜はこれにて
再開です
ロマサガはやったことないです
流し斬りもググって初めて知りました
でもちょっとwiki見たらなるほどと思いました
―――――――――――
森が焼けている!
戦士「――ぜぇい!」
戦士は飛びかかってきた魔物を切り裂いた!
賢者「こうも数が多いとは…大竜巻魔法!」
賢者は竜巻魔法を唱えた!
烈風が吹き荒れて魔物を飲み込み切り刻んでいく!
戦士「完全に囲まれたか…。無事に魔王城まで辿り着く自信があったのだが…」
賢者「ええ…。瘴気の影響でここまで魔物が強力になっているとは誤算でした…」
戦士「せめて、小童だけでも逃がさないとな」
賢者「しかし、その余裕がどうにもありません」
戦士「私が特攻して隙を作る。その間に小童を起こし、逃がせ」
賢者「分かりました」
ダッ
戦士「食らえ…! 百波突き!」
戦士は物理を超越した無限の突きを、ただ一突きに収束させて解き放つ!
賢者「小童、小童!」
ユサユサ
勇者「Zzz」スゥスゥ
賢者「覚醒魔法」パァ
ムクリ
勇者「!?」
賢者「とんでもない数の魔物に囲まれてしまいました」
賢者「まだ城下を出てから1週間足らずで、ここまで追い詰められるとは想像もできませんでした…すみません」
勇者「…」オロオロ
賢者「どうにか、キミだけでも逃げて下さい」
勇者「!?」ブンブン
賢者「これは決定事項です。今も戦士が魔物を食い止めています」
賢者「これから、盛大に抵抗して魔物の注意を引きつけますから、その隙にお行きなさい」
勇者「…」ジワァ
賢者「キミは男の子でしょう。その瞳は涙を溜めるためではなく、ただ前を見据えるためにあるのですよ」
勇者「…」ゴシゴシ
賢者「いい子ですね。さあ、振り返らずに走るんです」
賢者「キミは魔王を倒しなさい。そして、どうかまた、平和な世を取り戻して下さい」
バサッ
賢者「この隠者のローブを被れば、魔力と気配を遮断して、姿も見えなくなります。私が特大の魔法を見舞うのと同時に走るんですよ」
勇者「…」
賢者「大丈夫です。さらさら、死ぬ気はありませんから」
賢者「…さて。戦士も限界でしょう。行きますよ――双極爆裂魔法!」
賢者は爆裂魔法を唱えた!
賢者の両手から凄まじい爆発が振りまかれ、あらゆるものを破砕していく!
勇者「!」
勇者はテントの裏から一目散に走り出した!
サア ユウシャヲ ホウムリ タクバ ワタシタチノ シカバネヲ コエテ イキナサイ
勇者「…」ギリッ
タッタッタッ
イカセルカァアアアッ
ワガ マドウノ キョクチヲ ゴランニ イレマショウ
ドゴォォォォ
勇者「…」ステンッ
ムクッ
勇者「…」
ダッ
・
・
・
一滴の雨粒が勇者の鼻先に落ちた!
勇者「…」
ポツン
大量の死骸が転がっている!
戦士「」
賢者「」
魔物「」
まだ森には火がくすぶっている!
勇者「…」
ポロッ
ポロポロ
勇者「ぅ…ぁ…」グス
勇者「ぇ…ぃ…ぇ…ぁ…」
勇者「せ…ん…し…。け…ん…じゃ…」
雨が降り始める!
すぐさま雨は強くなり、くすぶっていた炎が消されていく!
ザ----
痩せ男「このご時世にガキの旅人か…」
痩せ男「よく来たなって、つい10年前は迎えてたんだが、今はもうここには絶望しかないぜ…」
痩せ男「どこにも行けやしない…食いものもねえ…寄り集まって、死ぬのを待つ人間しかいない…」
勇者「…」スッ
勇者は干し肉を差し出した!
痩せ男「っ! こ、こいつは…肉か…?」
痩せ男「く、くれるってのか…?」
コクリ
痩せ男「も、もっとないのか…?」
ブンブン
痩せ男「そ、そうか…。だ、だが、これはもう俺のもんだ! 今さら返せったってやらねえからな!」ダッ
勇者「…」
ポツン
ワ-ワ-
ドロボウヲ コロセ
コノ ニクハ ドコカラ トッテキタ
チ チガウ コレハ シラネエ ガキ カラ
痩せ男は恐ろしい形相をした村人達に取り囲まれている!
勇者「!」
勇者は石を投げつけられている痩せ男の前に立ちはだかった!
痩せ男「お前…!」
ヒュッ
どこからか石が投げられ、勇者の額に命中する!ガンッ
勇者「…」
タラ-
勇者「こ…これ…みん、なに…」
ゴソゴソ
勇者は小分けした干し肉や魚の干物を取り出した!
ニク ダゾ コレ
ドウシテ コンナニ タクサン アルンダ
サカナノ ヒモノ マデ アル
痩せ男「お、お前…どこでこんな大量の食料を…」
勇者「…」チャキ
勇者は血と脂で汚れた剣を見せた!
痩せ男「じゃ、じゃあこれは…魔物の肉なのか…?」ゾッ
勇者「?」コクン
痩せ男が奇声を発しながら勇者に殴り掛かった!
勇者「!?」
痩せ男「てめえ! 魔物の肉なんか食って、魔物になったらどうしてくれるんだ!?」
キット コイツモ マモノノ テサキ ダ
勇者はうろたえ、逃げ出した!
ニゲダシタ ゾ ツカマエロ
マモノノ テサキヲ イカシテ カエス ナ
勇者「…」
ポロッ
グシグシ
タッタッタッ
魔物があらわれた!
勇者は火球魔法を唱えた!
魔物は躍起になりながら勇者に牙を剥く!
しかし、勇者は冷静に魔物の動きを読み、切り伏せた!
勇者「…」チン
勇者は魔物の肉を剥ぎ、焼いて口にする!
ムシャムシャ
ゴクン
勇者「…」
ゴシゴシ
勇者「…」
スタスタ
ポツポツ
ザ------
勇者「…」
ザッザッザッ
水夫「中央大陸に行きたい…?」ジロリ
水夫(何だ、このガキ…。薄汚えし、臭えし…だが、孤児には見えねえな)
勇者「…」スッ
勇者は手持ちの金を水夫に見せた!
水夫「金はあるようだな。…よし、じゃあ、手荷物検査があるから持ち物出しな、全部だぞ」
勇者「…」スッ
勇者は持ち物を全て水夫に差し出した!
水夫「ああ、その腰の剣もだ。船内で喧嘩するバカどもも時々いるからな。危険物は船を降りるまで預からせてもらう」
勇者「…」コクリ
水夫「船賃は金貨13枚だ」
勇者「!?」
水夫「このご時世だぜ。嫌なら他を当たりな」
勇者「…」チャリン
水夫「じゃ、向こうでこの乗船券に判子を押して持ってこい」
コクリ
スタスタ
水夫「へっ…」ニヤ
水夫「野郎ども、すぐに出せ!」
水夫は勇者から巻き上げた金と剣と荷物を抱えて船に乗り込んだ!
ボォ----
勇者「!」
勇者は出航に気付いて走り出す!
しかし、船はすでに岸を離れている!
水夫「ハッハッハッ、だーれが大陸間航海なんかするかってんだ!」
水夫「勉強代として全部、もらってってやるよ!」
勇者「…」グッ
オカマ「ねえ、ぼく~? どうしたの、そんなに困った顔して」
勇者「…全部…なくして…」
オカマ「あら、大変ね~。困ってるなら、お姉さんが相談に乗るわよ~?」
勇者「中央大陸に…行きたい…」
オカマ「中央大陸? お船が1番だったんだけど、今は大陸間航海するような船はないのよ?」
勇者「…」ウツムキ
オカマ「でも、北の方で西大陸と中央大陸が繋がってるって聞いたことはあるわよ」
勇者「…」パッ
オカマ「けど、とっても寒いのよ? それに流氷で出来た道みたいで、遠くにうっすら岸が見えているのに道がなくて立ち往生したとかって話もあるわ」
オカマ「1人が泳いで渡ろうとしたみたいなんだけど、北の海なんてとっても冷たいし、魔物もいるからすぐに死んじゃったって」
勇者「…」ペコリ
オカマ「え、ちょっと、行くつもり?」
勇者「…」コクリ
オカマ「やめときなさい、死んじゃうわよ?」
勇者「…」ニコッ
オカマ「…あら、かわいい笑顔…」
スタスタ
オカマ「大丈夫かしら…?」
ヒュウゥゥゥ…
勇者「…」
ザクッ
ザクッ
魔物があらわれた!
勇者「!」
魔物は飛び出てくるなり勇者に先制攻撃をする!
勇者は魔物の攻撃を受けて吹き飛ばされた!
勇者「…」ムクッ
グルル…
勇者「…中閃熱魔法」
勇者は閃熱魔法を唱えた!
氷上を光線が勢いよく駆け、魔物に直撃する!
魔物をたおした!
勇者「…」
ザクッ
ザクッ
戦士『おお、小童。今日も来たか』
賢者『何です、また来たのですか?』
亭主『瘴気が何だ、魔王が何だ!?』
国王『魔王征伐を果たした暁には、望むものを何でも与える』
亭主『元気でやんだぞ!』
女将『ちゃんと帰ってくるんだよ!』
賢者『どうにか、キミだけでも逃げて下さい』
勇者「…」ズキッ
勇者「…ぅ…ぁ…ぁ…」
痩せ男『てめえ! 魔物の肉なんか食って、魔物になったらどうしてくれるんだ!?』
水夫『ハッハッハッ、だーれが大陸間航海なんかするかってんだ!』
勇者「――――」
何かが勇者の中で切れた!
同時に抑制の利かない魔力が爆裂魔法となって解き放たれる!
勇者「…」フゥフゥ
フラッ
バタッ
?「こんなところで魔法を撃つなんざ、どこのどいつだ…?」
?「あれは…」
?「何でこんなとこに人が――いや、それより、子どもじゃないか…」
?「ひどい衰弱だな…おい、大丈夫か?」
?「待ってろよ、すぐにあったかいところに連れてってやるからな」
パチ
勇者「…」キョロキョロ
グオ- グオ-
勇者「…」キョトン
勇者「…」ムクッ
スタスタ
勇者「…」
?「お、起きたのか…ちょっと居眠りしちまったかぁ…」
勇者「!」ビク
?「そう警戒するなって、氷原で倒れてたお前さんを運んできたんだぞ」
勇者「…」ハッ
勇者「…」
ペコリ
?「まあ、いいってことさ。俺は…そうだな、隠居、とでも呼べばいいさ」
隠居「お前さんは?」
勇者「…勇者」
隠居「勇者? あの…?」
勇者「…」コクリ
隠居「そうか、3人目がお前か…。いや、会えるとは思ってなかったな」
隠居「それにしても無口なヤツだなぁ。寒さで口が凍りついたか?」ケラケラ
勇者「…最近、やっと…喋れる…ように…なったから」
隠居「最近?」
勇者「ずっと…喋れなかっ、た…」
隠居「ほおう、そりゃそりゃ不思議だな。俺はな、まあ、隠居とは名乗ったが一応は作家ってやつをしているつもりだ」
勇者「…」パッ
隠居「お、本が好きか?」
コクコク
隠居「そうか、そいつはいい。今な、俺は勇者と魔王の戦いの記録を集めるだけ集めて、それを一冊の本にしようとしてるんだ」
勇者「…」
隠居「お前さんの旅に何か有益な情報があるかも知れないし、ちょっと俺の本、読んでみないか?」
勇者「…」コクリ
隠居「まだ書きかけでな、初代勇者の義兄だったって言う大剣士を主軸に据えた初代勇者編と、女の勇者と仲間の盗賊の旅の記録を集めた、二代目編の魔王城へ向かうまでを書いてあるんだ」
隠居「本当はこれで終わりかと思ってたが、三代目が現れたんじゃあ書かざるをえない」
隠居「良かったら、ここに来るまでのこと、教えてくれねえか?」
隠居「読み終わってからでもいいからよ。それにお前さん、熱もあるようだし、ゆっくりしていくといい」
勇者「…」コクリ
ペラ…
ペラ…
パタン
隠居「どうだった?」
勇者「…」ニコッ
隠居「気に入ってくれたか。そいつは嬉しいね。作家冥利に尽きるってやつだ」
隠居「色々と取材をしてみて、気付いたことも書いておいたが驚いたか?」
勇者「?」
隠居「何だ、分からなかったか。大剣士と初代勇者が本当の兄弟だった、とか」
勇者「!」
隠居「あ、さては創作だと思ったな? これはきちんと取材をして、記録を集めて、事実に基づいた推論を入れてあるだけだ」
勇者「…」
隠居「納得しないか。まあいい。それに、二代目勇者と盗賊の恋愛譚なんてどうだった?」
勇者「!」
隠居「それも創作かと思ったってか!?」
コクリ
隠居「ま、そうも思われるか…。仕方ねえ」
隠居「それで、お前さんの話なんだが――」
勇者「…」シュン
隠居「話しにくいことがあるのか?」
コクリ
隠居「そうか…。まあ、ムリにとは言わねえが、吐き出すだけ吐き出せばすっきりすることもあるんだぜ?」
勇者「…」
隠居「まあいいさ。とりあえず、感想を教えてくれ」
勇者「…」ニコッ
隠居「たまには、こうして人と話すのもいいもんだ」
勇者「…ここに…1人で…いるの…?」
隠居「ああ、あんまり人がたくさんいると面倒なことがたくさんあるからな」
隠居「瘴気がどうこうと騒いじゃいるが、追い詰められた人間ってのが1番あさましくていけねえ」
隠居「煩わしくて、何度も居を移しちまったぜ…」
隠居「人は助け合うために社会を形成したのに、いつの間にか、足を引っ張り合うようになっちまう」
隠居「本当…人間ってヤツは救われねえな」
勇者「…でも…僕は…好き…」
隠居「ほう? 何でだ?」
勇者「…こうして…助けて…くれること、あるから…」
隠居「そりゃ、一握りだけだぜ?」
勇者「…それでも…いる…」
隠居「ふむ。少し、お前に厳しい問いかけをしていいか?」
勇者「?」コクリ
隠居「人間は10の善行をし、30の悪行をするとしよう」
隠居「そして魔族は魔族3の善行をし、50の悪行をする」
隠居「一握りだが、魔族も人を助けるとしたら」
隠居「お前さんは一体、どうする?」
勇者「…」
隠居「…」
勇者「…分からない…」
隠居「分からない、か。…それもいい。いや、それでこそ、いい」
勇者「?」
隠居「実は俺は隠居したと言ったが…隠居する前は何をしていたと思う?」
勇者「?」
隠居「魔王」
勇者「!?」
隠居「魔王も実は世代交替をするんだ。ああ、安心しろ。俺は別に人間を襲おうとは考えん」
勇者「…」
隠居「今の魔王は、俺の倅でもあるんだが…いつからか、とんでもない野心を持ってな」
隠居「全てを手中に治める神になるなんて言い出した」
隠居「そして、俺の玉座を力によって奪い去った」
隠居「その時に心臓を2つほど食われちまってな…お陰で、隠居生活だ」
勇者「…」
隠居「あいつが俺から玉座を取ったのは、人間の暦で、もう半世紀近く前になるか」
隠居「それからだ、勇者なんていうのが現れたのは」
隠居「人間と魔族の生存戦争における、人間側唯一の切り札」
隠居「だが、2戦2敗で人間は負け越しだ」
隠居「正直、俺は人間の文化を愛している。人間の生き方は魔族にはない思考に基づいていて、多種多様だ」
隠居「だから人間の味方をしてやりたいが、余計なことをして倅にぶっ殺されたら、人間をこれ以上、見ていられないしな」
隠居「勇者、お前さんは俺を変だと思うか?」
勇者「…」コクリ
隠居「じゃ、お前さんは自分を変だと思うか? 魔族は全部悪くないとは言い切れない、お前さん自身を」
勇者「…」コクリ
隠居「そうか。…だが、変なんかじゃない。初代勇者なんて、それぞれに主義主張がある、なんて言ったそうだぞ」
隠居「余計なことまで考えさせて悪いかも知れないが、魔王を倒すことを正義としても、全ての魔族が悪であるとは思わないでくれ」
勇者「…」
隠居「種族は違えど、同じ生物だ。こうして言葉も交わせる」
隠居「例えいがみ合ったとしても、どちらかが絶滅するまで殺し合う必要はないはずだ」
勇者「…」コクリ
隠居「とにもかくにも、今は魔王を倒すことが第一だろう。あいつは後戻りすることなど知らないしな」
隠居「お前が俺に同調してくれたし、とっておきのことを教えてやろう」
勇者「?」
隠居「アイツの命の秘密について」
勇者「!」
隠居「あいつは心臓を食って、自分の心臓を増やすことができる」
隠居「そして、食らった心臓の持ち主の力を自分のものにする」
隠居「人間では、初代勇者と、二代目勇者の師匠が心臓を食われた」
隠居「さらに、俺の心臓を2つ」
隠居「ついでに魔王は竜族の王を殺して、その心臓も食っている」
隠居「ヤツの自前の心臓を加えて、6回もヤツを殺さないと倒せない」
勇者「…」ゴクリ
隠居「ああ…いや、確か初代勇者が1度、あいつを殺したか。てことは5つの命だ」
隠居「もちろん、1回殺すだけでも命懸けだろうがな」
隠居「だが、そんな正攻法じゃ、いつまで経っても殺せん。どころか、1度殺して、2つの心臓を食われるようなサイクルにでもなっちまったら手に負えん」
隠居「そこで魔王の心臓を破壊にかかれ」
勇者「…心臓…」
隠居「そうだ、心臓とは言え、魔王の体に5つもそれがあるわけではない」
隠居「別のものに心臓を作り替えて保管しているんだ」
隠居「だから、それを破壊し、ヤツの肉体で心臓として動いている1つだけにして挑む」
隠居「ま、1つでも壊せば魔王はすぐに魂胆を察するだろうが…4つ壊せば対等な命のやり取りに持ち込める」
隠居「その先はお前さんの腕次第、ってわけだな」
勇者「…その、心臓の場所は…?」
隠居「それはちと今は分からんが、俺が調べてやろう」
勇者「…」
隠居「その代わり、1つ条件を出す」ビシッ
勇者「?」
隠居「必ず、魔王を倒せ」
隠居「俺としても、大好きな人間が虐げられるこの時代は気分が良くない」
隠居「だから約束をしろ」
勇者「…」コク
隠居「よーし、もののついでにプレゼントだ」
隠居「見たとこ、武器も防具もなしで、ついでに防寒対策も薄汚い布っ切れと、どこぞの魔物の毛皮だけじゃみすぼらしくて仕方ねえ」ゴソゴソ
隠居は小屋の中をあさり始めた!
隠居は鞘に収まった長剣を取り出した!
隠居は威圧感さえ与えられる毛皮のコートを取り出した!
隠居「紅の剣と、覇獣のコートだ」
勇者「!」
隠居「こいつの凄さが分かるか? ふふん、俺様愛用の逸品だからな。こいつをやるから、もう身ぐるみ剥がされるなよ?」
勇者「身ぐるみ…何で…知って…?」
隠居「それしか考えられないだろう、こんな場所に丸腰同然で来てんだからな」ハッハッハッ
隠居「心臓の場所が分かり次第、随時、お前に報せてやる」
隠居「きちっと体調を戻して、行ってこい」
勇者「…」コクリ
ザクッ
ザクッ
グォオオオッ
魔物があらわれた!
勇者は紅の剣を閃かせる!
深紅の剣閃が魔物を引き裂いた!
魔物「」
チン
ザクッ
ザクッ
勇者「…」
ピタ
ザザ-ン
ザザ-ン
大地が途絶え、荒れる海が眼前に広がる!
オカマ『1人が泳いで渡ろうとしたみたいなんだけど、北の海なんてとっても冷たいし、魔物もいるからすぐに死んじゃったって』
勇者「…」
ヌギヌギ
勇者は服を脱ぎ、荷物とともにまとめた!ブルブル
全ての荷物を頭の上にくくりつける!
勇者「…」フ-
ザバンッ
グォオオオッ
身を切るような冷たさの海中から魔物が迫ってくる!
勇者「中竜巻魔法」
勇者は竜巻魔法を唱えた!
竜巻魔法は海中で渦潮を作り出し、魔物を飲み込んでいく!
オォォォォン…
ザブン
ザブン
勇者「…」
バシャッ
勇者は対岸に辿り着いた!
フ-フ-
ブルッ
クシュンッ
勇者「…」
ズビ-
勇者「…寒かったけど…渡れた…」
勇者は服を着た!
ポツン
ザクッ
ザクッ
バサバサッ
魔物があらわれた!
勇者「中火球魔法」
勇者は火球魔法を唱えた!
無数の炎の塊が魔物に襲いかかる!
魔物「」
勇者「…」
パチパチ
モグモグ
勇者「…」
ザクッ
クシュンッ
ザクッ
ズビ-
亭主『元気でやんだぞ!』
女将『ちゃんと帰ってくるんだよ!』
クシュンッ
勇者「…もう…倒れないぞ…」
ザクッ
ザクッ
ワイワイ
ガヤガヤ
勇者「…」
スタスタ
ナニ アノコ スゴク カオイロ ワルイ
アア イウノ トハ カカワラナイ ホウガ イイサ
オソロシイ フウボウノ ガキ ダナ
コンナ ジダイニ ヒトリタビ ダト シタラ ヨホドノ シニタガリ ダナ
勇者「…」
カランカラン
宿屋「いらっしゃいま…せ、お客様…」タジ
勇者「1晩…」
宿屋「1泊でございますね。1泊、銀貨1枚と銅貨8枚です」
勇者「…」チャリン
宿屋「で、では4階の階段上がってすぐ手前のお部屋にどうぞ」
ペコリ
スタスタ
宿屋「…な、何かおっかないお客さんだなぁ…」
ガチャ
勇者「…」
ボフッ
フカフカ
勇者はふかふかのベッドに感動している!
勇者「…」
ボフッ
フカフカ
勇者はふかふかのベッドに興奮さえしている!
勇者「…」ニコニコ
ボフッ
フカフカ
勇者はふかふかのベッドにやみつきだ!
勇者「♪」ウキウキ
ボフッ
コンコン
勇者「!」
バタバタ
宿屋「失礼します、お客様…」
勇者「…」キョドキョド
宿屋「今夜は食堂が込み合いますので、お食事はこちらにお持ちしてよろしいですか?」
勇者「…」コクコク
宿屋「で、では失礼いたしました…」
バタン
勇者「…」フ-
宿屋(な、何か怪しい音がしていた…! な、何だ、何だったんだ…!?)
勇者「…」
カチャカチャ
モグモグ
勇者「…」ピタ
亭主『何度言わせんだ、小童! 食器の音なんか立てんじゃねえ!』
女将『あんた、およし、こんなに美味しそうにあんたの料理食ってくれるのは貴重なんだよ?』
亭主『うるせえ! 裏町だからってなぁ、こちとら料理人のプライドってもんがあんだ!』
女将『まったく…自尊心ばっかり大きくて、肝っ玉は小さい男だね、あんた』
勇者「…」
カチャ
勇者「…」ムゥ
ヒョイ
パクッ
勇者「…」ハァ
小鳥が閉ざされている窓をつついている!コンコン
勇者「?」
ガタッ
勇者は窓を開け放った!
バサバサッ
小鳥?『よう、勇者。元気にやってるか? 俺だ』
勇者「…隠居…?」
隠居『そうだ。お前、あの氷の海を泳いだろう? 見てたが、まあ、随分と無茶なことをするな』
勇者「…///」テレテレ
隠居『誉めてないが、まあいいか。心臓の在処が1つ、分かった』
勇者「!」
隠居『お前さんがいるのは中央大陸の玄関港だな』
隠居『そこから北西の山に無数の洞窟がある』
隠居『その中のどれか、最奥部にあるはずだ。どの洞窟かは特定出来なかった』
隠居『魔王も一応の用心をしているかも知れないから気をつけろ』
勇者「…」コクリ
隠居『それじゃ、2箇所目が分かったらまた報せる』
ピィピィ
パサパサッ
小鳥は飛び去っていった!
勇者「…」
ポツン
宿屋「ま、またのご利用をお待ちしております…」
勇者「…」ペコリ
カランカラン
宿屋「…意外と普通の子、だったか…?」
宿屋「い、いや…客室に何かされた可能性も…!?」
ドドドッ
バタンッ
ピッカ----ン
キラキラキラキラキラ…
宿屋「何、だと…!?」
女将『おや、小童…お手伝いしてくれるのかい?』
コクリ
女将『ありがとうねえ、あんたは本当にいい子だね』
ナデナデ
ニコニコ
勇者「…」
テクテク
勇者「…」
ヒソヒソ
アノ ボウズノ コ-ト ネウチ モン ダゼ キット
ボス イツモノ ヤツ ヤリマス カイ
ヨシ ジャア イツモ ドオリニ ヤルゾ
勇者「…」
ドンッ
チンピラ「ってぇーな! あー、こりゃダメだわ、骨折れたわー」
チンピラがあらわれた!
勇者「…」
ボス「どうした、お前!」
チンピラ「ボス、このガキ、俺にいきなりぶつかってきやがったんだ」
ボス「何だと!? お前、ケガは!?」
チンピラ「うぉおおおっ、こ、こりゃいけねえ、骨が折れたみだいだ!」
ボス「おうおう、坊主、こいつぁなぁ、最近、ようやく改心して働いて子どももできたんだ」
チンピラ「うぉおおおっ、嫁っ、娘っ! こんな、こんなケガじゃあ働けねえ! お前ら、俺を切り捨ててどうかうまくやっていってくれぇー!」
ボス「こいつも思い詰めて、これじゃいつバカなことを考えるかわからねえ」
ボス「金目のもので償いな!」
勇者「…」スッ
ボス「んんっ!? な、何だよ…物分かりがいいな。だが、こりゃ何だ…?」
勇者「グレイトホーンホエールの角」
ボス「グレイトホーンホエールぅ!?」
チンピラ「そ、それって…あの海のギャングじゃないすか…!?」
勇者「…」スッ
ボス「ま、待て、小僧! た、確かにこれが本物なら、大したもんだが…証拠がねえ」
ボス「そのコート、もらってやるよ。それと、この角で手打ちだ」
勇者「…」
スタスタ
ボス「てめえ、待――」ガシッ
ボスは勇者の肩を掴んだ!
勇者「!」ピクッ
勇者はとっさに紅の剣に手を伸ばしたが、途中で動きを止めた!
ゾクッ
ポタポタッ
チンピラ「ぼ、ボス…?」
ボス「あ…ああ…いや…何でもねえ…行け…」ガタガタ
スタスタ
チンピラ「ボス、一体どうしたんでさぁ!?」
ボス「あ、あの小僧…何者だ…? こ、殺されるかと…思って…」
チンピラ「ぼ、ボス、汗がとんでもねえことになってやすが…」
ボス「も、もうあんな小僧と関わるな…あれはただのガキじゃねえぞ…」ブルブル
スタスタ
ブルルァアアアア
魔物があらわれた!
魔物の攻撃!
勇者は攻撃をかいくぐり、深紅の剣閃を閃かせた!
魔物は手負いになりながら勇者に噛みついてくる!
勇者は爆裂魔法を至近距離で魔物に解き放った!
魔物「」
勇者「…」チン
スタスタ
ヒュオォォォ
勇者「1…2…3…」
ガルルルッ
魔物があらわれた!
勇者は火球魔法を唱えた!
巨大な火球が魔物に直撃し、巨大な火柱をあげる!
魔物「」
勇者「…13…14…15…」
勇者「ここから見えるだけで…15箇所…」
ハァ
スタスタ
パチパチ…
勇者「…」
賢者『ダンジョン内での焚き火は危険な場合があります』
賢者『炎が燃焼すると、有毒なガスが生じるんです』
賢者『屋外では新鮮な空気がありますので、それが溜まりはしないのですが、ダンジョン内で、特に空気がよどんでいるような場所では控えた方がいいでしょう』
賢者『それと、洞窟などでは引火性のガスが発生している場合もありますから、その注意もしなければなりません』
賢者『前者については、風の流れさえ作ってあげれば問題ありませんがね』
賢者『そういう意味でも、魔法というのはただ相手を傷つけるためではなく、色々な用途があるのです』
勇者「…」
ヒュゥゥゥ
勇者「…」ウンウン
戦士『肉をとる時は、とりあえず頭を落とす』ザクッ
ブシュ-
戦士『血抜き、というやつだな。それから、毛皮や羽などを剥ぐ』
ザシュッ
ザシュッ
戦士『あとは解体して、干し肉にするなり、何なり、ラジバンダリだ』
ザシュッ
ザシュッ
勇者「ラジ…バン、ダリ…?」
ウ-ン
黒竜があらわれた!
勇者「!」
黒竜は口から暗黒の火炎を吐き出す!
勇者は岩場を駆け回りながら火炎を回避する!
勇者は岩陰から飛び出し、黒竜に飛び出して切りかかった!
紅の剣から竜殺しの稲妻が発せられ、切り裂くのと同時に稲妻が黒竜を焼く!
黒竜は飛び上がり、ホバリングしながら中空から勇者に向かって暗黒の火炎を吐き出した!
勇者「!?」
勇者はとっさに覇獣のコートで身体を覆い、暗黒の火炎を防ぐ!
しかし、黒竜は動きを止めた勇者に鋭い牙の並んだ口で噛みついてきた!
勇者はあえて黒竜の口内に身を投げて、内側から紅の剣を突き立てる!
紅の剣から紅蓮の炎が燃え上がり、黒竜は耐え切れずに竜車を吐き出した!
勇者「!」
黒竜が棘のついた尻尾で勇者を叩きつける!
勇者は横っ飛びになったが回避し切れずに吹き飛ばされた!
フ-フ-
黒竜は暗黒の火球を5発連続で吐き出した!
しかし、勇者は紅の剣を掲げた!
すると火球は勇者に直撃する寸前で進路を変え、勇者の掲げた紅の剣の先端に収束する!
勇者は紅の剣を振り下ろし、暗黒の大火球を黒竜にぶつけた!
黒竜が倒れた!
勇者「…」
パァァ
勇者「…」
テクテク
勇者「これが魔王の心臓…1つ目…」
ブンッ
パリ----ン
魔王「!」
魔王「…フフ、フハハ…そうか、いよいよ、気付いたか…」
魔王「まあ良い…。次から、そう簡単にいくとは思うなよ」ニヤァ
ハァハァ
勇者「…」
勇者は洞窟から呼吸を荒げながら出た!
しかし、体力の限界ですぐに仰向けに倒れる!
フ-フ-
勇者「…」
ポツン
タカが勇者の傍に降り立った!
隠居『勇者、待っていたぞ』
勇者「…」ムクリ
隠居『随分と疲労が顔に出ているな。洞窟を何個潜った?』
勇者「17…18…?」
隠居『道理で、時間がかかったわけだな…』
隠居『すでに季節が1つ変わってしまったぞ』
勇者「!」
勇者「…」ウナダレ
隠居『だが、その間に3つ目まで分かった』
勇者「!」
隠居『1つは中央大陸にある。片方は枯れた世界樹の頂上。もう片方は南海の孤島にある海面洞窟の中だ』
勇者「…」コクリ
隠居『引き続き、こちらも捜索を続ける。次から、魔王は本腰を入れて心臓を守りにくるはずだ』
隠居『これまで以上に気をつけるんだぞ』
勇者「…」コクリ
里長「…おお、勇者様でございますか…」
里長「私は里長と申します…。世界樹を守る、この里の長をしておりました…」
勇者「…里…?」
里長「つい6年ほど前までは、ここにも人がおりました…」
里長「しかし…世界樹が枯れ…今はもう…私くらいしかここへは残っておりません…」
勇者「…」
里長「折角、勇者様がいらしたのに…おもてなしもできないことをお詫びさせてください…」
勇者「!」ブンブン
里長「おやさしいですな…。勇者様というのは…」
里長「2代目の勇者様も…それはそれは…おやさしい方でした…」
里長「何となく、あなたにも…面影が見て取れますな…」
勇者「世界樹の頂上に…いきたい…」
里長「頂上…でございますか…?」
里長「それならば世界樹をそれこそ、よじ登るしかありませんが…世界樹を登れるのはよほどの者しかございません…」
里長「守人という男がいたのですが、世界樹が枯れてからは姿も見えなくなり…この地上で、頂上まで登れるのはあの者だけだったのですが…」
勇者「…」
里長「それでも…ご自分で登られるのでしたら…これをお持ちください…」
勇者「?」
里長「この里に最後に残された…世界樹の雫と言います…」
里長「いえ…もう、地上で最後のものでしょう…」
里長「瘴気の影響で新芽がとれなくなり…もう、何十年も前に雫を精製できなくなってしまったのです…」
里長「しかし、この最後の世界樹の雫も、勇者様の一助となれるならば…きっと…世界樹も喜ぶでしょう」
勇者「…」
ヨジヨジ…
ハァハァ
勇者は世界樹をよじ登っている!
ヨジヨジ…
勇者はふと下を見た!
勇者「!?」
勇者はあまりの高さにビビり、そっと上を見るようにした!
勇者「…」
勇者はあまりの高さに体がすくんでしまい、動けなくなった!
勇者「…」
勇者は高所恐怖症を自覚した!
賢者『キミは男の子でしょう。その瞳は涙を溜めるためではなく、ただ前を見据えるためにあるのですよ』
勇者は勇気を振り絞ってまた登り始めた!
勇者「!」
勇者「…」キョロキョロ
勇者は世界樹の幹にあるドアを発見した!
勇者「…」
ガチャ
勇者は恐る恐るドアを開けた!
勇者「?」
キョロキョロ
ハッ
勇者はベッドを見つけた!
勇者「…」
ボフッ
勇者はベッドに腰掛けてみた!
しかし埃が舞い上がってしまう!
ケホッ ケホッ
勇者は布団を日の当たるところへ移動した!
スヤスヤ
?『……を………』
?『…じゅ…を…とこ……へ…』
勇者「?」ムニャムニャ
?『世界樹の雫を俺のところへ…』
勇者「!?」
勇者はどこからか響く声に怖くなった!
勇者「…」キョロキョロ
?『世界樹の雫を俺のところへ…そうすれば世界樹は…息を吹き返す――』
勇者「!」
シ-----ン
しかし、それきり声は消えてしまった!
勇者「?」
勇者「俺のところって…どこ…?」
勇者は干したての布団で丸まり、再び眠った!
ヨジヨジ
クシュンッ
勇者「…寒い…。高い…から…?」
ヒュオォォォ…
勇者「…」
ヨジヨジ
・
・
・
勇者「!」
勇者は再び、世界樹の幹にドアを見つけた!
勇者「…」
勇者は逡巡し、ドアを無視して上を目指した!
勇者「…」チラッ
勇者は恐る恐る、下を見た!
眼下には雲が広がるばかりだ!
勇者「…ちょっとは…マシ…?」
ヨジヨジ
勇者「頂、上…」
グッ
スタ
勇者は枯れた世界樹の頂上にたどり着いた!
?「魔王様の命を狙っているのは貴様だな?」
勇者「!?」
?「我が名は騎竜兵――参るぞ!」
騎竜兵があらわれた!
勇者「!」チャキッ
騎竜兵は飛竜に跨がったまま素早い動きで勇者へ迫る!
勇者は紅の剣に竜殺しの稲妻をまとって身構える!
騎竜兵は飛竜から飛び上がった!
騎竜兵と飛竜が同時に勇者へ襲いかかる!
勇者「!?」
勇者は飛竜の鋭い爪を防いだ!
しかし、騎竜兵の繰り出した長剣の一撃が勇者の左肩を切り裂いた!
勇者「!」ブンッ
勇者は飛竜の首を掴んで騎竜兵に投げつけた!
勇者「っ…」ドクドク
勇者は血の止まらない左肩を抑え、じりじりと騎竜兵との間合いをはかる!
騎竜兵「行け、飛竜!」
騎竜兵の号令で飛竜が高く飛び上がる!
騎竜兵は竜巻魔法を唱えた!
勇者は烈風に煽られて全身を刻まれていく!
勇者「!」
飛竜は降下しながら勇者に襲いかかった!
勇者は閃熱魔法を唱えた!
飛竜は閃熱魔法を錐揉み回転しながら回避する!
しかし、勇者は閃熱魔法を放つ腕を振り、飛竜に直撃させる!
騎竜兵が長剣を振り下ろしてきた!
勇者は跳びずさって距離を持ち、紅の剣を片手で突き出す!
しかし、剣同士がかち合って互いの攻撃が通じない!
飛竜は騎竜兵と切り結ぶ勇者に火球を吐き出した!
勇者は騎竜兵の長剣を弾いてから火球を切り裂き、その炎を紅の剣にまとう!
勇者は紅の剣を思い切り振り下ろした!
紅の剣から放射状に凄まじい火炎が繰り出され、騎竜兵と飛竜を飲み込む!
勇者「っ…」
勇者は紅の剣を下段に構えながら様子をうかがう!
バッ
騎竜兵が炎の中から飛び出してきた!
勇者は騎竜兵を迎え撃つべく紅の剣を振り上げる!
しかし、背後から迫った飛竜が勇者に襲いかかった!
騎竜兵は勇者ごと飛竜を長剣で貫く!
勇者「っ――」
勇者は腹部を貫かれて膝をついた!
飛竜は力つきた!
騎竜兵「死ね、勇者…!」
竜騎兵は長剣を振り下ろす!
しかし、勇者は覇獣のコートを翻した!
覇獣のコートは長剣を弾く!
勇者は思いがけず体勢を崩した騎竜兵の首を紅の剣で切り飛ばす!
ドサッ…
勇者「っ…」
勇者は自らに祈りを捧げた!
勇者の傷口がみるみる塞がっていく!
勇者「…心臓…2つ目――」
ブンッ
パリ-------ン
勇者「…」
勇者は世界樹の頂上から地上を見渡した!
どこまでも雲海が広がり、何も見えない!
勇者「…」
?『世界樹の雫を俺のところへ…』
勇者は世界樹の頂上に遺体を見つけた!
勇者「!」
勇者は恐る恐る世界樹の雫を遺体にかけた!
ジュワァ…
遺体が溶けて世界樹に吸い込まれていった!
勇者「!?」
?『下で待っている。礼を言う、勇者よ――』
勇者「?」
勇者はそっと、世界樹の頂上から下を見た!
勇者は登ることより降りることの方が怖いことを知った!
勇者「…」ピョンッ
ジ------ン
勇者は大地に降り立ち、感動した!
里長「おお…勇者様っ…!」
勇者「!」
里長「勇者様、ありがとうございます、ありがとうございます…!」
里長は勇者のぼろぼろの両手を握りしめる!
勇者「?」オドオド
?「勇者、待っていた」
勇者「?」
?「俺は守人――。世界樹の守護者だ」
守人「瘴気の影響で世界樹が弱り果てていたところを、あの魔物に襲われて俺は1度死んだ」
守人「だが、その魔物を退治し、世界樹の雫を俺にかけてくれたから再び復活できた」
勇者「?」
勇者はよく分かっていない!
里長「守人は…いえ、守人様は世界樹の化身なのです」
里長「彼が復活したことで、世界樹もまた復活の兆しを見せます」
守人「里長、今まで通りでいいんだ」
勇者「…」
守人「キミのお陰で、俺はまた復活を果たせた」
守人「俺ならば枯れた世界樹をまた蘇らせることができる」
勇者「!」
守人「瘴気があまりのも濃くてすぐに蘇るというわけではないがな」
勇者「…」
守人「それでも、再び俺は世界樹を守護する」
守人「キミが魔王を倒した暁には瘴気も薄くなり、再び世界樹が新芽を出すだろう」
里長「世界樹が復活をすれば里にも人がやってきます…」
守人「里長、1人でずっとこの地を守ってくれてありがとう」
勇者「…」
守人「キミならばきっと、魔王を倒せるはずだ」
守人「木の実や野菜だらけだが、俺の力でもてなしをさせてくれ」
守人は印を結んだ!
たちまち、周囲に草木が生え揃っていく!
勇者「!」
里長「おお…」
守人「ささやかな勝利祈願だ。今夜はゆっくり休むといい」
勇者「…」ニコッ
守人「…何となく、キミから彼らに似たものを感じられるな…」
勇者「?」
守人「いや、何でもない。里長も、俺からのねぎらいだ。たくさん食べるといい」
里長「いただきましょう。さ、勇者様も。今、テーブルを持ってきましょう」
守人「ああ、忘れていた。その必要はない、里長」
守人は再び印を結んだ!
3人の足元から根が生えてテーブルとなる!
勇者「!」キラキラ
勇者は不思議な守人の術に感動した!
――――――――――――
小休止です
煙草がきれたけど頑張って更新再開です
――――――――――――
―王歴199年―
勇者「…」ギリッ
勇者は距離を取りながら海王の様子を見る!
海王「その小さな体で、ここまでやるとは。魔王様が私を差し向けたのも頷ける」
海王「だが、負けはせん!」
海王が矛を掲げると、神殿内の海水が勇者に襲いかかる!
ザッパ----ン
海王「濁流に飲まれて窒息してしまえ! 下等な人間風情が!」
勇者「!」グイッ
勇者が右手で空を掴むと、海水が竜巻状になって逆に海王へ襲いかかる!
海王「何!? 波が…私のコントロールを…!」
海流は僅かに拮抗したが、海王に直撃した!
海王「何のこれしき、私はこの大海の王! 波に飲まれたとて――」
勇者「大雷撃魔法――」
勇者は雷撃魔法を唱えた!
開けている神殿の空、高くから聖なる雷が落ちる!
海王「ぐぉおおおおっ!」
勇者「!」
勇者は悶える海王にトドメの一撃を振り下ろす!
海王「ぐ…ぬ…魔王様…栄光、あれ…」
バタッ
勇者「…」
フ-フ-
勇者「3つ目――」
ブンッ
パリ-----ン
ポゥ…
オマエハ サンダイメ ナノカ
アリガトウ ワズカ ダガ オレノ チカラヲ ワケ アタエル
勇者「!?」
キョロキョロ
勇者「?」
スタスタ
海賊「おおーい、ちっこいの、無事だったか!?」
勇者「…」コクリ
海賊「そりゃあ良かった。お前のお陰で海に出られるようになった!」
海賊「さすがは勇者だな! これで、大陸間航海もまた始まるぜ」
海賊「そうしたら、俺達、海賊の天下だ!」
海賊「お前には礼を言っても、言い足りないな」
勇者「…」ニコッ
海賊「よーし、じゃあ港まで英雄の凱旋航海と行くぞ、野郎ども!」
ウォオオオオオオ---------
パサパサッ
隠居『とうとう、3つ目を破壊したな』
勇者「…また…違う鳥…」
隠居『世界中の鳥を使役出来るからな。今回は海猫だ。鳥だけど海猫なんて名前がついてる』
クスッ
勇者「不思議…」
隠居『まあ、人間のネーミングなんてそんなもんさ』
隠居『最後の1つだが、これは少し厄介だ』
勇者「厄介…?」キョトン
隠居『何だ、その、どこもかしこも大変だったとでも言いたげな目は』
勇者「!」ブンブン
隠居『まあいい。…飛び抜けて、厄介な場所だ。そう訂正する』
隠居『場所は…終末時計塔。そこには境涯の扉、というものがある』
隠居『こいつは…異空間へ通じる扉だ』
勇者「…」
隠居『魔界でも、地上でもない場所。その奥に4つ目の心臓を隠してあるらしい』
勇者「…分かった」
隠居『とにかく、次の大陸へ行け。それからだ』
コクリ
隠居『それと、お前…少しずつ喋るようになってきたな』
勇者「!」
隠居『良いことだ。もっと、お前は人間と関わるべきだ』
隠居『老婆心だがな、勇者。言葉を話せるのなら、話すにこしたことはない』
隠居『もっとも、俺だって喋り相手はもっぱらお前のみだがな』
勇者「…」クスッ
隠居『たくさんお喋りしろよ、勇者』
バサバサッ
ワイワイ
ガヤガヤ
ドンチャン
ドンチャン
勇者「…」
ゴクゴク
プハッ
勇者「♪」
勇者は甘いジュースにご満悦だ!
ニコニコ
海賊「お、ちっこいの! こんなとこにいたのか!」
勇者「…」ニッコリ
海賊「この宴の主役はお前だぜ、隅っこにいねえでこっち来い!」
勇者「…」ブンブン
海賊「何で嫌がるんだよ、ほらほら」グイグイ
隠居『たくさんお喋りしろよ、勇者』
勇者「…」
ズルズル
海賊「海王を倒した、勇者様のお通りだぁー!」
ワイワイ
勇者「…///」
海賊「よぉーし! それじゃあ、ここらで一丁、未来の救世主、今は海の救世主である勇者に100の質問でもぶつけてみよう!」
勇者「!?」
ワ-ワ-
海賊「さて、まずは手始めに、名前を言ってくれ!」
勇者「…勇者」
海賊「まあ、ここにいる奴らは誰でも知ってるな。次、年!」
勇者「…12…?」
海賊「その年ですげえな! 性別は?」
勇者「お、男…」
海賊「怖がるなって。別に男だからとか、女だからどうなんてないから」
海賊「100個もあるんだから虱潰しだ。出身地は?」
勇者「…城下の…スラム…」
海賊「おおっ、シティボーイってやつだな! じゃあ、親の仕事は?」
勇者「…」
海賊「どうした?」
勇者「…料理人」ボソ
海賊「おお、舌が肥えてるんだろうなあ、きっと。じゃ、好きな食べ物は?」
勇者「…父さんの…カツレツ…」
海賊「お~お~、ファザコンかぁ~? じゃ、嫌いな食べ物」
勇者「…からいの」
海賊「舌はやっぱりおこちゃまなのか? 好きな人は?」ニヤニヤ
勇者「父さんか…母さんか…悩む…」
海賊「チッチッチッ、女の子で、だよ」ニタァ
勇者「!?」オロオロ
海賊「お、その反応、まさかいるのか? いるなら言っちゃえよ、ええ?」
勇者「…選べない…」
海賊「おお、候補がいるのか! じゃ、それは何人いる?」
勇者「…2人」
海賊「じゃ、名前を言ってみるか!?」
勇者「…戦士と…賢者…///」
海賊「ひゅーひゅー! どこの誰だか知らねえが、いいぞ、いいぞ! もっと教えてくれよ!」
海賊「それぞれ、どこが好きだ?」
勇者「…戦士は…凛々しくて…格好良かった…」
勇者「…賢者は…可憐だけど…格好良かった…」
海賊「うっひょぉー! で、で? どっちの方がおっぱい好みだった?」
勇者「そ、そんな…///」
海賊「あっはっはっ、ウブだなぁ~。皆、見たかよ、今の顔?」ニタニタ
ヒッコメ カイゾク-
オレタチノ ユウシャヲ ケガス ンジャ ネエ
ブ-
ブ-ブ-
海賊「わぁーった、分かったってば、ジョークだろーが」チッ
海賊「そいじゃ、まだまだ行くぜぃ!――」
・
・
・
勇者「…」ハァ
グッタリ
100コ モ ヨク ユウシャハ コタエタ ヨナ
ヤハリ ユウシャ タル モノ ウツワガ オオキク ナケレバ ッテカ
ソリャ ショダイ ユウシャノ コトバ ダロ-ガ
イヤイヤ アレハ ダイケンシノ コトバ ダッタロウ タシカ
ドッチ デモ イイサ ワレラノ ユウシャニ モウ イッカイ カンパイ ダ
勇者「…」
ゴクゴク
賢者『ところで、小童、キミはどうして私や戦士のところへ魔法と剣を習いに来ていたんだ?』
戦士『それは私も気になっていたな。こういうことになって役立っているが、そうでなければ無用の長物だっただろう』
勇者『…』
戦士『…どうした、秘密か?』
勇者『…』コクリ
勇者「…お話、したかったな…」ボソ
ポツン
海賊「じゃあな、ちっこいの! 魔王城まで行けるよう、この船を大陸の反対まで回しておくぜ!」
海賊「その時、また会おうな!」
勇者「…」ペコリ
ジャアナ- ユウシャ-
オタガイ ブジデ イヨ-ゼ-
勇者「…」
スタスタ
バサバサッ
隠居『今回はかもめだ』
勇者「…」コクリ
隠居『終末時計塔は最果ての村というところの近くにある』
隠居『しかし、この最果ての村は数年前に滅んでしまっていて、地図からも消えてしまっているようだ』
隠居『西大陸の最南端にあるとは聞いたことがある』
隠居『とにかく、そこを目指せ』
勇者「…」コクリ
隠居『一人旅にも馴れたか?』
コクコク
隠居『それもそうか。もう1年はそうして旅しているんだからな』
隠居『誰かと旅をするのも良いが、一人旅も悪いことばかりじゃない』
隠居『一人旅なりの楽しみをちゃんと見つけて、せいぜい楽しくやることだ』
バサバサッ
ヒュォオオオオオ…
勇者「…」
スタスタ
魔王「側近、調べはついたか?」
側近「は、魔王様。どうやらご隠居様が嗅ぎ回っていたようです」
魔王「何? …ふん、おいぼれめ。やはり情などは我々に必要なかったということか…」
側近「いかがなされますか?」
魔王「どうせ、もう最後の場所には辿り着くだろう。それで俺の心臓がこの肉体に埋まる1つのみとなる…」
魔王「と、なれば…まずは裏切り者を殺し、また心臓を増やしておくとしよう」
魔王「俺の命が1つであると思い込みながら挑み、俺がまた復活するのを見せつければ絶望もしよう」
魔王「いや…絶望は、もっと悲劇的な方がいいか――」ニヤァ
勇者「…終末時計塔…」
勇者「…最後の…心臓――」
ギィィィ
勇者は終末時計塔の中へ入った!
ザザザッ
首なし騎士と、その配下の魔物の群れがあらわれた!
勇者「!」チャキ
魔物の群れが襲いかかってくる!
勇者は爆裂魔法を唱えた!
しかし、首なし騎士が軽く手を振るうと魔法が暴発して勇者の眼前で大爆発を引き起こす!
勇者「!?」
勇者は爆風に煽られて吹き飛ばされた!
魔物の群れが襲いかかる!
勇者「!」
魔物の携える武器が勇者の右肩を貫いた!
魔物の携える武器が勇者の腹部にめり込んだ!
魔物の吐き出した火球が勇者に直撃し、大炎上する!
勇者「っ!」
勇者は紅の剣を掲げた!
燃え盛る火炎を刀身に纏い、振り下ろすと火炎が放射状に解き放たれて魔物の群れを焼き尽くす!
勇者「…」チャキ
勇者は首なし騎士に紅の剣を構えた!
しかし、首なし騎士は幻のように揺らぎ、消え去った!
勇者「?」
勇者は自らに祈りを捧げた!
勇者の傷口が塞がっていく!
スタスタ
ポゥ
勇者「境涯の扉…」
勇者は境涯の扉に近づいた!
すると境涯の扉がひとりでに開き、そこから眩い光が発せられる!
勇者「!?」
勇者は光に包まれた!
勇者「…」キョロキョロ
勇者「…山小屋…?」
少女『こうそうやき、美味しいーっ!』バタバタ
勇者「?」キョトン
男『そりゃ良かったな』スパ-
勇者「…気付いてない…?」
少女『今日からずっと、師匠とここで美味しいもの食べる! 修行ないもんね!』
男『修行がないから俺はもう、お前の傍にいてやれないな』
勇者「修行…これは…前の勇者の、小さい頃…?」
少女『え?』
男『魔王にはな、俺の大切な人が2人もやられたんだ。だから倒す』
男『そのためにお前に修行をつけてた』
男『だが、その修行がないんじゃあ…仕方ないよな』
勇者「…」
少女『そんな…やだ!』
男『じゃあ、修行するか?』
少女『それも…やだ…』シュン
少女『何で修行しなくちゃいけないの…?』
勇者「…」
男『お前、ご飯を食べるの好きだろ?』
少女『うん。師匠のご飯、美味しいから大好き』
男『他の人だって、皆そうだ。でもな、魔王を放っておくと…その内、一緒にご飯を食べる相手がいなくなっちまう』
男『それじゃあ悲しいだろ。だから、倒すんだ』
勇者「…」
少女『…分かった』ボソ
少女『…私も師匠と美味しいもの、たくさん食べたい!』
少女『だから、魔王をたおす!』
男『…よし。じゃ、サボった分、今からやってこい』ギロ
勇者「…」ビクッ
少女『え…』
男『いや、サボった罰だ。2倍やれ。終わるまで傍で見守っててやるよ』ニタァ
勇者「この人…王様に少しだけ…似てる…?」
少女『結局…見ててくれないし…』
勇者「場面が…変わった…?」
少女『あれ? キミ、だれ?』
勇者「!?」
少女『こんなとこにどうしたの!?』
勇者「!?」アタフタ
少女『私、勇者! キミは?』
勇者「…小童」
少女『小童? ふうん…キミ、何だか私と似てない?』
勇者「?」
少女『そうでもないかな? でも、うーん…ちょっと好みのタイプかも』
勇者「…」アセアセ
少女『あのね、私、2人目の勇者なんだよ? すごいでしょう』エッヘン
勇者「…」コクリ
少女『魔王を倒したらね、格好いい人と結婚してね、幸せになるの。美味しいものたくさん食べて、可愛い子ども産むんだ』
勇者「…」
少女『でも…コウノトリってどうやったら赤ちゃん運んできてくれるんだろう…?』ウ-ン
少女『知ってる?』
勇者「…」
勇者はなけなしの知識を振り絞り、黙ることを選択した!
少女『知らないかぁ…。早く大人になりたいなぁ』
勇者「…」
少女『ところで、キミ、何でここにいるの?』
勇者「…」
勇者は困惑気味に肩をすくめた!
しかし、その瞬間に勇者の周囲の全てが幻のように溶けて消え去った!
勇者「!?」
優男『愛してますよ…』
女性『私も…』
勇者「!?」
勇者は濡れ場の事後に遭遇した!
勇者は慌てて両手で目を覆うが、ほんの少しの好奇心と同じだけ指と指の間を開いて覗き見る!
優男『それにしても…明日には魔王城なのにいいんでしょうかね…』
女性『いいじゃん、別に…。そんなこと気にしてたの?』
勇者「…二代目勇者と…仲間の盗賊…?」ドキドキ
優男『男は賢者になれる瞬間があるんですよ…』
勇者「?」
女性『どういうこと?』
優男『深い意味はありませんよ…』ヤレヤレ
女性『ねえ、子ども産まれたら…どんな子かな?』
優男『気が早いですね。まあ、僕に似てくれれば安泰ですが』
女性『えー? 泣き虫になっちゃうよ』
優男『何言ってるんです。あなたにそっくりな子だったら、僕の苦労は二倍どころか、二乗になってしまいます』
女性『またそんなこと言って。本当は照れ隠しでしょ~?』ニヤニヤ
優男『あなたって人は…』
女性『子ども、何人くらいいたら楽しいかな?』
優男『…別に何人でもいいでしょう…』
女性『私はね、最初に男の子で、その次に女の子の双子でしょ、それからまた女の子で、末っ子に今度は男の子がいいな』
優男『…そう、ですか…。とにかく、魔王を倒した後の話です』
女性『そうだけど…』
優男『何としても魔王を倒しましょう。あなたと、ずっといたい』
女性『…うん』
チュッ
勇者「…」
また、目の前の光景が溶けて消え去った!
女性『…』
勇者「!?」
女性から生気は失われ、虚ろな目をしていた!
女性のお腹は大きく膨らんでおり、痙攣を繰り返している!
側近『…』
側近は何かの魔法を唱えた!
女性の股から赤子がするりと産み落とされる!
側近『これは――』
勇者「!」
側近はへその緒を切り、生まれた赤子の胸にある聖痕を渋面しながら見つめる!
側近『…』
側近は赤子を布に包むと、どこかへ消え去った!
再度、目の前の光景が溶けて消え去る!
ガチャ
女将『おや…これは…な、何だってこんな戸口に赤ちゃんがいるんだい…』
女将『あんた、あんた! 起きとくれ、大変だよ!』
勇者「…」ブルブル
亭主『何だってんだ、こんな朝っぱらから!』
女将『ほら、この子! 戸口に置かれてたんだ!』
亭主『な、何だってうちの前に赤ん坊なんかが…』
女将『もしかしたら…女神様があたしらに授けてくれた子かも知れないよ』
亭主『そ…そうなのか…? じゃ、じゃあ教会に洗礼を――いや、だがなぁ…もし、本当の親が来やがったら…』
女将『それも寂しいねえ…』
亭主『…と、とにかく、うちの子にしちまおう』
亭主『どっちにしろ…こんなとこに自分の子を放置するような親なんざタカが知れるってんだ』
亭主『孤児だろうが関係ねえ…きっと女神様の授けてくれた子なんだ』
女将『そ、そうだね…そうさ、赤ちゃんや、お前はあたしらの子だよ』
勇者『…』ガクガク
目の前の光景が溶けて消え去る!
魔王『側近、勇者の首から下はあるか?』
側近『はい、申し付け通りにしてあります。…こちらです』
魔王『初代勇者から造った我が心臓を埋め込み、俺の魔力と瘴気で魔物に転生させる――』ニヤリ
魔王は首のない勇者に赤い玉を埋め込み、莫大な魔力と瘴気を注ぎ込んでいく!
勇者「…」ブルブル
ムクリ
魔王『二代目勇者の肉体を持ち、初代勇者の心臓で動く、境涯の扉の守護者』
魔王『首なし騎士、といったところだな――』ニタァ
バシッ
勇者は壁のない空間に放り出された!
スチャッ
首なし騎士があらわれた!
勇者「…お…お母さん…?」
首なし騎士は手にした剣で勇者に襲いかかってくる!
勇者はとっさに紅の剣で受け止めた!
しかし、首なし騎士は組み合った瞬間に勇者を蹴り飛ばす!
勇者「…」
勇者は恐怖に震えて起き上がれない!
首なし騎士は勢いよく剣を振り下ろした!
大地を抉りながら凄まじい勢いで斬撃が向かってくる!
勇者は紅の剣で受け止めるが、紅の剣を弾き飛ばされた!
勇者「!?」
首なし騎士が凄まじい速さで迫り、勇者の体に剣を刺す!
首なし騎士の剣は勇者の腹を貫いた!
勇者「…」
勇者は力なく倒れ込む!
少女『小童? ふうん…キミ、何だか私と似てない?』
女性『ねえ、子ども産まれたら…どんな子かな?』
魔王『初代勇者から造った我が心臓を埋め込み、俺の魔力と瘴気で魔物に転生させる――』ニヤリ
ブチブチブチィッ
勇者「ガ、ア゛ア゛アア―――――――――ッ!!」
何かが勇者の中でまとめて切れた!
同時に抑制の利かない魔力が解き放たれる!
首なし騎士は警戒して飛び退いた!
勇者は手を振るうだけで紅の剣を手元に引き寄せ、握り締めると首なし騎士に切りかかる!
首なし騎士は勇者の剣戟を捌く!
しかし、紅の剣が閃くと首なし騎士は一瞬で全身を切り刻まれた!
さらにその切り口から凄まじい勢いで炎が吹き上がって焼いていく!
勇者「魔王――魔王ォ!」
勇者はしゃにむに首なし騎士を切り刻む!
首なし騎士は自らを焼く炎を頭上に収束させ、勇者に叩き込んだ!
しかし、紅の剣がその炎を吸収してしまう!
勇者は渾身の力で紅の剣を振るった!
天地を引き裂く、神撃の一太刀が首なし騎士を両断した!
パリ----ン
勇者「ふぅっ…ふぅっ…」
ポゥ…
首なし騎士の体内から、砕け散った赤い玉があらわれた!
砕け散った赤い玉から柔らかな光が漏れ出し、勇者に注ぎ込まれる!
?『キミが3人目なんだね――』
勇者「!?」
?『俺は初代勇者だ…。ずっと、魔王に心臓として取り込まれていた』
勇者「!」
初代『キミのお陰で思わぬ再会まで果たせた…』
勇者「?」
初代『キミに…俺と兄ちゃんの、最期の力を分け与えるよ』
初代『これでキミは3代の勇者の力を備えた』
初代『この力は空間を超えていく――今度こそ魔王を倒して』
勇者は体内から不思議な力がわき起こるのを感じた!
勇者「…魔王は…許さない――」
ヒュオォォォ…
バサバサッ
隠居『勇者』
勇者「…」チラ
隠居『雰囲気が変わったな…。4つ目は壊したか?』
勇者「…殺した」
隠居『殺した…?』
勇者「魔王は…二代目勇者の死体に…初代勇者の魂と、心臓を植えつけていた…」
勇者「…二代目勇者は…僕の…本当のお母さんだった…」
勇者「…お母さんを…殺した…」ギリッ
隠居『そうだったか…。だが、お前さん、あんまり憎しみに囚われると――』
勇者「うるさい、魔物!」
勇者は紅の剣で鳥を斬り殺した!
勇者「…」
ザッザッザッ
――――――――――――
また小休止です
次の再開は遅い時間になるかと
再開です
いざ、魔王戦
――――――――――――――――
門番「魔王城までとうとう来たか、3人目の勇者」
勇者「黙れ――」
勇者は消滅魔法を唱えた!
門番は瞬時に形成された輝く矢に貫かれて消え去った!
勇者「魔物は…全滅させる…」
勇者「魔王を…ぶち殺す…!」
側近「勇者が城へ来ました。しかし、体力を削るどころか、足止めにならぬ勢いで進んでいます」
側近「魔王様、今回の勇者はとてつもない強さの持ち主です」
側近「どうか、私めに交戦のご許可を。少しでも勇者を弱らせます」
魔王「ふむ、お前が危惧するほどか。いいだろう、何なら死体を持ってこい」
魔王「俺も父上の最後の心臓、1つ分しかもうストックがないからな」
魔王「勇者の心臓だけあれば他はどうなろうとも構わん」
側近「必ずや、我が命に変えても勇者を仕留めましょう」
勇者「…」チャキ
側近があらわれた!
側近「あの赤子がここまでになるとは、人間というのは侮れませんね」
勇者「知っている…僕を取り上げた魔物だ…」
側近「ええ、そうですよ。ちなみに、あなたの母親の首を切り落としたのも、その首を人間の城に放り込んだのも、赤子だったあなたを汚らしい人間の住居に連れていったのも、全て私です」
勇者「…殺す」
勇者は紅の剣を引き抜いて側近に切りかかった!
側近はひらりと勇者の一撃を回避し、勇者の足元に魔法陣を展開させる!
側近「初めて見るでしょう? 私が独自に編み出した魔法系統です」
魔法陣から凄まじい火柱が上がった!
勇者は紅の剣を掲げるが、火柱はそれさえも無視して勇者を焼いていく!
勇者「!」
側近「魔法系統が違うのですから、循環の力からも影響を受けませんよ」
勇者は魔法陣に紅の剣を突き立て、自らの魔力を流し込んで暴発させる!
勇者は覇獣のコートに残り火をつけたまま側近に切りかかる!
しかし、魔法陣が勇者と側近の間に展開されて攻撃を受け止めた!
勇者「!」
側近「魔王様に認められた、私の実力をとくとご覧に入れましょう」
側近は魔法陣を消し去ると飛び退いた!
さらに側近は別の魔法陣をいくつも展開して勇者に向ける!
魔法陣は同時に輝き、燃え盛る炎や、凍てつく冷気で勇者を攻撃する!
勇者「!」
勇者は紅の剣で自分の周囲を切り裂いた!
空間が引き裂かれ、側近の魔法が遮られる!
側近「そのような力まで…!」
勇者は軽く床を蹴った!
瞬間、側近の背後に姿をあらわして袈裟懸けに切りつける!
側近「くっ…!」
側近はとっさに展開した魔法陣で勇者の攻撃を防ぐ!
しかし、魔法陣に亀裂が入って暴発した!
側近(何だ、何なんだ、この力は…!?)
側近(空間にまで影響を及ぼす力など、まるで…!)
側近は大きく腕を広げた!
勇者の頭上に巨大な魔法陣が展開される!
魔法陣から網膜を焼き尽くすかのような強烈な光が真下に発射される!
勇者「!」
しかし、勇者は渾身の力で紅の剣を振るう!
天地を引き裂く、神撃の一太刀が魔法陣を、天上を、壁を、床を、両断していく!
側近(こんなもの、まるで――)
勇者は一歩で側近の眼前に姿をあらわす!
勇者「死ね――」
側近(神の領域――)
勇者は紅の剣を振るった!
側近をたおした!
勇者「…」
勇者は側近の死体を掴むと、その胸に紅の剣を突き立てた!
ズリュッ
勇者は側近の死体から心臓を抉り出し、口に含んで飲み込んだ!
ギィィィ…
魔王「素晴らしいではないか」
魔王「側近さえも下すとは、最早、貴様は人間の領域などとうに超越している」
勇者「…」
魔王「初代勇者の魔法合成」
魔王「二代目勇者の得た循環の力」
魔王「忌々しき我が父君が貴様に与えた剣とコート」
魔王「我が心臓から吸い取った剣士の経験」
魔王「同じく、吸い取った初代勇者の力を得て、貴様の中で昇華されたのであろう空間干渉の異能」
魔王「さらに側近の、特異な魔法まで手に入れた」
勇者「…」
魔王「たった3代でここまで進化を遂げるとは、俺の予想を遥かに超えていた」
魔王「その力が俺の力とともになれば、俺の野望は叶うというものだ」
勇者「…」
魔王「初代が産まれ落ちてから、もう50年近くか」
魔王「ずっとこの時を待ち望んでいたぞ」
魔王「貴様の心臓を食らえば、俺は神に等しい力を得られる」
魔王「神の創造した箱庭で気取る王ではなく、創造から万物を司る神になる」
魔王「お前はその偉大な存在の一部になれるのだ」
魔王「大人しく、心臓を差し出してはどうだ?」
魔王「この俺のために、死んでいけ」
勇者「…」チャキ
勇者は紅の剣を抜いた!
勇者「――僕のために、死ね」
魔王「ふっ、これまでの勇者どもより強い分、内面は勇者にはほど遠いようだ」
魔王は軽く手を振った!
どこからともなく、禍々しい剣があらわれる!
魔王「だが気に入った。――貴様を殺し、俺は万物創世の神となる!」
勇者は渾身の力で紅の剣を振るう!
天地を引き裂く、神撃の一太刀が全てを両断していく!
魔王は渾身の力で剣を振るう!
天地を引き裂く、神撃の一太刀が全てを両断していく!
ぶつかり合った両者の超破壊の力は相反せず、相乗して膨れ上がり、魔王城を吹き飛ばす!
魔王「いいぞ、初めてだ! この俺の本気と対等な相手は!」
魔王は背に翼を生やした!
魔王は瓦礫と化した魔王城を上空から俯瞰する!
勇者は瓦礫の中から起き上がる!
勇者は魔王を睨みつけると、足元に魔法陣を展開してふわりと浮き上がる!
勇者「対等なもんか…」
勇者「お前はまだ、何も失っていない…!」
勇者は紅の剣で魔王に切りかかる!
魔王は勇者の攻撃を受け止め、消滅魔法を放った!
しかし、勇者は魔法陣を展開して消滅魔法を反射する!
魔王は嬉々として高笑いすると、剣を一振りして消滅魔法を消し去った!
魔王「楽しいなあ、勇者よ!」
魔王「俺は貴様が怒れば怒るほど、愉快で仕方なくなるぞ!」
勇者と魔王は瘴気の渦巻く空中で何度も剣戟をぶつけ合う!
勇者「死ね、死ね、死ね…!」
勇者「何もかも全部…! お前がいたせいだ…!」
亭主『やい、小童! てめえ、誰のお陰でメシ食えるか分かってるんだろうなァ!?』グイッ
亭主『瘴気が何だ、魔王が何だ!?』
司祭『三代目勇者が発見された!』
国王『何としてでも、魔王を討て』
痩せ男『このご時世にガキの旅人か…』
痩せ男『てめえ! 魔物の肉なんか食って、魔物になったらどうしてくれるんだ!?』
水夫『ハッハッハッ、だーれが大陸間航海なんかするかってんだ!』
チンピラ『ってぇーな! あー、こりゃダメだわ、骨折れたわー』
ボス『そのコート、もらってやるよ。それと、この角で手打ちだ』
勇者「何で僕が、僕だけが! いつも理不尽な仕打ちを受ける!?」
勇者「ずっと、誰かのせいだと思ってた!」
勇者「全部…お前のせいだ、魔王!」
魔王「ハッ、とんだ責任転嫁だぞ、それは!」
魔王「人間など、そもそもが浅ましい存在でしかないのだ!」
勇者と魔王の剣戟がぶつかり合い、その衝撃が周辺の瘴気を散らす!
魔王「それに大方、貴様は何もかもの不満を溜め込んでいたんだろう!」
魔王は剣を掲げ、液状化した闇を収束させた!
魔王は剣を振り下ろす!
闇が一振りの巨大な刃を形成して勇者に襲いかかる!
勇者「!」
勇者は紅の剣を腰だめから一気に抜き放つ!
紅の剣は巨大な闇の刃を切り裂く!
勇者「それが、どうしたァ!」
勇者は怒号とともに紅の剣を振るう!
空間を超越した至高の一撃が魔王を襲う!
魔王は魔力と瘴気を周囲に集めて防壁を張る!
しかし、勇者の一撃は防壁を一瞬で破り魔王を引き裂いた!
魔王「ぐぅ…!」
魔王「貴様のようなヤツはな、せいぜい他者に利用され、気付けば何もかもを失ってしまうのが末路だ!」
魔王は天の果てから光の塊を召喚した!
魔王は地の底から黒い稲妻を召喚した!
勇者は天地に全てを阻まれ、全身を焼かれる!
魔王「人並みの感情がありながら欲望を持たずに唯々諾々と他人に従う!」
魔王「そんな者はどれだけの力を持とうとも、淘汰されるしかない!」
魔王「だからこそ貴様は理不尽な目に遭ったのであろう!」
魔王は自身の背後に魔法陣を展開した!
魔法陣から無数の大火球群が勇者に降り注いでいく!
勇者「違う!」
勇者は紅の剣を振り上げた!
魔王の放った魔法の全てが紅の剣に集約されていく!
勇者「ただ、僕は本当の親に会いたかっただけだ!」
勇者は紅の剣を振るった!
赤い剣閃に乗り、莫大なエネルギーが魔王に解き放たれる!
魔王「ぐ、おぉおおおおお―――――――っ!」
魔王は莫大な魔力を解き放って勇者の攻撃を耐え凌いだ!
魔王「フハ…ハハハ、俺はちゃんと貴様を、貴様の母に会わせてやったはずだぞ」
魔王「何とも涙をそそられる、素晴らしい演出をしたつもりだ」
勇者「…」ギリッ
魔王「その顔だ。その表情さえ見られれば、俺は無限と力が湧くようだ」
魔王「さあ、いつまでもこの死闘を続けようではないか!」
魔王「天が割れ、地が砕け、海の干上がるまで!」
魔王「そして壊れた、この世界を俺が創造し直すのだ!」
勇者「思い通りにはさせない」
勇者は魔王に切りかかった!
魔王は勇者に切りかかった!
・
・
・
魔王「…フッ…ハハッ…」ゼィゼィ
勇者は大地を蹴り、魔王を切りつけた!
魔王の肩から腰にかけて鋭く傷が刻まれる!
勇者「ふーっ…ふーっ…」ゼィゼィ
魔王は重そうにしながら剣を振るい勇者に叩きつける!
勇者は紅の剣で受けるが、膝をついてしまう!
魔王「どう、した…? もう、体力は尽きたか?」クククッ
勇者「そっち、こそ…」ゼィゼィ
勇者は片手を払うような仕草をした!
魔王は強風にあおられて倒れ込む!
魔王「俺は…まだ、心臓を1つ…残している…」
勇者「…」ギリッ
魔王「忌まわしき父上の最後の心臓ではあるが…ないよりはマシというものだ」
勇者「!」
魔王「どうした…?」
勇者「隠居まで…」
魔王「ふっ、何を言う…。貴様とて、父上の最期の言葉を聞かずして使いの鳥を斬り殺したであろう」
勇者「…」ギリッ
魔王「っ…だが…いささか…力を使い過ぎた…」
勇者は満身創痍で立ち上がった!
魔王は満身創痍で立ち上がった!
勇者「殺す…」
魔王「月が太陽を食らう時、再び俺はここへ来る…」
魔王「その時こそ、貴様との決着をつけてやろう…」
魔王「そう、勇者と魔王の50年にも及ぶ決戦に、決着を」
勇者「…」
魔王「せめてもの、俺なりの礼儀だ。その時まで、人間への侵攻を一時的にやめてやる」
勇者「…次は、殺す」
魔王「それはこちらとて同じこと。――その時まで、さらばだ」
魔王は両手を突き出した!
勇者は眩い光に包まれ、光とともにどこか遠くへ消え去った!
バシュン
勇者「!」
ドサッ
ザワザワ…
勇者「…城下…?」
憲兵「な、何者だ…!?」
勇者「…」
勇者はボロボロの服の襟を掴んでずり下げ、胸の聖痕を見せた!
憲兵「それは…! ゆ、勇者様であられましたか…! 失礼いたしました!」
勇者「…」スクッ
勇者は隠者のローブを被った!
ザワッ
憲兵「!? ゆ、勇者様…が…消えた…?」
スタスタ
カラン
女将「いらっしゃい、お客さ――」
勇者「…」
女将「小童!」
亭主「小童!?」
勇者「…ただいま」
女将「!?」
亭主「!?」
女将「あ、あんた…喋れるように…なったのかい?」
亭主「お、おい、今日は店じまいだ! 小童、そこに座れ! 何でも食わせてやる!」
亭主「そうだ、お前、俺のカツレツ好きだったろ、すぐ出してやる!」
女将「おかえり…よく、よく帰ってきてくれたねえ…」ギュゥゥ
勇者「…」コクリ
コンコン
亭主「あんだってんだ、折角、小童が帰ってきたってのに!」
バタン
使者「こちらに勇者様はおられるか?」
亭主「」
勇者「…」スクッ
使者「勇者様、国王陛下がご報告を聞きたいとのことです。城へ」
勇者「…」コクリ
女将「小童…」
勇者「…ごちそうさま」ニコリ
バタン
国王「――まずは海に潜んでいた魔物の親玉の討伐により、大陸間航海の再開に目処が立ったことに礼を言おう」
国王「それに伴い、各大陸間の情報交換・共有が再び可能になった」
国王「さらには昨日の正午頃より、各地の魔物が不気味なほどに姿を見せなくなった。現在でも城下周辺の平原に魔物の姿は確認されていない」
国王「そして、この地に戻ってきた理由を、教えろ」
大臣「筆談の用意がしてある。ペンを――」
勇者「…魔王とは2日前から、戦っていた」
大臣「! 言葉を…」
国王「2日前…。そして、どうなった?」
大臣「喋れるのならばお前、陛下には丁寧な言葉を使え!」
国王「良い、喋れるように喋れ」
勇者「…殺しきれなかった」
勇者「昨日の正午頃…もう、互いに魔力はほとんどなかった…」
国王「なるほど。魔王はそれほどに消耗した、ということか。それによって一時的に魔物が大人しくなったと考えるべきか…」
勇者「月が太陽を食らう時、今度こそ決着をつけると持ちかけられた」
勇者「それまで、魔物には侵攻をさせない、と言っていた…」
大臣「何と…!」
国王「つまり、この状態は一時的なもの…ということか」
国王「随分と身なりがひどいのは、その死闘の証か」
国王「しかし、月が太陽を食らう時というのは…」
大臣「陛下、恐らく、それは日蝕という現象のことかと。天文学士が近々、そのような現象が起きると言っておりました」
大臣「そして…その日は瘴気が非常に濃くなり、魔物がもっとも活発化する可能性があるとも」
国王「そうか。それはいつになる?」
大臣「およそ半年後――来年になるかと」
国王「…丁度良い。勇者、その時こそ魔王を殺せ」
国王「50年にも及ぶ、魔王との戦いに終止符を打て」
勇者「…」コクリ
国王「必要なものがあれば準備をさせてやる。傷を癒し、魔王を倒すために必要な英気を充分に養え」
国王「魔王を倒した暁には、約束通りに望むものをやろう」
国王「何が欲しい? 現実味が帯びてきた、今から準備してやろう」
勇者「…何も」
国王「何? 旅立ちの日にお前は目の色を変えていたが、すでに得たというのか?」
勇者「手に入らないと知ったから」
勇者「お父さんとお母さんは…魔王に殺されていた」
大臣「何と…では両親が欲しいと陛下に言うつもりであったのか」
国王「確かに死んだ人間を与えることは出来ぬな」
国王「だが、それでは示しがつかぬというもの」
国王「何か考えておけ。以上だ、日蝕とやらの正確な日時が分かり次第、使いを寄越す」
勇者「…」コクリ
スタスタ
大臣(たった1年で、これほどまでに雰囲気が変わるとは…)
大臣(一体、どのような地獄を見てきたというのだ)
国王「大臣」
大臣「は」
国王「例の魔法の完成を急がせろ」
大臣「! …かしこまりました」
スタスタ
勇者「…」
?「あー、キミ、キミ」
勇者「?」
?「キミって3代目の勇者くんかな? そうだね? 僕は情報屋って言うんだ」
勇者「…」
情報屋「実はね、ある人からキミに情報を届けるようにって依頼をされていたんだ」
勇者「…ある人…?」
情報屋「依頼主については教えられないよ。守秘義務があるんだよ、これでも」
情報屋「そして、その情報について教えてあげたいんだけれど…場所を移すとしよう。さ、こっちだよ」
情報屋「陛下にちょっと睨まれててね、監視がいるから撒こうと思う。隠者のローブを使って、城下の南にある無人の屋敷へ来てくれ」ヒソ
勇者「…」
情報屋「ええっ!? 来てくれない? それは困ったなぁー?」チラチラッ
勇者「…」パサッ
情報屋「おや、嫌われちゃったかな? はぁ…お仕事なんだけれどなぁ。残念だったなぁ~」
情報屋「――ちゃんと来てくれて嬉しいよ」
勇者「…」
情報屋「おやおや? 僕の方が先に到着していて驚いているのかな?」
情報屋「なーに、そう不思議がらなくてもいいよ。僕は情報屋だからね、抜け道なんてものは網羅しているんだ」
情報屋「あ、ちなみにここはね、キミにも縁がある場所だ」
勇者「?」
情報屋「ここは初代勇者の生家であり、今はもう没落した公爵家の屋敷だったのさ」
情報屋「2代目勇者の師匠と初代勇者は兄弟だったしね、この屋敷が勇者という存在の始まりだったと言っても過言じゃないだろう」
勇者「…」
情報屋「もっとも、今じゃあ誰も暮らしていないんだけれどね」
情報屋「さて、本題だ。キミに伝えたい情報がある」
情報屋「この情報を仕入れるのは随分と時間もかかったし、苦労もしたんだ」
情報屋「30年越しだ、気が遠くなるだろう?」
情報屋「すでに代金はたんまりともらってる。本当は依頼者本人に教えてあげたかったけど、彼はもう逝ってしまったからね」
情報屋「そういう時に備えて、彼は自分がいなければその時の勇者へ伝えるようにと言っていたんだ」
勇者「…」
情報屋「御託はいいからさっさと言えって? それじゃあ、そうしようか」
情報屋「不死の秘宝についての情報だ」
神官「――カァッ!」
神官「その者、緋色の剣を携え、絶対の獣を纏いし修羅」
神官「全てを照らす光に、全ての闇を含ませる超越者」
神官「永遠の輪廻を生み出す始祖の英霊となるだろう」
国王「それが…神託、か?」
神官「はい」
国王「どういう意味だ?」
神官「どうにも私にも分かりかねます…」
神官「修羅とは永遠の闘争者や、そのような激情を持った者と考えられます」
神官「しかし…それ以降の神託については…」
国王「勇者の身なりは…毛皮のコートであったな。剣は見ていないが…血に濡れたものを緋色の剣と考えることもできよう」
国王「で、あれば…この神託はあの勇者についてのものと言えるのだな?」
神官「恐らくは陛下の見立通りかと」
国王「ならば、もうどうでも良い。勇者は英霊となる――つまり、魔王を討ってから死ぬのだろう」
国王「それならばこそ、いよいよ我が野望を達成する時機となったことを意味する」
国王「ただ、それだけのことだ」ニタリ
情報屋「――さて、僕がキミに伝えなくてはならなかった情報は以上だ」
情報屋「何か質問はあるかい?」
勇者「…依頼したのは…誰?」
情報屋「さっきも説明したけれど、守秘義務があるんだ。だけどね、この屋敷にキミを呼んだのは単にこそこそするのに都合が良かったから、というだけの理由じゃない。それがヒントかな」
情報屋「それと、情報屋としてではなく…個人的にね、家族からの頼まれごとがあって、これもキミへの用事なんだ」
情報屋「大往生した、我がお爺様から託されたんだ。この手紙をキミに託したい」
勇者「…誰から?」
情報屋「かつてお爺様が仕えていた、とある立派な屋敷の、最期の当主様からだ」
勇者「…」ピラ
手紙『魔王討伐を果たした勇者へ』
手紙『私は初代勇者とともに魔王へ挑み、敗れた者だ』
手紙『二代目とともに魔王征伐を果たさんとする旅の途中、聖王国国王が代替わりをした』
手紙『その新王が、この手紙の読まれる時代にも玉座にいるかは分からない』
手紙『すでに新王が王位にいないのであれば手紙は破り捨ててかまわない』
手紙『ただし、その新王がいるのであれば、もしくは暴君が玉座に座しているのならば、警告をする』
手紙『魔王を討ち倒した勇者よ、あの男は必ず地上で大規模な争いをする』
手紙『それを止めなければ魔王を討ち倒したところで平和の世は訪れない』
手紙『魔王との戦いという人類存亡を賭けた戦いが勝利した後、それまでに蓄えられた軍事力というものは統べる者にとっては黄金の剣も同然だ』
手紙『どうか、魔王を討ち倒した後であっても気高く、真に平和を望む勇者であることを願う――』
情報屋「さて、これでキミへの用事は本当に全部終わりだよ」
勇者「…」
情報屋「ここからは、初対面の人間同士として。――おほん、僕は情報屋、扱う情報は近所の奥様ネットワークから、国家の暗部にいたるまで様々だ」
情報屋「何か、欲しい情報があればいつでも頼ってくれ」
情報屋「例えばキミが今、手に入れたいものの在処とか、ね」
情報屋「よっぽど不確実なものでない限り、僕の仕入れる情報は精確だよ」
勇者「魔王の心臓のストック、因縁の剣、この2つがある場所」
情報屋「おやおや…随分と難しそうな依頼をするね。ま、1つはすぐに渡せるけれどね。ついておいで」
キィィィ…
情報屋「ここは公爵家の隠し宝物庫。もっとも、剣士くんが湯水のように使ってしまったから今じゃ価値ある財宝なんて残っていないんだけれど…」
ゴソゴソ
情報屋「多分、この辺りのはずなんだ。キミも探して」
勇者「…」
ゴソゴソ
勇者「!」
情報屋「お、それだよ、因縁の剣。かつて魔王の心臓を貫いたものだ。そして初代が最期に握ったものだ」
情報屋「勇者と魔王、双方の死を記憶している。武器としてはただ切れ味が良かっただけのものだけど、染みついた魔王の血と、初代の死に際の意志が込められている」
勇者「…」ギュッ
情報屋「あ、言い忘れていたけど依頼料は親友からたんまりもらっててね。一生食うに困らないくらいにはなっているんだ」
情報屋「だから、キミの依頼料については無料のサービスにしてあげよう」
情報屋『心臓のストック、というのは不死の秘宝によって作られたものだね』
情報屋『こいつを探すならむしろ、魔物のいない今しかないだろう』
情報屋『瘴気の異質な場所にあるはずだ。もっとも、地上はあまりにも広い』
情報屋『鳥かなんかにでもなって、背中にハネをつけないと探しきれないね』
情報屋『僕は情報網を駆使するけど、探し物っていうのは本当に必要としている人のところへ来るものだ。キミも探したらどうだい』
ザザ---ン
情報屋『時間がないのに見つかるかって? それならきっと大丈夫だと思うね』
情報屋『この50年で蒔かれていた種がそろそろ芽吹く頃だから』
情報屋『まずは西大陸の玄関港へ行ってごらんよ』
勇者「…」
ポツン
勇者「…」
ボォォ-----…
勇者「!」
ボォォォォ--------
海賊「いたー! 勇者ぁーっ! 魔王倒せたんだな!?」
海賊「野郎ども、全速前進よーそろー!」
ウェエエエ---------イ
海賊「大陸間航海再開1番乗りだぜぃ!」
海賊「へっ? じゃ、魔王の野郎はまだ生きてやがんのか?」
勇者「…」コクリ
海賊「で、決戦の下準備か。よっしゃ、誰であろう、お前のためだ!」
海賊「どこへでも乗せてやる! うちの海賊船ほど速い船はない! 手足のように使え!」
勇者「!」
海賊「そいじゃ、まずはどこへ行く?」ニカッ
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明日には終わる…かな?
再開です
ガンガンいきます
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海賊「さっぶい…さぶさぶ…早く戻ってきてくれよ、凍りついてちまう」
勇者「…」コクリ
タンッ
勇者は西大陸北の氷原へ降り立った!
勇者「…」
ザッザッザッ
勇者「…あった」
勇者は隠居の小屋へ入った!
勇者「…」キョロキョロ
ゴソゴソ
隠居『必ず、魔王を倒せ』
隠居『俺としても、大好きな人間が虐げられるこの時代は気分が良くない』
隠居『だから約束をしろ』
ゴソゴソ
勇者「あった…」
勇者は隠居著:勇者伝を手に入れた!
ポゥ…
隠居『よう、勇者』
勇者「!?」
隠居『なーに驚いてる?』
勇者「…し…死んだんじゃ…?」
隠居『そうだな。倅にやられちまった』
勇者「なのに…」
隠居『俺はこれでも元魔王だ。そもそも、肉体なんぞに存在を依存してないのさ』
隠居『ま、あのバカ息子に関しちゃあ、あれだけ必死こいて心臓に頼ってんだ、殺せばちゃんと死ぬから安心しろ』
勇者「…」
隠居『何だ、その気不味そうな顔?』
勇者「…あの…」
隠居『ああ、アレな。気にしてねえさ、俺だって虫の居所が悪い頃なんかしょっちゅう似たようなことをしてたもんさ』
勇者「…」
隠居『さて、言っておくが俺は今、その本に間借りしてるような状態なんだ』
隠居『お前がそいつを持ち歩くなら自然と俺もついていく。なーに、お前以外には見えないようにちょちょいと細工してあるから安心しろ!』
隠居『さあ、3代目勇者の最後の冒険をじっくり見せてもらうぞ』
勇者「…」
隠居『ん?』
勇者「ありがとう…」
隠居『お、おう…。照れるぞ、オイ。さあ出発だ!』
勇者「これが…初代の倒した魔物…?」
隠居『ああ、それだな。きっとそうだ。村の連中が取っておいたんだろう』
隠居『ご利益なんかありそうにないが、助けてくれたっていう立派な証拠だ。人ってのはそういうもんを拠り所にするんだろ?』
勇者「…」
ポゥ…
勇者「…初代と剣士の魂が、懐かしんでる…」
隠居『心臓にされてたのをぶっ壊したから、お前さんに宿ってるんだったな』
勇者「宿ってる…?」
隠居『ああ、そうさ。不死の秘宝ってのはよ、もちろん命のストックを造ることで死亡しても即時に蘇れる』
隠居『だが、秘宝と言われる所以はな…相手を自分の中に取り込むってことにあるんだ。造った心臓には元になった者の魂が移るからな』
隠居『大昔にひとりぼっちになることを恐れた野郎が作り上げた、何とも悲しいお宝なのさ』
隠居『そいでもって、お前さんはその魂の結晶を壊すことで魔王の心臓を削り、魂となっていた勇者や剣士を内に宿したのさ』
隠居『言っとくが、こいつは取り込む側との魂の親和性が高くないとムリだぜ?』
隠居『俺の分の心臓2つをお前は壊してるけど、お前には宿ってねえだろう?』
隠居『倅に持ってかれた分が、俺のカリスマ性溢れる邪知暴虐の塊みたいなところだったから今の俺がいるわけさ』
隠居『丸くなっちまったもんだぜ、うん』
勇者「…でも…この魔法…」
ブゥン
隠居『お、そいつは側近のガキの魔法か?』
勇者「…心臓を食べたら…使えた…」
隠居『ふむ…なるほど。分からん』
勇者「…」
隠居『何だ、その期待させといてそれかよみたいな失望の眼差しは』
勇者「!」ブンブン
隠居『いーや、そういう顔だったぞ。いいだろう、なら元魔王としての知識を最大限に活用して考えといてやる』
勇者「…」
ボォォォォォォ----------
海賊「んん? 何でこんなに良くしてくれるかって?」
勇者「…」コクリ
海賊「そりゃ、お前には恩がある! 海賊だってのに、海を魔物どもに占領されて、そりゃもう最低最悪の生活をしてたんだ」
海賊「それがある日、お前が現れた! そんでもって海の魔物の親玉だった海王をぶっ倒してくれた!」
海賊「それでまた海へ出れるようになったんだ。いやあ、感謝してもしたりねえ!」
海賊「この調子で魔王までぶっ倒してくれるってのに協力しない理由があるか?」
海賊「それと、これは個人的なことなんだがな」
勇者「?」
海賊「いや、実は俺の母ちゃんがよ、あの大剣士に惚れてたってんだ」
海賊「もう求婚しまくりだったらしい。だけど、振り向いてもらえずに、そのまま親父と成り行きでくっついて俺が産まれて」
海賊「だのに、13年前、その大剣士からいきなり手紙が届きやがって、2代目を魔王城まで船で乗せてくれって」
海賊「あんなにはしゃいじゃってる母ちゃん見るのは初めてだったぜ。ま、大剣士は2代目と一緒にいなかったんだけどな」
海賊「てなわけでだ、お前さんが3代目だって俺の前に出てきた時は奇妙な縁があるもんだと思ったぜ」
海賊「正直、お前を乗せて海王のとこまで行くのは嫌だったが、これまで2度も勇者を乗せてきた女の息子だからと思って協力したのさ」
情報屋『この50年で蒔かれていた種がそろそろ芽吹く頃だから』
勇者「…」
*「キャプテン! 目的地が見えましたぜ!」
海賊「おうよ! さ、勇者! この辺で停泊して待ってるからな!」
勇者「…」コクリ
隠居『ここは泉の村と言ってな、前は俺もこの辺に住んでたもんだ』
隠居『口減らしのためにガキを生贄に捧げてるっつー儀式があったんだが、2代目がそれをやめさせた』
隠居『生命の樹ってのを植えたんだ。生命の樹は世界樹の子どもみたいなもんでな、瘴気を浄化できるんだ』
隠居『だがこいつは人の負の感情に弱くてな、そういうもんを敏感に察知してはひとりでに枯れちまうんだ』
隠居『そこで勇者は、いつか生命の樹が瘴気を浄化するまで守れと村の民に言った』
隠居『そうして希望をこの地に残したんだが、2代目が死んだってのが知れ渡ったせいで…すっかり枯れちまったようだ』
勇者「…」
隠居『だが、生命の樹っていうのは枯れてもまた蘇ることができる』
勇者「!」
隠居『根っこが大地を離れない限り、育とうとするんだ。魔物がいなくなって、地上の人間どもは救われたと喜んでるだろう?』
隠居『それを察知して…ほれ、枯れてるのに枝と枝の間からひょっこり新芽が出てやがる』
勇者「…」
隠居『だが、お前さんが決戦で敗れればまた枯れちまう』
勇者「…もう、枯れさせない…」
隠居『2代目は点々と、ひっそりこの種を蒔いていった』
隠居『いや、蒔いたというより、蒔き散らしたか。戦いの最中でぽろっとこぼれるようにして蒔かれたのさ』
隠居『そうしてあちこちに蒔かれた生命の樹が無事に大樹へ育つ頃には平和ってのが実現するんだろうな』
勇者「…」
里長「勇者様!」
勇者「…」ニコッ
守人「勇者、また来てくれたのか」
勇者「…」キョロキョロ
里長「ええ、少しではありますが再び人が集まって参りまして…これも勇者様のお陰です」
勇者「…」
守人「それで、一体どうしたんだ?」
隠居『こいつはお前さんの両親を知ってるぜ?』
隠居『何せ世界樹を守るために共闘した仲なんだ』
隠居『聞きたいことがありゃあ聞いておけ』
里長「それで勇者様は何をしにいらしたのですか?」
守人「…」
勇者「…両親について…聞きたい」
守人「両親と言うと?」
勇者「2代目と…盗賊」
里長「何と!」
守人「そうか、そうだったのか…」
守人「彼らのことはよく覚えている。知っている限りのことを話そう」
勇者「Zzz…」スゥスゥ
守人「眠ってしまったか…。こうして見ると、まだまだ幼く見えるのにな…」
隠居『全くもって、女神ってのはどうしてこんなのを選ぶかねえ…』
守人「…ところで、あなたは一体、何者なんですか?」
隠居『んん? …俺? 見えてんのか、お前さん』
守人「どうやら里長には見えていなかったようなので知らぬふりをしていたが…。生者ではないようだ」
隠居『世界樹の守護者ってのはなかなかやるな…。俺は隠居でいい』
隠居『勇者のことが気に入っていてな、こうして見守ってやっているのさ』
守人「それなら安心だ。…この子は強い力を持っているが、精神的に未熟なところがある」
守人「それをくれぐれも暴走させないように頼む」
隠居『お前さんに頼みごとをされたところでなあ…』
守人「きっと道を誤れば…それに気づいたこの子は苦悩する。それで見守ることになるのか?」
隠居『さーてね、俺は別にどうだっていいさ。気に入っちゃいるが、死なすには惜しいってだけだ』
隠居『見届けるくらいしかしてやるつもりはないのさ』
守人「ひねくれているんだな、案外」
隠居『俺は誰の味方でもない。人間の営みってもんを観察してるだけだからな』
勇者「…」ジ-ッ
看板『温泉はこの道をまっすぐ上へ』
看板『ナイスバディーなお姉ちゃんがいる方の入浴は無料』
隠居『おいおい、ナイスバディーなお姉ちゃんを妄想してるのか?』
勇者「!?」ブンブン
隠居『ところでお前、温泉って知ってるか?』
勇者「…」ブンブン
隠居『そうか、なら行ってみたらどうだ? 俺も生身の体があればなぁ…』
勇者「?」
ガララ…
?「客がキタァ――――――ッ!」
ドドドドドッ
勇者「!?」
?「って、ガキ――? おい、ぼくちゃん」
勇者「?」
?「美人なお母さんとか、おっぱいデカいお姉ちゃんとか、生意気だけどかわいい妹とか、そういうのとかと来たのか?」
勇者「…」ブンブン
チッ
?「はぁぁぁ…入浴料は金貨1万枚」
勇者「!?」
?「あ、俺は山賊ね。はぁー…魔物がいなくなっちまったってのに、どうして女が来ねえのか…」ウナダレ
山賊「入ってく?」
勇者「…お金…ない…」シュン
山賊「…何だか、お前の顔見てると妙に懐かしいな」ジィ-ッ
勇者「?」
山賊「…」
山賊はおもむろに勇者の頬をつまんだ!ムニッ
勇者「…?」
勇者は困惑している!
しかし、山賊は勇者の頬をつまんではこねくり回す!
山賊「この感じも盗賊そっくりでやがるな…」ボソッ
勇者「!」
山賊「お、おおう、どうした? いきなり?」
勇者「お…お父さん…」
山賊「へ?」
勇者「盗賊…僕の…お父さんだから…」
山賊「ぬわにぃいい――――――っ!? お頭、お頭ァ!」
山賊「大変っす! お頭ァ――――――――ッ!」ドドドッ
山賊は慌てて走っていった!
勇者「…?」
ドドド…
ドドドドドドドドッ
お頭「お前が盗賊のガキか!?」
お頭が猛烈な勢いで走ってきた!
勇者「!?」
勇者は思わず紅の剣へ手を伸ばす!
しかし、お頭は突進するようにして勇者を捕まえて抱き締めた!
勇者「!? ? !?」
勇者は驚き、戸惑う!
山賊「お、お頭…画面的にヤバいっすよ?」
お頭「黙ってろ! おい、坊主、お前、本当に盗賊のガキか?」
勇者「…」コクコク
お頭「お前のお袋は?」
勇者「2代目…勇者…」
お頭「!」
お頭「そうかぁ…そうだったのか…」ギュッ
勇者「?」
お頭「おっと、悪いな。俺は…何だ、お前の親父の育ての親ってやつだ」
勇者「!」
お頭「揃ってお前の親が死んじまったって聞いた時はガラにもなく感傷的になっちまったが…」
お頭「いつの間にこんなガキをこさえてたんだか。何でもっと早く来なかった!」
勇者「…」オロオロ
勇者は困惑するばかりだ!
山賊「お頭、いいから放してやらないと潰れちまいますよ!」
お頭「おお、それもそうだったな! お前の名は?」パッ
勇者「…勇者」
山賊「! ってえと…3代目か!?」
お頭「はぁぁ…こりゃたまげるな。まあいい、三下、てめえはメシの支度だ!」
お頭「勇者、温泉へ入るぞ! ついてこい!」
勇者「?」
山賊「お頭、手ぇ出すんすか? マジっすか?」
お頭「んな畜生のマネするか! てめえは大人しくメシ作ってやがれ!」ゴスッ
山賊「ぶべばっ」ドサッ
勇者「…」
勇者は山賊に祈りを捧げておいてあげた!
カポ-----ン
デ ダナ オレハ オマエノ オヤジニ…
アン ニャロウハ ヒネクレチャア イタ ンダガナ…
ヤイ サンシタ ! サケダ! スグ サケ モッテ キヤガレ ココデ ノム !
カ-ッ キョウハ キブンガ イイゼ マッタク オマエノ オカゲダ ガッハッハッ
勇者はすでにのぼせている!
しかし、お頭は気分が良くて気づかない!
勇者「…」フラフラ
お頭「Zzz」グオ- グオ-
山賊「お頭っ、せめて股間のマンモスしまってから寝てくだせえ! ガキんちょの目が腐っちまいますよ!」ユサユサ
山賊「はぁ…こんなにお頭がのぼせちまうなんてなぁ…」
勇者「…」フラフラ
山賊「ガキんちょ、水飲め! お頭につき合うなら適当に切り上げねえと身がもたねえぞ!」
勇者「…」ゴクゴク
プハッ
ホッ…
山賊「にしても…」フニッ
勇者「?」
山賊「お前のほっぺはあいつそっくりだな…」フニフニ
勇者「…///」
山賊「あいつこうするとすぐ毒吐いてきたから堪能できなかったんだよなあ」
フニフニフニ
勇者「…」
山賊「…」フニフニ
勇者「…」
山賊「…」フニフニ
勇者はちょっと嫌になってきた!
勇者「…」チラッ
山賊「…」フニフニ
勇者「…」プイッ
山賊「おいこら」ガシッ
勇者「…」ムム
山賊「…」フニフニ
勇者「…」ハァ
山賊「…」フニフニ
勇者は嫌な顔を隠さず、されるがままになった!
山賊「俺ぁよう…頭はてんで悪かった」フニフニ
勇者「?」
山賊「だけどお前の父ちゃんは頭良くてよ、俺がとちって牢屋ぶち込まれた時なんかすぐに来て、カギを開けてくれたりよぅ…」フニフニ
山賊「情けねえけど今のお前と同じくらいの頃のあいつにいっつも助けられてきたんだ…」フニフニ
山賊「うぅっ…ぐすっ…俺ぁよ…あいつに…何も…何もして…やれなかったって…思うとよぉっ…」フニフニ
勇者「…」
山賊「お前はよぉ…そうは…ならねえよなぁっ?」フニフニ
勇者「…」ポンッ
ナデナデ
山賊「うっ…うおおおおおお――んっ! お前はいいヤツだなぁっ…!」フニフニ
勇者「…ほっぺ…放してくれないんだ…」ナデナデ
お頭「これも持っていけ」
山賊「お頭、そんな余計なもんじゃなくて、こう、ど派手にっすねえ!」
お頭「うるせえ、すっこんでろ!」ゴスッ
山賊「ひでぶっ」
ゴッチャリ
勇者「…」
勇者は土産をたっぷり持たされた!
勇者「…重い…」
お頭「いつでもまた温泉に浸かりにこい!」
山賊「絶対死ぬんじゃねえぞ!」
勇者「…」コクリ
勇者「…またね」
隠居『賑やかな連中だったな』
勇者「…」コクリ
隠居『思いがけず親のことも聞けて良かったじゃないか』
手紙『魔王を討ち倒した勇者よ、あの男は必ず地上で大規模な争いをする』
勇者「…」
隠居『どうした、その顔は?』
勇者「隠居が…魔王だった頃のこと…知りたい」
隠居『いきなりどうした?』
勇者「…」ジッ
隠居『知りたいなら聞かせてやらないこともないが…』
隠居『どんなことを知りたいんだ?』
勇者「…地上の…様子について」
隠居『あー…そうだなあ、あの頃はあんまり興味なかったもんでうろ覚えだが――』
ワイワイ
サアサア ハジメテノ オキャクサマ ゲンテイ パフパフ 3p サ-ビス ヤッテルヨ-
ソコノ オニイサン ミチユク シンシサン イカガ デスカ-
隠居『ほほーう、なかなか面白そうな場所だなあ』
勇者「…///」
隠居『そう早足になることもないだろ、ちょっとだけ観察しながら行こう、そうしよう』
勇者「…」モジモジ
隠居『ほほーう、何で女がウサギの格好をしているんだ? 人間はあれが好きなのか?』
隠居『だが俺としても何やらそそられるな…恐るべきだ』
隠居『こうして人間どもは性の営みさえも商売にして子孫繁栄をはかるのか』
勇者「…」
*「よっ、そこのぼく、ぱふぱふって知ってるかい?」
勇者「!?」
隠居『おおっ、誘いがかかったな。行ってみろ、悪いことは言わん、観察させろ』
勇者「…」ガタガタ
*「お金持ってる?」
勇者「…ちょっとだけ…」
*「持ってる!? よーし、じゃあ1名様ご案内!」
勇者「!?」ブンブン
*「大丈夫、大丈夫、ぱふぱふっていいもんだよ、ぼく~」
隠居『よし、いいぞ! 勇者、抵抗するな!』ビシッ
勇者「!?」
勇者は突然、自分の意思で体を動かせなくなった!
*「怖がってるけど素直にお店へ来てくれるんじゃないのぉ~このこの~」
隠居『今の俺でもこの程度ならちょちょいのちょいだぜ』ニタリ
勇者「!?」
*「さー、この個室で待ってるんだぞ~」
バタンッ
勇者「…」ガクガク
隠居『さてさて、ぱふぱふなるものは一体どう行われるのか…』
ガチャ…
勇者「!」
バニーガール「はじめまして、ぼく。ぱふぱふは初めて?」
隠居『初めてだ! 気前よく頼むぞ!』
勇者「…」ブルブル
バニーガール「緊張しなくてもいいの。さ、目隠してをして、この椅子へ座って…」
勇者「!?」
勇者は目隠しをされた!ブルブル
バニーガール「それじゃあ、始めるわね…」
プルンッ
勇者「!? ! !?」
勇者は顔を挟む2つの柔らかなものを感じて驚き、困惑する!
隠居『おお…ふむふむ…』
バニーガール「そぉーれっ♪」
プルンプルン
ムニュムニュ
勇者「~っ」ゾワゾワ
バニーガール「どう? いい感じになってきた?」
プヨプヨ
プルンッ
ムニュッ ムニュッ
・
・
・
*「――ありがとうございましたー! またぱふぱふしたくなったらおいで、ぼく!」
勇者「…」
勇者は軽くなった財布を惜しそうに見つめている!
隠居『なるほどなぁ~』ホクホク
勇者「…」ジロッ
隠居『感想はどうだった?』
勇者「…///」
隠居『いやー、あれで人間ってのは満足するものか、驚きだった』
勇者「…?」
隠居『何されたか分かってないのか? ああ、目隠しされてたもんなあ』
隠居『驚いたぜ、人間がスライムを飼い馴らして、それで人間の顔を挟むだけで良かったなんてなあ』
勇者「…?」
勇者は何かが違っていることを理解した!
勇者「!」バッ
勇者は後にしたばかりのぱふぱふ屋を振り返る!
しかし、キャッチとバニーガールが慌てて逃げ出しているところだった!
勇者「っ…」シュン
勇者は騙されたことを知った!
隠居『どうした、何を落ち込んでる?』
勇者「…」ハァ
勇者はとぼとぼと歓楽街を歩いた!
隠居『ふむ、勇者、あれは飲み食いする店のはずだ。あそこへ入れ』
勇者「?」ジト
隠居『金がないのにどうしてって? なーに、金なんて心配するな、そんなものなくても生きていけるだろう』
勇者「…」プイッ
隠居『あそこに心臓がありそうな気配するんだけどなー…』
勇者「…」ジト
隠居『確証はないけど、確かめてみないとなぁ?』
勇者「…」ムムム
隠居『いや、気のせいかも分からんが、気のせいじゃなかったらなかっただし、でも気のせいかはやっぱり確かめないことにはなぁ?』
勇者はスナックへ入った!
?「いらっしゃい…」
勇者「…」キョロキョロ
?「こういうところは初めて? 子どものくせにませてるのね…」
?「座りなさい、今はあなたしか客がいないから」
勇者「…」
?「何飲む? お酒しかないけど、飲めるの? そもそも」
勇者「…」ブンブン
?「それじゃ水で文句ないわね」
トン
勇者「…」ゴクゴク
?「どうしてこんな店に入ってきたの? ああ、忘れてたわ。私はこの店のママだから」
勇者「…探し物…してて…」
ママ「探し物?」
勇者「…」コクリ
ママ「…そう」
シ-----ン
隠居『何か退屈な店だな、思ってたのと違うぞ』
勇者「…」ジト
隠居『えーと心臓はあるかなー? どーだろなー?』
勇者「…」ハァ
ママ「大切なものなの?」
勇者「?」
ママ「探し物…」
勇者「…」コクリ
ママ「見つかるといいわね…」
勇者「…あの…」
ママ「何?」
勇者「…どうして…寂しそうなの…?」
ママ「口説いてるつもり? 10年後に金持ちになってから出直しなさい」
勇者「!?」ブンブン
ママ「…私はいつもこうよ」
ママ「お金だけあれば…楽して食うに困らなければ、それでいいって思ってたわ」
ママ「男だってそう、貢いでくれればそれだけでいい。ケチな男なんて論外で、愛なんかを囁かれても金しか見ない」
勇者「…」
ママ「お金に換わるものなら、何でも金にしてきた」
ママ「でも…そうして手に入れたものは何もかも…消えてったわ」
勇者「…」
ママ「なけなしの金と、都合のいい男をそそのかせて、こんなに小さな店を構えて…それで今は暮らしてる」
ママ「…坊やはそれが、寂しいって言うの?」
勇者「…」
ママ「…いいのよ、何だって。…私も飲ませてもらうから。あなたのお金だから」
勇者「!?」
ママ「ここはそういうお店なの。社会勉強よ」
勇者「…」シュン
ママ「お小遣いがないなら親にでも甘えてみたら?」
勇者「…本当の親は…いないから…。育ての親は…遠いところ…」
ママ「…そう、かわいそうね。でも同情なんてしないから、適当に金目のもの置いていきなさいよ」
勇者「…よく分からない土産物なら…」
ママ「そうね…じゃあそれでいいわ」
勇者「! …本当に…?」
ママ「それを代金代わりにしてあげるって言ってんの」
勇者「でも…こんなの…」
ママ「早く出して」
勇者「…」スッ
ゴッチャリ
勇者は正直、邪魔以外の何でもなかった土産物を差し出した!
ママ「いいつまみになりそうなのもあるじゃない…。気が向いたから、何か作ってあげるわ」
トントントン…
ジュワッ
ママ「…はい」
コトッ
勇者「…」モグ
勇者「…」モグモグ
勇者「…………おいしい」
ママ「そう。探し物は…忘れない内に見つけなさい」
ママ「忘れてしまって、後から思い出したって…もう間に合わないかも知れないから」
勇者「…また来ても、いい?」
ママ「今度はちゃんとお金持ってきなさいよ」
隠居『なかったな、心臓』
勇者「…」
隠居『んん? またあの不審の眼差し攻撃をしてくるかと思ったら、何か考え込んでるのか?』
勇者「…」チラ
隠居『おおう、何だよ?』
勇者「…あの人、何を忘れたんだろう」
隠居『知るかよ。だがまあ人間にしては美しい女だったな』
隠居『惚れたか?』ニタッ
勇者「あんなにおいしいの…初めてだった――」
ボォオオオオオ-----------
海賊「さてさて、お次はどこだい?」
勇者「…終末時計塔」
盗賊「しゅ…週末…? 何じゃそりゃ?」
勇者「…地上の果て――」
ヒュオォォォォォ…
隠居『ここはあんま、お前さん的には近寄りたくない場所じゃねえのか?』
勇者「…」
ギィィィ…
隠居『ああ、そうだ。お前がどうして側近の魔法を使えるようになったかの仮説なんだがな』
勇者「…」
隠居『もしかしたら…お前が勇者だったから、っていうことかも知れん』
勇者「…?」
隠居『初代と2代目、そして3代目であるお前…』
隠居『勇者ってのは普通の人間よりも遥かに早く、そして強靭に、進化していってる』
隠居『異なる魔法を合成するなんて発想と、それを実際にものにしちまった初代』
隠居『循環の力を自在に操って、自分の異能にしちまった2代目』
隠居『こういうもんはな、魔族だろうが人間だろうが、気の遠くなるほどの時の流れと、その中での研鑽ってやつによって、ようやく辿り着く境地なんだ』
隠居『それをたった一代で編み出して習得して、次代に継承していくのが、女神の送り出した勇者って存在だったのかもな』
勇者「…」
隠居『つまり…そうだな、進化の因子が勇者の最大の特徴だったってわけさ』
隠居『この進化の因子がよ、お前が食っちまった側近の心臓を有益と判断して取り込んじまったんじゃねえのかっていうのが、俺の推測だ』
隠居『ま、具体的な根拠も何もないんだが…俺はそう考えた』
勇者「…進化の因子…」
隠居『要するにどこまでいけるか知らねえが、いけるとこまでお前さんは色々な力を手に入れることができるってことだ』
隠居『初代は魔法に特化していって、2代目は剣術だった』
隠居『お前さんは何かに特化ってわけじゃないが…その分、全体的に、満遍なく、ってことだ』
隠居『むしろ、初代と2代目の持ってたもんを全て昇華させちまってる』
勇者「…」
勇者は境涯の扉へ辿り着いた!
隠居『おおっと、この先へは俺は行けねえんでな…。待ってるから連れてかないでくれよ、本置いてけ』
勇者「…どうして?」
隠居『その先はどこでもない場所だ。どこでもないが、どこでもある』
隠居『ちょちょいと細工さえしてやれば、どんなことでも再現できちまう』
隠居『幻を見せるなり、自分の記憶を追体験するなり、魂さえありゃ死人との会話だってできるぜ』
隠居『そういう曖昧な場所っていうのはな、今の俺みたいに曖昧な存在を許さないんだな、これが』
勇者「…」
隠居『何だよ、その死ぬ前から曖昧だったみたいな面は』
勇者「!」ブンブン
隠居『とにかくだ、死人の俺はそこへ行けねえのさ』
勇者「…」スッ
勇者は隠居著:勇者伝を境涯の扉の前へ置いた!
バァンッ
勇者「…」
キョロキョロ
勇者「心臓は…ここも…ない…」
チャキ
勇者「…」
ズンッ
勇者は因縁の剣を床へ突き立てた!
勇者「…」
隠居『ちょちょいと細工さえしてやれば、どんなことでも再現できちまう――』
隠居『幻を見せるなり、自分の記憶を追体験するなり、魂さえありゃ死人との会話だってできるぜ』
勇者「…」
ポゥ…
初代『どうしたの? 人恋しくなった?』
勇者「…僕は…間違ったことをしようとしてる…」
初代『それで不安になって、隠居がここだけは把握できないのを知って、思いがけず相談したくなった?』
勇者「…」
初代『ここでキミと出会えて、兄ちゃんの魂までキミとともにあって、嬉しかったよ』
初代『正直、キミに最初はあまり良くない感情を覚えた。でもキミは、かつて俺達が歩んだ道程を意図せずに辿っていく中で…思い直せたんだね』
初代『今のキミなら、きっと魔王を倒せるはずだ。これは多くの人が俺達に向けてきた、縋るような期待の言葉じゃない』
初代『魂だけの存在でキミの中にいて、そう感じられるんだ』
初代『兄ちゃんはキミの考えにはあまり賛同してくれそうにないから、俺を呼び出したんでしょ?』
勇者「…」コクリ
初代『キミはやさしくて、でも…ちょっとだけ臆病なところがある』
初代『だから、背中を押してもらいたい。でも、そうしてもらうには…これからを生きる人には重すぎる荷だ』
勇者「…隠居はあてにしちゃいけないと思ったから…」
初代『そうみたいだね』
勇者「初代は…僕のこと、許してくれる…?」
初代『俺が許すまでのこともないよ。キミがそう決めたのなら、そうすればいい』
初代『明らかな誤りだとしても、きっといつか、それを正してくれる人が現れる』
初代『野心にまみれた魔王を討たんとして、女神が俺達を地上に産み落としたようにね』
初代『だからキミは、キミにできることをすればいい』
初代『いつか世界はそれに応えてくれる。その時に決断はキミの手から離れていく』
勇者「…」
初代『キミがやろうとしていることが誤っていても、キミのその考えが誤りだと僕は思わない』
初代『だけど世界は不完全だから、こうなってしまうんだと思うよ』
初代『そんな世界をキミは守ろうとして戦ってきた』
初代『だから俺は、キミの背中を押す。――勇気を出していいよ、小童』
勇者「…」コクン
隠居『おう、意外と早かったな。何してきたんだ?』
勇者「…下準備。あと…」
隠居『あと、何だ?』
勇者「…何でもない…」
隠居『ふーん? しっかし、そろそろ日蝕だな…』
隠居『早めに魔王の心臓を見つけねえとな』
勇者「…知りたいことがある」
隠居『何を?』
勇者「僕は…魔王と同じことをできる…?」
隠居『…そりゃ、どういう意味でだ?』
クルッポ-
勇者「!」
勇者は伝書鳩から手紙を受け取った!
手紙『魔王の心臓を発見した』
手紙『キミの親友・情報屋より』
勇者「!」
隠居『ほぉー? なかなか、人間ってのもやりおる』
勇者「…」
隠居『この手紙の相手の、情報屋ってのは何者なんだ?』
勇者「…よく、知らない…」
情報屋「やあやあ、お久しぶり」
情報屋「キミ、成長期だね。ちょっと会わない内に背が伸びたんじゃないか?」
勇者「…」
情報屋「御託はいいから用件を話せって? やれやれ、知己と同じようなことをキミは言うね」
勇者「!」ブンブン
情報屋「さて、じゃあそんなせっかちなキミにサービスだ」
情報屋「魔王の心臓はすでに手に入れておいた」
勇者「!」
隠居『ほほーう、見つけるだけじゃなく持ち出したか。本当に何者だこいつ? 胡散臭いな』
情報屋「こいつをどうするかは知らないが、渡しておこう」
勇者は魔王の心臓を手に入れた!
勇者「…」グッ
情報屋「これでキミからの依頼は完遂だ」
勇者「情報屋さんは…何者なの?」
隠居『よく聞いた! はぐらかそうとしても絶対に聞き出せよ!』
情報屋「僕かい? 僕は公爵家に使えていた使用人という男の孫だ」
情報屋「身長は189センチ、体重は77キロ、好きな食べ物はポークステーキ、嫌いな食べ物はイチゴ、職業病で人に馴れ馴れしく接して、相手さえ知らない間に情報をふんだくろうとする癖があるんだ」ペラペラ
情報屋「1回の依頼料はまちまちだけど、僕が知ってることなら金貨5枚から、知らなくて調査が必要なら調査費という名目で20枚からもらうけど、独自のコネがあるから僕自身はあまり移動する手間がいらなくてね、必要経費とか言いながらぼったくってるよ」ペラペラ
情報屋「独自のコネって言うのはさすがに教えることはできないけど、少なくとも全ての街や村に最低1人は情報提供者がいてね。顔が広いのさ、これでも。顔と名前と趣味と生まれた場所と年齢を知っている人間の数は現在1200人を突破しているよ」ペラペラ
情報屋「生まれはこの城下だ。親友とは幼馴染みでね、屋敷じゃよく遊んであげていて、その時に剣の修行につき合わされたものだからちょっとは腕に自身はあるけど、荒事はあんまり好きじゃないからね、可能な限りは口で言い包めるようにしてるよ」ペラペラ
情報屋「僕の情報ネットワークを使えば腹の立つ相手を辱められるネタや、脅迫のネタなんてものは簡単に手中に収められるからね」ペラペラ
情報屋「ああ、それと僕はこれでも50歳を超えているんだけど、若い見た目をしているだろう? 前に不老不死の秘薬なんてものを欲しがってる客がいて調査をしている時、手に入れた薬を誤って服用してしまったんだ。それきり、年齢を取らなくなってしまったみたいでね」ペラペラ
情報屋「だけどその薬を渡したお客さんはもう年寄りでね、持病があって苦しんでいたから死にたくないって不老不死の薬を欲しがったみたいなんだけど、持病でかなり苦しめられて、でもなかなか死ねなくて今でも困ってるみたいだ、可哀相だけど仕事を完遂したから僕としては後ろ暗さなんて持っていないよ」ペラペラ
情報屋「僕は健康体のまんまで服用したから体に何も影響はないし、むしろ28歳っていう脂が乗りかけの頃だったからもう丁度いいよね。まあ悩みは髪の毛ももう生えてこなくって、1度切ったらもう2度と生えないことだ。あ、でも抜け毛はしなくなったから禿げる心配はしていないよ」ペラペラ
・
・
・
・
・
・
情報屋「そうそう、それと僕は情報屋っていう人間としてちょっとはミステリアスな存在じゃなきゃいけないんだ。この手の質問にはいつも金貨40枚か、相手がよほどの金持ちならふっかけて金貨100枚とかふんだくったりしてるんだよ。タダなんてラッキーだね、キミは」ペラペラ
情報屋「――と、まあ、大体これくらいまで喋ると飽きられる頃合いなんだけど、まだ知りたいかい? ここから先の追加情報もキミなら無料にしておくよ」ニコニコ
勇者「もう…いいです…」ゲッソリ
隠居『長かったな…。そして分かったような分からんような』
隠居『しかもさり気なく不老不死とか言ってやがるが、んなもんあったのか』
隠居『元魔王の俺さえそんなもんが実在するなんて知らなかったぞ…』
情報屋「他にはあるかい? 不老不死の秘薬ならもうないよ。精製には世界樹の雫が必要だからしばらく作れないしね」
勇者「…もう1つ」
情報屋「まだあるのか。懲りたかと思ったのに」
隠居『懲りたってことは、こいつもう面倒臭がってねえか』
勇者「王様は…何をしようとしてるの?」
情報屋「そうだね…。有り体に、一言でまとめてしまうなら、地上の支配かな」
情報屋「ちなみに、この情報ならすぐに提供可能だよ?」
―王歴200年―
トントントン…
グツグツ
ジュワァッ
勇者「…できたよ」
コトッ
女将「美味しそうだねえ、あんたがご飯を作ってくれるなんて嬉しいよ」
勇者「…」ニコニコ
亭主「ふんっ、味を見なきゃ何とも分からんのにいちいち…」
女将「何言ってんだい、盛りつけ見ただけでもあんたのより美味しそうなのは目に見えてるだろう」
亭主「何をっ!」
女将「はいはい、文句は食べてから言うんだね。いただきます」
亭主「ぐぬぅ…」
モグモグ
勇者「…」ドキドキ
女将「美味しい。美味しいよ、小童。これなら小童が厨房立ってもいいくらい」
亭主「な、何言ってやがる! あ、味はいいがな、小童! 段取りが悪いんだよ!」
女将「あんたは段取りとか言う前に焦げてない料理でも作りな!」
勇者「…」クスクス
亭主「わ、笑うんじゃねえ! いいか、小童、客商売っていうもんはなあ――」
コンコン
女将「おや…」
亭主「っ…もうか…」
ガチャ
使者「お迎えに上がりました、勇者様」
勇者「…」コクリ
女将「気をつけて…また、帰ってくるんだよ」
亭主「た、例え魔王が倒せなくたって、俺達はいつまでもお前の味方だぞ!」
亭主「だから、絶対に帰ってこい! な?」
女将「何を弱気なこと言ってんだい、あんた! 魔王もちゃんと倒すんだよ!」
勇者「…行ってきます」ニコッ
女将「行ってらっしゃい」
亭主「あ、ああ…行ってこい」
バタン
女将「うっ…うぅ…」ポロポロ
亭主「…な、何泣いてんだ、お前。大丈夫だ、小童は帰ってくる…」
使者「魔王城のある孤島まで、この船でお送りします」
勇者「…」コクリ
シュッコウ ヨォ-イ
マオウジョウニ カジヲ トレェ-
勇者「…」
グレイトホ-ンホエ-ルガ デタゾ
トンデモネエ タイグンダ
勇者「…」スッ
使者「! ゆ、勇者様、ここは船員が対処しますので――」
勇者「…」
勇者は紅の剣を抜き放った!
海に巨大な亀裂が入り、魔物の大群が切り刻まれる!
使者「な…何て強さだ…。海が赤く…」ゾクッ
勇者「魔王…50年の戦いに、決着をつける――」
船長「ここまでで、いいんですか…?」
使者「まだ小さく島が見える程度ですが」
勇者「…」コクリ
船長「じゃ、じゃあ今、小船を――」
トンッ
勇者は甲板を軽く蹴り、ふわりと浮かび上がった!
船長「」
使者「」
勇者「ここまで…ありがとう…」
勇者は凄まじいスピードで孤島まで飛んでいった!
船長「…に、人間じゃ、ねえ…」
使者「…船長、しばらくここに停泊して様子見をします。よろしいですね」
船長「あ、ああ…国王様からの命令だからな」
使者(その者、緋色の剣を携え、絶対の獣を纏いし修羅)
使者(全てを照らす光に、全ての闇を含ませる超越者)
使者(永遠の輪廻を生み出す始祖の英霊となるだろう…)
使者「神託の意味を…確かめねば――」
スタッ
勇者「…」
ポツン
勇者「…」チラッ
ギンギン ギラギラ
勇者「…」
・
・
・
勇者「?」
勇者「空が…暗く…」
ズズ…
勇者「!」
突如として、魔王城跡地に世界中の瘴気が収束してきた!
勇者「…」チャキ
瘴気は島を覆い隠していく!
魔王「待たせたな…」
ゴゴゴ…
魔王があらわれた!
魔王「約束通りに貴様が来てくれたことに、まずは礼を言おう」
勇者「今度こそ…息の根を止める!」
勇者は紅の剣を抜き、地面を蹴った!
勇者は一瞬で魔王の眼前に迫り、紅の剣を振りかぶる!
しかし、魔王はどこからともなく召喚した剣で受け止めた!
勇者は飛びずさった!
魔王は飛びずさった!
魔王「うん? その程度の力であったか?」
勇者「…日蝕と瘴気で、パワーアップしている…」
魔王「その通り。姑息だなどとは言うなよ、それだけ貴様を高く買っているのだ」
勇者「僕だって、姑息な手段は用意してある――」
勇者は魔王に向かって切りかかった!
魔王はひらりと回避し、勇者に剣を叩き込む!
しかし、勇者は地面を蹴って魔王の背後に回り込んだ!
勇者「転移魔法――」
魔王「何…!」
勇者は魔王を後ろから羽交い締めにし、足元に魔法陣を展開する!
バシュン
バシュン
魔王「っ――ここ、は…!」
勇者「境涯の扉の内部…」
魔王「境涯の扉は異空間のはず…何故、このような場所に転移など――」
スチャッ
勇者は床に突き刺さっていた剣を無造作に抜いた!
魔王「その、剣は…」
勇者「遺されていた、因縁の剣」
勇者「これに魔法陣を施して、僕と強い結びつきを持たせた」
勇者「因縁は互いを結んで強く惹きつけるから…その力を借りて、ここまで転移をした」
剣には魔法陣が刻み込まれている!
魔王「側近の魔法か…。だが、ここに来てどうすると言うのだ?」
魔王「貴様はここが、どのような場所か知っているのか?」
勇者「どこでもあって、どこでもない場所…」
勇者「生きている者しかいられない、果てのない場所」
勇者「ここで死んだ者は、生者に取り込まれる」
魔王「…ふっ、貴様は俺を殺して取り込もうと言うのか?」
勇者「ここなら…何が起きても外に影響はない」ゴゴゴ…
勇者は徐々に魔力を解放していく!
魔王「良かろう」
魔王は徐々に魔力を解放していく!
勇者「――覇道斬り!」
勇者は勢いよく紅の剣を振り下ろした!
繰り出された剣戟が大地を抉りながら進撃する!
魔王「覇道斬り!」
魔王は勢いよく剣を振り下ろした!
繰り出された剣戟が大地を抉りながら進撃する!
両者の剣戟はぶつかり合い、弾けとんだ!
勇者は地を蹴り、瞬時に魔王の眼前へ迫る!
勇者は紅の剣にふわりとたゆたう赤い綿を乗せて切りかかる!
魔王「ッ――!?」
魔王の傷口から凄まじい炎が吹き上がる!
魔王は耐え切れずに自分自身へ凍結魔法を放った!
勇者「冷たい方がいいなら、こうだ」
勇者は紅の剣にふわりとたゆたう青い綿を乗せて切りかかる!
魔王「がぁあああああっ!?」
魔王の傷口から肉体が凄まじい勢いで凍結していく!
魔王は自分の肉体を傷口の周辺ごと抉り取った!
魔王「な…何だ…何なんだ、お前は…!?」
魔王「半年前とは違う…何故だ、何故、こうも貴様は強くなる…!?」
勇者「僕が進化の因子を持った勇者だから」
魔王「進化の因子だと…? だが、俺は始まりの勇者の心臓を食らっている!」
魔王「ならば俺も持っている…! なのに何故、貴様だけが!」
勇者「進化は前を見ること、希望そのもの」
勇者「絶望なんかを好むお前には、心臓を食べたところで意味がない」
勇者「お前が僕を魔物への恨みで掻き立ててくれたから、以前の勇者達が希望の種を蒔いていて、僕のそれを誤っていると導いてくれたから、僕はまた前に進めた」
勇者「そうして、僕は半年前よりも強くなれた」
魔王「くっ…」
勇者「これが、お前の大好きな絶望だ。気分は…どう?」
勇者はじっと魔王を見つめた!
魔王「ッ――たかが人間風情めが、この俺をコケにするなど…!」
魔王は渾身の力で剣を振るう!
天地を引き裂く、神撃の一太刀が全てを両断していく!
勇者は渾身の力で紅の剣を振るう!
天地を引き裂く、神撃の一太刀が全てを両断していく!
ぶつかり合った両者の超破壊の力は相反せず、相乗して膨れ上がり、周囲を吹き飛ばす!
魔王「見よ、新たに得た、我が魔法を!」
魔王「光の魔法である消滅魔法と、我が最強の闇魔法を合成した、至高にして究極の魔法!」
魔王は消滅魔法と闇魔法を唱えた!
しかし、勇者が魔王に紅の剣を突き立て抉り抜ける!
魔王「――」
勇者「半年前に…僕を殺さなかったのが、敗因だ…」
魔王「っ…か、ははっ…だが…俺にはまだ心臓がある!」
勇者「それは、これのこと?」
勇者は赤い玉を取り出し、口に含むと奥歯で噛み砕いた!バリボリ
ゴクン
魔王「何…だと――」
勇者は紅の剣を引き抜いた!
魔王「フハハハハッ! 決着に勝者などを出してたまるか!」
魔王「俺も死ぬが、貴様も死ぬ!」
魔王「我が覇道の末に貴様が立ち塞がるならば、例えこの身が滅びようとも貴様を屠る!」
魔王「この俺が人間如きに殺されるなどあってはならぬからなァ!」
魔王「死ねェ、勇者! ――自爆魔法!」
魔王は巨大な魔力の全てとともに爆発した!
凄まじい爆発が何もかもを闇の炎で焼き尽くす!
勇者は爆発の中へ勇み飛び込み、魔王に光の剣を突き立てる!
紅の剣の刀身が砕け散る!
しかし、紅の剣は折れて尚、輝く剣が柄から延伸されている!
輝く剣は、魔王の心臓を貫いて放さない!
爆発が異空間を破壊し、空間に亀裂が入った!
魔王「破滅するが良い、勇者!」
魔王「ハハハッ! フハハハハハ――――――ッ!」
勇者「さよなら、魔王――」
異空間が破壊された!
勇者は上下左右のない、無色の世界に放り出された!
ポゥ…
初代『さよなら、3代目』
剣士『じゃあな、達者で』
勇者『今まで…ありがとう』
初代『こっちこそ、魔王から救ってくれてありがとう』
剣士『ようやっと、あの世だぜ』
初代と剣士の魂は勇者から解き放たれた!
初代『またのろけるの? でも、2代目鍛えてた頃の兄ちゃんじゃ、なかなかそうもいかないよねえ』
剣士『うるせえ、ニヤつくんじゃねえ』
初代『それにしても憎いことするよね、兄ちゃんって本当に俺の兄ちゃんだったんだし』
剣士『あれは俺の一存じゃねえし、そもそもは反対だったんだよ』
初代と剣士の魂は天へ召されていった!
・
・
・
勇者『…さよなら』
ポツン
勇者『…』
―王歴205年―
国王「――勇者が魔王討伐を果たして、5年の歳月が経った」
国王「今日になっても、魔王討伐の勇者は我々の前に姿をあらわさず、消息を絶ったままになっている」
国王「彼がすでに命なき者であろうと、彼が築いたこの平和な時代は統治され幸せな世にならなければならぬ」
国王「中央大陸、そして東大陸は、魔物の脅威がなくなったことを好機とばかりに我々、聖王国に離叛した」
国王「私は英霊たる3代目勇者に報いるためにも、中央大陸、東大陸を再び我が領土として、真に平和な時代を築くと宣言する!」
国王「見よ、敬虔な臣民諸君よ!」
国王「これこそが王国魔法部隊が創りあげし、究極の魔法!」
国王「天を支配し、炎の岩を降らせる王にのみ許された魔法だ!」
国王「魔法部隊、まずは中央大陸に降らせよ、聖なる罰を!」
情報屋「やれやれ…。こうなってしまうとはね…」
情報屋「親愛なる剣士くん、キミは魔王からは解放されたのかな?」
情報屋「そうだとしても…これからの動乱はキミが望んだものじゃなかっただろうにね…」
情報屋「不死の秘宝――いや、不死の秘法か」
情報屋「キミにお願いされたことを、僕は果たしたんだけど」
情報屋「彼はどうしたんだろうね――」
ザッザッザッ
ウワ----
ソラ カラ モエル イワガ オチテ クルゾ-
オウコクノ シワザ ダ
?「――」
?は空をあおいだ!
?は片手をあげ、軽く手首を振る!
隕石は突如として軌道を変え、海に落ちた!
オオ ツナミガ クルゾ-
?「…」
?はあげたままの手をさらにまた振った!
高波が急になくなり、海に凪が訪れる!
タ タスカッタ ノカ?
ホントウニ セイオウコクハ セメテ クルノカ ?
ワタシタチ ベツニ ナニモ シテ イナイ ジャナイ
フッコウガ ススムニ ツレテ アッチノ タイリク カラノ イミンガ フエテ ルンダ
キット ソレヲ ネタンデルニ チガイ ナイゼ
ダケド センソウニ ナンテ ナッチ マッタラ マオウガ イタ コロト カワラナク ナルンジャ ネエカ
?「…」
?’『おーおー、また派手なもんを人間は考えついたなあ』
?「…」
?’『お前さん、どうするつもりなんだ? 魔王は消えたってのに、これじゃヤツがいた頃と変わらなくなるぜ』
?「お前さん…じゃない…」
?’『だがもうお前は勇者でもないだろーが』
?’『次元の狭間に肉体が閉じ込められて、魔力をこねくり回して作った人形の姿じゃないと地上にはいられねえんだ』
?「…ただの小童でいい。…そっちはただの、亡霊」
亡霊『そうきたか』
小童「…」
ブゥン
バシュンッ
バシュン
小童「魔王がいないと、人は人同士で争う…」
亡霊『まあ争いってのは程度の差があれ誰でもやっちまうもんさ』
小童「隠居が魔王をしていた頃が本当に幸せだったなら…」
亡霊『少なくとも平和そうに俺の目には見えていたな』
バサッ
小童は覇獣のコートを身にまとった!
小童「僕が、勇者と魔王を永遠に生み出し続ける…」
小童「魔王が現れ、勇者が生まれ落ち、魔王は倒され、勇者は新たな魔王に破れ、新たな勇者が再び魔王を討つ…」
小童「そうして世界に永遠の循環をもたらせば、仮染めの平和は維持される」
小童「僕が永遠の世界の基になって、勇者と魔王を導き続ける」
亡霊『小童…お前は神でも気取るつもりか?』
小童「…神様じゃない」
小童「きっと…魔王よりもタチが悪い存在…」
小童「これからの平和な時代の…全ての元凶――」
スッ
亡霊『何だ、こっから先は俺抜きか?』
小童「亡霊は亡霊らしく、生きてる人間といる方がいいと思う」
亡霊『はぁ…退屈しないヤツが俺を見つけてくれればいいんだがな』
亡霊『だがまあ、お前がこれからすることは遠くから眺めててやるよ』
小童「…ありがとう…今まで」
亡霊『行ってこい。二度と会えない別れなんて、今さらだから惜しまなくてもいいだろ』
小童「…さよなら」
王歴205年――。
地上に新たな魔王が現れた。
そして、この時より永遠に続く勇者と魔王の戦いの歴史が始まった。
乙
大好きだ
くぅ疲
以上です
何か説明不足だったりの感もいなめないので、
分かんないこととかが、もしもあったらお答えしますよー
乙
さ、次の50年いってみようか(ゲス顔)
面白かった乙
お前のおかげで最近は女勇者モノで抜きまくってるぜ
>>681
ありがとうございます
くれぐれもテクノブレイクにはお気をつけください
乙なんだよ
完結しちゃうと寂しいなあ
>>684
いつもいつもありがとうございました
また別のをスレ立てすると思うのでまた良かったら覗いてやってください
二代目の魂は救われない感じ?
>>686
二代目は別に魔王に食べられてはないんで
そのまま無念とかはあるだろうけど天に召されてますね
魔王が食べちゃった初代と剣士に関しては
天に召されなかったんで最後に3代目が解放してあげてちゃんと天にかえれましたよって
そんな感じです
このSSまとめへのコメント
あ、やっちゃったね…
ドンマイ >>1
素人さんが勝手にスレ立てちゃうのは良くある事だから。
以後放置でヨロ >>ALL
#業務連絡:次スレよろ >>トピマス殿