@ティファニーで朝食を
僕は思うんだ。
染谷先輩のスカートの中はどうなっているんだろうって。
そこはパンツがあるだけなのかな。
きっと違う。
そこは可能性の世界なんだ。
パンツがあるかどうかなんて話じゃない。
秘されたそこは、あらゆる可能性が詰まった、言わば世界の卵なんだ。
僕はその卵で朝食に目玉焼きを作って、染谷先輩を優しく起こし、こう言うんだ。
おはようございますって。
今日も愛していますって。
登校途中にあった染谷先輩に朝の挨拶がわりにそんなことを言ってみたところ、
「相変わらず頭が沸いとるの」
と言い捨てられた。
ありがとうございます。
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@熱中症対策
染谷先輩、染谷先輩、今日も暑いですね!
「連日の猛暑日じゃからなあ」
熱中症には気を付けてくださいね。
「あんたもな。こまめに水分を摂りんさいよ」
熱中症対策には水分を補給するだけじゃ駄目なんですよ。
電解質も摂らなきゃ。
おっと、こんなところに電解質が――。
僕は染谷先輩が何かを言う前に素早く接近すると、首筋を流れる珠の汗を舐めとった。
染谷先輩は、うひゃあと一声あげると、暑さのせいだけではなく赤くなった顔で僕を睨んだ。
そのあまりの可愛らしい様子に、僕はこの世の天使を見た。
勿論、その後は折檻された。
@その名を叫び続けたい
期末テストも終わり心軽やかに帰宅していると染谷先輩を見かけた。
試験中は染谷先輩になかなか会うことができなかった僕は、辛抱堪らなくなり、染谷先輩、染谷先輩と叫びながら駆け出した。
染谷先輩、染谷先輩、こんにちは、染谷先輩!
「こんにちは。久しぶりじゃな」
本当にそうですね。
並んで歩いているうちに、ふと沈黙が降り立ったので、染谷先輩、染谷先輩、と呼び掛けてみた。
「どうした?」
呼んでみただけです。
染谷先輩はその言葉に、「そうかい」と苦笑すると、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
すっかり嬉しくなった僕は、なおのこと染谷先輩を呼んでみることにした。
染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩!
「はいはい」
染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩!
「……はいよ」
染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩!
「……」
染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、 染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩、そめ――
「やかましいわ!」
急に怒り出した染谷先輩。
女心って難しい。
@あなたに捧げるこの一杯
染谷先輩、染谷先輩、もし、僕ともう会えなくなる、そう言われたらどうします?
「清々する」
即答だった。
悄気る僕を見かねて、「まあ、ちいとは寂しいかもしれんな」と染谷先輩。
嬉しくなった僕は、その気持ちを形にしようと、染谷先輩に贈り物をすることにした。
いろいろと悩んだ挙げ句、鳴門の天然ワカメを食べてもらうことにした。
収穫できる時期までまだ二ヶ月ほどあったので、現地に泊まり込み、漁師さんの手伝いをしながら過ごした。
なんとか初物の天然ワカメを手に入れた僕は、その足で家に帰り、染谷先輩のために味噌汁を作った。
とても美味しくできたそれをすぐにでも飲んでほしくて、早速、染谷先輩の元へ向かった。
染谷先輩、染谷先輩、僕の作った味噌汁を飲んでください。
染谷先輩はそれには応えず、僕を見るなりぽろぽろと涙を流しだし、「今まで、どこに行っておったんじゃ」と呟いた。
どうして染谷先輩が泣いているのかわからず首を傾げていると、染谷先輩は「わしが清々するなどと言ったからか?」とますます泣くばかり。
泣く染谷先輩に困り果てた僕が、この二ヶ月、何をしていたかを説明すると、何とも言い様のない表情を見せる染谷先輩。
ともあれ、味噌汁を飲んでみてください。
一口飲んで、「美味しい……」と呟いた染谷先輩に、僕の作った味噌汁を毎朝飲んでくれますか、と尋ねてみたところ、「嫌じゃ」と一蹴された。
なかなかデレないお人だ。
@あなたに出会えた奇跡
僕と言う存在は、1億分の1の確率をくぐり抜けて産まれていて。
染谷先輩も、やっぱり1億分の1の確率をくぐり抜けていて。
そんな二人が、70億もいる中の1億2千万に産まれて。
更に1億2千万の中で、たった千人足らずの学舎で出会った。
そんな奇跡を大切に、僕は日々を生きているのです。
染谷先輩にそう伝えたところ、「はいはい」と気のない様子。
じゃあ、染谷先輩にもわかりやすいようにこの奇跡を実演して見せますよ。
まずは1億分の1ですね。
そう言って僕のリーチ棒を取り出したところで、シャイニングウィザードを食らった。
“奇跡じゃなくて、運命だ”
そう言うことなんですね、染谷先輩。
@プレゼント交換
もうすぐクリスマスで、部活ではプレゼント交換をするそうだ。
直接もらえるわけではないけれど、染谷先輩のプレゼントと交換できたら、それはきっとこの上なく幸せなことだろう。
「あんたは何が欲しい?」
そんなことを考えていると、染谷先輩が尋ねてきた。
なにがと言われても、そのままもらえるわけではないでしょう?
僕の言葉に、幾分か照れながら、「いや、部活のとは、別に、な……」と染谷先輩。
そのあまりの可愛さに暴走しそうになる自分を抑えて必死に考える。
ここで暴走しては染谷先輩からのプレゼントはもらえないぞ!
冷静に考えた末、一つの結論に辿り着いた。
へそちらが良いです。
「……は?」
へそちらです。
短めの上着、いや、待てよ……。
そうですね、Yシャツが良いです。
真ん中辺りのボタンだけを留めてもらって、見え隠れする胸を楽しみつつも、視線を下に向けると、控えめに時折覗く可愛いおへそ。
まさに絶景、美景、佳景!
そうだ、僕もへそちらをプレゼントしましょう。
そーれ! 一足早いクリスマスプレゼントじゃーい!
一糸纏わぬ姿となったところで、雪深き校庭に放り出された。
クリスマスが、楽しみだ。
@規定路線
染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩とデートがしたいです。
僕のストレートなお願いに染谷先輩は複雑そうな顔を見せた。
そのままなにやら思案した後、口を開く。
「ほいじゃ、一週間。その間あんたがセクハラ行動をせんかったらデートしようか」
その言葉に僕は小躍りして喜んだ。
「ところで、デートはどこを予定しとるんじゃ」
にこやかに尋ねてくる染谷先輩。
この前できたばかりのラブホテルです。
デートはできなかった。
@茶道
染谷先輩、染谷先輩、お疲れさまです、染谷先輩。
対局が終わり一休みしている染谷先輩に、淹れたてのお茶を運ぶ。
「ありがとう」
微笑みながら受け取ってくれた染谷先輩の横に腰をおろし、雑談に興じる。
そう言えば、かなり昔にテレビで見たことがあるんですが。
「うん?」
OLが嫌いな上司のお茶に唾を吐きかけたりするじゃないですか。
あれって僕から言わせれば、嫌がらせどころかご褒美ですよね。
「……」
逆に自分が唾を入れる側だっだとしても、自分の唾を飲んでもらえるなんてご褒美に他なりませんよね。
視界の端で染谷先輩がお茶をことりとテーブルに置くのが見えた。
あ、冷めないうちにどうぞ。
僕の言葉に染谷先輩は無言のままで、ついぞそのお茶を飲むことはなかった。
なぜだ。
@とんぼのめがね
空を飛ぶ蜻蛉が増え始めたこの季節、下校していると遠くに染谷先輩が歩いているのが見えた。
染谷先輩、染谷先輩、染谷先輩!
声をあげながら駆け寄ると、染谷先輩は気怠げな様子で「あんたも帰りか。お疲れさん」と言った。
染谷先輩こそお疲れですか?
「昨日夜更かししてもうてな」
染谷先輩の目を見ると、充血して赤らんでいた。
寝不足ですか。
てっきり夕焼け雲のせいかと思いました。
僕の言葉に首を傾げていた染谷先輩は、やがて合点がいったようで、なるほど、と呟いた。
染谷先輩、染谷先輩、僕の目は緑色になっていませんか?
その問いかけに染谷先輩は「どうして緑色なんじゃ」と問い返してきた。
どうしてでしょうね。
惚ける僕に、「皆目見当もつかんな」と笑う染谷先輩。
そんな笑顔の染谷先輩を見ながら、岐路まで一緒に歩いて帰った。
@レッスン1
部室に着くなり染谷先輩の目の前で一糸纏わぬ姿となったのだが、染谷先輩はこちらを見ようともしない。
どうやら今日はそういう日であるらしい。
何とか染谷先輩の気をひこうとがんばってみることにした。
さあ、みんな、はっじっまっるっよー!
今日も元気に英語の勉強だー!
まずは、M! M字開脚の、M!
さあ、見て!
よーく、見て!!
お次はM字開脚かーらーの、W! W字開脚!!
オーゥ、シット!!
股関節が! 股関節が脱臼した!?
でも、大丈夫、ドンウォーリー。
このくらいの痛さなら僕にとっては単なるご褒美だから。
続いていくよー!
脱臼した足を使ってー……、小鹿!
ぷるぷるする足で、産まれたての……、小鹿!
bambiかと思った?
残念! 小鹿は英語でfawnでした!
ウゥーーー……、バンビ!!
この辺りで染谷先輩から顎にいいのをもらい、昏倒した。
@こたつがある幸せ
唐突に染谷先輩と一緒にこたつに入りたくなった。
染谷先輩、染谷先輩、僕と一緒にこたつに入ってください。
突然のお願いに首を傾げながらも、「ええけど……」と染谷先輩。
「ところで、どこのこたつじゃ?」
染谷先輩の部屋はどうでしょう。
「却下じゃ」
では僕の部屋はどうでしょう。
「身の危険を感じる」
これは困った。
そうなれば仕方あるまい。
では、部室にしましょう。
「部室にこたつなんてなかった気がするがのう」
運びます。
翌日、宣言通りにこたつを運んでいくと、染谷先輩は呆れたように笑った。
ではさっそくと染谷先輩を座らせ、対面からこたつに入ってみると、染谷先輩効果なのか、いつもよりよっぽど暖かく感じた。
暖かい暖かいとはしゃぐ僕に「そこまで喜んでもらえるなら付きおうた甲斐があったわ」と染谷先輩。
「しかし、意外じゃな。あんたのことじゃから、てっきり隣に座りたがると思うたわ」
不思議がる染谷先輩に、隣に座るのも捨てがたいんですけどね、と答え足を伸ばす。
対面じゃないとこれができませんし。
言いながら足先で染谷先輩の股間を突いてみたところ、途端にこたつの電熱線を顔面に押し付けられた。
熱いじゃないか。
@あなたのために祈らせて
染谷先輩に叱られて失意の中、街をふらふら歩いていると駅前の辺りで見知らぬ人に声をかけられた。
その人曰く、あなたをより幸せにするために祈らせてください、と。
何を言うか。
今、僕はとても幸せだ。
緑色を見れば染谷先輩を思い出して幸せで。
眼鏡を見れば染谷先輩を思い出して幸せで。
リボンを見れば染谷先輩を思い出して幸せで。
広島弁を聞けば染谷先輩を思い出して幸せで。
清澄の制服を見れば染谷先輩を思い出して幸せで。
染谷先輩と同じシャンプーの香りがすれば染谷先輩を思い出して幸せで。
女性を見れば染谷先輩を思い出して幸せで。
人を見れば染谷先輩を思い出して幸せで。
生き物を見れば染谷先輩を思い出して幸せで。
生きていれば染谷先輩と同じ世界にいることを実感できて幸せで。
息を吸えばこの空気には染谷先輩が吐いた息が含まれていると思えて幸せで。
僕の一挙手一投足が、世界のありとあらゆるものが、染谷先輩を想起させて幸せで。
染谷先輩を思い出せば途端にエア染谷先輩が顕現して幸せで。
例えばついさっき、あんたの顔など二度と見たくないわ、と言われたのだとしても、それが染谷先輩からかけられた言葉であれば幸せで。
そんな幸せな僕にこれ以上の幸せが訪れるとすれば、それは染谷先輩そのものでしかなくて。
でもそんな僕を、あなたの祈りは、より幸せにしてくれると言う。
それはつまり、染谷先輩は祈りそのものであると言うことなのか。
そんなことをひたすら捲し立て続けたところ、その人は何も祈らずに、気が狂ってると言い捨ててどこかへ行ってしまった。
翌日、ごめんなさいをしたら、染谷先輩は許してくれた。
メガネかけてペアルックとか既にやったっけ?
おじいちゃんを霊媒で呼び出して「お孫さんを下さい!」をやるとか
@>>24+>>26
1/4
ある日、部室に行くと、そこには彼一人しかいなかった。
「こんにちは。あんた一人か?」
私の問いかけに彼は答えず、にこにことこちらを見ているだけだった。
おかしい。
いつもの彼なら、染谷先輩、染谷先輩とうるさいくらいにまとわりついてくるのに。
警戒しつつ尋ねる。
「また何ぞ企んでおるんか?」
けれど、やはり彼は何も言わず、ただにこにこと、いたずら気な表情で微笑んでいるばかり。
そんな彼に何か違和感を覚え、不気味に思いながらも近づくと、はたとその正体に気づく。
「あんたぁ、眼鏡なんぞかけとったか?」
今日の彼は眼鏡をかけていた。
下縁で、自分の眼鏡に似ているが、それほど丸みは帯びておらず、どこかで見覚えのある――。
「それ、その眼鏡は……」
彼はこちらの言葉を遮るかのようににやりと笑い、言った。
「なんじゃ、わりゃ、ようやく気付いたんか」
その瞬間、頭に血が上り、彼に掴み掛かった。
「あんた! やってええことと悪いことがあるじゃろうが!」
掴み掛られた彼は、困ったような顔で、それでも笑っていた。
「その眼鏡は、死んだおじいちゃんのと同じもんじゃ! そん口調も、どがぁなつもりじゃ!」
2/4
激昂する私に、彼は優しく言った。
「そう怒らんで。それにしても、まこ。結局そん言葉づかいは直らんかったんじゃの」
「……は?」
「わりゃ、母さんに言われとっちゃろうが。言葉づかいまで真似すなって」
彼は何を言っているんだろうか。
「あれから9年、いや、10年じゃったか? そんくらい経っとるじゃろうに、直らんかったんじゃのぉ」
何も言えず固まっている私を、いや、私の眼鏡を指差して、彼は続けた。
「まこ、その眼鏡。あんときあげたもんじゃな? もっと格好ええのに変えたらえかったろうに」
片頬を上げる、からかうような、いたずら気な笑み。
その笑い方は、何よりも深く私の記憶に刻み込まれている。
力なく手を離す。
そんなはずはないのだ。
だって、おじいちゃんはもうずっと昔に……。
それでも、そんなはずはないと思いながらも、ぽつりと言葉がこぼれた。
「おじい、ちゃん……?」
「おう、久しぶりじゃな」
私の戸惑いを知ってか知らずか、彼はあっけらかんとそう告げた。
3/4
訳がわからず、「いったい、何がどうして……」と呟くと、彼も、いや、おじいちゃんも不思議そうに首を捻って見せた。
「わしにもようわからんのじゃが、誰かに呼ばれたような感じで、気が付いたらこの部屋におったんじゃわ。そうしたら目の前にこいつがおってな」
とんとん、と自分の胸を叩く。
「ほいで、お孫さんを僕に下さい、などとぬかすんで、どこの馬の骨に、と取っ組みあいをしちょったら、こんな具合になったんじゃわ」
頭が痛い……。
彼はいったい何をしているのだ……。
姿形は彼でも、中身は本当におじいちゃんで、私は一生懸命に、あれから今までどんなことがあったか、何を見てきたかを話し続けた。
おじいちゃんはあの頃と変わらず、にこにこと本当に楽しそうに、私の話を聞いてくれていた。
そうして話し続けていると、ふと、おじいちゃんが外を見ているのに気づいた。
その視線を追って外を見た私におじいちゃんは告げた。
「わしはそろそろ行かにゃならんわ」
私は外を見たまま、何も言えなかった。
少し間をおいて、おじいちゃんは続けた。
「まあ、ずっとこの体を使い続けてええなら、いかんでも良さそうなんじゃがな」
ずっと、使い続ける……?
その言葉を反芻した私は、勢いよくおじいちゃんに向き直った。
おじいちゃんは、あの頃のような、いたずら気な笑みを浮かべていた。
私が何を言うかを見透かしたかのような、そんな笑みだ。
「一応、そんなんでも大事な後輩なんじゃ。ずっとは……、困るわ」
「うん、そうじゃな。ほいじゃあ、そろそろ行くとしようかのう」
おじいちゃんは両手を広げて、おいで、と言った。
私がそこに飛び込むと、優しく抱き締めてくれて、「次に会うときには、また楽しい話を――」、そう言って、おじいちゃんはいなくなった。
4/4
ふと気が付くと僕は部室の真ん中で染谷先輩を抱き締めていた。
染谷先輩、染谷先輩、これはいったいどういう状況なのですか?
僕の問いかけに、染谷先輩は何も答えずに自ら優しく僕を抱き締め返してくれた。
と思ったら次の瞬間には体を離し、僕の頬を、えいや、と一つつねった。
痛い。
どうして抱き締めたかと思ったらつねってくるんですか?
「お礼と罰、って感じかのう」
さっぱり意味がわからない。
「もう一度会わせてくれたお礼と、もう一度別れさせてくれた罰じゃ」
結局よくわからなかったので、僕にとっては両方ともご褒美でした、と告げたところ、染谷先輩は泣き笑いのような顔で、もう一つ、僕の頬をつねった。
@自己犠牲
染谷先輩が泣いていた。
染谷先輩、染谷先輩、どうして泣いているのですか、染谷先輩?
話を聞くと、仲が良い先輩と喧嘩をしたらしい。
すぐに仲直りできますよ、と声をかけても沈んだ様子で「そうじゃな」と生返事。
これはいかんと思った僕は一計を案じた。
良いですか、染谷先輩?
今日の夕方、学校近くの公園に先輩を呼び出して仲直りをするんです。
電話やメールじゃだめですよ、こういうのは面と向かい合うのが肝心なのですから。
夕方、染谷先輩が緊張した面持ちで佇んでいるのを近くの茂みに潜んで眺めていると、遠くから先輩が歩いてくるのが見えた。
程よい頃合いとみた僕は、目出し帽をかぶった後、一糸纏わぬ姿になると染谷先輩に襲い掛かった。
僕がここにいることは染谷先輩に伝えておらず、突然の出来事に驚いた染谷先輩は、きゃあ、と可愛らしい悲鳴をあげた。
襲い掛かるふりのつもりだったが、そのあまりの可愛らしさに我を失った僕は、役得じゃ役得じゃ、と叫びながら染谷先輩の胸をめがけて手を伸ばした。
「なにしてるのよ!?」
次の瞬間、先輩の鞄が顎を直撃し、僕はその場に崩れ落ちた。
朦朧とした意識の中、これで仲直りができると良いですね、と呟いた僕はややしてから闇に沈んだ。
事が落ち着いた後、あの時襲うふりをしたのは僕だったのです、とネタばらしをしてみたところ、軽蔑の眼差しで見られた。
ヒーローは報われないものなのだ、と思ったが、その軽蔑の眼差しにいたく興奮したので、結果的には十分に報われた。
@あなたを癒したい
「熱っ……!」
ある日の部室、叫び声に振り向くとそこには可愛らしく眉をしかめている染谷先輩がいた。
染谷先輩、染谷先輩、どうしたんですか、染谷先輩!?
僕が慌てて駆け寄ると、「お茶を淹れようと思ったらお湯が跳ねてな」と染谷先輩。
それは一大事と染谷先輩の手を取り、自分の耳たぶに押し付ける。
どうですか、染谷先輩?
「どうって……。なにがじゃ?」
ほら、指を火傷したときって耳たぶを掴むでしょう?
僕の言葉に染谷先輩は一瞬きょとんとして、けらけらと笑いだした。
「ああ、そうじゃな。良くなった気がするわ。ありがとう」
そう言う染谷先輩と、思いの外顔が近づいていることに気づいた僕がわずかに頬を染めると、染谷先輩の頬も見る間に朱に染まっていく。
言葉もなく見つめ合う中、これはいけるかもしれない、と思った僕は、染谷先輩の手を耳たぶから離し、棒テン即リー全ツッパ状態となった僕のリーチ棒を握らせた。
涙目でビンタされた。
いけなかった。
@たった一つの純な願い
僕の誕生日が近づいたある日、染谷先輩が何か欲しいものはあるかなどと尋ねてきた。
染谷先輩をじっと見つめた後、僕が本当に欲しい物はきっと手に入りません、と答えたところ、僅かに頬を染めながら「試しに言うてみたらええ」と染谷先輩。
それならば、と僕は語りだす。
春のうららかな午後。
僕と染谷先輩が暖かな光が差し込む縁側で、隣り合って座っていて。
他愛のないことを、きっと他の人となら何でもないような会話、それを天上の音楽かのように楽しんでいた僕がふと気づくと、染谷先輩がうとうとと眠りかけているのに気づきます。
僕がその様子を微笑ましくこの上なく幸せな気持ちで見ていると、染谷先輩の口端からひとしずくの珠水が流れ出るのです。
僕はそれを舐め掬いたい。
語り終えたところで、染谷先輩は距離をとりながらおぞましい物を見るような目で僕を見ていて。
さすがにちょっと凹んだ。
@かみはおわします
染谷先輩がトイレで紙がなくて困っていたので、どうぞ使ってくださいとトイレットペーパーを手渡したところ、これ以上ないほどに折檻された。
一体全体どうしたことだ。
@湖を作り出す程度の可愛らしさ
染谷先輩を見ると、そのあまりの可愛らしさに僕は溜め息をつく。
何度も何度も、溜め息をつく。
その僕の溜め息が少しずつ、少しずつ、地を削り、いつしかそこは大きな穴となり、雨水が溜まった。
そうしてできたのが、諏訪湖なのです。
@You jealousy is showing.
相手を本当に好きじゃなければ焼きもちを焼くことはないと聞いて、僕はどうしても染谷先輩に焼きもちを焼いてほしくなった。
どうしたら良いだろうとうんうん唸っていると、一人の先輩が「何か悩みがあるのなら相談に乗るじぇ」と声をかけてきた。
その親切に感謝しつつも、色恋沙汰に無縁な先輩には縁の無い悩みです、ご自分の胸を少しでも大きくする方策を模索していたら如何か、とやんわり断ると、「なんだとこの野郎!」と掴みかかってきた。
お互いに頬っぺたを摘まみ引っ張りあっていると、いつのまにやら染谷先輩が部室に来ていたことに気づいた。
染谷先輩、と駆け寄ろうとしたが、「恐れをなして逃げたか」などと言われ憤慨した僕は、先輩の額に「平坦」と書くためにペンを片手に再び戦いに身を投じた。
その後、ペンを奪われ僕の額に落書きをされた辺りで部活も終わりの時間となった。
部活の間は染谷先輩の側にいることができなかったのでせめて帰り道だけでもと思い、一緒に帰りませんかと染谷先輩をお誘いすると快い返事がもらえた。
しかし帰り道、僕が話しかけても上の空。
時折こちらをじろりと見やって、ふん、などと呟くばかり。
別れ道までそんな調子であった。
また明日、さようなら染谷先輩。
そう言う僕を染谷先輩はじろりと見たかと思うと、つかつかと歩み寄り、僕の両頬を引っ張った。
突然のことにただびっくりするだけの僕をよそに、手を離した染谷先輩は「また明日な」と帰っていった。
結局、染谷先輩に焼きもちを焼いてもらう方法は見つからないし、額に「もろ出し注意」と書かれるし、散々な一日だった。
@発想の転換
最近僕は、染谷先輩の目の前で突然脱ぎ出して一糸纏わぬ姿になるとかなり嫌そうな顔をされることに気づいた。
染谷先輩に嫌な思いをさせるのは本意ではないので、どうしたものかと思い悩み、ようやく解決策を思い付いた。
最初から一糸纏わぬ姿でいれば良いのだ。
早速実行してみたところ、家を出て少し歩いた辺りですぐさま国家権力に取り押さえられ、学校までたどり着くことすらできなかった。
身元保証人として染谷先輩を呼び出したところ、グーで殴られた。
@プロポーズ
染谷先輩、染谷先輩、もし僕が結婚すると言ったらどうしますか?
僕の言葉にエア染谷先輩は「えっ……」と絶句した。
すかさずエア染谷先輩の左手を手に取り、薬指に指輪をはめる。
もちろん、あなたとですよ、染谷先輩。
僕の言葉に嬉し涙を流しながら抱きついてくるエア染谷先輩。
うん、完璧だ。
早速、染谷先輩に声をかける。
染谷先輩、染谷先輩、もし僕が結婚すると言ったらどうしますか?
すると表情も変えずに「それはおめでとう。結婚式には呼んでくれな」と染谷先輩。
僕は負けない。
@淫語
染谷先輩にどうしても淫らな言葉を使って欲しくなった僕は一計を案じた。
染谷先輩、染谷先輩、『いっぱい』って言ってみてください。
僕のお願いに染谷先輩は首を傾げながらも応えてくれた。
「『いっぱい』。これでええんか?」
じゃあ次は『い』を『お』に変えて言ってみてください。
染谷先輩は何ら疑うことなく、「ええよ」と応じてくれた。
ああ、今から染谷先輩は何も知らずに、淫らな単語を言わされる。
穢れなき無垢を穢す背徳に背が震える。
これは歓喜だろうか。
薄紅の、可愛らしい唇が動く。
淫獄への扉が、今まさに開かんとしているのだ――
「『おっぱお』」
神はいない。
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