やえ「おーい、さびしんぼう」 (57)
「咲-Saki-」の二次創作SSスレです。
とある別作品を下敷きにしたパロディ物になりますので、パクリだなんだとおっしゃらずに生暖かい目で見てもらえれば。
ゆっくりペースで週に一、二回ほど数レスずつの更新になると思いますが、完結までお付き合いくだされば幸いです。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1368973836
尾道の風景は、どこか懐かしい。
私こと小走やえがこの街に住み始めてからまだ一年も経ってはいない。
しかしそんなこととは関係なく、私は勝手にこの街に対して郷愁を覚えるのだ。
長い長い坂を登りながら、私はふと後ろを振り返り、これはまるで昔読んだ物語の風景のようだと思った。
――この坂を登れば、尾道を一望に出来るあの場所に着く。
海の匂いを吸い込みながら、私はこう叫ぶだろう。
「おーい、さびしんぼう」と。
◇
「ふぅ……ようやく帰宅……か」
小走やえ、28歳。今日も仕事を終え、誰も待つ者がいない1Kの我が家へと帰る。
十二月も半ば、師走の名の通りに日々はあっという間に過ぎていく。
吹きすさぶ寒風からとっとと逃げ出したいと、小走りとは言わないくらいの早歩きで家路を急ぐやえだった。
「ただいまー」
家に帰るやいなや窮屈なスーツを脱ぎ、朝に脱いだままだった部屋着に袖を通す。
今日の夕食は、閉店間際のスーパーに駆け込んで手に入れてきた半額惣菜と朝に炊いておいたご飯の残り。
大学生時代から使い続けてきた炊飯器の調子が最近どうも芳しくなく、半日近く保温していた白米は少し固くなっている。
店先で冷たくなっていたハンバーグを電子レンジの中に突っ込みながら、やえはふと、今の生活というものについて考えていた。
晩成高校を卒業したあと、やえは関東の私立大学に進学した。
実家を出て、初めての一人暮らし。不安と期待に胸を満たしながらも、慣れない一人の暮らしと学業とを両立させるのにいっぱいいっぱいだったことを思い出す。
そういえばあの頃も、自炊をするぞと張り切っていたのは最初の一ヶ月だけだったな、と苦笑しながら電子レンジからハンバーグを取り出す。
いつしか新生活にも慣れ、生活に余裕が出てくる。
ファミレスで人生初のアルバイトもやったし、人並みに恋愛の真似事のようなことだってした(ようで、結果的には何もしていないのと同じだったりはするのだが)。
思えばこの頃が、人生で一番自由で楽しかった時期かもしれない。
人生最後の夏休みみたいな時間はあっという間に過ぎてしまって、気付いた時には現実と向きあわなければならない時期になっていた。
「就活、きつかったなぁ……」
……思い出すだけで涙がほろりとこぼれそうになった。
どうにかこうにか関西を中心にグループ展開するそこそこの企業に潜り込むことは出来たが、周りがどんどん有名企業に決まっていくなか自分だけ取り残されていくあの感覚、出来ればもう二度と味わいたくはない。
「さーて、いただきまーす」
そういえばまだ一袋くらいは残ってたはずだな、と取り出したインスタントのコーンポタージュスープを添えて、夕食の準備は完了。
湯気を立てるハンバーグにかぶりついて、ご飯を頬張る。うむ、美味い。
どこのスーパーにだって置いてあるようなごく当たり前のハンバーグと、長時間の保温で少し固くなったご飯。
そういう少し残念な食事だって、空腹という最高の調味料があれば美味しく頂けるのだ。
「自分で言って、少し虚しくなるな……」
しかし美味しいと感じてしまうものは仕方がない。
肉汁、美味しいし。口の中でたまらない感じに香って、ほら、肉ッ!って感じの主張してくるし。
貧乏舌になったのも、こういう食生活をずっと続けてるからだろうなぁと、もさもさと食べながらそう考える。
就職してからこっち、ずっとこんな生活をしている。
奈良にも支社はあったから、希望を出せば実家から通勤することも出来ただろうが、やえはそうはしなかった。
なんとなく、一人というのが気が楽で、一度その暮らしに慣れてしまうと今更誰か他人が生活に入ってくることのほうに違和感を覚えてしまうようになった。
そんなわけで今でも気ままに一人暮らしを謳歌しているのだ。
ちょうど今の住まいに越してきてから半年と少しが経とうとしている。
最初に広島へ転勤と聞いたときには縁もゆかりもない土地でやっていけるか心配にもなったが、その心配は杞憂に終わった。
会社の同僚は新顔のやえにも良くしてくれたし、新居もなかなか使い勝手の良い立地条件で、今のところ何の不満もなく生活できている。
一欠片も残さない勢いで肉と米を食し、ずずずとスープをすすって、夕食を終わらせた。
心地良い満腹感を抱えながらぽけーっとテレビを眺める。
本当に眺めてるだけで内容は全然頭に入ってこないが、どこかで見たような芸能人が6800円(税抜)もするお肉を食べているのを見ているうちについつい今日の自分の夕食と比べてしまって、なんだか無性に腹が立ってきたのでぷちんとテレビの電源を落とした。
(あー……そういえば明日、日曜で休みのはずだったのに大掃除だとかで全員出なきゃいけなくなったんだっけ……めんどくさ)
こたつに入って仰向けになっているうちに、満腹になった身体が睡眠を求めてきて……やえはそのまま、深い眠りに落ちていった。
最初の投下はここまでになります。
これからはある程度書き溜めをして、きりがいいところで数レスずつ投下、という形で更新予定です。
安価など読者参加要素はないですごめんなさい……
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