フィアンマ「暗闇の世界から」アウレオルス「当然、救い出す」 (589)



端的に言うならば、『教会のために魔道書を書くこと』。
それが、私の仕事、職業だった。

つまりは、『隠秘記録官(カンセラリウス)』。

この職業に就いた理由は、簡潔だ。
魔女の脅威から、人々を救うため。
魔術師が魔道書を読む時に、迷わないようにするため。

そして定めた魔法名は、『我が名誉は世界のために(Honos628)』。

薄い物ならば、不眠不休で。
分厚いものでも、なるべく睡眠時間を削って。

そうして必死に書いていると、休むよう言われた。
基本的には流されない性格である自信はあったものの、周囲全員から言われては仕方がなく。
行き場所に彷徨った私は、近場の教会へと足を踏み入れた。
人々でごった返している喫茶店で休むよりも、余程気が休まるというものだ。

『聖なる、聖なる、聖なるかな』

透き通った声が聞こえる。
歌っているのは、先程口にされた言葉通りの題名。
有り体に言えば、讃美歌だった。

『三つにいまして ひとつなる』

三位一体の教理を定義した、一つの神聖な歌。

『神の御名をば 朝まだき
 おきいでてこそ ほめまつれ』

扉に手をかけた。
ひと思いに開ける。

そこには、少女が居た。

石をパンに変える聖女にして、人を石に変える魔女。

「……誰だ?」






彼女の、名前は———————————

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1368015095


注意書き


・平行世界の話

・アウレオルスさんとフィアンマちゃんがいちゃいちゃするだけ

・シリアスはない

・フィアンマさんが女の子且つ盲目

>>1はSS初心者><


「……、…」
「……気のせい、か?」

暫く黙っていると、彼女は勝手に納得したのだろうか、視線をそらした。
咄嗟に何も言えなかったのは、緊張していたからではない。
どちらかといえば、憧れのアイドルと初めて握手をしたファンに似ている。
それとも少し違うような気もする。言葉では上手く説明出来ない感覚だ。

彼女は、右方のフィアンマ。
『神の右席』という最暗部の、実質的なリーダー。
つまりは、ローマ正教の陰のトップだといえよう。
表向きはローマ教皇が最高権力者だが、彼女には勝てない。

「……やはり誰か居るな。何か答えたらどうなんだ」

むう、と不機嫌そうに彼女は言う。
美しく響く歌声とは打って変わって、その声は割と低いものだった。

「…呆然。私は今、驚愕と歓喜に満ちている」
「……、…『隠秘記録官』か」

>>1はSS初心者

どの口がほざく


フィアンマは、目が見えないにも関わらずアウレオルスの職業をピタリと言い当てる。
声と、聞かされていた情報からだ。
別に、特別な———例えば、絶対記憶能力などは持ち合わせていないが、記憶力は良い方だ。
加えて、直感もなかなかに鋭い方だった。
彼女は神の子の像の足下に座っていたところを、立ち上がる。
夕焼けに照らされた彼女は、修道服を纏ってはいなかった。
正確には、修道服に少しだけ似せた、明らかな私服を纏っている。
が、見るものが見ればどれだけの防御霊装を纏っているか、すぐに分かる。
もっとも、彼女はたとえ一糸まとわぬ状態になろうと、特殊な力で自動防御が可能な訳だが。
腰に届くか届かないか、それ程に長い赤い髪を揺らし、彼女は錬金術師に近寄る。
段差は慎重に昇り、やがて彼の前に経った。

「驚愕と歓喜、といったな」
「当然、…私は、君に会ってみたかった」

『神の右席』。
それは、神の右側の席に座ることを目指し。
その更に上、『神上』を目指す、才能に恵まれた優秀な魔術師が所属する最暗部だ。
勿論キナ臭い案件は多いものの、最高権力組織であることは間違い無い。
しかしながら、アウレオルスが感動しているのはそこではない。

『神上』。
神を超えた存在。

それを目指すは、正にアウレオルスの学派『完全なる知性主義(グノーシズム)』の最高峰。
学生でいえば、真面目で勤勉な学生が志望する大学の教授に会ったようなもの。
つまりは、知的な興味、好奇心、感動である。

まして、相手が年下の少女なのだ。
尊敬は、年上に対するそれよりも大きく。


そんな小難しいことを沢山言われ(意味はわかる)。
特殊体質と特別な術式を持ち合わせる強大な少女は。
世界二○億を超える信徒を抱えるローマ正教の陰のトップは。

つまらなそうに話を遮った。

元より、彼女は目が見えない。
故に、耳に頼る生活をしている。
そんな中で、退屈な話をされるのは苦痛だ。
『よそ見』という事が出来ないからである。

「もういい」

話を遮った上で、彼女は続けて傲慢に言った。

「丁度、俺様もお前に用があったところだ。光栄に思え」
「漠然、用とは?」

細い腰に手をあて、彼女は自信たっぷりに言った。

「お前を、個人的に雇う」
「……は?」

アウレオルス=イザード。

今までの人生において目上に向かって「は?」と聞き返したのは、今回が初の経験であった。

またお前か


短いけどとりあえずここまで。
ゆっくり書いていきます。
前スレで予告したやつは書き溜め中です。
あの、長さ的に半年位かかりそうだったので…こっちを先に。

>>5
初心者って言ったら優しくされるかなって(震え声)
いや、別に優しくされてますが。毎回。ありがとうございます

半年て。機体させていただこうジャマイカ


ピクシブにあった>>1の盲目フィアンマさんかね

今更何をいってんすか、アンタ

初投稿です。  って言った方が良かったんじゃないか?(ゲス顔)

今回も期待してます


>>10
はい(震え声)

>>12
あれはどちらかというと半年書き溜めになりそう()な方…ですが、フィアンマちゃんの人物観は同じにしたのでその解釈で良いような。
あれはあくまでイメージイラストです。
このSSは半年ryの番外編的位置づけです。ifルートというか。

>>14
初投稿…あっ(察し)ありがとうございます

>>13
初投稿です(震え声)












投下。


「…呆然、雇う…とは?」

アウレオルスの脳内に浮かんだのは、顧問の二文字。
『完全なる知性主義』を究めるにあたっては、優秀な頭脳を持つ同じ教派の人間が傍に居た方が良いのはわかる。
自慢はしないが、彼は実に優秀な人材だ。
『隠秘記録官』の中でも最速の筆記を誇る、優秀な錬金術師。
パラケルススの末裔たる、才能にも恵まれた魔術師。
確かに、『神の右席』が顧問錬金術師として雇い入れるには最適の人材だ。
仮にそうなら今手がけている魔道書だけは片付けてしまいたい、とアウレオルスは思った。
盲目の少女は、そんな彼の思慮をあっさりと遮る。実に気軽な声で。

「言葉通りの意味だが?」
「それはつまり、…『神の右席』の顧問錬金術師として…?」
「いいや。それならば"個人的に"という言葉は使わんよ」

だとするならば、専属の錬金術師だろうか。
知識と頭脳を金で買うという行為は、魔術師の世界では珍しいことでもない。
勿論、教会世界は弱みを握ったり、様々な策を講じて人を留める事が多いが。

「まあ、雇う目的を明確に言おうか」

ごくり。

何やら緊張してきたアウレオルスに、フィアンマは薄い笑みすら浮かべてみせた。

「俺様の友人になって欲しい」




その日、アウレオルス=イザードは人生初めて、ギャグ的にずっこけそうになった。


「……漠然、友人とは。今先、雇うと口にされたのでは」

フィアンマとアウレオルスは、外へ出た。
夕暮れ時、赤い夕焼けは徐々に落ちていく。
やがて地平線を過ぎて消えれば、夜になることだろう。
輝く星々を見ることは決して叶わないフィアンマは、ゆっくりと足元に注意して歩く。
怖々と敬語を使う彼に、彼女はこくりと頷いた。

「ああ。確かに言ったぞ」
「喟然、ならば友人…とは、言い間違いを?」
「違うな。友人になれと言った、これを引き受けるお前に金を支払う。
 これは雇う、雇われるの関係で間違いないだろう?」

言い間違いでも言葉違いでもない、と彼女は言う。
アウレオルスは、首を傾げた。
確かに彼に、友人と呼べる人間はほぼ居ない。一人いるか居ないか程度。
しかしながら、それでも友人とは金を支払ってなってもらうものではないという常識はある。
確かに付き合いが長くなれば食事を奢るだとか、遊興費を請け負うなどはあるかもしれない。
チケットをプレゼントしたりだとか、そういった風にお金を使ってあげることは、親しい友人なら。
だが、それは給金という形で与えたり、与えられたりするものではないはずだ。
それは友人とは呼べない関係だ。契約の上に成り立っている関係など、何の意味もない。

「毅然、それは友人とは呼べない」
「………」

不愉快そうに、フィアンマは眉を潜める。
が、アウレオルスは続けた。

「貴方と友人になれるというのであれば、当然、光栄だ。
 顧問錬金術師として雇って頂けるのであれば、それもまた。
 しかし、その二つは相いれぬものと思われる」
「………」

むううう、とむすくれる彼女は寂しい人間だった。
金と権力、暴力と交渉でしか、人を留めておけない。
それは過去、とある少年と別れた事がきっかけだった。
錬金術師は、穏やかに続ける。

「俄然、どちらかに絞ってくださると言うのなら、」

私は貴女に仕える、友人として接する。

そんな申し出に、フィアンマは少しだけ迷ってから答えた。

「……そうか。なら、……友人になれ」

ちょっと不機嫌なまま、彼女はそう選択するのだった。


そんな会話をしていると、気がつけば辺りは暗く。
ついでなので食事をしていこう、と彼らはカフェへと向かった。
差別的な扱いを受け易い赤毛だったが、きちんと手入れをしてあるそれは美しく。
長い髪は風に揺れ、その度に人の視線を集めた。
傲慢な態度———つまり黙っていさえすれば、彼女は美少女だった。
絶世の美少女なのにどうしてこうも話し方が特殊なのだろう、とはアウレオルスは思わない。
そもそも魔術師とは一癖も二癖もある輩ばかりなのだ、不可抗力である。

「………」

店内は暖かく、暖房がそこそこに利いている。
別に科学サイドへの恨みはないアウレオルスやフィアンマは、何も思わない。
ただその場にある心地よさを享受するだけだ。
ローマ正教内、特に魔術を知る者には科学を嫌う人間も多く、些細な事でも文句を口にする。

「……お前は何を飲んでいるんだ」

その点で言えば、二人は相性が良かったかもしれない。
フィアンマは程よく砂糖を溶かしたミルクティーを啜りつつ、小首を傾げた。
アウレオルスはきょとんとした後に答える。

「決然、私はコーヒー派だ」
「ほう」

相槌を打ち。
フィアンマは手探りでソーサへカップを戻す。


それから、光を宿さぬ瞳をきらきらと輝かせた。
思わずたじろぐアウレオルスに、彼女は問いかける。

「俺様はそれを口にしたことがないのだが、苦いのか?」
「……雑然、もしもこのコーヒーのことを言っているのであれば、苦くはない」
「ふむ」

じー。

見えない筈なのに、手元に視線が注がれている気がする。
別に、彼女は卑しい根性など持ち合わせてはいない。
金ならそれこそアウレオルス以上に持っているし、不自由はしない。

「………」

きらきら。
じっとり。

相反する二つの表現が似合う視線を受け。
彼は、そっとカップを差し出した。
自分が口をつけた部分をハンカチで拭いたのは、紳士的な気遣いである。

「洒然、…飲めば良い。人の口伝にて聞くよりも、一度の体験が一番理解を得る」
「……気が利くな」

無言の圧力をかけておきながらこの始末である。
彼女は上機嫌にカップの持ち手を手にし、上品に啜る。

砂糖は一切入れておらず、僅かに牛乳———否、ポーションミルクを溶かし混ぜたコーヒー。

ブラック程のキツさはなく。
カフェオレ程のまろやかさはなく。

が、美味しい。
少なくとも、コーヒーの味がわかる人間であれば絶賛する程に。


フィアンマは無言でカップの淵を拭う。
自分が口をつけた場所を丁寧に指と袖で拭いた後、カップを戻した。
次いで、探し当てたアイシングたっぷりのクッキーを口に含む。

「………」
「…漠然、味は」
「…悪く無い。悪く無いが、…俺様の口には合わなかったようだ」

もぐもぐ、とアイシングが彼女の口内へ消えていく。
苦かったのだろうか、とアウレオルスは思った。
別に不味いなどと貶された訳ではないので、気に障る事は何も無い。
フィアンマはクッキーを食べ終え、思い出したように言った。

「今日と同じように、俺様はあの教会にいる

それは、言外に会いに来いというメッセージでもある。
今日から彼女の友人となった人間であるアウレオルスは、穏やかに笑む。

「当然、理解した」
「まあ、もし居なければそのまま帰って良い」

端的に言って、彼女はクッキーを頬張る。
アイシングの無いココアの方だ。二枚目である。
手のひら程の大きさがあるクッキーを食べつつ、彼女は問いかける。

「お前は休暇を取っていないだろう」
「的然、私は隠秘記録官とし「いかんな。それは」……て」

実に良くない、と指を差す彼女だが、その指は若干見当違いの方向を向いている。
心優しき天才であるアウレオルスは、困ったような顔をした。
実際、休みを取らないのは良くない事ではある。が、自分には使命がある訳で。


言葉を止めるアウレオルスに、フィアンマは言う。

「…隠秘記録官は一人ではないし、沢山書いたところで大勢の人が救われる訳ではない」
「………、…」

ローマ正教は、アウレオルスが思うような方針は持っていない。
人々を平等に救う、ということを信条にしておきながら、魔道書は秘匿するのだ。
機密性だ何だと、たくさんの理由はあって。正当性はあって。それでも、残酷な制限。
無駄なことだと思いながらも、それでも毎日魔道書と向き合っていた。
沈黙し、現実を再認識して落ち込むアウレオルスへ、フィアンマは慰めるでもなく言葉をかける。

「だから、休暇を取れ」
「しかし、」
「そして、俺様に付き合え。…何なら、無理やり休職させても良いんだぞ?」

ふふふ、と笑う彼女は魔女の如く。
どうせ権力を悪用するならもっと良い事に使って欲しい、と思い。
アウレオルスはふと、差し出がましいとは思いながらも、彼女の立場を鑑みてこう願ってみた。

「判然、貴女はローマ正教の最上位に君臨する」
「……そうだな」
「…ローマ正教の、魔道書の秘匿性をどうか、」

言いかける彼に、退屈だと言わんばかりの視線がそれとなく向けられる。

「秘匿を解いて多くを救おうとすれば、かえって犠牲者が増える」
「……、…」
「全のために一を切り捨てる。確実な方法だ」

その気になれば、彼女はいくらだってローマ正教の方向性を変えられる。
だけれど、それをしてどうなるか。
二手三手、いいや、更に千手先を考える彼女に見えるのは、破滅の未来だ。
良かれと思ってしたことがどこまでも状況を悪くすることを、彼女は知っている。

「お前の願いは、わからない訳ではない」

クッキーの欠片を指から舐めとり、フィアンマはため息を飲み込む。

「それでも、錬金術のように世界は働かないんだ」

一を犠牲にして一を得られる世界ではないのだから。

残酷な現実を口にして、彼女は以後黙り込む。
彼女だってローマ正教を上手く敷いているのだ、とアウレオルスは口を謹んだ。

きっと、いつか、幸福な世界になる。

そんな未来を目指し、今は自分が出来ることを自分なりにすれば良い。
アウレオルスがそう静かに結論を出したところで、フィアンマは話題を蒸し返した。

「で、休暇の話だが」
「勃然、休暇が何だというのだ」
「明日、お前は休みだ。俺様に付き合え」
「…ちなみに、付き合うとは何をすれば」

不可解そうに眉を寄せるアウレオルスに、フィアンマは先程の施政者としての顔を捨てて言った。

「そうだな、エスコートしてくれ」

要するに、デート<ひまつぶし>のお誘いなのである。


今回はここまで。
アウレオルスさんの『〜然』のために辞書片手に書いてます。
デートか…。

乙。アウさんの口調は絶対辞書いるよなww

何故かわからんが何となくハガレンの「全は一、一は全」を思い出したんだぜ


辞書と造語大活躍。

>>30
錬金術師ですからね、アウレオルスさん














投下。


翌日。
残念なことに、朝から雨が降っていた。
酷い雨だった。傘を差さねば三秒で下着まで濡れてしまいそうな大雨。

「……」

降りしきる雨音をゆるりと聞きながら。
フィアンマは退屈そうに、彼を待っていた。
時刻は午後三時。おやつ時である。
疲れが溜まっている彼の場合、一日寝ていてもおかしくない。
それならそれで仕方のないことか、とフィアンマはぼんやりと思う。

こうして長い時間人を待っていると、あの少年のことを思い出す。

『お、おれ、とうま=かみじょう。…きみは?』

"あの日"、別れ。

長い時間を待ち。
待って、待って、待って。
待って、待ち続け。
疲弊して、それでも待ち続けて。

執着心は、気付けば消えていた。
どうせ、助けになど来てくれないのだから、と諦めた。
そうして色んなことを諦めている内に臆病になっていって。
気まぐれとはいえ、自分から友人になってくれなどと言ったのは初めてだな、とフィアンマは思う。

「ッ!」

少年の、息切れした様子、息遣い、声。
フィアンマは神の子の像へ身体を向けたまま、問いかける。

「アウレオルスか?」
「当然、っはぁ、…申し訳ない」

コツコツコツ。

革靴の音が聞こえる。
その音は徐々に近寄ってきて。
それから、フィアンマの隣に座った。


ぽたぴちゃ。

腰掛けていた椅子に置いていた彼女の手の甲に、水滴が落ちる。
雨の中全力疾走してきたのか、とフィアンマは首を傾げた。
ちなみに、待ち合わせ設定時刻から一時間程過ぎている。

「騒然、目が覚めたのが…。…二時間前だった」
「ほう」
「俄然、支度は順調だった。外へ出て、早速向かおうとしたのだ。
 …だが、生憎同僚に呼び止められ、資料について質問を受けていた。
 そうこうしている内に時間が経過して、同僚と別れたのが三十分前。
 以後歩いて移動していると、雨が増し、傘が破壊された。
 毅然、代替の傘を探し歩き回り、…時間を浪費した」

加えて電車が遅れたり。
せっかく買えた代替の傘も暴風雨にやられ。

弁解の合間に、彼は数度謝罪を挟んだ。
構わない、とフィアンマは応える。
百年にも感じられる十年間の孤独に比べれば、こんなもの。

「…本当に申し訳な「もういい」」

言葉を遮って、フィアンマは口元を僅かに緩めて言う。

「……それでも、お前は来てくれた。
 俺様とは昨日出会ったばかりなのに、不運に見舞われながらも来てくれた。
 どれだけ遅れようと、来てくれればそれで充分だ。充分過ぎる」

寂寥を滲ませて、彼女はそう言葉を放った。
アウレオルスは沈黙し、かえって罪悪感がこみ上げてきたことを自覚する。

「生憎の雨だ。ここは一つ、外に出るのではなく室内で遊ぶことにしよう」

言いながら立ち上がって。
フィアンマは、アウレオルスを促した。


この教会は、半分程フィアンマの私物と化している。
どういうことかというと、彼女の別荘的物件なのだった。
隠し扉の向こうは、生活感が少なめな部屋となっている。
アウレオルスは彼女に促されるまま、そんな場所へとやって来た。
どうするべきか迷い、立ち尽くしたままの彼へ。
彼女は奥へ一度引っ込んだ後、タオルをもってきて差し出した。

「……何から何まで」

本当にすまない、と言葉を漏らしつつ、アウレオルスはタオルを受け取る。
清潔感のある乾いたタオルで、濡れた髪を拭いた。
濡れてしまったスーツのジャケットは脱ぎ、ネクタイと共に空いているハンガーを借りてかける。
スラックスは脱ぐ訳にはいかないのでそのままに。
濡れたワイシャツが空気にさらされ、シャツの向こう、透けた肌が異様に冷える。

「……」

ぶるり。

無意識に身震いするアウレオルスだったが、見る事の出来ない彼女はその様子に気付く事が出来ない。
しかしながら、彼の呼吸が浅く早めな事や、シャツを手で摩る摩擦音から何となく読める。

「寒いか」
「介然、問題はない」
「…本当に?」
「……」
「…少し待て」

フィアンマは手探りでチョークを探し。
それから、床に正確に陣を描いた。

盲目のピアニストが鍵盤を弾けるのと同じ。
感覚で慣れてしまえば、術式の行使に視覚は必要無い。

程なくして、空間自体が暖かくなってくる。
暖房は入れていない。暖房代わりが先程の陣だ。
燃える赤<フィアンマ>を名乗るだけあって、フィアンマは特に火の魔術に対して精通している。
温度を変化させることなど、造作もない事だった。


『神の右席』は通常魔術を扱えないはずでは。
首を傾げるアウレオルスは、疑問を口に出さず内心に留める。
あまり機密を知り過ぎてはいけない。
『神の右席』という組織名を知っているだけでも、それは凄い事なのだから。

チョークをしまい、フィアンマは手を洗う。
それから手探りに冷蔵庫(氷を利用した古典的過ぎるものだ)を開ける。
その中から一枚の白い平皿を取り出した。
丁寧にかけてあったアルミホイルを剥がし、丸めて捨てる。

「……昼食は摂っていないんだろう」

ほら、と差し出される平皿。
その上には、彩のそこそこに良いサンドイッチが鎮座していた。
有り難くひと切れつまみながら、アウレオルスは彼女へ視線を向ける。

「漠然、これは貴女が?」
「まあ、料理の一つ位は出来るからな。
 …もっとも、これを料理と呼んで良いかは甚だ疑問が残るが」

中身はレタスと生ハム、クリームチーズ。
確かに子供でも出来る内容だが、料理と呼んで問題無いだろう。

「当然、これは料理だと思うが。…加えて美味だ」
「そうか」

相槌はそっけないものだった。
が、表情には照れが含まれている。
容姿が整っている事もあり、そうした様子でいれば常に愛らしいのに、とアウレオルスは思った。


簡素な昼食を終え。
フィアンマは、アウレオルスと話をしていた。
正確には、アウレオルスが話してばかりだったが。
彼女が質問し、彼が応える。
その繰り返しは、会話と呼んでも良いものか、疑問が浮上するかもしれない。
理由としては、フィアンマは世間話のネタをあまり持っていないからだった。

昔から、ずっとそう。
塔の天辺、一人で暮らしていた頃から。
閉じ込められたままに成長した。
故に、今も外に対しては興味がさほどない。
唯一与えられた希望さえ、去ってしまった今では。

アウレオルスの話がひと段落ついたところで、雨がやんだ。
窓の外、雨音がしないことに気がつき、フィアンマは言う。

「行きたい所がある」
「晏然、共に向かおう」



行きたい所。
予想外にもそこは、猫カフェと呼ばれる場所であった。


ごろごろと喉を鳴らす猫の顎下をくすぐり。
カフェで提供されているおやつ(有料)を与え、フィアンマは満足そうな表情を浮かべていた。
対してアウレオルスはというと、乾いたスーツに猫が擦り寄り、毛が纏わりつくことにしょっぱい顔をしていた。

「…憮然、強く擦り寄り過ぎている」
「なーん」
「獣は反省をしないものだからな」
「…貴女は猫が好きなのか」
「人に懐く生き物は大体好きだよ」

ただし蛇は除く、と彼女は付け加える。
首を絞められそうで恐怖を感じる、とのことだった。

「驚然、貴女にも怖いものがあったとは」
「俺様を何だと思っているんだ」
「当然、」
「いや、言わなくて良い。ここで口にするのも不味いだろう」

それはダメだ、と制止して、彼女は口ごもる。

「怖いものの一つや二つ、あって然るべきだろう」

自分は『人間』止まりなのだから。

そう呟く少女に、少年は薄い笑みを浮かべる。

「本然、君は愛らしいな」

珍しい赤毛の猫を膝に寝かせたまま、フィアンマは固まる。
それから、小さい声で問いかけた。
見えない目をきょろきょろと彷徨わせて。

「……ほんと、に?」


今回はここまで。

乙。この二人のまだ関係の堅さがいい感じだ


擦りよってきたにゃんこがアメショかスコティか、他種か聞こうじゃないか


>>47
マンチカンです。参考画像こちら(http://www.e-nioi.jp/event/kensyuzukan/manchi01.jpg






投下。


細々とした声。
常の傲慢な態度や、特殊な一人称からは考え難い様子だった。
こちらが素顔だったりするのだろうか、とアウレオルスは思う。
だとすれば、その面を表に出していれば人に愛され易いのに、とも。

「当然、嘘はつかない」
「…そうか」
「……貴女程の人物ともなれば、褒め言葉等慣れきってしまって世辞と一笑に伏されるかと思ったのだが」
「能力、財力、権力。これに擦り寄る馬鹿は多いが、俺様自身に何かを言う人間はほとんど居らんよ」

愛らしいと言われたのは初めてだ、と口ごもる。
彼女は細い指先で猫の耳裏をかき、その温かさと呑気な鳴き声に表情を和らげた。
物知らずな姫と思って接すれば、別に傲慢な物言いも腹が立たないものである。
そもそもアウレオルスにとっては目上なのだから、失礼なことを言う訳もなく。
かといって友人でもあるのだから、思った事が良い事ならば口にするというのは当然の道理であった。
ごろごろと喉を鳴らして甘える赤猫を愛で、フィアンマはゆっくりと息を吐き出す。

「…お前は、媚を売らないんだな」
「晏然、する必要が特に見当たらない」

友人なのだから、と彼は言う。
少女は薄く笑んで、今はただ、猫を愛でる事にした。


翌日から、アウレオルスは再び職務に戻った。
しかし、フィアンマの言葉を踏まえ、前程無理はしなくなり。
キリの良いところで仕事を切り上げ、彼はフィアンマに会いに行くようになった。
体調が悪く無い限りは、ほぼ毎日のように。
そこに理由や根拠はなく、ただ『会いたいから』の一言に尽きる。
会ったところで時間が時間であり、聖歌を聞いて、お茶をして終わり、なのだが。
そんな日々を一ヶ月、二ヶ月と重ねていけば、当然親密さは増していく。

「果然、貴女は歌が上手いな」
「聖歌隊に比べれば下の下も良いところだ」

彼女が歌うものは、賛美歌が多い。
神を讃え、運命を愛する、そんなもの。
実際のところは、正反対の人生を送り、感情を抱えているのに。

「……お前は、基本的に時間に正確で良いな」

そんなことをぼやいて褒めて。
フィアンマは、静かにミルクティーを口にする。

「当然、時間とは厳守されるべきものだ」
「まあ、それはそうだが」

砂糖の溶けた甘い液体が、温かく胃に染み込んでいく。
そろそろ体重を気にするべきだろうか、とフィアンマは思った。
管理される幼少時代を送った影響で、彼女は非常に少食である。
故に細身は変わらず、精一杯食べようとしても限界はあるのだが、そこは年頃の少女である。
多少なりとも体重は気にしてしまうものだ。
まして、自分の姿は鏡で見ても確認出来ないのだから。

「俺様は、一つ、約束をすっぽかされた経験がある」
「…漠然、約束とは?」

問いかけられ、彼女は口にした。


父親は産まれる前に消えていて。
母親は、彼女を産んだ日に死んだ。
そうして物心がついた頃、彼女は既に塔の上へと幽閉されていた。

『神の如き者』の適性。
救世主の素質。
数百年振りの『右方のフィアンマ』の到来。

ありとあらゆる才能に恵まれた彼女は、何もかもを他者に奪われた。
ローマ正教によって塔上へ幽閉され、毎日を魔道書と一般学問に費やした。
そんなある日、彼女へ手を差し伸べてくれた不幸な少年が居た。

『俺、疫病神だから』

そう言う彼はとても優しく。
数日間を共に過ごし、友人となって。

『もどりたくない』

そんな自分の我が儘を叶えてくれようとして。
結果としては早々に捕まり、それ以来会えてはいない。

『きっと、おまえをたすけてみせるから』

そう言ってくれたのに、連絡は一つもなく。
再び会う事は出来ないまま、十年程の月日が過ぎた。


「俺様は、誰かに期待することをやめた。
 誰かと約束することが怖くなった。契約ばかりをするようになった。
 誰かを待つことに慣れた。今の俺様なら、きっと百年は笑顔で待てる」

でも、時間を厳守してくれることは嬉しい。

理由があるのだ、と語って。
それから、彼女は首を緩く横に振った。

「お前にこんなことを言っても仕方がないな」
「………」

アウレオルスは、黙っていた。
黙って、色んなことを考えていた。
彼はまだまだ年若いが、天才にして秀才の錬金術師だ。

「……貴女の理想を。或いは、叶えられるかもしれない」
「……、」
「……屹然、実現は恐らく長らく先になるだろうが、」
「別に、良い」

遮って、フィアンマは首を横に振る。
誰かの為の優しい笑みを浮かべてみせて。

「もう、当麻が助けに来てくれることは諦めている」
「………」

今の夢はそうじゃない、と彼女は語る。


「俺様の夢は、」

彼女は手を伸ばし、アウレオルスの頬を撫でる。
華奢な指の感触に目を細める彼から少しズレた場所に、目を向けて。

「逃げ出す事だ。この、暗闇の世界から」

盲目であることだけは、諦めきれない。
目が見えるようになれば幸せになれると確定している訳ではない。
それでもアウレオルスと話していて、世界を見てみたいと思った。
十年程前のあの日と同じように、それ以上に、誰かが隣に居る世界を感じたいと。
若き錬金術師は、心から、憐れむべきこの少女を救いたいと思った。

「……まあ、医学的アプローチからでは、決して治せないと言われたがね」

物理を超越した奇跡でも起きなければ見えるようにはならない。

奇跡は自分の専売特許だというのに、と自嘲気味に笑って。
それから泣きそうになって手を引っ込める彼女の、その右手を。
アウレオルスは手をとり、彼女を見つめる。
たとえ視線が合わずとも、表情が伝わらずとも。
見据えられていることだけは判断出来、フィアンマは首を傾げる。
霊装としても機能する特別な右手を両手で優しく握り、彼は宣言した。

「約束しよう。君を、盲目の闇から」

はっきりと。
時間はかかれど見つかってはいる方法を、思い浮かべたままに。








「——————当然、救い出す」


今回はここまで。
こんな感じで少しずつ投下します…。
ネタやリクエスト等ありましたらお願いします

小ネタ思い付いたから……

ヘタレの錬金術師、ハガレンアニメ第一話をダイジェストでアウさん→エド、フィアルフォンス(鎧)でこう…何かいい感じで(笑)


>>68
ネタ提供ありがとうございます! 申し訳ないがクロスはNG(震え声)







投下。


手を握られたまま。
自分の手を握っている、存外立派で男性的な手の感触を脳内で処理しつつ。
フィアンマはどう言葉を返すべきなのか、どんな表情を浮かべれば良いのか浮かばなくて。
結果として、適当に茶化してしまうことにした。

「…何やらプロポーズのようだな?」
「な、」
「、っく…っくくくく…!」

あははは、とツボにはまった様子のフィアンマに、アウレオルスはがくりと項垂れる。
先程までとてつもなく真面目な雰囲気だったはずなのに、途端にこれである。
女心と秋の空、などと日本では言うが、女たらしでないアウレオルスに、女心はあまり読めない。
くすくすくす、と徐々に笑いの波は静まっていき。
握られた手は解かないまま、彼女は俯いてぽつりと言う。

「約束はしないし、期待もせんぞ」

希望を抱けば抱く程。
ルーレットに多くのコインを賭けるのと同じで。

負ければ、失えば、悲しくなる。

「約束など、する必要はない」

当然、と言ったのだから。
約束も何も必要はなく。
いつか自分が実現すると決めただけの目的なのだから、と彼は言う。

「随分と入れ込んでくれるな。あんな話で同情したのか?」

嘘かもしれないのに、と彼女は笑う。
そんな言葉を放つ事が、嘘ではないことを裏打ちしていた。

「憤然、私にも人を見る目位はある」

だから、助けたいのだ。

彼は、そうして手を離す。


アウレオルスはフィアンマを教会まで送り届けた後、自宅へ帰ってきた。
職場で生活しているようなスタイルのため、家は生活感が少ない。
ついでに言えば少々ホコリをかぶっているものもある。
疲れはほとんど無い。今宵中に掃除をしよう、と彼は思い立つ。
埃の被った写真立てを丁寧にハタキでぬぐい、ボロいタオルで拭く。
写っているのは父親と、幼い頃の自分。母親は自分が産まれたときに死んだ。

「………」

厳しい父親だった。
パラケルススの末裔として、英才教育を施された。
それでも、彼女に比べればマシな方だったのだな、と思う。
同情していたのか、と問われれば、きっと自分は彼女に同情している。
自分より遥かに目上の人間に同情というのもどうかとは思うのだが。

「……、」

同情という言葉だけでは言い切れない。
依存という言葉まではいかない。

ただ、少なくとも、彼女は自分にとって特別な立ち位置に移行しつつある。


アウレオルスは無言で自分の両手を見やる。
思い出すのは、彼女の手を握っていた感触。
華奢な指に、真っ白な手の甲。
明らかに性別が違うとわかる、手指。
彫刻家が念入りに掘ったように整っていたように思う。
余計な肉はついておらず、かといって骨張っていた訳でもなく。
少女らしい手だったなあ、とそんなことを思って。

「……」

ぶんぶん、と彼は首を横に振った。
今は部屋掃除をしているのだから、そんなことを考えている場合ではない。

『…何やらプロポーズのようだな?』
『くく、っく…は、あははは!』

彼女には笑顔がよく似合う。
無理をして浮かべる優しい微笑よりも、少し意地悪な位の本心からの笑いが。

『お前が綴ったものを読んだが、的確な説明だったな。実に優秀だ』

真面目な話をしている時の表情も、決して嫌いではない。
あの金色の瞳に視力が宿り、こちらをきちんと見てくれたなら。
きっと心地良いだろうが、集中出来ないような気もする。

「……く、」

掃除掃除。

気分を無理やり切り替え、アウレオルスは水回りを片付ける事にした。


それから、一ヶ月程は毎日やって来て。
術式の研究を始める、と宣言した彼は、ぱたりと会いに来なくなった。
職場でも職務の傍ら、理論をまとめたレポートのようなものを書いているらしい。

……と、風の噂で耳にした。
決して寂しくなったから調べたとかではない。

「…退屈だ」

別に、アウレオルスとは契約をしてない。
故に、彼に自分の下へ来る義務はないし、来いと言う権利も…なくはないが、ほとんど無い。
だからといって親を待つ子供のように職場まで突撃するつもりは毛頭ない。
自分のことを知っている下の者など非常に非常に限られるだろうが、そういう問題ではなく。
アウレオルスの研究内容がどういったものかは知らない。
自分に宣言してくれた『何か』かもしれないし、そうではないかもしれない。

「……退屈だ」


空腹を訴える子供のように、彼女はぼやく。
呟いてみたところで、求める王子様は来ない。

ぼんやりと点字の本を読んでいると、足音が耳に届いた。
徐々に近寄ってくる足音はやや早足で、かなり硬質。

「ヴェントか」
「ハロー、フィアンマ。相変わらずシけたツラ」

やけに上機嫌なようだ。
こちらは退屈に殺されそうだというのに、と彼女はぐたりと項垂れる。
そんなフィアンマに近寄り、小さな紙袋が手渡された。


「何だこれは」
「マドレーヌ」
「ほう」

甘い洋酒の匂いがする。
少々ラムを入れてあるのだろうか。
芳醇で甘い香りが、フィアンマの鼻腔を擽る。
ヴェントは用事があるらしく、そのまま去っていく。
離れていく足音を聞きながら、わざわざご苦労な事だとフィアンマは肩を竦めた。
別にヴェントのことは好きでも嫌いでもない。ただの同僚だ。
性格的には微妙に合う程度だろうか、と適当に客観的な判断を下しながら、手探りで中身を取り出す。
中身のマドレーヌは紙で包まれていた。
市販品ならばフィルムで包んだものが一般的だと思うのだが、科学嫌いの彼女の買い物だ。
当然の事ながら、科学サイドの産物である透明フィルムなど嫌悪感が沸き起こるのだろう。

「……んー」

指先で数えてみる。
一、二、三、四。四つ。

机に落書きのように散りばめられている術式を応用して、現在時間を算出する。
午後三時。おやつ時だ。
隠秘記録官の仕事が、そろそろ終わる時間でもある。

「………」

右方のフィアンマは、退屈が嫌いである。


隠秘記録官の仕事を終え。
だいぶ理論はまとまってきたような気がする、とアウレオルスはゆっくりと息を吐き出す。
気がつけば午後四時。仕事は既に終わりの時間である。

「我々は帰るが、貴様はどうする?」

同僚の隠秘記録官に問われ、アウレオルスは少しだけ考え込み。

「確然、まだやるべき事が残っている。先に出てくれ」
「了解した」

同僚達は連れたって帰って行く。
アウレオルスが職場に残ったのは、残業の為ではない。
フィアンマに視力を与える為、世界をも変貌する術式を研究しているのだ。

それ即ち、『黄金錬成』。

何百年、何千年とかければ世界を丸ごと掌握出来ると言われている最高の術式。
しかしながら、人の命は百年と少しが精々といったところ。
故に、どうやって『黄金錬成』実現可能に必要な呪文を短縮するか。
それが最大の命題にして、最後の難関。

「漠然、何か良い案は無いものか……」

考える。
考えて考えこんでみる。

しかし、名案は浮かばず。
一刻も早く彼女に視界を与えてあげたいのに、とアウレオルスはため息を吐きだした。


コンコン。

控えめなノック。
何用だろうか、と首を傾げ。
恐らく修道女の誰かだろうとアタリをつけ、彼は返答する。

「画然、現在所在しているのは私だけだ。自由に入ってくれ」

ガチャリ、とドアが開いた。

「……」

若き錬金術師は、言葉を失った。
それから、目の前の光景に視線をさまよわせた。
あらぬところへ視線がいってしまい、これはいけないと自分を律する。

「唖然、どういうことだ……」

そこには、大天使がたっていた。
とはいっても、『天使の力(テレズマ)』で構成された本物ではない。

履き口にレースのついた白いオーバーニーソックス。
三段重ねのふんわりとした白いフリル。
上衣は黒、対比的にエプロンは赤く、ヘッドドレスも同じく赤色。
スカート丈は非常に短く、オーバーニーとの間、白い太ももが眩しい。
靴だけは黒であり、そこそこに太いストラップが華奢な足首を強調している。
長い赤髪は後ろにまとめられ、清楚に一本に結ばれていた。
それぞれの部分を挙げればやや下劣なコスプレなのだ。
が、色合い等、全体としては『神の如き者』のイメージを構成している。

一言で言うならば、大天使微エロメイドといったところだろうか。
一生懸命寄せて上げたと思われるAカップ程度の胸が薄いレース越しにほんのちょっぴりだけ主張している。
胸元が空いている事から、作業服としてのメイド服でないことは自明の理だろう。

彼女は声から算出したアウレオルスの方に身体を向け、謎の自慢げな態度で言う。






「光栄に思え。この俺様がわざわざ直々に数時間仕えてやる」


今回はここまで。
余談ですが当SSの右席は仲良し寄りです。



参考画像を…

フィアンマちゃんとアウレさんの混浴が見たいでーす。
ヴェントに騙されて混浴だと知らずに入ったアウレさん
フィアンマちゃんいてキャー!とアウレさん アウレさんなら良いですよとフィアンマちゃん そんなSS見てみたいby妄想代理人


当スレの錬金右方♀の年齢が>>1にも不明なので皆さんの予想を下に統計しようと思ってます。
……何歳なんだ…。

>>87
大体こんな感じ(http://image.rakuten.co.jp/wide/cabinet/pn60000-9/63169-00-01.jpg)です。
…イメイラとか描いてくれる人が居たら良いのですが、そこまで人気を集められない悲しさ

>>88
ネタ提供ありがとうございます! 
後々展開に含めようと思います。














投下。



アウレオルスは数分間沈黙した。
いけないとは思いながらも気づかれない事がわかっているため、ちょっと視線を右往左往させ。
眩しい真っ白な太ももと薄い胸、それから全体を思春期の少年らしく脳に焼き付け。
それから、社会人として怒る事にした。とはいえ、キツい言い方をする気は毛頭ない。

「…愕然、我が君よ。貴女は人に仕える様な立場にはない」
「……」

むう。

口にこそしないものの、そんな子供っぽい態度を取るフィアンマに、アウレオルスは小さく笑う。
馬鹿にしているということではなく、微笑ましいというだけのことである。
目のやり場に困るものの、生憎毛布やタオルケットの持ち合わせはない。
無いこともないのだが、洗濯をしていない不清潔なタオルケットを貸す訳にはいかない。

「…ところで、此処へはただその衣装を見せに?」
「いいや、差し入れだ。あくまでこの服装は特典に過ぎん」

差し出した紙袋の中から漂うのは、上品な洋酒の香り。
マドレーヌ、マフィン、或いはブランデーケーキの類か、とアウレオルスは予測する。

「……廓然、納得だ。わざわざ持ってきてくださるとは、有難い」

甘いものと眼福の光景が見られた為、アウレオルスはレポートを放置することにした。
仕事ではないし、彼女の為に書いているものなのだから、今は彼女とお茶をした方が道理に沿っている。


「ふむ。紅茶を淹れよう」

腰掛けていて良い。

そんな気遣いの言葉を無視し。
フィアンマは紙袋をテーブルに置いて、アウレオルスに近寄る。
手を伸ばし、彼の袖を掴む。
アウレオルスは掴まれた袖とは反対の腕に小さめの薬缶を持ち、水を注ぐ。
カップを温める分も含めて多めに注ぎ、アルコールランプへ火を点けた。
職務従事中にあまり飲食をしないというのもあり、ガスコンロの類は無い。
隠秘記録官には科学嫌いがかなりの割合で居るから、という理由が大きいのだが。
何とも非効率な、とは思いつつも、意見する気にはなれないアウレオルスである。
無事ミニ薬缶を網の上へと置き、アウレオルスはフィアンマを見やる。
彼女はどこかふてくされた様子でこう言った。

「お前に下心というものはないのか」

揶揄のつもりなのか、女性として興味を持って欲しいのか。

そのどちらなのかはっきりしないため、アウレオルスは返答に迷った。

(…無いと言えば嘘になるが、有ると口にして警戒されるも辛い)

どう言葉を返すべきか。
視線を適当な方向へ向けた後、アウレオルスは視線を彼女の瞳に向けようとして。


薄い胸、その淡く小さな突起が、僅かに胸元の隙間から覗いた気がした。
         


この時ばかりは、彼は彼女との身長差を恨んだ。
同身長であれば、見てはいけない(しかし見たくはある)部分を見ないで済んだだろう。
所謂ラッキースケベに遭遇するのは人生二回目である。
ちなみに一回目は幼い子供の頃に見た少女の透けブラが精々だ。

「ぐ、ううう……!」

鼻血が出たのは久しぶりだ。
もう年単位で出ていないのでは、と思う。
子供の頃に熱中症か何かで出した以来だ。
咄嗟に鼻を両手で押さえるアウレオルス。
しかしながら血液とは液体であり、手からこぼれ落ちるものである。
ぼたぼたぼた、と軽く音を立てて床に広がる赤い鮮血。
アウレオルスはよろよろとその場にしゃがみこんだ。

「……気分でも悪くなったか?」

そんなに似合っていなかったのか、と残念に思いつつ。
本質的には心優しい彼女は、心配そうに彼の方を向く。

「毅然、だ、だいじょ……」

言いかけ、顔を上げてしまう。
別に他意は無い。彼は人の顔を見てきちんと話す誠実な男であるだけだ。
故に、口の中へ流れ込む血液など無視してきちんと話そうとしただけなのだ。


サイドでリボンを結ぶタイプの薄ピンクの小さな布が、太ももの奥に見えた。
スカートの中身。
つまりは、可愛らしい女子のパンツである。
     


「…………」

きっと。
衝撃が波となって彼の身体を叩いたならば。
長身な彼の体は、ノーバウンドで数十メートルは吹っ飛んだに違い無い。
それ程までに彼は驚愕し、(悪い意味ではなく)ダメージを受けた。
余談だが、彼は硬派過ぎる誇り高き童貞である。
要するにこういったラッキースケベ的展開への免疫が無い。
ぼたびちゃびちゃ、とこぼれていく血液に、小説や漫画の世界でもあるまいし、と自嘲する。
ふふふ、と残念そうな笑い声すら漏らす彼は、しかしながら鼻血で血まみれである。
視覚の代わりに聴力と嗅覚の抜群に優れたフィアンマは、鮮血の匂いに気がつく。

「…怪我でもしたのか?」

きょと、と首を傾げるのは、彼女が自分の体に自信が無いからである。
揶揄の色が無い事にかえって罪悪感が首をもたげながら、アウレオルスは言う。

「自然、頼みがあるの、だが」
「頼み?」
「非常に、目のやり場に困ってしまう。…自然、着替えてきてはもらえないだろうか」

少なくとも普段着に移行して欲しい、と彼は頼んだ。
仕方ない、といった様子で、フィアンマは一旦部屋から出る。
アウレオルスがまずすべきは、鼻血を止め、床掃除をすることからだった。


余談ではあるが、あのメイド服一式はヴェントが用意したものである。
『何かインパクトの強い服装』が、フィアンマが求めたもので。
人から悪意を向けられて生きる道を選択したヴェントは、悪戯心という悪意を込めて衣装を渡した。
それが巡り巡って血が流れる事態になったとは、夢とも思わないだろう。

ぺた。

『奥』にて下着姿のフィアンマは、自分の胸に触れた。
寄せて上げることをしなければ、真っ平らである。
一時期頑張って育てようと肉料理をひたすら食べたが、嘔吐して終了だった記憶がある。

「……」

む。

アウレオルスの反応をきちんと把握出来ていないフィアンマには、聴覚からの情報しかない。
故に、似合わな過ぎて何やら苦しめてしまった、という幻想だけである。

服は可愛かった。
当然の事ながら見た事はないが可愛い筈だ。
となると、服装が問題ではないのだろう。
仮に下着が見えていたとしても、汚れてはいなかったはずである。

となると。

「……なるほど」

消去法によって導き出される結論は、自分の容姿が劣っているということであった。
体が細いという自覚はあるので、そこに問題はないだろう。女としての魅力は少ないが。
顔立ちがそこまで悪いということなのだろうか、とフィアンマは考える。

「………」

このまま思考していては落ち込むだけだ。

そう無理やり結論を出し、彼女は着丈の長い赤いワンピースを纏う。


フィアンマが戻ってきた頃に、丁度良く紅茶が入っていた。
マドレーヌもきちんと皿に並べられている。彼女は知らない事だが。
尚、彼女が着替えて思考していた三十分弱程の時間で彼は手を四回程洗った。
部屋掃除も済ませた為、鮮血の臭いは微塵も残ってはいない。

「果然、良いタイミングだ」
「…丁度淹れていたようだな」
「ああ」

アウレオルスは、彼女をサポートして座らせる。
フィアンマは落ち込みを隠しきり、微笑すら浮かべて座ってみせた。
温かな紅茶には僅かに牛乳が入っている。適度に混ぜられていた。

「……いただくとしようか」

告げて、彼女はカップの持ち手を握る。
じんわりと温かいのは、カップを一度温めたからだろう。
それなりの質の茶葉だが、良い匂いがする。
茶葉が良いに越したことはないが、紅茶とは淹れ方が重要な飲み物である。
静かに啜り、程よい温かさと牛乳の甘さを味わいつつ、マドレーヌを口にした。
紅茶の水分を吸い取ってほろほろと口の中で溶ける甘いお菓子。
気持ちは苦く、塩気が含んだままのもの。


容姿。
目の見えないフィアンマが確認出来ないものの一つである。
故に、彼女は見た目で人を判断しないし、出来ないし、するつもりもない。
だがそれは同時に、自分の見た目を教えてもらわなければ知れないということである。
勿論怪我をしたかどうか等は、痛覚と触覚で把握出来る。
だが、顔立ちや色は記号的に記憶するだけで、実際のビジョンには繋がらない。

「………」

目を伏せ、彼女はカップを一旦ソーサへ置く。
ほとんど無意識レベルで、自分の顔に指先で触れる。
そんな彼女に、アウレオルスは首を傾げていた。

(化粧…否、していない。となれば気にしているのは汚れだろうか…?)

別に何も汚れは付着していないので、これは伝えてあげるのが優しさだろうと彼は考える。
しかし、どうも様子が違っているような気もする。
指先の動きはあくまでなぞるようで、顔の形を確かめているようだ。
一体何を確認しようとしているのだろうかと推し量る彼に、彼女は問いかける。

「世辞は抜きでも入れても良いのだが、質問に答えてもらえるか?」
「突然、質問とは?」
「十点満点…まあ、お前の好み、主観を加味して良い。
 俺様の容姿の良さを計測するとしたならば、何点だ?」
「当然、十点だろう。我が主観を加味しても良いと言うのならば」

間髪いれず、間を空けず、アウレオルスはきっぱりと回答する。
肉感的であるだとか、そういった基準がないのであれば、10点であると言える。
本心からの発言の為に声に震えは無いし、嘘をついている人間特有の無意識下の緊張もない。

「……」
「当然、嘘はつかない」
「………」
「言っただろう。君は、愛らしいと」

若干の照れと共に彼は言う。
フィアンマは、マドレーヌを口に含んだ。


「……なら、お前は俺様の醜悪な見目と愛らしい衣装のギャップに吐いた訳ではないのか。
 となると、何が理由で吐血したんだ? まったく見当がつかんのだが」
「ぶっ」

綺麗に紅茶を吹き出した彼は、罪悪感と申し訳なさに隠そうとしていた真実を吐き出す羽目になったのだった。


今回はここまで。
引き続きネタ提供お待ちしてます。

乙。いい、いちゃらぶだ。なんとはなしに十代前半〜中盤のようなイメージ


嫉妬するテッラさん、オッさん。父親的存在なアックアさんがアウさんを品定めして「このオトコなら任せてもいい」とか…

不調と言われちゃあな

ネタにでも。

アウさん、黄金錬成を試行錯誤しながら作成?してる過程で副産物、俗に言う『賢者の石』を作れる事に気づく→フィアンマさんに相談しにいき、もし『賢者の石』を自由に使えるならどう使うか、どんな術式に応用するか話す


→他錬金術師に聞かれる→そいつが漏らす→狙われる→フィアンマさんとこに居候

とか


…オッレルスさん出そうか迷ってます。必要性は無いから…うーん。

>>107>>110
ネタ提供ありがとうございます! 
シリアス無し、と注意書きに書いたので、後者のネタの方は適度に参考にさせていただきます














投下。


『似合いの度合いも然ることながら色々と破廉恥な事態に陥っていた。
 自然、申し訳ないとは思いつつも性的興奮によって出血した有様だ。
 ……誤解を持たせ、その、すまない。本当に、申し訳無かった。当然、責任は取ろう』

アウレオルスの言葉を思い返しつつ。
フィアンマはゆっくりのんびりと、自らの住処とする教会へと戻って来た。
明日は雷雨だというので、外には出ずに大人しくしていよう、と決める。
『神の右席』は基本的に仕事の無い部署だ。
まして、実質右席でもトップを誇るフィアンマには、やるべきことが何も無い。
とはいっても研究すべき内容はあるし、やることも発掘はしているのだが。
いかんせん、具体的な発想が浮かばない限りは着手出来ない。
やる気がなければ動かないのが魔術師という生き物である。

「…責任?」

入浴を終え。
フィアンマはベッドへ横たわり、毛布を自らの体にかける。
もこもことした毛布に温かく包まれ、首を傾げた。
どの責任についてなのか、問いただすのを忘れていた。

胸や下着を見てしまったことなのか。
或いは、醜い容姿だと勘違いさせる原因を作ってしまったことなのか。
はたまた、その両方を合わせてだろうか。

いずれにせよ、責任を取る、というのはちょっぴり興味深い。
次に会った時に聞いてみようか、と思いながら彼女は目を閉じた。


部屋に戻って来た時の彼女の様子を思い返す。
顔を触っていたのは、結果として自分のせいだった。
視覚を持たぬ彼女には、鼻血と吐血の区別がつかない。
そこを考慮するならば、正直に羞恥を堪えて最初から真実を告げるべきだった。
彼女は何も気にしていないような顔をして、それでも傷ついたはずだろう。

加えて、彼女の下着や、あまつさえ胸まで見てしまった。

咄嗟に責任を取る、などという言葉を出してしまったが、具体案は無い。
しかし、少なくとも貞淑な女性を落ち込ませ、身体を必要以上に見たのだから、責任は取るべきだ。
そう考える彼は、誠実が行き過ぎて堅苦しい少年である。
家柄が高名で厳しく育てられたというのも、その埃を被った価値観に拍車をかけているのかもしれない。
最大の原因としては、彼が極端に女性との接触が少なかったということなのだが。
ともあれ、責任の取り方を四苦八苦して考えるアウレオルス。有言実行、言ったことは覆さない。

「……」

ごろり。

ベッド上で転がり、目を閉じる。
責任を取るとは如何なる事なのか。

仕事が失敗した場合なら、仕事を辞める事。
女性を孕ませたなら、父親になる事。
ペットを飼ったなら、死ぬまで面倒を看る事。

責任を取る、という典型的事案を頭に思い浮かべ、アウレオルスは悩む。
悩んだまま、徐々に徐々に、夢の中へ導かれていった。


彼女と向かい合い。
そうして、彼女の目を見つめながら、想像した。

真っ暗な視界が、徐々に光に変わっていき。
やがてそれは、視力となる。
1.0。平均的な、健康な数値で良い。
視界全てのものを見渡せる、普通の視界。

彼女がその視界を得て、ものを見ることが出来る。
そんなイメージをきちんと想像しきれば、術式が発動された。
想像全てを創造する『黄金練成(アルス=マグナ)』が、履行される。

『……お前が。アウレオルス、なのか』

金色の瞳に、光が灯る。
彼女は、こちらを見つめてくる。
微笑んで、私は頷いた。

『当然、私がアウレオルス=イザードだ』

彼女は手を伸ばし。
もう、目が見えているにも関わらず。
確かめるように、触覚と視覚とで、答え合わせをする。

幸せそうに微笑んで、彼女は小首を傾げた。
さらさら、と長く美しい赤髪が揺れる。
細い手が私の手を握り込み、心から嬉しそうに、彼女は言った。

『ありがとう、アウレオルス』


『責任を取ってくれるんだろう?』

彼女は指先で小さな青い箱を弄んでいる。
とはいっても粗末な扱いではなく。
遊んでいるにせよ、それはそれは大事そうに。
その中には、ダイヤとトパーズのあしらわれた婚約指輪が入っている。
楽しそうな笑みを浮かべたままに、彼女は宝石箱を撫でる。

『毅然、それは君のものだ』
『まあ、返せと言われても返さんが』

きゅ、と軽く握り締め。
僅かに頬を染め、彼女は床を見つめる。

『……自信という自信は無いが。
 …お前となら、良い家庭を築けそうだ』

願望の色を滲ませる彼女の手元には、雑誌があった。
所謂プライダル雑誌と呼ばれるものだった。

私も読んでおくべきかと手を伸ばしてみて—————


間抜けにも、手を伸ばした状態で目が覚めた。
このまま手を伸ばしたままでも、触れるのは電灯の紐だけである。
要するに今のは全て一切合切、アウレオルスの夢であった。

「………」

猛烈な羞恥に黙り込む。
恋する乙女であればともかくも。
自分の、直接ではないが上司、加えてただの友人に、一体何を妄想しているのだ。
黄金錬成で目が見えるようにしてあげられて感謝される、という内容はまだしも。

気付けば朝だったため、身支度を済ませる。
そうしてカレンダーを見てみて、ようやっと、今日は休日であったことに気がついた。

「……ぐ、」

別に休日出勤をしても良いのだが、流石に同僚から指摘されそうである。
となれば、彼女に会いに行くのがベストな選択だろう。
趣味という趣味を持たぬ彼は、身支度が終わっていたこともあって、そのまま外へ出た。

現在時刻は午前十時。
仕事だったとしても、遅めの起床であった。


一方、その頃。


フィアンマの(巧みな話術でそれっぽい言い方で言いくるめたが要は)我が儘により。
『神の右席』は現在、バーベキューもとい真昼間から飲み会の用意をしていた。
発案者本人は全く動かず、だるそうに準備の終了を待っている。
アックアは黙々と動き、文句を漏らしたヴェントはテッラが宥めた。
フィアンマが働いていないのは盲目のため物を落とす恐れが高い事、眠い事、この二点である。
そんな訳でぐうたらしつつ、彼女はアウレオルスに通信をかけていた。
本日彼は休日であると把握しているため、家には居ないと連絡しておこうと思った為だ。

「今日、俺様は家には居ない。戻るのは午後三時過ぎ程になるだろう」
『愕然、それは非常に残念だ』
「俺様としてもそう思うが、空腹には代えられん。
 …ん? そういえば、昼食はもう摂ったか?」
『? 確然、そろそろいただくべきかとは考えていたが』
「そうか」

相槌を打ち、彼女は手を伸ばし、ビスケットを口にする。

「好都合だ。特別に飲み会に招待してやろう」
『………飲み、会?』


今回はここまで。
アウレオルスさんとフィアンマちゃん、どっちがヒロインなのかわからなくなってきた(困惑)


つまりダブルヒロインか…(納得)
当SSのフィアンマちゃんは16歳、アウレオルスさんは17歳です。多分。












投下。


誘われるまま、訳もわからず。
ひとまずアウレオルスは、彼女が指定した場所へと足を運んだ。
教会の裏手、目立たない場所に居た四人は、彼女を含め目立っていた。

一人は、ガタイの良い寡黙そうな男性。
一人は、細身で顔立ちの整った気のキツそうな女性。
一人は、小柄で細い、修道服をきっちりと着込んだ男性。

最後の一人は、いつも通りのフィアンマ本人である。
彼女は足音を聞き分け、アウレオルスの方を見やる。

「来たか」
「…呆然、…来たは良いが、その、」

戸惑うアウレオルスへ、女性———前方のヴェントが、視線を向けた。
彼女は観光土産でも見定めるようにアウレオルスを眺め、ニヤリと笑む。

「なるほど、アンタが執着するだけあって後ろ暗さが無いわね」

そうヴェントに言われ、フィアンマはそっぽを向く。
彼女は自らの立場と名称を明かし。
『神の右席』という名に恐れ慄く彼を放って、ヴェントは焼き作業に戻った。
代わりばんこ、という訳ではないが、小柄な男性がアウレオルスに近寄ってくる。


「『隠秘記録官』のアウレオルス=イザード、ですねー。お噂はかねがねお伺いしていますよ」
「………当然、恐縮です」

緊張した様子で言葉を返すアウレオルス。
男性———左方のテッラはもう一人の男性(即ち後方のアックア)の紹介も含めつつ素性を明かす。
ますます緊張を高める彼の様子に小さく笑って、テッラは一度焼き網の下へ戻る。
誘われるままアウレオルスも近寄り、居心地の悪さから自然とフィアンマの隣へと移動した。
彼女は優雅に木製の椅子に腰掛け、よく焼かれた塩コショウ味の鶏肉をもぐもぐと食べている。
ヴェントから差し出された肉串を手に、アウレオルスは緊張を抑え込んでいた。
フィアンマはもごもごと食べ、指先で串をなぞり、食べ終わったことを確認してからゴミ袋へ押し込む。
緊張した様子の彼の袖を引っ張り、そのことでやや緊張が解けた彼に、彼女は悪戯気にこう言った。

「…食べさせてくれないのか?」
「……食べさせ、…」
「………」

焦点の合わぬ瞳が、アウレオルスを捉えているように、見える。
彼女の無言の訴えに弱い彼は、しばしまごまごした後に、慎重に串の先端を彼女の口に含ませた。

そう、そうだ。
彼女は目が見えないのだから、食べさせてあげるのは親切心なのだ。

そんなことを自分に言い聞かせつつ。

もぐもぐもぐ、とよく火が通った牛肉を食べつつ、彼女はアウレオルスの顔の辺りを見つめる。
その姿はどこか小動物的にも見えたし、どこか口淫を彷彿とさせる淫猥さを含んだものでもあった。

「急に呼び立ててすまなかったな」
「俄然、それは構わないが」
「そこまで緊張しなくて良い。俺様の同僚だが、実質的には部下だからな」

気軽に言って、彼女は立ち上がる。少し離れた場所まで歩き。
何やら思い出した事があるのか、真面目な表情でアックアに話しかけ始めた。
ひとまず手に持っている残りの肉を食べていると、アウレオルスの隣りに男性が腰掛ける。
左方のテッラだった。彼は野菜を口にしつつ、アウレオルスへグラスを差し出す。
グラスの中に浮かぶ炭酸。色は白。スパークリングワインの白であることは明白だった。
少しだけ躊躇した後、彼は有り難くいただくことにしてみた。


「貴男は、彼女が好きですか」
「な、」

食べ終わり、酒をちびりと飲んだところで。
そんなことを急に問われ、アウレオルスは思わずグラスを取り落としそうになった。
好きではないと言えば当然嘘になるが、どういった意図での質問かがまず問題だ。
口ごもる彼に笑いを零し、テッラは視線を空へと向ける。
そして、常よりも遥かに上等な辛口のワインをちびりと口にした。

「否定も肯定もしなくても構いませんが、…貴男は彼女の孤独を埋める事の出来る貴重な人物です」
「否然、私は、……」

謙遜しようとするアウレオルスに、テッラは緩く首を横に振る。
辛口のワインのキレに目を細め、葡萄味の吐息と共に語りを零した。

「私は、彼女から大切なものを奪いました。沢山のものを。
 彼女が求めたものを、ローマ正教のために」
「………」

アウレオルスが思い出したのは、フィアンマの育ちの話だった。

『俺様は、才能に未来を潰された』
『俺様は、誰かに期待することをやめた。
 誰かと約束することが怖くなった。契約ばかりをするようになった。
 誰かを待つことに慣れた。今の俺様なら、きっと百年は笑顔で待てる』

隣りに居る男が、彼女を閉じ込めたのなら。
それは憎らしい事だ、とアウレオルスは思う。
知らず知らず手に力が入り、グラスへ僅かに亀裂が走る。


ローマ正教のために。
組織的に彼女を閉じ込め、右方のフィアンマへなるべく一人の少女を仕立て上げ、育て上げた。
その時に大きな貢献をしたのが左方のテッラであり。
しかし、彼女を救おうとした異教徒の少年を引き剥がしたことを。
外の世界をロクに教えず、彼女が欲しがったものを結果的に全て奪い続けたことを。
左方のテッラは後悔し続けた。そして数年前、彼女に許しを乞うた。

『お前が今更後悔して謝った所で、俺様が奪われたものは戻ってこない。
 俺様を愛してくれるはずだった少年も帰ってこない。
 俺様が欲しかったものは何一つ手に入らない。俺様が過ごした空白の十数年は埋まらない』

そう泣き叫ぶ彼女を抱きしめ何度も謝ったことを、テッラは思い出す。
そしてその日に、彼女を大切に思う心を遺し、好いている気持ちは消した。


「今の彼女は、貴男に執着しています。救いと、恐らくは愛情を求めて。
 …羨ましいですが、嫉妬は大罪ですしねー」

そう言葉を結んだ彼は、酒を飲み終わり。
立ち上がって、ヴェントへと近寄って歓談する。

自由。
未来。
人権。

それらを組織と才能に奪われた盲目の監禁生活の中で。
彼女はどれだけ絶望し、救いに現れる王子様を待ち焦がれたのか。
一度現れた王子様を奪われ、二度と会う事もなく過ごしてきた最近までの生活を。

『俺様の友人になって欲しい』

金銭、雇用。
そんな言葉で片付けられる関係でまでも、彼女は自分を引きとめようとした。

『約束はしないし、期待もせんぞ』

視力を贈りたいと述べた時、彼女は、泣きそうな様子だった気がする。
茶化して、俯いて、期待はしない、と返してきていた。
握った華奢な白い手を思い出す。救世の右手。
思い返すのは今朝の夢。それから、彼女と過ごしてきた、まだ短い時間。

それでも、自覚する。


「…確然、そうか」





錬金術の最高峰、黄金錬成。神や悪魔すら手足として使役する力。
世界をも変革出来る恐ろしい力を手にしてでも自分を見て欲しいと思う程に。
こんな短期間なのに、感情というものはここまで勝手に揺れるものだったのか。

彼は気がつく。
この事実に、思わず気の抜けた笑みがこぼれでた。







自分は、友情の枠組みを遥かに越えて、彼女を愛しているのだ————と。


今回はここまで。
迷走はしていない(震え声)

乙 次回作に……え?あぁまだ続くのね


黄金錬成ってアウレオルスさん曰く錬金術の途中通過点に過ぎないらしいです。
なので今までの黄金錬成に関する文章は適度にこう、脳内変換お願いします…。
夜には恐らく投下します。

いつも楽しく読ませて頂いてます。
本当はリアルタイムで投稿できたらよかったのですが、
ちょっと前のシーンの二人のやりとりが特にかわいすぎたために支援させていただきます〜
こういった場所に投稿するのは初めてなので、勝手ながら不具合ございましたら申し訳ないです…

http://viploda.net/src/viploda.net_4356.png

フィアンマちゃんどうみても16歳にみえないですが!イメージ崩壊すみません…
それでは今晩も楽しみにしてますね〜!


初支援絵だ…。スレ初というか>>1初ですね。
欲しい欲しいとぼやいていて良かった。

>>144
今回は終わらせる気全然無いから(震え声)

>>150
このスレは落ちないしスランプも来ない(確信)
ありがとうございます! 二人共可愛い素敵な支援イラありがとうございます…!











投下。


ふと思い出した片付いていない仕事の話を終え。
フィアンマはアックアに野菜を焼かせ、食べていた。
そんな彼女へ、一人の女が近づく。
言うまでもなく前方のヴェントであった。
彼女は僅かな悪意を滲ませ(揶揄のそれだ)、フィアンマへ話しかける。

「アンタ、あの男とはどこで会ったワケ?」
「ん? 教会だが。至って普通だろう」
「そ。で、"そういう"好き?」

グラスを落としそうになりつつ。
フィアンマは、僅かに顔を赤くして首を横に振った。
横に振った、といっても、曖昧な振り方だが。

「別に、そういう訳では、……」

ない、と言い切らない辺りに好意が透けて見る。
のだが、彼女の場合精神構造にちょっとした異常があるため、執着だけとも取れる訳である。
まごまごとする彼女を見やり、アックアは冷静に言葉を放った。

「矜持は重要だが、自らに素直になれないというのも問題であるな」
「………ふん」

ふい、と顔を逸らし、フィアンマはグラスの中身、甘口の赤ワインを煽った。


恋情を自覚して。
アウレオルスは、戻って来たテッラに勧められるまま、酒を口にした。
恋情を自覚した後の美酒はなかなかに甘く感じられる。
そういえば自分は酒が強い方だったか弱い方だったか。
そんなことを思い返している間にも、グラスには酒が注がれていき。
気がつけば若き錬金術師は、有り体に言ってすっかり酔っ払っていたのだった。
彼はおもむろに腰掛けていた椅子から立ち上がり、グラスをテーブルに置き。
そうして、ややふらつきつつも、彼女に歩み寄った。

「…ん?」

近づいてくる足音。
いつもとは少し違うが、恐らくはアウレオルスだろう。
そう見抜いて、彼女は彼の方を見やる。
空っぽのグラスをテーブルへ手探りで置き、放置していた詫びを入れようとして。


唐突に抱きしめられ、言葉を失った。
   


「………」
「……」

沈黙。
思考停止する少女の身体を、長い腕が抱きしめる。
密着した肌、衣服越しとはいえ、体温を感じられた。
すん、と特に意味もなく、通常の呼吸において息を吸い込む。
強い酒の臭いと、いつも通りのアウレオルスの匂いがした。

「……、…アウレオルス?」
「…毅然、私は、君のことが、」

すぅ、と息を吸い込む音。
何を言われるのだろう、とフィアンマは戸惑った。
予想は出来ていないが、何やら恐怖を感じる。
緊張の色合いを帯びる恐怖に、フィアンマは僅かに後ずさる。
絶望と失望を繰り返してきた彼女にとって、唐突な変化は基本的に好ましいものではない。

「私は———」

言いかけて。
彼はアルコールによる眠気に襲われ、ほとんど気を失うように眠った。
体重がかかり、フィアンマは困惑の後、彼の体を支える。


「…飲ませたのはテッラか」
「ついつい悪戯心が働いてしまいまして。すみませんねー」
「悪いと思っておらんのなら謝罪しなくても良い」

やれやれ、とため息を吐きだし。
片付けを三人に任せ、フィアンマはアウレオルスを半ば引きずるような形で移動する。
転移術式で消えた二人を見送り、アックアは無言のままに、あの男とうまくいけば良い、と思った。
もう少しからかっておくべきだったかなどと思いつつ、ヴェントは軽くゴミを片付ける。
テッラは僅かに薄く笑み、少しだけ残念そうに目を伏せた。


それぞれの反応を知ることもなく。
フィアンマは自らの別荘———つまりはアウレオルスとサンドイッチを食べた教会奥までやって来た。
アウレオルスをベッドへ横たわらせ、欠伸を咬み殺す。
酔いも手伝って、何となく体が熱く感じられた。
決して抱きしめられた照れなどではない、とどこかの誰かに言い訳しつつ。
アウレオルスが眠っていることを良い事に、フィアンマはシャワーを浴び、服を着替えた。
昼から準備を始めて、行ったということもあり、現在時刻は午後四時半。
フィアンマは眠るアウレオルスの様子を推し量り、ネクタイや上着を脱がせる。
皺にならないようハンガーへと掛け、キツいだろうと気を使い、ベルトも引き抜いた。
それも同じくハンガーにかけ、フィアンマはアウレオルスの身体を押してスペースを空ける。
彼女が細身、アウレオルスが標準体型の細さであることも手伝い、どうにか二人共一つのベッドへ収まった。

「……おやすみ」

あまりにも無防備に男へ寄り添いつつ。
フィアンマは目を閉じ、アウレオルスの頬を指先でつっつく。


「…俺様のことが、……何だろうな」

聞きたいような聞きたくないような。
言われるなら良い言葉がいい、と思いつつ。
フィアンマは目を閉じ、毛布で身体をくるんだ。





目を覚ました少年が驚愕に壁へ頭を打ち付けるのは、自明の理である。


今回はここまで。
フィアンマちゃんの尻に敷かれている限りアウレオルスさんは負けない気がします。
そろそろ暑くなってきたので水着回が欲しいところです。



水着期待
ぜひともポロリをよろしく


アウレオルス「そういえば」

フィアンマ「ん?」

アウレオルス「君は杖は使わない主義なのか」

フィアンマ「そうだな。大体聴覚と直感で把握出来る」

アウレオルス(漠然、女の勘は鋭い、というヤツだろうか)

フィアンマ「ついでに言えば」

アウレオルス「?」

フィアンマ「杖がなければ、お前が手を引いてくれるからな」

アウレオルス「っ、」

フィアンマ「人に迷惑をかけるのが趣味だからなぁ」

アウレオルス(…確然。彼女は私に甘えてくれている、のか。……私だけに)

フィアンマ(……杖、か。そろそろ迷惑をかけないようにしなければ、な…)

因みに黄金錬成は途中通過点じゃなくて到達点であって
錬金術とか魔術にはそれ以上は存在しないらしい


血染めのプールエグいが想像して笑いました
このスレのフィアンマちゃんのどの辺りが聖女なのか、と考えてたらラッキースケベに怒らない辺りがもう聖女だなという結論に至りました

>>166
お決まりのパターンっていくつかありますので

>>172
今一度アウレオルスさんの台詞読み返してきましたが、それで合ってます。
解釈間違っていなくて良かった(安堵感)










投下。


酔いが残ってしまったのかもしれない。
覚えているのは、彼女に告白しようと勢いで言いかけたこと。
途中で意識が途絶えた彼は、そう自らを振り返っていた。
若干の頭痛を覚えつつ、目を開ける。見えたのは、天井だった。
家というものにはそれぞれの生活の匂いというものがあり。
ああここは彼女の家なのだなあ、と悟り、アウレオルスは起き上がろうとした。

そして。
ふと。

自分の右二の腕に、温かさがあることに気がついた。
ついでにいうと、右腕を抱きしめている何者かの存在にも。

「……」

恐る恐る、視線を向ける。
そこには、一人の少女が眠っていた。
自分の腕を抱き枕代わりにして眠る、細身の少女だった。
白い肌に赤い長髪、長いまつ毛。見覚えがあり過ぎる。


それから、自分の服装を見た。
ネクタイは無し。ボタンは三つ程空いている。
上着は脱いだ状態で、壁にかけられている。
ズボンはベルトが抜かれ、それもまたかけられていた。

隣りで眠る彼女は薄手のネグリジェを纏っており。
自分の衣服はやや乱れていて。
漂うのは、入浴後の石鹸の良い香り。

『酔った勢いでヤってしまった』

そんな一文が、アウレオルスの脳内を駆け巡った。
これが行きずりの顔も知らぬ女であれば、反省と単なる落ち込みで済む。
済むのだが、よりにもよって本当に心から愛し、大切にしようと考えている少女が相手である。

「………」

そっと腕を抜き。
彼はベッドから出て、ふらふらと立ち上がり、壁に手をついた。

「…愕然、私という男は………ッ、」

何と不甲斐ないことか。
酒に自制心を奪われ、よりにもよってこのような事態を招くとは。
真面目で堅物である分、彼は自責の念も強く持っている。


もうこれは死んだ方が良いレベルの失態だ。

ガンッ、と壁に頭を打ち付ける。
こうでもしなければ、あまりの辛さに泣いてしまいそうだった。

確かに、いつかはこういうことになっただろう。
恋愛をして成就すれば、こういった行為は自然なことだ。
しかしながら、まだ告白すらもきちんと成就していないのに。

結婚どころか婚約すらしていない自分。
彼女を穢してしまった、と落ち込むのは、彼の思考パターンからして当然だった。

告白。
逢瀬。
婚約。
結婚。

段取りを踏んでいこうと考えていた彼にとって、現状は痛手だ。
ゴンゴン、と数度ぶつけていると、その音でフィアンマが目を覚ました。

「…喧しい」

一体何事だ、と起き上がり。
ぽすぽすとベッドを叩き。
それから、フィアンマはアウレオルスの方を向いた。


「…何かしているのか?」
「……すまない」
「何の話だ」
「確然、貞淑なる君の純潔を穢してしまったことだ」
「…純潔?」

確かに自分は処女だが、と思い返した後。
それから、不可解そうに首を傾げて思考に三秒。
そして、アウレオルスが何を考えているか理解した。

「安心しろ。別に性行為に及んだ訳ではない」
「………何?」
「だから、」

勘違いさせてしまった、とフィアンマは慌てずに説明する。
衣服を脱がせたのはより良質な睡眠を摂取させるため、だとか。
ソファーで寝るのは身体が痛いから一緒に寝ていただけだ、だとか。
いろいろと説明を受け、納得し。
アウレオルスは安堵すると共に、その場へ崩れ落ちた。

「俄然……あ、安心した…」
「……すまん」

謝罪しつつ、フィアンマはアウレオルスの頭を撫でる。
苦い笑いが零れ出つつ、彼女は優しく誘った。

「…ひとまず、食事にしよう。二日酔いは大丈夫か?」


朝食。イコール軽食。
フィアンマが作ったのはジャムサンドだった。
既製品のバタークッキーに林檎ジャムを塗って挟んだものだ。
飲み物はポーションタイプのアイスティーを水で割った甘い朝食。
女性とはいつもこんなものばかり食べているから甘い匂いがするのか、などと思いつつ、少年は食を進める。
フィアンマは無表情で食べ進めつつ、アウレオルスを見やった。
ちなみに彼は壁に頭をぶつけ過ぎて出血した為、治療をしてある。
簡単な応急処置であり、頭に包帯を巻いてある程度なのだが。

「昨日」
「?」
「…何でもない。気にするな」

何を言いかけていたのか、と問い詰めかけて。
やはりやめよう、とフィアンマは続きを飲み込んだ。
誤魔化すようにもぐもぐとクッキーを頬張り、紅茶を飲み下す。

「……仮に」
「…仮に?」
「酔いの勢いで俺様を抱いていたとしたら、どうしたんだ? 
 まさかあのまま死のうと思っていたのか」
「……、」

否定出来ないアウレオルスである。
フィアンマは唇端に付着したジャムを舐め、やや低い声で言う。

「責任を取って俺様と結婚する位なら死ぬ方がマシという訳か」

手を伸ばし、生のりんごを掴み取る。
怨念の篭った独白と共に、赤い果実がグシャアと弾けた。
思わずビクリとしながら、アウレオルスは本心からぶんぶんと首を横に振る。

残念ながら、首を振るだけでは彼女に何も伝わらないのであった。


今回はここまで。
小ネタは不定期にちょっとだけ挟むかもしれないです。


林檎は犠牲になったのだ…。









投下。


そして、数ヶ月が経過して。
今度はアウレオルスではなく、フィアンマが忙しい時期となった。
即ち、それは聖夜祭。クリスマスである。
儀式の用意、世界各地での動向と信仰心を確かめるには絶好の機会。
そんな訳で、フィアンマは情報収集のための手はずに追われていた。
11月頃から忙しくなったため、アウレオルスには一ヶ月近く会っていない。

「……クリスマス、か」

クリスマスの過ごし方は多々あるが、多くは三つに分けられる。

一つ、家族と過ごす。
一つ、神に祈り、眠る。
一つ、友人や恋人と過ごす。

この内、アウレオルスが選べない選択肢は一つ目だ。
しかしながら、他の二つは十分に可能であり、可能性が大きい。
二番目であれば共に過ごすよう誘うのは迷惑ではないのだろうが。

「……、」

仮に、三番目であった場合。
それも、後者だった場合は。

「………」

きっと不愉快な思いをする、とフィアンマは思う。
踏み出せずにうじうじと、数時間考え続ける少女である。


一方。
アウレオルス少年は、とある生理現象に苦しんでいた。
正確に、有り体に言ってしまえば成長痛というやつである。
急激に身長が伸びた弊害で骨が軋み痛むという症状だ。
ぐう、とベッドで唸りつつ、彼はカレンダーを見つめていた。

もうすぐ、クリスマスがやって来る。
昨年は仕事に追われ、自らを仕事に追い立てていた。
日付の感覚が消える程に年末まで仕事をし、毎日を無理に充実させていた。

今年は違う。
毎日でも共に過ごしたい———今はまだ友人の、大切な少女が居る。
しかし、彼女は仕事に追われ、忙しく過ごしていて。
当然、誘いなどかけられる訳もなく、自分も仕事へ打ち込んでいた。

「……、ぐ」

それにしても背骨が痛い。
ふらふらふら、と立ち上がり、ため息を吐き出す。
一晩に何センチも伸びてしまうせいで、服のサイズが合わなくなってきた気がする。
成長期とは厄介なものだなあ、と別段嬉しくなく思うアウレオルスであった。


十二月半ば。
フィアンマとアウレオルスは、ようやく再び会った。
近くのカフェはまわり尽くしてしまったので、今日はフィアンマの家(もとい別荘扱いの教会)での逢瀬だった。
彼女はチョコレートがけのプレッツェルの箱を彼に差し出す。
若干サイズが合わないスーツに不快感を催していたアウレオルスだが、きょとんとした表情にかき消される。

「極東の国の文化で」
「ふむ」
「これを両端から咥え、食べ進むという遊戯がある」
「……遊戯」

一体何が楽しいのだろう、とアウレオルスは首を傾げ。
彼女の唇を見やり、想像する。
それから、箱を突き返そうかものすごく迷った。

「…偶然、唇が触れ合う恐れが、」
「そのスリルを味わうものなんだろう、恐らく」

彼女の形の良い右手が、アウレオルスの袖を掴む。
見えない鎖で縛り付けられたように、彼は視線を彷徨わせて。

それから一本取り出し、口に含んだ。


ぽりぽり。
こりこり。

兎が餌を食べるような音だけが、部屋に響き、遺る。
フィアンマはそもそも目が見えないため、どれだけ顔が近づいているかわからない。
故に、ドキドキとしているのは、どちらかといえばアウレオルスの方だった。

徐々に近づいてくる顔。
化粧はしていないのだが、人形のように整っている。
真っ白な肌は、血管が透けてしまいそうな程で。

「………」

ごくり。

飲み込んだのは甘い菓子か、緊張の生唾か。
見えていないことはわかっていても、金色の瞳は開いている。
じっと見つめられ、キスをねだられているかのようで。
落ち着かなさを消すため、アウレオルスはスラックスを指先で撫でる。
吐息がお互いの唇にかかる、距離。


「………、…」
「…折れたな」

くすくすくす。

魔女の如く笑って、フィアンマは首を傾げる。
唾液を纏った舌が、唇端に付着したチョコを舐め取った。
アウレオルスが酷く残念に思うと共に、部屋を沈黙が支配した。
黙った空気の舵取りをするついでに、アウレオルスは勇気を出す。

「毅然、聖夜のことなのだが」
「……クリスマスがどうかしたのか」

一緒に過ごすことは出来ないと言われるだろうか。
実は恋人がいるのだ、と宣言されるだろうか。

そう言われてしまったら、耳を塞いでも遅い。
しかし、彼の言葉を遮る気にもなれない。
余裕気な笑みを浮かべつつも緊張している少女の様子に気がつく様子もなく、彼は言った。

「もし予定が空いているのであれば、共に過ごしてくれないか」
「………喜んで」

舞踏会に誘われた一夜の姫のように、彼女は微笑んだ。


クリスマス。
どこぞの国では性夜(笑)などと称されるイベントだが、ここバチカンでは宗教的に立派で重要な催し事である。
フィアンマは適度に仕事を片付け、適度に仕事を押し付け、やるべきことを終えた。
儀式というものは金がかかり、手間がかかり、得るものの少ないことばかりである。
魔術と違い短縮出来ないのが面倒だ、とぼんやりと思いながら、フィアンマはゆっくりと歩く。
はあ、と吐きだした息はどこまでも真っ白で、晒された手がかじかんでいる。

「……、」

こんな右手などなくなれば良い。

ふと、そんな昏い想いが首をもたげた。
待ち合わせ場所の細い時計塔に寄りかかり、フィアンマは空を見やった。
雪が降ってきそうな空模様だが、当然、何も見えない。
術式によって現在時刻を算出してみると、待ち合わせ時間ちょうど。

「……は、」

彼は来る。
すっぽかしたりしない。
そう無条件で信じられる程の実績が、彼女達の間にはある。

「今日は冷えるな…」

フィアンマ以外にも彼氏や家族の迎えを待つ少女は多くおり。
各々、そわそわとしながら待ち、或いは届いた連絡の内容に落胆したりしている。


かさり。

紙のような、セロハンのような。
そんな聞き覚えの少ない音に、フィアンマは首を傾げる。

「遅れてしまって申し訳ない。一分の遅刻だ」
「気にするな。俺様も今先に来た所だしな」

定型句を交わし。
それから、フィアンマは目の前のセロハンのようなものを撫でた。
触れている何かは柔らかく、薄い。力をこめれば破れてしまいそうな。

「…花束、…花束か?」
「如何にも」
「俺様に?」
「当然、君を想って買ってきた」

フィアンマは俯いて僅かに笑みを口元に浮かばせ。
それから丁寧に受け取ると、触ってみて、首を傾げた。
匂いを嗅いでみて、判別を試みる。

「薔薇か。…色は?」
「………自然、青だ。店頭にあったもの、だからな」

アウレオルスは少しだけ間を空けて、嘘をついた。
薔薇の色は炎のような真紅である。

花言葉は『死ぬほど恋焦がれています』。

が、見る事の出来ない彼女は、青薔薇と解釈する。
花言葉での告白をする勇気は、振り絞れなかった。


「青い薔薇。…『奇跡』、『神の祝福』、『夢がかなう』だったか」
「当然、君に似合いの花だ」
「…添えてあるのは…アイビーか」
「俄然、今宵は聖夜<クリスマス>だからな」

アイビーの花言葉は三つ。
花言葉は、『友情』『死んでも離れない』『永遠の愛』。
或いは恋慕に気づかれるだろうか、と僅かに緊張する少年に対し。
フィアンマはアイビーを指先で突っつき、首を傾げた。

「花言葉は…友情、だったか」
「………ああ」

落胆と安堵、両方の感情を持ちつつ、アウレオルスは頷く。
フィアンマは内容を(一部虚偽だが)確認し、花束を撫でる。
それから、嬉しそうに抱きしめた。

「……ありがとう」

幸せそうな笑みを浮かべ、彼女は花束を抱きしめて離さない。
そんな彼女の笑みに嘘をついた罪悪感を僅かに刺激されながら、アウレオルスは穏やかに笑むのだった。


今回はここまで。
クリスマスデートって何するの、教えてリア充の人。

乙。俺は大体

17:00くらいに待ち合わせ→ブラブラしながら話す→意外と知られてない景色いいとこで温かい飲み物飲みながらベンチでまったり→予約しといた、多少時間融通利くいい感じの店でX'mas飯→彼女の家もしくは自分ちでケーキ→コーヒー飲みながら話す→ヤる

かな…

アウレオルス……お前はだけはインデックスの味方だと思ったのに見損なった!
どのスレでも嫌われるインデックスはやはり空気だった


駄目だ全然書けない…スランプではないのですが。
>>1のことは見損なっても、アウレオルスさんのことは見損なわないでください!

…やっぱり>>1のことも見損なわないでください(震え声)


>>208
適度に参考にさせていただきました。ありがとうございます!

>>212
もしかして:スレを間違えていませんか
インデックスちゃんの出番が多く可愛いヒロイン主人公しているSSはこちら(インデックス「フィアンマに、安価で恩返しするんだよ」)をおすすめします!







投下。


今日のフィアンマは珍しくワンピースタイプの服ではない。
上は赤いブラウスに、下は黒いシフォン素材のスカート。
そこに白いトレンチコートを着、腰元でリボンが結ばれている。

別に普段の服装のセンスが悪いという意味ではなく、今日の彼女はおしゃれだった。

自分のために、或いはお洒落をしてきてくれたのだろうか。

そんな、ある種傲慢な考えが浮かび、アウレオルスは首を横に振る。
彼女はアウレオルスと共にレストランへ向かう道すがら、真っ白な息を吐きだした。

「今夜、共に過ごす相手は他に居なかったのか」
「憮然、何故そのような質問を?」
「ふと気になっただけだ」

深い意味などない、と言う彼女の表情は僅かに寂し気だったが、アウレオルスにはよく見えなかった。
口にした通り多少憮然としながら、彼は告げる。

「当然、私にとっては君が一番親しい友人だ。
 家族もなく、祈りに費やす時間ならば共に過ごしたいと考えるのは道理だろう」
「………そうか」

気分を良くして、彼女は花束を数度握る。
やや硬質な靴音を立て、二人は歩いて行った。

>>215 ×靴音を立て ○靴音を鳴らし》


レストランでごく一般的なコースメニューを食し。
デザートがいまいち食べ足りない、とぼやく彼女の為に、場所を移動した。
クリスマスというだけあり、夜が更けるにつれ、開いている店も徐々に減ってくる。
もぐもぐ、と甘い苺のショートケーキを頬張りつつ、彼女は紅茶を啜った。

「……そろそろ深夜になりそうだな」
「そうだな。当然、送っていこう」
「……アウレオルス」
「…何だ?」
「泊まって、いかないのか?」
「ぶぐ、っげほ、」

アウレオルスは飲んでいたコーヒーを床にぶちまけそうになった。
慌ててカップを元の位置に戻し、視線を彷徨わせて動揺する。

「…宿泊の必要性が無い」
「交通機関がほとんど無いぞ」
「当然、我が転移術式に間違いはなし」
「………」

じ、と視線が注がれる。
体に穴が空いてしまいそうだ、と感じつつ、アウレオルスは沈黙した。
彼女は紅茶を飲みきり、つまらなそうに呟く。

「まあ、それでも構わん。好きにしろ」

投げやりなその声には、失望が含まれているように、彼は感じた。
既に彼は理解しきっていることだが、彼女は寂しがり屋である。


外に出て。
彼女は、アウレオルスの服の袖を掴んだ。

「見えないから、手を引いてくれ」

彼女は一人でも歩ける。
それでもこうして介助を求めるのは、一種の甘えであり。
自分以外の誰かにもしているのだろうか、とアウレオルスはうっすら考え。
そして、そんな自らしてしまった無駄な想像に苛立った。
フィアンマは手を彼と手を繋いで歩き、ふととある事実に気がつく。

「…身長、伸びたか?」
「確然、その通りだ。近頃、成長痛が酷くてな」
「参考までに聞くが、今の身長は」
「199cmだ」
「ほう」

感心したように相槌を打って。
それから、ぽつりと呟いた言葉が、風に音を僅かに消される。

「お前を見る事が、出来たら」


そうして、二人はフィアンマの家へやって来た。
最近は自宅よりもこちらでの生活頻度が増えているような、と彼女はうっすら思う。

「どうせ帰るにしても、上がっていけ」
「………では、お邪魔しよう」

フィアンマは家へ入り、花束を丁寧に解体する。
それから花瓶を取り出して水を注ぎ、活けた。
見えはしないものの、無碍に捨てるようなことはしない。
アウレオルスを生真面目過ぎると時折揶揄する彼女自身も、なかなかに真面目な性格であった。

「……君に渡すものがある」
「ん?」

思い出したように、彼は懐から小さい箱を取り出した。
首を傾げつつ、フィアンマは受け取るべく両手を差し出す。
両手で作られたお椀にそっと箱を置き、ぱかりと開けた。

「…自然、君へのクリスマスプレゼントだ」

フィアンマは首を傾げたままに、箱の中身を指先でなぞった。
少しだけ考え込んで、結論を出す。

「ネックレスか」

把握した後に、着けて欲しいと強請り。
着用した後、彼女は笑みを浮かべて礼を告げた。
彼女も同じく思い出したように、棚を漁る。

そして、一つの紙袋を差し出した。

紙袋の中身。
手渡されたのは五分を計測出来る砂時計と、ブランド物の腕時計だった。

前者は、休憩をしっかり取って欲しいが為に。
後者は、仕事の始まりと終わりに間違いのないように。

職業人間をいまいち脱しきれていないアウレオルスには最適な贈り物だった。

「あまり良い物が思い浮かばなかったんだ」

言い訳のような言葉を漏らして、彼女はソファーへ深く腰掛ける。
彼は薄く笑みを浮かべたままに、紙袋を手元に置いたままにした。

「いいや、素敵な贈り物だ。感謝する」
「……そうか」

それは良かった、とぼやき、彼女はソファーへ指を這わせた。

「…毅然、それではそろそろ失礼しよう」

"万が一"にはまだ早すぎる。
理性の強いアウレオルスはそう考え、紙袋を手に立ち上がった。
彼女の方を向き、優しく言葉をかける。

「来年も宜しく頼む」
「……ああ。…こちらこそ」

言葉を返し、フィアンマは僅かに遺る寂しさを、唾液と共に飲み込んだ。


今回はここまで。
次回は混浴事件書きます。…多分。


原作で199cmと見て確かめて長身ってレベルじゃねえ、と思いました(小並感)
提供いただいたネタとはちょっと違う感じになってしまいました…。









投下。


クリスマスにもらったネックレス。
錆びないよう、純銀で作られたチェーン。
それにぶら下がるは、ルビーとトパーズのあしらわれた四葉のクローバー。
クローバーといっても、シロではなく、アカツメクサの方だ。

花言葉は「勤勉」「実直」。
ルビー、つまり濃赤は「華美でなく上品」。
四葉は「幸福」———そして。

「私のものになって、か」

いやいや、それは考え過ぎだろう。

ふふふ、と笑いを零し、フィアンマはそう自分に言い聞かせた。
目が見えず、女性としての魅力もない自分を愛する人間など居ない。
仮に居たとしても、いつか落胆させる日がやってくる。
そう思うと憂鬱になり、彼女はゆっくりと息を吐きだした。


一月。
寒い時期になってようやく、アウレオルスの身体の変化はきちんと終わりを告げた。
成長痛に耐えて耐えて耐えて、得た身長は実に199cm。随分な長身だ。
スーツを新調したため、もう窮屈さはどこにもない。不快感を催す要素がない。
そんな訳で新年早々緩やかに職務を全うしていたところ。

「貴様に通達があったぞ」

同僚から手紙を渡された。
私用のものではなく、職務上の通達。
住居を変えろ、とのお達しであった。
要するに出張のようなものである。
短期とはいえ住み込みのものだ。疲れは甚大だが、給金は高い。
仕事なのだから仕方がないと考え、アウレオルスは素直に従うのみだった。


そうして、彼はとある広い敷地の、大きめの教会にやって来て。
多くの防衛機構を備えた抜群の環境で、魔道書と向き合う。
内容を書き写す訳ではないものの、"侵食"されないよう対策は必要だ。
酷く疲れるがやりがいのある仕事でもある、と彼はぼんやり思いつつ。
残りの仕事は明日に回そう、と適度に見切りをつけ、封印を整えて部屋を出た。
と、一人の女性とぶつかりそうになり、寸前でギリギリ避ける。

「俄然、失礼し……」
「どこかで見た顔ね」
「む、」

視線が合う。
黄色い髪を持つ、やや中性的な女性だった。
黒い修道服を纏っている体は細く。
どこかで見覚えがあるような、とアウレオルスは考え。
結論を出す前に、彼女は軽く言った。

「そうそう、入浴は午後三時から午後六時までが男の時間だから。
 入るなら急いだ方がイイと思うケド?」

その口調に、彼は彼女が誰なのかをすぐさま思い返す。
振り返った時にその姿は既になく、急いでいたのか、と首を傾げた。
次いでフィアンマからもらった腕時計を見、焦る。

現在時刻、午後五時十分。


一日位入浴せずとも、健康的にどうということはない。
けれども、一仕事を終えた後には、普通は入浴したいものだ。
そんな訳で、アウレオルスはやや急ぎ気味で脱衣所へ足を踏み入れた。
さっさと入って時間内に上がらなければ、入れない時間になってしまう。
その焦りが、普段の彼の冷静沈着さを失わせていた。

余談だが、午後一時から午後五時までが男性の担当、もとい許可時間である。

ノックもせずに開けた先。
そこには、たった一人だけが居た。
赤く長い髪をどう結わえようか悩む、一人の下着姿の少女だった。

「んー…ん?」
「あ、………」

石のように固まるアウレオルス。
対して、少女は———フィアンマは、僅かに不愉快そうに眉を潜める。

「……誰だ」
「…唖然、いや、その、予想がつかな、だから、…」

言い訳のようなことを繰り返す声。
その聞き覚えが強くある声に、フィアンマは不愉快そうな表情をやめた。

「……んん。殺さなくて済みそうだ」

そして、そんな不穏なことを言ったのだった。


今回はここまで。
今後インちゃんを出そうかどうか迷ってます。出るともれなく痴話喧嘩になりそうですが。

金髪の女ってだれなんだ?
気になる

  | │                   〈   !
                | |/ノ二__‐──ァ   ヽニニ二二二ヾ } ,'⌒ヽ
               /⌒!|  =彳o。ト ̄ヽ     '´ !o_シ`ヾ | i/ ヽ !
               ! ハ!|  ー─ '  i  !    `'   '' "   ||ヽ l |
_______∧,、_| | /ヽ!        |            |ヽ i !_ ______
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄'`'` ̄ ヽ {  |           !           |ノ  /  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
               ヽ  |        _   ,、            ! , ′
                \ !         '-゙ ‐ ゙        レ'
                  `!                    /
                  ヽ     ゙  ̄   ̄ `     / |
                      |\      ー ─‐       , ′ !


恋愛に修羅場はつきもの、ということで書いていきますが、>>1の趣味で笑えない展開になりつつある書き溜めです

>>242
(ヴェントさんです)

>>244
ここはホモスレじゃないのでお帰りください(震え声)













投下。


状況にそぐわぬフィアンマの落ち着きようにつられて落ち着きそうになり。
はたと気がついて、アウレオルスはやや慌て気味に言った。

「当然、今すぐに出る。非礼を詫びよう」

すまなかった、と謝罪するアウレオルス。
対して、フィアンマは髪留めを手にしたまま彼へ近づいた。
これはビンタされても仕方ない、と諦めに目を閉じる彼の頬へ、ぺたりと触れる。
それから、やや無邪気とも呼べる明るい声音で誘った。

「一緒に入ろう」
「…は、」

童女のような声に、アウレオルスはぽかんとする。
確かに彼女からは自分の裸が見えないだろうが、それにしても。
自分が年頃の少女であるという自覚がないのだろうか、とあっけにとられ。
放っておけば小一時間困惑していそうな彼の袖を引き、彼女は再度言った。

「どうせ、俺様には何も見えないんだ。…加えて、これから人も来ない時間でもある」

恥ずかしがる必要も遠慮する必要もない、と誘って。
それから、彼女は何事も無かったかのように、髪を結び始める。


まずは髪をやや高い位置で一本に結び。
それから丁寧に髪を分けていき、編み上げる。
最後に髪留め数本を差し込んで止めれば、貴婦人のような髪型が出来上がる。
これでお湯には濡れないだろう、とフィアンマは一人満足し。
フェミニンなデザイン、上下揃えの白い下着を脱いでバスタオルを巻き。
それから、アウレオルスを放り置いて浴室の中へと消えた。
少年はしばし悩み、考え、迷い迷って、結果、服を脱いだ。
脱衣所の鍵をかけ、服を脱いで、一応腰にタオルを巻いてから、中へと足を踏み入れた。
彼女はお湯にスポンジを浸し、もこもこと泡立てている。

「後ろを向け」
「む、」

促されるまま、後ろを向いたアウレオルスの体にお湯がかかり。
肌触りの良い泡まみれのスポンジと、僅かに指が触れた。
居心地が良いような悪いような微妙な感覚のまま背中を洗われるアウレオルスに対して、フィアンマは思い出したように問いかける。

「…お前は、好きな女は居ないのか」
「…突然、何故そのようなことを?」
「ふと気になっただけだよ」
「…れ、…んあいに。…毅然、かまけている暇など無し」
「仕事人間か。真面目で良い事だな」

ふふ、と笑う声が少し寂しげで。
今告白しておけばよかったか、とアウレオルスは一人悔いる。


シャワーを浴び、身体を清め。
日本式にお湯の張られた浴槽へ、二人は浸かっていた。
バスタオルで隠れた胸元に視線を向けそうになり、アウレオルスは堪える。
華奢な肩が、二の腕の側面へぴたりと触れた。ひんやりとしている。
体温が低めだったか、と思いながら、アウレオルスは慣れぬ湯船に息を吐き出す。
彼女が隣りに居ることも相まって、今にものぼせて倒れてしまいそうだった。

「日本国ではこの状態で酒を飲むそうだ」
「確然、すぐさま酔いが回るだろう」
「だろうな。まあ、冷酒は美味らしいぞ?」

飲酒はさほど好まないが、とぼやき。
フィアンマは、ヘリに手をついて立ち上がった。

「ああ、そうだ」
「…?」

首を傾げる彼に、彼女は言う。

「明日から、イギリス清教の魔道書図書館がお前のサポートをする」

覚えておけ、と告げて。
彼女は、静かに浴室を出て行った。


翌日。
酷い大雨の中、アウレオルスはいつも通り魔道書と向き合い、丁寧に仕事をしていた。
昨日のフィアンマのことを思いだし、僅かに集中が途切れかける。
どうせ集中が切れてしまうのなら食事をしようと考えて。
廊下に出ようとしたところで、白い修道服を纏った少女が入ってきた。

「あなたがアウレオルス=イザードで合ってるのかな?」
「? 当然、我が名こそアウレオルス=イザードに相違ない」
「そっか。良かった。ええと、お話は聞いてもらえてるかな?」

腰にまで届く長く美しい銀の髪。
愛らしい顔立ちに、丸っこい碧眼。
口は小さく、華奢で小動物的なスタイル。

フィアンマとはまた違う、過酷な過去と運命を背負った少女。

即ち。

「私は、イギリス清教から派遣された魔道書図書館」

一○万と三千冊もの魔道書、邪教悪本を収納した生ける魔道書図書館。

「Index-Librorum-Prohibitorum。———インデックスって、いうんだよ」


そう名乗った彼女は、早速魔道書を読み始める。
既に防衛機構が体に設置されているのか、『汚染』に苦しむ様子はない。
彼女は丁寧にめくり、読み、その絶対記憶能力でもって覚えていく。
その読む速度も速読と讃えて然るべき素早さ。
ぱたん、と彼女は本を閉じ、封印を元に戻して。

ふと。

くきゅるる、と音が聞こえた。
インデックスはぴくっと反応し、アウレオルスを見上げる。
そして、にへら、と柔らかな笑みを浮かべた。

「一緒にごはん食べよう」

彼女は、無邪気にアウレオルスの手を引く。
困惑しながら、アウレオルスは彼女に連れられ、歩き始めるのだった。





「………い、たい…」
ローマ正教最暗部『神の右席』———右方のフィアンマ




「アウレオルスには、大事な人がいるんでしょ?」
イギリス清教魔道書図書館通称『禁書目録』———インデックス




「これ以上、彼女への嘲弄を許す訳にはいかな………」
ローマ正教『隠秘記録官』———アウレオルス=イザード



今回はここまで。
次回はキャラ崩壊回(泣き方的な意味で)だと思います。多分。


フィアンマちゃんがヤンデレスレスレのヤキモチ焼きさんになっている。
>>1の定形パターン程酷くはないです。
ちょっと痛い描写があるので気をつけてください。


















投下。


フィアンマと会っている時以外の単調な時間。
つまりは仕事に没頭すべき時間に、楽しさが加わった。
魔道書を書き記し、『隠秘記録官』として仕上げた一級品を彼女へ手渡す。
彼女は、インデックスはそれを受け取り、丁寧に読む。
イギリス清教と交わされた契約期間は一年。
その間に少しでも彼女に魔道書を読んでもらえれば、覚えてもらえれば。
或いは、イギリスで、魔女に対する対策を民衆に伝えてもらえるかもしれない。
自分の綴る魔道書がそんな素敵な現実を打ち出すと信じ、彼は仕事をする。

「アウレオルスはお仕事早いね。私の知る中でも最速かも」

お腹が空いた、とぼやきつつ、彼女はそんなことを言い。
のんきにお菓子の袋を開封し、クッキーを一枚渡してくる。
自分は要らないから君が食べれば良いと返して。
アウレオルスはやや照れたように柔らかな笑みを浮かべた。

「否然、この程度ではまだまだ」
「頑張り屋さんだね」

愛らしい顔立ちにそぐう、愛らしい笑み。
小さく華奢な体で魔道書図書館としての仕事を行う様は凛々しく、哀愁が漂うものでもある。

「…知る中でも、といっても」

彼女はぼんやりと呟いて。
そして、寂しそうに視線を落とした。

「私が知る人は、すごく、少ないんだけどね」


彼女の人生には。
つまり、禁書目録としての役目には。
後ろ暗い因習が、一年毎について回る。
通常、魔神ですら魔道書は50000冊か60000冊、或いは更にもう少し多く。
が、死なずに目を通せる程度はそれ位のものだ。
通常、人間はそこまで魔道書を読み込んでしまえが、脳をやられる。
当然、インデックスの体も、脳も、心も、魔道書の毒が。
強すぎる知識の毒が、蝕んでしまっていた。
放りおけば死んでしまうのは当然のこと。何しろ、一○万三○○○冊もの魔道書の毒だ。
通常の毒物で説明するならば、1mlでも人によっては致死量の毒物を、103000倍もの量を摂取しているということ。
どれだけ安全対策をしていたにせよ、苦しめられるのは道理。
故に、彼女は一年毎にエピソード記憶を消去し、毒に殺されてしまわないようにしている。
毒もそうだが、魔道書の膨大な知識が彼女の脳を圧迫し、殺してしまわないように。

科学の観点からいえば、実に馬鹿馬鹿しい話。
情報を詰め込み過ぎて頭がパンクするなど、パソコンならともかく、人間ならありえないとすぐに分かる。

だが、彼らは魔術師だった。
科学の「か」の字も知らぬ人種だった。
故に、この情報をそっくりそのまま信じている。

インデックス自身としては、勿論、嫌だ。
同僚が話しているのを盗み聞きしてしまったこの情報が、怖くてたまらない。


少女が、一つの宗教組織に苦しめられている。
運命を閉ざされ、苦しい中、笑顔を繕って。

フィアンマと重ね合わせ。
アウレオルスは再び憤怒すると共に。
彼女を見据えて、青い瞳に魂を宿し、言おうとする。

「断然、それは許されざる事だ」
「……でも、仕方がないことだよ」

自分は、そのために生きていくしかない。
絶対記憶能力を活かせる職業に就いたことを喜ぶべきだ。
そう言って笑う彼女の微笑みは、聖女そのもので。

「…うん、暗い話は終わり。ごめんね」

うやむやにして、彼女は休憩の終わりを告げる。
釈然としないままに、彼は仕事を再開するのだった。


インデックスと仕事を始めて早半年。
アウレオルスは黄金錬成へ至る研究を進める傍ら。
どうにかインデックスのことも救えないものかと、努力をしていた。

人体について調べ、調べ、調べ尽くし。
けれど、その文献自体が古く、科学的でないことにも気づけぬまま。

記憶を保管する術式について考え、考え、考え尽くし。
しかし、現実性をいまいち確立出来ないままに。

学者として、天才として。
優秀な頭をフルに活動させて、アウレオルスは努力を続けた。

そうして。
その結果。

風邪を引き、熱を出して倒れたのである。


全ての境界線が曖昧な夢の中。
錬金術師の少年は、文字通り夢を見る。

そこには、自分を『先生』と慕ってくれる白い少女が居て。
心から大切に思っている、赤い少女も居て。

二人共、苦しい事を自分の手によって解放され、救われて。
もう誰かの為に、何かの為に無理をして笑わなくても良くなっていて。
運命はどこまでも開けていて、世界の食物になどされなくて良くて。

親しそうに名前を呼んでくれて。

自分が救った世界を噛み締めて、自分も生きられる。

『我が名誉は世界のために(Honos628)』。

自分に課した使命。
自分に架した目的。

世界の人々を自分の仕事で救う前に、まずはこの二人の少女を救わなければ話にならない。
自分は、大切なものをそんなに多くは抱えていないのだから。
今抱えているたった二人の哀れな少女を、この非情な現実から救い出してあげたい。


「すー……」
「………」

フィアンマは、アウレオルスの見舞いに来ていた。
この病室、もとい病院は非常に親切なもので。
ナンバープレートの下に点字で号室名が示されているため、迷わずにこられた。

過労、ストレス。

アウレオルスが倒れた、高熱の原因はこれだと言われている。
元々勤勉な性格で仕事に没頭しすぎる傾向があったため、隠秘記録官は皆仕方がないと笑っていたそうだ。
退院して職場に戻っても、手篤く歓迎、及び心配されることだろう。

フィアンマは持ってきた細い花束の花を、花瓶へと生ける。
禁書目録がローマ正教へ来たのは、彼女の取り計らいだった。
アウレオルスがかつて口にした『自分の仕事の成果を世界の人々の為に』という意見を尊重したのだ。
禁書目録が覚えれば、当然それはイギリス清教の手に渡る。
自分達の切り札にすべきだと喚く枢機卿達を時に脅迫で、時に甘い報酬で誑かし、フィアンマは彼女の来訪を実現させた。
その結果が彼の過労に繋がってしまったのなら詫びるべきかな、と彼女は思う。

「んん……」

彼の寝言に耳を澄ませる。
いつも見ている訳ではないが、彼の寝言は結構単純なものだ。

もう食べられない。
これで出来上がりだ。

そして。
時々、自分の名前を呼んでくれる。

どんな夢を見ているかは知らないし、聞き出そうとも思わない。
でも、アウレオルスが自分の名前を呼んでくれると、寝言だったとしても心が温かくなる。
その瞬間だけは、自分が彼の"特別"を独占しているような気がして。


「当然、私は。…私は、…インデックス。君の、ことを…」









右方のフィアンマは、窓ガラスに爪を立てた。


時間が過ぎ去るのは早いもので。
契約期間の一年(実際には365日より多少短い年度制だ)は、訪れる。
結局今日に至るまで、アウレオルスはインデックスを救う事は出来なかった。
黄金錬成はもはや具体的な現実策を打ち出すのみとなっている。

アウレオルスは落胆のままに、フィアンマと会っていた。
いけないとはわかっているし、自分の私利私欲のための最低な密会。
禁書目録引き受け契約期間をもう少しばかり伸ばしてはくれないか、という交渉だった。

「…当然、この頼み事がごく私的であることはわかっている。だが、」
「ほう」

彼女にとって。
アウレオルスの頼みは。
 
恋情からきているものとしか思えなかった。

インデックスが好ましいから、もっと一緒に居たい。
現実にはそうでなくとも、そうとしか思えなかった。

故に、単調で無感動な返答をして。

彼女は、彼に近づいた。
項垂れる彼の顔の辺りを見つめて言う。

「あの女に惹かれたか?」
「……毅然、彼女は誠実で真面目な少女だ」
「一年毎に記憶を消される安全策については、俺様も知っている」
「ならば、」

自分が彼女を救いたいと思うこともわかるだろう。

そう言わんばかりの彼に。
わかる、と頷きつつ、彼女は吐き捨てる。


「あの女と身体の関係でも持ったか?」
「な、」

驚愕に目を見開く彼へ、続けて言う。

「あの女は誰にでも媚を売り、誰にでも愛される。
 お前もその魅力にやられたのだろうが…私的な願いを俺様に言う程に。
 基本的にはよくよく考えてから発言するお前を身勝手な方向へ促す程の魅力。
 まあ、普通に考えて身体の関係だろう。淫売の様な振る舞いを心得ているし、」

言葉が、切れた。

ぱん

破裂音が、聖堂に響き渡る。
アウレオルスは、自分が彼女の顔を打った事すら理解していなかった。
ただ、激昂のまま、自分の大切な『生徒』を侮辱されたことに対して怒る。

「唖、然。ふざ、けるな!!」

フィアンマは、ひりひりとする自らの左頬に触れる。
その感覚は熱さに変化し、徐々に痛みとなった。

「当然、貴様が想像しているような関係などどこにも存在し得ない!
 これ以上、彼女への嘲弄を許す訳にはいかな………」

言葉が途中で消えた。

アウレオルスは、自らの右手の平が異常に熱く痺れていることに気がついた。
そして、フィアンマの白い頬が赤く染まっている事にも気がついた。
それも、羞恥や嬉しさによる紅潮ではなく、暴力を受けた結果として。


「………」
「あ……わ、たしは、……」

自分の仕出かした事の重大さに気がついて。
しかし、いくら好きな相手といえど言っても良い事と悪い事があって。

フィアンマが何故あのような暴言を吐いたのか。

その真意や意図に気づけないまま、アウレオルスは床へ視線を落とす。

「……私と彼女は、あくまで生徒と教師役の関係だ。
 私は、彼女の現状に納得がいかなかった。
 確かに、君の立場を利用しようと、結果としてこのような頼みことをしてしまった。
 ………君が思っているようなことは、本当に、…どこにも、……存在、しない」

それだけを言って。
アウレオルスは耐え切れずに、静寂を保ち始めた聖堂から逃げ出した。

ぎぃ  ばた、  ん

古臭い扉が閉まる。
鈍痛、疼痛を放つ頬に触れたまま、フィアンマは椅子に腰掛けた。

「………い、たい…」

ぽたぽた、と透明な雫が零れ、深い茶色の長机を濡らす。

「痛い……いた、い、痛い、…」

反撃も防御も何もなく。
彼女の心を、痛みが支配していた。

ここに遺る事実は、アウレオルスがインデックスの為に自分へ暴力を振るった事。

同調して欲しかった訳じゃない。
関係を否定してくれればそれで良かった。

それだけなのに。


これが、誰か他の人物だったならば。
仕返しに反撃し、或いは殺しても良かった。
社会的に抹殺してやっても良かったし、現実的に殺害しても。

だが、よりによってアウレオルスだ。

世界中から見捨てられた、フィアンマの感情はこれに等しい。
たった一つ、闇の中で久しく見つけた柔らかな光、希望の少年。

目を見えるようにしてあげたいんだ、と言ってくれた。
救い出してあげよう、と宣言してくれた。

その彼が。
一年毎に記憶を消去されるにせよ。

愛される人に囲まれ。
何もかもに満たされ。
目が見える。

そんな少女に奪われた。


「ひくっ、…ぅ、…ひっく……う、ぅ。
 う、うう。…ううううううう…ぐすっ、う、うあああああああ!!」

才能"しか"ない自分。
才能"も"あるインデックス。

狡い、という言葉が、脳内を埋め尽くす。
純正な聖女(ヒロイン)は、誰にでも愛されるものだ。
そういう才能を持って、彼女は生まれてきている。
それに比べて、自分には本当に何も無い。

愛嬌もない。
華奢はともかく、小柄でもない。
五体不満足な出来損ない。
完全な救世主でなく。
魔道書の知識は、到底彼女には届かない。

こうやって比較してみたならば。
アウレオルスがインデックスに惹かれるのは、当然の事だ。

「っ、う、うう、…!!」

長机を引っ掻く。
切り忘れていたやや長めの左手の爪が剥がれ、露出した中の肉が触れる。
激痛が走ったが、その痛みで頬の熱さが紛れていく。

「………」

血でぬるつく手。
フィアンマは、ゆっくりと息を吐き出し。

完全に自暴自棄な気持ちのまま、自分の片瞼に指を当てた。


「どうせ見えんのなら、こんなモノ、」
   


アウレオルスは、逃げ出したままに。
職場の方の聖堂へとやって来た。
途中から走っていた彼は、息切れをしており。
インデックスは退去準備をする手を一旦止めて、冷たい飲み物を彼に差し出した。

「はい、お水。…何かあったの?」

心配そうに眉を潜めるインデックスからコップを受け取り。
一気に冷たい水を煽った後、アウレオルスは視線を彷徨わせてから首を横に振った。

「断然、問題はない」
「…本当に? 何か悩み事があるなら話してくれていいんだよ」

今日でお別れなんだから、とさみしげに微笑んで。
インデックスは、片付けを再開する。

「…時々、君を訪ねよう」
「ううん。…全部忘れちゃったら、会っても苦しくなるだけかも」
「だが、」

食い下がろうとするアウレオルスへ。
インデックスは、彼を見つめて優しく言った。

「アウレオルスには、大事な人がいるんでしょ?」

だったら、その人だけを特別にしてあげるべきだよ。

インデックスはそう言って。
アウレオルスの袖を掴み、軽く揺らしてにこりと笑む。

「無意識に惚気るなら、その赤髪の彼女に告白した方が良いんだよ」

頑張ってね、と最後に告げて。

さよなら。

銀髪の少女は荷物を詰め込んだ鞄を手に、教会から出て行った。

世界にはどうしたって救えないものがあるのだと、アウレオルスは知った。
そして彼女を救える人間は、救うべき人間は自分でないことも、思い知った。


今回はここまで。
シリアス…ではないはずです、多分
また二人はいつものように戻れるはずです


少年って単語すごく便利だと思ってます。



















投下。


きっと、アウレオルスは自分を嫌いになった。
嫌いな人間の目を治す為に懸命に頑張る人間などいない。
なら、こんな瞳など存在したって何の意味もない。
禁書目録を本気で救おうと考えているのなら、彼はローマ正教から離反するだろう。

「…その時は、」

鉄臭い手。
フィアンマは、そんな自分の片手を見つめる。
見つめるといっても、そちらの方に視線を向けるだけだ。

その時は。
この手で殺す。

こうやって、彼の幸せを願えないから、自分はヒロインにはなれない。
決して聖女の類になんて分類されない、とフィアンマは小さく笑う。

「……」

こんなもの、えぐってしまおう。

指に力を込めたところで蘇るのは、アウレオルスの言葉だった。



『例え光がそこに在らずとも。君の瞳は、美しい』


恐怖など無かったのに。
フィアンマは、自らの瞼に指を当てたまま、えぐることが出来なかった。
彼がせっかく褒めてくれたものを、ぐちゃぐちゃにすることなど出来なかった。
ひんやりと首元、肌に感じるのは、彼から貰ったネックレスの感触。

フィアンマは、静かに項垂れる。

ギィ、と。
ふと、扉がゆっくりと開いた。

「…誰だ」
「後方のアックアである」
「……お前か」

涙はとうに消えている。
顔を服の袖で拭き、よろよろと立ち上がった。
アックアはフィアンマの剥がれた爪や血液の散らばる惨状に僅かに眉を潜め。
それからテキパキと代わりに掃除をしてやり、彼女の細腕を掴んだ。
聖人の力でもって(彼女の実力的にありえないが)折ってしまわないよう、注意しながら。

「酷い怪我である。治療が必要だ」
「…わかっているさ。自分で歩ける」

アックアの手を払い、フィアンマは歩き出す。
じんじんと痛む手からは、ぼたぼたと血液が滴っていた。


アックアの家に来たフィアンマは、手当をされていた。
消毒し、ガーゼをあてがい、丁寧に包帯を巻く。
じんじんと痛む部分は冷やしてやり、頬も冷やした。

「…喉が乾いた」

アックアは、余計な慰めの言葉はかけない。
そもそも寡黙な男であるし、女性の扱いには慣れない方だ。
それがかえって心地良く。
フィアンマは、差し出されたグラスを掴み、冷たい水を喉に流す。

「………ご苦労」

一言だけ労って、フィアンマは立ち上がる。
アックアに、必要以上に甘えるつもりなど無かった。
落ち着き自体は取り戻したが、自暴自棄な気分は消えることはない。

彼女はふらふらと歩みを進め、外へと出て行った。


『無意識に惚気るなら、その赤髪の彼女に告白した方が良いんだよ』

一人になった聖堂で。
インデックスの言葉を思い返し、アウレオルスは仕事終わりの片付けをしていた。
きちんと危険物を封印し、ペンなどを定位置の場所へと戻す。

『あの女と身体の関係でも持ったか?』

フィアンマの嘲笑が、脳内に蘇る。
彼女自身気がついていない程、強い悪意を持っていた。
どうしても淫売などという単語の羅列が許せなくて、頬を張った。
自分は、きっと悪くはない。
確かに手を上げたことは悪いかもしれないが、人間としては間違っていなかったはずだ。

彼女の首元には、自分のあげたネックレスがあった。
大事に手入れをしてあったのか、綺麗に輝いていた。
そもそも、禁書目録に情報を伝えるという希望が何故叶ったのか。
旧体制を崩さぬローマ正教を急激に変えられる人間など、一人しかいない。

そんな、彼女の頬を。
どんな理由があったにせよ、感謝の言葉もなく。
追加要求を並べ立てた挙句、頬を張った。


何と強欲で酷く、誠実さの欠片も無い人間なのか、と自責の念に駆られ。

たとえ嫌われたとしても、謝罪だけはしなくては。

アウレオルスは、片付けを終えて廊下に出た。
再び、フィアンマがいた聖堂へと走り出す。
もはやそこには、何の痕跡も無いことを知らぬままに。



フィアンマは、ため息橋にてぼんやりとしていた。
徐々に辺りは暗くなり始めていたが、フィアンマにとってはどうでもいいことだった。

ため息橋とは、16世紀に架けられたヴェネツィアの橋の1つ。
白の大理石で造られたこの橋には覆いがあり、石でできた格子の付いた窓が付けられている。
ため息橋からの眺めは、囚人が投獄される前に見るヴェネツィアの最後の景色であった。
ため息橋という名は。
独房に入る前、窓の外からヴェネツィアの美しい景色を見られるのが最後というので、囚人がため息をつくということから付いた。

言い伝えによれば。
恋人同士がこの橋の下で日没時にゴンドラに乗ってキスをすると、永遠の愛が約束されるのだという。

「…永遠の愛か」

そんなものはどこにも存在しないのに、とフィアンマはうっすらと笑う。
結局、誰を愛しても、こうして失敗するのだ。

「………俺様は、生まれてくるべきじゃなかったな」

ぽつり、と呟く。

「居ては、誰かを傷つけて。しないと言いながらも期待をして。
 勝手に傷ついて、傷つけて。何が救いの象徴を体現する者、だ。
 ………俺様が死んでも、ローマ正教は多少揺らぐだけだろう」

他の『右席』もいるのだし、自分は必要ないかもしれない。
こうして格子のついた窓に触っていると、昔を思い出す。

「当麻………」

何の生きがいも無いこんな人生に、何の意味があるというのか。

戻れるものなら、昔に戻りたい。
あの少年と笑い合って、頭を撫でられて、素直にはにかんでいた幸せな時間へ。

泣きそうな歪んだ笑みを浮かべ、フィアンマはボロボロの手で格子を掴む。





















そんな力無き手を、少年の手が優しく握った。


今回はここまで


皆のヒーローが出ます。
先に言っておきますが、このSSは錬金右方です。
今回の投下でシリアス編(?)終わるのでご安心ください。



















投下。


懐かしい記憶を一切合切呼び起こす、手だった。
この手の感触には、きちんとした覚えがある。
この手にもう一度触れてもらうために、自分は生きてきた。

「フィアンマ、…だよな?」

ほとんど確信を得た。
それでも一応、といった調子の問いかけ。
声変わりの済んでいる少年の声だったが、声質というものは変化しない。
フィアンマは、のろのろと、怖がりながら、振り返る。
夢を見ているかのようだ。神様の思し召しというやつかもしれない。

「とう、ま?」
「…やっぱりフィアンマだ。久しぶり」

手を離し。
全ての幻想を殺し尽くす優しい右手が、フィアンマの頭を撫でる。

「ごめんな、長い間来られなくて」

ふるふる、と彼女は力なく首を横に振る。
口を開けば泣いたり叫んだりしてしまいそうで、何も言えないまま。
言いたい事は沢山あるのに、沢山あり過ぎて、言語としての表出化を拒絶する。

「助けに来たよ」


フィアンマと上条は、並んで歩き、会話をしていた。
彼はフィアンマのことを気にかけ、この十年を過ごしてくれていたこと。
最近の近況を話し合い、上条はほっと安堵の笑みを浮かべてみせた。

「…何だ。じゃあ、逃亡先とかの手配無駄になっちゃったな」
「…すまない」
「いや、いい。…フィアンマが今無事で、自由なら、それでいいよ」

安心した、とぼやいて、上条はフィアンマの手を引いてゆっくりと歩く。
右席など踏み入った事は話さなかったが、今は自分の意思で好きな事を出来ることを伝えた、その反応だ。
先程までボロボロだった彼女にとって、彼の存在は日だまりのようなもの。
初めて自分を救い出そうとしてくれた、唯一の少年。

「…イタリアへはどうやって?」
「ああ、友達に手伝ってもらって、勉強して…一応は短期留学扱い。
 といっても、もうすぐ帰らなきゃならないけど。相変わらずの不幸だよな」
「タイミングの悪さは仕方ないだろう」
「せめて住所とかわかってたらすぐ捜し当てられたんだろうけど。
 …見つかって良かったよ。それに、無事で。……人間関係、最近はどうなんだ?」
「…当麻は?」
「俺?」

俺はー、と呟き。
上条は、空を眺める。

「友達も沢山出来たし、…それに」
「……それに?」


「彼女が、出来たんだ」
 


今度こそ、フィアンマは神を恨まざるを得なくなった。
会いに来てくれたのは嬉しい。
好意を伝えられなかった自分が悪いこともわかる。
上条が年頃の少年で、彼女が出来ていてもおかしくないことも。
それでも、理論では片付けられない程の失望感が、胸を満たす。

「…ま、最近付き合い始めたんだけど。
 フィアンマとはまるで正反対の性格だけど、良い奴だよ。可愛いし」
「………、」
「…悪い。惚気ちゃうのクセでさ」

悪気なく笑う上条。
彼にとって、フィアンマは心配すべき、初恋の相手だ。
初恋は実らない。
接触の無かった初恋の相手など、淡い思い出で終わるのが普通の道理。
そうではなかったフィアンマの方が異常なのだ。
故に、彼は何の悪意も持たずにそう近況を告げた。
その事実がどれだけフィアンマを失望させるかなど、知るよしもなく。
フィアンマは、固まりかけた顔の筋肉を動かして、曖昧な笑みを形作ってみせる。

「俺様も、友人は何人か居るよ」

嘘だ。

「恋人も居る。まあ、この歳で居ないというのもかえって不自然だしな」

嘘だ。

「良かったじゃないか、当麻。そのまま幸せになれると良いな」

嘘だった。
全部、上条を心配させないための嘘。
虚偽に気づかないまま、上条は本当に、心から安堵してみせる。

「…そっ、か。友達とか、出来たのか。良かった」
「ああ、何も心配は要らない。久しぶり会えて良かった。
 こればかりは我らが主に感謝せねばならんな」


嘘をつき続け。
フィアンマは、やがて上条と別れた。
彼は今日の夜、飛行機に乗って日本へ帰るらしい。

もう、何もかもどうでもよかった。
世界が恨めしく感じられた。
一度希望を与え、さらなる絶望へ突き落とす世界など。
こんな幸運、必要無かった。

「…そうだな。ぜんぶ、」

アウレオルスにインデックスを引き合わせたのは自分の意思だ。
アウレオルスに好きだと告げなかったのも自分の落ち度。
上条へ接触しに行かなかったのは自分の臆病のせい。

誰にも愛されないのは、自分に魅力がないから。
魅力を身につける為の努力をしてこなかったから。

問題は、目が見える見えない、奇跡の力を持つ持たないではない。

「この俺様の人格性の問題だ」

何も努力しないのに、素敵な人生が送れるはずもない。

『天は自らを助くる者を助く』

自分が幸せになれないのは道理だろう。
何も努力をしていないのだから。
誰かを傷つけることしか出来ない人間であり。
そして、そんな人間なのだと言い訳をして努力しない怠惰な人間なのだから。


「疲れた」

ぼやいて、彼女は、ゆっくり歩き進む。
海岸で、重い石を細い足首へと括りつけて。
ざざん、と一定のリズムで押し寄せる波の音が心地良い。

上条とはもう会う事もないだろう。
アウレオルスはインデックスの下へ行くだろう。

「…こんな思いをするくらいなら」

自分にはもう何も無い。
うっすらと笑って、彼女は見えない空を見上げる。

「最初から、恋などしなければ良かった」


誰かを好きにならなければ、誰かを憎まないで済んだのに。
神様の思し召しがこんなにも苦しく感じられる事もなかったのに。

彼女は自らの命を喪う事を条件に設定し、とある術式の準備を完了させる。

世界に破滅が訪れますように。

言葉にすれば簡単だが、これは彼女の体質によって酷い事態へ昇華される。
黙示録の風景そのままをこの世界に体現させてしまおう、と彼女はぼやく。
最後の最後まで自分を幸せにしてくれなかったこの世界など、もはや必要無い。

「……滅びたくないのなら。世界が、勝手に運命を決めるだろう」

もし自分の命と引き換えに壊されるのが嫌なら、足掻いてみせろ。
奇跡の一つでも起こして、自分を満足させてみろ。

世界に対してあまりにも身勝手な挑戦状を叩きつけ、彼女は海に沈む。


「Il Signore non da una prova che non puo essere la persona di sopportare. Davvero ...?」
  


今回はここまで。
旧約二巻読み直してたのですがダミーさんがとても可愛らしかったのでその内出すかもしれません。


迷うなーセクシーなの(本人)キュートなの(ダミー)どっちが好きなの

イタリア語でした。
日本語訳が今回の投下に入ってます。














投下。


足首にくくりつけた重石が、文字通り足を引っ張る。
ぶくぶくと水に沈みゆく体。
口からは空気が溢れ出し、肺の中の空気がたたき出されていく。
当然、苦しくなれば、人の生存本能というものは強く刺激される。
じたばたと藻掻く体にどこか他人事な滑稽さを感じながら、彼女は目を瞑る。

結局、何の幸せなことなど無い人生だった。
自分が世界で一番不幸だ、などとは思わない。
それでも、つまらない世界だとしか思えなかった。

せめて告白位しておけばよかっただろうか、と思う。
どうせ、迷惑そうな顔をしたってわからないんだ。
アウレオルスのことだから、断るにしても優しい言い方をしてくれただろう。

いいや、そんな断り方をされては、結局未練が遺る。

何をどうしてもダメな人間だな、と小さく笑った。
徐々に呼吸ができなくなり、仕方がなく水を飲み込む。

「…アウ、レオルス、」

だいすき。

呟くと共に。

彼女の手が、男の手に握られた。


先程までフィアンマが居た聖堂に戻り。
しかしながら、彼女の居た痕跡はまったくもって見つからなくて。
何処に行ったのか予測のつかない彼は、ふと机を見て。

アックアの掃除しそびれた、水滴に気がついた。
或いは、わざと見逃したのかもしれないが。

ともかく、アウレオルスは長机を濡らす水分に気がついた。
天井を見てみるが、雨漏りをしている様子は無い。
未だにぎこちない感触の遺る手。彼女の様子が、脳内に蘇る。

もしかしたら、泣いたのかもしれない。
打たれた頬が痛くて。

彼女はプロの魔術師だ。
それでも、頭が良いだけの女の子に過ぎない。

唯一の友人である大の男に打たれたら、痛いに決まっている。
身体も勿論、精神的にも痛かったに決まっているのだ。

自分としたことが、頭に血が上ってしまって、本当に何ということをしたのか。

アウレオルスは聖堂から出て、フィアンマを捜す。
イタリア中を走り回ってでも、彼女を見つけたいと願った。


奇跡とは、決してありえない事が起きることではない。

可能性がほんのごく僅かにあり。
努力を最後まで惜しまぬ人間が祈り。
神様と呼ばれる何者かが気まぐれで与える出来事のことだ。

故に、アウレオルスはフィアンマを見つけた。

彼女は、幸せそうに笑っていた。
笑いながら、一人の少年と手を繋いでいた。
親しげに話し、同じペースで歩いていた。
ツンツン頭の、東洋人の少年だった。
きっと、彼女が語るところの『かつて待ち続けた彼』なんだろう。

ありえたことだ。
むしろ、彼女のことを考えれば、彼がイタリアへ来たことは喜ばしいことだ。

それなのに。

アウレオルスは、心臓が握りつぶされたかのように痛みを発している事に、気がついた。
その痛みはやがて息苦しさに変わり、脳を焼き尽すような嫉妬心へと変化する。

「っ、」

そして、理解した。
フィアンマの暴言と、嘲弄の真意を理解した。
彼女は、きっと嫉妬していたのだ。

この痛みは、インデックスと必要以上に親しくなった自分が、彼女に与えていたものだ。

それでも、身勝手でも。
この痛みは、耐え難い、と感じた。

彼女の『特別』を他の誰かが埋めるのは、こんなにも辛いことなのだと知った。


やがて。
二人の会話の和やかさは、恐らくそのままに。
フィアンマの表情だけが、辛さを堪えたものへと変化していった。
彼らは別れ、フィアンマはそのまま、うつろな表情で歩いて行く。

辿りついたのは、海岸だった。
彼女はぼんやりと、石を自分の足首へ括りつけ、水へと足を踏み入れる。

ある程度の距離を取って追けていたのが、かえって仇となった。
アウレオルスは彼女の様子の異常さとその予想出来うる末路に気がつき、走り出す。
水に沈んでいきながら、彼女は笑っていた。

「Il Signore non da una prova che non puo essere la persona di sopportare. 」

神は、その人が耐えることのできない試練を与えない。


新約聖書の、−コリント人への手紙から抜粋されたものだった。

「Davvero...?」

本当に?

ふふ、と笑い混じりにそう呟きを漏らす彼女は、神様に問いかけているように見えた。
事実、そうだったのかもしれない。

世界全てに絶望した人間の声だった。
誰の『特別』にもなれはしないのだと、悟った少女の嘆きだった。


ようやっと、海へとたどり着く。
助ける側の大原則である上着を脱ぐことすら忘れて、アウレオルスは海へと足を踏み入れた。
下手をすれば自分が溺れ死ぬ恐れも視野に入れ忘れ、彼は必死に手を伸ばす。
濡れてスーツが重くなっても気にせず手を伸ばせば、どうにか手を掴んだ。
そのままぐいと引き上げようとするも、彼女の足首に結ばれた石が重くて仕方がない。

「っく…」

彼は、決して非力ではない。
だが、豪腕でもなければ、聖人のような特殊体質でもない。
ついでにいえば、厳密に言えば魔術師ですらない。
多くの魔道具に身を固めて、それでようやく一般の魔術師と争える程度。
故に彼は、彼女の身体を軽くする方法も、石を切り離す方法も所持していない。

「必然、…君を救えぬ人生になど、意味は無い————っ!」

魔術にも科学にも道具にも頼れないのなら。
後は、知識と腕力に頼るのみ。
アウレオルスは懐から治療鍼を取り出し、自らの体に刺す。
集中力を高めることで、自らの身体のリミッターを一時的に外す事にしたのだった。
大の男が百%に近しい力を出せば、石を壊すことも、華奢な少女ひとりを抱えて泳ぐことも容易い。


そうして、彼はフィアンマを掬い上げた。
砂浜で一般的な人工呼吸を行い、飲んでしまった海水を吐かせる。
げほげほとしょっぱい水を吐きだし、フィアンマはぼんやりとした表情でアウレオルスを見上げた。

「アウ、レオルス…?」
「…俄然。安堵した。…意識が戻ったようだな」
「…何故だ。お前は、禁書目録を救おうとしたのではなかったか」
「…当然、否定は出来ない」
「……く、は」

彼女の端正な顔立ちが、壮絶な恨みと憾みに歪む。
一般人であれば、その威圧感に怯えて逃げ出すことだろう。
だが、アウレオルスは逃げなかった。逃げようとも思わない。

「愛する女を否定されたのがそんなに気に食わなかったか? 
 死ぬことさえ許したくなくなるほどに。なるほど、そうか。
 人間は時としてどこまでも残酷になれる生き物だ。
 死ぬことすら許せぬ程の憎悪か。は、ははは。……ふざけやがって」

好意は転じて憎悪となり。
憎悪は転じて殺意と変貌する。

ロクに動かない体で、見えない目で、それでも、彼女は彼を睨みつける。

「恨み晴らしに俺様を助けている時間があるなら、あの女に宛てたらどうだ」
「フィアンマ、」
「もういい、絶交だ。元より友人とまともな関係など築ける筈もなかったんだ」
「…君は、勘違いをしている」
「勘違い? 何をだ? …禁書目録を本気で救うということは、世界を敵に回す覚悟があるんだろう? 
 ローマ正教から離反して! 隠秘記録官をやめて! ……、…、俺様からはなれて、…いくんだろう」

怒っているはずの彼女の顔は、徐々に歪みの意味合いを変えていく。
ぐしゃぐしゃに歪んだその表情は、泣き出す前の子供の顔だった。


「……もういい。もういいから、…放っておいてくれ」
「………、…」
「話すことなど、何も無いだろう。お前は、あの女の名誉の為に俺様を打ったじゃないか。
 それで、答えは決定したようなものだろう。俺様とお前は、もう友人になど戻れない。
 お前には感謝していることもある。短い間だったが、思い出をくれてありがとう。もうこれでいいか。
 もう、いいだろう。どこへなりとも行けば良い。引き止めはしない。何なら追わないよう下の者にも指示をする。
 好きな女を愛して、好きなように生きて、好きなように、好きなものを救えばいい」

そして、その好きなものに自分は入っていない。
いないのなら、もう居なくていい。
どこかに行って欲しい、と彼女は言う。
怒りと恨みを口にすればする程、その言葉は裏返って聞こえた。

話したいことがある。
打たないで欲しかった。
自分を選んで欲しかった。
ずっと、一緒に居て欲しい。

すべてが裏返って、暴言の波となる。
フィアンマの腕が、弱々しくアウレオルスの胸元を押した。
『聖なる右』で気絶させ、或いは殺すことだって出来るのに、それはしない。
本当にただ怒っているだけなら、憎んでいるだけなら、殺せる筈だ。

アウレオルスは、水に濡れて顔にかかる自らの前髪をうざったそうに手で退けて。
そして、彼女の髪を優しく撫でて、すぅ、と息を吸い込んだ後、静かに告白した。

最初から、こうしておけばよかった。

遠回りなどしてきたから、こんなことになってしまったのだ。

「当然。私には、禁書目録を救うことは出来ない」
「…、」
「毅然、私が救うべきは、……君ただ一人だ」
「……、…お前は、」
「傷つけた私がこんなことを言うのは、当然、道理に違う。
 だが、人の情と、本心から言おう。…すまなかった」

謝罪した後に、ほんの少しだけの間を空けて、彼は告げた。
遠まわしに、口に出さずに、怖がって、直接は伝えてこられなかった言葉だった。




「君を、愛している」



今回はここまで。
もうこいつら結婚したらいいのに…。

乙!
実はイザードの方も偽物で本物のアウレオルスは別に居るって説がある


いつもの雰囲気に戻ってきました。

>>361
>>1歓喜じゃないですかやったー
本当に再登場しませんかね…。









投下。


フィアンマは、耳を疑った。
というよりも、その言葉の意味が理解出来ないでいた。

一秒、二秒、三秒。

たっぷり十秒程かけて、ようやっと言葉を脳内で咀嚼する。

君を、とは。
即ち、自分のことで。

愛している、とは。
その言葉、そのままの意味。

だから、つまり、故に。

「………俺様を?」
「当然、君以外に誰が居ると」
「……本当に?」
「毅然、この状況で嘘をつくメリットが無い」

フィアンマはそう数度聞き返し。
得られた回答から、現状を導き出す。


そして、顔を真っ赤にした。


熟しきったリンゴのように顔を赤くした彼女は、沈黙する。
海に沈む前に自分が放った言葉も、ついでに思い出したからである。
しばらく二人して黙りこくっていると、不意に体が冷えて。

「う、っくし、」

アウレオルスがくしゃみをした。
濡れたスーツは潮風に冷やされている。
このままでは風邪を引く、と判断したフィアンマは、顔の赤面は取れないままに促した。

「……場所を移動しよう」

フィアンマは彼のネクタイを軽く握る。
軽く握っただけなのに、びちゃあ、と海水がにじみだした。
必死で助けてくれたのだ、とフィアンマは思う。

「画然、そうするべきだ」

同意して、アウレオルスは立ち上がる。
そして、彼女を抱えたまま、地道に進んでいくのだった。


やって来たのは、いつも通りというべきか。
いつもの、フィアンマの別荘扱いの教会だった。
炎魔術でスーツとシャツを乾かしてやり、自分も服を乾かしつつ。
適当な着替えを貸し、自分も着替えて。
フィアンマは気まずそうにソファーへと腰掛ける。
心中を止められた上に全てが勘違いだった、加えて告白された。
気まずい、という言葉以外に、この状況を何と表現できようか。

「…アウレオルス」
「……何だね」
「……その、だな」
「…ふむ」
「……俺様も、」
「…君も?」
「おま、…えの、ことが」

華奢な人差し指同士を小突き合わせ。
うつむき、フィアンマはもごもごと言葉を出し渋る。
何となく言いづらい。しかしいつ言うのかといえば、今しかない。

「す、……すき、で。…だから、…その。…あの、女に、…嫉妬を。
 ……それで、…八つ当たりというか、……」

彼女にしては歯切れの悪い口調だ。
しゅん、と落ち込む彼女の髪をタオルで丁寧に拭いてあげながら、アウレオルスは小さく笑む。


「断然、君の想いに気がつけず、自らの想いをきちんと伝えてこなかった私に非がある」

さっぱりとした物言いだった。
卑屈な響きはなく、意識的な発言である。
勿論自分に悪い部分があったことを理解しているフィアンマとしては、やや肩身が狭くなる思いなのだが。

「……確かに、友人は辞める必要があるだろう」
「……、…」

アウレオルスは、タオルを手放し。
そうして、フィアンマの手をそっと握った。

「こうして改まって言うのは少々羞恥心を刺激されるが。
 だからといって言わない訳にもいくまい」

整髪剤が無い為に上げていないままの彼の髪が、フィアンマの肩へ僅かにかかる。

「もう一度言うが、…愛している。……このまま、恋人になってはくれないか」
「………良いだろう」

ややいつもの調子を取り戻し、わずかに傲慢な様子でそう応え。
それでもやっぱり恥ずかしかったので、フィアンマはアウレオルスの肩に顔を埋める事にした。


やがて、夏がやって来た。
燦々と照りつける太陽は心地良くもあり、鬱陶しくもある。
それでも湿気が少ないだけまだマシか、などと思いつつ。
アウレオルスは久しく休暇を取り(正確には取得させられて)。
正真正銘の"彼女"となったフィアンマと共に、プールへとやって来ていた。
プールといっても、日本国で一般的な公営プールのようなものではない。
プールがメインのレジャー施設である。当然、遊ぶものも多い。
とはいっても、メインは大型、及びアトラクションプールであり。
目が見えないのに大丈夫なのだろうか、と心配するアウレオルスをよそに、フィアンマは彼の手を握っていた。
だいぶ機嫌が良さそうである。彼女には本日に限って秘策があるのだった。

「視界補助装置がある」
「…視覚補助装置? 疑然、どのようなものだ」
「名の通りだよ。本当に見える訳ではないが、多少は周囲がわかるようになる。
 使い捨ての霊装に過ぎない上に、戦闘においては不向きそのものだが」

閉じたまぶたの裏で、物が動いているのが見える、という代物のようだ。
ひとまず、感覚を調整することですっ転ぶ事はないらしい。
元より彼女は盲目とは思えない程普通に生活しているのだが。

「という訳で、お互いここで一旦お別れだ」

手を離す。
更衣室前で、フィアンマはいつもよりもやや焦点の合った瞳でアウレオルスの顔辺りを見上げた。

「先に出ても、余所見をするなよ」
「截然。我が君に対してしか、女性には興味がない」
「そうか」

相槌を打ち、フィアンマは彼に背を向け、更衣室へ消えた。
アウレオルスはしばし考えた後、自分も着替える事にした。


今回はここまで。
お待たせしました、次回は水着回です!



参考画像はhttp://image.space.rakuten.co.jp/d/strg/ctrl/2/c337e214fe42a9e39ffcaf31a537d2ca1ef6f1d8.05.2.2.2.jpg?thum=53を赤にした感じでお願いします。

ネタが尽きた。不味い(震え声)











投下。



男女の違いというものは様々ある。
一々論っていくと途方もない数になる程に。
その中の一つが、着替えにかかる時間の長さだ。
出かける前ならば女性は化粧が云々、と比較的理屈があるのだが。
服を脱ぐだけでも、女性の方が着込んでいるものは多かったりする。

そのため。

「………」

先に着替え終わったアウレオルスはというと、ぼんやり、かれこれ十分程一人だった。
別に人を待つのは苦ではない。遅刻というものは、国民性故か、イタリアでは日常茶飯事である。
そもそも待ち合わせ時間を決めていないので遅刻も何もないわけなのだが。

「……」

気まずい。

何が気まずいかというと、女性の視線が、である。
彼はさほど自覚していないが、かなりの美青年だ。
上下白のスーツという、ともすれば滑稽な服装をしていても似合ってしまう程に。
ましてや、いつもと違い、前髪は下ろしてある。
前髪を下ろすだけで凛とした印象から、やや年相応の印象となるため。
結果として、彼より上下の年齢の女性のツボにはまる抜群の容姿となっていた。
そんな彼が一人でぼんやりと立っているのだから、女性が見るのも仕方のないことである。


早く来てくれないものか。

そう思っていると、不意にひんやりとした指先が頬に触れた。
思わずびくついて視線を落とせば、そこには待っていた彼女が立っている。
いつの間に近寄ってきたのだろうか、足音一つ聞こえなかった。

「遅くなったな」

ちょっぴり申し訳なさそうな表情を浮かべ。
フィアンマは背伸びをやめ、アウレオルスの手を握る。
その身長差、実に22cm。
一見兄妹のように見えなくもない。
ないのだが、フィアンマの見目に似合わぬ威圧感故か、そのような印象はすぐ消える。

「…さて、どこから行くか」

実はノープランなのだと話し、彼女は歩き出す。
アウレオルスはフィアンマが転ばないよう最新の注意を払いつつ、共に歩き始めた。


上は、首の後ろでリボンを結ぶタイプ。
下は、フリルの腰元についた下着のような形。

色は赤。

要するにビキニなのだが、不思議と下品な感じはしなかった。

かといっていたく劣情を煽ることはないのは、彼女の身体の肉付き故だろう。
そこについて言及すれば天の国へ導かれることはわかっているため、アウレオルスは何も言わない。
そもそも彼女の見目に関しては彫刻の様に美しいと感じるだけで不満はないのだから。

金色の瞳。
忌まれ易い赤の髪。
青みがかった程に真っ白な肌。
ほっそりとした太もも、ふくらはぎ。
控えめが過ぎる胸。
華奢な手腕。

その全てが、アウレオルスにとっては魅力的だと思える要素だった。
好きになれば痘痕も靨、と古人はいったものである。

「ふむ」

フィアンマはふと立ち止まり。
海を再現したらしいプールの説明文を読む。
読むといっても文字を指でなぞり、解析するまでに時間が少しかかるが。

「海か。懐かしいな」
「…俄然、それ程昔の話でもないと思うが」
「そうだな」

自殺騒動を思い返し。
フィアンマは彼の手を引っ張る形で、プールに入った。
本当にプールを再現しているらしく、波の動きがある。


「…お前と行く場所は、どこでも楽しい」
「……、…フィアンマ、」
「今なら幸せだと、誰に対しても胸を張れる」

彼にしか聞こえない声で、彼女はそう呟いた。
まつ毛に付着した水滴が、きらきらと輝く。
金色の瞳も太陽の光を受けて、美しく煌めいた。
それでも、彼女には何も見えない。

「アウレオルス。…俺様は、」

何かを言いかけて。

そして、残念で素敵な出来事が起きた。

しゅるり、と結んでおいた紐がほどけ。
残念な事に後ろのボタン部分も外れてしまい。
肩幅がさほど無い事もあり、水に布が流れていく。
一瞬で心許なさを把握したフィアンマは、状況を判断し。
わずかに顔を赤くしながら、目の前の長身に抱きついた。

「……何とかしろ」
「…突然の出来事で、私にもうまく解決策が浮かばない」

言いながらも、アウレオルスは彼女の身体を強めに抱きしめる。
天地がひっくり返っても彼女の裸体を医者以外に見せるつもりはなかった。


「……アウレオルス」

じ、と見上げてくる整った顔。
ほんの僅か視線を下げれば、今ふにっと気持ち当たっている柔らかな部分を見てしまいそうで。
アウレオルスは内心心臓をバクバクと脈打たせながらも、さてどうするかと真面目に悩んでいた。

「……当然。こうしよう」

彼はフィアンマの身体を抱き上げる。
所謂抱っこ状態のまま、彼は歩き始め。
そうしてプール端に浮かんでいた布を掴みあげ、彼女に差し出した。

「…少し息苦しかっただろうか」
「まあ、少しだがね」
「すまない」
「いや、謝る必要はない」

フィアンマは彼の陰に隠れて再び着衣し。
それから、顔の赤い彼のことをわからないながらも、わずかな視線に気がついて指摘した。

「……えっち」
「………偶然。偶然だ。偶然だとも」

焦りながら、アウレオルスは視線を逸らす。
今一度精神を鍛えなおそう、と思う錬金術師であった。


今回はここまで。
アウレオルスさん199cm(公式)、フィアンマちゃん177cm(>>1の目測)で書いてます。
余談ですが、22cm差はセクロスするのに相性がとても良いそうです。ガチでネタが切れてしまったので浮かんだ方はお願いします…。


ついにポロリが!

もし書けたらデート中にフィアンマがナンパされちゃう的な感じのを・・・・・・
少女漫画にありがちなこんなのしか浮かばないが

《サーバエラーで本編投下不可な為お茶を濁します》



フィアンマ「…」カラコロロ

アウレオルス「疑然、其れは?」

フィアンマ「飴だよ。お前も食べるか?」

アウレオルス「数があるのであれば一つばかり拝借したいところではあるが」

フィアンマ「ん」ガサガサ

アウレオルス「…」

フィアンマ「口を開けろ」

アウレオルス「む」アーン

フィアンマ「ほら」ペタペタ ヒョイ

アウレオルス「ふむ。……!?」

フィアンマ「ふ、」

アウレオルス「! ※☆=&¥○/ !?」

フィアンマ「っくく」

アウレオルス「…悄然。酷い味だ…ッ」

フィアンマ「とある修道女が寄越した渋柿キャンディーとやらだ」

アウレオルス「…よく耐えられるものだ」ウェエ

フィアンマ「まあ、善意でもらったものだしな。気持ちが宿ったものは、不味くとも構わん」

アウレオルス「……当然、やはり君は聖女か」

フィアンマ「……」モゴモゴ

アウレオルス(…相変わらず愛らしい)



ノニキャンディーをどうぞ


>>395-396
ありがとうございます! おかげで書けました

>>398
罰ゲームかと思ったけど今出てるキャンディーは美味しいそうですね。

















投下。


補助の道具を使用したとしても、フィアンマが盲目であることに変わりはなく。
そんな訳で、彼女はアウレオルスに常に手を引かれて行動していた。
温かく、長い指、大きな手の感触だけが、彼女の道標。
安心する、と口の中で呟く。彼だけが、今や、心の支え。

「ふむ。自然、ただ歩いているだけというのも面白みに欠ける」
「遊具のようなものは無いのか?」

うーん、とアウレオルスは視線をあちらこちらへと向け。
それから、大型水流滑り台<ウォータースライダー>へと、彼女を導いた。
二人まで同時に滑ることの出来る広さ。一般的なもの。

「…ん、こうか?」
「……当然、この様な体勢が適切だろう」

まず、アウレオルスが先に座り。
彼の脚の間にお尻を入れる形で、フィアンマが座る。
目が見える人間でさえ訳のわからぬ内に水に突っ込まれる遊びだ。
ごくごく軽い恐怖に、フィアンマはアウレオルスの手を握った。
そのまま手を引いて自分の薄い腹部に回させる。
やはりやめようかと気遣いの一言を放つか迷って、アウレオルスは彼女を抱きしめた。

ざぶん

勢いもあり、思い切り水に沈む。
楽しいものの、怖い側面もあるな、とフィアンマはうっすらと思いつつ。

どうにか水面から顔を出す。
スライダーの終着点は、波の出るプールだったようだ。

そして彼女は、とある事実に気がつく。


「…はぐれたか」


着水の勢いが良すぎてはぐれた。
事実を確認し次第、アウレオルスは周囲を捜索していた。
フィアンマには、こういった泳ぎの経験が無い。
つまり、泳げる筈もないのだ。
幼い頃自転車の練習をした人間は、大人になっても自転車に乗れる。
逆を返せば、何も練習してこなかった人間にそういった技能は備わっていない。
溺れてしまっていたらどうしよう、という不安が彼の思考を支配する。

案の定というべきか。

水の冷えで足が攣ったか、うっかり水に沈んだのかは知らないが、彼女は確実に溺れていた。
アウレオルスの中で焦燥感と呼ぶべきものが渦巻き、ほとんど無意識で彼は動いた。
"あの日"、海で彼女を救った時のように、彼は彼女の身体を抱えて陸に上がる。
水を飲んでしまったのだろうか。息が無い。体温から考えて、死んではいないようだが。

「……、」

数度胸元を押し、水を吐かせる。
全ての水を吐かせた後に、彼女の口から息を吹き込む。
それを数度繰り返せば、彼女はすぐに目を開け、自発的呼吸と意識を取り戻した。

「…目が覚めたようで何よりだ」
「……アウレオルスか?」
「いかにも」
「…ふ、…溺れた時に助けに来るのはいつもお前だな」
「…憮然。笑い事ではない」

フィアンマは恐らく、この世界のどんな人間よりも。
つまりは、聖人よりも、幸運だ。運の悪さで死ぬことはない。
それは彼女が生まれながらにして『右方のフィアンマ』となることを定められるような体質だから。
それでも、愛する人間が溺れて、死にかけて、気分の良い人などいない。
まったく、とやや呆れたように肩を落とすアウレオルスと対照的に、少女はしばし笑い続けたのだった。


「お前を捜していたらうっかり転んでしまってな」
「……」
「で、水を飲み込んでしまい、空気を吐きだした。自然な流れとして溺れる」
「………」
「何か術式を使用しても良かったが、…何分一般人が多いからな」
「……」
「……いい加減機嫌を直したらどうだ」

機嫌を悪くしている、とはまた違うのだが。
アウレオルスは憮然としながら、冷たい飲み物を口に含んでいた。
彼女が普段から傲慢な言動や振る舞いであることは知っている。
しかしながら、溺れかけ、助けたときにお礼も謝罪もなく笑っているというのはよろしくない。
如何に愛する相手といえど、その辺りにはきっちりと情動を覚えるアウレオルス。
そういった訳で、彼はそう、直接的に言うならば、拗ねていた。

「…アウレオルス」

フィアンマの指が、アウレオルスの手の甲を突っつく。
こちらを向け、とばかりに、その指は抓るような動きをとった。
抓られて痛い思いをする前に、彼は彼女へ視線を向ける。


「お前が求めているのならば、謝罪しよう。すまなかった。
 ……だが、俺様はお前が助けに来ると思っていた」

だからもがかなかったし、お礼を忘れた程、と彼女は言う。
予想通りの展開になったことに安堵して、それだけしか頭に無かったのだと。

「機嫌を直せ。……何なら、キスのやり直しでもするか?」
「…キ、…キスなどしていな、」
「しただろう。人工呼吸を」
「…あれは、…当然、医療行為だ」

キスには入らない、と視線を逸らすアウレオルス。
フィアンマはマイペースにアイスを食べ終え、彼のいる方を見やる。
じ、と見つめられ、アウレオルスは彼女へと視線を再び戻した。
キスをしていいから機嫌を直せ、ということなのだろう。

「……ん、」

そっと顔を近づけ。
でも、やっぱりキスをする勇気はなく。
彼は、彼女の唇端に付着した、白く甘い液体を舐めとった。

「………ヘタレめ」
「……憮然。事実無根だ」

むむむ、とむすくれるフィアンマであった。


場内売店で浮き輪を買い。
空気を入れたそれを装着した彼女はというと。
人気の少ない広く浅めのプールで、アウレオルスに泳ぎを指導されていた。
といっても、水泳選手になりたい訳ではないのだから、プロ級の泳ぎの技能は必要ない。
必要なのは、今後またプールで溺れてしまわない程度の泳ぐ技術だけだ。

「こうか」

手を握り。
アウレオルスの方を見上げながら、彼女はゆるゆるとバタ足をする。
ちゃぷちゃぷちゃぽ、という水の音が耳に心地良い。

「そうだ。……当然のことだが、君はあまり水に浮かないな」

脂肪は水に浮き、筋肉は水に沈む。
フィアンマは両方共さほどなかったので、どちらかというと水に沈むのだ。
溺れてしまう理由も納得なものだ、とアウレオルスはため息を飲み込む。

「やはりもう少し肉をつけるべきか」

食べても食べても、わずかに胸に肉がついて、すぐ痩せて終わり。
胃袋がもう少し大きければ違ったのだろうな、とフィアンマは思う。

「まあ、来年の夏にもまた来れば多少は上達するだろう」

その発言は暗に、アウレオルスとまた来るということを確信していた。
嬉しく思いつつ、彼は目を細める。

「願わくば、もう救助行為に没頭する事態の無いことを。画然、心臓に悪い」
「気をつける」


そうして、夜近くになり。
すっかりと陽が落ちた頃、アウレオルスはフィアンマを聖ピエトロ大聖堂まで送ってきた。
今宵は急な会議が入ったらしい。本来は休みだったようなのだが。
きっと格式張った会議に違い無い。だとすれば、始まる時間より更に前へ送り届けなければ。

焦り半分に真面目に考えて、彼女を送ったアウレオルスは。

現在。
狼男裁判に架けられていた。

「それで、今回はどのような流れだったのでしょうかねー」
「どうせだからぶっちゃけなさいよ。どこまでいったのか」
「…事の次第によっては、覚悟してもらうのである」

『神の右席』三名からの視線に、力なき錬金術師はピシリと固まっていた。
どうしてこうなった。どうしてこんな扱いを受けるのだろうか。

「…漠然、目立った事は……。…彼女が溺れた」

大槌が横になぎ、アウレオルスは咄嗟に身をかがめた。
槌を振るったヴェントはというと、じろ、と彼を睨んでいる。

「何で付き添いが居てフィアンマが溺れんのカナ?」

監督不行届。

冷や汗が流れ出るアウレオルスの様子はよくわからないながらも、フィアンマは思い出したように言った。


「ああ。そういえば少し前から正式な付き合いを始めた。
 当然のことだが、聖職者云々といった説教ならば聞かんぞ」
「正式に、ですか」

ふむ、と考える様子を見せるテッラ。
力量を測ってやるべきかとメイスに手をかけるアックア。

あ、これは死ぬ。

アウレオルスは本能から発される危険信号に、ゆっくりと後ずさる。
獰猛な熊を前にして、殺されるまいと逃亡を図る無力な人間のように。

「優先する。————人体を下位に、」
「ま、待ってくれ。私は誠実に彼女とお付き合いを、」

まるで昔の日本における父親と結婚相手の許可獲得用問答である。
悪くないにも関わらず謝罪と弁解をしようとするアウレオルスに小さく笑って。
テッラは冗談だと攻撃を引っ込め、ヴェントを伴って、アウレオルスを誘った。
彼らは、フィアンマを幸せにしてくれる人なら誰だって良いのだ。

「俺様は少し此処に残る」
「ええ、了解済みですねー」
「…毅然、何処へ?」
「いえ、少し貴男に話がありまして」


ヴェント、テッラ、アウレオルスの出て行った聖ピエトロ大聖堂。
表の守衛はともかく、中にはアックアとフィアンマしかいない。

「……解決したのであるか」

彼女の涙のことを、彼はずっと気がかりに思っていた。
爪を剥がし、泣きじゃくり、絶望した彼女のことを、ずっと。

「問題無い」

さらりと。
何事も無かったかのように、フィアンマは答えて。
それから、もう既にだいぶ回復した自らの指先を撫でる。

「……あの日、お前が居なければ確実な自殺をしていただろうな」
「宗義に反しているな」
「これでも、残念ながら人間なものでな」

絶望したら死にたくもなる、とぼやいて。

フィアンマは、机に上体をもたれた。
丁度、授業に飽きた生徒が眠るような格好だ。

アックアが初めて会った日も。
彼女は世界に絶望し、泣いて、嗤っていた。
運命を呪い、才能に潰された人生を嘆いていた。
そんな彼女を、一人の傭兵として守ってやろうと思った。
後方のアックアは、彼女を一人の姫のように感じていた。

そういった、関係だった。

「……言葉だけで感謝するというのもあれだしな」

フィアンマは懐から小さな金塊を取り出し。
アックアに渡すと、綺麗に微笑んだ。

「やはりお前は騎士に向いているよ」
「…貴様が何と思おうと、私はしがないただの傭兵である」


認めてもらえた。
そもそも認可される必要などないのだが。
それでも、彼女との恋人関係を誰かに認めてもらえるのは、気分が良い。
アウレオルスは改めて彼女を彼女の家まで送ってきた。

手を繋いで、仲良く。

「今日は本当に愉快な日だった。数度、事件もあったが」
「来年こそは何もないことを願うがね」

家の前で。
フィアンマは、アウレオルスの前に立つ。
荷物をしっかりと持ち、もう反対の手で、彼女は彼のネクタイを掴む。

くい

強めに引き。
バランスを崩した彼の頬へ、彼女は口付ける。

「んっ」
「ん、」

唇を離し。
彼女は悪戯にはにかんで。

「それでは良い夢を」

言うなり、家の中へと消える。
アウレオルスは、施錠特有の音を聞きながら、ぼやく。

「……茫然。気まぐれな女<ひと>だ」


今回はここまで。
とある制裁の『右席(かぞく)会議』。

お疲れ様でした
毎回楽しみに見させて貰ってます


きっと

父:アックア
長女:ヴェント
長男:テッラ
次女:フィアンマ


シリアス解禁まで後500レス近く…ぐぬぬ。
ところで半年書き溜めの展開が某名作と被ってるのですごく困っています。

>>420
ありがとうございます!

>>423
母親は…あっ(察し)















投下。


夏には珍しい、大雨だった。
夏には珍しい、激しい雨。

フィアンマは、そんな雨の中を、傘を差してゆっくりと歩いていた。
ざあざあと降りしきる、神様からの贈り物。恵沢の、雨。

「………」

音は心地良い、とフィアンマは思う。
思うのだが、傘の隙間から入り込んだ水滴が身体を濡らすのはいただけない。

「ふ…」

アウレオルスは近頃また忙しいようで、会えない。
近頃、といってもつい一週間前からの話。
別に、寂しいとは思わない。ようにしている。
だって、仕方のないことだ。何やら研究がまとまったらしいのだから。
それが彼のためになればいい、とぼんやり思いつつ。
水音を楽しみつつゆっくり歩いていると、後ろから声が飛んできた。

「うおおおおおお! どいてくれえええええ!!」
「…何、」

避けようとした瞬間、後ろからの衝撃。
どうにか倒れず踏みとどまりながら、フィアンマは背後を睨む。

「おい、」
「すまねえ! いや、ちゃんととどまったつもりだったんだが!! 
 お嬢さん大丈夫か!!」
「…少し静かにしろ」

何やら暑苦しい男だ、とフィアンマは眉を寄せる。

「ケガしてないなら良いんだが、このまま立ち去るってのは根性無しだな。
 よし、お詫びをさせてくれ!!」
「………」

何か厄介なのに絡まれてしまった、と思うフィアンマである。


アウレオルス=イザードはというと。
出来上がった理論をきちんと本にまとめ。
午後がら休暇を取り、とある大聖堂へとやって来ていた。
普通の聖歌隊を装って歌を練習しているのは、『グレゴリオの聖歌隊』。
ローマ正教の最終兵器たる魔術、及びそれを扱う者達だ。
3333人にも及ぶ修道士達をバチカンという世界最高の霊地に建てられた聖堂に集め。
聖呪(いのり)を集積することにより魔術の威力を激増させて放つことにより。
天上より何千何百にも束ねられた赤き火花が融合した強大な紅蓮の神槍が振り落ちて貫いたモノを破壊し尽くす———人間兵器。
正にローマ正教の誇る数の暴力を体現したものだ。

何故、彼がそんな者達の所へやってきたのか。
破壊や殺戮を頼む為ではなく。
ただ単に、文字通り"人手が欲しい"その一言に尽きる。

「黄金錬成(アルス=マグナ)か。ふむ、それは興味深い。尽力したいのは山々だが……」

ローマ正教十三騎士の一人、パルツィバル。
彼は世界各地に赴き、戦ってきた歴戦の騎士であり、戦士だ。
アウレオルスと特別親しくはないものの、目の前で困っている同胞を助けたい気持ちは確かにある。

「しかしながら、イザードよ」
「疑然、何だ」
「仮に成功し、貴様が黄金錬成の力を獲れば、貴様はもはや隠秘記録官では居られんぞ」

つまりは。
力を持った者は、力を振るうことを必要とされる。

「……ふむ」

隠秘記録官。

パラケルススの末裔として、必死に学び、目指してきて、ようやく就けた職業。
それをあっさりと配置転換させられ、戦地に赴く事になる。

「………」

黄金錬成が完成すれば、フィアンマの目を見えるようにしてあげられる。
だがそれは同時に、悪魔や神すら手足として使役する、無敵の戦士になることを意味する。
当然の事ながら、そんな自分の存在は武器としてローマ正教に酷使されるだろう。
そうそうフィアンマも権力にものを言わせる訳にもいかない。

「…少しだけ、時間をくれ。こちらから頼んでおいて申し訳ないが」
「構わん。応援しよう、我が同胞よ」


男。
少年の名前は、削板軍覇というらしい。
東洋人らしいが、イタリア語を扱える辺り頭は悪くないのだろうか。
現在は『根性試し』という名の世界一周マラソンを行っているらしい。

「ご苦労な事だ」

素っ気なく言い捨て、フィアンマはカフェモカを啜る。
チョコレートソースと生クリームがふんわりと乗ったそれはべたべたに甘い。
口周りがべたつく、とそれすらも心地良く思いながら、フィアンマは静かに飲み下し。

「それで、グンハといったか」
「おう、何だ」
「マラソンというのはハイペースで走るものではない」
「何?」
「早く走り過ぎては、ゆっくり走る辛さがわからんだろう。
 変速的にペースを変更して走る事にこそ、その根性とやらが見いだせるんじゃないか?」
「な、なるほど!」

いちいち声が大きい男である。
今日は運が良いのか悪いのか、とため息をつき、フィアンマは奢りのカフェモカを啜った。


フィアンマを救いたい。
けれど、戦地へ投げ込まれるのは恐ろしい。
もし、もし仮に油断して自分が死んだら。
今度こそきっと、彼女は絶望してしまう。
これは自惚れの類ではなく、経験した事実の話だ。

「…悄然、…困ったものだ…」

一長一短。

勿論、フィアンマの目を見えるようにしてあげたい気持ちは、とても強い。
彼女を幸せにしてあげたいし、共に居たいと思っている。心から。
故に、それだからこそ、悩んでしまうのだ。
武器として酷使される人生の終わりは、戦地での死。

「……漠然。かといって、」

ローマ正教から彼女を連れ出して逃げ、黄金錬成を駆使しても。
世界二○億全て、いいや、強大な力を持つ二人故に、世界中を敵に回す事となる。
身体の表面を削ぎ落としていくかのような生活に、彼女を連れて行きたくはない。
やれやれ、と視線をとある喫茶店へ移したところで。

愛する彼女が、黒い髪の少年と親しげに話を、していた。


アウレオルスの胸が、ぎゅう、と苦しくなる。
心臓を握り潰されたかのような、嫉妬の強さ。
七つの大罪の内に含まれているだけあって、辛い。

あの少年かどうかはわからない。覚えていない。
だが、彼女の本当の好みはあちらなのかもしれない。
初恋の相手が理想の相手となるのはありがちな話だ。
なまじ彼女の過去と執着を知っているが故、苦しい。

「…く、」

やがて、少年が立ち上がった。
彼は店から出るなり、驚きの速さで走り出す。
続いて、ゆっくりとフィアンマが出てきた。
彼女はすんすんと周囲の雨の匂いを嗅いだ後に、アウレオルスの方へ近づいてくる。

「……あの少年は」

燃え上がる嫉妬の炎を暴言として吐き出すまい、と彼は堪える。
対して、フィアンマはアウレオルスの手を握って答えた。

「ああ。止まれなかった暴走機関車だ」
「は?」


今回はここまで。


(マイナーキャラって火野さんとかじゃ…?)













投下。


詠唱を一人でやり遂げることを考えてみた。
どう考えても不可能だからこそ、思考は堂々巡り。
結局はグレゴリオの聖歌隊を頼る他なくて。

『俺様の夢は、』
『逃げ出す事だ。この、暗闇の世界から』

虚ろな瞳。
これだけは諦めたくないと語った彼女。
本当に愛しているのなら、救いたいのなら。
たとえ世界を敵に回しても、迷わずに取り組むべきだ。
解法と結末が見えているのなら、もはや突き進む他無い。

「…毅然。今やらねばいつ踏み出すというのか」

善は急げ。

アウレオルスは、そう無理矢理に答えを出した。


夏もそろそろ終わりに近づく頃。
フィアンマは、消息の絶たれたアウレオルスに困惑していた。
どう連絡をしようとしても、まったくもって繋がってくれない。
直属の部下等に調べを入れさせてみたものの、見当たらず。
情報がまったく入ってこない。隠秘記録官の方は長期休暇らしく。

「………」

自らの行動を振り返る。
確かに衝突は何度かあったが、きちんと謝った筈だ。
その度に彼はわかってくれたし、許してくれたように思う。


本当に?


ふと、疑問が首をもたげる。
彼の顔を見てもいないのに、何故そんなことがわかるのか。
声の調子、トーン、そんなものは理性で調整可能だ。

「……、…」

嫌われたかもしれない。
傲慢な態度は自覚しているところではあったが、生憎これは性分で。
だから、それを彼も理解して、付き合ってくれているのだと、そう思っていたのだが。


「…きら、われた?」

ぽつりと呟く。
自問自答。
自分で出した答えとしては、『そんなことはない』という希望的観測だけ。
そんな訳がない、と繰り返す。だって彼は、自分を愛していると言ったのだ。
確かにその口で。誰よりも愛していると、そう述べたのだから。

それでも。

もしかしたら、また心が動いたのかもしれない。
禁書目録のような聖女に出会ってしまったのかもしれない。
比較対象が居れば、自分という存在はあっという間に霞んでしまう。

「……」

彼は浮気性ではない。
理性は強い男だし、万が一はないだろう。
しかし、その一方で同情心の強い男だ。

「…アウレオルス」


イタリア国内のどこかに居るかもしれない。
そんな一抹の期待を胸に、彼女は国内を彷徨っていた。
連絡がつかない程、危険な目に遭っているのかもしれない、と。
希望的観測に妄想を重ね、彼女は歩き回っていた。
夏も終わりに差し掛かるとはいえ、まだまだ暑さはあり。
アウレオルスを捜す事に熱中していた彼女は、うっかり水分補給を忘れた。
如何に『神の右席』といえど、ベースはただの人間の体だ。
当然の事ながら、水分補給を怠れば、熱中症にも陥ってしまう。

「…ぐ、」

ふらり。

倒れかけ、壁に寄りかかる。
前方から、じゃりじゃりとした足音が聞こえた。

「……、」
「おい、なかなか美人が居るぜ」
「体調悪いのかね? チャンスか」

下卑た声だった。
男の二人連れか、とフィアンマは適当に判断する。

ここ一週間探し続けたが、彼は見つからない。

もうどうでもいい、と彼女は思う。
彼が居ないのなら、自分を捨てたのなら、そんな自分はもう必要無い。


ぐい、とやや乱暴に腕が引かれる。
痛みを感じる事もなく、フィアンマはぼんやりとしていた。
熱中症でとにかく体調が悪いのだ。うまく思考も出来ない。

「……、…ルス」

せめて、連絡がついたらいいのに。
ずっと待っているのに、言葉の一つもない。
自分が嫌になったのならそう言ってくれたらいい。

「あ? 何だおま、っぎ、」
「おいだいじょ、」

乱暴に掴まれていた腕。
解ける。再び掴まれたが、その触れ方は優しかった。
ほんの少しだけの期待を込めて、フィアンマは問いかける。

「……アウレオルス?」
「残念だけど、私は錬金術師ではないな」

男の手が、服についた汚れを丁寧に叩いて払う。

「熱中症でも起こしているのかな。早急に休憩が必要だろう」
「……一人で、大丈夫だ」
「大丈夫には見えなかったけど」
「……目の前で困っている人間が居ると見捨てられない性質か?」
「そんなようなものか。否定は出来ないね」

手を引かれて路地から出る。
何となく、アウレオルスに似た匂いがした。

「…名前は」
「私の名はオッレルス。……おっと、引っ捕えないでくれよ?」
「特別に見逃してやる。有り難く思う事だ」

手を引いていたのは、ありとあらゆる意味で自分と対極の立場に居る男だった。


今回はここまで。
安定の…いや、でもこのSS読んでる方皆が皆>>!の過去作品網羅してる方じゃないから大丈夫ですね…ですね。

乙。俺はなんだかんだで>>1のオレフィアはけっこう好きよ?

工山規範、ジョージ=キングダム、カチンコチンになって運転してたパイロットのあの人とか…


(やめろよ…今や名前すら一切出ないどころか別人になってしまった本当の意味でのマイナーキャラとなってしまったアウレオルスさんの前でそんな話やめてくれよ……!!)
今回はアウレオルス=ダミーさんが出ます。区別が難しいので、本物よりも自分に素直(感情的)という設定にしました。

>>460
ありがとうございます。
いつも気をつけているのに気がついたらオレフィアになってるんです。













投下。


涼しいジェラート店にて、フィアンマはジェラートを片手に飲み物を飲んでいた。
スポーツドリンクにバニラジェラートを乗せたそのフロートはとても甘く。
また、美味しさもさることながら飲み物部分は水分補給に最適だった。
ジェラートによって体温を下げ、ゆっくりとドリンクを飲みつつ。
フィアンマは目の前にいる、しかし決して見ることはないであろう男を見やった。

「よく生きていたものだな」
「逃げ続ける生活だけどね」

ジェラートを食べているらしい。
咀嚼音が聞こえる、とフィアンマはぼんやりと思った。
吹き付けてくる冷房の風が少し涼し過ぎる。
薄い上着の前を丁寧に留め、フィアンマはオッレルスについて振り返る。

「…お前はそんなヤツだったか?」
「正確には、君に言われて元に戻ったというべきか」


オッレルスと会ったのは、フィアンマが十歳頃の事だった。
ローマ正教十三騎士団全滅の危機ということで、暇だった彼女がわざわざ珍しく出向いたのだ。
対して、オッレルスは酷く荒んでいた。
自らが選んだこととはいえ、子猫を助けたが故、魔神の座を奪われて。
何もかもどうでもいいと自暴自棄な気分になったところで、ローマ正教の追っ手とぶつかった。
もはやどこかに属するつもりはなく、だからといって献体にされるつもりもなく。
魔神になれなかったなり損ないの男は、自らの衝動が促すままに暴力を振るった。

『……退いてくれないかな。流石に華奢な少女にまで手をかけるつもりはないんだけど』
『正当防衛とはいえ、酷い有様だ』

転がる人間の体。
死ぬよりも酷い状態だ。
放っておけば死ぬ程の内臓ダメージ。
かひゅ、と掠れた息遣いが、施術鎧越しに聞こえ。
本当に酷いものだなあ、と思いつつ、フィアンマはオッレルスを見据えた。

『ここまでやられて何も返さないというのも気が済まないものでな。メンツを守るためだ』

振るわれた聖なる右に、オッレルスの身体が吹き飛ばされ。
ダメージを軽減・回復しているところに、彼女が踏み込んできて。


『事情は知っている。同情もする。が、過剰防衛というのはいかがなものか』

力を持っているなら、それは弱者の安全と幸福の為に振舞われるべきだ。

そんな聖職者らしい言葉を放って。
それでいて、オッレルスより余程穢れた瞳で、彼女は力を振るっていた。
世界中の願いという名の身勝手を押し付けられた、救世主の幻想。
大きな組織の為に無理やり大義を押し付けられた、一人の少女。
ほんの僅かな間だけローマ正教の要職に着いていた彼は、彼女を知っていた。
彼女本人というよりは、彼女が"つくられた"経緯と目的を。

『君だって自らの境遇に自棄を起こした事だってあるだろう』
『あるとも。今だって世界中に復讐してやりたい気分でいっぱいだ』
『正当防衛だ。殺す権利はあるはずだろう』
『俺様が許さん』

見えぬ目で鋭く貫き睨み。
彼女は、オッレルスに向かってはっきりと言った。

『根っからの悪人でないお前に、罪を犯させる訳にはいかない』

だから、やりたくなくても立ちふさがる。

騎士達の前に立ち、これ以上は傷つけさせまいと自分を睨む盲目の少女の姿に。
いつか視た、自らの理想の姿を見た。


「……あんなやり取りで改心したと?」
「あんな、って酷いな。十歳程度の華奢な盲目の少女の発言に、行動だ。結構重いよ」
「ふん、差別的だな」
「いや、素直に尊敬しているだけだよ。邪念はない」

人殺しをさせまいと立ちふさがったその勇気と強さに。
全てを恨みながら、それでも傷つけさせまいと敵を愛する優しさに。

もぐもぐとジェラートを食べつつ、フィアンマは憮然とする。
発言に感動した、というならともかく、年齢や身体障害は関係ないはずだ。
むむむむ、と眉を寄せる彼女の様子に、オッレルスは小さく笑う。

「こうして見るとやっぱり普通の少女だね」
「まあ、人間だからなぁ」

肩を竦めるフィアンマは、飲み物を飲み終えて。
オッレルスと共に外に出ると、気分はすっかり良くなっていた。
やはり熱中症だったようだ。

「じゃあ、また」
「ああ。…この件で、数年前のアレは無効にしてやる」
「無効も何も、私はあの時攻撃していなかったはずだが———」

言葉が切れる。
黄金の鏃が飛んできたためだ。
オッレルスは咄嗟にそちらを見やり、特殊な術式で落とした。
地に落ちたそれはわずかに石に触れ、路傍の石を黄金の液体へと変える。

鏃を飛ばしたのは、一人の男だった。
彼は目に嫉妬と憎悪の炎を燃やし、オッレルスを睨みつける。

「————憮然。私の彼女に、手を出すな」


アウレオルス=イザード。
のように、思える。
オッレルスとしてはここに長く残る必要もないため、少しだけフィアンマを見やり。
アウレオルスを探していた彼女が彼に攻撃されることはまずないだろうと判断して、その場から立ち去る。
彼が居なくなると共に、アウレオルス(?)は彼女の下へと近寄ってきた。
やや、というにはいささか語弊がある程に強く、彼女の手首を掴む。

「…君はまた、」
「…アウレオルス?」

フィアンマは乱暴に腕を掴まれながらも。
その指の感触と、眼前から感じる体臭とオーラに、彼であると判断し。
それから、とても嬉しそうに柔らかい笑みを浮かべて、彼に抱きついた。
あっけにとられ、アウレオルス(?)は硬直する。

「何処に、いっていたんだ」

寂しそうな声は、わずかに震えていた。
泣き出してしまいそうに、震えてしまっていた。
アウレオルス(?)は少しばかり視線を彷徨わせた後、彼女の髪を優しく撫でる。

「…す、すまない。…少し、色々とやる事があって、」
「何故連絡一つ無かったんだ?」
「…それは、」
「尋問させてもらおうじゃないか」

フィアンマはアウレオルス(?)のネクタイを引っ張り、じと、と睨みつける。
ぐいぐいと首を締め上げられ、彼はじたじたと身動いた。





そんな自分と彼女の姿を見つめて。
アウレオルス=イザードその人は、唇を軽く噛む。
そして、路地裏の闇へと姿を消した。


今回はここまで。


(オッレルスさんもしかしたらこのスレではもう出ないかもしれない)
このカップルはどっちがプロポーズするんだろうか。


















投下。


アウレオルス=イザード。
フィアンマに接触した方の彼は、実は本人ではない。
基礎物質にケルト十字を用いた天使の力<テレズマの塊>。
生命ある、魔術人形だ。
とはいっても、体温もあれば意思もあり、食事もいたって普通に行う。
見目はアウレオルスそっくりであり、傍目にはまったく区別がつかない。
勿論、この人形自身は自らをアウレオルス=イザードだと思い込んでいる。
術者の本質をそのまま反映したのだから、当然のことながら、フィアンマを愛している。
"本物"との違いといえば、精々が扱う術式の程度と、理性の差だろう。
理知的な性格は引き継いでいるものの、我慢、というものが多少なりとも減っている。
それは良くも悪くも出るものだ。現に、オッレルスに瞬間錬金(リメン=マグナ)を振るったのだから。


そんな訳で。


彼は尋問されていた。
ほっぺたをぐいぐいと引っ張られる制裁つきで。

「ぐ、ぐぐ、やめ、いひゃみが、」
「何処にいた。何をしていた。洗いざらい吐け」
「むぐぐ、…っ」

掴まれていては話せない、とじたばた身動くアウレオルス。
フィアンマはほっぺたをふくらませ、彼を苛め続けた。


赤く腫れてしまったアウレオルスの頬に氷を袋越しに当ててやり。
ひとまず人目が気になったフィアンマは、彼を自宅へと導いてきた。
いつも招いていた別荘の方ではない。
様々な防御結界の施された、本当の自宅———教会の方だ。
元々は荒廃していた廃教会をフィアンマが買い取り、改装したものだ。
中は簡素ながらも赤を基調とした丁寧な内装がなされている。
絨毯などもよくよく見れば素材にこだわった豪奢なものだ。
聖職者の住処としては相応しくないことこの上ないが、彼女の育ちを考えれば妥当なものだろう。
あちこちに配置された家具に魔術記号が散りばめられており、結界が構成されていることがよくわかる。
とはいっても、魔術に精通していない人間が見たところで、何やら目に痛い空間だな、としか思えないのだが。

「これでも三年程異端審問官を務めていた時期があってな」
「当然、素直に話そう。だから武器を置いて欲しい」

掃除用のはたき(に見える魔術記号の綴られた棒)を持つフィアンマに恐怖するアウレオルス。
彼女は実に実に執念深く、それと同時に愛情深い人間でもある。
故に、自分の身体をバラバラにしたとしても、元に戻して愛するだろう。
理解している分、"どんなに腹が立っても愛する人間に手は出さないだろう"という常識は出てこない。
例え手を出されてもフィアンマに暴力の振るい返せないアウレオルスである。
過去一度彼女の顔を打った時以来、もう二度と彼女に手は挙げないと堅く誓っているのも理由の一部。

「それで、どこにいたんだ」
「…順を追って話すとしよう」


曰く、隠秘記録官において長期休暇を取っていたのは、研究に没頭していたから。
その結果出来上がったのが『瞬間錬金』であること。
フィアンマはその時点で違和感を覚えたが、敢えて言わないでおいた。

「侵食を忘れて没頭していたが故に連絡出来なかった、と」
「……すまなかった」
「本当に悪いと思っているんだろうな?」

むすくれるフィアンマは、行儀悪く教壇に腰掛ける。
学校にあるようなものより、だいぶ背丈の高いものだ。
脚を組み、彼女は我侭な姫のように、彼を見下ろす。

「この侘びは高くつくぞ」
「……何をすれば君は私を許すというのだ」
「そうだな」

彼女は本日の日付を思い返しながら、彼を見つめる。
その視線の先はいつも通り少しブレてズレていたが、真っ直ぐだった。

「俺様と旅行しろ」
「……旅行?」


アウレオルス=イザードは、黄金錬成の最終段階にまで進んでいた。
呪文同士をぶつけあって達成しようにも、まだまだ時間がかかる。
フィアンマと一緒に過ごしてはまた計画を先延ばしにしてしまう。
そんな危惧から、彼は直接接触せず、ダミーを彼女へと派遣していた。
本当は一切の接触を断つつもりではあったのだが、彼女の悲哀を想っての行動だ。
そして、ダミーを通し、彼女の様子を知りたかったから、という理由もある。
一応は自分と言えるダミーが相手であれば、嫉妬は起こらない。
ネット中毒者が携帯電話を気にして生活せざるを得ないように。
アウレオルスはいつダミーとの記憶を共有するか、術式を履行する間にも、彼女を気にかけていた。
何をしていても、誰といても。フィアンマが気になって、心配で。
それは親が子を心配する情愛に似ているが、それよりも深いものだ。
学問と魔術に占められてきたアウレオルスの人生において。
今は、フィアンマしか存在していない。禁書目録のことは覚えているが、彼女が覚えていないから。

「……旅行、か」

さて、自分と彼女はどこへいくのだろう。

アウレオルスはそわそわと浮き立つ心を押さえ込んで、術式執行に戻る。


旅行に行きたい。
そう彼を誘った彼女が選んだ先はというと。

「日本が良い」
「…日本。日本か」

ツンツン髪の少年を思い返してわずかに苛立つアウレオルス。
あからさまな不機嫌オーラに反応するでもなく、フィアンマは続けて言う。

「衣服なのだが」
「…? 疑然、衣服とは?」
「ユカタなるものに興味がある」

それに付き合え、とそういうことらしい。
アウレオルスは首を傾げて提案した。

「自然、取り寄せれば良いではないか?」
「着る場所が無い。つまらん」

日本に行ったところで、日常的に着るものではないような。
眉を潜めるアウレオルスに、フィアンマはもごもごと告げる。

「……夏祭りというイベントに参加したい」
「祭り。…祭祀……俄然、儀礼的なものだろうか?」
「違う。……遊び的な側面が強いものだ」

行きたい行きたい行きたい。

口にこそ出していないものの、そんなアピールが放たれている。
アウレオルスはわずかに考え、頷いた。

「それで償いになるというのならば、当然、喜んで付き合おう」

仮に償いでなくても、彼女が行きたいというのなら一緒に行きたい。
フィアンマは満足そうに上機嫌な笑みを浮かべて。
教壇を蹴り降り、アウレオルスに抱きつくのだった。


今回はここまで。
荒らし対策に巻き込まれたのか、>>1のスマフォによる空投稿が挟めない上にイーモバ規制も健在なので身内に携帯を借りましたが詰んでいる。
どうにかならないものか…。

どっちかといえばサーバー負荷軽減じゃないの?
とりあえずお疲れ様でした

乙。これは後々本人もダミーもフィアンマもキツくなる…

オッレさんあんなに練られた設定で満をじっして登場したのにもう出られないかもとはww


>>484

×侵食
○寝食

真面目にすみませんでした。

>>491
なるほど、納得です

>>492
ダミーさん達はその内修羅場になる気がします。死ネタの場合は事前注意書きますね。
オッレルスさんについては要望があればまた出るかもしれません。

















投下。


長期休暇を一旦とりやめ、数日出勤した後。
アウレオルスは再び長期休暇を申請し、荷造りを始めた。
旅行自体は職務上何度かしているし、珍しいことではない。
仕事仲間以外の同行者がいるのは、今回が初めてだ。

「……ふむ」

好きな女の前では格好良い大人でありたいのが男という生き物である。
とはいえ、残念ながらアウレオルスの手持ちの服はスーツばかり。
確かにそれでも問題はないし、そもそも彼女は盲目だ。
見目にばかりこだわってもどうせ彼女には見えないのだが、そういう問題ではなく。

「…自然、やはり衣服類を数点購入するべきか」

うーん、と考え込む魔術人形。
たとえ他者がどう言おうと、彼はアウレオルス=イザードである。
少なくとも、心から愛する少女の前では。


旅行に行きたい、とフィアンマが言い出して数日後。
荷造りをすっかり終えたフィアンマは、バッグを手に飛行機のチケットを指先でなぞって読んでいた。
見えぬ代わりに、指で触れば文字は判別出来るよう、デフォルトの特殊術式を有しているので、点字である必要はない。
点字の方が好ましくはあるものの、全国家がバリアフリーに取り組んでいる訳ではないので、致し方ないだろう。

「やっぱり私もついていこうか?」

いざ出発せんとするフィアンマの手首を掴んだのはヴェントである。
弟を亡くし、失意と絶望に塗れていた彼女の心を救ったのは、フィアンマだった。
その年齢も相まって、彼女にとっては亡き弟と同じ様に愛おしい妹のようなものなのだろう。
飛行機に同乗することを考えて冷や汗をダラダラ垂らしつつ、彼女は問いかける。

「ナニがあるかわからないし。ね?」
「…飛行機は大の苦手ではなかったか?」
「じゃあ船で」
「現代の船は何だかんだと科学技術が用いられているが」

過保護が過ぎる、とフィアンマは首を傾げる。
別に心配されずとも、自分は『神の右席』を統べる程の力があるのだ。
その気になれば世界———いいや、地球という惑星すら破壊出来る自分に、恐れるものなどほとんど無い。
実際にヴェントが心配しているのは貞操の危機の方なのだが、フィアンマはそこを視界に入れていないようだ。

「うぐ」

言葉に詰まるヴェントに、フィアンマは小さく笑った。
彼女を姉とまでは慕っていないが、それなりに大事には思っている。

「心配するな。今生の別れでもあるまい」
「ちゃんと帰ってきなさいよ?」

自分より背の低い相手に頭を撫でられるのも何だかな、と思うフィアンマであった。


ようやく右席の面々の心配から抜け出したフィアンマは、空港までやって来た。
うーん、と辺りを見回し、サーチを使うべきかと小首を傾げる。
待合用の小さなソファーに腰掛けたところで、誰かが近づいてきた。
捜していた相手、アウレオルス=イザード(?)である。

「搭乗にはまだまだ余裕があるが、何かトラブルでも?」
「トラブルといえばそうかもしれんが、迷惑<トラブル>とは言い切れんな」
「……?」
「気にするな。…早かったな?」
「当然、詫びを兼ねているのだから当たり前のことだ」

相変わらずの誠実さである。
アウレオルスは彼女の隣に腰掛け、世間話をした。
魔術など一切関係の無い、日常的な話だ。
時折興味深そうに相槌を打ち、時々楽しそうに笑う。
アウレオルスが彼女を好きでいるのは、こういうところだ。
右方のフィアンマという立場に関わらず、表情が多彩で。
拗ねたり、傲慢に言い放ったり、寂しいと泣きそうになったり。
そんな普通の少女染みたところが、特に好きだった。
立場や名声で愛するようになったのなら、そんな恋人関係は長く続かないのだから。

「空腹だ。何か愉快な食物はないのか」

暗に物珍しいものを捜して買ってこいと強請り、フィアンマはアウレオルスの袖をくいくいと引く。
彼はしばし悩んだ後、周囲を見回して立ち上がった。
そして、メロンカツなるものを購入して、彼女の下へ戻る。

「…常識から少々外れたものを購入してきたのだが。当然、味の保証はしかねる」
「? 非常識な食べ物か。…まあいい」

興味を発揮し、彼女は箱を受け取る。
中身を口にし、首を捻った。

「……む…?」

美味しくない。
が、アウレオルスに買ってもらったものを捨てる訳にも吐き出す訳にもいかない。

不審がるような表情で食べていくフィアンマを、アウレオルスは心配そうに見つめるのだった。


日本からイタリアまでは、実に12時間もの飛行時間を必要とする。
が、ファーストクラスの席を予約した二人にとって、エコノミー症候群というものは恐れるべきものではなかった。
当たり障りの無い味の機内食を頂き、サービスの飲みものを啜り。
いくら仲が良くとも会話を12時間もし続けていられる訳もなく、フィアンマはアウレオルスの肩へ軽く寄りかかった。

「…俺様は寝る」

うつらうつらとしながら、フィアンマはそう宣言した。
遠まわしに、お前の肩を枕にさせろという要求でもある。
異存は無いので、アウレオルスは無言で頷くのみにとどめた。
そんな彼の態度に安堵を覚え、フィアンマは目を閉じる。
しばらくして、静かな寝息が聞こえてきた。寝つきが良いのか、余程疲れていたのか。

「……、」

アウレオルスは、無言で彼女の顔を見る。
長いまつ毛、青みを感じる程に真っ白な肌。
唇は薄く、肉感的ではない。故に、彫刻のような美術品的側面を感じる。
色っぽいのではなく、純粋に綺麗な顔なのだ。
それはもう、実は人形なのですと言われても信じてしまう程に。

「…ん、」

が、寝息はあって、寝言もある。
夢は見るし、微笑も見せる。

その人間臭い変化が、彼女が芸術品ではなく人間であることを示していた。


「……、」
「…すー…」

そっと、手に触れてみる。
彼女の手はしばし彼の手を触り返した後、握った。
握手のような握りから、思い出したように恋人つなぎへ。
絡ませた指の体温が、とても心地良い。

「んん……」

アウレオルス、と。

かすかなささやき声、寝言で自分の名を呼ぶ彼女が、とてつもなく愛おしくて。
彼女の笑顔と愛情を得る為なら、きっと世界でも敵に回せるであろうと、思う。
世界中から追われたとしても、彼女を守り、「ありがとう」と言われ。
そうして名前を呼んでもらえたのなら、何も怖くはないと。

「………、…フィアンマ」

世の中に存在している愛の言葉を幾千万と囁いても、思いを吐きだしきることは出来ないだろう。
我が儘を言われても何ら反感を覚えない時点で、自分はきっと彼女を心底愛しているのだから。

そんな小っ恥ずかしいことを考えつつ、アウレオルスは目を閉じる。
飛行時間はまだまだ残っているのだ。眠って、体力を温存するべきだろう。


今回はここまで。
禁書界恒例のハイジャック事件が必要かどうか悩んでます。

フィアンマは女性名詞なので原作のフィアンマさんはホモじゃなくヒロイン(震え声)


(レスもらえると、嬉しいです。あの、すごく、えっと。すごく)

ハイジャックしてみましたが不発感の拭えないねぼし。















投下。


眠り始めて、何時間経過したのだろう。
少なくとも、フライトが始まってから五時間は経過しているはずだった。
うつらうつら、やや意識が浮上してきたアウレオルスは、時計を見ようかと考えた。
懐に潜めてある懐中時計に手をかけたところで、男の怒鳴り声が響いた。

「テメェら全員手を挙げろ!」

怒声と共に、発砲音。
バリィン、という嫌な、ともすれば爽快な音がして、照明灯の一つが消えた。
乗客たちは泣き叫ぶも、高さを鑑みれば飛び降りて逃げ出すこともできない。
有り体に言えば、ハイジャックだった。
犯人達は集団であり、銃を突きつけ、乗客たちを拘束していく。
余計なことをされないようにか、添乗員にも同じように拘束を施した。
アウレオルスは視線を巡らせ、手中に持てる武器を再確認する。

黄金の鏃。
瞬間錬金は他の乗客を殺してしまう恐れが高い。

断頭剣。
これもまた、狭い機内では実用的ではない。

ジギタリスの猛毒を秘めし小瓶。
論外だ。

何だこれは、とアウレオルスは思う。
自分が持っている武器のことごとくが、使用不可ではないか。
加えて、錬金には材料が必要であり。
猛毒の小瓶以外は、使用に何らかの犠牲を必要とする。
こと、この状況ではどの武器も使用できない。絶対に。


そうこうしている間に、男の一人が近寄ってくる。
ホルダーには拳銃が収まっているし、手には機関銃を持っていた。
どのようにして持ち込んだのかは、まったくもって不明。
が、一つだけわかることがある。

彼らは魔術師だ。

拳銃を使う魔術師は非常に珍しい。
つまり、魔術を武器としての一つとしてしか解釈していないのだろう。
銃のささっているホルダーには特殊な文字が記されている。
それは所謂ルーン文字で、魔力を流せば爆発するものだった。
拳銃の弾が完全に切れたら爆弾として使用するつもりなのだろう。
魔力を流し込むことで足を吹っ飛ばしてやろうかと思うアウレオルスだったが、手を伸ばしても触れられない絶妙な位置にある。

「おい、手を挙げろ」
「……、」

仕方なしに手を挙げるアウレオルスだったが、眼光は鋭く。
せめて態度だけは毅然として彼女を守ろうとする彼だったが。

「……触るな」

寝起きながらも、アウレオルス以外の男の手だと感知したフィアンマが、挑発的に言う。
その態度が気に障ったのか、男は乱暴に彼女の身体を引きずり上げた。
拳銃を頭に突きつけ、眉を寄せる。
それから、何か良いことでも思いついたかのようにニヤリと笑った。

「おい、女。見せしめにテメェから死ぬか?」
「………」
「ッ、」

アウレオルスが動いた。
彼がフィアンマを取り返す前に男が一歩下がり、アウレオルスの腹部に膝蹴りを強く入れる。
元より体育会系でもなければ格闘術にも長けぬアウレオルスは、苦痛に息を吐きだし、力なく項垂れた。
彼女はさながら魔女裁判で有罪と認められた魔女の如く、男に引っ張られ、前の方へ連れて行かれる。


上条当麻は、今日も今日とて不幸だった。
本当はフィアンマと会った日に帰る筈が、飛行機が欠便となり。
その後も天候不良であったり、実は未提出だったレポートが発見されたりで。
結局学園都市に戻れないまま、今日までの日にちをイタリアで過ごしてしまった。

「はー、やっと帰れる」

深い深いため息を吐きだし、上条は飛行機に乗った。
後は眠っていれば、順当に十二時間後には日本へ到着出来る筈だ。

「疲れた……」

まさかこんなにも長引いてしまうとは、人生最大の不幸かもしれない。
恋人である少女とはメールを交わしていたが、やや冷められてしまったようだ。
長い間離れ、実際のところ、その留学の目的が他の少女を救うため。
そりゃあ呆れられてしまっても仕方がないよなあ、と上条は思う。
思うのだが、悲しい出来事には変わりない。
さっさと寝て色々と忘れてしまおう、と目を閉じる。


数時間後、上条当麻は男の怒声で目を覚ました。

「テメェら全員手を挙げろ!」

怒声と共に、発砲音。
バリィン、という嫌な、ともすれば爽快な音がして、照明灯の一つが消えた。
乗客たちは泣き叫ぶも、高さを鑑みれば飛び降りて逃げ出すこともできない。
有り体に言えば、ハイジャックだった。
犯人達は集団であり、銃を突きつけ、乗客たちを拘束していく。
余計なことをされないようにか、添乗員にも同じように拘束を施した。

上条は驚きと焦りと恐怖を覚えながらも、冷静に状況を観察する。
今までも、こうした大きい事件には何度も巻き込まれてきた。
その度に不幸を嘆き、他者を巻き込んだ責任を取ろうと戦ってきたものだ。


(自爆テロじゃなきゃ勝機はあるはずなんだ…)

普通の男子高校生とは思えない思考をする上条。
だが、彼が持っているのは、異能を打ち消す右手のみ。
となると、周囲から武器を選択して戦わねばならない。

前の方で、何か騒ぎが起きている。
やがて、一人の少女が、主犯格らしき男に手を掴まれ、引っ張り出された。
前髪に隠れた向こうが金色の瞳であることを、上条当麻は、知っている。

「……、」

一瞬にして、諦念にも似た救助願望が、ガラリと色を変えた。
自分を救ってくれた彼女を救うためなら、手段は選ばない。

「おい、わかってんだろうな。妙な動きをしたら、」

男の拳銃の銃口が、フィアンマの側頭部にあてがわれる。
ギリギリ、と上条は歯軋りをした。
そろり、と席から飛び出す。あちらが自分を撃つなら万々歳だ。

「コイツみてえにな「待てよ」…あ?」

上条当麻は、恐れを知らぬ者のように立ち上がる。
本当は足を震わせて逃げ出したい気持ちもある。
あることにはあるのだが、勇気が、生存本能の悲鳴を押さえつける。
上条の手には、コーヒーカップが握られていた。
中身は熱湯に近しい紅茶で、触れただけでやけどは確実だった。


「……当、麻…?」

ぼんやりとした表情で、フィアンマは首を傾げる。
思考がうまくいっていないのだろうか。

「邪魔すんなガキ、」

男の拳銃が、こちらを向く。
真っ直ぐに伸ばされた腕を見やり、上条はコーヒーカップの中身をぶちまけた。

"幸運にも"その熱湯は、フィアンマにはかからず、男の腕と拳銃にかかる。

「あッ、がァアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

銃を撃ち慣れなかったのかもしれない。
照準をしっかり定めるために伸ばされていた腕は、とっさの回避が遅れた。
熱湯は服の繊維の隙間から男の肌を焼き、灼けた肌に服が張り付く。
故に少量熱湯が溜まり、男の肌をいつまでたっても苛め続ける。
最悪なことに、ここに氷水などの類はない。冷やすものがない以上、痛みは加速していく。

「大丈夫か!?」

英語で仲間の男が焦ったように言い、その片手間で上条を数度撃つ。
鳴り響く銃声音に、乗客たちは泣きながら耳を塞いだ。
もう何もしないでくれと言わんばかりの大勢の視線を受け、それでも少年は揺るがない。


数度撃たれ、上条は回避もしなかった。
正確には回避出来る訳もなかったのだ。
銃弾は素早く跳び、上条の右太ももを正確に貫く。

「っぐ、」

呻き、上条は隠れられる場所へ隠れこんだ。
そこには、緑髪の男が腹部を押さえ、獣のような目で男たちを睨んでいた。
彼の隣りだけ、座席に人が居ない。全ての席は埋まっていた筈だ。
つまり、彼の隣に座っていたのはフィアンマで間違い無いだろう。

「…なあ、あんた」
「…何だ」

上条を視界に捉え、苛立ちを覚えるアウレオルスだが、背に腹は代えられない。

「もしかしたらだけど、フィアンマの友達か?」
「…毅然、恋人だ」
「そっか。……何かぼんやりしてて抵抗できないみたいなんだ。
 打開策とか浮かばないか?」

上条の言葉を受け、アウレオルスは考える。
優秀なその頭脳は、十秒程で結論を叩き出した。

「一人が先程貴様の勇行によって怪我をしている。よって残るは手当をしている人間を差し引き二人」
「一対二ならともかく、二対二ならまだ勝機は見込めるな」
「……だが、」
「? 何だよ」
「私には、…悄然、武術の心得がない」

そして、魔術の腕はフィアンマに劣る。
知識はともかく、あの男達にも劣るかもしれない。
そんな自分が出て行っても、彼女を助けられないのでは。
犯人を無意味に刺激して、彼女を傷つける事を許してもらうだけなのでは。
土壇場において、理性の弱さが裏目に出る。


上条は、アウレオルスを見つめた。
それから、少しだけ言葉を出した。

「…俺、あの子を助けたかったんだ。
 そのために嫌いな勉強をして、嫌いな暴力を振るわれて学んで、強くなったんだ」
「………」
「俺は、あんたとフィアンマがどんな風に出会って、仲良くなって付き合ったのかは知らない。
 でも、無駄かもしれなくても足掻くこと位は出来るだろ。よく考えてみろよ。
 ……力があるから人を助けなきゃならないのか? それとも、助けたいから力を振り絞るのか。
 俺が絶対の正義なんて言うつもりはねえ。けどな、後者の勇気さえあれば、大抵の不幸なんざ乗り越えられる」

それは、多くの不運と不幸を生き抜いてきた男だからこそはっきりと言える一言だった。

「じゃあ、こうする。俺があっちに飛び込んであいつらをぶん殴る。
 その間にあんたはフィアンマを連れて脱出してくれ。後は何とかする」
「…少年。それでは貴様が、」
「俺は、どうだっていいんだ」

上条は、全ての異能を打ち消す右手を握り締める。

「俺は、フィアンマに救ってもらった。多分、彼女と出会ってなかったら死んでた。
 これまでだって何度も死ぬチャンスはあって、死にたい瞬間はあって。
 それでも彼女にもう一度笑って欲しくて、助けてあげたくて、必死に生きてた。
 仮にあの子を助ける為に死んだとしても、別に仕方ないと思ってる。
 でも、俺が死んだら、多分フィアンマは悲しむから。死なないつもりでいるけどな」

どちらがフィアンマの恋人なのか、わからなくなるような発言。
視線を落とすアウレオルスに、上条は告げる。

「時間が無い。あの主犯が復活する前に、俺は行くぞ」

言うなり、上条は再び座席の影から飛び出す。
アウレオルスと会話をしながらも、彼は服の袖を引きちぎり、太ももを縛って止血していた。


「さっきのガキか。ちょろちょろ逃げやがって、ぶっ殺してやる」

男の一人が、拳銃ではなく、何事かを呟く。
唐突に空中に炎の塊が生まれ、上条へと襲いかかった。
上条は咄嗟に右手を突き出し、魔術によって生み出された炎は掻き消える。

「な、」
「っ、」

驚く男の下へ、上条が走り、踏み込んだ。
そのまま蹴りを入れてバランスを崩させ、右拳で顔面を殴りつける。
軽い脳震盪にその場に膝をつく男から機関銃を取り上げ、上条は放り投げた。
ガシャン、と嫌な音を立てて、機関銃は床に落ちる。

「チッ」

舌打ちをして、手当役の男が上条を睨む。
彼は自らの手腕でもって相手を叩き潰すことを得意としたのだろうか。
直接上条に殴りかかり、胸ぐらを掴み、蹴り、床へと叩き伏せる。

「っ、早く!!」

上条が叫んだ。
ダメージは消えたが、アウレオルスの足がすくんでうまく動かない。
主犯の男は、先程熱湯で火傷させられたのとは反対の腕で、銃を持っている。

「それ以上何もするんじゃねえぞ。こいつの頭が吹っ飛ぶことになる」

フィアンマは、それでも動かなかった。
魔術を秘匿するため。それから、撃たれても死なないとわかっているため。
アウレオルスは男を睨み、黄金の鏃を取り出す。


上条が熱湯を投げた時、男とフィアンマはやや離れていた。
今回はほぼゼロ距離。
だが、転がっている男を材料に黄金の鏃を投げ、主犯に当てることは可能だろう。
しかし、避けてしまったら。それは、フィアンマに直撃してしまう。
それだけじゃない。男にだけ当たって溶けたとして、その黄金が飛行機までをも溶かしてしまったら。

そもそも。

いくら彼女が幸運だからといって、当たるかもしれない武器を向けていいのか。

当たらないだろうから、きっと大丈夫だろうから。
幸運だから。強いから。

助けなくたって、自力で逃げてくれるだろう。

そんな考えが、彼女の人生を地獄に突き落としてきたのではないのか。
フィアンマが抵抗しない理由は、何となくわかっている。
彼女自身がそういう扱いをされてきたから、『どうせ死なないから逃げない』、そんな行動を生み出している。

「必然。私は、」

アウレオルスは、断頭剣を手にする。
重いそれは、人を材料にしなければ手軽に機能しない。
だが、武器として振り回すことは出来る。

「君を助ける」

迷っている場合などではなかった。
そんな迷いや下らない考えが、いつだって彼女を不幸にしてきたのだから。


腕力のみで、断頭剣を振るう。
おお振りだが、当たればまず死ぬ一撃に、男は腕の中の人質も忘れてわずかに後ずさった。
指がトリガーにかかり、自然と引き金を引こうとする。
ガキャキャ、という硬い音がして、引かれなかった。
横から、やや不遜ともいえる少年の声が聞こえる。

「熱膨張って知ってるか?」
「…何?」
「さっき、あんたの拳銃には大体熱湯がかかってた。
 気づかなかっただろうけど、その飛沫は腰元のホルダーにささった拳銃にも確実に飛んでた。
 急激に熱された拳銃の細かいパーツはいくつか歪む。歪んだ機構が正しく働く訳ねえだろ」
「なん、」
「当然———ハッタリだ、愚鈍な豚」

ただ単に。
拳銃の安全装置がちゃんと外れていなかっただけなのだが。
上条の言葉に騙され、動揺してしまった男の顔面は。
断頭剣の堅く重い木製持ち手によって、殴られ、歪んだのだった。





事件に無事幕が下り。
アウレオルスはフィアンマの腕を優しく摩りながら、上条を見やった。

「……時に少年。自然、暴発ならばともかく、熱膨張で拳銃が発射できなくなるということはないのだが」
「やめろよ! 俺拳銃なんて詳しくないし、適当に言っただけなんだから…!!」

フィアンマは大人しくさすられつつ。
どこか、怒られる事を察知した子供のように二人を見やる。
見やる、といっても、正確には視線をその辺りへ向ける、というだけだが。

「……別に、撃たれても死にも傷つきもしなかったのだが。
 わかっていただろう。何故助けた。他の乗客ならば、まだ理解出来るが」

彼女を詳しく知らぬ上条にとっては、それは幸運体質のことで。
アウレオルスにとっては、それは魔術的防護のことで。

恐らく大丈夫だろうとわかっていても戦おうと思った理由は、シンプルだった。
二人の男は彼女に精神的に救われ、大切に思ったものを救いたかっただけだ。

「「フィアンマは、"普通"の、目の見えない女の子だ」」

魔術師だろうが、異常な幸運を有していようが。
守る対象であったり、大事であることには代わりないと、そう暗に告げられて。

「…………あり、がとう」

ローマ正教二○億を統べる最暗部のリーダー兼救世主系ヒロインは、消え入りそうな声で返すのだった。


「それにしても、少年。その右腕は…自然、どのようなものだ?」

新しく用意された飛行機に乗り移り(上条は学園都市で能力開発を受けているため、『外』の病院では応急処置しかできない)。
疲れたらしいフィアンマが再び眠り。
アウレオルスは、上条の右手に興味を示していた。
魔術によって生み出された炎を、有無も言わさず消した右腕。
さぞ特別な仕掛けでもあるのだろう、と勘ぐる錬金術師だったが。

「へ? 右腕? あー…」

上条は、自分の手を見やり。
炎を握りつぶして火傷一つ無い非凡な右手を、ぐーぱーと数度握ったり開いたりする。

「俺の右手は幻想殺し(イマジンブレイカー)っていって、」

曰く、全ての異能の力を打ち消す。
曰く、不幸の元凶。
曰く、彼女と出会えたきっかけ。

学者として非常に興味がそそるアウレオルスだったが、我慢する。
少年を解剖したいのは山々だが、本当にする訳にはいかないだろう。
ましてや、フィアンマがかつて心から求めた少年であるのだから。

「…毅然、少し触れても良いだろうか」
「不幸になってもいいなら構わないけど、普通の手だぞ?」

普通の人間だと思い込んでいるアウレオルスは、興味の向くまま、彼の手に触れた。

パキリ

何かが壊れた音がして。
アウレオルスは、体の中を巡った一瞬の激痛に眉を寄せた。

「お、おい大丈夫かよ?」
「…無論、当然、……問題無い」

取り返しのつかない何かが壊れたことを、誰も、まだ知らない。

かっこいいけどこの顔で18なんだぜ……
ttp://dic.nicovideo.jp/oekaki/133708.png


今回はここまで。
いつもこの位の投下量が確保出来れば良いのですが…。
ネタ提供お待ちしてます。



>>521
×許してもらう
○許してしまう

寝ぼけてた(言い訳)



>>535
すごく…イケメンです…
美青年というか。公式では中性的な美形だったような。








投下。



「じゃあ、またな」

今度こそ、無事に空港へと到着して。
上条は、そう軽く二人に別れを告げた。
フィアンマは手を伸ばしかけ、悩み、引っ込める。
そんな彼女の様子に、上条は小さく笑った。

「お幸せに、な」

ほんの少しの寂しさと共に、上条はそう言った。
彼女自身の口から『恋人』という単語が出てきた時。
恋人の話題は自分から言い出したことなのに、ほんの少しだけ苦しくなった。
だが、自分は彼女を救えなかった。実際に救い出したのは、恋人と名乗った彼だろう。
一度目で救い出す事の出来なかった自分が、今更何を出来るというのだ。
 
幼かったから。
力が無かったから。

そんなことは理由にはならない。
一緒にどこまでも逃げようと手を引いて、結局彼女に夢を見させただけの自分は、畜生にも劣る。

彼女は、きっと。
自分と一緒に逃げようと告げられた時。
涙が出る程嬉しかったに違い無いのだ。
あんな暗い場所に閉じ込められ、絶望していた日々に光が射したと。

期待させるだけさせておいて、結局は救えなかった。
自分は、彼女の隣に立つだけの資格が無い。

上条当麻は、最後まで笑みを浮かべたまま、歩き去っていった。


フィアンマは暫く黙って。
上条の姿が見えなくなった頃、アウレオルスの手を握った。

「…予定は崩れてしまったが、行こうか」

アウレオルスは、数度深呼吸をする。
びりびりと残る身体の痛みが、幾分か薄れてくれたようだ。

「当然、行こう」

彼は、彼女の手を引いててくてくと歩き出す。
何も無かったのだ、自分は平気だと、行動によって言い聞かせるように。



暫く歩いて、旅館へと到着した。
旅館側もトラブル情報を入手していたのか、宿泊期間は適切に伸び。
フィアンマとアウレオルスは、一旦休憩することにした。
祭は明日のため、今日はゆっくり温泉に浸かってご飯を食べ、眠るだけにしようと決める。


「夕飯を食べた後、時間がある」

お風呂に入る準備をしながら、フィアンマはふとそう言った。
余った時間を何かに使いたいのだろうか、とアウレオルスは小首を傾げる。
フィアンマはしばし言いよどんだ後、おずおずと、彼女にしては珍しく控えめな言い方でねだった。
多少なりとも、飛行機の中で手間をかけさせた事に対し、申し訳なさを感じているのかもしれない。

「…明日に着る浴衣を選んで欲しいのだが」

入浴、夕飯。
その両方を終えても、近くの店が閉まるまで、ゆうに三時間は残っている。
快諾する男に安堵し、フィアンマは笑みを浮かべ、部屋から出る。


一時間程の入浴を終えて戻ってくると、既に食事の準備が終わっていた。
仲居にでもしてもらったのだろうか。
フィアンマは長い髪を一つにまとめ、上の方で留めてある。
日本人的価値観の持ち合わせはないアウレオルスだったが、晒された項はどこか色っぽく思えた。
うっかり欲情してしまわないよう視線を逸らし、彼は食事に目を向ける。

「…いただくとしよう」
「そうだな」

賛同し、フィアンマはアウレオルスの隣に座る。
地べたに座るのは育ち上慣れてはいるらしい。
やや彼にしなだれかかるように隣へ座り、箸を持つ。

「……ん?」
「…俄然、何でもない」

見とれていた、とバカ正直に言う訳にはいかないので、アウレオルスは誤魔化す事にした。


夕食のお刺身が怖いだとか、煮付けらしき豆が掴めないなどといった話は割愛するとして。
何だかんだで楽しい夕食を終えた二人は、外に出、近くのショッピングモールへとやって来た。
三階の呉服店にて、目の見えぬ彼女はアウレオルスの元来持ち合わせているセンスに頼り切る。

「……似合いそうなものにしてくれ」
「当然、そうするつもりだが」

アウレオルスに女装趣味は無い。
そして、職業上女性の服などロクに選んだこともない。
日本の服、浴衣については多少の見聞きしかしておらず。
が、店員に相談するのは、何となくプライドが許さない。

「………」

彼女に似合う色。

普通に考えれば赤色だ。
瞳の色を考えれば金、黄色も似合うだろう。
きめ細やかな肌だから、白に透けても美しい。

「……む…悄然、難解だ…」

恐らく赤系であるピンクを着ても、少女らしさが引き立って愛らしいだろう。
昔ながらの布のものでも似合うだろうし、ドレス風のものでも良いかもしれない。

ぐるぐるぐるぐる。

錬金術師は、思考する。

「……それとも、どれも似合わんものか」
「いいや、そんなことはない。君は何を着ても、着ていなくても愛らしい。
 画然、そのことだけは確約しよう。我が名に懸けても」

結局どれにするのかはまだまだ決まらないまま、時間は、過ぎていく。


今回はここまで。

乙。右手で一発で消えないのってなんか理由あったっけか

祭りで屋台巡り行ったり二人だけの花火大会やったり、いい雰囲気の大事な時に体が崩れて泣くフィアンマさんをオッレルスが大人な慰め方(諭し方?)したりするのかもしれないな


擬似死ネタとは新ジャンル…ということでダミーさんが亡くなります。


アウレオルス=ダミーについて
http://www12.atwiki.jp/index-index/pages/91.html

フィアンマちゃんの浴衣参考画像はこちら(http://www.kimonotenyou.jp/SHOP/r100317-1101282-1.html

>>549
ネタ提供ありがとうございます。組み込ませていただきました。













投下。


彼は悩み迷った後に、一つの浴衣を手に取った。
汚れてしまわないようビニールに包まれたそれは、帯などもセットになったものだ。
黒地に、真紅のバラの花が全体的に咲いた浴衣である。
長身の女性でも問題ない丈の長さ。故にお値段は悲惨な程お高い。

「………」

ちょっぴり。
そう、ほんのちょっぴりだけだが、お財布が心配になるアウレオルス。
だったが、ここで彼女に払わせるというのは、何だかプライドが許さない。
別に生活に困る訳でもない、と自分に言い聞かせ、アウレオルスは彼女を見やった。
そっと彼女の体に布地をあてがってみて、判断してみる。
問題など何も無かった。よく似合っている。髪をアップにすれば尚更だろう。
腕の良い画家と写真家を呼び立てて記録に残したい程だ、とぼんやり思ったりして。
無言で何かをしているアウレオルスの様子が気になったのか、フィアンマは不思議そうに首を傾げる。

「…あったのか? 良いものが」
「確然、見つけた。サイズの合致度も申し分ない。少し待っていてくれ」

言って、彼は店員に話しかける。
テキパキと動き、店員は大きな紙袋へ浴衣とハンガーを揃えていれた。

「皺にならないようお気をつけください」

ありがとうございました、と丁寧に頭を下げる店員を背後に、アウレオルスは彼女の手を再び握った。
ゆっくりと歩いて出た外の空気は蒸し暑かったが、気分は悪くない。

「どんなデザインのものだ」
「布地は黒。薔薇があしらわれたものだ」
「薔薇の色は」
「深紅だ。…浴衣というのは居心地の悪そうな衣服だな」

感想を漏らし、彼は浴衣を見やる。
下着らしき白い長襦袢も入っているのだが、それにしても機能的ではない。
そう思ってしまうのは自分が産まれてからずっと快適な服装ばかり選択してきからだろうか。
少なくとも、オシャレの為に一生懸命非機能的な服装を着用した覚えはない。
ともすれば非難にも聞こえそうな彼の言葉に、しかしてフィアンマは反論しなかった。

「だが、仮に熱中症になったとしても助けてくれるんだろう?」

ふふ、と笑むその姿はどこか小悪魔的だが、その言葉は健気ともいえるものだった。
依存心と言ってしまえばそれまでだが、彼女はアウレオルスを頼って生活している。
自分の愛する女が自分に頼ってくれているのに、嫌な男などいない訳で。

「当然だ」

この頭痛は、きっと気のせいで、暑いからだ。
アウレオルスは自分をそう鼓舞して、こくりと頷く。


翌日。
フィアンマは頼る相手に迷った結果、仲居にやってもらうことにした。
この手の着付け依頼などは慣れているらしく、テキパキとやってくれる。
アウレオルスは浴衣を着ないので、先に出てもらっていた。
出てもらうといっても、恐らく休憩所でぼんやりしていることだろう。
彼の体調が芳しくないのはきっと時差ボケか何かなのだろう、とフィアンマは思う。
色々と不審点はあるが、彼がアウレオルス=イザードであることは疑わない。

「出来上がりです」
「ん、…感謝する」

帯飾りを整え、出来上がり。
黒い生地とは逆に帯は薄いピンクで、リボンは赤。
フィアンマには見る事は出来ないが、きっと可愛らしいか、あるいは美しいのだろう。
浴衣に詳しくはなくとも芸術にはそれなりに詳しい彼が選んだのだ。
センスは優れたものなのだろう、と思うことにする。

「待たせたな」
「ふむ。結構な時間が経過したが君は疲れてい、……」

アウレオルスは振り向いて、彼女を視界に入れる。
それから黙って、彫刻を眺めるように、しばし彼女の姿を見つめた。
僅かにもじつくような動きを見せ、フィアンマはぼそりと問いかける。

「…お前の見立ては確かだとは思っているのだが。……似合う、か?」
「………当然だ」

絵本の中のお姫様でも見るような視線を向け。
それから、彼は笑みを浮かべ、彼女の手を取った。
手の甲へ軽く口づけ、エスコートの姿勢を見せる。

「さて、向かうとしよう」

この時間はきっと一生忘れられないものになるだろう、と二人は思った。


「何を食べるか、それが問題だな」

目の見えぬフィアンマは、彼に歩調を合わせてもらいつつ、出店を説明してもらった。
一般的なお祭りなので、屋台はちょっとした街の路地のように長く続く。

「…コットンキャンディー?」
「そのようだが」
「……味は違いそうだな?」

わたあめ屋さんの前で立ち止まり。
甘い匂いを嗅ぎながら、フィアンマは考える。

「……メロンの匂いがする」
「メロン味のようだが」
「いただこうか」

頷いて、フィアンマは購入する。
五百円の代償は、安っぽく甘ったるい香料の、薄緑の飴。
ふわふわとしていて存外大きいそれをちぎり、フィアンマは口の中に含む。
柔らかなそれはあっという間に口の中で溶け、砂糖へと戻る。
本国で発売しているコットンキャンディーよりも、幾分か優しい口当たりだ。
もぎっ、と小さくちぎり、フィアンマはそれを彼の口元へと運ぶ。

「……」
「……食べろというのかね?」

綿のようでも実情は砂糖の塊。
そんなものを直接舐めるのは抵抗があるのか、アウレオルスはやや引き気味に問う。
対して、フィアンマは童女のように首を傾げてみせた。

「あーん」
「む」

食べるしかなかった。


あれが食べたい、これが食べたい。

彼女の要望に添うように歩き回り、ついでにアウレオルスも食べてみたいものを食べ。
幸運にも不味いものは引かないで済み、時間は過ぎていく。
遊ぶ系統のものも沢山あったのだが、盲目者に射的や輪投げは楽しめないだろう。
同様の理由で金魚掬いなるものも出来なかった。したところで飼えないのだが。

「…気がつけば夜、か」

夕方と呼べる時間帯など、とうに終わっていた。
午後七時を時計の針が告げると共に、ドン、という大きな音がした。
驚いた声や、嬉しそうな声。頭上で鳴り響く爆音は、花火の音だった。
フィアンマは最後の食べ物のゴミをゴミ箱へ放ると共に、空を見上げた。
現在地は人気のほとんど無い陰。花火を見るには絶好の穴場なのに。

「……銃声にしか聞こえんな」

ぼやくその横顔が、悲しい。
アウレオルスは、自分の無力さに視線を落とす。
同じものを見ることが出来ない。感じ方も異常な程差異が出てしまう。

「……、」

ふと、名案が浮かんだ。
彼は彼女に一言告げて少しだけ離れ、コンビニに寄り、元の場所へ戻る。

「空の景色はともかく、手元の感覚ならば楽しめるだろう」

買ってきたのは、線香花火だった。


大きな花火の方は、さほどストックがなかったらしい。
線香花火をする準備をしている間に、花火は終わっていた。
ぞろぞろと遠くを人が歩いて帰る気配を感じつつ、二人はしゃがみこむ。

「……ふー」

フィアンマは場所を確かめ、ろうそくに息を吹きかける。
たったそれだけの事なのに、火が点った。
右方のフィアンマと名乗るだけあって、フィアンマに『火』関連の術式に対する不可能はない。
勿論、魔力を使用した炎が元手であれば目が見えずとも感知出来る。

「……」

じゅわ、と赤い光が溜まる。
じわじわと棒を侵食して燃えていく火は、やがて火花へと変化する。
十字教徒である二人に線香は縁が薄いものだが、知識位はあり。
確かにこの僅かに燃え灯る火種の様子は線香だ、と思った。

「……アウレオルス」
「何だ?」
「今夜は、楽しかったか?」
「勿論だ」

即答して、彼はゆっくりと火を見つめる。
ばちばちと散らばる火花は、ぽとり、という音にならぬ音と共に消えた。
消化されたかどうかを確認してから、ゴミ箱へと捨てる。
今日の感想を言い合いながら、線香花火は次々と消化されていった。


「……そろそろ戻るか」

午後九時頃。
すっかり遅くなってきたな、とフィアンマは思い。
立ち上がって一度深呼吸をした後にそう呼びかけた。
アウレオルスは立ち上がるも、返事をしない。

「…どうかし、」

たのか。

言い切らない内に、アウレオルスは腕を伸ばし、彼女を抱きしめた。
後ろから覆いかぶさるように長身の男に抱きしめられ、フィアンマは不可解そうな表情を浮かべる。

「ん?」
「……限界だ」
「…何の話だ」

ともすれば性的なそれだろうかと思うフィアンマだったが、違った。
彼の手に触れて気がつく。ぼろぼろと、木屑のように、彼の指が崩れ、こぼれていく。
動揺を隠せぬまま、彼女は問いかけた。

「どういう、ことだ? この手は何だ?」
「君に、言わなければならないことがある。…聞いて欲しい」

抱きしめたまま、彼は言う。
例え目が見えたとしても、フィアンマに彼の表情はわからなかっただろう。
徐々に崩れゆく身体を自覚しながら、アウレオルスはそれでも満足していた。
自分が何者であるかを知覚してしまったのに、気が狂うような恐怖には襲われなかった。

「私は、………断然。……人形だ」
「…人、形?」
「構成は不明だが、……君を孤独にさせないために、本人<オリジナル>が創造した、」

ホムンクルス。

途切れとぎれに紡がれる単語には、聞き覚えがあった。
フィアンマは沈黙して、彼の言葉の続きを待つ。


「記憶も、何もかもがオリジナルと同様のものだろうとは、思うのだが」
「……」
「…ふ、自業自得だ。…あの少年の手に興味を持ってしまったが故だろう。
 天罰か、あるいは…。"好奇心は猫をも殺す"などとは、くく、よく言ったものだ……」
「……なるほど」

フィアンマは、彼の崩れゆく手の甲を撫でる。
基礎物質にケルト十字や実際の物質が色々と混ざっているが、天使の力の塊だ。
人間が溜め込んだにしては異常な量の天使の力が濃厚に封入されている。
いいや、実際には、それは過去のこと。幻想殺しに触れ、削られたのだから。
瞬間錬金などという"結果"を誇った時点で彼らしからないとは思っていたのだ。
本来のアウレオルスであるならば、黄金錬成などの"過程の集大成"を誇るのだから。

「そうか」

フィアンマは、それでも彼を突き放さない。
自分が泣いていることも気づかず、フィアンマは目を閉じて薄く微笑んだ。

「それでも、今宵、俺様はお前と過ごし、愉快で、幸福だった。
 その事実には何の変わりもない」
「…君を騙してしまったな」
「騙されてなどいないさ」

誰も悪くない。
何も悪いことなどなく。
恐らく最初から、こうなるべきで、これが最善の終わり方。

フィアンマは手を伸ばし、後ろ手でアウレオルスの首筋を撫でる。

「お前は、アウレオルス=イザードだろう」
「……、…」

自分の正体が魔術人形であったことに気づき、ひっそりと悲しんでいた彼は、目を見開いた。
彼女は泣いて、微笑んで、言葉を続ける。

「世界中の誰もがお前を認めなくても。俺様にとって、今宵までのお前は、確かにアウレオルスだった。
 俺様を愛し、俺様が愛し、……そんな男であったことに間違い無い」

世界中の人があなたを人間でないと認めても、私は人間だと反論する。

そう告げて、フィアンマは彼の存在が徐々に消えていくことを感知して。


「本人にも直接色々と言うつもりではあるが、……ありがとう」

助けてくれて。
一緒に居てくれて。
愛してくれて。
遊んでくれて。

幸せな時間を、ありがとう。

文字通りの壊れ物な彼を抱きしめて、フィアンマはそう言った。
彼"も"アウレオルス=イザードだと認めた上で、さよならをした。

「毅然、…最期に一つ、頼みがある」
「最期、か。嫌な響きだな。…何だ?」

服ごと崩れ、壊れ逝く体。
声帯が消えてしまう前にと、アウレオルスはやや早口で願う。

「歌を、歌ってくれないだろうか」
「……、」

初めて出会った時に歌った歌を。

あれは鎮魂歌ではないのに、と思いながらも、フィアンマは震える唇で、それでも歌声を紡いだ。
涙に濡れて、お世辞にも透き通った声とは言えないけれど、それでも、彼には充分だった。


『聖なる、聖なる、聖なるかな』

透き通った声が聞こえる。
歌っているのは、先程口にされた言葉通りの題名。
有り体に言えば、讃美歌だった。

『三つにいまして ひとつなる』

三位一体の教理を定義した、一つの神聖な歌。

『神の御名をば 朝まだき
 おきいでてこそ ほめまつれ』

『……誰だ?』

懐かしい、と思ってしまう。そんなに昔のことではないのに。






歌が終わると、ほぼ同時。

アウレオルス=ダミーは———————この世から、消えた。


今回はここまで。
二スレまで伸ばすより一スレで綺麗に終わる方が良い気がしてきた錬金右方。
半年書き溜めはちまちまとやってますが未だ終わる気が…。
その内右方前方リベンジするつもりではいます。使い古した設定で。


右方前方リベンジ用の書き溜めを調整してます。その内。
半年書き溜めは何か内容が気に入らないので現時点の方は支部に投げます(このスレの上フィアの出会い編が気になる方はそちらをお読みください)。
同じ属性で違う作品を書いてスレを立てるつもりです。
錬金右方は徐々に終わりの方向へと持っていくつもりです。

フロイラインマスレがたってたら>>1です。








投下。


フィアンマは、暫くしゃくりあげるのを我慢していた。
誰も見ていないとはいえ、そんな風に泣くのは、あまりにも子供染みていて。
アウレオルス本人は死んでいないだろうとわかっていても、誰かがいなくなるのは悲しいことで。

「……、」

我慢する。
声こそ我慢出来ているが、涙自体はなかなか止まらない。
おかしいなあ、とフィアンマは思う。
自分は世界二○億の頂点に立つ魔術師で、すごく強い人間の筈なのに。
アウレオルス本人と同様の魔術人形が壊れただけなのに、どうしてこんなに悲しいんだろう。

「……」

ぐしぐし、と目元をこする。
ひとまず、旅館に戻れるのは自分だけだ。
彼がいなくなったことを行方不明事件として扱われれば大事になる。
言い訳するよりは誤認識を利用した術式を用いてしまうのが手っ取り早いだろう。
フィアンマは手探りで、灰の中からケルト十字のアクセサリーのようなものを手にする。
アウレオルス=ダミーの"核"を成していたもの。
既存の知識でも、きっと彼は"何度でも""自分でも"創造することは出来るだろう。
だが、しようとは思わない。また同じ思いはしたくない。それに、必要のないことだ。
彼女は静かに霊装十字<アクセサリー>へ軽く口づけてから、ひと思いに燃やした。

目下のところ、帰国したらこれだけはやっておこうと思う。

「あの野郎。ぶん殴ってやる」

右方のフィアンマにしては珍しく、暴力的な発言だった。


『黄金錬成』は無事完成し、完結した。
アウレオルス=イザードが全能の力を手に入れて最初に行ったことは、記憶の消去だった。
黄金錬成に協力してもらった人間から、黄金錬成についての一切の記憶を消す。
そうして全員を持ち場に帰し、アウレオルスは一人になり。
人の身にも関わらず得てしまった禁忌の全能感に、ゆっくりと息を吸い込み、吐きだした。

「……当然、成功させねば」

彼が思うのは、この力を誇示するだとか、そんな下らない事ではない。
元より戦闘狂でもなければ、望んで無敵になった訳でもないのだ。
彼がここまでしたのは、たった一人、愛する少女の目を見えるようにしてあげるため。
医術に頼ろうが魔術に頼ろうが絶対に正常な視界は手に入れられない彼女の悲願を叶える為。

「…しかし、あの少年の右手、」

疑問に思うのは、上条の持つ幻想殺し。
が、気にしてはならない、と自分に言い聞かせる。
何だかあれと必要以上に関わると破滅するような気がするのだ。
そう思うのは、おそらく自らの創り出したダミーが壊されてしまった事に起因するのだろうが。

「……戻るとしよう」

彼女のところへ。
愛する恋人の、待ってくれている場所へ。


そうして。
アウレオルス=イザードは、晴れてフィアンマの下へやって来た。
幾つかの手土産を手に来たのだが、やっぱり怒っているかもしれない。
少なくともダミーを送ったことはバレてしまったのだから。
最後の記憶共有によれば、彼女はダミーが完全に壊れていく中泣いていたようだ。
自分が死んだとしたらあんな風に泣いてくれるのかと思うと、少し嬉しいような。
自分のことで彼女を泣かせてしまったことが申し訳ないといえば、そうでもあり。

「……」
「…毅然。久しいな」

コンコン、とノックをすると、フィアンマが出てきた。
彼女は無表情で、アウレオルスの手元を触る。
手土産で、且つ中身はケーキであることを伝えると、彼女は箱を受け取る。
彼が差し出した貢物(お怒り緩和用)を的確に片付け、整理し。
無言のまま、彼女は『座れ』とばかりにソファーの方向へと顎で指示をした。
座るかどうか迷う彼の前に立ち、フィアンマは手を伸ばし。
そっと彼の頬を数度なでながら、首を傾げた。

「酷いな。偽物を送るとは」
「…すまない」
「それならば連絡に反応すれば良かっただろう」
「研究に没頭すべきだと思った次第だ」
「俺様が怒っている理由は、説明した方が良いかな?」
「……否然。…理解済みだ」
「そうか」

相槌を打ち。
フィアンマは暫く考える素振りを見せた後、ほとんど不意打ちで彼の頬を張った。
バチィン、と痛々しい音がして、思わずバランスを崩す錬金術師。
ふん、と鼻を鳴らし、フィアンマはそっぽを向く。


痛む頬を摩り。
それから思い出したように、痛みが消えていくイメージを想像する。
彼はため息を飲み込み、そっぽを向いたままの彼女の髪をそっと撫でた。

「……君に贈るものがある」
「…先程の貢物ではなく、か?」
「それなら先刻渡している」

こちらを向いて欲しい、と告げられ。
フィアンマはアウレオルスの方を再び向く。
彼は手を伸ばし、彼女の両瞼へ、手のひらをかぶせた。

イメージする。
彼女の目が見えるようになり、彼女が喜ぶことを。
後半については彼女の感情操作になってしまうので、堪える。

そして、そっと手を離した。
これまでの彼女の生涯を覆っていた昏い障害を取り除くように。

「目を、開けてみてくれないか」
「……?」

良くも悪くも、心臓がドキドキと強く脈打つ。
彼女はぼんやりとした表情で、首を傾げた。
不思議そうに、手を伸ばし、アウレオルスの頬をぺたりと触る。
その感触から、目の前の男がアウレオルスであるときちんと判断出来たらしい。
少し驚いて、泣きそうに表情を歪めて、我慢して。


「みえる」

彼女は、ぽつりと呟いた。
子供が初めてつかまり立ちを出来た時のように。
驚きと、嬉しさと、困惑と。
様々な感情が入り混じって言葉にならないのか、彼女は同じ言葉を呟いた。

「見える、」

アウレオルスの頬を、首を、手を、愛おしそうに撫でる。
手で確かめてきた感触がそのまま視覚にも認識されて。

「……見えるよ、アウレオルス」
「……、…」
「お前の姿が、きちんと、わかるよ、」

彼女の目が完全に見えるようになる確率は、一般人が宝くじに当たる確率よりも低かった。
与えられた奇跡に、彼女はただ、かつて神の子に悪霊から救われた女のように喜ぶ。
そろそろと腕が伸び、フィアンマはアウレオルスを抱きしめる。
彼の首元にすりついて、彼女にしては珍しく、子猫のように甘えながら言った。

「ありがとう、アウレオルス」

それは、かつて彼が見た夢と酷似した、幸福そうな笑顔だった。


今回はここまで。

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