セーラ「浩子、なんか欲しいもんない?」 (25)

書き終わってますのでサクっと投下します

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2月も半ば、3年生も登校しなくなってなんとなく静かな校内。
麻雀部の先輩たちの姿もここ半月ほどほとんど見ていない。

2年間お世話になった先輩たち、寂しいけどそれはどうしようもないし、
うちに出来るのは笑って送り出すことだけ。
麻雀部は大丈夫、そう思ってくれればそれでいい。と、思っていた。

そんなある日の放課後のこと。

あの人は突然部室にやってきた。

セーラ「うーっす」

泉「あれ、先輩どないしたんですか?」

セーラ「あかんのかー泉ー」

泉の頬を引っ張る、相変わらず学ランを着た先輩。

泉「い、痛いですって!」イテテ

浩子「でもほんまどしたんですか?」

セーラ「お、船久保部長!ってあぁ、今日はあっちが休みやから覗きに来たんや」

あっち、とはプロのこと。
年末に入団が決まった先輩は年明けからプロの練習に参加している。
ちなみにチームは地元大阪で、本人はとても喜んでいた。

泉「なるほど、でも久しぶりですね」

浩子「調子はどうですか」

セーラ「ぼちぼちかな、楽しいで」

泉「それはそれは」

浩子「ま、壁高い方が燃える方ですもんね」

セーラ「そう!ようわかってるやん、浩子」

なんて言って高らかに笑う先輩。この笑顔を見ると、少しだけ胸が痛む。
理由は知ってる。だって…

雅枝「おーい泉~ちょっと来てー」

泉「は、はーい!あ、ほな失礼します」

セーラ「おーがんばれよー」


浩子「で、ほんまの調子は?」

セーラ「うっ…相変わらず鋭いな」

浩子「バカ笑いしとるときはたいていウソついてるときですから」

2年間、その間にいろんなところを見てきた。
だから無理してるときの顔くらいすぐにわかる。

でもそれが自分の中でこの人が特別やからということもわかってる。
他の先輩たちのことは、この人ほどはわからない。

セーラ「まあ、…いろいろこう…わかるやん?」

小さな声で目配せしてくる。言いたいことくらいわかる。

プロの世界は、高卒の新人が即通用するほど甘くはない。
練習についていくのもきっと大変なんやろうってわかる。

浩子「わかりませんけど、…まあわかります」

けど、濁すのは後輩の仕事。

セーラ「さすが浩子や」

今度は無邪気な笑顔。うん、こっちの方がずっといい。
こっちの方が…うちは、好き。

浩子「ほな、後輩と打って調子出してください」

セーラ「そうしようかなー…ありがとう浩子」

最後は小さい声。で、ちょっと照れてる。

浩子「いえいえ、ほな準備手伝ってください」

セーラ「任せとけ~」

今度は大きい声。少しは元気になってくれたらうれしい。

先輩と何度か打って、後輩たちも嬉しそうやったし、
中だるみしかけてた部が引き締まったような気がする。

3年生とはすごいもんや。いるだけでみんなが意識してしまうからか。

練習の後、先輩は監督と何やら長い間話をしていた。
その姿を見て、そらそうやんなって思う。

うちが何を言っても何をしても、監督、おばちゃんに敵うわけはない。
的確なアドバイスも気合い入れも監督に勝てる人はいない。

ありがとう、と言ってくれたのは本音やとは思う。
でも、貢献度考えたら完敗や…。

ってなんで監督と張り合う必要があるんや。そんなん当たり前のことやんか…。
うちは何を考えてるんや…アホらしい。

部長会議に提出する書類を書くために練習後も残っているのに、
しょうもないことを考えていたから用紙はいまだ真っ白や。

セーラ「おーい浩子、何やってんの?」

さっきまで監督と話してたはずの人が目の前に現れてびっくりした。
しょうもないこと考えてたのが恥ずかしい。

浩子「あ、あぁ、部長会議に出すやつなんです」

セーラ「へー…あ、これ竜華が書いてるの見たことあるわー」

手元をのぞき込んできた先輩がそう言った。

浩子「ほな手伝ってください」

セーラ「えー」

雅枝「そこの2人ー私は先に帰るで、戸締り頼むわ」

監督がショルダーバッグを肩にかけて近づいてきた。
ふと見まわすと残ってるのはもううちと先輩だけで。

浩子「うん、わかった」

雅枝「うんやなくてはいやろー」

浩子「ごめんごめん」

セーラ「すんませんやろー」

浩子「あ、ほんまや」

そこで3人で笑い合って、なんとなく懐かしい空気。
インハイのころみたいな、そんな感じ。

雅枝「ほなセーラ、しっかりな」

セーラ「はい、今日はありがとうございました」

雅枝「またいつでもおいで、じゃあまた」

セーラ「はい、お疲れ様です」

浩子「お疲れさまでした」

監督が部室を出て行って、ここには私と先輩の2人きりになった。
別に狙ったわけじゃないし偶然やけど、でも、うれしい。

インハイが終わって先輩たちが引退して、こうしてゆっくり話す機会はあんまなかったし。
やっと来た機会が卒業間際なんは寂しいけどな。

セーラ「浩子それどんくらいかかる?」

うちの使ってる机の前に椅子を持ってきて座ってから先輩は言った。
目の前はやめてほしい、恥ずかしい。

浩子「そうですね…30分くらいですか、この資料抜粋しなあかんので」

なんて、恥ずかしい気持ちなんか全部隠して分厚い麻雀部の過去の予算資料を持ち上げた。
何十年っていう長い長い重みがある。

セーラ「そうかー」

浩子「先帰ってくださいよ、いいですから」

建前と本音が半分半分。

セーラ「えーでもなんか…浩子寂しいやろ?」

ニヤっとした、からかったるで、みたいな顔。
1人きりは寂しくない、でも、先輩が帰るのは寂しい。

けど、きっとこの人はそんなこと考えもせんやろうやから
一人ぼっちは寂しいやろと言いたいだけや。

浩子「いえ、大丈夫です」

セーラ「ちょっとは寂しいって言うてやー」

不満げな顔。

浩子「あーほな寂しいんでおってください」

棒読み、でも、半分本気。

セーラ「そんでええんや、よっしゃ」

満足げな顔。笑顔、眩しくて、一瞬目を閉じた。

必要事項に記入しながら、先輩との雑談に応じる。
正直捗るかって言われたら捗らへんけど、それでも楽しいからそれでいい。
きっともうこうやって話す機会なんかないから、書類はやっぱり口実で。

それでもあと少しで終わる、というところまで進んでいた。
そんなとき、先輩がこんなことをポロっとこぼした。

セーラ「浩子、今までありがとうな」

浩子「このタイミングですか?」

セーラ「うん、なんか今そう思ったから」

浩子「こっちこそ、いっぱいお世話になってありがとうございました」

セーラ「ううん、世話になったのは俺や。去年のインハイ、あれは浩子の力が大きかったし」

浩子「いえ、それが自分の役割なんで」

セーラ「そう言わんと、ほんま感謝してる」

浩子「…恥ずかしいですね」

真顔でそんなことを言われると照れるし調子が狂う。
先輩はそんなキャラじゃないのに。でも、だからか。
こんなに緊張して、それでも嬉しいのは見たことない先輩やからか。

椅子の背に肘をついてふっと遠くに目をやる先輩。

セーラ「俺も恥ずかしい…」

目線は遠くにしたまま、小さな声でつぶやく。
なんとなく、気まずいというか気恥ずかしい空気。

お互い黙ったまま、うちは書類の仕上げに取り掛かった。
静かな空間、暖房がついてるけど日がほとんど沈んでるから足元が冷えて来る。

あんまり遅くなると本当に寒くなる。さっさと終わらせよう、先輩にも悪いし。
喋っていないせいかどんどん書き上げて、ついには出来上がった。

浩子「よし、できた」

セーラ「お、どれ見せて」

浩子「はい」

手渡すと「ん~」とか「あ~」とか唸りながら書類を見ていた。

セーラ「ようわからん」

浩子「なんやそれ」

セーラ「けど、できてよかったな」

浩子「ですね、お付き合いありがとうございました」

セーラ「いやいや先輩やしな」

浩子「おー先輩風ですねー」

セーラ「どや!」

浩子「すごいすごい」

セーラ「全然感情ないやんけー」

帰る支度をしながらそんな風にじゃれあっていた。
書類はこのまま持って帰って朝一番で提出することになってる。

セーラ「あ、そうや頑張った浩子に何かご褒美やるわ。何がいい?」

浩子「そんなんいりませんよ、部長として当然のことですし」

セーラ「まあまあそんなこと言わんと」

浩子「じゃあ、なんか奢ってください」

セーラ「お!任せろ」

浩子「ほな今度イタリアンのコースでも…」

セーラ「オイオイ」

浩子「冗談ですって」

セーラ「なんかないの?ほら、今日に限らずさっきもその、言うたけど
    いっぱい世話になったし、お礼したいねん」

先輩がそんな風に言って粘る。
欲しいものか…そんなこと、考えたことなかった。


先輩が好き、先輩の笑顔が好き。
アホで鈍感でちょっと抜けてて、でもマジな時はマジな先輩が好き。
近くで見ているのが嬉しかったしそれでよかった。

それ以上は何も望んでなかった。
好きなら告白したり、その先だっていっぱい展開はあるけど
そんなこと、考えたことなかった。

関係を壊すのが怖かった、なんて言い換えることもできるけど。

セーラ「なー浩子ないのー?」

戸締りをして廊下を歩いてる最中にもまだ言ってくる。

ほなずっとそばにおって、そんでずっと笑顔でおってください。

と、言いたいような言いたくないような。いや、言えないの間違いか。
結局怖くて言えない。このままでいい、なんてそれは言い訳かも。
でも卒業間際に言うなんて。いや、だから言えるという考え方も…。

いやいや、別にここで求められてるのはそういうことやなくて
日頃の御礼をしたいとかそういうことなわけで、
うちは一体何を考えてるんや。今日はちょっとおかしいわ。

それもこれも先輩が急に部活に顔だしたりするから…あぁ、もう。
ほんま調子狂うわ、なんやこれはもう。

浩子「あ…一個、あるかもです」

うちがようやくそう言えたのは、もう校舎を出て歩き始めた時のこと。

セーラ「えーなになに!?」

こんなこと言わなくたっていいのに、言うつもりなんてなかったのに。
それでもそういうことを一度意識したら言いたくなる。
これだけ考えて、たこ焼きやジュースを奢ってもらう、なんてことで濁すことはしたくないから

だから、ぎりぎりのラインで。わかってもらえるか、もらえないか。
きっとわかってもらえない気がするけど、でも、うちにとっては大きな一歩。

浩子「それ、ください」

セーラ「それって…え、学ラン?これはさすがに…」

浩子「いやそうやなくてボタンです。その、上から二個目のやつ」

セーラ「え?こんなんでいいの?いくらでもあげるけど…ほんまにこんなもんで?」

ほら、やっぱり気付かない。でも、ここで敏感に気付く先輩は違うか。
女の子のくせにこういうことに疎くて、鈍感。でも、きっとそこがいい。

浩子「そうです、それがいいんです。卒業式の日でいいんで、もらいにいきます」

セーラ「わかった、ほなこれは浩子のもんな」

先輩はなんだか嬉しそうに、第二ボタンを撫でた。
その意味も知らず、無邪気に「なんで一番上のはあかんの?」とか言うて笑ってる。

浩子「じゃあ、ここで」

セーラ「あ、そうか。浩子の家そっちか」

浩子「次会うんは卒業式ですかね」

セーラ「あー…そうかも」

浩子「練習頑張ってください、あ、大阪のファンクラブ入るつもりなんで」

セーラ「お、頼むわ。できるだけ、まあ、やってみる」

浩子「なんかあったら…その、微力ながら力になります」

セーラ「浩子はほんまええ後輩や」

浩子「なんも出ませんけど?」

セーラ「ははっ、そう言うと思ったわ。じゃあ、またな」

浩子「はい、さようなら」

手を振って分かれ道の左へ進んでいく先輩。
その後ろ姿が見えなくなるまで、うちはずっとそこにいた。


第二ボタンは心臓に一番近い。

あなたの心臓、心、気持ちが欲しい。

遠回しな告白。

気付いてもらえない告白。

でも、選んだのは自分。

きっといつかはその意味に気付くはず。

そしたらあの人はどんな風に思うんやろう。


そんなことを考えながら、ゆっくりと自宅へ足を向けた。
足取りは、意外と軽かった。




おしまい

以上です
勢いだけで書いたので変なところあったらすいません

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