キラキラのかたち (35)
あの時の彼女は、とても輝いていた。
彼女の言葉を借りるならまさに『キラキラ』していた。
その『キラキラ』が最高潮になった瞬間。
彼女は私達の前から消えた。
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あれから5年。
私はまだ歌を歌い続ける事が出来ていた。
ただただ走り続けてきた間も。
私も仲間も、彼女の事を忘れた事はない。
事務所にたまに仲間が集まった時。
話題には出さないものの。
様子が気になっているのが、皆顔に出ていた。
別に喧嘩別れしたわけではないし。
連絡先を知らないわけでもないし。
でもなんとなく、連絡しづらくて。
とある大学に通っていると、水瀬さんに聞いたけど。
そんな事をボンヤリと思ったのは。
その……とある大学がある街にいたからだ。
私には珍しい、街歩きロケが終わって、現地で一人直帰をスタッフに告げたのは。
もしかしたら、彼女にバッタリ……なんて。
そうそう物事が都合良く運ぶはずは……あるものなのね。
「美希!」
5年経ってても見間違えるはずもない。
だって、彼女はアイドルを辞めてもまだ……
とても『キラキラ』していたから。
「……千早さん!」
彼女は私に気付くと、最高の笑顔でコチラに駆け寄ってきてくれた。
「久しぶりね、美希。元気そうでなによりだわ。」
私も自然と顔が綻ぶ。
「千早さんも、いつもテレビで見ているの。」
「ありがとう美希。見ていてくれているのね。」
「もちろん!千早さんだけじゃなく、みんな活躍してるの見てるよ。」
かなり大人になった彼女は、スタイルもかなり大人で。
一方、私は……こ、これは考えないでおこう……
「千早さん、今日この後時間あるの?」
「ええ、私はフリーよ。ロケ上がりなの。」
私の返事を聞いた彼女は喜びを爆発させ……
「ね、千早さん!ちょっとご飯でも行かない?」
「いいわよ、積もる話もあるし。私が奢るわよ。」
ピョンピョン飛び跳ねて喜ぶ様子は、子供のようで……あの時のままで。
変わってないな、となんか嬉しく思えた。
その後、彼女がオススメと言う居酒屋の個室に連れられて来た。
「千早さん、ココのおにぎりが最高なの!」
「居酒屋を選ぶ基準がそこ?相変わらずね。」
本当に相変わらずなところを見て、また顔が綻んだ。
いや、彼女と再会してから緩みっぱなしだ。
適当に注文を済ませ、とりあえず印のビールで乾杯。
彼女も二十歳か…と、時の流れを再実感しながら。
お互いの近況の話題に花を咲かせる。
「美希があの大学にいるのは、水瀬さんから聞いていたんだけど……」
「デコちゃんからはたまに連絡がくるの。」
「ホントはみんなともっと連絡取り合いたかったんだけど……」
「勉強に追われちゃってなかなか……ごめんなさいなの。」
彼女の通う大学はそれなりに難しいレベルだ。
中学時代をトップアイドルとして過ごした彼女は、当然勉強は遅れてしまった。
それを高校3年間で取り戻すには並大抵の努力ではなかっただろう。
まして、努力は苦手と公言していた彼女が。
「大変だったでしょう?」
彼女はコロコロと表情を変えながら、如何に大変だったかを語り始める。
それがまた話しぶりが面白くて面白くて。
「……でも、みんなもっと凄いの。」
「春香はバラエティに引っ張りだこ、あずさは毎クールドラマに出てるし。」
「あずささん、運命の人はまだかしら~ってずっと言い続けてるけど……」
「ドラマで結ばれすぎて、現実の出逢いは使い果たしちゃったと思うな。」
「春香は、R-1を取ってから変わったわね……」
「……変わった?」
「いちいち上手い事言って、ドヤ顔してくるのが……ちょっとウザいかな。」
「失望したの、春香のファン辞めるの。」
「ぷっ…ふふふっ、流石にそこまでは酷くないわよ?」
「いいの、辞めるの。亜美真美はレポーター多いね。」
「あの二人はレポーターの仕事好きみたいね。」
「レポーターと言えば、響の動物ロケと、貴音のラーメンは既定路線すぎるの。」
「他の仕事もしてるんだけど……どうしても目立っちゃうわね。」
「でも、あれだけラーメン食べてて、あのグラビアって貴音は怖ろしいの……」
「……くっ!」
「あ、やよいの一万円生活には驚愕したの。」
「高槻さんが殿堂入りしたあれね。」
「デコちゃんから聞いたけど……」
「『うっうー!私はまだあと二段階の節約を残しています!』って事務所で言ってたアレ?」
「やよいの言葉の意味も、千早さんのモノマネのクオリティもどういうことなの……」
「///」
「真クンは舞台多いんだって?」
「男役のオファーばかりなのは、もうあきらめたそうよ。」
「いつだったかのフライヤーの写真かっこよかったの!」
「真はオファーはあきらめてても、その感想聞いたらやっぱりうんざりした顔するわね。」
「雪歩の朝ドラ主演は凄かったの。」
「役のイメージにピッタリ、とオーディション圧勝だったのよ。」
「タイトなスケジュールだってよく聞いてたけど……」
「萩原さん、半年間かかりっきりだったわね。」
「雪歩は強いから、キツイ現場でもこなせたんだと思うな。」
「そうね、次の大河もきっとやってくれるわ。」
「!……千早さん、それオフレコ?」
「あ、ごめんなさい。美希相手だったからつい……最新情報よ。」
ウィンクをして目くばせすると、彼女は驚いた表情で……
「凄いなあ、雪歩。でも雪歩ならやっぱりやり遂げられるよね、うん。」
「水瀬さんは、みんなの事はあまり伝えてこないの?」
「デコちゃんからは大体愚痴だね、ハニーと律子と小鳥の。」
「ふふふっ、じゃああの三人があいかわらずなのは知っているのね。」
「いまだにハニーと律子が結婚しないのにデコちゃんいらいらしてるの。」
「二人なりに音無さんに気を使っているんじゃないかしら?」
「小鳥の事待ってたら、いつまで経っても結婚できないの。」
あんまりだわ、と笑いながら……ずっと聞きたかったけど、聞けなかったことを切り出した。
「ねえ、美希。美希はプロデューサーの事……」
彼女はちょっとだけ視線を外して、間を作ってから……
「あの当時、ハニーの事が好きだったのは嘘でもなんでもないよ。」
真剣な表情のまま続ける。
「でも……なんていうのかな、恋に恋していただけっていうか……」
「身近な年上の男性に、憧れにも似た恋心……を抱いている自分に酔ってたってカンジ?」
ちょっと意外な答えが返ってきた。
驚いた表情を隠せないでいると……
「今、改めて振り返ってみると……だよ?当時はそう思ってなかったよ。」
「そうなんだ……」
「ハニーはもしかしたら美希のそういうとこ、気づいていたのかもね。」
「んー……あのプロデューサーが?」
「……ないか。律子のバレバレな態度見ても気づかなかったんだもんね。」
そうね、とまた笑いながら……もうひとつ、聞けなかったこと。
「……あの時、どうして美希はアイドルを辞めようと思ったの?」
単純なの、と前置きをした彼女は……
「ミキがキラキラする場所はここじゃないって気づいたの。」
「キラキラする場所?」
「うん、普通の女の子としてキラキラしたくなったの。」
「ミキね、もちろんアイドルは楽しかったよ。」
「千早さんたち……事務所のみんなも大好きだったし。」
「ずっとこのまま……みんなでキラキラしていければなって思ってた。」
「でもある時……フッと街行く女の子たちを見たとき……」
「ミキたち、アイドルとはまた違ったキラキラをしてて……」
「ミキが本当にしたいキラキラはこうだったんだ、って思ったの。」
「大学に通って、OLさんして、結婚して、お母さんになって……」
普通の幸せって事かしら?そう聞くと彼女は微笑みながら……
「普通、なのかもしれないね。でも……」
「みんなそれぞれ別々にキラキラしてるの。」
「アイドルって特別なキラキラだけど……」
「アイドルじゃなくても、みんなそれぞれ特別なキラキラで……」
「おんなじキラキラなんて無いんだって、そう思ったの。」
「アイドルじゃなくてもキラキラ出来るんだから。」
「自分がやりたいことやろう!って思ったの。」
彼女は友人に勧められて、アイドルの道に入った。
春香みたいにアイドルになりたかったわけではなく、私みたいに歌しかないわけでもない。
正直1年でトップアイドルの座に上り詰めた彼女は、稀有な存在であり……
誰もがなろうとしてもなることが出来ない存在。
しかし、彼女は自分しか出来ないことではなく。
自分がやりたいこと、を選んだのだ。
けれど、アイドルは商品でもある。
自分の意志で進む道を選ぶなんて、周りの汚い大人たちがなかなか許さない。
「アイドルアルティメイトの前にね、ハニーにお願いしたの。」
「優勝したらミキのワガママ聞いてって。」
「プロデューサーは引き止めなかったの?」
別にプロデューサーが汚い大人だとは思わないけど……
大人の事情というものは、今ではよくわかる。
「もちろんハニーには引き止められたけど……」
「社長がハニーを説得してくれたの。」
「社長が……?」
うん、と彼女は頷くと……
「ミキの前にもいたんだって、そういって辞めたトップアイドル。」
聞いたことがある……アイドル界では伝説となっている……
「日高……舞。」
「彼女、社長達が関わってたんだって。」
彼女もまた人気絶頂期に忽然と表舞台から姿を消した。
そっか……社長が……
「社長はハニーに色々と言っていたけれど……」
今の私なら、その時社長がどんな話をしたのか少し想像できる。
人一人の人生を縛るって大変なこと。
「この事はハニーと社長の二人しか知らないはずなの。」
「そうね……知らなかった。みんなも知らなかったはずよ。」
律子も音無さんも知っているそぶりはなかった。
みんな気にはなるけど、聞き出せないような空気で……
「ずっと気になってて……今なら、聞いてもいい時期かなって……」
「千早さん、ミキの事気にかけてくれてたんだね。」
「当たり前じゃない!」
「ありがと。でもちょっと意外だったな、千早さんからこういう事聞かれるなんて。」
「そうね、昔の私なら……」
「『亜美、真美。興味本位であまりそういう事聞くものじゃないわ。』……かな?」
「ちょっと、美希……ま、でもそう言ったでしょうね。」
引き合いに出したのがあの二人と言うのがまた妙にリアルで笑ってしまった。
「でも少し安心もしたの、千早さん少し人間臭くなったかな?」
「なにそれ、昔の私が人じゃなかったって言うの?」
「歌のサイボーグだったの。」
あんまりな返しに憤慨していると、彼女はそれをみてケラケラと笑う。
「デコちゃんは、あんな感じだから聞かれなかったし。」
「そうね、水瀬さんなら……」
私は腕組みをして、ちょっと口を尖らせながら……
「『言いたくないなら言わなければいいじゃない。言いたくなったなら話なら聞くわよ。』」
「千早さん、やっぱりちょっと変わったの。それにしてもそっくりなの。」
「そんなに変わったつもりはないけれど。」
彼女はフルフルと首を横に振ると……
「ノリが良くなったのもあるけれど……」
「ますますキレイになったの。」
「お世辞を言うなんて、美希も変わったじゃない。」
「お世辞じゃないのに。」
彼女はぷいっと拗ねたようにそっぽを向いた。
「……でも安心した。美希は本当にやりたい事をやっているのね。」
「うん、あとはミキの本当のハニーを見つけるだけなの。」
「それこそ、あずささんみたいな事言うわね。」
「あずさと違って、ミキは自分から探しに行くの。」
二人で笑いながら……その後は他愛も無い話に花を咲かせ……
別れ際、彼女に声をかける。
「時間が出来たら、事務所に遊びに来てみたら?」
「んー……その気持ちはあるんだけど。」
ちょっと間を空けて……
「千早さん、女子大生は日本で一番忙しい生き物なの。」
とびっきりの笑顔でこう返された。
「そう、まあ気が向いたら……ね。」
「心配しなくてもいいの。」
「?」
「卒業したら765プロに入社して、小鳥より先に寿退社するのが今の夢なの。」
「ちょ、ひどい……ふふふっ。」
「ちゃんとこれ、小鳥に伝えておいてね。」
「わ、わかったわ……ぷっふふふっ。」
音無さん、どんな反応するかしら。
「じゃ、千早さん。またね!今度はみんなとも飲みたいの!」
「ええ、またね……美希。」
キラキラする場所は違っても。
みんなどこかで、いろいろなかたちでキラキラしてる、か。
うん、確かにそうなのだろうね。
私も自分の場所で頑張ろう、うん。
終わりです。
みんなオンリーワンな話はよくあるけれど
ちょっと大人になった美希と千早で
美希はいつどこでだってキラキラ出来ると思う
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