郁乃「末原ちゃん再生計画」(150)
~1年前、東京~
郁乃「あんた、面白い子やね」
?「――」
アナ「試合終了ー!」
アナ「インターハイ準決勝、見事に決勝進出を果たしたのは臨海女子と清澄高校!」
アナ「姫松高校大将の末原選手、一時は2位に躍り出たものの最後は清澄の宮永選手に逆転を許してしまいました」
アナ「今大会台風の目と言われた有珠山高校の快進撃も残念ながらここまで、健闘しましたが決勝進出はならず!」
アナ「しかし、お聞き下さいこの喝采を!」
アナ「素晴らしい闘いを演じた四校に会場から大きな拍手が送られています!」
アナ「これにより、明後日行われる決勝戦の組み合わせは――」
臨海「アリガトゴザイマシタ」
咲「ありがとうごました」
有珠山「ありがとうございました」
恭子「ありがとうございました」
恭子(……)
スタスタ
恭子(届かんかった……)
恭子(あと一歩やったのに……)
恭子(いや、そんなん思い上がりも甚だしいか……)
恭子(一回逆転はしたものの、宮永が靴下脱いでからは結局何もできんかった)
恭子(それに、一度だけ感じたあのぞっとするような異様な気配)
恭子(あれは一体何やったんや)
恭子(てか何やねん靴下脱いだら強なるて)
恭子(ほんま訳分からんわ……)
恭子(でも……)
恭子(これだけは胸張って言える)
恭子(持てる力は全部出し切った)
恭子(自分なりに最高の麻雀が打てた)
恭子(悔しいけど代行のおかげやな……)
恭子(高校最後の試合であんな化け物相手にこれだけの試合ができたんや)
恭子(良い思い出になるってもんやで)
恭子(……)
~前日夜~
トントン
恭子「失礼します」
郁乃「いらっしゃ~い、その辺自由に腰かけてくれてええよ」
恭子「こんな時間にホテルの部屋に呼び出して何のつもりですか?」
郁乃「いやな、末原ちゃんがあまりに可愛いからちょっとムラムラきてしもて」
恭子「ほな失礼しました」
郁乃「うそうそ冗談やんか~、つれへんな~」
恭子「明日は準決勝でこっちはただでさえ緊張してんのに何言うてるんですか」
郁乃「まあまあ、話っちゅうのはそのことなんやけど」
郁乃「宮永咲ちゃんに勝つイメージは湧いた?」
恭子「今日一日戒能プロに宮永を想定した打ち回ししてもろて段々感じは掴めましたけど……」
恭子「それでも勝てる自信は正直あんまりないです……」
郁乃「末原ちゃんのことやからま~そんな事やろと思たわ」
郁乃「大丈夫、末原ちゃんは強いんやからもっと堂々としたらええねん」
恭子「そんな、急に言われても無理です」
恭子「あんな麻雀されて、一日特訓したぐらいで自信もて言われても……」
郁乃「それはちゃうで、末原ちゃん」
恭子「……」
郁乃「あんたが自信をもつべきなんは今の自分に対してやない」
郁乃「今までの自分に対してや」
恭子「……」
郁乃「名門の姫松高校に入部して、三年間練習に励んで、団体戦の大将に選ばれて」
郁乃「部員の誰もが末原ちゃんのことを信頼しとる」
郁乃「もっと自信をもったらええねん」
恭子「……」
恭子「大将に選んだのは代行やないですか。私は最初お断りしたはずです」
郁乃「他に適任者おれへんし」
恭子「主将でいいじゃないですか」
郁乃「伝統やら何やらうるさい人が多いんよ」
恭子「それでも……」
恭子「やっぱり私には荷が重かったみたいです……」
郁乃「そんなんじゃあの子に勝てへんで」
恭子「自信をもったぐらいで何も変わりませんよ……」
郁乃「そんなことないで。麻雀っちゅうのは精神面が大きく影響する競技や」
郁乃「心が折れたモンには残酷な結果しか待ってへん」
郁乃「それは宮永咲ちゃんみたいな魔物と呼ばれる存在と対峙したときはより色濃く反映される」
郁乃「魔物は人の心に巣食い、弱ったモンの心から容赦なく喰らいついてきよる」
郁乃「去年うちらが負けた龍門渕の天江衣ちゃんの麻雀なんてまさにそんな感じや」
恭子「……」
郁乃「ああいう存在と渡り合うにはまず心を強くもたなあかん」
恭子「でも、ほんまにそれだけで……」
郁乃「例えばアマチュア時代にオカルトじみた和了りを連発して騒がれた選手でも、プロになって同じように活躍してるかというとそうでもない」
郁乃「たとえ歪な能力を持たんでも、麻雀も心も強いモンの前では魔物かてそう簡単に暴れられるわけやない」
郁乃「もちろん、そんなんものともせーへん気弱な顔した正真正銘の怪物もおるけど」
恭子「言うてることは分かりますけど……」
郁乃「そんならもっと具体的な対策も教えとこか」
郁乃「まず臨海と有珠山の大将、二人とも手強いけど宮永ちゃんほどやない」
郁乃「基本的に場を支配するんは宮永ちゃんで間違いないわ」
郁乃「そうなった時に対戦経験のある末原ちゃんは他の二校より優位に試合を進められる」
恭子「……」
郁乃「そんで、その宮永ちゃんには二つ弱点がある」
恭子「えっ」
郁乃「まず一つはプラマイゼロにするっちゅう能力や」
恭子「どういうことですか?」
恭子「あんなえげつない力の何が弱点やと……」
郁乃「確かに私も最初あの成績を見たときは正直ぞっとしたわ」
郁乃「でも二回戦の宮永ちゃんの姿から推測するに、あれは余裕があって故意にやってるというより」
郁乃「あれがあの子の一番得意なスタイルと呼んだほうが近い」
恭子「スタイル……ですか」
郁乃「ある程度その範囲は自分なりに設定できるようやけど、開始後数局の点数移動を見れば末原ちゃんならあの子の考えを分析できるはずや」
郁乃「あんまり複雑なこと考える頭は持ってなさそうやし」
郁乃「宮永ちゃんの思考を先読みして点数調整を狂わすことができればあの子の心を乱すことができるで」
恭子「……」
郁乃「二つ目の弱点は、今言うたように宮永ちゃんはまだ心が脆い」
郁乃「まず会場でおうたときにガン飛ばしたったらええ」
恭子「ちょっ、いきなり何言うてるんですか」
郁乃「私は大真面目やで~」
郁乃「宮永ちゃんは直接ぶつけられる敵意にすぐ怯んでまうとこがある」
郁乃「対局中も『あんたのこと警戒してるで』ってわざとアピールするんも効果的やな」
恭子「ほんまですか、それ……」
郁乃「まあ何でもやってみたらええ。怯んでくれたら儲けもんや」
恭子「でも、そんな宮永ばっかに構って大丈夫ですか?」
郁乃「基本的には今までの末原ちゃんの打ち方でええねん」
郁乃「それで他の二人は十分対処できるはずや」
郁乃「そんで、宮永ちゃんにぶつけるんは今日末原ちゃんが手にした新しい力や」
恭子「新しい力……」
郁乃「仮想宮永ちゃんの戒能ちゃんと一日中打って身に付けた感覚」
郁乃「そして、自分は強いんやっていう自信」
郁乃「この二つを持って宮永ちゃんに臨めば、必ずあの子の麻雀に付け込むことができる」
恭子「……」
郁乃「まだ不安?」
恭子「少しだけ……」
郁乃「なら最後にこれだけ言うとくで」
郁乃「私は今まで数えきれんぐらいたっくさんの人の麻雀、人の心を見てきた」
郁乃「その中でも末原ちゃんはとびきり優秀や」
恭子「……」
郁乃「常に最悪のケースを想定して行動できる注意力」
恭子「……」
郁乃「その場で起こった事象から情報を収集して分析する力」
恭子「……」
郁乃「分析した結果から即座に対応する適応力」
恭子「……」
郁乃「折れそうでなかなか折れへん心」
恭子「それ褒めてます?」
郁乃「立派やん、堂々と戦ってきたらええんよ」
恭子「分かりました。やれるだけやってみます」
郁乃「あ~そうや、最後にこれも渡しとくわ」
恭子「何ですかこれ?」
郁乃「手に入れんの苦労してんで~。参考になるかどうかは微妙やけど」
恭子「はぁ、それでは失礼します」
~~~~
洋榎「おう恭子、お疲れさん!」
恭子「主将……」
由子「お疲れなのよー」
絹恵「お疲れ様です、末原先輩」
漫「先輩めっちゃかっこ良かったですよ!」
恭子「な、何やみんなして控え室の前で出迎えやなんて」
恭子「負けたのにみっともないわ」
洋榎「みっともないなんてそんな事あるかいな」
洋榎「誰が何と言おうと最高の試合やったで!」
恭子(アカン)
由子「そうなのよー」
恭子(アカンて)
絹恵「先輩らの分までうちらが来年絶対全国優勝しますんで」
恭子(そんな言葉)
漫「私も末原先輩みたいにもっと強くて頼りがいのある先輩になってみせますんで見といてください!」
恭子(そんな言葉掛けられたら)
ドサッ
洋榎「恭子……」
恭子「すいません……」ポロポロ
恭子「私が弱いから……」
恭子「私のせいで負けてしもて……」
由子「そんなこと……」
恭子「ほんますいません……」
絹恵「そんな、やめて下さい…先輩」
恭子「もっと洋榎と、由子と、みんなと麻雀したかった……」
恭子「ほんま、ごめん……」ポロポロ
洋榎「うちはあんたと麻雀できて、うちらの大将が恭子でほんま良かったと思てる」
洋榎「せやから胸張って帰ろ、な」
恭子「うああああああああああああああああああああああああああああ」
代行(………)
~ホテル~
洋榎「恭子の様子はどうや?」
由子「だいぶ落ち着いたみたいやけど、食欲ないからごはんはいらないそうなのよー」
洋榎「そうか」
絹恵「末原先輩、大丈夫ですかね……?」
漫「心配なんで、差し入れ持ってちょっと行ってきます」
洋榎「やめとき、今は一人にしといたれ」
漫「でも……」
洋榎「責任感強い恭子のことやから今は凹んでるやろうけど」
洋榎「あいつなら大丈夫や、そんなやわな奴やないで」
漫「……分かりました」
コンコン
恭子「……」
コンコン コンコン
恭子「……」
ガチャッ
郁乃「邪魔するで~」
恭子「ちょっ!」
恭子「鍵かかってたはずですけど」
郁乃「真瀬ちゃんのポケットからちょっと拝借してきて~ん」
恭子「スリやないですか、それ……」
郁乃「まあまあ、細かいことは気にせんと」
恭子「……で、何か用ですか?」
郁乃「そりゃ~教え子の心のアフターケアしに来たんよ~」
恭子「……」
郁乃「どやった?今日の試合」
恭子「すいませんでした。あれだけ色々してもろたのに、やっぱり私の力不足でした」
郁乃「相手が相手やし力が及ばんかったんはしゃ~ない」
郁乃「それでも、やっぱりあんたはようやったよ」
恭子「……」
郁乃「昨日は簡単そうにあれこれ言うたけど、ここまで実践できるんは末原ちゃんぐらいしかおれへん」
恭子「でも、宮永が靴下脱いでからは結局何もできませんでした」
郁乃「あれは予選決勝で天江衣ちゃんを倒した時に一度見せただけやったからね」
郁乃「情報も少なかったしどれほどのモンか私でも分からんかった」
郁乃「さすがにあれはお手上げや」
恭子「……」
恭子「一つ、質問してもいいですか?」
郁乃「何?」
恭子「何で私を大将にしたんですか?」
郁乃「昨日も言うたやん、末原ちゃんが一番適任やて」
恭子「洋榎がおるやないですか」
郁乃「おねーちゃんはエースやから。エースを中堅に置くんがここの伝統やし」
恭子「そんな見え見えの嘘はやめてください」
恭子「代行は伝統とか、ましてや周りの声なんて気にするような人やないでしょう」
郁乃「……」
恭子「分かっとったはずです。エースは先鋒に置くんがセオリーみたいに言われてますけど」
恭子「勝ち進めば進むほど勝敗を直接決する大将戦が一番重要で、それだけ強力な選手が出てくることを」
郁乃「……」
恭子「何で、洋榎を大将にしなかったんですか?」
郁乃「確かに、末原ちゃんとおねーちゃんを入れ替えるんがこのチームの一番強い形やろね」
恭子「それなら何で……」
郁乃「こんなん言うたら末原ちゃんに嫌われるやろうけど……」
郁乃「私はこのチームが全国優勝できるとは思ってなかったんよ」
恭子「なっ…」
郁乃「おねーちゃんは確かに強い、オカルトじみた能力を持たん打ち手の中では文句なくピカ一や」
郁乃「それでも、全国大会の終盤で大将戦に出てくるような本物の魔物相手には勝てん」
郁乃「今日の宮永ちゃん相手におねーちゃんやったら勝てたと思う?」
恭子「それは……」
郁乃「そんなとき私みたいなんがどういうこと考えるか、末原ちゃんなら分かるんちゃう?」
恭子「……」
郁乃「負けたときの気持ちや」
郁乃「プレーで引っ張ってきたんはおねーちゃんやけど、実質この部を仕切ってきたんは末原ちゃんや」
恭子「……」
郁乃「伝統を崩してまでエースのおねーちゃんを大将に据えて、魔物にやられて敗退するよりも」
郁乃「みんなをまとめてきた末原ちゃんが大将を務めて、
強敵相手に全力を出し切るも届かずってシナリオが一番きれいやと思った」
恭子「……」
郁乃「みんなが満足して清々しい気分で終われる一番良い形やと思った」
郁乃「もちろん、誰よりも責任感が強い末原ちゃんが一人苦しむことになるやろうと分かっててや」
恭子「……」
郁乃「どや、私のこと嫌いになったやろ」
恭子「悔しいですけど、私にはそういう考え方分かりますんで……」
郁乃「それに、末原ちゃんなら大丈夫やとも信じとるで」
恭子「よう言いますわ」
郁乃「おねーちゃんらも側におるし」
恭子「……」
恭子「最後に、一つだけいいですか?」
郁乃「ん?」
恭子「昨日指導してもろたとき、やっぱり負けるんは分かってはったんですか?」
郁乃「まあこうなるやろとは思っとった」
郁乃「それでも、宮永ちゃんの心が想像以上に脆ければ」
郁乃「万が一勝てる可能性はあるとも考えとった。末原ちゃんもおんなじ気持ちやったんちゃう」
恭子「ふふ」
恭子「そうですか」
郁乃(とりあえずは大丈夫そうやね)
郁乃(あとはあっちのほうも問題なければええんやけど――)
~姫松高校~
洋榎「おう恭子、これから麻雀部に顔出さへんか?」
洋榎「由子も呼んどいたし、久しぶりにサンマやろーや」
恭子「推薦もろてる洋榎と違ってうちは受験生やで」
洋榎「たまにはえーやんか、息抜きも大事やで」
恭子「はいはい、準備するからちょい待っててや」
洋榎「それにしても良かったわ」
恭子「何が?」
洋榎「恭子がまた前みたいに名前で呼んでくれるようになって」
恭子「は?」
洋榎「うちが主将なってからずっと名前で呼んでくれへんし、部活中はうちにだけ敬語で喋るし」
洋榎「実を言うとけっこう寂しかったんやで」
恭子「そ、それはええやんか。部活んときはメリハリつけよ思っただけや」
洋榎「こんなん言うたらあれやけどあんときは嬉しかったで」
恭子「あんときて?」
洋榎「インターハイ準決勝が終わって恭子が控え室に戻ってきたときや」
恭子「……」
洋榎「泣きながらうちの名前呼んでくれたやろ。あんとき内心ドキっとしたわ」
洋榎「ほんま罪な女やで、恭子は」
恭子「は、恥ずかしいこと思い出させんといて。この話は終いや」
洋榎「照れんでええって」
恭子「早く行きますよ、主将」
洋榎「うわー、ウソやウソ!すまんて恭子!」
~麻雀部部室~
ガラガラ
洋榎「邪魔するでー」
漫「あっ!来てくれたんですか、主将」
恭子「こら漫ちゃん。洋榎はもう主将やないんやからその呼び方はやめ」
漫「す、すいません先輩」
洋榎「あんたさっき……」
洋榎「まあ、今の麻雀部の主将は絹やしな」
絹恵「正直まだムズがゆーてたまらへんわ」
絹恵「ホンマにうちで良かったんですか?末原先輩」
恭子「大丈夫やて。絹ちゃんやったら安心してうちらも引退できるわ」
絹恵「ありがとうございます」
恭子「まあ、相変わらず頼りにならんのもおるけどな」ギロ
漫「ひぃ!」
洋榎「インターハイ終わって恭子みたいに頼もしなる言うたんはどの口や」ギュイー
漫「ひゅ、ひゅいあへん、ほれからがんはりあすんで」
由子「賑やかなのよー」
洋榎「おう来たか!」
洋榎「そんじゃ代行、空いてる卓一つ貸してもろてええですか!?」
郁乃「もちろん、どうぞ好きに使ってや~」
ジャラジャラ
恭子(牌触るんはインターハイ準決勝以来やな)
ドクドク
恭子(何や、久しぶりやからて緊張してんのか私は?)
ドクドク
ドクドク ドクドク
ドクドク ドクドク
恭子(何や、この感じ……)
恭子「はぁ……はぁ……」
洋榎「おい恭子、大丈夫か?」
由子「顔色悪いのよー」
恭子「はぁ……はぁ……はぁ……!」
洋榎「恭子!」
郁乃(………)
恭子(麻雀が―――)
恭子(怖い)
~教室~
洋榎「おう恭子、ちょっとええ?」
恭子「どないしたん?」
洋榎「何や放課後うちと恭子二人で監督室に来てくれって代行に頼まれてな」
恭子「代行に?何やろ」
洋榎「さあな、そこまでは聞いてへんけど」
スタスタ
洋榎「なあ恭子、やっぱりまだ麻雀打つんは怖いんか?」
恭子「……うん」
恭子「ネト麻やったら動悸が少し早なるくらいでまだ大丈夫やねんけど」
恭子「家で一人で牌並べただけでもごっつ胸が苦しなってくんねん……」
洋榎「最後のあの試合が原因か?」
恭子「……たぶん」
恭子(たぶんどころやないわな)
恭子(麻雀について考えてるとどうしても宮永の姿が心によぎる)
洋榎「まあこういうんは時間が解決してくれるやろ」
洋榎「元気なったらまた一緒に打とうや。いつでも待ってるさかい」
恭子「うん。ありがとう、洋榎……」
コンコン
洋榎&恭子「失礼します」
郁乃「は~い、いらっしゃ~い」
洋榎「話って何ですか?」
郁乃「まあまあそう急かさんと」
郁乃「あれから調子はどうや?末原ちゃん」
恭子「やっぱりダメですわ……」
恭子「牌に触ってるだけでも正直しんどいです……」
郁乃「う~ん」
洋榎「代行の人脈で何とかならんのですか!?」
郁乃「そーゆーメンタルケアみたいなことやってる知り合いもおるにはおるんやけど」
郁乃「見るからに胡散臭そうな人らばっかやで。それでもええ?」
恭子(あの代行でも胡散臭そうて……)
恭子「それは遠慮しときます」
郁乃「そんで二人に話やねんけど」
郁乃「ホンマやったらめでたいことなんやけど、今の末原ちゃんにはちょっと酷かもしれんな」
恭子「?」
郁乃「二人が国内選抜の強化選手に指定されたって協会から通知が来たんや、この冬行われる世界ジュニアに向けての」
洋榎「おおー」
恭子「何で私が……?」
郁乃「まだ正式に決まったわけやないで。2週間後に東京で行われる合宿で全国から選ばれた選手が集まって10日間特訓をする」
郁乃「その特訓の様子をみて補欠も含めた10名の選手が代表として世界ジュニアに出場するっちゅー流れや」
郁乃「もちろんその合宿に行かんと最終的に選ばれることはない」
恭子「ちょっと待ってください!何で私なんかが選ばれるんですか?」
郁乃「そりゃ~あの宮永咲ちゃんにあそこまで戦えた選手ってことが高く評価されとるからや」
郁乃「1年生で団体戦・個人戦のダブル優勝。まともにやり合えたんは宮永照、大星淡、そして末原ちゃんの3人しかおれへん」
恭子「そんな、私なんて全然……」
郁乃「どうや?合宿に参加したい?」
洋榎「もちろんうちは行くで!世界とかワクワクするやん!」
郁乃「末原ちゃんは?」
恭子「……選ばれたんは光栄ですけど、私は辞退させてください」
恭子「とてもそんな大それたもんに参加できる状態やありません……」
洋榎「ほんまにええんか?」
洋榎「こんな機会めったにないし、2週間後までには回復しとるかもしれんやん」
恭子「ええねん、たとえ元気でも私はそんなんに選ばれるような選手ちゃうて」
恭子「洋榎が頑張ってんのを私は大阪から応援させてもらうわ」
洋榎「恭子……」
郁乃「分かった。協会にはそう連絡しとくわ」
郁乃「話はこれだけやしもう二人とも帰ってええよ」
郁乃「と言いたいとこやけど末原ちゃん、この後ちょっとだけ時間ある?」
恭子「まだ何かあるんですか?」
郁乃「末原ちゃんを元気づけたろ思て」
恭子「もう私は麻雀部を引退した身ですよ。そこまでしてもらう義理はないと思いますけど」
郁乃「そんなことないで。末原ちゃんが苦しんでんのを黙って見過ごす気なんてあらへん」
恭子「……」
郁乃「麻雀が怖いと感じる原因は分かってるん?」
恭子「そりゃあ最後の試合のせいやと思いますけど」
郁乃「大まかに言うたらそこや、でももっとピンポイントで言うことができる」
恭子「どーゆーことですか?」
郁乃「末原ちゃんはあの試合の牌譜を見た?」
恭子「試合翌日に目を通しましたけど、まだ気持ちも落ち着いてへんかったしあんまり気分も良いもんやないんでしっかりとは……」
郁乃「後半戦南一局のことは覚えとる?」
恭子「それはもちろん、宮永が靴下を脱いだ局ですから。結果的には臨海が和了りましたけど」
郁乃「あの局で何か感じたことはなかったか」
恭子「宮永が脱いだ瞬間に何かこうぶわっと空気が変わったんが分かって……」
恭子「そういえば局の途中で、背筋が凍るような強烈な気配を宮永から感じました」
恭子「結局あの感覚は一瞬だけでしたけど」
郁乃「あのときの点数状況は1位が臨海、2位がうち、3位が清澄。微差で三校が団子状態やった」
郁乃「そんで、6巡目の宮永ちゃんの手牌はこれや。ちなみに直前に9sを捨てとる」
888m456678s8p中中中 ドラ 6s
恭子「369sの三面張を拒否しての8p単騎……」
郁乃「そして末原ちゃんが危険を察知してテンパイを崩した牌が8m」
恭子「嶺上狙い、ですか……?」
郁乃「こういう打ち方やったら普段から宮永ちゃんがやってることや」
郁乃「でも、異常なんは……」
恭子「臨海が10巡目に中を切っとる……!」
郁乃「そう。微差のトップ目からの満貫を見逃して完全に末原ちゃんを狙い撃ってるんや」
恭子「………」
郁乃「この局は臨海が安手で和了って、かわされたんに気付いた宮永ちゃんは次局から真っ直ぐ和了るほうへ切り替えたようやけど」
郁乃「今までの打ち筋、あの子の性格から考えてもここまでするとは思わへんかった」
恭子「私が決勝に残るんを嫌がったってことですか?」
郁乃「そんな生やさしいもんやない」
郁乃「感じたんやろ?宮永ちゃんから今までとは異質な気配を」
恭子「……」
郁乃「槍槓狙い撃ち、リーチ後宮永ちゃんからの差し込みを見逃しての三暗刻ツモ」
郁乃「嶺上も点数調整も狂わされたあの子の末原ちゃんへのストレスや動揺は誰の目にも明らかやった」
恭子「……」
郁乃「せやから、潰そうとした」
郁乃「末原ちゃんの心を折ろうとした」
恭子「……」
郁乃「画面越しに私が感じたあれは間違いなく、殺気や」
恭子「……」ゾクッ
郁乃「関係者ん中ではあの小鍛治健夜以来の素材やと呼ばれる魔物が、全神経を研ぎ澄ませてあんたを喰らおうとした」
恭子「……」
郁乃「魔物の牙がまだ末原ちゃんの心に刺さったままなんよ」
恭子「でも……」
恭子「確かに異様な気配は感じましたけど対局中は全然平気でした」
郁乃「それは末原ちゃんも興奮状態にあって集中力も格段に増しとったからや」
郁乃「それでも、今までの末原ちゃんならその場で呑み込まれとったかもしれん」
郁乃「でもあのとき、末原ちゃんは宮永ちゃんに対する自信も手応えも感じとった」
郁乃「せやから、宮永ちゃんの殺気に対しても耐えることができた」
恭子「……じゃあ、今になって何で?」
郁乃「魔物と呼ばれる存在の力は強大や」
郁乃「対局後すぐに一生牌を握れなくなるモンもおれば、ここぞっちゅー場面でトラウマが蘇り体がすくむモンもおる」
郁乃「プロや実業団で活躍してる中にでもそういった苦しみを抱えたままの人かておる」
恭子「そんな……」
郁乃「魔物は人の心の弱さに巣食う」
郁乃「末原ちゃんの心の弱い部分が宮永ちゃんの、麻雀の恐ろしさを覚えてしもうてるんや」
恭子「やっぱ最後まで、私は自分の弱さに苦しめられるんですね……」
郁乃「いっそ心が鈍うできとったら、こんな思いはせんで済んだかもしらん」
郁乃「それでも、これだけは勘違いせんといてや」
恭子「……?」
郁乃「末原ちゃんの自分の弱さを見つめられる心は、あんたの何よりの強さや」
恭子「ありがとうございます……」
恭子「それでも私は……」
恭子「もう麻雀を楽しんで打つことはできないんですか……」
郁乃「考えがないわけやない」
恭子「あるんなら今すぐ教えてください!私はもう一度……!」
恭子(洋榎と、由子と、みんなと)
恭子(麻雀がしたい……)
郁乃「今はまだ何もできへん」
恭子「……」
郁乃「長いことごめんな。今日はもう帰り」
恭子「分かりました……」
郁乃「それと、おねーちゃんを合宿所に連れていくとき東京まで私も引率せなアカンねんけど」
郁乃「末原ちゃんも付いてき」
恭子「えっ、何でですか?」
郁乃「ええからええから、これは監督命令や」
郁乃(ここまでは予想しとった展開やね……)
郁乃(後は……)
郁乃「確かこの辺にしまっておいたはず」ガサゴソ
郁乃「お~あったあった、これや」
prrrrrrrr
prrrrrrrr
?「はい」
郁乃「もしもし~」
~日本高等学校麻雀協会~
会員A「強化指定選手の通知を送った学校から全て返事がきました」
会員B「おー、ご苦労さん」
会員A「ほとんどの選手が喜んで参加しますとのことですが、2名だけ辞退を申し入れた選手がいますね」
会員B「ほぉ、それは誰だ?」
会員A「大阪の姫松高校の末原恭子選手と、もう一人は―――」
~東京~
郁乃「さぁ、二人とも着いたで~」
洋榎「おー、ここが合宿会場かー」
洋榎「思てたよりでかいし良さそうなとこやんけ」
洋榎「何か一気にテンション上がってきたわー!」
恭子「ちょっと落ち着きーな洋榎、一緒におって恥ずかしいわ」
恭子「そこらに全国で有名な選手がうじゃうじゃしとんのに」
洋榎「かめへんかめへん。うちらかて有名選手や!」
恭子「せやから余計恥ずかしいねん……」
郁乃「忘れもんはないか?おねーちゃん」
洋榎「ばっちしや!ここまで送ってもろてありがとうございます」
郁乃「ええんよ。お礼やったら代表に選ばれて戻って来てや」
洋榎「おう、任しといてください!」
恭子「洋榎!」
恭子「応援しとるから、いつもみたいに勝って帰ってくるんやで」
洋榎「当たり前や!武勇伝ぎょーさん持って帰ったるから耳の穴よう掃除しときや」
恭子「うん、楽しみに待っとるわ」
洋榎(『帰ったらまた一緒に打とな』って言いたいとこやけど……)
洋榎(うちも待っとるで、がんばれ恭子)
洋榎「ほな、行ってきます!」
郁乃「ホンマたくましい子やね~」
恭子「はい」
恭子(あの背中に、何度励まされたことか……)
郁乃「そんでや末原ちゃん、これからのことなんやけど」
郁乃「私はちょっと用事があるから、帰るまで2~3時間ぐらい適当に時間潰しといてくれへん?」
恭子「は?」
郁乃「ど~しても外せん用事があってな。ほなまたここで」
恭子「ちょっ、何のために私はここまで来たんですか?」
恭子「行ってしもた……」
恭子「いきなり時間潰せって言われてもどうせーゆうねん……」
恭子「ん?」
恭子(会場から誰か出てきた)
恭子(もう集合時間は回っとるはずやけど)
透華「まったく、もう9月も終わりといいますのに都会の夏は暑くて敵いませんわ、ハギヨシ!」
ハギヨシ「はっ、日傘でございます、透華お嬢様」
透華「ありがとう。あら?」
透華「貴方、姫松高校の末原恭子さんですわよね?」
恭子「はい、そうですが……」
透華「わたくしは――」
恭子「龍門渕透華さん?」
透華「あら、わたくしのことを存じておりますの?」
恭子「そりゃあ去年のインターハイでうちらを破った高校ですから」
恭子「私は試合には出てませんでしたが」
透華「そうでしたわね。ところで貴方、もし時間が空いてるようでしたらお茶をご一緒しませんこと?」
恭子「はぁ、別に構いませんけど……」
恭子(龍門渕透華――)
恭子(龍門渕高校麻雀部の監督、部長、副将を務める2年生)
恭子(大企業・龍門渕グループのオーナーの一人娘にして、あの天江衣の従姉妹でもある)
恭子(そして――)
恭子(私の他に強化指定選手に選ばれたのを辞退したもう一人の選手)
恭子(スタイルは典型的なデジタル打ち)
恭子(せやけど、波に乗るとデジタルを度外視した派手な和了りをバンバン決めることもある厄介な打ち手)
恭子(何より、時折のぞかせるデジタルともオカルトとも違った異質な力)
恭子(去年のインターハイ準決勝の臨海との対決)
恭子(そして、今年の準決勝の前日に代行からもらった長野合同合宿の牌譜)
恭子(藤田プロ、宮永咲、天江衣)
恭子(この化け物じみた3人を相手に彼女は4戦連続トップを獲っとる)
恭子(あのときは洋榎が言うとったように対戦相手の負けてる試合の牌譜を見とけって意味やと思ったけど……)
恭子(何を考えとるんや、あの人は)
~喫茶店~
透華「ふー、相変わらず東京の夏は暑いですわね」
恭子「大阪も似たようなもんなんで私は慣れてますけど」
恭子「あの」
透華「何ですの?」
恭子「代行とはどんな関係で?」
透華「代行?おたくの赤阪さんのことですの?」
透華「別に知り合いでも何でもありませんわ」
透華「去年のインターハイの準決勝の後で声を掛けられて半ば無理やり名刺を交換させられただけですわ」
恭子「はぁ」
透華「それが少し前に突然電話を掛けてきてわたくしもびっくりしましたわよ」
恭子「代行は何て?」
透華「今日ここで貴方がぶらぶらしてるはずだから暇つぶしに付き合ってあげてほしい、ってそれだけですわ」
透華「まったくあの人のすることは意味が分かりませんわ」
恭子「それは、とんだご迷惑をお掛けしましてほんますいません……」
透華「貴方が謝ることはなくてよ」
透華「まあ、せっかく東京に来たんですしこうして他校の方と交流するのも悪くないでしょう」
透華(それに、人の心を見透かしたようなあの笑顔……)
透華(意味は分からずとも意味がないようなことをする人には思えませんし)
恭子「龍門渕さんは何で東京に?」
透華「透華で構いませんわ。名字で呼ばれるのは会社のことがちらついてあまり好きではありませんの」
恭子「分かりました。透華さんは選抜は辞退されたと聞きましたけど」
透華「衣の付き添いですわ。あの子は見た目通り本当に子供ですから世話が焼けますの」
透華「本当ならわたくしの目の届かない場所へやるのは不安なんですが、今回の合宿は宮永さんや原村和もいてますし大丈夫でしょう」
恭子(宮永……)ザワ
透華「貴方はどうして東京に?」
恭子「私も付き添いです。といっても代行に無理やり連れてこさされたんですけど」
透華「何故、選抜を辞退されたんですの?」
恭子「……」
恭子「恥ずかしい話なんですが……」
恭子「私は今麻雀をまともに打つことすらできへんのです……」
透華「それは……」
透華「今年の準決勝が原因と考えてよろしいんですの?」
恭子「…………はい」
透華(なるほど、そういう話ですか……)
透華「わたくしも清澄高校を応援するために東京に来ていましたから、あの試合は会場で拝見させていただきました」
透華「本当に見事な戦いっぷりでしたわよ、あの宮永さん相手に」
恭子「ありがとうございます……」
恭子「それでも今は、麻雀が怖くてしゃーないんです……」
透華「……」
恭子「失礼ですけど、長野合同合宿の透華さんの牌譜を見ました」
恭子「何であの力に頼ろうとしないんですか?」
透華「……」
恭子「何で今回の強化合宿辞退したんですか?」
透華「……」
恭子「何で天江衣みたいな化けモンとずっと麻雀してきて平気でいられるんですか!?」
透華「……」
恭子「あっ」
恭子「すいません!すいません!」
恭子「つい熱ーなって何て失礼なことを……」
透華「構いませんわ」
透華「貴方の疑問にお答えするには、まず龍門渕高校の麻雀部についてお話しなくてはいけませんわね」
透華「わたくしたちが麻雀部の活動を開始した理由は、勝って全国優勝するためではありませんの」
恭子「えっ」
透華「わたくしたちが麻雀をする理由は、全てあの子の、衣のためですわ」
恭子「……」
透華「幼い頃に両親を亡くした衣は、従姉妹であるわたくしの家に引き取られてきました」
透華「うちに来たときのあの子の心は、それはそれは孤独なものでした」
透華「誰とも分かり合えず、あの子が大好きだった麻雀でさえそれは人を傷つける凶器にしかなりませんでした」
透華「わたくしが衣と麻雀を打って平気な理由、でしたか?」
恭子「……」
透華「家族だから、としか言いようがありませんわね」
透華「もちろん、わたくしも初めてあの子の麻雀に触れたときは恐ろしいと感じました」
透華「でもそれ以上に、普段のあの子の幼い姿や麻雀を終えたときの寂しげな表情を見ていると」
透華「家族として、この子の心を救ってあげたいと思うんですの」
恭子「……」
透華「そして、衣と麻雀で楽しく遊べる相手を探すためにスタートしたのがわたくしたちの麻雀部ですわ」
恭子「でもあの力やったら、天江衣に勝つことができたんやないですか?」
透華「衣を少しは楽しませることぐらいはできたかもしれませんわね」
透華「それでも、満月の夜の衣には敵いませんし、たとえ勝てたとしてもわたくしの力では衣の心が救われることはなかったでしょう」
透華「あの子の力の全てをぶつけてもさらにそれを上回る力」
透華「そういう存在に出会うことがあの子には必要だったんですわ」
恭子「……」
透華「一番側にいるわたくしまで麻雀に堕ちてしまっては元も子もありませんしね」
恭子「せやから、あの力に頼ることを頑なに拒否したんですか?」
透華「そうですわ。それに、わたくしは合理的に物事を考えるのが好きですの」
透華「衣と同じ血が流れてるこの身に何かがいたとしても、それに自我を奪われて得た勝利になんて興味はありませんわ」
恭子「言うてることは分かります」
恭子「それでも私は、透華さんを羨ましいと感じてまう……」
恭子「何の才能も無い私には、それはどう足掻いても届かんもんやから……」
透華「……」
恭子「もっと強なりたいって思わんかったんですか?」
恭子「インターハイ2回戦で宮永に屈辱を味わった夜、私は本気でそう思いました」
恭子「どんな犠牲を払ってでもあいつを負かす力が欲しいって……」
透華「昔はそういう衝動に駆られたこともありましたわ」
透華「そんなときに出会ったのがのどっちでした」
恭子「のどっちって、確かネット麻雀界で最強と呼ばれてるハンドルネームでしたっけ?」
恭子(清澄の原村がのどっちやっちゅー噂も聞いたことあるけど)
透華「ええ、デジタル打ちの最高峰と呼ばれる彼女の麻雀」
透華「わたくしが目指すべき目標であると同時に、倒すべき最大のライバル」
透華「彼女の存在があったからわたくしは自分の打ち方を、自分の信念を貫くことができましたの」
透華「本当に感謝してますの」
恭子「それじゃあ、強化指定選手に選ばれたんを辞退したのも」
透華「ええ、協会のお偉いさん方が求めてる麻雀がわたくしの本当の麻雀じゃないからですわ」
透華「恐らく、あの合宿の成績から藤田プロが推薦なさったんでしょうけど」
恭子「強い人ですね、透華さんは……」
恭子「私なんかとは違って……」
透華「あれだけの戦いをした貴方を弱いだなんて誰も思いませんわ」
透華「ただ少し運が悪かったようですけど」
恭子「運?」
透華「今となっては周知の事実ですけど、宮永さんは宮永照と姉妹であることを親しい人以外には語ろうとしませんでした」
透華「噂に聞くには、あの二人の間には相当な暗い過去があったそうです」
恭子「……」
透華「宮永さんはお姉さんと仲直りするために再び麻雀を始めた」
透華「それでも、全国に来てからお姉さんと対決する日が近付くにつれ精神的にかなり不安定になっていたようですわ」
透華「去年の衣を知ってる貴方なら分かるでしょうが」
透華「彼女たちがそのような状態で麻雀を打つとそれは恐ろしい力になります」
透華「俗に言う、魔物という存在に」
恭子「……」
透華「それに加え、去年までの衣が他者の心を軽んじ、踏み躙るようなような麻雀を打っていたのに対し」
透華「準決勝の宮永さんは目的を邪魔する強敵である貴方を真っ直ぐに捉え、もっと明確で暗い感情を貴方にぶつけた」
透華「衣をずっと見てきたわたくしでさえも正直ぞっとしましたわ」
透華「普段はとぼけたようにぽわんとした彼女があんな事になるなんて想像もできませんでした」
透華「個人戦決勝でお姉さんと戦い、和解してからは今までの彼女に戻ったようですけど」
恭子「……」
透華「まだ、宮永さんが、麻雀のことが怖いですか?」
恭子「何やよう分からんくなってきましたわ……」
透華「貴方にはこれだけは知っておいてもらいたいですわ」
恭子「……?」
透華「衣の孤独な心を救ったのも、やはり宮永さんの麻雀でした」
恭子「……」
透華「衣は彼女に出会い、敗れ、そして自分が一人じゃないことを知りました」
恭子「……」
透華「わたくしは彼女のことを恩人に思っていますし」
透華「今日だって彼女や原村和がいるからわたくしは安心して長野に帰ることができます」
透華「彼女の麻雀にはそういう力もあるんです」
恭子「……」
透華「そんなものは所詮魔物同士の戯れだと貴方はお思いになるでしょうか?」
恭子「それは……」
透華「長野予選の決勝、衣と宮永さんと同卓した二人は対局後に笑って会場を去りました」
恭子「……」
透華「その裏では死ぬほど悔しい気持ちもあったでしょう、涙も流れたでしょう」
透華「それでも、あの瞬間はみんな笑っていましたわ」
恭子「……」
透華「貴方はどうでしたか?」
恭子「……」
透華「あの試合が終わった直後のことを思い返して、貴方はどのように感じていましたか?」
恭子「私は……」
恭子「ようやったって自分を褒めてやりたかった……」
恭子「高校最後の試合で自分の全てを出し切ってぶつかれたことが気持ち良かった……」
恭子「こんなすごい選手を相手に最高の麻雀が打てたことを誇りに思った……」
恭子「麻雀って、楽しいと思った……」ポロポロ
透華「ええ、わたくしにもそう見えましたわ」
透華「魔物と呼ばれる彼女たちの麻雀」
透華「圧倒的な力量差に絶望する者もいるでしょう」
透華「二度と牌を握れなくなる者もいるでしょう」
透華「それでも」
透華「その麻雀に多くの人が魅了され」
透華「誰かの憧れや目標になり」
透華「対局した者の持てる力を全て引き出してぶつけさせてくれる」
透華「わたくしはそんな彼女たちのことを『魔物』などではなく」
透華「『牌に愛された者』、そう呼んであげたいんですの」
恭子「……」
透華「もうすぐ赤阪さんも戻ってくる時間ですわね」
透華「そろそろ出ましょうか?」
恭子「あの…」
恭子「ほんまに、ありがとうございました!」
透華「お礼を言われるようなことは何もしてませんわ」
透華「わたくしも貴方のような方とお話しできでとても楽しかったですわ」
恭子「透華さんたちも、来年は本気で全国優勝狙ったらどうですか?」
恭子「さっきまでめそめそしてた私がゆーのも何ですけど、ええもんですよ」
恭子「負けたらめちゃめちゃ悔しいですけど」
透華「そうですわね、衣ももう心配いりませんしそれも面白そうですわね」
恭子「でも、姫松高校と当たったときはちゃんと負けたってくださいよ」
透華「ふふ、それはお約束しかねますわ」
郁乃「ごめ~ん末原ちゃん待たせてもうて~」
恭子「いえ、私も今来たとこなんで」
郁乃「あら、ちょっと目離した隙にまた可愛くなってへん?」
恭子「何をアホなことゆーてるんですか?早よ大阪に帰りますよ」
郁乃「も~相変わらずつれへんな~」
恭子「はぁ、ほんま疲れますわ」
恭子(ほんまこの人は……)
~麻雀部部室~
バン
洋榎「おう!みんな帰ったでー!」
絹「おかえりお姉ちゃん!聞いたで!代表選手に選ばれるなんてめっちゃすごいやん!」
洋榎「そんなもん当たり前や!」
洋榎「てかうちが補欠扱いてどーゆーことやねん!協会のおばはんどもはほんま見る目ないわ」
由子「それでも十分すごいのよー」
漫「そうですよ主将!」
恭子「漫ちゃん」ギロ
漫「あ、愛宕先輩」
洋榎「…!」
恭子「お疲れ、洋榎」
洋榎「恭子あんた、もう大丈夫なんか?」
恭子「お陰さまで、心配かけてごめんやで」
洋榎「よっしゃ!おい漫、今すぐそこ代われや!!」
漫「えー!私かて今打ち始めたばっかですよ」
洋榎「そんなん知るかい!」
漫「先輩は合宿の武勇伝でも後輩に聞かせたっといてくださいよ」
洋榎「そんなもんどーでもええねん!私は今すぐ恭子と打ちたいんや!」
洋榎「おう由子もここ座りーや!」
由子「分かったのよー」
洋榎「何や恭子うつむいて。やっぱまだ具合悪いんか?」
恭子「ちゃうちゃう。ちょっと目にゴミが入っただけや……」
恭子(うちかてあんたと打つんが楽しくて……)
恭子(あんたと一緒にやってこれたんが嬉しくて……)
恭子(ありがとーな、洋榎)
郁乃「相変わらず賑やかにやっとるね~」
絹恵「代行、お姉ちゃんの付き添いご苦労さまです」
郁乃「ええんよ~、それが私の仕事やし」
郁乃「みんなもう知っとると思うけどおねーちゃんが世界ジュニアの代表に選ばれました」
郁乃「はいみんな拍手~」
パチパチパチパチ
ワーワー
郁乃「それと、もう一個みんなに嬉しいニュースがあんねやけど――」
コンコン
恭子「失礼します」
郁乃「どないしたん?末原ちゃんから話があるなんて珍しい」
恭子「どないしたも何も」
恭子「何でもっと早よゆーてくれんかったんですか?」
恭子「来週から善野監督が復帰して、代行が学校からおらんくなるやなんて」
郁乃「いや~みんなを驚かせたろ思てギリギリまで黙ってたんよ~」
郁乃「どや、びっくりしたやろ?」
恭子「そりゃびっくりしますよ」
郁乃「末原ちゃんは善野監督のこと好きやもんな~」
恭子「そうやなくて、急すぎるやないですか!」
恭子「インターハイ以来、いろんなことが起こりすぎて」
恭子「頭ん中ぐちゃぐちゃなって」
恭子「よーさん悩んで」
恭子「正直まだ心ん中で整理しきれてないです」
恭子「それでも、代行が私のためにあれこれしてくれはったんは分かります」
郁乃「……」
恭子「感謝してるんです」
恭子「私が笑って引退できるんは代行のおかげなんです」
恭子「そない急におらんくなるやなんて何も返せへんやないですか」
郁乃「何ゆーてんの」
郁乃「末原ちゃんは私の教え子やで」
郁乃「教え子にモノ教えんのに見返りなんていらへんよ」
郁乃(その言葉だけでもらいすぎなぐらいやわ)
恭子「でも……」
郁乃「おねーちゃん待ってんねやろ」
郁乃「ああ見えて長旅で疲れてるんやから早よ家に帰したり」
恭子「分かりました……」
恭子「それでは失礼します」
クル
恭子「監督!今までご指導ありがとうございました!!」
郁乃「最後の最後に監督やなんて」
郁乃「ふふ」
郁乃(こんだけ自分の感情で動いたんはいつぶりやろ)
郁乃(初めて末原ちゃんに会ったときは深入りする前に逃げ出そかなんて考えたもんや)
郁乃(そうすべきやったんかもしれへんけど)
郁乃(………)
郁乃(今回はさすがにちょっと疲れたわ)
郁乃(でもまあしゃーないか)
郁乃「だって、末原ちゃん可愛いんやもん」
~END~
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