女「ここから見える景色がとても素敵だから」(280)

女「やあ」

男「おう」

女「久しぶりに、隣だね」

男「え? 高校入って初めての席替えだろ?」

女「そうだけれど、中学で隣になっただろう?」

男「そうだったか」

女「ひどいなあ。ボクがこっちに越してきた時、隣だったじゃないか」

男「……覚えてねえ」

女「まあ仕方ないよ。席替えは、小学生の時から何度もやっていることだからね」

男「悪いな」

女「悪くないよ。君がたくさんの女の子と隣になって、惑わしてきたのだから、僕を忘れるのも無理はない」

男「おい、聞き捨てならんぞ」

女「ボクも君に惑わされた一人だったんだね」

男「勝手な話をでっちあげるな」

女「えっちしてあげる? しかたないなぁ……」

男「でっちだ。肩を見せるな」

女「出尻……」

男「でっちりだ、それは」

男「残念ながら俺はこの人生の中で一度も彼女ができたことがない」

女「愛人は?」

男「そんなのもっといねーよ」

女「未亡人は?」

男「いるはずがない」

女「友人は?」

男「いな……い、いる!」

女「へえ、誰だい?」

男「それは……えっと」

女「ふふ、いつも休み時間に一緒にいる男の子達かい?」

男「あいつらは……どうなんだろ」

女「おや、どういうことだい?」

男「つるんでるんだけども、友人と呼べるかどうか……」

女「ふむ。じゃあ、君には友人がいるのかい?」

男「いるよ」

女「誰だい?」

男「お前、とか」

女「……ああ、ボクか」

男「なんだ今の間は」

女「ちょっと、ね」

男「おい、どさくさにまぎれて脚を広げるな」

女「この、脚の間っていやらしくないかい?」

男「なんだその間は」

女「それにしても、君は優しいね」

男「急に話を変えたな」

女「友人ならぬ優人だよ」

男「うまくねえ」

女「キスのことかい? どんな味がするのかな?」

男「キスの味なんて知らん。あと、話を変えるのが唐突すぎるぞ」

女「へえ……」

男「その目はなんだ……」

女「ああ、気にしないでくれ」

男「口を拭ってるのが気になったぞ」

女「ふふ、気にしてくれるのかい」

男「危険な気がした」

女「ボクから溢れ出る女汁にかい?」

男「なんだそれ気持ち悪い」

女「ん、愛液の方が良かったかな」

男「やめろ、それ以上言うな」

女「……」

男「お前さ、変なこと言うなよな」

女「……」

男「……おい」

女「……」

男「わかった、もう喋っていいぞ」

女「ワンワン!」

男「犬か」

女「君がペットプレイを所望したんだろう」

男「してない」

女「猫が良かったかな」

男「……ちなみにどんな感じだ」

女「ニャーン」

男「くっつくな」

女「君がやれと言ったんだろう?」

男「くっついてくるとは思ってなかった」

女「好奇心というのは、良いことだよ。ボクも君のキツネプレイを見てみたい」

男「したことねーよ、そんなの。しかもキツネプレイってどんなんだよ」

女「コーン」

男「やらんでいい」

女「ごんぎつね……」

男「やめろ、目頭が熱くなる」

女「黄金ぎつね」

男「一気に高貴になったな」

女「おや」

男「あん?」

女「なんだかんだ、ほら」

男「ん、うおっ、もう陽が……」

女「君と話をしているとついつい時間を忘れてしまうよ」

男「放課後に話をするのも、考えもんだな」

女「そうかな。ボクは良いけれど」

男「でも、帰りが遅くなるだろ」

女「大丈夫だよ」

男「なんで」

女「だって、ボク達家も隣なんだから」

男「そうだけど、家の人、心配しないのか」

女「ふふ、ボクのこと、心配してくれるのかい?」

男「まあ、少しはな」

女「安心してよ。君と一緒なら、親も何も言わないから」

男「そうなのか」

女「それくらい信頼されているんだよ、君は」

男「まあ、それでもそろそろ帰るか」

女「うん。あ、でもちょっと待って」

男「ん」

女「君に渡したいものがあってね」

男「なんだ」

女「はい。大切な友人に、プレゼント」

ヤツが差し出したのは、遊園地の招待チケットだった。

男「なんだそれ」

女「遊園地のチケットだよ」

ヤツが笑いながら、俺にチケットを手渡した。

男「おい、一人で行けってのか」

お前は鬼か。空しさで爆発するぞ。

女「そんなわけ、ないよ」

スカートのポケットから、もう一枚チケットを出して、

女「ボクと行くんだよ」

平らな胸に手をあてて、言った。

男「お前とぉ?」

いきなりだな、おい。

女「いいじゃないか、友人なんだし」

男「そうだけども、なんで急に」

女「誘いなんて、基本急なものだろう」

確かに一理あるが。

こいつの場合、予告なしの誘いが多すぎる。

家が隣だからって、早朝にインターホン押してきて、開口一番「エッチ……いや、遊ぼう」と言ってきたり。

隣町に行きたいとかなんとか、夕方頃に言われて出発したから、帰りが遅くなったり。

女「なんだか、唸っているみたいだね」

小さい体を屈めて、俺の顔を窺う。

いつもよりはしっかりとした誘いだな。

男「別にいいぞ。いつ行くんだ」

女「よかった。日曜日はどうかな」

男「今度のか?」

女「もちろん」

混みそうだな。

男「日曜って言うと、次の日は普通に学校あるだろ。土曜の方がいいんじゃないか」

女「ダメ」

キッパリと断られた。

いつものヤツとは違って、言い方が鋭い。

女「どうしても、日曜がいいんだ」

男「なんで?」

女「なんとなく、ね」

どうしても日曜がいい理由がなんとなくって……。

結局確固とした理由は教えてもらえずにヤツは踵を返して、

女「さあ、帰ろう?」

ミニスカがヒラリと揺れる。見えそうで、ヒヤヒヤする。

男「わーったよ」

そういえば、遊園地なんて、何年振りだろう。

よく考えると、小学校以来かもしれない。

女「どうしたんだい?」

既に教室を出て、ヤツは廊下で俺を見ていた。

男「ああ、今行く」

わりと有名な遊園地の、無料招待券。

何故こんなものを、コイツが持ってるんだ?

女「そんなに見つめられると、膜に穴があいちゃうよ」

男「あくかよ、そんなことで」

女「なんの膜かな?」

ちょっと見ただけでこれである。

女「激しい視姦で体が敏感になっているよ」

わざと体をビクビクさせるな。

男「なんか、お前と遊園地に行くの不安だな」

女「ボクもだよ」

なんだと。

女「君が変な気を起こさないか、ちょっとね」

男「それはないから安心しろ」

女「どうしてだい?」

男「お前に興味ないから」

女「……」

急に黙りこむ。どうしたんだ。

女「まさか、同性愛者かい?」

男「違う!」

断じて違う!

女「だから彼女なんているはずがない……彼氏が……」

男「やめろ! そういうことじゃない!」

ちゃんとハッキリさせておこう。

男「俺はな、お前みたいなやつには興味が無いって言ってんだ!」

女「おや、それはどういうことだい?」

男「胸に手を当ててみろ」

女「? 了解した」

言われた通り、ヤツは胸に手を当てた。

男「それだ」

女「え?」

男「その、貧相で残念な胸がだ!」

女「!」

巨乳を愛する俺は、堂々とやつのまな板を指摘した。

ヤツは後退り、口をあんぐりと開けた。

女「胸……か」

おい、自分で自分の胸を揉むな。

男「やめい」

女「そんな……君は巨乳が?」

男「そうだ。俺は巨乳派だ」

女「ボクだっていつかは」

男「虚乳はお断りだ」

女「……やっぱり、巨乳が好きか」

さっきまでの驚きの顔から一転、すぐに笑顔に戻った。

なんだよ、その言い方。

女「でも、胸は小さいほうがいいよ」

男「自分を肯定しようとするなよ」

見苦しいぜ。

女「自慰だよ、自慰」

勘違いされるぞ、その言葉の選択。

男「じゃあとりあえず聞くが、なんで小さいほうがいいんだよ?」

女「肩こりをしない!」

男「……」

胸のせいでこったこと無いくせに。

そしてヤケにドヤ顔である。

なんか可哀想だぞ。

女「あと、すぐに脱げることかな」

男「は?」

女「障害がないからね」

ほら、と。

ヤツはいきなり制服を脱いだ。

女「ほら、簡単だろう?」

男「何やってんだ! 早く着ろ!」

まさかと思い、俺は目を伏せた。

夏服だぞ!?

こいつ、いきなり脱ぐか? しかも外だぞ!?

女「どうして目を伏せているんだい? 興味が無いんだろう?」

ニヤリと笑った気がした。こいつ、楽しんでやがるな。

女「安心してよ、本気で脱いでないからさ」

男「……本当か?」

こいつだと上半身裸とか、平気でしそうだ。

俺は恐る恐る、目を開けた。

下から上へ、視線を移していくと、ヤツは変わらない様子だった。

女「おおげさだなあ」

声をあげて笑ってやがる。

男「……ん」

女「どうしたんだい? そんなにジロジロ見たら……」

胸元を見てみると、ブラウスのボタンが大幅に外れていた。

どうやら気づいていないようなので、指をさして教えてやった。

女「え……? あっ……」

顔を赤くして、俺に背を向けた。

女「も、もう、ダメじゃないか。外でこんなことをするなんて」

なんで俺を見ながら言う。

俺のせいになってるのか? 勝手だな!

男「俺のせいじゃねえよ」

それにしても、あんなにはだけてもブラジャーが見えないってのは、どういうことだ。

別に見たくないけどな。

女「ああ、バレてしまったなぁ」

男「ん、何がだよ」

女「ボクがノーブラだって、バレちゃったね」

男「……は?」

女「だから、ノー……」

男「いや、言わんでいい」

いきなり何をカミングアウトしてんだ。

女「ふふ、ちょっとナンデモ発言だったかな」

トンデモ、だろ。

俺は、どうやら半無意識に頷いていたようだ。

女「ふふ……いやらしいなぁ、君は」

こっちの台詞だ。

……ムッツリなのは認めてやろう。

女「そうだね、そんなに気にしなくてもいいと思うよ」

男「答えになってないぞ」

女「ボクだって、言うのは恥ずかしいよ」

顔を逸らして、黙った。

俺も、その後は何も言及しなかった。

今更だが、下校中である。

女「……遊園地、楽しみかい?」

不意に、ヤツが口を開けた。

男「……まあな」

女「そっか」

振り向いて、微笑んできた。

女「ふふ、また時間を忘れてしまった。もう家だね」

男「そうだな」

女「それじゃあ」

男「おう」

ヤツは手を振って、俺の家の隣へ駆けて行った。

男「遊園地……か」

本当、久しぶりだ。

ポケットから取り出して、チケット見てみる。

男「ん……?」

よく見てみると、日曜日にはナイトパレードがある、と書いてある。

男「ははーん、なるほどな」

俺は得意気な顔をして、家のドアを開けた。

妹「遅い」

男「は~疲れた」

妹「あのさあ、いっつも言ってるじゃん。遅くなるならちゃんと言ってって」

男「この匂いは肉じゃがかな」

妹「大体お兄ちゃんはさあ」

男「うおっ、思ったより汗かいてるなぁ」

妹「……」

ジトーッとした視線が俺に突き刺さっている。

男「いやぁ~、あはは」

笑ってごまかしてみる。

妹「笑ってごまかしてもダメだから」

失敗。

妹「せっかく待ってた妹にただいまもないわけ?」

男「おーう、ただいま~」

妹「……頭撫でないでくれる?」

撫でていた手をはたかれた。

妹「本当に信じらんない! お兄ちゃん自分勝手過ぎ」

男「悪かったって」

妹「私だって色々言いたくないのにさぁ」

じゃあ言わなきゃいいのに。

妹「『言わなきゃいいのに』って思わなかった?」

男「は、はい?」

なぜバレた。

妹「……肉じゃが冷めちゃうから、早く食べてね」

男「母さんは?」

妹「泊まりで仕事だって」

今日もか。

いつものことながら、俺と妹の二人か。

父は単身赴任なので、家にはいない。

ということは、肉じゃがは妹作かー……。

妹「なんでため息ついてんの?」

男「いやあ、なんにも」

またもやジロリと見られたが、妹は居間に移動した。

まったく、どうしてあんなにしっかり者になったのか。

別に嫌ではない。むしろ助かってるし。

世間の妹よりも恵まれているとも思っている。

妹「来ないなら片付けちゃうよー」

男「行く行くー」

ちょっとせっかちなのが、玉に瑕だが。

男「いただきます」

肉じゃがは、ちょっとじゃがいもが多めだった。

ちょっとというか、ほぼじゃがいもだ。

女「美味しい?」

男「ん……美味いな」

妹「ホント?」

男「母さんのには勝てないけどな」

妹「同じレシピなのに」

男「あーなるほどな」

妹「何が?」

男「お前には足りないものがある」

妹「な、なに?」

机の真向かいから、身を乗り出す妹。

男「それは、愛だ!」

妹「……」

キラキラしていた目は、一気に濁った瞳に変貌した。

妹「はぁ……」

何故ため息を吐く?

妹「そんなさぁ」

男「甘くみちゃいけないぞ。やはりお前の味はまだまだだ」

妹「なんでお兄ちゃんに、私が愛を注がないといけないのよ!」

男「いや、俺にじゃなく、料理にだぞ?」

妹「えっ……」

妹は決まりが悪そうにして、

妹「そんなの……わかってるよ」

机に突っ伏して「話しかけるな」オーラを出し始めた。

よくわからん妹である。

テレビつけて、バラエティー番組を観ながら肉じゃがを箸でつつく。

妹「テレビ観ながらはダメってルールでしょ」

男「母さんいないからいいだろ」

妹「ふんっ」

バラエティー番組の笑い声だけが空しく響いた。

妹の沈黙に耐えかねた俺は、テレビを消して、じゃがいもにかぶりついた。

妹「あのさ」

突っ伏したまま、妹は声を出した。

男「あんだ?」

妹「日曜って、空いてる?」

日曜日。

男「あー、空いてないな」

妹「え?」

俺がそう言うと、妹は勢い良く頭を上げた。

男「空いてない。土曜ならいいんだが」

妹「……じゃあいい」

男「ダメなのか?」

妹「……いい」

低い声で答えて、妹は座り直した。

男「みんな日曜がいいんだな。絶対に土曜日の方が次の日休みでいいのに」

妹「バカだね」

いきなり暴言吐きやがった。

男「ひでぇなぁ。というか、何するつもりだったんだ?」

妹「……言いたくない」

どうせ無理だから、と。

沈んだ声で言った。

ふむ。

素っ気ないな。思春期だろうか。

俺も、こういう時があったのだろうか。

男「そうかい。ご馳走様」

妹「おそまつさま」

男「おそ松くん?」

妹「無視するね」

無視すると宣言するスルーの仕方も、珍しい。

俺は台所に皿を持っていった後、そのまま自分の部屋に直行した。

男「……」

そういえば最近、妹の相手をしてなかったな。

というより、今日は何だか様子が変だったな。

急に雰囲気が変わったっつーか、なんつーか。

一言でいうと、暗い。

何があったのだろうか。

ベッドに横になっていたのだが、どうしても気になって、妹のもとに向かった。

俺の食器を洗っているだろうから、まだ台所かな。

階段を降りる足は、音を立てないように慎重な歩調だった。

一階に行くと、水の流れる音がした。

やはり、妹は台所で食器を洗っていた。

男「なあ」

声をかけるが、返事はない。

男「えーっと……土曜日にしてもらえるか聞いてみる」

妹「いいよ、そんなことしなくて」

こちらを見ずに、妹は言った。

男「でも、久しぶりにお前とどこか行きたいし」

ピタリ、と手が止まった。

妹「それは、女さんもそうだと思うよ」

……え。

なんでこいつ、アイツと予定があるって知ってるんだ。

男「お、おい、なんで……」

妹「だって、お兄ちゃんと遊んでくれる心優しい人なんて、女さんくらいしかいないでしょう?」

なんだと。

妹「ほんと、女さんに感謝だね!」

ササッと食器洗いを終え、こちらを向いて無邪気に笑った。

妹「お風呂入れといたから、入っていいよ」

男「お、おう」

そう言って、妹は二階に上がっていった。

急に、いつも通りに戻った。

俺のことをイジるのが妹のクセだ。

中にはグサリと来るいじり方もあるが、気にしない。

そして、俺は言われるがまま、風呂に入ることにした。

オンナってのは、よくわからない。

女「生理だね」

男「……」

朝っぱらから頭がいなくなりそうなジョークだった。

男「真面目に答えろ」

女「ボク、生理なんだ」

男「お前のことかよ!」

俺の質問に答える気無しか!

女「だから起きた時から憂鬱だよ」

男「聞きたくねえ」

女「ドバーッと、ね」

やめろ! マジで!

女「なんて、冗談だけどね」

冗談でもシャレにならん。

下品を通り越し過ぎて、聞きたくない話になってるぞ。

女「ふふ、耳を塞ぐほど、嫌だったかな?」

手を口に当てて、上品な笑い方をしてやがる。

似合わねえよ。

男「……なあ」

女「ん?」

男「遊園地、土曜日にできないか?」

女「えっ……」

男「お前が日曜に行きたいのはわかるんだけど、さ」

女「……どうして?」

まあ、聞いてくるよな。

ヤツの顔から、微笑みが消えた。

男「妹に誘われてさ」

女「……」

顎に手を当てて、不満そうな顔をしている。

女「悪いけれど、それは無理だね」

やはりキッパリと、拒否られた。

女「先に誘ったボクを優先するのが、筋じゃないかな?」

鋭い目で、こちらを睨んでいる。

男「そ、そうだけど……」

女「そうだけど、なんだい?」

……答えられない。

というか、そんなにナイトパレードに行きたいのか、こいつは。

俺が思ってたよりも、そういうの好きなタイプなのか。

男「……わかった。もうこの話は終わりだ」

女「ふふ、そうだね。それじゃあ、遊園地のアトラクションについて話そうか」

男「そうだな。やっぱりジェットコースターには乗りたいぜ」

女「へえ、君は絶唱系大丈夫なのかい?」

絶叫系だろ、それを言うなら。

男「わりとな」

女「そうか。ボクはやっぱり、姦覧車かな」

男「おい」

それが言いたくて話題振っただろ。

女「ふふふ、すっごくいやらしいアトラクションだろうね」

スルーだスルー。

男「観覧車か……確か凄く大きいんだっけ?」

女「うん。乗ってる時間が凄く長いって有名だね」

男「じゃあ、お前はミニスカダメだな」

女「おや、どうしてだい?」

男「せっかくの遊園地で、ハシャゲないじゃないか?」

女「うーん、見られたら興奮するから、息が荒くなっちゃうかも……ね」

よくねーよ。

男「そんなやつの隣にいたくねえよ」

まあ、こいつはいつもいつもミニスカートだし。

当日も、至極当然ミニスカだろう。

今の制服のスカートですら、短いんだから。

女「遊園地って、ボクは家族としか行ったことがないから、とっても楽しみだよ」

男「そうなのか?」

女「それに、初めての相手が君だと思うと……うっ……ふぅ……」

男「その声はなんだ」

女「軽くイキかけたよ」

そういって、俺の耳に息を吹きかけた。

軽く息かけるな。

男「ゾクッとしたぞ……」

やべ、鳥肌が凄い。

夏服だから、わかりやすいな。

女「あはは、耳、弱いんだね」

唇をなぞりながら、ニッコリと笑ってやがる。

女「ほら、こんなに」

鳥肌の立っているところに、サラッとまた触ってくる。

余計凄いことになった。

男「余計立つだろうが」

女「えっ……」

男「下を見るな」

そっちじゃねえよ。

女「朝に立つのは自然のことなのだろう? おさめてあげよう」

男「そっちは立ってねーよ」

女「おや、何が立ってないのかな? 鳥肌は、立っているけれど」

「言ってないからボクは悪くない」とか思ってそうな顔だ。

そして、見方によってはしたり顔だ。

毎度毎度、変態である。

男「そういうの、反応に困るからやめろ」

女「感じればいいんじゃないかな」

自分の無い乳をさすってやがる。

女「あっ……あっ……」

朝から全開だな。

アホか、こいつ。

女「ふふ、朝からチャック全開だね」

男「えっ」

マジか。

女「……冗談だよ。開いてたらボクがしめてあげてるから」

大きなお世話だ。

女「案外、大げさなリアクションをするんだね」

口を両手で抑えて面白がっている。

腹立つ。

こっちも、なんか言ってやる。

と言っても、オトコみたいに見てわかるような場所で、注意できるとこってないな。

夏服だってのに、色気がないやつだ。

あ、そうだ。

男「おい、ボタンが外れてるぞ」

と、冗談を言ってみた。

女「ん、おや本当だ」

男「はっ、冗談……っておい!?」

いきなりボタン外し始めたぞ!?

女「あはは、よくわかったね。君がしめてくれないのか?」

男「なんで!?」

女「気づいた君にしめて欲しい……ほら」

不意に、ヤツは頬を染めた。

おそらく演技だろう。

朝の登校で、なんつー格好してんだ。

そしてなにより恐ろしいのは。

色気が……まったくない。

男「やめろ、バカ」

女「残念」

頭をポンっと叩き、テヘリと舌を出した。

似合わねえ。

女「そういえば、今日は英語の小テストだね」

男「そうだったな」

……すっかり忘れてた。

女「ふふ、ちゃんと勉強したかい?」

男「やってねー」

女「じゃあ、一緒にヤろう。せっかく、早めに登校しているんだから」

字が気になったが、まあいいだろう。

早めに登校は、お前が早いせいだからな。

俺は遅刻ギリギリの登校でもいいと思ってんだから。

変態でよくわからないやつだが、勉強はできる。

ああいうやつだからこそ、できるのかね。

一時限の英語まで、一時間ちょっとある。

本当に早いな……。

女「先生、今回は厳しくするって言っていたね。合格点は五十点中四十点だって」

男「高いな」

女「そうでもないよ。ヤッた内容なんだから」

……「ヤ」はデフォなのか。

女「時間もないし、とりあえずは丸暗記がいいかもだね。ここからここまで」

男「多っ!」

女「口語表現だから、案外頭に入るさ」

そう言われてもなぁ……。

女「じゃあまず、これ。『Go ahead.』」

男「えーっと……」

見たことはあるんだけどな……。

女「許可を表す表現だね。『射精していいですか?』『Go ahead(どうぞ)』って感じかな」

例文がおかしいぞ。ダメだろ。断れ。そして捕まえろ。

女「これは? 『I miss you.』」

男「あー見たことあるけど……」

女「事後のセックスフレンドと仮定して、その関係が解消したとしよう」

は?

女「女性の方は、彼を忘れられない。そして、『I miss your peni』……」

男「やめろ、そこはもっと普通の例文でいいだろ」

こんな感じで、俺はヤツを制止ばかりしていた。

全然頭に入ってない気がするんだが……。

そして、時間は英語のテストである。

男「……?」

Go ahead.

えーっと、『射精しても』……。

って、何言ってんだ俺は。

I miss you.

あなたのチン……馬鹿野郎。

女「どうだった?」

男「良い感じだった」

驚いたことに、俺は全て確信を持って解くことが出来た。

女「良かった。ボクのエッチな教え方が功を奏したね」

下品な教え方だったと思うが。

中学生か、お前は。

それで覚える俺も俺だが。

ちょっと出かけます。ごめんなさい。

男「教えてくれたのは礼を言うが、あの教え方はやめろ」

女「遠回しに、また勉強しようっていってくれてるのかな?」

さあな。

女「うん、もちろん」

ヤツはニヤリとした。

女「英語だけじゃなく保健も教えてあげるよ」

男「それはノーサンキューだ」

あっという間に学校は終わり、家までヤツとくだらない話をして帰った。

妹「あ、お兄ちゃん」

エプロン姿の妹が出てきた。

妹「今日は早いね」

男「お前に早く会いたかったから」

妹「はいはい」

簡単に流されちまった。むぅ。

男「今日は何作ったんだ?」

妹「えっとね、餃子。お兄ちゃんも一緒にやってよ」

男「詰める作業?」

妹「うん。詰める作業」

メンドクセーッ。

妹「むぅ、そんな顔するならいいよーだ」

どうやら顔に出ていたようだ。

妹はベーッと下を出してそっぽを向いた。

男「えーっと、日曜のことなんだけど」

俺は頭を掻きながら、妹の顔を見つめた。

妹「な、なに?」

そっぽを向いていた妹も、こちらを見つめた。

男「やっぱり、日曜じゃないといやらしい。ナイトパレードがよっぽど楽しみなんだろう」

妹「……ナイトパレードねぇ」

ハァ、と妹はため息を吐いた。

男「それで、さ。土曜空いてるか?」

妹「なんで?」

男「一緒にどっかに行こうかなって」

妹「やだ。空いてるけど」

空いてるならいいじゃねえか。

男「お前がどうとかじゃなくさ、俺はお前と行きたいんだよ」

妹「なんでよ、気持ち悪いなぁ」

男「頼む、妹!」

どうして俺はこんなに一生懸命になってるんだろう。

妹「……わかったから、土下座はやめて」

妹は困った顔をしている。

そして再びため息を吐いて、

妹「ただし、餃子を一緒に作ること」

俺に餃子の皮を差し出したのだった。

男「おう、任せろ」

焼いてみると、恐ろしいくらい俺の妹の作った餃子の出来は一目瞭然だった。

妹「ぷぷ、汚い」

男「うるせー」

妹はニコニコしながら、俺が作った餃子を頬張った。

妹「形は違っても十分美味しいよ」

男「そいつはありがたい」

妹「やっぱり、愛が入ってるのかな」

男「当たり前だ。うむ、美味い」

妹「じゃ、じゃあじゃあ」

ひょいっと、妹は自分の作った餃子を箸で掴み、

妹「私のは、美味しいかな?」

男「食べろと?」

妹「うん」

男「あーん」

妹「え?」

キョトンとした顔をして、首を傾げた。

男「あーんしてくれなきゃ食べたくない」

妹「な、何言ってんの?!」

驚いた顔をして、まじまじと俺の顔を見た。

俺はその瞳に、精一杯熱い視線で答えた。

妹「そ、そんな顔しないでよぉ……」

俺の視線に弱ってしまい、少量のご飯をもくもくと咀嚼し始めた。

男「そうか、残念だ」

俺はわざと大げさに目を擦って、更に置かれた形の良い餃子を食べた。

男「うん、うん。ああー、うん」

とりあえず頷くだけ頷いて、大した感想を言わなかった。

大人げない? 知るか。

食事を終えると、妹はすぐに食器を洗い始めた。

男「何急いでるんだ?」

いつもよりも、手の動きが早い気がした。

妹「明日の準備したいから、さ」

男「ふーん」

案外楽しみにしてくれてるようで、ホッとした。

でも、別に兄妹で出かけるだけなのに、マメなやつだ。

ついには鼻歌まで始めやがった。

昨日の不機嫌な妹は、なんだったんだ。

まさか、本当に生……いや、なんでもない。

オトコの俺にはわからんことだ。

妹「~♪ ま、まだいたの?」

決まり悪そうにこちらを見ていた。

オトコ「悪かったな。部屋に行くよ」

妹「あっ……」

何やら声が聞こえたが、聞こえなかったフリをした。

自分の部屋に入り、小さく伸びをする。

それと同時に欠伸が出て、ポロリと涙が落ちた。

男「さて」

明日は土曜日。妹と出かけるわけだが、どこに行こうか。

せっかくだし、何か買ってやりたい気もする。

可愛い妹のためなら、少しぐらい奮発しても構わない。

男「やっぱりショッピングモールかな」

昼も、更には晩も食べられるしな。

とりあえず、明日着るものを決めよう。

あんまり服に気を遣わないので、私服は周期で同じ服を着ている。

しかしまあ、せっかく出かけるんだし。

なにかないかとクローゼットを開けてみた。

男「おお……結構あるな」

買った覚えのないジーンズやシャツなどが、どんどん出てきた。

男「変に格好つけるのもなぁ」

無難な服を取り出して、クローゼットを閉めた。

妹と出かけるだけで、バカみたいに本気を出す必要もないだろう。

男「……」

無論、アイツの時もな。

妹「お兄ちゃーん、先にお風呂入ってねー」

舌の階から、妹の声が聞こえた。

男「はいよー」

その前に、携帯を充電しておこう。

スクールバッグから携帯を取り出すと、ランプがチカチカと光っていた。

『着信一件あり』

男「……この番号は」

言わずもがな、アイツからだった。

言わずもがな、なのか?

いけね、気づかなかった。

急いでかけ直そうとしたが、よく見ると留守電が入っていた。

女『やあ、ボクだ』

声しか聞こえないのに憎たらしい笑顔が想像できる。

女『君の声が聞きたかったのだけれど、なんだか恥ずかしくなったから、留守電にしたよ』

こいつはメールが苦手なので、基本的に電話が主流だ。

女『君の声がボクの性感帯の耳に物凄く近い距離で話されたらと思うと……』

数秒息を荒くしたが、すぐに咳払いをして、

女『まあ、冗談は置いといて』

早くしろよ。

女『明後日、ボクは一つの大きな決心をしようと思う』

いつもの声とは違い、真剣な声だ。

女『まあ、あんまり気にしなくてもいい。気にされると逆に困るしね』

じゃあなんで言ったんだよ。

女『ぶっちゃけるとここで出ておかないと、ここから遊園地までボクの出番がないかもだから』

男「ぶっちゃけるな!!」

ついつい、聞こえないのにツッコんでしまった。

メッタメタだ、こいつ。

女『それじゃあ、遊園地楽しみにしてるよ』

そう言った瞬間、留守電は終了した。

これで三十秒? 嘘だろ……。

妹「お兄ちゃーん?」

返事をしたのに降りてこないことを心配したのか、もう一度妹が呼んだ。

男「悪い、今行く」

携帯を閉じて、俺は風呂に向かった。

野郎の風呂に興味はないと思うので、描写は割愛する。

ぱんいちで居間に行くと、妹はいなかった。

男「あっちー……」

ソファに腰かけて、テレビをつける。

手を団扇代わりにしながら、チャンネルを変えまくった。

男「……おっ」

洋画だ。とりあえずこれを観とくか。

男「……ふわぁっ」

俺は、いつ寝ていたのだろう。

男「ん……」

気づくと隣に妹が座っていた。顔が赤い。

首のタオルと湿った髪を見るに、風呂に上がったばかりのようだ。

服も薄着のキャミソールになっていた。

妹「お、おはよ」

男「あー……」

俺は欠伸をして、首を回した。

いつの間にか、テレビが消えている。

妹「で、電気もったいないから、消した、よ」

男「そっか。ありがとう」

妹「う、うん……」

……ん?

なんだ? 妹の様子がおかしい。

さっきから、やけに俺に近いし。

男「妹?」

妹「な、なに!?」

男「?」

なんだ、この反応。

風呂あがりだから、顔が紅潮している。

男「なんかあったか?」

妹「え、な、なにが?」

目がめちゃくちゃ泳いでる。謎だ。

男「お前、様子が変だぞ。大丈夫か?」

妹「だ、だいじょうびだよ!」

噛んだぞ。

男「顔も赤いし、熱でもあるのか?」

額に手を当てると、目を見開いて俺から離れた。

妹「熱ないから! 大丈夫だから!」

そう言って立ち上がり、急いで居間を出ようとするが、足がもつれてコケた。

妹「へぶっ」

男「おいおい……」

俺も立ち上がって、ゆっくりと妹の方に向かおうとした。

だが、寝起きのせいか上手く歩けず、俺もコケちまった。

男「うおっ!」

妹「きゃっ!?」

妹の上に乗っかる形になった。

すかさず手を床について、一応ぶつからずにすんだ。

妹「ああああっ……!」

男「!?」

体を硬直させ、口をぽっかりと開けた妹が、俺の目の前にあった。

妹「は、はにゃれて……!」

噛みつつ、喉から絞るように声を出した。

男「ご、ごめんな」

俺は妹の上から退いた。

妹はハァハァと荒げた息を整えて、

妹「バカァ!」

叫んで、猛ダッシュでドアに一度ぶつかりつつ、階段を上がっていった。

まあ、そう言いたくなるかもな。

男「……あっ」

今気づいたんだが。

俺、ぱんいちじゃん。

土曜は、妹に起こされることなく、起きることができた。

アラームよりも五分早い起床。うん、いいね。

台所にいくと、まだキャミソール姿の妹は、既に食事の準備をしていた。

男「おはよう」

妹「……おはよ」

まあ、こんなもんだろう。

兄にぱんいちで乗っかかられたんだからな。

男「昨日は、悪かったな」

妹「気にしてないから、大丈夫だよ」

と、口では言っていたが、朝食に影響が及んでいた。

卵焼きはいつもより焼きが甘かったり、味噌汁は濃かったり。

しかし、俺は全部たいらげた。

男「う、美味かっ……た。ごちそうさま」

味噌汁が濃すぎて、正直ヤバかったけど。

吐き気を抑えつつ、台所に皿を運ぶ。

妹「そこに置いといて」

男「おう」

今日も両親は帰っていない。

いつものことだから、気にしないけど。

妹「お昼は外で食べる予定?」

男「うん。もちろん、俺の奢りだぞ?」

妹「当たり前じゃん」

にひひ、と笑っていやがる。

妹「じゃあ、着替えてくれば? 私色々することがあるし」

男「おう」

妹「言っておくけど、いつもみたいに同じ服はやめてよね」

もちろん、わかっているさ。

その代わり、妹も可愛い服にしろよ?

妹「うん、わかってるよ」

!? 心を読まれた……?

妹「そんなわけないよ」

そ、そうか。それならいいんだが……。

男「……こんな感じで」

うーむ、まあいいかな。

自分で自分を褒めることは流石にしないが、まあ普通だろう。

見られても多分おかしいとは思われない着こなしなはず。

男「よっし」

妹「お兄ちゃーん、あと洗濯物干したら出れるから、先に外出ててもいいよー」

男「おうー」

色々ってのは、家事のことか。

お言葉に甘えて、外に出ておこう。

外はとにかく暑い。雲ひとつない快晴だった。

ある意味最高で、ある意味最悪の天候だ。

久しぶりに妹と出かけることも楽しみだが、妹の私服も楽しみだ。

ガチャっと、家のドアが開いた。

俺はドアに背を向けていたので、振り向くと、そこにはもじもじとしている妹がいた。

妹「お、おまたせ」

男「……そんな服持ってたのか」

妹「う、うん。変じゃない?」

妹はドアの鍵をしめながら、聞いてきた。

男「可愛いよ。よく似合ってる」

こいつ、自分に合うものを熟知しているな。

自分の妹ながら、あっぱれだ。

妹「……」

ドアの方を向いて、少し沈黙があった後、こちらを振り向いた。

男「俺のはどうだ?」

妹「えっとね、地味」

地味にヘコむ。

妹「でも、お兄ちゃんらしくて……その……」

男「ん?」

声が小さくて聞こえん。

妹「なんでもないっ、行こ行こっ」

男「おう」

今回がアイツメインの話だったか、妹メインの話だったか忘れ始めているが、なるようになるさ。

おっと……メタな話は控えないとな。

ショッピングモールはたくさんの人だかりができていた。

土日限定のイベントだの、割引だので、人がいつもより多い。

まあ、休日ってのも大いに関係しているだろうけど。

男「まずはどこ行く?」

妹「んーっ……どうしようかな」

妹の視線は確実に洋服屋に釘付けだった。

でも、たびたび俺の方に視線をやって、うんうんと悩んでいる。

男「洋服屋なんてどうだ」

妹「え?」

男「もしかしたら、安くなってるかもしれないしさ」

妹「……うんっ!」

俺に気を遣うなよ、妹。

だが、前言撤回したいレベルの店だった。

周りは女性ばかりで、経験したことのない、たくさんの視線を感じた。

「どうしてオトコが?」という無言の圧力を感じる俺とは裏腹に、妹は上機嫌だ。

妹「うわー! すっごいね!」

男「そ、そうだな」

確かに、凄い視線だ。

妹「たくさんあって、見応えありそう!」

男「う、うん」

見られ応えは、無いけどな。

妹「あ、これ可愛い」

だんだんと慣れてきた俺は、妹と服を見られるくらいに成長した。

妹から離れたら、視線に耐えられずに即死しそうだ。

妹「ねえねえ、これなんかどう?」

男「どうって」

妹「私に似合うかなぁ?」

男「試着してみないとわからんな」

妹「じゃあ、してもいい?」

男「もちろんだ」

と、快くOKしたが、これは間違いだった。

妹「じゃあ、待っててね!」

シャーっとカーテンをしめて、妹は試着室へ。

……あれ?

今、俺一人じゃん?

周りを見渡すと、女性、女性、女性……。

試着室前で待機している男性。

俺、怪しいだろうなぁ……。

普通、カップルの一組二組いてもいいだろう!

妹「おまたせー。どう?」

男「お、おう……」

妹の再登場は、俺を救う女神のように思えた。

男「妹、最高だよ!」

再び降臨してくれて、ありがとう!

妹「うえっ……あ、ありがと」

男「気に入ったか?」

妹「あ、あのさ、ちょっと顔怖いよ?」

おいおい、こんな超絶スマイル見せたことないぞ。

妹「気に入ったけど、よく見ると値段が凄くて……」

ほら、と言って値札見せてきた。

確かに高い。

俺が買う服とは雲泥の差である。

男「そうだな、とりあえず着替えたらどうだ?」

妹「そうだね。ちょっと待ってて」

妹は今日着てきた服に戻って、ため息をついた。

妹「次はちゃんと値段を見て買わないとね」

男「……」

俺はその場にあったカゴに妹の持っていた服をつっこんだ。

妹「え?」

男「これだけでいいのか?」

妹「え……お、お兄ちゃん買ってくれるの!?」

男「おう、もちろん」

妹「だ、ダメだよ! コレ……」

男「でも、気に入ったんだろ?」

妹「そ、それは……」

顔を曇らせる妹。

男「大丈夫だって。日曜俺が付き合えないから、せめてもの埋め合わせさ」

妹「……わかったよ」

不満気な顔は変わらなかったがとりあえず了承してくれた。

妹はなぜかご機嫌ナナメだ。

男「妹?」

妹「……」

返事はない。

男「嫌だったか?」

もしかして、他の服の方が良かったとか?

妹「……ぷふっ」

男「?」

妹「そんなに心配そうな顔しないでよ、みっともないなぁ」

小悪魔のような笑い方をして、腹を抱えていやがる・

こいつ、策士か。

妹「もうこうなったらとことん甘えちゃうよ!」

男「ま、マジかよ!」

明日も使うからちょっとは我慢も必要だぞ!?

妹「もちろん! ほら、いこー!」

腕を抱かれて、グイグイと引っ張られる。

は、恥ずかしいぞ!

妹「次は、ここ!」

男「……へ、ここオトコ向けの洋服屋だぞ?」

妹「だからこそだよ」

妹は頬を膨らませて、言った。

妹「明日おでかけするんだから、しっかり決めなきゃダメでしょ!」

男「妹……」

なんて良いやつなんだ、お前は!

というわけで、明日用の服を買った。

そして、今はファミレスで食事中である。

妹「お兄ちゃんお兄ちゃん」

男「ん?」

妹「あーん」

男「は?」

妹「して欲しいって、言ってたでしょ」

そうだけども……。

恥ずかしすぎるぞここでは。

急に人懐っこくなりやがって。

可愛いなあ、こいつは!

男「それなら敢えて、俺にあーんさせろ」

妹「へ?」

男「俺はあーんされたいしあーんしたい。だからさせろ」

妹「ちょ!?」

あからさまに驚いている。

ふはは、こんな辱め、嫌だろ?

妹「しょ……しょうがないなぁ……」

へ!?

うそ!? やらせてくれるのか!?

妹「は、恥ずかしいから……ささっと、口に入れてね?」

口を開ける。目を閉じる。

……いや、目を閉じる必要はないんだぞ、妹。

ハンバーグを一口サイズに切って、息を吹きかけて冷ます。

男「いくぞ……あーん」

妹「あ、あーん……」

ハンバーグが唇に触れると、一瞬ビクッとしたあと、口を大きく開けた。

妹「あむっ……」

ゆっくりと噛んで、飲み込んだあと。

妹「美味しかった……よ」

照れた顔で、そう言った。

男「そ、そうか」

なぜか、俺まで照れちまった。

妹「え、えっと……た、食べよっか?」

男「そ、そうだな……」

な、なんつーか。

結局、めちゃくちゃ恥ずかしいんだな。

する側も、される側も。

その後も、色々と付き合ってやった。

気づけばもう、夕方だった。

妹「夕日綺麗だねー」

空に手をかざして、妹はふふっと笑った。

男「ああ、そうだな」

今日は色々回って疲れたけど、楽しかったな。

妹と出かけるのも、悪くない。

妹「は~、もう終わりか~」

男「残念か?」

妹「うん、とっても」

男「俺もだ」

妹とか、そんなこと考えずに彼女と付き合うのは楽しかった。

妹「そっか」

一歩ずつゆっくりと歩く妹に、後ろからゆっくりとついていく。

妹「ねえお兄ちゃん」

男「ん?」

妹「なんかさ、デート、みたいだったね」

男「……え」

いきなり何を言い出すんだ、コイツは。

確かにそれっぽいかもだけども。

おい、ちょっと待て。

なんでこっちに寄ってくる!?

妹「デートの終わりってさ、その……」

瞳は潤み、唇が震えている。それがわかるくらいに、妹の顔は近づいてきた。

目を閉じて、唇をすぼめさせて、何かを待っている。

何かを――。

まったく。

何を考えてんだか。

今日だけだからな。

甘えるにしても、度を越すと酷いもんだな。

妹「……」

俺は唾を飲み込んだ。

妹の両肩を、ゆっくりと掴み、そして……、

妹「本気でするつもり?」

男「!」

妹「お兄ちゃん、もしかして本気になっちゃった?」

くっ!?

こいつ、また俺を……!

妹「へへーん、また騙されたね!」

ニヤニヤとこちらを見ている。

男「お前なあ……!」

妹「すぐに騙されるのが悪いんだよーだ!」

こいつ、許せん。

男「おーい、妹?」

妹「なーにっ? おバカなお兄ちゃ……んむっ!?」

調子に乗った妹に。

振り向きざまキスをした。

さあ、殴るなり蹴るなりなんでもしろ。

その代わり、俺にキスされたことは変わらないからな!

妹「……」

ん、なんだ?

妹は、唇を指先で触って、

妹「……ばか」

小さく、呟いた。

なんで俺は、ときめいているのだろう。

おいおい、妹だぞ?

妹「お兄ちゃんの……ばか!」

また言われた。

今度は強めに。

しかも最後に「ふんっ」とか言って。

妹よ、俺をどうするつもりだ。萌え殺す気か。

その後、早足で、俺と一緒に帰るのを拒んだ。

妹「……」

男「悪かったって」

妹「本当に思ってる?」

俺はすかさず頷く。

妹「じゃあ、ほら」

男「なんだ、その手は」

俺の方に、手を差し伸べてきた。

妹「手ぐらい、繋いでよ」

……ああ、もちろん。

妹「家まで歩くと、もう真っ暗だね」

男「そうだな」

夜空にはキラキラと星が輝いている。

妹「キレーイ」

男「それに、月も綺麗だ」

妹「そーだねー」

妹が、更に強く手を握った気がした。

だから、握り返した。

妹「! ……えへへ」

歯をチラッと見せて、ハニカンだ。

星空と、妹の笑顔はそりゃもう合わせて素晴らしかった。

と、ここでみんなにお知らせがある。

スレタイを確認して欲しい。

さっきまでは、ただ妹と戯れていただけに過ぎない。

本編とは、正直関係ない。

しかしまあ、ヒロインではなくてもサブヒロイン的な立ち位置なのだから。

優遇されるのは、仕方ないのかもしれない。

さて、それでは本編に戻ろう。

妹「お兄ちゃん、起きてー!」

次の日、である。

妹と仲良くなりすぎて方向性を見失った土曜の、次の日。

男「おい、なんで部屋に入ってるんだ」

妹「いいじゃ~ん♪」

調子がいいな、コイツ。

昨日のことを考えると、まあ、部屋に入るくらい別にいいか。

妹「早く起きて朝食食べなよっ」

男「わかったよ。まったく」

でも、悪くないな、こういうのも。

懐いてくれたのは、とても嬉しい。

言われるがまま、俺は階段を降りて居間に……。

女「やあ」

男「え……」

女「おはよう」

なんでいる?

妹「ほら、早く起きてよかったでしょ?」

男「もっかい寝る!」

妹「え、ちょっと!?」

男「これは夢だ! 間違いない!」

女「夢じゃないよ、ほら」

おい、俺の手をおもむろに掴んで何する気だ。

女「ほら、感触があるだろう?」

そう言って、俺の手を頬に接触させた。

サラリとしていて、柔らかい感触。

男「……って、やめろ」

女「ふふっ、お目覚めかな?」

男「ああ、とっくに覚めてるぜ」

妹「え、えっと……パンでいい?」

あたふたした妹が、聞いてきた。

男「悪いんだけど、ご飯にしてくれ」

女「じゃあボクも」

はぁっ!?

なんでお前も食うんだ。

女「そんな人を喰うような顔で見ないでくれよ」

見てねえよ。

妹「女さんもご飯ですね。わかりました」

男「おいおい、こんなやつに出すメシなんてないだろ」

しかもなんでこいつパジャマなんだよ。

起きてすぐにこっちに来たんじゃないだろうな。

女「正解」

なっ、心を読まれた!?

女「読んでないよ」

なんだ、気のせいか。

妹「お兄ちゃん、そんな言い方はないでしょ。女さんはもうほぼ家族みたいなもんなんだから」

隣の家ってだけじゃねーか。

男「それは言い過ぎだろ」

妹「今の高校に入れたのは誰のおかげ?」

男「……」

確かに、こいつの助けがあったからだ。

女「はは、それは彼自身の頑張りだよ」

ヤツは苦笑いをして、

女「ボクは手取り足取り教えてあげただけさ」

ね、と言いながら俺に微笑みかけた。

お前は先生か。

妹「あはは、お兄ちゃん生徒みたい」

ほっとけ。

妹は昨日余分に作っていた味噌汁を温めている間、女に質問責めしている。

妹「お兄ちゃんをぎゃふんと言わせる方法ってありますか?」

おい、何を聞いているんで妹よ。

女「簡単だよ。アソコをガッと掴めばいい」

男「俺の前でそんな質問をするな。答えるな!」

しかもアソコをガッとって、悶絶するぞ。

妹「あ、あの、女さん」

女「なんだい?」

妹「お兄ちゃんのアソコって、何処ですか?」

男「」

女「」

まさか、コイツも絶句とはな。

女「あはは、ちょっと、いいかな?」

俺に手招きをして、外に出るよう促している。

応じて、ヤツと一緒に居間を出た。

女「彼女には、こういう言葉はわからないのかな?」

男「いや、伏せたからわからないだけだと思う」

実はムッツリで、無知のフリをしている可能性もある。

女「そうか……伏せずにちゃんと教えたほうがいいかな?」

男「言わんでいい」

女「ふふっ、妹くんにも優しいんだね」

男「あん?」

お前に優しくしてるつもりはねえけど。

女「いや、なんでもないよ。これからは、彼女の前では控えるよ」

男「いつも控えろよ……」

女「なんだか、こんなところに二人だと、ナニか起きそうだね」

起きねえよ。

女「妹くんが近くにいるのに、こんなところで……」

男「居間に戻るぞ」

女「うん、いいよ」

ニッコリと笑って、俺の後をついてきた。

そ妹して、居間に戻ると、妹がそわそわしながら、

妹「なにを話してたの?」

男「いや、別に」

女「秘密さ」

ややこしくなるからやめろ

妹「えー! 気になる!」

ほら、喰いついてきたじゃねーか。

結局、本当にヤツはメシを食い、「またあとで」と、準備をするために家に戻っていった。

男「……さて」

俺もそろそろ、準備するか。

もちろん、着るのは昨日妹と買った服だ。

男「……うん、まあ」

妹に誉められたのもあって、なんだか似合っている気がする。

自意識過剰だな、バカみてー。

男「じゃあ、行ってきまーす」

妹は今日、家にいるらしい。

そりゃそうだな。予定空けてたんだし。

妹よ、思う存分遊んでくるぜ。

男「それにしても」

遅いな、アイツ。

いつもなら、絶対に先に来ているはずなのに。

女「……えっと、来たよ」

男「……」

まだかあいつは。

女「あ、あの?」

男「遅いなぁ……」

女「な、なんで無視するんだい?」

男「……お前は誰だ!」

女「ぼ、ボクはボクだよ?」

男「そんなはずねーだろ!」

アイツがアイツが……

短いスカートじゃなく、長いスカートを穿いているなんて!

長いスカートというか、ワンピース!

こいつは、偽者だ!!

女「……」

しかもなんだその表情は!?

なんでしおらしくなってんだ!!

女「えっと……?」

男「おい、そんないきなり変わられてもこっちは反応に困るぞ」

女「え、ご、ごめんね」

なんなんだよぉ!?

調子狂うなぁ!

男「……とりあえず、行くぞ」

一昨日の留守電で言っていた「決心」って、まさかこのワンピースのことか?

それにしたって、他にも変化がありすぎる。

いつも笑っている顔はおどおどとして。

饒舌な口は、噤んでいる。

まるで、別人だ。

女「さっきから気になっていたんだけれど」

男「な、なんだよ」

ゆっくりと近づいてきた。なんだ、いつもみたいにボケるのか?

女「寝癖、ついてるよ」

そういって、背伸びして直そうとしている。

もう一度言う。

まるで、別人だ。

女「ふふっ、直った」

男「……」

女「勝手に直して、嫌だった?」

男「いや……」

直したことに関しては、特に何も思っていないけれど。

本当にどうしちまったんだ、コイツ。

男「い、行こう」

女「うんっ」

しかし、俺が歩き出しても動く気配がない。

男「どうした?」

女「ううん、気にしないで。ちゃんとついていくから」

まあ、そういうなら、と思い、俺は再び歩き始めると、その数歩後に歩き始めた。

男「おい、なんのつもりだ」

女「え……?」

どうしてそんなに怯えてんだよ。

キャラチェンジにしたって、ほどがあるぞ。

男「そんなに離れたら、遊園地ではぐれちまうだろ」

女「そ、そうだね」

ごめんなさい、と。

深く頭を下げた。

女「ど、どこにいればいいかな?」

なんでいちいち聞く。

男「隣に来いよ」

女「うん」

やっと、ヤツは俺の隣に来た。

一人分の距離を置いてだが。

なんなんだ、本当に……。

男「……楽しみだな、遊園地」

奴がまったく話さないから、しかたなく俺から声をかける。

女「うん」

反応が薄い。

男「あのなあ、もうやめろよ」

女「えっ?」

なんで本当にわからないみたいな顔してんだよ。

女「ボク、変かな?」

……ああ、変だよ。

いつも変だが、今はもっと変だ。

男「……なんでも、ない!」

俺は、自然とため息を吐いた。

気にしないことにする。

遊園地を、純粋に楽しんでやる。

遊園地は、やはり人がたくさんいた。

子どもから大人まで、みんなワクワクしている。

俺もワクワクだ。

この気持ち、久しぶりだ。

女「……」

しかし、ヤツはまったくワクワクしていないみたいだった。

男「何に乗る?」

女「ま、まかせるよ」

男「……わかった」

とりあえず、ジェットコースターの列に並ぶ。

男「結構並んでるな」

女「……」

黙って頷いた。

下を向きながら、何も言わない。

男「……えーっと、今日はロングスカートなんだな」

女「そ、そうだね」

男「珍しいな」

女「そうかな」

俺は、お前のミニスカ以外の私服を見るのは、おそらく初めてだぞ。

いつもは近すぎるといってもよい俺とヤツとの距離は、まだすこし離れている。

男「列、動いたぞ」

女「うん」

なんだってんだよ、本当に。

笑いもしねえ。ずっと、不安そうな顔だ。

なんか、ギコちねえ。

ゴオッと、ジェットコースターは滑っていく。

男「うおおおお!」

この感じ、たまらん!

そして、ヤツは。

女「~!」

声はあげていなかったが、ビックリはしているようだった。

ゆっくりと減速していくジェットコースター。

女『ふふ、興奮して濡れてしまったよ』

いつもなら、こんなことを言うはずなのに。

女「ビックリ、したね~」

なんの変哲もない、感想だった。

しかも、なんか語尾を伸ばしていやがる。

……はは、何考えてんだ俺は。

これで、いいじゃないか。

今の方が、普通でさ。

次のアトラクションを探すために、歩いている。

男「遊園地のアイス、美味しいらしいぞ」

女「へえ」

男「買ってきてやるよ。ベンチに座って待ってろ」

女「うん」

アイスなんて、食いたいと思ってなかった。

ただ――。

ただ、アイツから少し離れたかった。

勝手だな、俺は。

いつものヤツを否定していたのに。

今のヤツも、否定している。

だったら、いちいち誘いに乗らなきゃいいのに。

男「……」

アイス、買わねーと。

人気のあるらしいアイスは、やはり列も往々にして長かった。

気温が暑いのも、行列の理由なのかもしれない。

しかし、俺はこの列ができるだけ、長く続けばいいと、思った。

出来る限り、長い間……。

でも、そう考えると早く過ぎていく。

光陰矢の如しってのは、こういうことを言うのだろう。

一番人気のバニラを二つ買い、ヤツの座るベンチに向かった。

俺は、できるだけゆっくりと歩くようにした。

だが、アイスには時間制限がある。今日は暑いから、早くいかないと。

ベンチにちょこんと、ヤツは座っていた。

さらに――。

見知らぬオトコが、数人。

男「誰だ……?」

遠目からじゃ、良くわからない。

女「……!」

だんだん近づいていくと、よくわかった。

あれは、荒手のナンパだ。

アイツは凄く抵抗していた。それは、俺じゃなくても、誰でもわかるだろう。

おいおい、やめとけよお兄さん達。

そんなやつナンパするなら、もっといい女の子は、いるはずだぜ。

遊園地になら、女の子だけで来てるグループもいるはずだし。

そんな下ネタバンザイなやつ、あんた達、引いちまうぜ。

胸も小さいし、一人称も変で、人のことをいつもおちょくってるようなやつだ。

何一ついいところなんてないんだぜ。

だから言ってやる、あんた達のためにも。

男「俺の彼女が、何かしましたか?」

アイスクリームを二つ、片手に持ちながら、俺はオトコ達に声をかけた。

女「!」

俺の登場で、オトコ達は何も言わず退散していった。

男「うおっ」

その時、一人が俺の肩にぶつかって、アイスクリームを一つ落としちまった。

男「だーっ!? さ、最悪だっ!」

結構高かったんだぞ!

……って、それよりも、アイツは無事か?

男「おい、大丈――」

その刹那。

アイツは俺に抱きついてきた。

女「怖かった……怖かった!」

男「そ、そうか」

少しの間、ずっとそうしていた。

やがて離れて、彼女は笑った。

遊園地で初めて、だ。

男「えっと、アイスなんだがな……」

女「あ」

男「……ん、残ってるのはお前にやる」

持っているアイスクリームを差し出す。

女「いいの?」

男「構わん」

落としたのは、俺の失敗なんだから。

女「……」

手渡すと、ヤツはまたベンチに座って、

女「一緒に食べよう?」

そう、提案した。

ヤツは、ペロリとアイスクリームを舐めた。

女「んーっ、甘い」

幸せそうな顔をして、満喫している。

女「ほら、どうぞ」

男「おう」

そして、俺にアイスクリームを渡した。

女「あ、溶けてきてる」

そう言って、すかさずヤツはコーンの周りを舐め始めた。

しかし、その時、俺の指まで舐めやがった。

男「おい」

女「ご、ごめん」

……やっぱり、いつもの反応と違う。

女「……しょっぱい」

何を言ってやがる。まったく。

アイスクリームを一つ食べるのに、結構な時間をかけちまったな。

女「さっき、助けてくれたじゃない」

男「ああ」

やっとコーンまで到達。こっからは早いはず。

女「なんて言ったの?」

男「……」

女「しっかり、聞こえなくてさ」

照れくさそうに笑ってやがる。

男「あー……あっちにもっと可愛い子いますよって」

女「えー、酷いなぁ」

本当に不満そうな顔をした。

それも、いつものこいつでは出さない表情だった。

ソフトクリームを食べ終えて、俺達はまた遊園地を練り歩いた。

面白そうなアトラクションを見つけては、乗ったりした。

絶叫系でスカっとしたり、お化け屋敷で怖がったり。

さっきと違って、表情豊かだった。

でも。

でもな。

こんな素直に喜ぶのは、ヤツじゃないんだ。

女「そろそろナイトパレードだね」

男「ああ」

気づけばもう、そんな時間だ。

女「……あっ」

男「……なんだ」

女「まだ、乗ってないアトラクションがあったよ」

なんだ。

女「観覧車!」

……姦覧車じゃ、ないんだな。

ヤツの指は、とても大きな観覧車を示していた。

男「ナイトパレードがあるんだぞ。乗ったら見れないじゃないか」

女「どうしても、乗りたいんだ」

真剣な顔で、お願いをしてくる。

男「わーったよ」

まあ、上からパレードが見れるかもだしな。

観覧車はこんな時間にも関わらず、案外人がいた。

女「ん……なんとかいけそうだね」

男「ああ……」

女「どうしたんだい?」

男「いや」

もう、どうでもいいさ。

こいつがどうであれ、なんであれ。

大きな音を立てながら、観覧車はゆっくりと動き出した。

男「……」

女「……」

ヤツはワクワクしながら、外を眺めている。

女「聞いていいかな」

男「なんだよ」

女「今日、楽しかった?」

体をもじもじさせながら、聞いてきた。

女「今日、ずっと変な顔してたから、気になってて」

変な顔言うな。

女「だからこの際、聞こうかなって」

男「なるほどな。そりゃもちろん」

目を合わせたヤツに俺を言い放った。

男「つまんなかった。最悪だよ、本当」

女「えっ……」

目を見開いて、ヤツは驚いた。

女「ど、どうして?」

ヤツは、すがるような顔で問うた。

男「言った通りだ。面白くなかった。つまり、つまんなかったって言ってんだ」

女「……そうか」

そう呟いて、視線を落とした。

俺は悪くない。

正直に行った方が良いと思ったから。

コイツ相手に、気を遣う必要だってないから。

女「……」

男「!」

ヤツの瞳から、一滴涙が流れた。

男「おい、どうした!?」

女「だって……」

更に、涙は溢れ出す。

女「ボクと一緒だから……だよね」

手で目をこすり、涙を拭き取るが、どんどん流れ出し、止まらない。

女「せっかくの遊園地……台無しにしてごめん」

男「……」

違う。

俺は、お前を。

そんな気持ちにさせるつもりじゃ、なかったんだ。

男「女!」

女「!」

俺は、ヤツの――

――女の両肩を掴んで、

男「俺は……俺は……」

声が、出ない。

喉が渇いたような、頭の中で考えが色々とグルグルとかき混ざって。

男「いつものお前が、好きなんだ!」

言った瞬間。

俺の顔は一気に熱くなった。

恥ずかしさのあまりに、肩を掴んでいる手が震えて、

男「え、えと……えっと……」

口も、上手く動かない。

女「……そうだったの?」

話せないので、変な頷き方で答える。

女「……そっか」

彼女は涙で指を拭き取り、大きく笑って、

女「いつも通りで、良かったんだ」

男「……え?」

女「ボク、いつものボクが、嫌われてるんじゃないかと思ってた」

スカートの端を少しつまんで、

女「ミニスカートをやめてみたり」

口を手で軽く噤んで、

女「お喋りをやめてみたり」

俺の掴んだ手をさすって、

女「スキンシップを、やめてみたりしたのだけれど」

いつも通りの微笑みで、

女「全部、裏目に出てたんだね」

俺は恥ずかしくなって、肩から手を離す。

男「なんで、そこまで」

女「だって、今日は」

ヤツは持ってきた小さなバッグから小さな箱を取り出した。

それを俺に差し出して、照れくさそうにして、

女「君の、誕生日なんだから」

男「……え?」

慌てて、俺は携帯を見る。

自分の誕生日である月日が表示されている。

やべえ、忘れてた。

俺の、誕生日じゃねえか。

女「箱、開けてみてよ」

気に入るかどうかは、わからないけど。

と、すこし声のトーンを抑えながら言った。

箱を開けてみると、古くさい時計が入っていた。

女「いつも時計を持っていなかったから、買ってみたんだ」

これ、高かったんじゃないだろうか。

男「ありがとう。凄く嬉しいぞ」

女「な、なんだか恥ずかしいな、君に感謝されるのって」

顔を掻きながら、ヤツは頬を赤く染めた。

男「明日から、つけてやるよ」

女「うん、そうしてくれると嬉しいな」

えへへ、と笑った。

いつもと、同じ女に戻った。

あと、もう一つプレゼントがあるんだ。

まだあるのか。

今考えてみると、この遊園地も誕生日プレゼントじゃねえか。

既に二つももらって、しかもこれよりも後に出すプレゼントって……。

男「な、なんだ?」

女「それはね」

狭い観覧車を立ち上がって、俺の隣に座った。

女「ボクのこと、好きにしてもいいよ」

男「は?」

女「だから」

俺の手を掴んで、ヤツの胸まで持っていかれる。

女「好きにして、いいよ?」

こいつ。

何を言い出すかと思ったら。

女「君になら、どんなことをされてもいいから」

顔は火照ったような感じで、こちらを見ている。

プレゼントに自分を渡す、か。

男「……いいんだな」

女「うん」

その言葉にも、顔つきにも。

嘘の文字は、無かった。

それじゃあ、好きにしてやる。

俺はヤツにどんなことをさせようか考える。

女「……」

真剣な眼差し。

いつも下品なことを言っているクセに。

瞳は純粋で、純潔で、純愛に満ちている。

俺はゆっくりと、女を抱きしめた。

男「お前が大好きだ。付き合ってくれ」

そう、耳元で呟いた。

女「え……」

好きにしようなんて、思ってない。

好きになってるんだ、俺は。

こいつのことがすっごく、大好きなんだ。

女「……先に、言われちゃったな」

彼女は俺を抱き返して、

女「ボクも、君のことが大好きだよ」

と、耳元でくすぐったく言った。

女「あっ」

男「ん?」

どうしたんだ。

女「見て、ほら」

彼女の指差した方を見ると、群衆ができていた。

ナイトパレードだ。

観覧車は、ゆっくりゆっくりと回る。

それにしても、ヤケに遅いような……。

急に、アナウンスが流れた。

「乗車中のみなさん。ナイトパレードが始まりました」

見ればわかる。

「際して、観覧車を一時停止し、ナイトパレードをお楽しみください」

ま、マジか。

しかもちょうど俺達は真上の位置だ。

女「あはは、粋な計らいだね」

そう言って、俺の腕に抱きついた。

女「男の子の、腕だね」

ペタペタと、触ってくる。

男「やめろ、ちょっとそれ、ヤバい」

女「ふふ、どういうことかな?」

わかってるくせに。

観覧車から見るナイトパレードはそりゃもう言葉にならんくらい、良かった。

真上だったから良かったけど、下半分の人は見えているんだろうか。

そんなことを気にしていたが。

男「俺の隣だと、見づらくないか?」

しかし、女は首を横に振って、

女「ここから見える景色がとても素敵だから」

ニコッと、笑った。

その笑顔で、俺の心配は吹き飛んだ。

最後の最後に、最高になったぜ。

女「ああ、素敵だったね」

男「おう」

女「ボクは君が素敵だった、と言ってるんだよ? ナルシストかな?」

とんでもないフェイントだ。

女「それじゃあ、帰ろうか」

男「そうだな」

女「……うわわっ!」

いきなり、転びやがった。

女「ロングスカートは、やっぱり慣れないなぁ」

苦笑して、立ち上がろうとするが、

女「痛っ」

男「大丈夫か?」

女「ヒネってしまったみたいだ。大丈夫なんとかなる……よ」

だが、立ち上がることはできない。

男「ほら、おぶってやるよ」

女「えっ、い、いいよそんなこと」

男「痛がりながら歩いてるお前なんて、見たくねえよ。ほら」

女「……う、うん」

めちゃくちゃ不満そうな顔だ。

そんなに俺の手を借りたくないのか。

バス停に着くと、ちょうどバスがやってきた。

言うのを忘れていたが、行きもバスに乗っていた。

人はまばらで、行きとは違い、座ることができた。

男「よっと、座れるか?」

女「うん……」

男「なんだよ、その顔」

女「いや、ボクはバカだなって」

いきなりなんだよ。

女「手を繋いで、帰りたかったのに、さ」

ああ、なるほど。

だから、あからさまに嫌がったのか。

女「本当に残念……おや?」

さりげなく、手を繋いでやる。

男「バスの中だけでも、な。

女「……そうだね」

緩ませた顔は、それはそれは、天使みたいだった。

……悪かったな、気持ち悪くて。

バスを降りると、あたりはもう真っ暗だった。

歩いて数分が経つと、女は俺の背中で寝息を立て始めた。

無理してたんだろうな、あのキャラ。

そんな帰り道、俺は今日のことを振り返った。

最初は違和感ばかりだったが、それは全部俺に嫌われたくなかったからしたことだったんだな。

観覧車の中は、今考えると、むず痒い。

男「……ん?」

女が『好きにしていい』と言った時に、ヤツは俺の手を胸に当てた。

あの時なにか手のひらに感じた違和感は……。

男「……!」

まさか、こいつ……!

本当に、ノーブラなのか!?

というか、こいつ乳首ノーガードなのか!?

それなら、今の状況って。

男「……」

背中に当たってないか!?

いや、そんな、ほら……。

服と服で当たってるから、感じないぜ?

本当だぜ?

それにほら、あの時は興奮してただろうから。

……興奮?

興奮→タッチ→感触

……立ってたのか?

女「ん……?」

男「! お、おう、起きたか?」

女「ふぁ……ごめん、寝ちゃったね」

気にするな……というか今起きられるとちょっと困るんだが。

女「……ふふっ」

!? こいつっ?!

なんで体を押しつける!?

女「ふふ、勘違いしないでくれよ」

顔と顔は更に急接近している。

女「こうしないと、落ちちゃいそうだから、さ」

俺の神経は、顔の近さと背中のことでパンクしかけていた。

男「ああ、そうかよ」

とか言いつつ、正直気が気がじゃない。

女「そういえば、ボクはまだお付き合いをOKしていないけれど」

男「は?」

今更そんなこと……。

女「君のことを大好きとは言ったけれど、ね」

小さく笑っている。顔は近すぎてよく見えない。

男「答えは?」

女「ここで言わなきゃダメかい?」

じゃあなんで話を振った。

男「言ってくれよ」

女「ボクとしては」

彼女はふわりと抱きしめるように、体を密着させて、

女「面と向かって言いたいから」

男「……そうか」

馬鹿野郎。

可愛いこと、言いやがって。

俺の背中の神経は、さらに敏感になってるぞ。

そして、家の前に着いた。

女「ここでいいよ」

男「大丈夫か、別に玄関までは行っても」

女「いや、ここですませたいこともあるから」

男「?」

彼女は俺の背中を降りると、フラリと壁に寄りかかった。

女「……ふぅ」

深呼吸をして、息を整えた。

女「……一度しか、言わないからね」

と、横に目を逸らして、赤面した。

男「ああ、わかった」

女「……」

もう一度、息を整えて。

女「ボク達は、家も隣だし、今は席も隣だ。だけど……」

ゴクリと、唾を飲み込んで、

女「ボクは、君の隣にいたい。だから……」

深く頭を下げて、

女「これからも、よろしくお願いします」

なんていうか、格式張った告白だな。

でもまあ、こいつらしい。

男「おう、もちろんだ」

女「突き合ってくれるのかい?」

漢字が違う。

女「違うね、ボクが一方的に突かれるんだ」

やめろ、そんな話は。

女「今日……家に親がいるんだ」

いない時に言うんだ、それは。

女はきっと恥ずかしさをジョークで紛らわせようよしているのだろう。

男「よろしくな、女」

そう言って、俺は手を差し伸べた。

女「……うん」

彼女も答えるように手を出した瞬間。

俺はそのままヤツを抱きしめた。

女「っ! ……大胆だなぁ、君は」

男「そうか?」

女「自宅の前で、よくやるよ」

忘れてた。

俺はすぐに離れて、頭を掻いた。

男「いやぁ、その……な」

女「ふふっ、嬉しかったからいいよ」

ああ。

こんな顔をするから、つい抱きしめたくなっちまうんだ。

女「じゃあ、そろそろ」

男「おう」

女「また明日」

足を引きずりながら、彼女は玄関前の扉をあけて、中に入った。

女を心配しながら、俺も自宅に足を向けようとした。

女「男っ」

男「ん?」

女「ちょっと、来て」

さっきの扉の前で、彼女が手招きをしている。

男「なんだ?」

女「ちょっと、耳を貸してくれ」

どうやら、耳打ちをしたいらしい。なんだ。

女「……」

声が小さくてよく聞き取れない。

男「な、なんだ?」

もっと近づいた、その時。

俺の頬に軽く唇が触れた。

男「なっ!?」

女「ふふっ、さっきのお返しさ」

そう言って、玄関扉に走っていった。

男「おい、脚は?」

ひねったんじゃ……。

女「彼女の嘘を見破れなきゃ、ダメだろ」

意地悪に笑って、彼女は家に入っていった。

……まったく。

本当に可愛いことをしやがる。

そして俺も家帰ろうと、自宅のドアを開ける。

が、開かない。

男「えっ……」

まさか、時間が遅かったから、妹が怒って……?

でも、今日くらい大目に見てくれたって……。

まあ、しかたない。

今日はどんなお叱りでも受けよう。

そう思い、インターホンをプッシュした。

家の方から、急いだ足音が聞こえ、ドアのロックの解除する音がした。

俺はドアを開けてすかさず、

男「ごめん、遅くなった」

と、言い終わる前に、パンっと破裂音のようなものが聞こえた。

男「うおっ!?」

そこには、クラッカーを持った妹がいた。

妹「は、ハッピーバースデー!」

妹は、赤いペンキを塗りたくったような顔をしていた。

妹「今日、誕生日でしょ? だから……」

もじもじとして、俺に上目遣いをして、

妹「ケーキ、作ったの」

ポツリと、そう言った。

男「……」

俺は、感動した。

男「うおおお、妹ぉぉぉぉ!」

妹「うぇ!?」

ギューっと、ぎゅううううっと、強くハグしてやった。

妹「ちょ、お兄ちゃん、ダメ!」

男「知るかー! 大好きだ妹!」

こいつは本当に、兄想いの、最高の妹だ!

それに、この服、昨日買った服じゃねえか! 可愛い!

妹「と、とりあえずケーキ、食べて?」

男「おう! もちろんだ!」

どんなのか、楽しみだ!

男「……あのー、妹さん?」

妹「なぁに?」

男「これですかね?」

妹「? うん、そうだよ」

いやあ、まさか……ホールケーキとは。

妹「全部、お兄ちゃんが食べてね」

すっごく嬉しそうな顔してる。

あはは……全部俺のかー。

男「ありがとう、妹」

お前の愛が、このケーキにたっぷりはいってるぞ。

男「うぷっ……」

「ダメになる前に食べて」と言われたので、全部食べた。

胃のもたれるような妹の愛情が、口から溢れてきそうだ。

男「寝よ……」

既に、風呂を済ました俺は、後は寝るだけだった。

明日からまた学校かと思うと、少し気怠い。

俺の部屋は、窓からさす月の光で、とても明るかった。

こんなんじゃ寝れないな。

というわけで、カーテンを閉めようとした。その瞬間である。

男「ん?」

目の前に、女がいた。

正確に言うと、真向かいの窓に、だが。

女もこちらに気づいたらしく、窓を開けて、手を振っている。

俺も、窓を開けた。

女「やあ、また会ったね」

ヤツは小声で言った。

女「ボク達、通じ合ってるのかも」

恥ずかしいことを、恥ずかしげもなく言いやがる。

男「かもな、で、脚は本当に大丈夫だったのか?」

女「うん、この通り」

と、足を見せた。

って、包帯でグルグル巻きじゃねーか!

どこが大丈夫だよ!

男「お前なあ!」

女「心配されたくなかったから、ね」

男「おいおい」

女「でも、明日はたくさん心配して欲しいな」

? どういうことだ。

女「明日は、君におぶってもらうから」

男「……」

そんな恥ずかしいことを、俺が?

男「……ああ、もちろんだ」

やってやるよ、お前のためならな。

女「ふふ、快諾してくれて、ありがとう」

男「大好きな人からの頼みだ、断れねーよ」

女「……もう」

耳まで赤くして、微笑んだ。

男「じゃあ、おやすみ」

女「うん、おやすみ」

窓も閉めて、カーテンも閉めて、俺は大きな欠伸をした。

そして、ベッドに寝そべった。

明日は女を背負って登校、か。

行きは早いから、あんまり恥ずかしくない。

……あ、帰りも放課後話をして帰るからそんなでもないか。

でも、まあ。

そんなこと、どうでもいいことだ。

男「全然、恥ずかしくないさ」

俺は、明日じゃなく、次は二人でどこに行くかを考えながら、眠りに落ちた。


っと、言いたかったが、俺は腹の痛みで何度か起こされた。

……確実に妹のケーキのせいだ。

恐るべし、妹の愛。

END

お付き合いありがとうございました。
妹の視点で書こうと思っていましたが、時間もないのでおしまいにします。

こんな夜遅くまでありがとうございました。

おやすみなさい。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年01月07日 (水) 00:33:10   ID: mAe4etbV

薄いようで濃い作品ですね。

あとは学校でのやり取りなんかも追加してくれたらいいんだけどね?

ああ・・・もう終わりなのかい?この作品。

仕方ない、今後の課題だね?

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