希「カードも知らない未来」 (18)
親の仕事の都合で、引っ越すことが多かったウチはいつの間にか一人で殻に閉じこもるようになってたんやな。
もちろん、最初の頃は頑張って友達も作ってた。
けれど、仲良くなってさあこれからという時に神妙な面持ちのお母さんとお父さんから告げられる4文字。
『ごめんね』
ウチはその時いた友達と離れるのを嫌だとは思ったけど、それ以上に二人を困らせたくない気持ちもあって、一人隠れて声を殺して泣いてたっけ。
そんな繰り返しの日々で、人と接するのに疲れた……って言ってしまうのは言い訳になってしまうんかな?
ウチがエリチと出会ったのは、高校生の時。
その舞台になった音ノ木坂学院も、きっとウチにとっては華々しい三年間を飾る場所じゃなくて、一通過点に過ぎないんだろうなと思っとった。
エリちのインパクトは、ウチにとって本当に……『本当に』なんて言葉はちょっと陳腐に感じるくらい、それくらい大きかった。
真っ直ぐに人を見据える透き通った碧眼の女神さまみたいな見た目にも、ウチはどきっとした。
エリチをいつも後ろから見ていて、その不器用なまでの率直さに、どうしてか傍にいたいなって思った。
それなのに、こんなに好きだったのに、どうしてエリチはウチを置いていってしまうん――。
いや、悪いのはウチやな……全部ウチが悪い。ほんっと最悪で、最低やね……ウチ。
「エリチ……」
真っ暗な部屋の中でもう何回そうひとりごちたかわからない自分の滑稽さに、乾いた笑いがこみ上げた。
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春爛漫、桜の花びらが散り落ちる道。
新鮮な笑顔がウチら以外にも、あっちにも、こっちにも。
なんとなく予想はできてて、覚悟もしてたんやけど、案の定疲れてしまったなぁ。
こんなことなら、もっと海未ちゃんのトレーニングに従っておけば……なんて考えて、やっぱり自分じゃあの運動量はちょっと厳しいかななんて想像して苦笑い。
バッグの中は、サークル勧誘のビラやら書類やらで満杯状態。
高校は結構こぢんまりとしてたから、いざ大学へとなると世界が急に開けた気がして……井の中の蛙大海を知らずってやつかな?
「ふぅ……なんだか疲れたわね」
「うん、ウチも~」
手を肩に添えて、腕をぐるぐる回す仕草はパッと見外国人なエリチにそぐなわくておかしかった。
夕暮れ時の道にはもう冬の寒さはすっかり消え去って、気持ちのいい春の陽気だけが充満していた。
「今日のご飯はなんにしようかしら?」
「エリチの手料理が食べたいなぁ」
「ええ、いいわよ」
「えっ、本当!?」
それから二人で帰り道の途中に発見したスーパーで材料を買った。
今後のためにもたくさん買っちゃったけど……今はお金なんて気にしなくてもいいかな。
「ロシア料理ねえ……。結構時間がかかるわよ?それでもいい?」
「全然えーよ?ウチも手伝うし」
「助かるわ。なら腕によりをかけて作っちゃいますからね!」
「おっ、ハードル上げたな?」
ま、エリチの料理の美味しさは前々から知ってるんやけどね。
2リットルペットボトルのお茶のせいでかなり重くなってしまったビニール袋。
手で持つと食いこんでちょっと痛いなぁ……。
スーパーを出るともう夕日がかなり傾いていた。
その反対側にはうっすらと白い月が雲一つ無い空に昇り始めていて幻想的な感じやった。
特に今日の月はいつもより大きいような。スーパームーンって言うんやっけ。
スピリチュアルやんな♪
どこかの家の食卓の匂いが漂ってきて、お腹が空いてきちゃう。
それに今日は……いや、今日からはエリチの手料理だから、お腹が空いちゃうのもしょうがない。
流石にエリチにずっと作らせるなんて亭主関白ぶりはウチには備わってないけど、果たしてウチにエリチの舌を満足させられる料理が作れるのかなんて一抹の不安もあるんやけどな。
そうして見えてきたごくごく普通のマンション。
ここ近隣は住宅街で、さらにマンションやアパートも点在しているから、気を抜いたら通りすぎてしまいそうなくらい風景の一部として溶け込んでて。
それでもウチにとっては最高の住居なんよ?その良さは多分ウチにしかわからんのや!
……そろそろ手がしびれてきそうやな。
マンションの階段を昇って、味気な……モダンな鉄製の扉を開くと、まだまだダンボールが積み重なって山をなしてるウチらの家にご到着。
「はぁ~っ……」
テーブルの上に少し投げやり気味に荷物を置いた。
ドンっと音を立てて、その衝撃で荷物の中の何かが転がってカサッと音を立てる。
右手が急に軽くなって変な感覚。
「重かったわね……次からはもうちょっと少なめに買いましょ」
「せやね……ちょっぴり休憩してから作ろ?」
「そうね……」
新品の家具の匂いがまだうっすら残ってるソファに二人して座って、テレビの電源をつけた。
丁度今はニュース番組の時間。その中でも今は真面目なコーナーじゃないみたいやな。
……なになに、超新星大型新人アイドル到来?
最近はまたアイドルブームが起きてるみたいやなぁ。
ウチらがμ'sやってた頃がもうとっくの昔みたいに感じるのはどうしてだろう……と、振り返って飾り棚に置かれたフォトフレームを見る。
白の木枠の中に、とびっきりの衣装で着飾って、とびっきりの笑顔で写ったウチらの写真は、μ'sのラストライブの写真。
あの時は純粋に、ただただ楽しくて、一瞬でライブが終わっちゃったのを今でもよく覚えてる。
その後みんなで思いっきり泣いたのはまた別のお話。
視線をテレビに戻そうと首を戻すと、エリチと目が合う。
なんや、エリチも考えてることはウチと同じやんな。
「エリチも、思い出しちゃった?」
「ええ。もう随分昔みたい……まだ一ヶ月も経ってないのにね」
「くすっ、そうやね。……また、会いに行かんとな」
「急にそんな真面目な声しないでよ……しかも電車ですぐに会いにいける距離だし」
「ちょっとからかっただけやん?」
『にっこにっこにー♪』
ん?
聞き慣れたフレーズと声がしたような……そう、ウチらと同い年とは思えないほどの幼児体型な……。
ソファから約3m先の四角い魔法の箱に映るのは……にこっち!?
「ええっ!?」
エリチが思わず立ち上がる。
ウチもあまりに急なことすぎて頭の反応が追いつかない。
ウチらまだ最後に会って一ヶ月も経ってないんやで!?そんな短い間に一体にこっちの身に何が……。
にこっち……恐ろしい子!
「ええええええ!?」
エリチは依然として驚嘆の声を上げ続ける。
「えっ、ちょ……え?」
「に、にこっちやん」
「私達の知ってる矢澤にこなのかしら!?」
「ツインテール!身長!胸!間違いありません絢瀬隊長!奴はにこっちですよ!」
「こらっ!やめなさい!」
どうしても気になるっていってエリチは携帯電話を取り出して連絡先を開く。
や行の矢澤にこの5cm上空で、エリチの人差し指が震える……ってなんでやねん!
「いっ、いいいいま電話してもだ、大丈夫かしら!?」
「落ち着いて、エリチ!」
エリチが耳にあてがう携帯に、ウチも聞き耳を立てる。
電話はウチらの予想に反してワンコールで反応があった。
『はーいっ、みんなのアイd
「ちょっとにこっ!!」
『ひぃっ!?う、うるさいわよ!』
やたらテンションの高いエリチと、少し困惑気味のにこっちの会話が続いて、なんやかんやでここに来て晩ご飯を食べていくことになりました。
部屋にはボルシチのいい香りが漂って、着々と食卓に3人分の色とりどりのおかずが並んで……。
「って……」
「ん?どうしたん?」
「ダンボール……」
「あーっ!」
二人して顔を見合わせて、料理や食器をほったらかして急いでキッチンから出る。
いくらにこっちとは言っても、お客さんにダンボールだらけの部屋を見せるのは流石にちょっと恥ずかしくて。
可愛いネコさんの絵のダンボールを持って、隣の部屋へ往復を繰り返すこと数知れず……。
中には一体何が入ってるんやろってくらい重いものもあって、昨日あたりにきちんと整理しておくべきだったと後悔。
大方の荷物が運び終わって二人でフローリングに寝転がっていると、なにやらキッチンからプシュー、プシューと物音が。
「あぁっ!?ペリメニが!」
「えぇぇぇ!?」
大慌てで吹き零れる鍋の下の火を止めて、一安心……。
しばらくしてにこっちがやってきて。
「まずはおめでとう、にこ」
「おめでとさんっ!」
対面して座るウチとエリチの間ににこっちが座って食卓を囲む。
誰かと自分の家で食べるなんて経験は久々やった。
エリチと二人っきりで食べるものいいなぁって思ってたんやけど、やっぱりご飯は皆で食べるほうがおいしいってのは常識やもんな?
カチンっと、グラスに注がれたお茶で乾杯。
「んっんっんっ、ぷはぁ~生き返るわー」
「にこっち、アイドルがそんな飲み方したらアカンよ?」
目の前にはエリチににこっちに美味しい料理に。
もうそれだけでウチは最高に幸せ。
「それにしても、すごいじゃない……本当……」
突如として涙ぐむエリチ。
もしエリチがお酒を飲むようになったら酒癖がすごいことになりそうやなぁ……なんて想像したりして。
それを見てにこっちはすっごい慌ててるし。
「どうしてアンタが泣くのよ!?」
「うっ……だって、にこの夢だったじゃない……アイドル。こんなに早く叶って……」
「絵里……」
場がちょっぴりしんみり。
エリチは泣き止んだら今度はにこっちに質問攻めしだすようになった。
聞くところによればにこっちは三年の終わり頃からちょくちょくオーディションに参加してたらしい。
現役のスクールアイドルということもあって、好印象を持たれたにこっちは卒業後に小さな芸能事務所と契約して、大学に通いつつも地道ながらアイドル活動を続けているみたい。
今もアイドル活動を終わらせてきた帰り道だったみたいやし。
「それでやっと軌道に乗ってきて、ほんの1分だけど地上波に進出!ってわけよ。……あっ、これ美味しいわね」
「エリチの料理は美味しいもんなぁ。にこっちも料理上手だけど」
「そうそう。私なんかよりにこの方が断然上よ」
「いやいや、これ、どう味付けしてるの?」
ご飯を食べ終わったあとも、食器は流しに置いといて、話は髪一本分も途切れず続いた。
「それでアンタ達はどうなの?こんなラッブラブな愛の巣を構えちゃってさ~?」
「なっ、からかうのはよしなさいよ。ねえ、希?」
「ええっ、エリチ……ウチとの関係は遊びだったん?」
「希まで悪ノリしない!」
なーんて、実は本気だったりする。
情けない話ながら、ウチはまだ片思い中。
むしろ、ここまで来ちゃったから逆に言い出せそうにもない。
にこっちは勘が鋭いから、もしかしたらもうウチのことは見抜かれてるんかな?
ウチの専売特許のタロットカードも、こればっかりは使わないでとっておくんよ。
良い結果でも悪い結果でも、実は未来も運命も常に変わってるって言うから本当のところはわからんし。
と思いつつも、悪い結果が出たら絶対ウチ落ち込むし。
「げっ、もうこんな時間じゃない!悪いけど、そろそろ帰らせてもらうわ」
「うん、にこっちも今日はありがとな~」
「こっちこそ久々に話せて楽しかったわ。料理も美味しかったし」
「お褒めにあずかって光栄ね」
にこっちが帰った。
帰り間際ににこっちからサインをもらっておいた。
もしかしたらウチらの手の届かないくらい大物のアイドルになるかもしれんしな?
また棚に飾るものが増えたやんな♪
楽しさの抜け殻と化したリビングに戻って、エリチとシンクに並んで食器の片付けを済ます。
ウチとエリチは、お互いすっかり疲れちゃってるせいか、終始無言。
でもその無言も案外心地いいもんやね。
それから寝室に移動したはいいものの、にこっちが来る前にダンボールを運んだ部屋がここで。
その例のダンボールで埋め尽くされて足の踏み場もなくなった床のせいで、ベッドにたどり着く前に骨の折れる作業をさせられた。
「おやすみなさい、希」
「おやすみー、エリチ」
ベッドはダブルベッドで、ウチとエリチの二人用。
窓から入ってくる月明かりがやけに明るく感じられた。
エリチはもう眠っちゃってるんやけど、月明かりを跳ね返す髪や白い肌、端正に先まで整った睫毛がこんなにも鮮明に見える。
ここ一帯は夜になると静かで、エリチの微かな息の音すら聞こえてしまう。
エリチを想う気持ちが、どんどん強くなってしまってるんかな。
ドキドキして寝られそうにないやん……。
もしかしてダブルベッド案は失敗だったかも。
家具選びのときに別々のベッドにしようっていうエリチに対してウチが駄々をこねたんやけど……。
でもエリチの寝顔が見れて幸せ。
これもあのでっかいお月さんのおかげ。やっぱりラッキーやんな、ウチ♪
―――
今回はここ迄。
早ければ週末に再開します。
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期待