北沢志保(弟)「私たちの初詣」 (23)
ミリオンライブより北沢志保さん
メインは弟くん
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三が日最終日の朝、弟は猛然とトイレへ駆けこんでいました。
玄関先から「モタモタしていると置いていくよ」、という志保の呆れたような声が聞こえました。
待たせている以上、現状の報告くらいはしておきたいのですが、お腹が許してくれません。
こうなってしまった原因は間違いなくおせちの食べすぎでした。
毎年お母さんと志保が中心になって作っていたのですが、今年は忙しかった志保に代わって弟が主な手伝いをしました。
そして、自分が作ったものも二人に食べてもらえる嬉しさのあまり、ついつい胃袋のことを忘れて食べてしまったのです。
「今日はこんなことしていたらダメなのに……」、と弟はトイレに籠りながら嘆いていました。
外には志保だけでなく、お母さんも防寒着をしっかりと着て準備を整えていました。
「そういえば、ニット帽、どう? 温かい?」、と待ち続けている志保はお母さんに尋ねました。
今お母さんが被っているニット帽は、去年のクリスマスに弟とプレゼントしたものなのです。
「うん! もちろん」、とお母さんは笑顔で答えます。
「とっても被り心地がよくてね。外に出る時には必需品よ!」
「そう……よかった。いろいろ見て回ったんだけど頭が温かかったらだいぶ違うかな、と思って」
「ふふっ、本当に温かいわ。ありがとう」
お母さんの優しい笑顔に包まれて、志保も自然と心が温かくなり柔らかな表情が浮かんでいます。
「志保のそのマフラーも素敵な色よ」
「えっ……、あ、これ?」、すっかり安心していた志保は、その言葉に慌てて自身の首に巻かれたものを指さしました。
「そうそう。巻いているとこ見たことないから。この前あの子が見せてきた手袋と色合いが似ているみたいだけど一緒に買いに行ったの?」
「あぁ、これは……その……」
このマフラーは先日プロデューサーさんと一緒に弟へのプレゼントを買いに行った時にもらったものでした。
手袋を二人で選んだあとにプロデューサーさんが持ってきて「首元が温かいと全然違うから」、と半ば強引に渡されたプレゼント。
「そうだったの? もう、そういうことはその時に言ってくれなくちゃ。今度会った時にお礼しなきゃね」
「それは大丈夫。もうお礼も渡したから」
「そうなの? でもねぇ……」、とお母さんが言いかけた時、ドタバタしながら弟が飛び出してきました。
これでようやく全員が揃いました。
今日は大事な、大事な恒例行事である三人揃っての初詣に出かける日だったのです。
今年は思うように三人の都合が合わずに数日前まで目処が立ちませんでした。
だからこそ、こうして出掛けられることを何よりもうれしく思っています。
三人は手を繋ぎました。
弟を中心に左手を志保が、右手をお母さんが手に取り、家から歩いて十五分ほどのところにある神社を目指しました。
「この辺りの道、歩くのは久しぶりなんじゃない?」
「そうなの?」
「……そうかも。こっちの通りは車で通ってばかりだったから」
「あ、じゃああのお店のこと知らない?」
「お店?」
「角にね、志保の好きそうな雑貨屋さんができたのよ」
「へぇ……」
「やっぱり知らなかったんだ。ちょっと寄って行こうよ。僕が案内するからさ」
「ちょっと、そんなに慌てなくたって……」
「ふふふっ……」と、お母さんが微笑みながら二人を見守っています。
志保にいいところを見せようとする弟はもちろん、引っ張られる志保も困りながらも嬉しそうです。
そうして、久しぶりの揃っての外出を満喫しながら、予定よりも時間はかかってしまいましたが、いつもの鳥居までやってきました。
鳥居をくぐると、弟の目に見たことのある三人の姿が飛び込んできました。
隣を向くと、志保も気付いたようでしたが、特に声を掛けに行くような素振りもありませんでした。
そのうち、向こうがこちらの存在に気付いたようで、一人が大きく手を振ってきました。
「行かないのかな?」、と弟が思うとほぼ同じタイミングでお母さんがそのことを志保に聞きました。
「やっほー♪ 志保ちゃんも初詣きていたんだねー」、と翼は元気よく言いました。
「こういうところで会えるなんて偶然だよねー」、と未来も翼に負けないくらいの元気です。
「よかったの? ご家族と来ているみたいだけど」、と静香は少し離れたところで話している志保の家族に目をやりながら言いました。
「あんなに手を振られたら無視しないわけにもいかないでしょ?」
「ま、まぁね……」
「ごめんね。まさか会えると思ってなかったからテンション上がっちゃって……」、と少し恥ずかしそうに謝る翼に志保は「怒っているわけじゃないから……」、とそっと呟くように言いました。
四人が雑談をしている間、弟はその様子をじっと見ていました。
「もしかしたら、お姉ちゃんが友だちに囲まれて話しているのを見るのは初めてかも」、と思いました。
これまで、忙しいお母さんに代わって、自身も忙しい中面倒を見てきてくれました。
弟はそんなお姉ちゃんが大好きで、だからおせち作りにも大張り切りで臨んだのです。
「あ、そうだ。志保ちゃん! この後私たちファミレスでお昼する予定なんだけど、もしよかったら一緒にどうかな?」、と未来の明るい声がこちらにまで響きました。
志保は振り返り、お母さんと目を合わせます。
「あ、無理ならいいんだよ。ただ、あんまり志保ちゃんとご飯食べたことなかったから行ってみたいなぁ、と思って」
未来は志保が二人を見たことに気付いて付け加えました。
戻ってきた志保は、静香と翼の提案により三十分後に神社の出口でもう一度集合して決めることになったことを伝えました。
「それで、どうするの? 行くんでしょ?」と、早速お母さんは言いました。
「まぁ、でも、今日は断ろうかな」、と志保は言います。
お正月の用意を何も手伝えなかったのですから、せめて後片付けくらいはと思っていたのです。
しかし、ここで弟が声を上げます。
「行ってきなよ。未来さんも言っていたけどここで会えたなんて、きっとチャンスなんだよ」
弟は先ほどの志保を見て、少しでもこれまでのお礼をしたいと考えていたのです。
「そろそろこの子に後片付けも教えようと思っていたし、チャンスなのよね」、とお母さんが弟を見ながら言いました。
選択肢があっさりと絞られました。
「じゃあ、私たちもお参り行きましょうか?」、とお母さんがひと段落したところで声をかけました。
お参りをして、お守りを買って、絵馬に書き込んで……。
例年と同じことをして、同じように家族が傍にいる。
なのに、少し違う感覚を覚えました。それは、志保との距離を感じているからだと弟は思いました。
そこまで広くない境内なので、三人とすれ違うこともたびたびあり、その度に志保が彼女たちを気にしているように思えたのです。
「お姉ちゃん、ほらおみくじ行こうよ」、と弟が言いました。
志保はすぐに来てくれましたが、やはりいつもより鈍い気がしました。
「うーん、お姉ちゃんさ、三人と回ってきたら?」、と思いきって言ってみました。
「だって、見ていたでしょ? ほら、まだあそこで綿あめ食べているみたいだよ」、と普段にはない強めの口調で言ってみました。
志保は弟の目をしっかりと見て意思を受け取り、お母さんともアイコンタクトを交わしました。
「よかったの?」、とお母さんは志保が向かった後に聞きました。
「僕の友だちがいたら、きっとお姉ちゃんはこう言うと思うし……。あ、順番回ってくるよ!」と、言いながらお母さんの手を引きました。
本来の集合時間になり歩いてきた志保を見て、弟はやっぱりね、と思いました。
翼に引っ張られ慌てている姿は自分が見たことのない表情でした。
家ではもちろんリラックスしていると思っていますが、それでも記憶にはありませんでした。
「そうだ! みんなで写真撮らない?」、とまたもや未来が唐突に言いました。
「それじゃあ、私が撮りましょうか?」と、お母さんが手を挙げ、それぞれがコンデジやスマホを預けていきます。
「志保ちゃんはスマホ預けないの?」、と翼が突然の流れに戸惑う志保に声をかけます。
志保はいつもよりもずいぶん手間取りながらスマホを取り出しお母さんに渡します。
「では、撮ります!」、というお母さんの合図で数枚撮りました。
最後は翼が弟も呼び寄せて五人で撮りました。
志保と別れた後、お母さんと弟は来た時と同じように手を繋いで帰りました。
弟が握る手は少しだけ力が込められていました。
「お姉ちゃんと帰れないのがそんなに寂しいの?」、とお母さんは少しからかうように、けれども優しく話しかけます。
「そんなことないよ! 綺麗に片づけてびっくりさせてやるんだから」、という力強い答えに反して表情は膨れっ面です。
空いた左手を開いたり握ったり、アスファルトを軽く蹴ってみるなどなかなか落ち着きません。
見かねたお母さんが声を掛けようとすると、「お姉ちゃんと一緒にいた人たちさ……」、と見上げながらゆっくりと口を開きました。
「……良い人たちそうだったね」
「そうね」
「あの人たちといたらさ、お姉ちゃん今よりも家にいる時間少なくなっちゃうね」
「それは……」
「だからね、僕もお姉ちゃんみたいになんでもできるようになって安心してもらうんだ」
「そっか……」
「前にね、お姉ちゃんと一緒に見ていたドラマで忙しい人もおかえりって一言でホッとするって言うシーンがあって、僕もそう言われるとすごく嬉しいんだ」
「だから……、できるかな?」
「うん。できるわ、信じてる。でも、無理だけはしちゃダメよ?」
「うん! わかった。じゃぁ帰ろう!」、と言うが早いか家への道を駆けだしました。
さて、ファミレスで仲間内の新年会に参加した志保でしたが、凄まじいくらいの質問攻めに遭っていました。
普段お兄さんとお姉さんに囲まれている翼は志保の弟に興味津津。
普段の生活の様子から、挙句の果てには「休みが重なった時に事務所に連れてくることはないの!?」と聞き出す始末です。
未来が数学の宿題を教えてくれないか、と言ったかと思えば、隣に座る静香は「志保も家族にはあんな表情をするのね……」と志保を見てニヤ付きながら指摘してきます。
「どうしてみんなそんなに私にばかり話すのよ」と、たまらず抗議の声もあげてみましたが
「志保ちゃんと話したかったんだよねー」と、未来に満面の笑みで言われてたじろいでしまいました。
僅かな時間ですっかり疲れきってしまい、外を見ると窓に映った自分の顔がありました。
家族に見られたら何と心配されるか分からないくらいひどい顔に見えました。
しかし、心は割とすっきりと晴れています。
こういう賑やかなのも悪くないのかな、と思いながら、志保はもうしばらく彼女たちとの空間に身を委ねてみることにしました。
後片付けに疲れた弟はソファに横になり、いつの間にか眠ってしまっていました。
ガチャッと音がして、志保が帰ってきたことを知らせます。
「おかえり」、とお母さんが志保に言いました。
「ただいま」、と言いながら志保は部屋に入ると少しの間立ち止まりました。
「志保のお仕事は、残っているおせちを一緒に食べてもらうくらいよ」
「そうなんだ……」
「あの子がんばっていたからねぇ」
「うん……」と、弟を見ながら頷きました。
「あの子にああいう風に言われるなんて、驚いたんじゃない?」、とお母さんは二人分のお茶を用意しながら言いました。
「うん。……私、もっと頑張らなくちゃ」、と志保はもらったお茶を飲みながらゆっくりと話します。
その表情は以前のような険しいものとは違いました。弟の気持ちもきっと届きました。
「でも、何かあったらちゃんと相談するのよ?」
「それは……、考えとく」、と言いながら志保は立ち上がり、飲み干した湯のみを洗いに行きました。
その後目を覚ました弟は、お母さんから志保が喜んでいたことを伝えられました。
弟は、「……よしっ!」と今年の一つ目の小目標を達成できたことを嬉しく思いました。
今年の初詣はいつもと同じ、と思っていましたが少し特別なものになりました。
大好きな家族が笑っていて、新たな決意も生まれたのですから。
その志を保ち続ければ、素晴らしい年になるでしょう。
おしまい
今回もまた拙い作文でしたが、お付き合いいただいた方、本当にありがとうございました
弟くんは小学生4~5年を想定しています。それにしてはしっかりさせすぎ?
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