ぼく「おとうさん!クワガタつかまえた!」(60)

ヴィンヴィンヴィン…

見慣れた文面がシュレッダーに吸い込まれていく。

貴殿のご希望に沿いかねる…

今回の採用は見送らせて…

誠に残念ではありますが…

紙と一緒に鬱屈した気分も細切れになればいいのに。

毎日毎日、少しづつ渇いていくのがわかる。

それでも戦いを止める事はない。

なぜかって?

それは彼が僕に教えてくれた、とってもカッコイイ生き方を僕もしてみたいと思ったからさ…

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ジャイロ「なんだ…ジョニィ」

ジャイロ「その“回転”は…」ドドドド

グルグルグル

ジョニィ「ツェペリ一族の」

ジョニィ「黄金長方形の回転…」ドドドド

ジョニィ「足りない…」

ジャイロ「ニョホホ」

ジョニィ「終わりだ大統領…」

シィイイイィィァァアアァア

ジョニィ「白銀の回転パワーッ!!!!!! 」

ドッパアアアァァァアァアァァァアアア

バレンタイン(くっ…“これ”は)

バレンタイン(“まずい”!!!!!!)

ドキャアアァァアアァアァァ

バレンタイン「うごぁっ」

おとうさん「おーい!暗くなる前に帰るぞ!」

ぼく「嫌だよぉ…虫採りは夜からが本番だよ?」

おとう「暗くなると怖~いオバケさん達に連れていかれるぞwww」

ぼく「嫌あああああああ!」

僕はホラーが大嫌いだ。『おしいれのぼうけん』で目を固く閉じ『ねないこだれだ』で失禁する。そんな子供だった。

ぼく「帰る帰る今すぐ帰るぅ!」

おとう「よしよし。いい子だ」

ここまではいつも通り。ただその日は少し不思議なことが起きたんだ。

「少年!少年!」

ぼく「えっ?誰?」

「ここだよ。下だ」

足下に恐る恐る視線を移した。

コクワガタ「僕を連れていきたまえ」

小学校最後の夏休み。僕は彼と出会った。

おとう「お~い。どうしたんだ?」

何故クワガタが言葉を発しているのか?

何故自分を連れていけと言うのか?

ビビリな性格も相まって僕はすっかり錯乱していた。

おとう「お~い!」

ぼく「い、今行く!」

慌てて彼を虫カゴに放り込み、父の車に飛び乗った。

コクワ「イタタ…意外と乱暴な子?だとしたら最悪だ…」

ぼく「おとうさん!クワガタつかまえた!」

おとう「ホントか!よし!帰りはホームセンターで色々買って帰るぞ!」

ぼく「そ、それでね。このクワガタ…」

おとう「?」

ぼく「は…話すの!」

僕はまるでノーベルものの発見をしたように強く言い放った。

おとう「そうかそうか」

ぼく「え?ビックリしないの?」

おとう「父さんも今でこそ聞こえなくなっちまったが、ぼくぐらいの頃は虫や動物とお話ししたものさぁ」

ぼく「そ、そうなの」

子供ながら絶対におかしいと思ったが空気を読むのは得意だ。僕は暫く父を訝しげに見つめてからクワガタに視線を移した。

コクワガタ「……」

喋らない。全く。

ぼく「おかしいなあ…」

この後も突いてみたり色々やってみたが、結局家に帰るまで何のレスポンスもなかった。

ぼく・おとう「「ただいま!」」

おかあさん「おかえり~。あら?どうしたのその荷物は?」

おとう「実はぼくがクワガタを捕まえてね」

おかあ「あら!それは本当?」

ぼく「うん!」

おかあ「そっかあ。ちゃあんとお世話するのよ♪」

ぼく「言われなくてもわかってるって!」

おかあ「…まぁぼくなら大丈夫ね♪」

おとう「このクワガタには秘密があるんだよな!ぼく!」

ぼく「エッ!?」

おかあ「なになにぃ~。教えてぇ」

僕は焦った。気のせいかもしれないのだ。

おとう「男の秘密だ☆」パチッ

そう言って僕にウインク。彼は今でもユーモアを忘れない素敵な大人だ。

おかあ「なによ意地悪ぅ!」

母は仲間はずれにされた事に腹を立てていたが、僕は内心ほっとしていた。

早速、自分の部屋に先程買って貰った飼育ケース、昆虫マットなどを運び込む。

外で飼うのも結構だが、猫などに襲われないとも限らない。

温度管理のしやすさもあって僕はいつも虫を室内で飼っていた。

ぼく「ふぅ」

コクワ「やっと二人きりになれたな。少年」

ぼく「うわあ!」

コクワ「まったく…少年が積極的で困ったよ。私には男色の気はないのだが」

ぼく「どうして…さっきはうんともすんとも言わなかったのに…」

コクワ「君のためさ」

ぼく「ぼくのため?」

コクワ「虫と会話する人間なんて気持ち悪いぞ」

ぼく「どうしてさ?おとうさんだって…」

コクワ「本気にしているのか?」

虫のくせに鋭い奴だ。

コクワ「いいかい?君と僕が会話できるよう森の魔法をかけた。僕の声は君にしか聞こえない」

ぼく「どうして?」

コクワ「それはどちらについて質問しているのかな?」

ぼく「両方」

コクワ「なぜ魔法をかけたか?それは、その方が愉快だからだ。皆面倒くさがるがね」

コクワ「そしてなぜ君にしか聞こえないのか?それはそういう魔法だからだ」

いまいち納得できなかったが、世の中そーゆーモノなのだろうと深く詮索はしない。

ぼく「それじゃあ最後に聞くけどどうしてわざわざ僕に捕まったの?他の虫は逃げるのに」

コクワ「それは…」

しばしの沈黙。明らかに今この瞬間理由を考えている…そんな様子。

コクワ「君が…優しそうだったからさ。少年」

勿論それも理由の一つだろう。だが僕には他に大事なことを隠しているようにしか思えなかった。


コクワ「自己紹介がまだだったね。」

コクワ「僕の名前はコクワガタ。そうだな…『コクワ君』とでも呼んでもらおうかな?」

こうして僕とコクワ君の奇妙な夏休みが始まった。

コクワ「一行日記をつけないまま寝るつもりか?」

ぼく「だって…」

コクワ「少年。最後に後悔するのは自分自身だ。宿題という概念からは向こう十年は逃れられんぞ?」

ぼく「…そうだよね。よしっ!ちょろっと書いてからねるよ!」

コクワ「その意気だ少年」

コクワ「フッ!フッ!」

ぼく「何してるの?」

コクワ「僕等のような戦士達は一日だって鍛錬を怠ってはならないのさ」

ぼく「なんだかとっても大変そう…」

コクワ「そんな事はない。たしかに半年だとか、一年だとか長い期間をイメージすると大変に見える」

ぼく「うん。そんなの僕続けられないや」

コクワ「だからこう考えるんだ。『今日だけやろう』ってね」

ぼく「?それじゃあダメじゃん」

コクワ「まあ聞け。君はハミガキを毎日するだろう?それは一年続けようだとか、或いは十年続けようだとか思っていたかい?」

ぼく「!」

コクワ「千里の道も一歩から。まずは一日だけ頑張るのさ」

ぼく「そっか!頑張る!」

コクワ(まぁこの言葉で変われるのは元々自己管理のできる奴だがな…)

ぼく「そんなに練習しても飛べなかったの?」

コクワ「そこで僕の師匠はこう言ったんだ」

コクワ「上を見上げてあるはずのないモノとにらめっこするな」

コクワ「俯いて好機を見逃すな」

コクワ「ただ真っ直ぐに前だけを見据えて、空へ上がれ。それさえ守れば空を自由に飛べる。ってね」

ぼく「よくわかんない話だね」

コクワ「ああ。でも、その言葉を聞いてからもう一度飛んでみると今度はちゃんと飛べたんだよなぁ」

…コクワ君との日々はこれまでのどの夏休みよりも濃密な物となった。

なによりも楽しかったのは、彼が森にいた頃のお話だ。

コクワ「そこでグワッと持ち上げて投げ飛ばしてやったのさ!」

ぼく「スゴイスゴイ!」

彼の話はどんな娯楽よりも僕を惹きつけた。

カマキリとの死闘…

森を牛耳るオオクワガタを倒したこと…

外来種の大きなカブトムシに勝ったこと…

そんな彼を僕はとても尊敬していたし、彼の言うこともよく聞いた。
母の説教は少し気に障ることがあったが、彼の説教は全くそんなところがない。

今思えば、僕が父や母の経歴を知らないから気に障ることがあったのだろう。

そんな時ある事件が起きた。

夏休みも残り一週間となった日。
僕は公園で友人達と遊ぶ事になった。
自分の飼っている昆虫を持ち寄って。

友「へぇ~。ぼくはコクワガタか」

ぼく「うん!ちっちゃいけど、とっても強いんだ!」

友B「俺はカブトムシだぜ!」

友C「ボクのはヘラクレス!パパの研究室から譲って貰ったんだ!」

一同「「「スゲーー!!」」」

皆で昆虫トーク。何のことはない。

友「じゃあさ!皆の虫戦わせようぜ!」

コクワ「!」

ぼく「うん!」

ぼく(コクワ君!君の実力を見せてやれ!)

コクワ(あ…ああ。まかせておきたまえ)

友「うわぁ!オレの百足が!」

友B「ムシキングーーーーッ!!」

友C「ハハッ!やっぱりボクのヘラクレスが一番さ!」

友「次はぼくの番だよ」

ぼく「うん!」

コクワ(…………)

コクワ君をつまんでベンチの上に置く。Cもそれに倣う。

(プッ…クスクス…)

コクワ「ッ!」

ぼく「!?」

(あれホラ吹きコクワじゃねwww)

(しばらく見ないと思ったら人間に捕まってたの?www)

(プギャーwwwwwwwwwwwwwww)

ぼく「えっ?この声は何!?」

コクワ「貴様ら…わざわざ少年に聞こえるように!」

ぼく「!」

どうやらまわりの虫達の声が何らかの理由で僕に聞こえているようだ。

(うわぁ…ヘラクレスとやるの…?無理ゲーwwww)

(ねぇねぇ。あのクワガタって何なの?)

(あいつはホラ吹きで有名なのさ。何の努力もしないホラ吹きならまだ良かったが…)

(修行とかしてんのがまた滑稽www)

ぼく「え!?え!?」

友「どうしたんだ?ぼく」

ぼく「い、いや」

僕は戸惑いながら彼の方を見た。

だが彼は全く動じていない。

ぼく「こ、コクワ君!」

コクワ君「…すまない」

コクワ「あいつらの言ってること、全部ウソだ。」







コクワ「すまない…騒がしい友人ばかりで」

(wwwwwwwwwwwwwwwwww)

(ちょwww子供相手に意地はる奴www)

(速報 ホラ吹きコクワ、またホラを吹く)

ヘラクレス「静まれいッ!!」

友「!」

友B「!」

友C「!」


「「「シャベッタァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」」」

コクワ「…何のつもりだ」

ヘラクレス「この方が盛り上がる…私の戦には群衆が必要なのだ…」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

ぼく「コクワ君!」

コクワ「心配するな。それとも少年。君に聞かせてやった話、信じてくれないのかい?」

フルフルと僕は首を横に振った。

コクワ「じゃあきっと大丈夫。君が信じている間、それは紛れもない真実だ。その真実さえあれば僕は負けない」


ヘラクレス「始めるぞ!」

一同「ゴクリ」

ヘラクレス「私の名はヘラクレス!誇り高きオリュンポスの神!」

コクワ「僕の名はコクワガタ!今からお前を倒し、もう一人の自分を超えて見せるッ!」

コクワ「いいかい?少年。よく見ておくんだ。」

コクワ「どうしようもない困難。負けるとわかっている勝負。それでも立ち向かわなければならない時、どうしたら良いかを」

ぼく「よく…わからないよ…」

その時の僕は、今にも泣き出しそうだったと思う。

正体不明の不安が次々と湧き上がる。

コクワ「大丈夫。ただ見ているだけでいい」ニッコリ

ヘラクレス「いざ参る!」

コクワ「覚悟ッ!」

まるで金属音が聞こえてきそうなほど激しい剣戟。

そこにいる誰もが固唾を飲んで見守っている。

ヘラクレス「どうしたァァ!さっきの威勢は!!」

コクワ(マトモにやって勝てる相手じゃない…僕のペースを守ってミスをまつだけだ!)

おとう「笑止」グシャッ

コクワ「」

ぼく「コクワ君!」

ヘラクレスの巨大な角が、コクワの体を何度も撫でにくる。

その度にコクワは直前でそれを顎で受け流す。

友「スゴイ!あのヘラクレスと互角に渡り合っている!」

友B「だがコクワガタからの攻撃が一度も無い!」

友C「コクワガタが勝てる訳がない…大きな個体ならいざ知らず、彼は標準かそれ以下のサイズ!下手をすれば引きちぎられる!」

ぼく(………)

ヘラクレス「フンッ!」

コクワの小さな体がベンチに叩きつけられる。

コクワ「グッ…ガハッ…」

ヘラクレス「この程度か…」

コクワ「感想を述べてる暇があるのか?」

コクワ君の顎がヘラクレスの中腹に突き刺さる。

ヘラクレス「ぬゥ!」

ヘラクレス「小賢しいぞ!このこわっぱめ!」

コクワ「!」

会心の一撃。コクワ君が宙に浮いて。

そのまま、ベンチの上。

ヘラクレス「…私の勝ちだ」

友C「まだだ!コクワガタはベンチから落ちていない!」

友「バカ!もう勝負はついたんだ!」

ぼく「そんな…嘘でしょ?生きてるんだよね?」

友B「顎が片方折れかかってる…これは酷い…」

ぼく「そんな!嘘だ!ぼくは…ぼくは…」

本当に信じてあげられたのか?

本当は?

本当は疑ってたんじゃないか?

ぼく「うう…違う…ぼくは…」

コクワ「信じているさ。一点の曇りもなく」

ぼく「!」

(なんだあいつ…バケモノかよ!)

(ここまでくるとネタにもならん…)


ヘラクレス「ほう…」

コクワガタ「さぁ、第二ラウンド開始だよ」

それからの戦いは壮絶だった。

コクワ君は折れかかっていた顎が遂に折れて一本に。

ヘラクレスは前足を一本失った。

コクワ「…………」

ヘラクレス「ゼェハァゼェハァ」

ヘラクレス「フ…フフフ」

ヘラクレス「フハハハハハハハ!!」

ヘラクレス「いいぞ!実にいい…」

コクワ「…………」

ヘラクレス「これ程の『戦士』は我がラテンアメリカの大地にもいなかった…!」

友B「次の攻撃で勝負が決まる…」

僕にはもう耐えられなかった。傷だらけの二匹を見ているのが…

ぼく「もうやめてよ!」

コクワ「!」

ぼく「こんなことに何の意味があるんだよ!」

ぼく「こんなの…辛いだけだ!」

ヘラクレス「黙れ!こぞ…」

コクワ「黙れよッ!!!」

ぼく「ビクッ」

怒鳴ったのは以外にもコクワ君だった。

コクワ「言ったはずだ。黙って見てればそれでいいと」

ぼく「ふざけんなよ!こんなにボロボロになって!」

コクワ「…君は、この戦いの意味はなんだ?と言ったね…」

コクワ「じゃあハッキリ言おう。この戦いに初めから意味なんて無い。」

ヘラクレス「ニヤリ」

コクワ「でもね。少年。時として生物はさして意味の無いモノに巻き込まれるものだ」

コクワ「それこそが、絶対に逃れられない困難。理不尽と呼ばれるものだ」

ぼく「でも、コクワ君は望んで…」

コクワ「違うな。『望む』ことと『選ぶ』ことは違うんだ…」

コクワ「『望み』ってのは何でもいい。だけども『望み』が必ずしも『選択肢』に現れる訳じゃない…」

コクワ「用意された選択肢の中から選ばなきゃならない時がやってくる」

コクワ「そしてその選択肢が全て絶望的な事だってある」

コクワ「そして僕等はある共通の思考に辿り着く」


「どうして生まれてきてしまったんだろう」

コクワ「答えは簡単だ。『神様の暇潰し』」

ぼく「それじゃあ全て意味が無いじゃないか…」

コクワ「そうかもしれないね。でもそれで悲しい想いをする必要はないんだ」

コクワ「何故なら僕達はこうして、生きる意味を作り出せるからさ」

コクワ「しいて言うならこれが意味だよ。少年」

ヘラクレス「…いいのか」

コクワ「ああ」

僕にはコクワ君が遠い存在に見えた。

いや。今まさに遠ざかっている最中なのだろう。

ぼく「コクワ君!行かないで!」

コクワ「少年!立ち止まるのはおおいに結構!真っ直ぐに生きてさえいれば!」

待ってよ!待ってったら!!

コクワ「ありがとう。僕を正直者にしてくれて」

ヘラクレス「行くぞ…」

コクワ「最終ラウンドだ…」


待って!もっと色々教えてよ!宿題だって!

待って!待って…待っ…待…m…

「んっ」

時刻は午前2時。
どうやら、履歴書を書いている内に寝てしまったらしい。
頬に何かが固まっている…
「涙?」
思い出した。小学校の夏休みの夢だ。
コクワ君と出会って、一緒に宿題して…お話して…それで…

あの決闘が終わってすぐ、コクワ君は死んだ。結局のところ。

父は何も言わずにお墓を作ってくれた。

母もまた、黙って僕が眠るまで抱きしめてくれた。

コクワ君の事は辛かったが、宿題はちゃんと全部終わらせたよ。彼との約束がある。

何故あんな不思議な出来事があったのか?

それはきっと誰にもわからない。

ただ、彼の言葉を借りるとするならば「神の暇潰し」ということなのだろう。

「暑いな…」

まだ五月なのに妙に暑い夜だ。
僕はゆっくりと窓を開けてベランダに出た。

「あれ」

見慣れた茶封筒を発見する。確かに企業からのものだ。

「どれ、開けてみるか」

少々乱暴に封筒をこじ開ける。

「!」


戦いはまだ始まったばかり…



これでおしまい

深夜テンションで書いた結果がこれだよ…

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