ミリマスSS「私の描きたい世界」 (39)
ミリオンライブのSSです。
作者の妄想で構成されています。公式設定ではありませんので注意してください。
拙い文章ですが、よろしくお願いします。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1400599338
早朝の公園は静かです。世界から私一人が取り残されたような感覚、私以外が存在しない世界。
……目の前を鳩が通り過ぎます。うん。鳩ぐらいなら、私だけの世界に入ることを許可しましょう。
ここには私しかいない。聞こえるのは風に揺れる葉の音、鳥の鳴く声、そして鉛筆が紙の上を走る音。
鉛筆は休むことなく音を出しています。だけど、どことなくやる気なさげに聞こえるのは、私の気分が乗っていないからでしょう。
退屈です。つまらない絵です。だけどこれが普通で、これが求められるのです。しょうがない。
鳩がこっちを見ます。まるで餌を出せと言わんばかり。食パンをちぎって投げると嬉々として啄み始めました。
まったく自由でのんきなものです。その姿に呆れますが、羨ましくも思います。
「……私も鳩になりたかったなぁ」
誰に向けた言葉でもない。本当に思っているわけでもない、でも自分の中の何かを含んだぼんやりとした言葉。
「ほぅ、君は鳩になりたいのかね?」
しかしその言葉を大真面目に受け取った人がいました。
「うん、確かに鳩は素晴らしい。人を意に介さず自分たちのやりたいように生きている。我々にはなかなかできないことだ」
うんうんと頷くスーツ姿のおじさん、いつの間にか隣に立っていました。人の良さそうな笑顔、散歩にでも来たのでしょうか?
「おっと、警戒させてしまったかな。気分転換に散歩でもしようと歩いてたら君の独り言が聞こえてきてね。つい反応してしまった」
……たぶん大丈夫でしょう。何となくだけど悪い人には思えません。
「大丈夫です。ちょっとびっくりしましたが」
「それはよかった。いやぁ近頃は誤解されることも多くてね。なるべく気を使ってはいるんだが……」
苦々しく笑っています。こんなことを頻繁にしているってことは、よっぽどお話が好きなのでしょうか?
「まぁ私の話は置いておくとして、君は絵が好きなのかね?」
……こんな早朝に一人絵を描いていたらそう見えますかね。もちろん嫌いではない、でも最近は好きという気持ちが薄れています。
「そんなところですね。私の絵、見ますか?」
スケッチブックを差し出す。おじさんはほうほうと感心しながら私の絵を眺めます。
知らない人に絵を見せるなんて久々ですね。そう思うとなんだか緊張してきました。
「うん、上手な絵だ。見たところ君は十四歳ぐらいだね? その歳でこれほどの絵を描けるのは凄いことだよ」
……まぁ予想通りの答えです。先生にも同級生にも同じように上手いと言われていますし。
「だが……おっと! いかんいかん、もうこんな時間だ。それでは、私は失礼するよ。付き合ってくれてありがとう」
そう言うと出口の方へと向かって行ってしまいました。いつの間にか現れてあっという間にいなくなる。
その自由さは、目の前にいる鳩みたいです。
でも最後、何を言おうとしたのでしょうか?
それから私の絵は思ったように進まず、人も増えてきたので帰ることにしました。
三日ぐらい経って、私が公園に向かうとベンチに座るおじさんを見つけました。
おじさんは私を見つけると手を振ってきました。随分と馴れ馴れしい人ですね。まぁ、悪い気はしません。
「おはようございます。今日も散歩ですか?」
「おはよう。最近は忙しくてね。休憩と言って逃げ出してきたのさ」
私はかなり冷たい目をしていたらしい。おじさんは慌てて冗談だよと訂正する。
「今日もまた絵を描きに来たのかい?」
「そうですよ。隣、座ってもいいですか?」
これはすまない、と言ってスペースを作ってくれました。私は鞄からスケッチブックを取り出して目の前の風景を描き始めます。
それからしばらく穏やかな時間が続きました。私は絵を描いて、おじさんはお世辞にも上手とは言えない鼻歌を歌う。
その間何も会話はありませんでしたが、決して嫌な空気ではありません。
歌い切ったのか満足そうなおじさん。私も休憩したくなったことですし、質問してみることにします。
「それ、なんて歌なんですか?」
「これかい? 『空』という歌だよ。おそらく君が小学校に入ったころに出た曲だからね。知らないのも無理はない」
「ふーん、そうなんですか」
しばらくして、おじさんの携帯が震えた。もう戻る時間になったらしい。機会があったらまた会おう、と言っておじさんは行ってしまいました。
私も家に帰って、さっき聞いた曲名を調べました。どうやら昔のアイドルソングらしいけど、情報が少なくてそれ以外はわかりませんでした。
それからも、公園でおじさんと会うことが何度かありました。私は学校の課題だったり、絵を描いたり。おじさんも仕事をしてたり、何もしなかったり。
時々世間話なんかもしました。他愛の無い話でしたが、私はおじさんと過ごす時間を楽しんでいました。
だけど、私も受験やらなんやらで忙しくなり、おじさんも本格的に忙しくなったのか見かけることはなくなりました。
寂しくないと言えば嘘になります。でも、世の中はそんなもので溢れています。否応なしに世界は変わっていきます。
またおじさんに会うことになるのは一年近く先のことで、私は高校生となっていました。
高校生となっても私の世界が変化することはありません。ただ周りに合わせて、つまらない絵を描く日々。
その日も私は現実から逃げ出すように、早朝の公園で、以前と同じように絵を描いていました。
「やぁ。一年ぶりぐらいだね。今日も絵を描いているのかい?」
渋みのある声。スケッチブックから顔を上げると、最初にあった日と同じように、いつの間にか隣に立っているおじさん。
「お久しぶりです。覚えていてくれたんですね」
「人の顔を覚えることには自信があってね。特に君のことはよく覚えているよ」
「そうですか。今日も散歩ですか?」
そんなところかな、とおじさんは言います。おじさんは当り前のように私の隣に座って、なんだか一年前に戻ったように感じます。
「そこの自販機で買ってきたんだ。君もどうかね?」
おじさんは左手に持っていた缶ジュースを渡してきました。思わず受け取ってしまう。
「ええと……ありがとうございます」
気にすることはない、とおじさんはポケットから缶コーヒーを取り出す。もしかして、私のために余分に買ってきたのでしょうか。
「最近何かと忙しくてね。この歳で徹夜作業をすることになるとは思わなかったよ」
確かに、以前見た時より疲れているみたいです。でもおじさんの目は子供のようにキラキラ輝いています。
「そのわりには、楽しそうですね?」
「おや、わかるかい? なにしろ長年の夢を叶える準備がやっと整ったのだよ。こんなに嬉しいことはない」
「そうなんですか? えっと、おめでとうございます」
「ありがとう。君はどうだね? その制服は確か○×高校のものだったかい?」
学校のことを聞かれ、思わず苦い顔をしてしまう。
「ふむ、その顔だと充実した高校生活を送れてはいないようだね。最近は交友関係の悩みが多いと聞くが……」
友達がいないと思われたらしい。まったく、余計なお世話です。
「友達ぐらいいますよ! ただ、ちょっと話が合わないだけです……」
そう、ちょっと合わないだけです。私が合わせればそれで済むことです。
「……どうだい。私にちょっと聞かせてくれないかな。もしかしたらアドバイスできることがあるかもしれない」
おじさんとはそれなりの時間を過ごしてきました。でも、私たちはあくまで他人のはずです。
「……どうして、どうしてそこまで私に関わろうとするんですか?」
「ふむ、どうして、か。職業柄、多くの悩める少女を見てきたからね。今の君は、そんな彼女たちと似ている」
それからおじさんはゆっくりと話し始めました。
「君はおそらく夢を見失っているんじゃないかな? 進むべき道、ぼんやりとしているが辿り着きたい場所。それが何かに阻まれ見えなくなっている」
私の夢……私の叶えたい夢……。
「力になってあげられることもあった。だが、それ以上に失敗してしまうことのほうが多かった」
「そう……なんですか?」
「ああ、悔しかったよ。だがね、彼女たちの夢を叶えることこそが、私の夢なんだ。私は、こんな歳になってしまったが夢を諦めるつもりはない」
「おじさんは……強い人なんですね」
「そんなことはないさ。私が努力できたのは、彼女たちがいてくれたからだ。共に夢を追いかけてくれた人がいたからなんだよ」
「共に……夢を……」
「そう。……どうだろう。君の夢、聞かせてはもらえないだろうか」
キラキラとした目でおじさんは私を見る。この人になら……話してもいいかもしれない。
そう思って、私は私のことを話し始めました。
「私のお父さんが芸術家で、色んな作品を生み出しました。そんなお父さんの影響もあって、私も子供のころから色々なことをしました」
三歳のころ、クリスマスツリーの飾りつけなんかもしていたらしい。それぐらい、私は芸術と関わって生きてきました。
「絵も描きましたし彫刻もしました。自分の中にある世界を表現することが楽しくて仕方ありませんでした」
楽しく、おもしろく、カラフルに、綺麗に。紙に木に石に。色んな思いを込めて。自分の作品を作りだしているときは最高に幸せでした。
「……ですが、私の作品は家族以外の誰にも理解されなくなりました。周りからは変人だと思われるようになりました」
同級生からも先生からも。褒められるために、認められるために作るわけではありませんが、一人ぼっちの世界はやっぱり寂しいです。
「どうしたらいいかわからなくて、それで周りに合わせることにしたんです。当り前の世界を当り前に表現しようって」
それからは人が寄ってくるようになりました。当然です。技術で同い年の子に負けるとは思いません。私は尊敬の目で見られるようになりました。
「だけど、とってもつまらないんです。絵を描いているときも、何をしているときも」
自分らしさを置いてきてしまったような。今では自分がどんな世界を見ていたのかも思い出せません。きっと、あの頃には戻れない……。
「私の夢は、子供の頃に願った夢は、誰からも理解されないんです……」
お父さんのような、多くの人を魅了する作品を生み出すことはできない。
だって、私の表現したい世界は誰にも理解されない……。
「それだけです。つまらない話ですよね」
隣を見ると目を閉じ、深く考え込むおじさんが映った。その顔はなんだか悲しそうに見えました。
「……君はどうしたいのかね?」
「私は……絵を描き続けますよ。これ以外にやりたいこともありませんし」
「そうか。……一つ、お願いをしてもいいかな?」
「なんですか? 話を聞いてもらったことですし、できることなら聞いてあげますよ」
君の描きたいように絵を描いてくれないか? そう、おじさんは言いました。
任せてください、とは言えませんでした。自信がなかったからです。自分の描きたい絵なんて……。
「私には……たぶん無理だと思います」
「大丈夫さ。君の描きたいように描いてくれて構わない。私はそれを受け入れられないほど狭量ではないつもりだよ」
どうだい? とおじさんは言ってくれました。おじさんの目を見ていると勇気が湧いてくる気がして、がんばってみようと思えました。
「それじゃあ……描いてみます」
スケッチブックと向き合い集中します。何を描くか、公園でいいや。目の前に広がる景色、いつも傍にいた鳩はいません。
描き始める。音が消える。右手は止まらずに動き続ける。時々顔を上げる。けれど、景色が変わることはありません。
進めては修正し、進めては修正し、なかなかの形になる。だけど満足できません。何かが……足りない。
「ほう、もうこんなに描けているのかい」
技術だけは優れているかもしれません。だけど、何も込められていない絵を見て、私は鉛筆を置いてしまいました。
「……あの、えっと……・できました」
私はもう無理だと諦めていました。顔を上げることができず、だけど精一杯の感謝を込めて渡そうとすると、おじさんはそれを手で制しました。
「良ければもう一つお願いしてもいいかな?」
「……なんですか? 私には……もう……」
「簡単なことだよ。これも絵の中に入れてほしいんだ」
そう言われて、下を向いていた私は顔を上げる。おじさんはハンカチを持っていました。
「ハンカチ……ですか?」
首を横に振る。おじさんがほっ、とハンカチを持ち上げると、膨らみもなかったはずなのに、中から鳩の人形が出てきました。
「最近手品のネタを一つは持ち歩いているんだよ。こうすれば警戒されないかな、とね。どうだい、良ければ入れてくれないかな?」
鳩の人形を受け取る。小さくて白い、普通の鳩だ。絵の上に置く。それは絵の中にまったく溶け込んでいません。
おかしな絵です。本当におかしい。アンバランスなんてもんじゃない。無機質な私の絵に無遠慮に割り込む鳩に、笑いが止まらない。
どうしてこんなにおかしいのだろう。どうしてこんなにおもしろいのだろう。
どうしてこんなにも、ワクワクした気持ちが溢れてくるのだろう。
そんなことを考えていたら、いつの間にか、笑いは涙に変わっていました。ぽとぽとと水滴が落ちて紙を濡らし、世界は徐々に変化していきました。
「……こんなんじゃダメですね。もっとカラフルな鳩ならよかったです」
「そうかい。それはすまなかった」
おじさんは優しく笑う。おじさんの顔を見ると、まるで行っておいでと言われた気がして、私は涙を拭った。
鳩を脇に置いて、さっきまで描いていたものを破り捨てる。あの鳩がいてもいい景色、あの鳩がいてもいい世界を描くのだ。
鳩は白です。なら周りがカラフルじゃないと鳩が寂しいですよね。
そうだ。カラフルにするなら、ここにあるものじゃ味気ない。遊具は鳩の遊び場に、ベンチは鳩の止まり木に、水飲み場は噴水にしちゃいましょう。
ごちゃごちゃと描き進める。鞄から色鉛筆も取り出し、思うままに色を塗っていく。世界が虹色に染まっていく。
構図なんてあったものじゃない。現実なんて存在しない。私だけの世界。私だけが表現できる特別な世界。
気付けば中央の鳩以外はカラフルな何だかよくわからないもので埋まっていました。だけど、私は幸せでいっぱいです。
これが私の描きたかったもの。これが私の表現したい世界。忘れてはいなかった。いつだって私の心にあった。
「どう……ですか……?」
恐る恐るおじさんを見る。おじさんは頷く。その目は私と同じぐらいキラキラと輝いていた。
「これが見たかった。素晴らしい絵だ。君と同じぐらい輝いている、実に君らしい絵だ」
「そうですか……よかったぁ……」
初めてかもしれない。家族以外で認めてくれた人は。とっても、とっても嬉しい。止まっていた涙がまた溢れてくる。
「この絵を私なんかが貰うのは勿体ない。君が持っているべきだ。おそらく、その方がいいだろう」
「え? 貰ってくれないんですか?」
「私が見たかったのは君の輝きだ。それは十分見ることができたよ。それにこの絵は君にとっても特別な絵だろう?」
確かにそうですけど……なんだか申し訳なくなってしまう。
「なに、君を認めてくれる人はきっと大勢現れる。その中に特別な人が出来たら、その人に渡せばいい」
その代わり、渡したいものがあるとおじさんは言いました。おじさんが懐から取り出したのは、一枚の名刺でした。
そこには『765プロライブ劇場 社長 高木順二郎』と書いてありました。
「君、アイドルに興味はないか?」
おじさん、じゃなくて高木さんは私にアイドルにならないか、と言ってくれた。
「君の芸術は立派な個性だ。それを潰してしまうなんてとんでもない。今はっきりとそう思った」
アイドル、それになれば私が私らしく生きていてもいいと言ってくれました。
「君の楽しんでいる姿は必ず多くの人を魅了する。君の表現したい世界もね。まさに、芸術とアイドルの融合だ」
劇場には君を受け入れてくれる多くの仲間がいると言ってくれました。
「誰もが皆、夢を持っている。必ず受け入れてもらえるだろう。同じ夢を持つ同志なのだからね」
挑戦したい。キラキラしたい。さっきから、胸のドキドキが止まらない。
「765プロは、いつでも君を歓迎する。連絡、待っているよ」
高木さんが手を差し出す。それが握手のためだと気付いて、慌てて握手する。
高木さんの目はこれまで会った中で一番輝いていました。そして、それは私も同じだと思います。
「そうだ。まだ聞いていなかったね。君の名前を教えてもらってもいいかな?」
そう言えばまだ教えてなかったですね。思わず笑ってしまう。
「まだ言ってなかったですね。私の名前は……」
それから親を説得して学校にも説明した。止められもした。説得もされた。だけど私は止まらなかった。
変わっていく。世界が色づく。新しい夢を思い浮かべるたびに、あの時の絵を眺めるたびに、勇気が湧いてくる。
表現したい。私自身を、私の見る世界を、私のやり方で!
「ロコはアイドルという名のアーティストを目指すために、生まれてきたの! よろしくお願いします!」
そうして私は……じゃなくてロコは……アイドルになったのです!
これにて終了です。読んでくださった皆さんありがとうございました。
ロコがアイドルになる前のお話でした。楽しんでいただけましたでしょうか?
この話は完全に作者の妄想ですので公式ではありません。念のためにもう一度言っておきます。
ミリマスは設定が出尽くしていません。だからこそ想像する余地がたくさんあります。
アイドルの過去や設定について考えてみることで、より深くそのアイドルを知ることができると思います。オススメです。
それでは、本当にありがとうございました。
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